~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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 SEED篇のキャラクター達の動向について、戦後篇でだらだら理屈付で〝解説〟していても作者も読者も面白くないだろうという判断の下、多少の描写不足には目を瞑ってどんどん本編を進めることにしました。
 語り尽くしていない部分が多くありますが、運命篇を描いていれば、どのみちそのうち出てくるキャラクター達の情報になりますので、詳細について語るのは後の運命篇本編の中とします。

 長々とSEED組にウェイトをかけ過ぎて、せっかく新規登場のDESTINY組の描写が疎かになるのも本意ではありませんしね。



『黒い地母神』

 

 

 作戦の概要が伝えられたのは、特殊戦闘艦〝ガーディ・ルー〟のブリーフィングでのことだった。戦略パネル上には、L4宙域に浮かぶひとつの工業〝プラント〟の見取り図が浮かんでいる。

 工業用コロニー〝アーモリー・ワン〟──

 そこは現在、ザフトによる軍拡整備が盛んに行われている場所だ。艦長のイアン・リーをはじめ、ブリーフィングには新たに発足した〝ファントムペイン〟の面々が参加している。仮面の男ネオ・ロアノークが、彼らに対し解かりやすく状況を説明を続けた。

 

「〝アーモリー・ワン〟は先の大戦後、ザフトによって新たに建設されたコロニーだ。所在するL4は〝プラント〟本国からは遠く離れた位置にある中立地帯だが、彼らはそんな場所でも軍拡を進めている。──いっそ堂々としていて、清々しいものだがな」

 

 皮肉を口にしながら、ネオはそれまで手にしていた写真をピンと弾いて宙に飛ばした。無重力に漂った写真の数々は、ふわふわと慣性に従って、まるで狙ったかのようにイアン、スティング、アウル、そしてメーテルの手許へとすっぽりとして収まった。

 渡された写真にそれぞれが目を落とす。写されているのは何れも不明瞭な画像だが、果たして誰が撮影したのか、どれも移動式クローラーに横たわる機動兵器らしきものの影だ。

 

「十中八九、ザフトによる新型の〝G〟兵器と見える」

 

 〝G〟──

 その単語に、アウルとスティングがそれぞれ目を見合わせた。

 まあ、彼らが知らなくとも無理もない。〝G〟は前大戦時において〝ヘリオポリス〟で初めて開発が進められたワンオフの機体群であり、その戦略的汎用性の高さ故に評価され、後のザフトにおいても開発が推進された、角付きにして双眼のモビルスーツのことだったから。

 

「事前調査によれば、どの機種も局所戦闘用の可変機構を有し──陸戦、水中戦、空中戦──各々の得意分野において、驚異的な戦闘力を発揮できるよう設計された単機能特化型(・・・・・・)ということだが……」

 

 それは裏を返せば、はじめからそれぞれの連携運用を視野に入れていないということでもある。

 

「いずれにせよ、平時における〝プラント〟防衛部隊としての体裁を保ってはいないな」

 

 それこそが弱点であり、口実ともなる。

 ──政治においては、つけ入る隙を与えた方が〝悪い〟のだ。

 その理を、ネオ・ロアノークはよく知っていた。

 

「たしかに。あらゆる地球環境に対応してみせる電撃的な新型モビルスーツ群の開発など、これから地球に攻め込みます、とザフトがみずから喧伝しているようなものですな」

 

 納得といった風に、艦長のイアンが鼻を鳴らした。

 

「ザフトの新型〝G〟兵器、あそこから運び出される前に奪取する」

 

 作戦概要を告げられ、面々の表情が引き締まる。

 成程、潜入工作とはたしかに、その中でも最も大きな〝お仕事〟だ。これほどまでに胸が躍る大仕事はないだろうと、スティングにアウルは勝気な様子で微笑みを交わした。一方で、メーテルは緊張しきった顔を浮かべており、ネオはそんな彼女に向けていった。

 

「そしてメーテル、きみは残れ」

「えっ……?」

「きみは今回、この〝ガーディ・ルー〟に留守番だ」

 

 役不足とまではいわない。だが彼女の能力では、潜入工作はいささか荷が克ち過ぎる。

 それは部隊の長たるネオなりの判断であり、けれども、それについてはすぐさまステラがフォローに入った。ひとりだけの待機命令に愕然としているメーテルに、ステラは鷹揚と話しかけたのだ。

 

「仲間外れにしてるわけじゃないよ。ただ、メーテルには別の仕事をおねがいしたいの」

「別の、おしごと……?」

「うん」

 

 そこから先は、隊長に代わってステラが個人的に概要を伝えた。

 要するに、部隊全員が最前線に赴くことが作戦なのではないのだ。後方支援要員というのは往々にして必要であり、今回はメーテルがその役回りが回ってきたということ。ましてや部隊戦力が潜入工作に割られている以上、コロニーの外に待機し、その受け皿となる人員は不可欠だ。

 

「ナイトメアシステムって、知ってる?」

「う、うん。たしか、前の戦争のときにも使われた、ジャミングに使われる技術だよね?」

「そ」

 

 コロイド粒子を媒介としてウィルスを散布し、ジャミングにより量子コンピュータの働きを阻害する。前大戦時にはザフトの〝ベルゴラ〟を雛型に、大西洋連邦の〝レムレース〟や〝デストロイ〟にも搭載された、悪魔の情報改竄装置。先の〝G〟兵器の存在についてもそうだったが、メーテルは前大戦を知らなくとも、それについての学習には必死で取り組んできた。彼女は努力家なのだ。

 

「メーテルには、ステラの機体(・・・・・・)を貸してあげる」

「────!」

「だから〝ソレ〟を使って、みんなが帰ってくるまでの時間を稼いで欲しいの」

 

 それを聞いた、メーテルの目の色が変わる。

 今ここにおいては言及しないが、一時とはいえ、ステラが自身のモビルスーツを貸与してくれるというのだ。その選択は彼女なりの信頼の顕れであって、後方支援とは名ばかり留守番──〝置いてきぼり〟と考えていたメーテルにとっては、何より嬉しいサプライズでもあった。

 

「だいじょうぶ、メーテルならできるよ」

「……うんっ!」

 

 寄せられた期待に応えてみせる。

 意気込んだメーテルの笑顔が、ぱっとステラの表情を照らした。

 

 

 

 

 ────そうして作戦は始まった。

 砂時計によく喩えられる〝プラント〟の支点に宇宙港は造られ、ステラ、スティング、アウルの三名は装いを新たに、偽造IDを使って〝プラント〟内へと入り込んだ。

 式典を控えてか、宇宙港は稀に見る賑わいと活気に満ち溢れていた。ステラ達は押し寄せる人波を避けて高速エレベータに乗り込み、人々の居住区のある〝プラント〟の底部まで一気に移動。

 透明なシャフトを通して、眼下には青い海が広がっていた。太陽のない空、それでも日差しを受けて輝く海に、緑の島々が散らばっている。どこか地中海を思わせる人工の大自然を目の当たりにしながら、スティングとアウルは生まれて初めて見る絶景に感嘆の声を挙げ、ステラはどこか遠い目をして、この風景を見下ろした。

 

 ──市内に潜入したら、特定のポイントに向かってくれ。そこに工作員(ニンゲン)を手配する。

 

 港を出たステラ達だが、次の段取りはどうだったか? 彼女の頭の中では、ブリーフィングルームで聞いたネオの声が鮮明に記憶されている。

 ──特定のポイント……。

 たしか、繁華街に建てられた巨大なビルボードが目印のはずだ。ステラ達三人はその大きな看板(ビルボード)の前に立つ。手配された工作員と合流するまで、少しの時間の余裕ができた。

 

 

 

 

 

 その束の間の待機時間の中で、アウルは云った。

 

「……なあ、ステラ」

 

 ぶっきらぼうに──しかしどこか平静を装うように──両手を頭の後ろに組みながら、アウルは茫洋と佇んでいるステラへと話しかけた。

 アウルは地球の生まれだ。コロニーを訪れるのはこれが初めてで、しかしながら、そのときびゅうと一陣の風が彼らの間を吹き抜けた。地球の自然とは程遠いこの環境で、それがどういった原理で生み出されているものなのかを、アウルは知らない。

 吹き抜けた風により、隣に立つステラの髪が揺れる。金の絹糸のような長い髪が風に踊り、その美しさはこれを見る者の──ことにアウルの視線を奪った。

 女の子らしい甘い匂いが、鼻先をくすぐる。人形のように長い睫毛。きめ細やかに整った少女の横顔は、しかし、幼さを残しすぎるというわけではなく、人としての格の違いを悟らせるほどに怜悧に映る。おおよそ美少女然とした可憐な容姿に見合わない、不可思議なまでの落ち着きと色香。人生における壮絶な経験の差が、アウルにそれを感じさせるのか。年齢でいえば、己とそう変わらないはずのくせに──?

 

「…………っ」

 

 たしかに、パイロットとしての腕前において、これまでアウルはステラに勝てた試しがない。

 ──というか、勝てる気がしない。

 ロドニアにいた頃は、他の誰にも負けなかった。いま自分の隣に立つスティングを除いて、全員がザコだった。メーテルもだ。そんな競うにも値しないザコばかりをいたぶり続ける日々の中、アウルは己がパイロットとして〝強い〟のだと自負していた。

 

 その自負を──その慢心を──真正面から打ち砕いたのが、視線の先の少女だった。

 

 ロアノーク隊に配属された後、隊員同士が〝ダガー〟に乗り、互いに模擬戦を行ったことがあった。アウルはいつものように片手間で遊びながら、ステラ・ルーシェの実力とやらを測るつもりで戦闘に臨んだ。

 ──なんで、コイツが副長なんだ?

 ──オレらとあんま、変わんないじゃん?

 隊長の方はいい。あのヘンな仮面の意味は分からないし、モビルスーツに乗っているところも滅多に見かけないが、なんだかんだ云って、アレの立てる作戦はいつだって面白い。

 だが、副長の方はどうだ? 着任してみれば、自分とそう変わらない見目の女が自分達の上に立つと云われた。負けず嫌いのアウルは、その序列を当然のように拒絶した。

 強者こそが上に立つ。それがロドニアのラボの掟だ。歪ながらも徹底された実力主義の中で生きてきた彼らには、力を以て上位者に挑む権利が与えられて然るべきだった。

 

 ──コイツに勝ったら、副長の座はオレのものだ!

 

 サーベルを握って斬りかかり、次の瞬間、視界からふっと敵の姿が消えた。世界がぐるりと回転し、自分が機体ごと転がされているのだと気付いた頃には、相手の刃にコクピッドを抑えられていた。

 

 ──なに、された? おれ……今……っ?

 

 分からなかった。自分が何をされ、何で負けたのかも──。

 あれを完敗と云わずに、他に何と呼べばいいのか。それほどに一方的な形勢をもって、アウルはステラに負けてきたのだ。傲りは単なる傲りでしかなく、そのときをもって、ロアノーク隊の序列は不動のものとなった。

 

 ──この女は、どんな人生を歩んできた……?

 

 少女の横顔に恍惚としながら、アウルはそんなことを考える。自分と彼女の間には、ひとえに畏敬の念さえ抱くほどの実力と経験の違いがある。それは差であり、溝であり、アウルはどうにかしてその溝を──彼女との距離を詰めてみたかった。

 アウルはステラが知りたかったのだ。その容姿の麗しさだけで云えば、もっと別の人生が開けたはず女──なのにどうして、彼女は今〝ファントムペイン〟なんかをやっているのか。純粋な興味というには、それはそう、極めて少年的な生理のひとつだった。

 

「なに?」

「あ……いやっ……」

 

 円らなる無垢の目に見つめ返され、アウルは思わずたじろぐ。

 話に水を向けたのは、自分だというのに。

 

「おまえ、昔はもっと、その髪短かったんだってな」

「……?」

 

 果たしてそれは、アウルが本当にこの場で訊ねたかったことなのか。訊かれたステラはきょとんとし、一方でアウルもまた、自分が何を意図してその質問を口走ったのか理解していなかった。

 

「ねっ、ネオから聞いたんだっ」

「──あ」

 

 云われて初めて気づいたとでもいうように、ステラは風になびく自身の長髪に触れた。腰上あたりまで伸びた、流麗で柔らかに波打った長髪。誰であるのかは知ったことじゃないが、ちょうど今、頭上の電子看板に流れ始めた広告に映る、桃色の髪の歌姫のような。

 

「そう、みたいだね。たしか、ネオがそう云ってた気がする」

「あ……?」

「よく憶えてないの。むかしのこと」

 

 電子看板をステラもまた見上げながら、遠い目をしてそう云った。

 

(なんだよ、そりゃ)

 

 ステラでさえ知らない、彼女自身の過去。しかし今の口振りでは、ネオはそれを知っている。

 ──でも、オレは知らない……。

 顔を伏せ、もやもやと燻るアウルの中で、小さな不満の火が灯る。

 そのとき一台のバギーが、ちょうど彼らの目の前に停車した。運転席にはザフトの軍服姿の男が座っており、そいつはステラの視線を受けると、何かを確かめるように小さく頷いた。彼こそが、ステラ達が合流を待っていた工作員か。

 ステラの方はバギーの空いていた前方座席、つまりは助手席に上がるが、そのとき偶然に市内を歩いていた黒髪の少女と目が合ったような気がした。一方でアウルとスティングは後部座席へ乗り込み、風を切って走り出したバギーの中で、アウルは憮然として声を漏らす。

 

「……ちぇっ、おもしろくねぇ」

「何か云ったか? アウル」

 

 小さな不満を耳にして、スティングが顔を覗き込んでくる。

 彼はアウルにとって、兄貴も同然の存在だ。戦友にして、同時にライバルだとも思っているが、やはり、こういうところで視野が広く、面倒見のいいところは素直に尊敬している。

 そうだ、尊敬だ。しかしながら、今ばかりはお節介であって、今だけは放っておいて欲しかった。アウルは憤懣やるかたなく、口を尖らせてスティングに云った。

 

「……なんでもねーよっ!」

「なに怒ってんだ? ヘンなやつだな」

 

 甘えたように不貞腐れるアウルを、スティングは困惑しつつも苦笑しながら見守った。

 

 

 

 

 

 ──指定のポイントで車に同乗した後、工廠まで案内して貰え。

 

 作戦のすべては、ネオの目論んだ通りにことが進む。

 彼が手配してくれた工作員というのも、時間ぴったりに指定の場所までやってきてくれた。げんにステラは、彼の指示のままに動いているだけで良かった。

 

 ──キミたちはVIPとして、工廠内を立ち入ることを許されることになる。

 

 入口の検問所(ゲート)に差し掛かったところ、男はIDを見せ、来賓を案内する係官であるかのように振る舞った。彼が本当にザフトの軍人なのか、それともステラ達のように偽の身分を名乗っているものなのかは知らない。だが、おおよそステラ達は来賓として相応しい洒落た洋服に身を包み、検問のザフト兵はいかにも納得といった風にバギーの通過をパスしてくれた。

 

 ──式典を後日に控え、工廠内はVIPの見学客だらけだ。同伴の係官さえいれば、君達の素性を疑う者など現れない。

 

 広大な敷地内は雑然としている。巨大なモビルスーツ〝ジン〟や〝ガズウート〟が入り乱れて動き回り、式典のための盛大な準備に取り掛かっているようだ。

 見れば、視線の先の至るところで民間人の姿も混じっている。いずれも係官を引き連れた地元のセレブリティといったところか──彼等は誰しも興奮した口調で軍艦の必要性を語り合い、自国の持つ技術力の高さに鼻を鳴らしている。傍目に見れば、ステラ達もその内のひと集団のように見られているのだろう。

 

 ──それを利用する。

 

 やがてバギーは、巨大な格納庫の前で停車した。

 工作員の男によってキースリットに鍵が通され、重厚なハッチがおもむろに開かれてゆく。用意されたバッグからさまざまな武器が取り出され、スティングとアウルが不敵な笑みで銃を受け取ると、慣れた手付きで弾倉を装填。ステラの方はナイフを鞘から抜き放ち、真白く輝く刃の先を見た途端、その双眸から人間的な光が消えた。

 四人は風のように忍び込み、改めて格納庫内部の様子を確認する。仄暗く無機質な空間の奥に、モビルスーツ運搬用のクローラーが四台ほど並んでいるのが見て取れた。

 

 ──目標は四機(・・)

 ──これを迅速に奪取しろ。

 

 次の瞬間、工作員を含めた四人が一斉に物陰から飛び出した。

 かん高い銃声が、天井にこだまする。

 スティングが無造作にばらまいた銃撃を喰らって、クローラーの周辺にいたザフト兵達が次々になぎ倒される。アウルもまた宙で側転しながら、己を誰何する敵兵に向けて銃口を絞った。

 完全にして、完璧なる奇襲。不意を突かれたザフト兵だが、流石はコーディネイターといったところか、それらの立て直しは早かった。敵を認めて迎撃姿勢を取り、その中には、ザフトにおけるエースを意味する赤の服を着用した者もいた。

 

「アウル、上だ!」

 

 弾丸を振りまいて周囲を牽制しながらも、スティングが無造作にアウルへ注意を飛ばす。クローラーの上から、自分達をつけ狙うザフト兵達が見えたのだ。

 呼び声を受けたアウルは、しかし、それを一顧だにせず肩越しに銃を向けることで撃墜しようとした。散らされた弾丸は正しく兵士達を次々に撃ち落としたが、一瞥すらしなかったことが、結果的に撃ち漏れたザフト兵のひとりへ反撃の隙を与える。

 

「あのバカ……!」

 

 反撃の銃声が鳴り響き、放たれた弾丸は工作員の男を貫いた。

 男はドウとしてその場に斃れ、今度の敵はアウルにまで銃口を向けた。

 だがソイツは、慌てて追撃に飛びかかったステラによって片付けられた。

 

「──ちッ、四機目(・・・)は失敗か……!」

 

 スティングが舌を打つ。

 ──計画が狂った!

 本来であれば、四機目のモビルスーツは先の工作員が奪取する手筈になっていた。頭数がひとつ欠けた以上、たったの三人で、この場にある四機を持って帰ることなど不可能だ。

 ──やはり、部外者は信用できない。

 こんなことになるくらいなら、メーテルを連れてくるべきだったか……?

 

「どうする、ステラ!?」

 

 いまだに残る数人のザフト兵を相手にしながら、スティングはみずからのリーダーに問う。

 彼もまたアウル同様、彼女こそが上位者だとその実力を認めているのだ。

 

「任務が先。奪えないのであれば、その機体は破壊する」

 

 淡泊に云いながらも、ステラの方はこのとき単騎で何十人もを相手にし、ほとんど一方的に暴れ回っていたという。

 それらの騒乱から数分もしない内に、格納庫内は静寂に包まれた。動く者がいなくなったのを確認した後、ステラは気を失ったように足元へ銃火器を投げ捨て、スティングとアウルもそれに倣った。一拍置いてクローラー上へ飛び上がり、ステラはそこに横たわっている暗灰色の巨大な機体に目を落とした。

 

「この機体」

 

 彼女が何かを云いかけた、次の瞬間である。ステラ達が駆け込んできた現に開放中のハッチから、黒い髪の少女が現れたのは。

 ステラ達の後を追ってきたのか? その人物は格納庫内の惨状を目の当たりにして唖然とした表情を浮かべたが、顔を上げると真っすぐにステラの方を向いた。その口は大きく動いている──何かを必死に呼び掛けている風だが、距離が離れてステラには聞こえなかった。

 

「──ああ?」

「なんだ、オイ──?」

 

 スティングとアウルが、それぞれに当惑の表情を浮かべる。

 ──アイツも撃ち漏らしか? だが……。

 戸惑いながら、ふたりはステラへ目を向ける。けれども、彼女にとっては任務が先だ。現れた少女を無視し、すでにステラは機体のコクピッドへと飛び降りている。

 コクピッドの中ではOSが起動し、手許のモニタがぱっとして明るくなる。束の間の待機時間、一拍置いてモニター越しに先の少女を目で追ったものの、その姿はもうどこにもない。

 時間が迫り、手許に流れるOS名──

 

 ─────。

 ──────。

 「G」eneration

 「U」nrestricted

 「N」etwork

 「D]rive

 「A」ssault

 「M」odule

 ────。

 ──────。

 

 そして、ステラは次に映った機体名称に目を留めた。

 

「──〝ガイア〟……?」

 

 全てのチェック作業を終え、機体の電源が灯る。

 三機のモビルスーツはクローラーごと起き上がり、電源ケーブルがはじけ飛ぶ。巨神を思わせるその堂々たる威容が立ち上がったそのときになって、基地内にけたたましい警報が鳴り始めた。瀕死の兵士が力を振り絞って警報ボタンを押したらしいが、今さらもう遅い。

 三機の〝G〟は揺らめくようにフェイズシフトを展開させ、傍らの機体群はモスグリーンとネイビーブルー。ステラの乗ったモビルスーツは、そうして黒色に彩られた。

 

 ──せっかくの式典(おまつり)だ。

 ──ザフトの新型〝G〟兵器、その出来栄えを、彼ら自身に味わっていただこう。

 

 飄逸たる口調の下に、残忍な微笑みが浮かべた男──すべては彼の指示通り。

 作戦は、万全を期して遂行されなければならない。

 それこそが第八十一独立機動群──〝ファントムペイン〟というものだ。

 

 





 何年もの間、とにかくお待たせしました。

 次回、運命篇・第一話『震える瞳』──

 視点は変わり、ザフトサイドからのお話になると思われます。

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