~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

11 / 138
『ルーシェと名乗る少女』

 〝ヘリオポリス〟は跡形もなく崩壊した。そこで暮らしていた学生らにとって、当たり前だと思われていた日常は崩れ去り、コロニーはデブリとなって宇宙の彼方に散ったのだ。

 

 宙域へと投げ出された〝ストライク〟と〝ディフェンド〟であったが、キラの方が、ステラの機体の腕を掴んで手放さなかった。そのおかげか、二人は逸れることもなかった。

 モビルスーツに乗ったままの宇宙に放り出されるなど、キラにとっては人生初経験だ。

 そのことで動揺していた彼であったが、これとは対照に、ステラの方はなぜか小慣れた様子──というより、まるで熟練のパイロットであるかのように、見事なまでに的確に対応してみせた。

 

 モビルスーツといっても、その形態は、些か大きな宇宙服のようなものだ。宇宙でスタンドアローンを貫けるものでもなく、ステラはまず、身を寄せるべき母艦を探すべきと提言。結果として〝アークエンジェル〟へ戻ることが賢明だと判断したのだろう──その熱紋をセンサーで特定し、位置を割り出した後、巧みな機体操作でキラの機体の腕を引っ張って、一緒に帰ることを促した。

 その途中で、一隻の救難ボードを発見──おおかた〝ヘリオポリス〟の崩壊に巻き込まれて投げ出されてしまった難破船だろう。キラの進言で、ステラはこれを回収して〝アークエンジェル〟へ持ち去った。

 それからは無事、トールやサイ達も回収されていたようで、キラは同級生達の安全を確認すると、ひとまずは、ほっと胸を撫で下ろしたという。

 

「ステラ、だいじょうぶ?」

「うん?」

「ごめんね。僕が、きみの手を離さなかったばっかりに……アスランのところへ、きみを帰してやれなかった」

 

 付け加えられた言葉に対し、ステラは云った。

 

「だいじょうぶ。ステラ、うれしかったよ」

「……え?」

「アスランに会えたのも。キラが守ってくれたのも、うれしかった」

 

 オレンジの〝ジン〟が放った重粒子砲から、キラはステラを守ってくれた。ステラはそのことを云っているのだろう。

 穏やかな表情でそう云われ、言葉を受け取ったキラは、心の中の靄が少しずつ晴れていくような気がした。

 

「その……恨んでない? アスランとまた、離れ離れになったこと」

「うん。生きてるなら、また会えるから」

 

 「生きている」ならまた会える──

 ステラは自分の言葉を疑わなかった。

 お互いの「それ」を潰し合うのが、今起きている戦争だというのに。

 

 ────と、〝アークエンジェル〟のクルーの多くが、モビルスーツの格納庫へとゾロゾロとやってきた。その中にはマリューやナタルがいて、キラの同級生達の姿もあるようだ。

 キラが回収した救難ボードを開く。その中からは多くの民間人、そして、偶然そこに乗り合わせていたフレイ・アルスターの姿があった。フレイが救難ボードの中にいたことに驚いたキラであったが、〝ストライク〟のハッチを開き、ひょっこりとそこから顔を出した途端、格納庫にいるクルー達からざわめきが上がった。

 

「おいおい、なんだってんだぁ? 子供じゃねえか! あんな坊主が〝アレ〟に乗ってたてえのか!?」

 

 コジロー・マードック。首にタオルを巻き、不精髭を蓄えた如何にもガテン系の男性が、あからさまに皆の意見を代弁する。

 現在、正規搭乗員の過半数を喪失している〝アークエンジェル〟が、しかしながら間に合わせのクルーのみでザフトを撃退できたのは、まず間違いなく〝ストライク〟が奮闘してくれたおかげだ。襲来した〝ジン〟を〝ストライク〟が撃墜くれたから──そうでなければ、今頃の彼等は無事では済まなかった。そんなモビルスーツを操っていた人間が、まだ年端もいかない繊細そうな少年だったと知った時、彼らの受けた衝撃は大きい。

 ──軍服でも、作業服でもない。

 単なる私服を着た少年であるからして、どう見ても民間人の少年だったのだから。

 キラの無事を確認したトール達が、ぱあっと表情を晴らせ、クルー達を人だかり押しのけて、格納庫へと降り立ったキラへと駆けよっていく。

 

「よかった、無事だったか!」 サイがキラの肩を叩き、

「心配したぜー!」 トールが勢いよくキラに抱き付いた。

 

 心配したのはこっちも同じだよ、と答えようとしたキラであったが、そのとき傍らから、パイロットスーツに身を包んだ男が口を挟んだ。

 

「へえ、こいつは驚いた」

 

 突然脇から声をかけられて、キラはそちらへと顔を向ける。

 ムウ・ラ・フラガ──長身の男だ。精悍そうな顔立ちに、やや軽薄に見える笑みを口元に浮かべながら、彼はキラへと歩み寄っていく。

 

「な、なんですか……っ?」

「──きみ、コーディネーターだろ?」

 

 それは質問というより、確認の意味で放たれた言葉のように聞こえた。

 その一言が、誰にも聞こえる声量であったがために、場の空気が凍り付く。そして条件反射か、ムウの背後に構えていた兵士達が一斉にキラへ銃を突きつけた。

 

「…………!」

 

 これこそが、彼等の住まう世界の実状だ。

 ──ナチュラルにとって、コーディネーターは『敵』……。

 しかし、そこへトールが割って入って、キラの前へと庇うように立ち塞がった。

 

「だからどうしたんだよ! キラは敵じゃない! あんた達だって、キラがザフトと戦って、俺達を守ってくれたの見てただろ!?」

「……。銃を下ろしなさい」

 

 トールが主張に理があると認めたのか、マリューがそうして兵達を制した。クルー達によるどよめきはなお続いていたが、そのどよめきを引き起こした張本人は、まるで悪びれた様子もなく口を開く。

 

「いや、すまんね。騒ぎを起こす気はなかったんだ。ただ俺は、これまでに〝ストライク〟の正規パイロットになるはずだった新米連中のシミュレーションを見て来てるからなあ。やつら、機体をノロクサ動かすのにも四苦八苦してたんだぜ?」

 

 その〝ストライク〟が、なんたることか。

 先に見た〝ヘリオポリス〟の中では、コーディネーターの操る〝ジン〟を何機も撃破していたではないか。

 ──そんなにも簡単に、ほいほいと動かせる代物じゃないはずだ。

 そこから導き出される結論。

 ムウにはキラの正体が、確認する必要性もなく断ずることができたのだ。

 

「勿論それは、向こうの一機も同じだが」

 

 ムウはキラから視線を移し──〝ストライク〟と並んで動きを止めた、聳え立つ真鍮色の〝G〟を仰いだ。

 

「──〝アレ〟のパイロットは?」

 

 ────そもそも、ナチュラルの中にも、卓抜したパイロットセンスを持つ人間は存在する。

 たとえば、今の言葉を放ったムウ・ラ・フラガなどは間違いなく、そうした〝例外〟の内の一人だろう。

 彼はナチュラルでありながら、高度な『空間認識能力』──物体の位置・方向・姿勢・大きさ・形状・間隔等を瞬時に把握する力──を保有しており、これを活かした〝ガンバレル〟による全方位攻撃(オールレンジ)攻撃を自在に使いこなす。誰にでも真似できる技能ではなく、その戦闘能力はコーディネイターにも引けを取らない。そうでなければ、彼は今も歴戦のパイロットとして生き延びてはいないだろう。

 

 ──だからこそ、興味がある。

 

 この真鍮色の〝G〟に乗っているのが、やはりキラのようなコーディネイターの少年なのか。それとも──

 ムウはどこか愉しげに〝ディフェンド〟を見上げている。

 そのハッチが開いた途端、格納庫にいる一同が、ぐっと息をのんだ。好奇や疑心、それは様々な感情が入り乱れた瞬間でもあった。

 

「…………?」

 

 そうして〝ディフェンド〟のコックピットから姿を見せたのは──キラよりもはるかに幼いように見える──首をかしげた金の髪の少女だった。

 

「はあああッ!?」

 

 マードックの悲鳴のような割声が響いた。キラが現れたときよりもオーバーリアクションだが、愕然としたのはやはり彼だけではなく、間違いなく場にいる全員であっただろう。

 ハッチから出て来たステラは──見下ろす限り、ぽかんと口を開けてこちらを見ている──言うと悪いが──とてつもなく間抜けな表情に凝視され、訳が分かっていない様子で首をかしげている。

 滅多なことでは動じない、という自信のあったムウであったが、このときばかりは、いくぶんそのハッキリとした声が震え出していたという。

 

「おいおい、マジかよ……。今度のはなんていうか、言葉も出てこねえな……」

 

 金の髪をなびかせた、可憐なる美少女。どこかの芸能事務所にでも所属していそうなアイドルとでも云おうか、それほどまでに儚げで、あどけない容貌の少女が──武骨なモビルスーツのハッチから出てきたのだ。

 

(え? クルーゼの野郎、あんな女の子に追っ払われたってことかよ……)

 

 ──マジか。

 色々と困惑したが、まずは宿敵であるはずのクルーゼを不甲斐なく思うと同時に、そんなクルーゼに、一矢報いることさえ出来なかった自分の腕を情けなく思う。

 表情を引きつらせるムウであるが、そんな彼を尻目に、キラも含めた学生たちが一斉にステラの元へと駆け寄って行った。

 

「無事で良かった!」

「ステラすごいじゃない! ほんと何者!?」

 

 サイ達の安堵の声と、ミリアリアの嬌声が飛んだ。

 そしてまた、この後の〝アークエンジェル〟は────ザフトからの奪取を免れた〝ストライク〟と〝ディフェンド〟を大西洋連邦司令部へと無事に持ち帰らなければならない。

 そのために──まずは補給が必要だ。

 

 ユーラシアの軍事衛星〝アルテミス〟────

 

 北大西洋連邦と同じ軍事同盟下にあるそこであれば、現在〝アークエンジェル〟のいる位置から近い宙域にあり、寄港できる可能性が高い。

 艦の補給は勿論のこと、突然の事態で、ヘリオポリスまで崩壊させてしまった────学生たちのように、本意ではなく〝アークエンジェル〟に乗り込んでしまい、いまだ混乱しているクルーも多いだろう。

 彼らにも──休養できる場所が必要だ。

 マリューはそう考え────軍事衛星〝アルテミス〟への軌道に付いた。

 

 

 

 

 

 

「アスラン・ザラです。通達を受け、出頭いたしました!」

 

 ラウのいる隊長室に入り、鯱張って敬礼するアスランに、ラウはゆったりと応対した。

 

「君と話すのが遅れてしまったな、呼ばれた理由は判っているのだろう?」

 

 呼び掛けに、アスランは頷く。

 ──命令違反。

 彼が即座に持ち帰るべき〝イージス〟を駆り、データの抽出も終わっていないその機体を、何の指示もなく実戦へと投入したことだ。

 

「懲罰を課すつもりはないが、話だけは聞いておきたい。あまりに君らしからぬ行動だったからね」

 

 アスランはその言葉を受け、しばらく強ばった表情を浮かべていたが、しかし、云い逃れることはできないのも頭では理解していた。今の彼は軍人で、一兵卒として、戦場で起きた委細を指揮官に報告する義務がある。

 ────そうしてアスランは語り尽くした。

 月の幼年学校時代に、古くから友人であったキラ・ヤマト──コーディネーターであるその友人が、件の〝ストライク〟に乗り込んで、その異能を発揮して自分達と戦い、そして今もそれを続けていること。

 報告を受けたラウは、

 

「──成程、戦争とは皮肉なものだな」

 

 告げられた事実を評するような言葉で答えた。

 しかし、それを言い終えたアスランは──まだどこか釈然としない表情を浮かべていた。頭の中でひとり考え込んでいるような──そんなことを延々としていても答えは出ないだろうに──重苦しげな表情だ。

 

「他にも何かあるのかね?」

「あっ、いえ……」

「ふむ」

 

 アスランは混乱している。クルーゼの目から見てそれは明白だった。

 クルーゼ隊に加入してからのアスランは、ラウとも妙に長い付き合いになる。長い間傍にあれば、行動パターンなどはある程度理解できてくる。

 

 ──アスランは軍人としての能力で云えば最優秀と云っていいだろうが。

 ──クルーゼ隊の中では、それこそ一番軍人に向いていない性格をしている。

 

 咄嗟のことに動揺すると、一見涼やかなそうにも見受けられるその端整な表情(ポーカーフェイス)は、途端に崩れ去る。ひとり思い詰めている時も同様だ。

 悩んだところで決して解決などしないことを、ひとり孤独に思い詰めがち──とでもいうのか。ここまでアスランを理解しているラウにとって、目の前にあるアスランの様子は、まだ何か言い足りないという、子供のように素直な部分の現れだろうと推測できた。

 

「〝ストライク〟──それに〝ディフェンド〟と云ったか? 我々が奪い損ねた、もう一機の機体は」

 

 突如として持ち出された機体の名に、アスランの顔色が変わった。

 

「私も〝シグー〟で出撃したのだが──きみも報告くらいは聞いているだろう? ──あの〝ディフェンド〟に思わぬ反撃をもらい、被弾した次第だよ」

 

 我ながら浅はかだったな、と嘲ずるようにラウは述べ、アスランはいえ、とそんな自らの隊長を庇うように言葉を漏らした。

 

「最初は〝それ〟を動かしているナチュラルが、闇雲に私に突進を仕掛けてきたのだと錯覚してしまった。あの機体には突進以外の攻撃手段が無かった(・・・・・・・・・・・・・・)のだと判断するのが遅れてね──聞けばあの機体の装甲は、ひと突きで〝ジン〟の機体をバラバラに砕いたという」

 

 堅牢で重厚な大盾は、当然にビームや実弾兵器、〝ジン〟の持つ重斬刀などを防御するためのシールドとしても機能するが、その重量と強度ゆえに、モビルスーツの装甲に叩きつければそれ自体が破壊的な鈍器にもなるだろう。勿論、理論上の話であって、それはどう考えても本来の使用用途ではないのだろうが。

「しかし、武装がなければ誰だって及び腰にもなるだろう? 自衛のためには守性に回ることを選ぶ──それこそが〝普通〟であり、戦場では〝尋常〟な判断というものだ。──しかしながら、あの機体のパイロットは、それにも構わずシールドを用いて突撃するという蛮勇を貫いた」

 

 守勢に回るのではなく、どこまでも攻勢に努めることを選び取った。

 攻撃こそ最大の防御とはよく云うが、実際の戦場で、それを反射で実行できる人間はそうは居ないだろう。

 まるで歴戦の猛者であったようだと、ラウは薄く笑って云った。

 

「その発想に至るまでのスピード、迷いの無さ、胆力……こう云ってはなんだが、どれもこれも、実に見事なものだったよ」

「…………」

「ましてや〝ソレ〟を、とても地球軍のナチュラルが発揮していたとは、私には思えないのだが──」

「隊長!」

 

 話を遮る非礼を犯してでも、そのときアスランが声を上げた。

 

「勝手を承知でお願いがあります。この私を、次の戦闘──〝イージス〟で出撃させて頂けませんか」

 

 命令違反をし、クルーゼの配慮で懲罰をまぬがれたこと自体が僥倖なのだ。

 その上でアスランは、改めてラウに伝えた。

 

「確かめたいことがあります」

 

 キラのことは、なんとかして説得し、ザフトへ降伏するように伝えよう。

 あるいは〝ディフェンド〟とそのパイロットが出てくれば──そのときは。

 

 

 

 

 

 

 ムウはメカニックの男性を伴って、キラとステラの乗っていた二機の〝G〟の整備・点検、そしてデータの抽出作業に立ち会っていた。

 

「なんだこりゃ」

 

 コジロー・マードック軍曹──

 彼は、その風貌こそがさつで粗暴に見えるが、メカニックとしての知識と技術は、職人の中でも相当なものだ。そのマードックが困惑を露にした顔をして、現在は〝ストライク〟のOSのデータを見ている。

 どれどれ──とムウがマードックの代わりに〝ストライク〟の中に潜り込むと、

 

「なんだこれ」

 

 と、似たような言葉を放った。〝ストライク〟のOSデータが、ごく一般の人間では理解不可能なな、極めて高度で複雑なものへと書き換えられていたのだ。

 

「こんなもん、あの坊主以外の誰が扱えるってんだ?」

 

 ナタル・バジルールは根っからの軍人気質の女性であり、今回の野戦任官に当たって、順当な判断として、ムウに〝ストライク〟に乗るよう打診した。二機の〝G〟は地球軍の最重要機密であり、そのような機体を、これ以上民間人の少年少女に好き勝手されるわけにはいかないと、彼女なりに判断を下したのだ。

 打診を受けた当初は、ムウとしても反対する意義もなく、やはり同意だった。彼女が云いたいことは尤もであり、しかしながら、このようなデータを見た後では、不同意の側に回らざるを得ないだろう。

 マードックが近寄ってきて、ものぐさな感じで云う。

 

「〝ストライク〟ほど怪物じみてやいませんが、〝ディフェンド〟の方も、かなり勝手な書き換えが行われてますね」

「ああ、もう! あのぼんやりしたお嬢ちゃんのどこに、こんなに高度で複雑なOSを完成させるようなスペースがあんだよ」

 

 理不尽な怒りを覚えているとムウは自覚こそするが、これではナタルに理不尽に怒られるのもムウの方だ。

 コーディネーターという人種が、改めて自分達とは違うのだな、と再認識してしまうムウであった。

 

 

 

 

 

 

 艦橋でステラは、〝アークエンジェル〟の外に広がる宇宙の様子を、ひとり呆然と眺めていた。

 ──宇宙なんて、久しぶり。

 星々の輝きがまるで宝石の海原のように煌めいて、燦々と虚空を照らしている。魂ごと、吸い込まれて行きそうな深い世界だ。物思いに耽ながら、ステラはぼんやりと、考えごとしていた。

 心の隅に、どこか引っかかる違和感がある。それは、この戦艦に搭乗してから抱き始め、いまだに拭えない、得体のしれない感情。ステラが今乗っている──この戦艦の名前。

 

 〝アークエンジェル〟────どこかで、聞いたことのあるような名前だ。

 

 艦船の内部構造にも、どこか見覚えがある。これが地球軍の戦艦だというなら、それも不思議なことではないのだろうが……以前、似たような戦艦に乗っていたことがあるのだろうか? 

 ──〝ガーディ・ルー〟…………?

 いや、あれはミラージュ・コロイドを搭載した特殊戦闘艦であり、戦略型のこの船と、細部こそ違っている。しかしどこかそれに似た強い既視感を覚え、不思議と船の構造が、頭の中に残っているステラであった。

 

「──ステラ? ちょっといい?」

 

 窓から宇宙を眺めていると、その背後からキラが現れ、ステラへと話し掛けた。ステラは体重を壁に預けたまま、くるりと身体をキラの方へと向けた。

 

「ドタバタしてて、ちゃんと話せなかったけど……その、色々と話したり、聞きたいことがあるんだ」

 

 キラはそう言って、ステラを与えられた部屋へと誘った。

 〝アークエンジェル〟の中には、重力を有する居住区画があり、収容した民間人の多くが、この居住区の部屋にその身を預けられる。

 むろん、多人数の収容も想定し、ひと部屋は複数人での相部屋構造となっているが──特殊部隊要員として地球軍に配属されていたステラは、このような区画が備えられた戦艦があることをこの時初めて知り、きょろきょろと辺りをよく見回し、好奇心に溢れた眸を浮かべていた。

 キラ達ヘリオポリスの工業カレッジの学生達も、軍の最重要機密を知ったとはいえ扱いは民間人であり──居住区部屋の一角を与えられていた。

 

 キラに誘われ、ステラはキラに与えらた部屋へと入っていく。

 その部屋には誰の姿もなく、ふたりきりの空間だった。

 

「なに?」

「ああ、うん。とりあえず、座ってよ」

 

 周りには誰もいない──よほど、ふたりで話したいことなのだろうか?

 ステラは言われたとおりに、キラのベッドに腰掛ける。キラはデスク用のイスに腰掛け、その口を開いた。

 

「さっき、整備士の人から聞いたんだ。ステラ、あのおっきな盾のモビルスーツに乗った時、OSを書き換えたんだって?」

「うん」

 

 悪びれた様子もなく答えたステラに、キラはため息をついた。

 

「どうして……」

「だって、あのままじゃ、アレ、うまく動かなかった。これまでの調整がヘタだった」

 

 正規のパイロット達が四苦八苦して調整してきたであろう、努力の結晶を「ヘタ」の一言で片付けるステラであったが、そんな彼女は〝ガイア〟の操縦に基づく経験から、機動力を最大限底上げするような調整を施したという。

 

「ね、ステラさ──本当にこれまで、どこで何をしてたんだ?」

「?」

「だって、とても信じられないんだ。僕がアスランの家に遊びにいったら、いつも『一緒にあそぼう』って、無邪気に飛び込んできた君が──まさか、そんなことを……」

 

 あのときの〝ヘリオポリス〟は、間違いなく戦場だった。火の手がそこら中で上がって、ハッキリ云って、そこらへんに人の死体だって転がっていた。

 一般的で平和的な感覚を持っている人間なら、自然とパニックに陥ってもおかしくないあの状況で、しかし、ステラは違っていた。彼女は目の前に転がっていた巨大なモビルスーツに乗る──というか奪う──という豪胆な選択をし、僅かな時間でOSを書き換え、あれほどの巨体を手足のように動かして戦い出したのだ。

 どう考えても異質で、異常だ。

 

「僕の知ってるステラが、モビルスーツなんて、動かせるはずがないんだ」

 

 その違和感を問い質すために、この質問の席を設けたというのだろう。

 

「僕がきみと別れて三年──血のバレンタインからは一年か。……その間に、何があったの? アスランだって、きみが生きているって知らなかった──だから、あんなに驚いてた」

 

 整理をつけていくように、キラはあえて自分にも聞かせるような口調で言葉を紡ぐ。

 

「……………………」

 

 問いかけられたステラであったが、結論から云えば、その問いに彼女は答えなかった。

 口をあんぐりと開けている辺り、解答する意欲はあるのだ。あるのだが、舌足らずなステラの場合は単純に、なんて説明したら良いか分からなかったのだ。

 

「あ、そうだ。もうひとつだけ、きみに云っておきたいことがあるんだけど」

 

 だから、ステラの内心の葛藤を前にして、話を打ち切るのはキラの方が先だった。

 妙な沈黙が流れ、やがてキラが、何かを思い出したように付け加えたのだ。

 

「きみの、その『ザラ』って名前は──この(ふね)の人達には明かさない方がいいと思う」

「? どうして?」

「アー、ほら、きみのお父さんって〝プラント〟の偉い人だからさ。そのひとを嫌う──ていうか、僕達みたいなコーディネーターを嫌ってる人は、この(ふね)にも多い、みたいだから」

 

 地球軍の軍艦において、ザラなんて名前が明らかになったら、ステラがこのさき何に利用されるのか、キラとしてはわかったものではない。これは、彼女のことを心配した、キラなりの配慮でもある。

 

「じゃあ、ルーシェ」 

 

 そのとき、ステラがぼうと呟いた。

 え? とキラが訊ね返す。

 

「ステラ・ルーシェ」

 

 思い返せば、ステラは〝ディフェンド〟に乗り込んだとき、自分をそちら(・・・)の名で呼んでいた。

 戦艦から出撃する際には、認識番号等を伝達するために必要な過程──それが自分の名前と、発進する機体名の唱和だ。長く染み付いた慣習──「ルーシェ」の名前が「ザラ」よりも先に立って、口をついで出ていたのだろう。

 

「キラも、そう呼んでくれたらいいよ。ステラ、そういう名前」

「は、早いね、偽名を考えるの。そして何の抵抗もないんだ……」

 

 唖然とするキラであるが、どことなく儚げなその名は、不思議と目の前の少女にぴったりであるようにも感じれた。

 そのときである。〝アークエンジェル〟内に、けたたましい警報が響いたのは。

 ザフトの追撃艦の一隻が〝アルテミス〟への航路をとった〝アークエンジェル〟の前に先回りし、その後方にはまた別のザフト艦が追撃してきている。

 つまり、完全に挟まれた──というのだ。

 

「また、戦うのか……!?」

 

 どうして。

 どうしてザフトは、こうまでして、この艦を狙うんだ。

 

「アスラン……」

 

 キラには、それが分からなかった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。