~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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『震える瞳』B

 

 〝アーモリー・ワン〟の戦闘区域から程近い工廠内のドッグに、淡いグレイの戦艦が係留されている。進水式を控えたザフトの新造戦艦──〝ミネルバ〟である。

 そのデザインは、これまでのザフト宇宙艦──たとえばナスカ級やエターナル級とは一線を画しており、どちらかと云えば、第二次〝ヤキン・ドゥーエ〟攻防戦を生き残った地球軍強襲艦アークエンジェル級を参考とした、直線系の意匠となっている。

 その〝ミネルバ〟艦内は今、すっかりその話題で持ち切りなのであるが、軍工廠区に秘匿されていたセカンドステージシリーズ──何者かによって奪取されたという〝カオス〟〝ガイア〟〝アビス〟──は何を隠そう、式典の後にはこの艦へと配属される予定だった。

 現在、その艦長席に坐すのはザフトの白服を着用するタリア・グラディス。その傍らには、黒服に身を包む副長のアーサー・トラインの姿がある。アーサーは管制席からマイクを伸ばしながら、事件の渦中に舞い降りた〝インパルス〟へと号を飛ばしていた。

 

「アトラ、目的は理解しているな!? 命令は捕獲だぞ!」

 

 〝インパルス〟が戦闘に介入した様子を見て、彼なりに危惧を抱いたのだろう。対艦刀を容赦なく振るってみせたアトラの気配に、つまりは作戦内容の誤認を疑ったらしい。

 

「分かってるんだろうな!? あれは我が軍の──」

〈わかってます! でも、できるかどうかは分かりませんよ!〉

 

 号を飛ばされた方のアトラは、昂然と抗議の声を挙げた。

 これは演習ではないのだ。おおよそ手加減ができるような状況にはないのだと、そのくらいは理解して欲しいものだ。

 

「アーサー、今はそんなお喋りをしている場合じゃないでしょう!」

 

 ぴしゃりと発されたタリアの叱責に、云い返そうとしていたアーサーが言葉を飲み込む気配が伝わってくる。流石は艦長、とアトラも小さく感謝する。副長には悪いが、戦場における余計な雑音は、遮っておくに越したことはないものだ。

 タリアはアーサーから通信回線を奪うような形で呼びかける。

 

「アトラ、現場の状況を教えて頂戴。状況を見る限り、奪取されたのは〝カオス〟〝ガイア〟〝アビス〟の三機だけ(・・・・)──と判断していいのね?」

 

 その推察は、おおよそ正しい。刺客の手に堕ちた新型モビルスーツは、たしかにその三機だけだろう。でなければ、同じ格納庫の壁を突破してその姿を現した〝アリアドネ〟が、これら三機と敵対し、交戦している意味が分からない。

 ──しかし、いったい誰が……?

 正規の手続きを経て〝アリアドネ〟の専任パイロットに選ばれた者の安否も気になるところだ。そいつは間違いなく将来の〝ミネルバ〟を担うクルーであって、タリアは一縷の望みにかけ、通信回線を開く。その凛然とした態度のまま、堂々と〝アリアドネ〟に呼びかけていた。

 

ZGMF-X69S(アリアドネ)のパイロット! 聞こえる?」

 

 そのとき唖然としていたマユの耳に、凛とした女性の声が聞こえたという。

 

「こちらは〝ミネルバ〟艦長、タリア・グラディスよ。──あなた誰? ザフトの人間なの?」

〈──あっ〉

 

 タリアの耳に返ってきたのは、少女の声だった。

 ──しかし、それは少なくとも、タリアが待ち望んでいた者の声ではない……。

 つまるところ、〝アリアドネ〟をはじめとする〝カオス〟〝ガイア〟〝アビス〟に搭乗する予定だった正規パイロット達は、機体奪取の際、何らかのアクシデントに巻き込まれたと考えるべきか。

 ──少なくとも、生きていることを期待するだけ無駄だろう。

 冷たいようであるが、そう判じることにしたタリアの耳に、通信機からは自身を照会するよう呼びかける声が返された。

 

〈こちら、認識番号三〇〇一八、マユ・アスカです!〉

〈──マユ!?〉

 

 タリアは管制席に坐す赤髪のオペレーターの少女に照会を急かせた。

 だが、その返答が寄越されると同時に、予期せぬ方向から驚きの声が挙がっていた。その発信源は〝インパルス〟で間違いなく、普段は物静かなアトラがここまでの反応を示すとは──〝アリアドネ〟に乗る少女とは、いったい何者なのだ?

 

〈マユ、そんなところにいたの! ──〝アリアドネ〟の中に!?〉

〈う、うんっ! ピンチだったから……アトラのおかげで助かっちゃった!〉

〈良かった……っ! でも、なんで私を置いて一人で行っちゃったの!? あれから、ずーっと探してたんだから!〉

〈ご、ごめんってば、アトラ〉

 

 黄色い嬌声、かしましい少女達の上ずった会話が通信機越しに耳に飛び込み、タリアの堪忍袋の緒も切れる。

 ──まったく、女の子というのは!

 このようなことで怒りっぽくなる自分の年齢にも嫌気が差すが、タリアは元々、気が長い方ではないのだ──

 

「貴方達、兵士なら状況報告を優先なさい! ここは軍隊で、女学校じゃないのよ!」

 

 ──だから、飛ばした怒号と叱責は、元々の性分によるものだ。決して僻みではない、決して。

 横面を殴りつけるような叱責に〈すいません!〉とアトラとマユの謝罪が重なった。この通信が初対面のマユはともかくとして、タリアの叱責に対しては、アトラもまた頭が上がらないらしい。

 

〈彼女は私の友人で、アカデミーからの同期生なんです!〉

 

 ──だから、信頼できるということか?

 その弁明で、タリアは思考を巡らせる。納得できる部分もあるが、腑に落ちない点もやはりあるものだ。それは〝アリアドネ〟のコクピッドに坐すマユが、どこからどう見ても私服姿だということ。少なくとも、自軍(ザフト)の工廠に私服で入ってくる馬鹿はまずいない。だとすれば、彼女はどこから入り込み、どうやって〝アリアドネ〟を敵の手から守ったのか。

 ──まったく!

 思考を巡らせてみたが、考えるほどに嫌になる。私服の人間が簡単に立ち入れる程度の警備なら、敵国に送り込まれた工作員らがぞろぞろと工廠区に入り込むことなど、造作もなかったということだ。

 ──兎にも角にも、〝アリアドネ〟のパイロットが、信頼の置ける人物であればいい……!

 それが分かっただけでも、状況を把握したいタリアとしては、大きな前進と云えた。

 

「いいわ。──兎に角、目的は可能な限りの(・・・・・・)捕獲よ。無理だと判ったら、三機の撃墜も許可します」

「えええっ!? 艦長!?」

 

 傍らでアーサーが驚愕の声を挙げる。本部の意向と違うとでも言いたげだが、所詮は現場にいない人間の指示だ。

 ザフトの基礎は現場主義で、頭でっかちの命令に諾々と従う謂れはない。だからタリアは副長を無視して、〝アリアドネ〟のパイロットへと呼びかけた。

 

「マユ・アスカ! 貴方もパイロットなら、できる限りアトラを援護なさい! 貴方達が友人というならなおのこと、友人を助けるつもりでね」

〈わ、分かりましたっ!〉

 

 それきりタリアは通信を切る。ひとまず工廠区の方は、アトラとマユと呼ばれる少女達に任せることにしたのだ。

 だが息をついている暇はない。彼女はすぐに呆然と抜けた顔をしている部下へ呼びかける。

 

「アーサー、強奪部隊なら外に母艦がいるはずよ! そちらはどうなっているの!?」

「はっ、はい! すぐに確認します!」

 

 三機の新型モビルスーツを奪った連中の背後に、何らかの組織があるならば──コロニーの外には、奪取した機体をを運び去るための艦が用意されているはずだ。

 それによって、アーサーは弾かれたように司令部への照会にかかった。叱ってやれば動きはいい青年なのだが、そこに至るまでの自主性と判断力に欠けるのは減点だ。

 

軍港は既に壊滅状態(・・・・・・・・・)──って、えええっ!?」

 

 連絡を受けたアーサーが、またも声を荒げる。だが、タリアもそれを聞いて思わず立ち上がっていた。その報告は、それだけの衝撃をもたらしたのだ。

 ────〝アーモリーワン〟周辺の哨戒に当たっていたナスカ級からの報告によれば、軍港に隣接する司令部でも、敵母艦の存在を予想して二隻のナスカ級を哨戒に出したというのだ。

 だが、その哨戒艦の一隻〝アルジャーノン〟は、任務の最中、突如として何もない空間から現れた(・・・・・・・・・・・・・・・・)所属不明艦(アンノウン)の主砲に撃ち抜かれて爆沈したという。これを受けて司令部は直ちに戦闘配備に移行し、港口からローラシア級を多数発進させようとした。だが、そのとき既に港口に潜伏していた〝ダガーL〟──これは間違いなく地球軍の所有機だ──の奇襲を受け、大破させられた戦艦ごと、港は、ひいては司令部までもが、その誘爆の余波に巻き込まれ壊滅状態に陥ったという。

 

「何もない場所から、いきなり? ──まさか戦艦に〝ミラージュコロイド〟を……?」

「そんなっ! 条約違反じゃないですか!?」

「……。コロニ-に攻め入り、混乱に乗じて新型を奪取することが『合法』だとは、何処にも記されていないわ」

 

 協定を一つ破るも、二つ破るも同じということか。

 苦い顔でタリアは呟き、その意味を理解したのだろう……アーサーは恐々として、いつもより遥かに情けない顔になった。情報収集に当たっていた艦橋のスタッフ達が次々に報告を続ける。

 

「ダメです! 司令部からの応答、ありません」

「工廠内に有毒ガス発生! エスバスからロナール地区まで、レベル四の退避勧告が発令されています!」

 

 思わず耳を塞ぎたくなるほどに気が滅入る報告の数々。

 だが一軍の指揮官として、タリアは受けて立つに他はない。

 

「軍港を先に潰されたのでは、こちらも思うように追討戦力を出せない。……二手三手先を見た、敵ながら見事な作戦ね」

 

 けれども、このときばかりは歯噛みしながら、敵に称賛の言葉を送るしかなかったという。

 ──これほどの作戦を立案できる宿将が、地球軍にいるというのか……? 

 寡兵を率いる一軍の将として、タリアもまたその伝説はよく耳にし、よく学んだものだ。先の大戦中、トップガンとして数々の戦功を上げ、世界樹攻防戦やグリマルディ戦線ではネビュラ勲章を授かった凄腕の俊傑。前線を退いて以降は、指揮官として容赦なき作戦の数々を立案・遂行してきたという、ザフト創設以来(きって)の名将。

 ──ラウ・ル・クルーゼ。

 さながら敵の将は、そんな『英雄』の再来のようではないか。

 

 

 

 

 

 

 特務艦〝ガーディ・ルー〟の艦橋にて、イアン・リーの発破の許、主砲が四条の火を放った。パッと目を射る一瞬の輝きと共に、二隻目のナスカ級〝マルコーニ〟が爆沈する。

 

「随分と(ぬる)くなったものだな、ザフトも」

 

 どこか郷愁感すら滲ませる口調で、仮面の『英雄』ネオ・ロアノークが、薄く笑って吐き捨てた。

 

「所謂、平和ボケというやつですかな?」

 

 その言葉には、傍らのイアンが頷いて同意を示す。

 

「無理もないか。人は戦争を忘れる。忘れたがる──それが人情というものかな?」

 

 殊に、二年前はふたつの人類が絶滅を賭けて殺し合うところまでいったのだ。そこら宙に肉片と血痕が飛び散っていたような凄惨な日々など、真っ当な倫理観を持っている者達であれば意識的に忘れたがるのも無理もないことだろう。

 ──しかし、だからこそ。

 ネオはせせら笑うように嘆じ、そうこうしている間にも、彼らの視線の先で交戦中の〝ダガーL〟が〝ゲイツR〟を落とした。その爆発が尾を引いて、艦橋窓からむっつりとしたイアンの顔を照らし返す。彼はそのまま時計を確認した後、尋ねる。

 

「──彼ら(・・)は? ……失敗ですかね?」

 

 ロアノーク隊の副長が率いる、コロニーに潜入した別動隊のことであろう。予定ではもうじき合流を果たす計画になっている。

 だが、それらはいまだに影も形も見えない。内部で何らかのイレギュラーが発生したと考えるべきか、そもそもイアンが口にした通りになったのか──

 僅かに急いた様子で、彼はみずからの上官に判断を煽った。

 

「港を潰したと云っても、あれは軍事工廠です、長引けばこちらが持ちませんよ」

「分かっている。だが、作戦とは勝算があってこそ為すものさ。それがなければ、私とてこのような無茶を、彼女に任せたりはせんよ」

 

 ネオは気を悪くした様子もないが、そのときイアンの懸念を裏付けるように管制官が報告を飛ばした。

 

「左舷後方より〝ゲイツ〟! 新たに三!」

 

 司令部、および軍港の機能を麻痺させることには成功した。たしかに新たに出撃して来る艦影はないが、かといってモビルスーツまで封じ込めることは不可能だ。

 軍略的に考えれば、予定通り、時間通りに事が進まなかった時点で次善策に切り替えるべきだったのだ。ただでさえ〝アーモリー・ワン〟は敵の軍事拠点であり、そのような場所への長居はそれだけでリスクを高める。その上、封鎖した港も予想より早く復旧しないとも限らない。

 

「〝ダガーL〟隊の活動時間(エネルギー)も気になり始める刻限です。メーテルを出撃()しますか?」

「アレは今回後方支援(ジャミング)担当だ。戦闘行動は許可していない」

 

 軍港を潰した結果、他の〝プラント〟から増援を寄越されても困る。そのため彼女は現在、通信妨害の任を請け負っていた。ネオは僅かに思慮した後、意味深長な様子で呟いた。

 

「これでも存外に肩入れしているような気もするが……まあ、いいだろう」

 

 ──肩入れ?

 イアンは意味が分からず、怪訝な表情を返す。その物言いでは、この上官は最初から、部下達の手助けを行う気がなかったかのようだ。

 ときおり、そうなのだ。この黒い仮面を付けた男は、まるで第三者の視点から、それこそ神のような視点から物を観て、物を評すきらいがある。この作戦の行末を、ひいてはこの世界の均衡を、一種の命運のようなものに委ね、愉しんでいるかのような……。

 呆然と見返すイアンに、ネオは滑らかな動作で立ち上がり、告げた。

 

「──私が出る」

 

 

 

 

 

 

 突如として目の前に現れた〝インパルス〟を、スティング達は唖然として見つめた。

 

「なんだ、こいつはッ!?」

 

 気を呑まれている隙もなく、彼らはその機体との交戦状態に突入した。敵機が振るう長大なレーザー刀を喰らえばひとたまりもない。可能な限りの格闘戦は避けつつ、アウルとスティングは各個に迎撃に応じた。

 

「アレも新型か!? ──あんな機体の情報は!」

 

 気を揉むスティングであったが、通信機からは別の方向を気にするアウルの声が飛んでくる。

 

〈スティング、そろそろお迎えの時間だ! ──バス行っちゃうぜ!?〉

 

 目の前の敵との戦いに興じるのも部が悪いと判断したのか、アウルの頭からは、本来の任務内容がちらついて離れないらしい。

 

〈どっかで切り上げないと!〉

「わかってる! だが──」

 

 奇襲をもっていっときは優勢に転がった形勢が、ここに来て覆され始めているのをスティングも肌身に感じていた。

 四機目の新型(アリアドネ)を奪い損ねて以降、彼らにとっては良くないアクシデントが起こり続けている。それを建て直すためには、作戦を本来の軌条に乗せなくてはならないのだが──

 

「どっちにしろ、こいつらを振り切らないと始まらねぇだろう!?」

 

 ザフトの量産機の物量に取り囲まれ、今はステラの方も手が回らないはずだ。

 共に白を基調とした〝アリアドネ〟に〝インパルス〟──この二機だけは、自分とアウルで痛撃を与えなくてはならないのだ。

 スティングは叫び、アウルもまたその言に理があると判断したのだろう。むっつりとして押し黙り、そうして〝カオス〟と〝アビス〟は武器を構え直し、二対二──同系の四機の〝G〟が、戦場に対峙した。

 

 

 

 

 

 

 

 数回に渡る剣戟を交えた中で、〝インパルス〟の中、アトラは確信していた。

 ──このパイロット達は、見かけほどに大した腕ではない……!

 勿論、それは傲りでも、嘲りでもない。みずからの技量に対する真摯な理解に裏付けられた、アトラなりの状況整理である。

 敵が大胆な作戦に臨んできたことから気を揉んでいたが、実際に刃を交えてみれば、伝わってくる感触はあるものだ。──私は、この程度に遅れは取らない。

 

「この強奪犯たち……! マユが血相を変えて飛び出していったことと、何か関係があるの?」

 

 アトラにとって最も気がかりなのは、繁華街における親友が取った不審な行動だった。まさか彼女が今回の事件に関与しているなどとは更々考えてもいないが、いったい、マユに何があったのか? 彼女は何を思って街を飛び出し、どうして今は〝アリアドネ〟の中にいるのか? 

 タリアと同じく当然の論理をもって、アトラはマユを猜疑する。そうでなくとも、アトラは走り去ったマユを捜していたところに〝ミネルバ〟から緊急召集を受け、出撃を求められた身なのだ。今回の事情を知る権利があった。

 

〈たっ、たまたまだよ……! たまたま人違いで(・・・・)人を追っかけてたら、たまたま此処に辿り着いて、それで──〉

 

 一方で図星を突かれた方のマユはドキリとして、非常に苦しそうにそんな言葉を返したという。

 ──云えなかった。

 憧れの人物かも知れない人が、件の〝ガイア〟に乗っているかも知れないなんてことは。親友にも。

 

「…………」

 

 そんな気配では、明らかになかったが。 

 しかしアトラは、この場においてはそれ以上を問わなかった。

 

「兎に角、ここまでやられて、大人しく見逃すわけにはいかないよ!」

〈わっ、わかってる!〉

「私が切り込む! マユは援護をお願い!」

 

 そこから二人の少女達は──〝アリアドネ〟と〝インパルス〟は、それは見事な連携を紡いだという。

 流石は、アカデミーでルームメイト同士だっただけのことはある。演習を共に乗り越えた仲として、ふたりは阿吽の呼吸で協力し、場の鎮圧に当たった。

 

 

 

 

 

 

 形勢は、アトラ達に優位があった。

 敵の目的が新型の『奪取』にある以上、敵は可能な限り、組み合っての戦闘を望まない。

 したがって、及び腰。どうしたって及び腰で戦闘行為を展開してくる敵に対し、アトラは容赦をしなかった。隙を見ては倏忽と相手の懐に飛び込み、自身のモジュールが最大限脅威を発揮できる格闘戦を最後まで強い続けたのだ。

 

 アトラ・デンソンは、どちらかと云えば、理詰めで戦いを行う側の人間だ。

 

 目の前の現実や困難を、直感や肉体的突破法(フィジカル)で強引に圧し潰していくストロングスタイルではない。地べたを這いずり回るように収穫した膨大な知識と、丁寧に積み上げた彼女なりの状況整理によって、可能な限り一歩ずつ、丹念に優位性を確保していくタイプ──より論理的(ロジカル)に重きを置いた、文学系の気質の持ち主なのだ。

 だから彼女は、改めて敵に課せられた条件を整理する。

 敵側が短期決戦を望むのは、軍工廠のシステム復旧を恐れてのことであり、なればなおのこと、アトラ達は時間稼ぎや足止めに徹するだけで構わない。相手が嫌がる戦闘を強い、相手の目的をよく把握して、その行動を逐一妨害するだけで良かった。

 

「もらった!」

 

 このとき〝アリアドネ〟と〝インパルス〟は連携し、もはや客観視する必要もなく、相手の二機を圧倒し始めていた。

 組み合っての格闘戦を強要し、技量でもって純粋に相手を上回り、尻もちをついて倒れ込んだ〝アビス〟を前に、アトラは勝利を確信したという。

 

「──!?」

 

 けれども、次の瞬間だった。

 唐突に友軍のザフト機──〝ガズウート〟が、彼女の鼻先に降って落ちてきたのは。

 

「な」

 

 戦車のような機体が、天から落ちてくる──

 重装甲たる〝ソレ〟を投げてこちらに寄越したのは、燃え立つ大地の上、そのツインアイを蒼く明滅させた〝ガイア〟だった。墜落してきた〝ガズウート〟のパイロットは既に事切れているのか、呼びかけてみても応答はない。

 

「〝ガイア〟……ッ!」

 

 これによって〝アビス〟は命を拾い、次の瞬間、仲間を傷つけられた報復のように、最後の〝ガイア〟がいよいよ正面を切って突撃してきた。その機影の背後には、それが今まで散々蹴散らしてきたであろうザフト機──だったモノ──が無数に打ち棄てられている。

 

「──!」

 

 突撃してくる〝ガイア〟の両掌には、それぞれ発心したビームサーベルが握られている。本来の仕様なら左腕ラッチに装着されているビームシールドは取り外され、今はすっかり背部マウントラッチの飾り物だ。

 二刀流。それは防御面の一切を放棄したと宣言するに等しい、じつに攻撃的──野性的な戦闘スタイルの顕れだ。おおよそ、常人の思いつきで実現できるものではない。

 だからアトラはみずからも我流とし、対艦刀を柄で連結させた両刀形態(アンビテクストラス・モード)としながら、堂々と正面から迎え撃つ。二機はどちらからともなく刃をもって激突し、その剣戟を交わし合った。超高速の格闘戦が繰り広げられ、凄まじい火花が打ち合ってはパッと散る。

 

(──強い!)

 

 アトラは舌を巻く。同伴の二機(カオスやアビス)とは、やはり比べ物にならない技量だ。

 

「でも、貰った!」

 

 アトラは己が、後れを取っているとは感じなかった。相手の間隙を縫うように、ビームの両刀を勢いよく降り下ろす。

 ──次の瞬間、ありえない方向に〝ガイア〟は飛んだ。

 敵の機影がすっと視界からいなくなり……いや、すれ違うようにして跳躍していたのだ。アトラが反応した時には、振り下げた対艦刀は半ばから叩き折られている。

 

「!?」

 

 〝ガイア〟はその変形機構を利用しながら、すれ違いざまに背翼の(グリフォン)ビームブレイドを使用したのだ。ビームの刃先(エッジ)を180°回転させ、刃が反転した瞬間にタイミングを合わせ、叩き下ろされた〝エクスカリバー〟の峰──実体剣の部分──へするりとビームの刃を奔らせていた。

 ──あり得ない! アトラは愕然とする。

 〝ガイア〟特有の変形構造への理解度も然ることながら、モビルスーツの体の一部に備え付けられたビームエッジを、こうも洗練された形で使いこなす人間がいるなんて!

 

(しまった!)

 

 感嘆に気を抜かれ、アトラが見せた一瞬の隙。息もつかせぬ間に背後で敵の変形は終わっている。棒立ちになった〝インパルス〟の背部を、獣型の〝ガイア〟は馬がするように後ろ脚で蹴り飛ばした。吹き飛ばされた〝インパルス〟は受け身も取れずに地面へ転がされ、衝撃に揺れたアトラが振り返った先、〝アリアドネ〟もまた同様に痛撃を被って弾き飛ばされたのが目に入った。

 そうして一矢を報いた後、〝ガイア〟は再び人型に変形。〝カオス〟と〝アビス〟を率いて上空へ飛び立っていく。このまま逃げるつもりか──!?

 

「あれが、あの魔女の人か……?」

 

 その毒づきは、マユには聞かせなかった。

 またも刃を交えて、アトラは確信したという。

 

「あれだけは、強さの次元が違い過ぎる」

 

 だが、アトラの中に畏怖はない。彼女は魔女に怯える村人になるつもりはない。

 ──みずからの搭乗機(のりもの)に、理解があるのはお互い様だ。

 すぐさま顔を上げ、彼女は仕切り直すようにみずからの母艦へと呼び掛けた。

 

「〝ミネルバ〟! フォースシルエットを! ──このまま追います(・・・・・・・・)!」

 

 損傷した装備は、取り換えてしまえばいい。

 アトラの愛機は──〝インパルス〟は、その戦法を可能にする。

 

 

 

 

 

 

 高機動戦用のフォースシルエットは、現在のソードシルエット装着時と同じ仕組みで〝インパルス〟の背面にマウントされる。それ自体で航行能力を搭載したモジュールが〝ミネルバ〟から射出されると、これもまたドラグーン・システムの応用によって〝インパルス〟めがけたドッキング作業を開始した。

 〝インパルス〟は特殊な装甲を採用し、装着する背面モジュールによって機体の色に変化が現れる特徴を持っている。この変色現象は、装着するモジュールごとに消費電力が異なるためで、電力調整の最適化が行われた結果として、フォースシルエットを装着した〝インパルス〟は青、赤、白(トリコロール)へと変貌を遂げるのだ。赤い四枚の翼を広げたその姿は、前大戦をして高機動戦用(エール)〝ストライク〟のようでもある。

 

「逃がすか!」

 

 退却を狙って上空に逃げていく三機を、アトラはすぐさま追撃に入った。痛撃を喰らったことで出遅れたが、その遅れを取り戻そうとするように、マユの〝アリアドネ〟もバーニアを全開にして後続している。

 と、合流を果たしたのは〝アリアドネ〟だけではなかった。

 航路の途中で友軍機から通信が入り、横合いから、それぞれ白と赤の〝ザク〟が編隊に加わる。アトラはそれを認め、思わず頬を緩めた。いずれも彼女の同僚で、マユもよく知るアカデミーの同期生だ。白い〝ザクファントム〟はレイ・ザ・バレルの、赤い〝ザクウォーリア〟はルナマリア・ホークの専用機だ。

 

「レイ! ルナマリア!」

 

 切れ者のレイは、いつものように無駄のない動きでビーム突撃銃をコントロールし、一方のルナマリアは、威勢のいい啖呵を切りながらビーム突撃銃を撃ちまくる。彼らもまた、この〝アーモリー・ワン〟に混沌を齎した敵に対しては怒り、相当に熱くなっているようだった。

 これを合わせて、計四機から放たれるビームに、しかし、奪取された三機は翻弄されることはなかった。最後尾の〝ガイア〟が殿を務める形で〝カオス〟と〝アビス〟を先行させ、当の二機は、持てる最大火力を収斂させ、高々度にある〝プラント〟の自己修復ガラスをぶち抜いてみせる。融け落ちた内壁は宇宙空間への玄関と化し、彼らは躊躇いなく漆黒の宇宙へと逃げていく。

 

〈──待ってっ!〉

 

 宇宙空間は、深く、暗い。一度でも見失ってしまえば、その後を追うことは難しい。

 であるからか、このとき〝アリアドネ〟のマユが声を荒げるのをレイは聞き留めた。それは敵に制止を求める声に聞こえなくもなかったが……いずれにしても、待てと云われて待つ敵はいないだろう。

 本音を云えば、あれらに待って欲しかったのは、レイとて同様なのだ。

 ──この微妙な情勢下に、なぜ敵はこのような挑発行為を……?

 思慮に耽る時間もなく、たちまちに〝アリアドネ〟は、三機を追って宇宙へ飛び出していく。感化されたように〝インパルス〟も後続し、不用意だ、とレイが注意を飛ばそうとしたそのとき、奇妙な感覚が彼の五感を襲った。

 

「──っ?」

 

 まるで全方位から、監視されているかのような──?

 己以上に、己のことをよく知る存在。それをもって、みずからを丸裸にされるかのような不快感がレイの全身を──細胞の全てを蝕む。

 

「なんだっ……!?」

 

 不可思議な圧迫感(プレッシャー)に押し包まれた、次の瞬間、〈あぶないっ!〉とアトラが叫ぶのが聞こえた。漆黒の宇宙へ勇み出た〝アリアドネ〟の死角から、唐突にビーム砲が放たれたのだ。

 完璧にマユの虚を突いたその一射は、しかし、すかさず射線に割って入った〝インパルス〟のシールドによって弾き返される。だが、間髪おかず違う角度から更にビームが撃ち込まれ、こちらは〝アリアドネ〟の右肩部を掠めるだけに終わった。仮にアトラがカバーに入っていなければ、〝アリアドネ〟は確実に撃破されていただろう。

 

〈──どこから!?〉

 

 これにはルナマリアも戸惑っているようだ。ぱっと視線を巡らせ索敵を行うが、辺りに敵影、または砲台らしきものの影はない。

 だが、レイには既に、その攻撃の正体が掴めていた。

 彼はすぐさま赤い〝ザク〟のフォローに回り、一方で〝アリアドネ〟のカバーはアトラに任せていた。警戒を色濃くするレイの視界の片隅に、やはり、特殊兵装らしきもの取り巻いた一陣の機影が映る。雪のような白銀に彩られた、矢のような形状の機体──

 

〈モビルアーマー!?〉

 

 アトラもやはり気付いたらしい。

 前時代を象徴する旧式的な響きを持った言葉だが、現れた〝ソレ〟はその限りではない。四基の特殊兵装が機体を取り巻き、そのポッドは展開すると独自に動き回り、縦横無尽、矢継ぎ早に無数のビームを放つ。

 

「孤立するな! 連携して応戦──後ろにも目をつけるんだ!」

 

 柄にもなく、レイが叫んだ。

 この敵を前に孤立すれば終わる(・・・)──五感よりも深いところで、直感がそう告げていたから。

 

「──この敵は、普通とは違う!」

 

 TS-MA4F〝エグザス〟──地球連合が開発したモビルアーマーにして、前大戦時に『エンデュミオンの鷹』が操縦した、伝説の〝メビウス・ゼロ〟の後継機。

 搭乗者のパーソナルカラーであるシルバーグレーに塗装が施された本機は、鮫のような機体下部にリニアガンを装備し、兵装ポッドもビーム兵器に取り換えられるなど、前身機よりも全体的な攻撃力強化が施されている。

 

「さあ──お手通り拝見といこうか、ザフトの後輩達(・・・・・・・)よ」

 

 飛来する機影と、その搭乗者──

 仮面の『英雄』ネオ・ロアノークが、酷く愉快げに吐き捨てた。

 

 




 書いていて思うけど、スティングとアウルに掛けられたデバフがやばい。
 その分その内、人間らしく描いてあげられるように頑張りたいって思うくらいに。

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