~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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【 GAT-X444(RGX-00)レムレース 】

 ヤキン・ドゥーエ戦役の折、大西洋連邦がザフトから奪取したZGMF-X12Aを改修し、共同体内で独自開発したと喧伝した核動力MS。
 GAT-X105と同様、換装機能に対応した高性能汎用機で、「テンペスト」「フエゴ」「カラミティ」および「デストロイ」など、装備するバックパックによって様々な戦況に対応する。バチルスウェポンと呼ばれるコンピューター・ウイルスの発振装置も搭載し、情報戦や裏工作にも精通していた。
 戦役中盤以降、強化人間となったフレイ・アルスターの搭乗機として、地球連合陣営で多大な戦績を上げた。レムレースとは「亡霊」や「悪霊」の意。




『黒い守護神』

 

 

 〝アーモリー・ワン〟から程近い宙域、小惑星の影に、とある一機のモビルスーツが待機していた。それは、不吉に黒光りする面妖な機体だった。

 

 全身を墨汁で塗り潰されたように禍々しい風采。頭部で輝く六本角(セクスタプルアンテナ)は、まるで怒り猛る獅子(ライオン)が蓄えた(たてがみ)を思わせる。

 あまねく〝G〟と呼称される機体の顎部には、示し合わせたように突起物があるものだが──その突起は独特の二又で、やはりこれも、長く鋭い獣の牙のよう。臀部にはひとつの翼──(サメ)背鰭(せひれ)のようなウィングが伸長し、軟体な尻尾──いや、幾つもの体節を持つ(サソリ)の終体のようですらある。

 さまざまな獣の外見を無理に融合させたような不気味な風采は、不自然(アンナチュラル)の中に生み出された、或る種の芸術──摂理に抗った人造の遺物(アーティファクト)のような雰囲気を醸し出していた。

 

 そのモビルスーツの名は、GAT-X444E〝フォボス=レムレース〟──

 

 アクタイオン・プロジェクト──

 アクタイオン・インダストリー社をリーダーカンパニーとする、エースパイロットへ供与する高性能モビルスーツ『再生』計画である。その一環として復元・カスタマイズされた本機は、要請元の〝ファントムペイン〟が保有する〝レムレース〟の後継機だ。

 しかしながら、その機体には先代機のような白兵戦用の基本武装(ビームサーベルやビームライフル)が携行されてはいない。

 ──戦闘用の機種ではないのか?

 たしかに〝レムレース〟は、コンピューターウイルスの発心装置を搭載し、白兵戦だけでなく、電撃戦や情報戦にも精通する多機能性(マルチタスク)を有していたが。

 ──いや、違う。

 後継機たる〝ソレ〟は、はっきり云えば迫撃型決戦用MSだ。運動性の確保、すなわち軽量化のために手持ち武器を携行しないだけで、その両前腕部には、独自の構造をした対ビームシールドが二基装填されている。

 

 そしてその〝盾〟こそが、本機が誇る最大の武装でもある。

 

 攻盾複合システム〝メフィストフェレス〟──

 光を拒む者の意。前身たる〝トリケロス〟改をさらに発展させた中型の剛鋏(シールドクロー)だ。シールド先端にビーム砲としても使用可能なビームスパイクを二門、後端に本体のブースターを兼任する三基のスラスターを内蔵し、防盾独自の自律航行能力と、有線式の遠隔誘導機能を搭載する。

 

 ──だが、それは。

 

 その特徴は、先の大戦で活躍した〝レムレース〟に似ているというよりは、むしろ。

 

 

 

 

 

 

 メーテル・リンクは副長から専用機を借り受け、現在は小惑星の影から〝アーモリー・ワン〟一帯宙域にジャミング波を送信しているところだった。

 待機していた〝フォボス=レムレース〟──以降は〝レムレース〟と呼称する──の臀部から伸びた終体には、やはりコンピュータ・ウイルスの発心装置が内蔵されている。

 これはナイトメアシステムと呼ばれ、これが広範囲に散布するウイルスによって周囲の通信状況を遮断。レーダーの機能を著しく低下させた上で、メーテルは〝プラント〟内部に潜入した別動隊や〝ガーティ・ルー〟も含めた全体のバックアップを行っていたのだ。

 

「ステラお姉ちゃん……」

 

 そのコクピッドの中、メーテルは呟く。

 己がやるべきことはやった。ただ隠れながらウイルスをばら蒔くだけの簡単な持ち場だったわけであるが、それでも彼女が託された仕事だった。

 やり切ることができたメーテルは嬉しかったが、定刻になっても仲間達が帰ってこないから、彼女は心配そうな面持ちで待っていた。

 

「……?」

 

 段取りされていた〝プラント〟の様子を伺ううち、その一角からビームが放たれた。

 外壁に穿たれた穴から、緑と青のモビルスーツが飛び出し、ついで黒い一機が連なるように続いている。奪取する予定にあった新型モビルスーツ──みんなだ!

 

「わぁ……っ!」

 

 ぱっと笑顔を浮かべたメーテルだが、見るや、予定にないモビルスーツ隊も同様に穴から飛び出してきた。ザフトの追撃部隊らしい。

 義務感に駆られて飛び込もうとしたところを、後方から飛来したモビルアーマーに制される──ネオだ。

 

〈メーテル、彼らと合流し、きみは〝ガーディ・ルー〟へ帰投しろ〉

「う、うんっ……!」

〈ステラから、キミには大きな手土産がある、ということだしな──〉

 

 ──てみやげ?

 きょとんとするメーテルには、何のことかは分からない。

 幼子を愛でるような声、意味深長に茶化しながらネオが云うが、それきり彼の〝エグザス〟はザフトのモビルスーツ部隊の方へ突っ込んでいった。

 

「……よしっ」

 

 ──ぜんぶ、云われたとおりにしなきゃ!

 メーテルは慣れない機体を翻すと、そのまま指定された合流地点へ向かった。

 可能な限り、急いだ方が良いのだろうか? そんなことを不安に思ったが、かと云って機体を最大加速させるわけにもいかない。まるで小さな洋人形のようなメーテルの体は、このモビルスーツの怪物的な加速とGに、耐えられるようにはできていないのだから。

 

 

 

 

 

 

「あいつら! 何を勝手な!」

 

 〝ミネルバ〟艦内から戦闘の様子を見ていたアーサーが、またも声を挙げた。状況制圧に遣わせたモビルスーツが、四機も揃って〝プラント〟の外へ飛び出していってしまったのだ。

 ──まだ、敵母艦の位置も割り出していないというのに!

 アーサーは頭を抱える。先頭を切ったのは〝アリアドネ〟か? あれが我を失って敵を追いかけたから、全員がなし崩し的にその後に続いてしまったのだ。

 

 ──そもそも〝アリアドネ〟のパイロットは、いったい何者なんだ?

 

 マユ・アスカ──

 そう名乗る私服姿の少女だったが、正式に〝ミネルバ〟に配属された者の中に、その名は記されていなかった。アーサーはオペレーターの少女、メイリン・ホークに呼びかける。

 

「メイリン! たしか、キミも今期のアカデミー卒業生だったな! ──あのマユ・アスカについて、何か知っているのか?」

「え? あ、はい。たしかにアカデミーでは一緒でしたけど」

「なら話は早いな! あのマユ・アスカは、いったい、どこの隊の所属なんだ?」

「知りませんよー。アカデミー卒業後の進路は、みんなバラバラなんですからー」

 

 メイリンからはやる気のない返事が返ってきた。

 タリアが聞き咎めるようにして口を挟む。

 

「アーサー、それを知って何をしようというの?」

「当然、先方に苦言のひとつでも呈するんですよ!」

 

 アーサーは憤然として云った。

 マユが最新鋭の〝アリアドネ〟は守ったのは大きな手柄だ。だが、それでも彼女は〝アリアドネ〟の正規パイロットではないのだ。現在のように軍の重要機密を我が物然として乗り回す道理はなく、軍人として、もっと他に対応があったはずだとアーサーは考える。

 

「つまりは第一に〝ミネルバ〟へ機体を返上し、然るべき(レイのような)パイロットへ譲渡するだとか──」

「今は緊急事態(エマージェンシー)なのよ、そうそう形式通りに事が運ぶものですか!」

 

 馬鹿を云わないで頂戴、とタリアに呆れながら一蹴され、アーサーはまたも口を噤んだ。

 たとえ野戦任官めいていたとしても、現場対応を求められる戦場において、アドリブというのは大切だ。序列や規則に従って物事を進めたいというアーサーの心情も慮ることはできるが、ザフトの将兵としては、もう少し臨機応変な判断を下せないものか。  

 

「……でも、たしかに彼女の配属先は気になるところね。私達も、知っておくべきかもしれないわ」

 

 タリアはしばし考えた後、そのように小さく漏らす。

 勿論、それはアーサーの考えに乗ったからではない。このままいけば、図らずも〝ミネルバ〟はマユ・アスカの命を預かる立場になりそうだからだ。

 

「メイリン、私からもお願い。マユ・アスカの所属部隊についての照会と……それから『彼女の身柄を一旦こちらで預からせてもらう』との入電も」

「あ、はい。──それが、こちらの方でも調べたんですが……彼女の配属先はトライスター隊、およびナスカ級戦艦〝アルジャーノン〟となっています」

 

 メイリンが素早く情報を引き出し、それを聞き届けたアーサーの愕然とした。  

 件の〝アルジャーノン〟とは、先刻〝所属不明艦(ボギーワン)〟に撃ち抜かれて爆沈したとの報告の上がった戦艦なのだ。つまりはマユ・アスカの新兵としての配属先は、現時点でこの世から消失している。

 

「やれやれ……」

 

 ──前途多難ね。

 そのときタリアが漏らした呟きは、ザフトの今後を憂いてのものか、それとも、少女個人の運命に向けられたものだったのか。

 

「〝アリアドネ〟──それに〝インパルス〟まで、失うわけにはいかないわ」

 

 おおよそ轟沈した〝アルジャーノン〟への手向けにもならないが、その新隊員だったというマユ・アスカまで、その後追いをさせるわけにはいくまい。

 そうでなくとも、以上の二機は奪取された機体群と同じザフトの軍事機密だ。港を潰され他艦の増援が見込めない限り、自分達が援護に向かうしかない。

 

「──〝ミネルバ〟発進させます!」

 

 決断も素早く、タリアは毅然として命じた。

 進水式を前にして、女神の名を持つ巨艦は出航のときを迎えたのだ。

 

〈本艦はこれより発進します! 各員、所定の作業に就いてください──〉

 

 それから少女のアナウンスに周囲がざわめき、艦内の通路でもまたどよめきの声が挙がった。

 その例に漏れず、随員を伴った一人の男性が、感嘆したように声を挙げた。

 

「出撃? ──そうか、タリア」

 

 三十代くらいの黒い長髪の男性。白い端正な顔つきに、目は鋭い刃物のように切れ長で、知的な光を宿している。柔和な顔立ちだが、強い存在感を放つその男性──

 名をギルバート・デュランダル──現在における、プラント最高評議会議長だ。

 彼は進水式と軍事式典に出席するため、当の〝アーモリー・ワン〟を訪問中だった。式典には各方面の評議員や政府高官のみならず、他国からの誘致した名士や政治家なども出席する予定で、彼はその上で各所との会談の機会を設けるために、此度は軍工廠を訪れていたのだ。そこで今回のアクシデントに巻き込まれ、シェルターに避難するようとの随員からの勧めを蹴って〝ミネルバ〟にやって来た。

 そして現在は、知己であるタリア・グラディスが指揮を執る艦橋へと向かってる最中だ。

 

 ──これから、始まるのだな。

 

 どこか含みのある表情で、デュランダルはひとえに艦橋を目指した。

 運命の歯車が動き出す──

 そのことを胸に、強く実感しながら。

 

 

 

 

 

 白いモビルアーマーとの会敵戦は、拍子抜けするくらい早々に切り上げられた。

 その理由は間違いなく、進水式前の〝ミネルバ〟が、その予定を切り上げてまで出航してきたことにあった。華々しく星の海を漕いでくるスチールグレーの艦影を認めた途端、敵のモビルアーマーは部が悪いと判断したのか、その機種を転じて撤退してしまった。

 

 ──いや、あるいは端から戦闘するつもりがなかったのかもしれない。

 

 無瑕疵に輝く〝ザク〟の中、若々と鋭気を養いながら、レイ・ザ・バレルはそう感じていた。

 いくらドラグーンに似た〝ガンバレル〟を四基装備するモビルアーマーといっても、流石に四対一では分が悪い。いや、仮にもこちらが雑兵なら問題にならないが、レイもアトラも、どちらも全方位同時攻撃(ガンバレル)に対応できる能力を持ったパイロットだった。

 実際、敵が撤退を判断した頃には、敵が保有する〝ガンバレル〟は残り二基となっていた。レイとアトラの二人が、それぞれ交戦中に一基ずつを撃ち落としたのだ。

 

 ──だから敵は、要するに潮時というものを知っていたのだろう。

 ──しかし……。

 

 交戦中、レイが何度も抱えた違和感は何だったのだろう──?

 レイの肉体を構築する細胞や遺伝子、そのすべてに直接的(ダイレクト)に響きかけてくるような戦慄と不快感。まるで以前から「彼」のことを知っているかのような……

 

 ──いや、それだけではない。

 

 最も強烈な違和感とは、敵が戦闘中、たびたび見せた不用意な「隙」のことだった。 

 敵は凄腕のエースパイロットだ。おおよそ特別と云われる空間認識能力を、非常に高度なレベルで駆使できる神懸かり的技量。その素性は前大戦の生き残りに違いなく、戦場を何度も潜り抜けてきた歴戦の猛者が、しかし、ふとしたときに無防備な隙を晒すことがあった。

 その原因は何だったのか。

 集中力、あるいは持久力の欠乏。それはパイロットの失調によるものか? 天才的なパフォーマンスで知られた世界的アスリートが、加齢や病気によるスタミナ不足に悩まされているときのような変調が、そこにはあったように感じられたのだ。

 

「…………」

 

 結論を出すには微妙すぎるレイの思考を中断させたのは、通信機から聞こえてきたマユの声だった。

 

「レイ、ありがとう。また、何度も助けられちゃった」

 

 先の戦闘で、レイは何度もマユを庇ったのだ。

 実際はアカデミー時代から面倒を見ていた間柄であるわけだが、繋がれた通信に応じ、レイは普段の様子からは外れた、柔らかな口調で返していた。

 

「構わない。……久しぶりだな、マユ・アスカ」

 

 アカデミーから親交があり、その一言が、彼らの関係性を物語る。

 すると、ルナマリアの赤い〝ザク〟もまた通信に入ってきた。もともと利発な性格のルナマリアは、年上ということもあって、アカデミーにおけるマユの姉貴分のような存在だ。

 

「けどホント、びっくりしちゃったわよ! まさか貴方が、その機体(・・・・)に乗ってるとはねー」

 

 ZGMF-X69S〝アリアドネ〟──

 セカンドステージシリーズの連携と統率を指示すべく、開発されたという指揮官機だ。

 大型センサーユニット搭載した頭部は〝ジャスティス〟に酷似しているが、背部の複合可変翼は〝フリーダム〟を参考にした設計になっている。しかしながら、白銀の守護天使を連想させる全体的に毒のないカラーリング・デザインは〝クレイドル〟の後継を思わせるなど、先の大戦で活躍したファーストステージシリーズの外見や特性を折衷的に採り入れた機体でもある。

 ルナマリアは興味津々といった表情で訊ねる。

 

「どういう経緯でそーなったのかは後で聞くけど、新型に乗ってみた感想はどう? やっぱり〝ザク〟とは違う?」

「うん、〝ザク〟とはだいぶ違うよ!」

 

 マユはぱっとして答えた。

 〝アリアドネ〟は連携部隊の後衛に据わることが前提となっていて、宇宙空間での防衛や遊撃に本領を置く中距離戦闘用の万能機となっている。

 接近してくる敵に対しては可変延伸式のMA-M80〝デファイアント〟ビームジャベリンで距離を稼ぎつつ、同シリーズ共通規格のMA-BAR72ビームライフルで迎撃を行う。また背部コネクタは〝インパルス〟のシルエットと似て非なる『ウィザード・システム』を採用し──これは〝ザクウォーリア〟や〝バクゥハウンド〟といったザフト現行の量産機とも互換性がある──現在は高出力のテレスコピックバレル延伸式ビーム砲と、MMI-M826〝ハイドラ〟ガトリングビーム砲を搭載した専用独自の遊撃戦装備(エトワールウィザード)を装着していた。

 ここからは余談であるが、向かい合った赤い〝ザク〟は長砲身のM1500〝オルトロス〟高エネルギー長射程ビーム砲を積んだ砲戦装備(ガナーウィザード)で、レイの白い〝ザク〟は大型のブースターとミサイルポッドの高機動戦装備(ブレイズウィザード)である。

 

「まず、機体がすごく軽いの! 柔軟な動きができるし、操縦系も、ザフト仕様のモノを採用している筈なんだけど……なんていうか、簡単なんだ!」

「簡単……?」

「誰にでも操縦しやすいっていうか、良心的なんだよね。だから私も戸惑わずに扱えたところがあって──もしかしてセカンドステージシリーズって、どれもそういう設計なのかな……?」

 

 天に問うようにマユが呟き、聞き咎めたのはアトラだった。

 

「それはきっと──〝アリアドネ〟独自の仕様だと思う」

 

 彼女は〝インパルス〟の専属パイロットとして、他者よりも同シリーズを観察してきた者として解答する。

 

「他の機体はどれも可変機構を搭載してるから、〝アリアドネ〟ほど操作系を簡略化することはできないし──〝インパルス〟に関しては……自分で云うのもなんだけど、合体だとか分離だとか換装だとか、機能が色々ありすぎて滅茶苦茶だからね」

 

 同シリーズ内における特色として、何を隠そう〝アリアドネ〟は人型機動兵器(モビルスーツ)として極めて原点的(スタンダード)な設計になっている点が挙げられる。同型機が誇る多彩さや多様さに逆行するように、その機体は変形機構も持たなければ、複雑怪奇な合体・分離・換装機構も積んでいない。

 ──悪く云えば地味であり、良く云えばファーストステージシリーズの正当な系譜だ。

 中でも『原点回帰』をコンセプトに仕上げられた〝アリアドネ〟は、実際にマユが云ったような操縦系の簡略化、そして機体性能の普遍化に重きを置いているのだ。他の同型機と明確に毛色が異なるのは、開発主査を務めた人間が違うからだが──

 

「『誰にでも扱える高性能MS(・・・・・・・・・・・・)』──それが、〝アリアドネ〟の開発主査が求めた意向(コンセプト)だって聞いてるよ」

 

 アトラが説き明かし、マユは感嘆して頷いた。

 戦後に締結されたユニウス条約によって、各国が保有できるモビルスーツの総数には厳しい制限が設けられた。この条約との兼ね合いのために、各陣営は戦後にかけて『一騎当千』の強力なモビルスーツ開発に勤しんだはずで、モビルスーツ単体の高性能化──そしてそれが伴う否応なき操縦系の煩雑化──を首肯する昨今において、この潮流に真っ向から喧嘩を売る〝アリアドネ〟の設計思想は、いっそ挑戦的とすら云えるだろう。

 

「雑談はそこまでだ」

 

 話を切り上げるように、レイが云った。

 見れば、出航してきた〝ミネルバ〟から信号弾が打ち上げられている。

 ルナマリアが付け足すように続いた。

 

「──〝ミネルバ〟から通信が入ったわ。マユ、貴方も機体(アリアドネ)を持って着艦するように、って」

「えっ……?」

「なんとなく、そうなる気はしてたけど……まあ、乗りかかった舟、ってことじゃない?」

 

 その意味ありげな言葉に、マユはやはり困惑した。

 自分には〝アルジャーノン〟という正式な配属先があり、つい先日、艦長や隊の先輩方に着任の挨拶を済ませたばかりなのだ。それに背を向け、ひとりだけ新造戦艦に着艦するというのは──?

 

「歓迎するよ、マユ」

 

 云われ、マユはそれを発したみずからの親友へ目を向けた。

 メインカメラのモニター越しに、並び立つ〝インパルス〟のツインアイが、歓迎の光を明滅させている。

 

「グラディス隊──〝ミネルバ〟へようこそ」

 

 云いながらも、アトラは肩を竦めている。

 それは前途多難としか云いようのない、マユ・アスカの新たな赴任先だった。

 

 

 

 

 

 

 出陣した〝ミネルバ〟はモビルスーツを回収し、敵母艦と思しき〝ガーティ・ルー〟の追跡に入った。

 追われる立場となった〝ガーティ・ルー〟は機関最大で宙域を離脱し、それと時を同じくして、格納庫に〝エグザス〟が着艦した。そのホワイトグレーの機体がセーフティネットに突っ込んだのを、ちょうど〝アビス〟から降りていたアウルが目に留めた。

 

「えっ、ネオが出撃()てたのかよ!?」

 

 心底意外そうな反応を寄越したのは、これまでアウルやスティングは、ネオがパイロットとして戦場に出たのを見たことがなかったからだ。

 

「……マジで?」

「なるほど、道理で敵部隊(ヤローども)の追手がなかったわけだ……」

 

 スティングは納得したりといった様子だ。宇宙に出た途端に追撃部隊が来なくなったのは、どうにも我らが隊長が囮役を買って出てくれたかららしい。

 ──肝心なときこそ、出張ってくれる隊長様か。

 スティングは好感を持つ。そのような上官の方が、よっぽど頼りになるというものだ。少なくとも、安全圏から偉そうに指示するだけで、自分では何もできない無能な指揮官よりは。

 

「──なあ。ところで、ネオの姿を見たか?」

「いいや? まだ機体の(あん)中だ。何やってんだよ、ネオのやつ」

 

 セーフティネットに突っ込んだまま、〝エグザス〟の中から人が出てくる気配はない。中で艦長(イアン)と連絡を取り合っているにしても、直接ブリッジに上がった方が手っ取り早いというものだろう。──まさかとは思うが、どこか怪我でもしたのか?

 アウルが動こうとした矢先、着艦するなり何処かへ姿を晦ましていたステラが、視界を横切って〝エグザス〟の方に降りていくのが見えた。その掌中には錠剤箱(ピルケース)のようなものが握られている。

 それを認めたのか、今まで微動だにしていなかった〝エグザス〟のハッチが突然に開き、聞き間違いだと思うが、中から獣のように早まった人間の息遣いが聞こえた。だが、ステラが錠剤をもってコクピッドに入っていくなり、その慟哭も徐々に鎮まっていく。

 しばらく経ってから、ようやくネオが〝エグザス〟から姿を現した。いつものように端然とした佇まい──良かった、いつものネオだ。

 

「──ネオっ!」

 

 同じく着艦していたメーテルが、機体から降りてネオの胸に飛び込んだ。

 黒い仮面が少女を見下ろす。その口元には悠然としたいつもの笑みが浮かんでいる。

 

「初めての仕事はどうだったかな、メーテル」

「うん、ちゃんとできた! 云われたとおりに、やれたよ!」

 

 褒めてといわんばかりにネオにくっつくメーテルであったが、ネオの方が一歩身を引くと、メーテルは次にステラの胸に飛び込んだ。受け止めた慣性で、ステラの身体が宙に浮いた。

 ふわふわと漂い始めた少女達を見上げながら、ネオはそれぞれに降りてきたアウルとスティングの姿を認める。隊員が揃い、彼は仕切り直すように云った。

 

「みな、ご苦労だった。色々とアクシデントはあったがね、どうやら作戦は成功──といったところかな?」

 

 仮面が見つめる先には、暗灰色(ディアクティブモード)に染まった三機の強奪機体がある──〝カオス〟に〝ガイア〟それに〝アビス〟だ

 例のユニウス条約の縛りに則って、モビルスーツ一機に対して複数機分の戦闘力を持たせる試み。これによって開発された三機は、じつに強力なモビルスーツだ。現在は〝ガーティ・ルー〟のメカニックらが総出で情報解析に当たっているが、それさえ終わってしまえば、後はそれがそのまま地球軍の戦力に加わるも同然だ。これらを奪取することでザフトの──〝プラント〟の力を削ぐ。それがネオの今回の目論見だった。

 

「でも、まだ追撃があると思う」

 

 云ったのはステラだ。

 結っていた金の長髪をほどきながら、その眸は真っすぐにネオを見つめている。

 勘というほどでもないが、要するに彼女もまた軍人だ。その判断には、ネオも同意する。

 

「そうだな。ザフトも、まだそこまで寝ぼけてはいるまい」

「追ってくるとしたら、あの例の新型艦かよ?」

 

 アウルが訊ね、ネオは頷く。

 

「港を潰されたことで、他に(あし)がないと危機感を持ったのだろう。まさか進水式前の船出になるとは──私もそうだが、彼らも想像していなかったと思うがね」

「なら、あのヘンな『合体ヤロー』も一緒かな?」

「ああ。あの白い『取りこぼし』もな……」

 

 アウルが嘲るように云い、スティングはいまだ、自分達が仕留めた損ねた四機目の白い機体に執心だ。メーテルは話についていけていないのか、周りを見ておろおろとしている。

 

「なんにせよ、このまま大人しく見過ごしてくれるとは思わんよ」

「…………」

「期待の新造艦〝ミネルバ〟──遅かれ早かれ、我々がまた相まみえる(・・・・・)ことが判り切っている(ふね)だ。であれば、早い内に潰してしまうのも得策かもしれん」

 

 含んだ様子で飄々と告げられたそれは、要するに敵艦の撃墜許可──

 ──というよりも、それを含めた、敵部隊の殲滅を許可する命令だった。

 

「総力戦といこうか」

 

 冷酷な笑み、常軌を逸した歪みを口元に湛えながら、ネオはそのように形容する。現在の〝ガーティ・ルー〟が積載する戦力と、追撃の〝ミネルバ〟が保有する戦力、その全てでもって、早急に決着をつけてしまおうという算段だ。

 指示を聞き取ったアウルとスティングが、それぞれに嬉しそうな顔を浮かべる。また強力なモビルスーツに乗って、戦えることにわくわくしているのだろう。

 そんな彼らを尻目に、ネオはおもむろに、みずからの副官を見つめた。ロアノーク隊の中で、最たる強さを誇る少女を。

 

「──できるかな?」

 

 試すようにネオが問い、すみれ色の眸を持つ少女は、

 

「ネオが、そう望むなら」

 

 意志なき機械人形のように、無機質な仮面を見据え、答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして〝ガーティ・ルー〟は目指していたポイントに到達した。デブリベルト──宇宙開発が始まって以来、廃棄された宇宙ゴミや、小惑星の類が地球の引力に惹かれて辿り着く場所だ。

 艦窓からは、彼らにとって母なる大地の地球も見える。パイロット・スーツを着用し、みずからの機体のコクピッドで待機していたステラの耳に、同じく待機中の隊員達の談話が聞こえてきた。

 

〈まさか、宇宙塵帯(デブリベルト)での戦闘になるとはね〉

 

 やれやれと云った風にアウルが呟く。

 スティングが付け足すように云った。

 

〈電波状況も悪くなる。つまりはオレ達も、距離を開けば互いに通信も取り合うのも難しくなるってことだ──大丈夫か? メーテル〉

〈う、うんっ……!〉

 

 緊張に震えたメーテルの声が聞こえ、ステラはわずかに苦笑したという。

 メーテルは現在、機体を乗り換えたステラの代わりに〝ガイア〟を任されることになったのだ。今はそのコクピッドの中で、期待と不安の板挟みになっているところだ。オープンにされている通信回線の中では、アウルがいきり立っている。

 

〈おいメーテル! せっかくステラが()ってきた機体、壊すんじゃねーぞ!〉

〈だっ、だいじょうぶ! お姉ちゃんがくれた機体、ぜったいに、指一本も、触れさせないから!〉

〈いや、誰もそこまでは求めてねーけど……〉

 

 会話に苦笑しながら、スティングも入ってくる。

 

〈何かあっても庇ってやれないぜ、って、アウルはそう云いたいんだろう?〉

〈ちげーよ! こいつはどん臭いんだから、足を引っ張るな、って云おうと思ってさ!〉

「アウル、何かあっても庇ってやれないからね」

〈う、うるせぇぞステラ!? こっちは大丈夫だ!〉

「どうかな」

 

 コロニー内での戦闘のことを蒸し返されれれば、アウルとしても立つ瀬がないらしい。

 そんなとき、思い出したように、ステラの許にスティングからの通信が繋がった。今度のそれは個人回線でだ。何か、アウルやメーテルには聞かれたくない話だろうか。

 

〈そういや、ステラ。あのドッグの中で、おまえを追っかけてきた(ヤツ)──〉

「……!」

〈知り合いか? ありゃ、どう見ても顔見知りって感じだったが〉

 

 街中で目が合い、それから自分達を追いかけてきていた黒髪の少女のことだろう。

 云われ、ステラは思い出したように思慮した。

 たしかに、あの少女の目的は、明確にステラであったような気配がある。スティングやアウルには目もくれず、〝ガイア〟に乗り込む前のステラに、その人物は何かを懸命に呼びかけていたのだから。

 

「……いや……」

 

 知らない。知る筈がない。

 ──ザフトにいた、あんな少女のことなんて……。

 少なくとも──『彼女(ルーシェ)』の人生には存在しなかった人だから。

 

「…………」

 

 あの少女のことは、憶えてないわけではないし、忘れ去ったわけでもない。

 ただ、思い返そうとすれば、切り裂くような痛みが胸をざわつかせるのだ。

 不思議と後ろめたい気持ちにさせられ、まるで、大切な何かを忘れ去り──裏切ってしまっているかのような──?

 

〈すまねえ、ヘンなこと訊いたな〉

 

 云い知れぬ戦慄で少女の顔が歪んだのを認めたのだろう。

 気を利かせるようにスティングは引き下がり、時を同じくして、艦内にアラートが鳴り響いた。どうやら追跡してきた〝ミネルバ〟の熱紋を捕捉したらしい。

 

〈時間らしい。──出撃()ようぜ、ステラ〉

 

 モスグリーンに彩られた〝カオス〟が先頭を切り、やがて鋼鉄でできた木馬のような〝ガーティ・ルー〟の右舷ハッチが開放される。

 機体の両脚がカタパルトに固定され、右舷から〝カオス〟と〝アビスが〟──左舷からは〝ガイア〟が、それぞれ勢いよく発進していく。

 

「スティング・オークレー、〝カオス〟──出るぜ!」

「アウル・ニーダ、〝アビス〟──出るよ!」

「メーテル・リンク、〝ガイア〟──行きます!」

 

 緑、青、黒の機体が次々に吐き出された。

 最後に、左舷ハッチ内部から紅眼を覗かせた〝亡霊〟が、遂にその機影を現す。

 その双眼(ツインアイ)は赫々として、まるで誰かが戦争の火を消し忘れてしまっているかのように、鮮烈な種火色に染まっていた。

 

 ──それこそが、ステラの新たな剣だった。

 

 ステラ・ルーシェの専用機として、徹底的にパイロットの戦闘データやオーダーに従ったカスタマイズが繰り返された強化再生機──

 セカンドステージシリーズと同様の高速巡航形態(モビルアーマー)への可変機構が追加され、モビルスーツ単機には本来望み得ない戦略性を一身に請け負った、一騎当千のワンオフ機。

 禍々しく、不吉に黒光りする異形の怪物。前大戦をして、かのファーストステージシリーズ(フリーダム、ジャスティス、クレイドル)とも互角以上に渡り合ったという『伝説』の機体は、しかし、相も変わらず、この世に召喚された悪鬼か悪魔のような邪悪な相を覗かせている。

 両腕前部に装填された二基のシールドクローは独特の形状で、ワタリガニの鋏のよう。胸郭には〝スキュラ〟と思しき強力なビーム砲が内蔵され、その特徴は、先の大戦で運用された後期GATシリーズ──〝災厄(カラミティ)〟〝侵略(レイダー)〟〝禁忌(フォビドゥン)〟──の流れを汲んでいるのか? あるいは戦場に荒廃をもたらした黒鉄の巨人──〝破壊(デストロイ)〟の系譜だろうか。いずれにしても──

 

 

「ステラ・ルーシェ、〝レムレース(・・・・・)〟──発進する」

 

 

 より一層と禍々しさを増大させた〝フォボス=レムレース〟──

 恐ろしきを冠する〝暗黒の亡霊〟が、次の瞬間、宵闇の宇宙へと吐き出された。

 

 

 

 

 





 原作にあった「VS エグザス戦」は戦闘描写を割愛し、地の文での事後報告に収めました。
 運命篇は肝心な部分を抜き出しつつ、原作すべてを丁寧に追いかけるつもりがないたため、以降もこのような形で済ませてしまう部分が出てくるかと思います。とはいえ手を抜いてるつもりはないので、あしからず!


 ※活動報告にて、ZGMF-X69S〝アリアドネ〟の機体解説を投稿しました。
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