~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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【 ZGMF-X08A クレイドル 】

 ザフトが開発したファーストステージシリーズの第一機。前期GATシリーズから得られた技術を全てフィードバック、全方位防御帯「アリュミューレ・リュミエール」を標準装備した機体。また、二挺の自律式の対ビームシールドには無線誘導式の全周囲攻防システム「ドラグーン」を搭載し、まさしく攻防一体につき破格の戦闘力を秘めた核動力機として開発された。
 パトリック・ザラ主導の下、ヤキン・ドゥーエ戦役ではステラ・ルーシェがパイロットを務めた。


『ジェネレーションズ』

 

 

 ユニウス条約の締結に伴い、MS保有数に制限を受けたのは地球連合も同じだった。

 ──保有できるモビルスーツの数に限りがあるのなら、一機の持つ性能を高めるしかない。

 かくして大西洋連邦もまた、戦後はザフトと同様の施策を試みる。そしてこれは、そのプロジェクトの一翼を担ったアクタイオン・インダストリー技術士官による発言である。

 

「軍縮への対抗策として、戦後の大西洋連邦はより高性能なMSの開発計画を始動させた。それが、昨今で云われるアクタイオン・プロジェクトだ」

 

 アクタイオン社の名が冠する通り、そのプロジェクトはアクタイオン・インダストリー社をリーダーカンパニーとして進められた。

 

「そのプロジェクトによって造り出された機体群が、我々が製造した〝G〟の再生機(リバイバル)さ」

 

 GAT-X105E〝ストライク=ノワール〟

 GAT-X1022〝ブル=デュエル〟

 GAT-X103AP〝ヴェルデ=バスター〟

 いずれも〝ファントムペイン〟のホアキン隊が所有するワンオフ機であり、男はこれらの機体の開発経緯について滔々と明かしてゆく。

 

「地球連合にとって、〝G〟兵器ってのはひとつの金字塔だった。不敗を誇り、しかしながら〝イージス〟には敗れたという〝ストライク〟の活躍を筆頭にな」

 

 そしてその〝イージス〟でさえ、元を辿れば彼等が製造した〝G〟兵器の一つである。あれほどに複雑な機体を、実際に乗りこなせる者がいるかどうかは別として。

 

「要するに、アレらには実績があったんだ。だったら、下手な機体を一から手探りで開発するよりも、アレらを復元し、現在の技術水準(レベル)で発展させた方が建設的じゃないか?」

 

 少なくとも、理に叶った発想だと男は賞賛する。

 

「──だから〝レムレース〟も、例に漏れず再製造された」

 

 GAT-X444E〝フォボス=レムレース〟──恐ろしきを冠する、黒き亡霊の強化再生機だ。

 発案はアドゥカーフ・メカノインダストリー社だった。そこは先の大戦中、アズラエル財団から〝デストロイ=ストライカー〟の改修を請け負い、その中枢ユニットとなる〝レムレース〟について詳細なデータを保有していた。

 かくいう男は、対してアクタイオン・インダストリー社の社員である。このような競合他社の進出を快く思うはずもなく、彼は含みをもって先を続けた。

 

「アドゥカーフは自社は宣伝のため、独自の〝レムレース〟強化プランを遂行したがった。彼らが考案し、彼ら自身がプレゼンテーションした〝レムレース〟の弐号機を作りたがり──しかしながら、それは夢物語に終わった」

 

 侮りと嘲りと共に。

 

「我々が提唱したアクタイオン・プロジェクトの真髄は、MSのカスタマイズ方針を、徹底的にパイロットの要望(オーダー)に寄り添わせることにある」

 

 先の大戦から、もう三年近く。以前と同じ機体をそのまま再現するのでは芸がない。

 アクタイオン・プロジェクトによって再設計された機体──例えば先述の三機──は、その専任パイロットであるスウェン・カル・バヤン、ミューディー・ホルクラフト、シャムス・コーザらの適性に合わせた調整が繰り返された。企業側の強引な市場戦略ではなく、実際の搭乗員による現場レベルの要望が最優先されたのだ。

 

「だから我々は、こと〝レムレース〟のカスタマイズに当たっても、その専任パイロットであるルーシェ中尉のデータを参考にした。戦闘中の彼女が趣好する武装の種類、数、戦い方の癖……それに追従できるOSやスピードを追い求め──何から何まで、彼女の希望に寄り添った調整を〝レムレース〟に加えていったんだ」

 

 ステラは戦場において、どちらかと云えば迫撃戦を好む傾向にあった。決して苦手なわけではないが、射撃戦よりは格闘戦──それも大型の武装を取り回す一撃必殺よりは、軽量な武装を多いに振るう手数での攻略を重視していた。

 ────格闘戦の卓越者。しかしながら、防盾や暗器を駆使しつつ堅実に距離を詰めてゆく守衛的なものではない。機動力に物を云わせた突撃離脱で一撃で沈めにいく尖兵的なものでもない。元生体CPU(エクステンデット)ならではの異質にして歪な軍事教育、それを下地に確立された彼女の我流(スタイル)は、隙を見せた敵へ強引に噛み付き、文字どおり息の根を止めるまで退かない獣のような(人ならざる)殺法だった。

 その野性的な殺法を幇助できるよう、技術者達は〝レムレース〟を丸ごと──文字どおり機体フレームから──改変し、その果てに完成した〝レムレース〟の弐号機は、云わばパイロットの〝ああしたい〟や〝こうしたい〟を突き詰めたステラだけの専用機となっていった。

 

「──その結果、どうして(・・・・)クレイドル(・・・・・)に酷似したMS(・・・・・・・)が完成すると思うだろうか」

 

 真に嘲じられるべきは、我々の方だったのだろう。

 ──こんなはずではなかった。

 男は自責と自嘲を交え、声高に嗤ってみせた。

 

「嗚呼そうだ。前大戦を知る地球軍にとって、忌々しきこの上ない〝クレイドル〟だよ」

 

 ZGMF-X08A〝クレイドル〟──戦役終盤にかけて、三隻同盟で運用されていたモビルスーツ。抜きん出た機体性能と、パイロットの卓抜した技量、そしてそのパイロットの名、素性の一切が謎に包まれているが──

 彼らにとって重要なのは、それによって幾度となく痛撃を被ってきたという事実である。撃墜された核攻撃隊(ピースメイカー)の数はいざ知れず、そのことに結び付けて、先の戦争で地球軍が勝ち切れなかったのは〝クレイドル〟が存在していた所為である、と本気で信じている者もいるほどに。

 

「──〝フォボス=レムレース〟とは名ばかりだ」

 

 古来より「黒」は豊穣や高貴、力や厳粛さと結び付けられてきた。

 これをイタリア語で「(ネロ)」を呼び、技術士達はこれを冠して、その暗闇色に彩られた邪な亡霊をこう呼んだ。……前大戦を知る者であればこそ、大いなる皮肉を込めて。

 

「あれは『黒い揺篭』──〝ネロ(・・)クレイドル(・・・・・)〟」

 

 天使を騙る蛮獣は、このように世に顕れた。

 

 

 

 

 

 

 混然としたデブリベルトの前を、戦艦〝ミネルバ〟は邁進している。

 タリアは依然として動きを見せない敵艦(ボギーワン)の動向に注意を払いつつも、操舵士のマリクに向かって念を押す。

 

「向こうも、よもやデブリの中には入ろうとはしないでしょうけど……危険な宙域での戦闘になるわ。操艦、頼むわよ」

「はっ!」

「アトラとルナマリアを先制させます。──準備、終わってるわね?」

 

 小惑星やコロニーの残骸らしき破片が、ときおり視界を遮る。ここは戦艦が堂々と入っていける宙域ではなく、停頓している〝ボギーワン〟を強襲するには、モビルスーツ隊での先制攻撃が有効だろうと云う判断だろう。

 その一方、命令を受けて出撃した〝ガナーザク〟の中で、ルナマリアは嘆息を漏らす。

 

〈あんまり成績よくないんだけどね、デブリ戦……〉

 

 シミュレーションでの戦歴の話だろう。

 アトラは咎めるようにして諫めた。

 

「向こうだって、こっちを捉えている頃だよ。油断しないで、ルナマリア」

〈わかってる。レイみたいな口きかないでよ、調子狂うわ!〉

 

 このとき〝ミネルバ〟から先制したのは四機──〝ブラストインパルス〟および〝ガナーザク〟、そして随伴の二機の〝ゲイツR〟だった。各機はそれぞれ編隊を組みながら、雑然とデブリが漂う漆黒の海を越えていく。

 先程から、敵戦艦を示す光点は一か所に留まって、待ち構えているかのように動かない。

 ──静かすぎる……。

 ポイントへ接近するのにしたがって、アトラは徐々に不審感を抱え始めていた。

 先ほど自身が忠告したとおり、敵は既にこちらを捉えていておかしくはないのだ。こちらが敵艦の熱紋を捉えている以上、互いの条件は対等として見るべきであり──『敵』が自分達より愚かだと判断すべきではない。特に戦場では……。

 

(何かの作戦? いや……)

 

 思案したそのとき──

 視界の隅で、何かが動いた。

 

「!?」

 

 それを知覚した途端、明後日の方向から強襲する光! 

 アトラはハッとして機体を捻らせる。まさしく神速といっていい反応速度だが、やがて全く違う方向から数条のビームが飛び来たる。デブリの合間を正確に縫う砲火を〝インパルス〟は躱すも、一方で〝ゲイツR〟を砲火が押し包み、ビームは機体を両翼から挟み込んで串刺しにした。

 粉々に爆散し散る僚機。戦闘開始直後、わずか一秒間のことだ。

 

〈ショーン!〉

「散開して、各個に応戦っ!」

 

 ルナマリアが叫びをあげ、アトラが号を飛ばす。

 ──罠だ! 待ち伏せされた!

 驚愕するアトラの頭は、目まぐるしく状況の整理に努める。だが次の瞬間、それまでセンサーにじっとして浮かんでいた光点が消えた。敵母艦(ボギーワン)をロストしたのだ。

 

「〝ボギーワン〟が……まさか、囮!?」

 

 唖然とするアトラだが、そこからは思慮している暇はない。

 敵からと思しきビームは、何もない空間から──それもまったく別々の方向から発射されている。最初は複数機に──それこそ〝カオス〟〝ガイア〟〝アビス〟に──取り囲まれたのかと疑ったが、どうにも違うらしい。周囲を詳しく索敵しても、目立った機影はひとつも見当たらない。

 ルナマリアが猜疑の声を挙げる。

 

〈さっきのモビルアーマーってわけ!? ──こんな所で!〉

 

 敵が複数でない以上、錯綜する射線の正体は、個別攻撃を可能とする件の誘導兵器だろう。それを搭載する機体──だが本来、この障害だらけの宙域において、縦横無尽に飛び回る誘導兵器を操作するのは困難を極めるはずだ。

 ────たしかに〝ドラグーン〟システムは、その有効性ゆえ先の大戦終盤で導入され、実際の戦場では『一騎当千』の猛威を奮ったという。

 ザフトが開発を行った〝クレイドル〟および〝プロヴィデンス〟──これらの二機から観測された〝ドラグーン〟システムの功績は凄まじく、完璧に無線化された誘導式砲塔は、パイロットの稀少な能力によって漸く成立した一方、量子通信によるバッテリーの消耗が激しく、核エンジンを搭載した機種でなければ実用段階までは漕ぎ付けなかったとも云われている。

 だから、先の戦闘で見た〝エグザス〟は有線での(・・・・)誘導方式を採用し──

 

「いや、違う!」

 

 ハッとするアトラの視線の先に、自律的に飛び回る〝盾〟──黒光りする〝それ〟は、ホワイトグレーに彩られていた〝エグザス〟のビームガンバレルではない!

 デブリの合間を正確に飛び回る〝盾〟が、矢継ぎ早にビームを放った。アトラは神経を高ぶらせながら周囲をチェックし、ぎりぎりのところで浴びせられる光条をビームシールドで弾く。反撃に転じてレールガンを応射した頃には、既にそこに〝盾〟はない。だが、

 

「そこだ!」

 

 誘導兵器の主はいまだに姿すら見せていない。だが、そう遠い位置にはいないはずだ。そう判断したアトラは、次に〝ブラスト〟シルエットのミサイルランチャーを斉射した。

 ──隠れている本体(・・)を炙り出す!

 ミサイルのシャワーが射線上のデブリを片端から打ち砕く。連綿と爆発が巻き起こり、衝撃で散らされた岩塊の中から、一匹の〝サソリ〟──正確にはそれらしき形状をした一体の機影が飛び出してきた。巣穴を突かれ、これを追われた害虫であるかのように。

 モビルアーマー! しかし、やはり〝エグザス〟とは違う。

 

「一撃で仕留める!」

 

 射線は確保している。間髪おかず〝インパルス〟はマウントされた太い砲身を跳ね上げ、高エネルギー長射程砲(ケルベロス)を撃ち放った。

 赤色の奔流がデブリベルトを横薙ぎにする。野太い熱量の矢をしかし、黒い〝蠍〟は寸前での方向転換で避けてみせた。その次いで機体が鮮やかに変形し、変態を遂げた〝蟲〟の中から、赫々と紅蓮に輝く六本角と一対の眼が姿を覗かせる。

 

「新型──!?」

 

 一同は驚愕の声を上げる。

 それは一つのモビルスーツであり、見たこともない機種──禍々しき闇に溶け込む、邪な悪人相の〝G〟だった。

 

 

 

 

 

「何なのよ、アンタはまた……!」

 

 変態を遂げた〝レムレース〟の中、ステラは語気も荒く〝インパルス〟を問い質す。

 ──またしても、オマエは私の邪魔をする!

 ネオの要請に応えるべく、ステラは罠に掛かったザフトのMS部隊を殲滅する算段でいた。一呼吸さえ許さない、完璧な奇襲攻撃によって。

 だが今のシーンは、確実にステラの方が背筋が凍った。

 ザフトの新型──〝インパルス〟──はステラが操作する〝ドラグーン〟の十字砲火を往なすばかりではなかったのだ。状況判断も早く、こちらの隠れていた位置を的確に炙り出して高出力ビーム砲で狙ってきた。少しでも反応が遅れていれば、逆にこちらが討ち取られていただろう。

 

「……すぐに沈める!」

 

 苛立ち、殺気立つ声でステラは吐き捨てる。

 誘導操作をやめ、彼女は〝レムレース〟の盾を自機の手許まで引き戻す。シールドとしての防御機能だけでなく、量子通信を用いた独自の飛行性と誘導性を持つ有線式の複合盾だ。

 名を〝メフィスト=フェレス〟──先代〝レムレース〟が装備した〝トリケロス〟改をさらに発展させた武装であるが、その独特とも云える形状と機能は、むしろ〝レムレース〟の宿敵たる〝クレイドル〟──それが搭載していたシールド・ドラグーン──〝エンドラム=アルマドーラ〟に酷似している。

 引き戻され、機体の両前腕部にそれぞれマウントされた二挺の盾。その先端部から光の刃が形成された。盾を基部とする鋏状の重刃は、外敵を殴りつけ葬るシャコのようだ。

 

 ──オマエから先に墜としてやる!

 

 暗黒の〝亡霊〟は次の瞬間、スロットルを全開にし、モスグリーンの〝ブラストインパルス〟へと突撃を仕掛けた。

 

 

 

 

 

 突撃してくる黒い機影を、アトラ達は恐れをもって迎え撃つ。標的は〝インパルス〟のようだが、僚機への突貫を無抵抗に許すルナマリアではない。

 

「こんのォ! よくも舐めた真似を──!」

 

 赤い〝ザク〟は長砲身の〝オルトロス〟を振り上げ、その砲口から赤色のビーム砲を撃ち放った。たった一射であっても、機械人形を焼却するには十分すぎる威力だ。わずかな接触さえ機体を融解させるパワーを持つ砲撃を、しかし黒い機体は制動を掛け、難なく躱してみせる。

 ──と、そこへすかさず〝ゲイツR〟が追撃にかかった。数条のビームライフルを浴びせかけ、ルナマリア機との息の合った連撃を仕掛けたのだ。

 黒いモビルスーツは両腕に二挺ものシールドを装備しているが、シールドの規格そのものは非常に小型である。対艦砲〝オルトロス〟を真っ向から受け止めるほどの堅牢性は保たれていないのか、このとき〝ゲイツR〟の放ったビームライフルでさえ、防がず避けるという行動を取った。

 けれども、その機動性、回避性能は尋常なものではない。まさしく黒い稲妻のようであり、次の瞬間、砲撃を避けた敵機は雷撃めいた屈折と同時に、今度は臀部から鋭利な何かを射出させた。

 

「なに!?」

 

 離脱した〝それ〟の端部はケーブルに接続され、シュルシュルと無限めいて延びていくその様は、まさしく悪魔の尾のようだ。

 

「デイル、後ろ!」

 

 残された〝ゲイツR〟──デイル機は射出された〝それ〟に気付かなかったのか? たしかに宇宙の闇に溶け込むような暗黒色(カラーリング)をしているが、するりと伸びた悪魔の尾は、先端部からビームスパイクを形成し、これに気づかぬ愚か者を背後から強襲する。

 唐突に死角から貫かれ、警告を示すワーニングランプが点灯する。慌てふためく〝ゲイツR〟だったが、既に遅い。無限に伸びる漆黒の尾は、それ自体が意志を持つ蛇のようだ。幾度となく〝ゲイツR〟に噛み付いては、縦横無尽にそのボディを滅多刺しにする。

 

「デイル!」

 

 八つ裂きにされた僚機を見届け、アトラは悄然とした。

 臀部から伸びた悪魔の尾。ないし蠍の終体、それもまた〝ドラグーン〟だというのか!?

 

「あっという間に二機も……!?」

「ルナ! あの尻尾に注意を!」

「サソリ(もど)きってわけ? 人型だから、モビルスーツでしょう!?」

 

 そうこうしている内に、黒い機体はまたしても二挺の攻盾を勢いよく擲っている。

 合わせて三基、有線式の誘導兵装が個別に〝インパルス〟と〝ザク〟をつけ狙う。デブリを盾にビームの雨から逃れているとき、手許にレーザー通信での電文が入った。他ならぬ母艦からだ。

 

「〝ミネルバ〟が……っ!?」

 

 電文に目を走らせ、アトラは愕然とした。ついさっき消息を絶った〝ボギーワン〟が、なんと〝ミネルバ〟の背後について強襲を仕掛けてきたというのだ。そこに〝カオス〟〝ガイア〟〝アビス〟の機影が確認され──自分達は、まんまと乗せられたことを思い知る。

 おそらく〝ボギーワン〟は、ある折をもってエンジンを切り、どこかに身を潜めていたのだ。それまで感知していた熱紋は撒き餌。つまりは誘き出され、愚かにも出てきた自分達を、あの黒い機体が掃討する要領だった──それも、たった一機で。

 

「たったひとりで、私達を殲滅しようっていうのか!」

 

 叫ぶアトラには、このとき不思議と判別できていたという。

 ──あの黒い機体を操るパイロットは、例の魔女だ。

 それは確信である。そうでなければ、他に誰がこうも超人的に〝ドラグーン〟を扱えるというのか。思案していたアトラの耳に、ルナマリアの焦った声が響く。

 

「私たち、まんまとハマッたってわけ!? 戻らなきゃ──」

「うん、でもこれじゃっ、戻っていったって!」

 

 焦る気持ちと裏腹に、戦況は自分達の不利だ。

 随伴の〝ゲイツ〟は全滅し、ルナマリアとて、いつまであの化け物に対処し続けられるかは分からない。ただでさえ砲戦仕様(ガナー)は非機動的な装備だ、今はせいぜい逃げ回り、敵が演出するビームカーテンを避けきることで手一杯だろう。

 

(ううん、きっと、大丈夫──!)

 

 けれども、アトラは信じることにした。ルナマリアは勿論だが、遠ざけられた母艦に思いを馳せる。

 ──大丈夫……〝ミネルバ〟にはレイがいる。

 そして何より親友が──マユ・アスカがいるのだから。

 

 

 

 

 

 一方の小惑星帯では、激しい戦闘が展開されている。

 〝ミネルバ〟と〝ガーティ・ルー〟──互いに足自慢の戦艦による機動戦と、これを取り巻く〝カオス〟〝ガイア〟〝アビス〟の三機には、白い〝ザクファントム〟と〝アリアドネ〟が応戦に当たる。

 

 そもそもの〝ガーティ・ルー〟は、慣性航行の術に長けた艦船だった。

 

 それが搭載する〝ミラージュコロイド〟ステルスは、展開時には完璧な光学迷彩を成すものの、エンジンを作動させた状態での熱量まではカバーできない。だから戦艦ほどの質量を移動させる際には、これを一定の推力で押し出す必要があるのだ。このための推進用ガス装置が艦の両舷に備えられ、この他にも構造物にアンカーを突き刺すことによる無推進運動もオプション可能となっている。

 今回〝ガーティ・ルー〟は後者の手段を用い、その艦船をひそかに惑星の陰に移動させ、〝ミネルバ〟の背後を取ることに成功したのだ。背を追われる立場となった〝ミネルバ〟は常に捉敵レーザーが照射され、その艦橋にあるタリアは臍を噛む。

 

「アンチビーム爆雷発射! 面舵三〇──〝トリスタン〟照準!」

「ダメです! オレンジ二二デルタに〝アビス〟!」

「……! 機関最大! 右舷側の小惑星を盾に回り込んで!」

 

 両肩シールドを押し開き、〝アビス〟が〝ミネルバ〟へ全砲門を開こうと肉薄した。けれども、そこへ白い〝ザク〟が追いすがり、ビーム突撃銃を斉射する。牽制された〝アビス〟は機体を翻し、ビームランスを構えて〝ザク〟との迫撃戦に移行する。

 タリアは救われた思いでそれを見た。いくらラミネート装甲に覆われた〝ミネルバ〟の艦体といっても、〝アビス〟のフルバーストを浴びて平気でいられるはずがない。

 

「〝ミネルバ〟にはギルが乗っているんだ、絶対にやらせるものか!」

 

 柄になく、レイが熱くなっているのをマユは聞き留める。

 そんな彼女の方は、またしても〝カオス〟の相手を強いられていた。元より〝カオス〟は宙域戦に本領を置く機種だが、右手にグリップしたビームライフル、兵装ポッドのビーム砲、シールドの七禄ミリ機関砲が一斉に開かれ、射線上を寸刻みに薙ぎ払う。

 マユの〝アリアドネ〟はシールドを掲げ、砲撃を受け流す。が、敵機は続けざまMA形態にあるビームクロウで突撃を仕掛けてきた。マユは〝ハイドラ〟ガトリングビーム砲で間合いを調整しつつ、その突撃の軌道をずらし、相手の猛攻を往なし続けた。

 

「貴方には一度勝ってるんだ、今さら!」

 

 事実としてマユが叫び、しかし、そうして彼女が〝カオス〟と交戦している間、その直にすぐ脇を黒い機体──〝ガイア〟がすり抜けていくのが見えた。

 レイは〝アビス〟を牽制し、マユは〝カオス〟に付き合わされている現状、今の〝ガイア〟は完璧にノーマークだ! 鋼鉄の四足獣は背部にあるビーム砲を展開し、これ見よがしに〝ミネルバ〟へ砲撃を撃ちかける。

 

 ──やめて!

 

 マユは叫んだ。かつて己を守ってくれた大切な人が、今は己の護るべき人々を攻めているその様が、彼女には耐えられなかった。

 ──〝ミネルバ〟はやらせない!

 マユは機体を翻すと、即座に〝アリアドネ〟を加速させていた。高機動ブースターが宇宙の闇に青白い航跡を曳き、その勢いのまま彼女は〝ガイア〟まで突っ込んでいた。

 いきなり背後から突進してくる機影。これに虚を突かれたのか、〝ガイア〟は慌てたように対応していた。シールドとシールドがぶつかり合い、衝突した二機は二機は宇宙に流れる形になる。

 

「やめて! もうやめて──ステラお姉ちゃん!」

 

 接触回線を用い、マユは必死の思いで呼びかける。

 

〈だれ……? 誰の、声……!?〉

 

 しかし、スピーカーから響いてきたのは、求める者の声ではなかった。

 そのとき、マユは雷に打たれたような衝撃を受けた。たしかに以前、この〝ガイア〟に乗り込んだのは彼女だったというのに。

 

「そんなっ!」

 

 動揺するマユを前に、体勢を立て直した〝ガイア〟が、抜き打ちにビームサーベルを抜き放つ。感情に任せて振るわれた一太刀を、マユは〝アリアドネ〟を後退させて回避する。

 

「なんで、あの人の名前を知ってるの!」

 

 距離が離れて途切れた通信。それによってメーテルの声は届かない。

 けれども〝ガイア〟の中で、たしかにメーテルは熱り立った。何の前触れもなく接触してきた敵機が、意図の分からぬ言葉を投げかけてきたのだから。

 

 ──ステラお姉ちゃんは、私達のものだ!

 

 ロドニアのラボにおいて、繋がりや温もりを知らずに生きてきたメーテル。そんな彼女にとって、ステラやネオ──〝ファントムペイン〟は家族も同然だ。そんなステラを探しているらしい敵パイロットは、きっと、私から家族を取り上げようとしている──!

 

「悪いやつ、やっつける!」

 

 ──宇宙に住まうコーディネイターは、悪いやつら!

 今までずっと、そうやって教えられてきた。メーテルは〝ガイア〟のビームライフルを構え直すと、躊躇いなく〝アリアドネ〟へ射撃した。その光条はすべて回避されたが、そこへ〝カオス〟が加勢に入り、メーテルの耳にはスティングの声が響く。

 

「メーテル、おまえは(ふね)を! こいつはオレが!」

「……! わかった!」

 

 MA形態から変形した〝カオス〟は、そうしてまたも〝アリアドネ〟の前に立ち塞がる。

 

「よくも余所見をォ!」

「くっ──!」

 

 またしてもビームの驟雨に晒され、苦戦を強いられるマユであったが、その頭はやはり思考している。

 ──〝ガイア〟には別の子が乗っていた……!

 

(じゃあ、あの人はどこに……!?)

 

 別動隊──アトラ達から、何の連絡も寄越されない現状も気にかかる。

 先制したアトラ達はいったい、どこで何をやっているのか? 目標の母艦(ボギーワン)に加え、奪取されたMS(カオス、ガイア、アビス)までが全機として当宙域に現れた。その時点で、他に戻れない理由があるというのか?

 あるいは〝これ〟以上に、手強い相手に遭遇してしまった(・・・・・・・・・・・・・・)とでも──

 

「っ……!」

 

 ハッとすると同時、強い悪寒が、マユの背を駆け巡る。

 心当たりが、ありすぎてのことだった。

 

「アトラ達が危ない──!」

 

 叫ぶマユだが、けれども、危機的状況に置かれているのは彼女達も同じなのだ。

 レイは性能差のある機体群を相手取るので精一杯で、マユとてそうだ。残された〝ミネルバ〟もまた、背後を取られたままで応撃という応撃すらままならないでいる。

 ──なんとか、別動隊を呼び戻さないと……!

 その結論に至ったのはタリア・グラディスも同じであり、彼女は状況を正しく読み取り、ブリッジで声を飛ばした。

 

「──メイリン、アトラ達を戻して!」

 

 

 

 

 

 

 

「戻れるなら、戻ってるわよ!」

 

 それは流れてきた追加電文を目にした、ルナマリアの率直な叫びだ。

 モビルスーツ単機が発しているとは思えない、凄まじい光の雨から逃れている最中なのだ。ルナマリアとて、恨み事のひとつも云いたくもなる。

 同じく光から逃れていた〝インパルス〟から通信が飛んでくる。

 

「ルナは行って!」

 

 アトラの叫びだ。

 彼女を残して〝ミネルバ〟の救援に向かえ、ということか?

 

「でも、あいつは!?」

 

 顔を上げたルナマリアの視線の先には、やはり黒い稲妻めいた高機動MS──〝レムレース〟の姿が捉えられている。

 この一方的な攻撃を耐え凌ぐ中で、ルナマリアは確信していた。

 あの敵は強い。それも、ただ〝手強い〟というタチの話ではなく、どうすれば追いつけるのか、そもそも本当に追い越せるのかどうか、想像もつかない不気味さだ。

 

(──あんな敵がいるなんて、聞いてないわよ!)

 

 少なくとも、アカデミーは教えてくれなかった。

 シミュレーションでは再現されない伝説性──まさしく前大戦の生き残りだけが持てる〝格〟とでもいうのだろうか? アトラの能力を疑っているわけではないが、所詮はルーキーがたった一人で、アレに付き合い切れるとは思えない。

 

 ────アトラ・デンソンは、今期のアカデミーにおける『次席』だった。

 

 次席、つまりは二位ということ。

 首席が誰だったかというのは、あえて言及する必要もないだろう。少なくともレイではないし、ルナマリアでもない。しかしながら〝プラント〟においては、優等生というのは集まり易い傾向にあって──

 兎にも角にも、その集団においてアトラは次席、つまりは二番手でしかなかったのだ。

 

 はっきりと云う。

 アトラの才は、同期をして、その程度でしかない。

 

 その程度と云っても、たしかにルナマリアよりは上位者だ。

 彼女はいずれ、噂に聞くザフトの諸先輩──イザーク・ジュールやディアッカ・エルスマン氏と並ぶ域には達してゆくのだろう。だが、次席という時点でアスラン・ザラ──前大戦でそれこそ伝説となった傑物の領域に達しうるとは、到底思えないのである。

 彼らは歴史に名を残す傑物中の傑物達であり、あの敵もまた、そのひと握りの内に違いない。

 ──単純に、比較相手が悪いだけだ。

 ルナマリアはそれを確信してしまった。だから彼女は、怒ったように叫び返す。

 

「あんたをひとり置いて、行けるわけないでしょ!?」

「でも、このままじゃ〝ミネルバ〟が!」

 

 たしかにアトラの判断は正しい。正しいが、同時に間違ってもいる。

 あの黒いモビルスーツの突破を許せば、どのみち結末は同じだ。今は遠くで奮戦しているらしい〝ミネルバ〟であっても、あれに取り憑かれれば間違いなく即座に沈むだろう。

 だから自分達が、少しでもアレの足止めを請け負う必要があるのだ。たとえ勝つことを諦めたくなっても、たとえどんなに見苦しくとも──

 

「──!?」

 

 だが、そうして言葉を掛け合ったことが、致命的な隙をアトラに生じさせたのか──? 

 ルナマリアは見てしまった。わずかな隙を晒し、宇宙で機体を硬直させてしまった〝インパルス〟の背後から、先に見た〝蛇〟が迫るのを。

 悪魔の尾じみた臀部の〝ガンバレル・オピス〟が、光刃を放って〝インパルス〟に突撃する。アトラはそれに気づいていないのか。気づいていても、反応できなかったのか──

 

「アトラ──ッ!」

 

 ルナマリアが絶叫した次の瞬間、〝インパルス〟の機体が両断された。

 それまで一機だったモビルスーツは、見事なほどに二つに割れた(・・・)──

 

「──まだまだ!」

 

 しかし、それはアトラの気迫の叫びだ。

 真っ二つに割られた〝インパルス〟は、しかし、決して斬られたわけではない。わざと分離したのである──その独特すぎる機体構造を活かして。

 上半身と下半身が咄嗟に分離し、それによって生まれた空間を、サーベルが薙いだだけ──

 次の瞬間、アトラの操作に応じて〝インパルス〟はもう再び合体し、無傷のまま機体を翻すと、背嚢の〝ケルベロス〟を撃ち放っていた。そのトリッキーな機動に虚を突かれたのか、反応が鈍っていた〝オピス〟を、赤色の奔流が飲み込んで焼却する。

 

「私、技術者志望って云ったでしょ!」

 

 元よりパイロットではなく、技術士官になることを夢見ていたアトラ。

 そんな彼女にとって、みずからの搭乗機の〝強み〟が何たるかは──論理的に、計略的に──既に頭に叩き込んでいる。独特にして複雑な〝インパルス〟には、そこに費やされるコストに見合うだけのパフォーマンスが叶うはずで──

 

ZGMF-X56S(インパルス)は、こう戦う!」

 

 実際にアトラは先程から、その機体の可能性(ポテンシャル)を存分に引き出し、見せつけていた。

 破損したパーツを交換し、戦闘を継続する不死身戦法──

 咄嗟に機体を分離させることによる、奇抜な緊急回避──

 アトラはシールドを投げ放ち、放ったシールドに対して鋭角的にビームを放った。対ビームコーディング材によって正しく反射(・・)したビームは、やはりこれに虚を突かれた照準先──〝レムレース〟の右肩を掠め抜くことに成功していた。

 

「……!」

 

 敵が唖然とするのと同じように、ルナマリアもまた愕然として、一連の〝インパルス〟の機動に見入っていた。

 派手ではないが、大胆な操縦技術──

 地味ではあるが、真摯な機体特性への理解──

 アトラはそれを〝強さ〟へと昇華する術を、もう既に知っている。

 

 ──あれではまるで、首席を越えたスーパーエース級だ!

 

 その瞬間、ルナマリアは納得したという。

 ──なぜ、次席(アトラ)最新鋭機(インパルス)が与えられたのか。

 おそらく、あれこそが戦場で発揮される、アトラという少女の全力と本気なのだ。

 平時において慎み深い彼女は、その性格的都合からアカデミーでの能力が温存され、それによって己を含めた全ての同期達は、彼女の能力を見誤ってきた。

 

(技術者志望だなんて、とんでもない……)

 

 ルナマリアは、ひとりごちる。

 ──彼女の才は、適性は、パイロットであって当然だ。

 前線の戦士であることが、彼女の為すべき役割なのだ。

 

「──ルナ、行って!」

 

 逡巡するルナマリアを、その声が現実に引き戻す。

 重ねて云われた彼女は、しかし、次の瞬間には次のように応えていたという。不可思議な確信と共に。

 

「わかった!」

 

 そうして赤い〝ザク〟が転進していく。行かせまいと追いすがる二挺の攻盾(ドラグーン)を、しかし、横合いから〝インパルス〟の〝ケルベロス〟が撃ち抜いた。

 爆散する〝メフィスト=フェレス〟──〝インパルス〟は〝レムレース〟へ挑み続けた。さながら伝説の悪魔に挑む、名もなき勇者を自称するかのように。

 

 

 

 

 

 

 ルナマリア機が戦列に加わったことで、〝ミネルバ〟側の勢いは復調した。

 スティングら三名はそれぞれ二機の〝ザク〟と〝アリアドネ〟を前に攻めあぐね、この状況を艦橋で眇めたイアン・リーがぼそりと呟く。

 

「粘りますな」

 

 感心した口調であるが、作戦が滞っていることに喜ぶ将校などいない。

 その目はたしかな苛立ちと不審を湛え、それが向けられている先は、真隣に坐す黒い仮面の指揮官か。あるいは前線において時間を稼がれている、その副官に対してか。

 

「ほう……」

 

 しかし、感心しているのはネオも同じらしい。

 彼もまさか、ステラがここまで〝インパルス〟に手を焼くとは想定していなかったのだろう。

 

「まあ、已むを得まい。何にでも想定外ということはある──」

「……撤退のご判断を?」

「ステラは兎も角、コーディネイターと正面からまともにやりあうのでは、我々に勝ち目などないよ」

 

 ネオは透徹した目で戦場を見ている。

 現状、スティング達は間違いなく押され始めており、最新鋭機という機体性能のアドバンテージがなければ既に負けている頃合いだ。そのためステラを合流させる手筈だったが、そんな彼女が増援に来られない以上、作戦は始める前から失敗していたようなものでもある。

 

「新型の奪取という、当来の目的は達成された。焦ることはないだろう」

「は」

「なかなか、興味深いものも見れたしな……」

 

 先程から、黒い仮面はステラの機体と互角に渡り合う〝インパルス〟を一心に見つめている。

 今作戦におけるネオの目的は、ザフトの新型機を奪取し自軍の戦力とすることである。

 が、それと裏腹に、ザフトの戦力を削ぐことが狙いでもあったのだ。四機目(アリアドネ)を取りこぼしたばかりか、よもや五機目(インパルス)までが登場するとは想定していなかったが、なかなかどうして、ザフトも寝惚けてばかりいるわけではないらしい。

 特に換装や合体の機構を備えた〝五機目〟──前大戦における〝ストライク〟的な外見を持つモビルスーツのパイロットは、その強さをして〝規格外〟と評していいかも知れない。ステラとも互角に渡り合わんとしたその人間の正体は歴戦の猛者か、あるいはルーキーか。……後者だとすれば、いよいよ末恐ろしい話ではあるが。

 

「あれほどのパイロットを抱えているとなると、ザフトの未来は明るいな」

「笑いごとではありませんよ」

 

 即座に釘を指すイアンであったが、ネオは取り合う様子もなく薄く嗤って誤魔化した。

 

「スティング、アウル、メーテル──ステラ、終了だ。今すぐ帰投しろ」

 

 それ以上の興味を失ったように、ネオは淡々としてそう告げた。

 

 

 

 

 

 

 結論から云えば、両陣営ともに決着は先延ばしとなった。

 信号弾を確認した〝カオス〟〝ガイア〟〝アビス〟はしおらしく〝ガーティ・ルー〟へ帰投し、電文での撤退命令を受け取った〝レムレース〟もまた、ネオの命とあらば従うほかなかった。

 当然、ステラとしては〝インパルス〟を墜とせなかったことは遺恨の残る結末であり──長い目で見れば、このときから、彼女らしからぬ戦績不振は始まったと云えるのかも知れなかった。

 

「〝レムレース〟……」

 

 そうして青銅色の戦艦に戻ってゆく黒い機影を確信し、マユは愕然と声を漏らす。その手がモニターを操作し、その悪魔じみた機体を拡大して映し出す。

 ──姿形は変わっているが、間違いない。

 あれは前大戦時に見た〝亡霊〟──フレイという女性が乗っていた、地球連合が所有するモビルスーツだ。奇しくも、ステラ自身が争い、そして打ち破った機体。

 

(あの中に、お姉ちゃんが……?)

 

 マユの中で、疑念は確信に変わってゆく。

 やはり彼女には、何らかの事情があるのだ。そうでなければ、かつて己自身が打ち破った機体に、何の違和感もなく乗り込めるはずがない。

 それともやはり、人違いだったのか。マユが信じる彼女はやはり、例の爆発で消えてしまい、自分の願望が、その死を認めたがらないだけなのか。

 逡巡するマユの一方で、アトラは艦長に直談判──というより、ほとんど喰ってかかっている。戦闘の余波か、わずかに声音が昂っている様子だ。

 

「艦長、今ならまだ追撃できます! まだ追えるのに、どうして……!」

 

 アトラ達には分からなかった。MS戦における頭数は拮抗していたが、パイロット各個の技量でいえば──黒い新型を除いて──明らかに自分達に利があった。劣勢を判断し即時退却を促した敵将もなかなかの切れ者だと思うが、だからこそ、ルナマリア達は敵に勝つ自信があった。

 けれども、このときのタリアが下した命令は〝ボギーワン〟と同じく退却と帰投であり、逃げていく敵を放っておくというものだった。

 

「例の部隊を逃がすわけにはいかない、その思いは私も同じよ」

 

 問い質されたタリアであるが、彼女はあくまでも毅然として答える。

 

「ただ、それどころじゃなくなった(・・・・・・・・・・・・)──ってことよ」

 

 その言葉を受け、一同は懐疑する。

 奪取された新型モビルスーツの追撃──これ以上に、今現在の〝プラント〟にとって重大な危機があるというのだろうか。

 先の言葉を待つ空気が場に流れ、タリアはそれに答えるようにして告げた。傍らのデュランダルもまた、名状しがたい渋面を浮かべている。

 

 

 

「観測隊からの報告によると、〝ユニウスセブン〟が動いているそうよ」

 

 

 

 地球に向けて。今、この瞬間も──。

 そしてそれは、世界全体を大いに揺るがす、惨禍の始まりでもあったのだ。

 

 

 

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