先の大戦の折、核攻撃によって破損した〝ユニウスセブン〟は、砂時計の底部だけが残された、宇宙に浮かぶ幽霊じみたクラゲのようだ。
凍りついた大地、その各所に巻きつけられた電力装置が〝ユニウスセブン〟全土を包み込むような巨大な磁場を発生させた。この磁場を太陽から送り出される風と磁力に干渉させることにより、巨大な宇宙クラゲは、その質量の大きさにも関わらず地球に向かって泳ぎ始める。
「放出粒子到達確認。フレアモーター作動」
その巨大な宇宙デブリを見守りながら、サトーは次の一声を心待ちにしていた。おそらくは、先の戦争の終結からずっと──果てしなく感じられた時間の中を。
「〝ユニウスセブン〟──移動を開始しました」
あるべき軌道を外れた〝ユニウスセブン〟は航路を変え、不自然なまでに青い惑星、地球へと吸い寄せられていく。
これを見届けるサトーの目は、昏い火を湛えていた。消えることのない、憎しみの火を。
「さあ行け、我らの墓標よ」
アラン、クリスティン。かつてサトーにも、友と呼べる者達がいた。
彼らは〝ここ〟で散り、そんな彼らの尊き墓標は、それ自体がおぞましい凶器となって、地球に生きている者達の頭上へと迫ってゆく。英霊達の眠りを妨げるような自身の行いを悔いながらも、それでもサトーはみずからの、いや自分達の正義を信じ尊ぶのだ。
「これこそがパトリック・ザラ議長閣下の遺志! 嘆きの声を忘れ、またも偽善と欺瞞に溢れるこの世界を、今度こそ正すのだ!」
古き世界、旧き人類からの独立を願ったコーディネイターにとって、真に明るい未来を示したのはパトリック・ザラだけだ。彼を失い、クラインの後継者達が〝プラント〟を掌握してからというもの、世界は旧態依然としたナチュラル有利の情勢に戻ろうとしている。
ザフト内部も、また変わった。このままにはしない──と、だからサトー達は軍を離反してまで事を構えたのだ。ザラ派の理想を継承し、コーディネイターにとっての真なる正義を遂行できるのは、自分達をおいて他にないと判断したから。
(だが、願わくば、我らと共に歩んで欲しかったものだ、英雄の息子よ)
アスラン・ザラ。
彼ら一同の信奉する、パトリック・ザラの理想の息子。
もしも彼が、ザラ派の正当なの後継者として自分達を率いてくれたなら、どれほど光栄だったか。サトーの唯一の悔恨はそれであり、しかしながら、見当違いな嘆願というわけでもない。
──なにしろ先の大戦中、アスランはやはり、父と同じ
そんな彼は、終戦を期に消息が掴めなくなっており、サトー達も必死で探したがダメだった。
だが、きっと彼ならば、この粛清に同調してくれたに違いない。あろうことか戦中に父を裏切り、クライン派に寝返った金の髪の妹とは違って。
(いや、我らが──我らこそが、正義を為すのだ)
欠けたピースを嘆いていても、仕方がない。
悔恨を振り切り、サトーは〝ユニウスセブン〟に目を戻す。
「コーディネイターの新たなる未来のために」
誰にも邪魔はさせない。
──〝ザラ〟の名を継ぐ者。
彼らの戦争は、まだ終わってなどいないのだ。
〝ミネルバ〟内、ブリーフィングルームではクルー達による会話が飛び交っている。
まず最初に言葉を発したのはルナマリアだった。
「〝ユニウスセブン〟が動いてる、って、どうしてよ?」
ヴィーノはその問いを受け取り、
「分かんない。メイリンは、何か聞いてないのか?」
傍らに立つメイリンへと投げかけた。
赤い髪の少女は、おずおずとかぶりを振る。
「艦長と議長がお話しているのは聞こえたけど、ふたりとも、詳細までは分からないって云ってたよ」
「でも、誤報じゃないんでしょう?」
「隕石でも当たったか、何かの拍子で軌道がずれたか──?」
「あり得ないでしょう? あれは百年の安定軌道にあると云われていたものだよ?」
ヨウランの憶測を、明確に否定したのはアトラだった。
「人為的に操作でもされなければ、そんな軌道へ進むはずがない──それも、地球への衝突コースだなんて」
アトラの推察に、一同が固唾を呑んだ。──つまり、テロリストによる地球への破壊工作ということか?
さすがのルナマリアも辟易した様子だ。
「ほんと信じらんない! なんでこう、事件が立て続けに起こるわけ?」
たしかに、妙な雲行きだ──と、マユも思う。先の〝アーモリー〟襲撃事件もそうだが、自分達の身の周りで、何かよくないことが起こりすぎているのだ。
「〝カオス〟〝ガイア〟〝アビス〟は強奪騒ぎだし、それもまた片付いてないのに、今度はコレ!? どうなっちゃってんの?」
「二ヵ月前、アプリリウスで起こったっていう〝セイバー〟失踪事件のこともあるしね……」
アトラが、ぼそりと呟く。
当時、組み立てによる完成を控えていたザフトの最新鋭機〝セイバー〟が──正確には、それを構築するための全てのパーツが──アプリリウス市への輸送経路の途中で忽然と姿を消した事件があったのだ。これに関しては「強奪された」と決定づけるべきかは微妙な線であるが、いずれにしても、セカンドステージシリーズにまつわる事柄に関して、ここ最近一切の雲行きは怪しすぎている。
「それだけじゃないよ。テロリスト関連で、きな臭い事件はもっと前から起こってた」
「──もしかして、ラクス・クライン襲撃事件のことを云ってる?」
「うん」
三ヵ月ほど前か。地球への慰問活動中のラクスが乗り込むシャトルが爆破され、一時期──そう一時期、彼女の行方が分からなくなるという事件が起こったときのことだ。
「あの事件を起こした実行犯グループだって、まだ捕まってないんだよ」
「デュランダル議長も直々に動いて、捜索隊も死力を尽くして犯人グループの追跡に当たってる──とはニュースで見たよ?」
「そっか。あれ、まだ解決してなかったんだ……」
結論から云えば、その事件で命を狙われたラクス・クラインは無事だった。
なんでも間一髪で難を逃れていたらしく、いっとき行方不明となっていた彼女は、ある日のこと、突然にメディアの表舞台に帰還を果たした。
じつは彼女が無事だったという報せは〝プラント〟全土でニュースになり、その後、彼女はメディアを通して、事件前と同じく精力的に活動を続けている。
「んー……でも、ま! あの事件はオレたちにとっては、ちょっとだけ嬉しい事件でもあったけどな? ──な、ヴィーノ」
重苦しい雰囲気に耐えかねたのか、ヨウランがおどけたような口調で云った。
──それは歴としたテロであり、ラクスという女性が明確に、命を狙われた事件でもあるのだ。
意図は分からないが、それを〝嬉しい〟事件と評したヨウランの不謹慎さに、ヴィーノは怯んだ様子だ。だが、彼は求められたことについては同意を返していた。
「た、たしかにあの事件以降、なんていうか可愛くなったもんな、ラクス・クライン!」
「路線変更ってやつだよな? 俺、前々から
「まったく……」
軽々しく話題に持っていく少年達に、ルナマリアは呆れ顔を返した。
──ただ、確かにそうなのだ。
例の事件を期に、ラクス・クラインは、どこか人が変わったように感じられるようになった。清楚で儚げで、それでいて凛としていた〝プラント〟救国の姫君は、あれ以来、どこか安っぽいアイドルに格を下げたような印象があったのだ。
ヴィーノやヨウラン、思春期真っ盛りの少年達は、その変化を単純に〝可愛くなった〟と受け取るのか?
ああ、たしかに愛嬌でいえば今の方があるかも知れないし、彼らもよもや、新調された星型の髪飾りや、性的に強調されたコスチュームだけを見て、そう云っているわけではないのだろう。
「それに今度、衣装もなァんかバリバリっ!」
「そーそー! そしたらさ、胸、けっこうあんのなー! 今度のあの衣装のポスター、俺、絶対欲しーっ」
前言は撤回であり、ルナマリアは遂に、この話題について愛想を尽かした。そしてこの話題について、激昂を飛ばしたのはアトラだった。
「ちょっと!」
明確な怒声。ふたりは背を正し、驚きにそちらを見遣る。
「今は〝ユニウスセブン〟の地球への落下問題について、真面目に話をしていたところでしょ!? ──危機感が足りないんじゃない?」
その言葉にハッとして、ふたりは周りを見た。
話題が話題だったこともあるが、周りの女性陣が、誰も彼もが冷たい眼差しで彼らを見ていた。彼らにとっての味方──つまり、残された男性であるレイに同意を求めようとしても、彼は既に明確な線引きをしていた。それどころか、彼の価値観では理解できない珍獣でも見るような目でヨウランとヴィーノを見ていた。まあ、割といつものことではあるが。
「それに、人が命を狙われたのに〝嬉しい〟だなんて」
「っ……!」
「たとえ冗談でも。そんなこと口にしちゃ駄目だよ、ヨウラン」
アトラの糾弾は正論であり、正論であるがゆえに、ヨウランには退屈な説教のように──
──聞こえてしまっても、聞き受けるしかなかった。
周りの反応からして、明らかに自分に非があったことを認めざるを得なかったからだ。反省の言葉を口にしたヨウランを見届けたあと、アトラはマユの方を見る。
──例の襲撃事件について、最も強い関心を持っているのはマユなのだ。
マユは自分達とは違い、直接的にラクス・クラインと面識を持っている。殊に友人関係にあるというのだから、きっと心を砕いているに違いなかった。
「ごめんね、アトラ。ありがとう」
自身の想いを代弁してもらったような気がして、マユはアトラに感謝を述べた。
──ラクス・クライン襲撃事件……。
それは当然、マユとしても強く気にしている問題だった。かの報せを聞いたときは驚いたものだが、簡潔に云えば、マユはラクスが無事で良かったと思っているのだ。
たしかに、今のラクスからは以前と異なる雰囲気を感じるが、心ないテロ事件に巻き込まれたことで、然し者の彼女も何らかの精神的ショックを受けたのかも知れない。あるいはそれで、ああなってしまったのかも知れない──その可能性を、マユは捨て去り切れない。
(直接会って話せば、きっと分かることだ)
そう云って、マユは自身を納得させる。
「──兎も角だ。今のオレ達の身の周りで、よくないことが起こり続けているのは事実だ」
それまでむっつりと黙り込んでいたレイが、仕切り直すように口を開いた。
「それら全てが関連づいていることなのかどうか、ここでオレ達が議論したとしても無意味だ」
たしかに、レイの云う通りだ.
自分達はあくまで兵士であり、与えられた役割をこなすまで。そこから先は政治的部分であり、つまりは自分達の考えるべき領分ではない。
「じゃあ、今度はその〝ユニウスセブン〟を、私達は具体的にどうすればいいの?」
現在〝ミネルバ〟は〝ユニウスセブン〟への航路を取っているが、そこへ向かうのも、全ては〝ユニウスセブン〟の地球への直撃という、未曽有の大災害を阻止するためだ。地球への〝それ〟の落下阻止というのは、一見〝プラント〟にとって対岸の火事のようにも思えるが、現実問題、食料や人口問題など地球側が壊滅的被害を受けることで、連動して受ける〝プラント〟のダメージも相当なものになるのだ。全力を尽くさない理由はない。
だからこそ、ルナマリアが問いかける。自分達にできる全力とは何なのか、その推量もかねて。
「砕くんだ。それしか地球滅亡を回避する方法はない」
さらりとしてレイは答え、一同は動揺を露にした。
「〝ボルテール〟〝ロートレック〟が、既にメテオブレイカーを持って先行しています」
〝ユニウスセブン〟破砕作業──
それは既にザフト全軍に周知され、現場に急行したナスカ級戦艦二隻は、それぞれ先の〝ヤキン・ドゥーエ〟戦役を生き抜いた歴戦の猛者が指揮を執る艦である。
メテオブレイカーは元は小惑星を破砕するための装置であるが、これを複数本に渡って〝ユニウスセブン〟へ打ち込むことで、巨大なプラントを細かく粉砕するのが目的だ。
そのための共同作業に移行に当たって、タリアはデータボードに目を通している最中だった。
「ジュール隊と、エルスマン隊ね」
タリアも名は聞き及ぶ。先の大戦においてクルーゼ隊に配属されたザフトレッドで、それぞれ〝デュエル〟と〝バスター〟を駆って終戦まで戦い抜いたエースパイロット達。
非常に心強い存在だが、しかし、今回は別に戦闘が目的ではない。あくまで破砕作業が目的である以上、今回ばかりは腕前よりも人数の方が重要で──〝ミネルバ〟合わせて、たったの三艦で間に合うものだろうか……?
「合わせて三部隊。破砕作業に当たれるのは、これだけか?」
デュランダルも同じことを考えたのだろう。後方のシートに坐す彼はタリアの代わりに疑念を口にし、彼女もまたそれに続いた。
「地球軍側には、何か動きはないの?」
「──ありません」
「この事態は彼らにとっても緊急事態のはずだが……。いや、月からでは
沈鬱にデュランダルは可能性を口にし、次に顔を上げ、決然と云う。
「ともあれ、地球は我らにとっても母なる大地だ。この未曽有の危機に、我々もできる限りのことをせねばならん」
現場に駆け付けられるのは自分達だけなのだ。
そうして念を押された以上、誰もが真摯な表情でデュランダルの言葉を聞き留めていた。
「今ある装備ではできることもそう多くないかもしれないが、全力で事態の収拾に当たってくれ」
「──了解しました」
タリアは応え、艦橋のクルー達もそれに呼応した。
破砕作業のために〝ユニウスセブン〟へ先発したモビルスーツ部隊は、隊長のディアッカ・エルスマンを含む〝ロートレック〟の工作隊だ。メテオブレイカーを掲げた〝ゲイツR〟のほか、ディアッカは黄檗にカラーリングされた〝ガナーザク〟を駆って先頭に立っている。
〝ゲイツR〟が凍った地表の各所に降り立ち、滑らかな動作でメテオブレイカーを設置していく。だがそのとき、作業中の一機がビームによる強襲を受けて爆散した。何が起きたのかとディアッカが目を見張ったとき、コクピッドにはアラートが鳴り響いている。彼は慌てて回避行動を取っていた。
「なんだ、これは──ッ!?」
叫ぶと同時、やはり、同じようにビームの砲火が己を目掛けて降ってきていた。ディアッカはこの一射を避け、自身の目を疑う。どこに潜伏していたのか、自身の部隊ではない機体が四方に展開し、いつの間に包囲されていたのだ。
視線の先に、黒と紫に彩られたモビルスーツ。独特の
「〝ジン〟だと!? どこの連中だよ、いったい!」
本来であれば友軍機であるはずの機体。機体各部に追加されたブースターが目につくが、それによってディアッカ達は包囲されてしまっていた。
〈ディアッカ、無事か!?〉
通信先はイザーク・ジュールだ。今は〝ボルテール〟の艦橋で控えている。
〈隊員をひとまず下がらせろ! 俺もすぐに出る!〉
「ちっくしょう! メテオブレイカーを守れ!」
明らかに練度のある陣形に展開した〝ジン〟の部隊はビームカービンを斉射し、メテオブレイカー設置作業中の〝ゲイツR〟を優先して射撃する。
──破砕作業を中断させるのが狙いか?
工作隊の〝ゲイツR〟は丸腰だ。彼らは対抗する術もなく、一機ずつ数を減らされてゆく。
ディアッカの背を悪寒が駆ける。安定軌道にあるはずの〝ユニウスセブン〟がどうして動き出したのか、その理由をこのときに悟ったからだ。
「──まさか、こいつらが!?」
動揺を露にする〝ザク〟の鼻先で、重斬刀を抜き放ったサトーの〝ジン〟が、一気に加速し目下の〝ゲイツR〟を叩き切る。
為す術もなく散る〝ゲイツR〟──
サトー機はモノアイを明滅させ、敵を嘲るかのように次の標的へと一気に突っ込んでいく。各所に追加されたブースターにより、その〝ジン〟は旧式でありながら最新の〝ゲイツR〟にも匹敵する加速性を得ているのだ。
「フンッ、こんなひよっこ共に!」
現在のザフト兵を嘲じるように、サトーは鼻白む。
いくら改修機とはいえ、性能で云えば〝ジン〟の方がはるかに劣っているはずだが、乗り手の技量が違い過ぎるのだ。平和という名の怠惰な日々を送っていた者達に、いまだ戦争の中に生きる勇士達が敗けるはずはない。憤懣と共に、サトーは叫ぶ。
「我らの思い、やらせはせんわ! 今さら!」
これに対し、ディアッカがようやく反撃行動に出た。
背の砲身をせり上げ、〝オルトロス〟ビーム砲を放ったのだ。赤色の奔流が空間を薙ぐ──が、敵の〝ジン〟はやはり電光石火の機動をもって、その一撃を回避する。ディアッカは苛立ちに呻いた。
「オレの砲撃が、掠りもしないだと!?」
自己過信であったかはともかく、ディアッカにもまた、先の大戦を生き抜いた自負がある。昨日や今日に戦場に出た新兵達とは訳が違うはずだが、しかし、それを云うなら敵パイロットたちの操縦センスが見事ということか。
──コイツらは、普通じゃない!
いや、ある意味それも当然なのか。ようやく平和が訪れたとこのときに、わざわざ〝ユニウスセブン〟を地球に向かって動かすなど、正気の沙汰ではないからだ。
少なくとも、尋常な連中では思いつかない作戦であり、その異常性は、あるいは何かに取り憑かれていると述懐しても良いだろう。
「こいつらも、前の戦争の生き残りか!」
それを口にする前に、コクピットにアラートが鳴り響く。背後からビームライフルで狙われていると気付いたとき、しかし、全く別方向からの火線が敵を貫いたがた。銃口を構えていた〝ジン〟は横合いからのビームに撃ち抜かれ、転がされて爆散する。
ハッとして目を巡らせた先に、スカイブルーの〝ザクファントム〟が駆けつけている。彼の同僚にして戦友、イザークの専用機だ。彼の機体は格闘戦モジュールの〝スラッシュ〟を装備している。
「工作隊は破砕作業を進めろ! これではヤツらの思うツボだぞ!」
鋭い声でイザークが号を飛ばし、二隻のナスカ級からそれぞれ〝ゲイツR〟用のライフルが射出された。
それらの銃身をキャッチした部隊は反撃に転じ、無数のビームが宙域に飛び交い出す。皮肉にも〝ユニウスセブン〟の墓標の上が、殺し合いのための戦場となった。
「ええい、くそ……っ!」
戦死者達の墓標の上で、醜く争う。結果的に墓荒らしと云える自分達の野蛮な行いに忸怩たる思いを抱きつつも、イザークは戦うことをやめるわけにはいかなかった。
──やらなければやられてしまう……!
──分かってくれ……!
それは英霊達に対する弁明か、このときのイザークは懇願するしかなかった。今は戦わなければならない。そうでなければ〝ユニウスセブン〟は破砕できず、地上にいる何十億もの人間に危害が及ぶのだから。
「〝ミネルバ〟から、直に応援も来る! それまでの辛抱だ!」
イザークはそう信じ、懸命に戦う仲間達を鼓舞し続けた。
戦闘の狂乱から僅かに離れた宙域に、〝ガーティ・ルー〟は待機していた。
ネオが艦橋にて優雅なコーヒータイムを挟んでいたとき、ロード・ジブリールからの指令が届いたのだ。手許の端末から独特な電子音が鳴ったのは、彼の雇い主から電文を受信した合図であったが、ネオはそんなものに目を通すよりも先に、ゆったりとしてカップを口に運ぶことにした。
正直なところ、急ぐ必要性を感じなかったのである。
たとえ緊急の要請だろうと、ネオとしてはゆったり休憩している時間の方が大切だ。
そうして啜ったコーヒーの味は、率直に云えば微妙であり、感想としてはいい豆は使っていないな、だった。虎ほどに味に敏感になるつもりはなかったが、こんなところでも予算削減だろうか。天下の大西洋連邦ともあろう組織が、ふとしたときに懐の乏しさが垣間見えるのは、何とも情けないものだとネオは思う。
「これはまた」
興味をなくしたコーヒーカップを傍らに置き、改めて受信したメールに目を通す。そこには今回の〝ユニウスセブン〟落下がもたらす影響、それについての詳細な情報と指令が記されていた。
指令としては「現場に急行せよ」とのことだ。
どうやら雇い主は、彼の頭上の〝ユニウスセブン〟で何が起きているのか、可能な限り正確な情報が欲しいらしい。そして、あわよくば自分達に都合のいい記録も。
「壮大な地球滅亡のシナリオだな」
とんでもない火種だと、正直に云えばネオは感嘆していた。それこそラウ・ル・クルーゼが直面すれば、大手を叩いて喜びそうな絶好のシナリオだったから。
だが生憎、今の彼はネオだった。シートに肘を預けながら、傍らの管制官に相談する。
「件の〝ユニウスセブン〟の動きは、既にこちらでも観測しています。地球への衝突コースというのは、紛れもない真実のようです」
「自然発生で動き始めたものではあるまい。おそらく、画策したテロリスト共がいるのだろう」
このときのネオには、手に取るように状況が理解できた。
思い返してみるが、評議会やザフト──総じて〝プラント〟が一枚岩であったことなど過去に一度もなかったし、たまたま今回、その不和がこのような形で世に噴出したというだけだ。別に珍しいことでもないように思えるし、そもそも人間が運営する組織において、衝突や反乱がひとつとして生まれなかった先例などまずあり得ないだろう。
「この動きを受け、ザフトは既に対応に動き始めているようです」
〝プラント〟は既に地球各国に警報を発し、回避・対応に自分達も全力を挙げると宣言している。
「ギルバート・デュランダルが相当意気込んでいるようだな。流石は人道派で名を売った男だ、対応も如才ない」
まるで他人行儀な物言いであるが、この件について、ネオとしてはそれ以上に興味はなかった。
「ともあれ〝ユニウスセブン〟の地球への落下阻止となると、
ジブリールは要するに〝プラント〟との戦争を再開させる口実を探していて、今回の「〝ユニウスセブン〟へ急行せよ」という指令も、つまるところ「報復のための口実を仕入れてこい」という内容になっている。彼の中では〝ユニウスセブン〟が地球へ落下するのは規定路線となっていて、地球を守ったり、受ける被害に心を砕くつもりなど更々ないらしい。その点については
管制官は人の悪い笑みを浮かべて云う。
「実際、現場に行けば、それなりのネタが手に入ると思われますよ」
ネオはモニターに映し出された〝ユニウスセブン〟を見る。そこではふたつの陣営による戦闘が行われており、ザフトの機種同士〝ジン〟や〝ザク〟が砲火を交わしている。
──官民であれば、どちらが正規軍かはすぐに判別できるが、一方で文民は違うだろう。
後者はせいぜい、どちらもザフトの機種と判ずるのがやっとのはずで、成程、たしかにこれは絶好の口実になる──図らずもネオはそう思った。
「──ネオ……?」
そのときだった。背後からひとつの声がかかり、ネオはおもむろに振り向く。
「それ、は……っ?」
艦橋にやってきたステラが、心霊映像でも見ているかのような表情でモニターの映像に見入っていたのだ。その双眸は吸い込まれるように、凍てつく〝ユニウスセブン〟上の戦闘の様子を伺っている。
「────」
墓標の上で無遠慮に飛び交うモビルスーツ。メテオブレイカーによって無造作に撃ち込まれる杭。何の装置か、ストリングスに巻きつけられた無数のワイヤーに、フレアモーターとして作動する装置は一定間隔で明滅を繰り返し、静謐なる聖域を、粗末なイルミネーション会場のように賑わせている。
大抵の人間には最低限の良心や道徳心というものが存在し、その価値観からすれば、そこで繰り広げられていたのは、死者達の眠りを妨げる冒涜的行為に他ならない。……だからだろうか? 次の瞬間、普段は円らなステラの双眸が、刃物のように切れ長なものへ転じたのは。
「──〝
短く発せられた独語に、ネオは目を開いて驚いた。
本人は意識した様子もなかったが、少女の声のトーンが、普段とは明らかに違っていたからだ。
「ステラ」
ネオが制止を呼び掛けるが、その声も聞かないまま、ステラは物凄い勢いで艦橋を飛び出していった。その変調っぷりとあまりの剣幕に、ネオをはじめ誰もが呆気に取られるしかない。
今までの彼女が作り物だったとは云わないし、それとてあながち間違った表現でもないのだろうが、あえて云えば、その一瞬だけ、彼女は本物の彼女だった。
そのような表現が正しいかどうかはさておき、先程のステラからは、不躾な墓荒らし共に対する強い怒りの感情が伝わってきた。一拍遅れて、ネオは気付くのだ。
「……そう云えば、あれは彼女の故郷だったな」
「え?」
失念していたとばかりに、ネオは呆れた様子で独語する。
(亡くなった母君の墓標。──本能的に『まもる』べきものと判じたか?)
〈──おい、ネオ!〉
思慮するネオの耳に、少し遅れて通信が飛び入ってくる。
アウルだ。その傍らにはスティングの姿もある。
〈いま、ステラが血相変えて〝レムレース〟で出てったぞ! ──何が起きてんだ!?〉
通路ですれ違いでもしたのだろう、純粋な驚きに支配された様子で、アウルは訊ねてくる。
だがやはり、その報告はネオも既に受けている。格納庫に駆け込んだステラが搭乗機へ乗り込むと同時、スタッフの不審がる声にも構わず、いきなり機体を起動させたという。
しかし、それで〝ガーティ・ルー〟のハッチが開くわけではない。閉ざされたハッチに対して業を煮やし、今にも〝レムレース〟がビームライフルをぶっ放しそうな勢いだったので、気を利かせたスタッフの一人が左舷ハッチを開放し、結果的に〝レムレース〟の発進を許したのだという。
〈追っかけるだろ!? ──いや、オレ達はオレ達で、後を追うぜ!?〉
たしかに、アウルとスティングは決心した顔つきだ。仮にネオの許可を得られずとも、副長に倣ってハッチから勝手に出撃してしまおう──という。
そもそも、彼らの大先輩が軍規を大っぴらに軽んじてくれた以上、今さら命令に従えというネオの主張は空虚を通り越して無意味だ。ネオが止めたところで彼らは止まらず、であればネオに選択肢など存在しない。
「やれやれ……」
けれどもまあ、どだい無理な話だ。
ステラの〝フォボス=レムレース〟はサソリ型の
だから、母艦を動かすしかない。ネオは一瞬で割り切り、次のように云った。
「〝ガーティ・ルー〟発進する。困った副長の救援に向かう」
決して本懐ではなかった。
しかしながら、こうしてステラに振り回されるのも、ネオは別に嫌いではなかった。
イザークとディアッカは、なおも〝ジン〟部隊との交戦を強いられていた。イザークがガトリング・ビーム砲を斉射し、弾幕を避けて流れた敵機体を、待ち構えていたディアッカが〝オルトロス〟で撃ち抜いてみせる。
僚機をやられ、その怒りに燃えるように別方向から更なる〝ジン〟が複数機迫ってくる。それらの対応に追われ、肝心の工作隊を護衛できずにいた二人であったが、次の瞬間、飛来した〝ジン〟の機影は突如として爆散した。
「!?」
凝然とするディアッカ。それらの機体は本当に突然、前後左右からほとんど同時に発射されたビームに撃ち転がされたのだ。パイロット達は、何が起こったかも認識できなかったに違いない。
──援軍……?
──いや……!
ビームの驟雨は次の瞬間、まるで次のステージにでも移るかのようにイザーク達の目下、すぐ近傍の〝ユニウスセブン〟地表へと降り注いでいた。そこには工作隊〝ゲイツR〟の機影がある。光の雨は破砕作業中の機体を襲い、設置が進められていたメテオブレイカーをもろともに灼き尽くす。
「何だ!?」
「新手か!?」
当惑の声を上げ、二人が索敵のために巡らせた視線の先に、飛び込んでくる邪悪な機影──
サソリを思わせる異形のモビルアーマー形態から一転し、ゲテモノじみた変態を遂げた機動兵器は、彼らにとっては忘れもしない、赤黒い面妖を浮かべた悪人相のモビルスーツ。
「〝レムレース〟だと!?」
改修され、細部に違いがある。
だが、その不気味すぎる風采からイザークには一目で分かったという。
「くッ……!」
悪夢が蘇る。腹の底から凍えるような悪寒が胃を締め付け、イザークは戦慄した。
何を隠そう、彼らは第二次〝ヤキン・ドゥーエ〟攻防戦の折、件の機体によって辛酸と恐怖を散々なまでに味わわされているのだ。
「よくも、あんな機体を!」
「クソッ、どんな野郎が乗ってるってんだ!?」
たとえ相応の勇姿と武勲を認められた二人であっても、愕然とした気持ちを抑えきれなかったという。恐慌を渦巻かせながら唾棄した彼らの一方で、暗黒の機体の中、パイロットの少女は怒りを露わにしている。
「こいつら……! こいつがいるから──!」
──〝ユニウスセブン〟を荒らして回る者達!
すみれ色の鋭い目は、眼下で好き勝手に聖域を汚す侵略者達を睥睨していた。〝ジン〟に〝ザク〟──いずれもザフトの機種であり、ステラにとってはそれだけ判れば充分だった。
「許さない──!」
何が自分をここまで苛立たせるのか、彼女には判らなかった。
──しかし、そうせずにはいられなかった。
だから彼女は、己が持てる全力を尽くして、目下の侵略者共を断罪する!
「ええいッ! 来させるかよ!」
雪辱戦とまではいかないが、ほとんど条件反射に、そのときディアッカの〝オルトロス〟が熱線を吐き出していた。
──アイツの目的は三年前とまるで同じ、無差別攻撃だ!
凄まじい火力を誇るビーム砲を、しかし〝レムレース〟は素早い機動で回避する。稲妻じみた屈折と同時、そいつは両腕から何かをパージする。射出され、一目散にこちらまで飛んでくる特殊兵装──その光景に嫌と云うほどの見憶えがある。
「〝盾〟か!?」
「〝クレイドル〟!?」
考えて言を発したわけではない。
無意識──そう無意識に彼らは呟いていたのだ。
その兵装が、あまりに似通って感じられたから。
「墜ちろ、
ステラの意志を受け取った〝メフィスト=フェレス〟が、縦横無尽にビームの砲撃を散らした。二挺のシールド・ドラグーンはそれぞれ〝ザク〟に砲火を射かけた後、それだけでは飽き足らず、目の届く範囲の〝ゲイツ〟や〝ジン〟──
それと同時に、臀部の終体からも〝ガンバレル・オピス〟が伸長する。繰り出されたビームテールが〝ジン〟の一機を切り刻む。その動きには切れるような鋭さがあり、こちらの背筋を冷たくする程の殺気を放っている。
「なんてヤツだ……!?」
コイツもまた只者じゃない──! ディアッカは確信した。
そもそも〝レムレース〟の先代機は、終戦に伴い〝クレイドル〟と一緒に〝アークエンジェル〟に回収されている。当時のディアッカはイザークと共に〝アークエンジェル〟の捕虜となっていたことから、同艦に回収された〝レムレース〟のパイロットを見かけたことがあったのだ。
名を、フレイ・アルスターと云っただろうか? 赤い髪をしたナチュラルの少女──まさか同じ人間が後継機のパイロットをしているとは思ってもいないが、こいつは想定以上だ。こいつは先代機よりも、はるかに手練れが乗っている! それは恐慌に似た危惧であり、戦慄だ。
「こんなヤツに来られたら、破砕作業どころじゃねぇぞ!」
焦りを感じながら、ディアッカが叫ぶ。
──突破されたらおしまいだ!
自分達でこの敵を抑えるしかない。
「ディアッカ! おまえはメテオブレイカーを!」
いきなり告げたイザークは、ディアッカの決心を反故にする。
「イザーク!?」
「ヤツの相手は〝ガナー〟では無理だ! それに──」
イザークの判断は正しい。長砲身で取り回しの悪い〝ガナーザク〟のスピードでは、高機動機らしい〝アレ〟を相手にするのは不可能だ。その点、イザークの〝スラッシュザク〟であれば小回りも効き、懐にさえ飛び込んでしまえば格闘戦を強要することもできる……かも知れなかった。
「オレたちの目的を忘れるな! ──
その言葉にディアッカはハッとする。
──先の大戦から歳月を経て、今のオレ達は隊長だ!
あくまでも、個人で戦っていれば良かった当時とは違う。
──部下達を守り、また任務遂行に尽力する責務がある!
「コイツはオレの方で抑えてみせる、なんとしてもだ!」
言葉の節々から察するに、イザークもまた敵の強さを肌で感じ取っているらしい。
かつての強敵を前にしたときの恐怖感が、僅かに滲んで隠しきれていなかった。
だが、彼はそれによって決意を鈍らせるような器ではない。
「工作隊を守れ! ディアッカ!」
「──了解! イザークも、死ぬなよ!」
「誰が!」
軽口を叩くだけの余裕はあるということか、ディアッカはそのことに微笑みを浮かべ、イザークに敬礼を残した。みずからの役割、各所で奮戦する部下達の援護に向かうために、戦友に後を託すことを決断したのだ。
そうして飛び去る戦友を見送り、イザークもまた機体を前進させた。標的は〝レムレース〟ただ一機。コイツだけは何としてもここで抑えなければならない! 歴戦の勘がそう告げていた。
「前時代の亡霊がァ!」
罵倒しながら、イザークの〝ザク〟がビームアックスを振り上げ、肉薄して格闘戦戦に挑んだ。
ドラグーンを引き戻した〝レムレース〟は〝ザク〟の斧をシールドで受け、反対のシールド端部よりビームサーヴァーを出力して反撃に転じる。イザークはその刃をやはり肩のシールドで受け、逆撃とばかりに斧柄を捻ると素早く縦方向へ一閃させる。
だが、その太刀筋は読まれていた。暗黒の機体は瞬時に身を捻り、姿勢の上下や前後までをも反転させると、イザークがまるで想定していなかった箇所、足の踵からビームの刃を出力して振り上げてきた。
「!?」
鮮やかな蹴り上げに連動した光の刃が〝ザク〟の肩口を削ぎ落とし、左腕のシールドを奪い取る。
アクロバティックな機動に翻弄され、イザークは咄嗟に距離を開こうとした。しかし、いつの間に敵機の両掌部ピアサーロックの着弾を許している。これは〝ゲイツ〟のエクステンションアレスターと原理を同じくする武装で、着弾後のアンカー巻き取りによる強制的な零距離戦闘を強いる武装だ。
藁に縋る思いで距離を作ったイザークだが、強力なグラップルに牽引され、彼と彼の機体は、再び悪魔のような機体の眼前に召し戻される。
──挑んだ以上は逃がさない……!
まるでそう宣告されているかのような威圧感。
本来であればあり得ないはずだが、悲鳴を上げたイザークは、既に心が尻込みした状態にあった。ディアッカに威勢よく振る舞ってみせたのは、隊長としての責任感もあったが、それ以上に己を鼓舞し、誤魔化すためだったのか……? それほどまでに、前大戦で彼が〝レムレース〟から受けた屈辱と恐怖は、想像を絶するものだった。
(やはり、駄目か……!?)
恐怖に慄き、次の瞬間、振るわれたビームサーヴァーが〝ザク〟の右腕を奪い取っていた。
「例の機体ですって!?」
艦橋にてタリアが声を上げた。
まだ〝ユニウスセブン〟までは距離があるが、つい先日、アトラと交戦した黒い機体が、このとき〝ミネルバ〟でも捕捉されたのだ。管制官のバートが続ける。
「間違いありません! ジュール隊、ならびにエルスマン隊、襲撃を受けています!」
アーサーが疑惑の声を漏らす。
「でも、なぜあの機体が? 目的は我々と同じなのでは……」
その呟きを受け、タリアはハッとする。
例の不明機が地球連合軍のものだとすれば、たしかにアーサーの云う通りだ。少なくとも破砕作業を妨害する意味はないし、だとしたら、アレはこちらのやっていることが理解できないでいるのか? いや、むしろ──
「最悪、あの〝ジン〟部隊を庇っていると思われかねんか?」
可能性をデュランダルが口にし、心外そうにアーサーが「そんな!」と声を上げた。
タリアがそれを諫める。
「仕方がないわ。もしもあの機体が〝ダガー〟なら、貴方だって地球軍の関与を疑うでしょう」
結局のところ、〝ジン〟も〝ザク〟もザフトの機体であり、第三者に誤解を与えるには十分すぎる状況だ。つまりは両者の区別が付かない者にとって、今回の事件は──真偽はどうあれ──ザフトが〝ユニウスセブン〟を落とそうとしているように見えても仕方がないのである。
「ただ、そういうことなら猶更、あれを地球に墜とさせるわけにはいかないわね……」
〝ユニウスセブン〟の落下が人為的に引き起こされた事態だったと判っただけでも災難だというのに、痛くもない腹を探られるような隙や誤解を世間に晒せば、世界はまた転覆するだろう。
──わたし達は今、その瀬戸際に立たされている。
最悪を回避するために、できる最善を今は尽くすしかない。
「モビルスーツ隊、発進させます! ──各員の奮闘を期待する!」
タリアの号に従って、全ての〝ザク〟および〝インパルス〟──
そして〝アリアドネ〟が、宇宙の闇に出陣していった。
その間にも〝ユニウスセブン〟上の戦闘は続いている。
ステラの機体が瞬間移動でもしたかのように、あっという間に〝ザク〟に迫り、残された腕ごとビームアックスを斬り飛ばす。両腕を失い、相手の反撃能力は既に皆無に等しい。
揺るぎない勝利を確信し、ステラは獲物を追い詰めるように、さらに機体を加速させた。
──格闘戦を望んでいたようだから、付き合ってやったんだ!
このときのステラはドラグーンを使い、中距離から一方的な戦闘に持ち込むこともできた。
だが、彼女にも目的があったのだ。
だからこそ、相手の土俵に踏み込むような真似をし、しかしながら結果は見ての通りとなった。
──やはり、私には〝力〟がある!
ステラは己の強さを再確認したかった。
──この青い〝ザク〟は間違いなく
例の〝インパルス〟のせいで勘が鈍ったのかと危惧していたが、どうやら杞憂だったらしい。
──ファントムペインは、勝てなければ負けなのだ。
そして勝つことこそが、その副長に与えられた任務だった。
「これで終わりね! 青いの!」
より完璧なる勝利を求めて、ステラは刃を振るう。
その刃が〝ザク〟にトドメを刺す!
が、その寸前で衝撃が襲い、ステラの機体は大きく体勢を崩した。
背後から、何かに攻撃されたのだ。
「──なにっ!?」
ミサイルの直撃を受けたらしい。
焦って振り向くと、凄まじい勢いで戦場に闖入してくる
今まさに戦場へ駆け付けたマユ達もまた、危機に瀕する〝ザク〟を捉えていた。
捉えていたのだが、救援するには些か距離が遠すぎた。
──味方がやられてしまう!
危惧の声を挙げたアトラだが、手許のレーダーはそのとき奇妙な熱紋を捕捉している。
光点がぱっと浮かび、その反応は瞬く間に、青い〝ザク〟へすっ飛んでゆく。
あまりの速度に尾を引いたスラスターの光が見える。青白い燐光の瞬きは……
「彗星? いや、速い!?」
「何なの!?」
そのときマユ達の視界の先を、ずんぐりとした真紅の機体が過ぎっていった。
ここまでかと、イザークが遂に諦めた矢先のこと。
──〝ソレ〟はやって来た。
最初は〝ミネルバ〟からの増援が到着したのかと思ったが──違う。
背面に機体と同色の、真紅のフライトユニットを装着した機体。ずんぐりと丸みを帯びたシルエットは、水中用に開発された機種のようにも見える。
本当に見たこともない機体だった。ザフト系のモノアイだが、少なくともイザークは、あのような機体が開発されたとは聞いたことがない。
「なんだ……!?」
赤い機体は彗星のように〝ザク〟の前に踊り出ると、次の瞬間〝レムレース〟と真っ向から激突した。
互いに退く気のない、超高速の格闘戦!
踊るように凄まじく回転しながら、謎の機体は幾多の斬撃をくるくると回避する。それだけに留まらず、翼のビームカッターでしっかりと応撃し、次の瞬間には相手が晒した──イザークには知覚することもできなかった──ほんの一瞬の隙を突くように、鮮やかな回し蹴りを〝レムレース〟の顔部に叩き込んでいた。
「!?」
勢いに乗った蹴撃は黒い機体を大きく弾き飛ばし、実力というものを判らせる。
唖然とするイザークの耳に、そのとき懐かしい声が飛び込んでくる。
〈イザーク!〉
「な──アスラン!?」
アスラン・ザラ。
その男の声を、こんな所で聞くことになるとはイザークは思ってもいなかった。なにしろ戦後にかけて、一切の消息を絶っていた男だ。
──ヤツの乗っているモビルスーツは、一体なんだ……?
少なくとも、正規軍のものではない。意図的な情報統制の裏側で、戦後の彼はどこで活動していたのか、イザークはその答えを次の一声で知ることとなる。
〈こちらは〝ターミナル〟所属機だ! ──ザフトの〝ユニウスセブン〟破砕作業を支援する!〉
アスランが現れた方角から、複数のモビルスーツもまた後続している。
あまりの急展開に、イザークの頭は理解が追いつかない。
しかしながら、要は地球の危機を受けて、この場に馳せ参じた第三勢力といったところか。
「
戦友の無事を確認した後。
アスランは〝レムレース〟──彼にとっても因縁の亡霊──を睨みながらそう告げた。
その一声は短く静かなものだったが、地鳴りにも似た重み、そして怒りを含んでいる。
──〝ユニウスセブン〟は、アスランの母……レノア・ザラが安らかに眠る場所だ。
イザークはハッとする。
アスランにとってもまた、この場所だけは何者にも侵させてはならない、不可侵の聖域なのだ。
だからこそ、彼は来た──?
「次は、オレが相手だ!」
──〝ユニウスセブン〟は止まらない。
歯噛みするステラの視線の先、アスランが刃を、いや爪を構えた。
本小説の運命篇は、原作『SEED Destiny』と展開が大きく乖離しているため『SEED Freedom』の内容を補助輪として進めていく所存です。
もともと劇場版が公開されるまで(設定的に詰んでいて)エタっていたくらいですので、いろいろ駆け足気味ではありますが、了承いただけたらと思います。