AA艦内の様子を書いてたらズラズラと長引いて一話分の分量になってしまいました。
状況は芳しくなかった。
ローラシア級のザフト艦が〝アークエンジェル〟の後方より迫っている。戦艦よりも当然に足の早い〝ジン〟が出て来ていないということは、こちらの存在はまだ特定されてはいないだろうが、このままでは見つかるのも時間の問題だった。
そして、〝アークエンジェル〟と並走するように近隣の宙域を推進している、ナスカ級の熱源も特定されている。こちらの動きを完全に観察し、攻撃のタイミングを虎視眈々と狙っているかのように見受けられる。
──戦闘は避けられない。
それは誰もが判断し導き出した、ひとつの答えだった。
「僕がまたあのモビルスーツに乗らなくちゃ、艦はザフトに沈められて、全員が死ぬ。つまりはそう云いたいんですか」
ムウの口から事務的に伝えられたその言葉に、キラが若干の喧嘩腰で構えている。
「そうだ。今、ザフトの襲撃からこの艦を守れるのは──俺と、おまえだけなんだぜ?」
キラはブリッジへと呼び出され、そこにいたクルー達の注目を浴びている。このときムウ達は、ただの民間人であるはずのキラに──自分達が生き残る都合のために──再びモビルスーツに乗るように打診したのだ。
「きみらのようなコーディネイターでもなきゃ、あんなモビルスーツは、現状じゃ動かせない」
このとき、ブリッジに呼び出されていたのはキラだけで、ステラの方は呼び出されていなかった。
どういう相談があったのかは知らないが、おおよそステラは一般的な会話の応酬──要は、言葉のやり取りにさえ妙に時間と手間がかかるという微妙な節があって、このような話が即座に通じるのは、キラだけであると判断されたのだろう。
──たしかに、僕が〝ストライク〟に乗らなきゃ、この艦は守れないのかもしれない。
だが、キラから見たこのときの〝アークエンジェル〟など、はっきり云って何の思い入れもない、分ける情も持ち合わせる筋のない軍艦だ。
自分とは関係の無い、どこか遠い世界で勝手に戦争に明け暮れている者達の所有する艦船であり、所詮はその程度の認識でしかないのだ。
でも、今はそれを守らなければならない? 多くの友達が、そして自分と同じようにヘリオポリスの災禍に巻き込まれた民間人の多くが、ザフトによって殺されてしまう? 自分が戦って、守らない限りは。
(また、アスランと戦うかもしれないのに……)
──そんなの不公平で、理不尽じゃないか?
どうして「コーディネイターである」というだけで、戦争と戦闘の一端を担わなければならない? 人を殺すかもしれないという、過失と重責を負わねばならない?
──どうして僕だけが、この手を汚さなくちゃいけない!?
そのとき、ブリッジのドアがウィンと開いた。
そこからはぞろぞろと、地球軍の士官服に身を改めた者達が次々に入ってきた。キラはその者達に凝然として視線を送った。
「トール、サイ、カズイ……? ミリアリアまで……!?」
見紛うはずもなく、それはキラの同級生達だったのだ。
「ブリッジに入るなら、これを着ろって言われんだ」 とカズイ。
「俺達も、できることをやるよ。この船、沈めるわけにもいかないしな」 とサイ。
「でも、制服はザフトのがカッコイイよな」 とトール。
「生意気言うな!」とチャンドラ伍長が叱咤が飛んだ。
「機械の扱いなら、私達、普通の人より慣れてるからね」
工業カレッジの学生として、得意な調子でミリアリアが云った。
トール達は率先して、この〝アークエンジェル〟の仕事を手伝おうというのだ。自分だけが犠牲者のように思えていたキラであったが、このとき、親友の真っ直ぐな心意気と言葉を受けて、弾かれたような面持ちになる。
──〝ストライク〟には、僕が乗るしかないんだ。
乗って、出撃する。
〝ストライク〟に乗って出て行ったところで〝アークエンジェル〟を守れる確証が生まれるわけではないが、キラが出撃しなければ、生存の可能性は限りなく「ゼロ」へと近づくのだ。
ならば──と、仲間たちの後押しもあり、キラはムウの言葉を受け入れた。しかし、いまだ半信半疑な顔を浮かべ、彼はムウへ改めて訊ねた。
「ステラのことは? 僕らのことを利用するように、あの子もまた──あなた方は〝アレ〟に乗せるつもりなんですか」
「え? ……アー、そうだな」
彼女についてはあまり考えてなかった。本気でそう考えていたように、ムウはすっかり虚をつかれた表情を返してきた。正直なところ、彼女については思考の外にあった、というのがムウの実情だったのだ。
例の、ステラと名乗った少女について──
こう云ってはなんだが、ムウとしては、酷く危なげな気配を彼女に感じていた。その原因を強いて一つ挙げるなら、印象的として〝幼すぎる〟のだ。この場に呼ばなかった理由もまたそうだし、さながら子どものように〝読みきれない〟部分、一抹の不安要素が、彼女には確かに存在する。
その点で云えば、キラや他の学生達というのは、云っては悪いが扱い易いものだ。言葉を尽くして状況を説明してしまえば、後は彼らなりの──ムウ達に都合のいい──判断を勝手に行ってくれるのだから。
「……まあ、かなり苦しい状況にあることは確かだ。戦力は一機でも多い方がいいっていうのも、たしかだろうな」
「だったら、僕があの子の分まで働きます。だから……あの子だけは」
「おいおい──」
「──だからもうこれ以上、あの子を、軍人の勝手な都合に巻き込まないで下さい!」
主張するキラの瞳には、強い光が宿っていた。
──ステラは、普通の女の子だ。
キラにとっては幼馴染みの親友の、その大切な妹だ。
コーディネーターだからという理由で、運命をもてあそばれてはいけない。そうでなくとも彼女は、戦争による核攻撃のせいで、その命を危うく奪われかけ、母親まで取り上げられてしまっているのだ。
「これ以上、あの子を苦しめるような真似はしないでください!」
キラが突きつけたこの条件に対し、ナタル・バジルール中尉は明確に抗議の声を唱えたという。
「しかし、艦長! 今のこの艦には、戦力を出し惜しみしている余裕などありません。それは、どのクルーの目から見ても明らかでしょう!」
ナタルは、マリューに早急な決断を迫った。
数刻の沈黙の後、マリューは硬く結んだ唇からようやく搾り出したような声を返す。
「──〝ディフェンド〟を操縦できるパイロットには、精神的に未熟な面が数多く観察されています。まして彼女は民間人であり、コーディネイターでもあります。闇雲に出撃させて、機体が敵機に鹵獲されたり、パイロットに造反でも起こされてしまった場合には、結果的、我が軍への不利益を招くことになります」
それだけは避けなければなりません。
〝アークエンジェル〟が撃墜されることよりも大局を見据えれば、それは賢明な判断にも聞こえる。地球軍全体の利益を遠謀した時のことだ。だが、マリューのそれは所詮、ただの言い訳でしかなかったのかも知れない。
「よって、今回はキラくんの要求を呑むことにします。〝ディフェンド〟は待機のまま、今回の出撃は認めません!」
「艦長!」
「これは艦長命令です!」
ナタルの言い分を遮るマリューも、今は、戦力を出し惜しんでいる余裕などないことは、重々承知していた。
それでも彼女は──これこそが、今の彼女にできる最大限の「罪滅ぼし」だと思えたのだろう。
(アスランとは……僕が話を付ける)
アスランとて、大切な妹が乗ったこの船をよもや撃沈する気などないはずだ。
──そんなこと、できないはずだ。
キラはそう考えていたが──たとえその予想が当たったとしても、それは何の意味も成さなかった。
〝ストライク〟が出撃した先──〝イージス〟を含めて〝デュエル〟〝バスター〟〝ブリッツ〟の四機が、一気に押しかけてきたのだから。
キラが艦橋へ招集され、ステラはしばらくの間、彼の部屋に取り残されていたのだが、そんなステラにも、今の〝アークエンジェル〟がどのような状況に置かれているのか──仮に伝えられずとも、ある程度の把握はできてしまっていた。
──ザフトがまた、この艦を攻撃しにやってきた。
そんなステラの頭に、ふと疑念が挟まる。
──どうして?
ザフトはどうして、いつも、ステラの大事なものをいじめるの? 大切なものを取り上げるみたいに、奪うみたいに、ステラ達のしたいことの邪魔ばかりして、攻撃してくるの?
どうしてアスランは、そんな軍の下で、戦ってるの?
「まも、らなきゃ……」
ずっと会いたかったアスランは、けれども、今はこの艦を虐めてくる立場にある。モビルスーツに乗って襲いかかってきて、キラも、トールも、サイも、ミリアリアも、みんなを殺そうとしている。
殺されて、死んだ人は、もう帰ってこないのに──?
「死んじゃうはだめ。まもる」
──〝ディフェンド〟に乗らなくちゃ!
このときステラは急くようにして、格納庫へと続く廊下を走っていた。無重力の影響を受け、今は、歩かなくても身体が勝手に前へ進んでいる。
「?」
すると、ステラの進路の向こう側で──赤色の地球軍の制服を着た地球軍兵が、廊下の壁に体重を預け、もたれかかっているのに気が付いた。
いや、違う。
地球軍の女性用の制服を着た、あの女性は──
「ミリアリア」
「あは、ステラ、みーっけ」
かくれんぼで、鬼が子を見つけたときのような言い草だ。
ミリアリアはステラを見つけると、壁から離れ、ふわりと浮いてこちらへと向かってくる。
ステラはその場に止まり、こちらへと向かって来るミリアリアを待った。
だが、次の瞬間、ミリアリアが、激しめの体当たりを仕掛けた。
ふたりの身体が衝突する。
ぶつかった反動で、動いていたミリアリアがその場に止まり、その勢いの分だけ、ステラが飛んでいく。
「いたい」
「あわわ、ごめんごめん」
その勢いのあまり、ステラは、渡ってきた方向へと押し戻されてゆく。
ミリアリアが単純に、体重の操作を誤ったのだ。慣れない無重力下で、勝手に推進していく身体を止める方法が分からなかったらしい。
あちゃー、と声をあげたミリアリアが、咄嗟にステラへ手を伸ばす。
その柔らかな身体を引き寄せようとしたが──ステラは既に、小慣れたように壁を使って浮遊する身体をその場に留め、すぐに何事もなかったかのように、ミリアリアの下へと、小動物のように戻ってくる。
いつものことながら呆気に取られるミリアリアの服装を、ステラが訝しんだ。
「それ。ミリアリア、地球軍で働くの?」
「働く、か。ウーン、まあしばらくの間は、そーいうことになるのかな?」
「……?」
「トールが云い出したのよ。『俺たちも、この艦のためにできることをしよう!』って」
ミリアリアは腰に手を当て、窓から見える宇宙へと視線を移した。
「それで、みんなで同意して決めたの。──キラにばっかり、辛い思いさせられない、ってね。あなたにだけ相談しなかったのは、わるかったと思ってるけど」
「仲間はずれは……イヤ」
「ごめんごめん! でも、これもトールが言い出したことよ。これは戦争で、あなたには、そんなことはさせられないっていうのもね」
ミリアリアたちもまた、ステラの過去については聞き及んでいる。程度としては軽微なものだが、彼女は境遇としては間違いなく戦災孤児であり、だからこそ家族を見つけるまではキラの家に居候していたのだから。
「もちろん私も、ちゃーんと賛成してから決意したことよ? キラにだけ重荷を背負わせるなんて、キラの友達として、不公平だもの」
「キラは────また戦うの?」
このとき、それを訊ねたステラには、ステラなりに、思っていることがあった。
キラはアスランの友達で、幼い頃は、ステラもよく一緒に遊んだものだ。三人で遊ぶことも多かったから、やはりステラにとっても、キラは数少ない友達の一人なのだ。
──でも、それ以上のことはない。
キラがコーディネーターであることは、ステラも知っている。
いや、正しくはつい先日初めて知ったのであり──裏を返せば、ステラはそれほどに、キラの生まれを昔から気にしたことが無かったのである。
そんなキラは、昔から大人しくて、無邪気で、それでいて危なっかしいところが
──そんなキラが、戦う必要なんてない。
だって彼は、普通の男の子だから。
モビルスーツに乗って戦うのは、ステラがやればいいことではないのか? 少なくとも、彼女は心から、このとき本気でそう思った。
「……だめ」
その言葉が、ステラから口をついで出た。
え? と、ミリアリアが訊ね返す。
「させない……! キラは、戦争なんてしちゃだめ」
戦争をするということは、何かを守る以前に、誰かを殺すかもしれない、ということだ。
──キラは、そうやって人を殺しちゃだめ。
──キラに、誰かを殺させてはいけない!
言葉を聞いたミリアリアが、ステラ、となだめるように名前を呼ぶ。しかし、ステラは聞かなかった。
「ステラが戦えばいい! 〝ディフェンド〟で出るから! ──もう、キラが戦わなくていいように!」
そう──〝
もうここに来るまでに、たくさん殺した。いっぱい、奪って来た!
──だから戦える。
──〝ディフェンド〟にも乗れる。
奪うことも殺すことも、今のキラより何倍も何倍も、上手に出来るのだから──!!
「ステラ!」
その瞬間、ミリアリアの声が飛び、それによって柄にもなく興奮していた、ステラが我に返った。
気がつけばミリアリアは、ステラの肩へ、両手を置いていた。そしてゆっくりと、諭すような口調で、言葉を放ってゆく。
「……ステラは、ほんとに優しい子だなあ。それだけ真剣に、キラのこと、考えてくれてるんだね」
顔を伏せていたミリアリアが、そこで、顔をあげた。強い瞳だ。
でもね?
そう言いながら──ステラの眸を、真っ直ぐに見つめている。
「キラも、ステラと
キラは今、パイロットスーツを着て〝ストライク〟に乗っている。
これから、出撃だからだ。
ミリアリアは言い聞かせるように、ステラへと伝えた。
「ステラは女の子だもん。それも、あたし達よりふたつも年下。──だからもう、
ミリアリアは──ステラが再び〝ディフェンド〟に乗ることをやめさせたいのだ。
いや────あるいはステラが〝ディフェンド〟に乗ろうとしていると予期して、だから個人的にこうして、ステラに会いに来た? 心の優しいステラが、その優しさゆえに、危険なことをしないように、と。
(
そう思って、そう危惧して
当然、ミリアリアはまだ艦内の構造なんて覚えているはずもないが──別に、ステラを探す必要などなかった。
格納庫前で待っていれば──ステラが自分からやって来ると思ったからだ……。
「ちがう」
──もう、君みたいな女の子が戦わなくていいんだよ。
その言葉を、ミリアリアの言葉を、それでもステラは、聞こうとしなかった。
聞き入れることが、どうしても出来なかった。
「ちがう、ちがうの……!」
「ステラ」
「ちがうの! ステラ、ちゃんと戦える! ミリアリアのことも、みんなのことも、ちゃんと守れる!」
「ステラ」
「ザフトの機体、敵、何度も倒して来た! ステラは、ちゃんと戦えるのに!」
「うん。〝ヘリオポリス〟で……ステラ、頑張ってくれたよね」
「ちがう!!」
違う。そんなことを伝えているんじゃない──。
そんな、
伝えたい。
でも、伝わらない──。
どうやれば伝えられるのか、分からない……。
ミリアリアが、混乱するステラの肩を抱き、その胸にそっと、引き寄せた。
「もういい、もういいんだよ。──ステラはもう、十分、頑張ったんだから」
ステラの眸に、大きめの雫が浮かんだ。
ミリアリアは、胸に抱いた少女の体温を感じるように微笑みながら、ゆっくりと言った。
「だからあとは、私達に任せて───」
何も言えなかった──。
何も返せなかった。
気が付くとミリアリアは既に遠くまで離れていて、艦橋へと向かい、自分に与えられた役割の場へと戻って行っていた。
ステラの身体は虚脱したようにその場に崩れ、
訪れたのは、静寂。
そして────
「アスラン・ザラ──〝イージス〟出る!」
赤き閃光が〝ヴェサリウス〟から飛び立ってゆく。
さまよえる大天使は──これを迎え撃つかのように大きく羽ばたき、
「キラ・ヤマト──〝ストライク〟行きます!」
白き戦士が、戦場へと飛び立つ。
────訪れたのは、開戦の合図。
迷いや混乱の後に生まれる決意、という形で、ステラか今後、どちらの勢力に身を置いてゆくのか動機づける、物語的には重要な分岐点となった話には仕上がったのではないかと(自己)満足しています。(笑)
ステラってこんないい子だったか、ミリアリアってこんな母親みたいな女の子だったか、悩みながら書いた一話でした。