~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

12 / 112
『〝アルテミス〟陥落』A

 

「────ステラ」

 

 その名前を発するまで、息を巻いていたアスランは、あえて訊ねるような口調ではなく、確信し確認するように、目の前の機体〝ディフェンド〟のパイロットへと呼びかけた。

 アスランが搭乗する〝イージス〟の機体データの中には──もとより〝ディフェンド〟への通信回線コードが記載されてあった。今となっては敵対した立場にあるが、GATシリーズとは、元より戦略的に連携運用される想定であったのではないか? だから他の機種への通信コードが前もってインプットされていた……?

 勿論それは、他のGATシリーズに対しても同様に云えたことかどうかは分からない。しかし〝イージス〟は六機をまとめる指令役としての機能を併せ持っており、だからこそヘッドパーツが特殊な形状をしているのだ。多目的センサーユニットを内蔵したアンテナは通信・分析能力に長け、そのような経緯があるからこそ、アスランやキラ──そして今のステラ達のように、二者が対立する立場に身を置きながら、容易に通信が取り合えている。

 

「ステラ……本当に、君なのか」

 

 まさか。だって、そんな……。

 アスランが焦りに突き動かされ、震えた声で呟く。と──〝イージス〟の通信モニタに金髪の少女──ステラの姿がはっきりと映し出された。パイロット・スーツも着用していない無垢なる少女は、最後にコロニーの中で見たときのままのワンピース姿であった。

 アスランのエメラルドグリーンの瞳に映る「彼女」は────どこか浮世離れしていた。

 決して美しいというわけでもないが、あどけなさを残し過ぎていない。

 ──そう、可憐だ。

 実の兄でありながら、どこかの芸能事務所にでも所属しているアイドル? あるいは素人でありながら雑誌等の媒体で人気を博す読者モデル? いずれにせよ、アスランの知らない世界で生きている人種を目の当たりにしたような、なんとも奇妙な感覚だ。 ──あれが、本当にオレの妹なのか……?

 体つきはたしかに大人び始めているが、その表情はまだ少女というに相応しく、金色の花弁のような柔らかな面持ちをしている。

 

〈──アスラン〉

 

 死んだと思っていた妹の声が、スピーカーから流れている。

 再会の涙すら出ず────アスランは思わず、怒っていた。

 

「──パイロットスーツも着ないで、危ないじゃないか!」

〈あ……ごめんなさい〉

 

 決してこんなことを最初に言いたかったわけではないと思うが。不在の期間、アスランの第一声は、そんな兄としての叱咤だった。

 条件反射に兄の怒声を聴き、しょんぼりと肩を落とすステラ。

 銃を突きつけながら心配する声をかけたアスランの行動は、明らかに矛盾していた。

 アスランはモニターに映り込むワンピース姿のステラの捉えているが、そのワンピースは異様にひらひらしていて、無防備にも胸元が空いている。シートベルトを装着し、女性の出る所ばかりは強調されているその容貌に、兄でありながら、アスランは不覚にも目の置き場に困った。

 ──いったい、いつの間にこんなに育ったんだ……。

 ていうか上半身は少なくとも、下着すらつけてないじゃないか。

 ──そんな格好、変な男が寄って来るかもしれないじゃないか!

 咄嗟のことで、兄バカなアスランであった。

 言いたいことが多すぎる。

 聞きたいことがありすぎる。

 困惑するアスランは、質問を絞れずにいた。

 

「生きていたのは嬉しい。でも、なぜきみが〝そんなモノ〟に乗っている!? ──母上も、きみのように無事なのか?」

 

 母の安否を訊ねると、ステラは沈黙を持って、かぶりを横に振った。

 それを見て、アスランの表情が泣きそうなまでに強張ったが、それは一瞬のことだった。

 妹の手前、強がったように固く口を結ぶ。すると事務的に、アスランは無感情そうな言葉を突きつけた。

 

「──どうして〝ジン〟を撃墜した? きみはコーディネーターだ! なぜ地球軍の味方をするんだ!」

 

 キラも、ステラも──どうしてコーディネーターでありながら、地球軍の側に着いている?

 どうしてキラは僕の親友でありながら、一方は、親の血を分けた兄妹でありながら────どうして、僕達が戦い合わねばならない!?

 

〈ステラが、まもるから〉

「なに……?」

〈あの艦には、キラの友達が乗ってる。キラとステラは友達、だからキラの友達は、ステラの友達なの〉

「ステラ……!」 

〈アスランも、キラの友達…………そうでしょ?〉

 

 なのにどうして戦うの? アスランはそれを聴いて、ふと、こう思った。

 ──ステラはむしろ、なぜぼくが「ザフト」にいるのかを理解していないのではないか?

 ステラはおそらく、アスランが地球軍に来れば、すべて解決だと思ってる。

 

 ────人為的に生み出された新人種「コーディネイター」は、その存在を差別し、迫害した旧来の「ナチュラル」によって地球を追放され、その安住の地を宇宙──〝プラント〟へと移した。

 コーディネーターを追放していながら、地球側の人種は常に〝プラント〟を支配しようとした。

 資源不足に悩んでいる地球とは対照的に、〝プラント〟には豊富な宇宙資源が約束されていたのだ。地球は〝プラント〟に武器と食料の生産を禁止させ、優位にあるのが地球だと誇示し、云われない支配と搾取にコーディネーターは反発し、その対立がやがて戦争へと発展した。

 

 ──コーディネイターを生み出しておきながら、先に忌み嫌ったのはナチュラルの方だ!

 

 人類の『夢』と手前勝手な理想を掲げておきながら、格差が生まれれば気味悪がって、迫害した。

 コーディネーターを嫌う。それがナチュラルだ。その集まりが、地球軍だ!

 

「おまえはそんな所にいるべき人間じゃない! 僕と来るんだ、父上にも──」

〈でもアスランは、これから、ステラの友達を奪っていく。殺していく。…………ザフトだから〉

「違う! 僕がザフトにいるのは──」

 

 母と妹が殺されたと聞いて──力のない自分を、あの時、それだけ思い知ったからだ。

 愕然とした──〝ユニウスセブン〟が崩壊したと聞いた瞬間は。

 あの頃の自分は────何も知らなかった。

 いや、知ろうともしていなかった。

 「戦争なんて起きるはずがない」とたかをくくって、父に、月から避難するように言われたことさえ、大袈裟だと軽く捉えていた。

 何も知ろうとしなかったあの頃の自分に、怒りがわいた。

 父のように権力を持っているわけでもなく、アスランには、何かを変えることは出来なかったが、それでも、信頼できる議員や、父の下の「剣」になることで、何かを護れると信じたからであって……。

 

 でも、そんな動機はたしかに──ステラの友達を殺すこととは、関係がなくて。

 そんな苦悩があったからって、〝アークエンジェル〟に乗る、ステラが「友達」だという者達を殺していい理由には、ならなくて。

 

 自分はそういえば、何のために戦っている?

 守るなんて大層なことを言いながら、進んで地球軍を殺そうとしている自分は、やはり可笑しいのだろうか。

 アスランは、返す言葉を失った。

 

 その時〝ディフェンド〟が──〝イージス〟へとライフルを突き付け返した。

 アスランの表情が愕然とし、驚きに目が見開かれる。

 

〈ステラはまもる。ザフトは意地悪……だからアスランも意地悪。ステラの前にあるもの、どんな小さな命でも、守れるのなら、ステラは戦う〉

 

 そのために────この〝ガンダム〟に乗ったのだ。

 守護を司る────この〝ガンダム〟に呼ばれた気がしたのだから。

 

 ステラは既に、構えられた〝イージス〟のライフルには、戦意や殺意が無いことを見抜いていたのだろう。

 〝ディフェンド〟はビームライフルを握る腕を下ろすと、すぐに〝イージス〟から転進して、〝アークエンジェル〟へと離脱した。

 矛先を見失った〝イージス〟はそのまま、しばらく茫然としていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ザフトは〝ヴェサリウス〟が航行不能になったことで、全機として撤退していった。

 〝ゼロ〟

 〝ストライク〟

 〝ディフェンド〟

 この順番で〝アークエンジェル〟に帰投し、ステラは、今回も無事に戦闘が終了したことに、やはり安堵していた。

 

 死ななかったことに、安心したのだ。

 

 いくら戦場を経験して来ているからといって、この安心感を忘れるようになってしまっては、戦場で生き残ることもできないのだろう。この瞬間は、何よりも幸福なものだ。

 〝アークエンジェル〟艦内は依然として事後処理等に慌ただしかったが、ステラが〝ディフェンド〟のハッチから出ると、〝ストライク〟のハッチの辺りで、何やら数人の声が上がっていた。

 ステラより早く帰投したはずの〝ストライク〟のハッチは、まだ、閉まったままだった。

 その前で、ムウとマードックが何やら話している。ステラも懐疑しながら、そちらへと向かった。

 

「あの坊主が、なかなか中から出てこねえんですよ」

「おやおや」

 

 新兵の教育係さえ仰せつかったこともあるムウは、大体の事情を察していた。

 外部ロックから〝ストライク〟を開けると、中ではキラが、まるで呼吸することも忘れているかのように、縮こまって硬直していた。

 ──新兵にはよくある、実戦後のことだ。

 恐怖で身体が委縮している。レバーを握るキラの指が、なかなか外れない。

 戦慄に飲み込まれているキラは、ムウの気遣わしげな言葉を受けて、やっと我に返った。

 

「もう終わったんだ。おれも、おまえも──みんな無事だ。いいな?」

「あ……、はい……」

 

 それでもキラは、胸の辺りを両手でぎゅうと力強く握りしめている。まだ先程の戦闘の恐怖が、心から抜けきっていないのだ。

 その時、〝ストライク〟の前へ、ステラがやって来た。

 それを認めたマードックはびっくりしたように跳ね上がり、素っ頓狂な声を上げながら彼女から距離を取った。両手を開き、ストライクにぺったりと背中を張り付けている。まるで鬼でも目の当たりにしているように。

 対して、ムウはそれに気づくと、おや、と声を漏らし、「こちらの新兵さん」は、いたって精神が正常なことに、一抹の驚きを覚えているようだった。

 ステラは〝ストライク〟の中に入ると、小刻みに震えているキラの胸に、そっと手を当てた。

 

「ステ、ラ…………?」

「痛いところには手を当てるといいの。──ネオが教えてくれた」

 

 語尾の人物は誰のことだか分からないキラであったが、胸を握りしめるキラは、その言葉でゆっくりと手を開き、自分の胸を温めるように撫で下ろした。

 そこで、キラが弱弱しい笑顔を作る。いまだ緊張は抜けきっていない様子ではあるが、さっきと比べれば、随分とリラックスできたようだ。

 それを見たムウが、ひゅう、と口笛を鳴らした。その表情には軽薄な笑みが浮かんでいる。

 

「やるねぇ~、お嬢ちゃん。そのネオっていう人もいいこと云うじゃねーの」

「うん。ネオ、やさしい人だから」

 

 誰のことかはムウも分からなかったが、この子(ステラ)の先生かな、と考えた。

 ふむ、と声を鳴らしたムウは腕を組み、笑い飛ばすように微笑んだ。

 

「しっかしお嬢ちゃん、無断で出撃して〝ジン〟を二機も墜としたんだってなあ。見かけより大胆っていうか、見なおしたよ」

「でも、勝手なことしたから……きっと怒られる」

「はは、オレの方から言っておいてやるよ。なんたってこの艦が助かったのは、きみのおかげでもあるんだからな」

 

 云いながら、ムウはステラの頭に手を乗せ、ぽんぽん、と頭を優しく叩いた。

 するとすぐに飛び去って、更衣室の方へと向かって行く。

 

「…………」

 

 ステラはムウに触られた箇所を、もう一度確かめるように、手を頭に乗せた。

 

「────ネオ?」

 

 飛び去っていく、見覚えのあるような、精悍な後姿を目で追った。

 ステラとて、他人に不用意に接触されるのは嫌いだが、その感触は不思議と、嫌じゃなかった。

 一方で。

 マードックは相変わらず、おっとりとしたステラに怯えていた。──ハッチを開けねば整備士(マードック)ごと吹き飛ばす! 凶暴と化した少女のその言葉が、頭の中でリフレインするマードックであった。

 

(この嬢ちゃん──マジでよくわかんねえ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果的に、無断で〝ディフェンド〟を出撃させたステラの過失は、ムウの配慮によって「お咎めなし」となった。

 というより、副艦長を務めるナタル・バジルール自身が〝ディフェンド〟の出撃を要求していたこともあって、彼女が賛成しているのであれば、他には誰もステラを咎めようとする者はいなかった、というのが真相だ。

 そういった意味では、ナタルもまた、ステラ・ルーシェと名乗る少女には、内心で感謝こそしているのだろう。

 

 この艦を守り抜けたのは、キラと、ステラの奮闘のおかげなのだから。

 

 しかし──

 だからといって、許せないこともあった。

 ナタルは今、乗務員からの報告を受け、ステラに与えられた部屋へと赴いていた。

 部屋の中にはワンピース姿のステラがいて、ナタルが怒鳴った。

 

「──ステラ・ルーシェ! 制服を改造するな!!」

 

 全身が布できっちりと覆われた、窮屈なデザインが生理的に気に入らなかったのだろう。ステラはミリアリア同様に与えられた地球軍の赤色の制服を、部屋の中で加工していた。

 手に持つ布切りバサミは〝アークエンジェル〟に乗り合わせている民間人の誰かにでも借りたのだろうが、ナタルが怒鳴る傍らで、ステラはぼーっとしながら、チョキチョキと制服の肩の部分をカッティングしていた。

 まるでナタルの言葉を聞き取っていない様子だ。

 偶然ナタルの声を耳に入れたのか、制服に着替えたムウが、その部屋の前へとやって来た。

 

「なんだなんだ? どうした?」

 

 ドアに手をかけ、ナタルが振り返り、その姿を確認した。

 

「フラガ大尉! ……いえ、この少女が、勝手に我が軍の制服を加工していると、報告が上がったので」

「へえ~、そいつはまた大胆というか、型破りというか」

 

 そんな軍規破りなバカ、ほんとにいたんだ。

 ムウは一種の感心さえ覚えた。

 

「感心している場合ではありません。このような公私混同を許していると、軍全体の風紀が乱れます」

「まあ良いんじゃねーの? あくまで機能性の部分で加工する分には、個人の自由にしてやっても。……ほら、この子の立場だと、いざって時に走りやすい服の方がいいだろ?」

 

 短いスカートとかは特に目の療養にもなりそうだ、なんて馬鹿なことを抜かすムウのことを、キッと鋭い目で睥睨するナタルであった。

 冗談だよ、冗談、とムウは気圧されたように軽薄に答えると、中にいるステラに声をかけた。

 

「お嬢ちゃん、ちょっといいか」

「?」

 

 ナタルの声は耳にも入らなかったステラであったが、ムウの言葉はすんなりと聞き止め、彼を見上げる。

 ナタルは一瞬驚いた表情を見せたが、同時にムウに不信感を抱いた。──どうやって、この少女を手なづけた……。

 

 ムウによって呼び出されたのは、キラとステラのふたりであった。

 格納庫へと呼ばれ、ふたりは、何事かと目を見合わせるようにして懐疑していた。

 〝ストライク〟と〝ディフェンド〟を目の前にして、ムウはその足を止め、振り返った。

 

「もう少しで〝アルテミス〟に入港にする。──けどその前に、ふたりにやっておいて欲しいことがあるんだ」

 

 こうしてふたりは、〝ストライク〟と〝ディフェンド〟それぞれの起動プログラムをロックしておいた。

 どういう意図があって、ムウが自分たちにこんなことをさせるのか分からなかったが、ふたりはすぐに、その意味を知ることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 GAT-X401〝ディフェンド〟──パイロットはステラ・ルーシェ。

 両肩に巨大なビームシールドを装備した、極地防衛戦に特化した機体。武装には光波技術が用いられ、堅牢なバリアを展開する他、装甲を離脱することで強襲機としても活用可能な、まさに攻防一体の性能を持つ。

 

 かのGATシリーズは、モビルスーツの技術を欲した大西洋連邦が、中立国〝オーブ〟の軍需産業社〝モルゲンレーテ〟の技術援助を得て開発したことは、以前記述した通りだが──〝ディフェンド〟に用いられた光波技術は、地球連合の同盟下にあるユーラシア連邦が、最も得意としている技術であった。

 光波技術を用いたユーラシア連邦建造の代表物にして、自信作の具体例を挙げれば、それは〝アークエンジェル〟が現在そこへの航路を取っている軍事衛星〝アルテミス〟──それを覆う絶対防壁、通称「アルテミスの傘」だろう。

 光波シールドは、あらゆる実体弾もビームも通さない。またこれは、内側からの攻撃さえも弾いてしまうため、シールドを展開したまま攻撃に転じることは不可能だが、軍事衛星〝アルテミス〟を「難攻不落の要塞」と呼称させるには充分な性能、強度を発揮する盾となっている。

 〝ディフェンド〟は、その〝アルテミス〟の「傘」を模した技術を縮小し、単一のモビルスーツに搭載させた機体なのだ。

 

 ところで、地球連合と言えど、一枚岩ではない。

 

 連合と聞けば仰々しいが、それが形づくられているのは、地球外である宇宙に、ナチュラルからとってした相互共通の(コーディネーターという)〝敵〟を控えているからであって、それゆえに多国家が結集し、ひとつの「地球連合」と相成っているに過ぎない。

 地球もまた、広大な惑星のひとつだ。

 そこには多くの人が住み、国家が形成され、勢力が存在している。そしてそのひとつひとつは、文化も異なり、当然、考え方も一概とは言えるはずがない。利権や思惑が交錯し、連合内では決して足並みが揃っているとは言えないのも、また事実だ。

 中でも大西洋連邦とユーラシア連邦の関係は、冷え切っている。

 対立している、とはおおっぴらには言われないだろうが、互いに干渉していないのは確かだった。

 

 

 

 

 

 

 〝アークエンジェル〟は無事〝アルテミス〟へと入港したが、入港した途端、艦は武装した兵士やモビルアーマーに包囲され、艦内には銃を持った兵士がなだれ込み、完全にして完璧に、コントロールを制圧されてしまった。

 〝アークエンジェル〟は、ヘリオポリスで極秘裏に開発された艦船である。

 いまだその存在は地球軍全体への公式発表も済んでおらず、マリューは、これを警戒した「一応の措置」だと────禿頭の〝アルテミス〟司令官、ジェラード・ガルシアに説明された。

 艦は軟禁状態に置かれ、銃を持った兵士たちが点在し、艦内を警備している。

 

「こうなっちまうことを想像するのは楽だったが、やっぱ現実になっちまうと、相当まずいよなあ」

 

 キラは隣に立ち、そう呟いたムウの顔を覗くようにして見上げた。ムウの表情は、柄にもなく焦っているように見えた。

 ──想像するのは楽だった?

 〝アルテミス〟が〝アークエンジェル〟を軟禁状態におくことが、ムウにはあらかじめ、予期できていた、とでもいうのだろうか?

 いや、考えても見れば、そうかもしれない。

 なにせムウは、キラとステラに、二機の〝G〟の起動プログラムをロックさせることを指示していたのだから。

 

「あの、何がまずいんですか……?」

 

 思わずキラは訊ねていた。

 ムウは罰が悪そうに答える。

 

「艦は細かいとこまで舐めるように調べ回されて、人質に取られるかもしれねえ……ってことかな」

 

 キラにはその言葉の意味が、分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 軍事衛星〝アルテミス〟は────ユーラシア連邦が誇る(・・)難攻不落の要塞である。

 対して〝アークエンジェル〟は大西洋連邦が所有し、開発した戦艦であり────そこに搭載されていた〝ストライク〟〝ディフェンド〟もまた、大西洋連邦が誇るモビルスーツだ。

 GATシリーズは、大西洋連邦が総力をあげて作り上げた至高の機体といっても過言ではない。だが、いかんせん中立のコロニーで極秘裏に開発されたため、今、これの存在を知ったユーラシア連邦出身のジェラードが、これを見逃すはずがなかった。

 

 「大西洋連邦は六機ものモビルスーツを開発した」──

 この事実に対して、ユーラシア連邦が誇れるモノは、軍略的に重要でもない場所に造られたアルテミスの〝傘〟しかないとなれば──その利権や発言力は、連合内で地に落ちる。

 

 ジェラードは即座に〝ストライク〟と〝ディフェンド〟のデータ解析を行おうとした。

 だが、二機の起動プログラムは凍結されており、そのパイロットしか分からない暗号で鍵がされていた。つまりジェラード達には、手の出しようがなかったのだ。

 

「────〝ストライク〟と〝ディフェンド〟のパイロットはどこだね」

 

 マリュー、ナタル、ムウを除いたクルーは全員一か所に集められ、ジェラードによるこの質問の解答者とさせられていた。

 ステラもこの時は、既に、改造した制服に身を包んでいた。

 思わずキラは、素直にハイと手を上げようとしたが、これはマードックの太い腕で、ぐいと押し付けられるように阻まれた。わけがわからずキラはきょとんとしたが、ステラもまた、ノイマンに同じように指示されて手を上げることを禁止され、きょとんとしていた。

 キラとステラが手を上げなければ、ふたりの他に、手を上げる者など、いるはずもなかった。

 長い沈黙に痺れを切らしたように、その瞬間、ジェラードが下卑た笑みを浮かべて、近くにいたミリアリアの腕を強引に持ち上げた。

 ミリアリアの短い悲鳴が上がり、その瞬間、ステラがその表情に激しい怒りを浮かべた。だが、その怒りもまた、再びノイマンによって抑えられてしまう。

 

「まさか女性がパイロットだとは思えないが、この艦は、艦長も女性ということだしな……」

 

 ──あんまりだ。

 その時既に、キラは咄嗟に、名乗り出てしまっていた。

 

「随分と若いが、きみは〝ストライク〟の方かね。……もうひとりは?」

 

 ジェラードが知りたがっているのは、むしろ〝ディフェンド〟の構造の方であった。

 ジェラードは再びミリアリアの腕を掴み、強引に立ち上がらせた。

 

「連れていけ」

 

 そう指示を出すと、ミリアリアの身体を、兵士たちが掴んだ。

 ──どこへ連れていく!

 その瞬間、ステラが、名乗り上げるように立ち上がった。

 マードック達がその瞬間、キラが名乗った時よりも痛恨の表情を浮かべ、ジェラードは慇懃な笑みを浮かべた。

 

「きみか。いいだろう、来たまえ」

「ステラ、キラ!」

 

 ミリアリアが叫んだが、キラとステラが、共に格納庫へと連行されてしまった。

 その場に取り残された全員は唖然としていたが、サイ・アーガイルが、その沈黙を破るように、技術者であるマードックに訊ねた。

 

「…………あの」

「なんだ」

「どうしてあの人達は、こんな強引なことをしてまで、二機のデータを採取したがるんです?」

 

 おおよそジェラード・ガルシアは……いや、ユーラシア連邦は、連合内における自身の発言力を高めるために、大西洋連邦と同じように、画期的にして革新的なモビルスーツを作りたい。

 しかし、あまりにデータが足りない。

 そんな状況で〝ストライク〟と〝ディフェンド〟が己が領域(テリトリー)に転がり込んで来れば、無関心では居られないだろう。

 

「でも、ステラが連れてかれた時、どうしてマードックさん達は」

 

 ──どうして、キラの時よりも悲痛な顔になったんですか?

 賢知なサイは、マードックやノイマンの表情が変わったその瞬間を、見逃していなかったのだろう。

 ──それは、ステラが「女の子」だからか……?

 軍という組織は、遥かに女性の人口の方が少ない。

 こんな軍事拠点(アルテミス)などは、とりわけ連合内でも難攻不落の鉄壁を誇るだけに、外部からの接触も少なく、まさに孤立している現状。──こんな拠点で働く兵士達はそれこそ、そういうもの(・・・・・・)に触れる機会も少ないだろう。

 あるいは、戦争など、その程度のものなのかもしれない。

 ──だから……?

 訊ねるサイもまた、痛恨の表情を浮かべていた。

 

「…………それもある(・・・・・)。けどな──」

 

 マードックが、重苦しげに答えた。

 整備士であるマードックには、わかるのだ。

 〝ディフェンド〟が解析されることで、どんなことが起こるのか。

 

「〝ディフェンド〟は────アルテミ()スの()管轄であ()るユー()ラシア連邦()しか持ち合わせてねぇはずの『光波技術』が────完全に応用されてる機体なんだよ。共同体(れんちゅう)が誇る最高の技術(つよみ)が、他に渡ってたってことなんだぜ? そんなもん解析されてみろ、連中は黙ってねえよ。…………そんな報復が、そのパイロットである、あのお嬢ちゃんに向かねえとも限らねえけどなあ」

 

 縁起でもない話。──それを聴いて、一同が唖然とした。

 そこへ、ノイマンが補足するように続ける。

 

「大西洋連邦か〝モルゲンレーテ〟のどちらかが、ユーラシア連邦自慢の光波技術を盗用したんだろうな。急を経て入手した技術を搭載したのが〝ディフェンド〟で────だから〝ディフェンド〟は、Xナンバーの中でも最後に造られた」

 

 当初のXナンバーの開発プランに──〝ディフェンド〟なんて機体の存在は含まれていなかった。

 おおよそ、五機の〝G〟の開発途中に、大西洋連邦か〝モルゲンレーテ〟のどちらかが、ユーラシア連邦から、光波技術の詳細データを手に入れたのだろう。

 既に五機の〝G〟は、開発のコンセプトも決定して、着工にも取り掛かっていたために、光波技術を機体に用いるには、新たな一機を増設する他なかった。

 

 そうして開発されたのが、最後の〝G〟である───〝ディフェンド〟なのだ。

 

 その場所に残された、一同が青ざめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ムウの指示も虚しく、人質を取られかけたキラ達は、大人しく機体のデータを開示する他なかった。

 データを開示した後、クルー達のいる場所へと廊下を渡っていた。

 その道中──突然ステラの腕を、ジェラードが掴み止めた。

 

「いたッ……」

「えっ……!」

 

 瞬間、キラが表情に露骨な敵意を現し、ジェラードを睨むように見た。

 それに反応した兵士達が、一気にキラを取り囲む。

 

「──おっと、勘違いしないでくれたまえ。解析を終えた結果〝ディフェンド〟には少々、うちの技術者でも納得のいかない部分(・・・・・・・・・)があってね? その部分について、パイロットであるこの少女に、別室で詳しく話を聞きたい(・・・・・・・・・・・・)だけだよ」

「嘘だ!」

 

 キラが叫ぶが、ジェラードの微笑みはこの上なく下卑ていて、とてもそれ(、、)だけが目的だとは思えなかった。

 しかし、周囲には多くの武装兵。キラは抵抗することもままならず、ステラは強引に、その腕を引かれた。

 ステラの悲鳴にも似た短い声が響く。

 

「いや! キラ!」

「ステラ! ステラァッ!!」

 

 キラの懸命な呼びかけも虚しく────そのままステラだけが、地球軍によって連行されてしまった。

 

 

 

 

 

 

 




エロおやじあらわる……


 ステラの地球軍制服の改造は、ステラ本人が趣味でやっていたことだとは思えません。
 多分、ネオあたりが既に改造されていた制服をプレゼントして、ステラは従順に、それを着ているだけだった、と思うのですが、ナタルのいる〝アークエンジェル〟で、そんなものをプレゼントするバカはいないと思えたので、自分で加工してしまう設定にしてしまいました。

次回。
このまんまでは終わらないステラですよ。
一応言っておきますが(あくまでタイトル通りに)



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。