各国の非戦派から成る〝ターミナル〟は、シーゲル・クラインが設立したレジスタンス組織を前身としている。
参画するエージェントは世界中に点在し、ときに諜報機関として、ときに実働部隊として、平和維持を目的とした様々な活動を行っている。
半年前の『ロドニア事変』──ブルーコスモスによる未成年者らへの非人道的な洗脳・収容機関の摘発──は、もっとも直近にして大々的に報じられた騒動だ。だが実際のところ、これについても実態は殆ど〝ターミナル〟が単独で為したものである。
そして
先の大戦後、彼が〝ターミナル〟という組織に加わった理由はいくつかある。第一に〝ターミナル〟への参画をニコル・アマルフィに唆されたこと。第二に〝ターミナル〟が掲げる『強化人間の保護』が、偶然に彼自身の目的と一致したこと。
殊に後者に関して、アスランの方には相当の覚悟があった。戦後にかけ、アスランは罪のない強化人間の保護と更生、そして治療のためには全力を尽くし、ブルーコスモスの悪しきキャンペーンを撲滅することに躊躇いはしなかった。
「先の戦争で、アスランは本当に独りになってしまった」
そう語るのは、現在はオーブに身を置くニコル・アマルフィだ。
アカデミー時代から、アスランのことをよく知る者の一人。またある意味では、舌足らずな彼の言語通訳人となれる人物でもあるのだろう。
「母を喪い、父を喪い、またしても妹さんまで喪って、彼は彼なりにできることを模索していたんだと思います」
レノア、パトリック、そしてステラ──
──ザラの家族は喪われた。
唯一の生き残りとなった彼には、為さなければならないことがあった。報いらなければならないことがあった。
だからこそ彼は、ロドニアのラボを潰したのだ。かの場所こそが生前の妹を苦しめ、罪なき多くの子ども達を狂わせた原点だったから。
そのような組織背景を持つ〝ターミナル〟だが、今回の目的はつまり、テロリストの手に堕ちた〝ユニウスセブン〟の『地球への落下阻止』ということか?
両腕を破断され、後退を余儀なくされる青い〝ザク〟の中、イザークは情報を整理した。クライン派を主体とする非政府組織が存在することは噂には聞いていたが、実働部隊を目の当たりにするのは初めてだ。ましてやその
だが、イザークが目を見張るのはそれだけが理由ではない。颯爽たるアスランが乗って現れた赤いモビルスーツ──あれはいったい……?
──大振りの爪。
──頭頂部を取り巻くミサイルの発射口。
──やや明るめの
ずんぐりとしたフォルムは、ザフトの〝グーン〟や〝ゾノ〟のようなMSを思い起こさせる。
不可解なのは、機体背部に、海戦用ではない空戦用の双胴──フライトユニットだろう──が装備されてあることだった。けれども現況は宙域戦であり、何れの環境にも当てはまらない。
ちぐはぐ、というべきか。それは全体的に、何を目的としたモビルスーツなのか謎だった。
「アスラン、そいつは只者じゃない! 油断するな!」
懸念の声で呼びかけたイザークの目下で、しかし戦闘は再開されていた。
新型の〝レムレース〟が、逆上したようにアスランの機体へ突撃していったのだ。
「アスラン!」
イザークの視線の先で、再度として交錯する二機。互いに刃と爪を交えるそれは、やはり格闘兵装での迫撃戦だ。
──さっきもそうだった。
〝レムレース〟は射撃戦も展開可能だったにも拘らず、わざわざイザークが望んだ土俵に上がってきた。そして今では、先の失着を取り返さんとアスランへの迫撃に固執している。
「──できる!」
剣戟を交わすアスランの口から、思わず感嘆の声が漏れる。
「〝レムレース〟の
闇に溶ける暗黒色、妖しい面妖に、悪鬼じみた赫々たる双眼──
どれをとっても、アスランにとっては見憶えがありすぎる。開発元は不明だが、やはり新型らしい
「くっ……!」
ところで、アスランの搭乗機──〝ズゴック〟──もまた新型のモビルスーツだ。
が、これは故あって彼にとって十全な戦闘が行える機体ではない。であれば余計に、このような敵と真正面からぶつかっている場合ではないだろう。
「これほどの乗り手がいたなんて──」
自身の動揺を感じながら、アスランは独語している。先代の〝レムレース〟を操っていたのはナチュラルの少女だったが、後継のパイロットは
──このパイロットは、迫撃の方が好きらしい。
先代のパイロットが明確に苦手としていた間合いだが、このパイロットはどうだ?
──制圧的で、圧倒的だ。
これに付き合っていられるのは、おそらくはアスランだからである。
だが、彼には本当に分からない。このような戦い方を押し付けてくるパイロットなど、とても軍の正規兵とは思えない……
(だとすれば、いったい、どんな人間が)
ロドニアの研究所を滅ぼした昨今──『
つまり、この〝レムレース〟の操り手は、純粋な能力とパイロット適性だけで、自身やイザークとこうも戦ってみせている。
「ええいッ」
アスランは機体を幾度となくひねらせ、敵機からから繰り出される猛攻を躱し続ける。着地からの踏み足で退き、それと同時に頭頂部ミサイルを撃ち放った。
「くっ……!」
ステラは連撃を中断すると同時、シールドを掲げて突発的なそのミサイルを受けた。炎が視界を遮り、苛立ちと共に煙を払うが、そのときにはもう、赤い機体は
逃げたのか? ──いや、違う。
気配として感じる。それは、青い〝ザク〟が行ったような苦し紛れの後退ではない。それは結局のところ、ステラの攻撃が敵にいなされ続けていることの証明だった。
「…………ッ」
形勢は悪くない。モビルスーツの性能でもこちらが上だ。
なのに、仕留められない……?
「こんな奴らに、私が?」
みずからの焦りを悟りながら、ステラは周囲の状況を一瞥していた。テロリスト共が蔓延っているが、どいつもこいつも単眼で、ザフト的な見目のモビルスーツだ。
──こいつも、その仲間なのか?
颯爽と現れた正体不明のモビルスーツ。誰が乗っているのかは知ったことではないが、こいつの実力は本物だ。
けれども、やはりステラは負けるわけにはいかない。この聖域を、不思議と郷愁感を抱かせるこの〝プラント〟を、不埒な者達に犯させるわけにはいかないからだ。
数々の闖入者により〝ユニウスセブン〟は混然としつつあるが、その中でもディアッカは冷静に任務を遂行し続けていた。
突如として現れた新型〝レムレース〟は、これまた突如として現れたアスランによって足止めされ──それが僥倖だったのだろう──暴れ回る〝亡霊〟による被害は、今のところ最小限に抑えられている。
その結果として、ディアッカは工作隊長としてザフトの破砕作業を指揮し、メテオブレイカーの設置作業に勤しむことができた。なおも邪魔立てしてくる黒い〝ジン〟部隊との交戦により若干の遅れはあるが、作業は概ね順調に進んでいる──と云って良いだろう。
「大丈夫か、イザーク?」
後退してきた友の身を按ずるディアッカであったが、その確認に対する返答はなかったという。
……まあ、長い付き合いだ。イザークの性格上、自身が〝落ち延びた〟ことで恥辱を隠しきれないのかも知れなかったが、命あっての物種だということを、自分達は戦中に学んだはずだ。
ディアッカの〝ザク〟はイザーク機の援護を行いつつ、中破した彼の機体を母艦まで帰投させる。
そうして彼は、再び黒い〝ジン〟部隊との交戦に戻っていった。振りかざし、射出した
「グゥレイト! どんなもんだ!」
勇み声を上げるディアッカ。
──どうやら調子が戻ってきたらしい。
それもそのはずだろう、と彼には歴戦の自負がある。さっきは不意を突かれて取り乱したが、冷静に戦えば、このような者達に後れを取る自分ではない!
「それにしても」
その目は地表で繰り広げられる、アスラン機と〝レムレース〟の攻防に向けられる。
「バケモノ退治は、やっぱアイツの仕事だな」
先の大戦以来、すっかり鬼退治役として扱われているアスランであるが、その当人はというと、このときばかりは珍しく息を切らすように戦っていた。
そんな彼は、もう再び突貫してくる〝レムレース〟を迎え撃とうとして、できなかった。戦闘がもつれ込もうというそのときになって、横合いからビームが飛んできたからだ。
それらのビームは〝ズゴック〟の進路を遮るように、あるいは〝レムレース〟を庇うように降り注ぐ。肝を冷やすほどの射線ではないが、このときのアスランを動揺させるには充分な一射。
またも闖入者か? 確認のためかぶりを上げると、緑、青、黒──三機の〝G〟が武装してこちらに飛んで来ている。成程、あれが噂に聞いている──
「〝アーモリー・ワン〟で強奪された機体か?」
息つく間もなく、またも容赦ないビーム砲が〝ズゴック〟へ放たれる。
両翼を広げた〝アビス〟の一斉掃射だ。幾つもの光の杭が撃ち込まれ、アスランは機体を強く推進させこれを回避。〝ズゴック〟は海を泳ぐように加速を行い、これらの射線に背くように免れてみせた。
だが、そうして避難した先に緑色の奇妙なポッドが浮かんでいる。蓋が開くようにそこから銃口が覗くと、ドラグーン! ──〝カオス〟のものだ。
「セカンドステージシリーズ……!」
戦中、自身が乗っていた〝
故あって彼は、事前に
「ええいッ」
思わず毒づくが、武装も既に把握済みだ。
不意打ち的に放たれた〝カオス〟のビームを、腕のシールドで難なく防御してみせる。
「冗談じゃないぜ! こんな所でドタバタと!」
「オマエらのせいかよ! ──〝
副長を倣って〝ファントムペイン〟が追いついたのだ。スティングとアウルはそれぞれ怒りに満ちた目で、彼らの故郷、地球を害さんとするテロリスト達を睨みつける。
「こ、こんなものが落ちたら、地球は……っ!」
クラゲのような凍った大地の巨大さに圧倒されながら、メーテルも動揺している。
「ステラ!」
スティングが叫び、駆け付けた〝カオス〟の機体がビームライフルを構える。
──照準は、ステラと交戦していた蟹みたいな
だが、撃ちかけたビームは易々と回避されて終わる。ステラと戦っていただけはある、凄まじい反応速度だ。
〈──みんな!?〉
通信回線を通してステラの声が聞こえる。
それを聞いたメーテルは安堵する。あの赤い蟹に手こずっていたようだが、怪我や損傷などはないみたいだ。そうして直後、通信回線から勇むアウルの声が響く。
「そぉら落ちろーっ!」
またも〝アビス〟がフルバーストを撃ちかける。狙われた〝赤蟹〟はまたしてもこれを躱すが、ソイツはそのタイミングをもって機首を転じると、再度としてステラ達に向かってくることはなかった。
──四機に合流されたら、流石に部が悪すぎる!
建て直しを図るように、アスランの機体は〝レムレース〟に背を向けて離脱していく。
アウルには、それが尻尾を撒いて逃げていく敗北者、臆病者の背に見えた。他ならぬ自分がヤツを追い払った──ステラでさえ、墜とすのに手こずっていた強敵を、だ!
「へへん!」
戦果にどやるアウルだが、息をつく暇はない。蟹が飛んでいった方向とはまったく別の角度から、新たなビームの砲撃が飛んできたからだ。
四機はパッと散開し、すかさず臨戦態勢を取る。
訓練された陣形。そこへ新たに飛来するのは、どうやら馴染みの連中らしい。赤い翼を広げた『合体ヤロー』の〝インパルス〟! そして〝アーモリー・ワン〟での『取りこぼし』──〝アリアドネ〟だ!
それを認めた、ディアッカが喜び勇む。
「──〝ミネルバ〟隊! 間に合ってくれたか!」
白と赤の〝ザク〟も一緒だ。
さらに視線を振った先に、スチールグレイの巨艦──
「〝ユニウスセブン〟、さらに降下角プラス一・五! 加速四パーセント!」
「エルスマン隊、ならびに
モニターを見つめながら、タリアは艦橋に響く報告を聞いている。
アンノウンとは、例の赤い機体のことだ。みずからを〝ターミナル〟所属機と自称していたらしいが……? 管制からの報告は続く。
「〝ボルテール〟から通信です! ジュール隊〝ザク〟ジュール機、中破により再出撃不能とのこと」
「ええぇっ!?」
焦りか驚きか、アーサーが声を上げた。が、それを信じがたいと感じたのはタリアも同じだ。
イザーク・ジュールといえば、先の戦争でも数々の死線をくぐり抜けたザフトの名パイロットだ。そんな彼が、たった一機のMSを前にそこまでしてやられた……? 震えた声で、その先をアーサーが口にする。
「ジュール隊長を破るなんて……! あの黒いモビルスーツは、いったい何なんですか!?」
「──〝
「……あっ」
「皆で決めたことでしょう? 物事には、適切な名を使わなくてはいけない」
タリアは果然として命じる。今〝ミネルバ〟のモニターが捉えているのは〝カオス〟〝ガイア〟〝アビス〟の三機であるが、それらの機体を操るパイロット達の長──
──そう、長だ。
強さといい振る舞いといい、明らかに『隊長格』と見て取れる例の黒い〝G〟の存在と名称を、現況の〝ミネルバ〟ではそう断定し、認知することにしたのだ。
「難しいな」
声を漏らしたのは、タリアの後方に坐すデュランダルだ。政府要人は自室に引っ込んでいろとタリアは釘を指したのだが、この男、議長としての特権云々を振りかざし、自身もブリッジに上がると云って譲らなかった。
「私は、
その機体の名を持ち出すこと自体、あれの所属を決定づけるのと同義である。
「──ですが」
「ああ、分かっている。あの機体──あれはまさに、噂に聞く大戦の亡霊に相違ない」
戦中、幾多の
「──我が艦のモビルスーツ各機、交戦状態に入りました」
「熱くなりすぎるなと、各パイロットに打電。敵は〝G〟だけではないのよ、あくまで工作隊の支援を優先させて! ──〝レムレース〟には、殊に気を付け!」
「はっ」
破砕作業は順調なのだろうか? タリアの頭は、先程からそればかりを気にしてしまう。
──急がなくては……!
全てが手遅れになり、地球が壊滅する前に。
因縁の対決、というべきか。先のデブリ戦から僅かしか経っていないように思えるのに、アトラ達は再び〝ファントムペイン〟との交戦状態に突入した。
(彼ら──ううん、彼女達は、何が目的なんだ……?)
今のアトラには、例の魔女達の意図を問う余裕などない。だが、自分達に課せられた『破砕作業支援』──その任において、これを邪魔する連中の介入は、決定的に邪魔だった。
〈さっきの蟹みたいなモビルスーツ、何だったんだろう?〉
横に並ぶ〝アリアドネ〟を駆るマユからの問いが、通信越しに聞こえてくる。
「何だろうね。エルスマン隊、工作隊と合流したようだけど……?」
入れ違った、という表現が適切だろう。
アトラ達が四機の許に駆けつけるのとほぼ同時に、その機体は機種を転じて戦線を離れたのだから。
……いや、共同戦線が張りたかったわけではない。
そもそも、素性もよく知らない者だ。
自分達の背を任せて共に戦うことなど、本来あってはならないことだ。
〈かに? かにって、何?〉
問いかけてきたのはルナマリアだ。生まれも育ちも〝プラント〟の彼女には、地球の海産物としても有名な蟹がいまいちピンと来ないらしい。
だが今は蟹について、詳しく説明している場合ではないだろう。
〈──来るぞ!〉
突発的なレイの警告で、アトラ達は散開する。
放たれたビームによる砲撃が、彼らの間を駆け抜けたのだ。
「うわ……っ!」
機体ごと旋回しながら、アトラは歯噛みした。生憎なことに、たった今自分達の間を抜けたビームは、彼らの前後両方向から放たれたのものだ。
──敵は、目の前の〝G〟部隊だけではない。
そのとき後方に位置していた〝ジン〟のビームカービンから斉射された光だ。彼らはもまた、手当たり次第に戦闘を吹っかけている。
「これでは……っ」
──あわよくば、ここで魔女達と決着をつけたかった。
逡巡するアトラを横目に、当の〝レムレース〟もまた〝ジン〟から砲撃を受けている。反撃に転じたステラは〝メフィスト=フェレス〟をパージし、飛び回る二挺のドラグーン・シールドが、抵抗する動きを見せた〝ジン〟の二機を一瞬で火達磨へと変える。
アトラもまた同じだ。命のやり取りを行う実戦でまで、
戦況はそうして、一気に混戦にもつれ込む。
レイの〝ザク〟が〝ジン〟部隊の対処と工作隊の支援に当たっている。一方で、ルナマリア機は〝ガイア〟と交錯するうち、かなり遠くの地点まで流されたようだ。
〝バクゥ〟のような
「こんのォ、ちょこまかと動き回って!」
ルナマリアは照準を付け直す。改めて〝オルトロス〟を放つが、やはりこれも地上の構造物を豪快にぶち抜くだけで、肝心の〝ガイア〟を捉えるには至らない。
──あれが……〝ガイア〟の性能か?
軽量軽装に裏付けられた高機動性は、やはり伊達ではない。
──でも、本当にそれだけか?
ルナマリアは、この一対一の戦闘に、妙な違和感を憶えていた。
(あいつ。さっきから、逃げ回るだけで)
先程から、形勢は一方的だった。ルナマリアが、ただ追うように射撃をするばかりで。
そのことに気付いた途端、彼女は思わず動きを止めて考え込んでしまう。──そう云えば、あいつが一度でも撃ち返してきたことはあったろうか……?
「────」
たしかな悪寒が、背筋をなぞる。
──いや、ない。
なかったのだ、ただの一度も。
「なに、を」
〝ガイア〟のパイロットは地表を走破し、ルナマリアの砲撃を回避することだけに専念している。パイロットは持てる能力と神経をそのことだけに全振りしている分、付け入る隙さえ、そこに見せてはくれない。
まさか、こちらのエネルギー切れを待っているとでもいうのか? たしかに〝ガナー〟の〝オルトロス〟はボコボコ乱射できるような砲戦装備ではないが、あまりに悠長すぎる戦い方だ。その前に自身が撃ち抜かれたらどうする? あるいはこちらを舐めているのか? いや、そんな気配もまた感じない。
「何のつもりよ、あのパイロット」
メーテル・リンクは、ステラがザフトより奪取した高性能機〝ガイア〟を託された少女である。けれども、そんな彼女はロドニアの
────はっきり云おう。そうした周囲からの評価は、間違ったものではない。
たしかにメーテルは、研究所内で実施されていた、あらゆる試験において最下位を記録したドベである。劣等生というのも──表現的には褒められたものではないが──やる方ないレッテルだ。
──でも。
このときのメーテルが駆る〝ガイア〟の機動は、まさしく電撃的だ。
これを一方的に狙撃するルナマリアの技量とて、決して半端なものではない。彼女が着用する『赤』という色は、ザフトにおいてそれほどに無価値ではない。けれども──
「私は、いつだって生き残ってきた」
──考えてもみれば、メーテルという兵士は本当に落ちこぼれで、本当に無能なのか?
どだい、ロドニアの研究所は狂っていた。遺伝子操作を忌み嫌うブルーコスモスが主導となり、非人道的な白衣の男達が方々から拉致してきたナチュラルの子ども達を改造する。苛酷な戦闘訓練を受けさせては、コーディネイターを殺す方法だけを徹底的に叩き込む。
──適応できない、ついていけない者は、容赦なく淘汰されてゆく。
たとえばナイフの腕を試すテストでは、錠がなされた閉鎖空間、
そういう意味では、いずれのテストにおいても、メーテルはそれを
(死ぬのは嫌、こわい)
そんなメーテルの恐怖感覚は、ロドニアの研究所にあっては〝異質〟と云えるレベルで、常識的だった。
(殺されるのも嫌、こわい……!)
──いつだって、出る杭は打たれるものだ。
メーテルは臆病で、小心者だ。周囲から向けられる期待と注目、そしてそれらに伴う嫉妬や悪意の力に、彼女の器は耐えられるようにできていなかった。だから彼女は、誰もが成績上位を狙って蹴落とし合う、あの狂った競走社会から身を引くことを選んだ。
──アウルよりも、勿論、スティングよりも。
本当は輝けるはずなのに、メーテルは彼らより常に下位に自分を置き続けた。それこそが唯一、彼女にとっての心と身を守る手段だったからだ。
けれども、だからと云って、手を抜きすぎてしまうのも問題だ。やり過ぎてしまえば最後、待っているのは落第による『廃棄処分』──〝死〟の末路だけだから。
「だから私は、死なない程度に頑張ってきた」
筆記も、戦技も、モビルスーツの操縦も──
最低限度、及第点を下回らないギリギリの合格ラインを狙い続けた。周りから『落ちこぼれ』と揶揄されるようになったのは、そうしたラインに身を落ち着けることに慣れた頃だ。ああ成程、たしかに万年ドベ保有者だった私は、
(でも、そうじゃないでしょ……?)
本当の落ちこぼれであったのなら、私は今頃、ここにはいない。
──生きてすらいない、という意味で。
過分も不足もなく、生きたまま
──その苦労と大変さを、皆は知らないだけ。
(ロドニアの研究所が潰されて、本当によかったと思う……)
それは、メーテルの独白だ。
──どうして、今になって思い出す?
──あの事件を主導したのは、どんな人だったのだろう?
きっと、あれを為した者は疑いなく英雄だ。競走と殺戮に塗れた地獄の日々からメーテルを解放してくれた、彼女にとっての救いの神様──
──少しだけ、その男性の姿を見た。
黒髪に細身の男性。サングラスをかけていて、顔までは分からなかった。
研究所に駐在していた白衣の悪魔達は、
彼はきっと、メーテルにとっての王子様。そして、広い意味での、
「救世主様だった」
そこからはしかし、ドタドタと絶え間ない
不幸だったのは、そうして恐怖に竦んだ彼女が、助かることに必死になって物陰に身を隠したこと。その物陰が偶然にも、後になってやってきた保護救助隊にも発見されなかったことだ。
『名簿によると、メーテル・リンクという名の少女だ』
『どこかに隠れているはずだ、探せ!』
震えながら物陰に隠れ、息さえ殺していたそのときは、彼らが〝良い者〟だと、名簿を確認しながら子ども達を解放して回っている善良な人達とは夢にも考えなかった。
────いや今になって思えば、良い者の癖してそんな風に声を荒げ回っていた彼等の対応も絶対に良くなかったとは思う。ただの女の子ひとり見つからないことで、そんなにも苛立つものか? あんな風に怒声を上げて名指しで捜索されれば、獲って喰われるのではないかと不安になるのが人情ではないか?
それでいて結局、黒髪の王子様がすぐ傍を通ったときも、喉は枯れ、体は震えて動けなかった。
(……そっか)
怖くて、出ていけなかった。動けなかった。
──そういう意味で、私はやっぱり、落ちこぼれだったのだろう。
自分を救ってくれた王子様の前でさえ、声を上げる勇気を、持ち合わせてはいなかったのだから。
「──でも」
メーテルはそこから、別の神様に出会った。
──金の髪を棚引かせる、今度は美しい女神様。
連合の士官に身柄を回収され、またも惨めな末路を辿るしかなかった私に、彼女は明るい未来をくれた。
──護ってあげる、と。
恐怖に打ち勝つ勇気を、彼女は私に与えてくれた。
「だから私も、あの
本当は、戦うのが怖い。
死ぬのは嫌だ。
誰かを死なせてしまうことも、本当は嫌だった。
──だから、これまでは戦うことから目を背け、逃げ回り続けてきた。
戦う勇気が、まだなくて。
戦う覚悟が、まだ決まらなかったから。
そんな自分に、さよならを。
「────!」
その瞬間に、メーテルは覚悟と共に顔を上げた。
その瞬間に、人型へ変形し、瞬時にビームサーベルを〝ガイア〟の機体が引き抜いた。
「!?」
対峙するルナマリアは凝然として、突如としてアクションを起こしたその機体に目を張った。
次の瞬間、地上を走っていたはずの〝ガイア〟が消えた。気付くと黒い機影が下方から瞬く間に突っ込んできて、その挙動のあまりの不気味さと凄絶さに、赤い〝ザク〟は完全に虚を突かれた。
「これから──っ!」
決意と共に、メーテルは叫んだ。
「貴方のことを、墜とします!」
黒い〝ガイア〟は瞬間移動みたいに赤い〝ザク〟までの距離を詰める。メーテルは〝
「あっ──!」
赤い〝ザク〟は
メーテルが刃を振り、突き立てられた灼熱の刃が、赤い〝ザク〟のコクピッドを貫く! ──ように思われたが、突如として割り込んできたビームシールドに、光の刃は弾かれて終わった。
「ルナマリア!」
「〝アリアドネ〟──マユ!?」
割り込んだのは〝アリアドネ〟だ。
マユの機体は〝ヴァジュラ〟よりも柄の長い
しかし、やはり〝ガイア〟は褒められた反応を見せ、一度退いては四足獣形態に変形し、間髪おかず三連装ビーム突撃砲をぶっ放してくる。マユとルナマリアはぎょっとして、パッと別方向に散開。まるで別人に操縦が切り替わったかのような攻撃性だ。
「なにあいつ。急に、動きが……!?」
──本気を出した、とでもいうのか?
今までも、しかし、舐められていたような気配は感じなかった。
──だとしたら、パイロットが何かに吹っ切れたとでも?
「よくも!」
マユは〝アリアドネ〟専用ウィザードから〝ハイドラ〟砲を掃射する。イザークの〝スラッシュザク〟搭載の武装と同じ、両肩上部のガトリング・ビーム砲だ。
乱射される光の粒が、四足の大地の獣を追いかける。
しかし、あの高い機動と技量でもって回避に徹する〝ガイア〟を捉えるのは至難の業だ。ガトリング斉射による幾百発もの弾丸を撃ちかけているはずが、その一発すら、地上を駆けずる〝獣〟を捉えるには至らない。
焦りと動揺が一瞬、マユの照準を甘くする。その間に〝ガイア〟は背面のビームブレイドを煌めかせ、地を蹴って凄絶に飛び上がる。またもルナマリアの〝ザク〟めがけて迫撃を仕掛けたのだ。
──させるか!
瞬時に頭を切り替え、マユは両腰部よりせり出させた
が、やはり〝ガイア〟は電撃的に回避し、今度は人型形態に変じながらビームライフルを撃ってきた。その動作の目まぐるしさとは裏腹に、照準は正確だ。マユ達は驚きながら、咄嗟にシールドを掲げて撃ち込まれたビームを凌ぐ。
「……強い!」
マユの口から、思わず賛嘆の声が漏れる。
変形機構を駆使しながらの動作など、ひとえにセンスとしか云いようがない。
「どうなってるのよ、〝
ルナマリアが恨み節を口にするが、気持ちは痛いほど分かる。
──とんでもない怪物が、ここに眠っていた……?
突如として醸し出される、強者らしい威圧感。それまではまるで感じなかったプレッシャーに、マユはひどい戦慄と焦燥を憶えたという。
各所で戦闘が続く中、方々に展開していた〝ゲイツ〟の工作隊が、設置したメテオブレイカーの起動に成功した。ドリルは勢いよく地を穿ち、確実に破砕作業を進めてゆく。
けれど、一基や二基のメテオブレイカーでは、この〝プラント〟の質量は砕けない。
それを理解しているからか、黒い〝ジン〟部隊は他のメテオブレイカーを運ぶ〝ゲイツ〟に襲い掛かろうとする。そうはさせじとビームを撃ったのはディアッカであり、その直掩をしているときに、赤い機体が正面から現れた。
「うおっ」
敵かと身構えたディアッカであるが、赤い機体は、例のアスラン機だ。
「どうしたアスラン? おまえも逃げ帰ってきたクチか?」
ひどい云われようであるが、アスランの機体は無傷であり、本人もピンピンしているように見える。
アスランはどうやら、別ポイントのメテオブレイカー設置を支援してきた直後のようだ。作業を終えた手ぶらの〝ゲイツ〟をぞろぞろ引率しているあたり、こと戦闘が起こり、その中で〝ゲイツ〟部隊を救ってやった後、といったところか。そうでなければ、今の彼にザフトの兵士が頭を垂れるはずはない。
「例の、ザフトの最新鋭艦──〝ミネルバ〟と云ったか? ──が、来てくれたからな……」
アスラン機のモノアイが、スイィーと滑って離れた宙域に横目で向けられる。つまり彼は、あそこで戦っている者達に〝後を任せて〟やってきたということだ。
「ほお……?」
その言葉を聞いて、ディアッカは奇妙な感覚に囚われた。
あるいはアスランは、割と早い段階で〝ミネルバ〟が増援に来たことに気付いていたのかも知れない。ミネルバ隊が自分の代わりに〝レムレース〟らと〝戦ってくれる〟と見越した上で、彼らと入れ違うような行動を取ったのではないか? そこまで計算していたのだとすれば、しばらく見ない間に、随分と策謀家的な狡猾さを身に着けたものだ。
以前までのアスランは、良くも悪くも戦士的で、絶対に自分の手でやらねば気が済まない、という風な気質だったのに? たとえ四機の〝G〟に取り囲まれようが、自分だけで無理を通そうとし──いや〝ジャスティス〟ならまだしも、目の前のへんちくりんな機体であの場を凌ぐのは、現実的にキツいものがあったのか。
そこまでを理解してやれて、しかし、それでも斜に構えることをやめられないのが、ディアッカという男の気質だった。
「それで? あのアスラン・ザラともあろう男が、あの怪物モビルスーツ群を若い後輩達に擦り付けてきた、と?」
「は、破砕作業の支援にきたんだ」
強がりながらも罰が悪そうな表情を見るに、本人もどこか自覚があるらしい。
とはいえ、そうした彼の采配で、ディアッカの工作隊が助かっているのも事実だ。イザークが抜けた穴はやはり大きく、今は二人で雑談を交わしているが、そうこうしている間にも、メテオブレイカーに襲い掛かる〝ジン〟は漏らさずに撃退している。
まったくもって、この男が隣にいれば負ける気がしない。不思議とそう感じ、頬が緩みかけてしまうディアッカであったが──いや、絶対にそれだけではないだろう。
──……そうだな。
我慢してきた分、そろそろ訊いてもいいだろうか。
「てか、マジで何なんだよ、その機体」
訊いちゃいけないかと思ったが、思い切ってディアッカは問うてみた。
アスランはぎょっとした後、真顔になって、そして答えなかった。
まあいいや、とぶっきらぼうにディアッカが吐き捨てたあと、それは起こった。
「──割れるぞ」
目下のメテオブレイカーが起動した直後、大地が烈しく鳴動した。凍った大地に巨大な亀裂が走っていき、分離した〝それ〟の向こう側に地球が覗く。
工作隊の甲斐あって、〝ユニウスセブンが〟真っ二つに割れたのだ。
アスランは郷愁の思いで、二つに分離した大地を見つめる。衝撃で散らばる岩塊を除けながら、誰もが事態に驚いたように一瞬──そう一瞬、行動を制止している。
「だが、まだまだだ……」
そう呟いだアスランの声に、ああ、とディアッカの応えが重なる。
「もっと、細かく砕かないと」