~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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 今話はスマートフォンアプリ『SDガンダム Gジェネレーション Eternal』にて配信中のスピンオフ作品『機動戦士ガンダムSEED Recollection』の内容を少しだけ含みます。

 未プレイの方でも読み進めるにあたって支障のない作りにしたつもりですが、劇場版以降公式様がSEEDを盛り上げているように感じるので、少しでも興味を持った方がいれば挑戦してみて下さい!(販促



『救世の主』C

 

 

 〝ユニウスセブン〟の高度は、着々と下がりつつある。

 先刻をもって真っ二つに裂けた氷の大地は、爆破の衝撃で生じた岩塊を撒き散らしながら、それでも地球に向かって落ちていくことを辞めない。

 ──であればやはり、更に細かく砕くしか、地球滅亡を回避する手立てはないようだ。

 レイ・ザ・バレルはそう判断し、彼の白い〝ザク〟もまた工作隊の戦闘支援に移行する。襲い掛かってくる黒い〝ジン〟をビーム突撃銃を射かけて撃破し、工作隊の活路を切り開く。

 

「戦闘はこちらに任せてくれ。そちらは破砕作業を急ぐんだ」

〈──グラディス隊か! すまない!〉

 

 工作隊によって設置されたメテオブレイカーが地を穿ち、分断された〝ユニウスセブン〟を、更に細かく破断する。

 レイは引き続き〝ジン〟部隊と交戦しながら、さっきから姿が見えない同僚達の機影を探した。

 

「アトラとルナマリアは何をやっている……?」

 

 磁場の乱れた〝ユニウスセブン〟では、僚機の位置を常に把握し続けるのは難しい。なお、この懸念の中にマユが含まれなかったのは、単純に彼女が新参クルーで、このときの彼の意識の外にいたためである。他意はない。

 

「アトラはアレか」

 

 レイが視線を巡らせると、アトラの〝インパルス〟もまた、工作隊を支援作業を行う最中のようだ。だが、このときアトラが交戦をしていたのは、なんと黒い〝ジン〟ではなかった。

 いや、他の〝ジン〟連中と同様に、ザフトの脱走兵──今回のテロ活動を画策した者の一人──ではあるのだろうが、フルアーマーカスタムが施された異形の〝ゲイツ〟だったのだ。イエローにカラーリングされた追加兵装(アサルトシュラウド)、メイン武装らしき三又の長矛(ビーム・トライデント)、何より特徴的なのは、一度放ったビームを通過させることでその出力を増幅させる得体の知れない筒状の新兵装か。

 それらの新装備や外見の豪華さ、パイロットの操縦技量の高さから判断する限り、ソイツはどう見ても『敵』のリーダー格であって、道理でアトラが手を焼くわけである。もしかしたら、今回のテロ首謀者の一人でさえあるのかも知れない……? 今さら言及するまでもないが、アレは間違いなく強敵だろう。

 

「〝ミネルバ〟はこれより大気圏内に突入し、限界までの艦主砲による対象の破砕を行います」

 

 ────やがて、タイムリミットは訪れた。タリアが毅然として、ソレを命じたのだ。

 高度は既に、各モビルスーツが地球の引力に惹かれて墜ちる寸前まで来ており、それは〝ミネルバ〟も同様だった。しかしながら、命令を下したタリアの目に映る〝ユニウスセブン〟は工作隊の尽力により、既にいくつかの破片に分解されるに至った。

 とはいうものの、その分解片のひとつでさえ、地球に落下してしまえば重大な脅威となる。だからこそ彼女は、それを更に粉砕するための作業続行を決したのだ。

 

「すまないな、タリア。ありがとう……」

 

 ────ギルバート・デュランダルは、そうして〝ミネルバ〟を去った。為政者としての立場を持つ彼は、彼の護衛と共に小型艇で〝ボルテール〟まで移乗していった。

 

「信号弾撃て。モビルスーツの回収後、〝タンホイザー〟起動! 降下シークエンスの準備も怠るな!」

 

 号を発したタリアは、そのとき〝ユニウスセブン〟の対岸に、似たような光弾が打ち上がるのを認める。

 どうやら考えることは同じらしい。〝ボギーワン〟もまた、ここに至ってはモビルスーツ隊に帰投を命じるようだ。〝カオス〟に〝アビス〟──そして〝アリアドネ〟と〝ザク〟と交戦状態にあった〝ガイア〟が信号に順じ、機体を翻して戦線を離脱していくのが見えた。

 

 

 

 

 

「おせーぞ、メーテル」

 

 信号を受けて撤退する三機の〝G〟──

 スティングとアウルが先行し、その脇から、遅れてメーテルが合流した形になった。

 見たところ、三機とも無傷である。

 アウルが吐き捨て、スティングは怪訝そうに云った。

 

「ずっと姿を見かけなかったが、どこにいた?」

 

 磁場が乱れた〝ユニウスセブン〟では、僚機の位置を常に把握し続けるのは難しい。だから、そんなメーテルがこれまで〝アリアドネ〟と赤い〝ザク〟を単騎で相手取っていたことなど、このときのスティング達は知る由もなかった。

 

「また、いつもみたいに逃げ回ってたんだろ? ラボに居たときから、お前は『落ちこぼれ(そーゆーヤツ)』だったからな!」

 

 会話を聞いていたアウルが、侮ったように吐き捨てる。アウル! とそれを受けたスティングが語気荒く彼を諫めようとするが、アウルの方は悪びれもなく鼻を鳴らすだけだ。

 だが、気を立てるようなことではなかった。これは彼ら同郷(ロドニア)の三人組の中で、今までに幾度となく交わされてきたやり取り、既に常套句的な応酬に成り下がっている。スティングは諦念したのか〝アビス〟から視線を外すと、フォローするように〝ガイア〟の方を向いて付け加える。

 

「アウルのことは気にするな、メーテル。生き残ることも、確かな実力の内だ」

「……うん」

「思えばお前は、昔から『そう』だったな。俺達とは方向性が違うが、何があっても絶対に生き残る──そういう奇妙なヤツだった」

 

 ロドニアの研究所で成績を競い合っていた時代。みずから動いて最高点を狙いにいくのがスティングとアウルなら、メーテルは最低点以上を望まない性だった。まあ試験官達に広くウケたのは、当然に前者だったわけであるが……。

 ──だが、今となってはどうでもいい。

 スティングは理解している。今の自分達はあくまで〝三人組〟として戦力に数えられており、隊の上位者であるステラが直々にメーテルを引き入れた以上、そこに自分達が異を差し挟む権限などないということを。スティングが本当に我を通したいのであれば──内心では役に立たないと思っている(・・・・・・・・・・・・・・・・・)『落ちこぼれ』を隊から排除したいのであれば──直属の〝上〟に実力で勝ってからでなければ示しがつかず、そして、きっと無理だろう。

 

「なあ、スティング」

「あん?」

 

 腹黒い思考に浸っていたスティングを呼び戻したのは、アウルの一声だった。戦線を離れてゆく航路の中で、〝アビス〟の双眼がぐるぐると何かを探している。

 

「ステラのやつ、どこ行った?」

 

 〝ガーティ・ルー〟まで翻る隊の中に、彼女の機影はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 〝ボルテール〟と〝ルソー〟からも帰還信号が打ち上げられ、ザフトのモビルスーツ各機が撤退を開始する。

 ──既に、限界点は目前だ。

 帰還信号に遅れて、マユの手許にレーザー通信が入ってきた。彼女の新たな──臨時ではあるが──配属先である〝ミネルバ〟は、艦主砲による破砕作業を続けるというのだ。

 

(地球に降下するんだ、〝ミネルバ〟……!)

 

 ──これが、タリア・グラディス……!

 蛮勇とも云える女性艦長の決定に驚くマユであるが、しかし、彼女にとっても有難い決断だ。地上への被害が、それで少しでも抑えられるのであれば──

 この電文に説得され、後を押されるような形で、ジュール隊にエルスマン隊の作業班も、作業を諦め離脱していく。

 グラディス隊も、それに続いた。レイやルナマリアの〝ザク〟が〝ユニウスセブン〟に背を向け、一方でアトラの〝インパルス〟は交戦していた〝ゲイツ〟を単騎撃破した後、それによって受けた軽微な損傷を大事にとって〝ミネルバ〟へ帰還したと報告を受けている。……たしかに〝インパルス〟は単機での大気圏突入も可能な機種なようだが、機体がダメージを負っている中でそのリスクを背負おうとするほどに、アトラも命知らずではないということだろう。

 翼が閉じられた機体の中から、マユは忸怩たる思いで、地球へと迫る〝ユニウスセブン〟を見下ろした。

 容赦も、慈悲もない。隕石というには巨大すぎる人間の悪意と害意そのものが、今に朱く染まって、地球を圧し潰そうとしているかのように見えた。

 

「──〝ユニウスセブン〟……!」

 

 ステラの生家は、今もそこに在るのだとラクスに聞かされたことがある。

 マユと同じだ。ステラの母は戦争に巻き込まれて命を落とし、他ならぬステラ自身も運命を狂わされた。数多の無辜にとって悲劇の場所を──テロリスト達は更なる惨劇を招くために犯し、利用したのだ。マユには、それが何よりも許せなかった。

 

「戦争で亡くなった人々の墓碑を、神聖な場所を……! こんなことのために使うなんて……っ」

 

 先の大戦で、自身に道を示してくれた、ふたりの姉貴分。

 ──ステラのように人々を護る〝盾〟となり、政治の世界で戦うラクスの〝剣〟となる……。

 そのような誓いを旨に、私は〝力〟を手に入れた。……手に入れたと、思っていたが。

 

「私、何もできなかった」

 

 終始、闖入してきた『敵』の強さに圧倒され、翻弄されていただけで。

 

「結局、何も止められなかった……!」

 

 深い悔恨と喪失感に項垂れながら、しかし、タイムリミットは迫っていた。

 性能的には〝インパルス〟とほぼ同等のスペックを持つ〝アリアドネ〟であれば、やはり単独での大気圏突入は可能だろう。だが、既に命令に背く理由はなく、そしてまた、彼女という個人が今に何かをやったところで、変えられるものもきっとないのだろう……。

 だから彼女は、今度こそ目の前の事態に見切りを付けようとした。〝アリアドネ〟の機首を転じさせ、それこそがザフトの軍人としての合理的な判断というものだった。

 

「……えっ?」

 

 次の瞬間、残された巨大な破片の上で、動いた何かを見るまでは。

 

「あの機体」

 

 マユの口から言葉が漏れる。驚いてモニターを見直し、そこに設置されたメテオブレイカー周辺を拡大すると、残って起動作業を続けている赤い機影を見つけたのだ。

 ──蟹みたいな……!

 そして、それ以上は照会する必要すらなかった。照会したところでデータとして何も出て来なかっただろうというのが真実だが、アレはこの場において、余りに異彩を放つ存在(イレギュラー)だったから。

 

「何をやっているんですっ!」

 

 マユは反射的に機体を降下させ、赤い機体の腕部へ触れて呼びかけた。通信回線が分からないので、接触回線を用いるしかなかった。

 

「帰還命令が出たでしょう! ──っと、来たのはあなた一人でしたっけ……」

 

 勢いで怒鳴ったが、思わず尻すぼみになる。そう云えば、マユは目の前の機体について一切を知らないのだ、そのパイロットの素性も含めて。

 ──でも、その目的だけは分かっている。

 触れた接触回線から、男性の声が帰ってくる。この奇妙な闖入者が誰なのか、マユも勿論興味は持っていたが、彼女にとっては聞き憶えのない声だった。

 

〈きみは?〉

「ザフトの者ですが、云ってる場合ですか!」

 

 そしてまた、マユは怒鳴る。

 

「兎に角、突入限界点はもうすぐです! 他のモビルスーツが離脱し始めたの、見てなかったってことはないでしょう?」

〈ああ、見ていたさ。きみのその心遣いにも感謝はするが──だからこそ、きみは早く戻れ!〉

「燃えるんですよ?」

 

 マユは唖然として叫んだ。

 目の前の……新型──でいいのだろうか? ──も、たしかに相応のスペックを持つ機種のようだ。だが、それにしたってセカンドステージシリーズ程とは思えない。けれども、男性は黙々と作業を続けようとする。

 

新造戦艦(ミネルバ)の艦主砲と云っても、外からの攻撃では確実とは云えない。これだけでも……っ〉

「────」

 

 男性の声音には焦りがあって、しかし、それ以上に真摯な響きがあった。

 たしかにマユ達は今、視認できる中で最も巨大な地盤な上に立っている。〝ジン〟や〝レムレース〟の介入──現場の混乱によって、ザフトの破砕作業が著しく滞ったポイントなのだろう。

 

 ──だからこそ、このメテオブレイカーだけでも起動させなければ……!

 

 大気との摩擦熱で、燃焼し尽くされる質量にも限度がある。これだけの規模の地盤が、その質量を残したまま墜落してしまえば、地上への被害も看過できないほどに大きくなる。

 リスクは相応に大きい。だが、賭けてみる価値は確かにあった。この向こう知ずな男性は、それによって為せるかもしれないリターンに、己の命すら賭けることを選んだのだ。

 だからマユも心を決める。次の瞬間から〝アリアドネ〟はその機体──〝ズゴック〟──と肩を並べ、メテオブレイカーの設置作業を手伝い始めた。隣り合う肩の接触回線から男性の当惑の声が返ってきたが、マユはあえて聞かなかった振りをした。

 

「じゃあ教えて下さい」

〈……何を?〉

「貴方の、お名前です」

〈──それは重要か?〉

 

 先程の意趣返しのつもりだろうか。云ってる場合かと暗に返されるマユであったが、彼女はそれだけの価値を見出していた。

 自己犠牲──と傍から評して良いかは分からないが、兎角、男性の行為にはそれだけの尊さと勇敢さがある。かたや見切りを付けた自分に対して、彼は最後まで諦めなかった。いったい何が彼をここまでさせるのか? その動機と人物像に、このときのマユは強い興味を持ったのだ。もっとも、逼迫した状況だけに、緊張をほぐす雑談的な意図もあったのは否定しないが。

 

〈アレックス・ディノ〉

 

 やはり聞いたことのない名前だったので、残念に思う部分がなかったと云えば嘘だったが。

 

〈──いや〉

 

 何らかの葛藤があるのだろう。

 思い悩んだ末に、その人物──アレックスは自身の名を、存在を否定する。

 

〈……アスラン・ザラだ〉

 

 その名を理解した途端、マユの目が見開かれた。

 そして同時に、目の前のその人物が、ここまで躍起になった理由にも合点がいったという。

 ──ザラ……?

 だって、その名は。

 ということは、この人は──!?

 そのとき、コクピッドにアラートが鳴り響き、マユの思考を現実に引き戻す。驚いて上空を仰ぐと、やはり黒い〝ジン〟の大部隊が、こちらに武装を構えながら降り掛かってきていた。

 

「嘘!?」

 

 マユは驚嘆の声を上げる。云うまでもないが〝ジン〟は旧式だ、アレに大気圏を突破するスペックはない。だから彼らも、既にこの戦線を離れたものだと考えていたのに──?

 それこそが常識的な判断で、しかし、テロを企てる者の思考に端からそんなものは期待すべきではないのか? 目的のためなら命すら賭ける。同列で同等の、見事なまでの決死の覚悟だ。

 

〈──我が娘のこの墓標、落として焼かねば世界は変わらぬ!〉

 

 その内容と剣幕にハッとしながらも、マユは応戦し、機体から光刃(ビームジャベリン)を抜き放った。

 

 

 

 

 

 

 少女に名を訊ねられたとき、アスランは嘘を吐くこともできた。

 ──アレックス・ディノ。

 ──それが、今のアスランが、公に名乗るための偽名。

 戦後にかけて、彼が偽名を用いてきたのにも理由がある。そしてその理由こそ、目の前で叫びを挙げる者達の存在だった。

 

〈我らは亡きザラ閣下の理想を実現する者! パトリック・ザラ、万歳ーッ!〉

 

 見るに、腕も足も欠損しているその〝ジン〟はしかし、武装すらまともに構えられない状態に拘わらず、一直線にこちらへ向かってくる。迎撃に飛び上がった〝アリアドネ〟も、そればかりは対応に困ったらしい。

 だが、その優しさ、躊躇いこそが命取りだ。件の〝ジン〟は隙を見て至近距離まで肉薄するや、〝アリアドネ〟の懐で壮絶なる自爆を遂げてみせた。爆撃をまともに喰らった〝アリアドネ〟が吹き飛ばされて宙を舞う。それを見たアスランの顔色も変わった。

 

「くそっ……!」

 

 戦後において、パトリック・ザラの信奉者達は数々の事件を巻き起こしてきた。ナチュラルとの融和を認めず、戦争の続行を画策し続けようとしたのだ。

 ──彼らに云わせれば、それこそが父、パトリック・ザラの『遺志』らしい。

 たしかに生前の父は、ナチュラルとの融和政策を拒絶していた。だが父は息を引き取る寸前になって、そうした彼自身の来し方に誤りがあったことを認めたのだ。

 ──嗚呼。その局面に、俺もいた……!

 だから、アスラン自身もそのときに心を改めた。にも拘わらず、彼らは勝手に父の名を利用し、このような蛮行と愚行に及んでいる。

 ──このような者達のために、『ザラ』の名は危険視された!

 平和を迎え入れた現代において、ソレは殆ど戦争の再開を目論む狂人達の代名詞のように扱われた。真っ当で善良な倫理観を持っている無辜からすれば、怨恨と憎悪と向けるべき戦争犯罪者を示す言葉として『ザラ』の名は貶められたのだ。

 

(……それでも……!)

 

 ザラの名を持って生まれたアスランにとって、この〝ユニウスセブン〟は故郷だった。

 ──とうに喪われた、家族との思い出が詰まったこの土地で。

 そのような理由のために、アスランは自分の名を、自身の存在を偽りたくはなかった。

 

〈ここで無残に散った命の嘆きを忘れ……! 撃った者らと、なぜ偽りの世界で笑うか、貴様らは!?〉

「〝アリアドネ〟のパイロット! 無事か!?」

〈軟弱なクラインの後継者共に騙され、ザフトは変わってしまった……!〉

「──ええいっ、接触回線でなければ……!」

 

 敵部隊のリーダー格、サトーは尚も恨み節を吐き出している。

 アスランは〝ズゴック〟の機体を上昇させた。サトー機と切り結び、それによって声が響く。

 

〈なぜ気付かぬか! 我らコーディネイターにとって、パトリック・ザラの取った道こそが、唯一正しきものと!〉

「だからと云って、この地を侵す権利がお前達にあるのか!」

 

 恨み節を聞き止めるアスランであったが、しかし今の彼に、その糾弾は全くもって響かない。

 

「〝アリアドネ〟! 態勢を立て直せ!」

 

 浮上したアスランの放つ重粒子線(ビーム)砲が、横合いから重斬刀で斬りかかってきた〝ジン〟の一機を叩き落す。続けざまアイアンネイルを赤熱化させ、一陣の風のように〝ズゴック〟が〝ジン〟の二機を破断する。

 通信は繋がってはいなかったが、意図は伝わったらしい。吹き飛ばされた〝アリアドネ〟は姿勢制御を行った後、体勢を立て直し、もうふたたび迎撃の構えを取った。

 〝アリアドネ〟が持つ対近接防御用の光槍(デファイアント)が、黒い〝ジン〟のもう一機を貫く。そして、この攻撃には躊躇いがなかった。やらなければやられる、その摂理を先の自爆攻撃で思い知ったらしい。

 断固としてメテオブレイカーを守る構えを取った〝アリアドネ〟だが、敵部隊の頭数は思っていたよりも多いようだ。数にして一〇を越え、たった二人で、凌ぎ切れるだろうか──?

 

〈今に閣下の意志を継ぐ者が世界を変える!〉

「意志を継ぐ者……!?」

〈その名は……『アスラン・ザラ』!〉

「何を云っている!? アスランは俺だ!」

 

 訴えかけた次の瞬間、叫びを挙げた男の〝ジン〟が、頭上からのビームに頭部を抜かれて爆散した。アスランでも〝アリアドネ〟でもない。その攻撃は死角から、全くの別方向から放たれた。

 

「──〝レムレース〟……!?」

 

 上空を仰げば、亡霊的なモビルスーツが〝ユニウスセブン〟に残っていた。邪悪な紅眼を揺らし、こちらを一瞥した後、やはり襲い掛かってくる。

 二挺のシールド・ドラグーンが使役(パージ)され、特殊砲塔による全方位(オールレンジ)攻撃が状況を荒らす。多勢であったはずの黒い〝ジン〟は片端から撃ち抜かれ、砲火は〝ズゴック〟にも光条を散らしたが、直撃を受けるアスランではない。いや、それよりも気になることがある。

 

「なぜ残った!? ──いや、あの戦い方は」

 

 その戦い方に、どこか見憶えがある──?

 だが思慮している間もなく、電撃めいた機動の〝レムレース〟が、今度は〝ズゴック〟めがけてビームサーヴァーを抜き放って突っ込んでくる。

 迎え撃とうと構えを取ったとき、その射線上へ、白銀の〝アリアドネ〟が割り込んだ。

 

 

 

 

 

 局地防衛戦での運用を想定した〝アリアドネ〟のシールドは堅牢だ。雷速的な〝レムレース〟の突撃と推力を真っ向から受け止めてなお、その機体は宙を流れるだけに留まり、その攻撃を完璧に無効化してみせた。

 一撃離脱を目的とした突貫攻撃。だが裏を返せば、それは向こうから絶対に一度は近づいてきてくれるということ。

 だからマユは〝ズゴック〟の前に割って入り、〝アリアドネ〟と〝レムレース〟が衝突するのと同時に、四肢を回して敵機へと組み付いた。〝レムレース〟は本来の攻撃目標だったはずの〝ズゴック〟を離れ、白と黒の二機の機影が、組み合いながら宙へ大きく流れる形になる。

 

「やっと」

 

 マユの口から、歓喜の声が漏れる。

 それは戦場にはおおよそ似つかわしくない、勝気で無邪気な歓喜だった。

 

「やっと捕まえた──!」

 

 この瞬間こそが、マユの狙いだ。この邪悪な機体の中に隠れているであろう、あの人を捕まえた!

 ──人違いとは云わせない!

 確信を胸に、マユは接触回線から呼びかけた。

 

 

 

 

 

 

 ステラは〝アリアドネ〟を振りほどこうともがいたが、敵の捕縛は思っている以上に強固だった。モビルスーツは人体の形を模しているから、関節を極められてしまえば簡単に抜け出すことができないのも道理ではあるが、それにしたって、先の一瞬でこうも完璧に極められるとは考えてもいなかった。

 ──だが、脱出の方法なら幾らでもある。

 たとえば、本体から分離できるドラグーンだ。完全に無線化されたオールレンジ兵装を駆使すれば、この〝白いの〟を引き剥がすには充分だろう。そして、このときのステラがそれをしなかったのは、やはり接触回線から少女の声が響き渡ってきたからだ。

 

〈やっぱり、やっぱりステラお姉ちゃんだ!〉

 

 モニターに映り込んでくるザフトの赤いパイロット・スーツ。

 その主は、以前〝アーモリーワン〟に潜入したときに出逢った少女だった。

 しかし、ステラには分からない。彼女の中には、それと関わったらしい記憶がないから。

 

「何だ、おまえは……!?」

〈……! 記憶がないの……? やっぱり、連合に何かされたんだね!? また!〉

「──また……?」

 

 無遠慮な通信は、ステラにとって不可解な言葉ばかりを投げつけてくる。一方のマユとしても、ステラが記憶を弄られている(・・・・・・)可能性は最初から疑っていた。

 戦時中、自分に対して絶対に帰ってくると約束した人が、他人を見るような目を自分に向けてくる筈がない。彼女が地球連合に復隊している事実も不自然だし、何より、黒いモビルスーツは選りにも選って〝レムレース〟なのだ。彼女がその存在を否定し、死闘を演じた敵機体に乗り込むことに何の疑念も持たなかった時点で、それは生来のステラの振る舞いではないだろう。

 記憶を失くしているか、あるいは何らかの操作によって違えられているか。マユはこの機を逃さない。たとえ一方的な形になろうと、言葉を投げつけ続ける。

 

〈そのモビルスーツが〝クレイドル〟にそっくりなのも納得がいった! だって、あなたがパイロットなら!〉

「この子は〝レムレース〟だ! たしかにヘンな渾名で──〝黒い揺籃(ネロ=クレイドル)〟なんて陰口を叩かれたりもしたけど……!」

 

 まあ、分かる話かも知れなかった。

 地球連合から見た〝クレイドル〟は、核攻撃を阻止しまくった最大の怨敵だ。軍の資金と技術の粋を注ぎ込んで開発した新型が、しかし〝ソイツに似てしまった(・・・・・・・・・・)〟などという皮肉は、どう考えても藪蛇の所業であり、関係者の誰もが心の底でうっすら感じてたとしても、やはり軽々しく話題に出す気にはならなかったろう。

 このときのマユは怒り心頭だったが、それを聞いて、それほどに滑稽な余談があるのかと思ってしまった。だから彼女は、呆れの感情も含めて云った。

 

〈その〝クレイドル〟のパイロットだった人が、何を云ってるの!〉

 

 その痛烈な批判は、ステラに対して一定以上の刺激と衝撃を与えたという。

 ────このときのステラ本人は知る由もないが、彼女がロード・ジブリールより受けている生体措置は、ネオ・ロアノークに実施された『記憶操作』と同一のものだ。

 端的に云えば、偽りの記憶。誕生日、血液型、出身──生まれ育った故郷のうらぶれた風景から、これまでに送ってきた壮絶な人生の経歴。それら全てが〝現実的〟と思えるほどの質量を持った状態で、記憶の中に植えつけられている。

 ────だからこそ、このときのステラが感じている過去というのは、マユの指摘と酷く乖離したものなのだ。

 たとえば彼女の記憶上では、彼女はネオと同じ大西洋連邦(ノースルバ)の出身である。貧民街の孤児だった彼女は幼馴染のネオこそが親代わりで、その彼が軍に入ったから後を追った。今の彼女が何よりも信を置く自身の高い戦闘力──これもまた、彼女が前大戦から大西洋連邦の先鋭(クルセイダー)として戦場に身を置き続けてこそ、死線によって築き上げられた不動の力の筈なのだ。

 けれども、目の前の少女は、そんなステラの過去を真っ向から否定する。その記憶の重たさを、決して紛い物とは思えない質量を持った彼女の体験談を、空虚なものだと一蹴する。その無礼千万の行いを、ステラが批判することは、しかし許されなかった。

 

(……頭が……!)

 

 言葉にならない。

 ──頭が痛い。

 どうして、こんなにも苛立たしいのか。

 ──〝ユニウスセブン〟を見たときから。

 この苛立ちは、一向に止まらない。

 

〈どうして──〉

 

 目の前の少女は、彼女の疑念の核心を(つつ)くような言葉を続ける。

 

〈どうして貴方は、〝ユニウスセブン〟に残ったの? あの青い(ふね)から出された信号弾は、貴方だって見ていたんでしょう……っ?〉

 

 青い艦──〝ガーティ・ルー〟のことか。

 ステラの母艦であるが、その名をマユは知らない。

 だが、彼女が云わんとしていることは確かに正しい。ステラが〝ガーティ・ルー〟から出された帰還信号を、感情の下に無視したのも事実だった。

 

〈その理由が、私にはさっき分かった。この場所を他人に穢されるのが、どうしても嫌だったからだ! あそこにいる人と同じように(・・・・・・・・・・・・・)、自分には何ができるだろうって、堪らなく苦しんでいたからだ!〉

「あの蟹が……?」

 

 マユはこちらの様子を伺うことにしたらしい──今は残されたサトー機と戦っている──〝ズゴック〟を示唆しながら云った。

 ──嗚呼、この会話内容が、あの人に聞かれていることはないんだろう。

 いや、仮に聞かせてやれる(・・・)のであれば、それほどに早い話もないのか。だが生憎、マユはあの機体の通信コードを知らない。

 

〈似た者同士だった。でも、それも当然だった! 貴方達はきっと二人とも、この土地に縁を持って生まれ育ったんだから〉

「────」

〈ねえ、そうでしょう? ステラお姉ちゃん──ううん、ステラ(・・・)ザラ(・・)!〉

 

 少女は確信を持って、ステラの真の名を呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 朱色を帯び始めた〝ユニウスセブン〟の上空で、〝ズゴック〟と〝ジン〟の戦闘は続いている。

 

〈我らのこの思い、今度こそナチュラル共にィィィ!〉

 

 二機のモビルスーツが交錯し、刀と爪、それぞれの格闘兵装が目の前の敵を屠るために振るわれた。

 それによって決着がつき、勝者となったのは〝ズゴック〟である。

 だが──敗北者(アンダードッグ)にも意地がある。

 

「!?」

 

 上肢と下肢を爪によって分断されたサトー機であっても、残ったスラスターを使えば、地上に設置された目下のメテオブレイカーに特攻する程度は可能だ。

 

「しまった!」

 

 摩擦熱によって瓦解寸前の〝ジン〟が、いまだ起動していないメテオブレイカーめがけて墜落していく。最早パイロットの声は聞こえない。だがこのときのアスランは、彼にそれを許してしまったのだ。

 爆散中の〝ジン〟の機体片が、メテオブレイカーに叩きつけられる。

 だが、予期していたような悲劇にはならなかった。寧ろ、その衝撃によってメテオブレイカーのスイッチが起動し、巨大なドリルが〝ユニウスセブン〟の地表深くへ堀り進められてゆく。

 

「起動できたのか──うわっ!?」

 

 瞬間、待ち望んだ結末が訪れる。大地が鳴動し、思わず息を詰まらせたアスランの目下で、巨大な亀裂が地盤を粉砕させた。

 だが、その反動で岩塊がそこら中に撒き散らされる。そのひとつが〝ズゴック〟の機体にぶつかったのだ。

 ──目的を達した以上、これ以上長居する理由はない……!

 アスランはそう判断したが、気掛かりなのは〝アリアドネ〟のパイロットである。ついさっき自分を庇って(・・・・・・)〝レムレース〟の突進を受けた後、慣性に従ったまま、今も二機で取っ組み合いを続けているように見える。

 ──なかなか、活きのいいパイロットだった。

 残って自分を手伝おうなどという行いは、それはそれで向こう見ずなヤツだと思ったが。しかしながら、そんな彼女に助けられたのも事実だ。好感とまでは云わずとも、それに近しいものを、アスランは少ないやりとりの中で〝アリアドネ〟のパイロット──ザフトの少女だった──に感じていた。

 

「岩塊が! ええい、くそッ……!」

 

 しかし、そんな彼の進路を、まだ名も聞いてない少女の救援の道を、今さっき破断された〝ユニウスセブン〟の無数の破片が閉鎖する。

 次の瞬間に〝ズゴック〟の機体が、ガクン! と揺れた。

 アスランは青ざめ、ハッとする。

 ついに重力の(あぎと)、地球の引力に捕まったのだ。この〝ズゴック〟の推力では、この地球の引力からバーニアの力で上昇し切ることはできない──!

 

 

 

 

 

 

 灼熱し始めた〝ユニウスセブン〟全体を視認できる位置に、〝ミネルバ〟は降下している。

 既に艦前方、陽電子破城砲〝タンホイザー〟の発射準備は整っている。

 艦橋にて、メイリンが報告の声を上げた。

 

「〝ユニウスセブン〟、さらに分解されました!」

「最後のメテオブレイカーを起動させた……!? マユ・アスカの〝アリアドネ〟か!」

 

 よくやってくれたと、アーサーが感嘆したように云う。

 しかし、その表情とは裏腹に、操舵士のマリクは危ぶんだ声を上げる。

 

「降下シークエンス、間もなくフェイズ・スリーに移行します!」

 

 報告を受け、タリアは歯ぎしりした。

 今の〝ミネルバ〟の艦体もまた、しっかりと地球の引力に捕まってしまっている。降下シークエンスは第二段階(フェイズ・ツー)へ移行し、ここまで来たらモビルスーツの収容も不可能だ。今〝ミネルバ〟のハッチを開けば、大気の高温で内部を焼かれ、艦そのものが摩擦熱で爆散する危険さえある。

 アーサーは焦ったようにメイリンをせっつく。

 

「収容が不可能なら、せめて〝ミネルバ〟の甲板に着艦するよう〝アリアドネ〟に通信を出すんだよ! 距離があるほど突入角がズレ過ぎる……このままでは降下地点で(はぐ)れてしまうぞ!」

「試してます! でも、さっきから擦過音(ノイズ)ばかりで……ッ」

「──機体の位置特定は!?」

 

 被せるように、タリアが訊ねた。

 

「それも分かりません! 岩塊が多すぎます!」

「砲を撃つにも限界です、艦長!」

 

 火器管制担当のチェンが声を荒げた。

 

「特定できねば、巻き込みかねません! それは──」

 

 自分達の手で、仲間を撃つことを意味している。

 ──闇雲に陽電子砲を射かけた先に彼女がいれば、決して無事では済まないのだ。

 だが、タリアは振り切るように顔を上げた。

 

「〝ユニウスセブン〟の落下阻止は、たとえ何があってもやり遂げなければならない任務だわ……!」

 

 むしろ自分に言い聞かせるような口調でもって、タリアは告げる。より大勢の命を救うため、目の前の命に見切りを付けなければならない場合は往々にあるものだ。しかし……

 ──やはり、逡巡がなかったと云えば嘘になる。

 マユの取った行動は、事後的に云えば、タリアの出した帰還命令に対する背反だ。状況が状況だけに独断専行と一概に非難できるものでもないが、しかし、その気持ちに理解を示すことはできた。結果として、その命令違反によって最後のメテオブレイカーを起動させることはできたのだから。

 ──マユ・アスカはみずからの命の危険を顧みず、〝ユニウスセブン〟の破砕作業を続行することを望んだ。

 少なくとも、タリアから見れば、そのように受け取ることもできる……。

 

『私は、彼女に期待してしまうんだ。あのマユ・アスカという少女に課せられた──数奇なる運命にね』

 

 そう嘯いたデュランダルの声が、脳裏に蘇る。

 あの男は、どういうわけかマユ・アスカの将来に捻くれた期待をかけている。

 ──いや、違うか。

 初めは何ひとつ期待していなかったからこそ、彼は彼の予想を越えて現れた少女の可能性に、ひどく学術的な興味を寄せたのだ。

 ──実力以上の運命を、あの男に期待させるほどの〝力〟……。

 それは語彙として、何と表現して良いのか分からない。ただ、それを云うならタリアも〝悪運が強い〟女を自負しており──なればこそ、私もまたマユ・アスカの悪運の強さとやらを信じ、彼女の尊き選択に乗っからせてもらう。

 

(あの娘が、こんな所で果てる器ならば──)

 

 ──ギルバートの人を見る目が、なかっただけということ。

 しかしながら、かつて己の愛した男の目が、節穴だとは信じたくもないタリアであった。

 

「〝タンホイザー〟起動! ──照準、右舷前方、構造体!」

 

 陽電子砲が向けられたのは右舷側──左舷ではない(・・・・・・)

 ──そしてやはり、彼女は悪運の強い女らしい。

 何故なら右舷側(そちら)は、〝アリアドネ〟の居ない方(・・・・)対象物(ユニウスセブン)だったから。

 

「──撃て!」

 

 

 

 

 

 

 赤色の奔流が〝ユニウスセブン〟の欠片をぶち抜いた。衝撃で四散する欠片はタリアの読み通り、大気との摩擦熱により、その多くが燃焼し尽くされていく。

 ──だが、やはり無被害というわけにもいかない……。

 その規格の大きさゆえに大気を突破し、地上へと確実に落ちていく破片も視認できる。──アレばかりは、既にこちらもどうにもできない。

 そんなとき、管制のメイリンがとても上ずった声を上げた。

 

「ア──〝タンホイザー〟の着弾地点付近より、モビルスーツの反応を確認!」

 

 その報告を聞いて、一同はぎょっとした。

 タリアですら例外ではない。

 選りにも選って、(くじ)の当たりを引いたと思ったのだ。

 

「いえ……。でも、これは──っ?」

「何なの!?」

「え、映像、出せます!」

 

 メイリンがモニターの電源を入れると、そこに〝タンホイザー〟着弾地点の映像が照らし出された。様々に砕け散り、融け落ちたりしている岩塊──その中から、しかし、颯爽とした航跡を残す機影を見つける。

 それは見慣れない形状だが、真紅色(クリムゾン)のボディをしていた。そのベースカラーからして、タリアの中では大当たりを引いたわけではないことが分かる。

 

「〝アリアドネ〟じゃ、ないわね」

「例の、〝ターミナル〟所属機でしょうか? 細かくは見えませんが……」

 

 陽電子砲の着弾で巻き起こったガスや粉塵の影響だろう、映像はとてつもなく解像度が低い。

 しかしながら、航跡を残しているのは人型のモビルスーツではなさそうだ。その形状からして一種の輸送機か、あるいは航空機のようにも見て取れる。

 ──いや……。

 地球の引力から振り切れる程の推力を、ただの輸送機や航空機が持ち合わせているはずがない。

 ──であれば、モビルアーマー?

 双胴型の見慣れない真紅色の機体。しかしながら、あのような機体は見かけなかったはずだが。

 

「──あんな機体でしたっけ、艦長?」

「…………」

「あ、離脱していっちゃいます」

 

 モビルアーマーは宇宙の彼方へ消えていく。

 そうメイリンが報告した後、艦は第三段階(フェイズ・スリー)の降下シークエンスに入った。そこからはノイズが干渉し、モニターの映像は途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 ステラの〝レムレース〟は制御を失い、地球に向けて真っ逆さまに落ちていく。

 それは、マユが彼女の名前を口にしたのが原因だった。途端に映像先のステラは、頭痛を訴えるような素振りを見せ、それに倣うように〝レムレース〟も姿勢制御を失った。今は糸の切れた傀儡のように、頭から地球へと直滑降で堕ちていく。

 

「ステラお姉ちゃん!」

 

 マユが叫ぶが、やはり、その声は届いてもいなさそうだ。

 焦る彼女の耳に、そのとき辛うじて〝ミネルバ〟からの音声通信が入ってくる。

 

〈戻……れ……アリ…ドネ……! このまま……降下……点……が……ッ!〉

 

 マユはそれを聞いて、瞬時に状況を理解した。上官達は単独で墜落中の〝アリアドネ〟の突入角の差異──降下地点のズレによる、実質的な『遭難』の問題を危惧しているのだ。

 マユはハッとして視線を後方へ向けた。先程までは見えなかった筈だが、〝タンホイザー〟による粉砕で〝ミネルバ〟の艦体が〝ユニウスセブン〟の対岸に目視できるようになっている。高速巡航(モビルアーマー)形態への変形機構を持たない〝アリアドネ〟の推力では、今この時点から重力を振り切ることは不可能であり、そうであるならカタログ・スペックを信じて大気圏突入の準備を始めるしかない。

 

(いま戻れば、〝ミネルバ〟と(はぐ)れなくて済む──)

 

 突入角度の最終調整も、排熱システムの最終チェックも、自動姿勢制御システムの全点灯も、まだ幾ばくかの猶予はある。今からでも〝ミネルバ〟の艦体の方へ近寄っていけば、降下地点のズレは最小限度のもので済むだろう。

 

(でも──)

 

 マユと〝アリアドネ〟の双眸は、そうして前方へと差し戻される。

 いま、頭頂から墜落していく〝レムレース〟──姿勢制御を失った状態では、如何に最新のモビルスーツだろうと、大気圏突入の負荷には耐えられない!

 パイロットは──ステラは気を失ってしまったのか? 無気力に投げ出された〝レムレース〟の両腕から、ドラグーンの機能さえ持っているはずの〝メフィスト・フェレス〟が脱落していく。あの有り様では万一大気圏を突破できたとしても、減速もできないままに、ステラは地表か海面に叩きつけられて終わってしまう!

 

「私はっ──」

 

 ──前方(憧れの人)か。

 ──後方(仲間達)か。

 マユは選択を迫られる。

 

「…………!」

 

 彼女は選んだ。機体のフットペダルを、強く踏み込むことを決めたのだ。

 ──いま、助けに行くから!

 白銀の〝アリアドネ〟はそれによって急加速を行い、スカイダイビングのように、黒い〝レムレース〟を目指しての降下を開始した。

 

 

 

 

 

 

 赤々と染まる〝ユニウスセブン〟の映像を、〝ミネルバ〟のパイロット達はアラートに設置された大きなモニターから見ていた。解像度はやはり低いが、機能の生きている〝ミネルバ〟のカメラが〝ユニウスセブン〟──ないし、宇宙に取り残された〝アリアドネ〟の行方をしっかりと監視していたのだ。

 映像を見ていたルナマリアが、危惧の声を上げる。

 

「ちょっとちょっと、何やってんのよマユ! これじゃあ──!」

「──ああ、逸れるぞ」

 

 レイが答え、そして実際、事態は予見通りの結末を迎えるのだろう……。

 ──既に、軌道修正は不可能だ。

 〝ミネルバ〟の降下軌道から大きく外れた〝アリアドネ〟は、このときのレイでさえ、全く判断のつかない地点への降下を余儀なくさせられる。

 そのとき、誰かのヘルメットが床へと落ちた。それはアトラが小脇に抱えていたものだ。その落下場所から最も近かったのはルナマリアであり、彼女は怪訝そうな表情で、さっきから床に転げ回るそれを呆然と立ち尽くすアトラの代わりに拾い上げてやった。

 ──アトラ? そうしてルナマリアの心配する声も、さっきから艦内に鳴り響いている大気圏突入のアラートも、このときの彼女には何ひとつ聞こえていないのに。

 

「どうして」

 

 アトラの戸惑いの目は、一度はたしかに〝ミネルバ(こちら)〟を向き、しかしながらそっぽを向いた(・・・・・・・・・・・・・)〝アリアドネ〟の不審な行動だけを見つめていた。

 ────彼女にとって、マユは親友だった。

 年齢こそアトラの方がひとつ上だが、生まれ育った国をはじめ、彼女達は様々な共通点を持っていた。ザフトのアカデミーではルームメイトとして寝食を共にし、過酷な訓練の中で、苦楽さえ共にしてきたのだ。

 

 ──私の親友。

 ──私のマユ。

 

 それが今、得体の知れない黒いモビルスーツに向かっていった。

 私達に、背を向けて。

 

 ──私達よりも〝アレ〟の方が。

 ──あの〝魔女〟の方が、大切だというのか。

 

「どうして──ッ!?」

 

 握られた拳。

 ルナマリアは驚いた顔で、アトラの顔を見遣る。

 ──血を薄めたような赤い瞳。

 怒り狂える瞳は、ただ一点を見つめていた。

 ノイズによって行方をくらまし、この先で『MIA』と断定されるマユ・アスカの背姿を。

 ただ一心に、硬く見つめていた。

 

 





 もう一話を投稿した後、新章に入る予定です。
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