~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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『レジリエンス』

 

 

 

「まったくもって話にならん! 何を今さら『テログループの逮捕、引き渡し』など!」

 

 〝プラント〟最高評議会議場にて、男のひとりが声が荒げた。

 議題は、先日の〝ユニウスセブン〟落下の顛末についてだ。緊急招集会議が開かれ、つい先ほど、大西洋連邦をはじめとした連合国によって、一通の文書が送り付けられてきたのだ。

 

「テログループは『既に全員死亡している』との此方からの調査報告を、大西洋連邦に送ったのではなかったのですか?」

「いいえ、送りました。──送ったのですよ! どうやら彼等には届かなかったようですがね!」

 

 唾棄する議員は皮肉げに云った。

 

「その上、賠償金、武装解除、現政権の解体、連合理事国の最高評議会監視員派遣とは……とても正気の沙汰とは思えん」

 

 送り付けられてきた要求書には、一方的かつ恣意的な内容が長々と書いてあり、途中で読むのを放り出したくなるほどだった。連合がやろうとしているのは歴史の巻き戻しであり、これは主権国家として、先の戦争で相応の自治を勝ち取った〝プラント〟を、ふたたび理事国の奴隷へ貶めるに等しいものだ。

 

「『以上の条件を呑めなければ、〝プラント〟を地球人類に対する極めて(・・・・・・・・・・・)悪質な敵性国家と看做し(・・・・・・・・・・・)これを武力をもって排除する(・・・・・・・・・・・・・)』──だと?」

 

 そしてこれが、事実上の宣戦布告だ。

 歴史の巻き戻しでは飽き足らず、戦争の歴史まで繰り返そうというのか。彼等は。

 

「ヤツらだって、此方が聞き入れるとは考えていないでしょう──要は口実だ! おおかた〝プラント〟を撃ちたくて仕方がない、例の思想家集団(ブルーコスモス)が煽っているのでしょう?」

「クソッ! 我らでは対応しきれぬ……! であれば、こちらとしても最終手段を取るしかあるまい!」

「は……!?」

「つまり、ラクス・クラインを議員として議場(ここ)へ呼び戻すのだ!」

 

 不穏さを漂わせた議員の言葉だったが、その打診に周囲はハッと息を呑んだ。誰も触れてはいけないと思っていた話題──触れることを避けていた問題について、彼が切り込んだからだ。

 

「ラクス・クラインの言葉は、この場にいる誰よりも強い! 彼女に発信してもらえれば、また理事国の反応も違かろう!?」

 

 男の云う通り、ラクス・クラインの人気は戦後になって尚根強い。パトリック・ザラが戦犯として評価を落とすと、当時の彼に抗して平和を訴えた彼女のイメージは相対的に高まり、カリスマ的な人気を博すに至ったのだ。

 その彼女であれば、やはりこの場の誰が訴えるより、はるかに強い求心力を発揮することができるだろう。

 

「彼女には、不思議とそれほどの〝力〟がある……っ!」

 

 たしかにラクスは、戦後にガタガタになった〝プラント〟の未来を憂い、退陣したカナーバの後釜に就く形で〝プラント〟最高評議会議員の一人となった。穏健派筆頭として、時には強硬派や中道派の議員達とも言葉の刃を交わし、勝ち取った束の間の平和を維持するために、政治の世界に身を置いて戦った。しかし──

 

「しかし、彼女は」

 

 ──数ヶ月前にテロ事件に巻き込まれ、いっとき表舞台から姿を消した。ふたたび現れたときには別人のように楽観的な性格になり、それは、事故による心神喪失が理由ということだった。

 その事実を、国民や議員に公表したのはデュランダルだ。彼は議長の職権でもって、ラクスに対し個人的便宜を図り、それを快諾した彼女は、まるで時計を巻き戻したように戦前の偶像(アイドル)活動に没するようになっていった。髪飾りを星に改め、大胆なイメージチェンジを行い、議員の席を返上し、さっぱりとして政治の世界から身を引いてしまったのだ。彼女はもう、彼らの言葉と手が届く場所にはいない。

 

「それが困るというのだ! たとえ心神喪失だろうと人格障害だろうと! 彼女に浮ついた活動に現を抜かされていては!」

「言葉が過ぎるぞ! 彼女にも、色々あられるのだ──」

 

 既に、手詰まりな現状。

 ──あるいは彼女には、こうなることが分かっていたのか?

 どれだけ歩み寄りの姿勢を続けようと、結局は理事国に裏切られて終わるのだと。戦争はやがて再開される、たとえどんな努力をしようと、何をやっても無駄だと云うことが?

 

「たった今、国防本部から報告がありました。月基地の地球軍艦隊に、動きが見られると」

 

 そう共有したのは国防委員長だ。

 それを受けて、議員達は鼻白む。

 

「正気か!? 彼等はこのまま、戦端を開くつもりで……!」

「従わなければそうすると、現に文書で云ってきているではないか!」

「そのような体力がどこにあるというのだ? あれだけの被害を受けて、苦しいのは地球側のはずであろう!」

「被害が大きかったのは、ユーラシアを中心とした地域だ。月の戦力は無傷だし、大西洋連邦などは特に元気なものさ、今頃は鬼の首を取ったようにしたり顔だろうよ!」

「では開戦か!?」

「やると云っているのは向こうですよ! こちらではない!」

「──皆さん、どうか落ち着いていただきたい!」

 

 最後に紡がれた鋭い声に、議員達は一斉にそちらの方を向き直る。

 ──そうだ。

 ラクス・クラインが議場を去った今、この場を強力なカリスマ性でまとめられるのは、この男を置いて他にない。最高評議会議長、ギルバート・デュランダルその人だ。

 

「連合が何を云ってこようが、我々はあくまで、対話による解決の道を求めていかねばなりません!」

 

 理知的な光を宿した言葉だった。

 国防委員長がぼそりと云う。

 

「しかし、現状は間違いなく非常警戒態勢(レベルレッド)ですぞ……」

「防衛策に関しては、国防委員会にお任せする。ジャガンナート国防委員長、よろしいですか?」

「無論である。──フンッ、所詮ナチュラルの艦隊など……」

 

 独り言のように紡がれた最後の言葉は、皆には聞こえなかった。暴走したパトリック・ザラの過ちを活かし、現在〝プラント〟では最高評議会議長と国防委員長とを一人の人間が兼任することは禁じられているのだ。

 

「こんな形で戦端が開かれるようなことになれば、まさに〝ユニウスセブン〟を落とした亡霊達の思う壺だ。どうかそのことを、くれぐれも忘れないでいただきたい」

 

 

 

 

 

 

 事の発端は、カスピ海を越えて上陸した港で、イングリットから案内を受けたところに始まる。

 アウラ・マハ・ハイバルとの謁見、すなわち王宮への参上を打診されたマユ達であったが、平民の出であるマユにとって、王宮などは絵本の中に出てくるもので、自分のような者が立ち入る機会に恵まれるものでは到底ないと思っていた。

 謙遜しながら辞退を申し出ようとしたが、しかし女帝みずからの指名とあらば、無碍にする方が非礼である。そうであるなら──と、せめて最低限の礼儀とマナーを弁えるための学習時間が欲しかった彼女だが、残念ながら、それを勉強する前にリムジンカーに乗せられてしまった。

 

 車窓から見るファウンデーションの街は、豊かで圧巻だった。

 摩天楼のように高いビルディングが立ち並び、それは図らずもオーブの首都と似ているように思えた。そこで暮らす人々も活気に満ち──そう思っていたところに、思わぬ光景が飛び込んでくる。首都の一角だが、爆撃されたような凄惨な区画が見えたのだ。そこにある建物は焼け落ち、黒ずんだ一帯は規制線が張られており、現在は重機による解体作業が行われていた。果たして、あれは……?

 

「こちらへ」

 

 そんなことを考えている間に、瞬く間に王宮へ到着。リムジンから降り、ドキドキしながら女帝に会うのかと思いきや、二人が連れ込まれたのは個室シャワーの併設された広大なドレスルームだった。

 そう云えば、大気圏突入の高温に晒された汗(まみ)れ、無人島で雑魚寝をかました砂塗れの状態だったのを忘れていた。迎えに上がった侍女達の長、お局のおばさまに「せっかくの美少女が形無しですわ!」と揃って怒られる結果となったが、そんなお局様曰く、生きとし生ける女性に必要なのは礼儀や作法ではなく、まずは品性であるらしい。

 

 そうしてシャワーを強要させられた後も、マユ達の苦労は終わらなかった。そこがドレスルームというだけあって、女帝と会うためのドレス合わせに付き合わされたのだ。それに何の意味があるのか──とステラの方は不服従の色を隠そうとしなかったが、例のお局様の剣幕と意気込み様を目の当たりにしては、段々と何も云えなくなったらしい。仮にあれが悪意に基づいた御節介であれば対応も違ったのだろうが、見目麗しい少女達をドレスで飾って更に輝かせてやりたいというのは、明らかなお局様の好意であり、善意に基づく親切心だった。それを前にしてはステラもたじたじで、結局はされるがままを許してしまったというのが正しい見方である。そこから丸一時間以上をかけて、二人揃って装いを新たにする流れになった。

 

 ドレスルームを出、それぞれに対面して、マユは驚いた。

 

 ステラは濃紫と紫を基調とした優雅なドレスを着ていた。その姿は、気品に溢れたどこかの高貴なる御令嬢を思わせる。いや、そもそも彼女は名士の娘で、正真正銘のセレブリティだったか? ともかく、金の糸を紡いだような長い髪はギブソンタックにアレンジされ、顔には薄く化粧も施されたのだろう──ヴェールが揺蕩(たゆた)うペールブルーのドレスも相まって、それは羽化したばかりの成体の蝶を思わせる色香と妖艶さを醸し出していた。けれども、ドレスを着ている張本人はすこぶる機能性が悪そうな顔を浮かべ、むっとして不機嫌に凝り固まった表情が、その華やかな美しさを形無し──決して台無しとは云わないが──にしていた。その不釣り合いさが、マユの苦笑を誘った。

 

 マユの方は、桜と赤を基調とした儚くも鮮やかなドレスを合わせられている。普段は結わいている長い髪は今に限ってほどかれ、それが可憐な少女が美しい女性への階段を駆け上がるために、少し背伸びをしたことを思わせるような非常にいじらしい演出となっている。ワンポイントで胸元に飾られたリボンと、コーラルレッドの小さなヒールを、しかし不慣れそうに踏み鳴らす様は、ステラのような〝令嬢〟っぷりとは程遠い。だが逆を云えば、その拙さ、気取らなさこそが、むしろ〝お姫様〟という表現を思い浮かべさせる程度には、生来のマユ・アスカという少女の可愛らしさを際立たせる設計になっていた。

 

 案内された応接室は、鮮やかな照明の下で、幾つものキャンドルに火が灯っていた。広めの部屋にあって、それは宝石のような光だ。金で装飾された柱、古式だが優美でもあるシルクの絨毯をはじめとする内装を見ると、ここが領主の応接室であることに納得がいく。

 女帝アウラ・マハ・ハイバルは、穏やかに微笑みつつ、気楽な様子でソファーに掛けていた。貴族たる者が来賓に対しては見せないであろう姿勢を崩しての所作であったが、それは、今回の謁見が非常に例外的な措置で開かれたものであることの証左だろう。要は国家や外交の絡む公式会見でない以上、必要以上に畏まる必要はないという、彼女流の意思表示でもあったのだ。

 

「気楽にしてくれて良い」

 

 実際、机越しに対面するようにソファーに腰掛けたマユとステラに対し、幼き姿の女帝はそう宣言した。

 もっとも、何のために女帝みずからに呼び出されたのかいまだ掴めていないマユにとっては、まったく気楽になれるものでもなかったが。そして逆に畏まれと云われた場合であっても、それはそれで大いに困る。やはり彼女は平民の出であり、煌びやかな貴族的社交界の礼儀や所作などはまるで分からないのだから。

 

「突然呼び立てて申し訳ないと思うておる。(わらわ)がアウラ・マハ・ハイバル、このファウンデーションの領主である」

 

 マユはその事実に驚いた。その見た目、声などから、齢一〇ほどの少女にしか見えなかったからだ。女帝という冠があまりに大仰に響くほど可愛らしく、まるで異国の御人形をそのまんま人と為したかのような人物像だったという。

 彼女はその脇に立つ、彼女と同じ金の髪の青年を指して云う。

 

「宰相のオルフェ・ラム・タオ。次いで、我が国の近衛師団じゃ」

 

 宰相と紹介された金の髪の青年は、ニ十歳そこいらといったところか。その後方に、異彩を放つ黒ずくめの一団が並んでいる。いずれも若いが、その容貌はやはり異質さを漂わせるものだった。見れば、先にステラ達を保護したイングリットという女性も、その中にいた。

 

「あのうー」

 

 マユは恐々として口を開く。

 

「お招きいただいて、恐縮なのですけれど──それで」

 

 それは、彼女がずっと疑念に思っていたことだった。

 

「私達がここに呼ばれた理由って、何なのでしょう……?」

 

 マユには見当もつかなかった。彼女にとって、ファウンデーションは初めて入る国で、しかも、今の自分達は軍に籍を置く他国の軍人なのだ。公的に云えば陣営すら違えている今の自分達が、わざわざ領主みずからに指名される要件があるとは思えない。しかも、自分達のためにこうも絢爛なドレスまで仕立ててもらって。

 はっきり云って今の状況は、マユにとって落ち着かないを通り越して、一抹の末恐ろしささえ感じるものでもあったのだ。そんな彼女の内心の大嵐を知ってか知らずか、ふっ……とアウラは笑った。

 

「本題に入る前に、まずはこちらから、礼を述べさせて貰いたい」

「えっ?」

「先日の〝ユニウスセブン〟の破砕作業の件じゃ。こちらからも、深く感謝申し上げる。なにせ、(けい)らの尽力のおかげで、このファウンデーションも隕石の被害を免れ、あの災禍に領民を巻き込まずに済んだのじゃからな」

 

 ──ひょっとしなくても、この謁見は、先日の働きを労ってのものということか。

 一国の主、女帝と呼ばれる存在にしては易々と頭を下げたのを見て、しかし、それが地球上の国家を代表する者としての振る舞いであれば合点がいく──いや、待て。

 

「待ってください──何故、そのことを?」

 

 マユをはじめとしたザフトが、件の破砕作業に加わっていたのは事実だが。あれは思い返せば昨日のことで、そのような情報が地上に伝わるまでには、もう少し時間がかかると思っていた。それに対して、アウラは軽い笑みを浮かべながら口を開く。

 

「仔細、聞いておるよ。卿らの置かれている状況も含め、こちらの方でも、少し情報を追いかけさせてもらったのじゃ」

「我々も、宇宙に伝手はありますからね。黒い〝ジン〟の部隊がアレを落とそうと画策したのと同様、メテオブレイカーで懸命な破砕作業に当たっていたあなた方のことも、我々は当然に存じています」

 

 付け足すように、宰相のオルフェがそこから声を発した。

 感嘆するマユであったが、この話題について、同席するステラは明らかに居心地が悪そうだ。しかし無理もない。当時の彼女の目には、マユも含めたザフトが妙な装置を使って〝ユニウスセブン〟を落とそうとしているようにしか見えなかったのだから。これについての釈明は、既にマユの方から終わっている。

 

「卿らのおかげで、我が国の被害は少なく──されど、余所の国はそうもいかん。ローマ、上海、ゴビ砂漠、ケベック、フィラデルフィア……」

 

 羅列されているのは、隕石によって甚大な被害を受けた地域か。皆まで口に出されずとも、その程度は察すべき問題だった。

 

「──そして、これじゃ」

 

 アウラの合図で、モニターに電源が入れられる。そこにニュースが映し出され、画面の中で〝ユニウスセブン〟落下に纏わる報道が始まっていた。

 ──そうだ、ずっと気になっていた……!

 世界の実情は、現在どうなっているのか。マユは慄然とした思いで画面を見、そこで流れている報道の内容に衝撃を受けた。

 

「そんなっ……!」

 

 どこから提供されたものなのか、報道機関は黒い〝ジン〟による決定的な犯行現場を捉えていた。

 これが民法で流れているということは、現時点で地上に住まう人間の殆どが、この真相について知っているということか。コメンテーターは物知った顔で〝プラント〟の直接関与を疑い、しかしながら〝プラント〟もテロへの関与は否定すれど、事態の大筋そのものは真実であると認める声明を出している。

 これらの報道を見る限り、天秤は〝プラント〟を再び危険視する側に傾いている。時計の針が急速に動き始めたのを感じ取り、マユは蒼然とした。

 

「あ、あれは、一部のテロリストの仕業で……! 私達は──」

「ええ、やはり存じていますよ。我々が〝プラント〟を疑う理由はありません」

 

 報道内容に衝撃を受けるあまり、マユの中では飛んでしまったらしい。

 が、そもそもファウンデーションは、今回の件について〝プラント〟の関与を疑ってなどいない。

 

「しかし逆を云えば……民衆が〝プラント〟を信じる理由も、今はまた、ないということです」

 

 淡々と紡がれた、オルフェ宰相の言葉は正しかった。民衆は間違いなく、そこまで情報を追いかけられないし、だからこそ報道の内容を疑えない。何者かによって恣意的に流された情報を鵜呑みにし、工作を行った者の都合が良いように操られる

 

「そして、誠に申し訳ない話。我が国も現状では、〝プラント〟を援護できる立場にはない」

 

 口にする気だったかはともかく、頭の中に浮かんではいたのかも知れない。マユは先んじて思考を封じられたような、驚いたような顔を見せた。

 仮にも真実を知っているというファウンデーションが、国際社会に真相を発信し、世論を傾け直してくれることを──窮地に追いやられた〝プラント〟の友として戦ってくれること──を、心のどこかで期待したのだ。他力本願な願い故、口にする勇気まであったかと云われれば、やはり微妙であるが。

 

「我が国は国際社会において、いまだ権威を持っているとは云い難く、発言力に乏しい。幸いにして被害は少なかった訳ですが……だからこそ、より慎重な対応を求められているのです」

 

 分かる話だった。

 ──やはり一番の問題は、この国が被災していないという点にこそある。

 この国は幸いにして、被害が少なかったために余裕がある。

 そんな立場から〝プラント〟は味方だと、破砕作業を頑張ってくれたのだと綺麗事を述べたところで、実際に苦しんでいる被災者らが聞き入れる筈がない。痛みを知らない外野は黙っていろと、糾弾されてスルーされるのは目に見えている。

 だからこそファウンデーションは、此度の件について〝プラント〟の味方たり得ない。地上に構えられた地球上の国家のひとつとして、あくまでナチュラルの主権国家に巻かれながら、静観を決め込むことしかできない。

 

「知っておるかな? 我が国は今より半月程前、ユーラシアからの独立を宣言した」

 

 話が飛んだように思われたが、アウラの話は、先の話の延長線上にあるものだ。

 そして、マユ達は知らなかった。ステラでさえ、初耳と云った反応を返していた。

 

「それで、現在はひどく微妙な立場に置かれており──」

 

 全ては偶然だったのか、あるいは、仕組まれたことだったのか──

 アウラがそのような話を続けようとしたとき、突如として、国土全域に警報が響き渡った。王宮ですら、その例外ではない。その凄まじい大音響に咄嗟に立ち上がり、表情を変えたステラとマユであったが、しかし、目の前の宰相や近衛師団は涼しげな顔を浮かべたままで、山のように動かなかった。

 

「──空襲です」

 

 空襲? 言葉の意味を分からずにいるステラに向け、オルフェはすかさず続けた。

 

「ご心配なく。我が国の盾が、必ずや貴方がたをお守りしますよ」

 

 ──『盾』?

 意味深な言葉を残されるが、しかし、近衛師団のことを云っているのではないのだろう。現に六名ほどいる彼等は相も変わらず女帝の後方で後ろ手を組んだまま、動き出す気配すら見せていないのだから。

 他にも優秀な兵の類がいるのか……? ステラは立ち上がったまま、フランス窓になっている応接室の窓へ寄って外を見た。まだ夕暮れの空に、どこのものか、巨大な爆撃機が飛来してきている。

 国内の基地らしき場所から、モビルスーツが出撃していく。驚くべきことに、前大戦でザフトの主力機として活躍した〝ジン〟や〝ディン〟だ──〝プラント〟から提供された機体なのか? それらの隊列は、やはりステラの勘を正しくするもので、一律の乱れもないロボットめいたものだった。

 

「我が国はユーラシアからの独立を宣言した。それは、アウラ女帝が先に述べた通りですが……」

 

 攻撃が始まったというのに、オルフェ達の悠然とした口調からはまるで危機感を感じない。ステラとしては落ちつけるわけがなく、マユも同じだろう、彼女も隣で身じろぎしているのを感じる。

 

「そんな我らに、答えとして寄越されたものが、あれですよ」

 

 オルフェは、飛来する爆撃機を差しながら云ってのけた。

 マユは振り返り、衝撃を受ける。

 

「そんなっ……」

「まったく野蛮なものでね。首都の中にも、爆撃を許してしまった場所があるのを御存知──嗚呼、その様子では、既にどこかでご覧になったようだ」

 

 たしかにマユは、王宮へ来る際の道中でソレを見た。規模からして〝ユニウスセブン〟片の落下痕ではないと看ていたが、アレがまさか。

 「ご心配なく、攻撃はすぐに収まります」 そんなオルフェの言葉通り、飛んできた爆撃機はファウンデーション機によって完璧に〝処理〟されて事なきを得た。民間への被害はなく、守備軍の対応としては非の付け所がないものだった。それまで響いていた警報は止み、マユ達は唖然として、一連の顛末を見届けた。

 

「我が国軍も、繰り返し寄越されるあれのために、急ぎ迎撃用の防衛システムを構築しましてね」

 

 それが、先に見た〝ジン〟や〝ディン〟に始まる、モビルスーツの無人運用。

 そう、ステラが薄々感じていたように、アレに実際に動かしているのは人間ではない。

 

「無人兵器? ──まさか!」

「ええ。それこそが、我が国の盾ですよ」

「すごいっ……本当に、無人兵器だなんて……」

 

 指示された通り、プログラム通りに機能する兵器。今までに見たことがない。

 ──隊列に一切の乱れもなかったのは、つまりはそういうことか。

 アウラが口を開く。

 

「──我らはユーラシアからの独立を願った。その是非を巡る争乱は、先の〝ユニウスセブン〟落下の大災害によって当面は棚上げになると踏んでおった。しかし、どうやら真逆の結果となったようじゃな……」

 

 先の空襲を受けて、アウラも思う所があったらしい。

 真逆の結果? とマユは訊ね返す。オルフェが答えた。

 

「政治上の問題です。今回の一件で、ユーラシア領内に墜落した〝ユニウスセブン〟の破片は数知れず。しかし一方で、ユーラシア連邦と同等の力を持つ大西洋連邦は、被害を大きく免れたと聞いています」

 

 今回の災害で、一方的にダメージを負ったのはユーラシア連邦だ。自然災害というには微妙すぎる問題だが、ともかく大西洋連邦が隕石の落下地点を意図的に操作できるはずもないので、ひとえにユーラシアは〝運が悪かった〟と云い切る他にないのだが。しかし現実問題、それまで均衡を保って存在していた共同体のひとつが弱体化すれば、そちらは軍事力を背景とした国力を早急に補う必要がある。

 

「だから彼等は、我がファウンデーションの〝力〟が欲しいのです」

 

 ファウンデーションに白羽の矢が立ったのは、唐突に独立──この場合は離脱と云ってもいいだろう──を宣言し、理由をつけて従属を強いるのに良心が痛まない相手だとユーラシア連邦が看做したが故か。

 アウラの云う通り、ユーラシアの疲弊を理由に棚上げになるかと思われたファウンデーションの独立戦争は、しかし、体力を補うための真逆の思惑となって、過激化の一途を辿る様相となったらしい。

 

「────」

 

 その話を聞いて、マユは息を呑んだ。そうしたファウンデーションの置かれている状況が、彼女の故郷の境遇とそっくり重なってしまったからだった。

 先の大戦中、大西洋連邦は中立を謳う国々に対して圧力を強めた。彼等に都合良く従属しない場合には、お前達を敵対国と看做すと脅迫したのだ。それによる実際の侵攻が、マユも経験したオーブ解放戦線だ。

 そのことを思い出してしまった隙を突くように、アウラは続ける。

 

「我が国はコーディネイターを拒否しない。ナチュラル、コーディネイターを問わず、優秀な人材を数多く登用している。──卿の故郷も、そうであったと聞いておるが?」

「あ、はいっ……! こ、光栄ですっ」

 

 まさに。

 まさか、そこまで女帝みずから耳に入れてくれているなんて。

 

「なのに、コーディネイターをただただ悪とし、力で従属を強いてくるユーラシア連邦のやり方に、我らはこれ以上同調することは出来ぬ」

 

 その為政者たる者の強い言葉に、マユは自身の胸が熱くなるのを感じた。

 ──ここは平和の国。

 ナチュラルとコーディネイターが争うことなく、共に手を携えて暮らしている理想郷。

 

「此度のユーラシアからの独立は、我らのそうした思いに端を発したものと……考えてくれて良い」

「……あ」

「──構わない。思うがままを、述べてくれてよい」

「そ、それはっ……! とても、御立派だと思います……!」

 

 マユは言葉に詰まりながらも、本心からそう云った。爆撃されかけた現場を目の当たりにして、置かれている状況で云えば凄惨の一言に尽きるはずだが、こんな状況には相応しくない満ち足りた思いを、このときのマユが感じていたのは確かだ。

 それはファウンデーションの在り方に、立派さと気高さを憶えたからだ。そこにはかつて、彼女自身の無知と無力ゆえに守れなかったオーブと同列の理念がある。それについて、マユはファウンデーションへ心からの敬意と応援の想いを述べた後、

 

「そうかそうか……! その思い、嬉しく思うぞ」

 

 と、アウラはにこりと微笑みを返してくれた。

 お互いの思いが通じ合ったように、そのときのマユには感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

「──さて」

 

 話は本題に移る、ということだろう。

 アウラは片方の肘掛けに寄っていた居づまいを正し、まるでそれを合図とするように、それまで比較的柔らかだった雰囲気は一変した。場に緊張が走ったと、ステラは感じた。

 オルフェが口を開く。

 

「我が国の盾は、たった今ご覧になられた通りです」

 

 先に見た、無人機による完璧な防衛システムか。

 だがオルフェは肩を竦め、苦笑したように続ける。

 

「ですが生憎、あれにはまだまだ課題も多くありましてね。入力されたコマンドプログラム以上に高度な動作は、やはり期待できないのですよ」

 

 ──無人機の運用は、やはり『防衛』の任にこそ適している。

 その理由は単純だ。繰り返し行われる敵の攻撃に対して、対応をシュミレート化し、学習させればいい。ある意味で単調化された作業をこなす分には、人間のように新たに発想や機転を飛ばす必要はないからだ。寧ろ、そちらは機械こそが最も本領を発揮する分野と云える。

 

「盾は良い。つまり、我らには矛の数が足らなんだ」

 

 守りに入っているだけでは、戦争は終わらない。

 降る爆弾を処理しているだけでは、独立は果たせない。

 そして自由を勝ち取れないのであれば、戦っている意味がない。

 

「──そこで卿らには、我が国軍の強襲作戦を支援して貰いたい」

 

 マユ達は揃って耳を疑った。……疑ったのだが、女帝の表情は真剣味を帯びて、真実この話題を持ち出すために自分達を呼びつけたことが、安易に読み取れてしまうほどに真っすぐだった。

 耳を疑ったところで、この話題から逃げ出すことは許されない──と、マユは雰囲気からしてそう感じ取ってしまった。オルフェが引き継いだように続ける。

 

「我が国の近衛師団『ブラックナイツ』と共に、ユーラシアの要塞に攻め入り、これを陥落して欲しいのです」

 

 見返りは、それぞれの祖国へ帰還する当たり、一切の便宜を計ること。

 だが、まるで信じられなかった。まさか国主みずからの口から、そのように法外な依頼をされるとは。

 

「で、でも! 私達は異国の人間です! それに、形式上は軍人でもあるんですよ……? 国と国との紛争に、そんな出過ぎた真似をしたら──」

「──無論こちらでも考えております。手は打ちます(・・・・・・)如何様にも(・・・・・)

 

 つまりは、揉み消す手段がある──ということか。

 諸外国の軍事作戦に差し当たって、ザフトの〝アリアドネ〟や大西洋連邦の〝レムレース〟を持ち出すことも問題にはならない。

 ──映像や記録には一切残さず、万一残ったとしても完璧に誤魔化して(・・・・・・・・)みせる。

 そんな現実離れした提案を可能にするのは、ファウンデーションが最近になって開発した量子コンピュータの視覚データ改竄技術、奇しくも先の大戦で〝デストロイ・レムレース〟が大いに活用した『ナイトメア・システム(コンピューターウイルス)』を独自発展させたシステムだということだ。寧ろ、そのように反則的な機能を持っていなければ、彼等とてこのように灰色(グレー)な進言はしなかったろう。

 

「──ガルナハン要塞」

 

 今度はモニターに地図が照らし出され、オルフェが作戦概要を口にする。

 ファウンデーションが隣接するカスピ海の南方、ユーラシア連邦が保有する拠点の名であるらしい。

 

「アラビア半島とユーラシア西側を分断する位置にあり、スエズの地球軍基地からの支援ライン上に存在しているこの要塞は、ユーラシア連邦が管轄する中で、現在のファウンデーションに最も睨みを利かせられる場所に構えられています」

 

 云わずもがな、ユーラシア連邦にとっては要所中の要所だ。

 弱点と云えば、最近になって開発が推し進められた場所のため、要塞の完成度としては今一つだということ。山間の火力プラントを中心に、かなり強引に築かれたものだという話もある。

 

「この要塞を陥とせば、ラインを分断されたスエズは孤立化。彼らが欲望するマハムールからユーラシア西側の平定は不可能になり、我々はユーラシア連邦に対して一定以上──いえ、致命的な打撃を与えることが出来るでしょう」

 

 それを聞いて、マユは少しだけ安心してしまった。

 何も敵国の首都に殴り込んで、独立を認めさせようというのではないのだ。一定以上の武威を相手に示すことができれば、ファウンデーションの独立の道は開けてくる。ユーラシア連邦がどんな理想や強弁を掲げようと、それによって被る不利益や実害が許容値を越えれば、彼等も当然に譲歩の道を提示するしかない。

 作戦が成功すれば、ユーラシア一強だった大陸の勢力図も、少なからず書き代わることになるだろう。今現在、ユーラシアの強権に苦しめられている他の地域を支援する動きにも繋がる筈だ。

 

「──そうなれば、我らの後に続く国も、あるいは出てくるやも知れんのう」

 

 それは独り言だったのか。

 アウラ女帝は最後に、そう云って締め括った。

 

「ええ、そうです。かの大国の無心と搾取、その横暴なる振る舞いに苦しめられているのは、他の国も同じなのです……!」

 

 オルフェが、声を強めて説いた。

 

「我が国の民もまた、窮乏に喘いているのです! ですから、どうか──!」

 

 市政を担う者として発される、魂の叫びをマユは聞き止めた。

 マユの拳に、力が籠る。オーブの技術力が欲しい。ファウンデーションの軍事力が欲しい。そうした欲望に取り憑かれた大国が、そこで穏やかに暮らす無辜の迷惑も顧みず、小国の財産を無心にかかる。

 ──そんなの、許せない……!

 マユは人知れず、隣に立つステラを見上げていた。そんな彼女こそ、先の戦争でそうした構図に異を唱え、立ち上がった勇士の一人だったからだ。あのとき彼女がオーブを守護しに来なければ、今の自分はここにはいない。そんな私に、今度はみんなを『まもる』機会が巡ってきたのだとしたら──?

 

「タオ閣下……!」

 

 オルフェ・ラム・タオ──

 どこかラクスに似た高貴さを漂わせる、この国の若き宰相は、この現状を心から憂いているように見える。賢くも、年齢相応の若々しい熱意が込もった目で自分達の解答を待っている。

 嗚呼、この訴えが仮にも芝居であるのなら、この人物には大いに役者の才能がある。これが打算に基づく演技であるなら(・・・・・・・・・・・・・・・・)完敗で、大人しく負けを認めるべきだ。そうして一歩、前に出ようとしたマユの体を、しかし横に居たステラが腕で止めた。

 

「……? お姉ちゃん……?」

「駄目だよ、マユ」

 

 その言葉は短かかったが、確固とした響きがあった。

 

「この国は──ちょっと不気味すぎる」

 

 不気味だ──不気味すぎると、ステラはさっきから感じていた。先程から彼女が何も言を発さなかったのは、この国の対応や言葉から紐解ける、その全てを吟味していたからだ。

 モビルスーツの無人運用、他国のモビルスーツを運用する対策としてのコンピューターグラフィックス改竄技術(バチルスウェポンシステム)──どう考えても未開の技術で、時代を先取りし過ぎている。

 この国が本気を出せば、いまだ実用化に至っていないオーバーテクノロジーの一つや二つは平気で扱えそうで、何より彼女がいけ好かないのは、やはり自分達を取り囲む近衛師団とやらの雰囲気だった。まるで素行が悪そうな不良集団、だが彼等の佇まいには一切の隙がない。孤島で自分達を取り囲んだ一兵卒も異質さを漂わせていたが、この近衛師団から感じ取れる禍々しさは、その比ではない。

 唯一、自分達と関わったイングリットという女性にだけは隙があり──というか、さっきからオルフェが発言する度に人間的な感情の動きを見せているのは、それはそれで気になる点ではあったが。

 

「でも、お姉ちゃんも見たでしょう? ユーラシア連邦のやり方を!」

 

 そうして、物事の影を見るステラに対し、しかし、光を見る少女は真っすぐに彼女を見上げて云った。少女の眸には義憤と、理不尽な現状に対する強い怒りがあった。

 

「このファウンデーションは、私の故郷と一緒だよ……! 大西洋連邦に攻められて、火の海にされた、私の故郷とまるで一緒……!」

 

 植えた花は吹き飛ばされ、そこに暮らす人々は踏み潰された。マユの母や父も、決して例外ではない。あの凄惨な体験を、彼女は絶対に忘れない。

 

「でもね、そんな場所から私を救い出してくれたのは、お姉ちゃんなんだよ!」

「っ…………」

「そんな人が、今度は私に、同じ火の海で苦しんでいる人達を見捨てろって云う! そんなのって、ないよ……っ!」

 

 私は、いま私に求められたことをやる。

 ──そうでなければ、何のために〝力〟を手に入れたのか、分からないから!

 マユは翳された腕を避けてでも、その一歩を前に進めた。

 

「協力させて下さい。私に出来ることがあれば、何でも!」

「マユ!」

「──ありがとうございます、マス・アスカ」

 

 オルフェは口元を緩める。次いで、慇懃な口調で続けた。

 

「──して(・・)貴方は(・・・)?」

 

 鋭い目が、オルフェから向けられる。それに伴い、場にいる全員の目が一斉にステラへ集中した。その視線の重たさに、ステラは思わず怯んだ。

 オルフェは淀みない弁舌で続ける。さっきまであった熱情は、もうそこには感じられなかった。

 

「こちらの条件を呑んでいただけなかった場合でも、勿論悪いようには致しません。端からこちらは非公式のお願い、駄目元でお頼みしているようなものです──逆恨みのような不義理も致しませんよ?」

 

 工廠に匿われている〝レムレース〟も、完璧に修理した上で返してくれるということだ。

 ──ああ、なんて虫の良い話だろう。ステラは思わず歯噛みする。

 このオルフェという男は、思わず腹が立つほどに頭が良い。鳥の目線で見るように状況を正しく認識し、現時点で申し入れを快諾したのはマユだけで、それに付き従う理由も、今のステラにはないことを知っている。

 

「ッ…………」

 

 様々な御託を並べたが、このときステラが真に恐れたのは、マユに告げた懸念だけが全てではないのだ。

 今、この者達の目を動きを見て確信した。つまり、この者達の狙いが本当は自分にあるのではないか(・・・・・・・・・・・・・・)。自惚れと云われればそこまでだが、ステラはなんとなくそんな気がしたのだ。

 検分され、値踏みされているかのような視線──勿論、下手なものではない。表面上は完璧に張り付けられた仮面の下に、ステラはソレを感じている。この者達は、マユとは全く異なる意味で──『私』について何か知っているような気配がする。

 ──このまま、国を後にすべきだ。

 ──マユを置いて。

 ステラの感覚は、冷徹に最善の判断を下す。

 工廠に匿われた〝レムレース〟を奪い取ってでも、即刻この国からは立ち去るべきだ。彼女の理性は最悪を回避するための冷酷な判断を行って──しかしながら、感情がそれを妨げることもあるらしい。

 

「……わかった」

 

 なぜ、最善を選ばなかったのか。

 このときのステラにも、分からなかったが。

 

「私も、協力しよう」

 

 ステラからの返答は短く、それを受けたオルフェは、礼儀正しく頭を下げた。

 まるで初めから予定されていたかのような、整った一礼だった。

 

 

 

 

 

 

 宮殿の中庭は、壮麗な造りの花園だ。辺りはもう陽が落ち、夜の闇に閉ざされた庭苑は、今は様々な色と種類の薔薇が咲き誇ることで彩られている。

 

「お姉ちゃん」

 

 そんな中庭に出たステラを、後ろから呼び止めたのはマユだった。慣れないヒールを履いているのだから、走ると危ないよ、とステラが云ったが、マユは慌てた様子を隠そうとしなかった。

 

「ごめんね。本当は、お姉ちゃんが作戦に参加する意味なんてなかったのに」

 

 このときのマユにも分かっていた。タオ閣下の勧誘を受けたあの時点で、ステラが作戦に参加する理由など何処にもなかったことを。

 ──記憶がないというのであれば、猶更だ。

 それでも彼女を、今回の作戦に残らせたものは何だったのか。いや、あまり惚けるのも同性に嫌われる類の所業で、褒められたものではないか。

 つまり、ステラを引き留めたのは自分なのではないか。それを自惚れだと感じさせない程度には、彼女はステラの中での信用を勝ち取っていたらしい。もっとも、馬鹿正直にそう云って応じてくれるほど、今のステラはお人好しな『性格』を植え付けられているわけではないようだが。

 

「参加するって、決めたのは私だから」

「でも……っ」

 

 それでもマユは何かを言いたげだったが、いや──と、考え直すことにしたらしい。

 

「でも、うん……そうだね」

「?」

「心強いや、お姉ちゃんと一緒なら」

「────。別に……」

 

 そのときの彼女達は気付かなかった。

 回廊の上から、こちらの様子を遠巻きに見ている近衛師団──『ブラックナイツ』の存在を。

 

 

 

 

 

 

 東洋系のがっちりとした体格のリュー・シェンチアンが、庭園に降りている少女達を見て鼻を鳴らした。

 

「ふんっ……」

 

 彼は同じく回廊に据え、それぞれの姿勢で手摺にもたれかかる彼の同志、騎士たる仲間達に向けて云った。

 

「──連合の操り人形に堕する程度の存在が、本当に同志足り得ると考えているのですか、シュラ?」

 

 話すとき常に敬語を崩さないリューであるが、心まで常に対象を敬っているとは限らない。問われたシュラ・サーペンタインは近衛師団の長で、刃物のような目をした白髪の青年だ。彼は「フ……」と不敵に笑うだけで、その問いに何も返さなかった。今宵はいい夜だ──雲間のない月を見上げながら、彼は心よりそう思った。

 

「同志っていうか……面汚し?」 顔の下半分を異様なマスクで覆った、ダニエル・ハルパーが気怠げに揶揄し、

「キャハハハ! ウケるーっ!」 リデル──リデラード・トラドールが、衝動的な甲高い声で嗤った。

 

 それらの反応を見た後、グリフィン・アルバレストは言葉の裏に嘲りを隠さずに口を開いた。

 

「まあいいさ。俺達にとって本当に使えるかどうかは、その働きを見せて貰ってからだ」

 

 お手並み拝見、とでもいうのだろうか。

 ──その目的のために、彼女達を呼びつけたようなものだ。

 師団長のシュラが前に出て、仕切り直すように云う。

 

「そうだ。今のオレ達は一刻も早く、独立を果たさなければならない」

 

 ──その目的は、理解しているな?

 彼は団員達の目を真っすぐに見据え、その直後には、全員の理解と同意を得ていた。

 いちいち言葉を交わし合う必要はない。彼らはそういう存在なのだ。

 

「早く、姫様を探し出さなければ」

 

 今、彼らの頭上のモニターに映っているのは、現在の〝プラント〟で踊り、歌っている『平和の歌姫』だった。星の髪飾り。やや性的に振り切った大胆なコスチュームに身を包み、体を揺らしながらコーディネイター達に愛想を振り撒くその様は、安っぽいとまでは云わないせよ、あまりにも俗っぽい。

 少なくとも、グリフィン達の理想からは掛け離れていて、こんなにも簡単な〝紛い物〟を、俺達が見抜けてないとでも思っているのか……?

 ──嗚呼、そうか。

 下々に生きる、馬鹿共には分からない。

 ──だが、オレ達は違う。

 本物と紛い物とを見抜く、確かな審美眼を持っている。

 

(その意味で云えば、あの女も〝紛い物〟だ)

 

 グリフィンは目下の少女らの片割れ、金の髪を靡かせた方を、侮蔑の籠った目で見下した。

 ──世俗で育ち、要らぬ苦悩や挫折を味わい、今は惰弱な者達の人形として使われている……。

 ダニエルが正しい。なんと愚かで、なんと恥ずべき、一族の面汚しか。

 

「オレ達が求めているのは、ホンモノだけさ」

 

 紛い物ではない、本物の歌姫様──

 欠けたピースを探すために、今は歴史の影に、身を潜めることにしよう。

 

 




 タイムチャート的に見る原作『DESITNY』との相違点(アニメ9話~16話付近)

▼【オーブの世界安全保障理事条約への加盟】 → なし
 原作にて大西洋連邦と癒着していたセイランがサハクの子飼いになった(※『オーブの夜叉』参照)影響で、大西洋連邦とオーブが同盟を結ぶ流れが生じないため発生しません。これに伴い、オーブ領海でのミネルバの戦闘(対ザムザザー、シンが初めてSEEDに覚醒した戦闘)も発生しないまま終わります。

▼【カガリ・ユラ・アスハの結婚式】 → なし
 同上の理由で発生しません。

▼【ラクス・クライン暗殺未遂事件】 → あり
 経緯は違えど、似たような事例が発生しています。

▼【フリーダム&アークエンジェル復活】 → なし
 キラもラクスもオーブにいないため発生しません。

▼【インド洋攻防戦】 → なし
 オーブ出港後の、ミネルバ対ファントムペインの戦闘。
 これに関してはメタ的な理由で割愛。ファントムペインにとって完璧な負け戦であり、発生させるとネオの指揮官としての株を下げるイベントになると判断し、プロットの都合でなかったことにします。

▼【ガルナハン要塞攻略戦】 → あり
 原作ではラドル隊およびレジスタンスと合流した「ミネルバ VS ユーラシア連邦」の構図ですが、こちらでは「ファウンデーション VS ユーラシア連邦」の構図でリテイクします。原作のままでは戦力的にファウンデーション有利になるため、オリジナル要素を交えた魔改造をユーラシア連邦側に組み込みます。次話、こちらの戦闘回となる予定。

 …………それはそうと、イングリットちゃんポンコツかわいい。

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