プロット段階ではダイジェストとして雑に終わらせる予定だった話。
ちょっと丁寧に描写しようと思っただけなのに、気付いたら一話分の長さになってました……。ファウンデーション組は出てこないザフト組のお話になります。
※今話から登場のアグネス・ギーベンラートについて。
原作小説ではアカデミー卒業時の彼女の成績は「優等生」とぼかされていますが、本小説では諸事情により「首席」という設定を追加させてもらっています。
※過去回想にて児童に対するやや過酷な描写が一部含まれます。苦手な方はご注意下さい。
月基地で活発化する地球軍艦隊の動きを受けて、ザフトはハリ・ジャガンナートの指揮の下、プラント防衛ラインに守備軍を総動員させた。現在、その軍事ステーションにて、将校クラスを集めたブリーフィングが行われている。
「結局はこうなるのかよ、やっぱり……」
地球軍の連合艦隊は今に開戦に踏み切ろうという気配があって、ブリーフィングに召集された者の中で、イザークはそれを実感していた。
まず間違いなく、地球軍の連合艦隊は攻撃を仕掛けてくるだろう……。
ナチュラルとコーディネイター、どちらかがどちらかを滅ぼすまで終わらない戦争が、またも再開される──されてしまう。悔しくもこのとき、イザークはそれを実感したのだった。
「ジュール隊長」
そこから、長かったブリーフィングが終わると、イザークは参謀の者に呼び止められた。
「今回の行軍だが、その……なんだ。貴官の隊に、加えてやって欲しい
「は? ──私の隊に、でありますか?」
「ああ」
参謀の男は「入りたまえ」と云った。それを合図とするように、ドアの向こうからひとりの少女が部屋に入ってくる。赤い髪を、ツインテールに結わいた少女だった。
彼女はイザークを見るや、即座に敬礼し、名乗りを上げる。着ている制服は──ザフトレッドだ。
「アグネス・ギーベンラートであります! よろしくお願いします!」
云うなり、彼女はイザークの手をぎゅっと握って上目遣いで距離を縮めてきた。きゅるん、という漫画でいう擬音が聞こえてきそうなほどに潤ませられた瞳に、イザークも不意にドキッとする。
──なんだ、この女は!?
しかし、すぐに我に返って手を外し、毅然として応じた。この乙女の顔を即興で作れるのなら大したものだ。それはあまり女性というものに耐性のない、イザークなりの感想だった。
「自己紹介は終わったな? 彼女は訳あって月軌道に配属されていたエリートなのだが、本人たっての希望により、今回の行軍に加わることになった」
臨時で寄越された補充戦闘員。そこで、受け入れてくれる部隊を探していたということか。そして理由は分からないが、その着任先にジュール隊は選ばれた。
しかしながら、イザークは貧乏くじを引いたような心持ちになったという。別に目の前の美少女の気配が苦手だとかいう話ではなく、隊長として正当な感覚と云うべきか。つまり、素性のよく分からない人間を隊の内に引き入れることで、隊員達の足並みが乱れることを恐れたのだ。
苦い顔を浮かべているイザークを、参謀の男が肩を抱いて部屋の隅に連れて行く。そして小声で云った。
「──今回だけだ、よろしく頼むよ……」
「は、はあ」
「それと心配しなくとも、彼女はモビルスーツパイロットとしては実に優秀だ。はっはっは」
そうして挨拶を済ませた後、イザークは〝ボルテール〟へ戻るために廊下へ出た。
そこで待っていたのはディアッカだった。
「聞いてたぜ? ラッキーじゃねーか、イザーク!」
その男ときたら、見事に陽気なものだ。アグネスを加入させる話を聞──盗み聞いていたのか。
こう見えて、ディアッカは狡猾な男だ。ブリーフィングを終え、イザークだけがその場に残されるという『異常事態』を、そんな彼が大人しく見逃すはずがない。
今の彼らは互いに隊長で、戦友であると同時にライバルでもある。昔ほど苛烈に競い合っているわけでもないが、心のどこかで意識し合っているのは確かだろう。だからこそ今回、ディアッカはイザークの抜け駆けを想定して、しかしながら、今回ばかりは杞憂に終わったらしい。
「あのワルキューレが、臨時とはいえお前の下に就くんだって? 可愛いし、役得だなぁ、おい!」
ディアッカは我が身のように嬉しそうにはしゃいでいるが、イザークの方はむっつりとしている。
そもそも、出会い頭にいきなり距離を詰めてくるようなタイプは、イザークの性向ではないのだ。あの男を品定めするような目もどこか好かんし──が、彼女について気になった部分も、ないわけではない。
「可愛いだとか、役得だとかはどーでもいいが。……ワルキューレ?」
戦乙女・戦女神という意味の、また奇異な称号だ。ディアッカは「知らないのか?」と答えた。
「彼女の二つ名みたいなもんで、巷ではちょっと有名なんだぜ?」
「アカデミーを卒業したばかりの新兵に、何が二つ名だ。どうせ軍広報部のプロパガンダだろう?」
「ないとは云わねぇけど。ただ、全部が全部、
ほう、とイザークは感嘆する。
「なんせ彼女、今期のアカデミーでは首席だったらしいからな」
それを聞いて、流石のイザークも驚きに目を開いた。どうやら、優秀だというのは事実のようだ。
実力主義のザフトにおいて、アカデミーの成績順には価値がある。信用を置きすぎるのも危険だが、兵士としての能力を見る上で、やはり一定以上の指針となるのは確かだ。
「首席、か」
その言葉が、なんとなくイザークは嫌いだった。彼がまだアカデミーの訓練生だった時代、自分からその座をかっさらっていったのがアスランだからだ。イザークにとっては、あの男による屈辱の日々を嫌が応にも思い起こさせる言葉なのだ。まあ、別に大した話でもないし、今となっては単なる与太話でしかないわけだが。
──いや、待て。そう考えるとおかしくないだろうか?
「その栄えある『首席様』が、なぜ、こんな所で補充戦闘員なぞに甘んじている? 最新鋭艦の〝ミネルバ〟にでも、配属されて不自然はないだろうに」
「さあ、分っかんね。彼女、父親が〝プラント〟の高官だから──それで前線を下げられたとか?」
よくも知っている──と思ったが、これはディアッカの悪癖で、割といつものことだった。彼好みの美少女を軍内部で見つけたら、まずはその身辺情報をリサーチする所から始める。ナンパするために外堀を埋めてから狩りにかかるとでもいうのか、そういう所でも狡猾なやつなのだ、この男は。
「まったく。どこの世界でも、親がやることは変わらんな」 そう嘆いたイザーク自身も、先の大戦終盤では
「……でもまあ、そう云われると、確かに妙だな」
「何が?」
「いや、おまえの云う通り、彼女だけはこっちに配属されて──けど、彼女以外で優秀だった今期のアカデミー連中は、その殆どが〝ミネルバ〟に配属されてる」
またも美少女と名高いホーク姉妹。と、レイ……とか云ったか? まあ憶えてないが、その他大勢の
ディアッカは皮肉げに続けた。
「たとえば、お前と同じで
「余計なお世話だ馬鹿者!?」
「──の子は、今は〝ミネルバ〟配属だろ?」
「俺が知るか!」
「ホラ、アレだよ。〝ユニウスセブン〟の破砕作業にも加わった、〝インパルス〟のパイロット」
──ああ。
そう云われると、イザークも納得する。たしかに一度は戦場を共にした間柄のようだ。直接的な会話や接触はなかったために、面識があると云ってのけるには軽薄すぎる関係だが。
「名前はたしか、アトラ・デンソン」
これまた美少女であることから、ディアッカ謹製の美少女
ふわりとした金の髪、赤い目をした大人しそうな女の子だ。
「ただ、俺がアグネス・ギーベンラートの立場なら、絶対に納得いかないね」
「…………!」
「お前だって、ライバルだけが優遇されてりゃキレるだろ?」
云われてみれば、それはイザークも同意する所だった。
──仮にその話が本当なら、アグネスとアトラ、二人の同期生には待遇の差があり過ぎる。
二年前、アカデミーを出たばかりの自分達は最優秀層からクルーゼ隊に放り込まれた。結果としてイザークやディアッカ、アスランはそれぞれ〝デュエル〟に〝バスター〟に〝イージス〟──同列のモビルスーツを敵国から奪取し、以降は己の搭乗機としたのだ。
それと比較すれば、今期の人事はやはり不適当に思える。よりにもよって首席のアグネスが後方に配置され、しかも受領したモビルスーツは〝ザク〟だという。かたや、次席のアトラが〝ミネルバ〟に登用され、最新鋭の〝インパルス〟まで受領したともなれば──
「……なるほど。それで今回、あのお嬢様が出てきたわけか」
イザークは妙に納得し、深い溜息を吐いた。
おそらくアグネスは、月軌道という最後方で待たされる現状に業を煮やし、最前線の表舞台に出てくることを希望したのだ。
──高官の娘であれば、多少のワガママを通すことも可能だろうし……。
若さ故の功名心。だが、そのような個人の思惑に振り回されるこっちとしては、やはり堪ったものではない。
「厄介なものを押し付けられたものだな、俺も」
「何言っちゃってんの、お前も昔は大概だったぞ」
ディアッカは忠言として云ったつもりだろうが、イザークは心外だった。
まるで自分が、昔は功を焦って突撃する猪武者だったような言い草ではないか。
「ふーん、ジュール隊長かぁ」
ブリーフィングルームを後にして、アグネスはひとりごちていた。
「ちょっと、想像と違ったかな」
このとき、アグネスは自身に釣り合う『ハイスぺ系男子』を探していた。
その点、イザーク・ジュール隊長と云えば、まさしく理想的な人材だった。先の戦争では精鋭揃いの元クルーゼ隊に所属し、戦役を通して数々の戦績を挙げた誰もが知るザフトのエースパイロット。顔立ちも怜悧で美形、アグネスのタイプだ。
──そんな男を
今回、アグネスがジュール隊への加入を希望したのはそれが理由だった。あの参謀の将校もそうだったが、男というのは馬鹿な単細胞の集まりで、少しばかりアグネスが潤んだ眸で〝お願い〟すれば、大抵のワガママは通ってしまう。
──でも、ちょっとイメージと違った。
着任挨拶のとき、手練手管の『必殺技』を仕掛けてみたが、求めた反応は返ってこなかった。
イザーク・ジュール隊長。あれは思った以上の堅物だ。周囲に女っ気がないのはポイントとして高かったが、それは裏腹でもある。仮に付き合えたとしても、あのように硬派ではアグネスの自尊心を満たしてくれそうにない……つまり、仕事や任務にかまけて、恋人の事をまったく優先してくれそうにない。アグネスは自分にすべてを捧げてくれる男が好きなのだから。
となると、次点でディアッカ・エルスマン隊長を狙ってみるか? いや、あれも駄目だ。ジュール隊長と同じ経歴でハイスぺなのは間違いないが、逆に軟派で、女っ気がありすぎる。それだと周りには一時の気の迷い、火遊び程度にしか認知されず、アグネスが求める優越感には繋がらない。個人的にはすべてを捧げて大切にしてくれるとは思うが──飽きるのも早そうだ、主にアグネスの方が。
「はぁ、どこかにいい男いないかなー」
大体──と、アグネスは憤懣を溜め込んだように表情を険しくする。
──なぜ、私のような人間がこんなところに居るのだろう。
優秀な成績、それもトップの成績でアカデミーを卒業した。親は〝プラント〟政府の高官で、家柄でもトップクラスの上流層だ。有能な上に、ビジュアルも良くて、胸だって大きい。これほどの美少女はこの世に二人といないというのに、なぜか人事部はこれを評価せず、月軌道なんかに私を配属させた。
──なんで私だけ〝ミネルバ〟じゃないの?
レイ・ザ・バレル。
ルナマリア・ホーク。
メイリン・ホーク。
ヴィーノ・デュプレ。
ヨウラン・ケント。
アグネスと共にアカデミーを卒業した同期生達は、その多くが〝ミネルバ〟に配属された。
だというのに、自分だけが後方の月軌道──よりにもよって『凡人』のマユ・アスカと同じだなんて!
同期生のマユは、アグネスから見て凡人だった。アカデミーでは優秀層より一つ下の中間層が定位置で、成績競争において注意を払う必要性すら感じなかった有象無象の一人。落ちこぼれとまでは云わないが、決して一流には届かない二流市民──
だが、そうして同僚になるはずだったマユは、風の噂で〝ミネルバ〟に急遽編入されたと耳にした。なんでも彼女は、〝アーモリーワン〟で起こった混乱に乗じて
──ひとりだけ抜け駆けするなんて!
完全に出し抜かれた! そんな彼女の狡猾さに、アグネスは思わず感心してしまった。大人しそうな顔をしておいて、やるときはやる女だったわけだ──マユ・アスカ、どうやら彼女への評価は改める必要があるらしい。
(でも、おかげで踏ん切りがついたわ)
良くも悪くも、アグネスはマユの遣り口から学んだ。月軌道という左遷コースから〝ミネルバ〟の出世コースに転がり込むためには、彼女のように手段なんて選んではいられないのだと。
だからこそ、アグネスは今回の行軍に志願したのだ。出遅れた分を取り戻すために。
広報用のプロパガンダではなく、自分が本物の『ワルキューレ』──戦場における唯一無二の女神であると証明するために。今期の首席として相応しい舞台──今度こそ、華やかな表舞台に返り咲くために!
「それもこれも、全部あの女のせいよ……!」
自分より劣る『次席』の分際でありながら、なぜかデュランダル議長の寵愛を受けて〝インパルス〟を授かった女──
敵愾心を隠さず、アグネスは心の裡で黒い炎を燃やす。
──アトラ・デンソン……!
あの女を、決してアグネスは許さない。
自分をこんな所に左遷させておいて、あんな女だけがスポットライトを浴びるなんて!
「今に見てなさいよ──アトラ・デンソン!」
今度こそ証明してやる。
自分こそが、他の誰よりも優秀だということを。
数時間後、大西洋連邦大統領、ジョセフ・コープランドによる緊急声明が発信された。
〈これより私は、全世界の皆さんに、非常に重大かつ残念な時代をお伝えせねばなりません……〉
世界同時に配信された放送を、宇宙の軍事ステーションで待機しているイザークらだけでなく、地上のジブラルタル基地に入港している〝ミネルバ〟からも受信することができた。
〈この事態を打開せんと、我らは幾度となく協議を重ねてきました。が、いまだ納得する解答すら得られず、この未曽有のテロ行為を行った犯人グループを匿い続ける現〝プラント〟政権は、我らにとって明らかな脅威であります!〉
その放送には嘘があって、実際には協議など一度も行われなかった。連合がそれを持ち出す姿勢すら持たなかったことが原因なのだが、それが示すメッセージなど明らかだ。
コープランドは裏切られたと云わんばかりに沈鬱な表情を浮かべているが、真相を知る者からすれば茶番でしかない。これは最初から予定されていた文言を読み上げるだけの、無味乾燥な朗読会であると云えた。
〈よって、先の警告通り、地球連合各国は本日午前零時をもって、武力によるこれの排除を行使することを──現〝プラント〟政権に対し通告いたします!〉
そうして声明が終わると──開戦。
イザーク達が出撃する、宇宙での戦闘が。
否、二年の時を越えて、ふたたび〝戦争〟が始まったのだ。
ジブラルタル基地の明朝、朝跨ぎ。
普段なら当直の者以外は眠っているであろうこの時間、そこに入港していた〝ミネルバ〟のクルーは全員が起きていた。大西洋連邦大統領による〝プラント〟へ対する宣戦布告──このアナウンスを前にして、艦内にも一応のアラートが発されたからだ。
「地球軍艦隊って──間違いないの、それは?」
その艦橋にて、タリアがメイリンに尋ねた。
メイリンはなかば慌てた様子だが、問いに対して端的に答える。
「はい、基地の大型レーダーに反応があり、地球軍艦隊が進軍してきていると……」
ジブラルタルに接面する、アルボボラン海に多数の熱紋反応がある。スエズ基地のある方角だ。
──このタイミングで……?
そして、やはりメイリンの報告は正しいのだろう。ほとんど同時に基地全体にアラートが鳴り響き、コンディションレッドが発令される。コープランドの声明を警戒した第二次戦闘配備ではなく、戦闘を見越した第一次戦闘配備だ。
「──
「艦長、これは……!」
副長のアーサーほか、ブリッジの管制員が慌ててブリッジへなだれ込んでくる。
タリアは判じて云った。
「月艦隊を動員し、〝プラント〟本国への攻撃を仕掛け──同時に地上では駐留拠点を
タイミングとしては出来すぎている、タリアはそう感じた。
ブレイク・ザ・ワールド──先の〝ユニウスセブン〟落下テロ事件は、そう呼称されるようになった──を口実として、大西洋連邦大統領が一方的に報復宣言を行い、宇宙では〝プラント〟本国に向けて進軍を開始。時を同じくして、水上艦隊はカーペンタリアとジブラルタルへ派兵し、地上に構えるザフトを一気に殲滅にかかる──
まるで決着を急くような同時攻撃だ。彼らは短期決戦がお望みなのか?
「考えたって仕方がない、仕掛けてくるのなら応じるしかないわ。──現に、もう開戦まで宣言されてしまっているであれば、なおさら」
その号により、〝ミネルバ〟艦内でもコンディションレッドが発令される。パイロットはモビルスーツでの待機命令が下され、レイ、ルナマリア、そしてアトラの三名はそれぞれの搭乗機に向かった。
アトラはコアスプレンダーに飛び乗り、OSの立ち上げ作業にかかる。通信機からルナマリアの声が聞こえてきた。
〈ほんと信じらんない! わたしたちは〝ユニウスセブン〟を砕いたっていうのに、なんでそのことで、戦争にまで持ってかれなきゃいけないわけ?〉
開戦という現実の重さに動揺しているのか、ルナマリアの言葉には棘があった。だが、彼女達は事実として地球を救った側の人間で、実際にそう発言する権利があった。そもそも〝ユニウスセブン〟の災厄は、一部の過激な犯罪者共が引き起こしたものだ──〝プラント〟の関与などなく、しかも自分達はそれを阻止するために戦い、破砕作業までしてあげた。
──ええ、そうよ。
地球軍側が何の対策も打てなかった時点で、その表現は正しい。ルナマリア達が動かなければ地球の被害は今の比ではなく、今回の開戦を主導した大西洋連邦とて、それを宣言する体力すら残らなかったかも知れないのに。
〈こんなんじゃ、地球にいる人達を恨みたくなるのも分かる気がするわ!〉
ルナマリアは先の戦争を経験していないし、そこで実際に戦った英霊達の思想や信念まで理解しているわけではないが、理不尽に対する反抗心、納得できない怒りから、敵に対して隔意を抱くのは感情を持つ人間としてはごく自然な発想だ。
アトラは口を開いて、そんなルナマリアを宥める。
「でも、開戦したがっていたのは大西洋連邦だよ。連合っていったって一枚岩じゃない──市民は勿論関係ないし……ね」
〈わかってるわよ! わかってるけど……〉
アトラは間違ったことを云ったつもりはなかった。今回の戦争を望んだのは「地球にいる人間」ではなく、あくまで「大西洋連邦」であるはずなのだから。
「もしかしたら、その大西洋連邦でさえ、誰かに操られているのかも知れないけど──」
しかし、このとき彼女が云いたいことは明らかだ。
怒りや憎しみの感情に身を任せて、いたずらに主語を大きくするような振る舞いは、その先で必ず暴走と誤解を生む。地球連合と戦争をしていた筈が、いつしか地球に住まうナチュラルの全人類を排斥する方向に走り出した先のパトリック・ザラ政権は、過激化する戦争の中で、その点を履き違えたからそうなったのだ。
無論、それは歴史書から学び取ろうとした、アトラなりの解釈ではあるが──
「ユーラシア連邦にしたって、あの国は今、
ブレイク・ザ・ワールドによる異常気象をはじめ、食糧難、エネルギー問題──その他さまざまな理由によって、禍根となりうる火種は、今は世界中に燻っている。
土壌があり、予兆があった。
終戦後、南アメリカ合衆国が蜂起を起こして大西洋連邦から自治独立を勝ち取ったように──エドワード・ハレルソンという英雄を生んだように──先の大戦で大国の属国として扱われた小国が、暴力に訴えて反旗を翻す流れは今や世界中で蔓延している。
──およそ半月前、ユーラシアからの離反を表明したファウンデーション王国も、その一つだ。
アトラにとっては記憶に新しい、ユーラシア南部にある、歴史はあるが小さな国の、思わぬ独立宣言だった。
それに同調した他の地域──たとえば、ディオキアやガルナハンの街──も次々に離反の動きを見せ始め、ユーラシア連邦はそうした内乱の鎮圧に追われ、今は
勿論、ブレイク・ザ・ワールドによって受けた被害が最も大きかったのもユーラシア連邦で、そうであれば余計だろう。このタイミングでの強引な開戦は、明らかに大西洋連邦による独断専行だ。
〈悪いのは大西洋連邦──ね。そう云われると、なんかハッキリして分かり易くなるわ〉
目標は、出来る限り分かり易い方が良いものだ。
そこにレイからの通信が入ってくる。
〈とはいえ、今は目の前の窮地を乗り切らないことには、俺達はその『
あの生真面目なレイにしては冗談が利いた表現だったが、簡潔に云ってくれるところは彼の良いところだ。
アトラは溜息をついて、改めてブリッジから送られてきた光学映像を目にやる。
既に地球軍艦隊は、大小それぞれの艦隊が並び、ジブラルタル基地を望むアルボボラン海沖に布陣を終えていた。上空には空を埋め尽くすほどの空戦用モビルスーツ──〝ウィンダム〟や〝ダガーL〟が展開し、ここからでは見ることはできないが、水面下でも水中用モビルスーツ──〝ディープフォビドゥン〟の熱紋も確認されているという。成程、監査用拠点とはいえ、ザフトの軍事基地を陥落させるには十分すぎる戦力を持ってきたわけだ。
「増援は……見込めないよね」
それに対するジブラルタルの駐留軍は、目の前の大艦隊に対してはやや心許なく、幸か不幸か〝ミネルバ〟がこのときに入港していたのは幸いだろう。
いや、戦力で云えば然程変わらないか? なにせ〝カオス〟〝ガイア〟〝アビス〟〝セイバー〟に続いて〝アリアドネ〟まで喪失した今の〝ミネルバ〟で、まともに稼働できるパイロットと機体は三名と三機だけなのだから。せめて宇宙軍からの増援を期待したいところだが、そちらも今は手が回らない状況だろう。
〈艦長、タリア・グラディスより〝ミネルバ〟全クルーへ〉
そんなとき、艦内にタリアからのアナウンスが響き渡った。
〈現在、本艦の目の前には、空母六隻を含む地球軍艦隊が展開中である。これは
タリアの声は滔々と続けられた。
〈我々には、ジブラルタルの駐留軍と力を合わせ、これを迎撃・撃退する他に活路はない〉
理解を促す言葉に、クルー達も少しずつ自分達の置かれた状況が理解できてきたようだ。
〈先の声明に合わせ、現在〝プラント〟では防衛ラインでの艦隊戦が行われ、ザフト宇宙軍は、我らの故郷を守るため懸命に戦っている──〉
その言葉に、一同が弾かれたように顔を上げた。この〝ミネルバ〟クルーの殆どは〝プラント〟で生まれ、〝プラント〟で育ってきたのだ。少なくともアトラは違うが、彼女としても、あの砂時計が第一の故郷であると自負している彼らの同胞の一人だった。
〈彼らと志を同じくし、我々も絶対にこの地を守り抜かなければならない〉
これは、今までに〝ミネルバ〟が繰り広げてきたようなゲリラ戦ではない。
──艦隊戦だ。
故にこれまでとはステージが違い、かつてないほどに厳しいものになるだろう。
〈この〝ミネルバ〟クルーとしての誇りを持ち、最後まであきらめない各員の奮闘を期待する!〉
戦争はもう、始まってしまったのだから。
そうして〝ミネルバ〟のカタパルトが開放される。
大西洋に隣接するジブラルタル、目先の海上に、たしかに何隻もの揚陸艇の艦影が見える。
アトラはキッと顔を上げ、発進した。
「アトラ機、〝コアスプレンダー〟行きます!」
白い戦闘機が空へ飛び立ち、それに続いてレッグフライヤー、チェストフライヤー、フォースシルエットが射出され、それら全てが空中で鮮やかな合体を遂げた。
ツインアイを輝かせた〝インパルス〟がシールドを広げ、一機に上空へと舞い上がった。
敵の先遣隊は、目下を覆う〝ウィンダム〟だ。その群れに、アトラは翼を広げて切り込んでいく。
ビームライフルを連射し、正確な火線が〝ウィンダム〟の隊列に次々に穴を空ける。とはいえ、その穴は放っておけばすぐに別の機体で埋め合わせられてしまう──それほどの軍勢だ。だがアトラはみずからその穴に飛び込み、今度はビームサーベルを抜き放って敵部隊を攪乱する動きを見せた。
(こうも多勢に無勢じゃ、射撃戦をやっても一方的になるだけか)
それゆえビームサーベルで斬りかかり、すれ違いざま、一機の〝ウィンダム〟の頭部を削り取る。
そのとき脇から別の〝ウィンダム〟がビームを撃ってきたが、勢い余ったのか、アトラはすかさずその射線から離れた。するとその光条が、たった今切り捨てられた〝ウィンダム〟を貫通し、これを爆散させてしまった。
声を聴いたわけでも、表情を見たわけでもないのに、敵部隊に微妙な沈黙が流れたのが手に取るように分かる。敵機は〝インパルス〟への対応を焦ったばかりに、射線上に居合わせてしまった僚機を誤射したのだ。
(──まあ、それが狙いなんだけど……!)
正確に云えば、アトラが盾にしたのだ。
結局、人数差がある場合にはこうして敵陣に切り込んだ方が、敵は無暗矢鱈と射撃できなくなる──形だけでも少人数戦に持ち込めるため、有効なのだ。そうしてアトラの〝インパルス〟は、サーベルを握り次々に〝ウィンダム〟へ飛び移るように襲い掛かっていく。
その頃、後方で〝ミネルバ〟も出撃し、これもまた、海洋上で戦闘を開始した。その傍らには数隻のボズゴロフ級も展開し、デッキから複数機のモビルスーツを発進する。中腹のデッキからは水中用モビルスーツ──〝グーン〟や〝ゾノ〟が出撃し、天門から打ち上げられた機体、スチールグレーのモビルスーツは変形しながら空に舞い上がり、アトラに続いて〝ウィンダム〟部隊への迎撃に入っていった。
「──〝バビ〟?」
それを認めたアトラが驚きの声を挙げる。地上戦用のモビルスーツ──〝ディン〟の後継機として開発された、ザフトの新型モビルスーツだ。まさか、もう実戦配備が進んでいたなんて。
〝バビ〟の機体は〝ディン〟と同様、格闘戦用の兵装はオミットされているが、それを補うほどの射撃武装を搭載している。可変機構を有し、何よりその機体は、地球の重力下でも単独飛行することが可能だった。それまでたった一人で空へ出ていた〝インパルス〟にとって、何よりも心強い存在だ。
「ルナマリア達も、いっそ乗り換えてくれないかな?」
〈聞こえてるわよー!〉
思わず毒づくが、通信からルナマリアの棘のある声が聞こえてくる。
どうやらアトラは失態を演じたらしい。通信に入らないように云ったつもりだったのに──まったくコーディネイターの耳の良さときたら。
〈悪かったわね! こちとら動く砲台で!〉
「そんなつもりで──云ったね、ごめんごめん!」
二人の〝ザク〟は大気圏内では飛行する能力を持たず、今は〝ミネルバ〟艦上で突撃銃や〝オルトロス〟を用いた迎撃に専念しているのだ。
だからこそ、アトラは〝フォース〟で空を飛び回っているのであり、そんな彼等の戦闘を、地球軍の艦隊司令は憮然とした面持ちで見ている。
「……なるほど、たしかになかなかやる艦だな」
彼はジブラルタル陥落の命を受けた艦隊司令であり、上から出された命令書──および、例の〝ミネルバ〟に関するロアノーク隊からの報告を受け取っていた。強敵であることは既に分かっていたが、このときの彼には危機感を憶えているような素振りはない。
「〝ザムザザー〟発進だ。空の覇を争う戦いで、後れを取るわけにはいかん」
「は。すぐに発進シークエンスを開始します!」
その一言で、格納庫に指令が下される。
「身贔屓かも知れんがね。私はこれからの主力は、ああいった新型のモビルアーマーだと思っている。ザフトの真似をして作った、蚊トンボのようなモビルスーツよりもな……」
〈ズールー01、リフトアップ〉
アナウンスと共に、旗艦のヘリポートが開く。
するとそこから、邪悪な面妖をした巨大な機影がせり上がってきた。YMAF-X6BD〝ザムザザー〟──ヤシガニのような甲殻類を思わせる形状の、恐るべき巨大モビルアーマーだ。四脚に高エネルギー位相砲〝ガムザートフ〟を装備し、前の二脚は近接戦用のクローたる〝ヴァシリエフ〟としても使用が可能だ。
〈続いてズールー02、リフトアップ〉
そして〝ソレ〟は、
後続する艦のヘリポートから、実にもう一機の〝ザムザザー〟がその姿を現した。合わせて二機──数で云えばそれだけだというのに、戦力で云えば空を埋め尽くす〝ウィンダム〟よりも遥かな脅威だ。
ザフトは新型の空戦用モビルスーツ──〝バビ〟──を空を制すために切り札として出してきたようだが、その程度の戦力、かの〝ザムザザー〟の前では全くもって恐るに足らず。
「〝ザムザザー〟こそ、我らの力の証明だ!」
声高に宣言し、巨大な機影が飛び上がってゆく。
──〝ザムザザー〟こそ力の証明。
地球軍将校の謳い文句は、結論から云えば間違いではなかった。それまではザフト優勢で進んでいた戦いが、これをもって、一気に傾くことになるのだから。
「アーサー、〝タンホイザー〟起動! 前方の艦隊を薙ぎ払う!」
「ええっ!? しかし、大気圏内で!」
「──沈みたいの!?」
地球軍艦艇から打ち上げられた巨大な機影を、すでに〝ミネルバ〟でも捉えていた。
──あんなのに詰められたら、戦線はおしまいだわ!
たしかに、陽電子砲の使用は地上では望ましくないとされている。だが、やるかやられるかの瀬戸際で、そんな悠長なことを云っている場合ではないだろう。
先の大戦終盤でも、地球連合は虎の子の大型モビルアーマーを実戦に投入した。そしてそれは切り札的な用途で使われたと聞いている。
おおよそ、あの大型モビルアーマーも同じだろう。空戦部隊が劣勢になりつつあるタイミングで追加投入されたということは、アレこそ敵軍の切り札で──厄災の芽は早めに摘んでおくべきだ。
「──照準、敵モビルアーマー!」
二機の内、一射で狙えるのは一機のみ。
だが、それで充分だ。
「撃て!」
凄絶な破城光線が迸ったその瞬間、照準先のモビルアーマーが聳え立つような不自然な前傾姿勢を取った。その表面に光の幕が張ったかと思った途端、〝タンホイザー〟が直撃する。爆圧が海面を押し上げ、水面でも巨大な水蒸気爆発が起こる。
煙と光が晴れたとき、しかし、モビルアーマーは何事もなかったかのように海洋上に浮かんでいた。先の一射から地球軍艦隊を守り抜いたのだ。
「〝タンホイザー〟を跳ね返した……!?」
そして二機の内の一機、たった今〝タンホイザー〟を弾き返した方が、標的を見つけたとばかりに〝ミネルバ〟に向けて突っ込んでくる。
くっと喉を鳴らし、タリアは即座に判断を下した。
「アーサー、アトラを戻して!」
──取り付かれたらおしまいだ!
いつもいつも、同じ命令ばかり出しているような気がする。
しかし、それはやはり仕方がないのだ。タリア達が直面する戦闘において、今までの全てが〝インパルス〟──アトラの活躍こそ生命線なのだから。
二機の〝ザムザザー〟のうち、一機が盾であるならば、もう一機は矛だった。
つまり、先程〝タンホイザー〟から艦隊を守り抜いた方──ではないもう一方の機体は、このときザフトの空戦部隊に向かって、恐るべき機動力で挑みかけてきていたのだ。
四本の脚部から放出される位相砲〝ガムザートフ〟は、一撃でモビルスーツを焼却するパワーを持っている。飛び交う〝バビ〟の部隊が胸部の複相ビーム砲〝アルドール〟を撃ちかけるが、それは機体表面に展開されたビーム性の膜──おそらく陽電子リフレクターだ──に弾かれて、敵機に疵ひとつ付けることもできない。おそらく〝ミネルバ〟の陽電子砲を跳ね返したのも、あの防御壁によるものだ。
「〝バビ〟じゃ無理だ!」
味方の戦線に対して、アトラは叫んだ。
少なくとも、陽電子リフレクターを突破するためには、障壁に対して一定以上の出力でビームを発心し続ける必要がある。つまりはビームサーベルの類が有効なのだが、格闘戦兵装がオミットされた〝バビ〟はそれを持っていない。
〈……トラ……戻っ……! もう一機…………かれちゃ……っ!〉
陽電子砲を使用した電磁干渉の影響で、メイリンの声が僅かに届く。全ては聞き取れなかったが、つまりは戻ってこいという指示か? でも──
「──その貧弱なボディ! 引き裂いてくれるわ!」
敵の大型モビルアーマーのパイロットが叫ぶ。アトラがさっと目を後方に戻すと、やはり、矛の役割を担ったモビルアーマーに〝バビ〟の空戦部隊が撃滅されてゆく。
ある一機は位相砲で撃ち抜かれ、ある一機は、展開されたクローに捕縛された。抵抗する動きを見せたところで逃げられない──そのまま赤熱化した鋏の力で破断され、機体は真っ二つにされて海へ墜ちてゆく。
アトラはそれを、忸怩たる思いで見送った。〝バビ〟が有効な兵装を持たない以上、彼らに出せる指示など「逃げ回れ」以外にないのだ。しかし……
──巨大な機体、巨大な
次々にクローを用いて〝バビ〟を捕縛してゆくそのモビルアーマーは、まるで狩りを行う猫のよう。一方で、無力化され、続々と喰い散らかされる〝バビ〟は鼠だ。ただ捕食者に屠られるだけの存在に成り下がっている。
そうして次の標的を見つけたとばかりに、今度のモビルアーマーは〝インパルス〟めがけて突っ込んでくる。やはり鉤爪を開き、アトラのことを真っすぐに捕縛するつもりで──
「────」
その真っすぐで、ともすれば安直な動きに、アトラは理解してしまった。
──この敵の戦い方は、自機の規格の大きさに増長した、ひどく乱暴なものだ。
──追い詰められた鼠は、猫を噛むことだってあるのに。
弱者の逆襲が、その一撃で強者の喉を切り裂いて、致命の傷を与えることだってあるだろうに?
──その可能性と危険性を、彼らは微塵も直視しようとしない。
自分にとって矮小と見なした相手を侮りきった戦い方──ナチュラルに過ぎない彼らが、コーディネイターに下剋上を果たしているという至福感がそうさせるのか? ──相手よりも巨大であるというだけで、どうしてコイツは、そこまで自惚れた振る舞いができるのか。
つけ上がり、増長した『敵』が発する、本気の害意──
それらが彼女の中の『地獄』を呼び起こし、あてられた少女の魂を霊障に突き落とした。
────アトラ・デンソンは、オーブで誕生したコーディネイターである。
血を薄めたような赤い瞳に、蜂蜜に金粉を振りまいたような金の髪。両親は共にナチュラルで、オーブの軍需産業社「モルゲンレーテ」に勤めていた優秀な技術者だった。
そんな技術者夫妻の間に生まれ、彼女もまた、将来は優秀な技術者となることを夢見た。そうであるからこそ、彼女はアカデミーにおいてもパイロットではなく、設計局への進路希望を出したのだ。
(〝インパルス〟のパイロットに選ばれた今でも、それは変わってない)
マユにはもう話したのだったか。アトラはもともと〝インパルス〟のテストパイロットとして、ギルバート・デュランダル氏に抜擢された。ザフトにおける最新鋭の技術が盛り込まれた〝インパルス〟を、あくまで技術者としての目線から見て乗って、そのアップデートを目的とした試験に携われることを魅力に思い、テストパイロットの任務を引き受けたのだ。
──勿論、正規パイロットとしても『続投』することを、彼女は議長に命じられたわけであるが。
本人の名誉のために云えば、それがアトラ本人の希望ではなかったことは明らかだ。当時の時点での彼女は、まさか自分が
────そもそも、オーブに生まれた彼女が〝プラント〟へ引っ越してきたのは、今から七年前。
アトラがまだ九歳の頃だった。
母は彼女が幼少の頃に死別し、以降は父子家庭の中、父の愛情ひとつで育てられた。オーブから転居した理由は、端的に云えば同級生による〝いじめ〟被害──当時の彼女は、通っていたプライマリースクールで浮いていて、それを理由に、クラスメイト達から乱暴と迫害の対象となっていた。
──オーブは、ナチュラルとコーディネイターの『平等』を尊ぶ国。
──だがそれは、必ずしも『公平』であることを意味しない。
父はオーブを愛していたが、それでも、オーブの教育環境や学校制度に対しては限界を感じていた。子ども達に対する『平等』を目的とした
親馬鹿と云われればそれまでだが、父はナチュラルであったがために、余計にコーディネイターである娘のことを天才と信じて疑わなかった。
アトラであれば、半年あればこなせてしまうであろう教育課程──それを、ナチュラルも含めたその他大勢のクラスメートのために、何年もの時間をかけてこなす必要をスクール側は強要したのだ。集団の歩調を揃えるため、国が理想として掲げる『平等』の教育のために。
──その無価値で退屈な時間を、当時まだ十歳にも満たない子どもが、耐えられるはずがない。
父が妄信した通り、たしかにアトラという子は規格外に賢かった。
だが、己を自制するには、当時はまだ幼すぎた。彼女はプライマリースクールで歯止めを利かせることを忘れてしまい、教科書だけでは飽き足らず、大人が読むような機械工学の専門書にも目を通すようになり、その内容すらも暇があれば丸暗記しようとした。
そのような行いは、しかし、ごく普通の子ども達から見れば狂気の沙汰だ。
しかも質が悪いことに、当時のアトラは、周りにいる同級生に対しても自分と同じレベルの振る舞いを要求した。悪気はなかった。それでも、同年代の子ども達の呑み込みの遅さと頭の悪さが純粋に気に入らなくて、子どもらしく当たり散らしてしまったことも現実にあったのだ。
『どうしてこんなことも出来ないの?』
その無礼千万で、しかしながら子供っぽい素行の結果として、アトラは当然のように孤立した。集団の足並みを乱す異分子として、スクール中から『問題児』の烙印を押されたのだ。
立場は逆転し、クラスの中で強く当たられるのは彼女の方になった。個の力で敵わないことを知る者は集団の力で少女を征服し、ただ年を重ねただけの大人達もまた、自分達ですら解らない学術書の内容について質問してくる彼女の聡明さを不気味に感じ、日常的に行われるいじめに対し見て見ぬ振りを行った。
──このままでは良くない。
夜遅く泥と絵具を頭から被って帰宅した娘を見て、これを愛する父は独断で転校を決めた。子どもの個性を尊重し、適性に応じた高等教育を行ってくれるという〝プラント〟の方が、ここよりも遥かに住みよい環境だと考えたのだ。狭苦しいちっぽけな島国で燻っているより、広大な宇宙に飛び出していってしまった方が、生来、知的好奇心豊かな娘の将来のためになる──そう考えたからだ。
──父は、私を愛してくれていた。
でも……。
──そんな父も、先の戦争で死んでしまった。
今年で十六になるアトラがザフトに志願したのは、云ってしまえば生きていくためだ。手に職をつけ、明日に食い繋いでいくため。それは結局、成り行きでしかないのだろう。
──正義感? 思想、信念、大義……?
そのどれもが、自分からは最も遠いもののように感じられる。生活の日銭を稼ぐため、云われた所へ行き、云われたことをやるだけの自分からは。
そういう意味では、二年前〝プラント〟に流れ込んできたオーブの棄民達と自分は何も変わらないのだろう。祖国に裏切られ、この〝プラント〟以外に、居場所なんてどこにもない。
(オーブにだって、もう二度と帰りたくない)
そうだ。そもそもアトラは──マユと違って、
これまではルームメイトとして「故郷が同じだね」──と、そのことに嬉々として親和性を見出してくれたマユの話の温度に合わせてきた。
勿論、当時の己の振る舞いにも原因があったと今なら少しは理解できるが、理解できたからと云って、納得できるはずがない。周りも幼稚であったが故に、容赦と加減を知らないあの『地獄』を知るからこそ──。
マユが嬉しそうに話してくれた、キラキラとしたオーブでの毎日など、私の人生にはなくて。
たとえ同じ国に生まれ、同じ国で育っていようと、越えられない壁はあるものだ。マユが家族や友達と楽しげに笑い合っていた幼少期、きっと私は別の場所で、苦しみながら泣いていた。
──ああ、そうだ。
──私は、常に周りに合わせてきた。
出る杭は打たれる。
自制し、自重しなければ、私はまた仲間達の間で孤立してしまう。
──だからこそ、
モビルスーツ戦、ナイフ戦、情報処理、射撃・爆薬処理。いずれの科目でも最終試験で手を抜いて、みずからの順位を落とすように成績を操作した。
(私が本気でやっていれば、私以外の首席なんて、まずあり得ない)
それは高言ではなく、断言だ。己の能力を真摯に把握するからこそ、あの面々に己が劣るはずがない。
首席という輝かしい玉座を明け渡したのは、単純に面倒だったからだ。そこに座る者だけが周囲から寄せられる期待と注目──しかし、そんなものは無用の重荷になるだけで、座すと同時に周りからの理不尽な妬みや嫉みを買うのもまた御免だ。スポットライトなんて、わざわざ好んで浴びたいとも思わない。
──こっちの都合で、たまたま空いた首席の玉座。
──それは、それを最も欲しがっていた人間に譲ってやった。
そのような言い草をするようでは、アトラの中にも増長があるのだろう。しかし、彼女のそれが他人と違うのは、分析と思索に基づく絶対的な自信、確信であるという点だ。実力主義のザフトにおいて、首席でも通用する実績を叩き出し、なおかつ手を抜けるほどに余裕であったからこそ、彼女は彼女の父が、
──だから私は、絶対に認めない。
彼女の能力と価値を軽んじ、これを〝下〟に見ようとする者を。
何もできない凡愚でありながら、束になって自分を迫害したオーブの幼稚な糞餓鬼共を。ただ巨大であるというだけで調子に乗って己に挑む、目の前の舐め腐ったパイロットを。
その程度の力で、私を〝下〟に置けると思うな──!
「どっちが〝上〟か。証明してあげようか──」
冷め切った呟きは無意識で、その瞬間、アトラの中で────なにかが弾けていた。
撃鉄が起こされ、途端にすべてが鮮明に知覚される。敵機のエンジンの唸り、構えられた砲の角度と、そこから導き出されるビームの軌跡。その未来図までもが、不思議と判然として読み取れてしまう。
アトラは軽くレバーをひねり、フットペダルを蹴って戻し、またすぐ踏み込んだ。それによって凄まじい反応を見せた〝インパルス〟は、一瞬にしてクローによる横薙ぎの一打をかわした。そのまま中空へ飛翔し、逆手にグリップしたサーベルを直上から突き立てる。
──人間の
それはコクピッドを狙った、正確無比の一撃。それきり沈黙した機体に、もう用はない。
既に格付けは済んだのだ──アトラはすかさず機体を蹴って転進し、凄惨な目つきで〝ミネルバ〟へ向かう、もう一機のモビルアーマーを追った。
「メイリン、ソードシルエットの射出準備!」
ノイズの影響で、伝わったかは割と怪しい。が、通信機からは同僚の威勢のよい返事が聞こえてもきた。
──彼女ならやってくれる。
後は、目の前のもう一機を仕留めるだけだ。
〈アトラ……っ!?〉
驚愕するルナマリアの声が聞こえてくる。普段は理知的で大人しげなアトラが、今はまるで別人のようだったからだ。
──光を失った目。
その揺れない眸に、ルナマリアはゾッとしていた。
やがて、もう一機に追いついた〝インパルス〟が、やはり瞬時に〝ザムザザー〟に襲い掛かる。途中、横槍のように残存する〝ウィンダム〟部隊からビームの斉射を射かけられたが、その軌道を全て見切ったかのように〝インパルス〟は凄まじいリアクションを見せ、全弾を回避してみせた。
〈ソードシルエット、射出!〉
メイリンの声と共に、射出された
アトラは〝フォース〟の機動力を活かして〝ザムザザー〟に差し迫った。迎撃として〝ザムザザー〟から位相砲が放たれるが、砲の角度から完璧に射線は読めている。減速もせず、合間を縫って突っ込みながら、構えた長刀の切っ先が甲羅のような装甲を挽き裂く。
渾身の力で振るわれた刃が、またも陽電子リフレクターごと一撃で〝ザムザザー〟を屠った。そこから間もなく方向を転じた〝インパルス〟が、今度は地球軍艦隊へ向かっていく。西から東にかけて、鳥籠のように自分達を包囲する地球軍艦隊──その全てを切り捨て、葬り去る勢いで。
〈〝インパルス〟──アトラ! 帰還して下さい!〉
それから、どれだけの時間が経ったのか。
メイリンの声にハッとして頭を起こす。急に夢から醒めたような気持ちになり、我に返ったアトラは、何があった? ──と、辺りをきょろきょろと見回した。
──海が燃えていた。
自身が立つ、長い刃のような凶器に切断されて大破した地球軍空母。その他にも、数多の艦隊が叩っ切られて炎上し、燃えている。
まるで鬼神でも暴れ回った後のような惨状だった。あれだけいたはずの地球軍艦隊は潰走を始め、遠くの方では撤退を始めている艦もあるようだ。
「──?」
血の色をした眸に、光が戻る。
そして、みずからの掌を見つめながら云った。
「──私が、やったの……!?」
アトラは我を忘れていたのだろう。
彼女はこのとき、戦いに勝ったことにすら、気付いてはいなかったのだから。
「勝った……!?」
アーサーは震えた声で戦況を見遣る。撤退していく地球軍艦隊、損害はあるものの、無事に生き残ったザフトの友軍達、そして〝ミネルバ〟──
この状況を、勝ったと云わずして何と云えば良いのか。
皆、それを感じ取ったらしい。雄叫びとまでは云わないにせよ、戦いを制したことによる嬌声がブリッジを満たした。
「レイ機、ルナマリア機、収容完了。──〝インパルス〟の着艦も確認しました」
メイリンの報告を受け、クルー達も気を取り直したように、それぞれの作業に戻り始めた。
タリアはほっとした表情でそれを見遣り、感心した風に云った。
「あれが〝インパルス〟──というか、あの子の〝力〟なのね……!」
クルーの誰もが懸命に働いてくれた。しかし、やはり取り上げて言及すべきはアトラだった。
彼女の目線から見て、アトラは驚くべきことに、たった一人で敵軍の包囲をかいくぐり、後発隊として出てきた〝ザムザザー〟を二機も撃墜し、何隻もの艦隊を撃滅して回ったのだ。その間に一切の損失も出さず──そのような芸当を、他にいったい誰ができるのか、タリアには本気で分からなかった。
「アトラ・デンソン──」
齢十六の割に、落ち着いた性格。普段から感情的な部分を見せたことがなく、艦長の立場から云えば扱いやすいパイロット──優等生の〝良い子ちゃん〟だ。しかしそれは、激しい競争によって、相互に切磋琢磨して機能する能力主義のザフトには、なんとなく構造的に似つかわしくない。
──単に競争心が薄いだけなのか、それとも、主体性に欠けるのか?
──だが、そのような評価は一気に覆された。
誰もそこまで命じたわけでもないのに、敵陣に単騎で切り込んでゆく彼女の活躍っぷりは、噂に聞く〝ストライク〟──先の戦役中盤で討ち取られるまで、誰も手が付けられなかったという〝鬼神〟に匹敵するものではないか……!
「
まさしく『
女神の名を冠す、この〝ミネルバ〟を背負うに相応しい二つ名だ。
「なぜ首席ではなく、アトラにあの機体が預けられたのか疑問だったけど……まさか、ここまで分かっていたってことなのかしら、デュランダル議長には」
「かも知れませんねぇ、議長は、DNA解析の専門家でもいらっしゃいますから!」
アーサーは上機嫌そうに、感服した様子で繰り返している。
「いやあ、それにしたって凄かったですよ、彼女の活躍は! 噂に聞く〝ヤキン・ドゥーエ〟の〝クレイドル〟のパイロットだって、ここまでじゃあないでしょう! うん……!」
それこそ伝説と化しているモビルスーツを引き合いに出し、もっともらしく頷いているアーサーに、タリアも思わず吹き出しかける。
「本当、よくやってくれたわ。いろいろあったけど──あの子と〝インパルス〟がこの
おそらくタリア達は、新たなる『伝説』の誕生を見たのだろう。
彼女達はこのとき、そう確信した。
時を同じくするように、プラント防衛ラインで繰り広げられた戦闘も終結を迎えた。
その結果としても、ザフト側の勝利に終わった。地球軍の連合艦隊は、当初想定していたよりも甚大な被害を受けたことで撤退し、ザフトによる強かな逆撃を被った彼らは、振り上げた拳を振り抜くことも叶わないまま、すごすごと月基地へ逃げていった。
その戦いの中で、特に活躍してみせたアグネス・ギーベンラートは、やはり『首席』の名に恥じない少女だった。
それは隊長として見守っていたイザークの感想だが、彼は今回、アグネスを通常の指揮系統に組み込む真似はせず、新兵ながらに啖呵を切ってみせた彼女の勝気な性格を買って、前線に出てからは殆ど彼女の好きなようにやらせた。
それは実質的な賭けでもあったのだろう。だが、アグネスはイザークの事前の懸念をいい意味で裏切り、自身の存在価値を証明するよう最前線へ斬り込み、地球軍機を次々に撃破していった。
そんな戦功を今回ばかりは評議会に勲章され、もしかしたら彼女は、今度こそ栄えある〝ミネルバ〟隊に転属になる機会を得るかも知れない──もともとジュール隊に補充されるのも今回限りという話だったし──そんなことを、イザークは憮然として思ったのだった。
原作『SEED DESTINY』との相違点
【フォックストロット・ノベンバー】 → あり
地球連合軍が核攻撃隊「クルセイダーズ」を動員し、開戦と同時にプラント本国へ一斉攻撃を仕掛けた戦闘。原作ではザフトが導入した「Nスタンピーダー」により防衛が果たされているが、この世界線では同兵器が既に第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦で使用されているため、これを警戒した連合宇宙艦隊の純粋な力押しで展開する構図に変更。また、原作ではハイネが初登場する回でもありますが、本小説では色々あって彼をもう出せないため(苦笑)アグネスに枠を変わって貰っています。
【ジブラルタル防衛戦】 → 追加
原作では実現しなかった戦闘。理由としてはフォックストロット・ノベンバーの失敗を受けて連合軍内で著しい士気低下が起こったためだと推測されるが、それでも水上艦隊はカーペンタリアとジブラルタルを取り囲む程度のことは実際にやっており、この世界線ではそれらがそのまま戦闘に突入する流れへ変更。
【インパルスを駆る主人公像】 → 対比
原作における主人公シンと、本小説のメインキャラクターであるアトラの相違点ですが、能力的な話は置いといて「オーブ生まれ」「オーブ育ち」「プラントへの移住民」という点は共通しています。ただ、プラントへの移住の経緯が微妙に違っていて、決定的な差は「オーブに対する思い入れの有無」だと云えます。原作ではオーブを信じていたからこそ裏切られたと憤慨しているシンに対し、アトラは幼少期の壮絶な経験からそもそもオーブという国をあまり信用していません。この点が、二人を対比した上で最も大きな差になるかと思います。
原作『SEED FREEDOM』との相違点
【アグネス・ギーベンラート】 → 首席設定を追加
原作での彼女のアカデミー時の評価は「優等生」とぼかされてますが、本小説ではアトラ(次席)との成績の序列、それにしては不自然な待遇差、それらに基づく二人の対立関係を分かりやすくするため、あえて「首席」というオリジナル設定を加えています。
ハイネ……ノリと勢いだけで書いてた無印篇の連載初期、もう十年前……(遠い目