~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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 ※前話と前々話、内容的にタイトル詐欺になっていたため変更しました。今後もちょくちょくあるかも知れませんが、宜しくお願いします(汗



『ファウンデーション・ショック』

 

 ファウンデーションは、〝プラント〟との繋がりを隠すつもりは無いらしい。

 ユニウス条約の関係から、現在ニューミレニアムシリーズの実戦配備が進んでいる〝プラント〟では、既に〝ジン〟や〝ディン〟などの旧式はお払い箱だ。ファウンデーションは、そうした旧い機体や艦船を〝プラント〟から払い下げも同然の値段で購入しているのか──

 このとき軍事作戦に向けて、既に王国を出立していたマユ達も、かつてザフトで運用されていた陸上戦艦に同乗して移動していた。マユとステラを連れたイングリットは、そんな艦内を案内するついでに説明した。

 

「この陸上艦は〝レセップス〟と云いまして、かつてのザフトの名将『砂漠の虎』が、リビア砂漠に駐留していた頃に使用されていた旗艦なのですよ」

 

 そのガイドに対して、マユは声を挙げた。

 

「『砂漠の虎』──バルトフェルドさんが!?」

「ええ、お知り合いでしたか?」

 

 マユは快哉として「はい!」と答えた。彼女は〝エターナル〟に乗っていた時期があり、そこで艦長だったバルトフェルドとも親交があったのだ。

 と、ステラは聞かされた。まあ相変わらず、ステラにとってはどーでもいい情報だったが。

 そんな心の声は、ふと言葉になっていたのかも知れない。急に黙ったマユを訝しむステラだが、少女は咎めるような目でこちらを見た。

 

「まーたそんなこと云って。〝エターナル〟に乗ってたのは、お姉ちゃんも一緒なんだからねぇ」

「始まった……」

 

 またか、と云わんばかりの表情をするが、ステラにとっては交わし慣れすぎたやりとりだった。

 先の大戦に関連するキーワードが出てくる度に、それと『ステラ』を紐付けてくるマユの行動パターンは、そろそろどうにかならないだろうか。

 耳にタコができるほどの御伽話に辟易した様子で、ここに至って鬱陶しがる様子を隠そうともしないステラだが、それでも根気よく云い聞かせ続けるのがマユだった。

 

「でも〝レセップス〟って、前の戦争では〝アークエンジェル〟と戦ったって聞いてます」

「ええ、そうです。そして、当時の戦いに敗れたのは『虎』であり、大破した艦はザフトの方々から遺棄されて──それを戦後になって、我がファウンデーションが買い取った形になるんです」

「へぇー……!」

 

 それで、艦内のあちこちにファウンデーションらしい貴族趣味な意匠が施されているのか。

 もっとも、内装工事などは氷山の一角なのだろう。艦積載の武装は全面的にグレードアップされ、操艦面でもCICや操作系のオートメーション化──ファウンデーションはザフトとは違い、軍の規模も人数も相応に少ないためだ──など、様々なアップデートが加えられている。

 しかしそんなことよりも、やはり特筆すべきは、娯楽面・衛生面の改良だった。

 元が軍艦とはいえ、ファウンデーションが〝レセップス〟を買い取ったのは停戦協定が結ばれた後──その影響かは分からないが、改修に伴って軍艦らしい殺風景さが薄められているのだ。

 たとえば、食堂の一角にはカフェスペースが開設され、様々な市販品のドリンクが飲めるようになっている。煎茶や野菜ジュースが置いてあるが、中でもコーヒーの品目が頭ひとつ抜けて多いのは、やはり、この艦がかつて『虎』のものであったこと担いでのことだろうか。

 マユはなんだか、人の心の余裕というものを実感する。

 息抜きのための娯楽設備──これらは間違いなく平時だからできる趣向であって、そういった細かい所に、関係者やスタッフ達の思い遣りや遊び心が出てくるものだ。あるいはそれこそが、優秀な人材を登用するファウンデーション流の暇なのかも知れなかったが。

 

「旧艦長室だって、私ちょっと見てくる!」

 

 カフェスペースから出て、マユはまるで、戦争博物館でも訪れたように艦内探検を始めた。それに遅れてついていくイングリットに対し、ステラは疲れた様子で云った。

 

「──お願いがあるんだけど」

「はい、なんでしょう?」

「その。前の大戦がどうだった──とか、そういう情報を、あの子に余計に与えないで欲しい」

「そうですか? 善かれと思って口にしただけなのですが」

「付き合わされるの、私」

 

 ほとほと困ったという風に漏らすステラに、苦笑するしかないイングリットだった。

 

「仲が良いのですね」

「そう見える?」

 

 心底分からないと云った表情でステラが返すが、イングリットは笑っていた。

 一方でマユといえば、アンドリュー・バルトフェルドが使っていた旧艦長室がやれいまだにコーヒー臭いだの、遠くの方で興奮気味に騒いでいる。

 

「──記憶を失くしていると伺っていますが、本当なのですか?」

「……知らない」

「でも──」

「あの子が勝手にそう云ってるだけで、私は……信じてない」

 

 渋々といった様子でステラは答える。だが、その割にマユが語る『ステラ』のエピソードには、突き崩せるような矛盾もないのも気に入らない。虎はコーヒーに一家事あるんだよ、というエピソードを聞かされた後に、実際に旧艦長室に行ってみれば本当にコーヒー臭かったし、それと同じだ。

 結局のところ、ステラの文句は、今以上にマユの話を〝聞きたくない〟という個人的な都合に基づくものだ。彼女達はそれから甲板に移動し、砂塵の風を受けながら話を続けた。

 

「取り戻したいとは、思わないのですか?」

 

 同情か、興味か、それとも、純粋な善意か。掴めなかったが、イングリットは訊ねてきた。

 ステラは飲み干した野菜ジュースを手にしたまま、パックのストローを口に咥えている。捨ててしまって構わないのに、とはイングリットも思うが、あえて口には出さなかった。

 

「本来の自分を──。いえ、本来の自分に与えられた、役割を」

「役割?」

 

 なおもストローを咥えたまま、ステラが反芻した。

 

「役割、か」

 

 イングリットの云う通り、人には役割がある。そんなイングリット自身にも、きっとファウンデーションにおける役割があるのかも知れない。

 ──オルフェ・ラム・タオの補佐。

 その意味で云えば、『ステラ』の役割もまた昔から決まっているようなものだった。

 ──ネオ・ロアノークの右腕。

 いや、正確には彼の部隊を勝利に導くことだ。さながら、ファントムペインの勝利の女神。しかし、今の自分は何をやっている……?

 

「でも、そう単純なものでもない気がする」

「えっ……?」

「何になるべきかじゃなくて、何になりたいかで道を決めたくなること、誰にだってあるでしょ?」

 

 ステラ自身、どうしてそのような発言をしたかは理解していなかった。

 でも、そうとでも云わなければ、彼女は今ここに居る自分を説明できないと思ったから、ストローから口を離してそう云った。

 気のないその返事に、イングリットは衝撃を受けた様子だった。

 

「そんなっ……」

 

 イングリットは何かに打たれたように立ち竦む。

 ……良く分からないが、彼女の価値観や先入観が、それを否定するらしい。思考や言葉がまとまらないのか、彼女が口を開くまで、数十秒間はたっぷりと時間を要していた。

 

「それでも。貴方がもしも、本来の自分を取り戻せたとしたら」

「…………」

「私が思うに、貴方の役割はきっと──」

「──ねえ」

 

 ステラはイングリットにその先を云わせなかった。

 このとき、彼女がずっと思っていた疑問を口にしたのだ。

 

「私の髪に、何かついてる?」

 

 怪訝な顔で発された問いだが、ステラはずうっと気になっていたことだった。

 「え?」と虚を突かれた様子のイングリットの視線は、先程から、どこか吸い込まれるようにステラの髪に向けられていた。会話中に視線が合わないとかいう単純な違和感ではなく、たとえば胸の大きな女性が会話中の相手に胸を盗み見──実際には盗めてなどいないわけだが──されているのと同じような感覚で、イングリットの目が、自身の髪に釘付けになっているように感じていたのだ。

 たとえ胸を見られていようが、ステラとしては無視しても構わない類の違和感だったが、そう長く熱心に見つめられると気にするなという方が無理である。

 

「だって私の髪、ずっと見てたから」

「し、失礼しました! ……あ。でも、見ていたのは本当です……」

 

 図星だったらしく、イングリットは少し慌てた様子だ。

 ステラは少しだけ人の目を気にしてか、「砂でもついてる……?」とみずからの髪をすき始めた。

 

「ち、違います。その、とても素敵だなと思ったのです。貴方の、その、金色の髪──」

 

 突如として褒められ、ステラとしても反応の仕方が分からない。

 不格好ながらにとりあえず軽く頭を下げてみたが、それで正解かも分からなかった。

 

「──オルフェの色に、とてもよく似ている……」

 

 そう呟いたイングリットはこのとき、はっきり云って油断していたのだろう。──というより、そう云わずして、他に何て云えばいいのか。

 すっかり油断し、口からこぼれてしまったという雰囲気。乙女のように恍惚としたその表情は、そうでなければ説明がつかないものだった。

 そんなものを唐突に目の前で見せられたステラは、当たり前のように唖然としていたが。

 

「あ」

 

 そこから我を取り戻すのも、イングリットは早かった。たった今自分が何を口走ったのかを賢くも理解し、だからこそ顔面を紅潮させ、すっかり悶絶した様子になっていた。

 ステラが律儀だなと思ったのは、それでいて、彼女はステラの方から何か言及してくるのを待ったところだ。無様に釈明もせず──しかし、ステラとしては別に踏み込む意義も見出せなかったので、何も云わないでいた。

 ……いや、本当だ。本当に意義を見出せなかっただけで、背いたわけではない。だからこそ、その長い沈黙に耐え切れなくなったのはイングリットの方が先だった。

 

「────な、なんですかっ」

「ううん、別に」

「別にじゃないでしょう! どう見ても何か言いたげな顔をしてるじゃないですか!」

「ええっ……」

 

 追及されるが、ステラにとっては非常に今さらな話だった。

 ひょっとしなくとも、イングリットは隠し通しているつもりだったのか? ステラから見れば、先日の段階でうっすら察していて──寧ろ、あれだけ一緒にいて気付かない他のブラックナイツの面々がおかしいのではないか? 決して洞察力が低いようにも見えないが、この手の機微や情緒を汲み取る力はまた別ということか?

 イングリットは柄にもなく顔を真っ赤にしている。せっかくの美人も形無しだが、さりとて、その人間らしい表情は、ステラの方が釘付けになるほどのものだった。

 

「そういう顔もできるんだなって、ただ思っただけだよ」

 

 ブラックナイツ──やや増長のきらいがある、傲慢な冷血漢の集まりだと思っていた。

 この女性からは微妙に違う気配を感じてはいたが──それでも、ここまで素直に感情を吐露できる人間だとは思っていなかった。勿論、それは悪い意味ではない。ステラはどこかで人間臭い人間の方が好きであり、超然とした完璧人間(パーフェクショニスト)などは鼻につくから嫌いなのだ。その点、先の反応は好感を寄せられるものであり、紛れもない本心からそう云ったのだが、云われた方のイングリットは実に不服そうだった。

 

「い、一体私をどんな人間だと思っていたのですか。私にも──!」

 

 ──感情があるのです。

 抗議を込めたその言葉尻を、イングリットはしかし、今度こそ呑み込んでいた。その言葉だけは、彼女は絶対に口にしてはいけなかったからだ。そこから一転して沈鬱な表情になり、それは、ステラが心配そうに覗き込んでくるほどのものだった。

 

(……そう。私には、感情がある……)

 

 イングリットは、ひとり思考の海に沈む。

 そのとき吹き荒れた乾いた風が、やけに心地悪く感じた。

 

(どうしてか、他の仲間達(みんな)が持たないものを、私は持ってしまっている)

 

 どうしてなのかは分からない。

 物心ついた時から、イングリットには胸に秘める特別な想いがあった。しかし、それは決して叶うことのない夢。抱くことすら許されない類の希望だった。

 ──理解している筈なのに。

 ──そんな期待を、私は今も捨てきれずにいる。

 彼女にとって、感情は余分であり、過誤であり、罪科だった。

 仲間達は与えられた役割に従い、必要な能力を必要な舞台で発揮して、何も考えず──とまで言い切るのは不適切だが──少なくとも、イングリットほどに深い思考を巡らせずに済んでいる。

 誰も彼もが役割の中で、幸せそうに生きている。

 ──なのに、どうして私は違うのか。

 この淡い想いを捨て去ることが出来るなら、私はきっと、もっと他の仲間達のように残酷で、世界にとって素晴らしい存在でいられるのに──

 

『何になるべきかじゃなくて、何になりたいかで道を決めたくなること、誰にだってあるでしょ?』

 

 今のイングリットには、その言葉が皮肉に聞こえる。

 忘れようと思っても、何度も木霊し、頭から離れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ごつごつとした岩山が連なる渓谷に入ると、パイロット各員はブリーフィングルームに集められた。ブラックナイツの六名と、ステラとマユを合わせた八名だ。

 オルフェは宰相としての仕事があって国に残り、それは女帝であるアウラも当然だった。一方で、オルフェの秘書であるというイングリットはブリーフィングに顔を出しているが、原則的に彼女は戦闘要員ではないのか、パイロット・スーツは着用していない。 

 近衛師団長、シュラ・サーペンタインがモニターの前に立ち、作戦の概要を説明してゆく。

 

「──現地協力員(レジスタンス)の報告によると、要塞のすぐ麓に繋がっている『秘密の抜け道』がある、ということだったが?」

 

 パイロットスーツに蛇のマークが加えられた、グリフィンが質問を投げかける。

 その『秘密の抜け道』は、ずっと昔に遺棄された坑道らしい。地元の人間でも存在を知る者は少なく、敵の虚を突く打ってつけの侵入経路になるだろう──とのことだが、何も彼らが独力で知り得た情報ではない。彼らと同じく、ユーラシア連邦へ抵抗運動を続けるレジスタンスから寄越された情報だった。

 その進言に対し、シュラは毅然として答えた。

 

「残念ながら、モビルスーツ一機が通り抜けるには狭すぎる。非常に有用な情報ではあるが、我々の機動兵器では活かし切れないと考えていい」

 

 あ……と声を漏らしたマユの脳裏に、そのとき〝インパルス〟の機体特性が思い浮かんだ。あの機体であれば、戦闘機サイズの〝コアスプレンダー〟にレッグフライヤー、チェストフライヤーとを追従させれば、秘密の坑道を抜けて、一気に奇襲作戦を仕掛けることもできそうだ──そう思ったのだ。

 だが、やはり此処にないものを考えたって仕方がない。特に口にする必要もない小さな少女の妄想は、すぐに頭の中から消えていった。

 

「奇襲作戦を用いられない以上、正々堂々、正面から押し通るしかない」

 

 おおよそ苦渋の決断な筈だが、シュラの口調には望む所だと云わんばかりの喜色があった。

 正々堂々、それは彼の趣味らしい。

 

「要塞には〝ローエングリン〟と呼ばれる陽電子砲が設置され、アプローチできるルートは、全て射程圏内に入っている」

 

 見るや、細長く曲がりくねった渓谷に、周囲にはひと際高い岩山が聳え立っている。空戦が可能なモビルスーツは兎も角、陸上艦が走破するには一本道となっていて、砲台は殆ど一方向を警戒するだけで済んでしまう造りになっている。

 

「この陽電子砲の他にも、守備軍は砦の周りに大型のモビルアーマーを多数(・・)配置し、徹底的に防御を固めているとの噂があります」

「モビルアーマー?」

「詳細は不明です。ただ、少なくとも〝メビウス〟のような旧式を想定すべきではないでしょう」

「そうだな。となれば、学習量の足らない兵隊共はやはり出すだけ無駄だろう」

 

 グリフィンが答えるが、兵隊というのは、無人機部隊のことだろうか。

 

「〝アリアドネ〟と〝レムレース〟は──」

 

 偽装の件について。

 ステラの問いには、イングリットが答えた。

 

「ナイトメア・システムの導入により、敵の量子コンピューターグラフィックスを改変し、あなた方の機体がブラックナイツの同型機として認識されるよう、出力を調整してあります」

「同型機──」

「──ええ。我が国の次期主力機、ブラックナイトスコード〝シーナ(・・・)〟です」

 

 イングリットは今作戦における、ステラ達の友軍機の名を口にした。

 あれはファウンデーションの誠意だったのか、その機体についての詳細なデータを、ステラ達は事前に見せてもらっていた。武装は〝ジン〟を参考にしたのか、重斬刀、ビームライフル、対ビームシールドの三種類と、非常に簡素なものだったが。

 ──でも、はっきり云って参考にはならない。

 なぜなら、〝シーナ〟は『零』を意味する現地(ヒンディー)語だ。それが意味するところは試作機であり、今後の調整やアップデート次第で、その機体は武装・装甲・名称も含め、大いに改変される余地がある。

 何より、どんなモビルスーツを活かすも殺すも、全てはパイロットの技量なのだ。そういう意味では、ステラはまだブラックナイツの戦い──その実力を見ていない。全く予想がつかないというわけでもないが、仮にこの予想が当たったとして、ステラはきっと喜びはしない。

 イングリットはさらに先を続けた。

 

「作戦は二機一組のペアを作り、三方向に分かれ、全ての敵を撃滅しながら(・・・・・・・・・・・)同時に前進していきます。この戦闘の目的はファウンデーションの〝力〟を、ユーラシアをはじめとする諸外国に示すこと。──砦をただ穏便に乗っ取るだけでは、作戦は成功とは云えません」

 

 行動範囲が限られた戦場。

 だが、固まって進軍するよりは分散した方が良いという判断でもある。

 

「グリフィン機とリュー機による第一班、ダニエル機とリデラード機による第二班──そして、アスカ機とルーシェ機による第三班に分かれて行軍を開始」

 

 淀みのない口調で、イングリットが事務的に告げてゆく。

 

「隊長のシュラ機は〝レセップス〟艦上に据え、後方での作戦指揮と状況判断。──場合によっては、劣勢に陥った班の援護をお願いします」

「──了解」

 

 そうは云いつつも、不敵に笑っているシュラはブラックナイツの同僚達には目もくれなかった。

 シュラは彼等が〝劣勢に陥る〟未来など考えてもいないらしい。ある意味で侮蔑的に、彼の視線は第三班にだけ向けられた。

 

「キミ達の戦いを見るのが楽しみだ」

 

 嘘で云っているのではない。

 ──それは分かる。

 だが、その不敵な笑みの下に、やはり気に入らない何かをステラは感じ取っていた。

 

 

 

 

 

〈エリアワンより接近する熱源あり。スクランブル、モビルスーツ隊は直ちに発進準備にかかれ〉

 

 渓谷に切り拓かれた、ガルナハン要塞──

 基地の内部に警報が響き渡った。その基地の中で管制官の挙げた声を、指揮官の男は黙して聞いていた。

 

「識別、ザフト軍地上戦艦、レセップス級一。──いえ、これは〝レセップス〟です!」

「何だと? まさかファウンデーションだというのか!?」

 

 指令の男は、艦の名からすぐに侵攻部隊の所属を明らかにすることができた。

 

「──ちぃっ、こんな時に……!」

 

 タイミングが悪い──男がそう感じるのにも理由があった。やはりブレイク・ザ・ワールドによる被害を受けて、現在のガルナハン基地も、物質的に余裕があるとは言い難い状況にあったからだ。

 ──ユーラシア西側の平定。

 その任を上から受けて、彼らはこのガルナハン要塞を築き上げた。インド洋、ジブラルタルがほぼザフトの勢力圏である以上、スエズ基地を孤立化させないためにも、現在ユーラシアの西側で抵抗運動を続けているレジスタンスに対して、一定以上に睨みを利かせる必要があったからだ。

 そもそも、このガルナハン要塞は、元は火力プラントに接続された陽電子砲だけが脅威の、割と突貫的に作られた張りぼて基地に過ぎなかった。それを短時間でここまで強固な一大要塞にまで仕上げたのは、ひとえに労働力の徴収による賜物だった。つまり、現地でのどかに暮らしていた住民──主に労働力となり得る男性だ──に銃を突き付け、強制労働させたのだ。

 しかし、それは男にとっては仕方のないことだった。この地はひとえにユーラシアの要所であり、だからこそ開発は急がなければならない。足りない労働力は現地で補うのが手っ取り早く、妻子と引き裂かれ、作業から逃げて脱走する住民には発砲許可を下してでも従わせた。もともと──というか、これを受けてますます現地住民の男達にはレジスタンス化の嫌疑が掛けられた以上、汚濁は目に見える所で管理しておく必要だってあったのだから。

 

「ファウンデーションめ! たかが小国の分際で、今やユーラシアのヒーロー気取りか!?」

 

 叛逆の英雄譚。持つ者に対する持たざる者の逆襲は、人心を掴みやすい。

 このガルナハンは、云ってしまえばファウンデーションに直接的に圧を掛けられる場所ではない。まったく無関係とも云わないが、少なくとも直接的な関わり合いはなく、そんな彼らがわざわざ出張ってきたのは、境遇を同じくする西側(こちら)抵抗勢力(レジスタンス)に泣きつかれたからか? あるいは、彼らが独自に声明した『独立』に向けた示威行動(デモンストレーション)のためか?

 ──いや、その両方だ……!

 遠方より参戦することで、近隣地域一帯に恩を売る。国際社会に功名を売ると同時に、自国の武威を諸外国に知らしめるという目的の両立化。まったく冴えている。正に一石二鳥であって、ファウンデーションの宰相とやらは本当に頭がキレるらしい。既に詮無いことだが、男はこんな出遅れた事態を招いたみずからの上層部を唾棄するしかない。

 

「本国は一体、何をやっておったのだ……! あんな小国ひとつ、さっさと潰しておけば、こんな事態にはならなかったものを!」

 

 ──もっとも、それが出来なかったからこそ、こうなっているわけだが。

 国際社会のおおかたの予想に反して、ファウンデーションはユーラシアからの攻撃を退け続けた。たかが小国と侮っていた彼らもまた、思いも寄らぬ反撃を受ける形になったのだ。

 そしてその存在を本国が不気味がり、攻めあぐねた結果、反撃の手はとうとうガルナハンにまで伸びてきた。そういうことだ。いずれにしても、この要塞を落とされるのは非常にまずい事態となる。

 

「司令、これでは……」

 

 副官の男が怖気づいたように訊ねてくる。あの(・・)ファウンデーションが攻めてきたという事実は、彼の中でも、やはり只事では済まなかったようだ。

 だが、それも当然だ。本国の攻撃を退けるほどの軍備と軍略──その矛先が、今度は微力な自分達に向けられたということなのだから。

 

「現地住民を徴発して完成を急がせた基地だ。落とされれば、暴動が起こるのは必至……」

 

 銃で手にした自分達が、これまで彼らにそうしてきたように。

 ──今度は自分達が、レジスタンス化した暴徒の手によって審判される未来が待っている……。

 その未来を危惧して、副官の男は青ざめた。

 

「だが、そう簡単に落とさせるものか……!」

 

 だからこそ司令官の男は、焦りを隠して語気も強く命じる。

 

「──〝ウィンダム〟を全機出す!」

「ぜ、全機ですか!?」

「出すんだよ!」

 

 使える戦力は惜しみなく使う。

 ──もう二度とその機会が回ってこないかも知れないのなら、猶更だ。

 あのときこうしておけば良かったと思うのが、処断される寸前になってからでは遅いのだ。

 

「それと〝ザムザザー〟も発進だ! 砦の全戦力を投入し、何としてもファウンデーションを撃滅する!」

 

 ──〝ザムザザー〟こそ、力の証明。

 案の定、こちらの要塞にも配備が進められていた巨大モビルアーマーの名を口にする。

 そのとき管制官が報告の声を挙げた。

 

「敵モビルスーツ部隊の発進を確認! かの国の主力機と思われる〝黒の騎士〟──数、六!」

「少ないな? しかし──」

「こちらが投入する〝ザムザザー〟の数は?」

「──六機(・・)だ! 六機すべて投入しろ!」

 

 巨額の費用をかけて整備した、最凶の戦力でもって、これを迎え討つしかないだろう。

 

 

 

 

 

 

 甲殻類を思わせる巨大な機体が空へ舞い上がったのを、〝レセップス〟からも捉えていた。

 

〈センサーに感! 作戦進路上に、六機の正体不明(アンノウン)モビルアーマー!〉

 

 イングリットからの通信だ。マユはその報告に驚きながら聞き止める。

 

「六機のモビルアーマーって、ええっ!?」

 

 マユもまた、敵の巨大モビルアーマーをモニターに捉えていた。

 通常規格の〝ウィンダム〟より二回りも大きい機種。そのような異形のモビルアーマーが、しかも六機だ。それに加えて、基地より発進した〝ウィンダム〟や〝ダガーL〟は数え切れず、上空を覆う勢いである。

 これは、マユの想像力不足──というよりは、明らかな敵の過剰戦力だった。

 いったい誰が、ここまでの戦力を投入してくると予想できたろうか。しかも、それを一斉に放出してくる辺り、敵の指揮官は相当に思いきりの良い性格のように思える。──あるいはマユが知らないだけで、ファウンデーションという国は、それほどに警戒されているということか?

 

〈でも、なんだかデタラメな配置……寄せ集めって感じがする〉

 

 通信先のステラは言葉を選んでいたが、率直に云って、ヤケクソ気味の配置だと感じていた。

 陣形も何もあったものではなく、とりあえず強い戦力をかき集めてきましたという感覚。戦力の一斉投入など、却って遊兵を生むだけだと思うが……?

 しかし、それほどの余剰戦力も、突破が容易であることを意味しない。

 事前の情報によると、この要塞は以前の完成度が低かったという。そうした弱点を補いたいがために、手当り次第に巨費を投じて戦力を増強したのかもしれない。このガルナハンがユーラシア連邦にとって、要所中の要所というのも頷ける。

 

「陽電子砲を警戒し、あの〝ウィンダム〟の大群を相手にしながら、あんな怪物とも同時に戦わなきゃいけない、ってこと……!?」

 

 状況を再確認し、思わず戦慄するマユであったが、通信回線からはブラックナイツの不穏な掛け合いも飛んできている。

 

〈イングリットの云ってたモビルアーマー、全部で六機だってよ〉

〈やだ、ウチらと同じ数! それで勝てると思ってんの?〉

 

 そうしたリデラードの発言は、マユにとっては雲行きの怪しすぎるものに感じられた。

 

〈同じ数って……〝ウィンダム〟がそこら中に飛んでるケド……?〉

〈あんなもの数える価値もありませんよ。仕掛けてきたものから、丁重に御退場いただきましょう?〉

 

 ひょっとしなくとも、彼らの会話はマユの感覚、次元とは大きく掛け離れたものだった。

 率直に云って、マユの目には上空の〝ウィンダム〟の大群だけでも脅威に見えるのに。三十機──いや、四十機は軽く下らないだろう。これほどの大軍を前に腰が引けてしまうのは、勿論マユがおかしいからではない。それほどの物量、モビルスーツの大軍をノーカウントで済ませようとしている、ブラックナイツの神経こそが異常なのだ。

 ──彼らにはモビルアーマーしか見えてないのか?

 思わず抗議の声を差し挟みたくなるが、後方に据える、シュラ機からの通信が重なる。

 

〈よもや同じ機数とは。あちらも騎士道に恥じぬ、粋な計らいをしてくれる!〉

 

 ──だから〝ウィンダム〟は?

 

〈ならばこちらも、礼を尽くすのが義! 各員、正々堂々一対一(・・・)で応じてやるのだ!〉

 

 得意そうに、シュラが宣言する。

 だが、マユはかぶりを振った。

 ──いや、絶対に正々堂々じゃない!

 明らかに〝ウィンダム〟だけで多勢に無勢だ。

 戦う前から焦燥を露にするマユの許に、そのとき別方向から通信が飛んできた。

 

〈間に受けないで。私達は第三班──ふたりでペアなんだから、ふたりで一緒に戦えばいい〉

 

 こっちはこっちで好きにやらせてもらう、とでも言いたげだったが、それはマユとしても安心できる言葉だった。あんな怪物的なモビルアーマーと、馬鹿正直に一対一ができるとは思えなかったからだ。

 

〈そんなことで動揺してちゃだめだよ〉

 

 にべもなかった。

 にべもなかったが、それはマユの身を案じての叱責のようにも聞き取れた。無情さで云えばブラックナイツの掛け合いと同列だったが、このときは何故か、まったく違う意味をもってマユの心に届いた。

 

〈行こう〉

「わかった!」

 

 そこから作戦通り、色とりどりの〝シーナ〟の部隊が作戦領域へ展開していく。

 第一班が右へ発ち、第二班は正面より直進、ステラの〝レムレース〟は左へと流れていった。マユは改めて気を持ち直し、そんな彼女の黒い機影の後に続いた。対する〝ウィンダム〟の包囲網が、こちらに合わせて三ヶ所に分散して掃討にかかってくる。先遣部隊が〝レムレース〟に向け、ビームライフルを一斉に射かけてきた。

 ──遅い!

 ステラの〝レムレース〟は、両前腕部のドラグーン・シールド──〝メフィスト・フェレス〟を大気圏内では誘導使用できない。だが、それは大きな問題ではなかった。その武装を補って、余りある性能を〝レムレース〟は持っているのだ。

 こうも多勢に無勢では、モビルスーツ形態で白兵戦をやっている暇は早々ない。けれども、様々な獣の特徴を取り合わせ、まるでキメラのような異形となるモビルアーマー形態では、その〝レムレース〟は打って変わって強襲と攪乱に秀でている。高速巡航形態による空戦能力の強化、ならびに、サソリの終体を思わせる長大なテイルブレードに連動する〝アジダハカ〟は、奇しくも同時期にザフトが開発を行っていた〝ガイア〟の〝グリフォン〟に酷似し、すれ違いざま敵機を両断することが可能なビームブレイドだ。

 これらは全て、ステラが自身の戦闘スタイルを鑑み、みずから希望して企業に取り付けさせた武装だった。

 

 ──私は昔から……そう、ずっと昔から……こういう戦い方でやってきた!

 

 雷のように中空で加速を掛ける〝レムレース〟──すれ違いざま〝ウィンダム〟を両断し、空中に炎の華を咲かす。機体前面に展開したビーム・キャノンが火を噴いて、続けざま別の機体も叩き落す。

 そのとき背後から小隊規模の〝ウィンダム〟がビームを斉射してきたが、その照準は〝レムレース〟の加速性について来られず、虚しく空を切る。敵軍を弄するように、ステラは次に機体をモビルスーツ形態へ転じさせると、両シールドから双頭のビーム・キャノンを撃ちかけ、これを同時に撃滅していった。 

 そうして大軍に切り込んでいく〝レムレース〟に、マユの〝アリアドネ〟が追いついた。彼女の〝アリアドネ〟は、変形機構こそ有していないが、地球の重力下でも単独飛行が可能──その機動性や運動性は、機動戦(フォース)装備の〝インパルス〟に引けを取らないものになっている。

 不用意に近寄ってきた〝ウィンダム〟をライフルで撃ち落とし、他の部隊へ牽制の〝ハイドラ〟ビーム砲を撃ちかけながら、また次の一機をビームライフルで狙撃する。マユの脳裏に、イングリットの言葉が蘇った。

 

『この戦闘の目的は、ファウンデーションの〝力〟をユーラシアをはじめとする諸外国に示すこと。砦をただ穏便に乗っ取るだけでは、作戦は成功とは云えません』

 

 ──今回の作戦に、手心は無用だった。

 武威を示し、相手を恐怖させ、屈服させなければならない──そういう戦いだ。

 この軍事作戦の成功なくして、ファウンデーションの罪なき市民達が救われることもあり得ない──そう信じるからこそ、マユは力を奮う。

 

〈──来る!〉

 

 声が聞こえるとほぼ同時、野太い赤色の奔流がマユ達の飛んでいた空域を薙ぎ払う。去来した〝ザムザザー〟による砲撃──複列位相エネルギー砲(ガムザートフ)だ。マユはすかさず機体を捻らせて回避した。

 

「二機!?」

 

 マユが目を遣ると、六機いた内の〝ザムザザー〟が二機、砲口を構えながらこちらへと向かってきていた。別にシュラの云う騎士道に則ったわけではないと思うが、それでも敵は〝レムレース〟と〝アリアドネ〟という二機に対し、同じく二機の〝ザムザザー〟を差し向ける方策を取ったようだ。

 

「なんて火力とパワーなの、こいつは……!」

 

 少し交戦しただけで分かる、このモビルアーマーは尋常ではない。

 単に規格が大きいというだけでも威圧的だというのに、陽電子リフレクターによる防御につき、攻略法が接近してのビームサーベルのみというのが頂けない。向こうはそれをわかって、接近しようとした途端に高熱のクローを展開するし……。

 ──弱点と云えば、陽電子リフレクターの及ばない機体底面部か……?

 だからと云って、闇雲に機体下部へ飛び込むのも自殺行為である。四脚の砲の射角は機体下部を広くカバーし、そこは弱点でありながら、実質的に弱点として機能していない。

 ──そんな機体を、よく六機も……!

 

(今頃はブラックナイツも、これと交戦中なんだ──)

 

 自分達の許に、迎撃隊として二機の〝ザムザザー〟がやってきた。であるなら、残りの四機は友軍機の許へ──ブラックナイツの四人の所へ派遣されたと考えるのが筋だ。

 

 ──やだ、ウチらと同じ数! それで勝てると思ってんの?

 

 リデラード・トラドール。彼女の発言が、どうしても気に懸かる。

 他の者達もそうだったが、その発言には自分達の技量に対する絶対的な自信があった。モビルアーマーを一目見たときに、思わず尻込みしてしまった自分とは真逆で、だからこそ彼女はリデラード達の気楽な態度を不気味に思ったのだ。

 ──たとえ一体一であっても、彼らは〝コイツ〟に勝てるってこと……?

 不安がるからこそ、マユはそこで、周囲の戦況を確認してしまった。そのことを、彼女は後に後悔する破目になるのだが──。

 

 

 

 

 

 

 ────ブラックナイツの戦い方は、本当に末恐ろしいものだった。

 マユ達のいる西側の進軍地からは、第二班──中央ルートを突き進んだダニエル機とリデラード機のペア──の様子しか見えなかったが、それだけで十分だった。

 まず、彼ら二人は、シュラからの要請どおりに〝ザムザザー〟との一対一(ワン・オン・ワン)をやっていた。そして、彼らの周囲を文字通りに取り囲んでいる〝ウィンダム〟を本当に存在しないもののように振る舞い(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)、そこから繰り出される砲火の雨を捌きながら、それらを片手間で撃滅していたのだ。

 それでいて、本命の〝ザムザザー〟との交戦も、はっきり云って遊んでいた。こう云っては何だが、ブンブン五月蠅い蚊トンボのように巨体の周囲を変態的に動き回り、全ての攻撃をかわし、敵機を弄んでいるようだったのだ。繰り出される相手の攻撃を、まるで全て予知できているかのようだ。その純然たる力量と技量の差を目の当たりにして、マユは悄然とするしかない。

 

「あっ、あれが……ブラックナイツ──?」

〈──集中!!〉

 

 怒鳴り声に呼び戻され、マユはハッと我に返る。

 アラートが鳴っている、またも〝ザムザザー〟の砲撃が飛んできている!

 

「うわっ──」

 

 衝撃が〝アリアドネ〟を襲う。

 いや、ビームが直撃したのではない。何か、物理的な衝撃で弾き飛ばされたのだ。

 それによって、マユは〝ガムザートフ〟の直撃を受けずに済んだ。

 

「ドラグーン!?」

 

 マユは状況を理解した。〝レムレース〟が咄嗟に投げつけたドラグーン・シールドが、直接〝アリアドネ〟にぶつかって機体を射線上から押し飛ばしたのだ。乱暴が過ぎる手法だが、VPS装甲と分かっているからこそ、パイロットとモビルスーツは守り抜かれる。しかし──

 

〈くっ……!〉

 

 通信先からステラの苦悶の声が聞こえる。投げ放たれたドラグーン・シールドが彼女の意志と操作を受け、在るべき箇所へ戻ろうと重力に抗い、必死にスラスターを噴かせているのだ。

 ──だが、重すぎる。

 たとえドラグーンだろうと、重力下で自由に飛び回れるほどの推力は得られない。シールドは重力に抗えないまま虚しく墜落していき、制御不能となって〝レムレース〟の左腕を離れてしまった。そして、シールドが右腕にのみ残された〝レムレース〟は、このとき明らかな重心の偏りが生じている。

 ──だったら!

 機を見たとばかりに、一機の〝ザムザザー〟が赤熱化した〝ヴァシリエフ〟──クローを構えて突っ込んでくる! ステラの機体は重心が乱れ、姿勢制御を失っている。それによって、巨大な鋏に捕まってしまう──!

 

「お姉ちゃん!?」

 

 そのとき、ふっと〝レムレース〟の機体が視界から消えた。いや、マユの目にはそう見えた。

 それは敵パイロット達も同じだった。気付いたときには、いつの間に〝レムレース〟は〝ザムザザー〟の底面部まで潜り込んでいる。クローに掴まれる寸前、ステラが敵機のボディにピアサーロックを打ち込み、それを支点とした振り子による急加速と軌道変更を実現させたのだ。

 そうして張り付いた場所は、四脚の位相砲すら射角が取れない零距離でもある。

 そこにアンカーでも打ち込むように、〝レムレース〟は残された右腕のシールドに鋏のような光刃(ビームスパイク)を出力させて刺し込んだ後、勢いよくブースターで分離加速させた。

 ──くれてやる!

 僅か一瞬の出来事だった。刃に貫かれたモビルアーマーの巨体が炎を噴いて膨れ上がり、同時に〝レムレース〟が敵機の腹を蹴って離脱する。大爆発の衝撃に飲み込まれ、やはりシールドは戻ってこなかったが、そのおかげというべきか──〝レムレース〟の重心は整ってくれた。

 

「……すごい……っ」

 

 思わず感嘆してしまうマユ。そうして息をつく間もなく、シールドと一緒に中距離の射撃手段(ビームキャノン)まで失った〝レムレース〟は、手頃な〝ウィンダム〟に襲い掛かってライフルを奪い取ると、ふたたび大群を相手とした射撃戦を展開し始めた。

 一方で、残された〝ザムザザー〟の一機が、僚機をやられた逆襲のように〝アリアドネ〟に猛撃を仕掛けてきた。両脚の位相砲が乱射され、そんなマユもまた、反撃としてビームライフルを撃ちかける。が、それらの射撃は展開された陽電子リフレクターに弾かれて消えた。中・遠距離から射撃しているだけでは、やはり何のダメージも与えられない相手だ。

 

「接近、しないと……!」

 

 お手本とは呼べない荒業だった。だが、攻略法は先達が豪快に示してくれた。

 そうである以上、マユとしても目の前の強敵(ザムザザー)を攻略するには迫撃戦を仕掛けるしかない。ステラの機体はシールドに様々な武装が収束していた都合上、自分のせいで有効な格闘兵装(ビームサーベル)を失ったようなものだ。であるなら、やはりアレはマユ自身で対処すべき相手だ。しかし──

 

(──こんなにも、差があるなんて……っ)

 

 知らず知らず、焦燥の声がマユの口からこぼれ出ている。

 ──そんなモビルアーマーと、戦う以前の問題……。

 マユは既に、敵モビルスーツの大軍相手で手一杯になりつつあった。ありとあらゆる角度から、常にビームライフルの横槍を入れてくる〝ウィンダム〟への対応で、手詰まりになり始めていたのだ。

 

 勿論、本人の名誉のために断っておくと、それが出来るだけでも彼女は上等なのだ。彼女の場合は単純に、周りにいる比較対象が悪い──悪すぎるだけで。

 

 ブラックナイツは未だ謎の多い部隊だが、先の戦闘の様子を見るに、その実力はどう考えても並のコーディネイターよりも上だ。それどころか、トップガンであるザフトレッドすら平気で凌駕する水準にありそうだ。一方でステラの能力についても同様で──まあ、こちらはマユらしい身贔屓と色眼鏡も勿論あるが──今さら言及する必要もないだろう。

 異質な経歴、異常な強さのパイロット達──

 そのような者達と同じ戦線に立たされた時、現実として順当な新兵(ルーキー)に過ぎないマユの力が及ばないのは、ある意味で当然で、仕方の無いことだった。ラクスが開発を命じ、高いスペックに見合わず如何なるパイロットでも〝扱い易い〟よう設計されたという〝アリアドネ〟──その名の通り、聖女のような優しさと慈悲深さにも、今の彼女は救われている立場にある。しかし、そんなことは彼女にとって何の慰めにもならないし、彼女の視点では、そう簡単に割り切ることもできないのだ。

 

「ええいっ!」

 

 射かけたビームライフルが、次々に〝ウィンダム〟を捉え、撃ち落とす。

 それが反攻のきっかけになると信じ、隊列に空けた穴はしかし、すぐに別の機体によって埋め合わせられてしまう。そこから絶え間なく射かけられるビームやミサイルに晒され、〝アリアドネ〟はじりじりと後退を余儀なくさせられていた。そこに〝ザムザザー〟からの位相砲もまた、容赦なく降り注ぐ。

 

〈無理しなくていい! 私に合わせてくれれば──〉

 

 通信から諫める声も聞こえてくるが、それでも歯痒かった。

 こんなことでは、良くないと思ってしまったのだ。

 ──せっかく、追いつけると思ったのに……!

 唇を噛んだのは、悔しかったから。

 ──こんなことでは、差が開いてしまうだけだから……。

 今、彼等の足元にも立てていないと分かってしまう現実が。

 己の弱さが、それほどに腹立たしかったからだ。

 

(このままじゃ、私──)

 

 負けてしまう──?

 その邪念が、少女の操縦を(はや)らせた。

 その異変にやはり気付いたステラが、気を持ち直すよう何度声を荒げようと、このときのマユはそれを耳にする余裕すらなかったのだから。

 ──目が回る……。

 なかば譫妄(せんもう)した頭をやっと起こしたとき、彼女の機体は〝ザムザザー〟に脚を掴まれ、振り回される寸前だった。

 

「──しまった!?」

 

 〝ヴァシリエフ〟の共震破砕が、VPS装甲ごと〝アリアドネ〟の右脚を破断して奪い取ろうとしている。振り回され、横から殴りつける強烈なGに、意識が飛びそうになる。

 ──負ける……!

 いいや違う。

 ──死ぬ……殺される!

 何ひとつ成し遂げられないまま──こんなところで?

 

 ──いやだ!!

 

 それは最も原始的な欲求。

 生存への渇望──

 死の恐怖に対する、強烈な拒絶反応だった。

 

(こんなところで、こんなところで! 私は────っ!)

 

 次の瞬間、マユの中で、なにかが弾けそうになり────

 ────しかしながら、ソレは(・・・)叶わないままに終わった(・・・・・・・・・・・)

 次の瞬間、〝ザムザザー〟のクローが半ばから断ち切られ、宙を舞っていたからだ。囚われの〝アリアドネ〟は解放され、それによって、中にいたマユもまた我に返ってしまったからだ。

 

 

 

 

 

 

「────!?」

 

 頭がすっと醒めていく。まるで貴重な夢から醒めてしまうみたいに。

 ──夢の続きを見せて欲しいと。では、誰に頼めばいい?

 誰に願えば、その続きを見ることが叶うだろう──?

 

〈失敬〉

 

 通信越しに、そう云ったのはシュラだった。

 敵のクローを、断ち切ってみせたのも彼だったのだ。それによってマユを助けたのも。

 指揮官である彼はこちらの状況を鑑みて、わざわざ後方からやってきたのか……?

 

〈苦戦しているように見えたのだが──違ったかい?〉

 

 悪びれもなさそうに云い終えると同時、シュラの背後で、巨大な〝ザムザザー〟のボディが切り刻まれた。

 シュラがみずから、ソレをやったのだ。彼が剣を納めると同時、その巨体は爆装し、まるで特撮の一幕のように彼の背後で散り果てた。何をしてみせたのか、マユにはまるで分からなかった。

 

「……あ……っ」

 

 おもむろに、マユは機体を立て直す。それから後は、何をするでもなく、ただ茫然としてしまった。

 ──何だったんだろう、今のは……?

 不思議としか云いようのない感覚だった。奇妙に冴え渡った感覚が、体を支配するような──

 でも、彼女は決して、そこに立ち入ったわけではない。たとえば戸口を見つけたような感触がして、その中へ、今に足を踏み入れる寸前のタイミングだったのだ……。

 ──もし、シュラの助けがなかったら……。

 そうやって茫然とできる程度には、このとき外野(ウィンダム)からの攻撃は止まっていた。なぜかと云うと、たった今シュラ機の見せた鮮やかすぎる一幕が、敵軍の士気と戦意を完全に突き崩したからだ。あまりにも超然とした彼の剣戟に怖気づき、勝手に撤退し始めた機体まで見えている。

 

〈どうしたの?〉

 

 少しの猶予に、通信回線からステラの問いが入ってくる。

 マユは感覚を整理できずにいたが、だからこそ逆に冷静になって、その人に尋ねることにした。みずからの先達のパイロットとして──何よりも、みずからの憧れとなった人物に対して。

 

「お姉ちゃんは、その──」

〈?〉

「火事場の莫迦力、ていうか……まるでゾーンに入ったみたいに、戦ってるとき、急に頭がクリアになった経験って──ある?」

 

 まるで、種が弾けて割れるような──

 出来る限り考えながら言葉を紡ぐ。だがステラから帰ってきたのは、決まりきったような解答だった。

 

〈ないけど。そんなの〉

「…………」

 

 『彼女』にとってはそうであり、少なくとも、ステラは本心から云っていた。そんな解答に対して沈黙したマユであるが、いや、答えを出すのは今この場所ではないのだろう──

 そう判断して、彼女は改めて顔を上げた。

 ────戦況は、そこからがらりと様相を変えた。虎の子のモビルアーマーが撃墜され、周囲の〝ウィンダム〟部隊は、どうやら完璧に恐れを為してしまったらしい。彼らが絶対的な力の証明だと信じていた強大なモビルアーマーを、意図も容易く超越する敵が目の前に現れたのだ。残された自分達ではどう足掻いても勝てないと断じ、戦うことを無益と悟り、戦線から離反する者が現れた。

 ──そこからは、もう済し崩しだ。

 明らかに戦意を失って、モビルスーツ隊が秩序をなくして逃げていく。

 しかし、このとき既に方々で〝ザムザザー〟を『処理』していたブラックナイツの四機──やはり全員が無傷だった──が合流する。赤色のシュラ機、青色のダニエル機、緑色のグリフィン機、オレンジ色のリデル機、ピンク色のリュー機──色とりどりの〝シーナ〟は無慈悲にも逃げる敵部隊を追い立て、まるでゲームの得点稼ぎようにそれらを狩っていった。

 軍事作戦なのは分かっていた。だが、その暴虐にも見える一方的な光景を、マユは直視してはいられなかった。

 

〈バケモノめ──〉

 

 同じ光景を目の当たりにし、マユの隣で、ステラが最後にそう呟いたのが聞こえた。彼女は目の前の光景に対して動揺しているというよりは、ブラックナイツの奮う力にこそ瞠目しているようだった。

 

「…………」

 

 けれども、このときのマユには、ステラの発言が本当に分からなかった。彼女だって、あの強大なモビルアーマーを難なく、平然と『処理』してみせたではないか。ブラックナイツと同じように──自分を庇いながら。

 ──その力、その強さ。

 ──その何が、いったい彼らと〝違う〟と云えるのだろう……?

 みずからの立つ位置を思い知るからこそ、マユにはそれが、本当に分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 ガルナハン基地陥落の一報を受けて、近隣の町はにわかに動き出した。女子供が一斉に家を飛び出し、軍に徴発──いや、ほとんど拉致されたに等しい家族を迎えに行ったのだ。

 一方で、基地内部でも激しい暴動が巻き起こった。それまで労働を強いられてきた民間人の男性達が、軍関係者に対して反攻に出たためだ。ファウンデーションを後ろ盾として、彼らは一斉に狼狽えるユーラシアの兵達を引き出し、奪われた物資を奪還し、勝利の雄叫びを挙げた。

 そのとき、〝レセップス〟から通信が入る。イングリットからだ。

 

〈お二人とも、ご苦労様でした。町にはシュラとリューを使者として遣わせますので、あとは彼らに任せて、帰還の方をお願いします〉

 

 こうして、マユ達は基地にも町にも降り立つこと許可されなかったわけだが、別にそれは意図的に遠ざけられたからではないのだろう。

 ファウンデーションが用いた〝レムレース〟と〝アリアドネ〟への偽装工作は、あくまで量子コンピュータを通してモビルスーツを見る限りに適用されるもので、人間の肉眼に対する偽装など当然に不可能だ。モビルスーツの所属を隠すという目的のためには、彼女達は自身のモビルスーツを、それ以上白日の下に曝すわけにはいかなかった。

 そうして〝レセップス〟に着艦し、マユはモビルスーツデッキに降り立つ。五機いた〝シーナ〟の内、ダニエル機、リデラード機、グリフィン機だけが戻ってきていた。慇懃な口調のリュー、そして隊長のシュラの二人だけが、本当にガルナハンの町に向かったらしい。

 

 ──なるほど。

 

 今やブラックナイツは、奴隷の町を解放した『正義のヒーロー』だ。

 そんなファウンデーションから遣わされた調停者として、シュラとリュー、あの二人を選ぶのはたしかに適当に思える。こう云ってはなんだが、異様なマスクで顔を隠したダニエル、甲高い声で嗤うリデラード、そして普通に口が悪いグリフィンなどは、一国の顔役として立つには常軌を逸している。

 ──となると、シュラとリューは今ごろ、喜びに浮き立つ現地住人らに温かく迎えられている頃だろうか……?

 客観的に云えば、手柄に反して置き去りにされた状況。これに少しでも礼を尽くすためか、イングリットの方は、わざわざブリッジから出迎えに上がってきてくれたようだが……。

 だが、終わってしまえば、マユの中に残ったものは、どうしてか達成感とは程遠いものだった。その代わり、ざらざらとした気持ち悪さだけが胸を締めつける。

 

 ──ガルナハンは解放された……。

 

 これで、ユーラシアの圧政に苦しめられていた人々は平穏な日常を取り戻した。そのことについて、マユは異存などあろうはずもない。しかし後に残ったのは──自分が、何か取り返しのつかないことをしてしまったのではないか、という危機感。

 現に解放された住民達とは対照に、ユーラシアの軍関係者達は奈落の底に突き落とされた。彼らはこれまで民間の住人らに対し、自分達が行ってきたのと同等──あるいはそれ以上の非道を報復として受けることになる。

 一方が勝てば、負けたもう一方が地獄に堕ちる。独立を賭けた聖戦だろうが、そこに善きも悪しきもない。勝者はみずからの立場の正当化のため、汚濁となるものを完全に葬り去らなければならない。戦争とはそういうもので、マユは思いがけず、今になって現実の重たさを知った。

 

(『まもる』ために戦った。戦えた……はずなんだ)

 

 ファウンデーションの人々を守るため、これは仕方のなかったことだ。結果的に活躍できたとは彼女自身も思えていないが、マユは自身の行いと、選択の結果を後悔したくはなかった。

 そう、思い詰めているときだった。後方から、にわかに声が掛けられたのは。

 

「ザフトレッドってのも、案外大したことないなァ」

 

 紛れもなき侮蔑の声を挙げたのは、グリフィン・アルバレストだった。蛇があしらわれたヘルメットを脱ぎ、こちらを露骨に侮った目で見ている。六人の中でたった一人だけ〝ザムザザー〟を撃墜できなかった、彼女の失態を嘲じての発言だろうか。

 

「コーディネイターのトップ集団だっていうから、どんな腕前(もの)かと期待してみれば!」

「まァ、墜ちなかっただけ、よくもった方じゃなーい?」

「それはあっちが助けたからだし……」

 

 リデラードの嘲笑が続き、ダニエルは遠くでラダーを使って降りてきているステラの方を顎で指した。

 おおよそ好き放題に云われるマユであったが、しかし、このときの彼女に返せる言葉などなかった。戦闘前と比べ、彼らの露骨な態度の変化に驚きもあるが、単に驚くだけで、戸惑いはしなかった。

 結局、このファウンデーション軍も実力主義ということなのだろう。アウラ女帝の云っていた通りで、これは能力こそが至上とされる社会構造の負の一面でしかない。能力で劣る者は蔑まれ、虐げられる──そんな実力主義はザフトも同じで、アカデミー時代から、マユは似たような経験を幾度となく味わってきた。あまりにも身憶えがありすぎる侮蔑の感覚に、彼女は戸惑うことすら忘れてしまったようだ。

 

「向いてないんじゃねーの、アンタ」

 

 しかしながら、その痛烈な批判に、マユは思わず泣きそうな顔になった。

 

「────」

 

 そのときマユの前に、庇うようにステラが割って入った。

 かつてロドニアのラボで、メーテル・リンクが研究者達に侮られたときに浮かべたものと、全く同質の眼。

 凡百の人間であれば射貫かれた時点で肺まで凍りつくほどの冷ややかな視線は、無口な彼女らしい抗議手段であったが、睨まれたグリフィン達は生温いそよ風でも受けるように平然としていた。それは肝が据わっているというより、単に鈍いからのように思えた。

 現に彼らは強烈な怒気を叩きつけられてなお、構わずにステラのことは称賛し始めた。

 

「そうそう。アンタの方は、思ってたより骨がありそうだったな」

「……いろいろ盗ませてもらったし……」

「でも、今は連合の操り人形なんだ? 哀れだねェ」

 

 その言葉に、向けていた怒りの気も少しだけ薄まってしまう。

 ──操り人形……?

 ステラは懐疑する。

 ──こいつらもまた、今の『私』が正当(在るべき姿)じゃないと指摘するのか……?

 グリフィン達は云うだけ云って、興味を失ったように踵を返そうとする。用事は済ませたとばかりに、その場から立ち去ろうとする背に向かって、しかし、声を挙げたのはマユだった。

 そういつも──いつまでも──ステラに守られてばかりの彼女ではない。

 

「私、諦めてませんから……!」

 

 三人は場に立ち止まった。頭だけこちらを向き直し、その先の言葉を待っている。

 

「私は、私を救ってくれたヒーローみたいな人になるって、そう決めたんだ」

「…………」

「だから、私は諦めない。今は力不足でも……絶対に。いつか必ず、あなた達に追いつけるようにだってなってみせる」

 

 夢を追う。理想を追う──

 ──苦しんでいる誰かを救う、ヒーローになる。

 どこで培ったものなのか、既に完成された強さを持つブラックナイツに、マユは挑戦の言葉を投げつける。自身に投げつけられた批判と侮蔑を、真っ向から受けて立たなければ、彼女の気は済まなかったからだ。

 

「フン、不可能だ(・・・・)

 

 奇妙な言い回しの言葉を残して、ブラックナイツはそのままデッキを後にした。

 場に残されたマユの吐息は、強かに震えていた。しばらく経ってから、彼女は自分が、泣いていることに気付く。涙が己の頬を伝い、声もまた震え出す──

 胸がずきずきと痛むのは、批判が心をそれだけ揺さぶったからだ。

 挑むように相手に喰ってかかったのは、そうしなければ、心が折れてしまうと思ったからだ。

 喉を引きつかせ、打ちひしがれる彼女に、ステラは掛ける言葉を探している様だった。だが、そんなマユの目の前に、次に一枚のハンカチーフが差し出される。差し出したのは、近寄ってきたイングリットだった。

 

「あ。……ごめん、なさい……っ」

「いいえ」

 

 むしろ、身内の非礼を謝るべきは自分なのだろう。イングリットの表情からは、そう感じていることがありありと伝わってきた。

 ステラが口を噤んでいる傍ら、ファウンデーションの聡明なる青髪の女性も、このとき賢しくも何も云わなかった。第三者からの軽率な言葉で、場を汚すことを選ばなかったのだ。

 

「──あの人達が云ったこと、きっと、正しいんですよね……」

 

 だから、マユの方から独白のように云った。

 どうしてか、この二人の女性を前にしては、打ち明けたとしても許される気がしたからだ。

 

「私なんかじゃ、あの人達には絶対に追いつけない……」

 

 力が欲しい。みずからの理想に近づくために、大切なものを『まもる』ための力が──

 先の大戦が終わった後、マユはそう思った。だからザフトに入り、厳しい訓練にも耐え、懸命に努力したのだ。たとえ周りより幾ばかり劣ろうと、少しでも自分の理想像へ──ステラの後を追って、大切なものを『まもる』強さを手に入れるために。

 

(──でも……)

 

 現実として、ブラックナイツの戦いを見た。彼らは間違いなく最強の集団で、彼女の予想や理想すら平気で上回る、そんな恐ろしい力を持っているようだった。

 ──そんな人達に、いつか自分は追いつけるのか……?

 ──いや、追いつけるはずがない……!

 グリフィンが端的に云ってのけたように、能力的に不可能に思えてしまう。奇跡でも起こらない限り、万に一つも及びそうにない予感がしている。だが、だからと云って諦めたままでいることなど──私には出来ない!

 

「それでも、私は」

「──諦めきれない、ですか?」

 

 ふと、思考の先をイングリットに云い当てられて、マユは唖然とした。

 どうしてか、まるで心の動きの一切を読み取られたかのように、イングリットがその先を口にしたのだ。ステラも驚いたようで、マユもそのことについて意外がるわけでもなかったが、唖然とする彼女の顔に浮かんだのは、もっと別の感情──諦念だった。

 もう、隠しておいても仕方がない……という。だから彼女は、包み隠さずに本音を漏らした。

 

「──本当は分かってるんです。自分が、この役割に〝向いてない〟ってことくらい」

 

 この役割──モビルスーツパイロットだ。今度はイングリットの方が愕然とするが、それは紛れもなくマユの本音であって、今までルームメイトにすら打ち明けてこなかった弱音だった。

 ──ただ、それは『彼女』を誰よりも間近で観てきたからこそ、痛感したことでもあったのだ。

 話が飛ぶかも知れないが、実のところ、マユは早い段階で気付いていた。同期生のアトラという少女が、アカデミー時代にわざと試験で手を抜いていたこと(・・・・・・・・・・・・・・・)。それによって順位を操作し、みずからに降りかかる受難と面倒の一切を他人に押し付けたことを。……二年間も同じ部屋で過ごした(ルームメイトだった)のだ、気付かない方がおかしい。

 

 ──そう、彼女にも〝特別な力〟があった。

 ──才能があって、適性があった。

 

 それも、同期生の誰も並び立てないほどに隔絶した才能だ。

 モビルスーツパイロット、いや、戦士としての適性なのだ。向いている、向いていないの問題で云えば、アトラほどに『戦士』として向いている同期生をマユは知らない。

 ──そして、自分は決して〝そう〟ではない……。

 そんな心の動きを察してか、イングリットは絶句していた。向いていない──もっと別の道を進むべきだったと自認していながら、それでもこの道を選んだマユの選択が、イングリットには判断つかなかったからだ。

 

「なぜ──。なぜ貴方は、その〝運命〟を受け入れないのです……?」

 

 ──〝運命〟? 

 自己の力を、資質を、適性を、そのような言葉で表現する人間は、マユはこれが初めてだった。

 でも、ある意味ではそうなのかも知れない──と、納得もできてしまう。

 マユやステラのようなコーディネイターは、特に人の意志──中でも親の意志によって〝かくあれ〟と創り出される。自然に虚飾なく生まれ出るナチュラルと違い、コーディネイターはその能力、容姿、適性等のいずれかにおいて、どうしたって創造主の恣意が付与される。

 そうであるなら、マユの両親は、生まれてくる娘に対して『戦士』としての適性など求めていなかったことになる。あるいは『音楽家』になって欲しかったのかも知れないし、あるいは『芸術家』になって欲しかったのかも知れない──あるいは特別な能力など与えず、ただ『人並みに幸せな人生を歩んでくれればいい』と切に願っただけなのかも知れない。真実など既に確かめようもないが、少なくとも、そういう見方をすることだってできる。

 ──それが、私の運命……?

 ザフトでは緑の制服を当てがわれるのが精々で、決して『赤』には届かない──そう侮られ続けた、当時の周りの評価こそが正解だったというのか? でも、だって、そんなの。

 

「そんなの、やっぱり納得いかないから」

 

 そうして今は『赤服』に身を包む少女は、確固とした意志をもって云った。

 

「理想って、そんなに抱いちゃいけませんか……? 夢を追うって、そんなにいけないことですか?」

 

 涙を止め、弱さを拭い切った少女の声音の変化に、イングリットは戸惑う。

 イングリットにとっては、与えられた役目をただ機能的に果たすことこそが、自身の存在意義だったからだ。

 夢や理想など、彼女はこれまでの人生で、考えたことがなかったからだ。

 

「私には、捨てられない」

 

 マユの声からは弱々しさが消える代わり、目には光が浮かんでいた。

 それはイングリットが持たない願いであり、呪いだった。

 

「……あなたは、強い人ですよ」

 

 イングリットは、少なくとも本心から、そう云った。

 自分が持たないものを持つ、目の前の少女が羨ましくあったのだ。

 ──自分の想いに正直で、一途であれれば、きっと迷いは晴れるのだろう。

 ──でも、残念なことに。

 非常に腹立たしいことに。

 自分はそう在れないことを、イングリットは知ってしまっていた。

 

「私は、そこまで強く在れそうにないから」

 

 自分は弱く、想いを打ち明けられるような、勇気の欠片も持ち合わせてはいないから。

 

 

 

 

 

 

 ファウンデーション王国は、この一件を経てユーラシアから事実上の独立を勝ち取った。ガルナハン基地の陥落に伴って、軍略的に甚大な損失を出すことになったユーラシア連邦は緊急閣議を経て、かの国への不侵・不干渉を決定したのだ。

 しかしながら、騒ぎはそれだけに留まらなかった。

 ファウンデーションが起こした革命の灯に勇気づけられ、その他にも各地の勢力が、ユーラシアからの分離独立を願って抵抗運動を激化させたのだ。これらの対応に追われ、かつては大西洋連邦と肩を並べたユーラシア共同体は、今や完全なる凋落の一途を辿った。

 

 ──この一連の騒動を、世の中は『ファウンデーション・ショック』と呼んだ。

 

 ユーラシア大陸内で、いまだファウンデーションほど鮮やかな独立を遂げた国はない。だが、なにも独力で独立を果たさなければならないというルールもまた存在しない。

 たとえば、黒海沿岸に位置しているディオキアの都市は、ファウンデーションのような立派な武力を持たないために宇宙の〝プラント〟を頼った。ザフトに救援を依頼し、その後ろ盾を得て、ファウンデーションに続こうと考えたのだ。先日、ジブラルタルへ攻め入ったスエズの連合艦隊が〝ミネルバ〟所有のたった一機のモビルスーツに撃滅された事案もあって、連合は士気が低下していたのもあるだろう──ディオキアに駐屯していた連合軍は一掃され、以後、ディオキアはザフトの正式な駐留拠点の一つとなった。

 聞くに、そのディオキアの独立運動には〝プラント〟側からの教唆があったのではないか、という噂もあったが、仮に事実なら、ファウンデーションとの連携を狙ったようなタイミングでもある。

 

 ──ファウンデーションと〝プラント〟は繋がっている。

 ──だからこそ、オルフェ・ラム・タオ氏とギルバート・デュランダル氏の間で、何かしらの盟約が交わされていたとしても、何ら驚きはないが。

 

 ともかく、ユーラシアの軛から逃れたファウンデーションは、この後、さらに目覚ましい発展を遂げていった。

 かの国軍の次期主力機として目されたブラックナイトスコード〝シーナ〟は、あれ以来大幅に改造され、さらに強力なモビルスーツへと発展を遂げたらしい。らしいというのは、それ以上の情報をステラ達は知り得なかったからだ。ガルナハン攻略戦以後、二人がファウンデーションの軍機に関わることはなかった以上、国家の機密を異邦の人間に見せびらかすわけにもいかないというのは、政治上、分かる話だ。

 しかし、では、あの一時の共同戦線は何だったのか──? マユとしては活躍したとは云い難く、ブラックナイツのあの強さを目撃してしまったからこそ、あの戦いは、彼らの力だけで「何とかなった」ように思わなくもないが……それは結果論から導く推論に過ぎないのだろうか? 彼らは彼らなりに、自分達と共に戦う意味と目的を有していたということか──?

 

 ──なんであれ、ファウンデーションは歴史を変えたのだ。

 

 マユはそのことを誇りに思うのと同時、以前、自分が抱いた危機感の正体にやっと気づいた。

 自分達は、広い意味で偉大なる王国の独立に手を貸した。──だが、ひょっとしたら、手を貸してしまった、の間違いではないのか。そんなことを、ふいに思ってしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 ディオキア──繁るような緑の山を背景に、白い家並みが階段のように連なっている美しい街。

 東の空に打ち上がる陽光が、周囲の空を照らし始める朝跨ぎ。穏やかな海から吹き来たるそよ風が肌を撫でる心地よい黒海の沿岸に、一艇の小型ボートにやってきた。

 そこは、ディオキアのザフト軍事拠点の置かれた場所から、そう遠くない場所にある。

 沿岸の近場にはオーバーハング気味になっている奇岩が連なり、向こう岸には千畳敷も見える。断崖の下は小さな入り江になっていて、そこの海は比較的穏やかだが、仮にも泳げない人間が、何らかの手違いで落っこちてしまった場合には、十分に事故になり得そうな場所でもある。

 人気の少ない時間、人気の少ない場所であるからこそ、そのすぐ傍に付けられたボートから、人影が降り立った。だが、怪しい者ではない──少なくとも、恰好だけ見れば。

 機能性の良さそうな、私服姿の少年。ニットを被り、黒い前髪の下には、きかん気そうな顔が覗いている。ライフジャケットを脱ぎ、少年はそれを、ボートの操縦士の男に手渡した。受け取った方の男は、意味ありげに腕時計で時間を確認した後、浜に降りた少年に向けて云った。

 

「んじゃ、偵察任務、頼んだぜ」

 

 明らかな軍事用語だが、この人気のなさを考えてのことだろう。男は気楽そうにそう云うと、ボートを発進させ、来た航路を引き返すように海の向こうへ戻っていってしまった。

 男の発言どおり、少年はこの地に、偵察任務のためにやってきた人間だった。

 しかし任務といっても、物騒なものではない。あくまで視察とでもいうのか──少なくとも仕事の依頼主である、ロンド・ミナ・サハクはこう云った。

 

『世界を見て回ってこい。それもまた、大いなる学びのひとつである』

 

 帝王教育とまでは云わないのだろうが、そんな風に告げられたのだ。

 ──このディオキアは、ほんの数日前に、ザフトの駐留下になったばかりの地。

 そこに構えられたザフトの軍事拠点は、もともと連合が使っていた軍事施設を再利用したものだ。警備システムが刷新されてから日も浅く、だからこそ、付け入る隙も非常に多い。

 ──つまり、潜入するには打ってつけのタイミングだ。

 ボートの操縦士から事前に手渡されていた偽造IDを眺めながら、少年──シン・アスカは深くため息をついた。

 

『ファウンデーションが起こした革命を皮切りに、ザフトの中でも妙な動きが見られるようになった』

 

 〝アメノミハシラ〟の領主であるロンド・ミナ・サハクは、そのような情報を仕入れたが故に、シンをこの地に直接送り込んだのだ。

 ──世界を見て回ってこい、というのは詭弁ではあるが、決して全てが嘘というわけでもない。

 可愛い子には旅をさせよ、とは誰が云ったのか。少なくとも、あの狭き居城の中でこの少年を飼育し続けるよりは、野に放って世界の広さを学ばせるべきだというのが、彼の教導役たるロンド・サハク双方の方針でもあったのだ。

 

『そなたには、それも含めて、ザフトの内情を伺ってきてもらいたいのだ』

 

 謎めいた国、ファウンデーション。小国ながらユーラシアの猛攻を退けるほどの軍備と戦略を持ち、独立を果たした後は、奇跡のような発展と復興を成し遂げている。

 そこに旧式ながらも軍備を売り付け、接触を隠そうともしない〝プラント〟が、まるでタイミングを合わせたようにユーラシア大陸へ同時に進出してきている。勢力は拡大し、ガルナハンに続くディオキアもまた、その内の一つだ。このときのミナが警戒の目を向けるには十分で、それでもって「考えすぎじゃ?」と楽観的に云ったシンの指摘を、彼女は一蹴した。

 

『世の中の全ての事象は距離があるように見えて、その裏では複雑な人間の思惑と利権が絡まって、密接に関連しているものだよ、シン。何の予兆もなく、突然に降って生まれる流れなどない。必ずや、伏線と因果があるものなのだ』

 

 その迂遠で婉曲的な表現は、シンにはよく分からなかったが、要するに「物事には裏と表がある」ということか? そして心酔するミナがそこまで気を払って云うことであれば、シンとしても従わない、警戒しない理由はなかった。

 

『今までにない何かが、動き出そうとしている』

 

 真剣味を帯びた表情で云われ、シンは改めて、その役目の重さを実感したという。

 

「ディオキア、か」

 

 シンは改めて顔を上げ、美しい海浜と、その向こう側に並び立つディオキアの美しい街並みに目を遣った。

 そうして彼もまた、歴史の表舞台で動き出す────

 ────今までにない何かが、動き出そうとしていた。

 




 原作『SEED FREEDOM』との相違点

【ファウンデーション・ショック】 → 一年あまりの前倒し
 ガルナハンやディオキアなど、ユーラシア領内の各地域が非道な連合からの分離独立を謀って叛逆する流れは『SEED DESTINY』時点で既にあり、この世界線では以上の流れをファウンデーション・ショックの先駆となるよう変更を加えています。ファウンデーションから見れば、今話をもって原作と比して一年余り早い独立。

【ブラックナイトスコード】 → 試作機
 こちらも原作と比して登場タイミングが一年余り早いことから、ルドラになる以前のオリジナル試作機として登場しています。ルドラ、シヴァ、カルラのそれぞれの原型に当たる運命・隠者・自由が完成していない現時点では参考になる機体が存在しないため、試作機シーナの総評は「DESTINYにおけるC.E.73年時点の最新技術でワンオフ用に製作し直された、割と贅沢めなジン」というイメージで考えています。
 どちらにせよ、シーナ自体は今話限りの登場予定ですし、そのため機体詳細についても正直あまり突き詰めてません。ネーミングについては「ルドラ」「シヴァ」「カルラ」がそれぞれインド神話から取っていて、試作機に神様の名前つけてもなぁ、と思って『零』を意味する「シーナ」をつけています。もっとも、ヒンドゥー語での正しい発音は「シューニャ」らしいですが。
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