~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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 答え合わせ回のようなもので、二話構成の内の一話目。


『告発』

 

 ステラとマユは、ファウンデーションを去った。これはオルフェ・ラム・タオが云っていた、ガルナハン要塞攻略戦参画への『見返り』であり、ステラとしても、まさかこうもすんなりとあの国を出られることになるとは思ってもいなかった。

 ファウンデーションは、ステラとマユがそれぞれの母体へ帰還するための独自の空路(ルート)を用意し、嘘偽りなくその便宜を計ってくれたのだ。ポートを立つ前に、オルフェは挨拶に現れて云った。

 

「〝ミネルバ〟はディオキアへ入港中という話ですし、対して貴方の所属する部隊も、現在スエズに入港中という情報を掴んでいますよ」

 

 そのオルフェの言葉に、ステラがやはり引っ掛かりを憶えなかったわけではない。ステラの所属である第八一独立駆動群(ファントムペイン)は違う。アレは非正規特殊部隊であり、大西洋連邦内ですら、その実在を知る者は少ないのだ。

 彼らはどうやってその存在を知ったのか──

 しかし、いち早く母体へと帰れるというのなら、やはりそれに越したことはなかった。ステラは〝レムレース〟を輸送機に積み込んだ後、来たるべき離陸の時間を待った。

 

「あの、できればお願いがあるんですけど──」

「?」

 

 そんなとき、輸送機の外で、マユがオルフェに何か頼みごとをしているのが見えた。

 だが、ステラは目を瞑り、仮眠に入る準備をする。

 ──もう、私には関係のないことだ。

 その瞬間をもって、マユとステラ──ザフトと地球軍に属す、二人の道は再び隔てられる。

 その、はずだったのだ。

 

 

 

 

 

 

「──で、結局こうなるのか」

 

 そんなステラの空の旅に、マユは当然のようについてきた。

 

当然(とーぜん)だよ」

 

 こうもすんなりと、あの国を出ていけるとは思ってもいなかったステラだが、彼女にとって、問題の種はそれだけで去ってはくれなかったのだ。

 何しろ、マユは彼女自身のために用意された〝ミネルバ〟行きの輸送機を断った上で、〝アリアドネ〟ごとステラの輸送機に同乗してきたのだから。

 そんな彼女は輸送機の中、強気な顔で云ってくる。

 

「ステラお姉ちゃんを返してもらわなきゃ、私は帰れないよ。ラクスお姉ちゃんに顔向けできないんだから」

「私は、あなた達の所有物(もちもの)になった憶えはないんだけど」

「だとしても、地球軍にいるのは不自然だよ」

 

 地球軍へ帰ろうとしたステラだが、そんな彼女が地球軍に尽くす義理なんて何処にも無いだろうと、マユは思ってしまう。

 ──ステラの人生を、そもそも狂わせたのは地球軍(かれら)なのだから。

 そしておそらく、今の彼らはステラの記憶喪失をいいことに、彼女の類稀なる力を自軍のために都合よく利用している。だからこそ、マユはステラについてきたのだ。地球軍──ステラを操っている者達の、その身勝手な不正義を正すために。

 

「そういうあなたこそ、ザフトにいるのが余程不自然に見えるんだけど」

 

 云われ放題のステラだったが、そんな彼女もまた、胡乱げに云い返した。ザフトは個人主義だが、そこに属するこの少女は、それにしたって度が過ぎていると感じたからだ。個人的正義感からファウンデーションへ協力を申し出たところから始まり、次にやろうとしていることは、要するにステラの属する地球軍特殊部隊(ファントムペイン)への殴り込みときた。

 果たしてマユの優先順位の中に、軍規や軍法はいったい何番目に数えられているのか。つまりは下から数えた方が早いのではないかと思うほど、マユの取る行動はザフトの軍人として常軌を逸していた。

 

「私はずっと憧れの人を追いかけてるんだ。ザフトに入ったのも、それが一番の近道だと思ったから」

 

 上官の耳に入れば、叱責と罰則も覚悟すべき問題発言だろう。

 だが彼女にとって、ザフトへの入隊は無力な己を変えるための手段、力を手に入れるための最短経路でしか無い。実際はその言葉の通りで、マユの忠誠はザフトには無い。

 

(──あの日から)

 

 三隻同盟の戦いを見届けたあのときから、彼女が無毀の忠誠を誓う先は、ラクスとステラの二人だけだった。

 ──何の因果か、その片割れが、いま目の前にいる。

 であれば、優先順位など明らかだ。マユは改めて、自身の忠誠を捧ぐ先を取り返すことに躊躇いなどしない。

 

「ラクスお姉ちゃんは、前の戦争でいなくなったステラお姉ちゃんをずっと心配してた。話に出る度に、とても辛そうな顔をしていたもの」

「…………」

「だから、良い報告をして、少しでも元気にしてあげたいんだ……」

 

 ラクスもラクスで色々あって、例のテロ事件に巻き込まれて以降、まるで人が変わったみたい(・・・・・・・・・)になってしまった。記憶喪失に、心神喪失。どうして自分の〝姉〟に当たる少女達は、揃いも揃って酷い目に遭い、その過程で他人によって人格を変えられてしまうのか。

 

「そのためには、ステラお姉ちゃんの直属の上官の人と、直接交渉してみるしかないじゃない」

「話し合ってどうにかなる問題だと思えないし、命の保証もできないけど……」

 

 ──少なくとも、現役のザフト兵がファントムペインに殴り込もうというのだ。

 お互いの敵対関係は明白で、唯一の救いと云えば、マユが現役のザフト兵の割に帰巣本能が薄すぎることか。だが、仮にも会談の席を設けたとして、それがどのような展望になるかはステラも想像がつかない。

 

「──まあ、でも」

 

 ステラは疲れたという風なため息をついた後、複雑な面持ちで応じた。

 

「こうなった以上、私の方も……色々と思うところはある」

 

 本名(ザラ)に始まり、これまで散々聞かされてきた『御伽話』──

 その逸話を裏付けるような、予定調和の現実の数々。ブラックナイツが自身に向けてきた不審な視線と、イングリットが投げかけた不可解な言葉──「本来の自分」……? それらは今のステラに、自分の在り様(アイデンティティ)を疑わせるには充分な理由だった。

 

「私も、問い質してみようと思う」

 

 以前、アウルには昔の事を〝よく覚えていない〟と云った。

 それは事実だが、しかし、そんなステラの過去について詳細に知る者が、常に彼女の隣には居た。

 ネオ・ロアノーク。黒い仮面を被った、ステラの直属の上官だ。

 

「だから、ネオと話がしたいなら、取り持つぐらいはしてあげる」

 

 不器用ながらも呈されたその提案に、マユは驚いた顔を見せた後、しかし強く頷いていた。

 

 

 

 

 

 

「〝レムレース〟の識別コードとは、どういうことだ?」

 

 当直兵からの報告を受けて、ネオは意外がる様子で艦橋に入ってくる。

 

「分かりませんが、さっきからずっとそれで呼び出しを……」

「ステラからの通信ってことか!?」

 

 艦橋では、アウルが興奮気味に通信担当に詰め寄っている最中だった。

 ネオはそんな彼を制しながら、通信士に先を促した。

 

「秘匿通信か。内容はどうなっている?」

「は。ポイントA二二八へ来て欲しいと。それも……大佐ひとりで」

「……ほう」

 

 ネオは声を漏らす。その内容に、周りの者達は困惑した様子だった。

 

「ひとりで、か」

 

 それが、電文が要求する条件だった。改めて文面に目を通すが、たしかに念押しされ、強調された部分──ネオ以外の人間の対応は認めない、そういう意図で記述された部分だった。

 

「ステラが戻ってきてるんだ、ネオ!」

 

 傍らのアウルが快哉と云い、そんな彼についてきたスティングとメーテルもそれぞれ表情に喜色を浮かべる。

 副長の生還を喜ぶ。しかし、ネオは冷然と云った。

 

「単純にステラが帰ってきたと、そう割り切るには早計だな」

 

 その一声で周りはハッとし、いったいどういう了見だろうと、ネオはしばし考え込んだ。

 確かに、送られてきた電文は〝レムレース〟の識別コードから発せられている。これを知る者は順当に考えればステラしか有り得ないが、だとすれば、添えられたこの条件は何だ? ステラ個人が送ってきたものであれば、ネオひとりが来るように念を押すのは不自然だ。

 ──となれば、今のあちらには、その条件を突き付けるだけの理由があるということ……。

 クルーのひとりが、心配そうに覗き込んでくる。

 

「向かわれますか? 何者かによる工作という可能性もありますし、念のため、戦闘配備も──」

「──いや、必要ないだろう」

 

 しばし考えたあと、ネオはきっぱりとして答えた。

 

「私がひとりで行こう。──スティング、アウル、メーテル、きみたちは残れ」

 

 ネオは今にもついてきそうだった雰囲気の三人組を制すると、彼らは──特にアウルは「えぇっ!?」と非常に不服そうな表情と声を返した。だがメッセージに従うのであれば、どのみちネオが一人で向かわなければならないものだった。

 

「あとを頼んだぞ」

 

 そう云い置くと、ネオは艦橋を後にしていった。

 

 

 

 

 

 スティングが声を上げたのは、ネオが艦橋を出、モビルスーツ──彼専用の〝ウィンダム〟で出て行ってから、ほんの五分しか経っていない後のことだった。

 

「……何をしてる?」

 

 隊長からの待機命令に従うつもりでいたスティングであるが、アウルがモビルスーツ・デッキに向かったのを認めるなり、不審に思ってこれを追った。そんなアウルは、今に制止する技術スタッフ達を振りほどいて〝アビス〟に搭乗しようとしている。

 

「決まってんだろ! ステラを迎えに行くんだよ!」

「命令は待機だったと思うよ? 聞いてなかったの?」

「うるっせぇ! 落ちこぼれは黙ってろよ!」

 

 メーテルが素朴な顔で問いかけ直したのを、アウルは怒声をもって威嚇した。その行動に、メーテルが「ひっ」と悲鳴をあげてスティングの体を盾にするように背後に回り込む。

 

「なんで、なんでネオなんだよ!?」

「ああ……?」

「なんで、ネオだけ……っ!」

 

 癇癪を起しているアウルを目の当たりにして、スティングは分からないと云った顔をする。ああ、本当に分からないのだ。付き合いで云えばアウルとは長いスティングであるが、そんな彼だから、アウルのことなら何でも知っているつもりだった。

 ──その能力も。

 ──やや短絡的なところもある、その性格も。

 もともとが気分屋で、子どもっぽい部分があった。ステラと出会ってからは、ソレが余計に酷くなった。理解や共感を寄せようのない、今のような振る舞いを見せるようになった。

 

(いや……)

 

 ──本当にこれが初めてだったか? スティングは、ひとりごちる。

 そう云えばアウルは幼い頃、ラボで働いていた女性を慕っていたことがあった。その人は鷹揚とした優しい微笑みが印象的な金髪の女性で、異性で云えば他にも何人かいたはずだが、どういうわけか、アウルはその人に懐き、その人にだけとある特別な呼び名を使うほどだった。そう──その特別な呼び名は、確か。

 

(──かあさん……?)

 

 金髪の女性──かあさん……?

 ひょっとして、ステラが……?

 

(ああ)

 

 その瞬間、スティングも少しだけ理解する。

 ネオに以前、こうしたアウルの癇癪を少しだけ相談したことがあった。そのときは「遅めのエディプスコンプレックスだろう」と云われ、適当にはぐらかされたと思っていたが、あながち間違いでもなかったらしい。

 ──というより、この取り乱し様は、そうでなければ説明がつかない。

 ネオは正しい。アウルの心の裡では、年長者に対する嫉妬心と反発心が同居している。

 だが結局のところ、その心情にまったく賛同できないスティングは、やはり呆れたように返すしかなかった。

 

「ガキみてぇなこと云ってんじゃねぇよ、アウル。それが序列ってもんだろ……」

「じゃあ、おまえらは納得いってんのかよ!?」

 

 アウルは聞く耳も持たない様子で、激しく云い募る。

 

「コレが工作(ワナ)かも知れないって云ってたヤツもいた! じゃあ、ステラだって無事じゃねぇかも知れないんだぞっ!?」

「……えっ?」

 

 その糾弾に、連鎖したように動揺の声を漏らしたのはメーテルだった。

 そして、その指摘ばかりは痛い所を突いていた。一理あると、スティングでさえ思ったのだ。

 ──ステラが消息を絶ったのは、地球にひとり落っこちて以来だ。

 カタログスペック上は、彼女の〝レムレース〟も大気圏を単機で突破する性能を持っているが、それにしたって挑んでみたいと豪語する勇者(ヤツ)はいない。つまりは、ステラが無事だという保証はどこにもなかった。

 送られてきた識別コードは、そうしてパイロットの居なくなった機体(・・・・・・・・・・・・・・)を、たまたま拾った者から送られてきたものの可能性も考えられる。というより、もしそうであった場合に、機体の保有者であったステラは無事では済まず、彼が指摘したい点はそこにこそあるのだろう。

 

「だから、俺らで確認しに行くんだ! ステラの無事をさ!」

 

 大体、ステラがネオをひとりで呼びつけること自体が不自然であり、不審なのだ。自分達が一緒に行ってはいけない、その理由は何だ──?

 

「お姉ちゃん……っ!」

 

 指摘され、その恐怖感覚が伝播したように、それまでスティングの背後に隠れていたはずのメーテルが茫洋とした目で歩を進め、前に出始めた。その足先はアウルと同様みずからの搭乗機(ガイア)に向いていて、スティングは「おいおい……」と声を漏らすしかない。

 ──どいつもこいつも、言う事を聞かない阿呆ばかりだ!

 しかし、そうなってしまった以上、スティングも周りのクルー達へ説明に走るしかなかった。ネオにも悟られないよう距離を置いて尾行することを前提として、自分達は、あくまで用心棒として彼の後を追うのだと。

 

「ったく……っ!」

 

 そうして、結局〝カオス〟〝ガイア〟〝アビス〟は出撃していく。

 ──ネオには悪いが。

 自分達もまた、その会談に参加させてもらおう。

 

 

 

 

 

 

 指定されたポイントは、紅海を臨む海岸──様々に奇抜な形に連なっている断崖の、その岩礁の下にぽっかりとできている岩場の空間だった。

 そこは、ザフトと地球軍の勢力圏から大きく離れた地点である。

 同時に、モビルスーツで侵入していくのは不可能なほどに狭く、指定されたスポットに向かうためには、どうやら機体から降りる必要もありそうだ。

 

「なるほど」

 

 現場に来るまで分からなかったが、それこそが、先方が自分に叩きつけたい追加条件というわけだ。ひとりで来ることに加えて、モビルスーツから降りた生身でやってこい、と──。

 ますます罠であるという可能性が高くなったが、ネオは同時に、興味もそそられた。ここまで手の込んだ警戒を、本当にステラが個人で用意したというのであれば、興味と関心をそそられないはずがなかった。

 ネオは岩場の陰に〝ウィンダム〟を降り立たせ、コクピッドを解放。やはり丸きり非武装というわけにもいかないので、ホルスターの拳銃を手で触って確かめる。現場から長らく遠ざかっていたネオにとっては、その銃の重さと感触はやけに懐かしく感じられるものだ。

 

「…………」

 

 歩を進めると、洞窟の奥は奇しくも広大な坑道になっていた。

 憮然として先に進んでいると、どうやって進入させたのか、そこには跪いた状態で待機中のモビルスーツ──暗灰色に彩られた、ディアクティブモードの〝G〟の機影が見えた。

 ──〝アリアドネ〟……!?

 ネオは驚いた。それがまず視界に飛び込んできたからだ。おそらく彼も知らない別の入り口があり、そこから機体を入れたのだろう。

 

「ほう……っ」

 

 ZGMF-X69S〝アリアドネ〟──

 自分達が〝アーモリーワン〟で奪取し損ねた、最後のモビルスーツ。当初の計画に反して、ザフトの手に渡ってしまった機体が、今、用意されたように目の前にある。

 ネオに対する初撃としては充分であり、意表を突かれるとはこのことだった。

 まさか、そう来るとは思ってもいなかった。

 

「きみがよく拾い物をしてくるお転婆娘なのは私も認識していたが、それでも、手土産(・・・)を持って帰ってくるほど殊勝な女性になっていたとは、知らなかったよ」

 

 ──取りこぼした機体を、どこかで回収してきたのか?

 ネオは感嘆した風に、次に視界に入ってきた少女に言葉を投げかける。金の髪、すみれ色の眸──それは〝ユニウスセブン〟宙域で別れて以来、音信不通となっていたステラだった。

 見たところ〝レムレース〟の機影はないが、彼女もまた、その場に居合わせていたのだ。

 

「親代わりの身としては、果たして娘の成長を喜ぶべきなのかどうか」

「相変わらず、皮肉な物言いしかしない(ひと)だね」

「きみに指摘される度、直すよう心掛けたつもりではあるのだがな」

「戦利品として見せているわけじゃないよ。まあ、分かってるとは思うけど」

 

 ネオも本気で云ったわけではないのだろう。

 良くも悪くも、ステラとネオは付き合いが長いのだ。お互いの性格はよく把握している。

 

「そこで止まって」

 

 ステラは今、隆起している岩の上に座っていた。そのためやや見下ろされるような形で短く制され、ネオは大人しく歩を止める。

 そんなネオが停止したことにより、彼の正面──というには、やや距離が開かれているが──に待機中の〝アリアドネ〟があり、そのちょうど中間辺りにステラが位置取る形になった。

 明らかに意図された構図であり、云ってしまえばステラの存在が、ネオと〝アリアドネ〟──いや、地球軍とザフトの仲立ちをしているような形か。

 というのも、その場にいる同席者は、もう一人いたのだから。

 

「きみの演出に文句を付ける気はないが。そうだとしても、この時勢で地球軍士官とザフト兵を同じ場に召集するのは不穏当だ。そうは思わないか?」

 

 またもネオは皮肉げに言葉を発するが、今度のステラは取り合わなかった。

 ネオの口八丁に付き合っていては主導権(ペース)を奪われる可能性があると判断したからだし、それだけの力、弁舌がネオにはあるのだ。

 やはり、この場においては場を主導するのはステラであるべきだった。

 だから意図的に上官の言葉を無視し、彼女は個人的に呼びかける。

 

「──ネオ、聞きたいことがある」

「…………」

「だから呼びつけた。他の誰にも邪魔をされたくなかったから」

 

 これで銃でも抜く素振りをネオが見せればステラの対応もまた違ったのだろうが、黒い仮面に覆われて、やはりネオの表情は伺い知れなかった。

 だが、ステラは期待していた返答を得ることには成功していた。

 

「いいだろう」

 

 ネオの方も、いずれ〝時が来る〟とは思っていた。

 ──ただ、予想よりは早かったな。

 ネオは仮面の下、わずかに口を動かしてそう云った。

 

「地球軍第八十一独立機動群所属、ネオ・ロアノーク大佐だ」

 

 そうして彼は、間で場を見届けるステラよりも向こう側、モビルスーツの足元に構える人物へと名乗り出た。

 ネオにとっては異邦の制服──いや、違う。

 それはラウ(・・)も良く知る、ザフトの赤い制服。それに身を包む、見慣れない黒髪の少女に向かって。

 

「ザフト軍〝ミネルバ〟所属、マス・アスカです」

 

 互いに自己紹介は終わった。

 そうして、その数奇なる会談は始まった。

 

 

 

 

 

 ネオ・ロアノークと紹介された男の姿を捉えて、マユは内心で驚く。云うまでもない。その人物の異質とも云える風体にだ。

 ──無機的な、黒い仮面を被った男。

 ファウンデーションのダニエルは異様なマスクで顔の下半分を覆っていたが、その人物は、云ってしまえば顔の上半分を異様な仮面で覆い隠していた。

 肩まで波打つ金の長髪と、すらりと引き締まった体躯は見て取れる。どことなく、三隻同盟に所属していたムウ・ラ・フラガに似た雰囲気を感じたが、それは気のせいか。

 しかし、不思議と納得がいったのも事実だった。ステラの口振りからはネオというのは信頼の置ける上官であるらしいが、どうにも真っ当な人間だとは考えられなかった。そのような人物であれば、あんな作戦を立案し、実行したりはしないから──

 

「──あなたが、あの〝アーモリーワン〟の強奪事件を引き起こした首魁(はんにん)なんですね?」

 

 互いに着る軍服の差異を確かめるように、マユはそう話を切り出した。

 仲介者であるステラも、その言葉の切り出し方は驚いた表情を見せる。だが、彼女は単に表情を変えたというだけで、特に口を差し挟んでは来なかった。

 

「…………」

 

 それは明らかに意識された行いであり、仲介以上のことを、今の自分が為すべきではないという彼女なりの意思表示か。

 そして、その心遣いの沈黙を、このときばかりはマユも有難く思う。お互いの立場を思えば、やはり、あの事件をなかったことになど出来ないからだ。

 

「あの事件のために、巻き込まれた大勢のザフト関係者が死んだ。──そのことについて、咎めるべきは今の私ではないのかもしれませんが」

「──そうだな。罪を問うのは法であって、兵士に過ぎない、今のきみではない」

「それでも、触れないで済ませることはできません。曲がりなりにも、ザフトの人間として」

「まあ、たしかに否定しようのない事実だ。そこにいるステラも含め、あの作戦で使われた兵士達は、全て私の命令で動いていた。あの作戦は私が立案し、そして実行に移させたものだったからな」

 

 その言葉で、マユは確信する。やはり、地球軍として今のステラを操っているのは、この人物で間違いない。

 説き明かすネオは、流石に面の皮が厚い様子だった。そもそも仮面を被っているのだから、そんなものは初めからないのかも知れなかったが。

 

「だが、ここであの一件について、一兵卒のきみと延々と議論をしたところで、得られるものなど何もないよ」

 

 ──そしてよもや、それが本題でもないだろう。

 

「ただ、その様子ではきみの方も収まりがつかぬ様子だから、あえて釈明させてもらおうか。アレは軍事作戦であり、我々としても動かざるを得なかった──と」

 

 マユの中から強い猜疑の色が消えなかったので、ネオとしても誠意──とは違うが、相手を説き伏せ、一応に納得させる形は取ることにする。

 彼は岩上に据えるステラを示唆しながら云う。

 

「私が彼女(ステラ)に命じた任務は、ザフト軍新型モビルスーツの奪取」

 

 数奇なもので、ネオがかつてザフトの将として、地球軍に仕掛けた作戦と全く同種のものだった。あのとき現地に遣わせたのはステラではなく、奇しくもその兄であったが。

 

「──百歩譲って宇宙戦仕様の〝カオス〟は見逃せたとしても、〝ガイア〟と〝アビス〟は駄目だ。陸と海、それぞれの地球環境に対応した可変モビルスーツの開発計画など、初めから地球への侵攻を想定したもの(・・・・・・・・・・・・・)と我々に疑わせるには充分だと思わないかね?」

 

 ──実際、奪取してみて分かったが、何れの機体にも疑い通りの脅威的な性能があった。

 

「そもそも、きみの帰属するザフトは現行で『積極的自衛権の行使』と嘯きながら世界各地で軍事行動に踏み切っているわけだが、まあ随分と、政治的に振るった言い回しを考えつくものだ」

 

 〝オペレーション・スピア・オブ・トワイライト〟──プラント評議会の決定を受けて開始された軍事作戦。これによりジブラルタルおよびカーペンタリアを包囲していた地球軍は一掃され、その後もディオキアの街を始めとして、ザフトは地上での勢力図を拡大させる一方である。

 まあ穏健派のギルバート・デュランダル氏としては、間違っても『攻撃』などという言葉を政治的に使用できないのは理解できる──開戦と同時に〝プラント〟本国へ侵攻されたとはいえ、現状では誰も報復合戦など望んではいまいからだ──理解できるが、まったくもって素晴らしく酷い言い草だとネオは嘲じる。

 

「今のザフトに領土的野心はなく、あくまで『専守防衛』の理念を貫いているだけだという言い訳。要は、体裁を保つためのギルバートの思惑なのは明らかだ」

「────」

「にも拘わらず、そうした理念の下で造られたはずのセカンドステージシリーズは、その理念に逆行する性能を持っていた──」

 

 現在のプラント最高評議会議長を、まるで知己であったかのように呼び捨てにするネオの云い様は、マユから見て異常だった。

 

「個人的立場から云っても、あんな機体群(ものら)をのうのうと開発しているザフトを黙って見過ごすわけにはいかない。──その程度のことは、まず前提としてご理解頂きたいものだ」

 

 揶揄するように付け足された言葉に、マユはきっとして反論する。

 

「でも、〝アリアドネ〟は違います! この機体は──」

「──そうだな。その機体は、我々にそう云い返すための機体(・・・・・・・・・・・)なのだからな」

 

 反論。しかし、その言葉すらも手短に封じられ、マユは唖然としてしまった。

 ZGMF-X69S〝アリアドネ〟──当時のラクス・クライン議員が開発主査を務め、他のシリーズ機とは明確に系統を異にする機体。どういうわけか、ネオは訳知り顔だ。

 

「私は現地に行かなかったから、遣わせた隊員達から聞いた話でしかないが。件の軍事式典は、どうも威風堂々と行われる予定だったらしいな?」

 

 話が飛んだように思われたが、語られた内容そのものは図星だった。

 あの当時、予定されていた式典を前に、マユだって浮かれていた。彼女の場合は友人(アトラ)の晴れ舞台を見届けるために、前日に現地へ前乗りしていたくらいだ。

 ──誰も彼もが、あのお祭り騒ぎに浮かれていた。

 軍部とは関係のない、地元の名士達まで招待する騒ぎよう。ネオとしては外部から人間が流れてくる、その隙にこそつけ込ませてもらったわけだが。

 

「要は、新造戦艦の進水式に伴う『完成披露式典』などという余計な見世物(ショー)を前にした〝プラント〟(きみたち)の喜び様と浮かれ様に、当時の理事国側は強い悪感情を抱いたのだよ」

「っ…………」

「現に、私に〝式典を何とかしろ〟と命じてきたのは彼らの長であり──まあ私から見ても、あの男が怒るには充分な理由だったからな」

 

 ──非常に解りやすくて結構なことだ。

 ロード・ジブリールという男は、コーディネイター達がお嫌いに過ぎる。

 

「そして、意地の悪い理事国──特に大西洋連邦ならばそう考えるだろうと思い至った当時のクライン議員だけが、その対応に動いた」

「えっ……?」

「彼女は我々に対する最低限の弁明要素として、防衛性能に特化した特別なモビルスーツを用意させた(・・・・・・・・・・・・・・・)のだ」

 

 その言葉に、思わずマユは振り返って〝アリアドネ〟を見上げていた。敵将を目の前に視線を外すなど不用意な行動でしかなかったが、話の内容にそれだけ衝撃を受けたということだろう。

 

(ラクスお姉ちゃんが、この〝アリアドネ〟を作った……!?)

 

 マユにとっては初耳で、数奇なこともあるものだ。

 当時のラクスは、急造された〝アリアドネ〟の存在を盾にしようとしたのだ。開発された試作MS群(セカンドステージシリーズ)拠点(プラント)防衛用のMS部隊であり、我々に戦争再開の意志はない、と──

 

「──たった今きみが用いようとした口弁、頭の固い地球のお偉方を説得するための言い訳を用いて、な」

 

 かつて〝プラント〟を救い、その国の未来まで真剣に憂いていた救国の姫君は、当時、何故かやたらと攻撃的なモビルスーツ群を開発していたデュランダル政権の尻拭いに走った。

 煩雑な合体・分離・換装機構を有する前衛的MS(インパルス)ではなく、陸・海・空に対応する電撃的な可変機群(ガイア、アビス、セイバー)ですらない。現在のデュランダル政権が大義として掲げる『自衛権』を説くためには絶対的に必要で、しかしながら、シリーズの中にまともに存在しなかった防衛用MS(アリアドネ)こそを、ラクスは前面に押し出そうと考えたのだ。

 

「もっとも、子ども騙しであることなどすぐに見抜かれたようだがね」

 

 ネオは皮肉げに嘲った。

 マユは悪寒を憶える。いったい何故、この仮面の男はそこまでの情報を──地球軍士官でありながら、敵国の〝プラント〟の内情をそこまで掴んでいるのだろう? と。

 

「…………」

 

 子ども騙しと一蹴されてしまったように、今の時点で、舌戦を繰り広げるには役者が違いすぎる予感がした。持っている情報量が違い過ぎ、まともに議論して勝てる気もしなかったため、マユは出来る限り情報を引き出すことにシフトした。

 

「……工廠区から失踪したZGMF-X23S(セイバー)の件にも、あなた達が絡んでいるんですか?」

「そちらは完全に誤解だな。機体トラブルで組み立てが遅れていた機体だったか? ──とまあ、マークしていたのは事実だが」

 

 機会さえあれば、同じく強奪しようと考えていたのかも知れない。

 ──結局、考えることは何れの勢力も同じということだろう。

 現状、強力な性能を秘めたモビルスーツはどの陣営も喉から手が出るほど欲していて、今になって思えば、わざわざ自分達が手を下すまでもなかったというだけのことだ。

 

(つまりそれって、〝セイバー〟だけはまったく違う勢力による犯行ってことじゃない……)

 

 地球連合ではない──?

 ──じゃあ一体、あの赤い機体は今どこで、誰の手によって運用されているというのか。

 マユは内心で途方に暮れた。

 

「いつまでも時間があるというわけではないのだが──聞きたいことはそれで全てかね?」

 

 沈黙したマユに、ネオは挑むように云った。

 この場にネオひとりでやって来た以上、いたずらに時が経てば経つほど、彼の部下をはじめとした第三者は事態を訝しむ。隊長(ネオ)の身に何かあったのではないか──そうやって増援を寄越されて困るのはマユと名乗った少女の方であり、残念なことに、彼の部下の三人組は特に辛抱強い性格をしていない。

 真実、ステラを仲介としてまで、彼女がこの場を設けた相応の理由があるはずだった。

 

「いいや、今度は私からだよ、ネオ」

 

 与太話は終わりということだろう。ステラはそれまで静観を保っていたはずだが、次の瞬間、座した姿勢から岩礁の上から身を躍らせる。落差は五、六メートルほどはあろうというのに、彼女はまるで猫のようにすんなりと着地してみせた。

 そんな彼女は今度はネオを正面に捉え、これによって、向かい合っているのはネオとステラとなった。あるいは、ステラがネオからマユを庇っている形にも見えるか。

 

「地球に降りてから、色々あった。そこにいる子から話を聞いたり、他の人間達に不可解な目で見られたり」

「…………」

「それで、ネオに確かめようと思った。『私』は本当に……ネオが云っていたような人間なのか、って」

 

 その問いに答える義務が、ネオにはある。

 少なくとも、ステラはそう思っている。

 

 

 

 

 

 

 スティング達はネオが向かった場所、士官達から聞き出した座標に銘々のモビルスーツを向かわせた。

 だが、そこにはモビルスーツの機影の一つも確認できなかった。

 かといって、接近しすぎればモビルスーツの航空音でネオにも気付かれてしまう。だから彼らは、やむなく近隣の岩場にそれぞれの機体を隠し、モビルスーツから降りてポイントへと向かうことにした。

 切り拓かれていた坑道の奥に、三人で揃って向かう。研究所で教え込まれた消音術は、この状況にあってもしっかりと役に立ってくれた。心配だったのは落ちこぼれのメーテルだったが、どういうわけか、彼女の消音はそのときばかりは自分達よりも上手だった。

 だが、そんなことを気にする間もなく辿り着いた場所で、アウルは視界に入ってきたものに驚く。

 

「〝アリアドネ〟!? なんで──!」

「しっ!」

 

 スティング達がやって来たのは、拓かれた空間のうち、ネオ達のいる地点からは高さを大きく変えた場所だった。隆起した岩礁が奇抜な足場を方々に形作っているが、ステラも少し前まではそこに座っていた。

 高さにして十メートルほど、目下に据える鋼鉄の巨神──自分達が〝アーモリーワン〟で取りこぼした機体を見て、アウルが声を上げたのを、スティングが咄嗟に制する。

 だが、その声で気付かれた素振りはない。目下の三人は、誰も彼もがこちらに反応した様子を見せないまま、彼らの中だけで会話を続けている。──いや、待て。三人……?

 

「ありゃあ……っ」

 

 ネオ、ステラ──そしてもう一人の人物に、スティングは見覚えがあった。

 あれは〝アーモリーワン〟に潜入し、ステラに何かを呼び掛けていた少女だ。ザフト兵のはずだが、やはり、彼女達は知り合いだったのか──?

 

「様子見だ。……あいつらが何を話しているかも、気になる」

 

 メーテルに荷物持ちさせていた集音機──艦から持ってきたものだ──を取り出させる。

 三人はそれきり、会話の傍聴者となった。

 

 

 

 

 

 

 現在の『ステラ』の記憶を振り返る。

 彼女の生まれ故郷とされているのは、大西洋連邦のノースルバ地区──そこはネオの生まれ故郷でもあり、国家の自治や福祉の及ばない荒廃した貧民街だった。物心ついたときから両親はなく、同郷の『ネオ・ロアノーク』という幼馴染(・・・)がいたからこそ、ステラは幼い頃からその昏い街でもやって来られた。

 秩序なき無法地帯では自力救済が鉄則で、生きていくために軍に入ったネオを追いかけ、ステラもまた地球軍に入った。そして彼女には才能があり、第二次〝ヤキン・ドゥーエ〟攻防戦での活躍を買われ、今は〝レムレース〟という軍の最新鋭機を与えられるまでに至っている──

 ネオはその話を懐かしむように聞きながら、問いを返す。

 

「では、その少女は?」

「前の戦争のとき、三隻同盟にいたんだって」

「なるほど、それで今はザフト兵か」

 

 一方で、マユから聞かされた『ステラ』の話を振り返る。

 彼女の生まれは〝ユニウスセブン〟で、父と母、そして二つ年の離れた兄がいた。幼少の頃に月面のコペルニクスに移住していた彼女には、兄と同い年の『キラ・ヤマト』という心優しき幼馴染(・・・)がおり、前の大戦では、そんな彼と共に戦場を駆け、オーブ解放戦線ではマユの命を救ってくれた。彼女は三隻同盟と共に地球軍の核攻撃を防ぎながら、先代の〝レムレース〟を打ち倒した伝説的パイロットとなる──

 ネオはこちらもまた、懐かしむように聞いていた。

 

 ──いったい、どちらの『話』が正しいのか……?

 

「ただの御伽話なら、こんな話、私だって真に受けたりはしない。でも──」

「──まあ、紛い物であるにしては、随分と手の込んだ記憶だからな」

 

 自身も経験があるかのように、ネオはあっさりとそう云ってのけた。

 その凄まじい厚顔無恥さに、ステラの顔色も変わる。

 

「! じゃあ……!?」

「きみの察している通りだ、ステラ。今まで私がきみに教えてきたきみの過去──それは全て嘘だ」

 

 はっきりと、そう宣告される。

 だがネオは、悪びれた様子もなく続けた。

 

「きみについての真実なら、私よりもそこにいる少女の方がよく知っているのだろう。きみはザラの名を持って生まれ、先の戦争では三隻同盟と共に戦った、後世に英雄と呼ばれるべき人間のひとりだ」

「……随分、あっさり白状するんですね」

 

 その感想を吐露したのは、マユだった。

 自分が正しかったことが証明されたというのに、勝ち誇った様子もなく、淡々として彼女は云う。

 

「私と貴方、どっちが正しいかなんて分かり切っていましたが、それでも多少は抵抗されると思ってました」

「きみのような人間が彼女と接触した以上、隠し通せるものでもない」

 

 というより、最早隠す必要がないと、ネオは付け足した。

 

「精神操作か。大西洋連邦が持っていた強化人間の製造技術、その副産物に当たる、特殊な装置を用いて植え付けられる彼らに都合の良い偽造された記憶だ」

「どうして、どうして黙ってたの? 真実を黙っていた貴方を、私が軽蔑するとは思わなかった……!?」

「軽蔑されようとされまいと、どちらにしても同じだ。この先に待っている未来を思えば、きみは私の下に居るしかない。否が応でも(・・・・・)私の許へ(・・・・)帰ってくることになるのだから(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 ──発言の意味が分からない。

 それまでの親愛から一転、恐怖と不気味さを表情から隠さなくなったステラを見て、ネオは嗤った。

 

「予想よりは早かった。だが、いずれこうなることは避けられなかった──なら、きみもそろそろ現実を知っておくべきだろう」

 

 ──語り明かす舞台としても、この場は申し分ない。

 期せずしてステラへの謝意を述べた後、そうして、ネオは語り出す──

 

「私、『ネオ・ロアノーク』は──私の目的を、今ここで明かそう」

 

 ──二年以上に渡る、戦後の空白期間。

 その間に、ネオが各地に張り巡らせた情報の糸──

 そこから掴み得た、この世界の実状。そして、未来についてを。

 

 

 

「────キラ・ヤマト」

 

 

 

 その足掛けとして、ネオは唐突に、ある一人の人間の名を呼んだ。

 その名前が出たときの、マユの反応というのは見物であった。

 ネオは静かに、だが冷ややかな声で続ける。

 

「ああ、失敬。コレはもう使われない、本人が意図して棄てた(・・・・・・・)旧い名(・・・)だったな。これからは彼本人の意志を尊重し、『キラ・ヒビキ』氏と、そう云ってやるべきだった」

「ッ…………!」

 

 ステラは言葉の意味が分からない──まあ、彼女の今の記憶にはないのだから当然か──表情を浮かべていたが、一方でマユの反応は違っている。

 激しく狼狽えた、その表情は多弁だった。どこか苦々しい様子で、その人物について取り沙汰されることが急所というべきか、見ようとしなかった物を見せられたような、非常に気まずげな面持ちに変化していたのだ。

 

「マユ・アスカ。奇しくもきみは三隻同盟に在籍していたというのだから、当然『彼』の存在、戦後の動向についても詳しく知──その様子では、わざわざ確かめるまでもなかったか」

 

 事実だった。それによって、マユは思わず視線を逸らす。

 マユは三隻同盟で付き合いのあったムウ・ラ・フラガから、件の人物についての報告──いや、その実態は〝噂〟に近しいものだった──を受けていた。ああ、別にムウの方も、マユ個人に伝えることを急務とした様子ではなかったし、彼としては面々に(・・・)共有しておくべき内容(・・・・・・・・・・)だと思って広報する責任を感じていたに過ぎないのだろうが。

 ──あの、優しかったキラさんが……?

 当時のマユは大いに耳を疑い、そして、証拠となる記録映像を見て愕然としたものだ。

 そして中でも、カガリから直接聞いた伝道所の一件。母に当たるカリダさんと彼が袂別したという、あの話の内容はもう最悪だった。

 

「今は火星圏に旅立っているあの男の目的が何なのか、その様子では薄々察しているのだろう?」

 

 投げかけられた質問に対し、マユはムウの名を伏せて解答する。

 

「……知り合いの推察じゃ、あの(ひと)は人の遺伝子──人の〝運命〟に則った社会秩序に、強い興味を寄せているって──いずれ、この地球圏にも導入しようと考えてるんじゃないかって」

 

 そのマユの言葉に、ネオは薄く笑った。どうやら彼が意図した解答を、そのまま的確に返す形になってしまったようだ。

 

(ここでも、また〝運命〟か……)

 

 自分で発言しておきながら、マユはそのとき皮肉めいたものを感じたという。ファウンデーションでイングリットがその奇異な単語を口にしてから、まだそう日も経っていないと云うのに。

 

「──〝デスティニー・プラン〟」

 

 若き日の友人が熱情し、信望し、夢想したプランの名を、ネオは──ラウは口にした。

 

「人の生まれもっての遺伝子によって役割を定め、そぐわない者は淘汰、矯正する社会──」

 

 その言葉に、マユがハッとしてしまったのは偶然なのだろうか。

 そぐわない──?

 つまりは、その役割に対して向いていない者を、社会秩序のために矯正する社会。

 

『──向いてないんじゃねーの、アンタ』

 

 グリフィン・アルバレストによる、痛烈な批判。理解できない小動物でも見下しているかのような、あの侮蔑の目を思い出す。

 ──私は、パイロットに向いていない?

 仮にそれが、実世界の科学的根拠によって導き出された結論なら? 私の理想は、正義の名の下に淘汰されるべき〝悪〟なのか──?

 

「しかしあの男の存在は、現時点であくまで特異点に過ぎないのだろう。その力の大きさから無視することは決して出来ないが、必ずしも相手にしなければならないものでもない。何故ならそのようなプランをあの男が思い至ったところで、導入と実行──世界再編に差し当たって、世界的な障害というのは非常に多いのだから」

 

 ネオはキラの素性をよく知っている。数年前までは何の闇も持たない、ただの普通の子どもだった。

 以前までの彼──まだヤマトだった時代を探る限り、彼は間違いなく集団の中でリーダーシップを発揮できる側の人間ではなかった。寧ろその繊細な人柄や処世術のために、先々の場面で矢面に立つことを意識的に回避してきた傾向が強いのだろう。

 勿論、ヒビキの名を名乗り──人格を改めたことで克服した可能性はあるが、リーダーシップ、政治力、交渉力、こればかりは個人の覚悟でどうにかなるものではない。対人能力とは人間を相手にすることで漸く向上する能力であり、アレが如何に規格外の天才であろうと、二年という短期間、しかも火星圏の辺境という条件下で磨き上げるにも限度がある。

 

「云ってしまえば、あの男の過ごしてきた環境が、ソレを許さない。あの男の人脈、政治的手腕、指導力だけでは、現状世界など変えられない」

「…………」

 

 文字どおり先の大戦では方々で暗躍し、世界を手玉に取ってきた人間が云うのだ。

 ──世界は間違いなく、そう単純な造りをしていない。

 大西洋連邦、ユーラシア連邦、オーブ──その他もろもろの諸外国。そして、そうした世界全土に地下水脈(グローバルカンパニー)を持つ〝ロゴス〟──革命のために、これら全てを個人で相手にするのは骨だ。

 

「だからこそ問題視すべきは、きみの帰属する〝プラント〟の方なのだろう」

「──えっ?」

「ギルバート・デュランダル。世界を真に遺伝子で席巻したがっている敬虔なる革命家(・・・)とは、間違いなく彼の方なのだからな」

 

 ネオ・ロアノークは真実を告白する。

 マユが属する組織のリーダー、デュランダルこそが、かの〝運命〟による秩序を首肯する人間。稀代の天才たるキラ・ヒビキが欠いているものを、現状で全て持ち合わせている人間だということを。

 

「そんな……! まさか──!」

 

 マユは愕然と、声を上げた。

 それを余所に、ネオは淡々として言葉を紡いだ。

 

「この話が嘘に思えるか? ならばそれもまたきみの反応に過ぎず、私は一向に構わない」

「────」

「だが、ギルバートが思い描く世界には一切の間違いがない(・・・・・・)──正しく『適材適所』を採用した世界だ」

 

 適材適所? その言葉を聞いて、マユはアトラのことを図らずも思い出す。

 アカデミーでわざと手を抜いて次席になることを選んだアトラだが、そんな彼女の欺瞞と工作は、あるいはデュランダル議長には見抜かれていたのではないか。生まれながらに決まっている、遺伝子の診断の段階で──?

 

「他にも疑問に思わなかったか? 親善大使として地球へ向かうシャトルが爆破され、いっとき行方が分からなくなった『平和の歌姫』──」

「──えっ」

「突如として生還したかと思えば、別人のように変わり果て、政治の世界から小奇麗に身を引いたラクス・クラインの変貌を」

 

 マユの動揺にも構わず、ラウは独り言のように続ける。

 

「ああ、ギルバートは最大限上手くやってみせたとも。今後の趨勢を鑑みれば、プランの遂行に当たって障害となり得る政敵など間違いなく白の女王(ラクス・クライン)ただ一人だ。──遺伝子による統制を否定したシーゲル・クラインの娘、自然回帰と自由寛容を愛する彼女の善性と神聖など先の大戦で明らかになっているからな──そんな彼女を黒子を使って(・・・・・・)表舞台から排除し、身代わりとして立てた代役を偶像の世界(アイドル)に送り返して内外への口実(アリバイ)を作った──」

 

 頼るべき(よすが)を失い、失速したクライン派の反抗勢力を先んじて叩き潰し、議会を己の都合の良いイエスマン、あるいは脅威足り得ない凡夫共で席巻する。

 ──女王の駒(クイーン)を摘み取った時点で、あとは楽なものだ。万一ラクスの本物と贋作の性格の違和感に勘づいた者がいたとしても、心神喪失を理由とすればそれは片付けられるのだから。

 

「じゃあ、ラクスお姉ちゃんも──!?」

「──アレは真っ赤な贋物で、デスティニープランの先駆け的一例として見出された、哀れな偶像に過ぎない」

 

 流石のネオも、名前までは知らない。

 だが実際に顔を変え、ラクスの歌声や仕草を真似させられ、代役として仕立てあげられた『名も知られぬ少女(ミーア・キャンベル)』もまた、政治的に利用されている歯車(パーツ)であることは目に見えている。少なくとも、デュランダルからは真相など明かされていないに違いなく、今も必死に〝いなくなったラクスの代わり〟と本気で信じて頑張っている事だろう。

 

「世界は既にギルバート・デュランダルという一人の策謀家の大いなる計画、手中に収まりつつあり──ここに来て漸く、私がヒビキの名を受け継いだあの男を話題に上げた理由に繋がるのだ」

 

 ステラの方は相変わらず、ネオが語る一連の話の熱量、恐怖感についていけていない様子だったが、マユは改めて固唾を呑む。たしかに、この会話の流れを踏まえれば、見えてくる真実があったからだった。

 

「そうだ。ユーレン・ヒビキの狂気と熱情により、最高のコーディネイターとして生を受けた男──キラ・ヒビキ。アレは独自の火星圏調査を終えた後、地球圏に戻ってまず間違いなく〝プラント〟へと赴く」

 

 断言しても良い、これは絶対だ。

 ──遺伝子による統治社会に焦がれるからこそ。

 あの男はその欲望を、父親が抱えていたものと同種の知的好奇心を絶対に我慢できない。

 

「その先でギルバートと共鳴し、きみの帰属するザフトへ合流する流れに至るかも知れない」

 

 そして、こちらは予感だ。

 ──それは非常に、ギルバート・デュランダルがやりそうなこと(・・・・・・・)だからだ。

 他ならぬ彼が渇仰する人の遺伝子、それによって約束された最強の駒(キング)が、確実に一度は己の下に転がり込んでくる。その絶好の機会を、あの狡猾な策謀家がみすみす見逃す訳がない。

 

「────!」

 

 その話はいやな現実味をもって、マユの肩にのしかかった。

 ──ザフトへ……!?

 みずからの所属する軍隊の上に、キラがやってくる? いや、たしかザフトには誂え向きに議長直属の特務隊、通常の指揮系統には決して組み込まれない〝フェイス〟と呼ばれる階級が存在し、それはやはり、規格外の天才が受領するに相応しい徽章でもあったはずだ。

 ──配属されるとすれば……!

 マユの脳裏に、女神の名を冠すスチールグレイの巨艦が思い起こされる。パイロット、管制官、そして艦長──議長がみずからの権限でスーパーエリートを結集させた〝ミネルバ〟こそが、今後のザフトにおける旗艦であることに疑いはないのだ。

 

「もう一度繰り返そう。キラ・ヒビキ、あの男の政治力では、この世界は変えられない」

 

 されど、皮肉にも。

 

「だがな、あの男の武力こそが、この世界を変えるのだ」

 

 彼が加入したザフトを、どの陣営も、どの軍隊も、力で止めることは不可能となる。

 ──つくづく、スーパーコーディネイターとは歪な存在だと思う。

 政治家や策謀家、此度の革命家としては、キラは無視しても構わない類の人種だ。

 ──けれども、戦士としてだけは絶対に違う。

 決して無視できない人類最強の駒。仮にも戦場で本気になった彼と遭遇した場合、まともに戦って渡り合える人間が、果たして今の時代にどれだけいるだろうか。

 ──他者より強く、他者より先へ、他者より上へ。

 そんな願いの下に完成してしまった最高のコーディネイターは、戦場における一騎当千の魔王になる。

 先の大戦時とは違う。今の彼に、間違いなく躊躇いや迷いはない。

 

「つまり、あの男達(ふたり)が出会ってからでは何もかもが遅いのだよ」

 

 さしずめデュランダルが世界を変える頭脳(ブレイン)なら、キラはその意に沿って動く手足(マニュピレータ)といったところか。

 マユがアトラの行末を心配するように、デュランダルが現状で手中に収めたがっているものは『戦士』として価値ある駒だ。今後のプラン遂行のための障害、ロゴスを始めとした機会主義者と既得権益者を排除するために必要な強大な暴力装置なのだ。

 その点において、マユが思わず呻いてしまうほどに、キラ・ヒビキという人間の力は災害的だった。

 

「これが仮面を付けた変人の誇大妄想、戯言だと切って捨てるのも良いだろう。だが現状──そして未来において〝プラント〟は力を持ち過ぎていて、私にとってはそれが非常に面白くない」

 

 まして、今の〝プラント〟に対抗できる地球側──〝ロゴス〟の盟主はあの器量(ザマ)と来た。

 ──危機管理能力に欠けた、自己陶酔型の愚か者。

 不覚にも身内となった身の上だから云うが、あの程度の人間がデュランダルと対等に渡り合う未来など絶対に御伽話だ。

 

「だから貴方は〝アーモリーワン〟でザフトの最新鋭機(モビルスーツ)を奪い、あわよくば〝ミネルバ〟まで墜とし──ザフトの戦力を少しでも削ごうと考えた。そういうわけですか?」

「やらないよりはマシという程度、気休めにしかならんよ。──そして云っておくが、私はきみに同意や納得を求めたわけでもない」

「ええ。納得なんてできません、できるはずがない──! 貴方は!」

 

 一連の話を聞いて、マユは声を荒げてしまった。

 

「貴方は一貫して、キラさんのことをとても悪い人間のように云います! でも、そうじゃない──キラさんは本当は穏やかで温かい人、〝エターナル〟では私にも優しくしてくれた人だ……!」

 

 思わず、その言葉の先を怯むマユ。

 同席するステラに目を配るが、彼女はまったくもって、この視線の意味を理解していなかった。

 それを受けて、耐えがたい怒りがマユを支配する。

 この女性は本当に、彼のことまで忘れてしまったのか──!?

 

「キラさんがああなったのは、元を辿れば、あの戦争の最後にステラお姉ちゃんを守れなかったから……! お姉ちゃんが帰らなかったことに、深く絶望して傷ついたからなんだ!」

 

 マユには分かる。

 前の大戦でもしもステラが生還していれば、キラが闇の道に堕ちることもなかった。

 

「真実を知っていた貴方が、お姉ちゃんを私達に返してくれていれば、こんなことにはならなかったんです!」

 

 批難の声で、マユは云った。他力本願すぎる要求であることを棚に上げ、そう叫ばざるを得なかった。

 

「こうなると手遅れだとか、無知な私達を揶揄うみたいに偉そうに云いますが! そもそも元凶は、ぜんぶを判っていながら動こうとしなかった(・・・・・・・・・)貴方じゃないですか……! 今のキラさんの危うさを正しく把握していながら、キラさんがああなる前に事態を是正しなかった貴方の怠慢と静観こそが、こんな事態を招いてるんだ!」

「その批判は甘んじて受け入れよう。確かにきみの云う通りで、問題を放置したのは私だ。戦後ステラをオーブに返していれば、あの男が火星帰りの怪物となる由縁もなかっただろうからな」

 

 またも二人の間で所有物のように扱われるステラは不服そうな顔をしていたが、しかし、二人の表情や論調の切迫さ故に口を挟むことすらできなかった。

 

「だから、まあ。一言で云えば、これは私個人の挑戦なのだろう──」

「──挑、戦……?」

「ああ、私が『(ネオ・ロアノーク)』で在り切れない部分。人類の夢、覚醒したスーパーコーディネイター。そんな素晴らしき成功作に対する──先の大戦では未遂に終わった(・・・・・・・)──失敗作(わたし)なりの挑戦なのだよ」

 

 言葉の意味が分からない──

 そう困惑を露にしたマユに、仮面の男は、唐突にその黒い仮面を外してみせた。

 衝撃が、マユの顔に走る。

 

「私もまた、〝メンデル〟で造り出された者──」

「……っ……!?」

「彼の父、ユーレン・ヒビキが目指した研究成果──その副産物として生み出された、でき損ないの〝失敗作〟なのだからな──」

 

 金色の髪が揺れ、青い目を爛々とした憎悪に燃やした目。

 老人のように、幾重にも皺を走らせた肌──

 この世のものとは思えない幽鬼のような人相が、そこには浮かんでいた。

 

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