ラウ・ル・クルーゼが前作ラスボスすぎて困る。問答が終わらない。
でき損ない失敗作が、素晴らしき成功体を凌駕する──
(──先の大戦中、それは叶ったはずだった)
持つ者に対する、持たざる者の
第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦で〝プロヴィデンス〟を受領したラウは、その稀少なる能力を駆使して、キラの乗る〝フリーダム〟と対峙した。その攻防の中で、ラウは間違いなく、キラを敗走させる下剋上を果たしたのだった。
──だが、あの戦いは……。
あのときのラウは、キラと戦っていても何も楽しくなかった。
というより、当時のキラは色ボケ気味で、精神的に堕落していた。戦士としては程遠い精神状態にあって、そのような弱者を一方的に虐げるような戦いに、どんな享楽を憶えれば良いのか分からなかった。
(私にも、捨てきれないということか──)
認めよう。
これはラウの個人的な執着であり、執念だ。
──今度こそ、完璧に覚醒したスーパーコーディネイターと戦いたい。
それがラウの目的だった。
そのためには、やはり戦後のステラをオーブへ返すわけにはいかなかった。返してしまえば、その時点でキラはまた以前の堕落した状態へ逆戻りしてしまうから。
(しかし、銃を撃ち合うばかりが戦争でもないだろう)
あれから三年の歳月が経った。
修羅に堕ち、若々しく鋭気を養うキラに対して、忌々しいテロメアの消耗により、ラウは残されていた寿命を大いに縮めてしまった。
(私にはもう、モビルスーツでまともに戦う力すら残っていない……)
残念ながら、それが現実だった。戦後における三年という年月は、それほど急激にネオの中から気力と体力を削り取ったのだ。
卓抜した反射神経を要求するモビルスーツの操縦には、おおよそ三十歳までの若者が適していると云われる位だ。仮にもこの場に〝プロヴィデンス〟の新型が用意され、当時と同じ状況を演出されたところで、今の自分ではキラとまともに戦うことすら出来ないだろう──
──だからこそ、老兵は老兵らしいやり方で挑むしかないのだ。
つまり、ラウがキラから捥ぎ取りたいのは戦略的勝利だった。
これまでの人類史を振り返っても前例のない──年齢的にもこれから全盛期を迎えるであろう──『
ラウにとっての戦後のこの三年間は、全てそのために費やされてきたものと云ってもいい。
(
その個人的な挑戦と策謀が、たとえ世界を巻き込む戦乱に発展しようと些事で、ラウにとっては知ったことでは無いのだ。
結果として、彼自身の友人であるデュランダルを敵に回す形になっているのは、正直ついでのようなものだ。
己の悲願達成──キラという人類の夢と再び闘争するためにはその方が都合が良いからに過ぎず、元より時間的猶予が残されていないラウにとっては、たかだか一時の友人のために手段を選んだり、機会を伺っている余裕などないのだから。
仮面の下に覗いた顔、そこに浮かぶ憎悪を見た途端、マユは即座にすべてを理解した。
「ラウ・ル・クルーゼ──」
その名前を、マユは聞いたことがあった。
他ならぬ三隻同盟の前に立ちはだかった〝プロヴィデンス〟のパイロット。戦後の〝プラント〟において法で裁かれた最大の戦犯であり、先の戦争を常に悪しき方向に導いてきた『仮面の男』──パトリック・ザラに取り入りながら、世界を意のままに操ってきたその人間だった。
「まさか、貴方が……!?」
だとすれば、なんという皮肉だろう。
ステラは今まで、このような男の下で、いいように操られてきたというのか……!?
マユは愕然としているが、しかし、ラウにとって先の大戦の話など、とうに終わった話だった。
「地球連合、オーブ、ターミナル──そして、今後公表されるプランに反対の意思を表明するかも知れない、ザフト兵のごく一部も含めてか」
ラウは、マユが掘り返そうとする思い出話に付き合うつもりなど無いらしい。
無機的な黒い仮面を改めて被り直し、改めて『ネオ・ロアノーク』となった彼は、何食わぬ顔で平然と未来について語り始めた。まるで何事もなかったかのような論調で説明を続けるその厚顔無恥さに、マユは返す言葉もなかった。
「人類最高のコーディネイターはいずれ敵に回る。にも拘わらず、対抗勢力である我々は現状でバラバラだ」
三隻同盟に限って云っても、戦後に及んで道は隔たれている。
パイロットをしていたニコルやトールはオーブに残り、ムウはターミナルへ転向した。本物のラクスは
このような足並みで、かのスーパーコーディネイターが引き起こす遺伝子戦争を、残された者達が戦い切れる訳がない。
「ならば我々がいま為すべきことは、手遅れになる前に戦える人間をかき集め、最悪の事態に備えることだ──違うかね?」
ザフトから奪取した〝カオス〟〝ガイア〟〝アビス〟にも、その一翼を担って貰う必要がありそうだ。完成度としてはいまだ心許ないが、スティング、アウル、メーテル──彼らは地球軍から輩出された
──この男は、自分で軍隊を作るつもりなのか……?
口振りから察するに、マユはそう懐疑した上で、しかし、やはり彼の言葉を受け入れることは出来ない。
「……私は、そうは思いません」
きっぱりとかぶりを横に振り、マユは答えていた。
「キラさんが私達の敵になることなんてない。私達と一緒に戦った
そうしてマユは、今なお当惑しているステラに目を向ける。
──この人の帰りを、あの人は待っていた。
キラが戦後まだ廃人だったとき、浜に座って永遠に海を眺めてたのは、その海こそが、ステラの好きだったものだからだ。
「ステラお姉ちゃんが生きてさえいれば──ステラお姉ちゃんの記憶が戻りさえすれば……! ああなったキラさんと和解する道だって、おのずと開けてくるはずだから……っ!」
今も昔も、きょとんとしている目の前のその人にそんなつもりなど無いのだろうが。
──やはり今回も、ステラの存在が〝鍵〟だ。
闇に堕ちた男を光で照らす、その鍵を握っているのは、やはり彼女を置いて他にいない。
「だが今や、彼には彼の大義がある。奇しくもきみたちが以前目指していた戦争のない世界──デスティニープランは確かにそれを実現する奇跡的な方策だが、果たして、きみは承諾できるのか?」
「っ…………」
「そしてそのような世界を、あの男が望んでいるのも事実だろう?」
ラウはマユの反論を一蹴する。
(最早、色ボケなどしていまい)
──問題は既に、惚れた腫れたの次元にはないのだ。
これは廃人を克服して超人となった、キラ自身のヒビキの名を継ぐ妄執めいた覚悟と矜持の問題であり、たった一人の少女を巡る、その程度の痴話喧嘩に相殺される問題ではない。
「既に分水嶺は過ぎている。卑しくもかつての私と同じ魔道に堕ちたあの男は、決して止まりはしないさ」
「……貴方は……っ!」
「私の下に来い、マユ・アスカ」
そしてラウは、彼女にここまでの事情を明かした、その目的を遂行する。
「このまま〝アリアドネ〟を持ってザフトに戻ったところで、きみに活路などない」
その忠言は、たしかに実感を持ってマユの身に染みた。
──たしかに、そうなのだろう。
アカデミーを卒業した後、自分が〝ミネルバ〟に配属されなかったことにも、先の話を踏まえれば残念ながら合点がいった。七位というアカデミーでの当時の序列が示すように、自分は最初、デュランダル議長に然程期待されていなかったから、そうなったのだ。
──云わば、遺伝子的な部分で。
──私は初めから、デュランダル議長が求める器ではなかった。
アトラ、レイ、ルナマリア──
彼等には大小あろうが、それぞれに『戦士』としての役割が期待されていて、議長がそれを信ずるだけの性格的、科学的な根拠があった。だから彼らは〝ミネルバ〟に配属されたのだ。この欺瞞を知ってなお、マユはあの艦に戻るという選択肢を取ることは出来ない。
だが、だからと云って見捨てるわけにもいかないのだ。アカデミーで出会ったマユの親友は、議長にただ都合のいい傀儡として利用されていて、同じ釜の飯を共にした仲間として、マユはそれを教えなければいけない義務がある。
(アトラ達に、このことを教えなきゃ……っ)
──でも、どうやって……?
真実を伝えたとして──その後はどうする?
こんな軍隊に付き合っていられるかと、ザフトの旗を床に叩きつけて軍を抜けるのか? そんなとき、思考を見透かすような言葉がネオから発される。
「組織や友人への義理を優先するか? たしかに基地へ戻り、正式な手続きを経て〝軍を抜ける〟という選択肢もきみには残されている──が、私としては善意から云ってやろう。おすすめしないと」
脇からかけられる、その忠言をマユは無視したかったが、同時にそれは無視できない内容でもあった。
「きみはかつて三隻同盟に属し、かのラクス・クラインとも深く交流があるようだ。そのような身の上では、ギルバートに素性をマークされていない方が不自然だ」
──寧ろそうでなくては、あの秘密と猜疑の男らしくもない。
たしかに、議長はマユの名前を個人的に憶えていた。当時のあれは議長の人の良さから発揮されるものだと思っていたが、ひょっとして逆なのか……?
「反抗の疑いを見せた時点で、あの男は軍を上げて、きみという存在を処理しに掛かるぞ」
──さながら、ラクス・クラインにそうしたように。
議長の持つ全ての権限を濫用して、彼はマユの命を奪いに来るだろう。
そしてそうなったとき、マユはその追撃を免れるほどの生命力と戦闘力を持ち合わせてはいない。彼女はアスラン・ザラのような怪物とは違うのだ。
「……でも、だからと云って、私が貴方の陣営に就くなんてことにはならないはずです」
マユはそれでも、決然として云い返した。
ラウの言葉は正しく、マユの置かれている立場が現状で詰んでいることを教唆している。だが、だからと云って、目の前の男の口車に乗ってしまってよいものか──?
「そもそも私は、貴方という人間を認めてない」
忘れてなどいない。
この男の暗躍のせいで、前の戦争でどれだけの人間が死んだのかを。
「私は貴方がしてきたことを許しません。たとえ
「これも既に云った筈だ。きみたちが私を軽蔑しようとしまいと、どちらにしても同じだと」
「ああ、その調子です、ふてぶてしく居直ったその態度!」
マユは抗議の声を上げるが、ネオはまるで取り合わなかった。
男の表情がどうであれ、黒い仮面に阻まれて、マユからは窺い知ることは出来ないのだから。
「これからの未来、世界は否応なしに二分化される」
デスティニープランの導入・実行を支持する陣営と、これを拒否する陣営。
いや違うな。正しくは、これまで通りの世界構造を維持することを望む陣営か。
「そのとき、きみは……きみたちは──たとえどんなに嫌だろうと、私と同じ陣営に立つことになるのだから」
人々の争いを止めさせる方法の一つ。それは争いのさらに外側に、より兇悪な外敵を用意してやることだ。共通の敵を目の当たりした者達は、それによって已むなく結託し、例外なく手を組む事になる。
──今回もまた同じ。
たとえどんなにいがみ合っていようと、自分達の外側に脅威が迫っていると知ったとき、人は憎しみの感情を棚に置き──決して忘れるのではない──自分達を守るための理性的で合理的な判断を下す。
──そしてそのときが、奇しくも〝プラント〟を除く地球の陣営が、漸く一つに結託するときだ。
コズミック・イラを遡り、これまで何十年と分断が続いていたオーブ、大西洋連邦、ユーラシア連邦等──地球の諸国が、さながら夢物語のように結託して〝巨悪〟に立ち向かう構図が実現する。
(そうやって漸く、
人類最強のコーディネイターが敵に回るのだ。
──寧ろ、そうでもなければ。
世界が一致団結しなければ、惰弱にして蒙昧なる我々が、勝てる相手ではないのだから。
マユが返す言葉を探して、それから、どれだけ時間を置いたかは分からない。
「よく、分かんないけど」
それほどにたっぷりとした静寂が場に流れた後、言葉を切り出したのはステラだった。
キラだとか、デスティニー・プランだとか、一連のキーワードの意味を測りかねている彼女はやはり状況が掴めていない様子だったが、二人の会話から、察するものがあった。
「ネオ、あなたは連合の内部に私軍を作ろうとしているの?」
「私軍、私軍か」
その表現を、ネオは確かめるように繰り返す。
「たしかに、そういう表現もできる。そもそも〝ファントムペイン〟の原点とて変わらないだろう? ──我々の隊は創設当初からブルーコスモスの私兵であり、裏を返せば私の目的のため、隠れ蓑としては非常に都合の良いものだった」
ロード・ジブリールの目的は『〝プラント〟に住まうコーディネイターの殲滅』だ。
だが結論から云えば、ラウはあのような男のために、せっかく拾った第二の人生を消費されるなど真っ平御免だった。彼は彼で目的のために蠢き、それこそが『デスティニープランの阻止』──その延長にある『スーパーコーディネイターの対決』だった。畢竟、ロアノーク隊は、そのために利用させて貰っているに過ぎない。
「なんだかんだ云って、
ネオの属する〝ファントムペイン〟は特殊部隊として通常の指揮系統に組み込まれない分、かなり自由な行動が可能で、それは等しく、ネオの意のままに動かせる部隊であったことを意味している。ロード・ジブリールには悪いが、ネオは今回、そんな彼に黙ってマユ・アスカを〝ファントムペイン〟に勧誘することに決めた。ただそれだけの話だ。
「あなたはこれから〝プラント〟と戦っていくために、私達を利用しようとしている。そういうこと?」
「〝ファントムペイン〟はこれまでもそうだったし──その物言いでは、きみは普通に誤解しているな。私がきみたちを戦わせるのではなく、きみたちが戦うのだよ」
──自発的に、みずからの意志で。
ネオは念を押すように働きかける。
「選択肢なら既に与えた。決定権はこれからの時代、この世界を背負って立つ
この世界を遠からず去る、まるで老夫のような物言い。
「新しい時代を作るのは、老人ではない」
ネオは目線の先、二人の少女を見据え、どこか輝かしいものでも目にするように紡いだ。
「云っただろう。デュランダルとヒビキ──あの二人が出会ってからでは、何もかも遅いのだ」
──
しかし、その時点で人々が慌てて抵抗運動に奔ったのでは、ザフトはもう止められない。その頃には手遅れで、革命家ギルバート・デュランダルの計画は、今も着々と、だが確実に進んでいるのだから。
「デスティニープラン。遺伝子による世界の統括が実現すれば、そこで暮らす人々は徹底的に管理される。生まれ出たときから宿命づけられた遺伝子──その能力や適性によって、将来の世界のために機能することを余儀なくされる」
「……悪夢だね。考えただけでゾッとする」
ステラは簡潔にそう云った。
ネオはふっと嗤い、次にマユの方を見た。思考している彼女を現実に呼び戻す。
「駄目元で訊ねよう、マユ・アスカ。きみは『私』をどこまで知っている? ああ、単刀直入に云おうか。
唐突に、ラウは事実確認を行う。訊ねたのは、ラウの身に起こった悲劇についてだった。
────その問いに対して、マユは聞き及んでいる範囲に限って返答した。
かつて名だたる資産家だった
「貴方は〝とんだ手違いだった〟と──そんな彼に一方的に捨てられてしまった」
マユ自身、そのエピソードをどういう気持ちで話して良いのか分からなかった。
その凄惨な話には、彼女でさえ同情を禁じ得ない部分があったからだ。
だからと云って、復讐のために世界全体を混乱に陥れた彼の行動は、全く容認できるものでもないが。
だが、明かされたラウの方は「話が早くて結構」と飄然とした雰囲気で続ける。
「私はこの期に及んで自分語りがしたいわけではない。勿論、きみらに同情されたいわけでもな」
良くも悪くも。
その話は彼にとって、ネオ・ロアノークになる以前、先の大戦で敗れたときに終わっていた。
「私が云いたいのは、遺伝子とは生命の根幹であり、我々が想像する以上に支配的だということだ」
遺伝子、それは決して逃れられない生物の宿命のようなものだ。奇しくも『テロメアの欠陥』という遺伝子上の疾患を抱えているばかりに、寿命の問題から逃れられないラウ自身が、その一例であるように。
「仮にもデスティニープランが世界中に導入されれば、ラウ・ラ・フラガの身に起こった悲劇など、特筆にも値しない不幸の一つへと貶められる。単純に、潜在的な遺伝子により人生を決定づけられる人間が大量生産される訳だからな」
「────」
「しかし、人間は感情の動物だ。ラウ・ラ・フラガが他者により決定づけられた〝運命〟に納得しなかったように、人というのは簡単な上位下達の理にも従わず、そればかりか自然と抗い、単純な反発心や敵愾心からコレに挑戦するように出来ている。
誰もがラウのように、世界滅亡という極端な結論に至るわけではないだろう。
だが、ほんの序の口で良いというのあれば、そのような例など世の中に簡単に見つけられる。
たとえば、そうだな。
「──見たところ、きみにも経験がありそうだが?」
夢見る少女などが、良い例か。
指摘され、やはりマユも図星を突かれたように身を震わせた。彼女もやはり、適性でいえばパイロットに向いているとは云い難く、これまで散々なほど同じことを周囲に云われてきたからである。
それでも彼女は『赤』になり、ザフトのパイロットになった。それは彼女が〝そうなりたかった〟からであり、夢を掴むことにこそ救いがあると、努力したからに他ならないのだ。
けれども遺伝子的には、それはやはり〝間違った〟選択なのだろう。マユにとって何が〝正しい〟未来なのかは不明だが、少なからず、グリフィン・アルバレストが間違ったものを見るような目で自分を見ていた理由が、そう云われて少しだけ理解できた。
「人間の自由意思を尊重するのであれば、遠からずザフトはきみたちの敵になる。──だから、今動く必要がある。今ならまだ、ザフトに反抗するための
他ならぬ
──そこに、マユ・アスカが加わるのであれば。
ネオはそんな彼女を窓口として、かつて三隻同盟で戦っていた者達を、みずからの勢力に引き込むことができる。かつて第三勢力として圧倒的寡兵でありながら──ラウの野望をも打ち砕き──戦争を止めてみせた、希望と自由の戦士達をみずからの陣営に迎え入れることも可能になる。
「要は、『デスティニープランがいずれ世界に導入される』──その真実を理解した上で、これからのきみたちがどう行動するか、だ」
そこから先の意志決定は、当然にネオが関与できる部分ではない。
だが、彼は決して、脅迫や強要に頼ってなどいない。
──先の大戦でも、ずっとそうしてきたように。
彼はただ、コイントスを行うだけだ。
それによって表が出るか、裏が出るかを試しているだけなのだ。
「いま、私が真実を明かした〝デスティニープラン〟──ギルバート・デュランダルの計画に、きみたちが賛同する道を選ぶのであれば、それもまた一興」
──まあその場合、ラウの目的、野望が潰えることを同時に意味している。
ステラやマユが〝プラント〟に与した場合、ザフトに対抗する勢力は生まれない。万一生まれたとしても、戦力となり得る人員が集結しきれず、集団は烏合のままに終わる。そしてその場合、世界はなし崩し的にザフトの軍事力に屈服し、遠からずデスティニープランを受け入れて革命に呑まれるだろう。
その
「私達に、選び取れ──と?」
マユが真意を訊ね返し、ネオは飄然と頷きかける。
「私としては、世界がそちらに転ぶ未来も悪くないとは考えているのだ」
それもまた、ネオの本心である。
なんだかんだ云ったが、デスティニープランは彼の友人が熱望した疑いなき人類救済の方法論の一つであり、他ならぬ
合理的に考えれば、当然そうなのだ。しかしながら、ネオは、たとえば論理を越えた感情の面で何も思わないような人間ではない。
「悪くはない。だが個人的に云えば、そちらはあまり面白くない」
本心ではあるが、けっして本懐ではない。
「面白くないって……。これは貴方の好きなギャンブルではないんですよ」
「そうだろうか? 最高の遺伝子を持つ者が、そのまま世界の最高位に居据わる社会など、予定調和に過ぎるとは思わないか?」
これが、彼らにとっての現実だからこそ。
──初めから結末の決まっている出来レースには夢がない、なんとなく腑に落ちない。
そのように感覚するのは、向上心を持つ人間として自然な反応ではないか?
「…………」
この男がどこまで本気で物を云っているのか、マユはやはり測りかねていた。
だが、口にこそ出さなかったが、ネオは本気でそう思っていたのだ。悪趣味だと罵られようが、ネオは個人的に、世界がまだまだ混沌とする様を見ていたい。人々がもがき、あがきながらも、懸命に未来を模索する様を眺めていたかったのだ。スポーツの試合において、一人の強者だけでは名勝負が生まれないように、ザフトが一強になって世界が呑み込まれる筋書きなど、あまりに退屈で観戦する価値も無い。
個人的な趣味趣向、好悪の下に、やはりネオはこちらの未来こそを嗜好する。
「プランに賛同しない道を選ぶのであれば、きみたちは嫌でもこれからザフトと戦うことになる」
マユが現状、ザフトに帰属していることなど関係ない。
プランに賛同できない以上、彼女は必ずや軍を抜けて〝プラント〟へ反旗を翻す必要があり、その際、彼女のような異端の存在を受け入れる拠り所となる組織が必要となる。かつて陣営を違えながらも『戦争を止める』という共通理解のために結集した、さながら三隻同盟を後継する組織が──。
「そして私の組織する陣営は、そのレジスタンスの受け皿として相成る用意がある」
みずからの目的のため。
──そのための生け贄に、ネオは身を捧ぐ覚悟がある。
最終的に紡がれたその言葉の真意を、やはり、マユは測りかねたという。
目下で交わされる会話の熱量に、スティングはついていけないでいた。
「なんなんだ、この会話?」
集音機から聞こえてくる、ざらついた音質の会話。
先程ネオが仮面を取ったその姿は、しかし、彼らからは見ることが出来なかった。しかし、少女が発したネオの名前──ラウ、というのは? それに、明かされた彼の目的──スティングには分からないことが多すぎる。
「どういう、ことだよ……っ」
その言葉を重ねて放ったのはスティングではない、アウルだ。
これまで隣で大人しくしていた彼だが、どうやら、我慢の限界というものはあるようだ。
「どういうことだよ、ネオ──っ!」
叫び、彼もまた足場から身を躍らせた。彼らの潜んでいた場所は、地上から十メートル以上の高さにあって、いくつかの岩場を経由して、落下の衝撃を緩和する形になった。
だが、その身のこなしは、まさしく特殊な訓練を受けてきた者にしか出来ない動きでもある。
突如として頭上から響いた声に、マユとステラはぎょっと驚いた顔をして、しかし、ネオの方は反応としてはそれほどでもなかった。あるいは可能性が頭に入っていたのだろうか、彼らがじっと待っている訳がない、という。
「アウル! あのバカ……っ!」
降りていくアウルの後に、スティングが続き、メーテルもまたついてくるように落下してくる。
アウルはちょうど、最初にステラが座っていた岩礁の上に降り立ち、彼らを見下ろすような形だ。スティングとメーテルは、そこからやや距離を置いて着地した。
アウルは激昂して叫ぶ。
「〝ファントムペイン〟は──俺達の目的は、コーディネイターをやっつけることのはずだろ!?」
突如として現れた、少年のその口振りからマユは理解する。彼らはどこかに身を潜め、自分達の会話を盗み聴きしていたのだ。その内のひとり、水色の髪の中性的な少年が取り乱したように叫んでいるが──例の、セカンドステージシリーズを強奪した者の一人だろうか。
「なのに何で、ザフトのヤツなんかを誘うんだ!? なんで、コーディネイターのヤツと呑気に話なんてしてられんだよ!?」
それがアウルの価値観だった。ロドニアのラボで、コーディネイターは悪だと教わってきた。
先日の〝ユニウスセブン〟の落下事件、あれが証拠だ。あれはコーディネイターが地球を滅ぼすために起こした事件で、なら自分達の役割は、そのワルモノを一匹残らず滅ぼすことのはずだった。
叫ぶアウルであるが、ネオには全く響いた様子もなく、彼は泰然としたままだった。
「くっそぉっ!」
思うような返答も得られなかったからか、痺れを切らすように、アウルはホルスターから拳銃を引き抜いた。
明らかな敵視と共に、その銃口をマユへと突き付ける。
「アウル!」
その行為を認め、声を上げたのはステラだった。同時に体は前へ出て、アウルが掲げた銃口の先、その射線上に身を入れるようにマユを庇う。アウルの目が揺れた。
「なんでだよ! なんでステラまで──なんでみんな、そんなヤツを庇うんだよ!?」
──ステラまで邪魔をするのか!?
地球に降りてから、ステラに何があったかなどアウルは知らない。だが、どうして敵対していたザフトの兵士と──よりにもよって〝アリアドネ〟のパイロットなどを庇うのか? アウルには分からない。
それに、会話の内容じゃ──ステラには何か別の過去があるということだった。
なんだ、それは? 今までステラは自分の──自分達だけのものだったはずなのに! それをいきなり、横から湧いて出てきたヤツに取られるなんて嫌だ!
心の中で懇願するアウルであったが、当人から掛けられる言葉は冷然としている。
「やめなさい、アウル。その銃を下ろして!」
「ッ……!」
「スティング、メーテルも! やめさせて!」
ステラは声を上げて呼び掛けるが、しかし二人の反応はそぞろで、云うことを聞きそうにない。
無理もない。彼らの中でも、やはり正当性を有しているのはアウルの方だった。スティングとメーテルもまた、どうしてステラがザフト兵を庇うのかが理解できていなかったのだから。
アウルはなおも訴え続ける。
「俺達はコーディネイターを倒すために力を手に入れた! だってのに、今さらコーディネイターと手を組むだって!? あり得ねぇだろ、ネオ!」
「──そうか。きみたちにも、伝えておくべきだったな」
ネオは子どもに云い聞かせるように云う。
「コーディネイターが悪云々というのであれば、きみの信ずるステラもまた、コーディネイターだ」
「うそだ!」
「嘘ではないよ。きみらにとっては受け入れ難かろうが、彼女は元は〝プラント〟政府要人の娘──きみたちにも、明言してこなかったがね」
ネオが発した言葉にアウルは動揺するが、ステラもまた驚いた表情を見せたのは、本当に何ひとつ知らされていなかったからか?
だが一方で、スティングは違っていた。彼は彼なりにステラの頭抜けた戦闘力に理由を探していたらしく、薄々だが勘づいてもいたらしい。怜悧な表情を崩さず、その発言を聞いて、やはりと腑に落ちた様子を見せた。
「我々〝ファントムペイン〟にとって、敵がザフトであることに変わりはない」
──この戦いの先に、賭けるものが変わるだけだ。
「銃を下ろすんだ。アウル」
漸く──漸くネオが制止の言葉を発する。
ここでマユ・アスカを失えば、少なからず彼の『計画』にも支障が出る。それもまた一興と考えたいところだが、いささか不利に働きすぎる失点だ。声には僅かに焦りも滲んでいたかも知れない。
(降ろさないのであれば──)
ネオの頭は冷徹に思考を巡らせる。その腕はホルスターの拳銃にまで伸びている。
だがアウルは、そんなネオの素振りに気付く風もなく、取り乱したように続けた。
「いやだ! 俺は、俺はァ──!」
「アウル!」
「──ステラお姉ちゃん!」
再び銃口を固めたアウルを見て、危うさから声を上げたステラだったが、次の瞬間、彼女の身体は背後まで寄っていたマユによって咄嗟に押しのけられていた。
「──!?」
唐突な背後からの衝撃に、ステラは驚いて対応に遅れる。
態勢が崩れ、自分の代わり、射線上にマユが立つ──アウルの銃口は真っすぐにマユを睨んでいるままだ!
(いけない!)
アウルの指先はトリガーに掛かかっていて、発砲される寸前なのは見て分かる。高所から見下ろす形にはなっているが、この程度の距離で、狙った照準を外す彼ではない。スティングも、メーテルも、このときばかりは迷子のようにおろおろして、アウルを止めてくれるとは期待できない。
──なんとかしなきゃ!
そして、ステラの〝ソレ〟は決して、意識した行いではなかった。
ステラは咄嗟に、そのような思惟を〝強く抱いた〟──おかしな云い方をすれば、そう〝強く念じた〟に過ぎなかったのだ。アウルを止めたい──その一念に突き動かされるように、彼女はまるで心で繋がる先を探るように、思考の腕を伸ばす。と、無意識の内、アウルへの精神リンクを確立させていた。
《──
親が子にするように、ステラがアウルへ怒鳴り上げた──その、次の瞬間だった。
胸中で発しただけの、ただの独白だったはずが、実際に呼び掛けられた方、アウルの体が弾かれたようにドクン! と脈動したのが見えた。
一拍置いて、体に変調が起こったかのように喉を鳴らし、アウルはがくがくと震え始める。
握られていた拳銃が、握力から解き放たれて地面へ落下していく。そのときをもって、アウルは完全なる非武装──ステラが思惟したとおりに、自分達への攻撃をやめた状態になったのだ。
「──あっ……うぇっ……?」
アウル本人も、何が起きたのか分からないらしい。
抜けた声でしゃくり上げ、その顔は動揺と当惑で蒼く褪めていた。やがて体の力すら奪われたように、腰を抜かしてその場に座り込んでしまう。
「おい、アウル!?」
「な、なにが、起こったの……?」
傍らに立つスティングとメーテルも、異変に気付いて動揺を露にする。
「いま、お姉ちゃんの声が聞こえたような──!?」
戸惑いがちに、メーテルが溢す。馬鹿なことと思われるかも知れないが、ステラの声がごく近く──それこそ耳元で響いたような気がしたのだ。
自分達の位置関係からすれば、そんなことはあり得ないと分かっているのに。
「ああ。たしかに、オレにも聞こえた……」
メーテルの言葉に、スティングも同意して頷く。
──その声は、たしかに『やめなさい』……って、制止を呼び掛けていた。
頭に直接、響き渡るような違和感があった。
とても強い感情──灼熱のような激しさを孕んでいて、喜怒哀楽に当て嵌めるとすれば、怒りだろうか? ──をぶつけられ、脳内に電撃が奔ったようだった。自分のものとは違う、他人の抱いた思惟や感情を、
スティングはアウルの許へ慌てて駆け寄ると、その体を抱え留めた。思わず失禁を疑ってしまうほど、体の芯から制圧されてしまっているアウルの容態を目の当たりに、スティングは畏れをもってステラに訊ねていた。
「ステラおまえ、いま……何をやったんだ?」
「えっ?」
頭の中に直接響いた〝声〟──得体の知れない感覚の正体は何だったのか?
三人組の中で、アウルだけが、こうも症状が違うのは何故か? 自分達、三人はほとんど変わらない位置に立っていたにも拘わらず、伝達された感情の激しさや強さに、それだけ差があったということなのか──?
たとえば、拡声器を使ったようなものだろうか。強大な音響を耳元で直接鳴らされれば人は崩れるが、その周りにいる者も、程度は違えど音響自体を傍聴することは可能だ。そしてその場合、崩れるまでは行かずとも、怯む程度には反応をすることができる。
つまりアレは、精度としては極めて低い発信だった。非常に手荒く、幼稚な混信──だが問われたステラは唖然として、自分が何かをしたという自覚すらないようだった。
「ステラは何も──」
簡潔に答えるが、少なくともステラは何もしていない。
正しくは、態勢が崩れていて、何も行動できなかった訳だが。
しかしそのとき、心の中で何を思うかは自由だった。だから、
「アウルが止まってくれますように、って。そう思っただけだよ……?」
曖昧な物言いだが、ステラはその刹那、心の底から願い、念じ、祈っただけだった。
──その結果として、どういうわけか、アウルは止まってくれた。
原因や理由は分からない。スティングはそれがステラの仕業だとでも云いたげだが、そんなはずがないだろう。
「まさか」
しかし、次に反応を示したネオだった。
ネオにしては非常に珍しいことに、このとき彼は明らかに驚いていた。真実、信じがたいものに直面したかのように、声色が震えているのがステラには分かった。
「よもや、パトリック・ザラが……? ──いや、違うな……っ」
呻くように、ネオは思考していた。
仮にも生前のパトリック・ザラが〝これ〟を知っていれば、この娘をあんな風に扱う訳がない。愛する妻を喪い、歪なコーディネイター至上主義に傾倒していたあの男なら、真実を踏まえ、自身の娘こそを『最上の存在』と喧伝して
「……なるほど、やったのは母親
──まったく女というものは、どうしてこう、秘め事が上手いのか。
ステラにとっては世代の違う者達の話を、それからもネオはぶつぶつと独り言で呟いていた。ステラには訳が分からないが、彼の中では胸中で済ませられないほどの衝撃が今の一幕にはあったようだった。
「よく分かりませんが、あの人は大丈夫なんですか?」
撃たれるはずだったマユが声を発する。このとき彼女は純粋な疑問の表情を浮かべていて、それも道理だった。彼女の頭には〝声〟が届かなかったからだ。そのためマユには、頭上の少年が突然として発作を起こしたようにしか見えていない。
そんなマユの意を受けて、ステラが改めてスティングに視線を送る。スティングはステラに対して表情で答えたが、アウルは無事らしい。頻発するしゃっくりのような発作を起こしているそうだが、命に別状はないそうだ。
「まあいい。そりゃ今は、置いとくとしようぜ……」
いまだ疑念の色は消えなかったスティングだが、そんな彼が、場を仕切り直すように答えた。
そう。彼にとって今重要なのは、脳内再生された不思議な声ではない。彼の所属する〝ファントムペイン〟──彼自身の、今後の身の振り方についてだった。
スティングはアウルの介抱をメーテルに任せ、立ち上がってステラ達を見下ろす形を取る。
「アウルが姿を見せちまったからな。
彼は三人組のリーダーとして、できる限り理知的な応対をするようだ。
だが、その腹の底まで常に冷静とは限らない。実際その表情には感情がにじみ出て、彼はこのとき、純粋な不審をネオに向けていた。
「話を聞いて──でも正直云って、ついていけねぇ話ばかりだった。オレらにはアンタらが何の話をしているのかも具体的に分からなかったし……その、なんだ──簡単にいやぁ、突拍子がねぇ」
それはそうだろう……と、話を聞いていたマユも思った。
スーパーコーディネイター、デスティニープラン、三隻同盟に継ぐレジスタンス──
どれもこれも現時点では現実味のない話で、マユだって、今もそう感じている位だ。彼女の場合、三隻同盟やザフトに在籍していた経緯があるから辛うじて理解できるが、彼の云う通り、物語の本流に居なかった彼らのような部外者には不可解なままだろう。
「だからネオ、オレからアンタに訊ねることはシンプルだ。オレたちは、アンタを信用し続けてもいいのか?」
値踏みするような目で、スティングは目下の仮面を眇めている。
今まではただ、地球連合軍の一員としてコーディネイターと戦ってきた。彼らは研究所でそう教わって来たからだ。だが、これからは少し様相を違えることになるというのだ。
コーディネイターこそが悪とする勧善懲悪、単純明快だった構図には蔭りが生まれ、今後の地球軍は、遺伝子による支配を目論んでくるザフトとの戦争にもつれ込むことになるらしい。
畢竟、遺伝子で人を選別するのなら、コーディネイターがナチュラルの上位を占めるのは当然だ。そのような世界で王様を気取るのはやはりコーディネイターの方であり、能力で劣るナチュラルはどうしたって虐げられる奴隷的存在に成り下がる。スティングは無論のこと、そんな世界などクソ喰らえと思う。
──でも実際のとこ、そんなことはどうだっていいんだ……。
戦う術ばかりを教えられてきたスティングにとって、この世界の実情や行末などに関心は無い。彼の生きている世界はごく狭く、云ってしまえば〝ファントムペイン〟が全てだった。
だからこそ、彼にとって重要なのは〝ファントムペイン〟の隊長として──自分達の〝上〟に立つ上位者として、目下の仮面の男が相応しいかどうかだった。いささか近視眼的だが、彼にとってこの問答は、それだけの意味と価値のある儀式だったのだ。
「その問いに対する答えを、今の私は持ち合わせていないよ」
残念ながら。
ネオはそう口を動かして肩を竦め、スティングの希求を飄々と受け流した。
だが、誠意を欠いたわけではない。
「その問いに答えるに相応しい者がいるとすれば、それは私ではなく、彼女の方だ」
云いながら、彼はステラを見た。
スティングは眉を顰める。
「……どういうことだ? アンタを信用しない代わり、ステラの方を信用しろってか?」
「そうだ。きみの流儀に則って、ここから先はシンプルに答えるとしよう」
ネオは揶揄うように、そう云って続けた。
「彼女が
そうしてネオは、鷹揚とマユの方を振り返った。
何かを確信したように、淀みない口調で「奇しくも、そこにいるマユ・アスカの云う通りだった」と続け、彼は、次のように云い切ってみせた。
「ステラこそ、この世界の命運を握る鍵だ。