~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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 ※新章開始に伴い、第二篇を今話より開始に移動させました。訂正してすいません。
 新章という区切りのため、第一篇は触れるのを控えてきましたが、今話以降「SEED」篇のキャラクターを順次再登場させていく予定です。可能な限り増えた分のキャラクターも描ききれたら良いのですが、描ききろうとして本筋が進まなくなるのも嫌なので難しいところ。



第二篇
『再出発』


 

 

 大西洋連邦、ワシントン郊外──

 都市圏から大きく外れた郊外の山中に、構えられたひとつの屋敷。ロドニアの研究所と比べれば規模は小さいが、医療研究所が内部に構えられた西洋風の大屋敷に、アスランは踏み入っていた。

 

「…………」

 

 屋敷? ──いや、施設の中は空っぽだった。

 そこら中に研究資材が撒き散らされ、ダンボールは散乱し、必要なものを手当たり次第に運び出した後のような雰囲気。そうして散らかった施設内をアスランは一頻り調査し、彼は今回、自身の『目的』が空振りに終わったことを理解し、歯噛みしていた。

 

「くそ……」

 

 それからは、屋敷の外に待機させていた〝ズゴック〟の機体へと戻る。その朱色の足元には、眼鏡をかけた一人の男性の姿があった。

 

「どうだった?」

 

 ──元〝ドミニオン〟軍医の、ハリー・マーカットだ。

 かつての〝アークエンジェル〟の船医でもあり、強化人間にまつわる研究に深く精通した医師。そんな彼は、戦中から引き続き、強化人間を治療することに使命感を燃やす人物でもある。

 そして彼は、戦後は〝ターミナル〟へ参画していた。新たな事業を立ち上げ、ブルーコスモスによって強化人間に変えられてしまった少年少女を保護・治療する慈善活動に従事するようになっていたのだ。

 当然、元はザフトのアスランとの面識はなかったが、ハリーの方は、彼の妹であるステラのことをよく知っていた。だからこそ、戦後の二人は戦中の蟠りを捨て、おのずと協力関係になるに至っていたのだ。

 アスランは沈鬱な面持ちで、ハリーに伝える。

 

「もぬけの空でした。ひと足、遅かったようです」

「そうか……」

 

 アスラン達の目的は『強化人間の保護』、ならびに『研究施設の検挙』である。今回は〝ターミナル〟から寄せられた情報を元に出動したわけであるが、結果は空振りだ。

 

「証拠隠滅を測ったか、設備はどれも破壊され、データを外部に持ち出したのは間違いないかと」

 

 そうして不穏な会話を続けていた二人であるが、そんなとき、ふと彼らの頭上で〝ズゴック〟が新しい動きを見せた。

 飛翔体らしいフライトユニットを頭から被っているが、ハッチが開き、そのコクピッドから降りてきたのは、赤い髪の少女だった。

 ──フレイ・アルスター。

 先の大戦において、その『強化人間』として生存を果たした、元大西洋連邦のパイロットである。

 戦後、ハリーが主治医となって行った治療が功を奏し、戦中に患っていた睡眠病をほとんど克服するに至っている。彼女はラダーから降りてきて、胡乱げな表情でハリーに問うていた。

 

「強化人間は、もう作れなくなったんじゃなかったの?」

「……そのはずだった。ロドニアの研究所を、僕らの手で抑えたからね」

 

 ハリーは一連の事情について、改めて眼前の二人に説き明かした。

 

「ロドニアの研究所は、強化人間にまつわる研究の中枢機関で、木で云うところの幹だった。だから、まずは幹さえ腐らせてしまえば、末端の枝葉もおのずと腐る──そう考えていたんだが」

 

 ハリーは苦虫を噛み潰したような表情で告解した。

 

「幹は、まだ他にあったってこと?」 フレイが問い、

「いや、見落としがあったとは思えないな」 アスランが反論した。

 

「この二年間、俺達は強化人間にまつわる、各地の研究機関を潰して回っていたんだぞ?」

 

 ──文字どおり、世界中を飛び回るのは骨が折れた。

 だが、ロドニアという最大の研究施設を制圧した以上、後に残された場末の研究機関を潰して回るのは、決して難しい任務ではなかった。少なくとも、アスランにとっては。

 ハリーはその先を引き継いで云う。

 

「ロドニアの研究所を失えば、そこから様々なデータを受け取っていた末端の機関は、一時的にでも機能不全に陥るからね。その分の後れを取り戻そうと、各地の研究施設はそれまでに見せなかった(・・・・・・・・・・・)新しい動きを見せるようになって──この慌ただしい不審な動きを摘発して、僕らは走査を続けてきたんだ」

 

 これは余談だが、大西洋連邦がエクステンデッドシリーズを製造できなくなった──スティング、アウル、メーテルらを本来の性能で出荷できなくなった──のは、彼らによる、この辺りの活動が起因している。

 

「だが現実には、幹はまだ他にあったんだな……」

「まさか、資産家の私邸を隠れ蓑にしているなんて……」

 

 改めてアスランは顔を上げ、その施設の外観を見仰いだ。

 コロニアル様式で造られた、裕福な資産家が私財として持ち合わせていそうな豪勢な屋敷だ。のどかな田園風景の中、ひときわ壮大に映るそれは、しかしながら、無機質な医療研究センターが唐突にでんと構えているよりは余程違和感がなく、一種の絵画のように緑の丘の上に美的に構えられている。

 

「この屋敷は、ブルーコスモスが管理していたものなのか?」

「いいえ。きっと〝ロゴス〟幹部のものよ。別荘、みたいなものかしら」

「〝ロゴス〟──か」

 

 アスランが思わず呟いた。

 一般には聞き知られていないその言葉は、この世界において、常に歴史の影で実権を握ってきた者達のことを指している。

 

「噂には聞いていたが、本当なんだな? 〝ロゴス〟と呼ばれる、実権者達の話は……?」

 

 にわかには信じられない話だと、アスランが云った。

 フレイは首肯する。

 

「通称『死の商人』──彼らは産業として戦争を捉え、世界を常に裏側から操ってきた存在よ。今の地球上で、彼らのネットワークに通じていないグローバルカンパニーなんて存在しない──あのブルーコスモスだって、彼らが創り上げたって噂されているくらいなんだから」

 

 限りなく真実に近い真相を話すフレイだったが、なおもアスランは胡乱げな反応を返していた。

 

「ところで、きみはどうやってその情報に辿り着いたんだ? 歴史的に見ても、彼らの存在が明るみにされた事例はないんだろ? そんな人間達の足跡を、きみはどこで」

 

 ──知り得たのか。

 期待というよりは警戒の混じった目で見られるが、彼女としては、そんな目で見られても反応に困るものだった。

 

「そんなに警戒しなくたって、話としては案外単純よ。大西洋連邦に所属していた、とある政府高官の政治資金の流れを興味本位で洗浄していたら、〝彼ら〟の存在に辿り着いたの」

 

 辿り着いちゃったと、彼女は正しく云い直して補足してみせた。

 

「……政府高官?」

「ええ、ジョージ・アルスター外務次官」

 

 それは、会話のキャッチボールとしては、少女の方から唐突に投げ込まれた剛速球だった。

 この場で持ち出すには微妙すぎる故人の名であり、ハリーもアスランも思わず絶句した。

 が、当人は気にした風もなく、説明を続ける。

 

「あのひと、生前はブルーコスモスの熱烈なシンパだったから。だからその線で、政治活動中の遍歴とか財務状況とかイロイロ調べ直してみたら、最終的に〝ロゴス〟と呼ばれる秘密結社と繋がっていたことが分かったの」

「──それは」

「ああ、勘違いしないで。私が云いたいのは、〝ロゴス〟ってのは、その程度には世界中にパイプを持っていたってことよ。私のパパが生前、特別な極悪人だったって話ではないわ」

 

 悪の黒幕は間違いなく〝ロゴス〟の方であり、地球連合やブルーコスモスが実にそうであるように、彼らはそうした数多の傀儡を使って、世界を裏から煽ってきたのだ。

 そして、そんな黒幕の正体に辿り着くためには、散りばめられた蜘蛛の糸を、ひとつひとつ細かに辿っていくしか方法はなかった。

 そして、フレイは期せずして、それをやってしまったのだ。ジョージ・アルスターという大西洋連邦の高官を親に持っていたばかりに。手を伸ばせば届く位置に、すこぶる太い蜘蛛の糸がぶら下がっていたばかりに。

 

「きみの方も、この二年で随分強かになったものだね」

「うっさい」

 

 茶化すように云ってきた主治医を、フレイはいつもの調子であしらった。

 

「因果ってのは分からないものだね。僕とアスランくんがいま手を組んでいるのもそうだし──そもそも僕の目には、きみら二人が上手くやれている(・・・・・・・・)のが余程不思議に思える」

 

 どこか感慨深そうに、二人に向けてハリーがそう漏らした瞬間、キッと鋼鉄のように冷たい視線がフレイから向けられた。

 射抜かれたハリーであるが、それで怯む彼ではなく、そしてそれはフレイの方も知っていた。相も変わらず、この敬服し敬愛すべき彼女の主治医は、大いにデリカシーに欠けるのだ。

 アスランもこのときばかりは黙っている。世の中には、あえて触れないで済ませておけばその方がいいというような、灰色の問題も多々あるだろうに。

 

 ────イロイロ、あったのだ。

 

 今、この場においては言及を避けるが。

 故に、フレイは軌道修正するように、その発言を意図的に無視して続けた。

 

「〝ロゴス〟は世界中に人脈と金脈を持っていて、だからこそ、この世界の支配者層であり続けてきた」

「コーディネイターが誕生するまでは──か?」

「──そうね」

「だから、彼らはコーディネイターを排除したい。だから強化人間に縋るんだね、どんな手を使ってでも、彼らとの戦争に勝ちたいから……?」

 

 フレイの調査で分かったのは、結局のところ〝ロゴス〟の指導者や幹部達も、コーディネイターを蛇蝎の如く嫌悪し、憎悪しているということだ。この世界を常に管理・統治してきた支配者として、自身の王国──秩序ある『蒼き清浄なる世界』を乱す存在が気に入らないのだろう。

 

「……なんにしても、データは持ち去られてしまった」

 

 アスランが苛立たしげに呟く。

 その技術ごと完璧に潰したと考えていた『強化人間』にまつわる製造データが、よりにもよって、このタイミングで〝ロゴス〟に持ち去られたことが判明したのだ。

 

「ああ。おそらくは正真正銘、それが最後のデータになるのだろうが……っ」

 

 ────結局のところ、アスラン達の利害は一致している。

 原点で云えば、彼らはもうこれ以上に『強化人間』と呼ばれる悲劇的存在を創り出したくないから、このような救済活動に当たっているのだ。もう二度と、行方を晦ました金の髪の少女のような前例を作ってはいけないと考えたから、彼らはこうして同じ地平に立つに至っている。

 ハリーはやりきれない表情で続けた。

 

「となれば──また、作られてしまうな」

 

 その暗示の言葉に、アスランもフレイも黙り込む。大西洋連邦──いや、死の商人〝ロゴス〟は喜び勇んで、そうして手にした技術を行使するだろう。

 少なくとも、ハリーはそう確信している。

 

「僕達も知らない、まったく新種の強化人間が」

 

 おそらく、これまでの強化人間をも凌駕する狂戦士──

 ──コーディネイターを滅ぼし、彼らのための『箱庭』を創り出す剪定師。

 人の悪意と狂気による、蒼き清浄なる世界のための浄化装置が。

 

 

 

 

 

 

 先の大戦で活躍した人材が集まっているのは、そのような田園の中だけではなかった。

 このとき、マユが連れられて訪れた、スカンジナビア王国──

 その領海内に秘匿されたデッキの中にも、大勢の人員が集まっていた。大天使の名を冠する〝アークエンジェル〟がそこに係留されていた事実も踏まえれば、それはじつに衝撃的な光景でもあったのだろう。

 

「マリューさん……! それに、みなさん……っ!?」

 

 係員に連れられてレクリエーションルームに足を踏み入れたマユは、唖然としてそう云った。

 彼女にとっては、見慣れた面々がそこにはいたのだ。

 他でもない〝アークエンジェル〟の艦長だったマリュー・ラミアスに、アーノルド・ノイマン、ダリダ・ローラハ・チャンドラ二世、コジロー・マードックの姿もある。表現としては微妙だが、まるで同窓会場であるかのような光景だった。

 

「どうしてここに、あなたたちが」

 

 集まっているのか──?

 その問いを続けるよりも前に、マユはマリューの表情にこそハッとしていた。彼女の顔は愕然として、その円らな瞳はマユと一緒に入室してきた、金の髪の少女にやはり向けられていた。

 

「ステラさん、なの……?」

「こりゃ驚いた……お嬢ちゃんが!?」

「本当に……!?」

 

 マリューも他のクルーたちも、身動きもできずに、ただ、二年越しに見るステラの姿を見つめていた。

 マユは失念していた。ステラが生きていると信じ、再会の日を待ち望んでいたのは、正しく自分だけではなかったのだ。

 

「よかった……っ!」

 

 呟きと共に、マリューが動いた。

 そんな彼女の綺麗な手が、目の前の存在を確かめるように少女の頬や髪に伸ばされ──それと同時に、ステラは思わず警戒した素振りで身を避けていた。

 

「……だれ……?」

 

 本人にしてみれば正当な反応ではあるものの、容赦なく誰何(すいか)の言葉を投げかけたステラの目は、やはり純粋な不審を湛えていた。体は不用意な者達との不用意な接触を避けるよう、反射的に動いたに過ぎない。

 それによって、微妙な沈黙が場に落ちたという。思いがけない拒絶反応、他人へ向けるような底冷えした隔意の視線を一瞬ぶつけられ、マリューが愕然として声を漏らす。

 

「あなた、記憶が……?」

 

 その問いは、マユが引き取って答えた。

 

「操作されているみたいなんです。だから、今はまだ私のことも、みなさんのことも思い出せないみたいで──」

 

 そう打ち明けたときの、みなの反応はまちまちだった。困惑と躊躇い、それぞれ複雑な表情を見せ、理不尽な現実に対する怒りを浮かべた者も中にはいた。

 そして、次の行動を取ったのはメーテルだ。彼女はステラを庇うように前へ出て、強い敵意の色をマリューたちに向けた。初対面であるのは、彼女とスティングもまた同様だったからだ。

 同窓会場というには、感覚的に隔たれ過ぎた気まずい空気の中、次の声が、開いたドアから聞こえてきた。

 

「役者は揃っているようだな」

 

 黒い仮面をつけた、ネオだ。

 そんな男の登場により、ステラたちの表情は大いに緩む。だが反対に、マリューらの表情が、緊張と敵意で締まったのがじつに対照的だった。

 

「ネオ、これはいったいどういうこと?」

 

 口火を切ったのはステラだ。彼女はこの得体の知れない空気感が漂う一室に、明確に居心地の悪さを感じてそう云った。ネオは「説明しよう」と続ける。

 

「きみの目の前にいる者達は、かつてきみと共に三隻同盟で戦った者達だ。憶えていない──いや、きみにとっては、思い出すほどの強い記憶ではなかったか」

「…………っ!」

 

 ──強い印象があればあるほどに、記憶というのは取り戻しやすくなるものだ。

 明確に挑発するような言葉。かつてラウが敵対していた者達に対する、包む気もない侮蔑と皮肉に、やはりマユは男への怒気を露にした。

 

「かつてと同じことを繰り返す。──その鮮烈な体験と体感こそが、連合の悪しき洗脳を解き、本来の記憶を取り戻す唯一の手段だ。誰に手助けできるものでもない。これは、私からの助言だがね」

 

 ──『ネオ・ロアノーク』としての記憶を打破したとき、彼はその方法を知った。

 しかし、そんな彼も、このときマユの拳がすでに硬く握られているのに気付いたらしい。またしても「修正」を食らうのは流石にイヤだと思ったのか、彼はそれ以上の挑発をやめ、憮然とした面持ちで口を開いた。

 

「『歌姫の騎士団はこちらの陣営にいる』──そう伝えた理由が〝これ〟だよ」

「……〝アークエンジェル〟と、そのクルーのみなさんが……?」

「我々は来たるべき時に備え、戦える人材と戦力を確保しておく必要があると云ったな。だから私は、この者達にかねてより話を持ち掛けていたのだ」

 

 なにせ、戦後に及んで二年以上の歳月があったのだ。この男なら、それをやってのけるには充分な期日だろう。

 しゃあしゃあと云ってのけるラウであるが、応対するマリューは、このとき黒い仮面を強い猜疑の目で睨んでいた。そんな彼女は抗議の声で、口を差し挟む。

 

「私達が、まるで貴方に従って集まったかのような口振りは、全くもって感心できませんわね。ラウ・ル・クルーゼ隊長」

 

 他人行儀。明らかに意図して距離を保ったような口振りで、マリューはその男の言葉を聞き咎める。

 

「私達は当然に、貴方が何者かを知っていてここにいるのです。それで走狗であるように語られるのは心外ですし、私達は今もまだ、誰ひとり貴方という人間を信用してはいませんよ」

「構わないさ、マリュー・ラミアス艦長。これまでの敵対関係を思えば、その反応はやはり正常だ」

 

 灼熱を帯びた敵意すらそよ風のように受け流しながら、厚顔無恥にラウは云った。

 

「えっ。じゃあ、どうしてマリューさん達はここに……?」

 

 マユが漏らしたその問いのあとも、マリューはしばらくの間、黒い仮面の男を睨んだままだった。

 が、彼女は「はあ」とひとつのため息のあと、視線を外すと今度はマユの方を見た。その目は普段どおりというべきか、彼女らしい柔和なものに変わっている。会話する相手によって、露骨に態度を変えているかのようだ。

 

「──これが、そこの仮面の男との契約だったからよ、マユちゃん」

「…………?」

「ザフト内部で不穏な動きがある──デスティニープランにまつわる話は、もう聞いたのよね?」

 

 その問いに、マユは頷いて返していた。

 

「ここにいる私達も──貴方と同じように──ギルバート・デュランダル議長の目指すデスティニープランを受け入れることは〝出来ない〟と、そういう結論に至った陣営なの。……でも、だからと云って、これに抵抗軍を組織するよう甘言を持ちかけてきたそこの男の言葉を、無条件に承諾することはやっぱり出来なかった」

 

 それはそうだろう──と、マユも思う。

 結局のところ、彼女と同じ葛藤を、マリュー達もまた別の機会と場所でやっていたらしい。

 

「でも、その思惑がどうであれ、彼の危惧する未来には、一定以上の正当性があった」

 

 ──遺伝子の適性によって、人の未来を選定する社会。

 結局のところ、マリュー達は男の提案に乗らないで済むのなら、それに越したことはなかったのだろう。だが、乗らざるを得ない──乗ることを検討しなければならない局面というのはあるものだ。

 かつて、マリュー達と共に戦ったキラ・ヤマト──現在はキラ・ヒビキを名乗る──盟友であったスーパーコーディネイターの離反は既定路線と見做されており、世界規模で盤面を支配しているのもギルバート・デュランダルだ。彼らを止めるだけの力を、どこの陣営にもすでに期待できやしない。

 ましてや彼女達には、ラクス・クラインの一件があった。たとえ烏合の衆となろうとも、彼らは一つの旗の下に集結し、結束する必要を迫られていた。

 

「だから私達は『契約』を交わした。私達が、彼の云う軍隊(レジスタンス)に一定の譲歩を示す見返りとして、この男に私達の……かつての(・・・・)三隻同盟の仲間を召集してもらうこと(・・・・・・・・・・・・・・・・・)を、条件として突きつけてね」

 

 解釈としては曖昧だが、三隻同盟に所属していた人間なら〝誰でも良い〟という訳ではなかった。

 契約は取引であると同時に、交渉でもあったのだ。どのような人材を召集できるかが、云ってしまえば、ラウの手腕の問われる部分でもあったのだと。

 

「──それで、きみが来てくれたってわけだ」

 

 やや傲慢な表現にはなるが、ノイマン達としても、これについては全く異存のない人選だった。

 たとえば、トールやニコルなど──モビルスーツパイロットという肩書き限定で語るなら、マユと同列格にいる人間は他にもいるのだ。

 ……いるのだが、マユは〝プラント〟という異郷に飛び、ザフトにまで入隊し──物理的にも──彼らから最も遠い地点にいた。そんな彼女と接触を図ることはマリュー達にとっても困難で、逆に云えば、トールやニコルの勧誘は、難易度としては彼女ほどに高くはないと云える。その機会さえ巡ってくれば、彼女達は順当に、あの二人のことも勧誘してみせるつもりでいるのだ。

 

「もちろん、そりゃあ、そっちのお嬢ちゃんに関しても同じだがよォ」

 

 マードックがマユの肩越しに、ステラを見ながらそう云って加えていた。

 そうか──と、マユは納得する。

 単純な人数だけで云えば、ラウは、二人もの人物をマリュー達の下に送り届けたことになるのか。

 

「……? そうするとおかしくないですか?」

 

 マユは首を傾げ、疑問を呈していた。

 

「ステラお姉ちゃんは、初めからこの人の下にいたんですよ? それを一人として計上(カウント)するのは変ですよ」

 

 云えば、みなが神妙な顔になったが、マユは間違った発言だと思わなかった。

 先ほどの反応を見る限り、マリュー達は今までステラと再会できていなかったのであり、要は、ラウという男はその気になればいつでも出せたカードを、今回、さも切り札のように見せているのではないか。

 さらにマユは云い募る。

 

「私の勧誘にしたって、私がこの人と出会ったのなんて、云ってしまえばただの偶然で! ──えっ、別にこの人が何かをしたわけじゃないですよ!?」

 

 口車には乗せられる結果となったが、出会うきっかけとしては完璧に偶然だった。

 マユはまたも咎めるような目でネオを見たが、指摘された方はけろりとしている。

 

「契約は契約で、二人を送り届けたのは事実だ。私の方は、それで充分に義理を果たしたと思っているよ」

「……ほんっと、そういうところ恥知らずですよね、あなたって人は」

 

 煙に撒こうとしていることを隠そうともしないその面の皮の厚さが、マユは大っ嫌いだった。

 それを直接云われた方は、やはり何の痛痒もない感じだった。

 そこでマリューが口を開く。

 

「そうね。たしかにマユちゃんの云う通り、仮にそれが事実なら詐欺みたいなもので、非常に卑劣な遣り口だと思うけれど──でも、たしかに〝約束は果たしてもらった〟と、私達は見るしかない」

 

 それもまた、巧妙に考えられている。

 ──この期に及んで、契約を反故にする選択など許されないということか。

 そんなとき珍しく、チャンドラが強い口調で言葉を挟んだ。

 

「ぶっちゃけ俺達は、無理難題を吹っかけて、あんたの出方を試すつもりでいたんだ」

「だろうな」

「でも、こうも完璧にこなされてしまっては仕方がないわね」

 

 マリューは諦念の籠ってそうな深いため息と共に云い放った。事実、彼女達が求めていた人材として、ステラとマユ──これ以上の人選というのは他に有り得ないのだから。

 

「……解りました。真に不本意ながら、これでは私達も認めざるを得ないでしょう。今思えば最初から受け入れるしかありませんでしたが、納得はしました。しましたとも」

 

 多大なる苦労と苦悩を抱えた様子で、マリューは自分にも云い聞かせるように吐き捨てている。その目が彼女の後ろに据えるノイマンら、艦の主要クルー達にも向けられる。

 

「そういうことになっちゃうけど、いいかしら?」

「……艦長が、そう仰るのであれば」

「仕方ありませんね」

「俺ァまだ認めたわけじゃないですぜぇ!」

 

 マードックも渋々容認すると云った雰囲気ではあるものの、彼の性分か、釘を刺さずにはいられないらしい。

 

「てめ、この仮面野郎(ヤロー)! もしまた次にヘンな動きを見せやがったら、この俺がその仮面ごと殴り飛ばしてやるからなァ!」

「……それは、もうそこの少女に一発(イッパツ)もらったのだがね」

「あッ!? そ、そうか──? そりゃあ、よくやった! お嬢ちゃん!」

 

 白い歯を見せてグッと親指を立てられたマユは反応に困ったが、彼のその相変わらずな感じには、少しだけ癒されたという。

 

「では、私達も約束を守ることにしましょう」

 

 しかしながら、男の罪を許したわけでも、認めたわけでもないと、マリューの目は強く訴えている。

 だが、御互いの関係は険悪という表現すら生温いのだから、やはり演出としては大袈裟な方が良いのだろう。

 利害の一致。彼らを結びつけるのは、やはりその一点に限った話であるべきだった。

 

「今後は私達も協定関係といきましょう。マユちゃんが浴びせたという一発の鉄拳制裁──その黒い仮面の下で腫れている、頬の打撲痕(キズアト)に免じて」

「────。了解した」

 

 かくして、伝説の不沈艦〝アークエンジェル〟の面々が、レジスタンス陣営へと加わった。

 しかしながら『仲間集め』は、まだまだこれからも必要であるらしかった。

 

 

 

 

 

 

「でも、まさかスカンジナビア王国に匿われていたなんて」

 

 レクリエーションルームを解散した後、艦内の食堂で、マユはマリューと話をしていた。

 

「〝アークエンジェル〟にしても、また、この艦に乗ることになるなんて思ってもいませんでした」

「懐かしい? この艦も本当は、終戦を期に解体される予定だったんだけど──」

 

 マリューは説き明かした。

 ──なんでも、この国の王家の計らいで、〝アークエンジェル〟はこの国の海中工廠に秘匿される特別措置が為されたらしい。

 オーブの国土には置いておけなかった艦船であるだけに、その対応にはマリューをはじめ、オーブ首長であるカガリもまた深く感謝を述べ、後日改めて礼を尽くしたという話だ。勿論非公式に、だが。

 

「もともと、この国の王家とオーブの首長家とは、親交が深かったですもんね。でも、つい最近は連合の傘下に加わったって聞いていましたよ……?」

 

 大西洋連邦から、働きかけられている同盟──今や地球上の国家を殆ど席巻しようとしている【世界安全保障条約機構】のことだ。マリューは返す。

 

「表向きはね。でも実際のところは、王家の多くがあの同盟を良しと思っていなくて──その証拠に、こうして内密にオーブと提携して、私達のことを匿って下さっているのよ」

「そんなことが……」

「『オーブがまたふたたび炎に包まれる日が来るかもしれない。そんなときに、動ける足は必要だろう?』──そのような旨のことを、国王陛下は仰っていたそうよ」

 

 つまり、この艦の存在は保険であり、有事のための飛び道具ということか。

 ネオが目を付けるのも納得の話であった。

 

「…………」

 

 それらの説明を聞いて、改めて、マユは誉れ高いものを感じたという。まさか、気心の知れた〝アークエンジェル〟──いや、三隻同盟の面々と、まさかふたたび同じ地平に立てるとは思っていなかったからだ。

 自分の選んだ道は──過程で云えば〝間違いしかなかった〟ような気もするが──やはり正しいものであったのではないかと、そんな風に思えたのは事実だった。

 ────それからも、ふたりは情報共有を行った。

 マユが〝プラント〟で知り得た情報というのは多く、一方で、マリュー達はいつ頃にネオ・ロアノークから話を持ち掛けられていたのか。このことを誰がどこまで知っているのか、共有するべき内容というのは、当初考えていたよりもはるかに多かったのだ。

 

「それでえーっと──」

 

 一頻りの話を終え、マリューは困惑したような様子で、さっきから食堂の壁際によりかかって腕を組んでいる人物に呼びかけていた。

 

「あなたは、あなた達は座らないの?」

 

 ステラとメーテルであるが、マリューは自身の隣の椅子を引き出しながら提案してみる。

 

「大丈夫」

 

 ステラは短くそう云った。先程からずっと、ステラは二人の会話に耳だけ傾け、目で追ってはいたのだが、決して近くに寄って入ってこようとはしなかったのだ。一方、メーテルはただの付き添いだ。

 要は、人見知りを発動してるのだろう。

 事実としてそうなのであるが、どこか居心地が悪そうな、しかしながら食堂から出ていくという選択肢は取らない辺りの雰囲気から、これを読み取った……読み取れてしまえたマリューは、複雑そうに苦笑を返していた。

 

「なんだか不思議ね。あなたがまるで、初めて出会った頃の他人に戻ってしまったみたい」

「…………?」

「〝ヘリオポリス〟──だったわね? あのときもあなたは、やっぱり今みたいに人見知りがすごくって」

「!? これは、そんなんじゃ、ない……っ!」

「そ、そう……?」

 

 思いのほか強い反応を返され、マリューも困惑したという。

 

「じゃあ、なんていうか小動物みたいで、ずっとキラくんの背に隠れているような印象だったけれど──」

 

 興味と関心の籠った目で、マリューはふたりの少女を見た。

 その視線に怯んだのはメーテルで、彼女は他人からの視線に怯えるように、ステラの背に隠れてしまった。

 ……記憶の中の印象としては、そこにいたのは、まずステラの方であったはずなのに。

 

「……ちょっと見ない間に、ずいぶんお姉さんになったんじゃない?」

 

 マリューは胸が満ちるような思いで云った。

 ──あの頃より、ずっと大人びて見える。

 しかしながら、おそらく根幹を形成している部分は変わらないのだろうという確信もあった。

 そんなとき、ステラの方から気になったように口を開いた。

 

「……。その、『キラ』っていうひとは」

「うん?」

「わたし──あなた達にとって、どんな人間(ひと)だったの?」

 

 訊ねられ、マリューは「ん」と天井を見上げて考え込む。

 ──わざわざ、ステラが云い直した意図は分からなかった。

 だが、何らかの意図が込められたと尊重するからこそ、彼女も後者に焦点を絞って解答する。

 

「戦友よ。かけがえのない」

 

 悲しげな笑みを浮かべて続ける。

 

「でも、もういないのかも知れない」

 

 謎めいた表現だが、そのとき古傷をえぐられたような表情をマユが見せたのが印象的だった。

 けれども、やっぱりステラには意味が分からなかったのだ。

 ──もういない(・・・・・)……?

 そのひとは、戦争かなにかで死んだのか?

 あるいはもっと違う、何かの比喩なのか──?

 

「……ただ。あなたのところになら、帰ってきてくれるかも知れないわね」

 

 小さく呟き、マリューはふっと笑う。

 すると、おもむろに席から立ち上がった。

 

「ねえ、ちょっと一緒に来てくれない?」

 

 え……? きょとんとして、ステラは目を丸くした。

 

「あなたに、見せたいモノがあるの」

 

 

 

 

 

 

 マルチモニターがびっしりと詰められた一室に、ジブリールはいた。

 閉ざされた空気の中を、そんな彼の怒りの声がつんざく。

 

「いったい、どうなっているのです!?」

 

 癇癪を起こして物に当たり、乱暴に蹴飛ばされたグラステーブルから、空のボトルが落下する。

 地に落ちて砕け散る瓶の甲高い炸裂音と、それをその後に片さなければならないという面倒への憂慮が頭を過り、ますますもって、ジブリールの神経を逆撫でする。……いずれも、すべては子どもじみた己の振る舞いの責任にも拘わらず。

 その衝撃音にびっくりして、彼の愛猫の黒猫が、慌てて部屋から逃げていこうとするが、出来なかった。これまでにはなかったはずだが、首輪がつけられていたのだ。

 そんな部屋のマルチモニターのひとつからは、大西洋連邦の大統領、ジョセフ・コープランドの顔が憤懣とした表情でこちらを見返していた。

 

〈それはきみだって知っているだろう? すべてきみの指示通り、強引に開戦してみれば、こちらの攻撃はすべてかわされ、あっという間に手詰まりだ!〉

 

 落下中のユニウスセブンの録画記録を放映し、世論を味方につけたところまでは良かった。しかしながら、そこから先が、一向に彼らのプラン通りに運んでいないのだ。

 ジブラルタル基地への侵攻作戦は、たかだか〝ミネルバ〟一隻の戦力に圧し返された。カーペンタリアとて似たような結末だ。そして肝心のプラント本国への攻撃も、宇宙軍の猛抵抗により撤退を余儀なくさせられた──コープランドはこれらの事実を踏まえ、嫌味ったらしく云った。

 

〈これではあちこちで民衆がはねっ返り、ゴリ押しで結んだ同盟がほころび始めるのも仕方ないぞ。──現にユーラシア連邦は、今もそれらの抵抗運動にこっぴどくやれている最中ではないか!〉

「『ファウンデーション・ショック』? ──ハッ! あんなもの、ユーラシアの連中の油断と怠慢が招いたことでしょう! 世の中はね、弱いもの、隙を見せたものから先に喰らい尽くされていくものなのですよ!」

〈そうは云うがな……〉

 

 まるで自分達こそ普遍的な支配者であると疑いもしない傲慢な口振りに、コープランドはまたも認識のズレを感じる。今度はいつ、自分達が今の頂点の座から引きずり降ろされるか知れないというのに?

 ──ユーラシア連邦の力は、それこそ開戦前までは大西洋連邦(自分達)と引けを取らなかった。

 その均衡が崩れたのは、やはりユニウスセブン落下による被害が大きく、要するに〝運〟なのだ。あの破片がもしユーラシアではなく、こちらの領地に数多く墜落していれば、今や力を喪っていたのは自分達であったはずで──もしそうなっていたとき、この男は今と同じセリフを云えただろうか?

 

〈私としては、彼らの現状を笑えはせんよ。……明日は我が身だ〉

 

 ──相見互い、とでもいうべきか。

 

「私は、そんな話が聞きたいのではない! コーディネイターを倒せ、滅ぼせと、あれだけ盛り上げて差し上げたのに、その火を消してしまうおつもりですか?」

〈だから、それは……っ〉

「弱い者は、どうせ最後には力の強い方につくんです! 勝つ者が正義なんですよ? そんな簡単な法則すらお忘れですか、大統領!」

 

 ジブリールはコープランドの要請を一蹴する。

 

「我らが力を示さないから、あちこちではねっ返りが出るんです! なら、まずそこからちゃんと手を打って下さい!」

〈我らとて手一杯だと云ったろう! 戦力は限られているし、人員の問題もそうそう──だいたい、きみの〝ファントムペイン〟だって、大した戦果は挙げられていないじゃないか!〉

 

 痛烈な批判に、ジブリールはぎくりと怯んだような、狼狽えた様子を見せる。

 ──ロゴス直属の私兵部隊……?

 少数精鋭部隊と銘打ってはいるが、開戦以降は、これも経費を喰うだけの役立たず集団と化している。

 

〈私の耳に入っていないとでも? 伺っているよ、貴方の腹心の部下だったあのマスクの男の裏切り! あなたが期待していたザフトの強奪機を含め、まるまる消息を絶ったとね!〉

 

 自身の部下すら手懐けておけないような男に、糾弾される謂れは無い。

 コープランドはそう云わんばかりだ。

 ぐうの音も出ず、ジブリールは怯む。

 

「その件に関しては、まったく飼い猫に噛まれた思いですな……っ!」

 

 いま思い出しても腹が立つと、彼は拳を握りしめて恨み節を吐き散らした。

 

「ロアノークだけではない! その下にいる、あの金の髪の小娘にしたってですよ! ヤキン・ドゥーエで拾った見すぼらしい野良猫を、我々が今日までさんざん可愛がってきてやったからこそ、アレも五体満足で行き存えているのではありませんか! ──その恩を、まさかこのような形で返されようとはね!」

 

 これほど卑しく、人間的な悪意に満ちた言葉が、みずからの上に立つ人間から放たれたとは思いたくなかったコープランド。そんな彼からの強かな逆襲を受けて、ジブリールも言葉を探していた。

 

「しかし、私は過ぎたことにいつまでもネチネチとこだわる男ではありませんよ──だからこうして、代わりとなる新たな部隊を編成した(・・・・・・・・・・)んじゃないですか」

〈は……っ?〉

 

 ──新たなる部隊?

 コープランドは初耳だった。不審さを漂わせた顔を返すが、このときのジブリールの頭の中では、着々と夢のような構想が出来上がっていたのだ。

 次いで、彼は意味ありげな表情を浮かべると、付近に掛けてあったリードを取って手繰り寄せた。さっきから怯えた様子でジブリールから距離を取っていた黒猫が苦しげな鳴き声を上げるも、構わず乱暴な手付きで引き寄せ続ける。その様を見せつけるようにして、彼は云ったのだ。

 

「次からは、飼い猫どもにはちゃあんと『首輪』をつけさせますよ。飴と鞭とを適切に使い分けなければ、調子に乗った畜生はすぐに逃げ出そうとしますからね──」

 

 前の大戦時、ムルタ・アズラエル理事の下で働いていたモビルスーツ部隊(ブーステッドマン)は、グリフェプタンと呼ばれる劇的な薬物による中毒症状に苛まれ、指揮系統から逃げ出すことは物理的に出来なかったと報告されている。

 ジブリールは、そこから着想を得た。

 ロアノーク達には、あまりに自由を許可し過ぎたからこうなったのだ。であれば、アズラエル氏と同じように〝劇薬〟を用いてパイロット達を管理し、縛り付けてしまった方が、リスク管理が徹底できると。

 

〈ロアノーク隊に代わる、また新たな実働部隊だというのか?〉

「ええ」

〈……ジブリール、きみの考えは分かった。それで、話に水を向けた身でいうのもなんだが……今回の一件とその猫は関係がないはずだ。首輪(それ)は外してやりたまえ……〉

 

 可哀想だと、男はその顔に見合わぬ顔で云った。

 

「ああ、これは失敬。こうした方が、あなたにも伝わりやすいかと思いまして、ね」

 

 まるで悪びれた様子もなく、芝居がかった口調でジブリールは吐き捨てる。

 ────そうして首輪を外され、黒猫は部屋から逃げるように出ていった。

 やはり、その『首輪』という表現が気にかかったコープランドであるが、目の前の男の性質を鑑みるに、おそらくは先の大戦時にも導入された強化人間のことではないかと、彼は疑ってしまった。

 ジブリールは、それらの完成披露の機会を待ち切れない子どものように得意気に云った。

 

「ヤツらのテストをいつ、どの機会にしようか──今もまだ迷っているところでしてね」

 

 ──問題なのは戦力の数だ。

 常に過剰な物量で他勢力を圧倒してきた地球連合軍だが、現在は〝ユニウスセブン〟落下の被害から回復しておらず。しかも火種はあちこちに広がっている。巨大な戦力といえども、向ける先が多くなれば分離して薄くなる。当然のことだった。

 ──どこかで補給し、巻き返しを図る必要がある。

 そう考えていたとき、ジブリールが閃いたように云ったのだ。

 

「──そうだ! オーブですよ!」

 

 は? と、思案顔を浮かべ返したコープランドに、ジブリールは会心の笑みを向けた。

 

「オーブは今も、我々の働きかけている世界安全保障条約を突っぱねている状況にある──そうでしょう?」

〈あの国は……まあな〉

「代表首長は? 『獅子の娘』だか何だか知りませんがね、なんだってあなた方は、そんな国の中立などという腑抜けた姿勢を、そのまま悠長に放っておいているんです?」

〈…………〉

「地球の一国家であるなら、オーブだって連合に協力すべきですよ、違いますか?」

 

 まるで時計を戻したような遣り取り。

 ジブリールは、子どもに分からせるような口調で云う。

 だが、その程度は指摘されずとも、コープランドも承知の案件だった。

 

〈オーブへの働きかけなら、我々の方でとうにやっているよ。あちらの閣僚──殊にセイラン家を連合(こちら)側に抱き込んで、内部から強引に条約締結に結びつけてしまおうという計画を進めていたんだ〉

「ほう……?」

〈だがその(はかりごと)は、肝心な場面でサハク家の人間に妨害されてしまってな……〉

 

 オーブにも関係するグローバルカンパニー幹部を通して、ロゴス側に擦り寄る動きを見せたセイラン家──ウナト・エマとユーナ・ロマ──を焚きつけ、大西洋連邦の子飼いにする計画が、密かに進められていたのだ。

 しかしその計画は、どこから情報が漏れたのか、裏から手を回してきたオーブの『影の軍神』──ロンド・サハクの魔の手によって阻止されてしまった。これにより、セイラン家はサハク家の厳重な監視下に置かれ、世界安全保障条約機構に(・・・・・・・・・・・)オーブを加盟させて戦力とする(・・・・・・・・・・・・・・)という、連合陣営の目論見は露と消えた。

 

「今やセイランはサハクの子飼いで、現在は保守寄りだ。アスハの方もやはり父親に似て、頑として首を縦に振らん」

 

 疲れた、あるいは付き合いきれないという風に、コープランドは吐き捨てた。

 すかさず、ジブリールが隙を見たように指摘する。

 

「だから云ったでしょう? 我らが力を示さないから、あちこちではねっ返りが出るんです! オーブとの交渉の件にしたって、従わぬなら、力をもって恭順させれば良──」

〈──云わせてもらいますが、あなたは、あの国の底力を知らないで物を云ってはいないか? 先の大戦で、我らが舐めさせられた辛酸を御存知ないか?〉

 

 聞くに堪えない反論に、コープランドが激昂して返す。

 先の大戦中、連合艦隊はオーブへ計三度の侵攻を仕掛け、その何れも手酷く失敗している。そればかりか、強かな逆撃を被ったくらいだ。あの国は怒らせるべきではない国なのだと、コープランドでさえ思う。

 

〈だいたい、貴方はソレをさも独創的な発想のように語りますが、その案自体、先の大戦で前任のアズラエル氏の発案したものだ。……そして当時とは、状況も情勢も違う〉

 

 暗に、オマエは前任者のマネごとしかできないのかと、揶揄する目が向けられる。

 

「情勢が違う──ええ、その通りでしょう?」

〈なに……?〉

「そして違うのは、あなたの認識ですよ! 前回のオーブへの侵攻時、本来であれば、我が連合陣営の方がまず間違いなく勝っていた」

 

 眉を顰め、コープランドは男から紡がれる言葉を聞いた。

 反論を許さず、間を置かずジブリールは「整理しましょう」と頭に置いて続けた。

 

「アズラエル氏を貶めるつもりはありませんがね──結果的に、当時の彼らが敗北を喫することになったのは、あの戦場に奇妙な闖入者(・・・・・・)が現れたためですよ!」

 

 指摘され、コープランドも〈ああ〉と啓示されたような反応を返した。

 

「〝フリーダム〟、〝クレイドル〟──そして〝アークエンジェル〟! あろうことか、今も伝説のように持て囃されている不愉快な英雄ども! ──しかし今、それらの伝説は、もうオーブには無い……」

 

 光を見たとばかりに、ジブリールは強い口調で続ける。

 

「余計な加勢さえなければ──そう! オーブ本来の戦力程度であれば、我らで間違いなく勝てる! ならば今度こそ、それを証明すれば良いのです!」

〈……なるほど……〉

「そうですよ! アレのテストも兼ねて──今度こそ、オーブを力で屈服させようではありませんか!」

 

 声高に叫びながら、ジブリールは室内に敷き詰められたマルチモニターの内の一つに目を向けた。

 それは、とあるモビルスーツハンガーの監視映像だ。その中に、悪魔そのものを顕現させたかのような禍々しい機体が、四機も並列していた。

 

 両肩から大きく砲塔がせり出した砲撃機らしい見た目のモノ──

 鉄球を吊り下げた翼を持つ可変機らしいモノ──

 機体よりもはるかに巨大な盾を構えたモノ──

 そして様々な換装に対応する、亡霊のようなおぞましい顔部を覗かせるモノ──

 

 時計の巻き戻し。

 ──前大戦とまったく同じ。

 ──災厄、侵略、禁忌、亡霊。

 異教の悪魔を連想させるような、禍々しい四機の〝G〟が、そこには立ち並んでいた。

 

 

 

 

 

 

 この後、コープランドは大西洋連邦大統領として、一つの文書を発行する。

 再三、再四に渡って【世界安全保障条約機構】への参画を拒否し続けるオーブ連合首長国を、ザフトに組する〝プラント支援国〟と見做し、とどのつまり〝敵性国家〟と見做すとの文書を、オーブ政府へと送付したのだ。

 

 また、文書回答までの期限は短く、直ちに武装解除・降伏を行わない場合には、再び連合軍の武力をもって「侵攻を仕掛ける」との声明も発表した。

 ────そしてそれは、二度目となるオーブへの降伏勧告であり、はっきりとした宣戦布告だった。

 

 

 

 

 

 

 異教の天使を想起させるような、神々しい一機の〝G〟が、そこには聳え立っていた。

 ステラは大天使の名を冠する〝アークエンジェル〟のデッキまで案内され、パッと点灯したライトによって照らされた、その守護神……? あるいは、白い女神のようなモビルスーツを見た。

 説明するように、マリューが云う。

 

「アスハ代表から預かって、新型融合炉と新装備の性能評価実験に使っていたの。こういう事態を想定したわけじゃ、ない……はずなんだけど」

 

 いまいち歯切れが悪いのは、マリューとしても本気で思っているわけではなかったからか。

 

「〝クレイドル〟!」

 

 その機影にハッと息を呑み、感動して身を乗り出したのはマユの方だ。

 ZGMF-X08A〝クレイドル〟──先の大戦時、核爆発に巻き込まれて中破した機体を、戦後に改修していたというのか?

 マリューは振り向き、なぜかステラの反応を伺うように続けてきた。

 

「どうかしら? なにか、思い出さない?」

 

 ──思い出す?

 訊ねられ、ステラは怪訝な顔を返していた。

 

「駆動系や武装もすべて昔のまま。逆に云えば、当時の機体を完璧な状態で復元してあるわ」

「動くんですか?」

「もちろん」

 

 たしかに目の前にあるモビルスーツは暗灰色で、見るにディアクティブモードとなっている〝G〟なのだろう。系譜としてはザフト系──見目としては〝ガイア〟が最も似ているだろうか? ──機種に思えるが、言葉のように、ステラの記憶に触れるようなものではなかった。このときは。

 

「これは……?」

「ステラお姉ちゃんの機体だよ! 〝クレイドル〟──ほら、盾がふたつもある!」

 

 云われてみれば、たしかにその機体はステラの専用開発機(フォボス=レムレース)と同様に、前腕部にドラグーンを内蔵したシールドが二挺装備されていた。戦闘スタイルとしては非常に通ずる機構を持っているらしく、もし今のステラが搭乗したとしても、さほど違和感なく扱えそうな予感がしていた。

 

「これが、ステラの?」

 

 なおも戸惑いを隠せずにいるステラに、マリューが加えて話す。

 

「何か、思い出すきっかけになるんじゃないかと思って。ほら、あの男も云ってたじゃない? かつてと同じことを繰り返すことが、記憶を取り戻すための近道だ──とかなんとか」

 

 やはりマリューは信用してはいないが、彼もまた独力で記憶操作を突破したうちの一人なのだとすれば、今の所は言に従っていくしかないのだろうとも思う。しかし、やはりステラにはピンと来なかったらしい。

 

「なら、実際に乗ってみれば、なにか思い出すかも!」

「えっ。でも、私には〝レムレース〟が──」

「あんな悪魔っぽい悪趣味な機体、お姉ちゃんが乗ってちゃダメだよ」

 

 ワルモノみたいだもん。

 酷い云われようであるが、みじろぎするステラの腕を、マユは引っ張って連れ出していた。

 

「マユちゃん、こういうのは、あまり急がない方が──」

 

 苦笑しながらマリューが注意を飛ばそうとした、そのときだった。

 スピーカーから、チャンドラの切迫した声が聞こえた。ブリッジからの通信だ。

 

〈──ラミアス艦長! すぐにブリッジへ!〉

 

 

 

 

 

 

 大西洋連邦が発行したとされる国際文書は、やはり、スカンジナビア王家から共有されて〝アークエンジェル〟にも伝わってきた。艦橋へ上がり、一同はその通告分の内容を確かめたところだった。

 

「オーブへ派兵? 大西洋連邦が!?」

「懲りないやつらだよ、まったく!」

 

 自分達の古巣とは思えない、思いたくないといった風に、チャンドラも悪態をついている。

 

「すでに、太平洋を南下中の連合艦隊の動きも見られています。やっぱり繰り返す気ですよ、やつら」

「欲しいのはオーブの軍事力……。再三に渡って条約締結を跳ねのけたカガリさんの態度が、よっぽど気に入らなかったのかしら」

「彼女は立派に代表をされていましたよ。代表が不安視していたセイラン家の人間も、途中から、なんか人質でも取られたんじゃないかってくらい心入れ替えて補佐やってたみたいですし」

「抜かりはなかったってことね──。なら、今回の事態は〝遅かれ早かれ〟ってことに……なっちゃうのかしら」

 

 暗い目で思案するが、そこに呼びかけたのはマユだ。

 

「オーブがまた攻められるなんて……。私は行きたいです、マリューさん!」

 

 オーブを故郷に持つからこそ、この事態は見過ごせない。

 当然の決意としてマユが云い、血を薄めたような赤い瞳が、真っすぐにマリューの返答を待っている。

 その目の光の強さに訴求され、一瞬、マリューの目も暗くなった。

 

「……ええ、分かっているわ」

 

 そう答えたマリューの目が、ちらりと場に同席する仮面の男にも向けられる。組織の序列としては非常に微妙な上で成り立っているのだが、確認ばかりは取っておく必要があった。

 

「構いませんね? ロアノーク大佐」

 

 男は「フ……」と冷笑を返し、やはり真意を伺わせない淡泊な口調で云った。

 

「ここで発たなければ、御厚意くださったスカンジナビアの人々にも顔向けできないのだろう?」

 

 非常に嘘臭いのだが、どこまでも良識人のような振る舞い。探るような目で誰もが見つめたが、ネオは試すように先を続ける。

 

「不沈艦〝アークエンジェル〟のことだ。心配はしていないし、私如きがそれをするのも大概烏滸がましい話だと思うがね」

 

 以前はクルーゼ隊の追撃をも振り切ってみせた艦──いやそれどころか、前大戦を最前線で生き延びた伝説の艦とクルーなのだ。挑むようにマリューを見据え、そのあと、彼は興味を失くしたように顔を逸らした。

 

「──ステラ」

「うん?」

「改めて拝命しよう──今日からきみが、モビルスーツ部隊の隊長だ」

 

 ロアノーク隊は解散し、以降はステラを部隊の長とする『ザラ隊』に引き継ぐとのこと。

 あまりに出し抜けの言葉に、ステラの方が凍り付いた。

 

「今後は私のことなど気にしなくていい。この者達と共に〝アークエンジェル〟に乗り、しばらく力を貸してやりたまえ」

「やった!」

 

 ステラが同乗する、そのことに思わずマユが声を上げた。

 ネオは再びマリューを見る。

 

「──というわけだ。ザラ隊には〝カオス〟と〝ガイア〟──パイロットはスティングとメーテルを付けてある。こちらから出せる戦力としては、申し分ないと考えている」

「……お心遣い、痛み入ります」

「ネオは一緒に来ないの?」

「他にやることがあるのだよ」

 

 ついでだ、と彼は付け足して云った。

 

「ああ、それと、きみの〝レムレース〟をしばらく私に貸してほしい。アウルが残した〝アビス〟もここには残っているが、アレは空が飛べん」

「ま、まってよ。あれがないと、ステラのモビルスーツ」

「? きみに相応しい機体なら、もう紹介されているはずだが……?」

「…………」

 

 無言になったステラを置き去りに、ネオはマリューを見、改めて言を残す。

 

「このタイミングでのオーブへの派兵ということは、連合軍艦隊にも、相応の勝算があるということだろう」

「……ええ、とても嫌な予感がする。それだけは確かだわ」

 

 勝算があるから無理をするのだ。そうでなければ、地球軍は今まで通り、軍事力において油断ならないオーブに侵略戦争など仕掛けるはずもないだろう。

 ──前の大戦のときも、そうだった。

 初めて実戦に投入された、後期GATシリーズ。そして、それを操っていたのは強化人間の戦闘部隊。

 あの戦いは大西洋連邦にとって、ちょっとしたデモンストレーションも兼ねたものだったのだ。

 ──嫌な予感。

 その不吉な言葉に、一同は暗い沈黙を貫く。

 が、それを打ち破ったのはマユだった。

 

「だから、みんなで行くんじゃないですか?」

 

 その言葉に、弾かれたようにみなが顔を上げた。

 

「オーブが助けを求めてるから。たとえ小さくても、私達の力が、今は必要とされているから」

「マユちゃん……」

 

 意外がるような様子で、マリューは艦橋の上座に立つマユのことを見上げた。

 ────三隻同盟で共に過ごした期間というのは、はっきり云って、さほど長いものではなかった。

 けれども立つ瀬を失っていた当時の彼らにとって、身内での助け合い、親しみ合い──自助努力こそが、あの組織を支えてきたのだ。そんな中で、マリューとマユが直接的に交流した機会など──なかったとは云わないが──他に比べれば、あまりに少なかったのである。

 ゆえに、不安があって、懸念だってあった。けれどもマリューは、それが杞憂であったことをこのときに思い知ったのだ。

 

(それは、そうか──)

 

 ──親元を離れ、たったひとりで、ザフトにまで入ってしまうような娘だ。

 ──そのように夢を追う少女が、頼りない存在であるはずがなかったのだ。

 

「行きましょう、オーブへ」

 

 その声はクルーの誰かから。

 しかし、それこそが、その場にいる全員の総意であるに違いなかった。

 呼びかけに、マリューは強く頷いて返す。

 

「オーブを失っては、どのみち私達に未来はないわ」

 

 それは確信だった。

 自由を求める強い火は、あの不羈の国にこそ灯っているのだから。

 

「〝アークエンジェル〟、出航します!」

 

 そうして、眠っていた大天使は羽ばたく。

 ──彼らにとって、精神の故郷。

 ふたたび、南国の宝冠島を目指して。

 

 






【アスランとフレイ】
 無印篇ではザフト筆頭と地球軍筆頭として戦い合っていた二人ですが、紆余曲折を経て(ハリーさんを挟む形で)協力関係のようなものに今は落ち着いています。どうしてそうなったのか過程をすっ飛ばしているので唐突だと思いますが、今回は結末だけ「そうなった」という理解でお願いします…。
 (描こうと思ったらそれだけで尺めっちゃ取るんです)
 構図だけ描くと「アスラン → ステラ ← フレイ」なんですが、二人にとっては真ん中が抜けているのでハリーさんを介在させた「アスラン → ハリー ← フレイ」みたいな構図で漸く成立します。なので、ハリーがトイレにでもいって二人だけになると、たぶん気まずいどころじゃない空気が流れます(笑

【世界安全保障条約機構】
 この小説ではセイランが保守の立場に回っているため、オーブは中立を維持したまま。そのため今回の連合による攻撃対象となってしまいました。


 ────次話より、二度目のオーブ解放戦線。
 焼き直しのような展開にはなりますが、オーブ勢であるシンのほか、カガリ達もようやく本編に登場予定。

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