~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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 明けましておめでとうございます。
 2026年も執筆していく予定ですので、引き続き、よろしくお願い致します。



『蠢動』

 

 

 光と熱が無慈悲に迫り、衝撃が、ステラの体を激しく突き揺らす。

 その感覚を、ステラは憶えていた。『あのとき』とまるで同じ──光の剣に灼かれかけるのは、ある意味において、彼女の物語の出発点だった。

 

(シン……)

 

 正気をもって、ステラは少年の名を呟いた。

 そんな彼女は、またも奇妙な空間にいる。色も、音もない空間──空も大地も存在しないこの空間においては、浮遊感どころか、体に対する実感も失われ、うまく息もできない感覚がした。

 

(シン……ステラ、まもる、って……)

 

 現実として、みずからを撃墜したのが間違いなく『彼』であることを、ステラは理解してしまっていた。

 それは、不可解な力によるものだった。墜とされる寸前、彼女が精神の触手を伸ばした結果として、彼女は〝金色〟のモビルスーツを中から操る者──例の夜叉の正体を見透かしてしまっていたのだ。

 ──今のシンには、ステラが分からないのか……?

 ──ああ、きっとそうなんだ……。

 歴史を巻き戻してしまった以上、こちら側の彼にはステラが分からないのだ。あれだけの交流をして、一度は心を通じ合わせたはずなのに──

 

 ──でも、だったらどうして、シンはステラの前に現れた?

 

 思案したそのとき、強い力がステラをさらった。他人の心に入り込むように、ステラはシンの記憶を奪うように覗き見ることができた。

 これまでシンが歩んできた道のり。本来であれば辿るはずもなかった彼の過去を、そうしてステラは理解してしまった。

 

『不当に奪われたんだ』

 

 記憶の中でうずくまる少年は、悲嘆しながら泣いている。目の前で父と母と、大切な妹を奪われて。

 

(……ステラじゃ、ない)

 

 ──どこからか放たれたビームが、彼らの頭上の〝ダガー〟を貫いた?

 あのとき、その近辺にステラと〝クレイドル〟が居合わせたのは事実だ。けれども、あの瞬間に〝ネメシスダガー〟を撃墜したのはステラではない。

 

「ステラじゃない」

 

 確かめるように、みずからを落ち着かせるように、ステラは重ねて真実を口にする。

 しかし、真実など既に無体なのではないか。現実として、彼の家族は死んでしまった。たとえ八つ当たりめいた報復だとしても、それでは被害者遺族が恨みを持つには十分すぎる理由ではないか。

 

(……シン……)

 

 ──『まもる』という言葉を、わたしに初めて教えてくれた人。

 どこで歯車が狂ったのか。わたし達はまた、戦場で殺し合わなければならないのか──

 

 ──いや、ちがう……っ!

 

 その瞬間、記憶の空を覆っていた雲間が切られ、ぱっとして晴れ渡った。深層に囚われていた『彼女』が、たしかな意志と自我を取り戻した瞬間、心が、すべてを思い出す。

 

 ────『彼』との出会い、別れに始まった物語。

 

 迫る光に灼き尽くされた臨死体験。それから以遠、ステラ自身が『一匹の蝶』として舞い戻った〝ヘリオポリス〟──さまざまな者達との出会い、巻き起こした台風。激動の戦役を生き抜き、最後の最後で〝ジェネシス〟が控えた核爆発と、その中から「必ず戻る」と宣言した自分自身の声──光に灼かれかけるという鮮烈で凄惨な体験が、皮肉にも、彼女に『それ』を取り戻させた。

 

 ──墜ちていく。

 

 目が醒めたときには、コクピッドの裂け目から海水が渦を巻いてなだれ込んでくる。

 うまく力が入らない。気密されたパイロット・スーツが呼吸を保護したとしても、泳げもしない彼女には出来ることは何も無かった。大好きな海に溺れ、しかしながら、そこから引っ張り上げてくれる『彼』はもういない……。

 

 ──沈んでいく。暗く冷たい海の底に。

 

 そんなときだった。

 まるで〝クレイドル〟のような──

 鋼鉄で覆われた、白い巨神が腕を伸ばしてくるのが見えたのは。

 

 

 

 

 

 

 〝黄金〟の乱入により、いっとき混沌状態となったオーブ解放戦。地球軍の誇るXナンバーの撃墜と、それによる連合の士気低下の余波を受けて、正規編成に属さない第三軍たる〝アークエンジェル〟も撤退の判断の下す。

 

「マユちゃんは!?」

 

 マリューが声を上げる。このとき、マユはみなの制止を振り切って〝クレイドル〟の回収に向かっていたのだ。

 

「お姉ちゃんは絶対に生きてます!」

 

 そう叫んだ彼女には確信があるようだった。観測された熱量と衝撃の規模から判断するに、〝クレイドル〟が原子炉爆発を引き起こしたとは思えなかったのだ。

 ほとんど願望に近い希望的観測でもあったが、マユは考えずに〝アリアドネ〟を急行させた。海中へ飛び込み、ほとんど原型を留めていない〝クレイドル〟のコクピッドをすぐに探し当てられたのは、ひとえに僥倖だった。

 

「あの〝金色〟、いったい何が目的だったの……っ!?」

 

 勝利の余韻に酔い痴れたのか、それとも、オーブへの戦線復帰を優先したのか──

 いずれにしても、くだんの〝金色〟は〝クレイドル〟との決闘で満足してしまったらしい。敵パイロットの生死もろくに確かめず、マユによるステラの回収を普通に許したことは、相手の怠慢である。

 

「──〝アリアドネ〟帰投します!」

 

 海中より浮上した〝アリアドネ〟を認め、チャンドラが報告を重ねる。

 

「コクピッドは!?」

「抱えています!」

「〝カオス〟〝ガイア〟を帰投させて! 〝アリアドネ〟の着艦後、潜航用意! この戦域から離脱します」

 

 きびきびとして、マリューは命じる。このままオーブへの入港など認められるはずもないからだ。

 全てのモビルスーツの収容後、そうして〝アークエンジェル〟は海中に沈降する。格納庫からの報告を待つブリッジに、マードックからの報告が入った。

 

〈艦長! 安心してくだせえ、嬢ちゃんは無事でさあ!〉

「ケガの具合は?」

〈気を失ってますんで、見たところじゃよく分かりませんが──なァに、今回だって生き延びてくれますよォ、この()は!〉

 

 ガサツだが、その言葉の裏にはステラに対する全幅のような信頼が込められている。マードックもまた、ステラとは先の大戦で交流する機会も多かったからだろう。

 

〈いま、パイロットのちびっ子どもが連れ添って医務室へ!〉

「わかりました」

 

 口調から判ずるに、ステラの様態はそう酷いものではないらしい。ほっとしたような空気が艦橋に流れる。

 

「それにしても……。まさか〝クレイドル〟に乗ったステラさんが墜とされるなんて」

 

 先の大戦中であれば考えられなかったことだ。どこか釈然としない思いで、マリューが呟く。それにはノイマンが応じる。

 

「〝クレイドル〟──三年前と同じ機体に乗ったと云っても、今の彼女は彼女では無い(・・・・・・)のでしょう? 戦い方を見ていても、どこか本調子ではなかったような気がしますよ」

 

 操舵士として、誰よりも近い場所で戦場を見る者としての感想。明らかにステラの動きには、三年前の大戦──その当時ほどの鋭気は無かったと、ノイマンでさえ思う。

 

「そう……やっぱり、貴方もそう感じていたのね」

「ということは、艦長も?」

「ええ、確証はないけど」

 

 ただし、感覚的にはそう云い切ってしまって良いだろうという自信がある。

 傍目に見ていても分かるほどの不調。今のステラは、それを抱えたまま戦っていた。あるいは、違和感というべきか。

 

「でも、だからって勘や腕が鈍ったという訳でもないでしょう? ネオ・ロアノークの話によれば、彼女はここ数年はずっと軍属で、しかも特殊部隊だったって事なのだから」

「ええ」

 

 人間は成長するものであり、だからこそ純粋な力量で云えば、三年前より現在の方が洗練されていて然るべきなのだ。

 それ故に、これは強弱の問題ではなく、云ってみれば〝心〟の問題なのではないか? 精神的に振り切れているか否か──いずれにしろ、悪条件に悪条件が重なってしまった結果という感は、マリュー達をして何となく拭えなかったという。

 

「たしかに、例の〝金色〟についても、分からないことが多すぎたわね」

「はい、オーブの友軍だったようです」

「サハク家よ。噂には聞いていたけど、アレほどのパイロットを擁しているなんて、末恐ろしい」

 

 生憎、パイロット像に心当たりなどないので、終戦後に生え抜きになったスーパールーキーなのだろうが……。

 そもそも、マリュー達の〝アークエンジェル〟は、カガリがアスハ家の権限を行使、ときに濫用して整備させたものである。その性質上、どうしたって公的に存在が許容されず、形態としてはオーブにおける〝見えざる手(ファントムペイン)〟のようなものである。

 その所属の曖昧さ故に、これを軽率に誤解する者が現れても仕方がなく──そうした微妙な問題は、次の問答においても発揮されるのだ。

 

「──ひとまず艦を転進させましたが。この次はどこへ?」

 

 ノイマンが尋ねる。現時点で身を寄せられるのはスカンジナビア王国だが、マリューは思案のあと、簡潔に言った。

 

「南西へ向かって頂戴。ここから三〇〇〇キロ圏内に、ネオ・ロアノークから寄越された軍事拠点(ドッグ)の情報がある。ひとまずは、そこへ向かいます」

 

 インド洋、スンダ列島南方にある〝ヘファイストス〟と呼ばれる拠点だ。やはり聞いたこともないので、ノイマンは怪訝な顔を返していた。マリューは続ける。

 

支援者(パトロン)がいるの。クライン派──いえ〝ターミナル〟よ。そこに駐留する方々が、かならず力になってくれる」

「? それって」

「あそこには、ムウがいるのよ」

 

 珍しくアームレストに頬杖をつきながら、荒んだ様子でマリューがため息を吐いた。

 

「それは……」

 

 そんなやさぐれた風な彼女の様子に、ノイマンもやや戸惑った。だが已むを得ない、いまだ素行の怪しいネオ・ロアノークから齎された情報が正しいと裏付けされたようなものだ。

 

「あの男の生存を、フラガ少佐は知っておられるんですか?」

「分からないけど──ああっ、もう、やっぱり彼が上にいると落ち着かないわね」

 

 これまで宿縁の仇敵として、何度も戦場で殺し合ってきたラウとムウ。そんなラウが、ひとりでにムウの居所を掴んでいるなど、恋人のマリューからすれば怖すぎる事態ではないか。

 操舵士という立場上、ノイマンもまた例の仮面の男にはさんざん苦しめられてきたわけであるが、ムウに限っては比では無い。人生の出発点に等しい場所から、あの二人は生涯を賭けて対立してきたのだ。

 しかしながら、ラウが『次はそこに向かえ』と教唆したということは、そんな両者の邂逅は、このとき既に終わっていると見做すのが筋だろう。

 そのとき、ムウはどんな反応を示したのか? 二人の間でどんな応酬が繰り広げられたのか──? 多少見たかった気もするが、流石に出歯亀であり、そこまでは欲張り過ぎというものだった。

 

「はあ」

 

 ノイマンもひとつのため息を吐いた後、云われるがまま南西へ──〝ヘファイストス〟への舵を切った。

 

 

 

 

 

 

 地球軍艦隊が引き上げた後、オーブ国防司令部にて会談が設けられた。正面から立ち合うは、カガリ・ユラ・アスハとロンド・ギナ・サハクだ。カガリの方が手を差し出し、その手をギナは掴んで握手を交わす。

 

「まずは支援に感謝する。あのままでは、オノゴロは間違いなく陥ちていた」

 

 カガリの言葉は実感だった。連合のXナンバーが実戦投入されたことで、戦況は一方的になりかけていた。あのままでは数時間以内にオノゴロ島は陥落し、最悪の場合、民間人への被害だって出ていたかも知れない。それらを未然に防げたのはサハク家の助力あってのことであり、その労いに対し、ギナは粛々とした表情で返していた。

 

「我らとてオーブの民だ。故郷のために戦うことに、迷いなどないよ」

 

 その点における利害は一致していたと、ギナは流すようにして終えた。

 

「ですが」

 

 そのとき言葉を発したのは、カガリの横に据えていたトーヤだった。

 

「なぜ〝アークエンジェル〟のモビルスーツを──〝クレイドル〟を攻撃したのです!」

 

 彼にしては非常に珍しい剣幕で食ってかかる。ギナは神妙な顔を返すが、トーヤはさらに云い募った。

 

「あれは。あれは、敵ではありませんでした……!」

「あァ?」

 

 そんなトーヤの糾弾に対し、嘲るような声を上げたのは、同じくギナの横に据えるシンだった。件の〝アカツキ〟の改修機のパイロットだ──まさか、あのとき出会った少年が〝そう〟だったのかと、カガリも紹介されて驚いたが。

 

「敵じゃなかった? なに云ってんだ、アンタは?」

 

 シンは険悪な顔で返す。

 ──アスハ家が〝アークエンジェル〟との関与を認めることは無い。

 建前上、これはそのような共通理解と、暗黙の了解を踏まえた上で為された会話だった。

 ──ドサクサに紛れて国に侵入してきた所属不明機(アンノウン)を討って、何が悪い?

 そのように悪びれもないシンに向かって、トーヤは、すがるように言葉を放った。

 

「彼らは、連合のモビルアーマーと戦っていた!」

「だからアイツらはオレ達の味方だったって? 自分が何を云ってるか分かってるのか? それに、もしアイツが援軍だったとして、大した腕でもなかったね」

 

 ──オレの方が強い。

 傲慢にも思えるその物言いに、トーヤは絶句していた。だが現実に、シンにはそう発言できるだけの資格と余裕があった。ほとんど単騎で戦況を覆した彼ならば──。

 揶揄を隠さない、不遜な調子でシンは続けた。

 

「実際に戦ってみたら、あんま強くなかったですよ、〝クレイドル(あんなの)。なぁんでアレが伝説みたいに持ち上げられてるんだか……昔は強かった(・・・・・・)、ってヤツ?」

「やめろ、シン」

 

 ギナの声掛けで、それ以降、シンはぴたっと口を閉ざした。

 

「トーヤもだ、控えろ」

 

 カガリもまた鼻白んでいたが、一言の下にトーヤを制する。

 それから、ギナはシンに有無を言わさず、その場から退出させた。これに倣い、カガリも同じようにトーヤに仕事を振って席を外させる。当主同士でのやや気まずい沈黙が流れた後、ギナの方から慇懃に歩み出た。彼は芝居がかったように、整った一礼をカガリに向けて行った。

 

「不肖の弟子だ、非礼をお詫びする。あの者には、後でこちらから云っておく」

「いや、こちらも補佐官の失礼を申し訳なく思う。まだまだ至らぬところばかりだ……しかし」

 

 カガリは、戒めるような口調で付け加えた。

 

「ロンド・サハク。あなたには、あの少年を止めるという選択肢も絶対にあった筈だ」

 

 ここだけの話、とぼけられていると感じているカガリの目は、相手の茶番を見逃さなかった。

 ──先のように、たった一言の下に、あの少年を制止させることが可能なら。

 たとえ戦闘中であっても、ギナが動けばシンは止まったはずだ。唯一その正当性が怪しまれている対〝クレイドル〟戦において、ギナが一言でも釘を打っていれば、かの一騎打ちは間違いなく中断させることができた──たとえシンが命令を聞き入れずとも、他ならぬギナならば実力で止めることも出来た──と、そのように思うからだ。

 ギナは憮然として返す。

 

「我の腕を高く評価して頂いている様子。非常に光栄であるが、生憎、それとて既に無傷で行える段階には無い」

「──! それほどに、シンの力は……?」

「正直なところ、我とてあやつがあそこまで暴走するとは思ってもおらなんだ。何がやつの起爆剤になったのかも含め、まったく分からん」

 

 端的に云えば、ギナはシンについて、必要以上の事情を知らない。

 そんな彼の過去について、知っているのはミナの方であって、ギナとしては特別興味もない。ギナがシンについて気に入っている部分があるとすれば、単純にその野心と、負けん気の強さだ。それさえあれば性格が多少無礼でも容認してきたし、そもそも大口を叩いたり、自分のために他人を蹴落としたりするぐらいの豪胆さや厚かましさがなければ、どこの世界でも一流を目指すことは不可能だ。少なくとも、ギナはそのように考える側の人間だった。

 

「世界は戦間期を経た。今は誰が誰に恨みを抱えているのかなど、とうに分からぬものだろう?」

 

 ギナは謳う。なし崩しの終戦を期に、人々の間に横たわっていた憎しみの問題は棚上げになった。平和を享受する道を選んだ人々の中には、それまでの恨みを忘れ、諦念から心に蓋をした者だっているだろう。

 しかし、そのような人間が裡に隠した〝黒い感情〟──衝動的で、さりとて人間的な暗い火がまたどこかで再燃し噴出したとして、別にそれは不可思議なことでもないのだ。

 曰く、戦災孤児だったと云うシンにとっては、それを吐き出す相手が〝クレイドル〟だったのだろう。その辺りの事情を聞き、しかし、カガリが反発を露にするのは当然のことだった。

 

「だが、復讐に走ったところで、何も取り戻せはしない!」

「だが、復讐を果たさなければ、気が済まん者も居るのだよ」

 

 結局、これは正しいとか正しくないの問題ではなく、価値観の違いでしかない。

 

「因果とは、巡り巡って数奇なものだ。くだんの者らが刃を交え、その果てにどちらかが討たれるのなら、それもまた宿縁だったと云うまでのこと」

「宿縁?」

「シンにはアレに怒るだけの理由があり、アレと敵対するだけの動機と、その意志があった。それを行使するのは、やはりシンの自由だ」

 

 オーブが尊ぶ、人としての選択と決定だった。

 

「だから我も、あの小僧を放置した。あの狂犬に首輪も付けず、ただオーブのためだけに(・・・・・・・・・)力を振るい、存分に暴れ回ることを(よし)とした」

「ロンド・ギナ……!」

「〝クレイドル〟には不幸だったがな。そなたにとっては朗報だろう、カガリ・ユラ? あの小僧は、オーブに対しては忠実さ」

 

 ──使いこなせば、何より便利で強力な『家来(ジャック)』となってくれるだろう。

 

(……それで、いいのか……?)

 

 カガリもまた、その表現に納得していた。家来、廷臣、召使、兵士──トランプにおけるジャックにはそのような意味合いがあるが、シン・アスカとは、誰かの旗下で戦う戦士としての素養があるのだろう。

 揺れない眸、光を失った目──あのときの『弟』が浮かべていたそれと同じ、空虚なものだ。

 少年の深紅の瞳は、いつも一点だけを見据えていて、それ故にその剣先は躊躇わない。迷いを振り払った者ほどに強くなり──だからこそ、シンは勝ち続けることができたのだ。

 

「…………」

 

 サハク家は、このようにしてオーブへの合流を果たした。

 けれども、そのことを素直に喜ぶには、不思議と暗然とした思いがカガリの邪魔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 〝アプリリウス〟のオペレーション・ルームでも、緊急の報告会が行われていた。数々の議員や秘書官が国防委員長執務室に詰め、国防委員長のハリ・ジャガンナートが声を上げていた。

 

「これはオーブの明確な協定違反だ! 〝アークエンジェル〟に加え、我々が開発したセカンドステージシリーズだと!? あの機体群が、何故あの艦に!」

 

 室内の大きなスクリーンには、オーブでの戦闘模様を写した映像が流れてきていたのだ。議員のひとりであるクリスタ・オーベルクが、取り乱したジャガンナートへ云う。

 

「落ち着いてください、国防委員長!」

「これが落ち着いていられるか! 奪取された〝カオス〟に〝ガイア〟、それに〝アリアドネ〟までヤツらは運用していたのだぞ!? 即刻オーブへ抗議文を送り、事と返答次第によっては、武力行使による奪還作戦も辞さないとの声明を──!」

 

 軍部の人間らしく、ジャガンナートが危険な内容を口走りかけた、そのときだった。

 後方のドアが開き、長い黒髪をなびかせた長身痩躯の男が室内に入ってくる。周囲の者がハッとして息を呑み、その人物のための通路をどっと開いた。ギルバート・デュランダルだ。

 

「議長!?」

「滅多なことを云うものではないよ、ジャガンナート国防委員長」

 

 デュランダルは、どこまでも理知的な良識人のように男を諫める。

 

「突如として現れたあの艦が、たしかに国際的なイレギュラーとなっていることは事実でしょう。ですが現時点では、あれがオーブの所有艦であるという確証はないのです」

 

 ギルバートの言葉に、補佐官が賛同したように続いた。

 

「そうですよ。現にオーブ艦隊は、このように〝アークエンジェル〟に対しても容赦なく発砲を行っている」

「容赦なく? すべて外しているではないか!」

 

 百発百外しもいいところで、ジャガンナートは「連中の得意技だ」と鼻を鳴らす。

 

「だが、その故意を証明する手立てが今の我々にはありません、そうでしょう?」

「…………」

「力で押し通れば戦争になります。それだけは、我々としても避けなければならない」

 

 すでに開戦しているとはいえ、プラント最高評議会はいまだ穏健派が主流を握っている。条件反射で反論しかけるジャガンナートだが、相手が相手であっただけに、今回ばかりは何も云わずに引き下がった。

 ────その会議が終わると、ぞろぞろと各員が己の仕事場に戻っていく。

 部屋に残ったのがデュランダルとジャガンナートの二人だけになったのを見計らったように、ジャガンナートは大きくため息をついた後「──して」と、デュランダルに切り出していた。

 

「実際のところは、どうお考えなのですかな、閣下は?」

「何がだね?」

 

 デュランダルは、人の良い──どこか張り付けられたような──笑みを湛えながら応じる。彼は部屋の片隅のチェスボートに興味を向け、それをデスクに配置し、ジャガンナートを対戦へと誘った。唐突な挑戦にムッとするジャガンナートであったが、受けるのも一興だろうと、二人はそこから向かい合ってソファに腰掛けた。

 先ほどまで、舌戦を繰り広げていたのが嘘のようだ。それまでの問答がすべてアピールだったと思わせるほど、棘のない雰囲気が両者の間には流れている。

 

「なに、盗聴の心配は有りません。ここらで本音を明かされてみてはどうです? 例の〝アークエンジェル〟について」

 

 ジャガンナートは、ここに至って明け透けな口調で切り出す。デュランダルは苦笑して応じる。

 

「所感としては、そうだな。あれはあれで、少々厄介な存在かも知れない──そう思う程度には、私も頭を悩ませているよ」

「クライン派の仕業でありましょう」

「やはり、そうかな?」

 

 デュランダルは、改めて整理をつけるように続けた。

 

「さきの大戦中より、シーゲル・クライン──いや、ラクス・クラインの意思を受けて、各勢力にもぐりこんでいるというシンパたちの話は、私も聞いている。そんな彼らが後ろ盾となって、あの〝アークエンジェル〟を保全し、先のような海賊じみた行為に及んだ──と、あなたはそう見ているわけだな?」

 

 チェスの形勢は、ジャガンナートの優勢に進んだ。悩むように手元で駒を弄ぶデュランダルに、彼は告げる。

 

「まったくお人が悪い。そのクライン派を追い込み、焚きつけたのは、他ならぬ我々でありましょう?」

 

 糾弾の言葉とは裏腹に、自身こそが、人を遠ざけるような悪い笑みを浮かべながら云った。だがデュランダルは、心外と訴えるような軽薄な笑みで流して返す。

 

「私はこの手で秩序ある世界を築きたいだけさ。汚濁は目に見えるところで管理しておかねばならないし──そのために、あなた方にも数々の無理をお願いしている」

「ええ勿論、承知しておりますよ」

 

 現在のプラント評議会において、国防委員が議員を兼ねることは禁止項目となっている。しかし、そのような措置にも抜け穴はあって、それこそが、このようなデュランダルとジャガンナートの綿密な関係性だった。

 彼ら二人は、共に〝とある一つの秩序〟を尊んでいた。というか、厳密にはジャガンナートの方が、彼よりもはるかに年下のデュランダルが提唱した思想に惹かれたのだ。

 ジャガンナートは、デュランダルから打ち明けられた『計画(プラン)』──これから世界を席巻する新たなる秩序に心から同調し、腐敗により歪み切った社会を正し、真に公正で公平な社会を実現しようと旗下に加わった。そんな彼はデュランダルの走狗を自認しており、もはや手足と云ってもよい存在になっていた。心酔を露わに、彼は続ける。

 

「──ですから私は、ラクス・クラインを排除したのです」

 

 その一瞬、盤上の駒を動かす音だけが、部屋に響いた。

 そう、最高評議会議長(デュランダル)国防委員長(ジャガンナート)の密接すぎる癒着関係を危ぶんだ者が、以前まで議会には居た。当時のラクス・クライン議員であり、彼女が居る限り、このような人事は成立しない。そんな彼女が明らかに『邪魔者』だと考えたジャガンナートは、黒子を使って密かに彼女を抹殺する計画を立案し、独断で実行に移したのだ。

 

 ──ラクス・クラインの乗り合わせるシャトルに、爆弾を仕掛けて。

 

 この恐るべき暗殺計画は上手くいったらしく、そこからは事後報告だった。

 この報告を初めて耳にしたデュランダルは、そのときばかりは惜しんだように呆然とした表情を返したが、すぐに頭を切り替えたように、その計画の尻拭いに奔走してくれた。ラクスが失われた穴は大きすぎ、だからこそ贋作(ミーア)を仕立て上げ、これに代役を務めさせるプロジェクトを進めたのだ。

 

「正直、それでクライン派がここまで暴発するとは思ってもいませんでしたが」

「大した問題ではないよ。『女王の駒(クイーン)』を詰み取った時点で、あとは楽なものさ」

 

 デュランダルは僅かに、だが明らかな本性の一端を垣間見せるように、冷ややかな笑みを表情に一瞬湛えた。

 ジャガンナートはハッとした。目下のチェスボードの中、さっきまで彼に優勢だった形勢がいつの間に逆転し始めている。そのとき既に、ジャガンナート陣営のクイーンは詰んでいた。

 

「たしかに仰る通りですな。いくら抵抗軍(レジスタンス)の裾野が広かろうと、肝心の女王(クイーン)を失った寄せ集め集団(・・・・・・)では、我々の脅威たり得ない」

 

 女王が機能停止した盤面。ジャガンナートはまるで当事者であるかのように、不思議と敗北を宣告されたような気分になっていた。

 

「だが、それ以上に油断ならない強敵(もの)もいる」

 

 珍しく、そう珍しくデュランダルが声を引き締め、危ぶむような声を上げた。

 それは、決して無視してはならないワイルドカード──『伏兵(ジョーカー)』の存在だ。

 デュランダルは遠い目を浮かべ、改めて盤面を整理するように思索に耽る。このとき彼の許には、非常に多くの情報が集まっていた。それらの情報を選り分け、漏洩させ、意のままに操作するのが彼の仕事だ。彼自身の都合の良いように、彼が目指す理想的社会の実現のために──

 

 ──『白の女王(クイーン)』は潰した。

 

 そして、火星圏へ旅立った人類最強の駒──『キング』の動向は杳として不明のままだ。

 けれども、その『王』についてはデュランダルには勝算があり、なればこそ、今は考えなくて良いものではないかと疑っている。だからこそジャガンナートは、胡乱げな顔で問う。

 

「他の強敵というと……アスラン・ザラですか?」

「ああ彼か。……彼は、嗚呼、そうだったな……」

 

 非常に重要な要素を見落としていた時の素の反応であるが、このときばかりはデュランダルも、珍しく途方に暮れたという。

 ──いや、まあいいだろう。

 珍しく思考を放棄するように、彼は例の男だけは放置することにし、話を改めて先の盤面に戻した。

 

「念のため確認させてくれ。ZGMF-X08A(クレイドル)の撃破という情報は、確実なのだな?」

「は? 〝クレイドル〟?」

 

 何故ここでその名前が出てくるのかと、ジャガンナートは心底怪訝な顔した。侮蔑的に続ける。

 

「あんなもの、時代遅れの遺物に過ぎません」

「御託は良い、確かかと訊いている」

 

 揶揄を受け取らず、デュランダルの剣幕は真剣そのものだった。流石のジャガンナートは困惑と動揺を露にし、慌てたように回答を用意した。

 

「観測隊からの報告では『間違いナシ』と有りますし、民間にも報道されている内容ですぞ? なんでしたら、こちらの記録もご覧ください」

 

 記録映像を操作する。スクリーンの中、古き伝説のモビルスーツは間違いなく叩き落され、海に沈んでいた。海中で爆発も起こっているように見えるし、こんな状況で生き延びたパイロットがいるとすれば、ソイツは大した強運の持ち主だろう。

 

「──これで投了(チェックメイト)なのか……?」

 

 独語するデュランダルの目の前で、ジャガンナートが「ぬ”」という悲鳴を上げた。その予言が示したように、彼の駒はすべて死んでいた。

 

「まったく敵いませんな! ですが閣下の希望(オーダー)どおり、プランはすべて滞りなく進んでいます。新たな世界が実現するまで、そう遠くはありませんぞ」

 

 新世界を夢想するかのように、ジャガンナートは、デュランダルへの心酔を露にして嘯く。ここまでの道のりの長さ、数々の困難を思い出す。

 

「ラクス・クラインのことだけでは有りません。〝ユニウスセブン〟を墜としたテロリスト達は、あれほどの大事を、まさか自分達だけで成し遂げることができたと本気で思っていたのでしょうか」

「────」

「それにロゴスの、ロード・ジブリールでしたかな? 彼らの最期も、また近い」

 

 全ては、新たなる世界の構築のために。

 ──決して見逃すつもりはない。

 彼らを追い込むための作戦は、今も着々と進んでいる。

 

「ああそれと、アウラ・マハ・ハイバル女帝──ファウンデーション王国の代表団からも、閣下にあらためて会談の申し入れが来ておりますぞ」

 

 興奮気味に紡がれる言葉に、デュランダルは、すこしだけ疲労を見せつけるような態度で云った。

 

「やれやれ、忙しいことだな」

 

 デュランダルは改めて、オーブから逃げ去ったという〝アークエンジェル〟の記録画面に目を遣った。まるで白鯨のように海底に逃げていった〝ソレ〟は、間違いなくデュランダルの『計画』に支障を来すイレギュラーだ。

 小さな──しかしながら、さきの大戦での戦功を鑑みれば決して看過できない瑕疵。願わくば、かの艦が自分達にとっての障害とならないことを祈るが。

 

「願わくば、我々の仕事を増やさないで欲しいものだが──ここはひとつ、〝ミネルバ〟に働いてもらうというのは、どうだろうか?」

 

 小さな呟き。

 そう、デュランダルが手中に収めるザフトには、新たな伝説が生まれていた。

 期待の戦艦〝ミネルバ〟──新たなる『ヒーロー』へと担ぎ上げられた者達。

 彼らが居てくれるのなら、いっそのこと、古い伝説には消え去ってもらうのが良いだろう──南国の海に蘇り、そして儚く散ったという、かの〝クレイドル〟ともどもに。

 

 

 

 

 

 

 ジブラルタルに入港している〝ミネルバ〟であったが、そのクルー達には休暇が与えられていた。

 ────その間、各員が何をして時間を過ごしているかというのは、アトラもよく知らない。

 基地内部に併設された、ショッピングセンターのバルコニー。そこでレイが愉しげに──勿論、いつも無表情な彼にしては、だが──ピアノを弾いているのは目撃した。一方でルナマリアは、新たに乗船したアグネスに引っ張られて市街地へショッピングに出かけていった。

 アグネスとルナマリア──あの二人組は、士官学校時代から仲が良かったのをアトラも見ていた。察するに、彼女達は波長が合うのかも知れない。といっても、ルナマリアは割かし誰とでも上手く付き合えるタイプだし、彼女は相手に合わせて付き合い方を変えられる、器用なタイプなのかも知れなかった。

 ──でも、別にそれがいいことだとは限らない。

 であるからして、今頃はアグネスと一緒になって街行く男性を見定め、あの男はまあまあ、あっちは論外などと、二人だけの勝手な『品評会』を開いている頃かも知れない。昔と変わらず。

 そんな同期達の悪趣味を「くだらない」の一言で切り捨てたアトラはというと、基地内部の工廠区に詰めていた。連日のように足を運んでいるのだが、それは、彼女なりの目的があってのことだった。

 

「──〝ザク〟を飛ばしたい、だァ?」

 

 それが、アトラからジブラルタル基地の開発部主任に向けたオーダーだった。大気圏内で飛行能力を持たない〝ザク〟を、なんとかして空を飛べるようにしたい──という。

 パイロットの職務ではないはずだが、それでもアトラはハンガーまでやってきて、主任に向けて直談判を行っている。

 

「〝グフ〟のフライトユニットを参考に、ニューミレニアムシリーズの新型ウィザードパックとして、なんとか開発費を捻出できませんか?」

「おいおい、それ云い出したのお嬢ちゃんか? 『とんだ無茶な注文を付けてくるパイロットがいる』って、ウチのひよっこ連中も参ってたぞ」

「技術的には、可能なはずです」

「いや無理だろ(・・・・)。〝グフ〟が飛べるのは設計段階から設計思想(コンセプト)が違うからで──〝ザク〟とは違うんだよ、〝ザク〟とは」

 

 主任の男は取り合わず、アトラに背を向ける。だいたい、無茶なオーダーなのだと、背中越しに言いつける。

 

「〝ザク〟を飛ばすための新型ウィザードパックの開発。たしかに前代未聞で、メカニックとしては心惹かれるプロジェクトだ。だが、その設計はいったい誰がやる? ここには技師として腕の立つ連中は仰山いても、設計(そっち)がデキる人間はいねぇ、専門じゃないからな。──よそを当たんな、こっちは新型(バビ)の整備で忙しんだ」

 

 着工に取りかかろうにも、まずは設計図が必要不可欠だろう。航空力学的な検証を重ねた上でのモーメント計算や、ウィザードパック接続時のサブ・ルーチンの構築──他のモビルスーツ・データから流用するにも限度があり、設計分野の専門家をこの場に呼びつけたとしても、一朝一夕で出来上がる仕様書など無い。

 ちなみに、開発費を賄うこと自体は問題とはならないだろう。ジブラルタルは前哨基地の中でも大型であるから、兵器の有用性さえ認められれば、経費そのものはすぐ落ちる。

 

「だいたい、なんだってお嬢ちゃんは、そうまでして〝ザク〟を飛ばしたいんだ?」

「それは、期待の新造戦艦(ミネルバ)のくせに飛べる機体が少なすぎるからですよ。いっつも〝インパルス()〟だけが、空を飛び回る破目になる」

 

 怒り心頭で訴えかける。〝アリアドネ〟がいてくれれば少しは違ったろうが、既にないものねだりだ。それを聞いて思う所もあったのか、同情的な目を男は向けてきた。

 

「〝インパルス(あんた)〟の負担がやたら大きいってのは、分かる話だ。だが、それを云うならこないだ〝グフ〟が配備されたろ? たしかギーベンラートとかって、ウチのひよっこ共がカワイイって騒いでた、首席のお嬢さん」

「誰があんな──っ! ……いいえ、彼女と二人で飛びたくは有りません」

 

 アトラは激昂しかけ、取り繕ったように押し殺す。

 頭数にアグネスを加えたところで、それでも二機と二人ではないか、たったの。もしも今後も空戦が続くようであれば、二機しか飛べない以上、そんな自分達はどうしたって連携を求められるようになる。

 

(──それが間違ってる)

 

 ──今の私とアグネスの関係値で、チームプレーなんて出来るわけがない。

 そうである以上、レイとルナマリアの〝ザク〟にも飛んでもらわないと、非常に困った事態になるのだ。アグネスを相方(バディ)とするくらいなら、端から居てくれない方がマシだとアトラは思っているし、その点に関してはアグネスとも分かり合えると思っている。男はしかし、心底呆れたような目でアトラを見た。

 

「つまりは個人の問題なんだろ? だったら猶のこと、そっちでなんとかしろ。こっちに持ち込んでくるんじゃねぇ」

「…………」

「おう、持ち込むんなら設計図の方でも構わないぞ。それこそ〝ザク〟が飛べるようになりゃ、〝バビ〟の配備にかかってる開発費をウチから回してやってもいい。戦力的にも技術的にも、革命が起こるみたいなもんだ」

 

 出来るもんならな、と、男は茶化すが、それがいけなかった。

 

「有りますよ」

「──えっ?」

「設計図。構想はずっと頭の中にあったんですけど、実際に自分で図面を引いたのは初めてで、思ったよりも時間が掛かりましたね。──ほらこれ」

 

 仕様書にも等しい分厚さのファイルを取り出し、アトラはずいと男に渡した。彼は唖然とした──ぺらぺらとページを捲って内容に目を通してみても、非常に良く出来た(・・・・・)シロモノであったからだ。

 

「こ、これを、あんたが一人で?」

 

 こう見えて、アトラは士官学校を卒業してからの数ヶ月間はたしかに設計局に居たのだ。そのあとすぐに、テストパイロットとして現場に引っ張り出されたが。

 昔取った杵柄──ではないが、兎角、アトラがMS関係の設計やプログラミングを幼少期から趣味にしていたことは事実だった。我が意を得たりというように、彼女はにっとして語り出す。

 

「問題になったのは姿勢制御の追従性の方でした。でも、ニューミレニアムシリーズのフレームはもともと旧式の〝ジン〟や〝ゲイツ〟に比べて推力変動に対する余剰剛性を持ちますから──あ、そう、そのページ。擬似皮質側にフィード制御を先読みさせれば、IMUとの同期も可能になります」

 

 敢えて云えば、それはザフトの全技術者が憧れている伝説の技師、アルバート・ハインライン氏を彷彿とさせる変人(ギーク)っぷりだった。言葉を差し挟む隙を与えないほどの饒舌と早口で捲し立てる。

 

「慣性テンソルの再計算にも問題はありませんよ。制御系はフィードバック主体からモデル予測制御(MPC)に切り替え、メタ運動野パラメータも非線形拡張カルマンフィルタで再推定すればCPGの再設定も不要です」

 

 ここまで一息で云い切ってみせたアトラの話の内容は兎も角として、不審なものでも見るような目で、男は少女を眇めた。

 

「あんた何者(ナニモン)だ? その頭じゃあ設計技師でだってやっていけるだろうに、なんでパイロットなんてやってんだ?」

「……こっちが訊きたいくらいですよ……」

「は……?」

 

 男が疑念を返したそんなとき、アトラは、みずからの上長の姿を見かけた。タリアがやって来たのだ。

 

「アトラ・デンソン! ああ、やっぱりここにいたのね」

「グラディス艦長、どうして」

「また技術部を困らせてたの?」

「また、って……」

 

 茶化されるが、その言い様がアトラには心外だった。まるで自分が、どこへ行ってもトラブルメーカーのようではないか。

 

「困らせるつもりはありませんでしたよ。それに、むしろ──」

 

 冷静に取り繕いながら、アトラは的確な言葉を探した。

 ──むしろ、困らされていたのは私の方なのだ。

 

(この人達の無能さに……)

 

 ──こんな簡単なこと(・・・・・・・・)すらも、どうしてすぐに〝出来る〟と云えないのだろう? この人達は?

 呆れた口調、紛れもない本心だったが、この感想を率直にぶつけたところで馬鹿を見るのは自分だと知っていた。そのことを、アトラは虐められた実体験から学んでいた。

 だからこそ「……いえ、なんでもありません」とはぐらかす。はぐらかせたと思ったが、時間にすると一瞬、非情にも見透かしたような鋭い目で、タリアはアトラを見ていた。

 一方で見下され、馬鹿にされているとも気付かなかった当事者の男は、人も良さそうに笑っている。

 

「グラディス艦長、こちらのお嬢さんはパイロットにして置くには勿体ねえ! ウチの開発部にすぐにでも欲しい逸材だ、天才だよ!」

 

 男は資料に目を通した結果として、己の目と勘を疑わなかったらしい。

 

「それは困るわね、彼女はウチの『スーパーエース』ですもの。この()がいなかったら〝ミネルバ〟はとっくに沈んでいて、本部の方からヒーローのように持ち上げられることも無かったでしょう」

 

 タリアらしい皮肉が効いた返しであるが、事実でもあった。

 男はそれで勧誘を諦めるが、アトラ個人に対する興味は尽きなかったらしく、いたずらな笑みを浮かべながら問うてくる。

 

「きみは、なんでパイロットをやっている?」

「なんでって? それが軍の決定だからです」

「じゃなくて、おまえさん自身の動機の方を訊いてんだよ」

「……。食べていくためですけど、何か?」

 

 アトラは粛々と答えた。

 ──生前の父は、私に多くを与えてくれたけれど、死後は多くを残せなかった人だった。

 デンソン家は、もともと裕福な家庭では無かった。大切な一人娘が幼少期に壮絶な虐めを受けていようと、それで海外(プラント)への移住を簡単に決定できるほど経済的余裕も無かったわけであるが、それでも父は『娘の将来の為に』と全ての捧げ、多額の転居費用を捻出してくれていた。

 そんなアトラだからこそ、倹約家で、明日の貯蓄を考えない程に刹那的になれるはずもない。けれども、そんな彼女であれ、働かなければ生活資金などすぐ底を尽きてしまう──それは誰だって自明ではないか。食い繋いで明日を生きていくための給料分、彼女はただ働いて、働いて、働くだけだ。

 

「軍に居れば食事だって出ますからね。こんな時代では、食べていけるだけでも恵まれている(・・・・・・)と思いません?」

 

 現実主義的なその解答を、しかし、男は「なんだか夢がねぇな」と切って捨てた。

 

「それほど頭抜けた才能を持ってるんだ。あんたには、もっと別の道だってあるはずだ──他に目標や信念……夢! 野望! みたいなモンはねぇのかい?」

「有りませんよ。言われたところに行き、言われたことをやるだけです」

 

 辟易とした様子で語ったアトラを、そのとき、タリアが奇矯な子でも見るような目で観察していたのが皮肉だった。アトラは、大人からそんな目で見られるのが大嫌いだった。

 

「でもアトラ、それは本当に貴方の価値観に合致してるの? だって貴方、以前(まえ)は『設計局に戻りたい』って要望を」

「ええ、たしかに。そのような要望書を、しょちゅう出していた時期もありましたよ」

 

 他ならぬ職長として、タリアにも相談したことがあったくらいには。

 

「でも、どうやら聞き入れては貰えないようですからね。デュランダル議長には」

 

 アトラは理解してしまっている。

 ──どれだけ嘆願書を送っても、デュランダル議長は、決して私の職業選択の自由を認めなかった。

 戦時下というのもあるのかも知れない。だが、察するに彼は自分に『戦士』という役職を望んでいるのだ。意図的に創り出された偶像(ヒーロー)として、最前線で戦う〝駒〟としての機能こそを、彼は自分に期待している。

 

「きっと、私が他の人間よりも出来るから(・・・・・)でしょうね」

 

 自己過信とも取れる傲慢な物言いに、タリア達は愕然とした。だが、アトラにとっては確信だった。

 ──デュランダル議長は、だから私に目を付けた。

 個人的には上手くいったと思っていた(はかりごと)──アカデミーでの成績操作も、彼ほどに抜け目のない人間には初めから通用しなかったわけだ。

 

「だったら、私が何をやったって無駄でしょう? もう諦めました」

 

 そっけのない告解を受けて、タリアは怪訝がったという。

 ──果たしてアトラは、ここまで荒んだ物言いをする少女だったか……?

 度重なる戦闘や心労の重圧的ストレスが、彼女をこのように変えたのか──だとしたら、その最たる原因はなんだ? 親友のマユ・アスカが居なくなったことか? あるいは戦争という過酷な現実が、彼女をここまでの人間不信に陥らせたのか? それとも人間不信は元々で、そもそも彼女の中にあった重要な要素を自分が見落としていただけなのか──

 結局、タリアには分からなかったが。

 

「それで」

 

 静謐さを湛えた真紅の目を、アトラはタリアに向けた。不思議と相手を測るような、その視線──心理的上位から相手を見定めるかのような、身の置き所のないその視線に、どういう訳かタリアは怯んでしまう。

 

「艦長は、何しにここへ?」

「え、ええ。それが少し、あなたには伝えておかないといけないと思って──」

「えぇ?」

 

 そうして、タリアはアトラを引き連れて〝ミネルバ〟へと戻った。自室に招き入れ、彼女の端末に密命として送られてきたメッセージを照会する。彼女が操作するディスプレイに、やや粗い映像が現れた。

 

「まだ非公開だけど、つい先刻、司令部から私宛てに送られてきた映像(もの)よ。確認して頂戴」

「これは……オーブですか?」

 

 アトラは息を呑んだ。

 蒼く澄んだ海上の向こう側に、宝冠のような島々が見える──それは彼女の生まれ故郷だったのだ。そこでは激しい戦闘が巻き起こっていて──しかし、アトラは邪推した。

 

「……どういうことです? 私がオーブの生まれだから──だから、コレをわざわざ見せるために私を呼んだんですか?」

「それも有ります。だって、自分がかつて住んでいた国の危機(こと)でしょう? だったら──」

「御心遣いなら感謝しますが。残念ながら、思い違いですよ」

 

 言葉上の謝意とは裏腹に、その声色には明確な敵意があった。

 

「私はマユと違って、あの国に思い入れなんて無い。たとえオーブが滅びようと、私の知ったことじゃ無い」

 

 ──生まれ故郷なのだから、大切に思っていて当然か?

 その発想自体が安直で、善良に寄り過ぎているものではないか。きっとタリア・グラディスは、母国に対して殺意や憎悪を抱いた経験もろくに御持ちでは無い──要は、それを本気で抱いた経験が有るアトラとは価値観を異にしていた。

 その理解不足の結果として、あまりにも凡庸な善意的発想を呈され、アトラは逆上したのだ。だが、呆れた反応を返したのは、不思議なことにタリアの方だった。

 

「アトラ。そうも、すぐに喧嘩腰になる必要はなくってよ。それでは人を遠ざけるばかりだし──あなたは頭が良いのだから、他人とうまく付き合っていく方法も少しは考えなさい」

「──! 余計なお世話ですよ……!」

 

 逆上するが、アトラはどうして、こうも自分が苛つき続けているのかが分からなかった。その明晰さとはアンバランスにも、精神的に彼女はひどく幼稚だった。ぞんざいに云い放つ。

 

「頂いた給料分の働きはします、それでいいじゃないですか! 〝ザク〟だって飛ばしてみせますよ! 私だって、戦場で死にたくはないんですから……!」

「あなたの執る手段は、不用意すぎると云っているのよ。あなたの能力は幅が効き、たしかに人より大いに優れてる。でも、だからなのか、あなたは内心で増長して、勝手にあなた以外の人間を見下している!」

「っ…………!」

「さっきの目は何ですか? そんな自分本位の考え方をしていると、周囲の者までが、あなたを嫌いになります! そうしたら、あなたは戦場で十分な協力者を得られなくなって──それは危険でしょう!? いま、あなたの周りにはあなたに死んでほしいと思っている人間はいないし、私だって死んでもらっては困るのよ!」

「大人って! 大人って……自分の都合ばっかりで!」

 

 憤懣を露わに、アトラは吐き捨てた。タリアもここに至っては、自身の大人げのない対応を反省したように、怒りの熱を潜め始める。

 

「──兎に角、忠告はしました。お互いの仕事の話に戻りましょう」

「……ハイ」

 

 その方が建設的だと判断したのだろう、彼らは上長と部下の関係なのだ。

 そして、これは仕事──そう、仕事の話だった。司令部から発令された、彼女達の新たなる『仕事』だ。

 

「映像を見て、私も衝撃を受けたのだけれど──状況は把握したわね?」

「ええ。でも、別に意外ではなかったですよ」

 

 オーブ解放戦──その最中に突如として現れた〝アークエンジェル〟の陣営に、なぜか〝カオス〟や〝ガイア〟が使役されていた。そしてアトラが視界にした途端に目を開いたのは、他でもない──消息不明となっていたはずの──〝アリアドネ〟の機影だった。

 

「そこに映っている〝アリアドネ〟のパイロットは……」

「マユでしょうね。私には分かります」

 

 あえて整理するまでもない、抑揚を殺したような言葉尻で、アトラが云い放った。

 やはり、という反応をタリアも示したので、想定はしていたのかも知れなかった。そもそも、マユがかつて三隻同盟に所属していたことは周知であり、その上で〝アークエンジェル〟が登場したとなれば、彼女がその陣営に就く状況証拠としては十分すぎる。タリアは疲れたようなため息を吐いた。

 

「これは明らかな越権行為よ。カノジョ、勝手に戦隊を離れて一体なにをやっているのかしら……?」

「分かりませんが、彼女がおかしくなったのは、ひとえに〝アーモリーワン〟で一人の魔女と出会ってからでしょう」

「……魔女?」

 

 奇異な表現だ。今のところ、それを用いているのはアトラだけだったが。

 

「ええ。あれは、金の髪の魔女でした」

「──詳しく、聞かせて頂戴」

 

 促されるまま、アトラは記憶の限りを自身の推察も含めて語った。

 マユがその魔女を追いかけて、ハンガーに収まっていた〝アリアドネ〟に辿り着いたこと──考えられるとすれば、その魔女こそが、三隻同盟に居た頃の彼女の知己だったのではないか。その人物こそ〝レムレース〟のパイロットであり、マユはその知己を助けるために〝ユニウスセブン〟と共に墜ちたのではないか──という。そこから先の彼女達の足取りは不明だったが、たったいま、記録を見せられて分かった気がする。

 

「要するに、マユはプラントやザフト(わたしたち)への恩義や忠誠よりも、みずからの古巣の方を優先したのでは有りませんか? 今まさに古巣(オーブ)を護るために、こうして現れたように」

 

 ──ザフトで手にした力で。

 マユならば、あの国を護りに向かうだろう。

 ──私と違って。

 

「成程ね。つまりマユ・アスカは、もともと彼らと通じていた──と、あなたはそう見ているわけね?」

「実際のところは判りませんよ。私は彼女では無いのですから」

 

 云いながら、肩を竦める。

 自分で云っておきながら、ときどきアトラも思うのだ。もしもマユのような素朴な女の子になれていたら、もっと自分も生きやすい──周りに親しみ易い人間になれていたのではないか、と。

 けれど、今は戦時下だった。そのような感傷に浸っている場合でもないだろうと、彼女は胡乱げに返す。

 

「しかし、司令部がこの映像を艦長に送ってきたということは──この得体の知れない勢力(・・・・・・・・・)を、議会はそのまま放置する気が無いということでは?」

 

 アトラは確信を突くように指摘する。

 例の〝アークエンジェル〟の名は、いまだ軍内部において前大戦の英雄と信じられている。圧倒的寡兵でありながらも、先の大戦を止めるために奔走したと信じられる勢力──

 問題なのは、それほどに強力と約束されたような陣営が、よもや〝カオス〟や〝ガイア〟まで手中に収め、独自の行動を開始したということだ。その目的は現時点で不明だが、そのようなイレギュラーが、いつまた正規軍にとって敵艦(エネミー)へと変化するかは分からないのだ。

 問いかけに対し、タリアは「そうね」と、同意して頷きかけた。

 

「正式な命令書はまだだけど、頭には入れておけという合図でしょう? ──少なくとも、あのタヌキはそう考える」

 

 デュランダルのことだろう。

 危ぶむように、タリアは付け加えた。

 

「でも、あなたはそれで良いのかしら?」

「……何がです?」

「もしも私達が命令に従い〝アークエンジェル〟と戦うような日が来れば、〝アリアドネ〟は──マユ・アスカは私達の『敵』になるのよ」

 

 思ってもみなかった、考えもしていなかったという風に、アトラは虚を突かれた表情になった。

 タリアは、酷薄とも取れる論調で続けた。

 

「そのとき、あなたは彼女を撃てるの?」

 

 残酷なようだが、改めて確認は取っておかねばならない。

 ──これは戦争なのだ。

 状況は常に変わるし、人の思いも常に変わる。裏切りの代償を支払わせるべく、軍の〝アリアドネ〟を異邦に持ち去ったマユ・アスカを、必ずや弾劾する機会がやってくる。

 僅かな逡巡のあと、アトラは顔を上げて云い放った。

 

撃てますよ(・・・・・)、私なら」

 

 はっきりと宣告したアトラの目に、迷いは無かった。

 彼女はその未来を──マユと互いに銃を向け合っている将来を──わずか一瞬で覚悟することが出来てしまう。自分は間違いなく、一切の躊躇いなくそれが出来る人間だということも。ちょうど目の前のタリアのような、ごく一般的な大多数が持つ善良な感性の人間には出来ないことを、しかし自分には出来るのだと、逆に確信出来てしまう。

 

 ──マユ・アスカ。

 

 それはアトラにとって、これまでの人生で初めてできた友人──いや『親友』だった。

 

 ──おっちょこちょいで、諦めの悪い努力家。

 

 そんなマユが隣にいてくれたから、アカデミーでの二年間は黄金の日々(モラトリアム)だった。同じ部屋で共に学び、議論し──あの頃は希望に満ちた未来を疑っていなかった。そんな彼女とルームメイトになれていたことが、アトラにとっては人生最高で最後の幸福だったと、今でも心から感じているくらいには。

 

(だからこそ──)

 

 ──それほどの親愛を裏切ったツケは、支払って貰わなければならない。

 おおよそマユにとって、アトラなどは『数いる友人の内の一人』でしかなかったのかも知れないが、アトラにとっては『親友』で、しかも彼女は『唯一』だった。言葉にすると単純だが、事実としては大きすぎる、揺るがしようのないものだった。

 

 ──すべては、あの魔女のせいだ……!

 

 あの魔女と出会わなければ、マユはきっと、今もザフトにいて──ずっと私の隣にいてくれた。

 彼女がいなくなってしまっては、私は上手く現実を乗り越えていけない。現に、もう限界なのだ。だからマユは私のもので、他の誰にも渡さない……このまま誰かに奪われてしまうくらいなら、いっそのこと──私が。

 

「私が、殺します」

 

 アトラは繰り返し、低い口調で云い放った。

 

 

 

 

 

 

 こののち、間もなく突かれたように動き出したのは、連合と〝ロゴス〟の方だった。

 結果的にオーブ連合首長国から撤退した大西洋連邦であるが、そうした後「まあ、何にでも見込み違いはある……」と(のたま)うジブリール氏の開き直りの下、次善策としてユーラシア西側への戦力派兵を決定した。

 ──目的は、ひとえに〝ロゴス〟の命令を聞き入れようとしない、連合に従属しないファウンデーション王国に対する報復。

 ジブリールは、オーブに使ったものとまったく同じ論理を用いてファウンデーションへ攻め込んだ。かの国をザフトに組する敵性国家と見做し、国際正義の名の下にこれを制圧するという言い掛かりを用いて。

 

 ──結論から云う。

 ──その大攻撃作戦も、連合の歴史的大敗北で終わった。

 

 恐らく──いや間違いなく、彼らは女帝の怒りを買ったのだ。ファウンデーションへ攻め込んだ連合の大部隊は、敗北という表現では生温いほどの大惨敗を喫する破目になった。

 そしてこれは、当作戦に臨んだ地球軍士官達による『最後の記録』だ。それは同時に、戦死者達の『最期の記憶』であることも意味しているが──

 

「ブラボー! こちらは壊滅状態だ、増援を求む!」

 

 出撃した攻撃隊──〝ウィンダム〟中隊の生き残り。ルーカ曹長と、彼と同郷のビーダス中尉の機体だった。

 そんな二人の呼びかけも虚しく、このとき周囲にまともな機影は残されていなかった。二人が所属する部隊は壊滅し、岩礁の連なる荒廃した戦闘区域を抜け、命からがら逃げ延びているところだ。

 

「繰り返す、増援を求むが!?」

「誰か応答してくれ! 他の隊の連中は? 母艦もどこにも居ないのか!?」

 

 黒煙の上がる戦場。死屍累々とは云わないものの、モビルスーツの残骸──そのどれもが〝ウィンダム〟や〝ザムザザー〟であり、連合の友軍だ──が、地上の至る所に散らばっていた。

 まさしく、地獄のような光景。それほどの惨禍を、よもやファウンデーションが作り出したというのか? 随伴するビーダスは、呪ったように毒づく。

 

「こんなの、想定してもなかったぞ……。ファウンデーションは小国じゃなかったのかよ!〉

「オーブの二の舞だっていうのか? 連合がこれほどの戦力で攻め込んで、このザマか……っ」

 

 一部始終ではあるものの、ルーカも確かに目撃した。

 ──この『地獄』を作り出したのは、ファウンデーションが誇っていた、五機にも及ぶ〝黒の騎士(ブラックナイツ)〟だった……!

 それらの騎士は、ジブリールがオーブで拝見したという〝黄金の夜叉〟──下手をすればソレすらも凌駕した強さを示威してみせたのだ。押し寄せる連合のMS・MA混合部隊を、ことごとく返り討ちにすることで。

 

「──ファウンデーション。この国は、いったいどういう……!?」

 

 懐疑の声を上げたその時、ふたりの耳に、ロックを示すアラートが鳴り響く。

 ハッとして視線を上げた先、後背から紅色のマントをたなびかせる〝異形〟が捉えられる。赤い照射レーザーを当てられ、彼らはとうに包囲されていた。

 澹然たる漆黒の騎士達だ。絶望に顔色を失い、ルーカは云い放つ。

 

「五機全機だと? 散開していた筈じゃ!?」

「──てことは、もう俺達しか残っていないのか?」

「ルーカ曹長! 逃げてください!」

 

 叫びながら、ビーダス機の〝ウィンダム〟はビームサーベルを抜き放っている。

 それは、せめてもの抵抗だったのだろう。あえておどけた様子で通信機に言い残す。

 

「生きて帰るんですよ、(くに)じゃあ、奥さんと子どもが待ってんでしょ!」

「それはオマエも同じ──」

 

 年若いビーダスの経歴を、ルーカも聞き及んでいた。彼には故郷に愛する恋人が待っていて、名はたしかエリザベス……そう、たしかエリザベスだ。

 

「よせっ!」

 

 ──勝てるわけがない!

 危惧したルーカの叫びは空虚に終わった。このとき既に、ビーダス機は正面に据える緑色のパーソナルカラー機──グリフィン・アルバレスト機に吼えながら突っ込んでしまっていたのだ。

 スラスターを全開にし、一気に切り込むビーダス機。対峙する〝ブラックナイトスコード〟からはマントのような背面装備が広がり、紅色の輝きが放たれた。

 

「バケモノめ! 宇宙へ出てけよ!」

 

 ビーダスの振るった光刃が、泰然と構えるグリフィン機を貫いたはずだった。だが手応えは無く、あろうことか〝ウィンダム〟は、黒い騎士の体をすり抜けてしまう。

 ──なんだと!?

 まるで幻影でも見せられていたかのよう。慌てて対応しようとしたとき、がら空きの脇からビーダス機は切り付けられていた。機体が瓦解し、内部から炎が膨れ上がる!

 

「これが、怪物!?」

 

 ──エリザベ……。

 その先は続かなかった。炎の花が空に咲く。

 

「ビーダス!? くそぉ!」

 

 戦友の死を前にして、ルーカも喚く。──このまま何もせず嬲られてたまるか! ビームライフルを乱射し、グリフィン機だけではない、五機すべてに砲火を射掛けたのだ。

 と、ブラックナイツ達は、そこでようやく対応を見せる。どの機体も盾でビームを跳ね除けた後、あろうことか、その盾を投げ放ったのだ。後端からスラスターを噴かせたシールドは、それ自体がドラグーンであるかのようにルーカ機に差し迫る。

 

「飛ぶ盾がふたつ!?」

 

 機体の両前腕部にマウントされた、自航式の複合防盾? 地球の重力すら克服したその航空能力は、ファウンデーションが誇る高等な技術で実現したのか──

 ──いや、そんなことはどうだっていい!

 ルーカも噂には聞いていた。盾を飛ばし、通常の兵法からは掛け離れた二天一流の戦闘スタイルを貫いた『白い伝説』のモビルスーツが実在したことを。それは──そのモビルスーツの名は、たしか。

 

「〝クレイドル〟──!?」

 

 しかし、目の前の騎士達は暗黒だ。連中はまるで、その伝説のパイロットの戦闘データを抽出し(・・・・・・・・・)盗用し(・・・)模倣している(・・・・・・)かのようではないか(・・・・・・・・・)

 

「そんなんで、騎士を気取れるのかよ!」

 

 全方位から襲い掛かるビームスパイクに、次の瞬間、ルーカ機は串刺しにされた。数多の刃が〝ウィンダム〟を滅多刺しにし、機体は爆散することもなく、物言わぬ鉄塊となって地上へと墜ちていく。

 

(──報せ、なければ)

 

 血の色に霞んだ視界の中、ルーカは最後に思惟していた。

 このことを、本部にも伝えなければ。報せなければ──攻撃隊は自分を含めて全滅し、やはり、ファウンデーションは油断ならない、決して怒らせてはならない国だということを。

 

「ファウンデーションには、バケモノが、いた……ッ」

 

 墜落すると同時、そうして爆発した〝ウィンダム〟の最後の輝きをもって、戦闘は終了した。ルーカの祈りは届いたのだろうか、この大逆襲を受けて、連合はファウンデーションから撤退を決断する。

 

「まあ……まあ……何にでも、見込み違いというものはある……ッ!」

 

 この訃報を受けて、ジブリールは言葉を繰り返した後、ユーラシア西南側の調停を断念。

 その代わり、女帝の力が及ばないユーラシア西北側の鎮圧へと乗り出した。ドイツのベルリンをはじめとした都市群であるが、ザフトの駐留を容認する異分子達を都市もろとも粛清するプランを思いついたのだ。

 幸いにして、超大型戦略機動要塞──先の大戦でも実戦投入されたデストロイ級の新型──が完成したためでもある。パイロットにはオーブ戦を落ち延びた最後の強化人間、アウル・ニーダが抜擢され、今度こそ、今度こそ──と、ジブリールは拳を握りしめ、そのときを待っていた。現在は調整中の、巨大な〝悪魔〟が解き放たれる日を。

 

 ────歴史が繰り返されようとしている。

 

 ベルリン。そこは全ての出発点だ。

 一匹の〝蝶〟として、世界に舞い戻った儚げな少女が──

 ステラ・ルーシェが意識を回復させたのは、それが起こるよりも、少し前の頃だった。

 





 ベルリン戦を最後に示唆しましたが、実際にソレが起こるのは数話先になる予定です。今話でAA組がオリジナル拠点へ向かいましたので、次話はその辺りからのお話になります。
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