~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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 2026/4/29 前話のタイトルを『蠢動』に変更しました(何度も申し訳ない

 それに伴い、変更前は地の文のみで大きく割愛していた後半部「地球連合軍 vs ファウンデーション軍」に戦闘描写を追加しました。余談程度ですが、良ければそちらのご確認もおねがいします。



『蝶の目醒め』

 

 

 火の神の名を冠する〝フェファイストス〟は、南太平洋縁のプレート境界上にある火山島の地下に構えられている。カルデラの山腹部に秘匿された工廠区。地熱源を利用した金属精製や装甲再鋳造等に適したその軍事拠点は、それらを活かした数々のモビルスーツの試作組立場となっていた。ムウはこのとき、そのドッグに立っている。

 

「なんだ、こりゃ?」

 

 訝しむ声を上げながら、ムウは金色のモビルスーツを見上げていた。その問いに答えたのは、脇に立つメカマンだ。

 

「──〝メタス〟ですよ。我々が試作した、可変用モビルスーツ」

「本当かよ、これ」

 

 呟くムウであるが、おおよそ外見上系譜の読めない機種だ。つまりは、技術者達の『趣味』で作られたとしか思えない突発的なモビルスーツだった。

 直線と曲線が入り乱れたシルエットに、モノアイの頭部を採用。背部には輸送機用のものであろうスラスターが鎮座し、腕部には外付けのビーム・カノンが繋げられている。

 けれども、ムウがもっとも気になったのは別のところにあった。二本しか無い腕に対し、なぜかビームサーベルを六本も持っている点だ──設計者達はふざけているのか?

 メカマンは悪びれもなく云う。

 

「正確には、可変式の戦闘用モビルアーマーといった方がいいですね。フラガ少佐専用の」

「こんなガタガタの機体で? オレを殺す気かよ」

「コイツたぶん少佐にしか動かせないんスよ。パイロットをやった他の連中、変形テストで酔い潰れちゃって」

 

 それを聞いたムウは目の色が変わる。生粋の『モビルアーマー乗り』を自負する彼にとって、看過できない誘い文句だ。他の誰にも乗りこなせなかった暴れ馬なら、乗りこなしてみたいと欲望するのが性だった。

 

「テストされますか?」

「やってみるさ」

 

 そうして、ムウはラダーからコクピットに体を滑り込ませた。内部のコントロール系はザフトのものを採用していたが、如何せん最新鋭では無い。だがムウは構わずに機体を発進させた。山腹の偽装シャッターが押し開き、カルデラの麓から〝メタス〟が飛び立ってゆく。

 

「ムウ・ラ・フラガ、〝メタス〟出るぞ!」

 

 ────総評としては、加速性が大したものだ。だが成程、乗り慣れていない者が揃って酔い潰れるというのも納得の仕上がりでもある。

 

「おおっと」

 

 モビルスーツ形態への変形時に、機体が軋むような独特の感触がある。その感覚が、まるでモビルアーマー形態の〝ままがいい〟と駄々を捏ねる子どものようだとムウは知覚していた。強引さが求められる機体だが、それによって空中で機体を捻り込むその反応速度は、別に嫌いではなかった。──そして当然、ムウは〝そいつ〟に酔わなかった。

 

「気に入った!」

 

 今日からコイツが相棒なのだと、ムウには分かった。

 そんなとき、管制官からの通信が入る。

 

〈フラガ少佐、たったいまこちらで信号を受信しました。〝アークエンジェル〟がこちらに向かっているようです〉

 

 誘導を願う指令。

 ムウは指示されるまま、完全に手綱を握ったと確信した〝メタス〟の機体を翻した。「ああ、わかった」と短く返し、外洋から現れた、懐かしい〝アークエンジェル〟の誘導に向かった。

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん──ステラお姉ちゃん! しっかりして」

 

 マユの声がして、ステラは目を醒ました。うなされていたのだろうか? どこかの医務室であるらしく、目を醒ましたとき、彼女は医療用ベッドの上にいた。傍らからは、ステラがよく知る色の円らな眸が覗き込んできていた。

 

「ステラお姉ちゃん、良かった!」

 

 マユの見せた反応は、安堵に満ちたものだった。

 ステラはゆっくりと体を起こす。周囲の機材、設備、そして配置──そのどれもに見覚えがあり、軍艦にしては無機質さを感じさせないその一室を、ステラが記憶の棚から引っ張り出すのに、そう時間は必要なかった。

 

「……ここ、〝アークエンジェル〟……?」

「うん、そうだよ!」

 

 同意するよう頷きながら、マユは続けようとする。

 

「あれから、ずいぶん日が経って────待って」

 

 続けようとして、マユの言葉は止まった。

 彼女は、このときまだ何も説明していなかった。なのにどうして、ステラには場所が判ったのか? いや、そんなこおよりも明らかな〝差異〟というものを、彼女はステラの気配から感じ取ったようだった。

 

「お姉ちゃん、もしかして……記憶が」

 

 ──戻ったのではないか?

 そのとき抱いたマユの推量は、結論から云えば当たっていたのだろう。周囲の機材や設備からステラは場所を判じたのは、他ならぬ彼女が、この医務室を以前にも訪れたことがあったからだ。

 ステラはじつに生来のそれらしく、「きおく……」と、ぼうっとした幼子のように呟いた。

 

「────」

 

 途端、すみれ色の双眸が見開かれる。人が変わったように、ステラは「はっ……!」と息を漏らし、ベッドから勢いよく身を乗り出していた。

 それは、思考よりも身体が先に動いたという風だった。

 慌ただしくマユへの距離を詰め、その拍子に、体のどこかをサイドテーブルにぶつける。ドンという音が響き、相応の痛みも伴ったはずだが、彼女は構った様子もない……もしくは、構ってなどいられない。

 

「マユ、あれから何日が経った!?」

「あれからって? お姉ちゃんが墜とされてから、今日で、まる二日──」

「ちがうよ、あの日……! えっと、あそこの、爆発──! から」

「……ひょっとして、〝ジェネシス〟のことを云ってるの?」

 

 混濁した様子のステラであるが、マユはまるで幽霊でも見ているようだった。

 彼女は、ステラが見せた明らかな病状を指摘した。つまりは、ステラの鼻からの出血に悲鳴を上げたのだ。慌ててガーゼを差し出し、時を置くように止血を始めたステラに、間を見て解答を返す。

 

「二年──ううん、ほとんど三年だよ。あのあと戦争が終わって、あれから、それだけの時が過ぎた」

「さん、ねん……?」

 

 衝撃を受けるステラだが、それは彼女が想像していたよりもずっと長い時間だったのようだ。長くとも一年やそこらだろうと思っていたのか、彼女を驚かせるには十分なものだった。

 

「みんなは。みんなは、どうなったの!?」

 

 思わず声を荒げ、咄嗟に余った方の手でマユの肩を掴む。その力の強さと声の大きさに悲鳴を上げ、マユが思わず目を瞑って怯んだとき、ステラはハッと我に帰った。

 

「……ごめん」

「う、ううん」

「……そっか。また、記憶を()られてたんだね、ステラ」

 

 少女の肩から手を離し、ステラが俯く。訪ね返すマユであったが、長く垂れた前髪によって、相手の表情は見えなかった。

 

「地球軍の特殊な装置で、彼らにとって都合の良い記憶を植え付けられたんだって。あの仮面の(ひと)が、そう云ってた」

「仮面の男……。そっか、今はラウが、ネオなんだもんね」

 

 意味深に呟いたステラだが、止血を終えると、改めてその端麗な顔を上げた。

 マユはその顔を直視して、不意に息を呑む。

 

「…………!」

 

 今までとは明らかに違う面持ち。これまでの他人行儀さは消え、マユがよく知る円らな眸は、懐かしさをもって少女を見つめ返していた。

 それによって、マユは思い出していた。それ自体が宝石のような、すみれ色の眸──自分は、その色が何よりも大好きだったのだ、と。

 

「ああ、ステラお姉ちゃん……!」

「戻って、こられた。ステラ、帰ってこられたんだ……」

 

 大戦がまるで昨日のことのようだと、ステラは感覚していた。感涙が押し寄せ、マユは考えず、目の前の少女へと抱きついていた。

 ぎゅっと押されるステラだが、受け止めた方もまた、その懐かしい──いや、少々立派になった気がする相手の質量を確かめるように腕を回す。優しい口調で言葉を紡いだ。

 

「うっすらとだけど。マユのことも、見てたよ──ずっと」

「うんっ……! うんっ!」

 

 書き換えられた人格の奥底で、ステラはずっと、マユを見ていたのだ。件の〝アーモリーワン〟で再会を果たしてから、ずっと妹分の活躍と奔走を見ていた。

 マユは、これまでの祈りが果たされたことを知った。

 終戦から三年──ここまでは盛大な寄り道だった。だが、辿り着いたゴールそのものは変わらない。そうした少女の道程を一番に労ってあげなければならないのは自分だと、ステラにも分かっていたから、彼女は優しく口を開いた。

 

「強くなったね。ステラのこと、ずっと信じてくれて、ありがとう」

 

 ステラはここに帰ってきた。

 そしてもう、どこへも行くことはない。

 

「ただいま、マユ」

 

 抱き返された腕の中、小さな少女は、咽び泣いた。

 

 

 

 

 

 

 〝メタス〟に誘導された〝アークエンジェル〟は、偽装シャッターの奥へと案内された。補給のために係留された後、ムウが合流を果たす。

 医務室からの知らせを受け、早急にステラの許に足を運んだムウとマリュー。

 そんな二人がドアを開けた先に、ステラはいた。あどけない眸、「ムウ、マリュー」と気安げに名を呼んだその声音だけで、マリュー達はハッとして気づいたという。

 これは、そんな二人が少女の生還に喜色を示した後のことだった。

 

「──それで」

 

 再会を喜んだのも束の間。空気が落ち着いたのを突くように、ステラがたんとして問いかけた。

 

「この数年で、いったい何があったの」

 

 自分が記憶を失っている間に、という意味の質問だ。

 ──自分達は、なぜ今も戦い続けているのか?

 回答する義務を負った三名は、しかし、そのときばかりは互いに目を見合わせて口籠る。回答から逃げたのではないが、要するに躊躇ったのだ。マユが憚るように口を開く。

 

「今は休もうよ、ステラお姉ちゃん。疲れてるでしょ、だったら……」

 

 ステラがまだ本調子でないことなど、先の病状を見れば明らかだ。たしかに、彼女には共有しなければならない事柄が多くある。だが、なにも病み上がりの今でなくとも良いではないか。

 しかし、ステラ自身は気遣いよりも情報を、現状についての説明を欲していた。要は誤魔化されたくはなかったので、ステラはマユの名を呼び、その先を真摯な目で促した。

 

「おねがい、教えて」

「────」

 

 それによって、マユも折れる。

 情報の重要度としては、どれも同じだ。しかし、マユはあくまでここ数週間以内のステラのことしか知らず、語れる内容にも限りがある。地球連合で特殊部隊をしていた頃の話は後からスティングやメーテルにでも聞けば良いと思うので──そうだな。

 

「そうだね。じゃあ、スゴく重要な話──私たちにとって、最も致命的だったと思える部分(・・・・・・・・・・・・・・)から話そうかな」

 

 そう告げた直後、マユは息を呑む音を耳にした。場に居合わせる大人の内のどちらか──まあどちらでも良いが──が口を差し挟もうとしたのだ。だが大人らしく自制したのか、それ以降は何も聞こえなかったので、マユは聞こえなかった振りをして先を続けた。

 

「私達と一緒に戦ったキラさん──キラ・ヤマト。あの(ひと)の変貌について、私は、まずお姉ちゃんに知って貰うべきだと思う」

 

 別に『彼』について語るこの選択が、早まったものだとマユには思えない。

 遅かれ早かれ、語らなければならない時は来る。不自然に目を逸らし続けたところで、この懸念は将来から消え失せてくれないのだ。

 

「……変貌? キラが?」

 

 告解するマユに対し、ステラはやはり唖然とした。不吉な物言いであると、身構えるように思ってしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

『戦争を終わらせて、みんなのところに、一緒に帰ろう』

 

 ステラが〝ヤキン・ドゥーエ〟の決戦前、キラと個人的に交わした約束が『それ』だった。

 結果的に、その約束をステラは果たせなかった。そのことについて、彼女の中では今もキラに対する申し訳なさが渦巻いている。

 

 ──でも。

 

 だがマユの告解を受けて、同時にステラはこうも思ってしまったのだ。自分達が所属していた三隻同盟には、ステラの他に多くの仲間がいたではないか? ──と。

 キラのことを暖かく支えてくれる友人(ともだち)が、あそこには大勢いた。ラクス、マユ、ムウにマリューに、トール達のような──

 ああ、その内の一人である(・・・・・・・・・)自分が帰らなかった現実は、たしかにキラを大きく打ちのめしたかも知れない。彼がそれほどの親愛を自分に向けてくれていたという事実は、これを聞かされたステラを嬉しく、また誇らしく思わせてくれた。

 

 ────けれども、つまりは何が云いたいのか。

 

 キラという少年は、その程度で心折れるほどに〝弱くはない〟と思っていたのだ。ステラなどは所詮、いくらでも替えが利く(・・・・・・・・・・)人間であって(・・・・・・)、そこまで特別視するほどの神聖ではないからだ。

 だがマユとしては、ステラは余りに自己軽視をし過ぎているように思う。あえて指摘することでもなかったが、それら非常にステラらしい認識のズレ。自分に無頓着なのは彼女の気質であるが、今回ばかりは最悪な形で発露している気がした。

 

「……観るかい?」

 

 唐突な提案はムウからだった。記録があり、証拠があった。いまだ愕然としているステラの反応を待たず、ムウは改めて件の映像記録を医務室に持ち込んでくる。

 D.S.S.Dで行われた全世界同時配信──心晴れやかに面構えを変貌させた『孤高の天才(スーパーコーディネイター)』の映像データは、ステラに酷薄な現実を思い知らせた。

 

「キラ……」

 

 ────映像の中で、青年は語った。

 本来の自分は『もっと別の道を歩んでいけるはずだった』と。天才は天才らしい分析と思索の下、もしも世界線を違えていれば叶えられた筈の〝夢〟を語り──しかしながらその未来は、とあるひとりの少女の喪失によって儚く消えたのだ、と。

 記録映像が終わり、マユがその先を引き取るように続けた。

 

「ステラお姉ちゃんが居なくなって、キラさんはすごく傷ついてた。そのことで、きっと、ずっと、自分を責め続けたんだと思う」

「……でも、あれはキラのせいじゃないよ」

 

 それどころか誰のせいでもなかったと、ステラは今もはっきりそう思っている。

 これにはムウが答える。

 

「君の認識じゃそうでも、それでは慰められないと考えた人間もいたんだ」

「…………」

「それに、君は君が思っている以上に特別な存在だよ。あの戦争で傷ついた後、誰もが君の帰りを待っていた。例外なく、な」

「そんな。そうかな……?」

 

 自覚がないという風に、ステラはきょとんとする。半ば呆れも混じっているが、相変わらずだなと、苦笑交じりにムウは説き明かした。

 

「戦後、君がクルーゼの野郎と上手くやれていたのがその証拠さ。君には獰猛な男性を大人しくさせる力がある(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)ようだ(・・・)──この件について、俺も生き延びたアイツとは色々話をする機会を持ったが」

 

 意外がるように、マリューがムウの名を呼んだ。ムウは気にせず続けた。

 

「あの野郎な、俺が殴ってやりたいと思っていたのが、拍子抜けするぐらいに丸くなっていたんだぜ?」

「丸く──?」

「思うにステラ、君の影響だろう」

 

 どういう心境の変化なのか。尖り続けるキラとは対極に、まるで邪気が落ちたような神妙さと清廉さを、ムウはラウに感じ取ったという。

 そうして彼は、因縁の相手との会話内容を打ち明ける。

 

「ロアノーク隊の子ども達──スティング、メーテル、もうひとりはアウルといったか。彼らのことを〝頼む〟と、直々に頭を下げられた。テロメアのせいで自分がこの世から居なくなった後、彼らの面倒を見てやってくれ、とな」

「頭を下げたの? あの男が? 貴方に?」

 

 困惑を露にマリューが問い、ムウは小さく頷いた。

 

「俺だって信じられなかったさ。まさかヤツの口から、そんな良識的で……人間的な言葉が出てくるなんて。そんなんだから、俺が振り上げていた拳も引っ込んじまってな……」

「ムウ……」

「だが、今なら分かる。アイツを人間の道に引き戻してくれたのは、君だ。この数年間、ステラが隣にいてくれたから、アイツは変わったんだ」

 

 もっとも、皮肉なほど対極的に、この数年でステラを失ったキラは闇の道に堕ちていったわけであるが。

 ムウはさらに言葉を続ける。

 

「俺は父親じゃないし、自分の父親(おやじ)の横暴もよく知ってる。だから、良い父親代わりになる自信だって無い……なのに、なんでアイツは俺に託したんだ? よりにもよって、どうして俺を……?」

 

 ──アイツは父親(アル)を、引いてはフラガの一族を憎んでいたんじゃないのか?

 その点については、今も疑問に感じているとムウは云う。絶対に人選ミスだろうと云いたげだが、思うところがあるのだろう……マリューは言葉を取って返した。

 

「それは……きっと貴方が、彼と同じ血を引いているからよ、ムウ」

「────」

「貴方達は二人とも、同じ血を引いてこの世に産まれた。そのことを貴方が面白く感じていないのは分かるけど……その事実は、善とか悪とかを越えて、とても重要な縁になるのよ。一生、今後もずっとね」

「……そうか。そういうことか……」

 

 ムウは頷きかけ、改めて、金の髪の少女に向き直って尋ねた。

 

「──なあ、ステラ」

「なに?」

 

 それは、裏付けを求めるように発された質問。ムウは真っ直ぐにステラを見据えた。

 

「良かったら、きみの意見を聞かせてくれ。ネオ(・・)ロアノーク(・・・・・)──君の隣に立っていたその男(・・・)は、どんな人間だったんだ?」

 

 いつだったか、交わした憶えのあるやり取り。それでも尚、ムウはステラの口から語られる内容にこそ価値が有る判断した。寧ろ、それをしなければ一切の価値が無いとも云える。

 ステラはゆっくりと、真摯に口を開いて答えた。

 

「ネオは、ステラにとって友達みたいな人──ううん、ステラのワガママをたくさん聞いてくれて、スティングにも、アウルにも、メーテルにも優しくしてくれた人だよ」

 

 ──同じ仮面を付けていても、彼らは違う人間だった。

 

「だから、今度は心から云えるよ。お父さんみたいな人だった、って」

 

 スティングとアウルにも訊いてみればいい──そう云いかけて、しかし口にはしなかった。素直なメーテルを除いて、彼らが照れ隠しのために何と答えるかなど目に見えている。

 けれども、やはり内心では思っているはずなのだ。ネオという男は孤児として大勢に虐げられてきた自分達の『仲間』であり、兄のようであり、同時に父親であったのだ──と。

 

「そうか。やっぱり、そうなんだな」

 

 答えを紡ぐ、ステラの瞳と言葉に一切の曇りは無い。

 そしてそれは解答であり、証明だった。これまでの生き方がどうであれ、ここ数年のラウは生来の父親とは反対に、子ども達の良き父親役を全うしてきた人間だという結論。彼はそのような存在である事を絶対的に確定させるに足る言葉。

 ムウは感じ入ったような、複雑な面持ちで返した。 

 

「ああ、分かっていたさ。云いそびれたが、アイツは今、この基地を離れて連合内の情報を集めている。アウル・ニーダがどこへ連れ去られたのか、その足跡を辿るためだ。……君を喜ばせるためなら、今のアイツは何だってやるって勢いだぜ」

 

 云われ、ステラもハッとする。それはずっと気になっていたことだったからだ。

 

「情報を持ち帰り次第、きみ達にも報せるよ。だからそれまでは療養して、ゆっくりしてるといい」

 

 ムウはそう云って、療養中のステラの身を気遣った。

 

 

 

 

 

 

 病み上がりの人間を、いつまでも事情聴取のために縛り付けておくのも酷だと判断したのだろう。マリューは率先して話をそこそこに切り上げると、基地の案内役としてムウを連れて出ていった。医務室には、マユとステラだけが残される形になる。

 

「大変な事実ばっかりで、疲れたでしょ、お姉ちゃん」

 

 マユからの気遣いの言葉を受けて、ステラは小さく頷きかけた。表情を曇らせながら口を開く。

 

「うまくいかないね……あんなの、ステラの知ってるキラじゃない」

 

 映像を見た所感として、まるで別人のようだと感覚してしまった。

 だが、それはそれで道理なのだろう。今のキラは生来の姓を捨て、狂気の夢に取り憑かれた天才科学者の名を継いだのだ。──もうあの頃の『彼』は、キラ・ヤマトは居なくなってしまったのか……? 不安を拭うように、マユはあえて明るい口調で云い放つ。

 

「まだ希望はあるよ。だって、ステラお姉ちゃんがここに帰ってきてくれたんだもん。だからきっと、キラさんも昔みたいに戻ってきてくれる」

「……? ステラが帰ってきたことと、キラが戻ってくることに、なにか関連があるの?」

「えっ」

 

 ──ああ、直接的な表現でなかったことは認めるが。

 問いかけられ、マユは微妙に硬直した。ステラには、このときマユが意味をぼかした意味が掴めなかったらしい。

 

「そっ、それよりステラお姉ちゃん、髪、伸ばしたんだね」

 

 慌てて話題を逸らすように、マユは彼女の外見上の変化について、ようやく言及した。ステラの方も単純であり、話を切り替えられると、簡単にそちらに吊られてしまった。

 

「そう、みたいだね。伸ばした記憶がないのに、いつの間にか伸びてるっていうのは、不思議な感覚」

「伸ばしたかったから、そうなったんじゃないの?」

「まあね。……ヘンかな?」

「ううん、とっても素敵。ラクスお姉ちゃんみたい」

 

 喩えて云うマユだが、ステラは思い当たったような顔になった。

 

「そう云えば、ラクスは?」

「ああ……うん。テロ事件が起きてから、行方不明なんだ、ラクスお姉ちゃんもね」

 

 数ヶ月前に起こった、シャトル爆破事件──あれは間違いなく、ラクス本人を狙ったものだったのだろう。

 ステラが帰還してもなお、マユの中にはラクスを失った寂しさが渦巻いていた。……もしかしたら今の自分には、寂しがる資格すらないのかも知れないが。

 独白のように、マユは云った。

 

「私、全然気づかなかった。ラクスお姉ちゃんが例のテロから生きて戻ったと報道(・・)されたとき、ただテレビを見ながらラクスお姉ちゃんが無事だったんだって、そう安心して、思い込んでいた」

 

 ──おそらく、彼女達の入れ替え(・・・・)はテロ事件直後に行われた。

 ギルバート・デュランダルが矢面に立ち、ラクス・クラインは『テロから無事生還を果たした』との報道を行った。だが、全ては自作自演だったのだろう。

 簡単なトリックだ。本物のラクスはテロで消息不明──いや生死不明になり、それによってデュランダルは思うがままに権力を握った。己の政策を邪魔する政敵を排除し、もしかすると、初めから全てが彼の計算だったのかも知れない。

 

「もっと早く気付かなきゃいけなかったんだ、デュランダル議長の横暴に」

 

 違和感はあった。いくら心神喪失が理由とはいえ、トークを行うラクスの性格が妙に明るいと感じたとき、まるで時計の針を戻すみたいに芸能の世界に戻っていってしまったとき、今思えば下品な見せびらかし程度にしか思えない、挑発的なコスチュームに装いを改めたとき──

 ラクスはマユの庇護者(パトロヌス)であり、友人だったのだ、それなのに正体を見破ることができなかった。たとえ〝プラント〟の整形技術が如何に優れており、完全な擬態を可能にするものだったとしても、そんな事実は何の慰めにもならない。自分達はデュランダルの掌の上で踊らされ、終わってみれば、滑稽では済まされない屈辱がそこにはあった。

 

「……だいじょうぶ。ラクスは、きっと生きてるよ」

 

 こんなとき、こんなことを云う資格が自分にあるのかステラには分からなかった。

 ──騒動の外で、呑気にも記憶を違えられていた自分に。

 けれども、これだけは云える気がしたのだ。こんなところで、ラクスが死ぬはずがない──と。

 

(それに、なんとなくだけど……)

 

 この感覚を、どう言語化して良いのかステラには分からない。

 だが、なんとなく感じるのだ。五感とはまた違う第六感のようなもので──ラクスの気配を、この世界のどこかに。

 

「ネオが帰ったら、ラクスのことも調べてもらおう。ネオならきっと、何か掴んでくれるよ」

「……分かったよ」

 

 ──そしてその『感覚』がてらに、ステラには、たったいま思い出した事実があった。

 

「まって、マユ」

 

 唐突に、ステラはマユを呼び止めた。てっきり話は終わったと思われたが、ステラがそこで改まったからか、マユの表情も変化する。

 

「どうしたの?」

「その、すごく、伝えづらいことなんだけど」

「…………?」

「ステラを墜としたあの金色のモビルスーツのことで、ステラからマユに、話がある」

 

 金色のモビルスーツについて? マユは分からず、純粋な不審顔を返した。自分を撃墜した因縁の相手への恨み節でも聞かされるのか──いや、仮にもそんな単純な話であれば、ステラはここまで居ずまいを正してはいまい。

 

「何の話だろう、聞くよ?」

「──アレに乗ってたの、シンだ」

 

 唐突──唐突に放り込まれた、それはあまりに巨大な爆弾。

 唐突に兄の名を出され、マユは固まったという。ステラは自分のペースで、自分の言葉で先を続けた。

 

「シンだったんだよ。あの〝金色〟──〝アカツキ〟のパイロットは」

 

 いまだ一般には知られていない当該モビルスーツの名称まで、ステラははっきりと口にした。彼女には分かっていたのだ──撃墜された瞬間、相手の記憶を覗き見たことで。

 

「シンは、マユが生きているって事実(こと)をまだ知らない。それで、ステラのせいで──三年前、オーブでステラが〝クレイドル〟で戦ったせいで、マユがあの事故に巻き込まれたと思ってる」

 

 ステラ自身も信じたくはない現実──あのシンに恨まれているなんて。

 だが、顛末としてこれが全てで、筋も通ってしまう。

 オーブの護り神たらん〝アカツキ〟が、唐突な怒りの刃を〝クレイドル〟に向けた理由(ワケ)。仮にも妹を奪われた被災者遺族が衝動的な復讐心に駆られたのだとすれば、ステラはその感情的な行動を支持はできずとも、一定以上の理解を示すことくらいならできてしまう。

 

「っ…………」

 

 ステラはそこから、マユの反応を待った。恐る恐る顔を上げたのは、気まずさと申し訳なさからだ。知らなかったとはいえ、当時のステラはマユの実の兄と殺し合おうとし──いや、現実に殺し合ったのか。何かが間違っていれば、ステラの方が彼を手に掛けていたかも知れない。

 けれども、顔を上げた先のマユの反応は、ステラの想像をはるかに越えるものであった。

 

「あ、そうだったんだ」

 

 唖然とした──しかしながら、想定していたよりも遥かに落ち着いた様相で、マユは話を聞き止めていた。

 それにはステラの方が、唖然としたものだった。

 

「……驚かないの?」

「え? ううん、驚いてるよ」

 

 そうは云うものの、どう見ても落ち着きながら状況を飲み込んでいるように見えたという。

 もっと取り乱すものかと思っていたし──鈍いステラでさえそう感じたくらいなのだから、このときにマユが見せた反応は、やはり〝変〟だと云って差し支えなかった。

 マユは「驚いてないように見えた?」と心外がる。外面がどうあれ、内心で驚いているのは本当のようだ。

 

「私もここ最近色々あったから、なんか感覚がおかしくなってるのかな……? キラさんのことや、ラクスお姉ちゃんのこと──アトラのこともあるし……〝ミネルバ〟に残してきた同僚達のことも心配。……ネオ・ロアノークの云う通り、現状はみんながバラバラなんだ」

 

 ──心配ごとなら、既に山積みだ。

 ならば、その山積みの中に今さら自分の兄がひとり増えたところで(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)、その山の大きさ自体は然程変わらないではないか。

 ああ、そうだ。一言で云ってしまえば、マユは感覚が狂っていた。ステラが云う。

 

「ステラは、自分がまたモビルスーツに乗って戦うってことを知ってる。だから、二度と同じ間違いはしないよ」

 

 反省と後悔、それによる謝罪と決意の言葉を、ステラは改めて口にした。

 ──ステラは、昔からそうなんだ。

 感情に振り回されて、周りが見えなくなることがある。昔は恐怖であり、今回は激情だ。そしてその衝動的な感覚のために、思考停止で善悪を無視してしまう。それではいけないのだ、精神操作を受けていた事など、なんら言い訳にはならない。

 

「大丈夫だよ、ステラお姉ちゃん。もしまた同じようなことがあったら、そのときお姉ちゃんを助けるのは、私の役目だ」

 

 兄がどういう経緯でモビルスーツパイロットになり、あそこまでの技量を身に着けたのか、マユの視点からは不明確なままだ。けれども、全ては誤解であるし──そのことを証明できる唯一の証人が、他ならぬ自分なのである。

 だからこそ、思い詰めた風なステラに向かって、マユは鷹揚と言葉を続けていた。

 

「お姉ちゃん、本当に大丈夫だよ」

「マユ……」

 

 キラ、そしてシン──

 自分達にとって、非常に近しいはずの男の子達が敵になる……敵になりかけている。やはり現状では皆が散り散りだけれど──これだけは云える。

 

「私はこれからも、何があっても、ステラお姉ちゃんの味方だからね」

 

 その言葉にステラは「ありがとう」と、感謝の言葉をもう一度口にした。

 それに対し、マユは小さく頷くに留める。

 

 ──三年前、貴方にもらった(もの)の大きさを思えば。

 

 この程度の協力なんて、何でもない安いものだ。

 

 

 

 

 

 

 基地の地下、構えられたグランドホロー構内に、ネオはいた。ここでは連合から拝借したキーカードを用い、地球軍のあらゆる艦船や部品の流出入記録を照会することができた。

 薄暗く、無機質な光に照らされたオペレーション・ルームの中、ネオはキーボードに滑らかに指を滑らせ、目当ての情報を入手していく。

 

「ほう……」

 

 強化人間は、一般に人ではなくモビルスーツの部品として扱われる。だから、アウルの足跡を辿ろうと思った場合には、彼個人の入出記録を探すより、戦略兵器の搬入記録について当たってみた方が早いのである。

 調査を進めていくと、強化人間に該当する人間は四名ほどヒットした。しかし、その内の三名はオーブの戦闘で『損失(ロスト)』とあり、おのずと最後の一名に絞られた。

 

 ──見つけた。

 

 証明写真だが、画面の中からこちらを見返す、小生意気そうな青髪の少年。ネオは粛々として、画面をスクロールして追加の情報を集める。

 どうやら、アウルが連れ去られたのはユーラシアの西側らしい。オーブでの敗退後、モビルスーツごと〝ボナパルト〟と呼ばれる大型陸上戦艦に積み込まれた彼は、そこで新たなる軍事作戦に使われることになったようだ。

 

「ユーラシア西側における、反乱分子の『鎮圧』と『粛清』──?」

 

 たしかにあの辺りの地域は、連合からの脱退を叫び、ザフトの駐留を容認するなど反連合感情の強い地域として知られている。先日、近隣のファウンデーション王国が独力で連合艦隊を退けた背景もあって、連合に対する風当たりは、どこもかしこも強くなっているのだ。

 だが、ネオとしては忘れてはならないと思う。ほとんど独力で連合を叩きのめしたファウンデーションが国家として異常なのであり、他の弱小国は軽率に、これに習った後追いをすべきではない──と。

 

(独立不羈の流れに続かんとする、気高き革命の志は分からんでもないが……)

 

 革命とは、他国の口出しを許さぬ武力を楯にして漸く、初めて成し遂げられるものなのだ。そして現状──オーブやファウンデーションは例外だとしても──当該のユーラシア共同体にはそれが無い。

 

「最初の攻撃目標はベルリンか? ジブリールめ、そこで憂さ晴らしでもするつもりか」

 

 つくづく小物な男だと、ネオは思う。だが生憎な事に、この軍事作戦は殆ど成功するだろうと云うのが、彼の正確な見立てである。都市部に駐留しているザフト部隊の規模感では、次に出てきた〝怪物〟を相手取れる訳がないからだ。

 

「コードネーム〝A.P.S.A.R.A.S(アプサラス)〟──」

 

 コンソール上に文字の羅列が並ぶ。戦略空中機動(Aerial Platform for Strategic)兵装要塞(Annihilation & Remote Assault System)を銘打った、画期的な空戦用モビル・アーマーが開発されたらしい。

 そこに照らし出されているのは、ほとんど軍事機密(トップシークレット)に当たる戦略兵器の詳細なデータだった。感動からか、ネオは思わず思考を口にする。

 

「こんなものが導入されれば、ザフトも民間人も、徹底無差別に虐殺されるぞ」

 

 作戦の目的が『破壊』である以上、ジブリールは絶対に降伏を認めないし、避難勧告すら出さないに違いない。

 つまり、この〝悪魔〟が外に解き放たれたその瞬間、子供から老人に至るまで、非戦闘員を含めた何十、何百万という人間が犠牲になることが確定する。

 そしてその『大量虐殺』の罪業を、パイロットであるアウルは一身に背負うのだ。背負わされてしまう──このまま自分達が、何の手も打たなければ。

 

「……急ぐべきか」

 

 ──あの子の居場所は分かった。

 もうこの場所に用はないと、ネオは後始末もしないまま踵を返す。煌々と照らされ続けるモニターを背景に、足早に情報室を去っていった。

 

 

 

 

 

 

「お、もういいのか?」

 

 医務室を出て、基地内を歩いているステラの姿を見かけ、ムウが声を掛けた。彼は現在、マリューを始めとした〝アークエンジェル〟のクルー達に基地内部を案内したところだった。

 ステラは頭に巻かれていた包帯も外し、「だいじょうぶ」と気丈に云う。容態は安定したらしいが、今はマユも同伴していた。随伴のマリューが「無理はしないでね」と念を押す。

 

「ムウさん、この基地について、いろいろ教えてください」

「ここは〝ターミナル〟が持ってる秘匿拠点だ。簡単に云やあ、廃品兵器のリサイクル工場ってところだが」

 

 そうして、ムウは解き明かした。

 クライン派で構成される兵器製造工場は、世界各地にも点在している。この〝ヘファイストス〟はその内の一つであるが、宇宙の〝ファクトリー〟と違い『最新鋭機の開発』には注力していない。専門はあくまで『廃品の再利用』であり、何を隠そう〝へファイストス〟には、クライン派がザフトから入手、横領したパーツや弾薬やらが大量に運び込まれているのだ。

 駐在するクライン派の技術者達は、〝メタス〟を始めとする手製(ハンドメイド)のモビルスーツに〝ジン〟や〝ゲイツ〟──ザフトの旧世代機の解体パーツを利用している。ニューミレニアムシリーズの台頭に伴って、それらが方々で大量廃棄された経緯があったからだ。中にはザフトのコンペに敗れた最新鋭機まで流れ着いている位で、そちらはたしか〝ドム=トルーパー〟と呼ばれる機種だったはずだ。

 

「──メカマン達の玩具(オモチャ)箱。独創性にかけちゃ、ここの連中は一流さ」

 

 そうしてムウは案内を続けたが、フロアを進めて地下へと降りていく階段の最中、最後尾に着いていたマリューがステラの異変に気づいた。何でもない階段を降りる中で、彼女は妙にふらついていたのである。

 

「ステラさん、本当に大丈夫?」

 

 まだ療養が必要なのではないか。そう心配する声であるが、呼びかけられたステラの顔は、純粋な困惑で曇っていた。

 

「なんか、ヘンな感じ。久々に動くからか……自分の体なのに、自分の体じゃないみたい」

 

 感覚が狂っているとでもいうのか? 三年越しの目覚めは、やはり軽度のリハビリが必要となる程に、精神と肉体の乖離(ズレ)を作ってしまっているらしい。マリューはハッとした顔になる。

 

(よく考えたら)

 

 ──よく考えたら、ステラ達は、まだ十代の子どもだ。

 つい忘れてしまいそうになるが、現在が成長期の真っ最中なのだ。男性(ムウ)がいる手前大きな声では云えないが、体重を始めとした肉体の変化──成長と成育は、体の各所で常に巻き起こっている。

 殊に、兵士は身体操作が基本なのである。なればこそ、誰よりも俊敏なステラは、誰よりも鋭敏に心身の違和感を受け取ったに違いない。

 

「──というか、なんか、下が見えない」

 

 足元が、という意味であるが、ステラは珍しく愚痴っぽく零していた。ただ「階段を降りる」というだけの日常行為に、いちいち恐怖を憶えるのは御免だ。

 いまいち原因が分かっていなさそうなステラであるが、そこで、スパッと口を開いたのはムウだったのだ。

 

「そりゃあ、大っきくなったからじゃないのか? 胸とか」

「──えっ」

「えっ」

 

 ──もはや、誰の声か判別も付かなかった。

 答えを受けたステラはぎょっとした声を漏らしたし、傍らのマリューとマユもそれぞれ変な声を漏らした。そしてムウ自身も声を漏らしたのだ──やっちまった、という意味で。

 次の瞬間、デリカシーとぼやくマユの冷ややかな目が、ムウを射抜いた。年少の女の子に軽蔑の籠った目で見られる経験は、たとえ彼であってもグサッときた。

 

「いや、違う。すまん、今のは本当に」

 

 慌てて誤魔化そうとするムウであったが、これに報いたのは「どこ見てた」と云わんばかりの、怒気を含んだ恋人(マリュー)の完璧すぎる微笑み。

 声には出さなかったが、マリューはアイコンタクトと、サインのようなものをムウに送る。後々別室で折檻されるのだろうとは何となく分かったが──まあ自業自得だろう。

 

「ともかく! その調子なら、しばらくはリハビリも兼ねて、様子を見た方が良いわね」

 

 マリュー自身も、大いに共感が寄せられる悩み。しかしながら、彼女はこの件について──少なくともムウがいるこの場では──長引かせるつもりはないらしかった。

 

「三年前とは勝手が違うわ、きっと体も、モビルスーツもね」

「──そうだ、モビルスーツと云えば」

 

 強引に話を逸らすマリューに同調するように、ムウは続けた。 

 

「クルーゼの野郎、置いていったぜ」

「?」 

 

 その言葉の意味が、ステラには咄嗟には理解できなかった。

 

 

 

 

 

 

 寒々とした閉ざされた牢獄の中は、人の声がよく響く。そこでは音声ラジオのようなものだろうか、男によるメッセージが、反響をもって繰り返されていた。

 

〈まあ……何にでも見込み違いというものはある〉

 

 真綿で絞めるようなやんわりとした口調だが、その奥の毒は隠し切れていない。

 その放送を、アウルは拷問のように聞かされていた。牢の奥、四肢を吊るし上げられ、拘束された状態で。

 

〈つまり、オーブやファウンデーションはきみの手には余ると──そういうことだったのだな?〉

 

 ──高い金を出資して作った『兵隊』だというのに、コレ(・・)は今まで、ろくな活躍すら見せていない。

 メッセージの主、ジブリールは、その件について咎めている。

 だが、まるで自責を促すような遣り口だ。嫌味っぽい粘ついた論調で、メッセージは繰り返される。

 

〈では、どうしたものかと考えたのだが……さいわい〝アプサラス〟が完成してね。きみにはそちらを任せることにした〉

 

 〝アプサラス〟──?

 ほとんど閉ざされた視界の中、ぼんやりとした意識で、アウルは疑問に思う。

 ──いったい、なんなのだ、それは……?

 

〈きみたちがオーブを討ってくれていれば、こんな作戦は必要なかったのだが……しかたない。腐った部分は早く取り除かないと、どんどん広がるからね……アレを使ってユーラシア西側を、早く静かにしてくれたまえ。今度こそね──それくらいならできるだろう、アウル……?〉

 

 その〝ボナパルト〟船体中央の巨大なドームには、巨大な──巨大すぎて、その全貌を見て取ることすらも叶わないモビルアーマーが格納されていた。

 不吉に黒光りして、まさしく要塞といった風な外観。

 アウルの搭乗機である〝ダイモス=レムレース〟が頭部に格納されたその要塞は、まさしく頭部だけが〝G〟フェイスであるが、その他のボディは〝ザムザザー〟や〝ゲルズゲー〟──ありとあらゆる(ムシ)を混ぜ合わせたような異形。まるで複合獣(キメラ)を思わせるような禍々しさだ。

 

 ────作戦は直に始まる。

 

 そしてその〝悪魔の蟲〟こそが、次にアウルが載せられる大量破壊兵器であった。

 

 

 

 

 

 

 ステラ達が案内されたのは、地下ドックの最奥部。

 段階的に照明が灯され、そこには一機のモビルスーツが聳え立っていた。不吉に黒光りする異様な形態、継ぎ接ぎの複合獣のような禍々しさを湛えたその機体を見上げながら、ムウは云う。

 

「きみの、本来の機体だよ」

 

 抑留中のダメージから回復して間もないステラに向け、ムウは淡として告げた。……その状況、その言い回しや、悪魔が囁くようなその声が全て、どこか憶えがあるような気がした。

 

「ステラの、本来の……?」

「ああ、ステラもまた、これに乗って戦わないとな……」

 

 云われ、ステラは再び目前のモビルスーツを見上げる。さながら、異教の悪神を思わせる異形を。

 

「でもこれ、〝レムレース〟だよ」

 

 動揺を押し殺したような声音で、マユが猛烈な抗議の声を上げる。上げざるを得なかった。

 それは、先の大戦中から連合の陣営で運用されてきた〝亡霊〟のリバイバル機。すなわち〝デストロイ〟の流れさえも汲んでいる、虐殺機体の後継品ですらあったのだ。

 

 ──たしかに、ムウの云うことも分かる。

 

 この〝フォボス=レムレース〟は、他ならぬステラのために連合で開発された専用機だ。彼女以外の人間が扱うことは不可能で、ネオが移動用に一時的に借りていたとは云え、今回それが本来の(・・・)持ち主に返却された形だ。

 ──ああ、たしかに。

 先の戦闘で、ステラが正当な(・・・)搭乗機である〝クレイドル〟を損失してしまった以上、この〝レムレース〟の他に、ステラにとって『相応しい』と呼べる機体は無い。だが──

 

「…………」

 

 ステラは困惑を露にした様子で、深く考え込んでいる。

 ムウの言葉が、その声が、否応なしに過去の記憶と重なるのは、果たして偶然なのか──? 

 

「ステラは」

 

 もうふたたび、ステラは天を仰ぎ、〝レムレース〟の機体顔部と睨めっこするような形を取る。

 ──光をも飲み込む、黒鉄の闇色。

 ──悪魔そのものを、この世に顕現させたような悪人相。

 それらはやはり、切っても切れない過去の罪業を、ステラの中に思い起こさせるものだった。

 

「ステラは、乗らない」

 

 ──そう、『あのとき』とは違う。

 ステラは己の意志を、ハッキリと口にする。

 

「えっ……?」

「わたしはもう、コレには乗らない」

 

 誰が見ても邪悪な機体──ステラはまたそんなモノに乗って、再び悪魔みたいに暴れ回る気にはならないのだ。

 堂々と宣言するステラに対して、居合わせる者達の反応は様々だった。事態を飲み込めないムウは明らかに困惑していたし、マリューもまた驚いている。一方でマユはステラの選択を気高いと感じ、大いに喜び、安堵してもいた。

 

「しかし、じゃあ──どうする……?」

 

 ステラに対する糾弾というよりは、整理をつけるための確認めいた言葉。てっきり〝レムレース〟にはステラが乗るものだと思われたし、それはそれで、道理な話のはずなのだが。

 その案はどういうわけか、記憶を取り戻したステラ本人の嫌悪をもって拒絶された。

 そんなとき、ステラはぐるりとドッグ中に視線を巡らせたのだ。

 

「──あれは?」

 

 巡らせた視線の先に、また別のモビルスーツが立っている。

 薄緑を基調としたボディに、ずんぐりとした太めのシルエット。〝ザク〟や〝グフ〟とも違う、クチバシのついた単眼(モノアイ)のフェイス。全体的にザフトの意匠を感じられる機種であるが、ここに眠っているということは、〝メタス〟同様のオリジナルなのか? ムウが言及した。

 

「ありゃ試作機だ。ここの連中が好き好んで改造したモンで……たしかに〝メタス〟よりは最新型だが」

 

 ザフトの廃棄ルートにあったという機体を、ここのメカマン達が物惜しんで改造した機体。つまり、パイロットすらも決まっていないということだ。

 しかし、所詮は余っていた機体。余っていた予算で、余っていたパーツを使い、余っていた時間を使って趣味の延長で改造したものに過ぎない──とてもステラに相応しい性能(スペック)をしているとは思えないが……?

 

「決めた、これにする」

「えっ!?」

 

 即断だった。ステラは黒い悪魔でも、かつての揺籃の神話でもなく、名もなき鉄の器を選んだのだ。それは彼女が生き直すための、最初の選択とも云えた。

 ステラにしては、珍しく有無を云わせぬ論調。

 だが、たしかに〝レムレース〟を蹴った以上、他に在庫するモビルスーツも無いというのが、彼らの実状だった。決定には全員が唖然としていたが、ムウは大きくため息をついた後、その機体について触れる。

 

「……〝ディジェ〟だ」

 

 それが〝ドム〟を改修し、陸戦用に特化させたモビルスーツの名。

 ステラは柔らかな顔で応じた。

 

「〝ディジェ〟か、わかったよ」

 

 ステラは機体の足元につき、改めて機体の全貌を見上げる。

 ──別に最新鋭じゃなきゃいけないとか、そういうことじゃないのだ。

 たしかにステラも、これまで相応の拘りと愛着を持って、モビルスーツに接してきた。

 その意味で云えば、たしかに〝レムレース〟を蹴ったのは〝縁起が悪い〟という個人的感傷であり、逆を云えば、それ以上に理由は無い。

 ──ただ、〝レムレース〟だけは駄目なんだ。

 前の戦争でも、彼女はそのモビルスーツを否定する道を選んだのだから。

 たとえ次善策に過ぎないとしても、ステラは今からこの目前の──やけに可愛い、顔にクチバシのついた機体こそを、みずからの搭乗機に選び取る。

 

「これから、よろしくね」

 

 返事など返ってくるはずもない──しかしながら、ステラは指で触れた聳え立つ〝ディジェ〟にそう告げた。

 そしてそれが、彼女の新たなる再起点となった。

 




【ドム=トルーパー】
 ザフトの次期主力機の座を賭けて、ザク=ウォーリアと競合した機体。両脚部に搭載された高速ホバリング推進システムで通常の二足歩行MSを圧倒する機動性を得たが、操縦が難儀なため一般兵達には不評だった。結果としてコンペで落選するが、設計データがクライン派の手に渡り、ファクトリーにて本格的に量産される。
 原作ではヒルダ・ハーケン、ヘルベルト・フォン・ラインハルト、マーズ・シメオン、以上クライン派のエースパイロット三名によって運用された。

【ディジェ=アーキバス】
 コンペに出されたドム=トルーパーの試作機をクライン派が入手し、ヘファイストスに運び込んで改修した機体。大気圏内での戦闘(陸戦)に特化したモデルとして、全領域仕様のドムからは様々な設計変更が施されている。
 据え置かれた高速ホバリング推進システムで陸上や水上では優れた機動性を発揮するが、空戦能力は乏しく、改修元と同様に大気圏内での自航は不可能。操作性は非常にピーキーで、乗りこなすにはエースパイロットらしい高い技量と特殊な技術を必要とする。
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