~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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『明けない夜が来る前に』

 

 

 ネオの戻った〝ヘファイストス〟では、個人規模ではあるものの、戦闘が行われていた。敵襲というわけでは無く、あくまで訓練の一環、しかし、デモンストレーションの一言で済ませるには、あまりに苛烈で過激な戦いだった。

 

「やあぁっ!」

 

 メーテルの操縦する〝ガイア〟だ。

 訓練用に出力制限が掛けられたビーム兵器。そのビームライフルを撃ち放ち、メーテルが対戦相手への弾幕を張った。射撃された相手は冷静に身構え、肩部のアンチビームシールドで光条を受け止める。

 

「直線的すぎる」

 

 攻撃を往なした〝ディジェ〟のパイロット──ステラだ。

 呟きと共に、彼女は腰部ラッチのビームバズーカで応戦した。が、然し者のメーテルも危機管理能力からコレを回避し、今度は機体を変形させながらの背部三連装ビーム砲を撃ち放った。ルーキーが対応するには鋭すぎる一撃だが、これもまたステラの前では容易く回避された。

 

「やっぱり、強いっ」

 

 分かっていたことであるが、メーテルは改めて、対戦相手の実力に賛嘆の声を上げる。

 メーテルとステラが模擬戦を行うのは久方振りのことであるが、そもそもロアノーク隊への入隊当初から、メーテルはステラに勝てた試しがなかった。

 

 ────なぜ、このような模擬戦が行われているのか?

 

 その目的は、記憶と感覚を取り戻したステラの復帰後のリハビリテーション。だが最大の狙いは、やはりパイロット各員の技量向上にある。最初に云い出したのはマユだという話だが、このプログラムには意外なことに、スティング辺りが熱をもって参加表明したらしい。

 であるから、ここ数日は彼らが主体となって対戦スケジュールが組まれ、まるで部活動であるかのように、このような模擬戦の大会が勃発する運びとなっていた。

 

「切り込む!」

 

 迫撃を仕掛けたのはステラが先だった。独特のホバリングシステムを扱いこなし、高速接近を仕掛けた〝ディジェ〟による猛攻に、メーテルの〝ガイア〟は防戦一方となる。

 

 ──勿論、搭乗機(モビルスーツ)による性能差は存在し、順当にやれば〝ガイア〟が負けるなど有り得ない。

 ──しかし戦場において、そもそも敵と対等の条件で戦える場面がどれほどあるだろうか?

 

 戦況、性能、消耗、根回し──全てを視野に入れてこそ実戦だ。不公平や理不尽の中で、それでもスペックの差を覆しにくるステラは、そういう意味で強者なのであり、そうした覚悟を欠いていたメーテル達にとっては良い指導本となっていた。

 

「私だってっ!」

 

 そんなステラに感化されるように、メーテルもやられっぱなしという訳ではない。

 そもそも、メーテルが初めて見出された(・・・・・)のは、おおよそステラに〝嘘〟が通じなかったからだ。ロドニアの研修生時代、望んでみずからを下位に置いていた彼女の力を、ステラが見つけ出してくれた。

 そう、自分にはステラの期待に応えるだけの力がある──まだ眠っている。このときメーテルは、そんな彼女の期待こそを信じる。

 しかし、だからと云って──

 

「はあぁッ!」

「…………!?」

 

 ──まさか〝ガイア〟のシールドを投げ捨て、二刀流に移行するなんて!

 防御を捨て、機動と手数で相手を弄しにかかる──それはステラを模倣したような戦い方。いや、完璧に習得(・・)したメーテルはこのとき、反撃というには果敢すぎる逆突撃を仕掛けた。ビーム・ナギナタによる連撃を突き崩し、攻撃の隙を割って突くように、ステラの攻撃を弾き返したのだ。

 

「これは」

 

 ──押されている? わたしが?

 無意識の呟きが、ステラの口から漏れている。そんなステラはいつになく、自分が勝ちに拘っていることへの驚きを憶えた。メーテルを相手に負けるなど考えてもいなかったが、こんなにも、自分は勝ちを急いでいるなんて──?

 その一瞬の思考が隙となって、更なる機会をメーテルに与えた。サーベルを振るい上げ、メーテルは〝ディジェ〟の柄ごと相手の得物を弾き飛ばしたのだ。

 

「チッ!」

 

 至近距離で無防備になる〝ディジェ〟に、サーベルを構え直す〝ガイア〟──

 ──まだ、やりようはある!

 ステラはそれでも態勢を立て直し、臨戦態勢を取ろうとした。だが、しかし──

 

「────っ!?」

 

 ふいに、視界が揺らいだ。

 光刃をかざした〝ガイア〟の機体を目の当たりにしたとき、敗北を目前にした〝己〟の存在を意識したとき、ステラはこれまで経験したことがないような強烈な感覚に身を摘ままれていた。

 

「なんだ、これは」

 

 それは拒絶反応だった。ステラの全身が、思考が、敵と正面からぶつかることを拒んでいた。

 目前の〝ガイア〟の機影がぶれ、自分を撃墜した〝金色〟の輝きと重なる。黄金の〝アカツキ〟と正面衝突し、それでいて叩きのめされた(・・・・・・・)惨敗の記憶が、尋常の衝突を避けろと、ただ逃げろと云っていた。オマエでは勝てない──と。

 おかしい。これではまるで、まるでステラが──

 

「もらった!」

 

 驚くべき速度をもって、メーテルは斬りかかった。思考に足を取られていたステラは、見事に反応が遅れた。

 ──直撃する! また(・・)負ける……!?

 ステラは覚悟を決めた。そして──

 

 

 

 

 

 

 結論から云えば、勝利はステラがもぎ取って終わった。

 咄嗟のこと、我を取り戻したステラが〝ガイア〟からサーベルを奪い取る(・・・・)という手段で切り返し、逆転劇でメーテルが敗れたのだ。

 しかしながら、戦闘内容自体は褒められたものではないか? 観戦者達は壮絶なる激闘と、それに続くメーテルの健闘っぷりに称賛の声を上げた。

 

「やるじゃねぇか、メーテル! まさか、あそこまでやれるとは思ってなかったぜ!」

 

 試合を終え、汗ばみながらアラートに戻ってきたメーテルの許に、スティングが駆け寄ってくる。駆け寄ってくるなり、笑顔で肩を二発ほど叩かれ──それはそれで痛いのであるが、メーテルは顔には出さなかった。というより、出せなかった。

 

 ──ねぎらいのドリンクを持ってきてくれたことは、素直に嬉しいんだけど。

 

 オーブでの戦闘が終わってからというもの、スティングは自分こそをメーテルの下位に置くようになっていた。彼女に対するこれまでの非礼を詫び、下手に出ているとまでは云わないものの、使いっぱしりのような役割も平気で買って出るようになった。

 それでいて、屈託のない顔をしてメーテルに近寄ってくるものだから、これまで彼に虐められてきたメーテルとしては、居心地──というか、非常に気味が悪い事態になっていたのだ。そんな彼は相も変わらず、気の良い顔でメーテルを讃えた。

 

「惜しかったな、あと一歩で、ステラにも下剋上できたところだぜ!?」

「いや……うん、まあ」

 

 メーテルは半笑いを返す。

 どうにも彼は勘違いしているようだが、メーテルは別に上位者達への『下剋上』を目論んでいるわけではないし、スティングを下位に付けた現状に清々もしていないのだ。だが、今の彼には何を釈明しても無駄かも知れなかった。

 そんなとき、傍らのマユがつぶやきを漏らした。

 

「ステラお姉ちゃんの動き、鈍かったね」

「うん……。やっぱり、そうだよね……?」

 

 メーテルの考えを、口に出して代弁したのはマユだった。

 観戦していたマユの目線からも、今の戦闘は違和感のあるものだった。スティングを筆頭とする殆どはメーテルの健闘っぷりに目を奪われていたが、ステラのことしか気にしていなかった彼女からすれば、ステラが本調子ではないことを悟らざるを得ない──そんな戦闘内容になっていたのだ。

 そしてその違和感は、一人の〝ファン〟として、ステラを信奉するメーテルも強烈に感じ取っていたようだ。

 

「お姉ちゃんはまるで、なにかに怯えてるみたいだった」

 

 本人には聞こえないからこそ、メーテルはあえて言及する。

 ひょっとすると、ステラは恐怖心に足を竦め取られているのではないか。例の〝アカツキ〟によって刻み込まれた敗北が、ある種のトラウマになっているのではないか? ──と。スポーツ選手で云うところの、イップスのようなものではないか。手酷い経験──怪我やストレスなどの要因から、それまで問題なく出来ていたパフォーマンスが発揮できなくなるという。

 スティングは浮かれた顔から一転し、渋い面を浮かべた。

 

「オイオイ、なんだってんだ? それじゃ今のステラは、前よりも弱くなってるってことか?」

 

 身も蓋もないまとめ方だが、表現としては妥当だろう。少なくとも、メーテルはそう思う。

 ──あんなの、お姉ちゃんらしくない。

 ──戦闘の最中に、迷う、なんてことは……。

 そんなとき、アラートのドアが開き、当人がやってきた。

 

「あ、おつかれさま、ステラお姉ちゃん」

「……うん」

 

 端的な挨拶であるが、浮かんでいるのは釈然としない面持ち。

 ──誰よりも本人が、不調を痛感しているのか?

 その勝者らしからぬ表情に、マユ達はそれぞれに気遣う視線を送るしかなかった。

 

(……私が、頑張らなきゃ)

 

 決意を新たにするマユ。

 そんなとき、また別のドアが開いて入室してきたのがネオだった。

 

「首尾はどうだね?」

「──ネオ!」

 

 スティングとメーテルが声を上げ、彼に寄った。

 ネオは場にいるパイロット一同をゆっくりと一瞥すると、最後にステラに目を留めた。そんな彼女の目は、これまでとは違う微妙な色を孕んでいた。ネオの方から口を開く。

 

「話は聞いている。オーブでの戦闘の顛末、そして君が敗れ、その拍子に記憶が戻ったことも」

「…………」

「だからこそ改めて聞こう。なにか私に、云いたいことがあるかね?」

 

 彼とステラとの因縁。ヤキン・ドゥーエ戦役における、彼が行った数々の戦争犯罪について──しかしステラは、そんな過去から振り切ったように口を開いた。

 

「たしかにステラ達は、戦争で戦った。でもステラは、誰かと殺し合いがしたかったわけじゃない」

「────」

「だから、ラウが生きてたってことは……わるいことではなかったと思ってる」

 

 今後も含めた、彼の動向次第ではあるが。

 ステラから本心から、次のようにいった。

 

「だから、これからはステラ達に協力して。裏切っちゃいやだよ」

 

 念を押すようなステラの言葉に、ネオは頷いた。

 話を切り替えたのはスティングである。

 

「──ネオ、俺にも指導をつけてくれよ!」

 

 云うと、ネオは意外そうな顔を返したが、スティングにとっては本心だった。

 彼もまた、決意を新たに告げた。

 

「俺、思い直したんだ、オーブでな。意地張って、このまま弱ぇままなら死んでるのと変わらねえ──だからオレは死ぬ気で強くなって、今度こそ誰にも負けねぇパイロットになってやる」

 

 オーブでは拾った命──いや、救われた命か。メーテルがその力で助けてくれなければ、スティングは間違いなく死んでいた。

 ──俺には俺のやり方があると、そう高を括ってた。

 だが、現実はどうだった? 隊の中じゃステラの背を一番に追っていたつもりで、いつの間にメーテルにも抜かれていたのだ。そんな自分に今さら守るべきプライドはなく、だからこそ、初心に還らなければならない。

 

「マユ・アスカから聞いたぜ。今さらだが、俺に基礎からもう一度教えてくれよ!」

 

 ネオ・ロアノークが持っているものは、最も基礎的で、最も再現性が高い技術だ。特別な異能を持たない人間が、ヤキン・ドゥーエ戦役を生き抜くために実際に用いたもの。初歩的な教えと歴戦のノウハウに裏付けられた、たしかな御業なのだ。

 

「わ、わたしも!」

 

 マユもまた諸手を上げる。マユもまた彼の技術を師事したおかげで、オーブでは生き残ることもできたのだ。

 少年少女達からの純朴な希求に対し、ネオは笑んで云った。

 

「良いだろう。──だが、その前に」

 

 報告するべき話があると、ネオは云った。

 

 

 

 

 

 ネオ・ロアノークが持ち帰ってきたのは、地球連合の今後の動向に関する推察だった。艦橋には艦長のマリューをはじめ、パイロット達も召集され、ネオが今後の航路に関する検討を行っていた。

 

「──以上の根拠から、アウル・ニーダが強化人間として、件の新型部隊に配属させられたのは確実に思える」

 

 中立地帯で離別して以来、消息不明となっていた戦友の消息をようやく掴んだのだ。スティングとメーテル、ステラはそれぞれに反応を示した。

 

「アウル……あの馬鹿!」

「ねぇ、アウルを助けようよ、ステラお姉ちゃん!」

「うんっ……わかってる……」

 

 ステラは己の無力を呪う。またしてもアウルは連合の魔の手に改造され、強化人間とされていたのだ。

 ──彼を救い出す方法は、きっとあるはず……。

 あるはずなのだが、それが何なのか、今の時点では彼女には分からない。そんなとき、やや険しい声音で差し出口を挟んだのはムウだった。

 

「待てよ、クルーゼ」

 

 そうして彼は、厳しい口調で問いただす。

 

「そっちの事情は分かった。それで君達が、友人のアウルを連れ戻したいっていう気持ちも、俺達は理解するし、尊重してる」

 

 表向きの言葉とは裏腹に、だが、と彼は付け足した。

 

「だがその任務は、そこまでのリスクを犯してでもやらなきゃならないことなのか?」

 

 時折見せる、冷徹で苛烈な言葉がムウから発せられる。スティングが反感から噛み付こうとしたが、ステラが制するのが先だった。この場でムウがあえて問いただしている意味が、彼女にも分かっていた。

 ──彼らにとって、アウルはしょせん他人だ。

 つまり、アウルを連れ戻したいのはネオやステラの都合であって、ムウをはじめとする〝ターミナル〟の本懐ではない。現在は〝ターミナル〟の指揮下にある〝アークエンジェル〟をそのために持ち出すのは、いささか虫が良すぎる話なのだ。それが彼らにとって会ったこともない人間の救出のためなら、猶のこと。

 

「俺達は義勇組織だが、遊びでやってんじゃない。要するに、見返りは何かってことだ」

「見返り──見返りか。それとは違うが、これを見てもなお、きみ達はそう云えるだろうか」

 

 ネオは卓上のパネルを操作し、画面を切り替えた。そこには得体の知れない機動兵器の詳細なデータが書き出されていた。

 

「これは……?」

「連合が開発した新兵器、モビルアーマーといったところか。連中はコレを輸送し、北欧の都市(ベルリン)から順に、ザフトの勢力圏を焼き払おうとしている──そこで生活する民間人も含めてな」

「────!」

「ああ、先に云っておこうか。見返りなど無い。だが、きみ達はこの大量虐殺を黙って見過ごすことができるのか? その不親切、不誠実、非道徳が、きみらの良心が反しないかどうかこそ問題なのだ」

 

 試すような物言い、人質を取るような態度で、ネオは云った。気に入らない言い方であるが、彼は理屈と感情で人間を操作し、これにはマリューも怯んだように納得せざるを得ない。

 

「たしかに、これほどの兵器が持ち出されれば、罪のない大勢の人間が巻き込まれることになる……。彼の云っていることに間違いは無いわ」

「くそっ! なんて作戦を強行しやがる、連合め!」

 

 憎々しげな声が、どこからか上がる。

 見せしめというだけなら、ひとつの都市を焼くだけで済むはずなのだ。その場合、住民に対する避難勧告を出すかどうかは微妙な線であるが、少なくともひとつの都市を壊滅させ、それをメディアを通して喧伝してしまえば、同じ目に遭わされるくらいならと恭順の意を示す地域も出てくるだろう。

 けれども、連合はそれすらお構い無しのようだ。ただ大量虐殺を待ち遠しく思うかのように、彼らはいくつもの都市を踏み潰す作戦を計画している──そのような非道を、たとえ何があっても許すわけにはいかない。

 

「──出しましょうよ、〝アークエンジェル〟を!」

 

 マユが憤然として云った。

 おおよそ、通常規格のモビルスーツとは比にならない巨大兵器──おそらくは、先の大戦でステラが戦った〝デストロイ〟すらも凌駕する代物だ。あるいは、その後継品なのか。

 ほとんどの者が頷きかけたマユの言葉に、ネオは付け足すように続ける。

 

「積荷を載せた〝ボナパルト〟は、現在ロシア平原を移動中だ。いま計算してみたが、ここから発てば艦隊がベルリン市街に到達する前にコレを叩ける」

「私達の方から、強襲作戦を仕掛ける──ということですか?」

「──不服かな?」

「……ええ、専守防衛の理念に反します」

 

 マリューの云う通り、そのような先制攻撃は、オーブに通ずる専守防衛の理念からは遠ざかる。マリューは忌避するように尻込んだが、ネオは嘲るように「きみは軍人だった割に甘いな、ラミアス艦長」と云って揶揄した。

 

「これは戦争だ。みずから後手に回ることに意義など無い」

「────」

警察や軍隊(正義の味方)はな、悲劇が起こった後でしか役に立たない。きみ達はその事を理解していない」

 

 已むを得ない事情がある。専守防衛を唱える平和主義者が、彼らの信ずる正当で高尚な(・・・・・・)報復の言い分を手にしたときは既に、誰かが傷付けられた後だ。当然、そうなってからでは遅いのだ。

 

「だから我々から仕掛ける必要がある。今ならまだ、艦隊が山間部を経由している間に〝ボナパルト〟と会敵できる」

「……悔しいが、クルーゼの云う通りだ、マリュー。この航路ならバルト沿岸線からアズガルド山岳へ抜ける道、つまり、無人地帯で戦闘が行える」

 

 つまり、民間への被害はゼロで済ませられるとムウが云う。反撃の口実を手にするまで事を悠長に構えていたら、最終的にベルリンの大都市部での戦闘は避けられない。

 ──そうなれば、大勢の無辜が巻き込まれて死ぬ。

 ネオは地図を切り替え、現地付近の地図を拡大した3D映像を卓上に投影した。切り立つ断崖、白に覆われた土地、そして、海岸線にも隣する土地だ。

 

「会敵予測ポイントは〝リムナル・コースト〟──深い雪と霧に覆われた山渓部だ。高低差が激しく、見通しも効かない地点だが、それは裏表だ。殊に、射撃兵装を無数に装備した巨大モビルアーマーが相手ではな」

 

 見通しが効かないということは、身を隠す地形がそれだけ潤沢に点在しているということ。海岸線も近く、いざという時に(・・・・・・・)アークエンジェル(・・・・・・・・)が潜航を行って離脱するにも(・・・・・・・・・・・・・)困らない地点(・・・・・・)ということでもある。

 主力を務める〝アプサラス〟の他には、当然直掩も兼ねた〝ウィンダム〟や〝ダガー〟の大群も出てくるだろう。残る懸念は現地の天候──そして、敵パイロット達の強さに委ねられる。

 

「やろう」

 

 短く、ステラが決然と口を開いた。

 その目は強く、忘れられない情景の炎で焼かれていた。

 

「もう二度と、あんな悲劇を繰り返しちゃいけないんだ」

 

 それは、前回の戦争のような──という意味だろうか? 意図は分からないが、ステラは強い決意と共に言っていた。

 ──今度は、ステラの手で。

 ベルリンの大虐殺。あの惨劇を未然に防げるというのなら、ステラとしてはそれに超したことはないのだ。絶対に止めてみせると彼女は誓い、マリューもようやく、そこで頷きを返した。

 

「決まりね。──〝アークエンジェル〟発進させます」

 

 そうして、大天使は西に発つ。

 作戦のコードネームは『巨神墜とし(タイタンフォール)』──連合による非道を阻止するための強襲作戦だ。

 

「私達の全霊をもって、連合の悪逆を止めましょう」

 

 そして、それ以上の話し合いは、彼らには必要なかった。

 

 

 

 

 

 

 艦橋で待機していたタリアの元に、管制官のアビーが報告を寄越したのは、そのときだった。

 

「──艦長、司令部から特命コードです」

「そう。わかったわ」

 

 ──いずれ来るとは思っていた。

 タリアは胸の内で頷きかける。以前アトラに指摘されたが、指摘されるまでもなく、彼女は覚悟していたのだ。いつかこの日が、このような指令が自分の許に来ることを。

 タブレットを開き、改めて任務内容を確認するタリア。はらはらとした面持ちでアーサーが様子を伺っており、そんな彼にも分かるよう、タリアはあえて説明するように述べた。

 

「新しい作戦指令よ。『〝ミネルバ〟は直ちにユーラシア西部へ向かい、潜伏中のウィラード隊との合流後、〝アークエンジェル〟の討伐作戦を支援せよ』……」

「あ、〝アークエンジェル〟の討伐、ですか!?」

「ええ、『天使殺し(エンジェルダウン)』──それがこの作戦のコードネームよ」

 

 やはり動いたか、とタリアは確信づきながらデュランダルの怜悧な顔を思い浮かべる。あの疑り深い男が、不確定要素である『大天使』を黙って野放しにするとは思ってはいなかった。

 

「で、でも、なぜ急に、議会はそんな決定を?」

 

 アーサーは不可解そうだが、それは彼が鈍いからではない。単純に、デュランダルの人柄を知らなければ当然で──現時点で〝ミネルバ〟と〝アークエンジェル〟の関係は浅く、また距離も遠い。わざわざ優先順位を高めてまで討伐に向かう相手なのか疑問に思うのは、ある意味で自然な反応だろう。

 しかし電文には、しっかりとこう記載されてある。タリアは丁寧に反復した。

 

「『戦後、国家間協定により廃棄が約束されたにも拘わらず、あろうことか復元され、その目的も示さぬまま戦況を混乱させる〝アークエンジェル〟──あまつさえザフトの軍事機密である〝カオス〟〝ガイア〟〝アリアドネ〟まで持ち出したコレを、放置できぬ脅威と見なし、今後の情勢を鑑みて取り除く』──まあ、言い分としてはもっともね」

 

 少なくとも、強奪機の存在をちらつかせれば、ザフトの体裁は保たれると睨んだのだろう。なにせ、その点についてはタリアも疑問に思っていたことなのだ、なぜ連合に奪取されたはずの機体が〝アークエンジェル〟に──オーブに流れ着いたのか。

 しかし、その辺の小難しいことは政治家の考える仕事であって、やはり前線で司令を受けて戦う自分達の領分ではない。タリアはあえて思考を放棄し、ただ議会に──否、デュランダルに命じられたことのみを遂行する。

 

「始まるわよ、私達の仕事が」

「艦長……!」

「〝ミネルバ〟発進準備! これより西へ進路を取り、逆賊たる〝アークエンジェル〟討伐に向かいます」

 

 タリアの脳裏に、瞬間、黒髪の少女の顔が蘇る。

 オーブで生まれ、期せずして〝ミネルバ〟で一時を過ごした幼気な兵士──マユ・アスカ。おそらくは〝アリアドネ〟を異邦に持ち去った張本人にして、ザフトを脱走した謀反人だ。

 

 ──決着をつけるときが来た。

 

 〝ユニウスセブン〟の破砕作業では、間違いなく地球を救った功労者の一人。彼女は人として正しい行いをし──しかしながら、正しさだけでは分かり合えないこともある。殊に、戦時では。

 

(アトラには悪いけど……)

 

 脱走兵には引導を渡す──

 それが軍の決定であり、ならばその決定に従うことが、正規兵達の勤めだ。

 ──その〝損〟とも云える〝名誉〟な役割は、きっとアトラに回るのだろう……。

 そんな確信が、タリアにはあった。

 アトラという少女は、今やザフト全軍──ひいては〝プラント〟全土の期待を背負わされてしまった、次世代を担うトップエースなのだから。

 

 

 

 

 

 

 発進準備が急ピッチで進められる〝ミネルバ〟のデッキで、アグネスは次々と搬入されてくる巨大物資を見上げていた。形状としては〝インパルス〟のフォースフライヤーを参考にしたものだろう、四基の(カナード)のついた目新しい装備が、そこには運び込まれてきたのだ。

 

「へえ、これが〝ザク〟の新しいフライトユニット?」

 

 物珍しげな目で問うアグネスに対し、随伴のメカマンは云った。

 

「ええ、開発部(われわれ)が不眠不休で製作した新造品ですよ。設計担当は〝ミネルバ(そちら)〟のデンソン女史が」

「──。ふうん、あのコ、あんなのも作れるんだ」

「それはもう、素晴らしい設計でしたよ。マニュアルには僕も目を通しましたが、感服しました!」

 

 ──なんでも、これをもって〝ザク〟は殆ど〝グフ〟と同じ大気圏内飛行性能を有するようになるそうだ。

 ほとんど退屈凌ぎ、面白がるつもりで声を掛けたアグネスだが、まさか、そこでライバルの名前を持ち出されるとは思ってもみなかった。しかも手放しで賞賛され、それがなんだか面白くない。

 

「いやーホント、〝インパルス〟のパイロットなんて辞めて、ウチの開発部門に残って欲しいくらいですよ」

 

 それは冗談めいているが、メカマン達の本音でもある。興奮気味に、惚れ惚れとして話す男の無駄話にはそれ以上付き合わず、アグネスはふんと鼻を鳴らすと、無言でその場から踵を返した。

 

「なによ、あんなの作って点数稼ぎってわけ? まあ、引きこもりのメタオタクちゃんにはお似合いの仕事だけど」

 

 アグネスはみずからのライバルを貶すことに、一切の抵抗や躊躇など憶えない。

 ──だいたい『機械いじり』が趣味の女なんて、いかにも陰気そうなヤツのやることではないか。

 偏見と差別に塗れた黒色の発言であるが、その点で考えれば、一方の自分は明るくて社交的な性格だ。誰からも敬われ、実際に大勢の士官達(主に男性陣)から可愛がられてもいる──それは天と地ほどの人間力の差ではないのか?

 ──なのにどうしてアトラだけが、軍にも、議長にも気に入られている? 

 ますます気に入らない! 怒り心頭で踵を返した彼女だが、そうして訪れたレクリエーションルームには同期の全員が揃っていた。仏頂面で口を開く。

 

新装備(フライトユニット)の搬入が終わったみたいだから、報せにきてあげたわ。……まあ一応、感謝はしてあげるわよ。あれでアンタとふたり、空を駆けずり回らなくて済むわけだし!」

 

 少なくとも〝ザク〟が空中支援機として活躍できる分、アトラとアグネス、二人の負担は大いに減る。

 最後には嫌味を付け足すことも忘れないアグネスであったが、もはや御愛嬌だろう。話しかけたアトラには、同レベルの嫌味で返されることは目に見えていたが。

 

「珍しく気が合うね。そうならなくて、私もほっとしてるよ」

 

 ジブラルタル基地の技術開発部門は、アトラのオーダーに全力で応えてくれたというわけだ。

 アグネスはさらに連絡を続けた。

 

「グラディス艦長からは、次回の出撃から『二機一組』のバディを組むよう、新しい指示が下されたわ」

「ああ、さっき聞いた。でも、それっていったい何の意味があるわけ?」

「さあ?」

 

 ルナマリアは疑問がる。だが、先日アトラがタリアと個人的に会話した所感としては、タリアはタリアでパイロット達の間に横たわる不和を問題視していることが分かっている。

 まあ艦長として当然の懸念かも知れないし、だからこそ、その『二機一組』の編成──なんでも軍用語で『M.A.V(マヴ)』と云うのだそうだが──を導入し、パイロット達の関係改善の一手としようという狙いがあるのかも知れない。

 だが、アトラに云わせれば無駄である。

 

「そーゆーわけで、ルナはあたしが貰うから」

 

 ──結局、アグネスはルナマリアと組むからである。

 早い者勝ち。真っ先に指名されたルナマリアはきょとんとしていたが、アグネスは勝ち誇るような顔でアトラに告げた。

 

「あんたはレイと、根暗(ネクラ)同士くっついてなさいよ」

 

 露骨に愚弄され、アトラもカッとして言い返す。

 

「勝手にしなよ。もっとも、戦場じゃ仲良し『ごっこ』は通用しない。薄っぺらな友情(・・・・・・・)なんて、すぐ剥がれるのがオチだよ」

「──何ですって!?」

「やめなよ、もう!」

 

 険悪を通り越して暴力沙汰になる寸前、そこに割って入ったのはルナマリアだった。呆れた様子で二人に云いつける。

 

「おかしいわよあんた達、同じ部隊にいるだけの敵!?」

 

 奇異な表現であるが、少なくとも、二人が互いを〝味方〟だと思っていないことだけは本当だ。アカデミー時代でさえ、ここまで苛烈な──いや、壊滅的な間柄ではなかったというのに!

 

「レイも、ほら! 黙ってないで、なんか云ってやってよ、二人に!」

「……いや」

 

 ──俺には関係ない。

 そう云わんばかりのいつもの調子でレイは応じ、ルナマリアはまたも深くため息をついた。

 

「はあ……とにかく、その戦術の検討も含めてミーティングしなきゃだから、ここはひとまず二班に別れましょ」

「ああ」

 

 レイの了承を受け、ルナマリアは場の空気を変えるようにアグネスを連れ──というか、出て行かせるためにレクリエーションルームを後にした。あれは彼女なりの気遣いだったのか、アトラは微妙な心持ちになるが、残されたレイに対しても彼女は云うことがあった。

 

「ごめん、レイ。私と組むことになって……」

 

 改めてレイの方を向き直り、会釈する。

 ──貧乏籤を引いたとは、思われていないだろうか……。

 それがアトラの懸念。もしかしたら、レイは自分なんかと組みたくなかったかも知れない。アグネスはきっと無いと思うが、彼もルナマリアと組みたかったかも知れないのだ。

 そのときのアトラは、さながら怯えた子羊のようであり、虐めを受けていた当時の様相そのものであった。

 けれども、そんな彼女の不安と恐怖に、レイはきっぱりとして云う。

 

「気にするな。俺は気にしてない」

 

 少なくとも、それが彼の本心である。レイはいつもの淡泊な様子で、だが、いつものように堂々と云ってのける。「それに──」と。

 

「お前が懸念するほど、そう悪い編成(もの)ではない。少なくとも、俺にとってはな」

「……? それってどういう」

 

 彼にしては珍しい饒舌に、アトラは唖然として相手の表情を窺った。まあ無表情ゆえに何も読み取ることは出来なかったわけだが、レイは少しだけ柔らかな雰囲気で、事実を差し出すようにアトラに明かした。

 

「お前の方が、優秀だからな」

 

 一言に、アトラは固まった。

 これはもしかすると、励まそうとしてくれてる……のだろうか? 不愛想なレイらしからぬ気遣い? それとも、彼は彼なりに意地を見せているのか──

 

「──あっ(・・)そう(・・)……?」

 

 自分でも間抜けなのではないかと思えるような声が、口をついで出た。レイにとっては何気ない一言、ただ意見を云ったに過ぎない。だが、それによってアトラは救われた思いになったし、昂然とした様子で態度を改めることができた。

 

「じゃ、じゃあっ、私達もミーティングしようか? 設計者として、新しい〝ザク〟のフライトユニットの解説から始めても良いよ!」

「ああ、頼む」

「え、えへへ……。じゃあまず、コレなんだけどね──」

 

 どこに持っていたのか、アトラは重たい仕様書をドン! と取り出し、デスク上に広げると、恥ずかしくなるくらいの有頂天で事細かな解説を始めた。

 ──耳が熱い。

 アトラ自身、顔も大いに紅潮しているのが分かってしまう。だがレイは変わらず氷のような端正な面持ちで、真剣に彼女のプレゼンテーション──それも、難解高度な専門用語を遠慮なく交えての、だ──に耳を傾けてくれていた。

 たったそれだけのことだが、どれほど彼女にとっては有難いことなのか。百万の味方を得たような興奮が、そのときのアトラの胸を満たしたのだった。

 

「ありがとうね、レイ」

 

 ミーティングを終え、アトラはほっとしたように一息をつく。

 ──アグネスが現れて、さっきまで息苦しかった空気……。

 しかし、レイとの時間を終えてからのソレは、さっきと違って、そう悪いものではなかった。

 

 

 

 

 

 あたたかな思いが、胸を満たした。

 そんなことがあった、その直後だった。

 

 

 

 

 

 

 タリアからの指令を受け、アトラはその柔らかだった表情を一変させた。

 

『約束は憶えているわね? あのときの発言、撤回なんて許されないわよ』

 

 つとめて酷薄に迫ったタリアに対し、アトラは強張った顔で「ハイ……」と応じていた。

 約束──それは先日、そう、ほとんど昨日のことのように思える直近、タリアに向けて宣言したことだった。もし議会から正式な討伐命令が下された場合、アトラ自身の手で〝アリアドネ〟を──親友であるマユ・アスカを討つと、彼女はこの上官に言明した。

 

『……それが、軍の決定なら……』

 

 まるで、意志なき機械人形のよう。

 ──己の『才能』を捧げ、費やす先を探すかのように。

 少女はそうして、戦場へ送られるのだ。当人の意志などは置き去りにして。

 

 





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