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「ねぇねぇ、お姉ちゃん」
ジブラルタルへの航路を取っていた〝ミネルバ〟艦内で、非番だったルナマリアが海を眺めて休憩しているとき、メイリンが彼女を探してたように声を掛けてきた。
「何の話?」と風に吹かれながら返すルナマリアに、メイリンは嬉しそうに切り出した。
「さっきね、どうせ
「何やってんのよあんたは……」
「あっ、だいじょーぶだいじょーぶ、違法なことは何もやってないから」
──この妹ときたら……。
心配になる姉をよそに、メイリンは朗らかに云う。
「でね、でね、たまたま見つけたんだけど──どうやらアトラ、表彰されるみたいなんだって」
「──え? なんで?」
「『個人的に戦績著しく、軍への貢献がなんとか』──って、まだ非公開だけど、軍のデータには、そう……」
非公開のデータを勝手に開示して読み漁るメイリンもどうかと思うが、突っ込んでいたら話が進まないと思ったのだろう、ルナマリアは怪訝がった。
「そんなこといったって、その
評議会からの勲章とは程遠く、当人は今は営倉の中だ。
──いったい、何がどうなっているのだろう?
ルナマリアの眉が、混乱で寄って離れなくなった。
「いったい、どういうことなんです!?」
例の議題についてだろう。艦橋ではタリアが通信を開き、ジブラルタル基地とのコンタクトを測っていた。通信相手は国防委員長のハリ・ジャガンナート。訳あって本国を離れ、今は地上の基地に降り立っているようだ。
〈どうもこうもあるか! それはこちらの台詞だぞ、グラディス! よもやアトラ・デンソンを営倉送りだと!? 何を馬鹿な真似をやっている!?〉
何が馬鹿なものか! と、相手さえ選ばなければ、タリアは吐き捨てたい気持ちに駆られる。だがここは、つとめて冷静に報告を続けた。
「軍法上、措置は適当なものでした。彼女は私情で軍規違反を繰り返していますし、私が懲罰房入りを命じてから三日──本人に反省の色は……見えません」
事実だった。頭を冷やすどころか、当番で食事を届けに行ったアグネスに噛みついたとの報告まで受けている。たぶん、アグネスも要らんことを云って彼女を煽ったのだろうが。
「ですから今、ちょうど司令部に決裁を仰いでいるところで──」
〈──決裁だと、何を云っておるのだ? 処分どころか、彼女には叙勲が決まっていると云っている!〉
「……本当なのですか……!?」
〈なにかおかしな点があるか? 彼女のこれまでの我が軍への貢献を鑑みれば、当然の褒章だ〉
ジャガンナートは、心酔するデュランダルに指示された通りを口にする。
〈デンソン女史の功績は、それは凄まじいものだ〉
ジャガンナートは、改めて整理をつけるように聞かせる。
新兵でありながら、初陣からこっち、多大な戦果を挙げ続けるザフトのトップガン。ユニウスセブン破砕作業への貢献は勿論、ジブラルタル防衛戦では連合艦隊を叩き潰し、その一騎当千の活躍から終戦を期に失踪したザフトの英雄──『アスラン・ザラの再来』との呼び声も高い。
そして、そのようなパイロット業務のかたわら、優秀な設計技術師として新兵装の開発を主導。彼女が設計した〝スカイリフト・ウィザード〟の
まさに二刀流の活躍。軍部の総統として、これを評価せずになんとする? ジャガンナートは鼻高々そうだ。
「そんなことが……っ」
彼は当然のように語るが、タリアにとっては寝耳に水だった。
〈たしかに『エンジェルダウン』作戦では期待していた戦果は挙げられなかった。だが、たった一度の失態で彼女の戦歴に瑕疵が付く筈も無い。検討会でも様々な議論が為されたが、君らの提出した報告書を見る限り、
ジャガンナートも国防委員として、全てのレポートに目を通した。状況から察するに、アトラが本気を出して挽回する頃には孤軍が過ぎていた。
時間にしてそう長くはない戦闘作戦だった。それでも中盤に差し掛かる頃には周囲の友軍が消耗していて、それだけで情状酌量の余地は有るとの結論が下されたらしい。
〈寧ろ〝
ジャガンナートは鼻白むが、根拠がないわけではない。
映像記録から判別する限り、〝インパルス〟と交戦した〝アリアドネ〟の『強化形態』は、しかし、大量のミサイルの消費と共に武装数が脱落していく構造になっていた。つまりは極端な話、すべてのミサイル攻撃を凌ぎ切ってしまえば、敵の戦闘能力は先細りし、後になって現れるのは
〈──そこに〝インパルス〟の勝機があった〉
付け加えられた言葉を聞いて、タリアははっとした。
『──私はまだ戦えた!』
当時はほとんど怒りに任せていた、アトラの訴え声が脳裏に蘇る。
タリアは考えつかなかったのだ。どうして彼女が、戦闘の真っ最中での補給──本来なら望ましくない──シルエット換装やデュートリオンチャージに、あそこまで強く拘ったのか。その真意を、そのときやっと理解してしまう。
──逆転、できたからだ。
少なくとも、アトラ自身は逆転の芽があることを充分に理解していた。
弾数の都合上、どうしてたって短期決戦を急がなければならなかった〝アリアドネ〟に対し、遠隔での補給手段を持つ〝インパルス〟は長期決戦に持ち込むだけで良かった。
そもそも〝アリアドネ〟によるミサイル攻撃というものは、やはりフェイズシフトに対しては効果は薄い。全く効果が無い訳ではないが、結局は〝インパルス〟の装甲材を貫くほどの脅威では無く、出来ることはモビルスーツのバッテリーを摩耗させるまで。
そして、そのような装甲材がアトラ自身と〝インパルス〟の両方を〝保護し続けてくれる〟と理解した上で、あえて劣勢に回ることを選んだとしたら? 敵がミサイルを撃ち尽くすまで、道化のように翻弄される戦術を採択したのなら──? そのような作戦は、果たして
──いいや、云えはしない……!
タリアは改めて理解する。それは〝インパルス〟ならではの、捲土重来の戦法だったのだ。
アトラは〝アリアドネ〟に搭載された追加兵装の構造的弱点をすぐに見抜き、己が勝つための長期戦法を採択した。そして──それに気づかぬ自分が、彼女の作戦を握り潰した……。
『あなたがたが弱いから!』
その反感に気づいたとき、タリアは蒼然とした呟きを漏らしていたという。
「すべては、私の判断ミス──と?」
〈グラディス、誰もそうは云っておらん〉
一応のフォローのつもりだろうか、ジャガンナートはたしなめるように云った。
〈これらは全て事後的な、後からならどうとでも云える我々の難癖だぞ? ザフトの原則は現場主義であるし、云ったではないか──仮に〝インパルス〟の補給が通っても、周りがくたくたではどうにもならん。エースひとりが蘇ったところで、全体として勝ち切れたかどうかはやはり微妙だ〉
──故に『撤退』という、君の最終判断を責めるつもりない。
ジャガンナートはそれ以上に追及する気はないらしい。その表れか、肩を大仰に竦めてみせた。
〈だが弾無しの〝アリアドネ〟一機程度なら、彼女がその場で持っていってくれたろうさ〉
白々しく紡がれていた今までのねぎらいは兎も角、そうして付け加えられた一言だけは本音だった。
──なるほど、作戦の成否は兎も角、一機くらい墜としておけ……と。
そういう意図で、彼はこの糾弾を続けたかったらしかったのだと、タリアは思い知った。
〈とにかくだ!〉
国防委員長らしい、峻厳な顔を取り戻して男は云う。
〈彼女は規格外の器であり、その戦闘力は並のザフト兵数一〇と引き換えてもなお足らん。その認識は我々の総意であるし、この際だから
指揮官なら上手いこと飼い慣らせ。その尊大すぎる物言いに、タリアは愕然とした。
──些事?
あの反抗的で、ともすれば非文明的な振る舞いまでし始めた問題児を、些事と捉えろというのか、上は?
「しかし……!」
タリアはやはり口籠る。軍において、そのような特別扱いが罷り通っていいはずがないと思ったのだ。
タリア自身、もちろんアトラに対して厳罰や極刑を求めた訳ではない。ジャガンナートの云う通り、アトラは優秀なパイロットであり、有能な設計技師であり、平時でメンタルさえ安定していれば、部下の中でもかなり扱い易い部類の少女だった。たしかに、そのメンタルが決定的に壊れ始めているのも、自分たち上級官のケア不足だったと今は反省している。それ故に、司令部には一定以上の恩赦と温情を期待して働きかけたのも事実だ。
──それでも、規則は規則である。
──軍規違反に対しては、やはり一定以上の罰を与えるべきではないか?
少なくとも、不問だけは許してはいけない。そうでなければ、アトラはその特別待遇をスプリング・ボードにして、やはり『自分が正しかった』と増長する結末になるだろう。まあ実際、彼女の方が正しかった──ああ、
〈これは総意だと云っている! わかるな!?〉
ジャガンナートは厳然と言葉を続けた。
〈日程もすでに決まっている。よもや英雄叙勲を営倉の中で執り行う気か? 彼女は早急に牢から出しておけ、わかったか!〉
云いたいことは云い終えたのだろう、それきり通信は切れる。
真っ黒になった画面に向けて、タリアの「……了解しました」の返事。だがその返事は、口にするだけでもひどく苦かった。
副長のアーサーを立ち会いにつけ、タリアはジャガンナートに指示されてすぐに営倉に向かった。薄暗い通路に、鉄格子で区切られた小部屋が並んでいる。
アトラは、その最奥にいた。収監当初は手前の房に入れられていたのだが、アグネスと一悶着を起こしてからは最奥に移され、わざわざ足を運ばなければ会話が成り立たない暗闇に押し込まれたのである。
タリアは鍵を持って、そこに寄ってゆく。
「──処分は出ましたか?」
日の差さぬ暗闇から、端然とした声。
来客を認めてから開口一番、落ち着きを取り戻したというより、諦念すら感じさせる声音でアトラが訊ねてくる。
問いに対する解答を持たず、タリアは沈黙をもって答えるしかない。馬鹿にしたような声が返ってくる。
「その様子じゃ出なかったみたい──まあ出ないでしょうね」
──前の戦争以降、ザフトは慢性的に人手不足ですし。
「何より司令部には、私のことを分かってくれる人が居るみたいですから」
「……その司令部からで、あなたには、ネビュラ勲章が授与されるそうよ」
「ほんとうに? わあ、うれしー」
形式的な言葉を選んだのは、この期に及んでアトラとの個人的な会話が成立するとは思っていなかったからだ。とはいえ、云われた方も感動もなげだったが。
鍵を開け、釈放されたアトラは会釈だけして牢を出る。タリア達が気まずげに続いたところ、廊下に出ると、アトラの同期達が待って迎えていた。
「アトラ!」
「出れたのか!? 良かったよなァ、おまえ! ああもう、心配したァ!」
「ヨウラン、ヴィーノ」
タリアの懸念など露知らず、少年達は無邪気に喜んでいる。
「それより凄いな、勲章だって!? ホント面白いやつだよなー、おまえ!」
「ほんとほんと! 危うく牢の中で、それを受け取るとこだった訳だもんな?」
「その場合ってさ、どーなんの? 議長とかお偉方も、一緒に牢の中に入ってきてくれんの?」
「なにそれ、笑える!」
能天気に交わされる会話が気分を逆撫でする。タリアは折を見て、その場を後にしようとした。すぐ背後から、アトラによって呼び止められるまでは。
「いろいろご迷惑おかけして、すいませんでした。もう大丈夫です」
慇懃なその口調さえ、こちらを侮ってのものに聞こえる。いや聞こえるだけではない。実際に彼女はこちらを侮っており、目がそのように云っていた。
「でも、これで証明されましたね。あなたの云う正しさが全てじゃないって」
「アトラ! 口を──」
その不遜な物言いは、とても上官に対してのものとは思えない。アーサーがはらはらしながら彼女を制しようとする。
「いいのよ、アーサー」
諫めるタリアであるが、云われる覚悟はできていた。
同時に、このときに改めて理解したという。
──これは、人質だ。
ザフトの原則は実力主義。
軍はアトラの才能を切り捨てられず、だから規律よりも、彼女の能力を優先した。彼女の実力と実績が、全てのルールを、まるで魔法のように簡単に捻じ曲げてしまった。
やはりタリアは、司令部の決定にあらためて疑問を抱く。こんなことがアトラにとって良い筈がない。これでは彼女は、自分の態度を思い直す機会さえ失ってしまう──
「ねえ、
「艦長」ではない──
微妙な思考の沼に沈むタリアに、ほとんど不意打ち──不意打ち的に、アトラは声をかける。タリアは振り向いて「何でしょう」と応じる。
「不躾な質問をしても?」
「内容によります」
アトラは遠慮なく訊ねた。
「私には本当に疑問に思え始めた事なのですが。あなたという人は
「────」
「デュランダル議長は本来、能力によって仕事や評価をなさる方でしょう? ──私生活とは違ってね」
その質問は当然のように許容値を超えた。その瞬間のタリアは我を忘れた。その皮肉に込められた意図に、真っ黒に目が眩んだのだ。
──泥棒猫。本来その地位に立つべき人間から、職を奪った浅ましい売女。
激情により、視界が閉ざされる。そのまま彼女は、我を忘れてアトラを────
「えっ? 艦長……?」
────いや、大層なことをしでかす前に、アーサーの声によって我を取り戻す方が早かった。普段から飲み込みが悪く、理解が一拍遅れるアーサーであるが、今回ばかりはそんな彼に救われたとタリアは感じた。
…………そうでなければ、自分はアトラに何をしていたか分からなかった。
「そ、それはー。……どういう意味なのでしょう?」
「……何でもないのよ、アーサー」
『タリア・グラディスは色仕掛けで艦長職を手に入れた』──
軍部のあちこちで実際に飛び交っているらしいこの噂話であるが、まさか、部下の口から直接叩きつけられるとは思ってもいなかった。
しかも、タリアもこの場では弁明など出来なかった。善良さと純朴さを極めているアーサーの手前、こうも下衆な話などできるものか!
──ああ、打算が無かったわけじゃない。
少なくともタリアにとって、デュランダルはベッドに〝誘ってみたい〟と思わせるタイプだった。彼とはいつの間にかそういう関係になり、その結果、たしかに彼の手から新型の艦長職を与えられた。別にねだったわけでもなかったし、その実力もあると自負していた。云ってしまえば、結果の方が勝手についてきたと思っていた。
それがいけなかった。最後にデュランダルを部屋に招き入れたのは、たしか〝ユニウスセブン〟の落下が報告される前の晩のことだったか。
──見られていたというのか? アトラに?
決定的な反論の言葉もなく、ただ呆然と見つめ返す事しか出来なかったタリアに、アトラは冷笑を叩きつける。こちらに対する敬意すら見失ったように告げてくる。
「ああ、やっぱり良いです。いや、決して良くはありませんが。今の反応で、私が知りたかったことはちゃんと知れました」
沈黙こそ解答であり、それで結構だ。一回りも、二回りも年下の存在でありながら、アトラは堂々と値踏みの視線を投げかけてくる。
──色を使って権力者に取り入った?
ああ、その行為自体は別に構わないのだ。その程度の『営業』なら、古今東西どこの世界でも繰り返されてきただろうし、云われてみれば〝ならでは〟の処世術なのかも知れない。可愛げの無い自分には到底できない手法だとは思うが、同性として嫌悪はすれど、アトラは別に批難するまではいかない。
──たとえば、アグネス。
個人的には嫌いだが、彼女の面の皮の厚さは称賛に値する。彼女が〝ミネルバ〟へ異動してきたのも、組織の高官らに愛想を振り撒いて小狡く立ち回った部分が有るだろう。目的のためには手段を択ばず、外聞をも捨ててその道を貫くのなら、それはそれで一つの在り方だ。
しかし、この程度の指摘をされたくらいで逆上するようであれば、やはり話は別なのだ。アトラは死んだ目をして告げる。
「どちらかならば私は受け容れられた。利用できるものは利用させて貰ったと大っぴらに開き直られても、そんな噂は事実無根で地位に見合った実力を持ってるのだと言い張られても。どちらにしても、私のこんな愚かな質問など付け入る隙は無かった。あなたは部下の私にこんなことを言われる筋合いではなかった」
──要はあなたは、堂々と胸を張っていれば良かった。
「けれどもあなたは返答に窮した。であれば、あなたはどちらの役にも徹することが出来ないようです。あなたは己の歪さを自覚していて、心の中にやましい事が有るのだと、自分で後ろ昏いことをやっているのだと、よりにもよって私に自白したようなものだとは思いませんか?」
そうであるなら、アトラの方こそ決裁を下す。タリア・グラディスは、どこまでいっても中途半端な女だと。
そんなんだから、家庭を持ちながら元カレとの色欲に走るのだと。
「そんなんだから負けるんですよ、あなたは」
そして彼女の周りには、この程度の批判をしてくれる人間は居なかったらしい。
──どうせ誰も気づかないだろう。気づいたとしても、言及まではしてこないだろう。
そんな甘い考えで議長を誑かし艦長の座に居直っていたのなら、彼女の方こそ部下という存在を舐め腐っている。
少なくとも、アトラが敬意を払うのは相手がどんな椅子に座っているかではない。相手がどのような人物であるか、己が敬意を払うに値する人間かどうかだ。
しばしの沈黙。侮りきり、興味を失ったようにアトラは踵を返した。
「私の用はこれで済みましたので、失礼します。部屋に戻ってシャワー浴びたいですし、久々にお化粧でもして、名誉の叙勲式に備えますよ」
わざとらしく呑気に紡がれる言葉に、周囲の誰もが唖然として物を云えなかった。やはりアーサーが一拍遅れて反応する。
「えっ……? かっ艦長、よろしいんでありますか? あんな好き放題……」
皮肉の意味こそ理解できなかったアーサーだったが、明らかな侮蔑的態度は目に余ると感じているらしい。友人として出迎えに上がったはずのヨウランとヴィーノでさえ、今では引き攣った顔でアトラから距離を置いている。そしてタリアも、このとき既に返す言葉を持ち合わせていなかった。
──というより、もう誰も。
この艦には既に、力ずくでアトラの頭を押さえられる人間はいないのだ。組織の縦割りとしてはタリアの方が上位でも、弱味に漬け込まれた自分は、その資格を事実上永久に失った。
当然だった。恋人との快楽に甘え、そればかりか
「…………」
アトラは今後も一人勝ちを続けていくだろう。あるいは自分が余計な指示を差し挟まない方が、彼女はその本来的性能を発揮して、戦場で唯一無二の鬼神となれる。少なくともジャガンナート、デュランダルは、その神懸り的な『性能』こそを期待している。
しかし同時に、こうも思ってしまうのだ。
それではまるで戦わせるためだけに、この少女を解放したようなものではないか──と。
「もう、手に負えないわ……」
──とんでもない問題児。
とまで云ってしまうのは、大人として悪しざまが過ぎるか。
だが少なくとも、タリアはついにそう認識してしまった。これまでアトラが関わってきたごく普通の──彼女のことを不気味がった──大人達と同じように。
「──え? うそ、ほんとに不問だってわけ?」
ジブラルタルへの入港後、キャットウォークからモビルスーツの整備作業を眺めていたルナマリアに、メイリンの方からゴシップが告げられた。
嘘だろう、と、ルナマリアは思わずメイリンの顔を見返した。
艦長への反抗的態度で営倉に叩き込まれていたアトラであるが、そんな彼女が評議会からの決済の許で『不問』になったと通達がいったのだ。傍らにはレイもいて、同じく〝ザク〟の整備工程を見ている。メイリンがミーハーな口調で話す。
「うん、いまごろ基地のお偉いさん方に囲まれて、ひとり授与式だって! なんか凄いよねー、ここのところのアトラ。なんていうか、トップエリート街道をまっしぐらってカンジ?」
ルナマリア達は逆に留守番を食らっている訳だが、呼び出しが掛かったのがアトラだけということであれば仕方が無い。レイが思っていることを口にした。
「まあ勲章に値する働きはしているだろう、アトラは。同じことはできんよ、俺にも、誰にも」
「へー、なんか意外。普段無関心なレイが、誰かの肩を持つなんて」
珍しいこともあるものだ、とメイリンは付け加えた。
ルナマリアが続ける。
「けど、あんまり『スーパーエースだから何やってもOK!』みたいになると、不満だって出るわよねー」
「……お前は不服そうだな、ルナマリア?」
レイは事務的に云った。ルナマリアは空を仰ぎながら云う。
「別にぃー? こないだ〝ザク〟で押し止めた拍子にものすごい剣幕で怒鳴られたこととか、べつに根に持ってるわけじゃないしー?」
「怒鳴られたのか?」
レイは気づかなかったらしいが、ルナマリアはハッキリ「邪魔だ」とまで云われたのだ。
内容が内容であるからか、レイにしては珍しく、今回ばかりは親身に話を聞いてくれる。
「しかし根に持っていないのなら、それは殊勝なことだな」
「──ってレイ、そこは男として、傷心中のお姉ちゃんを慰めてあげるところでしょ」
「根に持ってないと云わなかったか?」
レイは不思議そうに漏らす。ルナマリアはひとりでにツッコミを入れた。
「女が〝根に持ってない〟って云ったら、それはもう十中八九〝根に持ってる〟って意味なのよぉ。平気な顔で〝何でもないよ〟って云われたら、それはもー〝どえらいことが起こってる〟って意味なのよぉー! プリンとかケーキとか大急ぎで買ってきて、こっちの気が済むまで話に付き合ってあげなきゃいけないものなのよお……」
「ウンウン」
「俺が女に見えるか?」
つまりは理解できないという意味か。
──駄目だこりゃ。
ルナマリアは額を押さえ、そのまま手すりにがっくりと突っ伏した。この鉄仮面を貼り付けたような朴念仁に、紳士的な神対応を期待するだけ無駄らしい。
レイはほとほと困ったという様子で返してくる。
「俺にどうしろというんだ……。プリンで良ければ買ってくるが?」
「やーね、ただの例え話でしょ。──え? いいの?」
ルナマリアの目が輝いた。
「あっ、お姉ちゃんだけズルい。私も食べたい」
メイリンの目も輝いた。
……まあ、それはそれとしてだ。
「そりゃ、根に持ってるって云い方はアレだけど──なんていうか最近のアトラ、変わったよね。ほら、前はあんな風じゃなかったじゃない? 最近は特になんか、近寄りがたいっていうか……」
手摺に肘を預けながら、ルナマリアは奇異の念を訴えた。彼女の方はアグネスのような嫉妬心や敵意まで向けているわけではないが、あえて表現するなら、それは隔意だろう。ルナマリアは言及を続ける。
「出迎えに行ったヨウランとヴィーノも、グラディス艦長と正面から
寧ろ異常事態よ。
そう云わんばかりのルナマリアだが、レイはいつものように淡として云った。
「俺にはどうでもいい。俺達はザフトのパイロットだ、アイツほど強力な味方が隣に居てくれるなら、俺はそれで良い」
「それは……そうなんだろうけど」
たしかに、レイの云っていることも分かる。
そう、自分達は軍人だ。学生気分で仲良しこよしをやっている訳ではなく、これは仕事で、やっていることは戦争なのだ。
「でも人間関係って、それだけじゃない気がするのよね」
これまでの話をしても仕様がないのかも知れない。だが、そんなアトラだってアカデミー時代は周囲とそれなりに上手くやってこれたのだ。ルナマリアは改めて、彼女の隣にいたマユが抜けた穴の大きさを実感する。
「私はまだ、そんな風には割り切れないや」
やるせなさを露に、呆然と呟くルナマリア。メイリンも吊られたようにため息を吐いた。
──ああ、それはそれとして。
そのあと本当にレイが購買に行ってくれ、三人で揃って食べたプリンの味は美味だった。
「生化学データのチェックは!?」
「待ってください! いま──」
「ダメだわ、酸素マスクを!」
医療基地〝ネレウス〟に到着するなり、〝アークエンジェル〟の通路は戦場のような雰囲気で殺気立っていた。
「急患です!」
それもこれも、アウルの容態が限界を迎えつつあったからだ。
もう、どうにもならない……! 事情を知らない者らが見ればそう諦める段階まで衰弱した彼の体は、ほんのつい先日、老衰で亡くなったネオ・ロアノークの後追いをしようとしていた。
すでに〝ネレウス〟基地の方には連絡が行っている。艦がドッグに接続されるやいなや、ハッチの方から医療要員が駆け込んでくる。よく見ると、そうして迎えに上がったのはハリーだった。
「きみ……!?」
「……あっ」
元〝アークエンジェル〟の軍医、ハリーはストレッチャーに随伴しているステラの姿を見て驚きに目を開いた。
──生きていたのか!?
しかし、喫緊の問題はそちらでは無い。
彼はステラとの再会を喜ぶためではなく、衰弱死寸前だという強化人間の少年を救うためにここに足を運んだのだ。ハリーはしいて思考を断つようにストレッチャーに向き直り、そこで泡さえ吐いている少年の診察を始めた。青ざめた顔で言い放つ。
「いけない、ステージ6だ……! 急がなければ手遅れになる!」
「ハリーさん……!」
「すぐに
呼びかけた方から、さらなる人員がどっと駆け込んでくる。
ステラはその中に、自分のよく知る人物を見つけた。
「アスラン……!?」
「ステラ──!?」
感動の兄妹の再会だった。
「なっ、どういう、ことだ……? どうして君が」
アスランは唖然として立ち止まった。なぜ君がここにいる? あるいは、なぜ君が生きている? か。
それは彼の悪癖だった。そうやって、ぼんやりとした思考の海に放り込まれた彼を、さらなる脇から別の声が現実に叩き戻す。
「アスラン!」
燃えるような赤い髪の女性──フレイだ。彼女もまたステラの存在には気付いていて、けれども、今は声を張り上げて云った。
「今はこの子を運ぶのが先! 汲んであげて!」
そう、フレイには分かっていた。目の前で苦しみに喘いでいる強化人間の痛みを──彼女だってそうだったから。
それだけでなく、彼女は察していたのだ。この緊急事態に、ステラが少年のかたわらについて居る理由。ステラはこの少年の身を案じているからついてきたのであって、ならば自分達が今やるべきことは、その思いに応えてアウルと呼ばれる少年を運ぶことだった。
「あ、ああっ……!」
アスランはハッとして叩き起された表情になる。ハリーに指示されたように、ストレッチャーをその白い手から預かり取る。
「後はこちらに任せてくれ! 大丈夫、必ず救い出してみせる!」
ストレッチャーから手が離れたステラに、ハリーは強く念を押すように云った。そのまま医療班がアウルを運んでいく。
その場に残されたステラは、ストレッチャーが見えなくなってから、ようやく声が漏れた。
「アスラン……フレイ……?」
──どうして彼らが?
彼らがターミナル? 噂の医療班なのか──どういう経緯で……?
「ステラお姉ちゃん、今の人は……っ!?」
かたわらに居たメーテルが訊ねてくる。ステラも我に帰ったように教えた。
「あっ、えっと……ステラのお兄ちゃん、なんだ」
「えっ……! お兄様っ!?」
ステラはちょっとたじろいだ。微妙すぎる呼称というか、なんとも間抜けに響く呼び名だ。相手がアスランだからか。
「お、お兄様……?」
──どうして、そんな風に呼ぶ?
ステラは首を傾げながら、メーテルに目を遣った。
が、そのとき既にメーテルは、いやに熱を持った目でアスランの背を見つめていた。まるで他のことなど視界に入らないとばかりに。さながら、一目で恋に落とされた乙女のように──
「──え!?」
そんな目! まだステラにだって向けてくれたことないのに!?
メーテルの姉貴分を自負していたステラにとって、それは妙に気になる視線だった。
数時間後、集中治療室の前で指を折って待っていたステラ達の元に、
ぎりぎりの手術だったのだろう、眼鏡やマスク、キャップを外した彼の額には流れるように汗が滲んでいた。立ち上がったステラに向け、彼は云う。
「手術は無事終わったよ。彼の容態は──心配ない。君達が迅速に運んでくれたのが幸いしてか、命に別状は無かった。有害なインプラントは取り除いたし、このまま経過観察をしながら体内の毒物が中和されていくのを待てば、彼はすぐに元気になるさ」
どうやら、強化人間を元に戻せるというのは本当だったらしい。張り詰めていた息が零れる。ずっと夢見ていたことが叶ったことを思い知り、ステラの握っていた拳からようやく力が抜けた。
「それにしても──」
全ての医療衣を解いた後、ハリーは息をついて云う。
「また、君には驚かされてしまったな」
ハリーはステラを見て云った。伸びた金の髪、顔つきはやや大人びているが、その円なすみれ色の眸は間違いなく彼女であり、ハリーが再会を果たすのは久々のことだ。
「一刻を争う事態で、改めて挨拶が遅れてしまったね。久し振り──君の方も無事だったようで、良かった」
「ん」
「名前も憶えてないだろう? ハリーだ。アラスカで〝アークエンジェル〟を降りた後、〝ドミニオン〟に乗っていたから……戦場じゃあ、何度かすれ違ったかな?」
ステラは記憶を辿る。──そう云えば、最初にステラを診療してくれた人か。
差し出した手を、ステラがおずおずと握り返す前だった。すっと脇から、勢いよく飛び出して来た影があった。その影は、がばっとステラの身体に抱きつき、その身を覆うように腕を回した。
「──ばかっ!」
フレイの第一声は、しかし罵声だった。随分なご挨拶であったが、彼女の方にも云いたいことは山ほどあったのだ。殊に最初に姿を認めたとき、初めからこうしたかったくらいなのだから。
「生きてたなら……! 生きてたなら、連絡くらい寄越しなさいよ……!」
まるでスクールの先輩生であるかのように、フレイは云った。
「ほんと、おばかな子なんだからっ……!」
「……っ、ごめん……」
「もう二度と会えないって思ってた……! 友達になろう、って、そう言ったのはあんただったのに!」
決して忘れていたわけではない。だが、改めて顔を見ると、懐かしさに思い出すものはあるものだ。
フレイ・アルスター。かつて、ステラは彼女と最後の戦いを戦った。因縁の〝デストロイ〟に乗った彼女と死闘を演じ、〝ジェネシス〟の内部に閉じ込められ、最後には認め合い、互いに手を取り合って脱出を図ったのだ。
────あのときの約束が、今なら果たせる……。
ステラはフレイの肩へ額を預け、小さく笑った。満ち足りた思い出、ゆっくりと云った。
「……戻ってきたよ。帰って、こられたんだ」
「ああ、もうっ……」
「また、最初からやり直そう、フレイ」
しばし少女同士でお互いの感触を確かめ合った後だった。ステラははっとして、もうひとりの人物が近づいてくるのを認めた。
「ステラ……」
「アスラン……」
アスランが感服の思いで近寄ってきて、云った。
「よく、生きて帰──」
まさにフレイと同じように、アスランは腕を広げ、そんな彼を報いたのは、
「ぐふっ……!?」
開いた腹部への強烈な一撃。つまり、腹パンだった。
「アスラン……っ!!」
ステラは、怒った。こちらも顔を見た途端に思い出した。そもそもステラは、なぜ〝ジェネシス〟内部に閉じ込められなければならなかったのか──
──いいや、それだけじゃない!
──前の戦争で、この馬鹿兄貴にステラはどれだけ振り回されたか!
目の色を見る限り、どうにも今のアスランは昔らしさを取り戻しているらしい。だが、それだけでは収まりきれない怒りと恨みがあった。ステラはその憤りを上手く言語化できなかったので、手っ取り早く肉体言語──すなわち暴力で訴える。
「この……! バカぁーっ!」
「ち、ちょっと待て! なんだっていうんだ、いきなり!?」
一撃こそ貰ったが、次いで飛んでくる拳は体術でいなしながら、アスランは慌てふためいて対処する。
──さっきまでと対応が違いすぎる!
そんなとき、ムウがひょっこりと顔を出して云う。
「なんだなんだ? 兄妹喧嘩か?」
相も変わらず適当な解説を飛ばすムウ。
そんな平和なもんじゃないだろうとマユは思った。
「えーと、止めた方がいいんじゃ……? 喧嘩っていうか、ほとんど
「積もり積もったものがあるんだろ? やらせておけよ」
放任の台詞を吐いたムウの鼻先で、ステラはアスランに飛び掛かっている。さすがにドン引いたマユであるが、そんな彼女もステラの格闘術は初めて目の当たりにするもので、興味がない訳ではなかった。対人格闘術、アカデミーでは彼女も大いに苦労した科目であるらしいが、憧れの人のそれはどうなのか──?
──平蜘蛛のような超低姿勢から、無感の足運び。
重力を無視するような身体の軽さで、標的を中心点とする円運動で相手を弄し、四方から飛び掛かっている。その獰猛さと敏捷さは、女性というよりは女豹、まるで獣のようだ。
見たこともないスタイルだった。元を辿ればロドニア仕込みの無手勝流なのだろうが、対する男はマユと同じザフト式格闘術──これが手本かと思えるほど鮮やかな型通りだ。
人間が獣をいなすような戦い──ああいや、喧嘩だった──もちろん、アスランの方に反撃する勇気はないらしく、男の防戦一方と云われればそれまでだったが。
いずれにせよ、レベルの高さから自分が介入できる余地は無いし、ステラの方もアスランに数発は見舞ったところを見るに「やっぱり兄妹なんだなぁ……」と、まるで素人みたいな感想をマユは抱いたという。
「はぁ……はぁ……気は済んだか?」
「まだ……まだ、足りない」
「そんなにか……」
どれほどの間喧嘩していたか分からないが、二人はすっかり息が上がっている。
呼吸を切らしながら、アスランはがっくりと項垂れた。
──そんなにも俺は恨まれることを……いや、したか。
だが、どこかで挽回できるとも思っている。
妹はこうして帰ってきてくれた。こうして、言葉や想いを交わせることが何よりなのだ。
「とにかく。生きて帰って来てくれて、本当に良かった」
「……うん、ただいま」
疲れ切って、重なるように仰向きに倒れ込んだ二人。
ああそれと、ステラの方も、ひとつ云い忘れてたことがある。
「おかえり、アスラン」
それぞれに天井を見上げ、それがなんだかおかしくって、くすくすと笑い合った。
「あのぅ……」
物陰に隠れていたメーテルが、勇気を振り絞ったように声を発した。その声に一同が振り返ると、メーテルはやっぱりアスランを見ていた。アスランは不思議そうに「きみは?」と問うた。
「あ、あの、わたし……っ! ロドニアで、あなたを見かけました!」
何を隠そう、メーテルは以前からアスランとの面識があったと話す。だが、特に疑惑の顔を浮かべたのは当のアスラン本人だった。
──ロドニア?
どういう意味かと詮索しようとしたが、少女の方はアスランと顔を合わせるのが精いっぱいという様子だ。真っ赤に紅潮した顔が、今に膨らんで弾け飛んでしまいそう。
アスランは首を傾げる。もじもじとして、何かを恥じらっているように見える──先に厠の位置を教えておくべきだったか?
「きみ……?」
アスランは記憶を辿るが、ロドニアという単語から連想されるのはやはり研究所だ。これまで何一〇という施設を制圧して回ってきた彼であるが、中でもロドニアは印象的だった。なにせ最も大規模な施設で、それに因んで最も突破が困難だった。また、突破した先で目の当たりにした光景も最も気色が悪かった訳だが。
「ロドニアか。あのときのことは、私も覚えているよ」
ハリーが云う。
「世間が【ロドニア事変】と呼んでいるあの日。僕達は救出者リストに名前があった少年少女のうち、三名ほどを保護できずに終わっている。記憶する限りはね」
「──え、待って。あの事件って、あなた達がやったの?」
「ほとんどアスラン君がやった」
ハリーも、ついさっき手術しながら気付いたことだった。
スティング・オークレーとアウル・ニーダは、ちょうど彼らがラボに踏み込んだ日に保護に至らなかった二人なのだ。そのとき救出できなかった少年のひとりが、まさに手術中の少年であることに気付いたハリーは驚いた。
「あの日はたしか、俺とアウルはロドニアを離れてた」と、スティングが言及する。だが、メーテルに関しては別だ。彼女だけは、ラボ中を捜索しても発見できなかったのだ。
アスランは閃いたように云う。
「思い出したぞ。それじゃあ、君がメーテル・リンクか?」
メーテルは、名前を憶えてもらっていることに感動したという。
「あ、あの、私、ずっと、あなたのことを見てたんです……! 物陰から……あなたが戦っているのを、ずっと……!」
あの日、混乱に乗じたメーテルは研究員達の監視の目を逃れ、ずっと物陰に隠れていた。実験室が破壊され、追い詰められた研究員達は奇声を上げながら、突然の侵入者であり制圧者であるアスランに躍りかかっていったのだ。
もっとも、戦いは一方的に終わった。研究者達は顔面に拳を喰らい、膝を喰らい、わずか一瞬にして全員鎮圧された。彼らはいったい、何がしたかったのか。だが、ただ逃げようとしていたわけではなかったのだろう。
あのときのアスランはサングラスをかけていたが、メーテルは見紛うはずがない。たった一人でロドニアの解放を成し遂げたあのときの男性──目の前にいる男性は、あのときの救世主様に違いないのだ!
「その……! とっても、カッコ良かったです!」
その恍惚とした表情は、まるで恋に火照った乙女のようだった。しかも話によると、この男性はステラのお兄様だということではないか!
ああ、やっぱり血は争えない──どちらの人も、私にとって救世主様だったのだ!
メーテルの視線は、もうアスランから離れない。その横顔を見たステラはショックを受けていた。かたわらのマユにもたれかかる。
「マユ! マユ! どうしよう、メーテルをアスランに
「えぇっ……」
「盗ってない! 人聞きの悪いことを云うな!」
抗議したアスランであるが、実態として変わらないだろう。
──アスランは、昔からそーなんだ。
無意識に女性を引き寄せる誘蛾灯とでもいうのか、平たく云えば、本人の意志とは無関係に女の子にモテすぎる。当人は恋愛面で百戦錬磨という訳でも無いし、それどころか弩が付くほどの鈍感野郎なのに! 嗚呼、このときのステラは自分のことを完璧に棚に上げて物を云っていた。
「人たらし……」
「なんだっていうんだ、いったい……。──マユ?」
アスランは、そちらの名前にも聞き覚えがあった。
ちらりとマユを見、やはり彼女もそこで会釈する。
「あ、その節はどうも……」
「君か……!」
〝ユニウスセブン〟で共に戦った間柄だった。
そんなときである。女性の声が、突如としてスピーカーから響き渡ったのは。
〈──ザラ一佐! すぐに管制室に来て!〉
深緑の森の中、鬱蒼とした木々にカモフラージュされた地球連合の軍事基地に、一台の装甲車が配備されていた。特殊なミサイルランチャーを搭載した軍用車──どうにもそれは、第八一独立機動群〝ファントムペイン〟が保有する一台であるらしい。
ここは、とあるユーラシア領内──
ネオ・ロアノーク率いるロアノーク隊の離反。そして、その穴埋めとして編成された強化人間部隊の壊滅が立て続き、〝ファントムペイン〟は弱体化の一途を辿っていた。
しかしながら、ブルーコスモスの潤沢な財力を背景として、多少の損失はロゴスにとって痛手ではない。まあ人材こそ喪ったものの、かの〝ファントムペイン〟が、通常の正規部隊より装備面で強力な兵器を有している事実は変わらない。
──その装甲車が、たとえば戦術核ミサイルを搭載していたとしても、だ。
それもこれも、やはりおかしな話ではない。第八一独立機動群は公的に存在が認められず、ユニウス条約にも批准しない特殊部隊であるのだから。
何者かによって操作された装甲車が、背負っていた大筒から一発のミサイルを解き放った。
森の中から飛翔体が打ち上がり、安全装置から引き剥がされた弾体は、白い尾を引きながら一点を目指して真っすぐに飛んでゆく。
澄み渡る川面を這うように、核弾頭が向かった先──
そこには、広大な湖を抱く王国と、その中心に築かれた白亜の王都があった。