~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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『変革の序曲』B

 

「何があった!?」

 

 切羽詰まったアナウンスに呼びつけられ、一同は慌ただしく管制室に移動した。真っ先に飛び込んだアスランが管制官を問い質すと、返答はすぐさま発せられた。

 

「ターミナルより緊急連絡です! 『連合に動きアリ』──ユーラシア領内より、戦術核ミサイルの発射が確認された模様!」

「核……っ!?」

 

 想定すらしていなかった突然の単語に、戸惑いの声を上げるアスラン。後方のステラもまた、その言葉の意味を理解して一気に青ざめる。

 少なくとも、血のバレンタインと同種──下手をすると同等の災厄が巻き起こったという意味である。

 オペレーターはさらに絶望した様子で報告を続ける。

 

「詳細はまだ入ってきていませんが……『迎撃間に合わず』──既に核弾頭は弾け、一都市が壊滅した模様! ユーラシア連邦による、報復攻撃と推定されます!」

「報復だと……? ──被害に遭った場所は!?」

 

 アスランが返答を急がせる。後方のマリューの頭の中には、すでにひとつの可能性が浮かび上がっている。

 

「まさか、ベルリンなんじゃ……っ!?」

 

 呟くマリューであるが、筋書きとしては想定可能だ。ベルリンは本来、アウルの〝アプサラス〟が解放される予定だった場所。機動兵器による大量虐殺を食い止めた自分達の奮闘も虚しく、連合は強硬手段に乗り出したのではないか──?

 しかし、そんなマリューの予測は見事なまでに裏切られる。オペレーターは彼女達にとって、意外すぎる国の名を挙げたのだ。

 

「ファウンデーション王国首都、イシュタリアです!」

 

 ──ファウンデーション!?

 声を荒らげたのはマユだった。

 

 

 

 

 

 

 衛星が捉えた映像が、モニターに映し出される。王都を彩っていた芸術的な街並み。戦乱の中にありながら急速な発展を遂げたファウンデーション王国の首都が、一瞬にして白熱する光球に呑まれた。

 遅れて、赤黒いきのこ雲が地を、海を、空を覆い尽くしてゆく。

 まるで悪夢を見ているような気分で、マユ達は固唾を呑んで映像を目の当たりにした。

 ほんのひと瞬きのうち、嘘みたいに呆気なく、そこに暮らしている何百万もの人間が死んだのだ。核の火は建物も森も区別なく薙ぎ払い、精巧に作られたジオラマを巨大な手で掻き崩すように王都を消し去っていく。

 

「イシュタリアが……! そんな!」

 

 摩天楼が立ち並ぶ新市街地、おとぎ話のように美しい水の王都が、マユの記憶に呼び起こされる。

 いずれも現地を拝観したことがあるからか、それとも、かの国がオーブに通ずる理念を持っていたと信ずるからなのか? まるで第二の祖国を失ったような絶望が、このときマユの胸を引き裂いて押し潰した。

 

「これが、ユーラシアの報復……?」

 

 声に漏らすステラは、しかし観測映像から、なにか釈然としないものを感じていた。

 ──たしかに、ユーラシアにはファウンデーションへ報復するだけの理由がある。

 政治的に高度な話はさておき、ファウンデーションが仕掛けた独立戦争の一環として、当時のユーラシア連邦の要所であったガルナハン要塞は攻め落とされた。

 

 ──というより、マユとステラもまた、期せずしてこの作戦に加担した。

 

 まだ記憶に新しい出来事であるが、この軍事作戦の成功をきっかけに、ユーラシアでは周辺地域による独立運動の嵐──『ファウンデーション・ショック』──が巻き起こったのだ。

 ユーラシアは度重なる共同体の反乱と離反により疲弊し、これらの火種を撒き散らしたファウンデーションへの報復に打って出た──なるほど、筋書きとしては理解できる。もちろん、それは今回の報復行為、核攻撃への賛同を意味しないが。

 

「なんで、このタイミングで……」

 

 だが、ステラにはやはり不可解だった。本当に報復に打って出るには、あまりにタイミングが謎なのだ。

 ──ましてや今のユーラシア連邦に、それほどの体力と度胸は無い。

 正確に云えば、幼女帝アウラ・マハ・ハイバル──あの〝女〟の不興をふたたび買う度胸が、彼らをはじめとする尋常の国にはないだろうというのが、ステラの中の見立てなのである。

 ──あの国は異様に聡く、そして不気味過ぎる。

 マユはそう感じなかったようだ(・・・・・・・・・・・・・・)が、ステラの方は違う。

 こちらが一言喋るよりも先に、二言も三言も心の内を読まれているような感覚。笑っていようが黙っていようが、頭蓋の内側にまで目を差し込まれているような──あの国にいる間、ステラはどうしてもその薄気味悪さを拭えなかった位なのだから。

 

「私達も、独立運動の時はあの国に居たんです! それで、アウラ陛下は!? それだけじゃない──国民の避難は!?」

 

 マユの善意に溢れた問いかけには、オペレーターから情報を引き継いだアスランが答える。

 

「情報によると、女帝のアウラ、宰相のオルフェ以下、近衛師団の側近メンバーは全員シャトルで脱出したらしい」

「……ブラックナイツ……」

 

 ステラが剣呑な声音で呟く。

 アスランは報告を続けた。

 

「だが、ほとんど不意打ちの一発だ。国民の避難の方は……間に合わないだろうな……」

「そんなっ!」

「宇宙に逃れたシャトルは、デュランダル議長の厚意で〝プラント〟が保護したらしい」

 

 表情を固くした一同に、ムウが言及する。

 

「──これも(・・・)ロゴス(・・・)の仕業か(・・・・)?」

 

 ムウはあえて疑念を突くような真似をしたが、誰も否定はできなかった。頭にうっすら浮かんでいたストーリーであり、マリューも思わず頷きかける。

 

「そう、じゃないのかしら? 実際、彼らはアウル君を使ってベルリンを焼き払おうとしていたわけだし……」

 

 強引な〝プラント〟への開戦に始まり、大量殺戮兵器を都市部へ放とうとした〝ロゴス〟の思考回路である。自分達にはおよそ解読不能であるし、いまさら核攻撃という罪状がひとつ増えたところで、やはり誤差の範疇だ。

 むしろベルリンへの侵攻作戦が失敗に終わり、後に引けなくなった〝ロゴス〟がより苛烈な凶行に走った可能性は考え得る。その場に微妙な沈黙が流れ、壁に身を寄せていたフレイだけは、明確に首を振った。

 

「どうかしら。こんな遣り口……」

 

 ムウやマリューに対しても堂々と話すフレイを見て、ふたりは驚いた。しかし前の戦争から比べれば、やはり彼女も変わったものだ。鋭さを増したその顔には、ステラと同様、強い猜疑の色が浮かんでいる。 

 

「ロード・ジブリールという男は、思っているより単純な男よ。もっと直接的で、嗜虐的なやり方を好むはずだけど」

 

 この核攻撃は何かがおかしいと、殊にフレイはそう思う。

 

「曲がりなりにも地球の一国家であるファウンデーションが、真っ先に〝プラント〟に逃れたっていうのもおかしな話じゃない? ギルバート・デュランダルの受け入れ体制も、国が出せる対応にしては早過ぎる」

 

 余程の事情でもない限り、被災した国の指導者はまず隣国や周辺の友好国を頼るのが筋だ。わざわざ遠く離れた〝プラント〟を亡命先に選んだのも気にかかるし、〝プラント〟側の対応にも不自然さが残っている。

 ──人道派で名を売った男?

 たしかにギルバート・デュランダルには、過去にオーブの難民を受け入れた前例がある。けれども、それとて今回ほど迅速に対応されたものではない。まるで以前から、示し合わせていたような周到さではないか。

 

「『これは〝ロゴス〟の仕業じゃない』──君はそう感じているのか」

 

 アスランの声が低くなる。

 ──もし、そうなら。

 この一件は、いったい誰が、何のために──?

 

「連合内のことは、私の線で調べてみる。被害状況の把握も急務だけど……何か分かるかもしれない」

 

 影の実権者達として、世界を意のままに操ってきたはずの〝ロゴス〟──

 ──そんな彼らを取り巻く環境も、いよいよおかしな事態になってきた。

 少なくとも、フレイにはそう思えた。

 

 

 

 

 

 

 そんな予感は正しかったらしく、このとき〝ロゴス〟幹部達は慌てて緊急会議を執り行っていた。マルチモニターの先々で、普段ならば世界の行く末さえ涼しい顔で論じている〝ロゴス〟の幹部達が、揃いも揃って声を荒らげている。

 各方面から寄せられた情報は、現在も彼らの許へ集約されつつあった。

 だが、報告を突き合わせれば突き合わせるほど、ひとつの結論が現実味を帯びてくる。すなわち、ユーラシアから発射された核ミサイルは、誤射だったのだ、という──

 

〈誤射!? 誤射で済まされるか! 核だぞ! いったい、どこの間抜けが──〉

 

 そんな馬鹿げた話があるかと、老人のひとりが口汚く罵った。

 

〈コントロールを受け付けなかった!? 言い訳など聞くか!〉

〈本当に〝ファントムペイン〟所有の核だったのか? それでは、我々の関与が疑われるではないか!〉

〈我々はこんな命令など出していない! いったい、責任は誰にあるのだ!?〉

〈ジブリール! ジブリールはどこだ!?〉

 

 呼びつけられた当のジブリールも、緊急連絡を受け、ほどなく部屋へ姿を現した。

 時差の関係で、どうやら深夜に叩き起こされたらしい。衣服こそ辛うじて整えているものの、左の側頭部には見事な寝癖が跳ねている。

 

「何なのです? 何を騒いでいらっしゃる?」

〈──ジブリール!〉

 

 老人のひとりが、今回ばかりは激しくモニターに顔を寄せ、詰問する。

 

〈ジブリール! この核攻撃も君の計画か!? またしても我々に何も知らせず、君の独断専行かね!?〉

 

 云われたジブリールは、真顔で云った。まるでそれが当然という風に。

 

「──は? いったい、何の話をしているのです?」

 

 あまりにも間の抜けた呆然とした声が、通信回線じゅうを満たした。

 

〈お、おいっ……! この放送を見ろ──!〉

 

 幹部のひとりが声を上げた。そこでは早速というべきか、デュランダル議長による緊急声明が発されていた。

 

 

 

 

 

 

 突然すべての番組を押し退けるように始まった緊急放送は、衛星を通じて地球圏のあらゆるモニターを一人の男の姿で埋め尽くす。

 病院の待合室、軍港の食堂、街角の大型スクリーン。ある者は足を止め、ある者は食事の手を止め、ある者は何事かと顔を上げた。

 その男は、誰もが名と顔を知る、現プラント最高評議会議長ギルバート・デュランダル。その人がこのとき、みずから世界へ語り掛けようとしていた。

 

〈私はギルバート・デュランダル。我ら〝プラント〟と地球の方々との戦争状態が解決しておらぬ中、突然このようなメッセージをお送りすることをお許しください。ですが、おねがいです……どうか、聞いていただきたいのです〉

 

 あえて抑揚を抑えた声音で、会見が始まった。

 

〈私は今こそ、みなさんに知っていただきたい。こうしていまだ戦火のおさまらぬ理由──そもそも、またもこのような戦争状態に陥ってしまった、本当の理由を!〉

 

 〝ミネルバ〟やジブラルタル基地でも同様に、この会見が傍受される。アーサーが声を上げ、タリアはすぐさま艦内放送にこれを共有した。

 

「各員、可能な限り聴くように!」

 

 デュランダルの声明は続いている。

 

〈各国の政策に基づく情報の有無により、いまだご存じない方も多くいらっしゃるでしょう。これはつい先刻、ユーラシア西側から送られてきた映像です〉

 

 滅びの火──地球連合によって撃ち込まれた核弾頭が爆裂し、天高く不吉なキノコ雲が捲り上がっている。ファウンデーションが壊滅した時の記録映像だった。

 

〈この未曾有の惨劇により、我が〝プラント〟の盟友であるファウンデーション王国は壊滅的な被害を受けました。幸いにも、危機を脱した首脳陣は我々が保護しましたが、まずは聞いていただきたいのです! 被災された、彼らの声を!〉

 

 デュランダルが静かに一礼すると、画面はゆっくりと切り替わり、同じく会見席に座すオルフェ・ラム・タオの姿が映し出される。

 マユはハッとして目を開く。その場にいる者達のうち、彼と言葉を交わしたことがあるのはマユとステラだけだ。だが、あのときの熱情、熱意はどこかへ消えてしまったかのよう、オルフェはしいて沈鬱な口調で会見を始めた。

 

〈我々は地上を追われた……。地球連合が放った、憎しみの核によって〉

 

 その疲弊しきった表情だけで、演説は半ば成功しているように思える。

 ──愛する祖国を追われた指導者。

 視聴者の多くは、そんな彼に同情の目を向ける。

 

〈平和と安定のみを望む我々の思いは、またしても頑迷な地球連合によって踏み躙られた。しかし、私には分からない──何故、こんなことになったのか? たしかに我々は、過日、連合のやり方に異を唱え、その同盟国であるユーラシアから分離を果たさんと独立運動を続けてきました! 全ては得る物の無い、ただ戦うばかりの日々に終わりを告げたかったため。自分達の平和な暮らしを取り戻したいという切なる民の想いから、戦場など行かず、ただ愛する者達と共にありたいと、そんな当たり前の願いを叶えられる国を作りたかった! そのために我々は、必死に国を築いてきたのです!〉

 

 熱演は続く。

 

〈我が国は小さくとも、たしかに平和への道を模索していた! 現に、こうして我々を支援くださった〝プラント〟──ギルバート・デュランダル氏との友誼も、対話によって育まれたものです! 悪逆や暴虐では無く、従属や支配でも無く、仁愛と調和こそ重んじたからこそ、我々はこうして〝朋〟となることができたのです! なのに、そんな我々の行為を、地球連合は裏切りとして有無を言わさず核の火で焼き払った! 老いも若きも、母も子も関係なく、無差別に!〉

 

 すとん、と、途端に熱を落とした調子で続けた。

 

〈勿論、我々は憎しみを好まない。報復のための戦争など望まない。祖国を追われた今でさえ、その思いは変わりません……それは我が国の賢明なる国主アウラ・マハ・ハイバル、そして、友誼を結んだギルバート・デュランダル氏の気高き崇高なる意向に相違ないのです!〉

 

 犠牲者でありがら、これ以上の報復は望まない。

 その真摯な姿勢は、見る者の胸を打った。

 映像の中のオルフェは、強い言葉で訴えかける。

 

〈しかし、なぜですか? なぜ、こんなことをするのです? 平和など許さぬと、戦わねばならぬと、誰が、なぜ云うのですか? なぜ、我々は手を取り合ってはいけないのですか? 我らは問いたい! この惨劇の負債は、果たして誰に支払わせるべきなのか! このような厄災を招いたのは、いったい誰なのか!?〉

 

 まるで予定されていたように、演説はとある場所に着地する。華麗にも画面が切り替わり、今度はデュランダルが話し始める。

 

〈古の昔から、どうあっても、人々の平和を邪魔しようとする者がいるのです。自分達の利益の為に、戦え! 戦え! と。戦わない者は臆病だ! 従わない者は裏切り者だ! そう叫んで、常に我等に武器を持たせ、敵を作り上げ、撃て、と指し示してきた者達が!〉

 

 ぎくり、として、放送を見ていたジブリールは背筋を凍らせる。

 ──まさか……! と。

 すぐさま受話器を取り、みずからの秘書官を怒鳴りつけた。

 

「ええいッ、止めろ! 今すぐ放送を遮断するんだ! ──なぜ出来ない!?」

 

 そして、デュランダルは激したように叫ぶ。

 

〈みずからの利益にならないからと、平和な世界にだけはするまいと戦争を煽り、画策する者達! ──かのファウンデーションを襲った核攻撃も、彼等の仕業である事は明らかです(・・・・・・・・・・・・・・・)!〉

 

 画面は切り替わり、どこから入手したのか、映像は連合の軍事機密である核ミサイル発射体を映し出す。〝ファントムペイン〟──すなわち、今回の惨劇の引き起こした『犯人』の関与を明らかにする証拠(エビデンス)として。

 ジブリールはそれを見て、すっかり血の気を失って青褪める。

 

「し、知らんぞ! こんなこと、私は命じていない! 本当だ! ──なぜ誰も信じん!?」

 

 まず、この映像の流出先はどこなのか?

 そもそもの話、核ミサイルを発射するには、厳重に保管されたパスコードが必要だ。内部にスパイが潜り込んでいたとしても、簡単に漏洩するなど有り得ないし、どこから情報が漏れた? 他人の頭から(・・・・・・)パスコードを読み解く超能力者でも(・・・・・・・・・・・・・・・・)紛れ込んでいたのか(・・・・・・・・・)? そんな馬鹿な!

 思考が倒錯するジブリールを前に、デュランダルは付け加える。

 

〈そしてこちらは、過日、ユーラシア西北に駐留するザフト軍から送られてきた映像です〉

 

 今度は放送を見ていたマユ達の方が目を見張る。

 標高がはるかに高く、真っ白な氷雪に覆われたアズガルド山岳──極寒の山々が映し出され、そこで朽ちた〝アプサラス〟の残骸の様子が映し出されたのだ。 

 世界中の視線が、その異様な殺戮兵器へ釘付けになる。

 

〈この連合の巨大兵器──〝アプサラス〟は、ユーラシア中央より西側地域へ向けて放たれる予定だったものです! 第一の攻撃目標はベルリン──ですが、この侵攻計画をいち早く掴んだ我がザフトは、すぐさま(・・・・)これの阻止と防衛戦に打って出ました〉

「えっ……!?」

 

 マユは当惑する。たった今デュランダルが手柄のように叫んだそれは、他ならぬ自分達が為したことなのに!

 ──ザフトなんて、ただ〝アークエンジェル〟を攻撃しに現れただけじゃない!

 ザフトは漁夫の利を得ただけだ。しかし、ムウは苦虫を噛み潰したように云う。

 

「実際、〝アプサラス〟の残骸を取り押さえたのはザフトだからな……」

「…………っ」

「私達との戦闘に負けた後、現地に増援を送ったんだわ」

 

 駆逐された〝アプサラス〟の周辺を、ザフト軍のモビルスーツ部隊が囲っている映像が流されている。見たところ〝ミネルバ〟組の関与は無さそうだが、なるほど、たしかに巧妙な情報操作だ。この様子では、さもザフトが〝アプサラス〟の凶行を食い止めたように見受けられる。

 ──というより、世論にとってはそれが真実になる。

 ハリーが皮肉げに云った。

 

「真実の中に嘘を混ぜているんだ。少ない手間の割に、その効果は絶大だよ」

 

 まさか議長は、こんなものまで政治に利用するなんて──

 既にマユの目には白々しくしか見えなくなってきた会見は、なおも続けられていた。

 

〈これが現在の、地球連合のやり方です! 連合の目的は『ザフトの支配地域からの解放』ということですが、この侵攻計画が『解放』なのでしょうか? もう今度こそ、こんな醜い戦いばかりの日々は終わりにしようではありませんか! そうして今度こそ、私達は、優しさと光溢れる世界へ帰りましょう! それが私達の全ての人の、真の願いでもあるはずです〉

 

 そうして彼は、今回の演説の核心に迫る。

 

〈間違った危険な存在と、コーディネイターを忌み嫌う組織、あのブルーコスモスですら、彼等の作り上げたものにすぎない事を、皆さんはご存知でしょうか? その背後にいる彼等、そうして常に敵を創り上げ、常に世界に戦争をもたらそうとする軍事産業複合体、死の商人〝ロゴス〟──! 彼等こそが、平和を望む私達全ての、真の敵なのです!〉

 

 声高に告げると同時に、画面にいくつもの顔写真が次々と映し出された。

 ジブリールはぎょっとする。自分の顔がこちらを覗き返してきた。並べられた写真の数々は、いずれもジブリールを含めた──今はモニターで引きつった顔を覗かせている──〝ロゴス〟幹部達の手配書であったのだ。

 

〈私が心から願うものは、もう二度と戦争の起きない平和な世界です。よって、それを阻害せんとする者達──〝ロゴス〟を滅ぼす為に戦うと、ここに宣言します!〉

 

 怒りをもって発されたそれは、世界の既存体制への挑戦だ。事実上、今ある世界への宣戦布告に他ならなかった。

 

 

 

 

 

 

 件の演説内容を受け、マユの周囲の反応というのは様々だった。聞き慣れない〝ロゴス〟という単語に戸惑いを示す者、被災したファウンデーションに哀悼と同情の意を示す者、あるいは、ザフトに自分達の戦功を横取りされて憤る者──正直、マユ自身はどれにも該当するものがあり、整理しきれないというのが率直なところだ。

 

 ──こんなとき、あの人が居てくれたら……。

 

 つい先日、老衰により亡くなったネオ・ロアノークの訃報は、当然マユの耳にも届いていた。氏の遺体は納棺された後、この〝ネレウス〟医療基地へ預けられる予定になっており、スケジュール的にはもうすぐ後だ。

 正規軍を離れ、明確な旗すらを持たなかった自分達を、ここまで導いてきたのは彼だった。

 モビルスーツ戦の実技指導だけでなく、あの男は余りに多くを知っており、軍のこと、政治のこと、世界の裏側で蠢く者達のこと──そして、その広大な情報網に幾度となく助けられてきたのも事実だった。

 しかし、そんな彼はもう居ない。

 あの男が生きていれば、デュランダルの演説に何を思っただろうか。マユは切実に、その存在の喪失を今さらになって惜しむ。彼が持つ視点は貴重であり、その視点を言語化できる存在はさらに稀少だったのだから。

 

「ステラお姉ちゃん、その……どう思った? さっきの、デュランダル議長の演説──」

 

 その問いは、しかし、ステラにとっても返答に窮するものだった。もともと政治的な部分はネオなりラクスなりに丸投げしてきた彼女は、要するに政治によって解決できない暴力部門の担当なのだ。

 だからこそ、持っている回答もマユとそう変わらない。

 

「『悪いのはブルーコスモスで、悪いのは〝ロゴス〟だ』」

 

 らしくもない言葉を、あえて他人の言葉でも読み上げるように口にする。

 

「──それで終わりなら(・・・・・・・・)。ステラ達も、こんな悩まなくて良かったのにね」

「そういうお姉ちゃんは、どうすればいいと思ってる?」

「さあ、わかんない」

 

 方法論を問われても、ステラはさっぱり返答に困る。

 

「でも、わかってることもある。ファウンデーションはザフトの側についた」

 

 ──『頂上戦争』が迫っている。

 ラウが遺した言葉の意味が、今、ステラにも少しだけ分かった気がする。

 

「ステラは、フレイの考えの方が合っているように思う。今回の核攻撃は、あいつらが〝ロゴス〟を悪者にするための演出(ワナ)だ」

 

 これは変革の序章に過ぎない。経済、軍事──あらゆる分野の支配者層として、既存の世界体制を牛耳ってきたのが〝ロゴス〟なら、デュランダルとアウラはここに喧嘩を売らないことには『新世界』への一歩すら踏み出せない。

 しかし彼らは同時に、ここにいるステラ達にも喧嘩を売ったことを自覚するべきだ。光の中に消えていった者達のことを思えば当然──絶対に許容することは出来ない。

 

「今度戦場で会う時は、ファウンデーション──ブラックナイツは敵だ」

 

 激情を抑え、あえて抑揚すら塞いだ調子でステラは告げる。その予言に、マユは全身の血が引いていくのを感じた。

 

「敵……。あの、ブラックナイツが……」

 

 地球連合のモビルスーツ部隊を、さも玩具のように扱き下ろした彼らの強さ。

 その巨大すぎる鋭牙が、今度は自分達に向けられる? 考えるだけでマユなどはゾッとする。実際にブラックナイツの強さを目の当たりにした者にしか実感できない戦慄であり、あんな怪物達に、どうやって勝てと云うのか──?

 思わず天を仰ぐマユとは対照的に、ステラの方はやる気に溢れている。

 

「望むところだ。敵に回るって云うなら、ステラが全員叩き落としてやる」

 

 ステラにしては非常に珍しい敵愾心。

 ──あの怪物達と戦わねばならない時が、必ずやってくる。

 それが分かっただけでも、ステラの内には煮えくり返るような怒りが灼熱を伴って湧いてくるのだ。

 

「どうしてお姉ちゃんは、そこまでブラックナイツを」

 

 ──目の敵にするのか。

 表現としては微妙に思えたが、少なくとも、マユの中では本当の珍事が起こっていたのである。人間を滅多に選り好みしないステラが、明確な拒否反応を示すような人種──?

 仲が良さそうだったイングリット・トラドールはともかく、ブラックナイツとはそれほど長い時間を共に過ごしたというほどでもないのに。

 彼女の怒りの原因は何なのか。マユは興味をもって訊ねたのだが、返ってきた答えはシンプルだった。

 

「ステラね、アイツらのことキライなんだ」

 

 簡潔であり、それだけの話だった。

 ──理屈ではないのだ。

 もっと本能的で、根源に近いもの。ある意味遺伝子レベルで〝嫌うように〟出来ているのだろうと、ステラは不思議とそんな気がしていた。

 

 

 

 

 

 

 霊安室から、一台のストレッチャーが静かに運び出されてきた。その上に横たわるキャダバーバッグの中には、ネオ・ロアノークの遺体が納められている。

 葬送の儀を前に、その搬送に立ち会ったのはアスラン、ハリー、スティングの三人だった。

 

「……隊長……」

 

 医療チームによって運び出される白い袋を見送りながら、アスランは無意識にそう呟いた。聞き咎める──ではないものの、ハリーの目が動いて声を掛けた。

 

「君は、彼のことを隊長と呼ぶんだね。前の戦争で、彼が何を企てていたのかを知った今でも」

「俺──いや」

 

 アスランは一度、言葉を切った。

 

「俺達にとってクルーゼ(・・・・)隊長は、やはりクルーゼ隊長なんです」

 

 確かに彼──『ラウ・ル・クルーゼ』は許されざる戦争犯罪を犯した。しかし、そこに至るまでに受けた恩を思えば、アスランなどには敬意を失いようの無い相手だった。

 

「イザークにディアッカ……跳ねっかえりでしかなかったアイツらのことも、隊長はずっと面倒見てくださってた」

 

 今ここには居ない本人達が聞けば「お前にだけは云われたくない!」と激怒したであろう台詞を吐くアスランであったが、その言葉の内に篭められた感謝と敬服──称賛の意図までは、彼らだって撤回は求めまい。そう確信出来るほどには優秀な指揮官で、当時はまだ子供だった自分達を導いてくれた大人だった。

 

「……アンタにとっても、そうなのか」

 

 しみじみとして、スティングが漏らすように云った。

 スティングは『ラウ・ル・クルーゼ』としての〝彼〟を知らないし、話に聞く以上のことも分からなかったのだが、それでも『ネオ・ロアノーク』として逝った男の事なら、アスラン以上に知っていた。

 

「俺達だって、似たようなもんだ。ステラにアウルに──メーテルは良い奴だ──それに俺。地球連合に居た頃、ロドニアの実験動物でしかなかった俺達のことまで、ネオは世話焼いてくれた」

 

 呼ぶ名前こそ違うものの。

 スティングにとっても、彼はやはり『隊長』のままなのだ。

 ハリーが云う。

 

「彼自身、実験動物として(そんな風に)扱われる苦労をよく知っていたからかもしれないね」

「…………」

「部外者の僕が云うのも烏滸がましいかも知れないが。君達はきっと、本当に可愛がられていたのだろうと思う」

 

 故人は常に美化されるものであり、今となっては本人の口から語られることも有り得ないことであるが、敬意をもって推し量るくらいは出来る。残された者達には。

 

「……もし、この(ふね)がもう少し〝ネレウス〟に早く到着していれば。もし、医者のあんた達にもっと早くネオのことを診せてやれていれば、あいつは助かったのかよ……?」

「──それは」

「いいや、寿命だろうな──」

 

 希望的可能性を口にしたスティングに対し、アスランは思わず口篭る。しかし医術に携わる者として、ハリーの方は矜持をもって即答した。軽率な気慰めなど口にしなかったし、出来なかったのだ。

 アスランはハッとして、その覚悟のほどを引き継ぐように、意を固めて口を開く。

 

「……弔ってやるんだ。それが俺達に出来る、最後の手向けだ」

 

 葬送の儀は、そのあと縁のある者達が揃ってから行われた。参列者の中には、複雑な感情を抱えたままのムウやマリューの姿もあったが、葬送の列の最前に立ったのは、やはりマユやステラ──その他に続く、彼の教え子たちだった。

 ハリーは漠然として、静かに運ばれていく柩の中の故人を想う。

 男のした事は決して許されなくとも、罪は消えなくとも──それでも子供達に剣を遺し、理解に基づく敬意をもって見送られることは、生をまっとうした者にとって、この上ない誉であるのだろう。

 そんな男の人生は、おそらく不幸の連続だったに違いない。余人には想像しきれない壮絶な人生を課せられ、それ故に一度は絶望の淵に立ち、世界すらも不幸に落とさんと道連れの自死計画を画策したほどには。

 

(でも、あなたの教え子らに囲まれ、見送られる今だけは)

 

 あなたはきっと、この世界の誰よりも〝幸せ〟な人間に違いない。

 ハリーは英霊を讃え、同じ大人のひとりとして、確かにそのように思った。

 

 

 

 

 

 

〈私だって、先日名を挙げた方々に軍を送るような、そんな馬鹿な真似はするつもりはありません。〝ロゴス〟を討つということは、そういうことではない。ですが、彼らの作り出す、この歪んだ戦争システムは今度こそ、もう終わりにしたい〉

 

 マルチモニターの中、ジブリールが最も憎むべき男による、白々しい演説は続いている。

 

〈己の身に危険が迫れば、人はみな戦います。それは本能です。だから彼らは討つ。そして撃ち返させる。──私達の歴史は、そんな悲しい現実の繰り返しだ!〉

 

 先日の放送と打って変わって、デュランダルはどうにも地球へと降りているらしいとの情報が、ジブリールの耳には入って来ていた。それもこれも魔女狩り──〝ロゴス〟狩りの旗振り役として、自分だけ後方の席にふんぞり返っている訳にはいかないという政治的思惑が反映されたらしい。

 ジブリールは、この事実に勝機を見る。正しくは、そう思うことにしていた。依然としてファウンデーション側には目立った動きはないようだが、手が届くところに宿敵がのこのこ現れてくれるのなら、むしろ好都合ではないか。

 だが、その前に大きな誤算があった。まずはそれを──喫緊の問題を乗り切らなければ話にならないのも事実だった。

 

〈戦争が終われば兵器は要らない! いまあるものを壊さなければ、新しいビルは造れない。畑を吹き飛ばさなければ、飢えて苦しむ人々に食糧を買わせることもできない。──平和な世では儲からないから、牛耳れないからと、彼らは常に我々を戦わせようとするのです!〉

 

 その誤算は、先日の放送に煽動された暴徒の群れが、今にジブリールの個人邸宅になだれ込んできていることだった。事実、別のモニターには襲撃を受けて悲鳴を上げている幹部連中の映像が届けられている。

 

〈ジブリール! 助けてくれ! 暴徒が屋敷にまでっ──〉

〈ジブリール! なんとかしろ──〉

 

 だが、そのような輩に構っている余裕などない。地下シェルタ―を走っていても、暴徒がいつこの空間の存在を嗅ぎ付けるかは判らないのだ。逃げ遅れた間抜けな老人連中の面倒など見ている場合ではない。

 

「こんな、馬鹿なことが……ッ!」

〈歩み寄り、話し合い──今度こそ〝ロゴス〟の作った戦う世界から、ともに抜け出そうではありませんか!〉

「デュランダルめ──ッ!」

 

 ジブリールは憎悪に歪んだ目で、薄ら笑うデュランダルを見送ったあと、脱出口からの逃走を図った。

 

 

 

 

 

 

「アスラン様が、わたしに冷たい──気がするんです」

「知らないわよ」

 

 葬送の儀から数日、正式に〝アークエンジェル〟艦内で余っている士官室を貸し与えられたフレイの許に、なぜだかメーテルがやってきて居候していた。開口一番、何を云うかと思えばそんなことであり、フレイは大いに脱力したという。独り言のように呟いて漏らす。

 

「私だってヒマなわけじゃないんだけどなァ」

 

 アルスター家の情報網から〝ロゴス〟周辺の情報収集に追われ──

 ──というか、なんで見ず知らずの女のところに、何の相談をしに来てるんだ、この娘は?

 大物に違いないと思いながらも、ため息と共に云ってやる。

 

「それで? なんでそう思うの? アスラン様があなたに冷たい──フッ、アスラン『様』ね……っ」

 

 その呼び方は重症だ、と胡乱げに笑い隠ししながらも、ひとまずその恋愛相談に付き合ってやることにしたフレイ。

 まあたしかに、目の前の女の子──メーテル・リンクはいかにも純粋そうな女のコであり、云われてみれば恋愛相談で頼りになる先輩など今までにいなかったであろうから、ここは地球連合の先達として、相談に乗ってやるのも吝かではないか。

 

「アスラン様に何度も話しかけにいったんですけど、その……邪険にされているというか」

「構ってくれなかった──というより、その様子じゃあ〝相手にされなかった〟って感じね」

 

 メーテルが分かりやすく肩をしゅんと落とす。

 ──ああ、図星か。

 その光景がありありと想像ができる。まずはその呼び名からして敬遠されてそうだもんなぁ……。

 

「アスラン様って呼ばれるのもおイヤみたいで、『じゃあお兄様でも良いですか?』ってお尋ねしたら、『俺は君の兄じゃないぞ』って云われてしまって」

「………………」

 

 本当に愚直な返ししか出来ない男であり、メーテルもメーテルでよくやるものだと思った。

 

「それで、王子様だと思っていた彼に、幻滅した?」

「そ、そんなことはっ……!」

「まあ彼に惚れかかった女のコはみんな通る道だと思うのよね、 べつに気にすることじゃないと思うわ」

 

 呆れたような口調で、フレイはざっくりと男の性格を切って捨てた。

 

 ──あの男は、自分が女の子にモテる要素で構築されているのを考えないからいけない。

 

 少なくともメーテルにとって、アスランの存在はアリアドネの糸であり、ロドニアのラボという迷宮(ラビュリントス)の中に垂れてきた希望の綱だったわけだ。その状態では、悪の研究員達から自分を解放してくれた彼の勇姿に脳を焼かれても無理はないと思うし──というか、いかにも女の子が夢見そうなシチュエーションではないか。白馬に乗った王子様が、自分を助けにきてくれた──というのは。

 

 ──まあその王子様も、蓋を開ければあんなんだけど……。

 

 ばつが悪そうに顔を背けるメーテルであるが、相談を持ち掛けてきたのは向こうであり、だからこそフレイは遠慮なく踏み込んでゆく。

 

「それで? 冷たくあしらわれて凹んじゃったメーテルちゃんは、私の所にヒマ潰しに来たの?」

「あなたが、その……私達の『先輩』だという話を……聞きましたので」

 

 連合のモビルスーツパイロットとして、という意味ならばそうだろう。

 だがフレイは、その程度の上っ面な会話に誤魔化される女ではない。

 

「うそ。そんな理由で、私のところに来たわけじゃないんでしょ?」

「────」

「そ・う・だ・ん。私で良ければ乗ってあげるわよ。たしかにこの手はステラにはムリそーだし、私もずっと調べ物してるの疲れちゃったし」

 

 気分転換には丁度いいと、フレイがそう思ったのは事実だった。

 

「じゃ、じゃあっ──」

 

 メーテルは顔を上げ、意を決したように口を開いた。

 

「た、単刀直入にお訊ねしますっ。あなたとアスランさんとは、どういったご関係なんですか?」

 

 目の前の赤い髪の女性について、アスランは口数少なく、詳しい説明を明らかに拒んでいた。云われてみれば、メーテルが初めて出会ったときから二人は──正確にはハリーを含む三人チームなのだが──行動を共にしていたから、そこの男女がどういう関係にあるのか、メーテルが興味を抱いてもおかしくはないだろう。

 問われたフレイだが、まさか、そう来るとは思っていなかったようだ。少しの思案の後、デスクに頬杖をつきながら、にんまりと意地の悪い顔を浮かべて云い放つ。

 

「身体を重ねた関係よ」

 

 絶句したメーテルを見ながら、しかし、フレイはもう少しマシな返事をするべきだったと後悔した。言葉の意味を理解したメーテルが、耳からまるまる真っ赤になり、羞恥で顔を鬱向けてしまったのだ。呟いてみたはいいものの、ここまで下劣な解答というものもそう無かっただろう。

 

「……冗談よ」

 

 初心(ウブ)な反応を目の当たりにし、フレイの中で何らかの感情がくすぐられたのは事実だった。可愛い娘だと、そう思いながらも、生娘を見るとつい虐めたくなってしまうのは、自分が性悪だからなのか。無垢な乙女の首を捻ってポルノを見せつけるような所業であり、褒められた行いではないことは分かっていたが。

 

「そっか。メーテルちゃんは私と彼との関係が気になるから、本人のところに直接殴り込んで敵情視察にきたわけか」

 

 堂々としたものだと、面白おかしく言葉を繋げるフレイに、メーテルは真っ赤な顔を向けた。羞恥か、それとも怒りか、悔しささえ滲ませた表情だった。

 

「べっ、べつに! あなたみたいにキ、綺麗(キレイ)な女性と、アスランさんがどんな関係だろうと、それはアスランさんの自由です! ぶっ部外者の私が、とやかく云えることじゃ」

「あらあら、大人ですこと」

「ば、馬鹿にしないでっ!」

 

 抗議の声をあげる少女の初々しさに、フレイは微笑ましい気分に駆られる。こんなにも健気な時期が、自分にもあったのだろうか。仮にあったとして、いつの間に自分はシンデレラ本人ではなく、それをいびる義姉(あね)の立場に回るようになったのか? なんだか無性に悲しくなったが、まあ悪い事ばかりではない。世間に揉まれた悪女には、悪女なりの振る舞い方があるものなのだ。

 

「馬鹿になんてしてないわ。ただ、自分のものにしたいやつがいるなら、ヘンに綺麗事抜かしてないで、常に全力で仕留めに行くことね」

 

 にべもない解答であるが、メーテルははっとして聞いていた。

 

「周りの目なんて気にしない。カレに別の女がいようと関係ない。全力で女の子(ジブン)を磨いて、可愛くなって、ライバルから奪い取ってでも振り向かせてやればいいのよ」

「フレイさん……」

 

 このときのフレイの言葉は軽口であったにせよ、メーテルが耳を傾けるだけのものではあったらしい。成り行きで自論のようなものを語ってしまったが、要は退屈していたのも有るだろう。あまり真剣に受け取られても困ると思ったのか、フレイは茶化すように付け加えた。

 

「ま、あんな男のどこが良いのか、私には分かんないケド」

 

 ──たしかに、(ビジュ)は一級品だとは思うが。

 

「ねえ、ちょっと付き合わない?」

 

 せっかくの縁だった。集中が切れた訳ではないだろうが、デスクを離れ、メーテルが気晴らしに連れ出されたのは〝アークエンジェル〟のデッキだった。現在は〝カオス〟や〝ガイア〟をはじめ、多くのモビルスーツの整備作業が進められている。

 スティングが彼女達を見かけて声を掛けてくる。

 

「お? なんだってんだ、おば──」

「おばさんんんん?」

「いや、すまねぇ、あねさん……」

 

 フレイはにこやかに凄んで返した。仮にも『先輩』に対して大層な態度ではないか。スティング・オークレー、なかなかどうして生意気そうで、調教し甲斐がありそうな少年だとフレイは思った。メーテルもそうだが、たぶん、ステラがさんざん甘やかしてきたのだろう。

 対するスティングはしどろもどろだった。メーテルから経緯は聞いているが、目の前の女性はまるでステラと真逆のタイプだ。声質は同じように感じるのに、同じ花で喩えるとすれば、持つ棘と毒の量が致死量的に違いすぎる。

 

「おう、アルスターのお嬢ちゃん、久しぶりだな! また一段と、イイ女を上げたんじゃねぇか?」

「マードックさんこそ、セクハラだけど、変わってなくてなんか安心した」

 

 フレイは軽く笑って返す。この程度のセクハラに動じる感性なら前の戦争で捨ててしまった。それが良いことなのか悪いことなのか、彼女にも分からなかったが。

 マードックは取り込み中だった。整備作業ではないらしいが、そんな彼の目の前にはひとりの年若いパイロット候補生が勇み立っている。

 

「ちょうどいいとこに来た! この新米の坊主(ぼーず)に、嬢ちゃん達からも伝えてやってくれよ!」

「何を?」

「この坊主ったら〝レムレース〟に乗りたいんだと! オレが何度〝駄目だ〟って云っても聞かねェんだよ!」

 

 紹介され、若い士官が三人の方を振り返る。連合の士官服に身を包んでいることから、その出自は明らかだ。

 話によると現在はネモ隊でパイロットをしており、離反の際にネオ・ロアノークから勧誘を受けたパイロットの一人。まだ年若く、勇み足といった雰囲気。きかん気そうな見目をしているが、相応のそそっかしさも感じられる。

 いや、おそらく事実なのだろう。どう見てもルーキーの風情であるのに、少年は〝レムレース〟に乗ると言い出して聞かない。どうせ機体が余っているなら──と。若さゆえの蛮勇だが、まだ可愛らしいと思える類の威勢だった。

 

「駄目ったら駄目だ! コイツはな、とても新米に乗りこなせる代物じゃねェんだ!」

 

 これはマードックの持論であるが、新兵は、新兵らしく生きて帰ってくることが第一の仕事なのだ。戦場で悪目立ちするワンオフ機、最前線に切り込む特機にいちいち新人を乗せていたら、命がどれだけあっても足らない。

 

「そうね、駄目よ」

「フレイさん?」

 

 指摘すると、若い士官はさすがに観念したらしく、がっくりと肩を落とした。この場合はマードックの言い分が正しく、可哀想でも新兵は新兵の仕事をするべきだ。

 メーテルはしかし、それを指摘したフレイの言葉に何かしらの引っ掛かりを憶えていた。

 案の定、彼女はこのとき何らかの思考に耽っており、メーテルが呼びかけたのも聞こえているかも怪しい。スティングが珍しく不憫に思ったのか、やや怒ったように云う。

 

「おいおい、なんであんたがそんなこと決めんだよ」

 

 スティングの抗議にも、フレイは肩を竦めるだけだった。彼女の視線は整備中の黒い機体へ向けられている。しばらく黙って眺めたあと──悪い顔。フレイは一つの企みを思いついた。

 

「この機体余ってるんでしょ? だったら駄目に決まってるじゃない」

 

 何でもないことのように、彼女は云った。

 

「だって〝レムレース〟には、私が乗るんだもの」

 

 思わず聞き流しそうになる。

 マードックは「……エエッ!?」と叫び、ぎょっとしてその場にひっくり返った。

 

 

 

 

 

 

 

 そして。

 

「駄目だ」

 

 そうしたフレイの突飛な思い付きは、後になって伺いに向かい、一連の事情を聞いて静かに、だが確かに怒り心頭となったアスランから堂々と却下された。予期していたことであるが、わざわざ彼の許に足を運んだ手前、フレイは大きく口を尖らせる。

 

「まぁ堅物のあんたが初めから素直に頷くなんて思ってなかった。思ってなかったわよ、それでも云わせて貰う。なんでよ!」

 

 怒り任せにアスランのデスクを叩いたフレイであったが、灼熱の抗議をそよ風のように受け流しながら、アスランは調べ物をしているらしい目も合わせず平板に告げる。

 

「忘れているかも知れないが、君はあの少年と同じ手術を過去に受けていて、今でも経過観察中の患者だぞ? 患者をモビルスーツに乗せて戦わせられるか!」

 

 しごく真っ当な解答だが、この男はいつもこうなのだ。融通が利かないというか、正論で武装し始めたらテコでも動かないというか。しかし、フレイの方にも言い分はあるものだ。

 

「私の主治医はハリーでしょ。あっちの許可は取ったし──まあ条件としてあんたの許可も取れって云われたけど。そもそも、なんで私の活動にあんたの許可が必要なのよ」

「俺が君の護衛だからだ」

「頼んでない」

 

 ──ハリーから依頼があれば全部引き受けるコイツのクソ真面目さ加減もどうかしている。

 

「駄目なものは駄目だ! よりにもよって〝レムレース〟だぞ!?」

「ほんと分からず屋ね! 私の(こと)なら誰より知ってるくせに!」

「うッ…………!?」

 

 微妙な話を持ち出してアスランを怯ませることに成功したフレイであるが、事実、彼女だってヤキン・ドゥーエ戦役を戦い抜いた生き残りなのだ。流石に強化人間だった(薬物でブーストされていた)全盛期ほどの能力は失われたが、戦場に出たばかりの後輩達(スティングやメーテル)に遅れを取るほど錆び付いてはいまい。

 

「今は一人でも多くの人手が必要な時でしょう? ザフトが各地で好き放題やってるってのに、ターミナルは出し惜しみするわけ?」

「おっ俺達はべつに、出し惜しみなんて──」

「──してるじゃない! もう機密も秘密も無いんだから、あんただって、あの機体のダッサい〝ガワ〟はそろそろ──」

「──それは今は関係ないだろう! そしてダサくはないだろう!」

「ダサいのよ!」

 

 このように、二人の間に交わされる密談は散文的なことこの上なかった。密談といっても様々な形があり、傍観者の立場に徹してきたというハリーに云わせれば、この二人の場合は常にこうなのだ。頑固者同士の会話ほど面白味に溢れるものはないし、もっとも、面白味に溢れるというのは第三者たるハリーの意見であって、本人達は御互いの反りの合わなさに向かっ腹を立てることもまま多いのだろうが。

 そんなとき、マユとステラがやってきた。二人のやりあう声は廊下にまで響いていたらしい、おずおずとこちらの様子を伺っていて、先に気づいたのはアスランだった。

 

「えっーと、なんの話をしてるんですか?」

 

 マユが訊ね、ステラの方も「さあ?」と首を傾げている。二人はそれぞれに目を背けながら揃って口にする。

 

「「なんでもない!」」

 

 そうは云われるものの、よほどの秘密があるらしいとマユにさえ分かった。そんなマユの方もばつが悪そうな顔を浮かべているのは、密談を邪魔したらしい罪悪感を憶えたからか。

 だが、密談ならばそれらしくもっと声量を抑えて欲しいものだ。

 

「……ふふふ」

 

 気まずい沈黙を破ったのは、小鳥が鳴くようにくすくす笑い始めたステラ。なによ、と仏頂面で訊ね返したフレイに、ステラは目に涙さえ溜めた様子で微笑んだ。

 

「なんだろ、ふたりが仲良さそうに話してるの見たら、なんか感動しちゃった」

「「誰のせいだと思ってる!?」」

「? ? ?」

 

 揃って突っ込まれ、とばっちりで困惑するステラだった。

 

 

 

 

 

 

 

 その後、自室に戻ったマユはずっと、ステラに云われた言葉の意味を考えていた。

 

『今度戦場で会う時は、ブラックナイツは敵だ』

 

 何度反芻しても、その言葉は現実味を増して重く肩にのしかかる。

 非常に厄介な事態になったことは確かなのだ。

 

「今の私達じゃ、ブラックナイツには絶対に敵いっこない」

 

 そう、それが現実だった。どれほど贔屓目に見積もったところで、今の自分達はまだ、彼らと同じ舞台(ステージ)に立てる域には達していない。

 ネオ・ロアノークによる教導を受け、たしかにマユ自身、以前より〝強くなった〟という実感はある。

 元ザフトの白服に教わったことを実践できるようになった今ならば、並の赤服を相手に後れを取ることも無いだろう。ただし一部の『例外』──生まれながらに持つ者達、いわゆる天才相手は話は違う。

 

「〝ラビュリントス〟も……今の設計のままじゃあ、駄目だ」

 

 整備士の方々にもよく誤解されるのだが、突貫で組み上げられた〝ラビュリントス〟は〝アリアドネ〟をマイナーチェンジさせる兵装ではあっても、純粋にバージョンアップをさせるものでは無い。

 たしかに機動力、火力ともに格段に上昇するわけだが、汎用兵装である〝エトワール・ウィザード〟装備の方が有効な場面は別に有るし、あくまで用途に応じた使い分け。

 たとえば〝ラビュリントス〟の特色である『ミサイルでの飽和攻撃』だが、弾数が有限である以上どうしたって継戦能力に欠け、そもそも弾薬自体がターミナルの懐事情からくるリサイクル品だ。長期戦に持ち込まれるだけで火力が鈍っていくなど、運用面での課題も実に多い。

 対〝インパルス〟戦でそれが通用したのは、敵パイロットの不意を突いた──というより、単にアトラが対応しそびれただけだ。

 マユもそれで、自惚れはしない。

 追撃を目的とする〝インパルス〟から単に逃げおおせたというだけで、別にマユはアトラを上回ったわけでも、実力で(まさ)ったわけでもないのだ。

 

「そして、アトラなら二度と同じ手は通じない」

 

 それは確信だった。真摯に向き合うからこそ、相手を侮るなど出来はしない。

 ブラックナイツにも、同じ飽和攻撃は通用しないと考えていいだろう。ブラックナイツとアトラ──そのどちらがモビルスーツ・パイロットとして優れているのか、マユをして想像もつかないが、いずれにせよ彼らはマユよりもはるか格上の天才なのだから。

 

「ゴテゴテになったっていい。私は、私の〝アリアドネ〟を強くしなきゃいけないんだ……」

 

 あえて自分に云い聞かせるように、マユは己を叱咤した。

 パイロットとしての技量を磨くのは大前提だ。だが、己の腕一本で張り合う必要もない。機体性能に頼っていい、兵器に工夫を凝らしたってっていい。使えるものなら、何だって使えばいい。

 

 ──何度でも云うが、それが私のスタイルだ。

 

 アトラとも、ブラックナイツとも違う。

 必要最低限の装備でスタイリッシュに、研ぎ澄まされた技量だけを持ってスマートに振る舞える彼らと違い、マユはみずからの機体をゴテゴテにすることを厭わない。戦技に弾薬、知識に工学──ありとあらゆる努力の結晶を愛機に注ぎ込むことで〝格上〟の背に指が届くなら、彼女は迷わず飛びついてみせよう。

 

「悩んでる時間はなさそうだ、取り組まなきゃ」

 

 だからこそ、マユはこのとき〝アークエンジェル〟の書庫に飾られていた──ああ、誰も使わないから本当に飾られていた──兵装工学のマニュアル本を片っ端から手に取っていた。

 ──どれもこれも、鈍器にでも使えそうな分厚さだ。

 その書冊の数々は、この艦が大西洋連邦の重要艦として位置づけられていた時代から置いてある由緒正しき学術書らしい。今までは整備班に任せていれば良かったが、ここから先は違う。自分が欲しい〝アリアドネ〟を自分の言葉で彼らに伝えるためにも、身に着けるものは戦技だけでは足らないのだ。たしかな工学を身に着ける必要性を痛感したからこそ、彼女はそれらを手に取った。

 

「設計技師──私だって頑張ってみるよ、アトラ」

 

 まず着手するものは兵装工学。

 ──恥ずかしながら、座学はすこぶる苦手だ……。

 分厚い一冊を開いた途端、早速だが難解数式と専門用語の群れがこちらを睨み返してきた。

 

「うぅッ」

 

 早くも閉じたくなったし、いつも座学(コイツ)を隣で教えてくれたルームメイトだってもう居ない。

 それでもマユは、ページをめくった。

 

「逃げてたら、先には進めないんだから……!」

 

 ──ここから先は、一人でもやっていくんだ!

 

「勉強しなきゃ、あなたに追いつくために」

 

 誇り高き『赤服』の袖を、ぐいっと捲り上げる。

 その日は頭がパンクして蒸気を噴くまで、マニュアルとの睨めっこを続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 ジブラルタル基地の寄宿舎。与えられた一室の大窓から海を眺めれば、今日もまた、続々と入港してくる艦艇の姿が見える。

 ここ数日で、すっかり見慣れてしまった光景だった。

 アトラは趣味で読んでいた兵装工学のマニュアル書をぱたんと閉じると、窓辺へ寄り、急激に人員を増してゆく基地の様子を眺めた。

 

「…………」

 

 デュランダル議長は、地球連合軍の総司令部〝ヘブンズベース〟への侵攻を決定した。暴徒による私刑を逃れた〝ロゴス〟のメンバーが逃げ込んだとされるその拠点には、地球連合も残存戦力をかき集め、籠城の構えを取っているという。

 これを討つべく発動された大規模侵攻作戦──〝オペレーション・ヒューリー〟

 その足掛かりとして選ばれたジブラルタルでは、現在も慌ただしく戦支度が進められている。当然、〝ミネルバ〟もその急先鋒を担う予定であり、アトラに与えられた休息も束の間のものとなっていたのだ。

 そして、特筆すべきは先日の〝ロゴス〟に対する宣戦布告以来、ジブラルタルには義勇軍の入港が相次いでいることだった。議長のメッセージを受けて、連合への反感を募らせた者達が〝ロゴス〟討伐への参加を表明したのだ。その中には、つい先日まで地球連合に属していた艦艇すらあるほどである。

 

 ──世界は変わろうとしている。

 

 ファウンデーションからやってきた一団の動向については、まだよく分からないというのが実状だった。

 アウラ・マハ・ハイバルをはじめとする一団は、現在も〝プラント〟本国に滞在しているらしい。今後、デュランダル議長の庇護の下で彼らにどういった対応が取られるのか、アトラをして不明なままだ。

 しかし、デュランダルという男が立てた旗の下に、人々が集まり始めているのは事実。世界は確実に変革に向けて動き出していて、その一環だろうか、アトラは寄宿舎のエントランスまで名指しで呼びつけられた。

 

「出頭命令ですか? レイと、私に?」

 

 タリアから直々に呼び出しを受けてしぶしぶ参集したはいいものの、呼びつけたのはどうやら司令部で、話によると議長本人であるらしい。かたわらにレイがいて「……何だろうね?」と訊ねてみたが、彼はやっぱり「さあ」としか答えてはくれなかった。

 そうして二人を乗せたジープは基地中心部を離れ、ハンガーブロックへと入ってゆく。

 ますます訳が分からないまま、アトラはその中でもひときわ巨大な、厳重に閉ざされた格納庫へと通された。先導の兵士に連れ立って歩くと、照明を落とされた巨大な空間の中央で、デュランダルが柔和な笑みを浮かべて立っていた。まるで二人を待ち構えていたかのように。

 

「やあ、久し振りだね。アトラ、レイ」

「お久しぶりです、議長」

 

 敬礼と共に、ひと通りの挨拶を終える。

 レイも相変わらずのポーカーフェイスだが、アトラは先程から、自分達を挟み込むような形で立っている両脇の巨大な機影が気に懸かって仕方がなかった。デュランダルは端正な顔に笑みを浮かべて話はじめる。

 

「もう話には聞いているだろう? 先日の声明以来、ついに私は、とんでもないことを始めてしまってね」

「先日の声明、ロゴス討伐──ですか?」

「ああ、すごいものだね。人々の力は……。軍を送るつもりはないと私は云ったのにも拘わらず、こんな事態にまでなってしまうのだから……恐ろしくもあるよ」

 

 命令を受け取って遂行するのが仕事である自分達にそれを云って、どんな反応を返せばいいというのか。

 

「はあ」

 

 アトラは気の抜けた返事をした。

 相手が最高評議会議長だろうと、分からないものは分からないものだ。そんな彼女の性分を知ってか知らずか、デュランダルも苦笑交じりに返す。

 

「また、話したいことも色々あるが──まずは見てくれたまえ。もう先程から、目もそちらばかりに行ってしまっているだろう?」 

 

 その言葉を合図に、格納庫の闇を切り裂いてスポットライトが灯る。アトラは目を瞬かせながら、キャットウォークの両側に現れたスチールグレイの機影を見上げた。

 二機共に、セカンドステージシリーズの意匠を汲んだ機体だった。異教の神を思わせる頭部には角のようなアンテナが共通しており、アトラ側に聳え立つ機体は、背部に大きく張り出した翼のようなスラスターが特徴的だ。対艦刀に長射程砲を備え、その大型武装を盛り込んだ機体構成から、アトラは職業病のように無意識で呟く。

 

「マルチプルアサルトシルエット……」

 

 機体構成に見覚えがあった。いや正確には、この発想を知っているのだ。

 アトラの目が細まって云った。

 

「この機体は……〝デスティニーシルエット〟開発計画の傍流ですか?」

「さすがだね、アトラ。設計技師として、その話もどこかで耳にしていたのかな?」

 

 デュランダルは感服する。

 アトラが口にした〝デスティニーシルエット〟とは、他ならぬ〝インパルス〟の万能性向上を企図して〝フォース〟〝ソード〟〝ブラスト〟の三種のシルエットを統合した、複合兵装モジュールのことだったのだ。

 アトラも〝インパルス〟のテストパイロットとして、名前くらい聞いたことがある。

 このシルエットはしかし、開発途中で計画が頓挫しており、中止になった理由も妥当だと思っている。戦況に応じて装備を換装することが〝インパルス〟の強みなのに対し、そのシルエットひとつに万能性を賄おうと考えるのは本末転倒である。であれば初めから、換装機でやる意味がない。

 

(ただ──)

 

 どうやら、目の前の最新鋭機は違っているらしい。

 ──最初から、たった一機で全てを賄う『万能』を前提に設計されている。

 デュランダルは誇らしげに解説を告げた。

 

「ZGMF-X42S〝デスティニー〟──火力、防御力、機動力、信頼性、その全ての点において〝インパルス〟を凌ぐ、最強のモビルスーツだ」

 

 そして彼らは、もう一方の機体にも目を向ける。

 

「ZGMF-X666S〝レジェンド〟──量子インターフェイスの改良により、誰にでも操作できるようになった新世代の〝ドラグーン〟システムを搭載している、じつに野心的な機体でね」

 

 円盤状の武装プラットフォームから、いくつものドラグーン砲塔が突き出している。これまた職業病なのであるが、その姿形や武装構成から、それが何を祖とするモビルスーツなのかはすぐに判明してしまった。

 ──前大戦の亡霊……。

 戦犯として裁かれた男が駆り、ザフト最強の一角に数えられたモビルスーツ──ZGMF-X13A〝プロヴィデンス〟──これは、その設計と伝説的活躍を受け継ぐために開発された機体なのだろう。

 

「どちらも従来機を遥かに上回る性能を持った、最新鋭の機体だよ。詳細は後で見てもらうとして──どちらも工廠の技術者達が不眠不休で造り上げた、文字通りの最高傑作でね」

「議長、これは──」

 

 それまで無表情を崩さなかったレイが、初めて口を挟んだ。

 ほんの僅かだったが、その声には動揺が混じっているように感じられた。

 

「──きみたちの、新しい機体だよ」

 

 デュランダルは、にこりとして笑う。

 そしてレイへ歩み寄り、その肩へと、親しげに手を置いた。

 

「〝レジェンド〟には、とくにレイ──君を想定した調整が加えてある」

「……俺、の……?」

「この機体がどのような力を持ち、君にとってコレ(・・)が何を意味するものなのか──判るだろう、レイ?」

 

 そう云われたときの、レイの表情と云ったら見物だった。

 驚き、焦り、恐れ、悲しみ──そして想像で補うとすれば、理不尽に対する怒りのようなものまで──その全てが雑多に混ざり合い、絶望を突き付けられた人間のそれが浮かんでいた。まるで目の前に立つ巨大な機体ではなく、そこに別の幽霊でも見ているような……。

 しかし、アトラにはその表情の根源──核心的な理由の部分までは分からなかった。議長が彼に掛けた言葉があまりに観念的で、レイの個人的事情など一度だって聞いたことが無かったから。

 

「大丈夫だ。君になら扱いこなせるよ、レイ」

 

 短く告げたデュランダルは、用は終えたとばかりに、今度はスッとアトラを見た。……なぜだろうか、そのわずか一瞬に垣間見えた冷ややかな笑みが、ひどく恐ろしく感じられたのは。

 

「君の機体は〝デスティニー〟ということになるが……どうかな、アトラ?」

「……え?」

 

 アトラは思わず訊ね返していた。デュランダルは何でもないことのように続ける。

 

「この機体はね、私が将来的に編成を予定している(・・・・・・・・・)精鋭部隊──『コンクルーダーズ』への配備を前提として開発された機体なのだよ」

「コンクルーダーズ……?」

「そう。この〝デスティニー〟を主力とする、ザフトの新たなる精鋭部隊だ」

「────。議長はこれを、量産するつもりなんですか!?」

「無論だよ?」

 

 アトラは耳を疑った。これほどの機体だから、てっきり特定のエースパイロット一人のために作られた専用機だと思っていたのだ。

 ──だが違う。

 今、アトラの目の前にある〝デスティニー〟は試作機に過ぎないのだ。やがて同じものを何機も──果ては何十機も──製造し並べるための、最初の先行試作機。デュランダルは事務的に続ける。

 

「君には〝インパルス〟に引き続き、今後量産を控える〝デスティニー〟のテストパイロット業務をお願いしたい。そういう意味だよ」

 

 その言葉に、アトラは沈黙した。

 

「〝スカイリフト・ウィザード〟だったか──タリアから設計(そちら)の活躍も耳にしている。いやはや、凄いものだな、君の能力は。君ほどに優秀な技術者は、そうは居ない」

 

 国家元首ともあろう人間に、手放しで称賛される。

 だが何故だろうか、アトラは全く褒められている気がしなかった。

 

「君には技術的アドバイザーとしての視点をもって〝デスティニー〟に搭乗してもらう。まずは〝ヘブンズベース〟で試験機を実戦運用し、性能、操縦性、武装──運用の面で何かしら不足や不備があれば、どんな些細なことでも構わないから報告してくれたまえ」

「…………」

「君の意見はそのまま後続機へ反映される。そうして実戦の中で磨き上げ、ようやく完成を迎えるのだ──我がザフト最強部隊──『コンクルーダーズ』はね」

 

 その声音は、以前と何ひとつ変わらなかった。

 アカデミーを卒業後、初めてアトラの前に現れ、〝インパルス〟のテストパイロットになって欲しいと頼まれた、あの日と同じ柔和な笑顔。同じ穏やかな声──

 

 ──ああ、わかった。

 

 今ではそれが、ひどく恐ろしく耳に響く理由。

 ──これは相談ではない。

 ──お願いですらない。

 議長はただ、私に〝報せている〟だけなのだ。

 

 ──既に決められた未来を(・・・・・・・・・・)、私はただ、この男から告げられているだけなのだ。

 

 拒否権など、初めから存在しない。

 アトラの背を、うそ寒いものが流れ落ちていった。

 

 

 




【コンクルーダーズ】
 原作におけるZGMF-X42S〝デスティニー〟は、当初はシン・アスカの搭乗に合わせたワンオフ機のみになる予定だったが、並行してザフトにおける精鋭部隊「コンクルーダーズ」の専用機としての導入も検討されていた。そのパイロット候補として名が上がっていたのがハイネ・ヴェステンフルであるが、原作では彼の戦死により部隊編成自体が幻に終わったと推察されている。当小説ではこの裏設定をそのまま引用し採用しています。
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