~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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 頂上戦争はまだ先の予定ですが、ここで突発的なラスボス戦。



『運命の守り人』

 

「──どうしたね、アトラ?」

 

 思考の沼に落ちていたアトラに、デュランダルが呼びかける。

 アトラは我に返る。これまでに積もっていた疑念を晴らすように、与えられた〝デスティニー〟を見上げながら、彼女は、次のように口を開くことを決めた。

 

「これは、これから〝ロゴス〟と戦っていくために──ということですか?」

 

 背に負った巨大な対艦刀。

 聖剣の名を冠する大刀を背負った〝デスティニー〟は、文字どおりの剣だった。

 混迷の闇を切り裂き、悪を討つための刃──アトラは続ける。

 

「戦争を失くすために〝ロゴス〟と戦うと、議長はおっしゃいました」

「ああ、戦いを終わらせるために戦うというのも、矛盾した──困った話だが、仕方がないだろう? 彼らは言葉を聞かないのだから」

「では、なぜ彼らを……」

 

 アトラは、そこでひとつの不信を口にする。

 

「なぜ、〝アークエンジェル〟を撃てと命じられたのです?」

「アトラ、それは……」

 

 レイが意外がる様子を見せ、アトラへと一歩寄った。彼は本当に意外がっていた。まさかアトラが、件の命令に不信感を抱いていたとは察知できなかったのだ。

 ──ああ、たしかにそうだ。

 アトラは彼らに軍への背信を仄めかしたことはなかったし、かといって、別に任務中に手を抜いたわけでもなかった。だが、それでもやはり受命の際、心から納得していたかどうかは別なのだ。

 

「私の友人は云っていました。議長がこれから目指す『最終的な理想の世界』とは、この戦いの歴史を終わらせた先に待っているものだ、と」

「……報告書なら見ているよ。きみが交戦したのは〝アリアドネ〟──とすると、マユ・アスカ君のことかな?」

 

 その名を記憶の棚から引っ張り出したのか、デュランダルはさも悲しげに、ため息をついてみせた。

 

「ああ、憶えているよ。彼女は私がミネルバ隊に編入させ、特権まで行使して〝アリアドネ〟を与えた者だ。それが、よもやこんなことになるとは……私もショックを隠せんよ」

「いいえ議長、あの子には元々ザフトへの忠誠はありませんでした。あの子の忠誠心はラクス・クラインと、もうひとりの魔女にしか向いていなかった」

 

 アトラはため息をつき、端的に云った。

 

「マユは、自由な子ですから」

 

 ぴくり、とデュランダルの眉が揺れた。

 『自由』──それは『運命』と対義にある言葉。

 アトラはその先を続ける。

 

「その彼女が、貴方のことを仰っていました。デュランダル議長の目指す世界には、自由(それ)がないって」

「ほう……?」

「丁度いい機会ですから、私もこの場を借りてお尋ねすることにします。──貴方の理想とする〝デスティニープラン〟とは、一体どういったものなのかを」

 

 〝デスティニープラン〟──

 その単語を唐突に話題に出され、流石のデュランダルも面食らった顔をした。やはり公表したことの無い単語のはずだが、アトラは知っていて──この場合、やはり〝アークエンジェル〟の面々にも見透かされているということなのか。

 

「……なるほど」

 

 しばし沈黙の後、観念したようにデュランダルは肩を竦めた。

 

「そこまで情報が割れているのなら、構わないよ。どのみち公表は避けられないことで、遅かれ早かれ、君の意見も聞こうと思っていたところだ。──説明する手間が省けたと考えることにしよう」

 

 どのみち、プランの導入実行に当たってはアトラの協力、いや、能力が必要だとデュランダルは考えていた。

 彼はアトラの目を見据えた。

 

「たしかに〝デスティニープラン〟とは、私がゆめゆめ理想としてきた最終的な人類の防衛策だ。……その様子だと、情報源はマユ・アスカくんかな?」

「結論としてはそうですが、私が聞かされて知ったとお考えなら普通に間違いですよ。殆どは私が独自に貴方を調べ、そして貴方自身の行動や采配から盗み取ったものです」

「そうか、この調子では〝メンデル〟に処理班を送ったのも無駄足だったかな。個人の力でそこまで辿り着かれてしまっては立つ瀬がない。……それとも、単に君のリサーチ力がおかしいだけなのか?」

 

 呆れたようにデュランダルは口にするが、前半は初耳だった。

 コロニー〝メンデル〟──たしかデュランダルが過去に在籍していた遺伝子工学の学術都市の名称であるが、そこに保管されていた書跡等の証拠を、彼は掃除屋を派遣して処理させに向かっているらしい。

 

「まだ世間に公表はしていない話だがね。たしかに私は、人々の遺伝子によって、この世界から差別や戦争を完璧に排除した社会を作りたいと思っているのだよ」

 

 デュランダルが話し始めたのを確かめ、アトラはさりげなく、傍らのレイに目を流す。レイはこのとき幽霊のように気配を消し、議長の方も既に彼を居ないもののように扱って──いや、待てよ。

 

(レイは議長の夢をもう知ってるのか)

 

 この密談に立ち会うことを許されているということは、つまりはそういうことだろう。

 アトラは勝手に理解する。成程、寡黙な彼がザフトに入隊した理由は往年の謎だったが、ついに氷解した。大義や名誉というよりは、根源はデュランダル議長に近しい所にあるらしい。

 

「今この世界では、我々は誰も本当の自分を知らず、その力も、役割も知らず、ただときどきに翻弄されて生きている」

 

 手頃な例を挙げよう。

 デュランダルはそう続けた。

 

「きみの友人のマユ・アスカくんに限って云っても……そうだな。私は、彼女がじつに不幸だと、気の毒だと思っているのだよ」

「不幸? 気の毒? ……マユが?」

 

 アトラは疑念と共に訊ね返す。デュランダルは悪びれもなく云った。

 

私から見て(・・・・・)、マユ・アスカは本来『戦士』になれる器ではないのだ。私の概算ではアカデミーでも赤服に届く筈が無いと結論づけていて──まあそんな私の見立てを、彼女は見事に覆してくれた訳だがね」

 

 称賛というよりは、珍事でも起こされたような口調で男は続けた。

 

「まあそちらは良い。彼女のアカデミーでの生活について多忙な私の知る所ではないし、聞けば彼女には、校内によほど献身的な世話役が居てくれたという話だしね」

「…………」

「しかし私に云わせれば、それを含めて〝不幸〟と呼ぶ気は変わらんよ」

 

 デュランダルは、残酷なまでに淡々と評価を口にする。

 

「なぜなら彼女はその〝不幸〟によって、本来自分が持っている実力以上の期待を掛けられてしまった。その結果として、今や身の丈に大きすぎる宿命を背負い、輝かしい才能がひしめく場違いな舞台(ステージ)に放り込まれようとしている。──ああ、まったくもって気の毒な話だと思わないか?」

 

 語り掛ける男は、遺伝子工学者としての振る舞いに徹していた。俗人がこれを口にすれば単なる悪口に相当する類だが、デュランダルはその考察の全てを、科学的なデータによって立証できるものと思っているのだ。

 部分的には、たしかにアトラも否定はしない。

 だが、いくら相手が国家元首とはいえ、マユのことを一方的に評価されて気を害されたことは事実だ。そのときのアトラが名状したがいほど不機嫌な顔を返していたというのは後のレイによる証言であったが、天を仰いでいるデュランダルには見えてすらいない。

 

「なのに誰ひとり──彼女自身それを知らず、弁えず、ただ時代に翻弄されて生きてしまった……」

 

 この点に関しては、ひとえに見解の相違でしかない。

 ──マユは、そんなことで挫けたりはしない子だ。

 アトラが知っている彼女は強いのだ。自分なんかよりも、はるかに。

 

「本当に不幸だった、彼女は……。彼女がもっと早くに己を知っていたら……今の君達のように、その力と役割を知り、それを活かせる場所で生きていたら……彼女は今も悩み、苦しむこともなく、その能力は讃えられて、幸福に生きられただろうに」

「────マユの話はもう結構ですよ」

 

 アトラは強引に話を打ち切った。

 これ以上、友人を標本のように語られるのは不快だった。

 

「〝デスティ二ープラン〟──それは、人の持つ遺伝子の適性に則った職業等の斡旋システム。たしかにコズミック・イラの歴史を踏まえれば合理的で、革新的な方策のようです」

 

 アトラはそちらこそを肯定する。

 

「その導入と実行のために、旧い体制には消え去って貰わねばならない。そのために、旧来の支配者層たる〝ロゴス〟には死んで貰わねばならない。そしてそのために、貴方は私に〝デスティニー〟に乗れという」

 

 おそらくはまだ実験段階でしかないであろう機体を見上げ、アトラは気色ばむ。

 

「私は、私の適性が『戦士』なのか『技師』なのか──大穴でもっと別に向いている仕事があるのか──まあ知りませんが。貴方は恐らく私の遺伝子については念入りに解析済みで、その答えをすでに御持ちなのでしょうね」

「──まあ隠す必要もないな。それは、その通りだ」

「話さなくて結構ですよ、別に聞きたい訳じゃありませんから。その答えをいずれ聞くことになるのか、ならないのか……」

 

 答え──すなわち、人生の『正解』と呼ぶべきもの。

 しかし、現時点ではアトラは聞きたくなかった。

 たとえば読書の真っ最中に、今後の展開をネタバレされるようなものではないか。主人公は自分であり、結末を知ってしまってはストーリーは面白味を欠く。それが法律によって強制されるならまだしも、今はまだ、そのときではない。

 

「ですから、今は厳然たる事実のみを云いましょう。デスティニープランはまだ導入段階にはなく、その存在は公表すらされていない。なら、今の私は私の価値観に従って行動しますし、その権利くらいは有る筈だ」

 

 ──他ならぬ貴方に、その『才能』を見出された者として。

 

「私から議長閣下に、ひとつ質問をさせて下さい。なに、簡単なテストですよ。──マユは私の友達で、そんな彼女を貴方は試そうとした訳ですから、その仕返しとして、私も貴方を試すだけです」

 

 その傍若無人な物言いと振る舞いに、さすがにレイが抗議の口を差し挟もうと動くのが見えた。

 なるほど、デュランダル議長に恩でも持っているらしい彼からすれば、アトラの態度はさすがに許容し難いものがあったようで──しかし他ならぬデュランダルが、手を伸ばしてそれを制する。

 

「テストとは、また興味深いことを云う。良いだろう」

 

 科学者としての興味が刺激されたように、デュランダルは愉しげに言う。アトラはにっとしたのは、その答えを期待していたからだ。

 ──乗ってくると思っていた。

 アトラは挑み、そのテストを真っ向から受けて立つかのように、デュランダルはその先を彼女に促した。

 

 

 

「──あなたは〝デスティニープラン〟が導入実行された世界で、みずからもまた(・・・・・・・)その制度に従う(・・・・・・・)覚悟が御有りですか?」

 

 

 

 そしてテストとなる質問を投げ放ったその瞬間、時間が止まった。

 その時計の針を動かすようにして、アトラの方から、話に水を向ける。

 

「大前提として、その社会で生きる人間は遺伝子によって管理される。夢は消え、理想は破れ、適性がない──そんな不合理(・・・)なもの(・・・)は、自然淘汰されてゆく運命に有るのでしょう」

 

 滑らかな弁舌で、アトラはあえて意志を感じさせない口調で事実のみを口にする。

 

「まあ悪い面ばかりではありませんね、たとえば親のコネだけで事業を引き継いだような、無能な後継者など消えてなくなる。──しかしその一方、ひたすら目標を追いかけ、適性もないのに(・・・・・・・)努力を重ねてザフトレッドになった彼や彼女も、せっかく手にしたその立場から容赦なく振るい落とされる」

 

 今を生きている人間が、現在の立場にしがみ付こうとしても無駄なのだ。

 デスティニープランは、そんな努力の者達を奈落の底に突き落とす。徹底された遺伝子解析技術が、その我儘を許さない。

 

「しかし、それは貴方だって同じ筈です」

「────」

「寧ろ、私の価値観は云うんですよ。絶対に、そうでなければならないと」

 

 肩を竦め、アトラは真っ向からデュランダルをねめつけて云う。

 

「私は不合理な事を言っているつもりは有りませんよ。デスティニープランが世界を席巻する為には、例外規定などあってはならない(・・・・・・・・・・・・・・)。プランの提唱者である貴方自身、この世界に生きる一人の人間として、同じく遺伝子の裁定を受けることは避けられない」

 

 デュランダルの反応を待たずして、それが現実であるべきだとアトラは説く。

 

「ええ、デスティニープランを起草したのは貴方でも、一度始まってしまえば、制度そのものは別に貴方が居なかろうと維持可能だ。たかだか貴方一人が欠けたくらいで破綻する制度なら初めから世の為になりませんし、後世のことを真剣に憂うなら、強権的統治制度には誰が欠けても維持される恒久性が担保されて然るべきですよ」

 

 議長自身の言葉を借りるなら、デスティニープランは『人類の防衛策』であるのだから。

 

「もっと噛み砕いて云いましょうか。遺伝子解析の結果次第では、貴方だって今の立場から蹴落とされる。これまでに手に入れた地位や名声、富──そんなものらを、本当に適性の有る(・・・・・・・・)次のプラント最高評議会議長(まったくの赤の他人)』に譲るという屈辱を味わう羽目になる」

「…………」

「若かりし頃の貴方が我が子のように育て、大切に温めてきたデスティニープランは独り歩きを始め、後続の人間達に引き取られる。そしてその瞬間、革命家ギルバート・デュランダルという人間は、何ら特別な人間では無くなるんです」

 

 あえて挑戦するような声音で、アトラは堂々と注意喚起を行う。

 

「たしかに、世界の設計図を書き換えた敬虔な科学者として、貴方の名は歴史の教科書に刻まれるでしょう。けれども──歴史上の多くの偉人がそうであるように──その学術的正義が讃えられるのは精々百年後であり、貴方が老衰でくたばった後であり、少なくとも貴方が生きている内は叶わない。デスティニープランの価値観に拠れば、存命中の貴方は制度に従っていればいい歯車に過ぎず、そこらへんで働いてる人と変わらない」

 

 ──この世に〝特別〟な人間などいない。

 皮肉にもデスティニープランこそが、その言葉を担保してくれる。生きとし生ける全ての者が例外なく、真に平等に遺伝子の奴隷となる。

 

「少なくとも、貴方が提唱するデスティニープランはそのような制度に思える。違いますか?」

 

 自嘲気味に、アトラは付け加える。

 

「特別待遇。例外規定。そんなものらがある限り、人は不正を侵します。貴方が私に特別な恩赦を掛け、それを見越した私が(・・・・・・・・・)今でも好き勝手振る舞っているように(・・・・・・・・・・・・・・・・・)、特権を与えられた人間は、それを最大限『悪用』してくれるものですよ?」

 

 言葉の形を取った反撃の牙が、デュランダルの喉元に突きつけられる。

 

「──分かるでしょう? 将来に禍根を残さないようにするためには、特権なんて認めちゃいけない。たかが起草者であることを理由に、自分だけの特例を認めるなど許されない。汚濁となり得る不正は徹底して排除し、そうでなければ、そもそもプランを導入する意味がない」

 

 法外を認める法などない。

 

「今現在、高い地位の居る人間ほど初めに損をするデスティニープラン。そして現在、貴方は事実上世界の最高位に立っている。やがて訪れる審判の時、貴方が手放さなければならない物の大きさは一般人の比ではなく──言い換えれば、プランを導入する事によって、誰よりも馬鹿を見るのが貴方である可能性を否定できない」

 

 無論、それはアトラの視点に立って考えた場合の話だ。デュランダルは実際のところ、自分自身の適性──アトラが云うところの〝答え〟を既に知っている可能性は残されている。

 だがやはり、それを彼本人が了承するかどうかは別の問題なのだ。すっかり失念していたことがあり、アトラはそこで思い出したように付け加えた。

 

「云い忘れていましたが、この問題に対し、自分は既に最高の適性を持っているから現状維持で構わないのだと、そんな愚かな解答を受け付ける気はありませんよ。多様性に溢れるこの色鮮やかな世界で、そんな都合の良い話を通されてしまっては堪らない」

「その議論は普通に不要だな。私としても聞くに耐えない反論で、うんざりするほど荒唐無稽だ」

「それは有難い」

 

 腰を据えて検討する程の価値も無い。

 

「つまり君は、私がみずからをその例外にするのではないか、そう危惧しているのだね」

「覚悟を問うているんです。貴方という人が、自分自身をも犠牲にできる器なのかどうか」

 

 これまでさんざん生贄にされてきたアトラにとって、これは絶対にやっておかねば気が済まない確認事項。

 

「自分がやってきたことをやり返されるのが気に入らないというのは餓鬼の理屈です。ですから、そのじつ期待しているんですよ──遺伝子への従属を他者に強いる貴方が、まさかその論理が自分に適用される段になって云い逃れする筈が無いだろうと」

 

 挑戦的な皮肉にも、デュランダルは表情を変えなかった。その心の動きは流石というべきか、アトラの目からはまったくもって読めなかった。

 

「貴方は優秀だ。過去は名だたる遺伝子工学の権威にして、現在は人心掌握に長けたカリスマ政治家──そして世間一般女性の反応を見る限り、顔も良く、人当たりも良い部類に居るようです。そんな貴方が極端な話、明日から子供番組の歌って踊れるお兄さんになれと、プランの方から定めてくる可能性は確かに存在する」

 

 遺伝子がそう定めたのなら、従わねばならない。

 

「それは貴方にとっても大きなリスクでしょう。今よりも確実に低い待遇であることは間違いなく、真っ当な感覚を持っている人間なら、劣悪な環境に身を堕とす法案など当然通さない方が良いに決まっている」

 

 世の大多数の人間は、間違いなくそう考える。

 ──けれども、その大多数ではないのなら?

 どちらかといえば、その少数派の狂気こそをアトラは期待している。

 

「それでも貴方が〝構わない〟と仰るのなら。それほどの狂気を抱えてまで〝世界を変えたい〟と熱弁されるなら──それは実際、私が望むところでもあるのです」

「それは意外だね。君の──?」

「そうですよ。『個人の都合や名誉より、世界全体の最大幸福が何物にも優先される』──真に高潔な自己犠牲の下、貴方がそう強弁されるのなら、もう私から云えることはありませんね。潔く敗北を認め、デスティニープランを支持する側に回りましょう」

 

 そう告げる彼女の言葉に、嘘偽りはなかった。

 

「人の持つ能力が正しく評価され、もう二度と不当な『虐め』を受けることの無い世界──かつての私が夢見た場所であり、そんな未来を約束して頂けるのであれば、私は貴方の理想の為に殉じる事だって可能だ」

 

 けれども、結論はまだ分からない。

 

「逆に貴方にそこまでの覚悟が無いのであれば、私はもう二度と貴方には従わない。たとえ反逆の罪に問われ、今ここで保安要員に取り囲まれて銃殺される事になろうとも、絶対に。……そのときは胸のポケットに仕舞っている私の退職届を、貴方の胸に叩きつけながら死んでやるでしょう」

 

 議長が認めた最高峰の『才能』を人質に、何としてでも足掻いてみせる。そう啖呵を切ってようやく、アトラは全てを言い終えることが出来るのだ。

 

 

 

 

 

「────成程。これは確かに、タリアが手を焼くわけだ」

 

 ギルバート・デュランダルは額に手を当てながら、疲れたように紡いだ。半ば見せつけるような演技臭さは有ったが、全て作り物という訳では無いらしい。

 デュランダルはそこでようやく、アトラに対する心から称賛を口にする。

 

「そしてそれも当然なのだろうね。私に面と向かってここまで云える人間が、果たして今の世にどれほど居るだろうか。そしてそれは、タリアにはまず不可能だ」

 

 恋仲──それほど親しくとも、伝えられない関係というものはある。

 

「君が知っての通り、彼女と私はそれなりに仲良くさせて貰っているし、あれもあれでズケズケと云うタイプだろう? が、それでもあれには同じ振る舞いは出来ない。君の傲岸不遜さは常軌を逸しており、端的に云えば、君は狂っている」

「人並みに良識的に振る舞うなど出来ませんよ。それが出来るなら、やはり私はもっと真っ当に生きている」

 

 正に常軌を逸した者の回答であり、違いない、とデュランダルは苦笑した。だが、アトラの方にも言い分はある。

 

「それに貴方にだけは云われたくありませんね、ミスター・デュランダル」

「云われてみれば、確かに君からは私と同じ匂いがする。妥協を許せぬ潔癖主義で、大の負けず嫌いだろう。それも世間一般に可愛いがられる類のものではなく、その本質は陰湿で、陰惨で、何より破滅的だ」

 

 お互いに難儀なものだと、デュランダルは冗談みたいに云って心から笑った。

 

「君が周りの人間に馴染めない理由。こうして腹を割ってみて少し分かった気もするよ。よりにもよって私に向かって『歌のお兄さん』では、ユーモアのセンスも悲劇的だからね」

「流石に余計なお世話ですよ。──そう云いたい所ですが、やはりそうなんでしょうね……。最近特に思うんですが、私という人間は、はじめから人に好かれるよう設計されていない」

 

 ──こんな私を好いてくれたのは、この地球上で一人だけだ。

 ──勿論、死んだ父を除いて、だが。

 

「さて、本性を表した(・・・・・・)君と交わす議論がこうも痛快で、愉快なものになるとは思ってもいなかった。が、いつまでも冗長に話し込んでいてはレイが退屈してしまうし、解答期限も過ぎてしまう事だろう。──コレが君から提出された宿題である以上、私も遺伝子工学に人生を捧げてきた研究員として、その矜持を持って答えよう」

 

 そうして稀代の狂科学者(マッドサンエンティスト)は、やはり常軌を逸した解答を口にした。

 

「────勿論、その覚悟は有る」

 

 アトラは驚かない。デュランダルは真正面から、はるか年下の少女から叩き付けられた挑戦状を堂々と受けて立つ。

 

「その論拠となるものは、今は私の手許に無い。だから現状は〝信じて欲しい〟としか云えないが──正直に明かすとね、私の『答え』も既に出ているのだよ。そしてそれは、君が察している通り、この世界の『指導者』では決して無い」

 

 アトラはどこまで調べたのだろうか。

 しかしまあ、デュランダルには分かっていたことなのだ。この世界には『人類を導く者』として遺伝子操作を受けて生まれた一対の男女が存在していて、そんな彼らを押し除けてまで、自分が頂点たりうる資格を持つとは考えてもいなかった。

 

「その『答え』について、しかし、この場で君に明かすのは辞めておこう。図らずも君が先に未来について〝知りたくない〟と述べた以上、私の方も秘密を明かす道理が無いからね」

「そう……ですね。その方が衝平でしょう」

「──だが、私の裁定はとうに下されている。それだけは絶対だ。次世代のオマエは『(コレ)』になるのだと、我が内に秘める遺伝子は解答を終え、その全てを既に開示している」

 

 そこまで明かされてようやく、アトラは絶句してしまった。アトラがはっきり怖気づいて躊躇した闇の奥へ、目の前の男はもう踏み込んでいた。

 ──想像を絶する自問自答が、そこには在ったはずなのに。

 流石のアトラも、その決断の重みに耐えかねたように無意識の問いを漏らしてしまう。

 

「そこに希望は在りましたか」

「ああ。同じだけの絶望と共に在った」

 

 そして、それ以上に費やす言葉は無い。

 ──その裁定が彼にとって救済だったのか、堕落だったのか。

 男は清濁を併せ呑む表情で告げ、そうしてようやく、アトラは白旗を上げる。その表情の硬さと目の色の強さに、己の降伏を宣言せざるを得なかった。往々にして、言葉よりも雄弁なものはあるものだった。

 

「……なるほど。私が見縊っていたようです」

 

 ──傲岸で、いけ好かない男性という印象が先に在った。

 けれども、こうして向き合ってしまった時、男の本質はそれから掛け離れている事に気付かされた。世界を統べる彼の能力に疑いは持っていなかったが、要するにアトラは目の前の男の恐ろしさを、彼の裡にある闇と絶望の深さを侮っていたのだろう。

 

「……分かりました、分かりましたよ。貴方にそこまでの決断を迫って尚、私が何も返さないというのは、余りにも不義理が過ぎるでしょう」

 

 今度はアトラの方からその場に跪き、頭を垂れる。胸ポケットにずっと隠し持っていた封筒の感触は、不思議ともう感じ取れはしなかった。

 

「──今までの数々の無礼を心からお詫びします。デュランダル議長(・・)

 

 遜るアトラに、デュランダルは深みのある笑みを見せて笑った。

 

「いや、君との議論はじつに有意義だった。久々に対等な相手と激論を戦わせられたように思うし、これでも私は、自分には見る目があると思っているのだよ」

「……貴方の目は慧眼ですよ、それだけは確かだ」

「いいや、それでも期待以上だった。君のような人間をたまたまオーブで拾えたことは、我が人生で最高峰の僥倖に違いない」

 

 手放しの賛辞を送りつけられ、しかし、アトラの方も真っ向から返す。

 

「私の方こそ、貴方という人間を見誤った。人生を擲ち、その全てを研究に捧げた男──私は、そんな貴方の覚悟を見縊った大馬鹿者だ。そんな愚か者の責務として、これからは貴方が目指す理想の世界の実現(デスティニープラン)のために、私の力を捧げる事を誓いましょう」

 

 新たなる時代が幕を開けるまで、デスティニープランの守り人として──『戦士』となることを厭わない。

 ──しかし同時に、こうも思ってしまったのだ。

 最大限の畏怖と賛辞を込めて、アトラは目の前の男性を結論、このように評さざるを得ない。

 

「それでもやっぱり、貴方はイカれてますよ」

「そうでもないさ。君と同じくらいだ」

 

 ──それと云ってなかったが。

 デュランダルは個人的に、仮面を被っていないアトラの方が好きだった。

 

 

 

 

 

 

 ジブラルタルはかつてない活気に満ちている。

 対〝ヘブンズベース〟攻略に備えてザフト、連合、その他各勢力の混合艦隊で形づくられる部隊は、よく云えば義勇の士であり、悪く云えば烏合の衆だ。

 そこは各国の諜報員が紛れ込むには、格好の状況であり──

 

 事実、このとき既に、基地内には内偵のために遣わされた人間が紛れ込んでいた。

 

 その内の一人が、レドニル・キサカ。彼はアスハ家からの出向で、オーブ陸軍の特殊空挺部隊に所属する男だ。かつては出奔したカガリの目付役にも命じられた程のタフガイで、現在は軍港を軸に義勇軍の内情を探る動きを見せていた。

 そしてもう一人が、このとき最新鋭機の工廠に身を隠し、全ての会話を盗み聞いていた少年。アスハ家と対になるサハク家から遣わされたシン・アスカだった。

 人種も年齢も大いに違うキサカとは別々の経路で侵入したシンであるが、互いに面識は有り、万が一の有事の際には合流する段取りになっている。

 

「──デスティニープラン……?」

 

 工廠区の警備を掻い潜って侵入した後、シンはザフトの最新鋭機〝デスティニー〟の足元に身を隠し、デュランダル達の話を傍受していた。プラント最高評議会議長の周りを偵察できれば、何より有益な情報が掴めるだろうと踏んだからだった。

 ──そして掴んだ。

 デュランダルの最終的な目論見。声高に叫んだ〝ロゴス〟狩りのその先の展望を、彼らはべらべらと喋ってくれた。聞き耳を立てられているとも気付かずに。

 

(あの女の子は……)

 

 身を隠すシンの視線の先には、議長とまるで対等に言葉を交わす赤服の少女がある。

 そんな彼女をシンはディオキアで見かけたことがあり、名前はアトラと云うそうだ。もうひとりの端正な少年はレイと云い、どちらも〝ミネルバ〟のモビルスーツパイロットらしいが、自分とそう年齢は変わらなさそうだった。

 

「遺伝子によって、人間の生き方まで決める世界なんて……」

 

 これだ。これがザフトの──ギルバート・デュランダルの目的なのだ。

 伺った話の内容に、シンが最初に抱いたのはいかがわしさだ。彼らが云うには、人類は漏れなく遺伝子の奴隷となるべき──というのだ。

 ──だが、今は考えている場合ではない。

 自由を愛し、これからも独立不羈の道を貫かんとする彼の祖国、オーブ連合首長国にとって、そのプランは天敵となることは間違いない。ましてやこれは、人の生き方にまで従属を強いる侵略行為に他ならないのだから。

 

「これは……大変なことになる……!」

 

 ──このことを、オーブにも報せなければ……!

 シンはそうして、周囲に気取られないようその場から踵を返す。かつてオーブで暮らし、しかしながら、今はそれを見限った少女に背を向けて。

 その真実がどうであれ、このときシンは最大の目的を果たした。

 これ以上の長居は、無用であるはずだった。

 

 

 

 

 

 

 アトラとレイはその後、それぞれの搭乗機のスペックや武装、概要等をひと通り把握し終えた。OSのチェックも終え、ふたたびキャットウォークの上に戻ってきてから、アトラはデュランダルに声をかけた。

 

「議長、私からひとつ、ご提案があるのですが」

 

 その問いかけに、デュランダルは先を促すよう頷きかける。

 

「ハインライン設計局から、二つほど取り寄せて頂きたい設計図があるんです」

「──設計局? 何だろうか」

「スペックはひと通り確認させて頂きました。〝デスティニー〟に〝レジェンド〟──たしかに最新鋭機に相応しい性能であり、ハイエンドステージシリーズと云える機体群ですが、一つだけ気になった点が」

 

 それは、技術者としての観点からの指摘だった。

 

「議長はこれらをセカンドステージシリーズの系譜にある機体と称されましたが、一方でこれらには、それ以前のファーストステージシリーズの技術体系が、ほとんど反映されていない。──正確には〝デスティニー〟には」

 

 誰が見ても〝プロヴィデンス〟の後継機である〝レジェンド〟は兎も角、かたや〝デスティニー〟には〝インパルス〟の換装機構から得られた成果しか統合されていないように思える。

 宝の持ち腐れであり、積み重ねた技術資産を遊ばせる理由はない。せっかく過去のMS設計データから学べる部分があるのなら、やはりそれを活かすべきなのだと、アトラは続ける。

 

「ファーストステージシリーズを代表する機体は、間違いなく〝ジャスティス(ZGMF-X09A)〟と〝フリーダム(ZGMF-X10A)〟の二機です。ですから、その二機の設計図を〝ミネルバ〟宛てで構いませんので、私の部屋に取り寄せる許可を頂きたい」

「別に構わないが──」

 

 デュランダルの専門外なのだろう。彼は素人のように、不思議そうに訊ねた。

 

「──二機の件は了承した。だが、そういうことであれば〝クレイドル(ZGMF-X08A)〟の設計図も共に送らせようか? 世間的に最も知名度が高いのは〝クレイドル〟はずだが」

 

 こと〝プラント〟においては救国のモビルスーツとされ、その伝説的活躍は、一方の地球でも広まっているくらいだ。

 が、アトラは興味もなげに返す。

 

「知名度はどうでも良いですよ。私が気にするのは実利的性能の方です」

 

 アトラは簡単に云ってのけた。

 

「いくら『伝説』と持て囃されていようと、アレは所詮試作機(・・・)でしょう。だからこそ、アレはオーブで蘇り、しかしながら程なく撃墜された」

 

 当然だった。三年前と同じ幻想を抱いたまま、あんな機体で無双できると思っているなら、当然ぶち殺されるに決まっていた。ここ数年で各陣営の技術水準は目を見張るほど急激に変化し、今や前大戦で〝鬼神〟と崇められた〝ストライク〟ですら〝ダガー〟より劣る時代なのだ。

 アトラが自身の検討の中からZGMF-X08A(クレイドル)を除外したのにも理由がある。それはファーストステージシリーズがまだ手探りで開発されていた三年前、統合三局において、試作機的な意味合いを持って造られたのが〝クレイドル〟だという点──であるから、その機体はさまざまな面で、後続機ほどの高い完成度を誇っていないのだ。

 実際、三年越しにオーブの海で蘇ったとされる〝クレイドル〟は、しかし、地球の重力下ではドラグーンすらまともに使用できず、最大の強みとされていた光波防御帯も今では紙同然だ。

 

 ──映像から判断するに、パイロットを務めていたのは例の〝魔女〟だろう。

 

 実力は折り紙付き。だが、いくら何でも旧式が過ぎている。

 あのような環境下では、パイロットは実力の半分も発揮できずに(・・・・・・・・・・・・)撃墜されたと見るのが筋だ。要は〝クレイドル〟は宇宙空間でしか本領を発揮できず、構造的欠陥があるのだから。

 

「議長のお考えの『最強の混成部隊(コンクルーダーズ)』とやらが、如何なる構想になるのかは敢えてお聞きしません。ですが早い話、我々はザフトとして、軍が誇る〝フリーダム〟と〝ジャスティス〟をもう一度製造するのが良いだろうと具申します」

 

 アトラは戦術的価値を説く──その一方で、後続として開発された〝ジャスティス〟と〝フリーダム〟は違う。

 ──戦場や環境を選ばず、恒常的にその力を発揮できる完成度を誇る機種。

 奪取された〝フリーダム〟はともかく、実際に〝ジャスティス〟の方はアスラン・ザラの手に渡り、最後までザフトの陣営で伝説的活躍を残していると記録されている。

 現実に成功した技術系譜ならば、やはり活用しないに越したことはないのである。

 

「近代改修案も含め、構想は私の方で練りましょう。──私なら出来ます」

 

 ──設計局へ戻れば、あの二機の設計図はまだ残っている。

 基礎技術も失われてはいない。あの二機が生まれた時代より、動力も、兵装も、機体制御技術も飛躍的に進歩している。ならば復元するだけではなく、現代の技術体系に合わせて再設計することだって可能だ。

 そして何よりアトラ自身が、ハインライン設計局に籍を置く技術者なのだ。

 それに対し、やはりデュランダルは云った。

 

「しかし君は、たった今『戦士』として私に力を尽くすと誓ったばかりの筈だが」

「なに、私にだって〝息抜き〟は必要ですし、その方が面白そうじゃないですか?」

「──君も末恐ろしい人間だな。つまりは人間関係などは完璧に諦めて、一人の時間は部屋にこもって研究に没頭する気か? ……私が云うのもなんだが、誰もそこまでは求めていないよ」

 

 覚悟が決まり過ぎている。

 ──冗談ではない。

 この少女なら、本当にやってのけるのだろう。

 

「──研究者というものは、一度突っ走り始めたら善悪すら顧みないのがいかんな」

 

 デュランダルはやれやれとため息をつくが、それでも頭ごなしに否定するのではなかったのは、そんな彼自身、研究者としてその飽くなき欲求が分からないでもなかったからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──雨が、降りそうだ。

 

 工廠区を後にしたシンは、厚い雲に覆われた空を見上げながら、そう思った。

 夜になり、周辺の基地は殺風景な景色も相まって、いっそうの深い闇に包まれ始めているように感じる。

 制服で偽装しているとはいえ、シンは出来る限り人目を避けるように、先に仕入れた情報をキサカに報告するため、軍港を目指して移動を開始していた。その道中、やはり思い出すのは、先の議長達の会話──

 

(遺伝子で、人を選別する世界か……)

 

 シンはこれまで考えたこともなかった。

 たしかにコズミック・イラの歴史には、たとえば『病気を克服する』ための遺伝子が発見されたと騒がれたことがある。実際にそれを調整したデザイナーベビーは、先天的に特定の病気に(かか)り難くなる──ああ、罹り難くなる、だ。完全に罹らなくなる訳じゃ無いのは、神様による救いなのか、罰なのか──という事例が存在したことを、シンは学生時代の教科書で学んだことがあった。

 そんな考え方を極端に推し進めていけば、たしかに体が壮健な人は、それに因んだ遺伝子を持っているということになる。とすればスポーツの世界で名を挙げる人は、やはりその線で優秀な遺伝子を持っているということになる……のか。

 

(でも本当に、その全部が遺伝子で決められちゃうもんなのかよ……?)

 

 じゃあ、たとえば歌が綺麗な人はどうなのだ? それもやっぱり、遺伝子をいじってそうなったものなのか?

 …………強さもそうなのか?

 人気のない非常階段の下に辿り着いたところで、シンは呆然としながら、みずからの掌を見下ろす。

 

 ──実際、俺は強い。

 

 師を仰ぎ、力を付けた自分は、戦場となったオーブでは数々のエース機を叩き落した。あの『伝説』の〝クレイドル〟にだって圧勝したくらいで、あのときに自分の実力は証明された。

 ──そして、誰よりも強く、戦争のない世界を望んでいる。

 彼らは戦争を根絶する方法を説き、しかしながら、その方法論はシンにはどうも理解不能だ。息が詰まるような圧迫感を、彼らの言葉からは感じたのだ。

 

(──って、今は脱出のことだけを考えろ、俺……っ)

 

 ザフトも連合も入り乱れた、この一大拠点で騒ぎを起こしてしまえば最後だ。

 シンはますます警戒を強める。なにせ自分が以前、ディオキアのザフト基地に潜入したときには、もう殆ど最初から偵察任務に失敗──ああ、失敗だ。あれは失敗以外の何物でもなかった──したようなものだった。

 

 ──あそこでやったことと云えば、天真爛漫なアイドルの女の子を助けたこと。

 ──それから日がな一日振り回され、財布からデート代をせびられただけではないか!

 

 いま思い出しても、最高で最悪の記憶。

 ──あの日と同じ轍は、もう二度と踏むまい。

 そう、決めていたのに。

 

「動くな!」

 

 突如、背後から声を掛けられ、シンの心臓はドキリとして跳ね上がる。押し殺した声とともに、硬質な何かが後頭部に突きつけられる感触──

 ──まずい、気付かれた!?

 声の高さからして、背後を取られたのは女性だ。だが振り返るまでには至らない。軽率な行動は死を意味するし、何より相手は、自分と同じコーディネイターなのだ!

 

「手を上げて、銃を捨てろ」

 

 無理に作ったような、くぐもった声。どこかで聞いたような声──。

 なにか作為的であって、作らなければかなり透き通って聞こえるような、綺麗な声をしている気がし──

 

「────ばあんっ!」

「いっ────!?」

 

 衝撃音──ではなく、底抜けた声が耳元で弾け、シンは大仰に、驚いてその場にひっくり返った。

 状況が呑み込めず、あたふたと困惑するシンの頭上に、くすくすと笑って抱腹する女の子の姿が映る。

 いたずらを成功させて満足げな表情。ピンク色の鮮やかな長髪に、爛漫な振る舞い、どうしたって少年の目を奪う、挑戦的なプロポーション──

 

 ──ええぇ……。

 

 シンは自分の運命に呆れかえった。

 ──既視感というものだろうか。

 これは。この状況は、もしかしなくとも──?

 

「こーらっ! おマヌケな諜報員(スパイ)くんが、こんなところで性懲りもなく、なにをやってるんだっ!」

 

 からかうように、咎めるように。

 いたずらを楽しむような、底抜けに明るい声が掛けられた。

 

「ミーア──っ!?」

 

 ミーア・キャンベル──

 ラクス・クラインの姿を騙った『歌姫』の少女が一人、そこに立っていた。久々の再会を──しかし、不思議とシンは喜べはしない。朗らかな彼女によって、またしても早速の身バレをやらかしたからだ。

 

「またかよ……!」

 

 またしても偵察任務は泡に終わりそうだと、このときのシンは、不思議とそう予感してしまった。

 

 




 前書きでラスボス戦と書きましたが、この小説、今のとこラスボス候補が多すぎる気がする…。

 次回『雷鳴の闇』
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