~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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 更新遅れました(汗)
 大学の冬休みはヒマだと思っていたんですが、所属している演舞サークルの練習が毎日のように入り込んで、疲れもあって、まったく筆が進まない毎日が続いてます。
 疲労も溜まってるので文章が雑になっているかもしれませんが、時間を見つけては書いていこうと思います。


『エクステンデット』

 『最適化』とは──

 生まれながらにして、ナチュラルとは比肩できない卓抜した反射神経や身体能力を持つコーディネイター達。彼らが操る高度なモビルスーツの操縦に対抗するため、地球軍で極秘裏に研究が進められた強化人間──『エクステンデット』に対して施される、特別な強化措置である。

 エクステンデットと呼ばれるパイロット達には、人間が本能的に持っている恐怖心に対して、あらゆる制御が掛けられている。云うなれば、恐怖感覚が人為的に封印されているのだ。

 こうすることで、彼らは冷酷な戦闘兵器へと化けることができ、この他にも、精神的ストレスによる反応の鈍化など防ぐこともできる。

 ──エクステンデットは、戦闘用パイロットとしての「調整」の限りが尽くされている、ということ。

 戦闘に必要のない記憶は障害としてしか判断されず、常に『最適化』によって精神は安定され、ある種のヒーリング効果のあるベッドで仮眠を取り、無用のストレスなどを脳内から除去することで、常に新鮮で、常に鋭敏な感覚を持った兵士として、活躍が見込めるようになっていたのだった。

 

 

 

 

 展望デッキで〝ユニウスセブン〟を眺めていたキラとステラであるが、一間を置いて、キラがステラの体調を気遣い医務室へ戻るよう呈した。

 ステラが「ザラの娘」である以上、血のバレンタインデーが起きてから〝ヘリオポリス〟に現れるまでの彼女の一切の経緯は、マリューやナタルに殊詳しく説明を求められることにはなるだろう。しかし、今は少なくとも月本部へ帰還することの方が先決であるらしい。

 事情聴取は、生還すればいつでもできる、という判断だろう。

 ステラに肩を貸し、医務室へと送り届けたキラは、当然として軍医の先生に「病人を連れ出しちゃダメじゃないか」といわれのない叱責を喰らった。彼女をベッドに座らせ、キラが云う。

 

「もう、ほんとに無理はしないでいいんだからね。モビルスーツに乗るのだって、やっぱり、怖いことなんだしさ」

 

 こわい?

 と、ステラはそこで訊ね返した。

 ──そう。怖い。

 戦争は、怖ろしいことだ。

 やはり、モビルスーツでの戦闘なんて慣れないものだし、だからといって、慣れたいと思うようなものでもない。

 出撃してしまったら、それが最後だ。敵は無条件に、自分を撃墜しにかかって来る──キラ・ヤマトという、ひとりの個人を理解しようともせず。

 そのために、自分はそれを迎え撃ち、相手を墜とす……つまり、殺すことでしか、自分が生き延びる術はない。

 

「……………」

「キラ?」

 

 何かを深く考え込むようなキラに、ステラが首をかしげる。 

 キラは改めて迷っていた。

 

 ──このままで、本当にいいのか……?

 

 キラは、トールら同級の友人達を守るために〝ストライク〟に乗り、今はザフトを迎え撃つように戦っている。コーディネイターという同胞へ、同じコーディネイターであるキラが立ち向かって行ける理由は──今はその大義こそが、自分の正義だと信じられているからだ。

 ──でも、ステラはどうだろう……?

 確かに彼女も、トール達を友人として慕ってくれているのかも知れない。だから、彼らを守るために〝ディフェンド〟に乗っているのかも知れない。

 だが────ステラはかつて、あの(・・)〝ユニウスセブン〟で暮らし、そして、核攻撃を受けた立場にあるコーディネイターなのだ。

 〝アークエンジェル〟は地球軍の軍艦で、この先、敵対していくザフトの兵士の中には、あの悲劇が原因になって、軍に仕官した者も少なくはないはずだ。

 

 ──例えばそれはそう……きっと、アスランのような。

 

 恐らくはアスランも、あの血のバレンタインがきっかけでザフトに志願したのだろう。

 確かな記憶の中で、戦争なんて嫌だね、と互いに話し合っていた。それでもアスランは今、前線で戦っている──核攻撃で母を亡くし、妹を奪われ、そこから軍人になる決意を固めるまでは、余人には計り知れない苦悩があったのではないか。

 

 そしてそれは当然として────アスランの妹である、ステラにも当てはまる事例なのだ。

 

 今のステラが味方しているのは、彼女の母親を奪った地球軍で──

 敵対しているのは、彼女の故郷である〝プラント〟を守ろうとしているザフト軍だ。

 彼女の内にどのような正義があったとしても、この事実を踏まえた時、彼女が地球軍(こちら)に身を寄せるのは、決して「正しい」とは云えないような気がする。〝アークエンジェル〟艦内にいるコーディネイターは、キラとステラのふたりだけだが──キラとステラでは、その出自や境遇が、あまりに違い過ぎている。

 猶予は残されていない。地球軍か、ザフトか。

 彼女の身柄はどちらにあるにしろ、本人に意思はなくとも、その存在が政治的に極めて大きいことは、覆しようのない事実なのだ。

 

 ──戦争なんて無縁の、暖かい世界に帰してあげられればいいのに……。

 

 どうして、昔みたいにはいかないのだろう。

 どうして、こんなことになってしまったのだろう。

 キラの頭では、その言葉ばかりが逡巡した。

 

 

 

 

「──パパが?」

 

 サイからの報告を受けて、フレイ・アルスターが声を上げた。

 

「うん、先遣隊の船に乗ってるって。こっちの乗員名簿も送ったから、フレイがこの艦にいるってことも、もうわかってるはずだよ」

 

 先刻、第八先遣隊護衛艦〝モントゴメリ〟が──〝アークエンジェル〟へのコンタクトを取って来た。

 ヘリオポリス崩壊の折より孤立無援だった〝アークエンジェル〟が、ようやく友軍艦と合流できるということだ。

 

「まあ色々あったけど、ようやく孤立無援だったこの艦が、友軍艦隊に組することができるようになるんだ」

 

 〝アークエンジェル〟はこれより先遣隊とのランデブーポイントへと向かい、月本隊と合流する。

 護衛艦〝モントゴメリ〟の艦内には、地球軍事務次官であるジョージ・アルスター──フレイの父もいる、という連絡を、フレイは受け取ったのだ。

 その言葉を聞き、フレイは、花が綻ぶような安堵の表情を見せた。

 

 

 

 

 

 〝アークエンジェル〟は現れた三隻の護衛艦〝モントゴメリ〟〝ロー〟〝バーナード〟へと乗員名簿を送信した。

 その中には当然、ステラと、ラクスの名前もあった。 

 その名簿を見ながら〝モントゴメリ〟艦長のコープマンが、感心したように呟く。

 

「────クラインにザラの娘とは。今の〝アークエンジェル〟は、まるで文字通りの宝船だ」

 

 その隣に座すスーツ姿の男、ジョージ・アルスターが訊ねる。

 

「クラインの娘の方は有名だが、もう一方は聞いたこともないな。よもや、パトリック・ザラの娘、などと…………本当に信頼できる情報なのかね?」

「さあ、分からんよ。ただ、あの艦がそう言っているだけなのだ。この状況で虚偽報告をする必要など、どこにもない」

「なるほど。……とにかく、合流すれば色々と詳しい話を聞けそうだな」

 

 ──まあ今は、なんだっていいさ。

 ジョージの頭は今、それどころではなかった。心配で心配でしかたがなかった……崩壊した〝ヘリオポリス〟のカレッジに通う愛嬢──フレイ・アルスターのことしか、頭の中にはなかったのだから。

 その時──〝モントゴメリ〟のレーダーに異変が発生した。

 ノイズが入ったのか、画面が歪んでいく。異変を感じた管制官が計器類を調整しても、歪みは増えていくばかり。

 やがて、そのオペレーターが、悲鳴にも似た声をあげた。

 

「これは……ジャマーか!? エリア一帯、干渉を受けています!」

「なんだと!?」

 

 先遣隊は、ザフトに発見されていた。

 

 

 

 

 

 プラント本国より戻って来た〝ヴェサリウス〟は、近隣の宙域に地球軍の艦隊〝モントゴメリ〟の熱源を探知していた。

 今、この船に乗っているクルーゼ隊の隊員は、出頭命令の下されたアスランだけだ。

 しかし、

 

「何の偶然なのだかな、これは」

 

 クルーゼは仮面の下に、小さな冷笑を浮かべている。

 宙域図を描いたパネルを見据えながら、即座に指示を出した。

 

「すぐに出向いて、あの艦隊を撃墜する。合流予定のラコーニとボルト隊をこちらへと急がせろ」

「まさか、戦闘されるおつもりですか?」

 

 アデスはその指示に難色を示した。

 一度本国へと帰還した〝ヴェサリウス〟は、本国からの通達により〝ユニウスセブン〟の事前調査に向かった民間船──それと共に、消息を絶ったとされるラクス・クラインの身柄の捜索任務に当てられている。当該任務中に別件で戦闘を仕掛ければ、本来の任務を後手に回すこととなる。

 ──本国の重要な通達を蔑ろにしたとして、後で責任問題になるのではなかろうか? 

 あまつさえ、捜索の対象となっている人物は──格式高き、最高評議会議長の令嬢なのだから。

 アデスが訊ねると、しかし、クルーゼはまるで恐れることもなく、あくまでビジネスライクに返した。

 

「ここは〝アルテミス〟から月本部への航路にある、つまり、やがて〝足つき〟が現れる可能性の高い場所(ポイント)だ。とすれば、あの艦隊はそれに補給を届けに来たものと判断するのが妥当だろう」

「ですが、我々は……」

「我々は軍人だよ、アデス。いくらラクス嬢捜索の任務を任されたとは云え、敵の強襲艦を迎えに出ている艦隊を、みすみす見逃すことはできはしないさ」

「は、はあ……」

 

 アデスが曖昧な返答を返すと、クルーゼはそれを是と取り、即座に声を飛ばした。

 

「アスランを出撃させろ。強襲機〝イージス〟と──それを操るアスランの手に掛かれば、今回のステージ、いささかお遊戯が過ぎるかな……?」

 

 私の出る幕など、どこにもありはしないかな。

 クルーゼの指示の下、そうして〝ヴェサリウス〟が再び、戦場へと出向いた。

 

 

 

 

 

 

 〝アークエンジェル〟艦内にも「先遣隊がザフト軍に見つかった」という報告は知れ渡っていた。

 ただ、状況から見るに、発見されてしまったのは、先遣隊である第八艦隊だけのようだ。

 合流地点に向かっている〝アークエンジェル〟までは特定されていないため、これを幸運と見た〝モントゴメリ〟は「〝アークエンジェル〟は急速転回せよ」との通達を送りつけて来た。

 だが、遥々迎えに上がって来てくれた艦隊を見捨て、ここでむざむざと踵を返すわけにもいかないだろう。

 第八先遣隊を見捨てれば、フレイ・アルスターの父、ジョージ・アルスター事務次官の身を危険に晒すこととなり、なにより、〝アークエンジェル〟は再び孤立無援へと逆戻りとなるのだから。

 

「第一戦闘配備! 〝アークエンジェル〟はこれより、先遣隊掩護へと向かいます!」

 

 艦内に警報が鳴り響くのを、キラはステラを送り届けた医務室の中で聴き止めた。

 目の色を変え、すぐに医務室から飛び出そうとした所を、後ろから腕を掴まれた。

 

「え……!?」

 

 それは、華奢にして、キラを力強く掴み止めるように伸ばされた、ステラの腕だった。

 

「ステラも、いく」

「そんな、ダメだよ! まだそんな身体なのに!」

 

 いつものように、キラはステラを庇うようにして制す。

 だが、ステラは聞かなかった。

 

「だいじょうぶ。だからおねがい、つれていって」

 

 ステラの双眸は、強い意志に満ちていた。

 キラはしばし逡巡したが、意を決したように答えた。

 

「……わかった、一緒に行こう」

 

 覚悟のほどを受け取ったか、キラがステラの手を取って、医務室を出る。

 ──だいじょうぶ。うごける……。

 廊下を駆け走りながら、ステラは自分に言い聞かせるように、心の中で呟く。

 ──さっきは弱気になったけど、もう、立ち直れたはず。キラのおかげ……。

 

 ひとりの娘、「ザラ」としての記憶。

 戦闘用兵器、「ルーシェ」としての記憶。

 

 ふたつの「過去」の記憶は、今もたしかに混然としている。

 ──でも、関係ない。

 それと、モビルスーツが操縦できるかどうかは、全くの別問題。

 操縦するだけなら、身体が憶えていることだ。頭では何も考えなくていい。

 

 いつもと同じように(・・・・・・・・・)戦場に出て、いつもと同じように(・・・・・・・・・)敵を倒す。

 ただ、それだけ(・・・・)でいいのだ。

 

 〝アルテミス〟で負った怪我は少し痛むが、さして操縦に支障の出るレベルではない。

 このときのステラには「自分はだいじょうぶ」という漫然とした自信を持っていたのだが──結論から云えば、それは単なる彼女の思い上がりでしかなかった。

 後で泣きたいほど恐ろしい目に逢うことを、このときの彼女はまだ知らないのだから。

 

 

 

 

 

 パイロット・スーツに着替えるため、いつものように更衣室へ向かおうとしたとき、ひとつの問題にぶつかった。

 女性パイロットの存在など初めから想定していなかったのか、今の〝アークエンジェル〟には更衣室がひとつしかなかった。その時点で、おおよその見当は付くのだが、

 

 ──女性用のパイロットスーツなんて、準備されているのか?

 

 ステラが着用できるパイロットスーツがあるかどうか、先導するキラには分からなかったのだ。

 パイロット・スーツは、機体を操縦する過程において、加速度重力やあらゆる衝撃から身体を保護している。また、宇宙空間では生身では呼吸ができないため、万が一の場合には生命線となる必需品だ。たとえ着心地が悪くても、絶対に着用しなければならない代物である。

 色々と窮屈になるかもしれないが、男性用スーツで我慢してもらうしかないのかもしれない。

 採寸もあるため、キラはステラを連れて更衣室へと入って行く。

 すると、中にいた──たった今パイロットスーツに着替え終わったようである──ムウがぎょっと目を向いた。

 

「びっくりした、心臓に悪ぃよ、坊主」

「すいません。あの、フラガ少佐、女の人用のパイロットスーツってありますか?」

「あー。いや、どうだろうなあ」

 

 ムウも経験上、女性でありながらモビル・アーマーのパイロット、という人材は見たことがないわけではない。

 が、やはり比率でいえば圧倒的に少ないことは確かであろう。

 

「坊主でさえ規格外(やせっぽち)だからなぁ、お嬢ちゃんに合ったスーツがあるとは思えないが」

 

 ムウがロッカーを漁っていると、白を基調とし、桃色がサブカラーになった柔和なパイロット・スーツがこぼれ出て来た。

 見れば規格も通常のそれよりも華奢で、小柄な男性を対象としている、というよりは、明らかに女性を対象としているもののように見えた。

 

「これかな」

「え、あるんですか」

「いや、見つけたおれも驚いてる」

 

 まさか本当に備えられてあるとは。

 言いながら、ムウが苦笑した。

 手にしたそれを、キラに放り投げると、受け取ったキラがムウを見たとき、その表情から軽薄な笑みは消えていた。

 

「──すぐに出撃だ、出撃するからには、早く出て来るんだぜ」

「はい!」

「わかった」

 

 ふたりの返答を受け取ると、その表情に小さく笑みを浮かべ、ムウは二人の横を通り過ぎた。

 ムウが退室すると、キラはスーツをステラへと手渡した。すると、きょろきょろと辺りを見回す。

 

「えっ、と……なにか仕切りになるようなものは」

 

 この更衣室には個室など存在しない上、キラが周りを一見しても、カーテンのようなものも見当たらない。

 だが、隅に死角になりそうな場所を見つけたキラは、背後のステラへと指示を出そうと振り返り、噴き出した。

 

「ちょッ──!?」

 

 幼さを残すその顔を、真っ赤に紅潮させた。

 背後を振り向けば、ステラがおもむろに、着ている衣服を取っ払い始めていたのだ。

 ほとんど下着姿のあわれも無い姿が視界に飛び込んで来て、思わずキラは噴き出していた。 

 

「な、なんで──!」

「?」

 

 ──急いで着替える心意気は認めるが、だからって何の恥じらいもなく……!

 キラに咎められたステラはしかし、首を傾げ、キラが何を焦っているのか微塵も理解していない様子だ。

 結局、ステラは何も気にしない様子でパイロットスーツに着替えてしまった。キラは自分ひとりだけが焦っている光景が馬鹿馬鹿しくさえ思えてきて、げんなりしながら着替え始める。

 

 ──僕はこんなに恥ずかしいのに……。

 

 特段凝視されているわけでもないのだが、ひとりの女の子と、ひとつの更衣室で更衣を共にしているのだ。

 そういうの慣れてないのに、緊張するなと言われても、無理な話だった。

 おずおずとしているキラとは対照的に、ステラはまるで平然としていて、キラが着替え終わるまで、こちらに背中を向けているキラを見つめていた。

 

 

 

 

 

 着替えを終えたふたりは、更衣室から出、格納庫へと走った。

 

「キラ!」

 

 その道中、不安げな顔をして、蒼白な顔色をしたフレイ・アルスターと遭遇し、キラの方が目が合った。

 ずっと憧れていた少女に詰め寄られ、キラは思わずどきりとした。フレイは

 

「戦闘配備って、どういうこと? ねえっ、パパの船は!?」

 

 パパの船?

 事情を分かっていないキラはきょとんとし、その後ろに続いているステラもまた、その言葉の意味が分からなかった。

 

「大丈夫よね? パパの船、やられたりしないわよね?」

「えっと……だ、だいじょうぶだよ、僕達も行くから……」

 

 事情を理解していないキラは、フレイの求めている返答を返すことはできず、曖昧に答えた。

 とにかく発進しなければ、どうにもならない。キラはステラを連れ、格納庫へと走った。

 走り去るふたりの背中を、フレイは見落とすことはなく、心配な面持ちで見つめ続けていた。

 

 

 

 

 

 戦闘宙域は──〝ヴェサリウス〟から発進した〝イージス〟に加え、クルーゼ隊に合流した別働隊から〝ジン〟が数機出撃し、第八先遣隊から迎撃のために発進したモビルアーマー〝メビウス〟との交戦状態にあった。

 既にムウの乗る〝ゼロ〟は出撃しているようだ。

 キラとステラが格納庫へと飛び出すと、今かと待ちわびていたマードックが声を荒げた。

 

「遅いぞ、坊主! て、なんでえ、嬢ちゃんも一緒かあ!?」

 

 マードックは相変わらず、ステラを苦手としている節があった。彼女がドッグに入って来たのを認めたとき、一瞬びくりと身構えたほどだ。

 だが、彼女もまた出撃するつもりなのだろうと即座に判断し、マードックはステラの様態を心配こそすれ、特別、彼女を止めようとはしなかった。

 

「〝ディフェンド(コイツ)〟の整備はまだ不完全でな! いくつかの光波発生器が馬鹿になってやがるから、それだけは頭に入れておけよ!」

 

 コックピットへと向かうステラへ向け、マードックが声を張り上げる。

 無理もない、〝アルテミス〟の爆発から機体を守ったのだ、早々すぐに完全な状態で出撃できるとはステラも考えていない。

 ふたりは即座にシートにつき、システムを立ち上げる。

 その間、ミリアリアが状況を説明した。

 

〈敵はナスカ級一隻に〝ジン〟が三機。それに〝イージス〟もいるわ! 気を付けて!〉

 

 〝イージス〟──その固有名詞に、ふたりの手がぴたりと止まる。

 間髪入れず、次の瞬間〝ストライク〟にだけ、サイからの音声通信が入った。

 

〈先遣隊の艦にはフレイのお父さんが乗ってるんだ! キラ、頼む! 守ってやってくれ!〉

 

 公私混同も甚だしいが、その事実に、思わずキラは舌を巻く。

 それは、欲しくない情報だと思ったからだ。

 思わぬ重圧(プレッシャー)が肩にのしかかる。今回の戦闘では〝アークエンジェル〟と並行して、他の友軍艦までもを守り抜かなければならない、というのか?

 

 不安に駆られたように──〝ストライク〟の目が、遅れてゆっくりと動き出した〝ディフェンド〟の方を向いた。

 すると、向こうもその視線に気づいたのだろう、〝ディフェンド〟が立ち止まり、〝ストライク〟を見据え返す。

 

 ──いや、弱気になるな………!

 

 ぼくは、ひとりじゃない。

 女の子を当てにするなんて、情けない話かもしれないけど……今のぼくには、ステラがいる。

 それがいつまで続くかは分からないけど、少なくとも、今は肩を並べて戦ってくれる、たしかな仲間がいるのだ。

 つかみ所のよく分からない親友の妹だが、護り、護られ、そんな関係で居られればいいと思っている。

 

 このときのキラが憶えたのは、柔らかな安心感であった。

 

 

 

 

 一方で、ステラが〝ディフェンド〟のシートに着いた時、彼女はふと、妙な違和感を憶えた。

 コックピットに辿り着き、シート・ベルトを締めたら、まずはOSのプラグラムを手順よく起動させてゆく必要がある。だからこそ、まるで機体の正当な持ち主であるかのように、ステラは小慣れた手つきで〝ディフェンド〟の各プログラムへと電源を灯そうとした。

 

「…………。なに……?」

 

 スイッチへ伸びる自分の指が、震えている。

 ぶるぶると、小さく──しかし、確かに。

 

「……?」

 

 止まらない身震いが、彼女の手先を狂わせる。

 強かに震えた指先は見当違いのスイッチに伸びてばかりで、目的のボタンまでは届かない。

 

(──あわてている? ステラが?)

 

 そんな、まさか。

 異変を感じ、ステラは右手を掴み、腕ごとゆっくりと擦った。

 だが、震えは一向に止まる気配がない。

 身体は何かに対し、確実に狼狽えているのだ。それからややあって、なんとか〝ディフェンド〟は起動していったが。

 

 このときのステラが憶えたのは、拭えない不審感であった。

 

 

 

 

 

 

 既に戦場に出ていた〝ゼロ〟は、先遣隊に展開する〝ジン〟複数機と交戦し、より正確にいえば、敵機を完全に足止めしていた。

 この戦闘の目的は、あくまで「先遣隊の援護」に過ぎない。

 そのために、敵機を牽制する必要があったのだ、〝ゼロ〟は広くガンバレルを展開し、散開する〝ジン〟を一機ずつ狙撃してゆく。

 三機の〝ジン〟は行動を制限され、鮮やかに〝ゼロ〟から放たれる幾多の火線が、三機を〝モンドゴメリ〟〝ロー〟〝バーナード〟へ寄せ付けさせない。

 

 だが、それがどうした。

 

 三機の〝ジン〟を見事に牽制している〝ゼロ〟であったが──地球軍の艦船など、〝イージス〟の前では、ひとたまりもなかった。

 〝ゼロ〟から距離をおき、MA形態をとった〝イージス〟から──大出力のエネルギー砲〝スキュラ〟が放たれた。

 

 真空を薙いで突き進む眩いまでのエネルギー砲は、射線上の艦船〝ロー〟の船体を容易に貫き、撃沈させた。

 

 爆散した〝ロー〟を見届け、華麗に〝イージス〟は転回する。次に〝バーナード〟に目標を定めたように飛び去って行く。

 ──見逃すわけにはいかない!

 〝ゼロ〟のガンバレルが、再び展開された。

 

「こんなこと云いたかねぇけど、いい腕してるじゃないの!」

 

 最大限の皮肉を込めて、〝ゼロ〟が四基のガンバレル内、その半数を、急速離脱を図る〝イージス〟へと差し向けた。

 加速を決める〝イージス〟であったが、飛来してきたガンバレルには即座に追いつかれ、一瞬にして包囲される。

 

「ええいッ」

 

 アスランは咄嗟にMA形態を解除し、ビーム・ライフルで応戦する。だが、照準先の〝ゼロ〟は鋭敏な動きで、この光線を掻い潜るようにして回避していく。

 苛立ったように、アスランは僚機の〝ジン〟へと声をあげた。

 

「──何をやっている! 相手は、たかがモビル・アーマー一機だ!」

〈す、すまない! だが、そいつは〉

 

 〝ジン〟から響いて来た弁明の声を、アスランは一方的に遮断した。

 ──言い訳など聞くか。

 〝ゼロ〟から繰り出される全方位からの執拗な追撃を忍ぎつつ、忙しなくアスランが機体を転がしていると、多方角からの攻撃に追い詰められた〝ジン〟が一機、敵の狙い通りに撹乱され、撃ち落とされた。爆発と同時に世界が閃き、〝ジン〟の機体は、跡形もなく宇宙の藻屑と化す。

 

「──ちィ!」

 

 ──〝ジン〟では、時間稼ぎにもならない!

 〝イージス〟は痺れを切らしたように、その瞬間、攻撃対象を〝ゼロ〟へと移した。

 MA形態を取り、機動力を上げると、巧みな動きで反転する〝ゼロ〟を背後から追撃する。

 〝スキュラ〟を放ち、エネルギー砲が〝ゼロ〟の機体を掠める。

 煙が巻き起こり、ムウが歯噛みした。

 

「くそッ────これじゃ立つ瀬ないでしょ、おれは!」

 

 即座に〝ゼロ〟は、ガンバレルを展開し、〝イージス〟の行動をを牽制しながら、機体を翻し、宙域からの離脱を図った。

 

〈今のが『エンデュミオンの鷹』ってやつか? ──てことは、足つきが近くまで来てるな〉

 

 憶測が通信回線から響き、アスランは不快そうな顔を作った。

 また、足つき?

 また、キラか!

 ザフト兵の憶測は的中し、アスランは次の瞬間、レーダー上に〝ストライク〟と〝ディフェンド〟の機影を捉えた。

 

「くそ……ッ」

 

 アスランは煮え切らない思いを抱いていた。

 一刻も早く、ラクスの行方を知りたい。生死を確かめたい。

 だとすれば、この戦闘を早く終わらせなければならない。

 それでも、キラを撃ちたくない。

 なにより、ステラとなんて戦いたくない───!

 

 ──こんな戦闘で、得られるものなど何もないのに……!

 

 願望や使命、責務の中で、板挟みになるアスランであった。

 

 

 

 

 

 

「──アスラン!」

 

 見覚えのある真紅の機体を捉え、キラが声を上げた。

 〝ストライク〟と〝ディフェンド〟の二機が、交戦する〝イージス〟を射程距離に入れた。その瞬間〝イージス〟はスラスターを全開にして、〝バーナード〟へと向かった。

 

 ──僕達とは「戦いたくない」と……そういうことなのか、アスラン!

 

 〝ストライク〟〝イージス〟〝ディフェンド〟────三機は機体の持つ特性こそ異なるが、同じ性能(スペック)を誇る兄弟機である。

 それだけに〝ストライク〟がビームライフルの射程圏内に〝イージス〟を捉えた、ということは、つまり──アスランもまた、キラ達を射程範囲に捉えていたはずなのだ。

 攻撃の機会を放棄してまで、〝イージス〟は機体を翻して〝バーナード〟へと向かった。

 まるで、キラやステラから逃げるように──。

 

「でも、撃たせるわけにはいかないんだ!」

 

 そう、撃たせてはいけない。

 ──先遣隊の船には、フレイのお父さんが乗っているんだ!

 もうこれ以上、撃たせない!

 

 ──アスランを止めるのは、僕だ!

 

 〝ストライク〟はエールストライカーのスラスターを噴射して、〝イージス〟を追いかけた。

 離脱する〝イージス〟の代わりに〝ジン〟が二機〝ストライク〟の前に立ちはだかった。キラの進路を阻もうと〝ジン〟は〝ストライク〟にミサイルを構えたが、横から割り込んできた、数条のビールライフルに牽制された。

 〝ディフェンド〟だ。

 

 割り込むようにして現れた黒金の機体が──〝ストライク〟の道を切り開く。

 

 〝ストライク〟が〝イージス〟の追撃に向かい──〝ジン〟を牽制するのは、ステラの役目となった。

 

「──アスラン!」

〈邪魔をするな、キラ!〉

 

 親友の声が通信先から響くたび、キラはぎゅっと胸が締め付けられ、思わず泣きそうになる。

 ──でも!

 噛み締めるような寂しさを必死に抑え、キラは真紅の機体を追撃した。

 エールストライカーは〝ストライク〟の推進力を飛躍的に上昇させる装備だが、宇宙空間での速度に関しては、MA形態の〝イージス〟に軍配が上がっている。

 一向に縮まらない二機の距離は──〝イージス〟の〝バーナード〟への接近を許してしまった。

 〝バーナード〟と〝イージス〟が交差する。

 すれ違いざま、〝イージス〟は先端の鉤爪で艦の装甲を引き裂き、これを爆散させた。

 

「もうやめろぉッ!」

 

 やりきれない怒りを憶えたキラが、〝ストライク〟からビームサーベルを引き抜く。

 追い付かれた〝イージス〟は、モビルスーツ形態へと変形し、サーベルを抜くと、二機が激突した。

 

「もうやめるんだ、アスラン! どうしてたくさんの人を殺すんだ! どうしてこんな残酷なことを、平然とできる!?」

〈キラ!〉

 

 ──平然(・・)と?

 白と赤の〝ガンダム〟がスタスターを噴射し、激しく拮抗する。

 通信先のアスランが、抗議の声を上げた。

 

〈オレだって、へらへら笑って戦争をしているわけじゃない! でも、オレはザフトのパイロットなんだ!〉

「だからって、相手がナチュラルだからって、そんな理由で殺すのか! よく知りもしない、相手のことを!」

〈撃たなければ、守れないものだってある!〉

 

 それが、アスランの戦争なのかも知れないと──咄嗟にキラは思った。

 思ったのだが……

 

「殺された側の人達にも、家族がいるんだぞ! 遺された方の悲しみは、キミだってよく分かってるはずじゃないか!」

〈キラッ…………!〉

 

 怒りを含んだ言葉を交わす度、ふたりの距離は、縮まらないほどに遠ざかっていく気がした。

 ──あんなに一緒だったのに、言葉ひとつ、通らない!

 現実はたしかに非情で、悲しかったが、それでも今は、相手に対する怒りがその感情を凌駕していた。

 

 拮抗していた、二機のサーベルが弾け飛ぶ。

 

 〝ストライク〟と〝イージス〟は反動で引き離され、キラは再度、〝イージス〟へと躍りかかろうとした。

 だが突如その時、ミリアリアの声がコックピット内に響いた。

 悲鳴にも似た、それは悲痛を訴える声が。

 

〈キラ! 〝ディフェンド〟が────ッ!!〉

「え……?」

 

 再度、激突しようとしていた〝ストライク〟と〝イージス〟が──その声に、同時に動きを止めた。 

 

 

 

 

 

 〝ストライク〟が突き進む〝イージス〟への道を開き、二機の〝ジン〟を相手にしていた〝ディフェンド〟であったが──

 ──この時、完全に追い詰められていた。

 二機の〝ジン〟からミサイルが放たれ、見違えるほど鈍足な〝ディフェンド〟は、これを回避することもままならず、ミサイルの、機体への着弾を許した。

 

「うう──ッ!?」

 

 爆発が機体を揺らし、光波発生器の一基が破損する。

 衝撃に吹き飛ばされた〝ディフェンド〟は、なおも鈍い動きでビーム・ライフルを発射した。

 

 その照準は────ひどく愚鈍だ。

 

 放たれた光線は、明後日の方向を狙っていたのか? そう思うほどに容易に回避され、その手に重斬刀を握る〝ジン〟の接近を許す。

 重斬刀を構えた〝ジン〟が、その刀身で機体のボディを殴るように〝ディフェンド〟を吹き飛ばす。 

 PS(フェイズシフト)が重斬刀を無効化したが、受けた衝撃までは吸収できず、叩き潰されるような重厚な衝撃がコックピットを激震させる。

 〝ジン〟は「斬る」ためではなく──「叩き潰す」ために重斬刀で攻撃して来たのだろうが。

 

〈〝ディフェンド〟──応答しろ! 何をやっている!?〉

 

 通信先から、ナタルの声が飛び込んで来た。

 おおよそ、心外な様子な表情をしている。──ナタルもまさか、ステラが〝ジン〟二機を相手に、ここまで遅れを取るとは予想もしていなかったのだろう。

 なにせ先日の戦闘では──ステラは〝ジン〟二機を圧倒して撃墜したのだから。

 

「くぅッ……!」

 

 ──うるさい、耳障り(・・・)だ!

 飛び込んで来たナタルからの通信を、ステラは一方的に遮断した。

 

「ええええいッ!」

 

 我を忘れたように、〝ディフェンド〟がビーム・ライフルを乱射する。

 だが、無造作に放たれた砲火はまるで脅威とはならず、コーディネイターの操る〝ジン〟を前に、空を切るばかり。

 彼女の中で、苛立ちばかりが膨らんで行く。

 

 ──集中できない。

 ──気持ちがわるい……。

 

 この時、ステラの頭の中には──何か(・・)が大量に流れ込んで来ていた。

 それ(・・)が障害となって、彼女の頭を乱している。

 エクステンデットとして──誰よりも鋭敏なはずの彼女の集中力を──拡散させている。

 

「いやっ、気持ちわるい……!」

 

 ──意識(あたま)の中に、関係ないもの(・・・・・・)がいっぱい流れ込んで来る……!

 

 戦闘とは、まったく関係のないこと。

 戦場には、まったく必要のないこと。

 雑多な記憶が──彼女の意識を支配している。

 

 再度、ミサイルの直撃を受けた〝ディフェンド〟の中で、ステラの身体が大きく揺さぶられた。

 肥大化していく焦燥に駆られ、ステラは再度、ビームライフルの砲口を〝ジン〟へと向けた。

 銃を構えた──その瞬間だ。

 突如、潰えた〝アルテミス〟司令官、ジェラード・ガルシアの言葉が脳裏に再生された。

 

 

『──まるで感情や慈悲のない、冷酷な殺戮兵器のようではないか』

 

 

「あうっ」

 

 嫌な記憶。嫌な体験。嫌な言葉。

 ──不愉快な「それ」がたくさん、頭の中に、勝手に入り込んで来る!

 まるで、ダムが取り払われたみたい。

 戦闘中、いつもなら思い返すはずもなかった「記憶」が、雑多な「情報」になって、彼女の鋭敏であったはずの集中力を削いてゆく!

 

 ──ぜんぶ飛んでけ……ぜんぶいらない!

 ──ぜんぶ、戦闘には必要ないのに!

 

 〝ディフェンド〟の機体が、大きく吹き飛ばされる。

 また、抵抗もままならぬまま、さらなるミサイルの直撃を受けたのだ。

 光波発生器は数基として壊れている今、アリュミューレ・リュミエールは展開しない。

 防御になるのは大型のビームシールドだけで、キラも今は、遠方で〝イージス〟と戦っている……。

 

 何も。

 何者も。

 崩れそうなほど儚げな、今の彼女を────守ってくれはしないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 エクステンデットである「ステラ・ルーシェ」には、かつて、地球連合軍のパイロットとして再出撃の度に『最適化』の措置を受けることが義務付けられていた。

 その処置には、彼女の意識中の、あらゆる恐怖心を抑圧する、という目的の他にも────無関係な記憶を脳内から除去することで、雑多なストレスの一切を排除、また、感覚を常に鋭敏に研ぎ澄ますことで、極限まで高められた集中力の維持を可能にする、という目的もあった。

 

 これは後日になって、ステラ自身が思ったことだが──『最適化』は、決して苦行ではなかった。

 むしろその逆で、『最適化』を受けることは、彼女にとって、一種の安らぎであったのだ。

 何故なら、処置が終わった後、精神は自然と安息や落ち着きを取り戻し、頭はひどく鮮明(クリア)になっていたから。

 最適化を受ければ「嫌なこと」をすべて忘れられる────それが彼女にとって、嬉しい方向に機能することは多々あった。

 

 

 しかし、それは正常な観点から見てみれば、一種の「依存」に他ならない。

 

 

 強化人間としての彼女は、戦場へと赴く回数だけ、何度も何度も『最適化』を受けてきた。

 ──だからだろう。

 だから彼女は今、どうしようもない「焦燥」に駆られているのだ。

 最適化の処置が途切れれば、かつての彼女の身体は、その反動で禁断症状が発症し、命すら危ぶまれる状態に陥った。

 それと同じように侵された、彼女の精神は────最適化が必要なくなった今、まさに「自律」できなくなっているのだ。

 

 普通の人間は、悩み、苦しみ、悲しみ──もちろん、喜びといったプラスの経験もそこには含まれるが、それぞれに多様な葛藤の上に生きている。

 それぞれに過去を持ち、それを乗り越えたり、向き合ったり、決別したり、過去に起きた出来事を昇華することで、今に繋いで生きている。

 

 だが、彼女は特別────「それ」を知らない。

 

 どんなに嬉しくても、どんなに悲しくても、どれだけ心が傷ついても──その葛藤の一切を除去してしまう『最適化』──

 そんなものを処方され続けて来た彼女には、自分の抱える「ストレス」に対処する能力が欠けている。

 

 普通の人間が────普通に持っているはずの機能が、すっかり衰えて(・・・)しまっている?

 

 嫌なことが、忘れられない。

 嫌なことを思い出すと、途端に何も手に着かなくなってしまう。

 

 ステラ本人は気づいていなかったようだが、彼女が考えている以上に、彼女の意識は多くのストレスを抱え込み、それによって、精神はひどく疲れていたのだ。

 

 集中力が持続していたのは、最適化のおかげ。

 どんな過酷な状況でも、冷静な判断が下せたのも、最適化のおかげ。

 厳しい戦況でも、恐怖心を抱かずいられるのも、最適化のおかげ。

 だから彼女はここに来て────おかしく(・・・・)なってしまったのだ。

 

 

 

 

 いらいらする。

 どうでもいい記憶が、こんな時に限って蘇る。

 戦う時は戦わせて欲しい。──他のことなんて考えたくないのに、不愉快な記憶が流れ込んで、頭を支配する。

 出て行け、飛んで行け。

 そう願うように、ステラが叫んだ。

 

「邪魔、だぁ!」

 

 集中できない自分自身に、腹が立つ。

 ステラは身を襲う不快感を薙ぎ払うように叫びつつ、接近してくる〝ジン〟にビームライフルを放ったが、苛立てば苛立つほど、撃ち放つビームの弾道は滅茶苦茶になっていく。

 光線は明日の方向へ飛散し、奇異な行動に〝ジン〟もいささか困惑したような動きを見せる。

 

 〝アークエンジェル〟のクルーも、いったい誰がこんな状況を予想しただろうか。

 

 ステラの駆る〝ディフェンド〟が──〝ジン〟を相手に、完全に追い込まれているのだ。

 繰り出す攻撃が、掠りもしない?

 観念した〝ディフェンド〟はそこで、一切の抵抗をやめ、戦闘宙域からの離脱を図ろうとした。

 しかし、絶好の獲物を見つけたかのように──二機の〝ジン〟は、遥かに〝ジン〟より速度性能を上回っているはずの〝ディフェンド〟の退路を阻み、これを挟撃していく。

 逃がさねえ! ──そう宣告せんばかりの、凄まじい気迫と共に。

 

「ッ…………!」

 

 被弾の衝撃に〝ディフェンド〟の機体が揺れる。

 ステラはその双眸に大粒の涙を溜めながら、恨めしそうに、目の前の〝ジン〟を睨み上げた。

 

 ──どうして、勝てない!?

 

 灰色のトサカ頭──ZGMF-1017〝ジン〟

 ソイツはたかたがザフトの量産機であり、その薄い装甲は、ミサイルの一撃でも浴びせれば、全壊するほど軽量に仕上がっている機体だというのに。

 

 ──こんなヤツらに、負けるはずがないのに!

 

 〝ジン〟と〝ディフェンド〟の間にある、圧倒的な性能の差。

 強力なコーディネイターと、しかし、それ(・・)を上回るための訓練を積んだ自分との間にある、絶対的な技量の差。

 どちらにしても、遅れを取るはずがないのに!

 失調したように〝ディフェンド〟のコックピット内で、ステラが絶叫した。

 

「わたしはぁぁぁぁぁーーーーーッ!!」

 

 その瞬間、〝ディフェンド〟が両肩のシールドと装甲を離脱(パージ)した。

 機動力を飛躍させ、両腕に備えられた光波発生器から、ビームブレイドを展開する。

 ──射撃が当たらないなら、斬り刻んでやる……!

 一瞬、激しい殺意が、彼女の頭を支配した。

 狂気に駆られ──〝ジン〟へと突進していく〝ディフェンド〟は、ステラが狙っていない、もう一機の〝ジン〟がミサイルを構えているのに気づかなかった。

 大型ミサイルが発射され、突進する〝ディフェンド〟のコックピット内に──背後からの警報音が響いた。

 

「えっ……?」

 

 装甲を離脱した〝ディフェンド〟は、防御力が低下している。

 ミサイルは、背後から急速に接近している。

 直撃を受ければ──……。

 

「────ステラッ!」

 

 その瞬間、脇から突如現れた〝ストライク〟が──〝ディフェンド〟の機体をかっさらった。

 ミサイルは標的を見失い、虚空にて爆発した。

 

「キ、ラ……?」

〈ごめん、ステラ……僕は僕のことばっかり考えて、君を護ってあげられなかった……!〉

「まも、る……」

 

 通信先から伝わってくる、悔恨したような声と表情に、ステラは弱々しい笑みを浮かべた。

 助けに来てくれた。

 その事実に安堵しながらも、次の瞬間、ステラの眼に入り込んで来たのは、無情なる光景だった。

 

 

 遠方で────〝イージス〟のスキュラが、火を噴いた。

 

 

 〝ストライク〟を振り切った〝イージス〟が────その隙に〝モントゴメリ〟を撃墜したのだ。

 高エネルギー収束砲が、巨大な艦船を貫く。

 火炎が巻き起こり、たちまちに船体を呑み込んで行く。

 

 アスランが、殺した。

 だからみんな──「死」んでいく。

 

「あ……あぁ…………っ」

 

 炎に呑まれ、次の瞬間〝モントゴメリ〟が爆散した。

 ジョージ・アルスターを乗せた〝モントゴメリ〟は、その人ごと撃墜されたのだ。

 

「死んじゃ……った…………? ステラ……まもれ、なか…………!」

 

 頭を両手で抑え、わなわなと震え出す彼女を、計り知れない絶望感が襲う。

 ヘリオポリスで〝ディフェンド〟を見た時、そしてそれに乗り込んだ時、考えたはずだった。 

 ──守る、って……誓ったのに…………!

 奪われた。

 護れなかった。

 

 ──〝ディフェンド〟に乗っていながら、何も出来なかった……!

 

 無力感が絶望となって、重い金属で頭を殴られたような感覚に陥る。

 途端に動かなくなった〝ディフェンド〟に異変を感じたか、キラが通信越しに呼びかける。

 

〈ステラ、しっかり! ステラ!〉

「いやぁ……!」

 

 モニターに写ったステラは、恐怖に支配されていた。

 歯噛みしたキラは〝ディフェンド〟を抱え、その場から離脱しようとする。

 

(……このままじゃ全滅だ、急いでここから離れないと)

 

 先遣隊三隻が墜ちた今、ザフトが狙うのは〝アークエンジェル〟だけだ。

 〝ディフェンド〟は、パイロットがこの状態では戦力にはならない上、それを庇いながら戦えるほどキラも器用ではない。

 ──たしかに、僕たちは何もできなかった。

 でも、もうどうしようもない以上、吹っ切って逃げるしかない。

 ここで全員死んでしまったら、本当に意味がない。

 

 二機の〝ジン〟が──〝ストライク〟を追いかける。

 

 〝ディフェンド〟を抱えているせいか、バーニアの出力が思うように上がって行かない。

 キラはたしかな焦りを憶えながら、背後の〝ジン〟から繰り出される銃撃を回避していくが、目に見えてジリ貧に追い込まれていく。

 

 その時、通信先の全チャンネルで──ナタルの声が響いた。

 

〈交戦中のザフト軍に告ぐ! こちらは〝アークエンジェル〟──本艦は現在、シーゲル・クラインの令嬢、ラクス・クラインを保護している! これ以上戦闘を継続するのであれば、その身柄の安全は保障しかねる!〉

 

 それは──明らかに「人質」による交渉だった。

 保護したラクス・クラインを盾にして、この場をやり抜けようとしているのだ。

 それは、いつかはやって来ると思っていた現実だ。

 ラクス・クラインの存在が──外交上、地球軍とザフト軍の対立における、極めて重要なカードとして扱われる日は、いつか来ると分かりきっていた。

 

 だが、そのカードを使うには、あまりに遅すぎた。

 

 先遣隊は全滅し、残っているのは〝アークエンジェル〟だけ──。

 己が保身のために、〝アークエンジェル〟は彼女の存在を盾としたのだ。

 

「くそ…………」

 

 ザフト軍が、おもむろに撤退して行く。

 ラクス・クラインの存在を人質に持ち出されては、手の出しようがないのだろう。

 

 

 

 戦闘は終息したが、キラの頭に残されたのは、後味の悪い────複雑な感情だけだった。

 

 

 

 




 補足です。
 この話で明らかにして置きたいことは、ひとつです。

 転生によって、ステラの肉体は「最適化」が不要となっています。
 しかし、だからといって、精神の方までそれが不要になるかというと、そういうわけでは無いはず、と前々から考えていました。

 ストレスなどの無用の負荷を頭から消去することで、戦場で常に「100%」の力を発揮できるエクステンデットであった彼女は、最適化を受けられなくなったことで、普通の人間と同じように、悩み、苦しむようになります。

 彼女にとって、戦場で頭が鮮明(クリア)であることが、当たり前ではなくなります。

 ストレスを感じるようになり、今まで発揮できていた「100%」の能力が発揮できなくなった結果、さらにストレスを募らせる。
 そういうような悪循環に陥っている、という話でした。説明力不足ですいません。

 寄港した〝アルテミス〟での一件、とりわけジェラード・ガルシアの言葉が、ステラのストレスを助長させています。

 キラやアスランは既に、親友と対峙することに対して迷いを抱きながら戦場で戦っています。
 悩むようになったステラは、そういった意味で、普通の人間である彼らと同じステージに立った、という描写にもなりますが、ストレスを感じることに慣れていないステラは、途端に操縦に手が着かなくなり、動きが鈍っています。

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