~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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『〝アルテミス〟陥落』B

 

 

 ユーラシア連邦憲兵らの手によって、〝ストライク〟と〝ディフェンド〟両機は、即座に〝アークエンジェル〟から運搬され〝アルテミス〟のドッグへと係留された。今現在、両機は技術班によって徹底的な検査・解析作業の対象となっている。

 

「まったく、けしからん」

 

 ジェラード・ガルシアは、この〝アルテミス〟の総司令であり、初老がかった禿頭の男である。

 そんな彼は、乾いた声で自身の感想を吐露していた。

 ────実際のところ、彼は、技術班から寄越された〝ディフェンド〟の解析データについて、先に云った『納得の行かない部分』など持っていなかったのが真相である。不可解な点などなく、モビルスーツの全貌が明らかになった──寧ろ、そうであるからこそ、ジェラードはこうして苛立っていた。

 

 何故なら〝ディフェンド〟には、ユーラシア連邦が技術を独占していた『光波技術』が搭載されていたのだから。

 

 接収した〝ディフェンド〟の主武装は、中距離射撃用のビームライフルの他は、四肢や全身に配備された光波発生装置であった。

 リフレクターからビームの刃を励起することで、全身を刃物とするような迫撃と斬撃が可能であるが、一方で、全ての装置を同時出力することで、全方位対応の強固なる守性のビームシールドを展開することも可能なのだ。

 

(〝アリュミューレ・リュミエール〟だと──!? この〝アルテミス〟の、まさに縮小版ではないか!)

 

 これまで〝アルテミス〟要塞を、難攻不落たらしめてきた同技術の再現──?

 ジェラードは、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 

 ──ああ、たしかに〝アルテミス〟は『不落』だ。

 

 この要塞が、これまでに敵──ザフトの侵入を許したり、その手に堕ちたことなど一度だってないのは事実。

 だが、実際の〝アルテミス〟は、戦力的にも位置的にも、ザフトからは殆ど脅威とは見做されておらず、その栄えある名誉の実態は、結局のところ、敵に〝放置された〟結果として贈られた不名誉と同義なのである。

 

 ──要するに、攻められたことだって一度もない要塞なのだ。

 

 ジェラードらが揃って『傘』と呼ぶビームシールドは、たしかに〝アルテミス〟に『難攻』の二文字を実現する。だが、それによって彼らが行っている作戦は、すなわち殻に閉じ籠るということであり、ザフトから見れば避けて通ればそれ以上に害はない──結局のところ、その程度の障害でしかない。

 云ってしまえば、〝アルテミス〟はそれしか取り柄のない軍事衛星(・・・・・・・・・・・・・・)なのであり、その一方で、今回接収した〝ディフェンド〟は、既に実戦レベルで通用する最新鋭モビルスーツときた。この双方に全く同じ技術が用いられているとなれば、そのどちらに、より精巧で、より高度な技術的価値が偏在しているのかは、火を見るよりも明らかなことだった。

 

(我々の誇る寡占技術が、よもや盗まれていたというのか? 大西洋連邦──あるいは、オーブ連合首長国に……?)

 

 盗まれていた? 違うな、既に盗まれたのだ、明らかに。

 ジェラードの苛立ちは、その点にこそある。

 これまで共同体全体で育ててきた最大の技術的強み、最重要であったはずの技術は水面下に盗用され、大西洋連邦が、さらに開発を押し進めてモビルスーツの武装として実用化させていたのだ。

 これに腹を立てず、何としようか。

 

「けしからん。まったくもって、けしからんよ」

 

 果たしてジェラードのその言葉は、卑劣なことをする大西洋連邦に対して放たれたのか。あるいは、目の前で怯えている少女に向けて放たれてたものなのか──

 ──ふ……。

 それまでの微妙な思考をやめ、ジェラードは、目の前の少女に向けて次に取り繕ったような笑みを浮かべることにした。捕虜の取り調べ等に使われる、防音機能が徹底された一室へ、このとき、ジェラードは部下の武装兵達を率いてステラを連れ込んでいたのだ。

 少女は男達から距離を取りながら、しかし、さほど広くはない一室がゆえに逃げ場などない。今は、部屋の片隅へ、警戒を露わに押しやられていた。

 

「なんだね、その軍服は? 我が軍の女性士官の軍服は、そんなにも挑発的だったかね?」

 

 慇懃に疑問を放った男の口元は、もはや矯正不能なまでに歪んでいた。ニタついた唇は雄らしい下卑た情欲を隠し切れておらず、血走った目は、極上の餌を前に舌なめずりを行うケモノのよう。

 下から上へと舐められるような違法な視線で眇められ、着々と近寄ってくる男達に、ステラは名状しがたい敵意──強いていうならば、激しい生理的嫌悪感を露にするしかなかった。

 

「寄るなっ……!」

「おやおや、立場を間違っちゃいかんよ。きみはただの捕虜で、私はここの司令官だ。命令するのは私の方だろう?」

 

 その言葉に、ジェラードの周りにいる取り巻きの男達──武装した男性士官達も「へへへ……っ」と嗤う。

 全員が違う人間だというのに、ステラから見て、男達の目はどれも同列で、同種だった。

 まるで何かに飢えたような、蓮っ葉な色を滲ませていた。

 

「そして残念なことに、我々がきみを解放する未来もまた有り得ない。あの機体のパイロットであるキミはコーディネーターであり、あの機体のデータを、頭の中に全て記憶している可能性があるからな」

 

 云っていることは尤もらしく聞こえるが、いや、さすがに無理があるだろう。既に〝ディフェンド〟が完成している以上、光波技術を含めたあらゆるデータは異国へと渡った後だ。

 機密漏洩防止の観点から、いまさらパイロットを拘束するなど無意味でしかなく────しかし、男はやはりそんな話がしたいわけでもないらしい。

 

「だからどうしようかと考えたのだが……そうだな? きみにはこの先も、ずっとこの基地(アルテミス)の中で働いて貰う(・・・・・)ことにした。捕虜として、我が軍の兵士のためにな。──これが私の決定である」

 

 何の話か分からない。

 そう云ったステラに、これはきみにしかできない仕事だ、と男達は揃って嗤った。

 

「それにだ。キミはコーディネイターで、私達、ナチュラルに造られた(・・・・)側の立場にある」

「────」

「創造物は、創造主に歯向かってはならない。──そうは思わんかね?」

 

 オマエたちは「子」であり「作品」であり、我々はその「親」だと。

 超然として、みずからを神だとでも豪語するようなその言葉を聞いた瞬間、ステラの表情が、激しい嫌悪に染まった。

 ──みんな、同じことを云う!

 ナチュラルだから。

 コーディネーターだから。

 ──そう云っておけば、おかしなことでも(まか)り通ると思ってる!

 自分とは違うものを否定すれば、それで終わりだとでも思っているのか。

 

 ──コーディネーターだって、人間だ!

 ステラは、それを知っている。

 ──コーディネイターだから悪なのか?

 なら、キラやアスランは? 自分を含めた、今を生きている彼らのような者達は、その生まれ故に尊厳すら否定されるべき悪なのか?

 

「──ちがう!」

 

 その瞬間、恐怖や怯懦といった内向きの気色は消え失せ、少女の気圏は外向きの──それも、それによって人をも叩き潰さんとする激しい怒りに成り代わっていた。

 しかし、応対するジェラードは安心しきっていた。

 なにせ、彼には六人もの武装兵の取り巻きがいる。少女が怒り狂って抵抗するのは結構だが、いくらなんでも、これほどの人数差を覆せるとは思わなかったのだ。

 寧ろ、そうであって構わないとすら高を括っていた。

 無力な小動物でも弄ぶように、抵抗の上から相手を強権と暴力で組み伏せる征服感こそ、男にとっての芸術だった。泣き叫ぶ少女を白濁に塗れた汚物のように扱うのも〝吝かではない〟だろうと、その程度には、低俗で下卑た思考を巡らせたのは事実だったのだから。

 

「いいだろう? そんな軍服をわざわざ着ているんだ、実はまんざらでもな──」

 

 ジェラードがステラへと手を伸ばす。

 瞬間。

 ジェラードの隣にいた武装兵が、その場に卒倒した。

 

「────え?」

 

 ジェラードは、絞んだ目を丸くして疑った。

 倒れた兵士は、真っ青な顔を浮かべて、全身で痙攣を起こしている。

 ひとり。

 見れば、倒れた兵士の頚椎には、鋭利な刃物が突き刺さっていた。彼の腰のナイフが抜かれているが、おそらく「それ」だろう。

 

 ──容赦なんて知らない。

 ──『わたし』は、こうやって育てられてきたんだ!

 

 ステラが、武装兵の首筋に抜かったナイフを引き抜き、それを構えた。 

 悲鳴をあげて、他の武装兵達が一瞬にして戦慄に呑み込まれる。焦ったように少女のいた空間へ銃を構えたが、もう遅い。そこには誰の人影もない。

 ──速い!?

 奪われた短刀によって、次の瞬間、また別の武装兵が身体を切り裂かれていた。

 ふたり。

 

「ひっ」

 

 少女は全身で脱力したような柔らかな姿勢で、次の瞬間、武装兵達の足元へ身を翻すように潜り込む。

 さんにん。

 少女の姿をようやく視界に捉えた武装兵のひとりが、焦ったように発砲する。だが、無造作なこれは容易に回避され、射線上の味方を誤射し、撃ち殺した。

 よにん。

 ごにん。

 ろくにん──!

 目にも止まらぬ速度で疾躯する影に、次々と斬殺され、死体ばかりが積み重なっていく。

 

「こ、こんなっ」

 

 殺風景な白い部屋は鮮血で彩られ、ジェラードは腰を抜かした。

 女神から一転した死神を見るかのような目で、その少女を見上げている。

 ──「危険度」の高い順番に兵を、正確に狙ったというのか? 

 このとき、ジェラードは武器を持っていなかった。

 そのため、危険度が最も低いと判断されたのだ。

 なんだ、それは……なんなのだ。

 

「まるで感情や慈悲のない、冷酷な殺戮兵器(ロボット)のようではないか!?」

「…………」

「こ、こんなことをしてただで済むと思っているのか! こんな暴挙が、許されていいはずが──!」

 

 次の瞬間、難攻不落であるはずの〝アルテミス〟内部に、鈍い爆撃音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 〝ミラージュコロイド〟ステルスとは、ニコルの〝ブリッツ〟が搭載する、特別な光学迷彩の名称である。

 可視光線を歪め、レーダー波を完全に吸収する物質──気体状のそれを機体周辺へと散布すると同時に、磁力で引き付けることで装甲に纏い、これによって〝ブリッツ〟は、光学センサーでも捕捉不能な、実に半透明なモビルスーツへと変身することが可能なのだ。

 

「〝アルテミス〟は、四六時中〝傘〟を展開しているわけではありません」

 

 これは〝ガモフ〟を出撃する前、ブリーフィングルームにてニコルが残した証言であり、〝ディフェンド〟の持つ〝アリュミューレ・リュミエール〟とて、使用可能な稼働時間は五分間を切るほどと云われている。

 真実、それを稼働させることで消費するエネルギーは膨大であり、平時にバリアを展開し続けることは、エネルギーの無駄使いに他ならない。だからこそ彼らは、センサーに映った敵が迫った瞬間にこそ、その〝傘〟を展開することに努めてきた。

 

 そしてその敵の油断こそが、ニコルが突くべき急所だった。

 

 光学迷彩によって隠密潜航に成功した〝ブリッツ〟は手当たり次第、かつ正確に〝傘〟を作り出すリフレクター装置を破壊し、光波シールドを撃ち破る。

 そしてそれが、不落を誇った〝アルテミス〟が、最初で最後に陥落した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 食堂に拘束されていた〝アークエンジェル〟のクルー達は、その爆撃音を聞いた途端に目の色を変え、周囲の警戒に当たっていた武装兵たちを全員で蹴倒し、即座に艦橋へと向かった。

 各員が持ち場に着き、ノイマンが操舵席へ着席すると、時を同じくして、マリューやナタル、ムウの三人も艦橋へと合流した。

 

「艦長!」

「〝アークエンジェル〟緊急発進します! ここはもう持たないわ!」

「ったく何なんだ、この衛星は!」

 

 何が鉄壁だ、何が難攻不落だ。

 それはおそらく、場にいる誰もが思ったことであったろう。

 

「なんでこんなにも簡単に、敵に……!」

 

 ミリアリアが管制席につくと、キラからの通信が入った。

 キラは既に〝ストライク〟へと駆けつけ、そのコックピット内に潜り込んでいるようだ。通信越しに、懸命にミリアリアや、その先にいるマリューへと訴えている。

 

〈ステラがまだ戻ってないんです! このまま発進なんてしたら!〉

 

 〝ストライク〟の隣には、いまだパイロットの戻らぬ〝ディフェンド〟が、空々しく立っているのだ。

 

「──しかし、係留された今の状態では、本艦はただのマトだ!」

 

 ナタルからの指摘される。先陣を切った〝ブリッツ〟に後続して、例の〝デュエル〟や〝バスター〟の機影まで捉えられているというのだ。

 〝傘〟の消え失せた〝アルテミス〟など────彼らにとってはひとたまりもない、ということか?

 しかし──

 

〈あの子を見殺しにするんですか!?〉

 

 キラから放たれたにべもない質問に、マリューは痛恨するように下唇を噛み締めた。

 何度もこの艦を守って来たステラを、今度は、この艦の方から見殺しにするのか?

 

「くッ………!」

 

 人命か、退避か、マリューは悩んでいた。

 

 ──どうしろっていうの。

 

 このまま出てくる保証もないあの少女を待ち、いつ爆発するかもわからないここで、いつ襲われるかも分からない無防備な状態で待機して、ここの碌でもない地球軍士官達と共に、心中を図れというのか。

 そんなことは出来るはずがない。この艦にはまだ、多くの避難民間人が乗っているのだ。

 ──ステラだって、民間人のひとりでしょう!

 マリューの感情がそう訴えたが、理性は言った。

 ──これは戦争だ。

 彼女が民間人であるからこそ、その命ひとつとこの艦と、天秤に掛けるわけにはいかないのだ。

 マリューはしばらく沈黙したが、顔を上げると、決断したように指示を飛ばした。

 

「〝アークエンジェル〟は────発進します」

 

 クルー達は戸惑った様子を見せたが、ぐっと息をのみ、艦長の指示通りの責務を果たし始める。

 その瞬間、キラからの通信が、一方的に遮断された。

 

「! 時間を稼げばいいんだろ……!?」

 

 キラは〝ストライク〟のコックピット内で苛立っていた。

 だが、〝ストライク〟に乗ったこの状態で、ステラひとりなど捜索できるはずもない。そもそもキラは、彼女がどこに連れていかれたのかすら、分からないのだ。

 焦っていたキラは、次々と〝アルテミス〟を爆撃していく──〝ブリッツ〟を発見し、目の色を変えた。

 

「やめろぉぉぉっ!」

 

 ソードストライカーを装備した〝ストライク〟が、対艦刀シュベルトゲベールを振りかざして、〝ブリッツ〟へと急迫していく。

 〝ストライク〟のコックピット内に、再び〝アークエンジェル〟から通信が入った。

 通信主は、ミリアリアだ。

 

〈キラ! もうダメよ、逃げて! ──〝アルテミス(ここ)〟はもうすぐに墜ちるわ!〉

 

 〝アルテミス〟のあらゆる開口部から、爆炎が噴き出している。

 次々と誘爆の連鎖が巻き起こり、花開くように鮮烈な豪炎がその表面を覆ってゆく。

 ミリアリアは、ステラに助けられた立場にある。

 そんな彼女が、ステラを残して逃げるしかない、と指示しているのだ。──そこにどれだけの苦渋があったのか、キラにもわかる。ミリアリアが、その決断をするのに、どれだけ悩んだのかも……。

 

「ちくしょう………っ!」

 

 キラは機体を翻し、やむを得ず〝ストライク〟が〝アークエンジェル〟の甲板へ着艦する。

 振り返った先には────

 何もかもが、激しい業火に飲み込まれてゆく〝アルテミス〟が広がっている。

 〝月の女神〟は────真っ赤な炎に彩られ、それ自体が、赫々と輝く太陽のように燃え盛る。

 

「〝ディフェンド〟が…………────」

 

 一帯を吹き荒ぶ熱波に煽られ、覆うような灼熱に取り込まれていながら、キラが遠目に見た金色の機体は────ぴくりとも動かない。

 寂しく、虚しく、パイロットを待ち続けるように、ひとりその場に立っている。

 

 ──ステラは〝あそこ〟に、戻って来れなかったのか…………。

 

 ザフトの〝ガンダム〟達も撤退し始めている。

 衛星に限界が訪れたのだ。

 

 ザフトの機体が離脱したその瞬間、真空の暗闇に────大きな爆炎の花が咲いた。

 月の女神(アルテミス)は、完全に陥落したのだ。

 

「そんな…………!」

 

 〝アルテミス〟が、爆発した。

 キラは愕然として、それが宇宙に散ってゆく光景を目の当たりにしていた。

 あの爆発で、何人が焼け死んだだろう。

 ザフトの襲撃によって、何百人の人間が殺されただろう。

 だが、そんな人数など────この時、キラには気にならなかった。

 

 ──手を伸ばそうとしたのは、たっだひとりの命だけだったのだから。

 

 〝ストライク〟のコックピット内と同様に、〝アークエンジェル〟の艦橋でも、同じような重い沈黙が流れていた。

 

 ──あの状況では、仕方がなかった。

 

 こうして〝アークエンジェル〟は無事で、乗っていた民間人も救われた。もっとも少ない犠牲で済んだのだから。

 だが、そう割り切ってしまえる「自分」を認めてしまったら、ひどく恐ろしい気がした。

 ひとりの少女を見殺しにして、平穏無事を獲得した。

 こんな結果を招いて────良かった、とは誰ひとりとして口からこぼさなかったが────間違っていた、とも、誰ひとり発言しなかったのは事実だった。

 その時、チャンドラが、む、とレーダーを覗き込んだ。

 

「……………?」

 

 艦のレーダーに、見覚えのある熱源反応が感知されている。

 彼はすぐに重い沈黙を破り、その声を張り上げるようにして叫んだ。

 

「報告! 〝アルテミス〟爆心地より────モビルスーツの熱源を確認!!」

 

 アルテミスだったモノの残骸が、四方へと飛散し、そこから発生されている磁場が、〝アークエンジェル〟のレーダーを幾分狂わせていた。

 数は、一機だ。

 顕現したモビルスーツの機種までは即座に特定できないようが、チャンドラが必死になって解析を始めている。

 キラは、その報告にハッと顔を上げ、爆心地となった虚空を見据えた。

 

「あっ…………」

 

 目を細め、キラは遠方に、必死で焦点を合わせた。

 〝アルテミス〟爆心地に────ちっぽけな〝傘〟が出現している。

 

「これは…………!?」

 

 艦橋にいた一同が茫然と顔を見合わせ、やがて、最高の笑みを作り出す。

 もはや、機種の特定など必要ない。

 あれは。

 あんなこと(・・・・・)が、出来るのは────。

 

「機種特定! 〝ディフェンド〟の生存を確認! ────〝アルテミス〟の爆発に巻き込まれたようですが、機体は無事です!!」

 

 驚くべき現実に、艦橋の一同が目を見張っている。

 巨大軍事衛星の、陥落と崩壊────凄絶なまでの爆発に、〝ディフェンド〟はその中核で巻き込まれていながら、生き延びていた、という報告が上がったのだ。

 にわかには信じられた話ではなかったが、モニターに映し出された〝ディフェンド〟は大の字の姿勢を取り、機体の周囲に〝A,L〟──つまり、光波防御帯を発生させている。

 全方位光波バリアが──〝アルテミス〟の爆発から、あの機体と、その搭乗者(パイロット)守護(まも)ったのだ。

 

 ──良かった。

 

 そこで初めて、その言葉が吐き出された。艦橋が、一斉に安堵の賑わいを起こす。歓声が上がり、トール達が思わず顔を見合わせ、ほっと胸を撫で下ろした。

 

〈おわった。…………かえる〉

 

 通信先から流れて来たステラの声に、ミリアリアは、思わずその目に大粒の涙を溜めていた。

 

 ──無事で、良かった……。

 ──本当に…………。

 

 だが、次の瞬間。

 少女を守った〝ディフェンド〟の光波防御帯が、弾け飛ぶようにして消滅した。

 途端、〝ディフェンド〟のフェイズシフトが落ち、その機体の四肢は、まるで搭乗者が気を失ったかのように脱力し、ぶらんと投げ出される。

 

「ステラ!?」

 

 甲板から飛び立った〝ストライク〟が──すぐに〝ディフェンド〟の救助に向かった。

 機体は無事に見える。

 ステラもまた、肉体的に、そして精神的に無事で良ければいいが……。

 

 陥落した〝アルテミス〟から逃れた一同は────それを切に願った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラウとアスラン、ふたりには本国の評議会からの出頭命令が下され、〝ヴェサリウス〟にて〝プラント〟本国へと帰還していた。

 ふたりは軍事ステーションから離れるシャトルに乗り込んだのだが、そこには既に、ひとりの先客がいた。

 ラウは空々しいまでの笑みを浮かべて、その男性に敬礼する。

 

「ご同行させていただきます。ザラ国防委員長閣下」

 

 スーツ姿の男性は、四十代半ばの鋭い目をしている。

 名をパトリック・ザラ─────アスランの父親だ。

 三人を乗せたシャトルが出発する。ラウはパトリックへと一枚のレポートを手渡し、憚るようにして言葉を続けた。

 

「こちらが、我が隊がヘリオポリスで掴んだ地球軍の新型艦〝アークエンジェル〟および新型MS〝ストライク〟〝ディフェンド〟の調査報告書であります。ご多忙の所、お手を煩わせますが、ぜひ閣下にも目を通していただきたい」

 

 クルーゼの声は、何かをたくらんでいるような声調をしている。

 パトリックは流し目でそれを見ながらも、強引にレポートを受け取ると、それに一応の目を通し始めていく。

 このレポートは、ラウが手掛けたものであるが、そこに記載されている情報のほとんどは、アスランから得ているものでもあった。

 その内容は、大まかにはこうだ。

 

 第一に、ヘリオポリス内部で新型艦〝アークエンジェル〟が開発され、この艦は恐るべき戦闘能力を持っている、との情報。

 第二に、新型〝G〟のうち、二機の奪取に失敗し〝ストライク〟〝ディフェンド〟が現在、地球軍の手に渡っていること。

 第三に、〝ストライク〟を操縦するパイロットはコーディネーターであり、かつてのアスランと親睦があった人物である、ということ。

 

 これに目を通したパトリックは、何やら思念顔を浮かべた後、胸ポケットからペンを取り出した。

 するとおもむろに、第三報告の部分だけを、黒インクで乱雑に塗りつぶし始めた。

 これを見たアスランが目を見開き、唖然とする。

 

「問題は、地球軍(やつら)がそれほど高性能な機体を開発した、ということにある。それに乗るパイロットのことなど、どうでもいい」

 

 言いながら、パトリックはアスランを冷たい目で一瞥した。

 とても血の繋がった父子とは思えないほど、よそよそしい会話だった。

 

「主観的な報告を提出するなアスラン。かつてのおまえの友が〝ストライク〟のパイロットだろうと、評議会(われわれ)には全く関係がない」

「はっ…………申し訳ありません」

「敵モビルスーツを操るパイロットのことなど、私にとってはどうでもいいことだ」

 

 ──どうでもいい?

 アスランは返す言葉を失った。

 アスランが父への報告に挙げたのは〝ストライク〟のことだけだが……

 

 ──〝ディフェンド〟のパイロットの正体を知った時、父上(あなた)はまた、同じ台詞を言えますか……?

 

 アスランは父に真実を言い出せず、シャトルの窓から、離れていく地上の景色を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〝アークエンジェル〟は──当初〝アルテミス〟に寄港することで、艦に補給を受けようとしていた。

 そういう経緯があって、あの軍事衛星に寄港したには、寄港したのだが、補給不足の問題は、まったくと言っていいほど解決しなかった。

 なにしろ〝アークエンジェル〟は入港と同時に拘束されてしまったため、食料も物資も、なにひとつ、補給が終わっていない。むしろあのままザフトが攻めて来なければ、再出港することさえままならなかったかもしれないほど、艦は追い詰められていたのだ。

 〝アルテミス〟に寄港したことで得たものと言えば、唯一、ものというより結果となるが、〝アルテミス〟崩壊の余波が、今現在ザフト艦の索敵機器を狂わせている、という事実だけだろう。

 あの宙域は、それまで稼働していたアルテミス残骸の磁場が飛び交い、電波など、ほとんど通らないほど荒れているはずだ。

 

 だが、得るものの代わりに、損失してしまった結果もある。

 ステラ・ルーシェが────昏睡状態から、目を覚まさないのだ。

 

 〝アルテミス〟崩壊を乗り越えた〝ディフェンド〟から降ろされた時、ステラは既に気を失っていて、即座にその身を案じたムウの冷静な指示によって、医務室へ運ばれた。

 やはり、あの衛星の爆発が、彼女の乗っていた機体に相当の衝撃を与えていたのだろう。

 たしかに〝ディフェンド〟でなければ、あの状況からの生還など不可能であっただろうが、もともと対MS・対艦用のスペックで設計されていたであろう〝ディフェンド〟の光波防御帯では、軍事衛星の爆発を凌ぐには、やはり無理が祟った。

 ステラが運ばれた医務室には、キラや他の学生達が同伴しており、ステラを置いての出航を決断した、マリューの姿もあった。

 

「ん…………?」

 

 診察している中、医務官が眉をよせ、やがて、その表情を青ざめさせた。

 

「ど、どうしたんです?」

 

 心配そうに、キラが思わず訊ねていた。

 医務官が答えた。

 

「この子、ステラ・ルーシェって言ったかい? ……おかしいなあ、照合してみたけど、そんな女の子、ヘリオポリスの住民データでは見当たらないよ……。それに、この子の身体……いったいどうなってるんだよ……」

 

 それを明らかにするのが医者の仕事なんじゃないんですか、と不意にトールは訊ねようとしていたが、露骨に睨みかえされそうだったので、喉まで出かかったその言葉を咄嗟に飲み込んだ。

 

「どうなってる、って……どういうことですか?」

 

 ミリアリアが訊ねると、医務官は厳しい表情を浮かべ、険しい顔で言った。

 

「…………この子の経歴は!? 誰か、この中に知ってる人はいないの?」

 

 ガラッと変わった医務官の剣幕に気圧されるとように、一同の視線が、キラへと向いた。

 当然の反応だったが、キラは慌てたように尋ね返す。

 

「経歴って……どうしてそんなことを聞くんです? 今はステラが無事なのかどうか、それをまず確かめてください!」

 

 ステラは少なからず、身体に火傷を負っている。それだけでなく、一向に意識も回復しない。

 兄貴分のようなキラが、心配するのは当然のことだった。

 

「それも山々なんだが、この子の身体から、得体の知れない薬物反応が検出されてるんだよ」

「え…………!?」

 

 キラは返す言葉を失った。

 それはミリアリアたちも同じようで、唐突に突き付けられた言葉に、絶句している。

 

「……まあ、人間の身体ってのは不思議なもので、ある程度の有害物質には抗体が働くようになってる。でも、この子の身体から検出された薬物の量は、普通じゃない! さいわい、禁断症状を起こすほどの量は既に残ってないみたいだけど、いつ、こんなものを投与した? もしくは、投与されていたんだ?」

「わ……わかりません。わかりませんよ、そんなの」

「おまけに身元確認も取れないんじゃあ、正体も疑っちゃうよ」

 

 ステラが、薬物を?

 キラには、その言葉の意味が分からなかった。

 その事実に驚いたのだろう、それまでずっと壁に体重を預けていたマリューも、前に進み出て、ステラの顔を覗ける位置へとやって来た。

 はあ、と医務官が呆れるような溜息をもらした後、こんなことを訊ねた。

 

「ステラ・ルーシェ、っていうのも偽名だろう? この子の本当の名前は何? ──きみ、この子のお兄さんの、昔からの友達って言ってたよね。その友達の名前は」

 

 矢継ぎ早に吐き出される質問の数々に、キラは困惑した。

 友達の名は「ザラ」だ。でも、その名前は…………。

 キラが言葉に詰まっていると、さらに医務官が伝えた。

 

「あのねえ、医者としては、この手の患者は既往歴(きおうれき)が分からないと困るんだよ。まして薬物投与の経験のある患者が相手じゃ、下手な治療は、副作用とかで命に関わることだってあるんだ」

「え……!」

「怪我を負ったらコーディネーターもナチュラルも、医者にとっては一概に患者なんだ。そのための処置が必要だ」

 

 真摯な医務官の目が、キラの瞳を見据える。

 このまま治療の方法が分からなければ、ステラは危ないというのだ。  

 

「改めて訊くよ。────この子の、本当の名前は?」

 

 キラは、しばし俯いて沈黙を保った。

 ──どうすればいい。

 ステラはアスランの妹で──「ザラ」という名はプラントで有名だが、地球においても、悪い意味で有名だ。

 ましてこの〝アークエンジェル〟は地球軍の戦艦であり、「ザラ」という名は、政治的に重要な名前であることは間違いない。

 

 ──利用されは、しないだろうか………?

 

 本名を明かすことで、ステラに危害が及ぶかもしれない。

 でもこのままでは────ステラは治療すら受けることができなくて……?

 

「ッ…………!」

 

 やがてキラは意を固めたように、顔を上げた。

 

 この子の、名前は───

 

 

 

「────〝ザラ〟」

 

 

 

 それが、彼女の本名。

 そういう、名前です。

 

 

 

 キラが言いきり────

 

 

 それを聞いた医務官と、マリューの背筋が凍り付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 陰湿な手で迫られたとはいえ、同じ地球軍の士官を殺してしまうステラ。
 やってしまったな、という感じですが、これについてはおいおい書き深めていくつもりなので、意図があって殺した描写にしています。

 ステラはエクステンデットとして、ゆりかごで幾度となく『最適化』を受けていた。でも、ミネルバに収容された時は『最適化』が受けられなかったために禁断症状を起こしてしまった。

 という風に解釈しているのですが、この作品では、禁断症状は転生の際に消し飛んだ、という設定になり、それでも『最適化をしてきた』という経歴だけは、薬物投与をしてきた、という設定で消えないことにしています。
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