大学の冬休みはヒマだと思っていたんですが、所属している演舞サークルの練習が毎日のように入り込んで、疲れもあって、まったく筆が進まない毎日が続いてます。
疲労も溜まってるので文章が雑になっているかもしれませんが、時間を見つけては書いていこうと思います。
最適化とは、大西洋連邦で極秘に研究が進められた〝強化人間〟──『エクステンデット』に対する特別な措置のことである。
生まれながらに卓抜した能力を持つコーディネイターに対抗するため、エクステンデット達には、人間が動物的な恐怖心に対してあらゆる制御が掛けられており、こうすることで彼らは戦闘中、冷酷にして無慈悲な
常に新鮮で、常に鋭敏な感覚を持つ地球軍における〝最狂の戦士〟──
それこそがステラ達、エクステンデットに課せられた任務だった。
展望デッキで〝ユニウスセブン〟を眺めていたキラとステラであるが、一間を置いて、キラがステラを医務室へと戻した。それを認めた軍医の先生に当然のように怒られた後、キラはステラをベッドへと座らせる。
「ステラ。もう、ほんとに無理はしないでいいんだからね」
純粋な心遣いから、キラは云った。
現在、ステラの立場は非常に微妙なものになっている。〝プラント〟の要人たるザラの名を持ちながら、現在は地球軍艦〝アークエンジェル〟に乗艦する少女──
パトリック・ザラの娘である以上、血のバレンタインデーが起こってから、彼女が失踪していたじつに五年間──〝ヘリオポリス〟に現れるまでの経緯──は、少なからず詳細に説明を求められることになるだろう。
──でも、どうやら今は月本部へ帰還することの方が先決らしい。
事情聴取は、生還すればいつでもできるということだろう。
キラは言いつけるようにして続けた。
「モビルスーツに乗るのだって、やっぱり、怖いことなんだしさ……」
──こわい?
と、ステラはそこで訊ね返した。
「うん、怖い……でしょ」
少なくとも、キラにとってはそうだ。モビルスーツでの戦闘なんて慣れないものだし、慣れたいと思うようなものでもない。
出撃してしまったら、それが最後だ。敵は無条件に自分を撃墜しにかかって来る──キラ・ヤマトという個人を理解しようともせず。そのために自分は迎え撃ち、相手を墜とす──つまり殺すことでしか、自分が生き延びる術はない。
「………」
「キラ?」
何かを深く考え込むようなキラに、ステラが首をかしげる。
このときのキラは迷っていた。
──本当に、このままでいいのだろうか?
キラは
──でも、ステラはどうなんだ……?
たしかに彼女も、トール達を友人として慕ってくれている。だから、彼らを『まもる』ために〝ディフェンド〟で戦うのかもしれない。
けれども、ステラはかつて〝ユニウスセブン〟で暮らし、そして、核攻撃を受けた立場にあるのだ。〝アークエンジェル〟は地球軍艦で、このさき対峙するザフト兵の中には、あの悲劇が原因で軍に仕官した者もいるはずだ。
──例えば、それはきっと、アスランのような。
今のステラが味方しているのは彼女や彼女の母親を奪った地球軍で、反対に敵対しているのは〝プラント〟を守ろうと戦っているザフト軍。
この事実を踏まえた時、彼女が
艦内にいるコーディネイターはキラとステラの二名だけだが、キラとステラでは、そもそもの出自が違い過ぎる。
猶予は残されていない。地球軍か、ザフトか。
彼女の身柄はどちらにあるにしろ、本人に意思はなくとも、その存在が政治的に極めて大きいことは、覆しようのない事実なのだ。
──戦争なんて無縁の、暖かい世界に帰してあげられればいいのに。
どうして、昔みたいにはいかないのだろう。
どうして、こんなことになってしまったのだろう。
キラの頭では、その言葉ばかりが逡巡した。
「──パパが?」
サイからの報告を受けて、フレイ・アルスターが声を上げた。
「うん、先遣隊の船に乗ってるって。こっちの乗員名簿も送ったから、フレイがこの艦に乗ってるってことも、もうわかってるはずだよ」
先刻、第八先遣隊護衛艦〝モントゴメリ〟が〝アークエンジェル〟へのコンタクトを取ってきた。ヘリオポリス崩壊の折より孤立無援だった〝アークエンジェル〟が、ようやく友軍艦と合流できるということだ。
「いろいろあったけど、ようやく孤立無援だったこの艦が、友軍艦隊に組することができるようになるんだ」
〝アークエンジェル〟はこれより先遣隊とのランデブーポイントへと向かい、月本隊と合流する。
護衛艦〝モントゴメリ〟の艦内には、地球軍事務次官であるジョージ・アルスター──フレイの父もいる、という連絡を、フレイは受け取ったのだ。
その言葉を聞き、フレイは、花が綻ぶような安堵の表情を見せた。
〝アークエンジェル〟は現れた三隻の護衛艦〝モントゴメリ〟〝ロー〟〝バーナード〟へと乗員名簿を送信した。
その中には当然、ステラとラクスの名もあった。
名簿を見ながら〝モントゴメリ〟艦長のコープマンが、感心したように呟く。
「クラインに、ザラの娘とは……!? 今の〝アークエンジェル〟は、まるで〝宝船〟だな」
その隣に座すスーツ姿の男、ジョージ・アルスターが訊ねる。
「クラインの娘の方は有名だが、もう一方は聞いたこともないな……? よもやパトリック・ザラの娘、など──本当に信頼できる情報なのかね?」
「さあ、分からんよ。ただ、あの艦がそう言っているだけなのだ。この状況で虚偽報告をする必要など、どこにもない」
「なるほど。……とにかく、合流すれば色々と詳しい話を聞けそうだな」
──まあ今は、なんだっていいさ。
ジョージの頭は今、それどころではなかった。心配で心配でしかたがなかった愛嬢、フレイ・アルスターのことしか頭の中になかったのだから。
だがそのとき、〝モントゴメリ〟のレーダーに異変が発生する。ノイズが走り、画面が大きく歪んでいく。異変を感じた管制官が計器類を調整しても、歪みは増えていくばかり。
やがてオペレーターが、悲鳴にも似た声をあげた。
「これは、ジャマーか!? エリア一帯、干渉を受けています!」
「なんだと!?」
先遣隊は、ザフトに発見されたのだ。
プラント本国より戻って来た〝ヴェサリウス〟は、近隣の宙域に地球軍の艦隊〝モントゴメリ〟の熱源を探知していた。
今、この船に乗っているクルーゼ隊の隊員は、出頭命令の下されたアスランだけだ。しかし、
「何の偶然なのだかな、これは」
クルーゼは仮面の下に、小さな冷笑を浮かべている。
宙域図を描いたパネルを見据えながら、即座に指示を出した。
「すぐに出向いて、あの艦隊を撃墜する。合流予定のラコーニとボルト隊をこちらへと急がせろ」
「まさか、戦闘されるおつもりですか?」
アデスはその指示に難色を示した。
一度本国へと帰還した〝ヴェサリウス〟は、本国からの通達により〝ユニウスセブン〟の事前調査に向かった民間船──それと共に、消息を絶ったとされるラクス・クラインの身柄の捜索任務に充てられている。当該任務中に別件で戦闘を仕掛ければ、本来の任務を後手に回すこととなる。
アデスが訊ねると、しかし、クルーゼはビジネスライクに返した。
「ここは〝アルテミス〟から月本部への航路にあり、直に〝足つき〟が現れる可能性も高いポイントだ。──とすれば、あの艦隊はそれに補給を届けに来たものと判断するのが妥当だろう」
「ですが、我々は」
「──我々は軍人だよ、アデス。いくらラクス嬢捜索の任務を請け負ったとは云え、敵の補給艦が目の前を横切るのを黙って見送ることなど出来ない」
アデスが曖昧な返答を返すと、クルーゼはそれを是と取り、即座に声を飛ばした。
「アスランを出撃させろ。強襲機〝イージス〟と──それを操るアスランの手に掛かれば、今回のステージ、いささかお遊戯が過ぎるかな……?」
私の出る幕など、どこにもありはしないだろう。
クルーゼの指示の下、そうして〝ヴェサリウス〟が再び、戦場へと出向いた。
〝アークエンジェル〟艦内にも「先遣隊がザフト軍に見つかった」という報告は知れ渡っていた。
合流地点に向かっている〝アークエンジェル〟までは特定されていないため、これを幸運と見た〝モントゴメリ〟は「〝アークエンジェル〟は急速転回せよ」との通達を送りつけてきた。
だが、遥々迎えに上がって来てくれた艦隊を見捨て、ここでむざむざと踵を返すわけにもいかないだろう。
第八先遣隊を見捨てれば、フレイ・アルスターの父、ジョージ・アルスター事務次官の身を危険に晒すこととなり、なにより〝アークエンジェル〟は再び孤立無援へと逆戻りとなるのだから。
「第一戦闘配備! 〝アークエンジェル〟はこれより先遣隊掩護に向かいます!」
艦内に警報が鳴り響くのを、ステラとキラは医務室の中で聴き止めた。
目の色を変え、すぐに医務室から飛び出そうとしたキラの腕を、後ろから何かが掴んだ。それはステラの小さな掌だった。
「ステラも、いく」
その言葉に、キラはぎょっとした。
「そんな、ダメだよ! まだ、そんな体なのに」
いつものように、キラはステラを庇うようにして制す。
だが、ステラは聞かなかった。
「だいじょうぶ。だからお願い、連れてって」
ステラの双眸は、強い意志に満ちていた。
キラはしばし逡巡したが、意を決したように答えた。
「……わかった、一緒に行こう」
覚悟のほどを受け取ったか、キラがステラの手を取って医務室を出る。
──だいじょうぶ。動ける……!
廊下を駆け走りながら、ステラは自分に言い聞かせるように心中に呟く。
──さっきは弱気になったけど、もう立ち直れたはず。
それもこれも、キラのおかげ……。
──ただそれだけでいい。
このときのステラには「自分はだいじょうぶ」という漫然とした自信を持っていたが──結論から云えば、それは単なる彼女の思い上がりでしかなかった。
後で泣きたいほど恐ろしい目に遭うことを、このときの彼女はまだ知らないのだから。
パイロットスーツに着替えるため、更衣室へ向かおうとしたとき、ひとつの問題にぶつかった。今の〝アークエンジェル〟に、ステラが着用するためのパイロット・スーツ──女性用のそれ──があるかどうか、定かでなかったのである。
パイロットスーツは、あらゆる衝撃から人間を保護するためのものだ。宇宙空間では生身では呼吸もできず、太陽線から身を守る防具としても働く必需品。たとえ着心地が悪くても、絶対に着用しなければならないものでもある。
──窮屈かもしれないけど、男性用のスーツで我慢してもらうしかないのかもしれない。
キラはステラを連れて更衣室へと入っていく。
と、中にいた──たった今パイロットスーツに着替え終わったようである──ムウがぎょっと目を向いた。
「びっくりした! 心臓に悪いよ、坊主」
「すいません。あのフラガ少佐、女の子用のパイロットスーツってありますか?」
「あー。いや、どうだろうなあ」
ムウも経験上、女性パイロットは見たことがそれなりに見たことがあるが。
やはり、比率でいえば少ないことは確かだ。
「坊主でさえ
ムウがロッカーを漁っていると、白を基調とし、桃色がサブカラーになった柔和なパイロット・スーツがこぼれ出てきた。見れば規格も通常のそれよりも華奢で、小柄な男性を対象としている──というよりは、あきらかに女性を対象としているもののように見えた。
「──これかな」
「え? あったんですか?」
「いや、見つけた俺も驚いてる」
まさか本当に備えられてあるとは。
言いながら、ムウが苦笑した。
手にしたそれを、キラに放り投げると、受け取ったキラがムウを見たとき、その表情から軽薄な笑みは消えていた。
「すぐに出撃だ、出撃するからには、早く準備を終わらせるんだぜ」
「はい!」
「わかった」
ムウはふたりの返答を受け取り、小さな笑みを返した。そんな彼が退室した後、キラはスーツをステラへと手渡しながら、辺りを見回す。
「じゃ、着替えようか。……えっーと、なにか仕切りになるようなものは」
更衣室に個室はなく、仕切りになるようなカーテンもない。
だが、隅に死角になりそうな場所を見つけたキラは、ステラへと指示を出そうと振り返り、
「ちょッ──!?」
思わず噴き出していた。振り向いた先のステラがおもむろに衣類を脱ぎ始めていたからだ。
ほとんど下着姿のあわれも無い姿が飛び込んできて、キラは真っ赤に紅潮する。
「ステラ! どうして!?」
「?」
咎められたステラは、しかし、首を傾げて彼が何に焦っているのか微塵も理解していない様子だ。
「早く準備しろって、あのひとが」
それはムウの催促か。急ぐ気持ちはわかるが、だからって何の恥じらいもなく!
────結局、ステラは何も気にしない様子でパイロットスーツに着替えてしまった。キラは自分ひとりだけが焦っている光景が馬鹿馬鹿しくさえ思えてきて、げんなりしながら着替え始める。
──僕はこんなに恥ずかしいのに……。
特段凝視されているわけでもないのだが、ひとりの女の子と、ひとつの更衣室で更衣を共にしているのだ。
そういうの慣れてないのに、緊張するなと言われても、無理な話だった。
おずおずとしているキラとは対照的に、ステラはまるで平然としていて、キラが着替え終わるまで、こちらに背中を向けているキラを見つめていた。
着替えを終えたふたりは、更衣室から出、格納庫へと走った。
「キラ!」
その道中、不安げな顔をして、蒼白な顔色をしたフレイ・アルスターと遭遇し、キラの方が目が合った。
ずっと憧れていた少女に詰め寄られ、キラは思わずどきりとした。フレイは
「戦闘配備って、どういうこと? ねえっ、パパの船は!?」
パパの船?
事情を分かっていないキラはきょとんとし、その後ろに続いているステラもまた、その言葉の意味が分からなかった。
「大丈夫よね? パパの船、やられたりしないわよね?」
「えっと……だ、だいじょうぶだよ、僕達も行くから……」
事情を理解していないキラは、フレイの求めている返答を返すことはできず、曖昧に答えた。
とにかく発進しなければ、どうにもならない。キラはステラを連れ、格納庫へと走った。
走り去るふたりの背中を、フレイは見落とすことはなく、心配な面持ちで見つめ続けていた。
〝ヴェサリウス〟から発進した〝イージス〟に加え、クルーゼ隊に合流した別働隊から〝ジン〟が数機出撃し、戦闘宙域は混戦した状態にあった。
ムウの〝ゼロ〟は、すでに出撃している。キラとステラが格納庫へと飛び出すと、今かと待ちわびていたマードックが声を荒げた。
「遅いぞ、坊主! て、なんでえ、嬢ちゃんも一緒かあ!?」
マードックは相変わらず、ステラを苦手としているらしい。彼女の姿を認めた途端、一瞬びくりと身構えたほどだ。
だが、彼女もまた出撃するつもりなのだろうと即座に判断し、マードックはステラの様態を心配こそすれ、特別それを止めようとはしなかった。
「〝ディフェンド〟の整備はまだ不完全でな! いくつかの光波発生器が馬鹿になってやがるから、それだけは頭に入れておけよ!」
コックピットへと向かうステラへ向け、マードックが声を張り上げる。
無理もない、〝アルテミス〟の爆発から機体を守ったのだ、早々すぐに、完全に修繕された状態で出撃できるとはステラも考えていなかった。
ふたりはそれぞれにシートにつき、システムを立ち上げる。その間、ミリアリアが状況を説明した。
〈敵はナスカ級一隻に〝ジン〟が三機。それに〝イージス〟もいるわ! 気を付けて!〉
〝イージス〟──その単語にふたりの手がぴたりと止まる。間髪入れず、次の瞬間にはサイからの音声通信が入った。〝ストライク〟にだけ。
〈先遣隊の艦にはフレイのお父さんが乗ってるんだ! キラ、頼む! 守ってやってくれ!〉
公私混同も甚だしいが、その事実に、思わずキラは目を見開く。
それは、欲しくない情報だと思ったからだ。思わぬ
「くそっ……!」
不安に駆られたように、そのとき〝ストライク〟のツインアイが、ゆっくりと動き出した〝ディフェンド〟の方を向いた。すると、向こうもその視線に気づいたのだろう〝ディフェンド〟が立ち止まり、〝ストライク〟を見据え返す。
(いや、弱気になるな!)
──僕は、ひとりじゃない。
幼馴染みの女の子を当てにするなんて情けないかもしれないけれど……今の僕には、ステラがいてくる。
それがいつまで続くかは分からないけど、少なくとも、今は肩を並べて戦ってくれる、たしかな仲間がいるのだ。
つかみ所のよく分からない親友の妹だが、護り、護られ、そんな関係で居られればいいと思っている。
このときのキラが憶えたのは、柔らかな安心感であった。
一方でステラが〝ディフェンド〟のシートに着いた時、彼女はふと、妙な違和感を憶えた。
コックピットに辿り着き、シートベルトを締めたら、まずはOSのプラグラムを手順よく起動させてゆく。まるで機体の正当な持ち主であるかのように、ステラは小慣れた手つきで〝ディフェンド〟の各プログラムへと電源を灯そうとした。
「…………。なに」
思わず疑問を呟いたのは、スイッチへ伸びる自分の指が震えていたからだ。
ぶるぶると。小さく、しかし、たしかに──
「……?」
云い知れぬ身震いが、彼女の手先を狂わせる。指先は見当違いのスイッチに伸びてばかりで、目的のボタンまでは届かない。
(──あわてている? ステラが?)
そんな、まさか。
異変を感じ、ステラは右手を掴み、腕ごとゆっくりと擦った。
だが、震えは一向に止まる気配がない。
身体は何かに対し、確実に狼狽えているのだ。それからややあって、なんとか〝ディフェンド〟は起動していったが。
このときのステラが憶えたのは、拭えない不審感であった。
すでに戦場に出ていた〝ゼロ〟は〝ジン〟の複数と交戦し、より正確にいえば、敵機を完全に足止めしていた。
──この戦闘の目的は、あくまで先遣隊の援護に他ならない。
そのために、敵機を牽制する必要があったのだ。〝ゼロ〟は広くガンバレルを展開し、散開する〝ジン〟を一機ずつ狙撃してゆく。三機の〝ジン〟は行動を制限され、鮮やかに〝ゼロ〟から放たれる幾多の火線が、三機を〝モンドゴメリ〟〝ロー〟〝バーナード〟へ寄せ付けさせない。
それがどうした。
三機の〝ジン〟を見事に牽制している〝ゼロ〟であったが、地球軍の艦などは、所詮〝イージス〟の前ではひとたまりもない。〝ゼロ〟から距離をおき、MA形態をとった〝イージス〟から──大出力のエネルギー砲〝スキュラ〟が放たれたのだ。
凄まじいまでの高エネルギー砲は〝ロー〟の船体を容易に貫き、撃沈させた。そうして爆散した〝ロー〟を見届け、華麗に〝イージス〟は転回する。次に〝バーナード〟に目標を定めたように飛び去って行く。
──見逃すわけにはいかない!
〝ゼロ〟のガンバレルが、再び展開された。
「こんなこと云いたかねぇけど、いい腕してるじゃないの!」
最大限の皮肉を込めて、〝ゼロ〟が四基のガンバレル内、その半数を急速離脱を図る〝イージス〟へと差し向けた。加速を決める〝イージス〟であったが、飛来してきたガンバレルには即座に追いつかれ、一瞬にして包囲される。
「ええいッ!」
アスランは咄嗟にMA形態を解除し、ビームライフルで応戦する。
だが、照準先の〝ゼロ〟は鋭敏な動きで、この光線を掻い潜るようにして回避していく。苛立ったように、アスランは僚機の〝ジン〟へと声をあげた。
「──何をやっている! 相手はたかがモビルアーマー一機だ!」
〈す、すまない! だが、そいつは〉
〝ジン〟から響いて来た弁明の声を、アスランは一方的に遮断した。
──言い訳など聞くか!
〝ゼロ〟から繰り出される全方位からの執拗な追撃を忍ぎつつ、忙しなくアスランが機体を転がしていると、多方角からの攻撃に追い詰められた〝ジン〟が一機、敵の狙い通りに撹乱され、撃ち落とされた。爆発と同時に世界が閃き、〝ジン〟の機体は、跡形もなく宇宙の藻屑と化す。
「──ちィ!」
──〝ジン〟では時間稼ぎにもならない!
〝イージス〟は痺れを切らしたように、その瞬間、攻撃対象を〝ゼロ〟へと移した。
MA形態にて変形後、巧みな動きで反転する〝ゼロ〟を背後から追撃する。〝スキュラ〟を放ち、エネルギー砲が〝ゼロ〟の機体を掠める。煙が巻き起こり、ムウが歯噛みした。
「くそッ、これじゃ立つ瀬ないでしょう──オレはッ!」
即座に〝ゼロ〟は、ガンバレルを展開し、〝イージス〟の行動をを牽制しながら、機体を翻し、宙域からの離脱を図った。
〈今のが『エンデュミオンの鷹』? ──ということは、足つきが近くまで来ているのか〉
憶測が通信回線から響き、アスランは不快そうな顔を作った。
また、足つき?
また、キラか!
ザフト兵の憶測は的中し、アスランは次の瞬間、レーダー上に〝ストライク〟と〝ディフェンド〟の機影を捉えた。
「くそ……ッ」
アスランは煮え切らない思いを抱いていた。
一刻も早く、ラクスの行方を知りたい。生死を確かめたい。
だとすれば、この戦闘を早く終わらせなければならない。
それでも、キラを撃ちたくない。
なにより、ステラとなんて戦いたくない───!
──こんな戦闘で、得られるものなど何もないのに……!
願望や使命、責務の中で、板挟みになるアスランであった。
「──アスラン!」
見覚えのある真紅の機体を捉え、キラが声を上げた。
〝ストライク〟と〝ディフェンド〟の二機が、交戦する〝イージス〟を射程距離に入れた。その瞬間〝イージス〟はスラスターを全開にして、〝バーナード〟へと向かった。
──僕達とは「戦いたくない」と……そういうことなのか、アスラン!
〝ストライク〟〝イージス〟〝ディフェンド〟────三機は機体の持つ特性こそ異なるが、同じ
それだけに〝ストライク〟がビームライフルの射程圏内に〝イージス〟を捉えた、ということは、つまり──アスランもまた、キラ達を射程範囲に捉えていたはずなのだ。
攻撃の機会を放棄してまで、〝イージス〟は機体を翻して〝バーナード〟へと向かった。まるで、キラやステラから逃げるように──。
「でも、撃たせるわけにはいかないんだ!」
そう、撃たせてはいけない。
──先遣隊の船には、フレイのお父さんが乗っているんだ!
もうこれ以上、撃たせない!
──アスランを止めるのは、僕だ!
〝ストライク〟はエールストライカーのスラスターを噴射して、〝イージス〟を追いかけた。
離脱する〝イージス〟の代わりに〝ジン〟が二機〝ストライク〟の前に立ちはだかった。キラの進路を阻もうと〝ジン〟は〝ストライク〟にミサイルを構えたが、横から割り込んできた、数条のビールライフルに牽制された。
〝ディフェンド〟だ。
割り込むようにして現れた黒金の機体が──〝ストライク〟の道を切り開く。
〝ストライク〟が〝イージス〟の追撃に向かい──〝ジン〟を牽制するのは、ステラの役目となった。
「──アスラン!」
〈邪魔をするな、キラ!〉
親友の声が通信先から響くたび、キラはぎゅっと胸が締め付けられ、思わず泣きそうになる。
──でも!
噛み締めるような寂しさを必死に抑え、キラは真紅の機体を追撃した。
エールストライカーは〝ストライク〟の推進力を飛躍的に上昇させる装備だが、宇宙空間での速度に関しては、MA形態の〝イージス〟に軍配が上がっている。
一向に縮まらない二機の距離は──〝イージス〟の〝バーナード〟への接近を許してしまった。
〝バーナード〟と〝イージス〟が交差する。
すれ違いざま、〝イージス〟は先端の鉤爪で艦の装甲を引き裂き、これを爆散させた。
「もうやめろぉッ!」
やりきれない怒りを憶えたキラが、〝ストライク〟からビームサーベルを引き抜く。
追い付かれた〝イージス〟は、モビルスーツ形態へと変形し、サーベルを抜くと、二機が激突した。
「もうやめるんだ、アスラン! どうしてたくさんの人を殺すんだ! どうしてこんな残酷なことを、平然とできる!?」
〈キラ!〉
──
白と赤の〝ガンダム〟がスタスターを噴射し、激しく拮抗する。
通信先のアスランが、抗議の声を上げた。
〈オレだって、へらへら笑って戦争をしているわけじゃない! でも、オレはザフトのパイロットなんだ!〉
「だからって、相手がナチュラルだからって、そんな理由で殺すのか! よく知りもしない、相手のことを!」
〈撃たなければ、守れないものだってある!〉
それが、アスランの戦争なのかも知れないと──咄嗟にキラは思った。
思ったのだが……
「殺された側の人達にも、家族がいるんだぞ! 遺された方の悲しみは、キミだってよく分かってるはずじゃないか!」
〈キラッ…………!〉
怒りを含んだ言葉を交わす度、ふたりの距離は、縮まらないほどに遠ざかっていく気がした。
──あんなに一緒だったのに、言葉ひとつ、通らない!
現実はたしかに非情で、悲しかったが、それでも今は、相手に対する怒りがその感情を凌駕していた。
拮抗していた、二機のサーベルが弾け飛ぶ。
〝ストライク〟と〝イージス〟は反動で引き離され、キラは再度、〝イージス〟へと躍りかかろうとした。
だが突如その時、ミリアリアの声がコックピット内に響いた。
悲鳴にも似た、それは悲痛を訴える声が。
〈キラ! 〝ディフェンド〟が────ッ!!〉
「え……?」
再度、激突しようとしていた〝ストライク〟と〝イージス〟が──その声に、同時に動きを止めた。
〝ストライク〟が突き進む〝イージス〟への道を開き、二機の〝ジン〟を相手にしていた〝ディフェンド〟であったが──
──この時、完全に追い詰められていた。
二機の〝ジン〟からミサイルが放たれ、見違えるほど鈍足な〝ディフェンド〟は、これを回避することもままならず、ミサイルの、機体への着弾を許した。
「うう──ッ!?」
爆発が機体を揺らし、光波発生器の一基が破損する。
衝撃に吹き飛ばされた〝ディフェンド〟は、なおも鈍い動きでビーム・ライフルを発射した。
その照準は────ひどく愚鈍だ。
放たれた光線は、明後日の方向を狙っていたのか? そう思うほどに容易に回避され、その手に重斬刀を握る〝ジン〟の接近を許す。
重斬刀を構えた〝ジン〟が、その刀身で機体のボディを殴るように〝ディフェンド〟を吹き飛ばす。
〝ジン〟は「斬る」ためではなく──「叩き潰す」ために重斬刀で攻撃して来たのだろうが。
〈〝ディフェンド〟──応答しろ! 何をやっている!?〉
通信先から、ナタルの声が飛び込んで来た。
おおよそ、心外な様子な表情をしている。──ナタルもまさか、ステラが〝ジン〟二機を相手に、ここまで遅れを取るとは予想もしていなかったのだろう。
なにせ先日の戦闘では──ステラは〝ジン〟二機を圧倒して撃墜したのだから。
「くぅッ……!」
──うるさい、
飛び込んで来たナタルからの通信を、ステラは一方的に遮断した。
「ええええいッ!」
我を忘れたように、〝ディフェンド〟がビーム・ライフルを乱射する。
だが、無造作に放たれた砲火はまるで脅威とはならず、コーディネイターの操る〝ジン〟を前に、空を切るばかり。
彼女の中で、苛立ちばかりが膨らんで行く。
──集中できない。
──気持ちがわるい……。
この時、ステラの頭の中には──
エクステンデットとして──誰よりも鋭敏なはずの彼女の集中力を──拡散させている。
「いやっ、気持ちわるい……!」
──頭の中に、
戦闘とは、まったく関係のないこと。
戦場には、まったく必要のないこと。
雑多な記憶が──彼女の意識を支配している。
再度、ミサイルの直撃を受けた〝ディフェンド〟の中で、ステラの身体が大きく揺さぶられた。
肥大化していく焦燥に駆られ、ステラは再度、ビームライフルの砲口を〝ジン〟へと向けた。
銃を構えた──その瞬間だ。
突如、潰えた〝アルテミス〟司令官、ジェラード・ガルシアの言葉が脳裏に再生された。
『──まるで感情や慈悲のない、冷酷な殺戮兵器のようではないか』
「あうっ」
嫌な記憶。嫌な体験。嫌な言葉。
──不愉快な「それ」がたくさん、頭の中に、勝手に入り込んで来る!
まるで、ダムが取り払われたみたい。
戦闘中、いつもなら思い返すはずもなかった「記憶」が、雑多な「情報」になって、彼女の鋭敏であったはずの集中力を削いてゆく!
──ぜんぶ飛んでけ……ぜんぶいらない!
──ぜんぶ、戦闘には必要ないのに!
〝ディフェンド〟の機体が、大きく吹き飛ばされる。
また、抵抗もままならぬまま、さらなるミサイルの直撃を受けたのだ。
光波発生器は数基として壊れている今、アリュミューレ・リュミエールは展開しない。
防御になるのは大型のビームシールドだけで、キラも今は、遠方で〝イージス〟と戦っている……。
何も。
何者も。
崩れそうなほど儚げな、今の彼女を────守ってくれはしないのだ。
エクステンデットである「ステラ・ルーシェ」には、かつて、地球連合軍のパイロットとして再出撃の度に『最適化』の措置を受けることが義務付けられていた。
その処置には、彼女の意識中の、あらゆる恐怖心を抑圧する、という目的の他にも────無関係な記憶を脳内から除去することで、雑多なストレスの一切を排除、また、感覚を常に鋭敏に研ぎ澄ますことで、極限まで高められた集中力の維持を可能にする、という目的もあった。
これは後日になって、ステラ自身が思ったことだが──『最適化』は、決して苦行ではなかった。
むしろその逆で、『最適化』を受けることは、彼女にとって、一種の安らぎであったのだ。
何故なら、処置が終わった後、精神は自然と安息や落ち着きを取り戻し、頭はひどく
最適化を受ければ「嫌なこと」をすべて忘れられる────それが彼女にとって、嬉しい方向に機能することは多々あった。
しかし、それは正常な観点から見てみれば、一種の「依存」に他ならない。
強化人間としての彼女は、戦場へと赴く回数だけ、何度も何度も『最適化』を受けてきた。
──だからだろう。
だから彼女は今、どうしようもない「焦燥」に駆られているのだ。
最適化の処置が途切れれば、かつての彼女の身体は、その反動で禁断症状が発症し、命すら危ぶまれる状態に陥った。
それと同じように侵された、彼女の精神は────最適化が必要なくなった今、まさに「自律」できなくなっているのだ。
普通の人間は、悩み、苦しみ、悲しみ──もちろん、喜びといったプラスの経験もそこには含まれるが、それぞれに多様な葛藤の上に生きている。
それぞれに過去を持ち、それを乗り越えたり、向き合ったり、決別したり、過去に起きた出来事を昇華することで、今に繋いで生きている。
だが、彼女は特別────「それ」を知らない。
どんなに嬉しくても、どんなに悲しくても、どれだけ心が傷ついても──その葛藤の一切を除去してしまう『最適化』──
そんなものを処方され続けて来た彼女には、自分の抱える「ストレス」に対処する能力が欠けている。
普通の人間が────普通に持っているはずの機能が、すっかり
嫌なことが、忘れられない。
嫌なことを思い出すと、途端に何も手に着かなくなってしまう。
ステラ本人は気づいていなかったようだが、彼女が考えている以上に、彼女の意識は多くのストレスを抱え込み、それによって、精神はひどく疲れていたのだ。
集中力が持続していたのは、最適化のおかげ。
どんな過酷な状況でも、冷静な判断が下せたのも、最適化のおかげ。
厳しい戦況でも、恐怖心を抱かずいられるのも、最適化のおかげ。
だから彼女はここに来て────
いらいらする。
どうでもいい記憶が、こんな時に限って蘇る。
戦う時は戦わせて欲しい。──他のことなんて考えたくないのに、不愉快な記憶が流れ込んで、頭を支配する。
出て行け、飛んで行け。
そう願うように、ステラが叫んだ。
「邪魔、だぁ!」
集中できない自分自身に、腹が立つ。
ステラは身を襲う不快感を薙ぎ払うように叫びつつ、接近してくる〝ジン〟にビームライフルを放ったが、苛立てば苛立つほど、撃ち放つビームの弾道は滅茶苦茶になっていく。
光線は明日の方向へ飛散し、奇異な行動に〝ジン〟もいささか困惑したような動きを見せる。
〝アークエンジェル〟のクルーも、いったい誰がこんな状況を予想しただろうか。
ステラの駆る〝ディフェンド〟が──〝ジン〟を相手に、完全に追い込まれているのだ。
繰り出す攻撃が、掠りもしない?
観念した〝ディフェンド〟はそこで、一切の抵抗をやめ、戦闘宙域からの離脱を図ろうとした。
しかし、絶好の獲物を見つけたかのように──二機の〝ジン〟は、遥かに〝ジン〟より速度性能を上回っているはずの〝ディフェンド〟の退路を阻み、これを挟撃していく。
逃がさねえ! ──そう宣告せんばかりの、凄まじい気迫と共に。
「ッ…………!」
被弾の衝撃に〝ディフェンド〟の機体が揺れる。
ステラはその双眸に大粒の涙を溜めながら、恨めしそうに、目の前の〝ジン〟を睨み上げた。
──どうして、勝てない!?
灰色のトサカ頭──ZGMF-1017〝ジン〟
ソイツはたかたがザフトの量産機であり、その薄い装甲は、ミサイルの一撃でも浴びせれば、全壊するほど軽量に仕上がっている機体だというのに。
──こんなヤツらに、負けるはずがないのに!
〝ジン〟と〝ディフェンド〟の間にある、圧倒的な性能の差。
強力なコーディネイターと、しかし、
どちらにしても、遅れを取るはずがないのに!
失調したように〝ディフェンド〟のコックピット内で、ステラが絶叫した。
「わたしはぁぁぁぁぁーーーーーッ!!」
その瞬間、〝ディフェンド〟が両肩のシールドと装甲を
機動力を飛躍させ、両腕に備えられた光波発生器から、ビームブレイドを展開する。
──射撃が当たらないなら、斬り刻んでやる……!
一瞬、激しい殺意が、彼女の頭を支配した。
狂気に駆られ──〝ジン〟へと突進していく〝ディフェンド〟は、ステラが狙っていない、もう一機の〝ジン〟がミサイルを構えているのに気づかなかった。
大型ミサイルが発射され、突進する〝ディフェンド〟のコックピット内に──背後からの警報音が響いた。
「えっ……?」
装甲を離脱した〝ディフェンド〟は、防御力が低下している。
ミサイルは、背後から急速に接近している。
直撃を受ければ──……。
「────ステラッ!」
その瞬間、脇から突如現れた〝ストライク〟が──〝ディフェンド〟の機体をかっさらった。
ミサイルは標的を見失い、虚空にて爆発した。
「キ、ラ……?」
〈ごめん、ステラ……僕は僕のことばっかり考えて、君を護ってあげられなかった……!〉
「まも、る……」
通信先から伝わってくる、悔恨したような声と表情に、ステラは弱々しい笑みを浮かべた。
助けに来てくれた。
その事実に安堵しながらも、次の瞬間、ステラの眼に入り込んで来たのは、無情なる光景だった。
遠方で────〝イージス〟のスキュラが、火を噴いた。
〝ストライク〟を振り切った〝イージス〟が────その隙に〝モントゴメリ〟を撃墜したのだ。
高エネルギー収束砲が、巨大な艦船を貫く。
火炎が巻き起こり、たちまちに船体を呑み込んで行く。
アスランが、殺した。
だからみんな──「死」んでいく。
「あ……あぁ…………っ」
炎に呑まれ、次の瞬間〝モントゴメリ〟が爆散した。
ジョージ・アルスターを乗せた〝モントゴメリ〟は、その人ごと撃墜されたのだ。
「死んじゃ……った…………? ステラ……まもれ、なか…………!」
頭を両手で押さえ、わなわなと震え出す彼女を、計り知れない絶望感が襲う。
ヘリオポリスで〝ディフェンド〟を見た時、そしてそれに乗り込んだ時、考えたはずだった。
──守る、って……誓ったのに…………!
奪われた。
護れなかった。
──〝ディフェンド〟に乗っていながら、何も出来なかった……!
無力感が絶望となって、重い金属で頭を殴られたような感覚に陥る。
途端に動かなくなった〝ディフェンド〟に異変を感じたか、キラが通信越しに呼びかける。
〈ステラ、しっかり! ステラ!〉
「いやぁ……!」
モニターに写ったステラは、恐怖に支配されていた。
歯噛みしたキラは〝ディフェンド〟を抱え、その場から離脱しようとする。
(……このままじゃ全滅だ、急いでここから離れないと)
先遣隊三隻が墜ちた今、ザフトが狙うのは〝アークエンジェル〟だけだ。
〝ディフェンド〟は、パイロットがこの状態では戦力にはならない上、それを庇いながら戦えるほどキラも器用ではない。
──たしかに、僕たちは何もできなかった。
でも、もうどうしようもない以上、吹っ切って逃げるしかない。
ここで全員死んでしまったら、本当に意味がない。
二機の〝ジン〟が──〝ストライク〟を追いかける。
〝ディフェンド〟を抱えているせいか、バーニアの出力が思うように上がって行かない。
キラはたしかな焦りを憶えながら、背後の〝ジン〟から繰り出される銃撃を回避していくが、目に見えてジリ貧に追い込まれていく。
その時、通信先の全チャンネルで──ナタルの声が響いた。
〈交戦中のザフト軍に告ぐ! こちらは〝アークエンジェル〟──本艦は現在、シーゲル・クラインの令嬢、ラクス・クラインを保護している! これ以上戦闘を継続するのであれば、その身柄の安全は保障しかねる!〉
それは──明らかに「人質」による交渉だった。
保護したラクス・クラインを盾にして、この場をやり抜けようとしているのだ。
それは、いつかはやって来ると思っていた現実だ。
ラクス・クラインの存在が──外交上、地球軍とザフト軍の対立における、極めて重要なカードとして扱われる日は、いつか来ると分かりきっていた。
だが、そのカードを使うには、あまりに遅すぎた。
先遣隊は全滅し、残っているのは〝アークエンジェル〟だけ──。
己が保身のために、〝アークエンジェル〟は彼女の存在を盾としたのだ。
「くそ…………」
ザフト軍が、おもむろに撤退して行く。
ラクス・クラインの存在を人質に持ち出されては、手の出しようがないのだろう。
戦闘は終息したが、キラの頭に残されたのは、後味の悪い────複雑な感情だけだった。
今話で明らかにして置きたいこととして、補足です。
この小説の設定上、現在のステラの体は最適化措置が不要となっています。
しかし、だからといって、精神の方までそれが不要になるかというと、そういうわけでは無いはず、と前々から考えていました。
ストレスなどの負荷を頭から消去することで、戦場で常に「100%」の力を発揮できるエクステンデットであった彼女は、最適化を受けられなくなったことで、普通の人間と同じように、悩み、苦しむようになります。
彼女にとって、戦場で頭が鮮明であることが、当たり前ではなくなります。
精神に様々な負荷やストレスが掛かることで、今まで発揮できていたパフォーマンスを発揮することができない。また、それによってさらにストレスを募らせる──そういったような悪循環に陥っている、という話でした。
原作におけるキラやアスランは、親友と対峙することに〝迷い〟を抱きながら戦っています。
悩むようになったステラは、そういった意味で、普通の人間と同じステージに立った、という描写にもなりますが、ストレスを感じることに慣れていないステラは、途端に操縦に手が着かなくなり、動きが鈍っています。