~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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 二、三ヶ月として更新が途絶えていたような気がします。

 一か月前に、北海道のよさこいソーラン祭りも終わり、結果はファイナルステージ進出というありがたい結果を残させて頂きました~。それからもよさこいの活動は続き、リアルの生活でも大きく変化したりして、小説を書く時間や意欲をまとまって確保できなかったりして、更新が遅れてしまって申し訳ありません。

 特別、エタったわけではありませんので、長い目で見て、これからも応援してくださるとありがたいです。


『芽生えた意思』

 

 

 正規の搭乗員(クルー)の欠員が目立つ〝アークエンジェル〟で、もともとは地球軍中尉であるナタル・バジルールは、臨時の副艦長を務めている。

 門出より、軍人気質な性格に育てられた彼女には、現段階において、今後のためにどうしても確認しておきたい要件があった。

 

 そもそも、「ステラ・ルーシェ」と名乗る(・・・)少女が、地球軍が開発した人型機動兵器〝ディフェンド〟に搭乗することになったのは──〝ヘリオポリス〟崩壊の悲劇によって、偶発的に招かれた経緯がきっかけとなっている。

 その際、機体のOSがまるまる書き換えられ、極めて難解にスペックアップされた〝ディフェンド〟が並の操縦士には取り扱えなくなったからこそ、彼女は今も〝ディフェンド〟の専任パイロットとして登用され、もともとはいち工業カレッジの平学生であったキラ・ヤマトのケースと同様に、彼女がコーディネイターであり、その中でも突出した高度な操縦技量を持っていたことは、〝アークエンジェル〟の乗務員にとって勿怪の幸であっただろう。

 人型機動兵器(モビルスーツ)を与えられたステラは、戦場で、鬼神の如き活躍を見せ続けた。──ナチュラルのパイロットでは、たった一機でさえ撃墜できれば僥倖(ぎょうこう)な、コーディネイターの駆る〝ジン〟を、この数日間で何十機と撃墜したのだ。まして彼女はキラとは違い、敵機を撃墜し、人を殺めてなお、精神に動揺の色を浮かべなかった。

 

 見方によっては恐ろしいほどの、その〝力〟は────いったいどこで、どのように養われたというのか?

 

 ステラ・ルーシェの動向を監視していれば、さらに不可解な点も浮かび上がって来た。

 上記のように、勇壮なまでの好戦績を残し続けて来たステラは、しかし、今回の出撃で汎用機である二機の〝ジン〟に圧倒され、撃墜までも危ぶまれる窮地まで追い詰められていた。

 だが、先日の戦闘で、ステラは二機のオレンジ色の〝ジン〟を圧倒し、これらを連続で撃墜している。

 

 仮にも同じ条件の中で生まれた、その『差』の原因は何なのか?

 

 彼女が先日撃墜した〝ジン〟は、搭乗者のパーソナルカラーへの塗装(カラーリング)が施された機体である。その多くはエースパイロットの専用機として両軍では扱われ────塗装された〝色〟そのものが、敏腕のパイロットの代名詞となることもある。

 機体の色が違えば、戦場では特別な威光を放ち、目立つことにも繋がる。それはパイロットの操縦技量に自信があることの顕れでもあり、友軍の士気を上げたり、敵軍を動揺させる効果もある。

 つまり、彼女が撃破したオレンジ色の〝ジン〟とは──かねてより地球軍で畏れられていた敵軍のエース──「黄昏の魔弾」の異名を持つパイロットが操る機体だったのだ。

 

 彼らを撃墜していながら、汎用型の〝ジン〟に敗北しかけるなど、奇妙と形容せざるを得ないではないか?

 

「彼女には、不思議なことがありすぎるわ」

 

 艦橋のマリュー・ラミアスが、ため息混じりに、どうしたものかと言わんばかりの声を漏らした。

 第一、彼女は本当に、パトリック・ザラの娘なのか。〝プラント〟最高評議会議員のご令嬢ともあろう高貴な身分の少女が、どうしてモビルスーツなど操れるのだろう? ましてステラの本名など、キラの口から聴取しただけで、揺るがない証拠があるわけではない。常識的に考えて、マリューの中で、いよいよ彼女の正体も疑わしくなって来ているようだ。

 

 

 

 

 

 艦内放送で呼び出されたステラは、艦橋へ抜ける廊下を歩いていた。

 殺伐とした平坦な廊下を進んでいると、ふと、通りすがった食堂の中から、何者かの談話の声が耳に入った。

 

「しかし……ラクス・クラインとはねえ」

 

 ぴくり、とステラの肩が揺れた。同時に、こつ、という音を立て、彼女の履くニーハイブーツが歩を止めた。

 ステラは首を傾げ、不意に、そっと食堂の中の様子を覗き込んでいた。ラクスの名前が挙がったことが、気にかかったのだ。

 会話の主は、地球軍の士官であった。二名で会話をしているが、そのどちらも、ステラとの面識のある人物ではなかった。

 

「ザフト側のお姫様を拾っちまうなんて、地球軍からとってしたら、相当な儲けモンだよなぁ?」

 

 ──ザフト側のお姫様?

 形容された言葉を聴き、ステラの脳裏にラクス・クラインの姿が浮かぶまで、そう時間は掛からない。「もうけもん」の意味は理解出来なかったが、ステラは息を詰め、そっと入口に背を寄せ、室内の会話に聞き耳を立てた。

 同時に、不思議と気配を消すことが上手な自分に、わずかな嫌悪を憶えた。

 

「ラクス・クラインといえば、現〝プラント〟最高評議会議長シーゲル・クラインのご令嬢だ。身柄が地球軍に渡った暁には、まず捕虜の身から解放されることはないだろう」

「地球軍本部に引き渡されて、人質にされるか……まあ、当然のなりゆきではあるな」

 

 たしかに、半脅迫的外交の手段としては、これ以上ないカードだ。

 士官が言うと、それを盗聴するステラが息を呑み、凍り付いた。

 〝アルテミス〟での一件が、ステラの脳裏に蘇る。

 慇懃な()みを顔に浮かべた者達に取り囲まれた、あの時の恐怖と絶望──アレが今度は、ラクスに降りかかる、というのか?

 ──どうして。

 ラクスがなにか、わるいことをしたわけじゃないのに。

 前にキラが、「ザラ」という名を隠しておいた方がいい、と言っていた意味が、すこしだけ分かって来たような気がする。

 

 ──名が持つ家系の〝しがらみ〟が……どこへいっても、付きまとう。

 ──ラクスが、あぶない……?

 

 そんなの、考えても見ればおかしな話ではないか。座礁船の危機から助け出されて乗り込んだ、この艦に乗っていることが──ラクスにとって、危ないことだというのだから。

 ステラは即座に、その場から踵を返し、走り出していた。

 

 

 

 

 

 ドアが開き、性急な様子のステラが、ラクスの下へ駈け込んで来た。

 さきほど、会話の途中に艦橋へ呼び出され、ゆったりと「またね」と言い交わしたステラの姿を見、ラクスがいつものように、あらあら?と声をこぼす。

 

「ラクス、ヘンなこと、されなかった!?」

「へんなこと……?」

 

 突然の質問に、身に覚えのないラクスは首を傾げる。

 ラクスが答えられず、ふたりの間にわずかな沈黙が流れると、ラクスは、かすかに乱れた息を整えているステラの身なりを整え始め、彼女が着ている地球軍の軍服の、襟元を直した。

 

「……なにか、お聞きになられましたの?」

 

 訊ね返したラクスの表情は、いつになく、強張っているようにも見えた。

 間を置かず、ステラが、うん、と頷く。

 

「艦の人が話してたの。ラクスがこのままこの艦にいると、危ないんじゃないか、って」

「……」

「それって、ほんとなの? だったらラクスは、この艦にいちゃだめ……。アスランの傍に、いた方がいいよ……!」

 

 慌てたように、ステラがラクスに促す。

 ステラとて、自分がラクスのことを「守って」あげる、だから大丈夫だよ、と言ってあげたかったが──生憎、今のステラには、ラクスがどう、どのように危ないのかが理解できないのだ。

 何をどうしてやれば、ラクスを守れるのか。──モビルスーツに乗って出撃するだけで彼女が守れるのなら、簡単なのに。

 だから、それがわかるアスランの所に帰すのが最善だと判断したのだろう。

 

「──ありがとう……」

 

 ラクスは、鷹揚と答える。

 しかし次に、俯いていた、その小さな顔を上げた。

 

「ですが、そういうわけにもいきませんわ」

「え……っ?」

「わたくしが今、この艦を離れれば……ザフトによる攻撃は再開され、この艦に乗るみなさまが危険に晒されるでしょう」

 

 それは、ラクスひとり、自分だけが助かるために、自分を助け出してくれた、この艦を見捨てることと同義だ。

 ステラは気付いていないのだろうが、先ほどの戦闘で、苦況にあった〝アークエンジェル〟がザフトから逃れることが出来たのは、この艦にラクスが乗っていたからだ。

 彼女が人質にさえなっていなければ、この艦はあそこで撃墜されていたかもしれない。

 

「みんなが助かっても……それじゃあ、ラクスは?」

「殊に、とって食べられるわけではありませんわ?」

 

 ほら、とラクスは言いながら、ステラの身なりを、もう一度整え始めた。

 

「女の子がそのように乱れていては、みっともないですわ」

 

 にっこりと微笑み、ラクスは話を茶化すように笑う。

 しかし、ステラはその瞬間、ラクスの手を、すこし痛いくらいの力で握った。

 

「……ステラ?」

「やっぱり、だめ…………ついて来て」

 

 真摯な瞳で訴えられ、ラクスは思わず、頷いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 艦橋へやって来たのは、ステラではなく、キラであった。

 その足音は大きく、表情にも険しさが伺える。後方に同じカレッジの同級生達──サイやミリアリア、トール──も引き続いているが、彼らは彼らで、特別何か直訴したいことがあるわけではないようで、ただ、キラについて来ただけのようだ。

 

「民間人の女の子を人質にとって生き延びるなんて! ──そんなのが、地球軍って軍隊のやり方なんですか!?」

 

 キラは激しい剣幕をまくし立てて、マリューたちに問う。今回のことで痺れも切れたか、そうでなくても彼女たちには戦闘を強要されて来たキラの口調は、自然と刺々しくなっていた。

 トール達もすくなからず、先のナタルの判断が「正しかった」とは思っていないのだろう。キラの主張に賛同するように、唇を噛み締めながら、首を縦に振っている。

 言われたマリューは反論することもなく、キラから放たれた言葉を痛恨したように受け止める。だが、その痛みを分かち合ってやるように、ムウが即座にフォローに入った。

 

「そういう情けねえことしか出来ないのは、おれたちが弱いからだろ? それとも、あそこで全員やられていればよかったと……きみそう云いたいのか?」

 

 ぴしゃり、と指摘され、場の空気が一層引き締まる。にべもない返答だ。

 ああするしか、状況を打破することが出来なかったという────ムウの意見も正しい。間違ってはいない。むろん、避難民の多くを乗せたこの艦が、むざむざ撃沈してやれるはずもない。 

 ──だが、どうして彼女が、戦争に利用されなければならない?

 キラの目の前の「軍人」たちは、民間人を守るため、などと大仰な大義を翳しながら、事実〝プラント〟の民間人(ラクス)の身柄を盾に取った。

 その命の重さは等価であるにも関わらず、彼らは避難民とラクスの間に隔絶した「差」を作り出している。ナチュラルとコーディネイターという、決定的な差を。

 その時のキラの中に一瞬でも、「ラクスを逃がしてやりたい」という思いが芽生えたのもまた、事実であった。

 

「政治家の娘だから……?」

 

 キラの口から、その言葉はついで出ていた。

 〝プラント〟評議会高官の娘という事実だけで、彼らは少女(ラクス)を人質として、自分たちが危機に陥れば、その存在を盾とした!

 ──だが、それは決して……ラクスに限った話では(・・・・・・・・・・)ないはずだ!

 頭では理解できても、納得できないことはある。

 

「政治家の娘だからって、あなたたちが『それ』を利用しようと考えるのなら、ぼくは────!!」

 

 いったい、何を言い出す──!?

 キラの言葉を受けるムウやナタルの表情が、引き攣ったように強張った。キラの表情に、自分達軍人に対する、激しい猜疑心を覗けたからだ。

 だが──その先は、続かなかった。

 その瞬間、艦橋に大きな警報が響いた。警報音はキラの言葉を遮り、場にいた一同が、突然の混乱に飲み込まれた。

 

「なにごとだ!」

 

 ナタルが声を張り上げ、チャンドラに警報の正体の確認を求める。

 管制席のチャンドラが声を放った。

 

「〝ディフェンド〟がまた、勝手に動き出しています! 映像、出します!」

 

 チャンドラの声と共に、艦橋の巨大なモニターに格納庫の様子が映し出された。そこには、ぱらぱらと床を逃げ惑う数人の整備士たちの姿と、不思議なことになんだか見慣れてしまった、慌てふためくマードックの精悍な後姿。そして、一歩、また一歩と、ゆっくりと着実に歩を進め、ハッチまで向かっていく真鍮(しんちゅう)色の機体が映っている。その安定した機体の足取りは、機体に誰が搭乗しているのか、艦橋に居た全員に一瞬で理解させた。

 機体を操れるキラは今、ここにいる。ならばあと、あんな機体を動かせるのは────。

 

「ルーシェ少尉か! ええい、機体(ディフェンド)はあの者の玩具ではないのだぞ!?」

 

 ステラは以前も無断で機体に搭乗し、出撃した節がある。その時はザフトとの交戦中で──〝アークエンジェル〟自身も窮地に陥っていたこともあり、誰も彼女を咎めたことはなかった。

 だが、今回はいったい、何のためにこんなことを──?

 その答えは、次の瞬間、艦橋に飛び込んできたロメオ伍長から知ることになった。

 

「た、大変です! 部屋に軟禁しているはずの、クライン嬢の姿が見当たりません!!」

「なッ、なんだとぉ!?」

「ちぃっ! そういうことかよ!」

 

 ナタルが素っ頓狂な声を上げ、同時にムウが小さく毒づく。

 そもそも、ステラには事情聴取のため、艦橋へ上がるように指示を出してあったはずだ。それがどうして、こんな事態を招いたというのだ。

 罰が悪そうな表情を浮かべ、ムウは即座に、艦橋から飛び出して行ってしまった。

 

「ステラがあれに……? あのお姫さんを、逃がそうとしてるのか…………?」

 

 状況判断は、流石に軍人であるナタル達の方が早かったようだが、すこし遅れて、サイがそう声を漏らした。

 

「ステラ…………」

 

 キラの怒りはいつの間にか収まり、キラは呆然として、モニターの中に映し出される〝ディフェンド〟の姿を見遣っていた。

 漆黒の大盾と重装甲を取り外し、機動力と攻撃力に特化した────ネイキッド装備だ。

 〝ストライク〟のスペアに用意されたビームライフルの武装を手に取ると、徐にエアロックを外し、船外へと飛び出して行く。その後はスラスターを噴射し、音速で〝アークエンジェル〟から離脱してゆく。

 雷のように飛び去って行くその機影は────たった今、艦橋から飛び出して行ったムウの〝ゼロ〟が追いつくまでは、相当な時間がかかるだろう。

 

 ──ステラには、いつも驚かされる。

 

 だが、ステラもステラなりに、ラクスの置かれた立場を理解してしまったのだろう。

 だから行動した。──たとえこれが、向こう見ずで無鉄砲な暴挙であったとしても、彼女はきっと、自分に素直に動いたのだ。詰まらない軍規や大人の事情に縛られていたキラにとって、それは憧れるほど羨ましくもあり、いっそのこと快哉であった。

 なにより、慌てふためいた軍人たちの姿を観れたことが、キラにとっては痛快で仕方がなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ス、ステラさん……! いったい、どこで操縦を……!?」

 

 〝ディフェンド〟のコックピット内には、ステラとラクスの、二人の姿があった。ステラは常用のパイロットスーツに身を包み、ラクスは船外作業服を着用している。

 ラクスは「モビルスーツ」なるモノに搭乗するのが、これが初めての経験であった。見たこともない景色、構造──何が何のためのスイッチなのかも分からない無数の機材の中で、目が回りそうなのに対して、ステラはこれらを小慣れたように扱っている。ラクスの円らな双眸はその様子を見、さらに丸く、大きくなった。

 ラクスはステラに問いかけるが、ステラは返答を返さなかった。そればかりか──

 

「ステラ…………さん?」

 

 真っ直ぐに宇宙空間を捉え、キリッした端正な表情でモビルスーツを操縦するステラの横顔を視界に入れ、ラクスは愕然とした。

 その横顔は────ラクスの知っている「ステラ」のそれとは、まるで別人のようなものだった。

 それは、立派なひとりの女戦士然とした鋭い目、顔つき。触れるだけ、近づくだけでこちらが切り刻まれてしまいそうだ。その面持ちは異国神話の戦闘女族(アマゾネス)を連想させ────幼子のような、彼女特有の柔らかな面影を、遥か彼方に忘れて置いて来たような────別人の顔が、そこにはあった。

 ステラは通信スイッチに手を伸ばし、全周波数のチャンネルを開くと、声を上げた。

 

「こちらは地球連合軍〝アークエンジェル〟所属のモビルスーツ、〝ディフェンド〟! ザフト軍戦闘艦、ナスカ級、聞こえるか!」

 

 その張りつめた乱暴な声もまた────ラクスの知っている、妹のような、少女のものとは別人のそれだった。

 ステラはそこで────アスランが乗り合わせているであろう〝ヴェサリウス〟へ────接触を試みたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「──どういうつもりだ、足つきめ!」

 

 通信を拾った〝ヴェサリウス〟艦長、アデスが眉を顰め、敵の動向の真意を疑う。

 突如、通信による接触を試みて来た地球軍のMS──何度もこちらの戦力を減らしてくれた〝ディフェンド〟が、よもや無防備に単騎でやって来たというのだ。

 

「おいおい、女の声だぜ?」

 

 艦橋にはイザークやディアッカの姿もあり、イザークを筆頭に、聞こえて来た声の正体を疑った。

 ニコルが眉をひそめながら、声を漏らした。

 

「どういうことでしょう? まさか〝アレ〟を操っていたのは、女性パイロットだったということでしょうか?」

「聞いたカンジ、ずいぶんと若い感じもするなァ。もしかして案外、可愛かい女の子だったりして?」

 

 お調子者のディアッカが、口を歪ませたような冷笑を浮かべる。

 ユーモアの過ぎる発言を、イザークが制した。

 

「馬鹿者が! おれたちが何度ヤツに邪魔され、『足つき』を仕留め損ねたと思っているのだ! 女ごときに、ザフトレッドであるおれたちが退けられたわけないだろ!」

「んじゃ、今の〝アレ〟を動かしてるのは……〝アレ〟の正規のパイロットじゃないってこと?」

「当然だ!」

 

 イザークが激高したように言い張る。

 彼のプライドは「女性に後れを取っていたかもしれない」という可能性を、鐚一文でも認めたくないのだろう。

 

「とにかく、こんなチャンスはない! すぐに出撃して、全員で〝アレ〟を落とすぞ!」

「待つんだ!」

 

 イザークが指示を飛ばすと、それを────顔色の悪いアスランが大きな声で制した。

 己のライバルに制され、イザークは露骨に嫌な顔を作る。また貴様か、といわんばかりの表情だ。だが、心なしかアスランの顔色が悪く、すこしだけ疑問に思った。

 

「どうしたんですかアスラン? 顔色が悪いですよ」

「……今は、そんなことはいい。敵が単騎でやって来るなど、なにか思惑があるに違いない。もう少し、様子を見るべきだ」

「はあ!?」

 

 なにを悠長なことを抜かしている、とイザークがアスランに反論する。

 こんな絶好の機会、ほかに有りはしないだろう──そう続けようとした時、艦橋に、仮面をつけたクルーゼがやって来た。

 

(どういうつもりだ、ステラ……! 何をしに来た、いったいなぜ…………!?)

 

 イザークは否定していたが──あの〝ディフェンド〟に乗っているのは、間違いなく、ミゲルやハイネを仕留めたパイロット。

 ──アスラン自身の、妹だ。

 だが、その正体をアスランはまだ、誰にも言うわけにはいかない。最愛の妹を迎えに行きたい気持ちを押し殺して、アスランはあくまで、〝ディフェンド〟が地球軍の敵機であることを装った。

 やがて、通信から再び、少女の声が入る。

 

『繰り返す! こちらは地球連合軍〝アークエンジェル〟所属モビルスーツ、〝ディフェンド〟! ザフト軍ナスカ級、聞こえるか!』

 

 いったい、どこでこのような口調を憶えたのだろう。

 アスランの中で、この声はしたたかに聞き覚えはあっても、彼の知っている、幼き日の妹の話し方ではなかった。

 ステラの呼びかけは繰り返され、

 

『────ラクス(・・・)を連れている!』

 

 その一言で、〝ヴェサリウス〟艦橋の一同は凍り付いた。

 ──ラクス、を……?

 アスランが心の中で、声を漏らす。

 同時に、まさか────と、彼の中で、ひとつの予想が浮上した。

 

『ナスカ級は艦を止め、〝イージス〟のパイロットを単騎で寄越せ! そうすれば、ラクスの身柄を引き渡す!』

 

 ステラが、ラクスの名前を呼び捨てにした瞬間、クルーゼの眉が、ぴくりと動いた。

 その言葉を聞き、アスランの中の予想は、確信に変わった。

 ステラは────ラクスを自分に、引き渡そうとしているのだ。

 だからこそ、単騎で此処までやって来た。こうと決めたら譲らない性格は──いったい誰に似たのか考えた時、アスランの中に、パトリックの顔が浮かんだ。

 アスランが視線をそらすと、隣のイザークがなにやら激高していた。

 

「何を偉そうに! ラクス嬢を、呼び捨てにするとはぁ!」

「って、怒りの先はそこか? ていうかおまえ、ラクス嬢のファンだったんかい」

「う、うるさいわ! 馬鹿者!」

 

 〝ヴェサリウス〟の若い一同はムッとした表情を作っている。

 なんだかんだ、イザークやディアッカ、ニコルもまた、ラクスのひとりのファンであるようだ。

 やがて、一同の視線が〝イージス〟のパイロットである、アスランに集中する。

 とりわけイザークの視線が痛々しく、「どうしていつも貴様なのだ」と言わんばかりの表情だ。

 クルーゼは腕を組みながら、どういうわけか、少しだけ愉快そうに声を漏らした。

 

「アスランを寄越せば、彼女を解放するとは────これはこれは、なかなか面白い条件を提示してくれる女の子(・・・)だな」

 

 クルーゼが滅多に見せない、愉悦というプラスの感情を滲ませたことに、多少の不気味さを憶えながら、アスランは彼を見る。 

 仮面の下に、おそらくは不敵な笑みを浮かべながら、クルーゼは通信先の少女が言った言葉を反芻している。

 アスランは目の色を変え、クルーゼに訴えた。

 

「行かせてください、隊長!」

 

 言われたクルーゼは、アスランの端正な顔を見遣る。

 心なしか、彼の顔色がすこし良くなっている。

 

「きみが予見した通り──〝アレ〟が言っていることは、単なる罠かもしれぬぞ」

 

 立派な軍人ならば、たしかにこの状況を傍から見た時、そのように判断するのが賢明であろう。

 〝ディフェンド〟の中に、ラクス嬢が乗っている証拠は、依然なにひとつとして提示されていないのだ。それなのに、みすみすアスランというエースパイロットを送り出す必要性は、クルーゼにとっては皆無なはず。

 そんな時、クルーゼは……

 

「それとも君には────これが罠ではない(・・・・・・・・)とわかる確証(・・・・・・)でもあるのかね?」

 

 と、底知れぬ寒気を言葉に宿して、アスランに問うた。

 

「そ、それ、は…………!」

 

 途端に動揺する、アスランの焦りや恐怖を味わうように、少し間を置いたクルーゼは、やがてアスランから視線をそらし、言った。

 

「……まあいい、私が許可しよう。アスランは〝イージス〟に乗り、あの機体……〝ディフェンド〟の指示に従いたまえ」

「……! 了解!」

 

 アスランが艦橋から走り去る。納得が行かないイザークが、クルーゼに食いついた。

 

「隊長! よろしいのですか」

「そう急くものではないよ、イザーク。これはチャンスであることも確かさ。────むろん、このままでは終わらぬよ」

 

 その言葉を聞き、その意味を悟ったイザークやディアッカが、にやりと笑う。

 

「わたしの〝シグー〟を用意しろ。各員、戦闘配備だ」

 

 まったく、よく云うではないか。

 果報は、寝て待て──と。

 

 

 

 

 

 

 

 〝ヴェサリウス〟から発進した〝イージス〟が、〝ディフェンド〟の機影を捉えるまで、そう時間はかからなかった。

 真鍮色の機体を目の前に、スラスターを逆噴射して停止する〝イージス〟に────次の瞬間、〝ディフェンド〟はビームライフルを突き付けた。

 

「ステラ…………!」

 

 一瞬、戸惑いと驚きがアスランを襲う。実の妹に銃を向けられた事実に対して、小さな嫌悪感に苛まれる。

 が、それもステラの警戒の証であると理解したアスランは、すぐにその感情を飲み込んだ。 

 

『……コックピットを開いて』

 

 通信先から聞こえてくる声はひどく無機質で、これではまるで、お互いが赤の他人同士の会話だ────。

 強い寂寞感を憶えながら、アスランはステラの指示通り、大人しくコックピットを開き、生身を晒した。アスランの姿を確認したか、今度は〝ディフェンド〟のコックピットが開き、その中に、華奢な体格のふたりの姿が見て取れた。両名とも、どう見ても女性だ。

 たとえ会話が無機質でも──お互いに無防備な姿を曝け出せたのは、お互いの間に、たしかな「信頼」があったからに他ならないからだろう。

 

「……アスラン」

 

 敵対し、対峙し、無防備な姿をさらし合い、そこで初めて──ステラが、兄の名を呼んだ。

 

「ラクスを渡す。今度は、ちゃんと……もっと、ラクスの傍に、いてあげて欲しい」

「ステラさん………」

「アスランは、ラクスのお婿さん。ラクスは、アスランのお嫁さん。だからアスランは、ラクスをもっと守ってあげなきゃ、ダメ」

「…………」

「ステラじゃ、ラクスは……守れないから」

 

 そう言うと、ステラはラクスの背を、優しく押した。

 

「ステラさん……? 共に、来られないのですか…………?」

 

 アスランと、ラクスと、ステラ────。

 幼き日に会い、三人兄妹のように付き合っていた者達だ。それが今、ふたつに分裂しようとしている。

 ラクスには、どうして、なぜこのような構図になろうとしているのか、それが理解できなかった。

 

 ──どうして、実の兄と妹が、歩み寄ろうとしないのか…………?

 

「……行って。ステラには、まだ、あの艦に守っていたいものがあるから」

 

 ステラにも、今は「意思」がある。トールや、サイや、ミリアリア────そして、親友のキラ。

 ──彼らを守っていたい。守ってあげたい。

 歴史をやり直す(・・・・)きっかけにもなった────それはステラの切なる意思、願望、希望だ。

 ステラにとっては悔しいが──〝アークエンジェル〟にラクスが乗せたままでいれば、ラクスはきっと、恐ろしい目に逢うのだろう。

 そこからラクスを助け出すには──ラクスを、アスランの元に送るしか考え付かなかった。

 だからこうして、彼女を渡しに来た。

 自分では彼女を守れないから、誰かに守ってもらわせようとした。

 

 ラクスの背を押し、彼女の身体が宙域に投げ出されると、やがて────身体は慣性に従い、真っ直ぐに〝イージス〟のコックピットへ、アスランの腕の中に納まった。

 

 紅の騎士の腕に納まった、純白の姫の姿を送り届けると──ステラは小さく、にこりと微笑んだ。

 そしてそれ以上は何も言わず、黙って〝ディフェンド〟のコックピットを閉じようとする。

 その瞬間────

 

「────ダメだ!」

「ステラさん!」

 

 アスランとラクスが────共に声を上げた。

 心から慕う者達の声に呼び掛けられ、コックピットの開閉ボタンに伸びたステラの手が、ぴたりと止まった。

 

「ステラ、おまえもこっちに来い! どうして……おれたちが対峙しなければならない!」

 

 同じ時間の思い出を築いて来た三人なにだ。

 なのに、こんなところで、道を違える必要はないじゃないか。

 アスランの懇願するような声は続く。

 

「今なら……今なら帰れるんだ! 三人で〝プラント〟へ────! 誰も邪魔はしない!!」

 

 アスランが強く、主張する。

 一方のラクスは押し黙りながら、傍らの恋人の、その声を聞き届けている。

 

「おまえはまだ、自分の立場がわかってない! 無理をしてでも、こうしてラクスを引き渡してくれたことは嬉しい……だが、そんな真似をすれば、次に危険なのはおまえなんだ!」

「え?」

 

 アスランが、コックピットから身を乗り出して話し、ステラがその言葉を疑う。

 

「おまえだって、ラクスと同じだ! 野蛮な地球軍に、いつか利用される! いつか後悔する! ──そんな思いを、オレはおまえに味わって欲しくない!」

「アスラン……なにを、云ってるの……?」

 

 ラクスを人質に取った時点で、地球軍はコーディネイターを盾にすることに、何の迷いも、躊躇もないのだ。すくなくとも、アスランにはそう見えて当然だ。

 なら、それと近しい立場にあるステラとて、いつかは……。

 その瞬間────〝イージス〟の機体が動いた。

 〝イージス〟が両手を伸ばし、〝ディフェンド〟の肩に両手を置いた。──まるで、説得を呼びかけるように。

 両腕に掴まれた〝ディフェンド〟の機体が揺れ、ステラはわずかに態勢を崩す。

 

「ッ…………アスラン!?」

「おまえがやろうとしていることは間違っているんだ、ステラ! コーディネイターであるおまえが、ナチュラルに味方する意味がどこにある!!」

 

 ──アスランも……あいつらと同じこと(、、、、)を言ってしまうの…………?

 ナチュラルだから。

 コーディネイターだから。

 そうやって自分と違うものを肯定せず、見限って。

 同じ「人間」であることを見ようともせずに……!

 

 その瞬間、〝ディフェンド〟が────

 〝イージス〟の腕を─────振りほどいた。

 

「ステ、ラ…………!?」

「かんけい、ない…………!」

 

 アスランが絶句する。

 ステラは頭を抑えながら、言い放った。

 

「関係ない……! 関係ない…………! つまらない話はいらない、必要ない……! 人を『守る』のに、そんなのは(・・・・・)関係ない……!!」

 

 ──シン(・・)は……

 ──シン(・・)は違った────!

 

 アスランが言っている言葉の意味がわからない、いや、わかりたくもない。

 コーディネイターだから、ナチュラルだから?

 ザフトだから、地球軍だから?

 そんな肩書きが、アスランにとっては、そんなに重要なことなのか?

 シンはたしかに、ザフトの軍人だったかもしれない。シンはモビルスーツにも乗っていた。

 ──でも、ステラを守ろうとしてくれた!

 そう────身を置く軍が違っても、約束を交わすことが出来た。分かり合うことはできた!

 

「────だれかを『守ってあげたい』と思う気持ちに、間違いなんて、ない!!」

 

 シンはそれを、ステラに教えてくれたから。

 間違っているのは────アスランの方だ!!

 

「ステラ……!」

 

 〝ディフェンド〟のコックピットが閉じてゆく。

 今のアスランは、それを止める言葉さえも思いつかない。

 

 ──ステラは、大切な妹だ……。

 

 一度は手放し、離れた妹とは、もう会えないとさえ思っていた。

 できるなら、二度と手放したくない。昔と同じように傍にいて、無邪気に笑っていて欲しい。それは胸が焦がれるような、切ないまでの欲求だったが──アスランの言葉は、もはや「彼女」には届かなかった────。

 紅蓮の機体から、真鍮色の機体は小さく、遠ざかっていく。

 残されたのは、虚しさと、寂しさだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 〝イージス〟から遠ざかる中で、ステラはラクスを解放できた安心感と、アスランと別れてしまった寂寞感の入り混じった、複雑な気持ちを抱いていた。

 ──これが、葛藤……?

 それは、最適化を受けていた頃の自分には、決して存在しなかったモノだ。

 

「シ、ン…………」

 

 記憶の中にぽっかりと空いた穴が、その名前が出て来ることで、一気に埋もれたような感覚になる。

 そうだ──。

 自分にすべての〝きっかけ〟を与えてれくれた人の名は────シン。

 シン・アスカ。

 アスランに懸命に訴える中で、不意に、記憶が蘇るように思い出すことが出来た。

 

 ──シンは今、どこで、何をしているだろう…………?

 

 それがわずかに、気になってしまうステラであった。

 しかし、そんな時────

 

 〝ディフェンド〟のコックピット内に、警報音が響いた。

 

 ステラの反応は早かった。

 突如として頭上から降り注いだ、四条の光線を瞬時に回避し、機体を大きく翻すと、即座に全身にビームブレイドを展開させた。

 

(敵襲…………!?)

 

 反応は────三つ。

 遥か遠方から気配を消し、レーダーにかからぬように、隠れていたとでもいうのか?

 おそらくそれは、アスランをも騙した作戦だ。

 

 〝デュエル〟〝バスター〟〝ブリッツ〟の機影を捉える。

 

 

「ッ…………!」

 

 大人しく、とはいかないようだ。

 ステラは〝アークエンジェル〟への帰還を断念し、ひとまずは、迎撃の姿勢を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 原作で、あまり多弁ではなかった人物を主人公にしている小説なだけに、こう、ステラに主張させたい時など、どのように喋らせればいいのか、全然迷ってしまいますね。

 作者がこう喋ればいいのえはないか、という思いの下で書いてますので、違和感を覚える方もいるかもしれませんが、それはまあ、二次創作では避けて通れない点なのかも……。


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