一か月前に、北海道のよさこいソーラン祭りも終わり、結果はファイナルステージ進出というありがたい結果を残させて頂きました~。それからもよさこいの活動は続き、リアルの生活でも大きく変化したりして、小説を書く時間や意欲をまとまって確保できなかったりして、更新が遅れてしまって申し訳ありません。
特別、エタったわけではありませんので、長い目で見て、これからも応援してくださるとありがたいです。
正規の
門出より、軍人気質な性格に育てられた彼女には、現段階において、今後のためにどうしても確認しておきたい要件があった。
そもそも、「ステラ・ルーシェ」と
その際、機体のOSがまるまる書き換えられ、極めて難解にスペックアップされた〝ディフェンド〟が並の操縦士には取り扱えなくなったからこそ、彼女は今も〝ディフェンド〟の専任パイロットとして登用され、もともとはいち工業カレッジの平学生であったキラ・ヤマトのケースと同様に、彼女がコーディネイターであり、その中でも突出した高度な操縦技量を持っていたことは、〝アークエンジェル〟の乗務員にとって勿怪の幸であっただろう。
見方によっては恐ろしいほどの、その〝力〟は────いったいどこで、どのように養われたというのか?
ステラ・ルーシェの動向を監視していれば、さらに不可解な点も浮かび上がって来た。
上記のように、勇壮なまでの好戦績を残し続けて来たステラは、しかし、今回の出撃で汎用機である二機の〝ジン〟に圧倒され、撃墜までも危ぶまれる窮地まで追い詰められていた。
だが、先日の戦闘で、ステラは二機のオレンジ色の〝ジン〟を圧倒し、これらを連続で撃墜している。
仮にも同じ条件の中で生まれた、その『差』の原因は何なのか?
彼女が先日撃墜した〝ジン〟は、搭乗者のパーソナルカラーへの
機体の色が違えば、戦場では特別な威光を放ち、目立つことにも繋がる。それはパイロットの操縦技量に自信があることの顕れでもあり、友軍の士気を上げたり、敵軍を動揺させる効果もある。
つまり、彼女が撃破したオレンジ色の〝ジン〟とは──かねてより地球軍で畏れられていた敵軍のエース──「黄昏の魔弾」の異名を持つパイロットが操る機体だったのだ。
彼らを撃墜していながら、汎用型の〝ジン〟に敗北しかけるなど、奇妙と形容せざるを得ないではないか?
「彼女には、不思議なことがありすぎるわ」
艦橋のマリュー・ラミアスが、ため息混じりに、どうしたものかと言わんばかりの声を漏らした。
第一、彼女は本当に、パトリック・ザラの娘なのか。〝プラント〟最高評議会議員のご令嬢ともあろう高貴な身分の少女が、どうしてモビルスーツなど操れるのだろう? ましてステラの本名など、キラの口から聴取しただけで、揺るがない証拠があるわけではない。常識的に考えて、マリューの中で、いよいよ彼女の正体も疑わしくなって来ているようだ。
艦内放送で呼び出されたステラは、艦橋へ抜ける廊下を歩いていた。
殺伐とした平坦な廊下を進んでいると、ふと、通りすがった食堂の中から、何者かの談話の声が耳に入った。
「しかし……ラクス・クラインとはねえ」
ぴくり、とステラの肩が揺れた。同時に、こつ、という音を立て、彼女の履くニーハイブーツが歩を止めた。
ステラは首を傾げ、不意に、そっと食堂の中の様子を覗き込んでいた。ラクスの名前が挙がったことが、気にかかったのだ。
会話の主は、地球軍の士官であった。二名で会話をしているが、そのどちらも、ステラとの面識のある人物ではなかった。
「ザフト側のお姫様を拾っちまうなんて、地球軍からとってしたら、相当な儲けモンだよなぁ?」
──ザフト側のお姫様?
形容された言葉を聴き、ステラの脳裏にラクス・クラインの姿が浮かぶまで、そう時間は掛からない。「もうけもん」の意味は理解出来なかったが、ステラは息を詰め、そっと入口に背を寄せ、室内の会話に聞き耳を立てた。
同時に、不思議と気配を消すことが上手な自分に、わずかな嫌悪を憶えた。
「ラクス・クラインといえば、現〝プラント〟最高評議会議長シーゲル・クラインのご令嬢だ。身柄が地球軍に渡った暁には、まず捕虜の身から解放されることはないだろう」
「地球軍本部に引き渡されて、人質にされるか……まあ、当然のなりゆきではあるな」
たしかに、半脅迫的外交の手段としては、これ以上ないカードだ。
士官が言うと、それを盗聴するステラが息を呑み、凍り付いた。
〝アルテミス〟での一件が、ステラの脳裏に蘇る。
慇懃な
──どうして。
ラクスがなにか、わるいことをしたわけじゃないのに。
前にキラが、「ザラ」という名を隠しておいた方がいい、と言っていた意味が、すこしだけ分かって来たような気がする。
──名が持つ家系の〝しがらみ〟が……どこへいっても、付きまとう。
──ラクスが、あぶない……?
そんなの、考えても見ればおかしな話ではないか。座礁船の危機から助け出されて乗り込んだ、この艦に乗っていることが──ラクスにとって、危ないことだというのだから。
ステラは即座に、その場から踵を返し、走り出していた。
ドアが開き、性急な様子のステラが、ラクスの下へ駈け込んで来た。
さきほど、会話の途中に艦橋へ呼び出され、ゆったりと「またね」と言い交わしたステラの姿を見、ラクスがいつものように、あらあら?と声をこぼす。
「ラクス、ヘンなこと、されなかった!?」
「へんなこと……?」
突然の質問に、身に覚えのないラクスは首を傾げる。
ラクスが答えられず、ふたりの間にわずかな沈黙が流れると、ラクスは、かすかに乱れた息を整えているステラの身なりを整え始め、彼女が着ている地球軍の軍服の、襟元を直した。
「……なにか、お聞きになられましたの?」
訊ね返したラクスの表情は、いつになく、強張っているようにも見えた。
間を置かず、ステラが、うん、と頷く。
「艦の人が話してたの。ラクスがこのままこの艦にいると、危ないんじゃないか、って」
「……」
「それって、ほんとなの? だったらラクスは、この艦にいちゃだめ……。アスランの傍に、いた方がいいよ……!」
慌てたように、ステラがラクスに促す。
ステラとて、自分がラクスのことを「守って」あげる、だから大丈夫だよ、と言ってあげたかったが──生憎、今のステラには、ラクスがどう、どのように危ないのかが理解できないのだ。
何をどうしてやれば、ラクスを守れるのか。──モビルスーツに乗って出撃するだけで彼女が守れるのなら、簡単なのに。
だから、それがわかるアスランの所に帰すのが最善だと判断したのだろう。
「──ありがとう……」
ラクスは、鷹揚と答える。
しかし次に、俯いていた、その小さな顔を上げた。
「ですが、そういうわけにもいきませんわ」
「え……っ?」
「わたくしが今、この艦を離れれば……ザフトによる攻撃は再開され、この艦に乗るみなさまが危険に晒されるでしょう」
それは、ラクスひとり、自分だけが助かるために、自分を助け出してくれた、この艦を見捨てることと同義だ。
ステラは気付いていないのだろうが、先ほどの戦闘で、苦況にあった〝アークエンジェル〟がザフトから逃れることが出来たのは、この艦にラクスが乗っていたからだ。
彼女が人質にさえなっていなければ、この艦はあそこで撃墜されていたかもしれない。
「みんなが助かっても……それじゃあ、ラクスは?」
「殊に、とって食べられるわけではありませんわ?」
ほら、とラクスは言いながら、ステラの身なりを、もう一度整え始めた。
「女の子がそのように乱れていては、みっともないですわ」
にっこりと微笑み、ラクスは話を茶化すように笑う。
しかし、ステラはその瞬間、ラクスの手を、すこし痛いくらいの力で握った。
「……ステラ?」
「やっぱり、だめ…………ついて来て」
真摯な瞳で訴えられ、ラクスは思わず、頷いていた。
艦橋へやって来たのは、ステラではなく、キラであった。
その足音は大きく、表情にも険しさが伺える。後方に同じカレッジの同級生達──サイやミリアリア、トール──も引き続いているが、彼らは彼らで、特別何か直訴したいことがあるわけではないようで、ただ、キラについて来ただけのようだ。
「民間人の女の子を人質にとって生き延びるなんて! ──そんなのが、地球軍って軍隊のやり方なんですか!?」
キラは激しい剣幕をまくし立てて、マリューたちに問う。今回のことで痺れも切れたか、そうでなくても彼女たちには戦闘を強要されて来たキラの口調は、自然と刺々しくなっていた。
トール達もすくなからず、先のナタルの判断が「正しかった」とは思っていないのだろう。キラの主張に賛同するように、唇を噛み締めながら、首を縦に振っている。
言われたマリューは反論することもなく、キラから放たれた言葉を痛恨したように受け止める。だが、その痛みを分かち合ってやるように、ムウが即座にフォローに入った。
「そういう情けねえことしか出来ないのは、おれたちが弱いからだろ? それとも、あそこで全員やられていればよかったと……きみそう云いたいのか?」
ぴしゃり、と指摘され、場の空気が一層引き締まる。にべもない返答だ。
ああするしか、状況を打破することが出来なかったという────ムウの意見も正しい。間違ってはいない。むろん、避難民の多くを乗せたこの艦が、むざむざ撃沈してやれるはずもない。
──だが、どうして彼女が、戦争に利用されなければならない?
キラの目の前の「軍人」たちは、民間人を守るため、などと大仰な大義を翳しながら、事実〝プラント〟の
その命の重さは等価であるにも関わらず、彼らは避難民とラクスの間に隔絶した「差」を作り出している。ナチュラルとコーディネイターという、決定的な差を。
その時のキラの中に一瞬でも、「ラクスを逃がしてやりたい」という思いが芽生えたのもまた、事実であった。
「政治家の娘だから……?」
キラの口から、その言葉はついで出ていた。
〝プラント〟評議会高官の娘という事実だけで、彼らは
──だが、それは決して……
頭では理解できても、納得できないことはある。
「政治家の娘だからって、あなたたちが『それ』を利用しようと考えるのなら、ぼくは────!!」
いったい、何を言い出す──!?
キラの言葉を受けるムウやナタルの表情が、引き攣ったように強張った。キラの表情に、自分達軍人に対する、激しい猜疑心を覗けたからだ。
だが──その先は、続かなかった。
その瞬間、艦橋に大きな警報が響いた。警報音はキラの言葉を遮り、場にいた一同が、突然の混乱に飲み込まれた。
「なにごとだ!」
ナタルが声を張り上げ、チャンドラに警報の正体の確認を求める。
管制席のチャンドラが声を放った。
「〝ディフェンド〟がまた、勝手に動き出しています! 映像、出します!」
チャンドラの声と共に、艦橋の巨大なモニターに格納庫の様子が映し出された。そこには、ぱらぱらと床を逃げ惑う数人の整備士たちの姿と、不思議なことになんだか見慣れてしまった、慌てふためくマードックの精悍な後姿。そして、一歩、また一歩と、ゆっくりと着実に歩を進め、ハッチまで向かっていく
機体を操れるキラは今、ここにいる。ならばあと、あんな機体を動かせるのは────。
「ルーシェ少尉か! ええい、
ステラは以前も無断で機体に搭乗し、出撃した節がある。その時はザフトとの交戦中で──〝アークエンジェル〟自身も窮地に陥っていたこともあり、誰も彼女を咎めたことはなかった。
だが、今回はいったい、何のためにこんなことを──?
その答えは、次の瞬間、艦橋に飛び込んできたロメオ伍長から知ることになった。
「た、大変です! 部屋に軟禁しているはずの、クライン嬢の姿が見当たりません!!」
「なッ、なんだとぉ!?」
「ちぃっ! そういうことかよ!」
ナタルが素っ頓狂な声を上げ、同時にムウが小さく毒づく。
そもそも、ステラには事情聴取のため、艦橋へ上がるように指示を出してあったはずだ。それがどうして、こんな事態を招いたというのだ。
罰が悪そうな表情を浮かべ、ムウは即座に、艦橋から飛び出して行ってしまった。
「ステラがあれに……? あのお姫さんを、逃がそうとしてるのか…………?」
状況判断は、流石に軍人であるナタル達の方が早かったようだが、すこし遅れて、サイがそう声を漏らした。
「ステラ…………」
キラの怒りはいつの間にか収まり、キラは呆然として、モニターの中に映し出される〝ディフェンド〟の姿を見遣っていた。
漆黒の大盾と重装甲を取り外し、機動力と攻撃力に特化した────ネイキッド装備だ。
〝ストライク〟のスペアに用意されたビームライフルの武装を手に取ると、徐にエアロックを外し、船外へと飛び出して行く。その後はスラスターを噴射し、音速で〝アークエンジェル〟から離脱してゆく。
雷のように飛び去って行くその機影は────たった今、艦橋から飛び出して行ったムウの〝ゼロ〟が追いつくまでは、相当な時間がかかるだろう。
──ステラには、いつも驚かされる。
だが、ステラもステラなりに、ラクスの置かれた立場を理解してしまったのだろう。
だから行動した。──たとえこれが、向こう見ずで無鉄砲な暴挙であったとしても、彼女はきっと、自分に素直に動いたのだ。詰まらない軍規や大人の事情に縛られていたキラにとって、それは憧れるほど羨ましくもあり、いっそのこと快哉であった。
なにより、慌てふためいた軍人たちの姿を観れたことが、キラにとっては痛快で仕方がなかった。
「ス、ステラさん……! いったい、どこで操縦を……!?」
〝ディフェンド〟のコックピット内には、ステラとラクスの、二人の姿があった。ステラは常用のパイロットスーツに身を包み、ラクスは船外作業服を着用している。
ラクスは「モビルスーツ」なるモノに搭乗するのが、これが初めての経験であった。見たこともない景色、構造──何が何のためのスイッチなのかも分からない無数の機材の中で、目が回りそうなのに対して、ステラはこれらを小慣れたように扱っている。ラクスの円らな双眸はその様子を見、さらに丸く、大きくなった。
ラクスはステラに問いかけるが、ステラは返答を返さなかった。そればかりか──
「ステラ…………さん?」
真っ直ぐに宇宙空間を捉え、キリッした端正な表情でモビルスーツを操縦するステラの横顔を視界に入れ、ラクスは愕然とした。
その横顔は────ラクスの知っている「ステラ」のそれとは、まるで別人のようなものだった。
それは、立派なひとりの女戦士然とした鋭い目、顔つき。触れるだけ、近づくだけでこちらが切り刻まれてしまいそうだ。その面持ちは異国神話の
ステラは通信スイッチに手を伸ばし、全周波数のチャンネルを開くと、声を上げた。
「こちらは地球連合軍〝アークエンジェル〟所属のモビルスーツ、〝ディフェンド〟! ザフト軍戦闘艦、ナスカ級、聞こえるか!」
その張りつめた乱暴な声もまた────ラクスの知っている、妹のような、少女のものとは別人のそれだった。
ステラはそこで────アスランが乗り合わせているであろう〝ヴェサリウス〟へ────接触を試みたのだった。
「──どういうつもりだ、足つきめ!」
通信を拾った〝ヴェサリウス〟艦長、アデスが眉を顰め、敵の動向の真意を疑う。
突如、通信による接触を試みて来た地球軍のMS──何度もこちらの戦力を減らしてくれた〝ディフェンド〟が、よもや無防備に単騎でやって来たというのだ。
「おいおい、女の声だぜ?」
艦橋にはイザークやディアッカの姿もあり、イザークを筆頭に、聞こえて来た声の正体を疑った。
ニコルが眉をひそめながら、声を漏らした。
「どういうことでしょう? まさか〝アレ〟を操っていたのは、女性パイロットだったということでしょうか?」
「聞いたカンジ、ずいぶんと若い感じもするなァ。もしかして案外、可愛かい女の子だったりして?」
お調子者のディアッカが、口を歪ませたような冷笑を浮かべる。
ユーモアの過ぎる発言を、イザークが制した。
「馬鹿者が! おれたちが何度ヤツに邪魔され、『足つき』を仕留め損ねたと思っているのだ! 女ごときに、ザフトレッドであるおれたちが退けられたわけないだろ!」
「んじゃ、今の〝アレ〟を動かしてるのは……〝アレ〟の正規のパイロットじゃないってこと?」
「当然だ!」
イザークが激高したように言い張る。
彼のプライドは「女性に後れを取っていたかもしれない」という可能性を、鐚一文でも認めたくないのだろう。
「とにかく、こんなチャンスはない! すぐに出撃して、全員で〝アレ〟を落とすぞ!」
「待つんだ!」
イザークが指示を飛ばすと、それを────顔色の悪いアスランが大きな声で制した。
己のライバルに制され、イザークは露骨に嫌な顔を作る。また貴様か、といわんばかりの表情だ。だが、心なしかアスランの顔色が悪く、すこしだけ疑問に思った。
「どうしたんですかアスラン? 顔色が悪いですよ」
「……今は、そんなことはいい。敵が単騎でやって来るなど、なにか思惑があるに違いない。もう少し、様子を見るべきだ」
「はあ!?」
なにを悠長なことを抜かしている、とイザークがアスランに反論する。
こんな絶好の機会、ほかに有りはしないだろう──そう続けようとした時、艦橋に、仮面をつけたクルーゼがやって来た。
(どういうつもりだ、ステラ……! 何をしに来た、いったいなぜ…………!?)
イザークは否定していたが──あの〝ディフェンド〟に乗っているのは、間違いなく、ミゲルやハイネを仕留めたパイロット。
──アスラン自身の、妹だ。
だが、その正体をアスランはまだ、誰にも言うわけにはいかない。最愛の妹を迎えに行きたい気持ちを押し殺して、アスランはあくまで、〝ディフェンド〟が地球軍の敵機であることを装った。
やがて、通信から再び、少女の声が入る。
『繰り返す! こちらは地球連合軍〝アークエンジェル〟所属モビルスーツ、〝ディフェンド〟! ザフト軍ナスカ級、聞こえるか!』
いったい、どこでこのような口調を憶えたのだろう。
アスランの中で、この声はしたたかに聞き覚えはあっても、彼の知っている、幼き日の妹の話し方ではなかった。
ステラの呼びかけは繰り返され、
『────
その一言で、〝ヴェサリウス〟艦橋の一同は凍り付いた。
──ラクス、を……?
アスランが心の中で、声を漏らす。
同時に、まさか────と、彼の中で、ひとつの予想が浮上した。
『ナスカ級は艦を止め、〝イージス〟のパイロットを単騎で寄越せ! そうすれば、ラクスの身柄を引き渡す!』
ステラが、ラクスの名前を呼び捨てにした瞬間、クルーゼの眉が、ぴくりと動いた。
その言葉を聞き、アスランの中の予想は、確信に変わった。
ステラは────ラクスを自分に、引き渡そうとしているのだ。
だからこそ、単騎で此処までやって来た。こうと決めたら譲らない性格は──いったい誰に似たのか考えた時、アスランの中に、パトリックの顔が浮かんだ。
アスランが視線をそらすと、隣のイザークがなにやら激高していた。
「何を偉そうに! ラクス嬢を、呼び捨てにするとはぁ!」
「って、怒りの先はそこか? ていうかおまえ、ラクス嬢のファンだったんかい」
「う、うるさいわ! 馬鹿者!」
〝ヴェサリウス〟の若い一同はムッとした表情を作っている。
なんだかんだ、イザークやディアッカ、ニコルもまた、ラクスのひとりのファンであるようだ。
やがて、一同の視線が〝イージス〟のパイロットである、アスランに集中する。
とりわけイザークの視線が痛々しく、「どうしていつも貴様なのだ」と言わんばかりの表情だ。
クルーゼは腕を組みながら、どういうわけか、少しだけ愉快そうに声を漏らした。
「アスランを寄越せば、彼女を解放するとは────これはこれは、なかなか面白い条件を提示してくれる
クルーゼが滅多に見せない、愉悦というプラスの感情を滲ませたことに、多少の不気味さを憶えながら、アスランは彼を見る。
仮面の下に、おそらくは不敵な笑みを浮かべながら、クルーゼは通信先の少女が言った言葉を反芻している。
アスランは目の色を変え、クルーゼに訴えた。
「行かせてください、隊長!」
言われたクルーゼは、アスランの端正な顔を見遣る。
心なしか、彼の顔色がすこし良くなっている。
「きみが予見した通り──〝アレ〟が言っていることは、単なる罠かもしれぬぞ」
立派な軍人ならば、たしかにこの状況を傍から見た時、そのように判断するのが賢明であろう。
〝ディフェンド〟の中に、ラクス嬢が乗っている証拠は、依然なにひとつとして提示されていないのだ。それなのに、みすみすアスランというエースパイロットを送り出す必要性は、クルーゼにとっては皆無なはず。
そんな時、クルーゼは……
「それとも君には────
と、底知れぬ寒気を言葉に宿して、アスランに問うた。
「そ、それ、は…………!」
途端に動揺する、アスランの焦りや恐怖を味わうように、少し間を置いたクルーゼは、やがてアスランから視線をそらし、言った。
「……まあいい、私が許可しよう。アスランは〝イージス〟に乗り、あの機体……〝ディフェンド〟の指示に従いたまえ」
「……! 了解!」
アスランが艦橋から走り去る。納得が行かないイザークが、クルーゼに食いついた。
「隊長! よろしいのですか」
「そう急くものではないよ、イザーク。これはチャンスであることも確かさ。────むろん、このままでは終わらぬよ」
その言葉を聞き、その意味を悟ったイザークやディアッカが、にやりと笑う。
「わたしの〝シグー〟を用意しろ。各員、戦闘配備だ」
まったく、よく云うではないか。
果報は、寝て待て──と。
〝ヴェサリウス〟から発進した〝イージス〟が、〝ディフェンド〟の機影を捉えるまで、そう時間はかからなかった。
真鍮色の機体を目の前に、スラスターを逆噴射して停止する〝イージス〟に────次の瞬間、〝ディフェンド〟はビームライフルを突き付けた。
「ステラ…………!」
一瞬、戸惑いと驚きがアスランを襲う。実の妹に銃を向けられた事実に対して、小さな嫌悪感に苛まれる。
が、それもステラの警戒の証であると理解したアスランは、すぐにその感情を飲み込んだ。
『……コックピットを開いて』
通信先から聞こえてくる声はひどく無機質で、これではまるで、お互いが赤の他人同士の会話だ────。
強い寂寞感を憶えながら、アスランはステラの指示通り、大人しくコックピットを開き、生身を晒した。アスランの姿を確認したか、今度は〝ディフェンド〟のコックピットが開き、その中に、華奢な体格のふたりの姿が見て取れた。両名とも、どう見ても女性だ。
たとえ会話が無機質でも──お互いに無防備な姿を曝け出せたのは、お互いの間に、たしかな「信頼」があったからに他ならないからだろう。
「……アスラン」
敵対し、対峙し、無防備な姿をさらし合い、そこで初めて──ステラが、兄の名を呼んだ。
「ラクスを渡す。今度は、ちゃんと……もっと、ラクスの傍に、いてあげて欲しい」
「ステラさん………」
「アスランは、ラクスのお婿さん。ラクスは、アスランのお嫁さん。だからアスランは、ラクスをもっと守ってあげなきゃ、ダメ」
「…………」
「ステラじゃ、ラクスは……守れないから」
そう言うと、ステラはラクスの背を、優しく押した。
「ステラさん……? 共に、来られないのですか…………?」
アスランと、ラクスと、ステラ────。
幼き日に会い、三人兄妹のように付き合っていた者達だ。それが今、ふたつに分裂しようとしている。
ラクスには、どうして、なぜこのような構図になろうとしているのか、それが理解できなかった。
──どうして、実の兄と妹が、歩み寄ろうとしないのか…………?
「……行って。ステラには、まだ、あの艦に守っていたいものがあるから」
ステラにも、今は「意思」がある。トールや、サイや、ミリアリア────そして、親友のキラ。
──彼らを守っていたい。守ってあげたい。
歴史を
ステラにとっては悔しいが──〝アークエンジェル〟にラクスが乗せたままでいれば、ラクスはきっと、恐ろしい目に逢うのだろう。
そこからラクスを助け出すには──ラクスを、アスランの元に送るしか考え付かなかった。
だからこうして、彼女を渡しに来た。
自分では彼女を守れないから、誰かに守ってもらわせようとした。
ラクスの背を押し、彼女の身体が宙域に投げ出されると、やがて────身体は慣性に従い、真っ直ぐに〝イージス〟のコックピットへ、アスランの腕の中に納まった。
紅の騎士の腕に納まった、純白の姫の姿を送り届けると──ステラは小さく、にこりと微笑んだ。
そしてそれ以上は何も言わず、黙って〝ディフェンド〟のコックピットを閉じようとする。
その瞬間────
「────ダメだ!」
「ステラさん!」
アスランとラクスが────共に声を上げた。
心から慕う者達の声に呼び掛けられ、コックピットの開閉ボタンに伸びたステラの手が、ぴたりと止まった。
「ステラ、おまえもこっちに来い! どうして……おれたちが対峙しなければならない!」
同じ時間の思い出を築いて来た三人なにだ。
なのに、こんなところで、道を違える必要はないじゃないか。
アスランの懇願するような声は続く。
「今なら……今なら帰れるんだ! 三人で〝プラント〟へ────! 誰も邪魔はしない!!」
アスランが強く、主張する。
一方のラクスは押し黙りながら、傍らの恋人の、その声を聞き届けている。
「おまえはまだ、自分の立場がわかってない! 無理をしてでも、こうしてラクスを引き渡してくれたことは嬉しい……だが、そんな真似をすれば、次に危険なのはおまえなんだ!」
「え?」
アスランが、コックピットから身を乗り出して話し、ステラがその言葉を疑う。
「おまえだって、ラクスと同じだ! 野蛮な地球軍に、いつか利用される! いつか後悔する! ──そんな思いを、オレはおまえに味わって欲しくない!」
「アスラン……なにを、云ってるの……?」
ラクスを人質に取った時点で、地球軍はコーディネイターを盾にすることに、何の迷いも、躊躇もないのだ。すくなくとも、アスランにはそう見えて当然だ。
なら、それと近しい立場にあるステラとて、いつかは……。
その瞬間────〝イージス〟の機体が動いた。
〝イージス〟が両手を伸ばし、〝ディフェンド〟の肩に両手を置いた。──まるで、説得を呼びかけるように。
両腕に掴まれた〝ディフェンド〟の機体が揺れ、ステラはわずかに態勢を崩す。
「ッ…………アスラン!?」
「おまえがやろうとしていることは間違っているんだ、ステラ! コーディネイターであるおまえが、ナチュラルに味方する意味がどこにある!!」
──アスランも……あいつらと
ナチュラルだから。
コーディネイターだから。
そうやって自分と違うものを肯定せず、見限って。
同じ「人間」であることを見ようともせずに……!
その瞬間、〝ディフェンド〟が────
〝イージス〟の腕を─────振りほどいた。
「ステ、ラ…………!?」
「かんけい、ない…………!」
アスランが絶句する。
ステラは頭を抑えながら、言い放った。
「関係ない……! 関係ない…………! つまらない話はいらない、必要ない……! 人を『守る』のに、
──
──
アスランが言っている言葉の意味がわからない、いや、わかりたくもない。
コーディネイターだから、ナチュラルだから?
ザフトだから、地球軍だから?
そんな肩書きが、アスランにとっては、そんなに重要なことなのか?
シンはたしかに、ザフトの軍人だったかもしれない。シンはモビルスーツにも乗っていた。
──でも、ステラを守ろうとしてくれた!
そう────身を置く軍が違っても、約束を交わすことが出来た。分かり合うことはできた!
「────だれかを『守ってあげたい』と思う気持ちに、間違いなんて、ない!!」
シンはそれを、ステラに教えてくれたから。
間違っているのは────アスランの方だ!!
「ステラ……!」
〝ディフェンド〟のコックピットが閉じてゆく。
今のアスランは、それを止める言葉さえも思いつかない。
──ステラは、大切な妹だ……。
一度は手放し、離れた妹とは、もう会えないとさえ思っていた。
できるなら、二度と手放したくない。昔と同じように傍にいて、無邪気に笑っていて欲しい。それは胸が焦がれるような、切ないまでの欲求だったが──アスランの言葉は、もはや「彼女」には届かなかった────。
紅蓮の機体から、真鍮色の機体は小さく、遠ざかっていく。
残されたのは、虚しさと、寂しさだけであった。
〝イージス〟から遠ざかる中で、ステラはラクスを解放できた安心感と、アスランと別れてしまった寂寞感の入り混じった、複雑な気持ちを抱いていた。
──これが、葛藤……?
それは、最適化を受けていた頃の自分には、決して存在しなかったモノだ。
「シ、ン…………」
記憶の中にぽっかりと空いた穴が、その名前が出て来ることで、一気に埋もれたような感覚になる。
そうだ──。
自分にすべての〝きっかけ〟を与えてれくれた人の名は────シン。
シン・アスカ。
アスランに懸命に訴える中で、不意に、記憶が蘇るように思い出すことが出来た。
──シンは今、どこで、何をしているだろう…………?
それがわずかに、気になってしまうステラであった。
しかし、そんな時────
〝ディフェンド〟のコックピット内に、警報音が響いた。
ステラの反応は早かった。
突如として頭上から降り注いだ、四条の光線を瞬時に回避し、機体を大きく翻すと、即座に全身にビームブレイドを展開させた。
(敵襲…………!?)
反応は────三つ。
遥か遠方から気配を消し、レーダーにかからぬように、隠れていたとでもいうのか?
おそらくそれは、アスランをも騙した作戦だ。
〝デュエル〟〝バスター〟〝ブリッツ〟の機影を捉える。
「ッ…………!」
大人しく、とはいかないようだ。
ステラは〝アークエンジェル〟への帰還を断念し、ひとまずは、迎撃の姿勢を取った。
原作で、あまり多弁ではなかった人物を主人公にしている小説なだけに、こう、ステラに主張させたい時など、どのように喋らせればいいのか、全然迷ってしまいますね。
作者がこう喋ればいいのえはないか、という思いの下で書いてますので、違和感を覚える方もいるかもしれませんが、それはまあ、二次創作では避けて通れない点なのかも……。