~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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 最新話、どうぞ(短ッ)


『囚われた意思』A

 

 

 

「どうすんの、イザーク? 奇襲の一撃、見事に避けられちまったぜ?」

「…………」

「これでもまだ、今まで〝アレ〟に乗ってたの、さっきの女の子じゃないって言えるのかよ?」

「あ、当たり前だ! あんなものは、偶然に決まっている! 機体の性能に助けられただけだ!」

 

 小惑星に隠れつつ、イザークたちは間抜けにも単機でやって来た〝ディフェンド〟を討ち取るため、奇襲の準備をしていた。

 〝ディフェンド〟がやって来た航路から逆算して、その帰路を導き出し、待ち伏せしていたのだ。

 格好の奇襲のつもりで、遠方から〝ディフェンド〟の虚を突いて、三機は一斉に攻撃を仕掛けたが────これは見事なことに、くるりと回避されてしまった。

 アスランを出し抜いて戦果を挙げられる! と、かつてないほどに意気込んでいたイザークであったが、彼の赤としての自信やプライドは、今の回避行動によって色々と打ち砕かれてしまった。

 

 ──よもやおれたちザフトレッドは、女なんぞに後れを取っていたというのか!?

 

 事実として、現時点で〝ディフェンド〟は、クルーゼ隊にとって確実に〝ストライク〟よりも厄介な存在として認知されていた。後者はまだ、素人らしい動きの鈍さが残っているのに対して、前者はミゲルを撃墜し、続けざまにハイネを撃っている。その動きも、どういうわけか卓越した戦士のように洗練され、隙が見えない。

 敵の戦績……つまり、ザフト(こちら)が受けた被害の程度から判断しても、明らかに警戒すべき対象だ。

 ──そのパイロットの正体が、気にならない、といえば……それは少しだけ、嘘になるのだろう。

 様々な戦闘訓練を積んで来たザフト軍のエース──その代名詞が「赤」であり、赤服で構成されたクルーゼ隊が苦汁を舐めるなど、本来、あってはならないことなのだ。

 そういえば、ハイネが機体の奪取に失敗した原因のひとつに、ひとりの少女の影があったらしい。

 よもや、そいつが今も〝ディフェンド〟を────?

 

「──とにかく、今日こそヤツを仕留める! 妙な増援が来る前に、散開して囲い込め!」

 

 イザークが指示を飛ばし、ディアッカが高らかに口笛を鳴らした。

 照準(ロック)した先のモビルスーツは、真鍮色をした、以前見た時とまったく異なる姿形をしていた。

 黒い重鎧を取り外し、防御から一転、攻撃に特化した黄金の騎士のような風貌の、GATシリーズの中で、最後に開発された機体──

 これを目にしたディアッカが、興味ありげに声を上げた。

 

「おっと、自慢の装甲は、今回は忘れて来てるみたいだなぁ」

「であれば、ジリ貧に追い込めば勝てる、というわけですね」

「デブリをつかえ! 死角から攻められる」

 

 接近してくる三機の機影──同じXナンバーである〝デュエル〟〝バスター〟〝ブリッツ〟を捉え、ステラは小さく毒づいた。

 一対三では、どう考えてもこちらが不利だ。

 こうなる可能性も懸念して、ビームライフルを保険に持っては来たが──それでも、頭数にして圧倒的な不利なことには変わりはない。

 まして相手は、こちらと同等の性能を持つ機体なのだから。

 

「ええいッ」

 

 ステラが、威嚇するような唸り声を上げる。

 〝ディフェンド〟の全身に仕込まれた数多の光波発生器より、無数の光波刃(ビームウェーブ)が展開する。真鍮色の体躯は全光色の刃に揺らめき、〝ディフェンド〟という名の機体自身が、ひとつの「刃」に化けた。

 そこから抜き打ちに加速し、まずは近接戦闘を苦手とする〝バスター〟へと躍り掛かった。

 

「ハッ、オレに来ると思ったぜ!」

 

 〝デュエル〟がビームライフルを放ち、加速する〝ディフェンド〟を牽制する。

 だが、無数の光条の間を縫うように、なおも加速した〝ディフェンド〟が──一目散に〝バスター〟へと肉迫する。

 ディアッカは瞬時に、二丁のライフルを連結させた。

 Xナンバーの機動力においては、おそらくMA形態の〝イージス〟がトップをゆく。次に、エールストライカーを装備した〝ストライク〟が続くのだろう。一方の〝ディフェンド〟は一見、大した推進装置を搭載していないように見えるが、その軽量ゆえか、スピードはトップレベルを誇っている。

 連結された〝バスター〟のライフルから、巨大な光線が放たれる。

 〝ディフェンド〟は転身し、一重にこれを回避。

 避わしたそこへ、ビームランサーを構えた〝ブリッツ〟が躍り掛かる。

 

「はあああっ!」

 

 機影を捉え、後退しようと〝ディフェンド〟が逆推進のスラスターを吹かす。

 だが、イザークが駆る〝デュエル〟によって、宙域にはビームが散りばめられ、回避行動自体が制限されてしまう。

 〝ディフェンド〟は進退もままならず、正面から迫る〝ブリッツ〟に追い詰められた。

 

「ッ!」

 

 やはり、数には勝てない────!

 〝ディフェンド〟に迫る〝ブリッツ〟が─────その瞬間、わきから飛び出して来た何かに蹴り飛ばされた。

 漆黒の機体は吹き飛ばされ、ステラの視野から大きく遠のいてゆく。

 

『────ステラ!』

 

 〝ディフェンド〟のコックピット内に、通信越しのキラの声が響いた。

 隕石が無数に散らばった戦場に、〝ストライク〟が飛び出して来たのだ。

 

「キラ!」

 

 幼馴染の増援が駆けつけて来てくれた。

 思わずステラは弾けるような声を上げ、柔らかな表情を浮かべた。

 心温まるようなキラの声を聴き、一気に安心感が、ステラの胸を支配する。

 束の間、様々な方位・角度からレールガンが飛び、砲火は〝デュエル〟と〝バスター〟を牽制し始めた。──ムウが駆る〝メビウス・ゼロ〟もまた、この宙域に駆け付けたのだ。

 ──まさか、本当に助けに来てくれるなんて。

 ラクスを逃がすという勝手なことをして、後悔こそ抱いていないが──多少の罪悪感を、ステラとて感じていないわけではなかった。あれは明らかに、軍規としては違反行為だったからだ。

 通信から聞こえて来たムウの声に、ステラは耳を傾けた。

 

「やってくれたなあ、お嬢ちゃん! あとでみっちり叱ってやるから、今はとにかく、この場を切り抜けて生還するぞ!」

 

 ムウが放った言葉は、どこか軽率な雰囲気を含んでいた。本音と冗談が入り混じったような表現ではあったが、ムウが放ったその言葉には「必ず帰ろう」という強いメッセージが組み込まれていた。

 味方というものが、こんなにも心強く思えるとは────こんな感覚を憶えるのはステラ自身、初めてのことだった。

 味方の存在が傍にいることが、無性に嬉しく思える。

 ステラは思わずムウの太い「声」に呼応し、嬉々として叫んだ。

 

「うん、ネオ!」

「はあっ!?」

 

 ──誰がネオだ! 誰だそいつは!

 ムウが眉をしかめながら、素っ頓狂な声を上げた。

 

『こんな状況じゃ、僕達が圧倒的に不利です! なんとかして、この場を振り切らないと!』

 

 キラが冷静に、戦況を判断した。

 この宙域は隕石が多く、上手く立ち回れば、敵機から離脱することも、隠れることも可能かもしれない。だが反対にいえば──この宙域には障害物が多すぎて、迂闊に〝アークエンジェル〟のような大型艦は接近できない。

 つまりステラ達は──デブリを上手くカモフラージュに利用しながら敵機を撒き、迅速にこの宙域を離脱する必要があるのだ。

 そのためにはまず────あの三機の連携を、突き崩さなければならない。

 

「離脱の作戦を伝える! いいか、よぉく聞けよ!」

 

 〝ゼロ〟を操りながら、ムウが少年と少女に告げる。

 

「やっこさん方は三機出撃してるが、幸いなことに、頭数でいえばこっちと同数だ。三体一じゃあ敵を撒くことは不可能だが、一対一なら、無理な相談でもないだろ」

 

 つまりムウは、三機の敵を分散させ──〝ゼロ〟〝ストライク〟〝ディフェンド〟で、それぞれに相手をしようというのだ。

 

「ひとりに一機ずつ、敵を惹き付けるんだ。敵が分散すれば、あとはソイツを振り切ればいい! 敵を撒いたあとは、指定した合流地点に集まり、そのまま〝アークエンジェル〟に帰投する」

『担当した一機を誘き出して、あとは上手く逃げればいい、ってことですね?』

「そういうことだ。相手の数が減れば、こっちのモンさ。なんなら俺が二機、まとめて相手してやってもいい。……できるか? 坊主、嬢ちゃん!」

 

 ムウが確認を求め、

 

「……やります!」

「できる」

 

 と、若いふたりが、意気揚々と声を返した。

 作戦が、始まった。

 〝ストライク〟に蹴り飛ばされ、態勢を立て直した〝ブリッツ〟は、目の色を変えたように〝ストライク〟への攻撃を始める。

 放たれたビームを、キラは巧みに回避した。

 どうやら、キラの担当(・・)は──〝ブリッツ〟のようだ。

 

(〝ブリッツ〟を誘き出して、あとは、上手い具合に撒いてしまう。離脱に成功したら、合流ポイントに向かい、〝アークエンジェル〟を待つ、か)

 

 たしかに、いい作戦だ。敵戦力を分散させることで、離脱できる可能性は、飛躍的に上昇する。

 仮に、こちらの三人の内、誰かが敵機を撒ききれず、合流地点に敵機を引き連れて来たとしても、その時点では、機体数ではこちらが上回り、利はこちらにある。

 逆に、三人が三人とも離脱に失敗すれば、合流地点で同じことの繰り返しとなってしまうが、この宙域でジリ貧に追い詰められるよりは、何倍もマシだ。

 ──でも、さいわい、ここは小惑星帯。

 ──これは、目くらましにはちょうどいい……!

 迫り来る〝ブリッツ〟と、サーベルを引き抜いた〝ストライク〟が激突する。

 

(アスランは出撃していない……アスランはこの戦闘のことを、知ってるんだろうか?)

 

 蹴り飛ばされた報復に、執拗に迫る〝ブリッツ〟と交錯しながら、キラは不意に、そんなことを懐疑した。

 一方で、作戦通りに〝ブリッツ〟が〝ストライク〟に喰らいついたことを確認したムウは、ステラに通信を繋げた。

 

『黒いのは坊主が相手をする! アイツ(・・・)はオレが引き受けるから、あとの機体は任せたぜ、お嬢ちゃん!』

「わかった」

 

 ムウが指定した敵機の名は〝バスター〟だ。──つまり、ステラが担当するのは、残された〝デュエル〟ということになる。

 〝バスター〟は〝ゼロ〟によって牽制され、〝ゼロ〟にビームランチャーを放った。しかし、デブリの影に隠れてゆく〝ゼロ〟を捉えられず、無駄弾に終わる。

 そうして誘き出された〝バスター〟は、遠方に消えていく〝ゼロ〟の追撃を開始した。

 

「────女風情がぁぁぁぁぁっ!」

 

 〝デュエル〟のコックピッド内で雄叫びながら、イザークはビームサーベルを引き抜き、雷のような機体──〝ディフェンド〟へと一気に躍り掛かった。

 ステラはこれに、ビールライフルを放って迎撃するが、放たれた光線は猛烈な勢いで迫る〝デュエル〟の動きを捉えきれず、接近を許した。〝デュエル〟が大きく振り落ろしたサーベルを、〝ディフェンド〟は身を翻すことで回避した。

 

「チィッ!」

 

 イザークが、小さく毒づく。

 ──機体の「性能」だけじゃない──この〝敵〟には、たしかな〝腕〟がある!

 でなければ、今の一撃を、回避されるものか。

 悔しいが、イザークはここに来て、敵パイロットの力量を認め始めていた。

 だが、相手がどんな敵であろうと──そんなものは、功名心の塊のようなイザークにとっては、些細な「条件」でしかない。

 結局の所、勝利を手にするのは自分だ。そうして功を立てるのも自分──すべてのライバルに勝るために、そいつらとの差を、もっと大きく広げていくために!

 ──誰にも、邪魔なぞ、させない!

 〝ディフェンド〟が〝デュエル〟から距離を取ろうと、バーニアを噴射する。だが、イザークはライフルを構え、そこからサブウェポンである実弾(グレネードランチャー)を放ち、追撃に出た。

 追尾性能のあるランチャーは、離脱を図る〝ディフェンド〟を執拗に追いかけ回す。

 

「しつこい!」

 

 後退する〝ディフェンド〟が、次の瞬間──全身に展開するすべての光波刃(ビームウェーブ)を消滅させた。

 弾けるように、すべての光が掻き消されると、代わりに────〝ディフェンド〟の右掌に備えた光波発生器から、長距離射程(ロングレンジ)に対応する光波刀(ビームソード)が顕現した。

 

「なに!」

 

 ──他の発生器からの光波刃を、あえて封印することで、一箇所の発生器の出力を上げているのか?

 〝ディフェンド〟の腕に生まれた光の大剣が宙を薙ぎ、〝デュエル〟の放ったグレネードランチャーが、むなしく爆散する。

 これに機を見たか、〝ディフェンド〟はさらに〝デュエル〟からの距離を開いてゆく。

 一瞬、驚きに目を奪われ、反応が鈍ったイザークは、なおも〝ディフェンド〟を追撃したが──〝ディフェンド〟はデブリを遮蔽物として、その合間を縫うように飛び交い、〝デュエル〟が構えるライフルの照準が定まらない。

 イザークの中で、苛立ちと焦りばかりが膨らんでゆく。

 

 そんな時──イザークの視界、〝デュエル〟のコックピット内に、ひとつの入電が飛び込んで来た。

 

 

 

 

 

 

 ラクス嬢をコックピットに収容したアスランは、妹に拒絶されたという事実に、小さく打ちひしがれながらも──無事〝ヴェサリウス〟へと帰投した。

 ラクス・クラインは軍人ではない。──軍艦に乗り合わせたままで良い身分の少女でもないため、この後はラコーニ隊と合流し、彼らが責任を持って本国へと連れて行ってくれるはずだ。

 〝イージス〟が格納庫に着艦し、アスランがラクスの手を取り、エスコートしながら、ゆっくりと床に降りてゆく。

 床に降りた先で────しかし、アスランは一抹の疑問を抱いた。

 

 〝デュエル〟〝バスター〟〝ブリッツ〟の機体の姿が────見当たらない。

 

 ラクスを送り届けることばかりに気が向いて、帰投した時、アスランはおそらくこの事実に気が付かなかったのだろう。

 アスランは慌てたように辺りを見回すも、強奪したGATシリーズは、全機として出払っているようだ。

 加えて、今回無事にラクス嬢が生還したというのに、それを出迎えに上がるザフト兵が、異様に少ない点にも気が付いた。この艦の長であるアデスや、任務の責任を負っているクルーゼは、ラクスに辞令を交わさねばならない立場にもあるはずだ。その他にも、ラクスという国民的歌姫(アイドル)をひと目見ようと集って来る、野次馬さえ、数えるほどにしか見当たらない。

 通常なら、キャットウォークに行列が出来るほど騒がれても可笑しくないというのに。

 ──おかしい。

 いったい、何が起きている──?

 アスランは不意にそう思い、ラクスを部屋に送り届けたのち、艦橋へと駆け出した。

 

「──隊長!」

 

 艦橋へとアスランが飛び出し、クルーゼの名を呼ぶ。

 だが、彼が常に坐している座席には誰もおらず、その声に反応して、振り向くようにこちらを一瞥したアデスと視線が合った。

 

「アスラン。ラクス嬢の救出、ご苦労だったな」

「アデス艦長! これはいったい、どういうことです!?」

 

 アスランは拭えない不審感を胸に募らせながら、一応、艦橋を見回した。

 だが、やはり、自身の同僚たちや、クルーゼの姿は見当たらない。

 不審感は次第に小さな怒りへと化け始め、アスランは剣呑な気を立てて、アデスに問うた。

 

「なぜ機体の多くが出払っているのです! これはいったい、何の作戦ですか!?」

 

 アスランは、ここであえて、出払っている、という表現を用いたが──これは正確には、出撃している、という表現の方が正しいだろう。その事実に、アスランは疾うに気づいていた。

 アデスから視線を移し、戦略パネルを見れば、そこには小惑星帯の構図が照らし出されている。

 おそらく、戦場になっているのが、その宙域なのだろう。

 ──きっと、単機のステラを狙って、イザーク達が────!!

 強烈な不安が、途端にアスランを襲う。

 クルーゼの姿が艦内に見えないということは、この作戦は、隊長が直々に指揮している可能性が高い。

 彼の任務は変幻自在で、成功率も極めて高い。指揮官としては最高に頭のキレる(おひと)だ。時に冷酷な作戦を考案するが、それでは、ステラの身が危ないのは事実だ!

 顔色を失いながら、居ても立ってもいられなくなったアスランは、パイロットスーツのチャックを襟元まで引き上げると、即座に艦橋から出て行こうとする。

 ──戦略パネルに照らし出された座標まで向かえば、すくなくとも、状況を自分の目で把握することは可能なはずだ!

 

「私もすぐに出ます! 〝イージス〟の再出撃許可を!」

「待て!」

 

 しかし、それを制したのは、アデスの割れんばかりの喝声であった。

 

「隊長からおまえに、言伝(ことづて)を預かっている」

「……? わたしに、で、ありますか?」

「ああ──」

 

 アデス自身、クルーゼから預かった伝言の意味はよく理解していないようだ。だが、憮然とした表情で、事務的にそれをアスランに告げた。

 

きみが望んでいることを(・・・・・・・・・・・)してやろう(・・・・・)────』

 

 アスランには──その伝言の意味が、わからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘宙域では時間が経過し、経過と共に幸運なことに〝ストライク〟〝ディフェンド〟〝ゼロ〟──地球軍側の軍勢が優勢にあった。

 それもこれも、その宙域が小惑星帯であることに原因があり、クルーゼ隊は戦闘を繰り広げようとするのに対し、地球軍側は一方的に逃げに徹している。

 小惑星帯の中で逃げ回られてしまっては、いくらザフト希望のエースパイロット達も、目標を見失わぬよう、それに喰らいついて行くのでやっとだったのだ。

 小惑星帯を抜けた〝ストライク〟が、辺りを見回し、ムウへと通信を試みた。

 

「ムウさん! こちらは上手く撒けたようです! 〝ストライク〟はこれより合流地点に向かいます!」

 

 キラが、通信先のムウに告げる。

 〝ストライク〟は〝ブリッツ〟による追撃を受けていた。だが、デブリを障害物に使って逃げ回るうち、〝ブリッツ〟の反応が、レーダーから消失した。

 ──〝ブリッツ〟もまた、僕を見失ったのだろう。

 キラはそう確信し、離脱に成功したと考えた。

 通信越しに、ムウからの返答が来た。

 

『こっちも上手く撒いたぜ、問題はなさそうだ。あとは、お嬢ちゃんだが』

 

 どうやら、ムウの〝ゼロ〟もまた、ディアッカの乗る〝バスター〟から逃れられたようだ。

 ムウは即座に通信回線を開き、ステラに応答を求めた。しかし、返って来たのは、耳障りなノイズだけであった。

 

『通信を試しても、ジャミングがひどいな……デブリの影響か? お嬢ちゃんは、まだ小惑星帯から抜け出せてないみたいだな』

「え、そんなッ」

『信じて待ってやるんだ。──俺達だけでも、先に合流地点に向かうぞ』

 

 間をおいて、ステラがやって来るかもしれない。いざという時のために──〝ゼロ〟と〝ストライク〟だけでも、合流しておいた方がいいだろう。

 だが、キラの表情には、やはり隠し切れない不安の色が滲み出ていた。相手を分散させるこの作戦は、たしかに見事だが──味方もまた散開してしまうため、ステラの安否が、キラにはいまだに確認できないのだから。

 まるで、妹を心配する実の兄のような、キラの面持ち。──あまりに切ないその表情に、それを見てしまったムウは、なんだかやるせない気分になり、

 

『そんな顔してやるな。あの()は強い。…………きっと、今のおまえよりも、ずっとな』

 

 そんな、激励なのかさえ曖昧な言葉を、口走るように告げていた。

 それは、これまでGATシリーズに乗る予定だった、正規の新兵達の面倒を見て来たムウだからこそ言えた言葉なのか──それとも、ムウ自身の願望から出た言葉なのか、それを放った本人にも、よくわからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──いったい、どれだけの時間を逃げ回っただろう?

 〝デュエル〟の執拗な攻撃は、〝バスター〟や〝ブリッツ〟の追撃とは、比にならないほど獰猛に繰り広げられ、ステラはなかなか、離脱のための隙を見出せずにいた。

 パイロットの執念に近いものが垣間見えるほど、猛烈な攻撃。こちらの離脱の余裕さえ与えない、苛烈を極める突撃の連続だ。

 ──小惑星帯を出なければ、キラ達とも通信も図れない……。

 あれこれと、ステラがひとりでに悩んでいる内に、手が動いていなかったのかもしれない。突然〝ディフェンド〟の機体が衝撃に揺れ、コックピットが揺さぶられる。

 気が付けば、〝デュエル〟の放ったグレネードランチャーの着弾を許していたようだ。フェイズシフト装甲により守られたため、損傷は少ないが。

 

 ──頭と体、両方同時に働かせることが、こんなにも難しいなんて……。

 

 エクステンデットとして、殺戮兵器として生きていた過去から、弥々に決別し始めているステラであったが──やはり、頭が何かに支配されると、途端に操縦が鈍り出す。

 悩むより、動くしかないようだ。

 

「こいつッ……!」

『逃がすか、女ぁーっ!』

 

 敵パイロットの正体が、イザークの怒りを駆り立てる。それほどまでに、女性に後れを取っている事実が、彼にとっては屈辱なようだ。

 〝デュエル〟がサーベルを引き抜き、バーニアを噴射して〝ディフェンド〟へと飛び掛かって行く。

 

 ──こいつから逃げるのは、無理だ。

 

 瞬間、後ろ背を見せていた〝ディフェンド〟が反転し、掌にビームウェーブを発生させた。〝デュエル〟の方を向き直し、戦闘態勢を取る。

 ただで逃がしてくれぬのであれば、怯ませる他ない。

 そこで〝ディフェンド〟が初めて──攻勢に打って出た。

 

「一騎打ちなら!」

 

 ステラが叫び、〝デュエル〟を迎え撃つため、バーニアを噴射する!

 だが────そん〝ディフェンド〟の行く手を、右手、遥か遠方から放たれた、一条のビームランチャー(・・・・・・・・)が阻んでしまった。

 

「──なに!?」

 

 ステラが目を見開き、右手を確認しようとした、次の瞬間、コックピット内に、さらなる警報音が響いた。

 ──今度は、左からだ。

 ビームランサー(・・・・・・・)を振り翳した漆黒の機体が、猛烈な勢いに乗って、こちらへと接近して来ている。

 

「そんなっ……どうして!?」

 

 ステラは愕然とした。何かが、おかしい。

 ──おまえたち(・・・・・)が……どうして、ここにいる?

 〝デュエル〟はともかく。

 

 ──両脇に現れた二機は、だって今、キラと、ネオを……!

 

 左手に漆黒。

 右手に黄檗。

 正面に紫紺。

 完全に────囲まれた。

 どういうことだ。

 これは明らかに────最初の構図(・・・・・)だ。

 

 絶望に駆られたステラを────〝デュエル〟────そして、突如として現れた〝バスター〟と〝ブリッツ〟が、完全に包囲した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 小惑星帯を抜け──上手いことそれぞれの敵機を巻いた〝ストライク〟と〝ゼロ〟が、指定されたポイントで合流を果たした。

 しかし、合流地点に〝ディフェンド〟の機影は見当たらず、音信も途絶えたままだ。

 一向に、来る気配すら感じられない。

 

「ステラ、ステラ……!」

 

 キラが通信機に、すがるようにして呼びかけ続ける。

 だがやはり、返答として返って来るのは、耳障りなノイズだけ。

 

「なんだ、この感じ…………」

 

 傍らの〝ゼロ〟の中で、ムウは、名状しがたい寒気のようなものを感じ取っていた。

 ──何かが、おかしい。

 寒気──それは悪寒だ。

 歪んだ「何か」が、遥か遠くより、戦場を俯瞰しているかのような。

 ──気味が悪い。

 ムウにはわかる。この感じは、まさか……。

 

「嫌な予感がする。あのお嬢ちゃん、迎えに行った方がいいかもしれねえ……!」

「フラガ大尉!」

 

 キラが声を上げ、どうした、とムウが訊ね返した。

 

「ノイズがすこし、回復してます! ステラの声が!」

「なに…………!」 

 

 言われ、瞬時にムウも〝ディフェンド〟との通信を繋げた。

 

「お嬢ちゃん、応答しろ! 何が起きてる!?」

『………で…………………き……い……!』

 

 相変わらず、ノイズがひどい。──それはまだ、彼女が小惑星帯から抜け出せていないという、揺るがない事実の証拠だ。

 しかしその時、雑音しか響かなかったノイズの中に、わずかに、切れ切れな声が聞こえ始めた。

 

『……ちら………ド……! ………てる……れ……い……!!』

「ステラ!?」

 

 わずかに開いた回線の声──しかし、ステラが何を喋っているのかまでは、判然と理解できない。

 キラは、どうしようもないもどかしさを憶えた。

 ──〝バスター〟と〝ブリッツ〟は、自分とムウで、確実に撒いた(・・・)のだ。

 あとは、ステラさえ合流できれば、全員で帰還できる。「頑張れ」と月並みの激励ではあったが、キラはそう、ステラに告げようとした。

 だが、その瞬間────

 

『……ちら……〝ディフェ……ド〟……! 囲まれ……てる…………振り切れな…………!』

 

 その言葉を聴いて────キラの身体が、凍りついた。

 ──囲まれてる(・・・・・)って…………いったい、どういう意味だ?

 ステラの放った、その言葉の意味を──キラは思わず疑ってしまった。

 

「ム、ムウさん!?」

「まさか、な……」

 

 ムウの頭に、嫌な予感が、いや……それは確信、そのほとんどが、確信となって押し寄せる。

 ──俺たちは決して……〝ブリッツ〟と〝バスター〟を、それぞれに撒いた(・・・)わけではない……?

 ステラだけが〝デュエル〟からの離脱が遅れたために、敵機の合流を許したわけでもない。

 敵は初めから、合流する予定だった?

 あの二機は──追撃の中で目標(こちら)を見失ったように装いながら、ひそかに撤退し…………〝デュエル〟と合流していた?

 

「──なんでだ!」

 

 叫び、ムウがコックピットの内壁に拳を叩き付けた。

 なぜ。

 どうして。

 なぜ狙ったように──〝ディフェンド〟だけをつけ狙う!

 なぜ、ムウとキラを、捨て置くような真似をする!?

 

「この作戦(カンジ)は、アイツか…………!」

 

 ムウの中に、激しい悪寒が走る。──近づく気配、全てを嘲笑うような存在の、不気味な感覚。

 この時になって、ムウは──初めて「自分が乗せられた」という事実に、気が付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 〝デュエル〟との決闘を一瞬でも実行しようと考えたステラであったが、いつの間に、そして、何を目的にか、集結した三機を前にしては、勝ち目などありはしない。

 〝ディフェンド〟は再び反転し、彼らから逃れるようにして離脱を図っていた。

 〝バスター〟と〝ブリッツ〟は──キラとムウが担当していた。

 いつの間にか、三機の合流を許し、挙句、その三機に揃いも揃って狙われる意図が、ステラには分からなかった。

 

「そぉら落ちろぉ!」

「いい加減にィッ!」

「そこまでですよ!」

 

 三人の掛け声が飛び、三機の〝G〟から、それぞれの光条が飛んだ。

 彼らに背を向けつつ後退する〝ディフェンド〟は、散らばる小惑星を盾に、縦横無尽に逃げ回るが、迂闊に動き回って、挟み撃ちにされてしまっては──この装備では、勝ち目はない。

 特攻装備(ネイキッドアーム)は、接近戦を得意とした、装甲のパージ状態のことだ。

 射撃攻撃であれば、相手からの距離を取り、相手の牽制に使えるだろうが、接近戦は、包囲された段階で逃げ道が封鎖され、一対多数の戦況において多用するべきではない戦術だ。

 ゆえに、ステラはただ、逃げ回ることしか出来ない。 

 

「なんで、なんで、わたしを……ッ」

 

 頭が痛い……。

 ──鋼鉄のように冷たい何か(・・・・・)が、遠くから、私を視ている……!?

 この宇宙は気味が悪い。

 ──気持ちが悪い……!

 

「キラッ……」

 

 とても振り切れない──助けて……!

 段々と赤く染まり始めたステラの双眸が、〝ディフェンド〟の残りのエネルギーゲージを捉えた。

 ゲージは既に減り始め、エネルギーは半分にも満ちていない。

 

「これ以上、遊んでなんていられない……!」

 

 ステラが覚悟を決めると、次の瞬間──〝ディフェンド〟を追撃する、イザークの視界から、その存在が、ふっと消えた。

 なに、とイザークが蒼然として、声を上げる。

 違う──正確には、消えた、のではない。消えたように見えた、のだ。

 次の瞬間──〝デュエル〟の足元に潜り込んでいた〝ディフェンド〟が──鮮烈な袈裟切りを繰り出した。

 

「んなッ」

 

 イザークの反応も早かった。

 すぐに回避行動を取った結果、間一髪、直撃は免れ──〝デュエル〟のサーベルの柄だけが叩き斬られてしまった。

 

『どうしたイザーク、今のは、生きた心地がしなかったんじゃないか?』

「黙っていろ、ディアッカ!」

 

 通信越しに聞こえてくる冷やかしの声に、イザークは、みるみる顔が熱くなっていくのを感じた。

 ──侮られた! それも、同僚にだ!

 たしかに、今のは生きた心地はしなかった。だが、それを認めてしまっては、立つ瀬がないというものだ。

 

「仕留めきれない……」

 

 ──やっぱり、強い。

 ステラが小さく毒づく。

 無駄なエネルギーは使えない今、短時間でなんとか、活路を見出したい。

 ──いったい、どうすればいい……?

 悩んでいるステラの眼前に、次の瞬間────突如、〝ブリッツ〟が顕現した。

 

「えっ」

 

 〝ブリッツ〟固有の特殊武装──「ミラージュコロイド」だ。完全にステルスと化す機能を使って、二コルは、ステラの目を欺いたのだ。

 突如としてステラの眼前に現れた、漆黒の機体のビームランサーが──その瞬間、急制動をかける〝ディフェンド〟の頭部を、根こそぎもぎ取った。

 光の剣に貫かれた〝ディフェンド〟の頭部が爆発し、誘爆の被害を受けた〝ディフェンド〟の機体が、大きく揺れる。

 だが、一瞬だけ怯んだのち〝ディフェンド〟は瞬時にバーニアを吹かし、一瞬にして〝ブリッツ〟からの距離を開いた。

 奇襲に成功したと確信していたニコルが、唖然とする。

 

「外した!? いや、外された(・・・・)のか! それでも、メインカメラは()った!」

 

 だが、よもや、ミラージュコロイドによる完璧な奇襲までもを、回避されるなんて。

 ──本当に、アレに乗っているのは、何者なんだ?

 ──仮にもあの機体は、自分たちの機体と、同等の性能しか持ち合わせていなはずなのに……!

 メインカメラが落ち、ステラは瞬時に、モニターを別カメラへと移行する。

 〝ブリッツ〟を避けて逃げた先に、先程軽度の損傷を与えた〝デュエル〟が待ち構えていた。

 回避は、間に合わない──。

 〝デュエル〟から発射されたグレネードランチャーの直撃を受け、機体が強かに揺れる。フェイズシフトが削られ、ステラの体も大きく揺さぶられた。

 

「こ、のッ……」

 

 目に大粒の涙を溜め、悔しそうに顔を上げたステラの視界に、二丁のライフルを連結させた〝バスター〟の姿が映る。──銃口をこちらに向けている。

 ──いけない……!

 屈辱に飲まれ、我を忘れたら、相手の思うツボだ。

 ステラは途端に冷静になり、〝バスター〟の遠距離砲撃には勝ち目がないことを悟ると、すぐに転進し、回避行動を取った。

 〝バスター〟のビームランチャーが発射され、射線上の小惑星の多くは、一瞬で撃ち砕かれ、蒸発した。

 かろうじて回避した〝ディフェンド〟は──やはり、すがるように小惑星を盾にしつつ、さらに逃げ回った。

 

「だめ……死ぬのは、いや…………!」

 

 恐怖に駆られたステラが、バーニアを一気に吹かした。

 だが次の瞬間、バーニアが抜けるような音を立て、機体が失速した。──エネルギーが、もうあまり残っていないのだ。

 失速した機体は浮遊する隕石に接近し、〝ディフェンド〟はその隕石に、足を着いて着地した。

 

「今だ!」

 

 ──〝ディフェンド(ヤツ)〟の動きが止まった!

 イザークは好機を見、敵機が停まった隕石に向け、ビームライフルを放った。

 だが、次の瞬間〝ディフェンド〟が、足元の隕石を「足場」として──高く跳躍した。

 

「なんだと!?」

 

 跳躍した〝ディフェンド〟はやがて、器用にも、また別の隕石に着地を決めた。まるで、飛び移るかのように。

 そして再び、着地した隕石から即座に跳躍し、イザークの視界から遠ざかっていく。

 

 ──隕石(デブリ)を、次の標的へと向かうための踏み蹴り場として利用している……!?

 

 これは、きわめて高度かつ、トリッキーな操縦技量が必要になるのだが、かつては四足歩行形態の機体を操っていたステラにとって、宙域での隕石など、足場として利用しようと思えば、造作もないことであった。

 どんな場所でも、どんあデブリも、足場として利用する。

 ──使えるものは、使うしかない。

 バーニアの噴射による、モビルスーツの推進力に加え、跳躍による勢いを乗せた〝ディフェンド〟は──イザーク達からすれば、まるで信じられない速度で宙域を離脱していく。

 単一方向への加速力では、彼らがステラに追いつけるはずもない。跳躍という操縦技術を持ち合わせていない、三機からの距離を、あっという間に開いていく。

 機体の性能に頼るだけでは──ステラには、追いつけないようだ。

 

「やった…………」

 

 デブリを味方につけたステラは、三機の〝G〟が遠ざかっていくのを見て、ほっと、安堵に駆られた。

 隕石(あしば)から、隕石(あしば)へ。

 軽快な身のこなしで、宙域からの離脱を決め込んで行くステラではあったが────隕石を利用する彼女だからこそ、気づくことが出来なかったのかもしれない。

 

 デブリの陰に────〝敵〟が潜んでいたことに。

 

 敵機を撒いて、完全に油断していた。

 ステラが次に足場にしようとした、大きめのデブリの陰に────次の瞬間、シルバーグレーの機体を発見する。

 

 

 

 指揮官用の──〝シグー〟だ。

 

 

 

「────!?」

 

 ステラは目を見開き、慌てて「ソイツ」から距離を開こうとする。

 だが────既に、遅かった。

 〝ディフェンド〟が跳躍するよりも先、彼女が気づいた時には──〝ディフェンド〟の脚は〝シグー〟に右手に掴み取られ、機体はその態勢を崩していた。

 〝シグー〟の腕を起点に、そのまま振り回された〝ディフェンド〟は──強い遠心力と共に、傍らの小惑星に叩き付けられた。

 

「あうッ」

 

 ステラの背中を、重たい衝撃が襲う。

 意識が飛びそうなほど、重たい痛みだ。

 ──指揮官機……!?

 ──まさか、こんなところに!?

 朦朧とする視界を、すぐに取り戻そうとしたステラは、すぐに機体の姿勢制御を取り戻し、慌てて逃げ出そうとしたが────

 次の瞬間、〝ディフェンド〟のモニターカメラが────「真っ黒」に染まった。

 

 バーニアの全加速、強い推進力を乗せた〝シグー〟の強烈な飛び蹴りが────〝ディフェンド〟のコックピットを、貫くように蹴り飛ばした。

 

 痛恨の打撃により、〝ディフェンド〟は再び小惑星に背中から叩き付けられ、その衝撃で、機体がうねる。

 小惑星の岩面は衝突によって陥没し、〝ディフェンド〟の機体は、まるで、磔にされたように岩盤に捻じ込まれた。

 そして、今の一撃で────パイロットがなにか、致命的な痛手を負ったか。

 それ以降──〝ディフェンド〟の動きは、ピタリと止まってしまった。

 見違えるほど落ち着いてしまった〝ディフェンド〟の前に、やがて〝シグー〟の脇から、他のGATシリーズが集まって来る。

 

『クルーゼ隊長!』

「サーベルを貸してはくれないかね、イザーク」

 

 〝シグー〟には、〝ディフェンド〟のフェイズシフト装甲を貫くことのできる武装は搭載されていない。

 だからといって〝シグー〟が「勝てない」というわけでもなく、現実に〝シグー〟を操ったクルーゼは、〝ディフェンド〟のパイロットを仕留めることで、完全にソイツを無力化してしまった。

 〝デュエル〟から渡されたビームサーベルを手にしたクルーゼは、小惑星に磔の形になった〝ディフェンド〟を抑え──光波発生器を、ひとつずつ、確実に破損させ始めた。

 腕、肩、掌、脚、脚先──武器として扱えそうな部位の発生器を損傷させ、無効化する。

 〝シグー〟の中で、クルーゼは、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

 

「作戦は成功だ、イザーク、ディアッカ、二コル──入電した通り(・・・・・・)、この機体は、パイロットともども〝ヴェサリウス〟へ連行する」

 

 つまりコレは──すべて、クルーゼが考えた作戦だった。

 最初からクルーゼは、おそらく加勢に向かって来るであろう〝ゼロ〟と〝ストライク〟のことなど眼中にはなかった。

 そして──。

 あの男であれば、おそらくは〝ディフェンド〟を逃がすために、散開する作戦を立てると見越した。

 やがてそれが、見事にも的中した。

 

(わたしの勝ちだな……)

 

 それはいったい、誰に向けられた言葉か。

 そうしてラウが、勝ち誇った笑みを浮かべた時──彼の頭に、小さな衝撃が走った。

 気配が、ふたつ、こちらに迫って来ている。

 

(……来たか、ムウ!)

 

 遠方を見れば、状況を理解し、罠にはまっていたのだと把握した〝ゼロ〟と〝ストライク〟が、一目散にこちらへと向かって来ている。

 ラウは口元に小さな冷笑を浮かべ、イザークら三人に言い伝えた。

 

「みな、しんがりは任せたぞ」

『はっ!』

 

 短く言い残し、〝シグー〟は完全に停止した〝ディフェンド〟を抱えた。

 そして、そのまま転進し、明日の方向へと飛び去って行く。

 その光景を捉えたムウが、失調したように、声高に叫んだ。

 

「クルーゼェェェェェェッ!!」 

 

 ──やはり……やはり貴様かッ!

 ラウ・ル・クルーゼ──どこまで人を嘲た男なのだ。

 自分達が〝ディフェンド〟の救出に上がり、散開する作戦を練ると見越した上で──あえて〝ディフェンド〟一機だけを狙った!

 なぜステラだけを狙ったのか、その理由までは、ムウには分からない。

 ──だが、このままクルーゼの描いたシナリオ通りに、ことが進むのだけは、絶対に阻止しなければならない!

 意気込んだ〝ゼロ〟と〝ストライク〟が──猛烈な勢いで〝シグー〟を追う。

 

「ステラァーーーッ!」

 

 〝ディフェンド〟が抱えられ──ステラが、連れ去られて行く?

 キラは、今、現実として目の前に広がる光景を疑った。

 〝ディフェンド〟の四肢はぶらりと投げ出され、気絶しているのか、パイロットにまるで生気が感じられない……。

 あそこには〝デュエル〟〝バスター〟〝ブリッツ〟──そして〝シグー〟がいる。

 女の子ひとりが、とても相手にできる敵じゃないのに……!

 

 ──きっと、ひどい目に遭ったんだ……!

 

 ごめん、ごめんと口の中で反芻しながら、同時にキラの中で、どうしようもない怒りが、ふつふつと湧き上がって行く。

 

「返せ……その子を、返してくれーっ!」

 

 叫びながら、突撃を仕掛ける〝ストライク〟の行く手を──しかし、数条の光線が阻んだ。

 脇から〝デュエル〟〝バスター〟〝ブリッツ〟が現れ、ムウとキラを牽制する。

 ──邪魔をしないでくれ!

 苛立ちに苛まれるキラであったが、その間にも〝ディフェンド〟を抱えた〝シグー〟は、高速で離脱して行く。

 

「くそッ!」

 

 ──誰が、こんな結末になると予想した!

 応戦する〝ゼロ〟と〝ストライク〟であったが──完全に三機の敵機に丸め込まれ、活路が見出せない。

 痺れを切らし、ムウが叫んだ。

 

「──撤退だ、坊主!」

 

 その言葉に、キラが息を詰まらせ、絶句した。

 ムウの言葉は続いた。

 

「これ以上追って俺達までやられたら、元も子もねえ!」

「そんな……! ステラが、ステラが連れ去られたっていうのに!」

「聞き分けろ、坊主! これ以上は無駄だ! ヤツはもう、とっくのとうに離脱しちまった!」

 

 ムウの怒号が飛び、キラが強く、唇を噛み締める。

 ──嫌だ。

 ──認めたくない。

 ステラが……鹵獲されてしまうなど。

 〝ゼロ〟が転進し、宙域から離脱していく。

 ザフトの目的はおそらく──〝ディフェンド〟の鹵獲。その目的を達した今、追撃に出てくることは考えにくい。

 現実に──〝ゼロ〟を追撃する者はいなかった。敵機はすでに、戦意という戦意を喪失しているに等しい。

 ただ、こちらが〝シグー〟を追撃しようとすれば、徹底的に妨害して来るだろうが……。

 

 ──どうして。

 ──こんなことに……?

 

「ステ、ラ…………………ッ」

 

 やがて──〝ストライク〟は否応なく、〝アークエンジェル〟への帰路に着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 ステラ・ルーシェは、機体のコックピットの中で、完全に気を失っていた。

 頭部からは、一筋の血の河が流れ、その表情は、弱り切ったようにやつれ、眠りについている。

 

 

 

「〝ディフェンド〟および、そのパイロットであるステラ・ルーシェは、ザフト軍艦〝ヴェサリウス〟所属、クルーゼ隊による奇襲作戦によって鹵獲され────

 その後───〝ヴェサリウス〟へと連行された」

 

 

 これがのちに────ナタルによって書き下された、戦闘記録の内容だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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