~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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『少女たちの邂逅』B

 

 

 C,E,69年11月初め。十四歳の誕生日を迎えたばかりのアスランに、パトリックから突然の報告があった。

 

『──おまえの婚約が決まった。相手はあのラクス・クラインだ』

 

 アスランの頭に、雷が落ちた。

 当時から評議員として多忙な毎日を送っているパトリックは、普段から家を空けることが多かった。そんな父に「大事な話がある」と書斎まで呼び出されるや否や、アスランは短く言い渡されたのだ。

 

『婚姻統制については知っておろう』

 

 パトリックは説き明かした。

 ────〝プラント〟における婚姻統制制度。

 高度な遺伝子操作によって生み出されたコーディネイターには、遺伝子レベルでの生殖異常が存在している。端的にいえば、彼らには〝子どもが生まれにくい〟という点が確認されているのだ。

 ──遺伝子配列の相性によって、受精が成立しない組み合わせがあるのだとか……。

 問題点はそこであり、そうであるなら、対の遺伝子を持つ者同士であれば高い確率で子を産むことができのではないか? こうした論説は当時まだ一般的ではなかったが、加速する出生率の低下を打破するために、こうした婚姻制度の施行を〝プラント〟は決定したのだ。

 

 ──そして、アスランの「対」として選ばれたのが、ラクス・クラインだった。

 

 遺伝子の配列の合わない者同士の結婚は法律で禁止され、人々を困惑が襲う。

 当然、当人同士の自由意志を鑑みないこの法律は、公布された当初こそ大きな波紋を呼んだ。だから〝プラント〟は目に見える形で、大衆を納得させる必要があったのだろう。

 

 ──同年のクリスマス・イヴ。

 ──最高の遺伝子の相性を持つ、アスランとラクスの婚約発表が行われた。

 

 会場には多くの議員や関係者が招待され、余興としてダンスパーティーが催された。広い屋敷に招待されたアスランとラクスのふたりは、それぞれ、ドレスコードとしての夜会服に身を装っていた。

 ラクスの淡い桃色に彩られたレース細工のドレス。一方のアスランは端正なタキシード姿だが、その挙動は場に慣れないがためか、子どもらしいぎこちなさを残していた。

 揃って会場へ足を踏み入れたふたりを待っていたのは、視界を奪うほどの無数のシャッターと──〝歌姫の婚約者〟としてアスランを品定めするような視線、喧騒なまでのどよめき(・・・・)────

 

『あれが、ラクス嬢の婚約者の少年かね?』

『ラクス嬢の人気は厚い。あの少年も大変だな』

『でも、とてもよくお似合いのふたりですこと』

『ああ、生まれ出でた時から定められた者同士のようだ』

 

 ────だがそれは、すぐに感嘆と感動の賛辞へと変わった。

 バックミュージックが奏でられ、みなが男女で連れ添い合い、ダンスの準備を始めていく。その波につられ、アスランとラクスのふたりも、また手を取り合ってホールの中央へと移動した。本日の主役の登場によって、自然と彼らの周囲には、ふたりが踊れるだけの広いスペースが浮かび上がった。

 アスランがラクスの手を取り、ふたりが見つめ合うと、音楽が流れ始めた。優雅な音調に合わせ、ふたりがステップを踏んでいく。

 子供のころ、アスランはレノアにダンスを教わった。その頃は自分よりはるかに背の高い母を相手にしがみつくような踊りしかできなかったが、自分の肩に手を回したラクスの身は、自分よりも何回りも小さく、華奢であった。

 躓かぬよう、相手の瞳を真っ直ぐに見据える。さすが、ラクスはこのような社交界に慣れているのか、その表情に緊張しているような色は伺えない。お互いに顔を見つめ合っていると、そんなアスランの不意を打つように、突如、ラクスが、にこり、と微笑んだ。花が綻ぶような、吸い寄せられる美しい笑顔に、アスランが顔を真っ赤に染める。それを見て、ラクスの表情がさらに綻ぶ。

 

 穏やかな時間が流れたそのときだった。

 会場のエントランス方面で、再びどよめきが巻き起こったのは。

 

 踊っていた者達は一連の騒ぎに足を止め、一様に目を丸くしてそちらへと視線を投げかける。主催者であるパトリックやシーゲルは、騒ぎを確認するために足早にどよめきの上がった方へ駆け寄っていく。

 ──何か、問題でも起こったのか?

 アスランもまた、騒ぎの正体を突き止めに爪先をそちらへと向けたが、数いる議員に制された。ラクスは目をぱちくりとさせながら、声のあがった方を訝しんでいる。

 なにやら、会場の入り口にひとり、可憐な少女が現れた……

 

 いや────到着した(・・・・)らしい。

 

 それが騒ぎの原因になって、多くの者達の喧騒を呼んだ。そのどよめきは何も、テロリストが現れた等の手のモノではなく、ただ単純に、その容姿に感嘆の声を漏らした結果だった。

 「現れた少女」の可憐な容貌が、男性のみならず、その場にいた女性さえも釘付けにしたのだ。

 

 パトリックの娘が、会場に遅れて到着した。

 

 レノア・ザラと共に、リムジンから連れ出されるように降り立ったその存在に、一同の注目が集まる。

 蜂蜜に金粉を振りまいたかのような、独特の輝きを放つ金髪はまばゆく────ふんわりとした柔らかさを強調しつつ、肩の上のあたりで切り揃えられている。前髪は少しだけ目にかかり、身を纏うホルターネックのドレスは、なめらかな曲線を描いて垂れるヴェールのついたデザインで、こちらもまた、物柔らかな印象を受ける。童話に出てくる少女のような容姿には、スカイブルーに彩られたリボンで飾られたカチューシャがアクセントとして付け加えられ────あどけないまでのその服飾は、まだ幼い顔つきの少女によく似合っている。

 まだ、年端もいかぬ────齢にして、十二の少女だ。

 

『ステラ……!?』

 

 一連の騒ぎを引き起こしたのが、自分の妹であることを理解したアスランは、

 

『も、申し訳ありません、ラクス! ……あれは、ぼくの妹なんです』

 

 伏し目がちに、彼女を見遣った。

 よりによって──遅刻したステラが、たとえ一瞬でもみなの注目を引き、ラクスよりも目立ってしまった。この行為は、今日の主役であるラクスに対して、大変な失礼を働いたも同然だろう。

 だが、深々と頭を下げるアスランに、ラクスはにっこりと微笑んで「お顔をあげてくださいな」と、返した。相変わらず罰が悪そうに顔を上げた少年に、彼女はほんわりとした笑顔を浮かべると、鷹揚と訊ねた。

 

『可愛らしい妹御様ですわね。お名前は、なんと申されますの?』

 

 きょとんとするアスラン。

 アスランは今日に至るまで、数回としてクライン邸を訪問する機会を設けて来たが、いかんせん出逢ってからの期間もまだ短く、妹のことを紹介したことがなかった。

 しかし、初めて見る婚約者(アスラン)の兄妹に、ラクスは興味津々だった。

 アスランは慌てたように、お名前? と口内で反芻した後、紹介の席はこんな形でいいのかと逡巡しながらも、やむを得ず、切れ切れに答えた。

 

『ス……ステラ、と』

『まあ、素敵なお名前ですわ』

 

 言うと、ラクスはゆったりと歩を進めて行ってしまった。

 悠然と歩いてゆくラクスの進路には、自然と人の掻き目が浮かび上がり、ステラへと続く、真っ直ぐなスペースが空いた。

 ステラの前へと辿り着くと、率先してラクスが辞儀を行い、ステラに腕を掴まれているレノアが優しく微笑んだ。レノアへと会釈を交わすと、ラクスは次に、俯くステラに顔を向けた。

 

『こんにちは』

『こ、こんにち、は……』

 

 優しく話しかけるラクスに対して、ステラは緊張しているのか、レノアの腕に離れまいと抱き付き、警戒しているような上目遣いでラクスを見上げた。

 それを見て、ラクスはすこしだけ苦笑した。

 この時のラクスは、アスランやその家族に対して、ある負い目を感じていた。

 「ラクス・クラインが婚約者になったから」────この既成事実が大事になって、アスランを筆頭に、ザラの家族は〝プラント〟中の注目を浴びるようになった。

 つまり、世間の目に晒されるようになったのだ。

 

 だからそういった意味では、ラクスはアスランやステラに対して、ひどく申し訳ない気分になるのだ。

 

 平穏に暮らしていたはずのアスランやステラを、公的な世界に連れ出してしまった。

 ステラの容姿にどよめきが起こるくらいなのだから、もしかすると、ステラの方は今回が表舞台への初登場(デビュー)だったのかもしれない。

 ラクスはすっかり慣れてしまったが────無数の好奇の視線に晒されれば、誰だって、いい気分はしないだろう。──ステラがこうして周囲を警戒しているのも、無理のないことだ。隣にレノアさえいなければ、途端に踵を返して、会場から出て行ってしまうような気がする。悩ましい機微を察したラクスは、やんわりと言葉を続けた。

  

『そうお固くならないでくださいな? わたくしはラクス・クラインです。アスランがいつも、お世話になっております』

 

 年が近いこともあって、まずはお友達になりたい、というニュアンスを含め、ラクスが小さく頭を下げる。

 ──その挨拶は、すこし間違っているんじゃないのか……。

 そう思いながら、アスランがラクスの背後から、続くようにしてやって来た。アスランの姿を視界に捉えたステラの表情が、すこしだけ緩む。

 ラクスの隣に、アスランが位置どる。その時、ホールを通行していた男性の議員が数人、ラクスの真横を横切るように、足早に歩いて来た。それを察知したアスランは、突発的にラクスの肩を抱き、自分の身体へと引き寄せた。急に引き寄せられたラクスのはドキッとして、ほんのりと頬を赤く染めていた。アスランの方は、ほとんど無自覚の行動だったらしく、彼女の身体を受け止めてから数秒後になって、自分の姿勢を顧みて顔を真っ赤に染め上げた。──あのラクス嬢の華奢な身体を、これほどまで身近に引き寄せたのだから。

 すいません、つい……と顔を真っ赤にして弁明の声を漏らすアスランに対して、ラクスは胸奥で高鳴る心拍を掌で抑えつつ、できるだけ平然を装い、ありがとう、と柔和に微笑み返す。

 なんて、初々しいのでしょう。

 ふたりの様子を見つつ、レノアが幸せそうに微笑んでいると、一連の流れを垣間見ていたステラは首を傾げ、アスランに問い詰めた。

 

『……アスランのお嫁さん?』

『ぶふっ』

 

 せめて名前で(ラクスと)呼んであげてくれ。

 アスランが思わず噴き出した。

 

『あらあら』

『?』

『ス、ステラ違う。ステラ、それは違うぞ……』

『違いませんわ、アスラン。私はいずれ、アスランのお嫁さんになるんですもの』

『ラ、ラクスまで……!』

 

 ──そういう話まだ、気が早いんじゃないか!?

 アスランは顔面を青くしたり、赤くしたり、せわしなく表情を転げた。

 それを見たラクスが、口に手を当ててくすくすと微笑む。

 桃色の花が揺れるようなラクスの笑顔を見、ステラの強張っていた表情が綻んだ。

 

『ステラって、いいます……あの、その…………よろしく、おねがいします……!』

『はいっ、こちらこそ、よろしくお願いしますわ』

 

 普段は心を許し、打ち解けた者にしか滅多に応答しないステラが、ラクスの言葉に応じるのを見て、アスランはふと、小さな驚きを憶えた。

 初対面の相手には、相変わらずぎこちなく、舌足らずなステラだが、口下手なりに、懸命に挨拶をしている。

 ──だがいったい、何をよろしくやっていくというんだ……。

 ふたりとやり取りをアスランが怪訝に思っていると、間のレノアがアスランに微笑みかけ、言った。

 

『両手に花ね、アスラン』

『…………は?』

 

 肝心のアスランは、母に云われた言葉の意味が理解できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〝ヴェサリウス〟に帰投したアスランは、艦の窓から宇宙の様子を眺めていた。

 足つきにラクス・クラインが乗っている可能性が示されている以上、ザフトは〝プラント〟の正規軍として下手に攻撃を仕掛けることはできない。そのため、艦内の戦闘員には待機が言い渡されていた。

 だが、待機命令にも関わらず、アスランはパイロットスーツを着たまま、それを一向に脱ごうとはしなかった。いつでも出撃できるようにしていたいという、それはこと誠実なアスランらしい心境の現れだろう。

 

 ──ラクスの安否が気になる……。

 

 不吉な話、人質とは生きているからこそ、その意味と価値を成すものだ。

 ならば、ラクスの「生存」は確実だとしても、だからといって、それは「安全」と同義ではない。生きてさえいればよい彼女(それ)が人質として十分な役割を果たすなら──アスランが懸念する可能性は、考えただけでも身の毛がよだつ危険性でしかない。地球軍が、敵国の捕虜に危害を加えないとは限らない、ということだ。

 

「ええいッ」

 

 あれやこれやと心配になって考える内に、アスランの中にとてつもない不安が押し寄せ、堪らなくなる。

 途端に、ナチュラルが蛮族のように考えられてしまう。

 コーディネイターである彼女(ラクス)が、地球軍(ナチュラル)に不本意に責め立てられてはいないだろうか?

 アスランは普段から冷静で、悪く言えば関する所以外には無頓着な部分もあって──取り乱すなど滅多にない、と彼の同僚は口を揃えて答えるだろうが、この時のアスランはたしかに、状況に狼狽えていた。

 

 ──足つき(アークエンジェル)にはステラが乗っている……ラクスが捕虜として、邪険にされていることはないと思うが……。

 

 昔からステラは人見知りが激しかったが、ラクスの前では、素直に自分をさらけ出していた。というより、ふたりは昔から、広い意味で同調していたような気がする。

 ステラはラクスを慕い、ラクスもステラを愛でていた。──そういう意味では、ラクスの理解者(ステラ)が足つきに居合わせているのだから、アスランの不安もいくばかりか軽減される。

 

 だが──予想もしなかったステラの生存に、ラクスもきっと、驚くことだろう……。

 

 宇宙の景色を眺めながら、アスランはすこし、胸が痛くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〝アークエンジェル〟居住区の一角。

 ドアロックが比較的厳重な一室が、捕虜であるラクス・クラインに貸し与えられていた。もっとも「ハロ」と呼ばれるボール型のロボットを前にしては、その厳重なドアロックも意味などなさないが、ステラとラクス、そして仲介人としてキラの三人の姿が、その部屋の中にはあった。

 

「────そう、でしたの」

 

 キラからの説明を受け、ラクスが小さく声を漏らす。ステラの過去と境遇を代弁(かた)ったのは、ほとんどがキラの口であった。

 ラクスはできるだけ冷静に腰を据え、キラの口から紡がれる真実を、真摯に聞き止めた。

 

「すみません、わたくし……ステラさんを見た時、とても取り乱してしまって」

「仕方ないですよ、僕も、初めて見た時は本当に」

 

 ──同じような対応を取ってしまいましたし。

 話すキラの口元に、わずかな苦笑が浮かぶ。

 ラクスは安堵のようなため息を小さく漏らすと、ふいと顔をあげ、目前に座すステラの姿を見据えた。

 

「っ…………」

 

 あどけなさを残す、少女の顔をまっすぐに見据えれば──ふんわりとした金色の前髪の合間に、翡翠色の眸が映し出される。ラクスの表情から困惑の色がすぐに消えることはなかったが、ステラを映す水色の双眸には、たしかに、懐古の優しい色が浮かんでいる。

 離れ離れだったことを考えると、ちくり、と胸が痛くなる。何もしてやれなかったことを偲ぶと、後悔が湧き上がってくる。

 儚げな少女は──ラクスが知っている頃の彼女よりも背が伸びて、顔つきも端正になっている。

 

 ……お胸は、いつの間にかわたくしよりも大きくなっているのではないでしょうか?

 

 最後にすこしだけ微妙な感情を抱いたラクスであったが、それだけ、もう二度とは取り戻せない空白の時間が過ぎてしまったことを痛感する。

 ラクスがふわりと立ち上がり、ゆっくりとステラへの距離を詰めた。そしてゆっくりと、その存在を確かめるように、ラクスはステラの身体を抱き寄せた。

 

「本当に、良かったですわ……」

 

 柔らかな感触に包み込まれたステラは不意に、鼻先を掠る髪の匂いに、妙な懐かしさを憶えた。

 ──どこか懐かしくて、どこか優しい、安心できる匂いだ…………。

 ステラは自然と安堵して、ラクスの背中に腕を回していた。これまで散々、他人に操作されて来た記憶を呼び起こすことは容易ではなかったが、ラクスという人物に、頼れるだけの安心感を覚えたのは確かだった。

 数秒の抱擁の後、ふたりの身体が離れる。

 不意に、キラが尋ねた。

 

「じゃあ、この〝ハロ〟っていうロボットは、ふたりともアスランに造ってもらったものなんですか?」

「ええ、アスランは、いずれ私が結婚する方ですから」

「け、結婚……?」

 

 キラはぎょっとして、その目をむいた。

 ──アスランに、婚約者(フィアンセ)が……?

 キラの中で、それは、いまいち実感のわかない話であった。

 ──でも、そうか……。

 幼年学校時代、キラとアスランは親しい友人関係にあった。アスランはキラにとって、いつでも隣に立っていたような、身近でかけがえのない親友だった。だがそれは、アスランが身分を隠していたから起こった「偶然」でしかなく、著名な政治家を父に持つアスランとキラは、本来ならば、住んでいる世界が違っていたはずなのだ。

 そう考えるとキラはすこしだけ、暗い気分になった。

 

 思い出はどんなに身近でも、現実を思い知れば、アスランと自分ではこんなにも距離があったのかと。────卑下に似た想いが、かつての親友との隔絶した距離を作り出すようで。

 

 ──ずっと隣にいたつもりで、見ていた景色は、全然、違っていたのかもしれない……。

 

 キラが思慮していると、その時──ふと、キラ達のいる部屋のドアが開いた。

 ドアの開放音にハッと顔を上げたキラは、咄嗟に身構え、ラクスの前に躍り出た。だが、目の前に立っていた人物は、両手の空いたサイ・アーガイルであった。

 

「サイ?」

 

 目の前にいる彼は今は、恐慌していたフレイを看取っているはずだ。──サイは、フレイの婚約者なのだ。

 サイの表情にはすこし陰が落ち、伏し目がちに浮かない顔をしている。──どうやら、ラクスに危害を加えようとしているわけではないらしい。

 警戒を解いたキラが、ゆっくりと訊ねる。

 

「どうしたの?」

「キラ、その……ちょっと、話があるんだ」

「えっ?」

 

 どうやらサイは、キラに個人的な用事があるらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「────あなたはこれから、どうなさいますの?」

 

 サイに呼び出されるようにして、キラが部屋を後にした後────部屋に残されたラクスが、ステラに訊ねていた。

 それは、当然の質問だった。

 そもそも、ラクスにとっては、ステラが地球軍の戦艦に乗り合わせている理由が、いまだに計り知れていないのだ。コーディネイターである彼女は、ラクスと同じように捕虜として囚われているならまだ合点が行くが、よりによって地球軍の軍服を着ている。

 つまり、ステラはキラと同じように、コーディネイターでありながら、その存在をこの艦の乗務員には(一応は)認められているのである。

 ゆったりと尋ねるラクスは「自分がこれからどうなるのか」──という質問はして来なかった。

 地球軍に捕まった捕虜として、彼女の方が、よほど行き先が不透明で心許ない想いをしているだろうに……。

 敢然と佇む振る舞いや表情に、不安の色は見えない。「それ」を必死で隠しているのか、はたは、本当に気にしていないのか──政治家が見せるような強さが、そこに垣間見えるようだ。

 

「これから……」

 

 訊ねられたステラは、言葉に詰まった。

 ──これから、自分はどうしていくのだろう?

 キラや、ミリアリア達を「まもり」たいという自分で掲げた自分の信念は、信じて行っても良いものだと思っている。──だから、ザフトは敵。

 敵は、倒すもの。

 なら────アスランも、倒すのか? 倒さねばならぬのか?

 

 ──ただ命令を待っているだけの「ステラ・ルーシェ」は────もう、存在しない。

 

 〝わたし〟はもう「兵器(エクステンデッド)」じゃない……以前がどうであれ、今の〝わたし〟は────ひとりの「人間」だ。

 これからどうしていくのか────ラクスの尋ねる通りに、自分で、自力で、決めていかねばならない。

 どうしていきたいか(・・・・・・・・・)を、これからは見つめて行かなければならない。

 

 生き様を指示してくれる人も既にいなければ────それを指示する他人に従う必然も、彼女の中には既にないのだから。

 

 だが、急に「やりたいことを見つけろ」と言われても、それはステラにとって無理な相談でしかなかった。

 彼女は今まで、すべて「命令」によって行動してきたのだ。そこに突然「意志」を求められても、咄嗟には決断できそうにない。

 だからこそステラは、参考にはならないかと、ラクスに尋ねていた。

 

「ラクスは、これから、何をしていきたいの?」

「わたくしですか?」

 

 囚われの彼女に、その質問は無意味であったが、ラクスは小さく微笑み、曖昧に答えた。

 

「『平和を祈り、平和を歌っていければ』と────」

 

 遥か遠くを見据えたような言葉に、ステラは────首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 キラはサイに連れ出され、サイに貸し出された居住区の一室へとやって来ていた。

 この時、キラの心境は決して穏やかではなかった。

 先刻、食堂で、サイはキラに対して────荒々しく「出ていけ」と叫んでいる。それは精神が恐慌していたフレイを庇うための言葉だったとしても、自分とは違う者(コーディネイター)に対する敵意や悪意が含まれていたと捉えても、不自然ではないほど荒っぽい言い草だった。

 現実に、その言葉のせいで、キラはサイに拒絶されたと思っていた。だからこうしてサイに連れ出されるのが、不安で仕方がなかったのだ。

 

「さっきは、ごめん……」

 

 サイから告げられ、キラはその目を丸くした。

 

「サイ……?」

「さっきのことだよ、俺、あんなこと声高に叫んじゃっただろ? 今考えたら、ひどい言い方だったなって、気になってさ……」

 

 サイはゆっくりとベットに腰かけ、キラは呆然として、その場に立ち尽くした。

 それを見て、サイが苦笑したように「まあ、座れよ」と一言、言葉を挟んだ。一応、サイはキラ達よりひとつ年上で、こういった気遣いに気が付ける人物なのだ。

 キラが言われるまま、ゆっくりと向かいのベットに腰かける。サイは両肘を膝の上に乗せながら、続けた。

 

「あのまま、お前たちが食堂(あそこ)にいたら、フレイがもっと取り返しがつかないことを言うんじゃないかって思ったんだ。だから、出て行け、なんて言っちゃって」

「あ、えと。……そう、だったんだ……」

 

 サイが沈鬱な表情をしているのに気付き、キラはそこで、自分の中の警戒心が払拭されて行くような気がした。

 どうやら、拒絶されたわけではないと確認でき、キラはすこしホッとした。同時に、サイは元々、かくも人柄が良い自分たちのまとめ役と知っていながら、不安になった自分がすこし情けなく思えた。

 

「そ、れで……フレイの調子は……?」

 

 キラは畏まるようにして、サイに訊ねる。

 サイの敵意は単なる思い過ごしだったと判ったが────父親を亡くしたフレイが、自分に向けて来た感情は、たとえ精神が不安定な状態で放たれたものだとしても、疑いようがなく──。

 

「その話、なんだけどさ」

 

 それまで顔を伏せていたサイが、不意にキラを見据えた。唐突に目が合い、サイらしい真摯な眼差しに、キラはすこし狼狽えた。

 キラの視線が数秒、天井を泳いだ後、すぐにサイへと戻される。

 

「キラも聞いてたろ? フレイの言った言葉…………あれ、どこまでが本気だと思う……?」

「えっ?」

「ほら……『おまえさえいなければ』って────ステラに対して、言いかけたことだよ」

 

 キラの身体が、凍りついた。

 思えばキラはあの時、苦戦した戦場から帰投したばかりで、とても落ち着いているような状態ではなかった。狂乱したフレイに敵意を向けられたことは理解していたが、何を言われたのかまでは、しっかりと咀嚼していなかった。まさか、そんなことを言われていたなんて。

 ──おまえさえ、いなければ?

 その言葉を反芻して、キラが茫然と視線を落とす。歯切れが悪そうに、サイがその先を続けた。

 

「お前を責めるつもりはないさ。ていうか、この艦の誰にも、責めることは出来ないと思う。さっきの戦闘だって、俺達のために頑張ってくれただろ? ……でも、フレイのお父さんが殺されたのは、もう、どうしようもなくってさ」

 

 キラがあの時、〝モンドゴメリ〟をしっかりと護衛していれば────状況は自然と、違っていたかもしれないが。

 

「フレイは、キラがステラを助けに行ったせいで、お父さんが殺されたと思ってるみたいなんだ」

「そんなっ……!」

「もちろん俺は、フレイを悪く言いたいわけじゃない! でも、帰って来たステラを睨んだ、あの時のフレイの顔が……どうにも頭から離れなくって」

 

 狂乱していたとはいえ、フレイがステラに見せたあの時の敵意は────冗談では済まされないような気がすると、サイはキラに打ち明けた。

 

「なんだか、怖くってさ。そんなの結局、フレイの逆恨みにしかならないけど、まして、ステラとは女の子同士なんだし」

 

 もともと、フレイはコーディネイターに対して、過剰ではないにしろ、一定までの偏見を持っている節がある。

 それが今回の出来事で、跳ね上がらないとも限らない。

 父を守れなかったキラとステラは、地球軍で戦うコーディネイターで、そもそもの根源を辿れば、戦争をしている相手は〝プラント〟で、父を殺したのもコーディネイターなのだから。

 

「でも…………そんなの、どうしようも、ないだろ……?」

 

 キラにとて、一切の非がなかったわけではない。

 キラは先遣隊の掩護のために〝ストライク〟で出撃し、最終的には先遣隊ではなく、僚機(ディフェンド)を援護していたのだから。

 だがそれも────あまりに無謀な戦況であったことを考慮すれば、キラの行動は的確な判断であった可能性の方が高い。たかだが〝アークエンジェル〟一隻で、護衛目標(おにもつ)を抱えつつ、ザフトの艦隊を相手に立ち回れるわけがないのだから。

 キラの言うことは、たしかに的を射ている。

 サイの心境は複雑だろうが、フレイの幸福を選んでいたら、ステラはあの場所でやられていたのかもしれない。

 

 そう、

 こんな議題は過ぎてしまった今────どうしようもないのだ。

 

「落ち着いたら、フレイもその内、きっとわかってくれるよ……。あの時は、フレイもパニクってただろうしさ……」

 

 一方的に父親を殺されたショックを知らないキラのその言葉は────とても無責任で。

 それでもキラは────そうであって欲しいだけだと、ただ願った。

 

 

 

 

 

 





 アスランやラクス、ステラの出会いやなんやら、彼らの関係を掘り下げていく場面っていうのは、閑話として、本編とはまた別枠で、いろいろと考えたいですね。
 ダンスパーティを初めとして、かつての彼らにどんな交流があったのかとか、考えただけでも文章にしたくてたまらないです(笑)


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