~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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 感動の親子再会、なるか……!?




『〝アプリリウス・ワン〟』B

 

 

 

 

 モビルスーツとは、人型機動兵器のことを指した言葉である。

 戦争が激化している今の情勢下でこそ、それには当然のように武装が施され、一般的には「兵器」として扱われている。しかし元来、それは宇宙空間での人間の活動域を広げるために造られたものである。何も、初めから人を殺すため、敵を撃墜するために存在していたわけではないことが、時を遡れば、はっきりと断言できるものだ。

 これを言い換えてしまえば、モビルスーツの起源とは──宇宙空間での人間の船外活動を可能とする、ただの「大型の宇宙服」のようなものでしかなかった、ということである。

 モビルスーツ開発の黎明期ともなったC.E.65年。人型機動兵器の第一号にして、宇宙探査を行うための「試作用MS〝ザフト〟」が開発された時、その機体に込められた人々の願いは、間違っても人を殺めるという悪意の許に掲げらえたものではなかったはずだ。コーディネイターがコーディネイターのために造り出した人型機動兵器。それこそが本来、モビルスーツと呼ぶべきものなのだと、ザフト軍創設の第一人者として立ち上がった、パトリックは自負している。

 

「モビルスーツは、かねてより、ナチュラルには必要のないものだった。だからこそ必定、奴等には扱えぬし、奴等には縁のない代物でしかなかった」

 

 許可されたアスランが執務室に入室すると、そこには、父パトリック・ザラの他に先約がいた。それは、父の秘書らしき人物だった。

 パトリックはその人物と会話をしている。いや、見方によっては独白を語っているようにも聴いて取れた。

 

「ナチュラル共がモビルスーツを開発できたとしても、所詮は実用性に及ばぬ、猿真似にしかならぬと踏んでいたが──」

 

 元々、モビルスーツは、コーディネイターによる宇宙探査のために造り出されたもの。地球に残ったナチュラルには、それは無用の存在だったと──パトリックは主張する。

 

「オーブ連合首長国め、中立を翳しながら、地球軍に軍事力(ちから)を貸しおって」

「所詮、あの国も地球に属する国家のひとつ、ということでしょう」

 

 秘書が、ぴしゃりと付け足す。

 パトリックが鼻を鳴らした。

 

「ナチュラルは、どこまで行こうとナチュラルか」

 

 〝オーブ〟は〝ヘリオポリス〟にて、極秘裏に地球軍と共謀し、地球軍の最新鋭機動兵器を開発していた。地球と〝プラント〟双方に良い顔を浮かべて来た〝オーブ〟の────裏腹の部分が露呈した。この問題を糾弾され、〝オーブ〟連合首長国の代表は辞任に追いやられたそうだが。

 

「かつて、史上初の新人類(デザイナーヒューマン)となったジョージ・グレンは、我々に云った。──『ヒトとヒト、ヒトと宇宙を繋ぐ調停者(コーディネイター)であれ』とな」

 

 それは、この戦争が起こるよりも前、世界が二分化されるよりも以前の話になる。

 コーディネイターの多くが地球を離れ──〝プラント〟という宇宙空間に生活の拠点を移したのは、より「宇宙」に近い場所にて「それ」を研究するためだ。

 あらゆる学会における、博識なコーディネイターの台頭が進み、それにより時代は大きく移ろい、世界全体の文明は瞬く間に開化する。

 躍進的に、人類の宇宙進出が実現した。

 そうして、多くのコーディネイターが地球の外側に進出し、益々として、地球外世界への関心を高めて行った。

 木星探査という革新を果たしたジョージ・グレンの跡を継ぎ──ヒトと、未知なる闇に包まれた広大な宇宙とを繋ぐ架け橋になるため。または、人類の現在と未来を紡ぐ者──「調停者(コーディネイター)」となるために。

 

「我々は調停者として進化することを選び、革新を勝ち取らんとした。だが」

 

 だが──その結果、旧来のナチュラルだけが、地球に取り残される事態を招いてしまった。

 時代の波に乗り遅れたナチュラルは、先進した研究を進め、地上に縛り付けられた自分達とのあらゆる「差」を隔絶的に開きつつある、天上のコーディネイターを妬んだ。

 その感情はやがて、宇宙に上がらず、地球に残った少数派のコーディネイター達へ、矛のような形を象って向けられるようになった。

 

「古い時代に縛られたナチュラルが、それを阻害した。地上に残ったコーディネイターを弾圧し始めたのだ」

 

 行き場を失い、居場所を求めて流浪した彼らは、やがて、地球圏における唯一の逃げ場(・・・)……いや、あえて可笑しな表現を用いるのなら、理想郷(ユートピア)というべき、ひとつの拠り処を発見する。

 それこそが、ナチュラルとコーディネイターの共存を訴えた中立国家────〝オーブ〟連合首長国である。

 パトリックもまた「地球に残った同胞達を匿ってくれている」という意味に限っては、その国に肯定的な一目を置いている節があったのだが、今回、見事に裏切られた。

 

「コーディネイターを匿う唯一の国家であるからこそ、そこは地球圏で唯一、コーディネイターを合法的に利用できる国へと化ける」

 

 姑息なやり口だ。

 だからこそ〝モルゲンレーテ〟は、高性能なモビルスーツを開発できていた。

 その兵器を開発できるだけの技術を、たかが中立国が持ち合わせていた。それもおそらく中立国だからこそ、コーディネイターの力を借りたのだ。

 

「ザラ委員長、所詮はオーブも、ナチュラルが主導する国家です」

「国への安住を交換条件に、コーディネイター達にモビルスーツの開発を促したか。脅しのような形をとれば、彼らに拒否権はない」

 

 開発力や技術力、生産力。

 あらゆる点でナチュラルでは大成し得ない分野の事業を、保護した恩賞にコーディネイターに担当させ、成し遂げた。その結果、ナチュラルだけで構成される地球軍よりも、優位な力を身に付けていた。

 まるで────狸ではないか。

 

「地球軍も地球軍だな。コーディネイターの存在を否定していながら、奴等は結局、コーディネイターの力(モビルスーツ)に頼っている。──なんという、愚かな矛盾か」

 

 その意見に、アスランも妙に納得してしまった。

 ──〝足つき〟もそうだった。

 結局、あの艦もコーディネイターであるキラの力を借りている。それだけでなく、ステラを前線に送り出し、挙句にはラクスの身柄を盾に取った。

 彼らが生き延びているのは、他ならぬコーディネイターの活躍があってこそだ。

 

「これは我々に対する重大な裏切りだ。〝オーブ〟は軍事力を隠し持っている……やはり、ナチュラルを信用すべきではなかった」

 

 怒りに握られたパトリックの拳が、デスクに叩き下ろされた。

 

若者を薬漬けにして(・・・・・・・・・)戦場に送り出したこと(・・・・・・・・・・)を考慮すれば……! いかに奴等が愚かな種であるのかが、よく分かる」

「……ッ!」

 

 アスランの肌を、悪寒がなぞった。

 ──そうか。

 ──父はもう、その事実を知っておられるのだ……。

 父の怒りは、それから生まれたものであろう。

 アスランが暗い面持ちで視線を落とした時、パトリックと話す秘書が、彼の存在に気付いた。おや、と漏らすと、パトリックもアスランの存在を認めた。

 ややあって、秘書が退室しようと踵を返す。親子ふたりで会話する機会を、設けるためだ。

 秘書の男が退室し、パトリックとの距離が開いたまま、アスランは唇を噛みしめ、

 

「……ザラ国防委員長」

 

 意を決したように、呼びかけた。

 父上、と呼ぶことは、普段からアスランには許されていない。国防委員長と一兵卒、という肩書きの許に、にべもない応答を交わすのが、二人の中で通例となっているのだから。

 

「遠いな。もっと寄れ」

 

 かけられた言葉には、不思議と冷たさが感じられなかった。

 それどころか────どこか、暖かい。

 アスランは胸中で驚いていた。──いつもなら父は、自分を鑑定(ねぶみ)するような目で見ては、失望した顔ばかり浮かべるのに。そんな目で見られる度、どこか腹立たしくて、どこか申し訳ないような気分になるのに。

 今回はどうしてか、それがなかった。

 ──ひとりの血を分けた息子として、純然と見てもらえている……気がする。

 不思議な感覚だ。

 パトリックは常に、アスランの教育を徹底していた。厳しく接し、家族であろうと甘えることを許さなかった。碩学であるべき〝プラント〟最高評議員の子息が、あまりに蒙昧では立つ瀬がないという観点からだろうが、常に突き放すような視線を向けられたことしかなかったのだ。

 

「……クルーゼからの報告書は受け取ったぞ」

 

 アスランを見据え、パトリックは、あくまで事務的な口調で続けた。

 

「世間から見た公の関係は、今は棄て置いても良い。おまえと私は、今は(・・)ただの人間で、血の繋がった親子だ」

 

 掛けられた言葉に、アスランが唖然とする。

 ──父の視線が、いつもより遥かに柔らかい。

 忙殺されるような日々を送るパトリックが、今は、感情を滲ませた、良い意味で人間らしい顔をこちらへ向けている。

 

「では、父上と、お呼びしても?」

「今だけは、好きにしろ」

 

 思い切ってアスランが訊ねると、意外にも、それはあっさりと承諾されてしまった。

 ──父上と呼ぶ。呼べるのなんて、きっと久しぶりだ……。

 遠い昔の呼び名を使った時、胸の内が、不思議とくすぐったくなった。父上だなんて、久しいを通り越して、懐かしい。

 

「おまえと、家族としての話(・・・・・・・)をする。まさか、こんな日が来ようとは思わなかったがな」

「……オレもです」

 

 アスランは自然と、砕けた一人称を用いた。

 パトリックと、家族として会談できる席など設けたことがない。いや、より正確に云えば、互いに設けようとしたことがなかった。

 

家族についての話(・・・・・・・・)だ」

 

 パトリックが、そこで顎でしゃくり、執務室の窓側を示唆した。

 夕日が照らした、朱色がかった室内。懐疑しながらアスランがその方向を顔を向けると、ホイールのついた可動式の医療用ベッドが、この執務室に運び込まれているのが目に入った。

 

「──結論から云う」

 

 その上には、衰弱して眠るひとりの少女の姿もある。

 アスランの目が、ぎょっと驚きに見開かれた。

 

「わたしはステラが還って来たことに対して、感嘆はしたが、感動はしていない」

 

 短く、言い切った。

 場に沈黙が流れる……いや、応答するべきアスランがしばし、身動きを取ることを忘れたのだ。呆然と立ち尽くし、その言葉の意味を把握するまで、多少の時間を要す。

 硬直した彼に、パトリックは言葉通り、一切として感動した様子を浮かべない。

 

「よくぞあの娘を連れ帰った(・・・・・)。そのことに関しては、おまえやクルーゼにわたしから他に送れる言葉がない。ただ家族として、父親として、感謝するだけだ」

連れ(・・)帰った(・・・)……?」

 

 強かに震えた声で、アスランは、その言葉を反芻する。

 ──おかしい。

 アスランは即座に、自分達の話が噛み合っていないことを理解した。お互いの認識が、明らかに食い違っていることに気付いた。パトリックは、あくまでも彼の調子(ペース)で話を進めている。アスランの動揺を、まるで気に留めていないと云わんばかりに。

 

 ──ステラは、殺されたのでは、なかったのか……?

 

 パトリックの今の言い方では、初めからステラは生き延びていたかのような──

 困惑するアスランが叫んだ。

 

「ど、どういうことですか? ステラが生きていたことを、父上は、初めからご存知だったと!?」

 

 愕然として、血の気の失せた表情を浮かべ、食いつくような姿勢で訴える。

 ──アスランの認識だけが、食い違っていた? 

 ステラの生存を、平然として受け入れているパトリックを前にして、アスランだけが、ステラが死んだと誤解していたかのような錯覚に囚われる。

 ──いや、そんなはずがないっ!

 ステラの慰霊碑は、既に立ててあるのだ。レノアの隣に。

 〝ユニウスセブン〟事態が無残な散り方をしたため、そこに彼女達の遺体が埋められているわけではない。だが、それにしても慰霊碑が立っている時点で、誰もが彼女が殺されたものとして認識しているということだ。アスラン個人の勘繰りで済むような問題ではないのだ。それなのに、この対応は何だ……!?

 

「──おまえには言わなかったが」

 

 云いながら、パトリックはデスクの引き出しから、束になった一冊の書類を取り出した。

 それを差し出し、アスランにぐいと突きつける。受け取ったアスランは、目を丸くした。

 

「これは……?」

「港から預かった、シャトルの出航記録だ。一年前のな」

 

 目を通せば、着港先の〝プラント〟の名に見覚えがあった。

 それは、アスランがザフトに志願するよりも前、留学のため親元を離れ、ひとり生活を送っていた〝プラント〟の名だった。

 書類の日付と時刻を見れば──「C.E.70年 2/14 8:00」と記載されている。

 パトリックから指定された頁を開く。一面に、シャトルに乗り合わせていたであろう搭乗員ないし、乗客全員の名が一覧に列挙されていた。

 

「え……っ」

 

 次の瞬間、アスランの目が、ぐわりと見開かれる。

 記載されている名の中に────「Stella Zara」という、文字を見つけたからだ。

 おそらくこの出航記録は、着港先の〝プラント〟からパトリックが取り寄せ、後生大事に保管していたのだろう。

 この書類が示している、照らし出している事実は、ひとつだ。

 血のバレンタインの日。偶然にもステラは午前の便で──〝ユニウスセブン〟を出航していたということ。

 ──しかしいったい、なぜ……!?

 出航時間から判断するに、出航はおそらく、核ミサイルの着弾を許すよりも前だ。

 膝が震え、頭から、血の気がさあと一斉に引き返ってゆく。

 慄然とする彼に、パトリックは滔々と続けた。

 

「核ミサイルが〝ユニウスセブン〟に着弾するよりも先に、ステラは港を発っている──その事実を記録付けた、揺るぎない証拠がそれ(・・)だ。生存が絶望的だったレノアと違い、実はあの娘には、強い生存の可能性が残されていた」

 

 ──父はこの事実を、前もって知っていた……?

 震撼した様子で、アスランはパトリックを見据える。激しく動揺する視線は、出航記録を記した書類と、パトリックと、交互に向けられた。

 

「世間はこの日、バレンタインだ。私が関与したことではないが、大方、あの娘には、着港先に気になる男子(おのこ)でも居たのかもしれん」

 

 まさか、あの父の口から、女子の恋愛談を聞くことになろうとは。

 不慣れを通り越して、いっそ不気味に思えたアスランであったが、しかし、今はそれどころではなかった。

 過度の驚きの感情が、気味の悪さを大きく凌駕していた。

 ──つまりは、なんたる皮肉か。

 ステラは、あの忌々しい血のバレンタインデーにおいて、バレンタインに救われた、ということになるのだ。

 

「幸か不幸か、それで難を逃れたとも──」

「なぜ、こんなものを……」

「……なに?」

「なぜ、こんな大事なものを! オレに黙って、隠していたんです────ッ!?」

 

 湧き上がる──いや、噴き出して来た感情を、アスランは爆発させた。強い怒り──激情だ。アスランが軍人になる決意、志願の動機づけになったものが、レノアとステラの死だった。もっとも、それはあくまで切欠であり──現実を思い知った自分への自戒こそが原因であるが──ふたりの死がなければ、自分はきっと、いまだに世間に蒙昧な愚か者であり続けていたかもしれない。

 しかしパトリックは、ステラが生きているかもしれないという可能性を知っていながら、それを手の内で握りつぶしていたのだ。

 なぜ黙っていたのか──? アスランは語気を強め、剣呑な表情を浮かべる。

 

「生きているかもしれない者の慰霊碑を立てる──なぜ、そのような不謹慎なことを父上は承認したのです!?」

「ステラと同じシャトルに乗り合わせていた者全員が、未帰還者となっていたからだ」

「……ッ!?」

 

 パトリックから跳ね返って来るものは、正論ばかりだった。

 事実として、出航記録に記載されていた搭乗員全員が生還せず、行方不明となっているそうだ。

 生存者は愚か、遺体のひとつさえ発見できていない。また、シャトルの残骸すら発見できず──その機体と機体の搭乗員は、完全に消失、いや「焼失」したものとして処理された。──核の光は、それほどまでに周辺宙域の広範囲を焼き尽くしたと。

 

「むろん、ステラも例に及び、死亡者扱いを受けた」

 

 慰霊碑の下に、彼らは彼女の遺体を埋めたわけではない。まして、遺体を確認したわけでもない。今から慰霊碑を、事実誤認だったと撤去することも可能だ。

 ──しかしそうなると、レノアの慰霊碑だけを、そこに残すことになる……。

 やるせない思いが、アスランの頭を支配した。

 

「事件後、ブルーコスモスのひとりが『金の髪の少女を抱えていた』という情報も得たが、確認は取れなかった。おまえに伝えなかったのは……」

 

 確実。というわけではないが、それでもやはり、パトリックは娘の生存を信じられるだけの材料と証拠を、手元に揃えていたことになる。

 ──オレにだけは、黙って?

 そう考えた時────怒り。疑い。悲しみ。様々な感情が入り混じり、アスランの頭を、複雑に駆け巡った。

 

「すべては、おまえに自覚を持たせるためだ」

 

 その言葉に、アスランはハッとして顔を上げた。

 パトリックと目が合えば、父の目は──彼がいつも自分に向ける──冷たいそれに戻っていた。

 

「自覚って……父上ッ!」

 

 ただ、動揺した。

 己の無知と、無力を呪い──これを自覚したのは、母と妹の死が切欠となっていた。

 それまでの自分は、戦争なんて起こる筈がないと高を括る愚か者だった。

 ふたりの死を、無情にも受け止めることで軍に志願する決意に至った。

 ──それは、父の思惑の通りだった?

 つまりは、パトリックは齢十三のアスランを、ふたりの「死」を突きつけることで大きく成長させようと考えた。あえて真実を隠し、耐え難い「苦難」を与えることで、彼を鍛えようとしたのだ。

 

 ──しかしそれは、あまりに乱暴なやり方ではないのか?

 

 なんという、狂言か。

 いくら親の都合と云え、それが、倫理的に許されるだろうか?

 アスランが糾弾したい点は────そこにある。

 軍人、その中でも、優秀なエースの代名詞としての「赤服」に身を包む「アスラン・ザラ」は──初めからパトリック・ザラによって、そう(・・)あるように仕組まれていたというのか。

 ──茶番だ!

 みずからの意志で軍人になった。しかしそれは父にとって、筋書き通りの展開でしか無かったというのか。

 

「わたしを恨むか、アスラン? だが、それも筋違いだということに気付け! そもそも我々の家族を、このような立場に追い込んだのは誰だ!?」

「……!」

 

 ──誰。

 本当に、悪いのは?

 ──この事実を黙っていた、父。

 自分を騙していたから。

 ──本当に……?

 そもそもの原因は……?

 

「ナチュラルさ! 怨むなら、奴等を怨め! 核を用いてレノアを殺し! 薬を用いてステラをあのように(・・・・・)陥れた野蛮な者共を憎み! 滅ぼすべきだ!」

 

 地鳴りにも似た重厚な言葉に気圧され、アスランが、父への怒りの言葉を見失う。

 

「今のオマエには、それだけの力があるのだろうッ……!」

 

 ──たしかに……。

 ──間違っては、いない……?

 ザラの家庭を、彼らの未来を狂わせたのは──野蛮な地球軍、ナチュラルだ。

 核を放ち、レノアを惨殺したのも。劇薬を投与して、生き延びてくれた妹の人格を壊し、彼女の尊厳を踏みにじったのも──。

 今の自分には、敵を斃すだけの力がある? ──父のおかげで?

 

「ナチュラルを滅ぼす? ──そんなッ」

 

 軍人になったのは、敵を滅ぼさんと思ったから──では、決してない。

 ただ。血のバレンタイン──

 あの時のように、取り返しが付かなくなる前に、大切な人(ラクス)達を護りたいと強く願ったからだ。

 でも。今になって──

 

「守っているだけ、では……この戦争は、終結しない……のでしょうか……?」

 

 その決意自体が、浅はかなものであったのではないかと、疑えてしまう。

 ──守る、なんて詭弁だ。

 自分は結局〝ヘリオポリス〟に攻め込み、それからも、多くの人を殺した。撃墜して来た。

 

「ナチュラル共が、この世界に我が物顔で存在する限りはな」

 

 懲らしめなくてはならないと、パトリックが言い渡す。

 なぜ、と問う。

 野蛮だから、と返る。

 だからだ、と言葉は続く。

 奪う他に道はない、と。

 ナチュラルを滅ぼす他に、戦争に幕を引く手段は、残されていないと。

 それでもアスランは、必死で返す言葉を探した。

 でも、見つからない。

 その時────傍らで、微かに音がした。

 それは小さな音であったが、ふたりの耳には充分に届いた。揃って、音の聴こえた方向を向く。

 

「ステラ……?」

 

 ふたりは口論を辞め、すぐに、というより、自然と彼女の方へと足を運んでいた。

 ステラが、意識を取り戻していた。鎮静剤も切れ始めているのか、以前よりも、意識がはっきりとしているように見受けられる。

 意識のあるステラと対面するのは、パトリックも初めてのことだ。感嘆の声を漏らし、パトリックは彼女の頬へ、手を伸ばした。

 

「おお、ステラ……っ!」

「……?」

 

 ベッドに横たわるステラは、特に抵抗するわけでもなく──と云っても、拘束具によって抵抗はできないが──伸ばされたパトリックの手に、ただただ疑問符を浮かべていた。

 しかし、次にアスランの姿を認め、口が勝手に動く。

 

「パ、パ……?」 

「────!」

「父、さま……?」

「ああ、そうだ。ステラ。私はおまえの父だ」

 

 ──遠い記憶を、自力で呼び起こしている……?

 そのことが、アスランには、すぐに理解できた。

 ステラが呟いたのは、幼き日の父への呼び方と、物心がつき、レノアに教育された後の父への呼び方だった。

 

「安心しなさい、ステラ。もう、おまえを縛り付けるものは何もない」

「縛るもの……? 安心……? でもステラ、守らなきゃ……」

「ああ、そうだ。──我々に守らねばならぬものは、多くある……だがな」

 

 父と娘のやり取りを、アスランは傍らで、ただ聴き入っていることしかできなかった。

 

「おまえはこれから、多くのものを守ってくれる。正しく云えば、おまえがいることで、私達は多くのものを守れるのだ。だから、おまえを襲う恐ろしいものを、滅ぼすこともできる」

 

 そして、父の云っている言葉の意味が────まったく分からなかった。

 ステラが、そんなパトリックに訊ねる。

 

「怖いものから。パパが、みんなを守れる……?」

「ああ。──おまえのおかげ(・・・・・・・)でな」

「……よかった」

 

 弱々しく、ぼそりと呟いたステラは、しばらくして、再び眸を閉じてしまった。規則正しい寝息が聴こえる。

 眠りに就いたその表情は、あどけなく、柔らかい。強制的に眠りに就かれされた時のように強張った、険しかったそれではなかった。

 ──それだけ、安心しているということだろう……。

 パトリックの眼差しもまた、ステラに対しては、暖かなそれだった。しかし、アスランの表情だけは、いまだに険しかった。パトリックがステラに言い聞かせた言葉の意味が、どうしても理解できなかったのだ。

 

「……『ステラのおかげで、多くのものを守れる』と仰いました──あれは、どういう?」

 

 晴れない疑念を胸に、背を向けるパトリックにアスランが訊ねる。

 パトリックはアスランに背を向け、安らかに眠るステラに視線を落としながら──それでも、眉ひとつ動かさず、次にこんなことを言い放った。

 

「おまえ達兄妹(きょうだい)には────ひと役、買ってもらうぞ」

「は?」

 

 アスランが唖然とし、訊ね返す。

 パトリックが振り返る。

 真摯なまなざしで、アスランを見据えた。

 

「────〝プラント〟のためにな……」

 

 放たれた声の響きに────アスランは、底知れぬ不気味さを覚えた。

 同時に、気付く。

 父の眼が────政治家のそれに戻っていたことに……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、さっきの戦闘──いったい、何があった?」

 

 更衣室でパイロットスーツを脱いでいた時、ムウによって唐突に投げかれられた質問に、キラは目を丸くした。

 

「え?」

「いや、ちょっと興味が沸いて、だな」

 

 〝ディフェンド〟が抜けた後の第一戦で──〝ストライク〟は、同等の性能を持つ敵機を蹴散らす活躍を見せた。

 不安定な精神を除けば、パイロットは完成した操縦技量を持ち、孤立無援の〝アークエンジェル〟が保有する最大戦力と呼ぶべきであった〝ディフェンド〟ですら攪乱された〝デュエル〟〝バスター〟〝ブリッツ〟を相手にして、キラが、これを上回ったのである。

 キラ・ヤマトには、それだけの潜在能力(ポテンシャル)が秘められていたのだろう。

 気楽なヤツは、きっとそう感嘆してひとり納得するのだろう。結果的に助かったからいいじゃないかと。おおよそムウも、慎重とは掛け離れた楽天的な性格をしていると自覚するが、それにしても、違和感を憶える。

 何か良くない(・・・・)ものを、肌で感じ取っていたのだ。

 もしも、キラが本当に〝何か〟に覚醒していたとしても────タイミングというものがある。

 ステラ・ルーシェという、キラにとっての大きな支えを失ったこの直後に、それは起こった。

 通常なら、キラは無力感に打ちひしがれ、塞ぎ込んでいても可笑しくない状態にあるはずだ。数日前にはステラが拿捕され、暴れていた。それよりも前には、敵を撃墜しただけで、激しい呵責と後悔に飲まれていた。それほどまでに、心の脆い少年だった。

 ある意味では────健全で平穏な精神しか、持ち合わせていなかった。

 それがしかし、今はどういうわけか独力で立ち直っている。その原因がなんなのか、気にかかるのだ。

 

「あんだけの力、坊主のどこにあったのかなぁ、とな」

 

 禍福は(あざな)える縄の如し、という言葉がある。

 成功も失敗も、幸運も災禍も、縄のように表裏をなして、めまぐるしく変化する。幸福だと思っていたことが、突如として不幸に転じることもある。

 キラの力が幸を招いたなら、それがいずれ、不幸に転じることもある。あるいは、キラの力の源泉ともなったものに、そもそもの不幸が働いているのかもしれない?

 幸運というものは────連続すると、返って不気味なこともある。

 〝アークエンジェル〟には最近、奇妙なまでの幸運が連続している。

 

 ──その恩恵で生き延びている当人がこう云うと悪いが、こうして無事でいられることが、むしろ不思議(ぶきみ)なくらいだ。

 

 ここまでの窮地に立たされ、こうもしぶとく生き長られた戦艦を、ムウは見たことがない。

 それも、間に合わせの搭乗員と、野戦任官の民間人で運営している戦艦だ。それが数々の幸運を味方につけ、とうとう月艦隊との合流まで無事に漕ぎ着けたというのだから、驚嘆ものだ。

 しかし、そんなムウであるからこその、戦士の勘が告げている。ここまでの幸運が連続すると、次には大きな不幸が、あるいは、不幸の連続が待ち受けているような、そんな不吉な予感がしてならないと──。

 不幸の種になりそうな要因は、ここで取り除いて置いたほうがいい。そのために、キラに訊ねていた。

 

「えっと……」

 

 先に軍服に着替えたキラは、困惑した表情を浮かべた。特別、責めているわけではないにしろ、犬の拗ねたような顔で見返され、ムウは一瞬、不覚にもたじろいでしまった。

 キラは一連の出来事について、端的に語った。

 

「──で? 気付いたら戦闘は終わってて、我に帰ると、撤退してく敵機の背中だけが目に映ったと?」

「無我夢中で戦ってたんでしょうか……? すいません、本当によく憶えてないんです」

 

 かすかに、記憶の鱗片だけは頭に残っているそうだが。

 ムウが、釈然としない顔をする。

 

「それにしては、すげぇ活躍してたけどな」

「そうなんですか? あ、ありがとうございます」

 

 ──この様子では、本当に記憶が飛んでいる(・・・・・)みたいだな……。

 不審に思いつつも、ムウは、それ以上の詮索をやめにした。

 ムウが飛び去り、ひとり格納庫に残されたキラは、自分の掌を見つめた。

 

(本当に、ほとんど憶えてない)

 

 ただ、守るために一心になっただけだ。

 そこから記憶は飛んで、気が付けば時間が経ち、敵は撤退して行った。

 憶えていることとすれば、守りたい、と強く願ったその思いだけだ。

 キラはそうして、唯一、心当たりのある人物の許へと向かった。

 

「──すごいんだ」

 

 居住区の一角。

 虚無感に苛まれたように、フレイが自室の机に突っ伏していると、突如としてドアが開き、室外から、キラが顔を覗かせた。間もなく唐突にそんなことを云われ、円な瞳をさらに丸くした。 

 

「キラ? どうしたの?」

 

 まさか、キラの方から近寄って来る(・・・・・・)とは。

 フレイにとっても、これは予想外の出来事だ。彼女との約束通りに、無事に生還したキラは、どこか嬉々として、まるで新しい玩具を手に入れた幼児のようにはしゃいでいるように見えた。

 いや、事実として喜んでいるのだ。

 

「僕にもよく分からないけど……! でも、なんだかさっきの戦闘、フレイのことを考えたら、不思議と力が沸いて来たんだ!」

 

 ──いったい、何の話をしているの? この子は?

 フレイは眉を顰めたい衝動を必死で抑え、笑顔を作った。

 

「そう……。ありがとう、キラ。頑張ってくれてるのね」

 

 今まで、キラひとりの力で、状況を何とか切り抜けて来たことはなかった。

 キラだけの力では──不可能だったからだ。

 しかし今回は、キラひとりの活躍によって、この艦を守るに至った。

 彼にとって、それが嬉しくてたまらないのだろう。

 

「……あっ」

 

 しかしそこで、キラは我に返った。

 歓喜の色はふっと消え失せ、落ち込んだような、暗い色が浮かぶ。

 

「ご、ごめん……。今さら、きみにこんなこと云いに来るなんて……どうかしてるよね」

 

 キラが、気苦しさに視線を落とした。

 ──ジョージ・アルスター(おとうさん)を助け出してやれなかったのに、力が湧いて来たなんて、今さらだ……!

 それを、他でもない、フレイに自慢しに来るなんて。

 ──ただ、この喜びを誰かに分かちあって欲しかっただけだ。

 なのに、なんて不躾な、なんて不謹慎なことを抜かしてしまったのだろう。

 激しい後悔が、キラの頭に流れ込む。

 目の前の少女に対して、途端に申し訳なくなり、キラはフレイに背を向けた。踵を返し、彼女の部屋から出て行こうとする。

 次の瞬間──キラの背中に、重たくて、暖かい感触が触れた。

 

「え……っ?」

 

 唖然とするキラは、フレイが、みずからの背中に寄り掛かって……いや、抱き着いていることを理解した。

 ──どうして。

 学生時代、かねてより憧れていた少女(フレイ)が、どうして?

 ──僕、なんかに……。

 だってフレイには、婚約者(サイ)が……。

 親友の顔が頭にちらつき、キラは衝動を必死で抑え込み、なけなしの理性を振り絞った。途端に振り返り、華奢なフレイの肩を掴み、その身を引き剥がす。

 

「だ、駄目だよ……こんなの」

「どうして?」

 

 上目遣いで、率直に理由を訊ねられ、キラはたじろいだ。

 キラ・ヤマトは──学生だった頃、フレイ・アルスターに強い憧れを抱いていた。

 だから云って、話しかけて行けるほど積極的ではなかったし、そんな度胸も持ち合わせていなかった。それが小さな恋慕の念であることを自覚していたが、周囲には、からかわれたくないがために隠し、全然隠し切れていなくても、口では否定し続けていた。

 そんな密かな想いが、叶うかもしれない瞬間が来た。──今だ。

 しかしそれでも、サイという親友の顔が、キラの頭を過ぎる。罪悪感のようなものが、欲を湧かしたその胸に、ちくりと釘を指す。

 それでもフレイは、残されたキラの理性に、追い討ちを掛けるようなことを云う。 

 

「サイとは、まだ話だけだったよ。パパが勝手に決めただけ──」

 

 そして、そのパパは──もういない。

 紡がれた言葉を受け、キラの中の後悔は、ますます大きく膨れ上がる。

 

「──だ、だったら、なおさらだよ! ぼくなんかが、きみを──」

 

 そのパパを守れなかった自分に──フレイを受け入れる資格など、ないのだ。

 それでも、フレイは訊ねた。

 

「──あの娘(・・・)がいるから?」

「えっ」

「ステラって娘。……キラは、その娘の方が大切?」

 

 その質問の意図が、キラには理解できなかった。

 

「ステラって……? あの娘とは、そんなんじゃ」

 

 唖然として、キラが答える。

 ステラはあくまで────親友の妹だ。

 昔から長く交流があったが、そういう風に、そういう対象として、ステラのことを見たことはない。──気がする。

 その時は、まだ互いに幼かった。お互い、その手の感情が芽生えていなかっただけかもしれない。

 それでも、きっと自分は、彼女に色目を遣ったことはないはずだ。

 偶然にも〝ヘリオポリス〟で再会した時、しばらく見ぬ間に成長して、すっかり「女の子」になっていた彼女の姿に、動揺はした。異性として、突拍子もない言動にとぎまぎしたことも、確かにあった。贔屓目でもなければ、客観的に見て、ステラはフレイにも並ぶ、粗の無い美少女であることは判っている。それでも、キラが彼女を大切にしようとしていたのは、あくまで、それが友情の延長上にある関係だからだ。

 

「なら、何も問題ないじゃない」

 

 なまめかしく微笑み、フレイは再び、キラの胸に身を寄せた。

 キラは今度は、抵抗できなかった。

 

「『わたしのことを考えて、力が湧いた』って云ってくれた──なら、わたし達を阻むものなんて、もう何もないでしょ……?」

「フレイ……! えっ、だって──」

「気付いたの。わたし、あなたにひどいこと云ったけど……それでも、あなたがわたし達のために戦ってくれているとを思うと、パパみたいになるんじゃないかって、心配で。胸が痛むの……」

 

 それだけ強く、想ってくれている、ということ……?

 キラは呆然として、腕のやり所を探した。このまま、少女を抱き留めて良いものか。それとも、引き剥がすべきか。

 腕が、頭に問いている。

 その時、フレイが顔を上げた。潤んだ眸で、真っ直ぐにキラを見つめ、

 

「────好き」

 

 掛けられたのは、唐突な──告白。

 どくん。

 キラの心臓が、高鳴った。

 その時、キラの視界に──ステラの姿がちらついた。フレイの姿が、彼女と重なったのだ。

 

(ステラ……!?)

 

 慌てたように、キラがかぶりを振ると、幻影は消え、フレイの姿が目前に映った。

 ──また、幻影(まぼろし)

 ──いったい、どういう風の吹き回しなのだろう。

 フレイとは、関わって間もないのに、脈略もない、雰囲気もない、唐突な告白だ。

 それなのにキラの胸に、その告白は、深く突き刺さった。大きく胸を抉られたように、心臓の鼓動が暴れ出した。

 

(今、僕は……誰の言葉を……)

 

 好き。

 その声で、そう云われた時──キラの眼には、不思議とステラが映った。

 それを云ったのは、フレイなのに……!

 ──ステラの言葉(こくはく)で、心臓が高鳴った……?

 なぜ。

 ──僕はいったい、誰の(・・)言葉(こえ)を聴いている……!?

 頭が混乱する。

 どういう経緯で、フレイが僕のことを好きだと云う? 以前まで、コーディネイターを嫌っていた彼女が、本当に?

 

「わたしの想いが、あなたを守るから──……」

 

 ただひとつ、分かることは。

 その声を聴くことが────あまりにも、心地よいということだ。

 

「フレ、イ……」

 

 ひとりでは、何も出来なかった。

 でも今は──この子がいる……。

 キラはゆっくり、少女の背中に腕を回した。

 

 (いびつ)な関係の、始まりだった。

 

 

 

 

 




 設定上、この展開は、第一話の連載当初から予定していました。
 ですから一応、当初の設定(描写)と異なっている点はないのではないか、と思うのですが……いくら〝プラント〟でも、流石にシャトルの出航記録、そのシャトルに乗り合わせていた乗客の名簿くらいは、厳重に管理しているはずだと考えました。
 その辻褄を合わせた時、パトリックはあらかじめ、ステラの生存の可能性を知っていたことになります。
 ただ、確証までは得られなかったため、あえて真実を隠すことで、アスランを大きく成長させようとしました。

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