~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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 感動の親子再会、なるか……!?




『アプリリウス・ワン』B

 

 

 モビルスーツは、戦争が激化している昨今の情勢でこそ、武器が当然のように搭載され、一般に「兵器」として認知されている。

 けれども、元来それは宇宙空間での人間の活動域を広げるために造られたものだった。

 モビルスーツ開発の黎明期ともなったC.E.65年。人型機動兵器の第一号にして、宇宙探査を行うための試作用MS〝ザフト〟が開発されたとき、その機体に込められた人々の願いは──間違っても暴力や殺戮の為という──悪意の許に掲げらえたものではなかった。

 コーディネイターがコーディネイターのために造り出した人型機動兵器。それこそが本来、モビルスーツと呼ぶべきものなのだと、ザフト軍創設の第一人者として立ち上がったパトリックは自負している。

 

「モビルスーツは、かねてよりナチュラル共には必要のないものだった。奴等には扱えぬし、奴等には縁のない代物だったからだ」

 

 アスランが執務室に入室すると、そこには先約がいた。

 それは、父の秘書らしき人物だった。パトリックはその人物と会話をしている。いや、見方によっては独白を語っているようにも聴いて取れる。

 

「ナチュラル共がモビルスーツを開発したとしても、実用性に及ばぬ猿真似にしかならんと踏んでいたが……オーブ連合首長国め、地球軍に軍事力を貸与しおって」

「所詮、かの国も地球に属する国家のひとつ、ということでしょう」

 

 秘書が付け足し、パトリックが鼻を鳴らした。

 オーブは〝ヘリオポリス〟にて極秘裏に地球軍と共謀し、地球軍の最新鋭機動兵器を開発した。地球と〝プラント〟双方に良い顔をしてきたオーブの暗部、裏の顔──今回の件でそれが表沙汰となり、かの国の首長は辞任に追いやられたそうではあるが。

 

「かつて、ジョージ・グレンは我々に云った。──コーディネイターはヒトとヒト、ヒトと宇宙を繋ぐ〝調停者〟であれと、な」

 

 コーディネイターが〝プラント〟という新天地を求めたのは、より宇宙に近い場所において、宇宙のことを探査し、研究するためでもあった。木星探査という革新を果たしたジョージ・グレンに後に続き、既知の地球と未知の宇宙とを繋ぐ架け橋となるために。

 

「だが……」

 

 そうした進出と躍進の裏側で、ナチュラルは時代に取り残されていった。

 必然だった。自分達とのあらゆる格差を残酷なまでに広げていったコーディネイター達を、彼らが妬み、憎むのは。

 居場所を求めて流浪した地上のコーディネイター達は、やがて地球圏における拠り処を見つける。ナチュラルとコーディネイターの共存を訴えた中立国家、オーブだ。

 

「コーディネイターを匿う国家であるからこそ、そこは地球圏で数少ないコーディネイターを利用できる国へと化ける」

 

 だからこそ、オーブの軍需産業社「モルゲンレーテ」は、画期的なモビルスーツを行うことができた。おそらく中立国だからこそ、コーディネイターの力を借りたのだ。

 

「これは我々に対する重大な裏切りだ。やはり、ナチュラルの国などを信用すべきではなかったのだ!」

 

 怒りに握られたパトリックの拳が、デスクに叩き下ろされる。

 

若者を薬漬けにして(・・・・・・・・・)戦場に送り出したこと(・・・・・・・・・・)を考慮すれば……! いかに奴等が愚かな種であるのかが、よく分かる!」

「……!」

 

 その言葉を耳にして、アスランの肌を悪寒がなぞった。

 ──そうか。父はもう、その事実を知っておられるのだ。

 アスランが暗い面持ちで視線を落とした時、パトリックと話す秘書が、彼の存在に気付いた。おや、と漏らすと、パトリックもアスランの存在を認めた。ややあって秘書が退室していく。アスランは沈鬱な足取りでパトリックへ寄って行った。

 

「……ザラ国防委員長」

 

 親子の間柄にある彼らであるが、父上と呼ぶことは許されていなかった。彼らは現在は公人であり、国防委員長と兵士の関係でしかないのだ。

 

「遠いな。もっと寄れ」

 

 だが、その国防委員長から掛けられた言葉には、硬さがなかった。

 それどころか──どこか、柔らかなものだ。

 それを受けて、アスランは心中で驚いている。父はいつも、自分を値踏みするような目で見て、そのたびに失望したような表情を浮かべるのに。そんな目で見られる度、どこか腹立たしくて、どこか申し訳ないような気分になるのに……。

 

 ──今回はどうしてか、それがなかった。

 

 それはアスランにとって、とても不思議な感覚だった。

 パトリックはアスランの教育を徹底してきたし、一家の長男として貴族然とした英才教育を施し、家族であることを理由にした子供らしい振る舞いや甘えを彼に許してこなかったからだ。

 

「クルーゼからの報告書は受け取ったぞ」

 

 そんなパトリックはアスランを見据え、厳かに口を開く。

 

「世間から見た公の関係は、今は棄て置いて良い。おまえと私は、今はただの私人であり、血の繋がった親子だ」

 

 掛けられた言葉に、アスランが意表を突かれた顔を浮かべる。

 父の口調が、いつもより遥かに柔らかい。政治家らしさとは真逆の、感情を滲ませたような人間的な顔をこちらへと向けている。

 

「……では、父上と、お呼びしても?」

「今だけは、好きにしろ」

 

 思い切ってアスランが訊ねると、それは意外にもあっさり承諾された。

 父上と呼ぶ、いや呼べるのなんて(・・・・・・・)、きっと久しぶりだ……。

 遠い昔に使っていた呼び名を使ったとき、不思議とくすぐったくなるような思いに駆られる。

 

「おまえと、家族としての話をする。まさか、こんな日がふたたび来ようとは思わなかったが」

「……オレもです」

 

 だからアスランも自然と、一人称を変えていた。父と家族として会談できる席など設けたことがないし、正確に云えば、互いに設けようとしたことがなかったのだが。

 パトリックは遠い目を浮かべながら、今は執務室の窓側を見ている。

 夕日が照らす、朱色がかった室内。アスランがその方向を顔を向けると、ホイールのついた可動式の医療用ベッドが室内に運び込まれているのが目に入った。

 

「──結論から云う」

 

 その上には、衰弱して眠るひとりの少女の姿もある。

 アスランの目が、ぎょっと驚きに見開かれた。

 

「私はステラが帰ってきたことに対して、感嘆はしたが、感動はしていない」

 

 短く、彼はそう云い切った。

 

「……は?」

 

 場に沈黙が流れる。

 いや、この場において唯一応答できるアスランが、しばし言を発することを忘れたのだ。聡明な彼にしては、言葉の意味を把握するまでに相応の時間を要したという。

 パトリックは憮然として続ける。

 

「よくぞステラを連れ帰った。そのことに関しては、お前やクルーゼに私から他に送れる言葉がない。ただ──家族として、父親として、感謝するだけだ」

「……!? 連れ、帰った……?」

 

 ──おかしい。

 アスランの声は震えていた。彼はその一瞬で、自分達の話が噛み合っていないことに気が付いた。

 ──連れ帰った?

 その表現は、明らかにステラが生きていることを前提としたもののようではないか? 悄然としながら、アスランは文字どおり、子供のように訊ね返すことしかできない。

 

「ど、どういうことですか!? ステラが生きていたことを、父上は、初めからご存知だったと──っ!?」

「……。お前には伝えてこなかったが」

 

 云いながら、パトリックはデスクの引き出しから一冊の書類を取り出している。それをずいとアスランに差し出し、示す。

 

「これは?」

「宇宙港から預かった、〝ユニウスセブン〟発のシャトルの入出記録だ。──おおよそ、一年前のな」

 

 手渡された記録書を捲りながら、アスランの目は、そのときパトリックに指定されたページまで辿りついている。

 ──「C.E.70年 2/14 8:00」

 それはまさしく【血のバレンタイン】当日の記録だった。記載された紙面には、その日、その時間、〝ユニウスセブン〟から出立するシャトル──そこに搭乗した乗客全員の名が記されている。

 

「えっ」

 

 アスランがその名前の中に、ステラの名を見つけたのは直後のことだった。そしてそれ説き明かすように、パトリックは──彼が持ち合わせる──全ての情報を開示していった。

 

「記録によれば、シャトルの出港は地球軍の核攻撃よりも前に行われた」

「…………!?」

「つまりは核ミサイルが〝ユニウスセブン〟に着弾するよりも前に(・・・・・・・・・)ステラは港を発っていた(・・・・・・・・・・・)

 

 手渡された入出記録は、その事実を裏付ける明確な証拠だった。

 アスランは愕然とする。

 

「そんな……!」

「生存が絶望的だったレノアと違い、実はステラには、強い生存の可能性が残されていたのだ」

 

 アスランは愕然とする。

 ──父は、この事実を知っていた!?

 動揺する目は、出航記録とパトリックへと交互に向けられる。

 

「なぜ……? なぜ、こんな大切なことを! オレに黙っていたのです!?」

 

 湧き上がる──いや、噴き出して来た感情を、アスランは爆発させる。

 それは強い怒りであり、激情だった。

 アスランが軍人になる決意、志願の動機づけになったものが、レノアとステラの死だった。あの二人の死と向き合ったからこそ、彼は戦争に身を投じる決意をしたのだ。

 しかしパトリックは、ステラが生きているかもしれないという可能性を知っていながら、それを手の内で握り潰し、今に至るまでアスランには知らせなかった。それは何故なのか──

 

「あいつの墓は、もう既にアプリリウスに建てられている! 母上のものと共に! ──その事実を、父上もご存じでしょう!?」

「ああ、もっともだ」

「生存の可能性が残されている者の──それも実の娘の! ──墓を立てるなど! なぜ、そのようなことを父上は承認したのです!?」

「ステラと同じシャトルに乗り合わせていた者全員が、未帰還者となっていたからだ」

「……ッ!?」

 

 事実として、出航記録に記載されていた搭乗員全員が生還せず、行方不明となっているそうだ。

 生存者は愚か、遺体のひとつさえ発見できていない。また、シャトルの残骸すら発見できず──その機体と機体の搭乗員は、完全に焼失したものとして処理された。

 核の光は、それほどまでに周辺宙域の広範囲を焼き尽くしたのだ──と。

 

「無論、あの娘も例に及んで、死亡扱いを受けた」

 

 慰霊碑の下に、彼らは遺体を埋めたわけではない。ましてや、遺体を確認したわけでも。

 

「事件後、ブルーコスモスのひとりが『金の髪の少女を抱えていた』という情報も得たが、確認は取れなかった。おまえに伝えなかったのは……」

 

 確実、というわけではないが──

 それでもやはり、パトリックは娘の生存を信じられるだけの材料と証拠を、手元に揃えていたことになる。

 ──オレにだけは、黙って?

 そう考えたとき、怒り。疑い。悲しみ。様々な感情が入り混じり、アスランの頭を複雑に駆け巡る。

 

「すべては、おまえに自覚を持たせるためだ」

 

 その言葉に、アスランはハッとして顔を上げた。

 パトリックと目が合えば、父の目は──彼がいつも自分に向ける──冷たいそれに戻っていた。

 

「自覚って……父上ッ!」

 

 ただ、アスランは動揺した。

 ──アスランの軍への志願、それはすべて父の計画だった?

 つまりパトリックは、齢十三のアスランを、ふたりの「死」を突きつけることで大きく成長させようと考えた。あえて真実を隠し、耐え難い「苦難」を与えることで、彼を鍛えようとしたのだ。

 

 ──しかしそれは、あまりに乱暴なやり方ではないのか?

 

 いくら親の都合と云え、それが倫理的に許されるだろうか?

 軍人、その中でも、優秀なエースの代名詞としての「赤服」に身を包む「アスラン・ザラ」は──初めからパトリック・ザラによって、そう(・・)あるように仕組まれていたというのか。

 ──茶番だ!

 みずからの意志で軍人になった。しかしそれは父にとって、筋書き通りの展開でしか無かったというのか。

 

「父を恨むか、アスラン? だが、それも筋違いだということに気付け! そもそも我々の家族を、このような立場に追い込んだのは誰だ!?」

「……!」

 

 ──誰。

 本当に、悪いのは?

 ──この事実を黙っていた、父。

 自分を騙していたから。

 ──本当に……?

 そもそもの原因は?

 

「ナチュラルさ、恨むなら奴等を恨め! 核の火でレノアを殺し! 薬で犯してステラを辱めたあの野蛮なる愚か者共を憎み! 滅ぼすべきだ!」

 

 地鳴りにも似た重厚な言葉に気圧され、アスランが、父への怒りを見失う。

 

「今のオマエには、それだけの力があるのだろう!?」

 

 たしかに、父の云うことも間違ってはいない──

 ザラの家族を、彼らの未来を狂わせたのは、他でもないナチュラルだ。

 今の自分には、そうした敵を討つだけの力がある。父のおかげで。

 

「ナチュラルを滅ぼす? ──そんなッ」

 

 アスランが〝力〟を欲したのは、敵を滅ぼそうと思ったから──

 ──ではない。

 ただ。血のバレンタインの当時のように、取り返しが付かなくなる前に、大切な人達を護りたいと強く願ったからだ。

 ──でも、今になって。

 

「守っているだけ、では……この戦争は、終結しない……のでしょうか……?」

 

 その決意自体が、浅はかなものであったのではないかと疑えてしまう。

 ──守る、なんて詭弁だ。

 自分は結局〝ヘリオポリス〟に攻め込み、それからも、多くの人を殺した。撃墜して来た。

 

「ナチュラル共が、この世界に我が物顔で存在する限りはな」

 

 懲らしめなくてはならないと、パトリックが言い渡す。

 なぜ、と問う。

 野蛮だから、と返る。

 だからだ、と言葉は続く。

 奪う他に道はない、と。

 ナチュラルを滅ぼす他に、戦争に幕を引く手段は、残されていないと。

 

「…………!」

 

 それでもアスランは、必死で返す言葉を探した。

 でも、見つからない。

 その時────傍らで、微かに音がした。

 それは小さな音であったが、ふたりの耳には充分に届いた。揃って、音の聴こえた方向を向く。

 

「ステラ……?」

 

 ふたりは口論を辞め、すぐに、というより、自然と彼女の方へと足を運んでいた。

 ステラが、意識を取り戻していた。鎮静剤も切れ始めているのか、以前よりも、意識がはっきりとしているように見受けられる。

 意識のあるステラと対面するのは、パトリックも初めてのことだ。感嘆の声を漏らし、パトリックは彼女の頬へ、手を伸ばした。

 

「おお、ステラ……っ!」

「……?」

 

 ベッドに横たわるステラは、特に抵抗するわけでもなく──と云っても、拘束具によって抵抗はできないが──伸ばされたパトリックの手に、ただただ疑問符を浮かべていた。

 しかし、次にアスランの姿を認め、口が勝手に動く。

 

「パ、パ……?」 

「────!」

「父、さま……?」

「ああ、そうだ。ステラ。私はおまえの父だ」

 

 ──遠い記憶を、自力で呼び起こしている……?

 そのことが、アスランには、すぐに理解できた。

 ステラが呟いたのは、幼き日の父への呼び方と、物心がつき、レノアに教育された後の父への呼び方だった。

 

「安心しなさい、ステラ。もう、おまえを縛り付けるものは何もない」

「縛るもの……? 安心……? でもステラ、守らなきゃ……」

「ああ、そうだ。──我々に守らねばならぬものは、多くある……だがな」

 

 父と娘のやり取りを、アスランは傍らで、ただ聴き入っていることしかできなかった。

 

「おまえはこれから、多くのものを守ってくれる。正しく云えば、おまえがいることで、私達は多くのものを守れるのだ。だから、おまえを襲う恐ろしいものを、滅ぼすこともできる」

 

 そして、父の云っている言葉の意味が────まったく分からなかった。

 ステラが、そんなパトリックに訊ねる。

 

「怖いものから。パパが、みんなを守れる……?」

「ああ。──おまえのおかげ(・・・・・・・)でな」

「……よかった」

 

 弱々しく、ぼそりと呟いたステラは、しばらくして、再び眸を閉じてしまった。規則正しい寝息が聴こえる。

 眠りに就いたその表情は、あどけなく、柔らかい。強制的に眠りに就かれされた時のように強張った、険しかったそれではなかった。

 ──それだけ、安心しているということだろう……。

 パトリックの眼差しもまた、ステラに対しては、暖かなそれだった。しかし、アスランの表情だけは、いまだに険しかった。パトリックがステラに言い聞かせた言葉の意味が、どうしても理解できなかったのだ。

 

「……『ステラのおかげで、多くのものを守れる』と仰いました──あれは、どういう?」

 

 晴れない疑念を胸に、背を向けるパトリックにアスランが訊ねる。

 パトリックはアスランに背を向け、安らかに眠るステラに視線を落としながら──それでも、眉ひとつ動かさず、次にこんなことを言い放った。

 

「おまえ達兄妹(きょうだい)には────ひと役、買ってもらうぞ」

「は?」

 

 アスランが唖然とし、訊ね返す。

 パトリックが振り返る。

 真摯なまなざしで、アスランを見据えた。

 

「────〝プラント〟のためにな……」

 

 放たれた声の響きに────アスランは、底知れぬ不気味さを覚えた。

 同時に、気付く。

 父の眼が────政治家のそれに戻っていたことに……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、さっきの戦闘──いったい、何があった?」

 

 更衣室でパイロットスーツを脱いでいた時、ムウによって唐突に投げかれられた質問に、キラは目を丸くした。

 

「え?」

「いや、ちょっと興味が沸いて、だな」

 

 〝ディフェンド〟が抜けた後の第一戦で──〝ストライク〟は、同等の性能を持つ敵機を蹴散らす活躍を見せた。

 不安定な精神を除けば、パイロットは完成した操縦技量を持ち、孤立無援の〝アークエンジェル〟が保有する最大戦力と呼ぶべきであった〝ディフェンド〟ですら攪乱された〝デュエル〟〝バスター〟〝ブリッツ〟を相手にして、キラが、これを上回ったのである。

 キラ・ヤマトには、それだけの潜在能力(ポテンシャル)が秘められていたのだろう。

 気楽なヤツは、きっとそう感嘆してひとり納得するのだろう。結果的に助かったからいいじゃないかと。おおよそムウも、慎重とは掛け離れた楽天的な性格をしていると自覚するが、それにしても、違和感を憶える。

 何か良くない(・・・・)ものを、肌で感じ取っていたのだ。

 もしも、キラが本当に〝何か〟に覚醒していたとしても────タイミングというものがある。

 ステラ・ルーシェという、キラにとっての大きな支えを失ったこの直後に、それは起こった。

 通常なら、キラは無力感に打ちひしがれ、塞ぎ込んでいても可笑しくない状態にあるはずだ。数日前にはステラが拿捕され、暴れていた。それよりも前には、敵を撃墜しただけで、激しい呵責と後悔に飲まれていた。それほどまでに、心の脆い少年だった。

 ある意味では────健全で平穏な精神しか、持ち合わせていなかった。

 それがしかし、今はどういうわけか独力で立ち直っている。その原因がなんなのか、気にかかるのだ。

 

「あんだけの力、坊主のどこにあったのかなぁ、とな」

 

 禍福は(あざな)える縄の如し、という言葉がある。

 成功も失敗も、幸運も災禍も、縄のように表裏をなして、めまぐるしく変化する。幸福だと思っていたことが、突如として不幸に転じることもある。

 キラの力が幸を招いたなら、それがいずれ、不幸に転じることもある。あるいは、キラの力の源泉ともなったものに、そもそもの不幸が働いているのかもしれない?

 幸運というものは────連続すると、返って不気味なこともある。

 〝アークエンジェル〟には最近、奇妙なまでの幸運が連続している。

 

 ──その恩恵で生き延びている当人がこう云うと悪いが、こうして無事でいられることが、むしろ不思議(ぶきみ)なくらいだ。

 

 ここまでの窮地に立たされ、こうもしぶとく生き長られた戦艦を、ムウは見たことがない。

 それも、間に合わせの搭乗員と、野戦任官の民間人で運営している戦艦だ。それが数々の幸運を味方につけ、とうとう月艦隊との合流まで無事に漕ぎ着けたというのだから、驚嘆ものだ。

 しかし、そんなムウであるからこその、戦士の勘が告げている。ここまでの幸運が連続すると、次には大きな不幸が、あるいは、不幸の連続が待ち受けているような、そんな不吉な予感がしてならないと──。

 不幸の種になりそうな要因は、ここで取り除いて置いたほうがいい。そのために、キラに訊ねていた。

 

「えっと……」

 

 先に軍服に着替えたキラは、困惑した表情を浮かべた。特別、責めているわけではないにしろ、犬の拗ねたような顔で見返され、ムウは一瞬、不覚にもたじろいでしまった。

 キラは一連の出来事について、端的に語った。

 

「──で? 気付いたら戦闘は終わってて、我に帰ると、撤退してく敵機の背中だけが目に映ったと?」

「無我夢中で戦ってたんでしょうか……? すいません、本当によく憶えてないんです」

 

 かすかに、記憶の鱗片だけは頭に残っているそうだが。

 ムウが、釈然としない顔をする。

 

「それにしては、すげぇ活躍してたけどな」

「そうなんですか? あ、ありがとうございます」

 

 ──この様子では、本当に記憶が飛んでいる(・・・・・)みたいだな……。

 不審に思いつつも、ムウは、それ以上の詮索をやめにした。

 ムウが飛び去り、ひとり格納庫に残されたキラは、自分の掌を見つめた。

 

(本当に、ほとんど憶えてない)

 

 ただ、守るために一心になっただけだ。

 そこから記憶は飛んで、気が付けば時間が経ち、敵は撤退して行った。

 憶えていることとすれば、守りたい、と強く願ったその思いだけだ。

 キラはそうして、唯一、心当たりのある人物の許へと向かった。

 

「──すごいんだ」

 

 居住区の一角。

 虚無感に苛まれたように、フレイが自室の机に突っ伏していると、突如としてドアが開き、室外から、キラが顔を覗かせた。間もなく唐突にそんなことを云われ、円な瞳をさらに丸くした。 

 

「キラ? どうしたの?」

 

 まさか、キラの方から近寄って来る(・・・・・・)とは。

 フレイにとっても、これは予想外の出来事だ。彼女との約束通りに、無事に生還したキラは、どこか嬉々として、まるで新しい玩具を手に入れた幼児のようにはしゃいでいるように見えた。

 いや、事実として喜んでいるのだ。

 

「僕にもよく分からないけど……! でも、なんだかさっきの戦闘、フレイのことを考えたら、不思議と力が沸いて来たんだ!」

 

 ──いったい、何の話をしているの? この子は?

 フレイは眉を顰めたい衝動を必死で抑え、笑顔を作った。

 

「そう……。ありがとう、キラ。頑張ってくれてるのね」

 

 今まで、キラひとりの力で、状況を何とか切り抜けて来たことはなかった。

 キラだけの力では──不可能だったからだ。

 しかし今回は、キラひとりの活躍によって、この艦を守るに至った。

 彼にとって、それが嬉しくてたまらないのだろう。

 

「……あっ」

 

 しかしそこで、キラは我に返った。

 歓喜の色はふっと消え失せ、落ち込んだような、暗い色が浮かぶ。

 

「ご、ごめん……。今さら、きみにこんなこと云いに来るなんて……どうかしてるよね」

 

 キラが、気苦しさに視線を落とした。

 ──ジョージ・アルスター(おとうさん)を助け出してやれなかったのに、力が湧いて来たなんて、今さらだ……!

 それを、他でもない、フレイに自慢しに来るなんて。

 ──ただ、この喜びを誰かに分かちあって欲しかっただけだ。

 なのに、なんて不躾な、なんて不謹慎なことを抜かしてしまったのだろう。

 激しい後悔が、キラの頭に流れ込む。

 目の前の少女に対して、途端に申し訳なくなり、キラはフレイに背を向けた。踵を返し、彼女の部屋から出て行こうとする。

 次の瞬間──キラの背中に、重たくて、暖かい感触が触れた。

 

「え……っ?」

 

 唖然とするキラは、フレイが、みずからの背中に寄り掛かって……いや、抱き着いていることを理解した。

 ──どうして。

 学生時代、かねてより憧れていた少女(フレイ)が、どうして?

 ──僕、なんかに……。

 だってフレイには、婚約者(サイ)が……。

 親友の顔が頭にちらつき、キラは衝動を必死で抑え込み、なけなしの理性を振り絞った。途端に振り返り、華奢なフレイの肩を掴み、その身を引き剥がす。

 

「だ、駄目だよ……こんなの」

「どうして?」

 

 上目遣いで、率直に理由を訊ねられ、キラはたじろいだ。

 キラ・ヤマトは──学生だった頃、フレイ・アルスターに強い憧れを抱いていた。

 だから云って、話しかけて行けるほど積極的ではなかったし、そんな度胸も持ち合わせていなかった。それが小さな恋慕の念であることを自覚していたが、周囲には、からかわれたくないがために隠し、全然隠し切れていなくても、口では否定し続けていた。

 そんな密かな想いが、叶うかもしれない瞬間が来た。──今だ。

 しかしそれでも、サイという親友の顔が、キラの頭を過ぎる。罪悪感のようなものが、欲を湧かしたその胸に、ちくりと釘を指す。

 それでもフレイは、残されたキラの理性に、追い討ちを掛けるようなことを云う。 

 

「サイとは、まだ話だけだったよ。パパが勝手に決めただけ──」

 

 そして、そのパパは──もういない。

 紡がれた言葉を受け、キラの中の後悔は、ますます大きく膨れ上がる。

 

「──だ、だったら、なおさらだよ! ぼくなんかが、きみを──」

 

 そのパパを守れなかった自分に──フレイを受け入れる資格など、ないのだ。

 それでも、フレイは訊ねた。

 

「──あの娘(・・・)がいるから?」

「えっ」

「ステラって娘。……キラは、その娘の方が大切?」

 

 その質問の意図が、キラには理解できなかった。

 

「ステラって……? あの娘とは、そんなんじゃ」

 

 唖然として、キラが答える。

 ステラはあくまで────親友の妹だ。

 昔から長く交流があったが、そういう風に、そういう対象として、ステラのことを見たことはない。──気がする。

 その時は、まだ互いに幼かった。お互い、その手の感情が芽生えていなかっただけかもしれない。

 それでも、きっと自分は、彼女に色目を遣ったことはないはずだ。

 偶然にも〝ヘリオポリス〟で再会した時、しばらく見ぬ間に成長して、すっかり「女の子」になっていた彼女の姿に、動揺はした。異性として、突拍子もない言動にとぎまぎしたことも、確かにあった。贔屓目でもなければ、客観的に見て、ステラはフレイにも並ぶ、粗の無い美少女であることは判っている。それでも、キラが彼女を大切にしようとしていたのは、あくまで、それが友情の延長上にある関係だからだ。

 

「なら、何も問題ないじゃない」

 

 なまめかしく微笑み、フレイは再び、キラの胸に身を寄せた。

 キラは今度は、抵抗できなかった。

 

「『わたしのことを考えて、力が湧いた』って云ってくれた──なら、わたし達を阻むものなんて、もう何もないでしょ……?」

「フレイ……! えっ、だって──」

「気付いたの。わたし、あなたにひどいこと云ったけど……それでも、あなたがわたし達のために戦ってくれているとを思うと、パパみたいになるんじゃないかって、心配で。胸が痛むの……」

 

 それだけ強く、想ってくれている、ということ……?

 キラは呆然として、腕のやり所を探した。このまま、少女を抱き留めて良いものか。それとも、引き剥がすべきか。

 腕が、頭に問いている。

 その時、フレイが顔を上げた。潤んだ眸で、真っ直ぐにキラを見つめ、

 

「────好き」

 

 掛けられたのは、唐突な──告白。

 どくん。

 キラの心臓が、高鳴った。

 その時、キラの視界に──ステラの姿がちらついた。フレイの姿が、彼女と重なったのだ。

 

(ステラ……!?)

 

 慌てたように、キラがかぶりを振ると、幻影は消え、フレイの姿が目前に映った。

 ──また、幻影(まぼろし)

 ──いったい、どういう風の吹き回しなのだろう。

 フレイとは、関わって間もないのに、脈略もない、雰囲気もない、唐突な告白だ。

 それなのにキラの胸に、その告白は、深く突き刺さった。大きく胸を抉られたように、心臓の鼓動が暴れ出した。

 

(今、僕は……誰の言葉を……)

 

 好き。

 その声で、そう云われた時──キラの眼には、不思議とステラが映った。

 それを云ったのは、フレイなのに……!

 ──ステラの言葉(こくはく)で、心臓が高鳴った……?

 なぜ。

 ──僕はいったい、誰の(・・)言葉(こえ)を聴いている……!?

 頭が混乱する。

 どういう経緯で、フレイが僕のことを好きだと云う? 以前まで、コーディネイターを嫌っていた彼女が、本当に?

 

「わたしの想いが、あなたを守るから──……」

 

 ただひとつ、分かることは。

 その声を聴くことが────あまりにも、心地よいということだ。

 

「フレ、イ……」

 

 ひとりでは、何も出来なかった。

 でも今は──この子がいる……。

 キラはゆっくり、少女の背中に腕を回した。

 

 (いびつ)な関係の、始まりだった。

 

 

 

 

 




 設定上、この展開は、第一話の連載当初から予定していました。
 ですから一応、当初の設定(描写)と異なっている点はないのではないか、と思うのですが……いくら〝プラント〟でも、流石にシャトルの出航記録、そのシャトルに乗り合わせていた乗客の名簿くらいは、厳重に管理しているはずだと考えました。
 その辻褄を合わせた時、パトリックはあらかじめ、ステラの生存の可能性を知っていたことになります。
 ただ、確証までは得られなかったため、あえて真実を隠すことで、アスランを大きく成長させようとしました。
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