~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

26 / 112
『低軌道会戦』

 

『ステラ・ルーシェさえ居なければ、ジョージ・アルスターは助かっていた』

 

 それは、ザフト軍に肉親を殺されたフレイ・アルスターが信じて疑わない主張である。彼女にとって、父ジョージ・アルスターは世界そのものだった。彼女の生きる世界は、いつだって父に与えられたものだけで成り立っていたからだ。

 

 父が咎めぬから──気まま勝手に振る舞い、

 父が勧めたから──中立のコロニーへ進学し、

 父が招いたから──サイ・アーガイルとの婚約を了承した。

 そして、

 父が嫌ったから──彼女もまた、コーディネイターを嫌った。

 

 他ならぬ世界そのものである父が、コーディネイターに殺された。

 フレイは「〝ディフェンド〟がちゃんと役割を果たさなかったから、先遣隊は全滅した」と主張し、この意見に誰かしらの賛同を求めた。が、無論そんなものは言い掛かりだ。あの状況にあっては戦況を覆すのは難しく、それをたかだか最新のモビルスーツと、みずから前線に出て戦った少女ひとりの責任として問うのはナンセンスな話だ。

 それでもフレイは、この主張を決して曲げようとはしなかった……曲げることを絶対に認めなかった。過去を検証することなどできないが、フレイは父を失ったショックから心を守るため、ステラという少女ひとりにすべての責任を擦り付けているようにも見える。

 

『〝ディフェンド〟さえ居なければ! パパの船は無事だったかもしれないじゃない!』

 

 割り切れない感情は、ここぞとばかりに泣き喚く。

 まるで、駄々をこねた稚児のように。

 

『なのにどうして! 私のパパより、あんな女が優先(えら)ばれたのよぉ!』

 

 それはあまりに幼く、無知な者の甘ったるい言い掛かりなのかもしれない。論理ではない激情は──理不尽に対する、理不尽でしかないのかもしれない。

 誰かを激情の捌け口に当てることでしか、今の彼女には、砕け散ってしまいそうな自分の心を繋ぎ止める方法が無かったのかもしれないが……。

 

 ──たしかに、パパを殺したのはザフト軍かもしれない……でも、そもそもの要因を作り出したのは〝ディフェンド(アイツ)〟でしょう……!?

 

 あいつが足を引っ張ったから。

 あいつがキラを惑乱させたから。

 

 ──だから、パパは殺されたんだ!

 

 それはあまりにも、手頃な責任転嫁でしかなく。

 訊けば、キラがコーディネイターであるように、ステラもまたコーディネイターであったと云う。

 

 ──『(コーディネイター)』が、憎い。

 

 父を殺したのは『敵』

 父を守れなかったのも『敵』

 ステラは、ザフト軍のコーディネイターに連れ去られたと聞いた。 

 行き場を失った理不尽な怒りや憎しみは──ステラの『同類』にして、フレイの目の前に在った──コーディネイターのキラ・ヤマトへと辿り着いた。

 彼もまたステラと同類だ……同罪だ。

 あんなやつのために、父を見殺しにしたから──!

 

「このままでは終わらせない」と、心に誓った。

 

 コーディネイター達に、安穏なんて与えない。

 私が受けた同じほどの苦しみを、悲しみを、心の底まで植え付けてやるのだ。

 

「私、軍に志願しようと思うの」

 

 彼女は、その一歩を踏み出した。キラを戦場へと引きずり出すために。

 フレイの自室。

 そこには、部屋の主であるフレイと、キラの姿があった。唇を重ね、互いの傷を舐め合うように抱き合った後、フレイは小さくキラに告げた。

 

「パパが殺された時はショックで、もうこんな所にはいたくないと思った……。でも、もうこれで安心なのか、本当に私はこれから、平和に暮らして行けるのかって思った時──やっぱり、逃げ出すのは違うなと思ったの」

 

 世界は依然として戦争をしている。中立国に逃げ込んだからと云って、その事実は変わらない。

 

「パパは戦争を終わらせるために働いてたのよね……? だったら私も、戦争を終わらせるために働きたい。わたし気付いたの、このままじゃ、戦争は終わらないってこと」

 

 そう……。

 その瞬間。フレイの口が、切り裂けたように嗤った。

 ──「コーディネイター(あなたたち)を滅ぼすまでは、戦争は終わらない」ということに気付いたから…………。

 フレイは口内でそう続け、キラを見据えた。

 

「本当の平和と安心が、戦うことでしか手に入らないのなら、私もパパの遺志を継いで戦いたい。後でラミアス艦長達に伝えるつもり……私の力なんて、何の役にも立たないかもしれないけど」

 

 キラは、愕然とした表情を浮かべる。

 ──そうやって、迷えばいい……。

 ──このまま下船するなんて、許さないんだから……。

 キラはコーディネイターで、地球軍で戦う存在であればいい。

 コーディネイターとコーディネイターが戦い合い、滅び合えばいい。それこそが、父の敵を取るためにフレイが選んだ、復讐の方法なのだから。

 

 

 

 フレイの部屋を退室すると、偶然にも、目の前に居合わせたサイとカズイに「除隊許可証」を手渡され、キラは書類を眺めながら、気が付けば格納庫に足を運んでいた。

 〝ストライク〟の眼前までやって来、それと、まるで意思疎通でも交わすかのように見つめ合う。キラの心には、躊躇いが生まれていた。

 

 ──本当に、このまま艦を降りていいのか……? 

 

 フレイが、軍に志願するほどの決意を下した。

 彼女の父が殺されたことには、キラ自身も「負うべき一端の責任がある」と考えている。そんな自分が、このまま民間船のシャトルに乗って〝オーブ〟へ?

 この迷いは、同情から来る哀れみでしかないのだろうか?

 そんなもののために決意を下して、いいものなのか。

 茫然として〝ストライク〟と顔を見合わせるように滞空していた時、ふと、背後から声を掛けられた。

 

「──キラ・ヤマトくんかな?」

 

 キラはハッとして、背後を振り向く。

 人気のない格納庫は、声がよく響いた。掛けられた声元を辿れば、キラの優れた視力は、遠方に据える精悍な男性を捉えた。年齢を感じさせない引き締まった身体つきに、黄褐色の口髭を蓄えている。将校らしき人物だ。

 男性はキラがこちらに気付いたのを認めると、地を蹴り、慣性でキラの許まで寄って来た。口元には、敵意のない微笑みが浮かんでいる。

 

「思い詰めた顔をしているな。何か、悩んでいるのかね」 

「えっ……」

 

 キラが怪訝な貌をして、現れた男性を見据える。

 

「報告書を見ているんでね。──わたしはデュエイン・ハルバートン。この第八艦隊の司令官を務めている者だよ」

 

 キラは慌てたようにぎょっと目を張った。

 その名に、キラも聞き覚えがあったのだ。

 

「じゃあ、あなたが〝ストライク〟を造ったという──?」

「ああ。──直接開発したわけではないが……〝G〟計画を提唱したのは、私だよ」

 

 慌てて身なりを整え始めるキラに、ハルバートンは笑みを見せた。

 

「いわば〝ストライク〟を含めた──五機の〝G〟の生みの親、という立場になるのかね。だがまあ、そのせいで〝ヘリオポリス〟を巻き込んでしまったことを考えれば……あそこに住んでいた君達には、憎まれても仕方がない男でもある」

「……?」

「そのことについては、本当に申し訳なく思っているよ」

「あっ。い、いえ……」

 

 訊ねてもいないことを率先して解き明かし、謝罪の言葉を述べるあたり、提督と呼ばれる割には、非常に潔い人物であるように感じた。

 だが、キラは眉をひそめ、言葉を反芻した。

 

「あの……五機、って…………?」

 

 違和感を覚えたキラが、ハルバートンに訊ねる。

 記憶の中では、開発された〝G〟は、六機のはずだ。

 指摘され、ハルバートンは思わず、提督らしからぬ虚を突かれた表情を作った。

 

「あ。ああっ、そうか、完成したのは六機だったね。なにしろ〝ディフェンド〟は、急遽、一機だけ遅れて開発されることが決まってのでな……すっかり忘れてしまっていたよ」

 

 私が確認した時は、まだ五機だけしかが開発されていなかったんだよ、と付け足す。

 それを聞いて、キラは一気に警戒心が解けた。提督という肩書を聞けば、バジルール中尉よりも数倍として堅苦しい人物なのではないかと思っていた。だが、うっかり物忘れをするという一面、人間味が垣間見てしまっては、そんなイメージも一気に崩れ去ってしまった。

 マードックやノイマンも云っていた。

 〝ディフェンド〟に使われている技術は、本来〝G〟を造り出した大西洋連邦は、持ち合わせていないはずの技術だと。

 その技術をどこかで手に入れた大西洋連邦が、〝オーブ〟の〝モルゲンレーテ〟社と共同して、最も遅くに開発着手に掛かったのが、あの機体なのだと。

 思い返しているキラに、ハルバートンは訊ねた。

 

「きみの悩みは──〝ストライク(こいつ)〟かな」

 

 核心を突くよう唐突に訪ねられ、キラは動揺を隠せなかった。

 だが、目の前の男性には虚言もすべて見透かされてしまうような気がして、自然と本音を吐露していた。

 

「その……このまま〝アークエンジェル〟を降りてもいいのか、正直、よく分からなくて」

 

 キラがここで下船すれば、この艦はどうなって行くのだろう? 想像が及ばない。

 アラスカへ降りた後は、この艦はまた戦場へ赴くのだ。戦艦なのだから当然のことだが、そうなれば自分以外に〝ストライク〟のパイロットが見つける……見つかるのだろうか?

 一方でキラ自身もまた、何もかも途中で放り出して、そうして平和に生きていけるのか。ハルバートンは、そんな逡巡を見透かすように云う。

 

「たしかに、きみの力は魅力的だよ──あくまで軍にとってはな。今のきみが何を悩むかはわかる……が、きみがいるからといって明日にはこの戦争が終わるわけでもない。戦争とは、そんな甘いものではないからな」

 

 キラが思い悩む先に、ハルバートンは誘導するのではなく、ヒントを与えるようにして話す。

 ハルバートンはどうやら、キラに〝ストライク〟を強要するほど底の浅い人物ではなく、非常に潔い人物のようだ。キラを見据える視線にも、一切の敵意や悪意は覗かれない。

 

「でも、出来るだけの力があるなら、できることをしろと……!」

「きみに、その意志があるなら──な」

 

 キラはその言葉に、ハッとする。

 ハルバートンは真摯にキラを見据え、続ける。

 

「きみが何を望み、何を為さんとしてゆくのかは誰でもない──きみ自身が決めることだ」

 

 フレイに対する負い目からでも、友達を守らねばならないという義務感からでもない。ハルバートンは、そんなものはいつしか重荷になるだけだと付け足す。

 

意志(おもい)は人を突き動かす──善き方悪しき方、どちらに向かおうがその力は強靭だ。意志なき者には、何もやり遂げることは出来んよ」

 

 キラ・ヤマトが持つ「コーディネイターとしての力」は、非常に魅力的だ。

 それは、キラのこれからの人生の中でも、決して逃れることのできない(くびき)にして、その重みが、肩から降りることはないだろう。

 しかし、キラは改めて啓蒙されるような感覚を憶えた。

 

(『嫌だから』と云って、嫌なものから目を背けたって……そうして逃げた先では──また、嫌なもの(おなじもの)に出逢うんだ)

 

 戦争なんてしたくない。

 モビルスーツを操れてしまう自分の能力が嫌だ。

 そう嘆いて逃げ出したところで、世界は依然として戦争をしているのだ。

 なら、見方を変えてみればいい。

 こんな戦争が嫌だと思うなら。戦争をやめさせるだけの一端の力が、自分にあるのなら……!

 

(コーディネイターの僕にしか、今、出来ないことがあるなら……)

 

 キラが決意を新たに、息を吐く。

 あかぬけたその表情を見て、ハルバートンは勝気に笑う。

 

「──答えは、出たかね?」

「──はいっ」

 

 それは、義務感や責任感に追い詰められた者の声ではなく、確信と意志に満ちた、若々しい少年の声だった。

 自分には、力がある。モビルスーツを動かすだけの力が。

 ──守ってみせる……僕が〝アークエンジェル〟を……!

 それが、キラの決意であった。

 

 

 

 

 

 

 

 それから数十分。民間人を〝メネラオス〟へと移送した〝アークエンジェル〟は、後に「低軌道会戦」と呼称される戦闘に突入していた。

 〝アークエンジェル〟のアラスカへの降下を阻止せんとするクルーゼ隊を主とするザフト軍が、戦闘を仕掛けて来たのだ。ハルバートン率いる第八艦隊は、これを迎え撃つ。

 

「〝G〟の開発を軌道に乗せなければ、地球軍(われわれ)に未来はない! なんとしても〝アークエンジェル〟をアラスカまで守り抜く! ────正念場だぞ、地球軍の底力を見せてやれ!」

 

 第八艦隊はみずからが盾と構え、艦隊の中心に〝アークエンジェル〟をしまい込む。地球へ降下させることを先決に、戦闘への参加は認めていない。

 ──かの『大天使』は、ハルバートンの情熱の結晶だ。

 地球軍の未来を担う、いつかは勝利の代名詞となるように──そのためになんとしても守り抜けと、力説には、言葉以上の意志の強さが込められていた。

 密集陣形を展開し、徹底抗戦の戦闘態勢を取る。

 対するザフト軍、この作戦の指揮官を務めるクルーゼは、

 

「こちらの庭にいる内に沈めた方が賢明だな。第八艦隊が誇る智将デュエイン・ハルバートン共々、足つきにはここいらで御退場を願おうか」

 

 冷徹にして冷酷な指示が飛び、〝ガモフ〟〝ツィーグラー〟〝ヴェサリウス〟の三隻が、第八艦隊への攻撃を仕掛けた。

 出撃した〝ジン〟は六機。ならびに〝ヴェサリウス〟から〝デュエル〟〝バスター〟〝ブリッツ〟が出撃している。

 形勢は、まるで一方的なものとなっていた。強奪されたGATシリーズの圧倒的な火力、鮮やかに見えるまでの機動性を前にしては、第八艦隊はあまりに役不足だった。

 防衛のため出撃した地球軍のモビルアーマーはたちどころに撃墜され、数多き僚機を失って素晒しにされた戦艦が続けざまに撃沈されてゆく。

 モビルアーマー〝メビウス〟の火線を、掻い潜るように急速に接近した〝デュエル〟は、新型の装甲を装備していた。元々、開発の経緯でベース機として生まれたため、突出した性能を持たないそれはGATシリーズの中では良い意味で汎用性が高く、悪い意味で貧弱──そしてこの数日間の戦闘を経て、後者の難点が露呈し始めていた。これを補うために、ザフト軍が独自の追加武装「アサルト・シュラウド」を搭載させたのだ。

 イザークの駆る〝デュエル〟が、一隻の戦艦に向けてグレネードを放つ。被弾と同時に着弾口から火炎が巻き起こり、続けざま、放たれたビームライフルに穿たれた戦艦は、半ばから折れるように割れた後、大きく爆散した。〝バスター〟は二丁の銃をドッキングさせ、連結された砲口から強力な散弾砲を放つ。砲火は回避行動が遅れた数機のモビルアーマーと戦艦を巻き込み、圧倒的な火力で深淵に炎の華を咲かす。〝ブリッツ〟は抜き打ちにミラージュコロイドを展開し、目標をロストした戦艦に動揺の色が浮かぶのを捉えた直後、零距離まで接近した後、艦首から先を攻守複合盾(トリケロス)に備えられたビームサーベルで斬り裂いた。

 

「〝セレコウス〟被弾、戦闘不能!」

「〝カサンドロス〟沈黙……!」

「〝アンティゴノス〟、〝プトレマイオス〟撃沈……!?」

 

 オペレーターの上ずった声は、地球軍の圧倒的な劣勢を指し示していた。

 戦況は呆気なく、それでいて滞りなく、ザフト軍の優勢に傾きつつあると思われた。

 しかし、戦況を俯瞰するクルーゼの貌は一向に晴れることはなかった。

 

「〝イージス〟がいない分、作戦に遅れが出ているか?」

 

 クルーゼの問いに、アデスが答える。

 

「そのようで。しかし〝足つき〟から〝ストライク〟が出て来ない限りは、こちらも楽ですな。このまま艦隊を全滅させるのは、時間の問題かと思われます」

「あまり長引かせてもいられないのが今回の作戦だよ。奴等の狙いはあくまで〝足つき〟を降ろすこと。功を焦って追撃し、我々まで地球の重力に曳かれてしまっては、ひとたまりもないからな」

 

 宇宙艦である〝ヴェサリウス〟は、大気圏へと突入する際の高熱に耐えるだけのスペックを持たず、それ以前に、大気圏内での運用に対応していない。

 低軌道で起きているこの戦闘は────ひとたび判断を誤れば、地球の重力に足を掴み捕られ、地上へと引きずり込まれかねない。そのような事態は、宇宙艦にとっては大惨事に等しい。

 大気圏との摩擦に耐えられる装甲を持った機体ならばまだしも、宇宙艦に乗りながら限界点以上に地球に接近するということは、己の死刑執行書にサインを施すようなものだ。

 

「とはいえ、ここで手をこまねいていても奴等の思うつぼか」

 

 クルーゼは、どこか攻めあぐねていた。中央艦隊へと部隊を突入させて良いものか、迷っているのだ。

 〝アークエンジェル〟からは、いまだに〝ストライク〟も〝ゼロ〟も出撃せず、中央付近の艦隊に囲まれたまま、依然として安全な航行を続けている。周囲でどれだけの戦艦が駆逐されて行っても、その動きは変わらない。ハルバートンの指示によって、大切にしまい込まれているのだ。

 

 ──アラスカへ降ろしたいがゆえの、必死の策というわけか。

 

 これに誘われるように応じて、中央艦隊まで無鉄砲に突っ込んでいくことも出来る。不可能ではない。

 だが、その途中で『制限時間』が訪れ、MS部隊が重力に曳かれ始めようものなら、指揮官としては立つ瀬がない。カタログスペック上は〝デュエル〟〝バスター〟〝ブリッツ〟の三機も、単独での大気圏突入を可能としているが、所詮はそれも、あらゆるデータ値から割り出した机上の空論に過ぎず、機体自身に成功実績があるわけでもなければ、これを操るパイロット達にさえ大気圏突入の経験はない。機体は無事でも、コクピットの内側は想像を絶するほどの高熱に晒され、地球に落ちてからもまた、着陸地点が悪ければ叩きつけられる危険性もある。

 かくも不幸が見越される誤審を犯すのは、指揮官としては賢明ではない。重力を前にしては、宇宙での戦闘を守備範囲とする彼らはいささか分が悪いのだ。

 こんな場所で焼け死ぬのは、まっぴら御免だ。

 

 ──攻めあぐねている。重力を前にして……?

 

 あわよくばクルーゼは、重力を気にせず突貫する勇者(・・)──自殺志望者──でも現れてくれることを期待した。

 ──そう云えば……〝ガモフ〟の艦長は、かなり生真面目な性格をしていたか……。

 ふっと考えが過り、クルーゼは黙り込む。逡巡しながら友軍艦のローラシア級(ガモフ)へと視線を遣わし────口元に冷ややかな笑みを浮かべた。

 すぐに、アデスへと指示を飛ばす。

 

「〝デュエル〟〝バスター〟〝ブリッツ〟に打電。──『あまり深追いするな』と、伝えるだけは伝えておけ。大人しく助言を聞き入れるかどうかは、また別だがね」

 

 その声には、いささか部下達に対する諦めのようなものが混じっていた。

 帰って来るとすれば、ニコルくらいのものだろう。残りの二名は血の気に溺れ、引き際を見失って落ちる(・・・)

 薄情にも聞こえるが、聞き分けがないのであれば仕方がない。

 それ以前に、仮面を付けて表情を張り付けたように振る舞う男に温情を求めること自体が間違っているのかもしれないとアデスは思うのだが、なんとなく、そんな予見がついていたクルーゼであった。しかし、アデスはその時、彼の言い草に疑念を抱いた。

 

「他の〝ジン〟には、打電しなくてよいので?」

「云っても無駄さ」

「は?」

 

 アデスは、上官の云った言葉の意味が、分からなかった。

 眉を顰め、唖然として振り向けば、クルーゼの眼は既に別の方向に向けられており、突出気味である〝ガモフ〟を、一心に見据えていた。

 

 

 

 

 

 

〈すごいじゃないの。結局、坊主らの同級生、誰も退艦しなかったんだって? それよか、後輩のお嬢ちゃんがひとり仕官したとも聞いたしな〉

 

 格納庫にて発進命令を待つ〝ゼロ〟と〝ストライク〟の中で、キラとムウは通信を取っていた。

 ムウはいつものように軽薄な笑みを浮かべて、いつものように薄っぺらい言葉を吐いているが、その表情はどこか、強い責任と寂寞感を帯びているようにも見えた。

 ──あんまり若い(もん)を戦場に縛り付けるのってのは、大人としては、いい気がしないが。

 ムウ自身も、初めて敵を撃墜して、人を殺したのは早かった。そんな彼だからこそ、云えた言葉であるのか。

 よもや〝ヘリオポリス〟で回収し、野戦任官になっていた少年少女が、軍の志願兵になるとは……。

 トール・ケーニヒ。

 ミリアリア・ハウ。

 サイ・アーガイル。

 カズイ・バスカーク。

 そしてフレイ・アルスター。

 志願自体が、彼らなりに思うことがあっての決意だったと思うのだが、それはあまりにも幼く、甘いものだ。

 戦争という現実を前にして────この決断を、いつか彼ら自身が後悔する日が来ないよう、ムウはひそかに祈った。

 

〈──で、おまえはいいのか?〉

 

 話が自分の方に向き、キラは苦笑する。

 この男が云いたいことは、なんとなく分かっている。キラは元は〝ヘリオポリス〟の学生だが、コーディネイターという意味では、他の学生達とは、まったく置かれた立場が違っている。

 艦橋で席に座り、与えられた役割をただこなす彼らとは決して違う──モビルスーツに乗って、いつ撃たれるかも分からぬ 最前線で戦うという決断を、キラは下した。だから今──こうして〝ストライク〟にも乗り込んでいる。

 そこに、本当に後悔がないかを、訊ねているのだろう。

 

「自分で、決めたことです」

 

 ミリアリアの声が響き、〝ストライク〟の両脚が、発進用のカタパルトに装着される。

 マリューやハルバートンにも、この決断を、この意志を表明してある。そんなキラの選択を、彼女達は決して喜んでいないように見えた。

 無論、彼らにとってそれはは都合の良いことであったために、感謝はされたが、浮かばぬ面持ちで云われる感謝の言葉(ありがとう)ほど聞いていて心地悪いものはないなと思った。

 

「出来るだけの力があるなら、出来ることをしろ──ですよね?」

〈あっちゃあ……生意気なんだよっ、この若造が〉

 

 映像に映ったムウが、罰が悪そうにみずからの髪をかき上げた。

 

〈なら、もうこれ以上云うことはねぇけどな……浮き足立ったり、自惚れたりは禁物だ。ま、こりゃあ軍人(パイロット)としての大先輩からのアドバイスと思って受け取っとけ〉

 

 やれやれと嘆息つきながら、ムウが冗談めかして云う。

 次の瞬間、ハッチが開いた。

 「発進、どうぞ」と声が響く。

 

〈ともあれ、俺達が出なきゃあ艦隊も長くは持たない。ギリギリの戦いになるが、絶対に帰って来るぞ〉

「はいっ」

 

 エールストライカーを装備した〝ストライク〟と〝ゼロ〟が──この瞬間、宇宙空間へと飛び出した。

 

 

 

 

 

 クルーゼ隊、ならびにザフト軍の狙いは〝アークエンジェル〟だ。

 当艦が現宙域にいる限り、彼らは必ず攻撃を続行する。ならば〝アークエンジェル〟だけでも、先に地球へと降下してしまった方が、全体の損害は少なく済むのではないだろうか?

 その判断の下、〝アークエンジェル〟は第八艦隊よりも先に、戦線を離脱し、地球への降下準備に入った。無論、そうなれば降下予定が大きく早まってしまうため、北米大陸の西端に位置する地球軍本部(アラスカ)への降下軌道を確保することは出来なくなるが、直接的に降下することが不能になったとしても、地球軍の領空内域に降下することができる。

 〝アークエンジェル〟クルーも、第八艦隊に包まれたこの状況に安心している者は少ないはずだ。先遣隊がやって来た時、三隻の友軍艦は〝イージス〟と三機の〝ジン〟によって、容易く全滅させられてしまったのだ。そして今回は〝デュエル〟〝バスター〟〝ブリッツ〟が敵として現れ、いくら艦隊と云えども、ムウやキラが出なければ、このままでは〝アークエンジェル〟すら危ういと判断されたのだ。

 そうしてキラが発進した先、即座にナタルとムウからの通信が入る。

 

〈フェイズスリーまでには戻れるよう、本艦との距離と自機の高度には常に気を配れ。スペック上は問題ないが、やった人間はいないんだ。中がどうなるかまでは分からんぞ〉

〈そういうことだ、坊主。〝ストライク〟を失えば、アラスカへ降りても何の意味もないんだ、気を引き締めろ!〉

 

 通信を受けたキラが頷いた後、一気に高度を上げて〝デュエル〟達へと向かおうとバーニアを噴かした。

 しかし、思うように高度が上がらない。

 機体の動きが、いつものそれに比べて、明らかに鈍重なのだ。

 

「重力に曳かれてるのか……!」

 

 人工的に重力が造られていた〝ヘリオポリス〟とは、比べ物にならないほどの重力──本物の、地球のそれ。

 機体の推進力さえも奪われてしまうほどに、何か得体の知れない腕に、機体の足が掴まれているのではないかと思えてしまうほどに、それは体感として、鈍重に感じる。

 帰還のタイミングを逃せば────本当に〝アークエンジェル〟から引きはがされてしまうかもしれない。

 肝に銘じながら、キラはスロットルに手を掛けた。

 

 

 

 

 

 その瞬間──〝ガモフ〟が動いた。

 突出気味というより、〝ガモフ〟は完全に〝ヴェサリウス〟や〝ツィーグラー〟から突出して、単独で第八艦隊の輪の中心部──中央艦隊へ特攻を開始していたのだ。当然、単独で突出した宇宙母艦は、艦隊からの無数の砲火を一心に浴びることになる。それすら厭わず、突撃を仕掛ける……?

 ──まさか、刺し違えるつもりか……!? 

 〝ガモフ〟に配属されている数機の〝ジン〟は、母艦の思わぬ動向に一瞬、戸惑ったように動きを止めたが、次に意を決したように、敢然と後に続いて中央部へと突っ込んでいく。

 これを見たアデスは唖然として、顔を真っ青に染めた。

 

「〝ガモフ〟! 出過ぎだぞ、何をしている!?」

〈ここまで追い詰め……! 足つきを逃がすことは……元はと云えば、我らの不明……!〉

 

 電波状況の悪い中で、〝ガモフ〟からの通信が切れ切れに響く。

 モニターに映る艦長の顔は、いつものように生真面目なそれだった。

 

〈足つきは……必ず我らが────! …………〉

 

 距離が開き過ぎたせいか、それきり通信は遮断され、モニターにはノイズの嵐だけが映った。

 打電を受けた〝ブリッツ〟が、大人しく〝ヴェサリウス〟へと退き始める。

 それと入れ替わるように〝ガモフ〟と〝ジン〟が低軌道へと突っ込み始め、ニコルは虚を突かれたような表情になった。

 

「突撃するつもりか!? まさか、この状況で!」

 

 ローラシア級〝ガモフ〟の、背水の突撃。

 彼らによる──玉砕覚悟の突貫だった。

 

 

 

 

 

 

 地球を目の前にして──

 凄まじい『破滅』を伴う、一大の激戦が繰り広げられた。

 

 〝ストライク〟が〝デュエル〟と交戦し、ムウが駆る〝ゼロ〟が精一杯〝バスター〟の動きを牽制する。

 

「ようやく出て来たなぁ! 〝ストライク〟!」

 

 先日の敗北がよほど気に喰わなかったのか、〝デュエル〟は執念とも取れるほどの苛烈さで〝ストライク〟へと攻撃を仕掛けて来た。

 応戦するキラもまた、思わず戦闘に熱が入って、状況判断が疎かになる。

 数分が経過したか。

 いや、まだ経過していないか、それほどまでのわずかな時間の後、戦場はすぐに、真っ赤な灼熱に彩られた。

 

「──しまった!」

 

 紅く染まった景色が、キラを我に帰らせる。敵をやり過ごすことばかりに気が向いて、ナタルからの指示を失念しかけていたようだ。

 キラはすぐに頭を廻し、周囲の状況を確認する。

 下方には、思わぬほどに距離が離れていた〝アークエンジェル〟と、まるで〝アークエンジェル〟を庇うかのような位置に据える〝メネラオス〟の姿が映る。

 ──まずい、急いで戻らないと……!

 キラはすぐに機体を翻し、高熱を帯び始めた〝ストライク〟は即座に、重力に曳かれるままに転進した。

 〝アークエンジェル〟のブリッジで、ノイマンが声を発す。

 

「フェイズスリー、突入限界点まで二分を切ります! ──融除剤ジェル、展開用意!」

「〝ストライク〟と〝ゼロ〟は!?」

「フラガ大尉の着艦を確認! あとは……キラ!?」

 

 ミリアリアの悲鳴にも似た声が響く。

 それと同時に、マリューも大きく声を上げた。目の前のモニターに映る、切れ切れの映像には、マリュー自身のかつての上司の精悍な面持ちが映っている。

 

「ハルバートン提督! これ以上の護衛は無用です! これ以上高度を落としては──〝メネラオス〟では!」

〈君達は、なんとしても無事にアラスカまで送り届ける……! それが我々の任務だ!〉

「しかしっ……!」

 

 いくらアガメムノン級(メネラオス)と云えど、宇宙母艦であることに変わりはない。大気圏に突入できる仕様ではなく、万が一、重力の井戸に吸い込まれてしまっては……!

 だが、ハルバートンの意志は揺らがない。強い決意があるように伺え、大抵の人間に出来たことではない。その証拠に、その傍らにあるホフマンが焦りに満ちた声を上げた。

 

「彼女の云う通りだ、艦長! これ以上高度を落とせば……この艦の推力では、軌道上まで戻れなくなる!」

 

 ハルバートンは冷静に、それでいて激しく返す。

 

「戻った所で、アレの餌食になるだけだ!」

 

 ハルバートンが怒鳴りを上げ、我に帰ったホフマンが、頭上を見上げる。

 艦長に示唆されたもの──それは一隻として、突出して中央艦隊まで攻め込んで来たザフト軍のローラシア級艦──〝ガモフ〟だ。

 

「なッ……」

 

 これを見たホフマンが言葉を失い、絶望に表情が染まる。

 黄緑色の巨大な宇宙母艦は一斉射撃を仕掛けながら、がむしゃらに高度を落としつつある。

 我が身を顧みず、〝アークエンジェル〟を追撃しに来ているのだ。

 砲門という砲門をすべて開き、まさに背水の陣──〝メネラオス〟を庇うように進み出た駆逐艦〝リンカーン〟に対して、無数の光条を撃ち放っている。

 

「なんという……!」

 

 〝リンカーン〟と〝ガモフ〟が、互いに激しく撃ち合いを始めた。

 激しい応射を交わした後、その勝敗は────〝ガモフ〟によって制された。

 ドレイク級の戦艦が半ばから真っ二つに叩き折れ、中から散らばった〝モノ〟が、悲鳴を上げて、瞬時に業火に飲み込まれていく。

 だが! と、ホフマンは生に縋るように願った。

 ──敵のローラシア級の方も、限界が迫っているはずだ。

 数多の被弾部が朱の炎を上げ始め、耐え難い灼熱を前に、船体自体が崩壊し始めている。これでは戦闘継続すら危うい! 諦めろ!

 切に願うホフマンであったが──。

 それが、どうした。

 その瞬間。傍らのオペレーターが、なかば裏返ったような声をあげる。

 

「敵ローラシア級! 〝アークエンジェル〟を照準(ロック)しました!」

「まだやるのか……!?」

「前へ出ろ! 射線上に出て、なんとしてもあの艦を守れ!」

 

 ハルバートンが、すかさず指示を出す。

 ──莫迦な……ッ!

 その指示がいったい、何を示すのか、本当に分かっているのか……!?

 ホフマンは一帯を見回す。クルーのみな、ハルバートンの指示に従ってはいるが、そのほとんどが激しい不安の色を顔に浮かべ、中には今にも泣き出しそうな者の姿も認められた。

 

「かの艦は明日の戦局のために、決して失ってはならぬ艦である! 前線で戦う生身の兵士たちの旗頭となるべきものだ! ──身を挺してでも、守らねばならん!」

 

 ローラシア級はどうあっても、『大天使』が地球へ降りるのを阻止するつもりだ……放っておくわけには行かない!

 既に〝アークエンジェル〟は降下準備に入っている。上方から狙撃されれば、反撃の余地はない。

 

「避難民のシャトルを脱出させろ!」

 

 ハルバートンの声に、ホフマンは悄然とする。

 拳一杯に力を加え、これをぎゅうと握りしめた。

 覚悟を決めた面持ちで、部下達全員に、決死の指示を飛ばす。

 

突入限界点(ここ)を突破させるわけにはいかんのだ! 〝メネラオス〟は盾となって、敵の砲火から〝アークエンジェル〟を守るぞ!」

 

 ハルバートンの呼び声と共に、次の瞬間──〝メネラオス〟の砲門が火を噴いた。

 

 ──ここで〝アレ〟に落とされて…………たまるかッ!」

 

 満身創痍の〝ガモフ〟へ向け、無慈悲にして、無容赦の砲線を放つ。

 だが、負けじと〝ガモフ〟からも、無数の砲火が飛来する。

 勝敗を決するは──武装の威力か? それとも、残された装甲の強度か?

 あるいは────互いに譲らぬ、人の想いの強さか?

 互 いに被弾し合いながら、地力の勝負が繰り広げられた。互いに激しい被弾を受けるたび、双方の船体は大きく傾き始め、業火に包まれた装甲は、いつ内側から爆発を起こしてもおかしくはないほどに膨れ上がる。

 大気との摩擦で赤く灼かれながらも、ふたつの艦は互いに撃ち合うのをやめない。

 急降下し、〝アークエンジェル〟への帰路軌道に付いた〝ストライク〟から、キラは目の前で繰り広げられる惨禍を覗いていた。

 

「無茶だ! ハルバートンさん!」

 

 キラは懸命に声を上げる。

 ──こんなことは無意味だ……!

 あれではローラシア級をやり過ごしたとしても、推力が持たない! 軌道上に戻れなくなれば、どんなに頑張ったって……!

 これだけの絶望を、人の想いが作り出したと思うと、ゾッとする。

 〝アークエンジェル〟の中でも、マリューは眸に大きな涙を溜めていた。

 

「ハルバートン提督ッ……!」

 

 みずからの命を擲ってまで、獲物を追撃する者達と、

 みずからの命を払ってでも、友軍を護り抜かんとする者達。

 目の前に映った破滅の光景は、戦争が生んだ一大の惨劇として、彼女や、少年たちの胸に深く刻み込まれた。

 

 次の瞬間────〝メネラオス〟〝ガモフ〟両艦が、内部から爆散した。

 

 戦艦だったモノの破片が無数に散り、炎の尾を引いた放射線の弧を描き、地球へと落下して行く。

 しかし、墜落することさえ叶わず、大気圏との摩擦熱で燃え尽きては──何もかもが、塵ひとつ残さずに消し飛んでゆく。

 消失の景色を目の当たりにして、キラは唖然とした。しかし、すぐにハッとして、新たなものを発見する。

 

「民間人のシャトル……!?」

 

 〝メネラオス〟が爆散した地点より、わずか下方に、民間船の機影を捉える。画像を拡大すれば、そこには、数時間まで〝アークエンジェル〟に乗り合わせていた民間人が映った。

 もしかしたら、自分もあそこに乗っていたかもしれないシャトルだ。

 ハルバートン提督は、最期まで、民間人のことを考えていた。最早、自身の母艦が持たない(・・・・)ことを予期して、先んじて、シャトルの脱出を急がせていたのだろう。

 無事、艦が爆散する前に宇宙へ逃げ出したシャトルであったが、それにしても、脱出のタイミングがギリギリすぎたのかもしれない。〝メネラオス〟の爆発の余波に巻き込まれたシャトルは、大きく姿勢制御を崩し、妙な方向に旋回しながら地球へと落下し始めていた。──どこかのパーツが、動作不良でも起こしたのだろうか。

 瞬間、キラを強い焦りが襲う。

 

「くそっ、あれじゃあ……!」

 

 不規則に旋回しながら落ちて行くシャトル。

 あれでは地球に降りることはできても、着陸なんて出来るはずがない……いや、それよりも前に、重力の加わる遠心力に、乗客の身体が耐えられるかどうかが怪しい。

 キラは咄嗟に機体を翻し、旋回しながら落ちて行く、民間シャトルへと一心にバーニアを吹かした。

 その動作を認めた〝アークエンジェル〟から、疑惑の声が飛び込んで来る。

 

〈ヤマト少尉! 何を!?〉

「シャトルを助けます! あのままじゃ、降りたって誰も助からない!」

〈勝手なことは許しません! 〝ストライク〟は──〉

 

 静止を求める、マリューの必死の声が響く。

 もしここで〝ストライク〟との接触が途絶えるようなことになれば……!

 〝ストライク〟を、アラスカへ送り届けることが出来なくなれば……!

 ここまで戦い抜き、散って行ったハルバートン提督らの思いが──すべて無駄になる!

 キラとて、その意見が分からないわけではない。

 彼女の言葉も、間違ってはいないのだ。

 ──でも……。

 それでも、だからって……!

 

「民間人を見殺しにすることだって、あの人は望んだりしませんよ!」

 

 何のためにシャトルは〝メネラオス〟から放たれた?

 誰の想いが、あのシャトルを間一髪で護り抜いた?

 残酷なまでの、この真紅の宇宙で散って行った──提督がそうさせたことだ。

 ならばそこに、優先順位なんてある筈がない!

 

『──きみが何を望み、何を為さんとしてゆくのかは誰でもない……きみ自身が決めることだ』

 

 キラの頭に、その言葉が蘇る。

 ああ。

 命令違反でもいい。なんだっていい。今はこれが正しいと思うから、やれるだけのことをやるだけだ!

 〝ストライク〟がバーニアを吹かし、がむしゃらにシャトルへと向かった。

 次の瞬間、コクピッド内に、警報音が響いた。

 

「〝ストライク〟ゥゥ――ッ!」

 

 はっとしてキラが背後を振り向けば、いつ接近したのか──〝ストライク〟は、後方から飛び掛かる〝デュエル〟によって、大きく蹴り飛ばされていた。

 

「ぐうゥ……ッ!」

 

 衝撃に揺れた機体を、キラは慌てて立て直した。

 同時に、眼前に現れた機体に目を見張る。

 ──〝デュエル〟!?

 どうして。まさか、こんな高度(ところ)にまで……!?

 慌ててキラがレーダーに目を落とせば、〝デュエル〟の他に、〝バスター〟の熱源も捉えられている。

 

〈──おいおい、イザーク! こりゃあやべぇんじゃねぇか!?〉

 

 〝デュエル〟のコクピット内には、激しく焦り、普段の皮肉屋らしく装うことをすっかり忘れたディアッカの声が響いた。──このままでは、地球に落っこっちまう!

 その声になだめられたイザークは、しかし、なおも頑として〝ストライク〟を見据えている。

 ──灼熱? それがどうした!

 Xナンバ―は、大気圏に単機で飛び込んでも、性能上は問題ないと云う。

 ──僥倖だ。

 後先考える必要もなく、ここで〝ストライク〟を追撃できるのだから。

 この時のイザークは、かつてないほどに熱り立ち、血の気に滾っていた。

 

「〝ガモフ〟の勇姿を……奴らの思いを無駄にしてたまるか! ここで〝ストライク〟を逃がせば、俺達はいい笑い者だぞ! それも、相当な腰抜け(・・・)のな!」

〈……!〉

「帰りたいならひとりで帰れ! 勝手にしろ!」

 

 心配して声を掛けただけなのに、返って来たのはにべもない怒声で。

 

〈ああっ。もうッ、くそっ!〉

 

 一瞬として悩んだ末、なかば自暴自棄に「メンドクサイ同僚を持ったなぁもう!」と胸中で嘆いたディアッカが、スロットルに手を掛けた。

 〝ストライク〟より遥か上方に構えていた〝バスター〟が、意を決したように高度を落とし、〝デュエル〟の横に据えた。

 ──()のことなんて、今はどうでもいい。

 ──機体が持つのであれば、なんとかなる!

 イザークは漠然と、そう確信していた。

 突貫を仕掛け、華麗に散って行った〝ガモフ〟の戦士達には、感化されるものがあった。〝ジン〟に乗って灼け死んで逝った彼らより、遥かに好待遇な機体を預かっておきながら、自分たちはこれまで、何の戦果も挙げられていない!

 彼らに報いるためにも、ここで〝ストライク〟を仕留めなくては……!

 

「こいつら、こんなところにまで────!」

 

 キラは悄然として、真紅の世界に舞い込んできた二機の〝G〟を見据えた。

 ──こんなヤツらと、戦ってる場合じゃないんだ……!

 シャトルを守り、そして〝アークエンジェル〟に戻らなければならない。

 ──〝ストライク〟さえ無事なら、地上に降りてから、いくらでも手立てはあるはずだ。

 それはただの、漠然とした予想でしかない。

 でも、ここで民間人を見殺しにしたら、僕は何のために〝ストライク〟に乗ったのか、分からなくなる。

 自己満足でも、自己欺瞞でもない。自分には誰かを守る、それだけの力があると信じ──守れるだけの者達の命を守りたいと願ったから、この機体に乗った。

 その答えまで導いてくれたのは──ハルバートン提督だ。

 

「今こそ仕留める!」

〈ここまで体張ってんだ! いい加減墜ちろぉ!〉

 

 〝デュエル〟が肩部ミサイルポッドから無数の誘導弾を、〝バスター〟が二丁のビームライフルをそれぞれに撃ち放ち、キラはこれを、あえてシールドで防いだ。

 対ビームコーディングが施されたシールドによって、ビームは弾かれたが、純粋な物理攻撃であるミサイルはシールドに着弾し、爆発の余波までは防ぎ切ることは出来ず、機体は強かに揺さぶられた。

 ──回避できるはずの攻撃を、なぜ?

 イザークが逡巡すると、途端、〝ストライク〟は彼らに背を見せ、すぐに後退し始めた。

 

「逃げるつもりか!?」

〈けどよ、足つきは逆方向(あっち)だぜ……?〉

 

 ディアッカの言葉の通りに、既に〝アークエンジェル〟は〝ストライク〟の進行方向とは真逆の方角に居て、降下準備に入っている。

 〝ストライク〟が何がしたいのかが分からない。

 ただひとつ、分かるのは……

 

「俺達と戦え! 〝ストライク〟ッ!」

 

 ヤツは、自分達と戦うつもりがない、ということだ。

 ここまで降りて来ているのに。

 なのにヤツは! 見向きもせずに転進する!

 

「逃がすかァッー!」

 

 盾を構えつつ後退する〝ストライク〟を、〝デュエル〟が猛追した。

 〝バスター〟はしかし、その地点からは動かなかった。元々、遠距離砲撃を得意としている機体ではあるが、もし仮に〝ストライク〟の目的が地球への降下なら、必ず〝アークエンジェル〟へと戻って来るはずだと踏んだからだ。

 ──まるで〝ストライク〟は、何かを庇ってるみたいだ。

 バッテリーで稼働するモビルスーツ同士の戦闘において、回避できた攻撃をあえて防ぐことに、利点はない。着弾と同時に被る衝撃は、すくなからず機体を揺さぶり、あるいは、電力を消費させるからだ。

 

 ──何か、他に優先すべきことでもあるのか?

 

 母艦への帰還より。

 自分達との戦闘より。

 何か「優先したいこと」が?

 ディアッカには、それが気に入らなかった。

 わざわざ自分達が、帰還できる領域から降りて来てまで、重力に曳かれてまで、追撃に来ているというのに。

 

「〝アレ(・・)〟か……!」

 

 その瞬間、ディアッカは「それ」を見つけた。

 〝ストライク〟が、第一に駆けつけようとしているもの──遠方にある、脱出邸のシャトル。

 妙な軌道で旋回しながら落下して……いや、墜落(・・)している小型船。

 〝ストライク〟は、あれを庇うために動いている。

 

「あんなモンのために──!」

 

 その瞬間──〝バスター〟が狙撃型のライフルを構えた。

 イザークの言う通りだ。〝ジン〟や〝ガモフ〟で戦った者達は、ディアッカとしても認めたくはないが、見事な戦いをした。それに対して〝デュエル〟や〝バスター〟と云う機体を預かる自分達が、大した仕事も成し遂げられていないのは、嫌気が差すほど情けない話だ。

 だからこそ、俺達がこの場所で〝ストライク〟を撃たねばならない。

 なのに〝ヤツ〟は──「あんなもの」にかまけ、戦おうとすらしない!

 

「連中は、決死の思いで戦ってたんだよ!」

 

 なのに。

 ディアッカが唇を噛みしめる。

 ──地球軍だけ(・・・・・)みすみすと(・・・・・)見逃してたまるか(・・・・・・・・)……!

 構えられた〝バスター〟のライフルが、火を噴いた。

 〝ガモフ〟の戦士達は、運命を艦と共にした!

 なのに、地球軍はなんだ!?

 

「逃げ出した────腰抜け兵がッ!」

「やめろぉぉぉっ!!」

 

 キラは声の限りを上げ、絶叫した。

 〝バスター〟より放たれた一陣の光条。これに〝ストライク〟のシールドが追いつく──その寸前になって、サーベルを振りかざした〝デュエル〟が〝ストライク〟進路を阻んだ。

 光の刃を振り翳し、咄嗟に危険を感じ取ったキラは、反射的に機体を翻した。

 

 翻してしまった。

 

 それが、キラとシャトル──双方の生死を分けた。

 〝バスター〟のビームが、シャトルの船体を貫いた。たちまちに船は炎に飲まれ、噴出する気流に飲まれ、船体は中から膨張したかと思えば、崩れた姿勢を立て直し──次に蒸発したように瞬と虚空へと消えた。

 一瞬にして、大気との摩擦に焼き尽くされた。多くの命が、一瞬にして滅んだのだ。

 「守れた」と思って────それが、大きな思い上がりであったことを知る。

 「守る」ことの意味を、キラはわかっていなかった。

 何かを守り抜こうと思ったら、徹底的に、何かから奪わねばならない。

 ただ守っているだけでは、何も解決なんてしないということに。

 

 

 こんなことになる前に、二機(おまえたち)を撃たなければいけなかった────!!!!

 

 

 なおもサーベルを振り翳す〝デュエル〟を、〝ストライク〟はシールドで受け流し、次の瞬間、膂力に任せてはじき飛ばした。

 衝撃に吹き飛ばされ、〝デュエル〟は大きく後退した。

 怒りの瞳を浮かべ、反撃に出ようとする〝ストライク〟に、ぎりぎりの通信回線で、声が届いた。

 

〈キラ…………それ以上……ダメ…………戻って…………〉

 

 ミリアリアの声に、ハッとする。

 見れば、〝ストライク〟のエネルギー底を尽きかけ、警報音が鳴り響いている。下方には、降下軌道をずらし、こちらに艦を寄せている〝アークエンジェル〟の姿もある。

 ──降下地点をズラした? 〝ストライク(ぼく)〟のために──?

 込み上げる憎しみを押さえ込み、キラはぎゅっと唇を噛み、転身した。

 エネルギーダウンを起こせば、何もかも終わりだ。〝アークエンジェル〟に辿り着くことも出来なくなり、フェイズシフトが落ちれば、まず無事ではいられない。

 

「畜生っ…………! 畜生っ……!!」

 

 〝デュエル〟と〝バスター〟もまた、エネルギーに余裕がなくなったか。

 それ以降の追撃はやみ、それどころか、パイロット達はようやく現実を冷静に思い知ったようで、初めての大気圏突入を前にして、慌てふためいて対応という対応も取れていないようだった。

 

 

 

 

 

 〝アークエンジェル〟は、降下予定のアラスカからの航路から大きく離れた軌道に付いてしまった。

 すべては〝ストライク〟を回収するためだ。

 

「もっと艦を寄せて! 〝アークエンジェル〟のスラスターなら、それができる!」

「しかし! これ以上ポイントからズレれば、艦の降下位置が……!」

「〝ストライク〟を見失って、本艦だけアラスカへ降りても意味がない! 急いで!」

 

 ノイマンは危ぶむような顔で、スラスターを操った。

 強い重力に曳かれながら、大天使はゆっくりと〝ストライク〟へと船体を近づけていく。

 

「──ただちに降下予定地点、算出して!」

「予測される、本艦の降下予定位置は…………っ」

 

 ロメオ・パルが叫ぶ。

 

「アフリカ北部です! 北緯29度、東経18度!」

「えっ……!?」

 

 明かされた座標が示す────ひとつの事実。

 アフリカ北部────そこは、

 

「────完全に! ザフトの勢力圏内です!!」

 

 〝アークエンジェル〟は、そのまま重力の井戸へと吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

 




 オリジナリティはないです、今回は。
 まあ、原作と比べれば、低軌道会戦に〝イージス〟がいない──それだけが差異なので、あまり変わるとも思えませんが。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。