~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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 切りの良い所が見つけらず、長くなりました。
 連載当初は「100も行かないだろう」と考えていた脳内小説ですが、1000を超えるお気に入り登録を頂いて感激しています! これからも頑張っていきたいと思います。


『さまよう亡霊』

 

「認識番号二八五〇〇二、アスラン・ザラ。国防委員長の命により帰投しました」

 

 アスランが〝ヴェサリウス〟へと帰投した時、これを迎え入れたのはクルーゼとニコルだった。出迎えたクルーゼが滔々として話す。

 

「よく戻った──と云いたい所だが、そう長い時間をゆったりすることは叶わんようだな。議長閣下から顛末は聞いているよ」

 

 評議会から下された命によって、アスラン達はこれより地球へ降下し、ジブタルタル基地の勢力支援に赴く。

 そんな彼らに労いの言葉を掛けるラウであるが、その背後に続いていたニコルは、ひどく驚いた顔を作っていた。一方でラウは驚くこともなく、訳知り顔を浮かべ、アスランの背後に構える「少女」へと声を掛けた。

 

「閣下がキミを特例としてザフトに迎え入れたことも耳にした。──いろいろと難しい情勢ではあるが(・・・・・・・・・・・・・・・)、アスランのため、そして議長閣下のため、気張ってくれると良い」

 

 クルーゼが声を掛けた相手は、アスランの背後に隠れるように縮こまっているステラであった。

 ニコルは少女の姿を認めて驚いた。敵として拿捕した彼女が、まさか赤色の軍服に身を纏って帰って来るなどと想像にも及ばなかったのだろう。

 声を掛けられたステラは、妙に落ち着きがなかった。

 アスランは自身の袖を摑んだまま、離そうとしない彼女を見て、懐疑する。

 ──隊長に対して、物怖じしている?

 ステラは、ラウに対して困惑したような表情を浮かべている。決して人と打ち解けるのが早い彼女ではないが、それにしても、なにか身構えているようにも見えた。

 

「……どうしたね?」

 

 ラウは拍子抜けしたように訊ねる。

 ステラは「警戒している」というよりも、クルーゼという人物(おとこ)に「どう対応して良いのか分かっていない」様子だった。怯えているわけではないが、だからと云って近寄ろうともしなければ、視線を外すこともしない。一定の距離は保ったまま、アスランの背後から恐々とした上目遣いで彼を見据えている。

 ステラは彼を、じいと観察していた。

 ──ネオに……似てる…………。

 男の姿が、ステラの中で、どうしても別の人物の姿が重なってしまう。肩まで伸びた波打つ金色の長髪。悠然と構えられた精悍な体格。顔を覆った奇妙な仮面──何から何まで、特徴が似通っている。それは外見的な話に限らず、内面的なものまでも酷似しているような気がする。声や匂いや、雰囲気だ。

 論理ではない感覚、直感が眼前の仮面の男を、ステラの中の仮面の男(ネオ・ロアノーク)と重ねて視てしまう。

 

 以前までなら、きっとその懐に喜んで飛び込んでいただろう。

 

 ネオのことはすきだった。平和な世界では、生きている価値すら認められない強化人間(エクステンデット)達に生きる世界、戦争を与えていた男だったからだ。

 だが────それだけが彼女が彼を好いていた理由である以上、今の彼女には、そんな男を慕う理由はない。ましてや、慕えそうにもない。

 ──目の前にいる(ひと)も、ネオに似てる……。

 だから、なんだか怖い。

 でもこの人は、ネオじゃない。

 この人は、ステラを利用したりはしないかな……?

 

「……なまえっ……」

 

 ステラが竦みながら、やっとのことで声を絞り出した。

 クルーゼは小首を傾げ、すぐに「ああ」と声を漏らす。

 

「ラウ・ル・クルーゼだ。アスランのいる、クルーゼ隊の隊長さ」

「ラ、ウ……?」

 

 名前を聞いて、納得する。

 似ているが、やっぱり違う。

 ──やっぱり、ネオではないんだ……。

 そう思えた時、ステラの中の警戒心は、いくらか払拭された気がした。

 

「ラウ……。ネオに、似てる」

 

 云うと、ラウは意表を突かれたような表情を浮かべた。

 彼女の横に据えるアスランが声を発す。

 

「ステラ。隊長を呼び捨てにするのは……」

「なに、構わんよ。アスラン」

 

 途端に制され、アスランが「しかし……っ」と慌て出す。

 言いくるめるような言葉が紡がれた。

 

「元々、このザフトには階級は存在しない」

 

 アカデミーで習わなかったかな? と付け足される。

 

「何色の軍服に身を包もうと、一端のモビルスーツ乗りである以上、指揮官はいれど、原則ザフト兵はみな対等の立場にあるのだよ」

 

 釈然としない顔を浮かべるアスランは、理解はしていたが、その教えにうまく納得できていない。

 たしかに、ザフトのほとんどは志願兵で構成されている。ザフトといえど、名義上は義勇軍なのだ。

 軍組織としては珍しく階級制度を採用せず、縦の繋がりを重視するより均一な横並びの体系を取っている。それは一兵卒にとっても、上官からの命令を待つより、各自の判断で行動する権限があるということでもあり──兵士ひとりひとりの、士気の高さが伺える。同時に、それは兵士達の判断力や戦闘力の高さがあって初めて実践できるものであり、コーディネイターだからこそ実現できている組織体制でもあるのだ。

 

「いい機会だ、アスラン。キミも私を名で呼んでみないか?」

「えっ!?」

「むろん、キミが良ければ、の話だがね」

 

 云われ、アスランはたじろぐ。

 まさか、隊長を呼び捨てにするなんて図々しい度胸は持ち合わせていない。彼が許可しているのだから、別に構わないのだろうが、要はアスランの心持の問題だった。

 

「い、いえ……今はまだ、ちょっと…………」

 

 云いながら、アスランは顔を伏せた。ラウは何事もなかったかのように、そうか、とだけ答えた。

 ふたりのやり取りを聞きながら、ステラはまた、強い錯覚を覚える。

 ──なだめるようなやさしい声調(はなしかた)も、ネオにそっくりだ……。

 でも、そのやさしさが────本当は「ひどく残酷なものを隠すためにある」という事実も、ステラは知っている。

 ──なつかせる(・・・・・)ために、やさしい声を出す人もいる。

 ラウは、ネオとは違うひと。

 だから、悪いひとって決めつけるのは、本当は良くないことだ。もしかしたら、本当に悪いひとではないのかもしれないから。

 ──でも、なんだか好きにはなれない。

 どこか冷たい印象があって、鋼鉄を背筋にあてこすられたような寒気がする。

 仮面のせいかもしれないが、表情や言動の裏には何か人間らしくない……鬼気迫ったモノを潜めているような……。

 ステラは思う。──もしかしたら、この人も何かを隠しているのかもしれない。

 その仮面自体が、周囲と分かり合うことを拒絶した────心の鎧のようだ。仮面を通して世界を見て、周囲に対して────何か大きな嘘を吐いているような感じがする。

 心の底からは、決してステラ達を信用していないかのような既視感を憶えてしまって、嫌悪はないが、決して好感を抱こうとは思わなかった。

 

「あの、イザークとディアッカは?」

 

 アスランがそこで、この場にいない同僚達について尋ねた。

 イザーク達がもしもこの場所に居合わせるなら、おおよそステラが赤服を着ていることに激しく抗議の声を上げるだろう。いちいち釈明するのは正直云って面倒だが、なんとなく気にかかったのだ。

 その問いには、ニコルが答えた。

 

「イザークとディアッカなら、今は地球ですよ」

「えっ?」

「前の戦闘でちょっとばかりやんちゃ(・・・・)して、地球に落っこっちゃったんです。さいわい機体ともども海面に墜落したらしく、ふたりとも無事だそうですが」

「降下地点から見て、ジブラルタル基地に身を寄せている可能性もある。君達があそこに降りたら、もしかしたら出会う機会もあるかもしれんよ」

 

 それはまた面倒な話だと、率直に思ったアスランである。

 話を戻して、ラウは続けた。

 

「キミ達がザラ委員長直々の特務を帯びている以上、残念ながら私達は、軌道上から降下を見送ることしかできないが……閣下は君達の戦功に非常に期待しておられる。──ジブタルタルの地上部隊を、ぜひとも勝利に導いてくれたまえ」

 

 睦言のような言葉を紡ぎながら、クルーゼは訳知り顔でステラの方を一瞥した。

 

「キミに関しては、ザフト兵と(・・・・・)しての初陣(・・・・・)──ということだからな……」

 

 皮肉な言葉に、ステラは返す言葉を失う。

 アスランもまた、フォローできるだけの言葉を、探し出せずにいた。

 

「降下準備が整うまでは僅かに余裕がある────地上に降りれば直に戦闘になるのだろう? すこしでも身体を休めて置きたまえ」

 

 その言葉に、ふたりは頷いた。

 

 

 

 

 

 

「────じゃ、四時間後だな」

 

 『砂漠の虎』の駐屯地、バナティーヤ。

 栄えて見える、人々の往来が活気を表すこの街に、キラ達は物資の補給のためにやって来ていた。不足した食料、飲料水、生活品、その他もろもろの調達のため、明けの砂漠と〝アークエンジェル〟の双方が補給を求めたために、キラはその「お遣い」に任されたのだ。だがキラはモビルスーツパイロットであり、野戦任官といえ少尉の階級を与えられている。お遣いという雑務は、もっとキラ以外の、手の空いた者に任せた方が良いのではないか? と余人は思うだろう。

 だが、キラがこうして外に足を踏み出したことには、しっかりとした理由があった。

 

 マリューと、そしてムウの計らいである。

 

 少し前に、マリューとムウの間では貴重な〝ストライク〟のパイロットに関する──ちょっと眉を顰めたくなるような──ある話題が持ち上がっていた。淀みのない露骨な云い方をすれば──キラがサイの恋人を寝取った、という話である。

 フレイ・アルスター。サイの婚約者である。

 その事実はサイ当人の耳にも入り、どうやらフレイのことを巡って、彼自身もキラとひと悶着あったらしい。

 あの平穏なキラが──まさか、そんなことをするなんて。

 

「自分しかこの艦を守れない、ってひとりで思い詰めて──おかしくなってフレイさんとそうなってしまったのか。そうなってしまったから、おかしくなっってしまったのか……」

「ステラが居なくなって……けどあいつ、ひとりで急に立ち直ってさ。──なんだか、嫌な感じはしてたんだよなあ」

 

 ムウ・ラ・フラガという男が、類まれなる直感力を持っていることは、過言でも、彼自身の自惚れでもない。──彼の予想は当たるのだ、良い時も、悪い時も等しく。そんな彼自身が、かねてより薄々と抱いていた「やな感じ」が、現実のものとなった。

 ステラが抜けたことで、恐らくは、キラの心にぽっかりと大きな穴が空いたのだろう。もしかしたらキラは、その穴をフレイ・アルスターという少女の存在で埋め合わせているのかもしれない。

 それはつまり────フレイ・アルスターをただの「ステラの代わり」にしているということだ。

 考えながら、渋った顔をする。

 そんな儚い感情が親友の婚約者を寝取る、という結果に繋がったのなら────それは明らかに好くない傾向だ。フレイって嬢ちゃんも嬢ちゃんで、サイっていう婚約者がいながら、どうして「それ」を許してしまうのかと思うのが────若い子達の考えることは正直、よくわからん。

 

「ともあれ、うまくないな。今の坊主の状態は」

 

 若気の至りの一言で済むのであれば、こんな話にオトナが首を突っ込んでいく必要もないだろう。だが、キラの精神状態は、少なくとも艦の今後の安全に大きな影響を及ぼすものであるだけに、こればかりは看過することもできない。

 キラはおそらく、自分の苦痛を分け合える、理解してくれる少女の存在に依存しているのだ。

 ──思えば、ふたりの『声』は、どこか似ていたかもしれない。

 そう思うと──ますますキラが、フレイの『存在(こえ)』を、ステラに重ねている気がしてならない。

 ──ああ、なんて厄介なんだ。

 崩れかけたキラのメンタルは、下手をすると『砂漠の虎』より、よっぽど手強い存在かもしれない。

 

「何か、ストレスの解消法に心当たりはあります? パイロットとして、先輩でしょう?」

「解消法……。解消法ねえ……」

 

 云いながら、ムウは視線を泳がせる。悩みつつ周囲に目を配り、その視線はやがて、ムウを見つめるマリューで止まった。

 ──よく見れば、この艦長って(ひと)は、意外といいスタイルをしている。

 ふくよかな曲線が描かれ、その中にも締まった部分が肢体に多い。女性らしい体つきの彼女だと、軍服を着ているだけだというのに、妙になまめかしく見える。思い探れば自分の好み(タイプ)かもしれない……と、そんな邪心が頭をよぎった所で、当の彼女の冷ややかな目が、自分を注視していることに気付く。下心を見透かしたような目だ。

 

「あー……」と誤魔化すように唸り、「あんま参考にはならないかも」とムウが云う。

「の、ようですわね」ひどく冷めた声で返された。

 

 半分しか開いていないその目には、「男ってやつは」という軽蔑の色が滲んでいる。

 ムウは余裕のない心境で、ようやくまともな進言を呈した。

 

「ま、外の空気でも吸わせて、別角度から刺激を与えてやるしかないんじゃない? 戦闘張りの青少年がずっとこんな艦内じゃ、陰気臭いっしょ?」

「そう、ですね……」

 

 そうして、キラはバナディーヤの町へとやって来たのだ。

 その街は、砂漠の強い日差しの下、人々の往来が出来、活気で満ちていた。物売りの声が響き、とても平和そうに見える──『虎』の本拠地の割には。

 私服に着替えたキラが、そんなことを考えていると、少し離れた場所から、芯のあるぶっきらぼうな声が響いた。

 

「おい、何ボサッとしてんだよ! 早く行くぞ!」

「あっ。ごめん」

 

 声を発したのは『明けの砂漠』の一員である、カガリ・ユラと名乗る少女だ。

 彼女は、キラと面識がある人物だった。〝ヘリオポリス〟にてカトウ教授を訪ねて来た客人にして、キラが無理やりシェルターに押し込み、それきり別れてしまったしまった硬質な金髪を揺らした少女である。少女といっても、性格は非常に粗削りで、男勝りだ。レジスタンスの戦闘員の一員であることからも、それは自明だが。

 もう両腕に持てないよ、とキラが抗議の声を上げるほど、大量の買い物を済ませたところで、ふたりは街の一角にあった雰囲気の良いカフェに腰を下ろした。

 買い物が終わり、合流予定時刻まではまだ余裕がある。

 キラはこの時、もうちょっとだけ外を出歩いていたい、という意欲に駆られていた。

 ──気分転換がしたい、

 すこしでも、自分の腹の底に溜まり込んだ鬱屈とした暗い感情(、、、、、、、、、、)を、外の空気を取り入れる吸うことで、すこしでも払拭したいという気持ちだったのだ。

 

「大方の買い物は済んだな。けど、このフレイってヤツの注文は無茶だぞ? ──〝エリザベス〟だのなんだの、こんな香水や化粧品、この街にあるもんか」

「ご、ごめん」

「はぁ? なんでおまえが謝るんだよ?」

「……あっ、そうだよね。ごめん」

 

 また謝るのか、とカガリは深くため息をついた。

 ──こいつ(キラ)はなんだか、根本的に暗い気がする。

 〝ヘリオポリス〟で私をシェルターに押し込んだ時は、もっと活き活きとした目をしていた──いや、というよりも、少なくともこんなに表情が死んではいなかった。

 キラは座椅子に腰かけ、昨夜のことを思い出す。

 

 昨夜────キラは、フレイを抱いた。

 

 キラは降下前、仲間達を守る決意をした。したには、したが──キラが選んだその「仲間」達は、結局はナチュラルで、やはりキラの「同胞」にはなり得ないことに気付いてしまった。友達である以上、キラは彼らを守らなくてはいけない。だが、自分ひとりだけがコーディネイターであるという事実によって、どうにもその友情が、一方通行であるかのように感じてしまう時がある。

 どうしようもない寂寞感に駆られ、そこに追い打ちをかけるように、戦場でもキラは孤独に戦わねばならない。

 度重なる孤独感に苛まれ、苦しくなった、

 そんな時、フレイだけが、キラの心に触れて来てくれたのだ。暖かい言葉をかけ、労わってくれた。身体を捧げることも、彼女は厭わなかった。

 だからキラは、そのぬくもりに身を任せた。

 

 ──そんな過去の事実に今、死にたいほど後悔してる。

 

 昨夜のキラの部屋では、電気の消えた暗い室内に、女性の官能的な『声』が響いていた。彼女の『声』と体温に呼応して────キラは行為を経ることで、これまで溜めこんでいた苦悩(ストレス)を一気に放出でき、彼女と繋がることで孤独感から解放されるとさえ信じていた。

 だが────現実は違った。

 行為をしている時、キラは気付いた。その最中に、なぜだか死にたくなった。

 フレイから放たれる『声』を聞く度に────キラの目には、なぜかまったく別の女の子(、、、、、、、、、)が映ったのだ。

 

「…………」

 

 室内に響いた『声』は──フレイものとは決して違う──まったく違う女の子の『声』にしか聞こえなかった。

 目の前の彼女に集中することなどできず、意識だけは、ザフトに連れ去られた後の遥か遠い方角へ飛んでいた。────肉体と精神を遠く引き剥がされたような気分になって、事後になって、ひどい疲労感と虚無感に包まれた。

 終始、キラはその『声』に金髪の少女の幻覚を視────たったの一度も、フレイをフレイとして視ることが出来なかったのだ。

 その事実が、却ってキラの中に激しい罪悪感を植え付ける。

 

 ──前々から……フレイにステラの幻影が『重なる』ことは、度々あった。

 

 だが昨夜は、それが露骨に現れた。

 だからこそ、思ってしまうのだ。

 ──僕は本当は、フレイを(・・・・)求めているわけじゃ、ないのかもしれない…………。

 結局、彼女もナチュラルで、キラの苦しみを分かってくれる存在ではないからだ。

 今さらである。

 彼女と行き着く所まで行っておいて、サイのことまで裏切っておいて、そんなことを考えるのは最低かもしれないが、最近のキラの中では、そんな疑惑ばかりが増している。

 そう思い悩みながら、暗澹な顔をしていたのだろう、カフェのメニュー表に目を通していたカガリが、そんな時、声を発した。

 

「──オマエさぁ、友達すくないだろ?」

 

 なんて急に失礼なことを言い出すんだろう、この女の子は。

 まったく脈略がない。

 キラは呆気に駆られた顔をした。

 

「な、なに、急に?」

「いや、なぁんか浮かない顔してるからさ。辛気臭いっていうか、陰気臭いっていうか……そんな顔してるヤツの所になんか、誰も寄って行こうとはしないだろうな、と思ってさ」

 

 キラは、意表を突かれたような気分になる。──いったい、どんな顔をしていたんだろう、僕は。

 「何か食うか?」とカガリはメニュー表を手渡した。受け取ったキラがメニューの一覧に目を通す。さすが食文化も違うせいか、見たこともないような料理ばかりが並べられていて、何が美味しそうなものか検討が付かない。

 妥協して「きみは何にしたの?」と尋ねたキラに、カガリは「これだ」とメニュー表の中の一品を指差した。ドネル・ケバブと書かれている。──よし、じゃあそれにしよう。

 

「おっ、来た来た」

 

 店も空いていたからか、ドネル・ケバブはすぐに運ばれて来た。

 

「さ、おまえも食えよっ! まずはこのチリソースをかけてだなぁ──」

「────あいや待ったっ!」

 

 カガリが嬉々として云いながら、チリソースに手を掛けた瞬間──突然、脇から妙な男の声が割り込んで来た。

 声を上げたのは、見慣れぬ上に目も慣れない異装に身を包んだ男だった。どこの国の意匠や文化を凝らした服なのか、派手な柄のアロハシャツに加えて、大きなサングラス、カンカン帽を身に着けている。きわめて独特な威光を放ったその姿は、喧噪な街の景観に溶け込むより以前に、明らかに目立っていた。むろん、悪い意味で。

 

「ケバブにチリソースなんて何を云ってるんだ、キミは! ここはヨーグルトソースをかけるのが常識だろう!」

「いや……なんなんだよ、おまえはっ」

 

 カガリでなくとも、こういう反応になっただろう。

 

「いや常識というよりも、もっとこう────そうっ! ヨーグルトソースをかけないなんて、この料理に対する冒涜に等しい!」

 

 顔を顰めたカガリの云うなどつゆ知らず、胡散臭い雰囲気を放つ男は力説している。

 無視されたことが、よほど気に喰わなかったのか、カガリは不機嫌そうに、今度は男の力説を無視してケバブにチリソースをぶっかけた。力説する男の「ああッ!」という悲鳴が響く。

 

「ほら、キラ。あんなヤツの云うことなんて放っといて──やるよ、チリソースだ」

「待て待てキミ、彼まで邪道に落とす気か!?」

「何が邪道だ!?」

 

 カガリがカッとして云う。

 目の前で繰り広げられる漫才的な会話が、あまりにも息が合っていて、キラは半分唖然とし、半分笑いながらふたりを見ていた。

 

「ケバブにはチリソースが当たり前だろうが!」

「いいや、ヨーグルトだ! ヨーグルトソース以外、考えられない!」

 

 思わずお金を払ってでも続きが見たくなるような会話に、キラは思わず吹き出す。──こんな楽しい会話が聞けただけでも、外に出て来た価値はあったかもしれない……。

 ──でも、この男性(ひと)はいったい誰だろう?

 初対面でカガリと食らい合う当たり、よほど度胸があるというかなんというか、とても気風のよさそうな人物ではあるが……。

 キラが思いを巡らせていると、次の瞬間────妙な『風』が、キラの肌に触れた。

 

(────!)

 

 一瞬にして大きな危機感を感じ取る。キラは咄嗟にカガリの腕を摑んで、なかば強引に引き下げると、彼女の体を己の身に寄せた。同席の男はテーブルを蹴り上げ、その陰に身を潜める。キラもすかさずその物陰に飛び込んだ。慌ててキラがカガリの無事を確認しよう目を向けると、彼女は先ほどみずからがぶっかけたチリソースの餌食になって、それを頭から見事に被っていた。一瞬誰だか理解に苦しむような姿になっていた。

 

「テロですか!?」

 

 ここは、平穏な街ではなかったのだろうか?

 キラが考えていると、現実を思い知らせるような声が響いて帰って来た。

 

「ザフト駐留下の土地は、いつだって〝ブルーコスモス〟の襲撃の的だよ、少年」

 

 足首のホルスターから拳銃を取り出していた男が叫ぶ。武装した襲撃者達が現れるのを確認して、そのひとりひとりを正確な射撃で撃ち殺していく。

 だが、次の瞬間──キラは男の死角となる地点から、機銃を構えたふたりのテロリスト達が現れるのを見つけてしまった。

 

「死ね、コーディネイター! 宇宙(そら)の化け物め!」

「蒼き清浄なる世界のために!」

 

 口々に怒号を叫ぶ襲撃者達であったが──彼らはやがて、一般人に偽装して周囲にちらばっていた、彼らとは違う武装兵(・・・・・・・・・)達の手によって蹴散らされていく。

 そうして騒ぎが収まると────さっきまでカガリと言い争っていた男は、先ほどの軽薄さが嘘に思えるような、冷静な声で、キラ達に語り掛けた。

 

「…………無事かな?」

「あ、あなたは……?」

 

 キラは男を見上げ、誰何したが────その必要はなかったのかもしれない。

 〝ブルーコスモス〟はコーディネイターを排除しようとする勢力だ。彼らがザフト……いや、コーディネイターの駐留を許可しているバナディーヤを快く思っていないことは自明だろうが、こうして物騒な暴動を起こしてまで、命を狙った人物がいるとすれば────テロリスト達が躍起になって、一心に銃口を向けたこの男は?

 男が、サングラスを取る。その姿を見て、カガリがハッと息を呑んだ。

 

「アンドリュー・バルトフェルド────」 

 

 男の名はアンドリュー・バルトフェルド。

 又の名を────『砂漠の虎』と畏怖される男である。

 

 

 

 

 

 

 軌道上の〝ヴェサリウス〟は、低軌道会戦の直後にアスラン達を迎え入れた。これにより、ジブラルタルへの降下ポイントに辿りつくことは容易かったのだが……。

 この時、アスランは〝ヴェサリウス〟のデッキにて、ひとり窓を眺め、深淵の奥に浮かんだ地球を見下ろしていた。

 

 ──父は、ステラまで戦争に巻き込んで、いったい何を考えているのだろう?

 

 彼女の存在を、連合の非道を訴えるプロパガンダとして政治に利用した後、出来るから(・・・・・)という理由だけで〝ディフェンド〟のパイロットへ選出した。それも、かなり無理のある強引な手を用いてだ。

 ──そんな理由で彼女を戦場に送り込むのなら、やっていることは地球軍と一緒ではないのか……?

 父が考えていることが分からない……いや、正確には分かってはいるのだ。父はただ、この戦争を早く終わらせたいという願いの下に行動しているのだから。

 戦争を終わらせる。────だが、どうやって?

 アスランがひとり茫としていると、そんな時、デッキにラウが現れた。

 彼は慌てて姿勢を正す。どうやら自分に会いに来たらしい。

 

「地上から連絡があってな。あいにく、ジブラルタル基地が、季節的な南下気流で悪天候に見舞われているらしい。──発着に悪影響が出ないよう、地上の天候が落ち着くまでしばしの間、君達は艦内で待機してもらうことになった」

「あっ……はい、了解しました」

「地球の天候は──〝プラント〟のようにあらかじめプログラミングされているものではないからな。このような不測の事態も、そう珍しいことではないさ」

 

 云われ、アスランはハッとする。 

 ──そうか。

 地球の天気は、人間の思うようにはいかないのだ。

 地球は、人智が一切として及ばない領域が存在する世界。──天候から何から、すべてが人の手で管理されている〝プラント〟とは真逆。これまでアスランが見たこともない広大な砂漠や、大量の水溜まり──「海」──が存在している惑星。

 ラウは唐突に、こんなことを云い出した。

 

「こうして見ると────地球とは美しい惑星(もの)だな」

 

 仮面の下にある目は、アスランではなく、下方に拡がる地球を見据えていた。

 仮面をつけた冷徹な男にそぐわぬ感傷的な発言を受け、アスランは不意に驚いた顔を浮かべてしまう。

 

「地球には何があると思う? アスラン」

 

 訊ねられ、動揺する。

 

「キミは第二世代のコーディネイターだったね。地球に降りた経験は、ないのだろう?」

「あ。は、はいっ……」

「ならば想像するといい。あの蒼く美しい惑星には、いったい何があり、何が拡がっていると思う?」

 

 唐突に、つかみどころのない質問をされ、アスランは返答に困る。

 ──なに、とは?

 砂漠や海、密林だろうか。あるいは、見たこともない動物達だ。──昆虫や、魚や、鳥類などの。

 こんな時、詩的な返事や夢のある返答を返せない自分は、人間として本当に面白味がないなと軽く嫌気が差す。

 

「────人だよ」

 

 思い悩むアスランに、ラウは短く云い告げる。

 云われた方の顔が、呆気に駆られた。

 

「あの美しい惑星にも、結局、人が生き、環境は人に支配されているのだよ」

「隊長……?」

 

 いったい、何の話を?

 そう云おうとして、その続きは遮られた。

 

「どれだけ外観が美しかろうと、どれだけ多くの生物が自然の中で生きていようと……結局あの惑星を支配しているのは、人だ。そう云った意味では、地球も〝プラント〟と本質的には何も変わらない──ということになる」

 

 真逆のはずのふたつが、同じ?

 感慨深いような、そうでないような、なんとなく不思議な感覚に囚われるアスラン。

 

「宇宙に上がったコーディネイターも、地球に取り残されたナチュラルも、所詮は人の領域(カタチ)に収まったモノでしかない」

 

 互いに異質でありながら、似た者同士であるという矛盾が、そこにある。

 

「そうして競い、己と異なる者を妬み、憎んで、末には争いが起きた。その醜い争いの幕を、人類はいつまでも引くことが出来ず──そうしてあの美しい惑星は、人の手自身に汚されるわけだ」

「えっ……」

「非常に勿体ないことだと思うのだよ、私は」

 

 それはどこか、ラウ自身の本心のようにも聞こえた。

 だからこそアスランは、彼が付けているその仮面が鬱陶しい。彼が今、どんな顔をしているのかを──珍しく覗いて見たかった。

 ここまでラウの素顔を覗いて見たいと思ったことは、これまでになかったろう。

 

「──『蒼き清浄なる世界のために』と云うのが、ブルーコスモスの口癖さ。彼らはコーディネイターを排除すべく武力を掲げ、銃を用いる──だがそれは矛盾(・・)ではないのかと、私は思う」

 

 すくなくとも、銃を用いれば硝煙が生まれる。それは地球にとって僅かながらも『害』をもたらすものであり、その延長戦にある──規模が大きくばれば大きくなるほど──重火器や艦砲は、地球に対する甚大な熱汚染被害を生む。

 汚染を生み出す『害悪』兵器を平気で振り回しておいて、何が「蒼き清浄なる世界のために」であろうか。

 

「本当に蒼き清浄なる世界のことを憂うなら、いっそ彼らを含めた人間そのもの(・・・・・・)が宇宙からいなくなってしまった方が、手っ取り早いのではないのかね?」

 

 アスランはひゅっと息を呑み、その言葉に身震いを覚えた。

 ──それは…………あまりにも、別角度からの意見だ。

 だからこそ新鮮に聞こえるのだろうか、放たれた言葉は、それを放った彼自身の存在さえも否定している。まるで、自分の死も他人の死もどうでもいいことのようかのように語られた。

 

(身も蓋もない意見だ…………)

 

 だが、考え方によってはその意見も正しい。

 間違っていない、ということが────不思議なくらいだ。

 地球は美しい。

 海があり、砂漠があり、森林が広がっている。

 だがそれは原始において『ヒトが造り出したモノ』ではなく────人類が人類として確立する揺籃期よりも遥か太古の時代から、ヒト以外のモノによって形を成したものだ。

 

「そう────たとえ人が居なくても、地球という惑星は、蒼く清浄に美しいのだよ」

 

 それを、破壊しているのは誰だ? 人ではないのか?

 今の地球は──たとえ外観が美しくとも──中を覗けば、戦争ばかり起き、熱に汚染された醜い世界。

 なんて救いのない話だろうか。

 初めから人類など存在しなければ────地球は蒼く清浄な、こうして見下ろすだけでも、美しい星のままであったかもしれないのに。

 

そこに人がいるから(・・・・・・・・・)、醜い世界になってしまったのではないのかね?」

 

 戦争なんて愚かなことをしている人間こそが、地球にとっては『害』でしかないのではないだろうかと。

 クルーゼの言葉を聞いていると、なんだか、そんな風にも思えて来てしまう。

 そう思うと、なんだか脱力してしまった。

 ──自分は、人間は……いったい何のために存在しているのだろう? 

 急に自己否定されたような気分になり、そんなアスランを見て、クルーゼはひどく楽しそうに微笑む。

 

「キミはどう思う、アスラン……? この戦争を終わらせるために、キミは、どうすればいいと思う」

「戦争を、終わらせるためには……?」

 

 訊ねられ、アスランの脳裏に、パトリックとの会話が蘇る。

 父からの借り物な言葉だが、彼はこう答えた。

 

「……『ナチュラルを滅ぼす』──でしょうか?」

「ああ……それも、間違ってはいないな」

 

 クルーゼはしかし、それを正解とは云わなかった。

 まるで獲物をいたぶるかのようにささやきかける。 

 

「だが、コーディネイターも『人』だよ。仮にキミの云う通り『コーディネイターのみが生き残った世界』が実現した時……その世界は、果たして本当に平和かね?」

 

 アスランは、心外そうな顔を浮かべる。

 平和以外に、何があるというのだろう?

 少なくとも、ナチュラルが滅べば、戦争は終わるはずだ。

 コーディネイターだけの世界になれば、すくなくとも、争いが起きることはないはずではないのか?

 迷えるアスランを打ちのめすように、ラウは小さく訊ねた。

 

「では訊くが──なぜ君は〝きみの友人(ストライク)〟と戦っているんだね」 

「…………あッ」

 

 問いかけに、アスランは絶句した。

 一段と、肩の震えが激しくなる。脈拍が上がり、呼吸は荒く、顔面の血の気がさあと引いてゆく。

 ──そうだ……。

 アスランは、ここに来て思い出す。

 酷薄な笑みを浮かべたラウに指摘され、思い返す。

 ──おれは、キラと戦っていた……!

 コーディネイターでありながら、コーディネイターと戦っていたのだ。

 アスランのその説は、クルーゼのその質問によって、見事に打ち砕かれた。

 親友と殺し合っていたという事実に、喘ぐ。

 

「コーディネイター同士ならば憎しみ合うことはないと、いったい誰が云える。互いに人である以上、そこには意見の相違も能力の差異もあるだろう。──それを悲観した過去の者達の負の感情が、こんな世界を後世(わたしたち)に残したのだよ」

 

 分かり合うことも、歩み寄ることもできなくなった時、人は長い歴史の中で、武器を取った。

 言葉が通じなくなった時、暴力に訴えるようになった。

 互いに後戻りできない事情を抱えながら、意識改革することもせず、ただ自分と異なるものを一方的に憎むことで戦争を起こした。

 ナチュラルとコーディネイターがそうであったように、コーディネイターとコーディネイターであっても、それは適用される話だ。

 アスランが、呼吸に詰まる。

 ──否定したい。なのに、否定できない……。

 分かり合うことが出来なかったから、アスランとキラは敵対しているのだ。

 だが、ならばどうすれば良いという?

 やはり人間そのものが、戦争を生み出す根源なのだろうか? 

 こんな戦争に喘ぎ、嘆いてなお、人類は意識改革を行おうとしなかった、ならば──

 

 人間そのものが滅びることでしか、戦争を忌避する方法はないというのか?

 

 みずからが破滅の一途を辿ることでしか救われないというのなら────人はなんて哀しい生き物なのだろう?

 だが一瞬、それさえも真理のようにさえ思えてしまう。

 大地より産み落とされた人間が、より高みを目指し、そこに生み出された対立が、母なる大地を汚すなら。

 いっそ滅んでしまえば、と……。

 

「……………………っ」

 

 アスランが、虚ろな目で黙り込む。

 彼の恐怖を味わうように、残忍な笑みを口元に浮かべ、ラウはひっそりと嗤っていた────。

 

 

 

 

 

 

「あ、あの……僕らは本当に、いいですから……!」

 

 バナディーヤの一角に構える……というより、聳え立つ豪勢なホテルのような建造物の前に、キラとカガリは立っていた。キラ達の前方には、何かを盛大に間違えた洋装に扮装していた『砂漠の虎』その人と、背後には彼の護衛であろう、武装を施したザフト兵の姿がある。恐れるように視線を逸らせば、そこら中には警備兵────そして、中庭には〝ジン・オーカー〟が立っている。四面楚歌の状態で、キラは必死に謙虚を装う。

 ──こんなところに連れ込まれたら、一環の終わりだ……!

 だが、そんな思いもむなしく、砂漠の虎は飄々と言いつける。

 

「ダメダメ! 特に彼女なんて、服べとべとじゃないの! 悲惨だよ? ──そのまま帰したんじゃ、ボクの気が済まないよ」

 

 キラとカガリが彼にとっての『敵』であることはまだ察知されていないようだが、ここまで云われて断るのでは、かえって不自然だろう。

 しぶしぶとキラ達が誘致されるまま進んでいると、そこへ、謎の女性が現れた。艶っぽい雰囲気を放つ、神秘的な女性だ。

 

「おかえりなさい、アンディ」

「ただいま、アイシャ。帰って早々わるいが、この子なんだ。見たまえ、この哀れもないまでにぐちゃぐちゃな彼女────どうにかしてやってくれ」

「悪かったなっ!」

 

 カッとなってカガリが云うのを、アイシャと呼ばれた女性はくすくすと微笑んだ。どうやら、バルトフェルドの厚意でカガリの着替えを行うらしい。

 だが、ここは敵陣のど真ん中だ。正体がばれていないとはいえ、彼女と離れ離れになるのは、非常に心許ない。カガリがアイシャに手を引かれて別室へ向かうのを、キラは思わず追いかけていた。

 

「ダメよ? レディの着替えに男の子がついて着ちゃ。すぐ済むからアンディと待ってて? 男の子は男の子同士、女の子は女の子同士」

「そうだぞ? キミはこっちだ」

 

 後ろ髪引かれる思いで、キラはバルトフェルドの応接室へと招待された。いや、あまりに広大で、絢爛な室内の景観に圧倒されてそう認識しただけで、実はここは彼自身の執務室なのではないだろうか? アンティークな書き物机に、使い込まれたシルクの絨毯、優雅なことに暖炉まで構えられている。ごく標準な宇宙移民の家庭で育ったキラには、目に入るものが、いちいち眩し過ぎるように思えた。

 だが、大理石のマントルピースには、唯一、キラにも見慣れたものが置いてあった。

 それの名は──

 

「〝Evidence(エヴィデンス)01〟……?」

 

 宇宙の奥から持ち帰られた地球外生命体の実在を示す化石──そのレプリカだ。

 胴の半ばから翼の骨格を突き出した、奇妙な形をした生物である。これが発見された時、世は大きく沸き上がったという。誰もが一度は目にしたことのある『希望の証』──それが、この生物の化石なのである。

 バルトフェルドはそれを見つめながら、しみじみと云う。

 

「ああ、俗称『くじら石』──地球とはまったく異なる生命の証拠(エヴィデンス)だ。……だが、人はなぜこれを鯨と呼ぶかね? 鯨に羽はないだろう?」

「ええ、でもまあ……地球外の生き物ですから……」

「ふむ。……まあそうだな。外宇宙から齎されたものである以上、何だとしても、人には不思議なものに見えるかもしれん────が、楽しくもまた厄介な代物ではあるよねえ。これも……」

「えっ?」

 

 キラはその言葉に反応して、振り向きざま、男を見据えた。

 その表情はいたって真剣で、まるでキラに、語り掛けるように云う。

 

「だって、こんなモノを見つけちゃっから、希望────ていうか、可能性を見出すようになっちゃったわけでしょう、人は? ──『我々(ヒト)はまだ、もっと先へ行ける』ってね……」

 

 〝Evidence01〟を持ち帰ったのは、かの有名な人類最初のデザイナーヒューマン、ジョージ・グレンである。

 彼がこの化石を持ち帰ったことにより、人類は大きな夢を見るようになった。地球の外に、生物が存在する。生命が実在する──人間にはもっと、発見という名の可能性があり、進化という名の希望があると謳うようになった。

 そうして人は、これまで禁忌とされていた遺伝子操作に乗り出すようになり、コーディネイターを生み出した。

 だが、人はいつしかそんな夢すら忘れ、コーディネイターとそうでない者との格差が広がると、コーディネイター自体を「宇宙の化け物」と揶揄して、憎むようになった。

 

「テロリスト──〝ブルーコスモス〟のひとりも云っていただろう? それがこの戦争の、根底にある思想(もの)さ」

 

 ナチュラル達が「宇宙の化け者」なんて罵声をコーディネイターに向ける。だが────それは〝Evidence01〟とて『同じ』ではないか……?

 自分達の夢と散々持ち上げて、騒ぎ立て────不都合になれば「化け物」と切り捨てる────なんて貪欲で、愚かなのだろう。

 結局、コーディネイターも人類の夢だったにも関わらず、人はこうして対立し、戦争を起こした。

 

「……でも〝Evidence01(これ)〟って──希望じゃありませんか? 人類にとっては」

「希望?」

「だって、この広い宇宙に存在する生命が人類だけなら、それはきっと、とても寂しいことだと思います」

 

 生命を拒否した宇宙世界の向こう側に────「彼ら」は存在している。

 人類は決して────孤独ではないと。

 だが、云ってからキラは、急に気恥ずかしくなった。戦争を語ったこの男性の前では、なんて能天気で、なんて子供じみた発想だと笑われてしまうかもしれない。

 

「……キミは、さみしいのかね?」

 

 男は、不意にキラに訊ねた。

 云われたキラは、ハッと息を呑む。

 ──そうか。

 と、キラは思う。なんだか、啓発されたような気分になる。

 ──僕はきっと、寂しいんだ……。

 フレイやトール達の傍に立っていても、キラは決して、彼らと同じ場所に立つことはできない。

 ナチュラル達と共にいることを決断したが、決してナチュラルと混じり合うことは出来ない「異質(こどく)」を、ずっと抱えて……。

 

 ──ステラが、居なくなってからだ…………。

 

 彼女がザフトに連れ去られ──共に分かり合える、戦い合える唯一の存在を、キラは失ってしまった。

 孤独を誤魔化すために、寄って来たフレイの温もりを求めたのは────もしかして、彼女をステラの代わりにしているだけなんじゃないか……?

 ──だって、そうだろう……!?

 フレイの姿が、ステラに重なることは度々あったんだ。何度も彼女の『声』を耳にする度に、キラの頭には、金髪の少女の姿がちらついた!

 宇宙にいた時も。そして、昨夜だって────!

 どうしようもない寂しさに苛まれ────フレイを求めた。でもそれは、決してフレイ自身(、、、、、)を求めていたわけじゃない。

 

 ──彼女の『声』に重なる存在(フレイ)に、酔いしれようとしていただけだ……!!

 

 ステラが〝アークエンジェル〟に居ないことを、認められなくて、どうしても受け入れることが出来なくて。受け入れてしまったら、自分は孤独になってしまうから。

 拒絶の意志が────無意識に彼女の『声』に似る、フレイを求めた。

 前々から、フレイ自身に憧れを抱いていたこともあって、キラは彼女が好きなのだと、思い込んでいた。

 だが、実際は違った。

 フレイへの恋情(あこがれ)は────ステラが現れてからの二か月間で、とっくに薄れていたのかもしれない。

 親友(アスラン)の妹で、三年前に別れてから、びっくりするほど成長して、綺麗に──そして可憐になっていた彼女の存在が、恋しくなっていた。

 失ってからこそ、その距離に気付いた。

 あまりに身近な存在で、彼女が現れてから、キラは自分の家で、両親と彼女と一か月もの間を共に生活して来たのだ。それから紆余曲折を経て〝ストライク〟と〝ディフェンド〟のパイロットとなり、共に苦難を乗り越えて来た……!

 ステラがいたから、キラは立っていられた。

 自分で云うのも烏滸がましいが、ステラが苦悩している時も、キラはその支えになってやることが出来た。

 キラはただ寂しかっただけで────そんな「充実感」を、今の生活に求めていただけだ。

 

 ──僕は、間違えたよね……。

 ──僕と、フレイは…………。

 

 僕は決して、フレイが好きなわけじゃない。だから何をしても、彼女とどんな時間を過ごしても、安らぎを得ることはなかった。

 僕は、間違っていたんだ…………。

 キラが吹っ切れたように、思いつく。

 そんな時、バルトフェルドが話を切り出した。

 

「まあ、キミが云うように、この宇宙にはもっと沢山の希望の生命体が存在する────というのも、あながち間違えてはいない、のかもしれないねえ」

「えっ?」

「人類にとって、未知からの来訪者とは……〝Evidence01(それ)〟だけではない(・・・・)、ということだよ」

 

 バルトフェルドは、悪びれた様子もなく云い紡ぐ。

 キラは彼が何を云っているのか、よくわからなかった。

 

「聞いたことはないのかな? ──二か月前、このアフリカ南東部に『宇宙(そら)から〝未確認物体(UFO)〟が墜ちて来た』という噂を」

「えッ……!?」

「いい機会だ、アイシャが来るまで……ついでに話してやろう。〝Evidence01〟とはまったく異なる…………未知なる技術(・・・・・・)が使われた、墜落した未確認物体の話をね…………」

 

 キラはハッとして、息を呑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ジブラルタルの天候は雨。

 嵐はいったん落ち着きを見せ、〝ヴェサリウス〟から耐熱ポッドがパージされ、〝イージス〟と〝ディフェンド〟の二機は、地球へと落ち立った。

 誘導員に誘われるままにハンガーへと機体を進めていると、そこには、損傷の甚だしい〝デュエル〟と〝バスター〟の機体が収容されていた。──大気圏に単独で突入したことで熱によって表面が焼かれている。

 アスランは目を見開く。あの二機が此処にある、ということは、ラウの云ったようにイザーク達が此処にいるということだ。機体に致命傷が見えない以上、彼らもおそらくは無事なのだろう。

 

「降下後はセルハン隊の指示を仰ぐように云われている。機体を降りたら、すぐに挨拶に行くぞ」

 

 アスランの指示に、ステラはこくりと頷いて後に続く。

 セルハン隊とは、ジブラルタル基地に駐屯する〝ディン〟や〝シグー〟を主力とした空戦部隊だ。ビクトリア基地制圧戦自体が、かなり大掛かりな作戦であるため、侵攻するザフト軍は多くの隊で成り立っているのだが、アスランとステラは、主に彼らの隊の指揮下で戦闘に参加することになっている。ビクトリアへ侵攻した先遣部隊の半数が返り討ちにあったという事実からも、今回の出撃は、きわめて大掛かりなものとなるだろう。

 と、アスランが意気込んでハンガーを出る。

 外で待ち受けていたのは、イザークとディアッカであった。

 

「え?」

 

 アスランが目を丸くする。

 突然姿を現したイザークは、有無も言わさず次の瞬間、アスランに掴みかかった。

 

「貴ィ様ァァァッ!」

「え、ちょ!? なんなんだイザーク!」

「なんなんだ、はこっちの台詞だ! いったいこれは、どういうことだ!?」 

 

 何の話だ? アスランが懐疑する。

 イザークの後方のディアッカまでもが、不満げな面持ちをしている。

 

「へええ、マジで入隊を許されたってワケ?」

 

 その視線は、アスランの後方のステラを見据えている。

 敵意の覗ける視線で睨まれ、ステラも警戒したように身構える。

 

「いくら貴様の妹とは云え! ザフトへの入隊を許すとは!」

 

 そんなことは、父上に云ってくれ……。

 アスランとしても、そのことについては、いまだに納得できていない部分が多いのだ。

 

「百歩譲ってそれが認められたとしても! なぜ貴様らだけがビクトリアで、俺達は〝足つき〟を追いかけ回して地をはいずり回らねばならん!?」

「ええ……?」

「隊長の指示だよ。さっき通信があって、俺達はこの後『砂漠の虎』と合流して、リビアに降りた〝足つき〟を追えってさ」

「先遣部隊が壊滅したというのに、増援に寄越されるのが、貴様らだけとはな……!」

 

 イザークとしては、そのことが気に入らないのだろう。

 敵の戦力や、建設された謎の要塞の素性も分かっていない段階で、圧倒的な性能を持つXシリーズの作戦参加は行って然るべきだ。だが、肝心の〝デュエル〟と〝バスター〟は、明らかに向いていない地上戦、それも砂漠への出航を命じられ、ビクトリア攻防戦に派遣されるのが、ライバルの〝イージス〟と裏切り者の〝ディフェンド〟だけとは……。

 空戦部隊であるセルマン隊の傘下に付くアスラン達には、飛行用の装備〝グゥル〟が貸し与えられることになるだろう。だが、一方でイザーク達の赴くバルトフェルド隊は〝バクゥ〟を主力とした地上部隊だ。空を飛ぶことさえままならなければ機動力も大きく低下し、そうなれば、はっきり言って〝デュエル〟や〝バスター〟の真価は半分も発揮できないと考えていい……つまり、イザーク達も歯がゆい思いをするだけだ。

 この差について、彼は納得することが出来ない。

 

「敵の要塞の素性が分からないからこそ、下手に過剰な戦力を向かわせるわけではないと踏まれたのかもしれない。そのことについては隊長の意向だろう? 俺に云ったって、しょうがない」

「なにィ?」

「俺達がビクトリアに行った所で、やられて帰って来るのがオチだとでも云いたいのかよ?」

「そうじゃない。要塞からの攻撃を防ぐためには〝ディフェンド〟が必要で、要塞を突破するために〝イージス〟が必要になったんだ。──前線に求められているのは機体であって、それを操るパイロットの腕じゃない」

 

 アスランは言い聞かせるように、イザーク達へと謙遜を装って訴えかける。こうでも謙って云わないと、自分に対抗心を燃やすイザークあたりは、特に引きそうにもない。

 だが実際、本当に機体の性能だけで、この作戦にアスランとステラが選ばれたとは考え難い。もしその説が正しいのであれば、パイロットに登用するのにリスクが伴うステラを、パトリックは選出するはずがないからだ。要塞を突破するのに〝ディフェンド〟の性能自体が必要になるのなら、パイロットは、もっと別のザフト兵でも構わないはずだ。そうしなかった時点で、パトリックは何か別の目的のために彼女を〝ディフェンド〟に乗せたような気がしてならない。

 

「命令の是非を問うのは、兵士(オレたち)の仕事じゃない。俺達は、隊長や〝プラント〟の指示に従って、敵を斃す『(つるぎ)』になっていればいい────ただ、それだけだ」

「────ふんッ」

 

 イザークは、アスランのこういった性格が非常に嫌いだ。誰よりも優秀なくせに、それを鼻に掛けたりはしない。ちゃっかりとして、要領がいい所も……。

 そうして彼らは分かれ、アスランとステラのふたりは、基地の中へと向かっていった。

 

 

 

 

 パイロット・スーツを脱ぎ、制服に着替えたふたりであったが、アスランは更衣室を出た時、現れたステラの姿にぎょっとした。

 ──制服が、改造されてる……!?

 肩口から袖にかけては大きく切り開かれ、女性はスカートの着用が義務付けられているのだが、彼女が着用しているのはどうしてか華々しい桃色のスカートにして、ひらひらとしたフリルがついている。ブーツも膝まで伸びた一品を画したもので、スカートとソックスの間から覗く生身の太腿が目に眩しい。

 なんというか、型破りすぎて声も出なかった。

 地球軍でも、こうして改造された制服に身を包んでいたのだろうか? ヘンな目で見られたりはしなかっただろうか? 男に言い寄られたことは? 男といっても、キラならまだ許せるかもしれない……いや、やっぱりキラでも許さん!

 兄馬鹿な一面がここぞばかりに再発するアスランであったが、制服について言及すると「パパは良いって云ってたよ」と返答が返って来たため、アスランはますます父のことがよくわからなくなった。

 

 黒を基調とした真っ赤な制服に、肩上で切り揃えられた金髪を揺らす少女の存在は、基地内でも非常に目立っていた。

 

 もともと、特務戦闘員として派遣された彼らは、作戦侵攻のための「鍵」として地上に降りて来た。

 謎の円盤型の要塞を制圧するために、必要不可欠なふたり。

 いや、数刻前にパトリックが、全世界に向けて行った宣言を考えれば────ふたりは国防委員長パトリック・ザラがみずから遣わせた勝利の希望だ。互いにザラの血を受け継いだ戦士にして、英雄視されていても不思議ではないほどの存在だ。

 その存在が、かたや女性的な顔立ちをした端正な美男子と────花のような柔らかな表情を持った可憐な美少女ともなれば、基地の中は緊張感の欠片もないゆるんだ話題で持ちきりにもなる。基地で働く女性士官たちはアスランの美貌に釘付けになり、片や男性士官達は、攻撃色に身を包む儚げな少女のやんわりとした雰囲気が放つ絶大なギャップに、心を奪われている。

 しかし────基地の中には、彼らを快く受け入れない者達も陰には存在していた。

 

「はっ、何が国防委員会直属の特務戦闘員だよ。かえって邪魔になりそうな気がするぜ。ヤツら、どうせ地上戦の経験はないに決まってる」

「ああ、宇宙生まれのエリート部隊(・・・・・・)だからな」

 

 セルマン隊の、主力パイロット達である。

 よく焼けた肌に、赤色の短髪をした片方の男、ディオ・マーベラスは、緑服に身を包む〝ディン〟のパイロットである。

 一方の男は、ベルクト・メイン──こちらも緑服に身を包み、緑色の髪を後ろで束ねた〝ディン〟のパイロット、ディオの同期である。

 

「緑だろうが赤だろうが、そんなもんは士官学校(アカデミー)を出た時の成績でしかないんだ。そいつは今の実力を示したものでもなけりゃあ、地上戦の経験もないあんなヤツに、俺達が劣るわけがねえ」

 

 ザフト兵の多くは志願兵であり、卓抜した反射神経を必要とするモビルスーツパイロットには、おおよそ三十代に突入する前までの若者が適している、と云われている。

 そのため、やはりこうした前線基地には、若者の人口が多く──逆に、若い内にしか目に見えた功績を上げられない彼らにとっては、功を焦り、同僚を蹴落とすようなことも厭わぬ、歪んだ性格している者も少なくはない。

 ──宇宙と地上じゃ、全然勝手が違うんだ……!

 いい機体を預かっているらしいが、あんな連中に、遅れをとるわけにはいかない……!

 それが、ディオ・マーベラスの思いである。

 

 

 

 

「──要件は既に聞いてるよ。では、キミ達は〝グゥル〟が与られた後、侵攻部隊の最前線に配備してもらうことになる。この作戦の鍵は、なんといってもキミ達だという話で、今のジブラルタルも活気に溢れていてね」

「いえ、そんなことは……」

「先遣部隊は敵の要塞の砲火を受け、壊滅してしまった。これ以上の失態を繰り返し、我が軍に被害が出るような状態になれば……ザフトはアフリカからの撤退さえ考慮せねばならん。なんとしてもここで、ビクトリアを抑えねばならない」

 

 アスランとステラのふたりは、今回の作戦の司令官であるトレイン・セルマンの執務室へと足を運んでいた。

 初対面ではあったが、黒服に身を包んだ彼は、非常に温厚そうな人物であった。壊滅した先遣部隊の中に、かつての教え子達が数多く配属していたらしく、彼らを失ったことで、彼は今、非常に心を痛めていた。

 また、散って行った彼らのためにも────という想いの下、今回の侵攻に掛けた熱情も、他の指揮官の比にはならないと思える。

 

「あの、地球軍が建設したと思われる、その謎の要塞については……詳しい情報は入っていないのでしょうか?」

 

 アスランはセルマンを信用して、核心を突いて尋ねる。

 今回の作戦が非常に大掛かりなものである以上、絶対に失敗は許されない。また、アスランやステラは、その要塞の制圧を第一の命に受けて地球に降りて来たのだ。要塞について尋ねておくのは、非常に賢明なことである。

 セルマンはデスクの中から、一枚のメモリーを取り出した。

 

「……先遣隊の生き残りが、かろうじて記録した映像がある」

 

 セルマンはこれを端末に差し込み、ハードに映し出された映像に、アスランとステラが目を遣った。

 映像には、巨大なマスドライバー施設を構えたビクトリア基地が映し出されている。

 〝バクゥ〟や〝ディン〟──〝シグー〟らの先遣部隊が、先んじて乗り込んだ先──そこに、巨大な要塞の姿が映し出された。

 黒い、鋼鉄のような重厚な装甲に覆われている、謎の建造物だ。

 高所に構えられたそれにより、周囲一帯には、要塞からの死角はない。何か、カブトガニのような円盤の形を成したそれは、稚拙な云い方をすれば〝UFO〟のようにも見える。

 だがそれは、要塞というよりも────何か、巨大な質量を持った兵器のようにも見えた。

 

 次の瞬間────

 円盤型の要塞が────火を噴いた。

 

 円盤から突き出した二対の砲身が展開し、忽ちに迫り来るモビルスーツ群に向けられる。

 それ自体が三〇メートルに達しようという巨大な砲身が、地獄の業炎を吐き出した。強烈なビームが撫でるように地上を薙ぎ払い、光の奔流に飲み込まれた大量のモビルスーツが、一瞬にして炎の塊に転じる。この惨状に心を折られた空中の〝ディン〟群が鈍い動きで空からの攻撃を仕掛けるが、円盤の各所に搭載された無数のビーム砲、あるいは、放たれた無数のホーミングミサイルによって、次々に駆逐されていく。

 息を呑むほどの破壊と破滅は、虐殺の限りを尽くす。

 戦意を失って後退する先遣部隊に、カブトガニの甲羅のような円盤型の要塞は、容赦なく追尾の雨(ミサイル)を放ち、トドメを刺していく…………。

 アスランはその映像に唖然とし、

 

 ステラは────愕然とした。

 

 

 

 

 

 

「二か月ほど前────地球軍が取り仕切るビクトリア基地周辺に〝未確認の巨大物体(アンノウン)〟が墜落したという噂が広まった」

 

 その噂は、間もなくボクの耳にも入ってね。

 バルトフェルドはキラに言葉を紡ぎながら、語り掛ける。

 

「円盤のような形をしたそれ(・・)は、一説によると〝宇宙外飛行物体(UFO)〟ではないかと噂され……〝Evidence(エヴィデンス)01〟に続く外宇宙からの訪問物ではないかと、アフリカの人々は根も葉もない噂に熱狂した」

「えっ…………」

「だが、ボクが軍事上で知り得た情報によると……それはただの〝円盤(UFO)〟ではなく──『円盤(UFO)を背負った黒鉄の巨人(モビルスーツ)』だったそうだ」

 

 キラが、唖然として目を向いた。

 

「ビクトリアに構える地球軍はそれを回収し、解析した」

 

 コーヒーを飲みながら、言葉を続ける。

 宇宙から現れた、謎の『巨人』の正体を────

 

「その結果、墜落した『黒鉄の巨人』が、モビルスーツに酷似した装甲を持っていることが判明する。だが、そこに使われていた技術そのもの(・・・・・・)は、現時点じゃあナチュラルが思いつきもしない先進したものだったそうだ。──まるで数年先の未来から(・・・・・・・・)産み落とされた巨人のようであったと、噂には聞く」

「数年先の、未来から……?」

「ま、ザフトのボクからしちゃ、興味深くも厄介な話だよねえ。ビクトリアの連中がそれを回収したってことは、そこに使われている近未来のごとき先進技術は、既に地球軍の手に渡ってる────ってことだろう?」

 

 未来から来たモビルスーツ?

 円盤を背負った、クロガネの巨人の墜落…………?

 キラにはその言葉を、うまく理解し、飲み込むことは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

「う、そ…………ッ」

 

 我を失ったかのように、ステラが愕然とした。

 映像に映し出された惨禍────その光景に、見覚えがある。

 いやなほど────見覚えがある。

 ──あれは。

 ──それは……!

 アスランが、強かに震え出すステラに声をかける。

 

「ステラ……どうした?」

「ちがう……」

「え?」

「ちがう…………!」

 

 突き出した砲門が、地上を凪いで、何もかも破滅に葬る。

 放たれた無数のビームとミサイルが、何もかもを灰燼に消し去って行く。

 反撃を行っても、構えられた電磁障壁によって、砲火は一切届かない。

 

 ──ちがう(・・・)。  

 

 あれは、要塞なんかじゃない。

 それは、兵器などでもない。

 

 あれはただの────〝破壊者〟の一部(かけら)…………!

 

 なんで?

 なぜ。

 どうして……。

 どうして〝あんなモノ(・・・・・)〟が、ビクトリア(ここ)にある────!?

 

 

「〝デストロイ(・・・・・)〟──────ッ!?」

 

 

 建設された、謎の円盤型の要塞。

 

 その正体に────ステラは肩を震わせた。

 かつて、

 他ならぬ己が操っていた、大量殺戮兵器の存在に────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 原作と違って、ビクトリア基地がいまだ陥落していないのは、
 原作と違って、この世界にステラがいるから、という理由からになります。

 かつての自分の乗っていた機体、過去の自分の亡霊を見た今のステラ。
 C.E.71年、現在の〝ディフェンド〟で、未来のC.E.73年の技術が使われた難攻不落の要塞に対して、どう挑むのか。

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