~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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『黒鉄の要塞』A

 

 

 GFAS-X1〝デストロイ〟──

 それは、大西洋連邦が今よりおよそ三年後(・・・)に開発する、通常のMSの数倍の全長と重量を誇る超大型のモビルスーツである。

 強固なVPS装甲と陽電子リフレクターを全身に配備し、あらゆる砲火を等しく跳ね返す絶対の堅牢性。無数の重火器を全身に構え、艦隊やMS大隊をも一瞬で殲滅してしまうほどの破滅的攻撃力。完成されたひとつの戦術兵器であり、それ自体がひとつの移動要塞然とした外観と特性を併せ持つ。

 運用実績を例として挙げれば、じつに数時間で三つの都市を壊滅させ、億単位の人間を焼き払い、数多のザフト軍モビルスーツを返り討ちにしている。

 

 その実績を挙げたのは他でもない────ステラ自身だ。

 

 ──いったい、どうして。

 映像を目の当たりにステラは絶句していた。驚愕し、強かに震えた瞳でもうふたたびモニターに目を遣う。黒銀色に鈍り輝く〝円盤〟──大きく張り出した砲塔が洪水のような光を放ち、多数のモビルスーツを爆散させていく。凄絶なるビーム砲が薙ぎ払われたその跡には芥子粒ひとつも残らない。

 決して見間違いではない。人と物を無差別に焼き払い、それでも尚「足らぬ(・・・)」とばかりに顕在している〝それ〟は、時代を超えて尚『敵』として定められたコーディネイターを殲滅する狂気。ステラ自身が彼女の〝未来〟に置き忘れた、エクステンデットとしての〝過去〟を象徴する亡霊だ。

 

 ──あんなものが、どうして。

 

 ステラと共に偶然的にこの時代に流れ着いたのか、あるいは表現を変え、ステラ自身がこの時代に持ち込んでしまったのか?

 パイロットという「宿主」を見失った抜け殻が、何の因果かアフリカ南西部へと墜落、そして独り歩きを始めてしまった。その果て別の人間達によって回収され、新たにビクトリア基地に兵器として併合された……? 発想としては突飛であるが、それをあり得ないと切り捨てるには、このときのステラは慎重だった。なぜなら目の前の映像こそが現実であり、そこに疑いをかけた所で何の意味もないのだから。

 

 さりとて〝デストロイ〟は、尋常の人間には扱えないモビルスーツのはずだ。

 

 かの大型MSは、火器の充実と構造の複雑化を裏目としてナチュラルは疎かコーディネイターでさえ簡単には操縦できない仕様になっている。それをかつての地球軍が運用できたのは、パイロットが生体強化を施された強化人間だったからであり、言葉を選ばずに云えば、それがステラ・ルーシェであったからだ。

 だからこそ、この時代において地球軍が〝デストロイ〟を運用する能力を持つはずがなく、それは実際に事実であったようで、さりとて〝デストロイ〟に使われている技術そのものには非常に大きな価値がある。

 

『──機動兵器として扱い切れぬなら、固定砲台として運用すれば良い』

 

 結果として、今の形となってビクトリアに配備されているのだろう。

 映像の中では〝円盤〟型のフライトユニットだけが砲台として聳え立っている光景が、その証左である。しかし、そうであるならば──?

 

(……〝本体(・・)〟は、どこ……?)

 

 映像の中で確認できるのは、カブトガニのような形状をした円盤状のバックパックだけだ。──だけと云っても、それ単体でさえ無数の砲門を搭載した危険物ではあることは間違いないのだが。

 ──四肢を持った、人型の部分は?

 少なくとも、映像の中では確認できない。この時代に流れ着かなかったのか、あるいはバックパックと分離され、既に別の場所に持ち出されてしまっているのか。後者でないことをステラは願ったが、いずれにせよ、

 

(あんなもの、あそこにあっていいものじゃない……!)

 

 そのことだけは、ステラにもハッキリと理解できる。

 ロゴスが起こした三年後のユーラシア政変──ベルリンでの悲劇をはじめとする──のように、アレが巻き起こす破滅と破壊は、まさしく惨劇的だ。それが再び繰り返されようとしている今、あれは絶対に駆除しなければならないものだ。

 

(ステラが持ち出した──あれをこわす(・・・)のは、ステラのしごと……?)

 

 いち早い段階で〝デストロイ〟の存在に気付けたことは、不幸中の幸いであったのかも知れない。ステラは〝デストロイ〟の機体特性を……その運用上の弱みを、この時代の誰よりも詳しく知っているのだから。

 

「ステラ、大丈夫か?」

 

 アスランが怪訝とした顔で訊ね、ステラは気を持ち直し頷いて返した。

 セルマンが状況説明を続ける。

 

「ナチュラル共が急場で拵えた──あの〝要塞〟さえ存在しなければ、全ては予定通りに事が運んでいた筈だ。ビクトリア基地は過たず我らの手により陥落し、宇宙育ちの君達の手を、わざわざ煩わせるまでもなかった」

 

 男の発言は決して高言ではなく、戦況を判ずる指揮官としての断言であった。

 

「──我々としては、勝報を以て今日という日に花を手向けるつもりでもいたのだがね……」

 

 云われ、ステラとアスランはそれぞれにハッとした。

 2月14日──バレンタインデー。彼らにとって無関係ではない、むしろ当事者とも云える忌日の名を持ち出され、兄妹はそれぞれに表情を変えた。

 

「しかし、これが現実だ。野蛮なナチュラル共が、あんな得体の知れないモノを土壇場で造るから」

「しかし、俄かには信じられません……! モビルスーツすら満足に開発できなかった地球軍が、これほどの要塞を、たったの数か月間で造り上げることなど……!」

 

 真っ当に考えれば、そう判じたアスランの感覚は間違っていない。

 ──記録に映る敵の要塞は、いささか反則が過ぎている(・・・・・・・・)ように見える。

 固定砲台である以上、活躍の場は局地防衛戦に限られる。それをコンセプトとして設計されたにしては、いささか過剰な程に殲滅的に特化した火力を有している。

 ──そして防衛の面に関しても、その性能には非の打ち所がない。

 要塞は先遣部隊の当然の反撃を受けているが、それでも尚掠り傷さえついていない。というより、一発の弾丸さえ着弾していなかったようにも見えたのは気のせいだろうか? 全ての砲火は装甲に当たる寸前、得体の知れない光の障壁のようなものに弾き飛ばされていたように見えた。

 

「これほどの技術が、地球軍には存在していた……?」

「やはり、ナチュラルを過小評価するのは禁物──ということなのかねえ」

 

 セルマンの言葉に、アスランは息を詰める。

 

「いずれにせよ、あんなものをこれ以上ビクトリアに野放しにしておくわけにはいかん。ただちに制圧すべきであるし、作戦に当たっては、君達にも十分に働いてもらう必要がありそうだ」

 

 いずれは〝プラント〟──しいてはザフトの脅威となる兵器だ。

 セルマンが深く息を溜めた。

 

「問題はその方法だが──ううむ、何せ得体のしれない要塞でな……。現時点では、判明していることの方が少ない。どう攻略すれば良いものか、こちらとしても甚だ検討もついていなくてな」

「そんな……」

「火力は見ての通り。なんとか砲撃をやり過ごして反攻に転じても、先遣隊の遠距離攻撃は得体の知れない障壁に全て弾かれて終わっている。あの障壁は一体何で、どうすれば突破できるのか──」

 

 そこで口を挟んだのは、それまで一言も言葉を発そうとしなかった少女であった。

 

「〝デストロイ〟の陽電子リフレクターには、ビームサーベルが有効的(いい)よ」

 

 突如脇から柔らかな声が上がって、アスランとセルマンはぎょっとした。

 ──〝デストロイ〟?

 初めて耳にする……おそらくは宣伝されたこともないであろう単語にふたりは疑問符を浮かべ、しかし少女は自分のペースで言葉を続けた。いつも通りに。

 

「どれだけ遠くから攻撃しても無駄。あのリフレクターを突破するには、同じ性質のサーベルを使って接近するしかない」

 

 その言葉を受けたアスランは呆然とした。ステラの声音は彼女らしく柔らかなものだが、それは内容が優柔であるということを意味しない。つまり、出任せを云っているようには聞こえなかったのだ。

 ──なぜ、彼女がそんな情報を?

 そう疑念に感じたのは、セルマンも同じであったのろう。

 

「キミの方は、たしか〝ディフェンド〟のパイロットだったね。──〝それ〟は、キミ自身のモビルスーツの運用経験に基づいた発言なのか?」

 

 訪ねられ、何故かステラの方がきょとんとした。元々彼女は人見知りであり、慣れない相手と会話をするのが得意ではないのだ。

 

「いや、作戦の考案には確証を得なければならない。こちらも軍として兵の命を預かる以上、根拠のないことを信用するわけにはいかんのだよ」

 

 言葉を放ったセルマンは、悩むように両腕を組んでいる。言葉は彼女を疑っているが、実際、その言葉を信用すべきか悩んでいる様子だ。

 アスランはそのときになって理解する。

 

(だが、そうか……! 〝ディフェンド〟も)

 

 ステラの〝ディフェンド〟が光波防御帯を装備するように、映像の中にあった地球軍の要塞は、おそらくそれと似通った──あるいは同等の──ビーム性のバリアを装備しているのだろう。

 だからこそステラには敵要塞の弱点が分かっていて、対する自分達には分からなかった。アスラン達は結局、ステラ程にその兵装について詳細な知識を持ち合わせていなかったからだ。

 それは真実とは決定的に違っていた理解、少なくとも誤解であったのだが、少なくともアスランはそう考えた。

 

「信用に足る意見だと思われます。地球軍が開発した光波技術は、ザフトにとってまだまだ未開の技術。──現時点で〝ディフェンド〟に乗る彼女以上に、その実践的な知識(ノウハウ)を知る者はいません」

「ううむ……。もっともな意見だ」

 

 無敵と思われた〝デストロイ〟にも、決定的な弱点がある。強固な装甲──そして陽電子リフレクターにより〝デストロイ〟はありとあらゆる砲撃を無効化する防御力を有しているが、しかし、ビームを一定の長さで発心し続けられる熱量兵器に対して、後者はまるで無力と云ってもいい。

 早い話が敵の懐に潜り込み、ビームサーベルを振るってしまえば──少なくとも理論上は陽電子リフレクターを突破することが可能なのだ。ステラはそれとなくアスランに向けて説明を続けたが、セルマンの方が唸って返した。

 

「逆に云えば、ビームサーベルを持つ〝イージス〟と〝ディフェンド〟でなければ、あの要塞が放つビームの障壁を突破することは不可能ということか」

 

 実体兵器の重斬刀で立ち及ぶものではなく、セルマンの表現は正鵠を得ていた。

 

「突破した後も同じだよ。その下に張られたフェイズシフトに、実体弾は通じない──〝ジン〟や〝バクゥ〟じゃ太刀打ちできない」

「本当に経験があるかのように云えるのだな、キミは」

「……」

 

 ステラの発言は一応の筋が通っており 映像の中で反撃の砲火がまるで通用していないことを踏まえれば、信用するだけの価値はあった。

 

(説得力はある。彼女以外に信用する情報源がない、というのも勿論あるが)

 

 あらゆる射撃が無効化されるなら、接近して攻撃を謀るしかない。だとしても、やはりフェイズシフトの存在は念頭に置いておくべきだろう。提言どおり〝ジン〟や〝シグー〟の重斬刀が有効的とは考え難く、作戦遂行に必要なのは、やはり〝イージス〟と〝ディフェンド〟の二機以外ではあり得ない。

 そうして悩んでいたセルマンに、ステラは言葉を続けた。

 

「でもそれも、それだけの出力が足りれば、の話だと思う。今の二機の出力で、あのリフレクターに通じるかは分からない……」

 

 言葉を受けたふたりは、意表を突かれたような顔をした。

 

「そうは云っても……」

 

 今に始まったことではないにせよ、ステラは奇妙な発言をしていた。当世において〝イージス〟と〝ディフェンド〟は〝破格〟とも云える高性能を秘めたモビルスーツであり、それが〝力不足〟であるかのように評定した彼女の発言は、どことなく時代錯誤的で、不明瞭すぎるものであったのだ。

 しかし、一方のステラから見れば〝ディフェンド〟は旧式であり、それは〝デストロイ〟の性能から見ても明らかな事実であろう。前時代的なモビルスーツの性能で立ち及ぶかどうかはやはり不明であり、懸念しておくに越したことはないのだ。

 

「機体の詳細なデータを見たが、キミたちの機体はまるで全身が刃物だろう? それで敵わぬと認めてしまっては、いよいよアフリカからの撤退も考えねばならない……」

 

 敵わぬ戦に無駄な戦力を投じ、貴重なパイロット達を犬死にさせるわけにはいかない。

 

「──あきらめるのは……だめ」

 

 そんなセルマンの逡巡を、ステラが短く断ち切った。

 そう──〝デストロイ〟は、何としても破壊しなければならない。あれはこの世界に、この時代に本来あっていいものじゃない。

 ──たとえ『敵』が未来の兵器でも……あれを未来に残せば、たいへんなことになる……!

 だからこそ、このビクトリアで発見された残骸(バックパック)だけでも、直ちに制圧し、破壊して置かなければならないのだ。

 

「ステラ……?」

 

 アスランは、彼女が想像以上に戦意に溢れているを怪訝に思った。

 これから作戦の立役者になろうとしているのに、のしかかる責任やプレッシャーに、まったく緊張の色を浮かべていない。

 ──本当に、戦場に慣れている……。

 そう思うと、安心できるような、逆に心配してしまうような、複雑な感情を憶える。

 軍籍を変えた彼女のメンタルを、できる限りフォローしてやろうと思っていたが、どうやらそれも杞憂であったらしい。特に先遣部隊の壊滅映像を見てからの彼女は、目の色が変わった。

 

「いや、心を打たれたよ。たしかに、彼女の云う通りだ」

 

 セルマンはそこで、ゆっくりと座席から立ち上がった。

 表情には、敵意のない笑みが浮かんでいる。

 

「〝ディフェンド〟と云うと、宇宙での不審な噂を聞いたもので──すこし心配にしていたんだ。だが彼女の云う通り、あの要塞は必ず破壊せねばならんものだ。今は固定砲台の形を成しているが、あれがやがて発展するとなると、こちらとしても舌を巻いてしまう」

 

 セルマンは、ステラを見据えた。

 

「本気で、仲間として(・・・・・)────信用してもいいのかな、キミを」

 

 ステラは沈黙し、しかし、強い双眸を浮かべ、その問いかけに答えた。

 目は口ほどに物を云うというが、視線を合わせたセルマンが不敵に笑う。

 

「では、そのようにこちらで作戦を立案する。ビクトリアに到着するまでしばしある……良ければ我が隊員たちとも、交流でも図っておいてくれ」

「はっ」

 

 そうして、ふたりは執務室を後にした。

 

 

 

 

 

 

「ビクトリア基地が、ザフトの攻撃を?」

 

 バルトフェルドの執務室で、キラは聞いたこともないような内容に驚いている。

 リビア砂漠直下の地域で起こるであろう、第二次ビクトリア攻防戦について。

 墜落した、未知の巨大モビルスーツについて。

 それはキラでなくても、怪訝に思ったり、興味が湧くのは当然の反応だ。

 

「でも、ビクトリアって……その未知のモビルスーツが配備された基地なんですよね? それを襲うとなると、相当のリスクがあるんじゃ」

 

 キラもコーディネイターとして、あくまで同胞──ザフトのコーディネイターを心配する気持ちはある。

 配備された要塞は、それひとつで──それまでアフリカ南西部まで追いやられた地球軍の息を噴き返す──圧倒的な劣勢を覆したのだ。まさにビクトリア戦線の捲土重来の立役者。今や期せずして難攻不落と化した基地を襲うとなれば、ザフトとしても、骨が折れるはず。

 キラが思慮していると、バルトフェルドが云った。

 

「──見るかね」

 

 不敵に笑いながら、バルトフェルドはデスクの上にあるリモコンに手を伸ばした。

 天井から釣り下がる形で設置されたテレビに、つい先日の、パトリック・ザラの宣戦放送が映し出された。

 

「昨日のことさ。パトリック・ザラが、ビクトリア侵攻について〝プラント〟中に大きく喧伝した」

(アスランのお父さん……)

 

 そしてそれは、ステラの父でもある──戦争推進派の、厳格な人物。演説台の前に立ち、すべてのコーディネイターへ、戦争を煽る言葉を放っている。

 その言葉を聞きながら、やがてキラは、目を大きく見開いた。

 

〈──私の娘は、生きていることが分かったのです〉

 

 パトリックがそう告白すると同時に、テレビの画面に、ステラの姿が映し出された。彼女が、パトリックの娘であることを証明する映像──家族写真や、幼き頃の彼女が映った録画映像。

 彼女の幼き頃の姿を、キラもまた知っていた。

 あどけない、それでいて、儚い────金色の花が開いたような笑顔を持つ、可憐な少女。

 キラが息を呑み、改めて、自覚する。

 ──あまりに身近すぎて、気付かなかった。

 映像を見て、かつて腕に抱いた華奢な感触を思い出して、キラは悟る。

 

 ──僕が欲しかったものは……フレイでは、決して満たせないもの…………。

 

 それだけは云える……云えてしまうから、今までの自分は間違っていたことを知る。──なんてことを僕はしてしまったんだろうと。

 ステラが居なくなって、その暖かみや有り難みが失われたことに耐えられなくて──ステラの『声』に似たフレイに「それ」を求め、結果、親友(サイ)まで傷つけた。

 ──親友の妹だから、だから守ってやりたいって……ずっと思ってた。

 彼女が目の前に現れたあの二か月前から、知らず知らずのうち。いつしか、そんな保護欲のようなものが…………。

 思い悩むキラを現実に引き戻したのは、執務室のドアが開く音だった。

 顔を上げて音のした方を向けば──エメラルドのドレスに身を包む金髪の、見たこともない少女が立っていた、いや、実際には見たことのある少女だった。

 

「カ、カガリ……!?」

 

 髪を結い、ナチュラルな薄めの化粧をしている。

 エメラルドグリーンのドレスに身を包み、少し日に焼けた肌が勿体ないとさえ思えるほどの清廉さ、可憐さに、思わずキラは言葉を失った。

 これが、今までの野性味あふれる少女と同一人物とは。

 そう思うと、自然に声が漏れていた。

 

「おんなの、子……」

 

 それを聞いた例の清廉な美少女(・・・・・・)は、まるでその上品な容姿にそぐわぬ乱暴な物腰でわめき出した。

 

「てっめえ!」

 

 声を上げたカガリは、今にもキラに殴り掛かる勢いでにじり寄ろうとしたが、どうやら、長い裾が邪魔で走り出せないらしい。

 キラはホッとして、しかしすぐに弁明の言葉を探す。

 

「いや! だったんだね、って今云おうとしたよ!」

「おんなじだろうがっ、それじゃあ!」

「あれ?」

 

 ……たしかに。

 ややあって、キラは納得した。

 やり取りを見たバルトフェルドは、まるで芸術品でも品定めような目で、愛人アイシャがコーディネイトした少女の姿を見据えた。

 

「いいねえ──なんていうか、そういう姿も実に板についてるカンジだ」

「勝手に云ってろ」

「喋らなきゃカンペキ」

 

 肩を透かして、バルトフェルドはわざとらしく嘆息ついて見せた。

 

 

 

 

 

 

 アフリカ大陸は、最果てまで拡がる自然が雄大な大陸である。北部は広大な砂漠で形成されており、これを抜けてすこし南下すれば、ステップと呼ばれる平坦な草原が広がる土地に出ることができる。視線を遮る目障りな人工物、建造物の見当たらない、オアシスや広大な草緑に包まれた土地である。

 自然な生態系を作る動物たちが、弱肉強食の理の下で生きている。

 本来であれば、思わず魅入ってしまうほど壮観な景色が広がっているのだろう。

 暇を与えられたステラが、甲板に出た時、残念なことに空には厚い雲に覆われていた。曇天の下、いつ雨が降ってもおかしくないような天気だ。まるで水分だけが抜かれような乾いた風が髪を撫でる。その感触が、すこしだけ不快だった。

 

 彼女たちは現在──〝コンプトン〟級の陸上戦艦にて移動していた。

 

 野球ができるのではないかと思えるほどの広さを持った甲板に出たステラは、そこに膝を抱えて座り込んでいた。

 乾いた風が吹き荒ぶ。──決して居心地は良いとは云い難かったが、そこに座り込み、過ぎ去っていく自然の景色を茫洋と眺めることにした。

 たくさんの、野生の動物たちを見つけたからだ。

 ──動物さんたちが、びっくりして逃げてく……かわいそう。

 どの動物も、驚いた顔をして、巨大戦艦を目にする度にこちらに背を向け、駆け去っていく。こんなにも野蛮な戦艦で彼らのテリトリーを縦断することに、思わず「ごめんなさい」と胸中で呟いた。

 そんな時、背後からガヤガヤと騒がしい声がした。

 

「?」

 

 風になびいた柔らかな金髪をすき、ステラがぽんやりと首だけを後ろへ回す。

 振り向けば、そこには緑色の軍服を着用した若いザフト兵の集団が出来ていた。無意識に眉を顰め、身構えてしまいそうになる、だが、よくよく思えば今の自分も同じ軍服に身を包んでいることに気が付いた。

 ──あっ、そうだった……。

 ぽーっとして、鈍い反応をする。

 ──なんだか、へんな感じ。

 あれだけ敵、ワルモノと教えられて来たザフトに、今は身を置いている。

 

(今は、ザフト……)

 

 時折、昔の自分が今の自分を追ってきて、その影に脅かされる──強化人間としての自分が怖くなる時がある、ふとした時に、そいつは無意識に顕現する。

 普通の人、コーディネイターにさえ出来ないことが、当たり前にできた時、奇異な目で見られることがある──そのたびに彼女は、嫌な過去の存在に己を思い知らされる。

 怯える度に、地球軍という組織に対する強い疑念を憶えるようになった。そんな経験が積もりに積もって、今の彼女は、なんだか地球軍という組織そのものを信用できなくなって来ていた。

 事実関係を見返してても、それは自然な判断だった。進んで敵対したいわけでも、ナチュラルが嫌いなわけでもない──だが、

 彼女を操って来た地球軍、

 〝デストロイ〟を造り出した地球軍、

 そして今、性懲りもなく〝デストロイ〟の力に現を抜かした地球軍。

 

 ──彼らは本当に、信用できるの?

 

 彼女の中の、答えは否だった。

 今の彼女はそいつらを、信用する道理が見当たらなかった。だからといって、ザフトに身を置くことが最善なのかは、まだ彼女にも分からないが……。

 とめどなく思いを巡らせていると、ステラの許にひとりの緑服の青年がやって来た。柔らかな顔をした、どこか人の良さそうな──作り物の笑顔を張り付けたような青年だった。

 

「──ね、きみ、何してんの?」

 

 青年が声を発し、少女へと話しかける。それと同時に、彼女の背後で「うおお」という歓声が上がった。

 群衆は「あいつ切り込んだぞ」だの「振り向いた姿も可愛いなあ」だの、なんだか喧しい声を放つが、そのすべてが彼女の優れた聴覚に筒抜けた。何の歓声なのかは彼女には分からなかったが。

 

「動物、見てた」

「動物?」

「うん。いろんな動物がいるの」

 

 云いながら、ステラの視線は、再び目の前の大自然へと向けられる。

 どんな動物も平穏に暮らしている様子を見て、自然と心がぽかぽかする感じがしている。

 たとえば、象。

 象は象でも、大きいの、小さいのがいる。お父さんがいれば、お母さんがいて、そして子どもがいる。

 

 ──みんな違って、みてて楽しい。

 

 目の前に拡がるのは──平穏に開けた土地、心休まる光景だ。

 人間同士の戦争など起こらず、動物だけが伸び伸びと生きる優しい世界。人に便利な建造物も、人工物も存在しない大自然。ただ平坦な草原が広がり、緑が生い茂っているだけ。その中にいくつかの水場が点在し、その上に動物たちが生息している。見方によっては何もない土地だ、と云う者は云うのかもしれない。

 しかし、そんな何もない土地というのが、実はとってもしあわせな土地なのかもしれない、とステラは思う。

 彼女もかつて、何もない土地を見たことがある──いや、正確には、何も残されなかった(・・・・・・・・・)土地だ。〝デストロイ〟の襲撃により、壊滅した北欧の三都市。荒れ果て、燃え尽き、灰色に塗れた何もない光景と比べれば────深緑の拡がる何もない光景の方が、圧倒的にしあわせだ。

 

「…………」

 

 ステラは、まるで今、青年と会話していることさえも忘れたかのように、再び茫然と黙り込んでしまった。

 膝を抱げ、相も変わらず茫然と座り込む少女の横顔を見て、兵士は戸惑う。

 

(……変わった()だなぁ)

 

 ──赤服を着ている割に、ぼんやりとしている。

 本当にその色に見合った能力があるのか、あるいは、失語症でも患っているのではないかと疑わしく思ってしまうほどに。

 制服も改造されているようだし、なんだか、一風、変わった少女である。

 宇宙から派遣されて来る特務戦闘員という連中が、前々からどんな人物なのか、基地では噂されていた。おごり高ぶった仏頂面の、いかにも「エリート」な連中が来られても迷惑な話であったが、現れた内のひとりのは、驚くほど可憐な少女だった。一目見て強い感心を憶えたが、どう会話を続けていいかも分からない。まず、心を開いてくれる様子が微塵にもない。こちらを受け入れる気はあるが、かといって溶け込む気はない──そんな様子だ。

 ──どうしたもんか。

 兵士がそんなことを考えていると、彼によって「突破口」を開かれた他の大勢の兵士たちが、ずらずらとステラの許に押し寄せて来た。

 

「ね、キミ、名前は?」

 

 野次馬達である。

 彼女の感心を引こうと、我先にと押し合いながらやって来る。

 ステラは舌足らずに答えた。

 

「……ステラ」

「キミ、どこから来たんだっけ!」

「宇宙」

「具体的に!」

「…………〝ヘリオポリス〟」

 

 寄って集った野次馬の集団に、ステラはひどく興味なさげな顔を作ると、首を前方に戻す。

 ──うるさい……。

 鬱陶しい、という率直な意志表示に、目の前の大自然に視線を移す、だが、なおもそんな心情を無視した質問の数々が背後から飛び掛かった。

 

「もうひとりの特務隊員って、兄貴なんだよな!?」

「うん……」

「今、何歳なの!?」

「じゅう……ろく?」

「あれ、兄貴と双子なの? 兄貴と云うより弟じゃないか?」

「まちがった、じゅうさん」

「なんで間違えんの?」

「あのさ! ラクス嬢と知り合いって聞いたけど、ほんと!?」

「うん……」

 

 なんでキミはアイドルにならなかったの、という意味不明な質問が続いた。

 無視した。

 

「地上戦の経験はあるのかい!?」

「あるよ、たくさん……」

 

 あまりに矢継ぎ早に質問が飛び交う。

 暇なの? ステラが彼らに云おうとした時だった。

 

「あっ、そうだ。これから作戦を一緒にするわけだけどさ。どうしようか、悩んでたことがあるんだ」

 

 最初に声をかけて来た青年の兵士が声を発した。

 

「ほら、ザフトって階級がないだろう?」

 

 ステラは、そうなの? と云わんばかりの顔をする。

 青年は、えっ、と驚かれ、知らなかった? と尋ねれば、うん、と当たり前のように返事が飛んで来た。

 

「それで、階級がないわけだから、これから名前を呼んでかなきゃいけないワケだけど」

 

 すくなくともステラは、地球軍ではパイロットとして、少尉の階級を与えられていた。

 だからこそ、咄嗟の時に「少尉」と呼ばれれば、その階級に当たるために反応していた。

 しかし、ザフトにはその階級がない。階級で呼ぶことがない以上、多くの者は、名前を用いてその者を呼び止めるのである。親しい者同士であれば、ファーストネームで呼び合うようになるのが通例だが、所詮、宇宙からやって来た「よそ者」のふたりは、いまだ地上部隊との信頼関係は築かれていない。

 これによりファミリーネームを用いるのが必然なのだが、ここで、ひとつの問題が発生した。

 

ラストネーム(ザラっていう名)で呼んだ時、兄妹そろって反応されてもさ? ほら、色々と困るんだよね」

 

 たとえば作戦中など、迅速な指示が必要になった時、ザラの名を呼んだ際、兄妹ふたりがそろって反応してしまっては効率が悪い。

 

「だからさ────これからステラって呼んでもいいかなァ?」

 

 下心に容易く剥がれるメッキのような理屈を付けて、ザフト兵達は訊ねた。

 

(おおっ、軟派だぜ)

(さすが、ナチュラルなジゴロトーク!)

 

 その問いかけを構成したのは、作戦効率を高めんとする向上心──ではなく、少女とお近づきになりたい、という六割以上の下心であったようで。

 訊ねられたステラが、次に、じっとザフト兵達を眇めた。円らな目をじぃと細めて、相手を観察する。

 彼らはすべてが思い通りに行くと、屁理屈の上の都合の良い返答を期待している。

 若々しい、それでいて慇懃な表情を観察していると、自分を見る視線の中に、なんだか生理的な「ヤなもの」を感じた。その時点で、彼女の答えは決まった。

 

「やだ」

 

 素っ気のない一言に、ぴしり、と音を立て、青年達の心が砕かれる。

 一言の許に拒絶され、焦ったように彼らは反論の言葉を探した。

 

「で、でもなぁ……っ!」

「ほらっ、名前で呼ばせてくれないと、作戦効率がさあッ」

「ファミリーネームが不便なら、コードネームを使えばいいもの……」

「えっ?」

 

 虚を突かれたような顔をするザフト兵。

 コードネームは、ある一定の条件や任務内でのみ用いられる、暗号のようなモノだ。

 彼女はそれを、アスランと彼女を区別するために用いれば良いという、妙に理に叶った返答を返して来たのだ。的を射ていて、反論のしようがない。

 

「じゃ、じゃあ……なんて呼べば?」

「ザラには、まだなれない(・・・・)──だから」

 

 ステラはじっとそこに据え、小さく云った。

 

「ルーシェ────……」

 

 そうして「それ」が────彼女の、軍内でのコードネームとなった。

 それは彼女がいまだに切り捨てられない、昔の名前だ。

 彼女がエクステンデットであった時代の名を表す────灰色の呼び名(コードネーム)

 

「ステラ・ルーシェ……?」

 

 今の彼女は、灰色の過去と決別し、ザフトに身を寄せた。だがそれは、地球軍に居た頃の過去をすべて忘れて良い、ということと同義ではなかった。

 多くの者を奪って来た過去があるからこそ、今度はそれに向き合うことで、多くの者を未来に守っていかなければならない。

 彼女はこの表裏一体の名を、あえてザフトでも用い続けることを思いついた。ルーシェという名前自体が、自戒の意味を込めたものとなる────そう考えて。

 ──せめて、あの兵器(デストロイ)をこわすまでは……。

 だからこそ、そんな日がやって来るまでは、ルーシェという名で呼ばれ続けようとした。

 

 

 瞬間、艦内に指令がかかった。

 すべての兵を集める────作戦会議の報せであった。

 

 

 

 

 

 

 広い会議室に集められたすべての兵士達に、この作戦の司令官であるセルマンからの通達があった。

 内容は、他ならぬビクトリア攻防戦についてだ。

 

「知っての通り、あの基地は大型のマスドライバー施設〝ハビリス〟をビクトリア湖に建設し、保有している。このマスドライバーを制圧することが、今回の侵攻戦の最終目標である」

 

 前方のスクリーンに映し出された地図をタクトで示唆しながら、セルマンの言葉は続く。

 兵士達の最前列に、アスランとステラも並んで構えていた。

 

「なお、この湖は、大陸にある東西の大地溝に沿う隆起帯に挟まれた凹地に出来たものだ。間もなく本艦が通過するであろうグレート・リフト・バレーを越えれば、その先に広がっているのは、平地だけ」

 

 平坦な土地柄、そして、降水量が多い気候も相まって、かつて基地周辺の土地は、大規模な農業で栄えていたという。

 

「つまり基地周辺に、要塞から放たれる攻撃を凌げるような地形的障害物は存在しない。まあ仮に、敵要塞からの死角に回り込み、敵のビーム砲をやり過ごしたとしても、敵は高い誘導性能を持つミサイルを多数搭載している。あちらが不審な敵影を少しでも察知すれば、こちらがすぐにマトにされるだろう」

「かの要塞により、小回りの利かない輸送機を用いた突入策はリスクが大きすぎる。ニュートロンジャマーの影響により長距離射程の電波式誘導弾は用を成さないが、レーダーに熱源が捉えられる範囲であれば、敵の誘導ミサイルの餌食になる可能性は高いからな」

「──よって、モビルスーツでの単体での侵攻が最善と考えた」

 

 そこで、セルマンと、その副官がかわりがわりに言葉を紡ぎ、作戦を説明した。

 アスラン達の地球への降下を遅らせた、ジブラルタル基地を襲った大嵐──これを生み出した大型の乱雲が、南下しつつあるという情報を得た。

 

「南下気流によって、おそらく、第二次ビクトリア攻防戦は悪天候の中での戦となる」

「それに加えて、赤道直下の湖は水温が高く、そのために嵐が発生しやすい、という特徴的な土地柄を持つ」

「嵐の中での攻防戦となれば、視界は風雨に遮られ、狭まることになるだろう。……が、それは地球軍(あちら)も同じこと。むしろ視界が遮られ、目視での照準が付けずらくなれば、地球軍の旧来の迎撃システムは機能を損ない、防衛力は一気に減衰する。この点、縦横無尽に地上と空中を駆けずり回れるモビルスーツを有したザフト(われわれ)の方が、圧倒的に有利だ」

 

 ──これに、賭けるしかない。

 突風や豪雨によって、目視での遠方確認が行いにくくなるということは、接近手段を持ったモビルスーツに利がある。無論、その風雨による弊害はザフトもこうむることになるが、地球軍と比べれば、圧倒的に軽い。

 考えられる悪天候を利用する──地球の自然を、味方につけるという奇策である。

 地球軍の迎撃システムのほとんどは、旧来の備え付けの高射砲、または戦車や対地空砲が多い。

 熱源を探知して追尾ミサイルを放つ要塞には、そのような小細工は通用しないだろうが、

 

「勝機はある。地球軍の戦力は、完全なる要塞のワンマンだ。アレさえ落とせれば、我々の勝利は決まったも同然」

「肝心の、その方法だが……」

 

 セルマンはそこで、アスランに目を遣った。

 

「敵の要塞が、フェイズシフトに似た実体弾を無効化する装甲を持っていることが考えられる。よって、これを突破できるのは──〝イージス〟と〝ディフェンド〟に限られる」

「なに……ッ!」

「特務隊のふたりに、アレを突破してもらう他ない。──我々、地上部隊に出来ることは、ふたりの要塞までの道を切り拓くことだ」

 

 実戦に投入されるのは〝ディン〟〝シグー〟〝バクゥ〟のような大気圏内で運用されるモビルスーツだ。

 そのほとんどがビーム兵器を持たず、急を要して用意できるような兵器でもなかったために、要塞の装甲とリフレクターを突破できるのは〝G〟兵器に限られる。

 後方に据え、その指示を受けたディオ・マーベラスが、顰めた顔をする。

 

「つまり地上部隊(オレたち)の仕事は、このふたりのおもり(・・・)ってことですかッ!」

「ディオ……。敵の要塞が、いかなる遠距離攻撃も無効化する映像はオマエも見ているだろう? ならば接近して、直接手を下すしかない」

「ちッ……!」

「〝イージス〟と〝ディフェンド〟には飛行用の〝グゥル〟を与える。空戦部隊の先導の許、要塞までなんとしても辿り着いてくれ」

 

 指示が飛び、兵士達は敬礼をする。

 

「……?」

 

 見様見真似で、ステラもその姿勢をマネて見た。

 びしっ

 条件反射にアスランの姿勢をマネて見たが、かざした手の角度が、全然違っていた。──地球軍にいた時は、こんなに腕を傾けなくて良かったのに……。

 そして今、鈍色の厚い雲が、空を覆った。いつ、雨が降り出してもおかしくはない天候が訪れる。

 渓谷状になった隆起帯(グレート・リフト・バレー)を通過した〝コンプトン〟は平野へと出、開けた土地によって、遠方にビクトリア基地および、マスドライバーの姿を確認できる地点まで辿り着いた。

 作戦開始時刻は──しごく気まぐれな、この地の天気が荒み出した時。つまり、強い風雨が生み出された時だった。

 

「────嵐になるな」

 

 〝コンプトン〟の艦橋で、セルマンがひとり、呟いた。

 ──嵐。

 その表現は、天候に対して用いられたものか。それとも、戦況を示すものになるのか……。

 次の瞬間、大雨が降り出した。突風が発生し、平野の木々が薙ぐ。一瞬、世界が真白色に閃き、瞬く間に雷鳴が轟き出す。

 地球が誇る大自然が────牙を剥いた。

 

「作戦開始だ! モビルスーツ隊、展開!」

 

 モビルスーツ群が、次々と展開していく。

 第一に、四足獣型の〝バクゥ〟部隊が出撃してい行く。〝バクゥ〟の主たる武装はミサイルポッドに、レールガンである。機動性においては不整地でも群を抜いた性能を誇り、前線へと突入する部隊としての役割を果たす。

 次に出撃したのは〝ザウート〟であるが、こちらはタンク型のMSという外観からも機動性が低く、その代わり、長距離射程が可能な狙撃銃器を多く搭載している。主に、艦上からの後方支援射撃に務める。

 やがてイカのような姿形をした〝グーン〟が、続いて〝ジン〟が出撃。最後に──〝ディン〟の空戦部隊が出撃許可が出された。アスラン達が配属された、主力部隊だ。

 

〈〝グゥル〟の扱い方は大丈夫か?〉

「マニュアルはみた。……問題ない」

 

 アスランからの通信が開き、ステラはそれに応じた。

 〝グゥル〟とは──ザフト軍が開発したモビルスーツの飛行支援体(サブフライトシステム)のことである。

 地球の重力は、いささか〝イージス〟や〝ディフェンド〟には重すぎた。二機のスラスタ―は、自機の重量に勝るほどの滞空(ホバリング)性能を有していないため、空中での推進力不足を補うために、このサブユニットが必要となる。大気圏内では〝イージス〟もMA形態で飛行することは出来ないし、MA形態に変形する機会があると云えば、大型のエネルギー砲スキュラを放つ時くらいのものになるだろう。一方の〝ディフェンド〟もまた、今は防御に徹底した大型のビームシールドを装備している。これにより要塞からの砲火を耐え凌ぐ防御力、光波防御帯の展開が可能となるが、その分だけ重量も跳ね上がり、奇襲機としては致命的な、機動性を欠いた状態での出撃を余儀なくされていた。

 ──まさか、ステラと肩を並べて出撃する時が来るなんて……。

 作戦の概要も、初めて扱う〝グゥル〟のスペックも、頭に入ってる。──その言葉を聞き届けたアスランは、頼もしいような、しかし、素直にそれを喜ぶことは出来ない複雑な心境に陥った。

 

〈さっき、セルマン隊の隊員から聞いたぞ──任務上の便宜名(コードネーム)を付けたって?〉

「呼ぶときに、必要になったから」

〈……そうか……。ルーシェ、だったか?〉

「うん」

 

 ステラ・ルーシェ。

 アスランは顔を伏せ、またも考えに囚われる。

 ──だが、それは……おまえが地球軍に居た頃の名前なんじゃないのか……?

 ──そいつはおまえを……苦しめて来た名前じゃ、ないのか?

 喉元まで出かかった問いを、アスランは寸での所で飲み込んだ。

 その名をあえて用いることにも、きっと、彼女なりの覚悟があってのことなのだろうと判断したからだ。

 

 ──母上がこの光景を見たら、いったい……どう思われるだろうか……。

 

 母上は、女の子としてのステラを大事にしていた。

 厳しく教育することはあっても、平凡な、心の優しい女の子に育てていた。息子として、自分の教育は父が厳しく、娘として、彼女の教育は母が優しく行っていた。そうなることをアスランも望んでいたし、間違っても「出来るから」という理由だけで、戦場に送り込むような真似は……。

 オペレーターの発進許可が、アスランを現実に引き戻す。

 次の瞬間、空中に二基の〝グゥル〟が打ち出され、ハッとして、その機影を捉える。

 考えていてもしょうがない────作戦は、始まったのだ。

 

「アスラン・ザラ、〝イージス〟──出る!」

 

 アスランの声と共に、真紅の機体が、空中へと踊り出す。

 

「ステラ・ルーシェ、〝ディフェンド〟──出る」

 

 漆黒の鎧を纏った機体が、続いて〝グゥル〟へと飛び移った。

 二機の前方に、〝ディン〟の空戦部隊が展開する。二機を取り囲むようにして集まって来た僚機より、通信回線が開く。

 

〈要塞までの道はオレ達が切り開いてやる! しっかりついて来いよ!〉

 

 〝ディン〟部隊が、そのままビクトリア基地へと向かう。

 

「……基地の戦力を奪った後は、基地内にいる地球軍(ナチュラル)共は、皆殺しにしてもいいんだよなぁ?」

 

 その〝ディン〟の通信回線の中で、ディオ・マーベラスが不穏な言葉を発した。

 それに賛同したベルクトが、その言葉を助長する。

 

〈制圧した後、苦し紛れに自爆装置でも使われようもんなら、味気がないからな〉

〈それは早計だぞ、ふたりとも。まずは敵の要塞を突破することが先決だろう。──下手をすれば、こちらが返り討ちに合う可能性だって十分にあり得るんだ〉

 

 隊員の諌めの声が響くが、

 

「ダイジョウブですって……。なんせ、そこにいる特務のふたりが頑張ってくれるんでしょう? これで突破できなかったら、責任は全部、そいつらにあるってこった」

〈ディオ!〉

「委員会直属の特務隊員だとか何だとか、偉そうなこと云う前にちゃんと仕事しろよ! 作戦が失敗したら、この作戦で散ってった兵の命の分だけ自分の首を差し出す覚悟くらい、してもらわねぇとな!」

 

 一連のやり取りを聞いて、ステラは小首を傾げた。

 ──何をイライラしてるんだろう、あの男は。

 きっと、自分とアスランのことを言ってるのだろうが、まったくもって云っていることの意味が分からない。

 ──失敗?

 こいつは初めから失敗を視野に入れて、戦場に出ているのか?

 任務の中で、失敗すれば、死ぬだけだ。

 ──〝ファントムペイン〟にも、失敗は許されなかった……。

 失敗を重ねれば、無能(用無し)と判断されて、処分の対象にもなった。

 そう────失敗は、死に直結した言葉。

 それが、彼には分からないのだろうか? 死ぬことが怖くないのだろうか?

 ──最初に死んでいくのは、あいつらのような、命を大切にしない者達だ。

 傍らのベルクトが、通信にて声を続けた。

 

〈ま、頑張ってください、おふたりとも。けど、忘れないで欲しいですねぇ。いい機体さえ預かってればなぁ、オレ達にだって、あの要塞を落とすことは──〉

 

 刹那、一同のコクピット内にアラートが鳴り響いた。

 

〈────回避ぃッ!〉

 

 ベルクトの言葉を遮って、表情を真っ青にした隊員の怒鳴りが響く。

 アスラン達の反応は早かった。隊員の声が放たれるよりも前に、いち早く危機を察知していた〝イージス〟と〝ディフェンド〟は大きく回避行動を取っていた。

 一刻置いて、数機の〝ディン〟が回避行動を取る。

 だが、わずかに反応が遅れた三機の〝ディンが〟は、はるか遠方より去来した強大なエネルギー砲に飲み込まれた。

 豪雨すら吹き飛ばし、空間を凪いだ赤色の巨大エネルギー砲が、光の奔流となって彼らの横を通り過ぎて行く。ベルクト機は一瞬にしてのみ込まれ、跡形もなく爆散した。エネルギー砲の矛先は過ぎ去った後に平地に着弾し、大地を抉り、広大な土地を穿つ。巨大な砲火ははるか遠方、基地の方角から放たれたものと認識する。

 

「………………!?」

 

 一同が、絶句した。

 ──なんだ、今のは……!?

 圧倒的な破壊力を目の前にして、アスランは愕然として、目を大きく見張った。

 映像では、既に敵要塞の誇る火力を見たことがあった。

 ──だが…………まさか、これほどの威力とは。

 炎の塊と化した何かが、前方の地表に転がっている。数刻前まで、意気揚々と出撃して行った、同胞達の変わり果てた姿だ。

 今の一撃で、どれだけの兵が死んだだろう。

 どれだけの兵の命が、戦場に炎の華を咲かせただろう。

 瞬時、戦場がピリッとした空気に呑まれる。

 ──油断は許されない。

 この事実を自覚させられたザフト兵達が、無条件に、気を引き締めたのだ。

 ステラが、小さく言葉をこぼした。

 

「……ひさしぶりだね……」

 

 動揺と緊張、不安と焦燥──

 戦場の誰もが、破滅を導く要塞の一矢に慄いた状況下で、ステラだけは唯ひとり、確信を持って対象を捉えていた。

 

 おおよそ、二ヶ月の再会となるのか。

 

 やはり、この目で見て、その目で威力を確かめて思い知る、初めからアレは、この世界にはあってはならぬモノであることを。

 カブトガニのような型をした巨大な装甲、背部フライトユニットに、それ自体が三十メートルを超えるであろう巨大な二つの砲門を構えている。

 円盤型の外観から、それは一見〝UFO〟のようにも見える。地球外宇宙からやって来た、未知からの来訪者のように。

 だが、違う──。

 

 あれは、来訪者などではない────純然たる、破壊者だ。

 

 敵に回せば、なんて理不尽な火力だろう。

 円盤形態から覗かれる、鋭く輝く紅眼が、寂しげにステラを睨んでいた。その眼はまるで、どうして己を見捨てたのだ、と彼女に嘆きを訴えかけているようで、どこか哀しい眼をしていた。

 相手は機動兵器だ、しかし不思議とそれ自体が意思を持ち、生きているかのように思えてしまう。

 なぜだかステラは、そいつと会話をしているような気分になった。

 知らない土地の、知らない時代の、知らない人間に改良の手を加えられ──あの子(・・・)は、今、ここにいる。

 

「ごめんね」

 

 ステラはもう……〝あなた〟に乗ることは出来ない。

 わたしの還るべき場所はもう──〝あなた〟じゃない。

 自身の過去に、別れを告げる。

 今のステラには〝あなた〟を連れ出してしまった──そんな責任がある。たったひとりで、こんな場所までやって来て、大変だったよね……?

 

 だったら…………。

 

 せめてステラの手で、

 この日、この晩、この場所で、

 

「ステラが完全に──破壊してあげる…………!」

 

 強い瞳を浮かべながら、スロットルに手を掛ける。

 〝デストロイ〟を────絶対に沈めるのだ。

 

〈行くぞ、ステラ!〉

「わかった……!」

 

 大嵐の中、黒鉄の〝ディフェンド〟が────黒鉄の〝デストロイ〟へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 デストロイは、ステラの「反存在」のようなものとして登場します。
 彼女がこの時代に来たことで幸福になることがあれば、デストロイの登場により不幸になることがある。

 そうして彼女自身と対を成した存在でありながら、そんな彼女の過去を象徴した、ある意味で哀しいモビルスーツ。
 エクステンデットとしての過去と決別しようとしているステラに、どこまでも付きまとう亡霊のようなモノだと思って頂ければ。

 出撃の際、名前と機体名を告げてから発進しますが、この時にステラはやはり「ステラ・ルーシェ」と名乗る方が、響き的にも馴染み易いので、ルーシェ、というのは便宜上のコードネームということにしました。

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