鈍色の空が、彼らの頭上で暴れている。
一面に立ち込める暗雲が一切の月光を遮り、降り頻る豪雨は、夜嵐によって機体の表面に横殴りに
閃光が奔り、視界が瞬と閃けば、はるか遠方に、雷鳴が轟然と響き渡った。
──なんだか、恐ろしくさえ思えてしまう天気だ……。
モニター越しに、アスランは思わず目に拡がる景色に気圧されてしまう。──これが大自然の猛威か、と。
──宇宙の向こう側の〝プラント〟では、すべての天候を人間が管理している。
だが〝プラント〟は、決してこのような暴風雨を予報することはない……というより、このような悪天をあえて造り出すことをしない。
嵐は、人間の
降水量が減り、生活に悪影響が出るような日が続けば、意図的に雨を降らせることもあるだろう。だが──殴りつけるような雨、轟く雷鳴、大地を穿つ雷の矢、巻き上がる
それに対して、赤道に近いビクトリアでは、一月に一度は当然のようにこの規模の暴風雨が発生すると聞く。その弊害によって近隣の地域では度々に死者が出るというのだから、それこそ
『地球の天候は、〝プラント〟のようにあらかじめプログラミングされているものではないからな。このような不測の事態も、そう珍しいことではないさ』
頭の中に、クルーゼ隊長の言葉が蘇る。
──たしかに、その通りだ。
人間が管理できないほどに、今、天は暴れ出している。
荒れ果てた空を見て──初めて大自然の驚異を目の当たりにして、アスランは不意にこんなことを考える。
この嵐はまるで、人間同士の争いに呆れた地球が、天気を通じて激しい怒りを顕しているかのようだと。
ザフトにとって、第二次ビクトリア侵攻戦がかくも凄まじい夜嵐に見舞われたことは、早い話が幸運なことであった。
これは〝コンプトン〟での作戦会議の折にも説明されたことではあるが、モビルスーツを持たない地球軍は(〝デストロイ〟の存在を抜けば、)基地の防衛のために、地上に備え付けられたの高射砲や対空砲・戦闘機や戦車など、旧式の兵器に頼るしかなかった。すべての火器はナチュラルが操縦することが必須であり、目視での照準合わせが必要だ。搭乗者が正確な照準を付けなければ、いくら相手がモビルスーツといえど放った砲弾は当たらないし、敵に致命的なダメージを与えることは出来ない。
この点、凄まじい夜嵐は────
一方の
だが、実はこの夜嵐は────地球軍にとっても、非常に幸運に働いていた。
そのことをステラ達ザフトの侵攻部隊は、まだ、知る由もなかったが。
ビクトリア基地に
防衛線を張るために、戦車や戦闘機も出動している。いずれも従来の古い兵器だが、看過できた戦力ではなかった。ビクトリアまで追いやられらた地球軍がアフリカの戦力をこの地に集結させているのだ、ザフト軍が「質」で攻めるなら、地球軍は「量」という、大規模な戦となる。
対地空砲や戦闘機といっても、撃ち出されるのは実体弾に限られ、PS装甲を持つ〝イージス〟と〝ディフェンド〟には何のダメージも与えられない。よって、アスラン達は要塞以外の戦力を無視することも可能だが、被弾すれば被弾するだけ、消費電力が嵩み、
これらの砲火を掻い潜り、あるいは砲台を殲滅した後、なんとしても〝デストロイ〟に接近し、ビームサーベルを突き立てなければならない。
作戦会議の折、セルマンは云っていた。
『地球軍の戦力は、完全なる要塞のワンマンだ。あれさえ落とせれば、我々の勝利は、決まったも同然』
セルマンは嘘は云っていなかった、だが地球軍も、それを重々に承知している。
肝心の要塞が陥落すれば、基地の防衛力は一気になし崩しとなる──これを理解している地球軍は、要塞の足元、および、これを中心とした同心円を描くように守備隊を配置していた。
この戦場は、もともと採草地として扱われていた平坦な原野であるがゆえに、どの方角から要塞へと攻め込もうと、それを囲う地表からの激しい砲火がモビルスーツ隊を襲う。
〈周辺の砲台を片っ端から潰していかないと、とてもじゃないが、あのデカブツまでは辿り着けないな……〉
僚機の〝ディン〟の一機から賢い言葉が飛び、アスランもそれに同意する。
ハッキリ云って、今回、
〈要塞のフェイズシフトは〝ディン〟じゃどうにもならん!
「分かりました!」
隊員からの指示が飛び、〝ディン〟の編隊が、羽虫のように一斉に散らばった。戦闘区全域に備え付けられた、地球軍の砲台を制圧しにかかったのだ。
飛来するモビルスーツを相手に、地球軍の戦車や対地空砲はあまりに役者不足だった。砲弾は空中のモビルスーツを狙い撃つが、視界も悪く、風雨によって弾道はそれる。モビルスーツの火力と機動力、そしてそれを操るコーディネイターの優れた視力を前に、砲台は接近を許す。地球軍の守備隊は、まるで太刀打ちできずにいた。繰り広げられたのは戦闘というよりも、あまりに形勢が一方的すぎて、虐殺とも見て取れた。
だが、形勢は一気に打って変わった。
守備隊の中央に構えられた〝デストロイ〟の
まるで〝傘〟が開くように、円盤から────数多の光条が、全方位に向け、飛び散った。
無数の光条が戦場に迸り、周辺一帯を大きく穿つ。
ザフト兵一同は面喰らい、青褪めながら機体を駆った。藁にも縋る思いで回避行動を取る。が──ステラの眼前を飛行し、ビーム砲を一重に回避した〝ディン〟の一機が、それによって油断したのか、空中に
迂闊、無防備としか云い表しようのない挙動を犯した僚機を見、ステラは思わず声を上げていた。
「──よく見てッ!」
咄嗟に叫んだが、次の瞬間、停滞した〝ディン〟の機体を、野太いビーム砲が斬り裂いた。半ばから真っ二つに分断された機体は炎の花を咲かせ、そのまま墜落すると、機体ごと地に
──とまったらだめ……敵のビームは、
〝デストロイ〟フライトユニットの円周上に構えられた、計20基もの砲門。悪神の名を持った熱プラズマ複合砲──〝ネフェルテム503〟──は、従来のMSの性能を凌ぐ、強力な出力を持っている。
照射時間は極めて長く、ビーム砲を発射しつつ、自在に照射角度を変えることも可能だ。
──たった一回かわしたからといって、安全なわけじゃない……!
圧倒的な殲滅力を持った、無慈悲の
──〝光の線〟は、
操縦を誤って〝糸〟に接触すれば、機体は容赦なく両断され、命は炎に包まれる。──まさに、人の死を左右する〝操り糸〟だ。
──
なおも〝ネフェルテム〟熱プラズマ複合砲の長時間・長距離照射は続いた。
巨大ビーム砲に、多くのモビルスーツが圧倒され、次々に撃墜されていく。地上には炎の花が咲き誇り、空中で生まれた花は虚空に爆炎の糸を引き、朱色を帯びた流星のように散り、そして逝く。
〝ディフェンド〟は〝グゥル〟を駆り、周囲一帯に張り巡らされた〝糸〟の狭間を縫うように、巧妙に回避していく。忙しなく機体を翻していると、圧倒的な火力を前にすっかり
〈おいおいおいおい、何だよアレは! なんつぅ長い時間ビーム出してんだ! あれじゃ接近もままならないだろうが!〉
〈死角はないのか!? ──〝傘〟の真下に、潜り込むってのはどうだ!?〉
〈それじゃあ地上の砲台の餌食になるだけだ! くそ、どうすりゃいいんだよ!〉
通信から、ただ狼狽える、ただ鬱陶しいだけの声々が響き、
「ちょっと黙って!」
思わず彼女は、感情のままに叫んでいた。
──ここまで僚機が「なさけない」のは、はじめてだ。
アウルにスティング。──かつての彼女の僚機であったエクステンデット達は、あらゆる恐怖心を抑え込まれていた。滅多なことでは取り乱すことはなかったのだ。一般のザフト兵達に、そんな彼らと同じステージに立てとは云わないが、少しくらい黙っていて欲しい。心折られた者達の泣言ほど、聴いていて鬱陶しいものもない──こっちは今、真剣に命のやり取りをしてるんだ。
──喚くだけなら邪魔だ!
歯に衣を着せぬ大胆な物言いに、それまで
彼女にとってのこの作戦は──絶対に退くことは許されない──彼女がみずからに課した『使命』でもある。これを阻害するのなら、たとえ友軍であっても邪魔なだけなのだ。
まさか〝ディフェンド〟の通信先から、かくも乱暴な言葉が飛び出して来るとは思わなかったのだろう。常よりぽんやりとした印象しか持たれていない少女に怒鳴られ、一同は唖然とした。しばし押し黙り、そしてすぐに状況を理解すると、コーディネイターとしての明晰さを取り戻す。
〈す、すまん、取り乱した……!〉
〈わるかった! 嬢ちゃん!〉
隊員たちが、一気に統率力を取り戻していく。
アスランは唖然として、一連のやり取りに面喰らっている。
──あのステラが、怒鳴りをあげた……!?
妹らしからぬ一面に、アスランも一瞬、当惑してしまったのは、紛れもない事実だった。
後方に構えた〝コンプトン〟や〝ザウート〟──さらには前線へ進み出た〝ジン〟や〝バクゥ〟から、無数の砲火が放たれ、一目散に要塞へ迫る。
だが、これは円盤前面部の巨大な陽電子リフレクターによって無効化され、一瞬にして弾かれた。
陽電子リフレクターが弾けると同時に、円盤の前面部に構えられた巨大な高エネルギー砲門〝アウフプラール・ドライツェーン〟が光を充填し始める。
大嵐が、ザフト兵達の視界を遮る。──〝コンプトン〟からの指示が飛んだ。
〈膨大な熱源を確認! 全機、機体正面の射線上から離れろ! 緊急回避ッ!〉
間を置かず、悪魔の吐息とも比喩すべき────巨大な熱光線が去来する。ザフト兵達は、大袈裟に思えるほどの距離を開け、射線上から退避する。
地獄絵図──これでは、何が「大嵐」を形成しているのかが分からない!
「ええいッ」
大量の僚機が、駆逐されて逝く。
焦り、そして頭に血が上ったようにアスランは〝グゥル〟から飛び跳ね、上空にて〝イージス〟をMA形態に変形させた。砲撃形態へと移行した後、怪物の名を冠する
しかし、その砲撃もまた敵要塞に届く前に、アスランにとっては得体の知れない電磁障壁によって消し飛ばされてしまった。
「なッ……!」
〝イージス〟が誇る〝スキュラ〟は、MS用の武装の中でも最大級の破壊力を有していた。
──〝
目を見張り、無効に終わった砲撃を見届けた後、すぐにMS形態に戻り、アスランは機体を単独で飛ぶ〝グゥル〟へと寄せる、だが着地するための一瞬の隙を狙って、要塞から勢いよくミサイルが飛来した。
〝イージス〟本体にはフェイズシフトがあるとは云え、要塞から放たれたミサイルは、モビルスーツ一機を爆発で包み込むに充分なほど巨大だった。膨大な質量を持つミサイルの着弾を許せば、確実に〝グゥル〟の方が破損する。
──やられる!?
アスランが、ハッとして息を呑む。
次の瞬間、盾を構えた〝イージス〟の前に、漆黒の影が躍り出た。鈍重な外観をした漆黒の機体は瞬時に光波防御帯を展開させ、〝イージス〟の盾となった。
「〝ディフェンド〟──ステラ!?」
ミサイルは弾け、無傷の〝ディフェンド〟が滞空を続ける。
稼働時間に大きな制限のある
そのため、ステラはすぐに機体を覆うビームシールドを取り払った。
〈アスランはやらせない……まもる!〉
「ッ…………すまない」
通信先から響いた声に感謝すると同時に、後悔がアスランを襲った。
──迂闊だった……!
原理は知らないが、あの要塞には、どんな遠距離砲も通用しないということは、既に分かっていたはずなのに。
仲間達を撃墜され、頭に血が上っていた。気を持ち直し、引き締めて、アスランは再びスロットルに手を掛けた。
〈目標まで、距離二〇〇〇!〉
僚機からの声が飛ぶ。
二機の〝G〟は、再度、互いに顔を見合わせた。
「行こう、アスラン……! あの子には、近づかなきゃだめ」
「……わかった、行こう!」
目標までの距離は、次第に縮みつつある──。
二機の〝G〟は再び、円盤型の要塞に向けて前進を開始した。
〈──〝ディン〟部隊、怯まず二機に続け!〉
〈あれ! いつの間にか、オレ達があのふたりに先導されてねえか!?〉
〈あ、ホントだ! 何してんだよ!〉
〈いや、おめーの責任でもあるっての!〉
〝デストロイ〟からの猛攻は続いた。
再度、円周上から〝ネフェルテム〟が放射され、ザフト兵達は必死になって機体を駆る。──大地に根を張るように巡られたビーム砲は、いつ見ても心臓に悪い。
今の〝デストロイ〟は、まるで〝傘〟のような外観をしていた。
棒に支えられるような形を取った円盤は、まるで〝傘〟のようなシルエットをしている。もっとも、嵐によって、鮮明にはその姿も映し出されないが。
〈地球軍の奴ら──正気じゃないな!〉
〝ネフェルテム〟は、地上のモビルスーツへと甚大な被害を生んでいる。──が、それと同様に、地上に構えられた地球軍の守備隊をも、容赦なく業火に包んでいた。
たしかに、無理もない。
身動きの取れない高射砲や対地空砲では、要塞から放たれる無限照射攻撃を回避する術がないからだ。
そもそもの〝デストロイ〟は、殲滅用に開発された機体。
地上のモビルスーツを焼き払うために、地上の守備隊をも犠牲にしている。つまり地球軍は、仲間を平気で切り捨てているのだ。──敵を斃すために、戦に勝つために。
「…………!」
〝イージス〟を空中で泳がせながら、アスランは目を見張る。
──ナチュラルが、ナチュラルを……!
守備隊の者達は、あの要塞の性能を、前もって知っていたのだろうか? いや、知っていれば、すすんで砲台に乗り込もうなんて思わないだろう。乗り込もうと思う者がいたとすれば、それはおそらく、自殺志願者に限られる。
司令部の人間が、前線の兵士達を、一方的な都合によって切り捨てているのだ。
「これが、戦争か……!」
〈──ミサイル、来るぞ!〉
再び、円盤上部から無数のミサイルが飛来する。
誘導弾による弾幕、凄まじい追尾性能を持つ大型ミサイルは──〝グゥル〟での飛行を余儀なくされる二機の〝G〟と、その後に続く〝ディン〟の部隊を、徹底的に追い詰めていく。
もはや戦況は一転し──戦場に生存するザフトの僚機の数も、すっかり減少していた。
だが、依然として要塞から放たれる大型ミサイルは、怒涛の数を誇り、一機に対して飛来するミサイルの数が、圧倒的に増え始めている。
〈くそぉッ、振り切れねェ!〉
〈正念場だ! 頑張れェ!〉
一機に対して、平均、五基以上のミサイルが飛来する。
次の瞬間、悲鳴が通信越しに響き渡った。
〈ぐわッ!〉
〈ディオ!〉
ディオ機の〝ディン〟が、翼部に被弾を受け、そのまま地表へ、基地方面へと墜落して行く。
歯がゆい思いをする部隊であったが、墜落して行く味方に集中する猶予はなかった。怒涛のミサイルの追撃を振り切ることで、みなが精いっぱいだったのだ。
──どう足掻いても地球軍は、
〝イージス〟も〝ディフェンド〟も、互いに健在だ、慣れない〝グゥル〟を駆りながら、ふたりの卓抜した操縦センスにより、撃墜を免れている。
だがそれでも、アスランとステラのどちらかが要塞に近寄れなければ、ザフトに勝利はない。
──これ以上、長引かせてなどいられるか……!
ミサイルの追撃を免れながら、次の瞬間──〝イージス〟が一気に要塞へと接近した。
そこで初めて、手首の先から二刀のビームサーベルを構え、一気に要塞へと直接攻撃を仕掛ける!
「アスラン!」
陽電子リフレクターが展開され、〝イージス〟のビームサーベルを迎え撃つ!
光の剣が、光の障壁と激突した。
ビームサーベルは、わずかに障壁に穴を開けた後、すぐに弾き返されてしまった。
「──!?」
アスランは直ちに機転し、バーニアを逆推進させた。
要塞からの距離を開くと〝グゥル〟へと飛び移り、引き続き、背後から迫るミサイルを牽制し始める。
唖然として、戦況を整理した。──ビームサーベルが、弾き返された!
「出力が足らない……!?」
たしかに、予定通りにビームサーベルを用いれば、あの陽電子リフレクターを突き抜けることは出来た、だが、広大な表面積を誇るそれを弾き返すほどの出力が〝イージス〟にあるかと云われれば──それはまた、別問題であった。
ステラもまた、一連の〝イージス〟の決死の攻撃を目の当たりにしていた。
ぐるりと機体を翻し、頭部イーゲルシュテルンにて弾幕を張り、みずからを追尾する大型ミサイルを爆破して行く。
──リフレクターが破れないんじゃ、装甲なんて削れない!
機体を駆りながら、考える。──思えば、出撃中に対処法を自分で考えるなんて、初めてかもしれない。
ビームサーベルが、〝デストロイ〟に通用しない? いや、正確には通用はするのだ、だが、突破するにはこんな旧型では、あまりに
──これ以上、長引かせてなんていられない……!
僚機の総数は、確実に減っている。ザフトの地力が、確実に削がれて来ている。
最大限に気を配るべきは、〝イージス〟と〝ディフェンド〟の残りのエネルギーだ。それぞれに〝スキュラ〟と〝アリュミューレ・リュミエール〟を使用し、まして〝ディフェンド〟に関して云えば、光波防御帯は万全な状態で使用しても、五分以上の継続使用が不可能なほど多大な電力を消費する代物だ。
これ以上、二機のバッテリーを減らすわけには行かない。
「?」
──
その言葉に、ステラは小首を傾げた。
ハッとして、懐疑する。
(じゃあ、今の〝
その瞬間に思い至ったのは、要塞の、動力源についてだった。
〝デストロイ〟は、かつて一端のモビルスーツとして、巨大なバッテリーで稼働していた。性能についての「こまかいこと」は、
だが、今の〝デストロイ〟は機動兵器ではなく────固定砲台だ。
──なら、その
基地の司令部が、パワープラントが、すぐ傍にある。ならば仮にも動力源は、バッテリーでなくても良いはずだ。
「……もしかして」
ステラの頭に、考えが閃いた。
放たれたミサイル群に追われたアスランは、機体を翻した瞬間、その群に向けて〝スキュラ〟を牽制として放った。
これにより、大きく爆散したミサイルの追撃を免れ、機体の態勢を立て直す。
だが────次の瞬間、アスランは目をむいてしまうような光景を目にした。
要塞から放たれた、大型ミサイルの一発……いや、
「は?」
思わず、呆気に駆られた声が出る。
──ミサイルの……追尾システムの誤認か?
地球軍の要塞が放ったミサイルは、どういうわけか〝イージス〟を追尾する途中、別の熱源──地球軍の戦闘機──を探知した途端、これを追い、撃墜したのだ。
「……まさか」
アスランの頭に、考えが過った。
戦場で散って行った、勇敢なザフトの兵士達。
司令部の都合で一方的に切り捨てられ、散って行った地球軍の兵士達。
戦死者たちを弔うように────雨足が弱まり始めた。
視界が開け、闇に包まれた戦場に、一陣の月光が差す。
アスランとステラは、それと同時に、大きく目を見張った。
ビクトリア基地に構える地球軍にとって、幸運だったことは、この日がちょうど「大嵐である」ということだ。
実際の所──〝
その証拠として、円盤型のフライトユニット自体は──非常に、奇妙な形で基地に連結されているのだ。
月光に照らされ、視界が開ける。
初めて要塞の全貌が見えるようになり、ステラ達は目を見張った。
──あまりに…………
〈なんだ、ありゃ……〉
僚機のひとりが、呆気にかえった声を漏らした。
だが、それも無理もない。
要塞は、思わず拍子抜けしてしまう全貌をしていたのだから。
「
ステラが、小さく言葉を漏らす。
彼女が想像していた〝デストロイ〟とは──目の前に聳え立つ〝それ〟は、あまりに違い過ぎている外観と、性能をしていた。
第一に、違和感が隠せない、要塞を支える柱の話をする。
嵐に隠されていたが、円盤とそれを支える柱の部分で、外観の統一感がまるでない。円盤が長砲身を構えた姿は実に脅迫的で、自然と畏怖の念さえ抱かされる。だが、これに突き刺さるようにして立つ支柱の部分は、いかにも「間に合わせ」で建造した雰囲気を漂わせ、畏怖どころか、違和感しか覚えない、おそらくフェイズシフトに覆われてすらいないのだ。先には〝傘〟と形容したが、云ってしまえば円盤に取っ手が生えた〝キノコ〟のような形状に収まっており、石灰色が剥き出しになっている支柱は、まるで本体とアンバランスな外観をしている。
原型を知るステラから云わせれば、「とってもかっこわるい」。
第二に、友軍であるはずの守備隊の戦闘機を、ミサイルが敵と誤認して叩き落した話をする。
嵐に隠されていたが、おそらく、アスランがリアルタイムに見たケース以外にも、周りで多く、その誤認は発生していたのではないだろうか? たった二か月間で、使い慣れない火器管制システムに手を伸ばした結果、敵味方の識別が曖昧な設定になっていた。地上の砲台を平気で破壊するビクトリアの連中なら、中途半端な設定のまま、運用している可能性は十分にあり得る。
軍人としてのアスランから見れば、ひどく「杜撰」だ。
第三に、円盤の後背部から地中へと伸びた野太いケーブルが、無造作かつ、露骨に剥き出している話をする。
嵐に隠されていたが、ステラが思うに〝デストロイ〟の円盤状のフライトユニットは、あそこまで電力ケーブルを剥き出しにした、無様なフォルムをしていなかった。おそらく固定砲台として運用する際に、要塞の動力源をバッテリーから基地のパワープラントへ移すため、ビクトリアの技術者が、無理に電力ケーブルを延長させたのだろう。
原型を知るステラから云わせれば、「やっぱりかっこわるい」。
嵐が鎮まり、接近を許せば、なんて哀れもないデザインが露呈するだろう。
「……」
一同は、唖然としてしまった。
たった二か月の間に──未知なる〝デストロイ〟を固定砲台に改修した、地球軍の必死の努力は充分に伺えた、だが、フェイズシフトに包まれた円盤に対して、これを支えるのが不格好な支柱とケーブルでは、あまりにも……。
こちらが弱点です、と大っぴらに暴露しているようなものだ。
たとえ無様でも、せめて全体を塗装して円盤と支柱の色を統一し、弱点の露呈を防ぐとか、電力ケーブルを最低限の装甲で覆うとか……他にできる処置はなかったのだろうか? それとも、単純に時間と資金が足らなかったのだろうか?
──いずれにしろ、強烈な違和感を残したまま建設するあたり、ナチュラル
あるいは大局的に見て、要塞本体の火力に過信するあまり、運用することばかりを優先させ、外観や防御力それら周辺の問題点を後回しにした結果でもありそうだ。
「こんなもののために……!」
アスランが叫び、円盤を支える石灰色の柱の根元に向けて〝スキュラ〟を放った。支柱部分は、期待通りに大口径エネルギー砲の貫通を許し、爆散する。さらには砲撃によって地盤が歪み、柱は一気に崩落した。
堅牢な円盤自体は無傷のまま、まるで、だるま落としのように地上へと落下していく。
──最後の足掻きだ。
支柱が崩壊し、高度を失った時点で〝アウフプラール・ドライツェーン〟と〝ネフェルテム〟の存在意義は、完全に消失した。残る最後の武装──〝マーク62 6連装多目的ミサイルランチャー〟の砲門がすべて開かれ、しゃにむに撃ち放たれる。怒濤の大型ミサイルが、砲撃形態をとる〝イージス〟へと肉迫する。
次の瞬間──空中に躍り出た〝イージス〟の機体を、かっさらうように〝ディフェンド〟が掴み留めた。
漆黒の鎧を纏った機体は、抜き打ちにアリュミューレ・リュミエールを展開し、すべてのミサイルの着弾を許すと同時に、そのすべてを無効化する。
連続する大型のミサイル大爆発が〝イージス〟と、それを抱えた〝ディフェンド〟を襲ったが、堅牢な全方位防御帯は、二機へ対する一切のダメージを通さない。
二機分の重量を背負ったステラの〝グゥル〟は、当然、推力が足らずに高度を落として行く。だが、〝イージス〟が態勢を立て直した瞬間、〝ディフェンド〟はみずからの〝グゥル〟をアスランへと明け渡し、一気に〝グゥル〟から飛び降りてしまった。
「ステラ!?」
期せずして〝イージス〟は〝ディフェンド〟の〝グゥル〟を借用した形になる。
──悪あがきを……ッ!
なおも〝デストロイ〟からは、無数のミサイルが発射される。すべてのミサイルが〝ディフェンド〟へと集中するが、光波防御帯を前にして、これは何の痛痒も齎さない。
〝ディフェンド〟を中心に────大爆発が巻き起こる。空中に巨大な炎の花が咲き、噴煙が巻き上がる。遠雷のように煙の奥が光り、次の瞬間、青い光が煙幕を突き抜けて、顕現した。
噴煙の中から現れたのは、漆黒の機体、ではなく────それ自体が、雷光のように全身を青白く発光させたモビルスーツだ。
その
漆黒の重鎧をパージした〝ディフェンド〟が一気に、地上に堕ちた要塞へと飛び掛かったのだ。
「────!」
──取り着くつもりか!
全身に備えられた光波発生器より、青白く発光した機体は、無数のビームウェイブを発生させる。抜き打ちに〝デストロイ〟へと迫り────隠されるように広背部から伸びた、電力ケーブルへと差し迫る!
「もう終わりだよ──〝デストロイ〟……!」
──決着は、
重力を得た機体は、驚くほど一瞬にして地上へと墜落し、両腕のビームウェーブが、要塞から突き出したケーブルを真っ二つに両断した。
回線がショートを起こし、次の瞬間、気の抜ける音を立てて、要塞が静まって行く。
〝デストロイ〟の紅眼から────灯が消えた。
難攻不落の要塞が、陥落した瞬間だった。
〈お、終わったのか……?〉
生き延びた〝ディン〟から、震えた声が響く。
──ああ、終わった……。
地球軍の抵抗は、一切として止んだ。
要塞は、頼りの動力源と回路を切断され、もはや、あれを操る手段はない。残された対地空砲も、皮肉なことに、この要塞の砲火に呑まれ、ほとんど全滅している。
アスランは脱力しながら、のろのろと振り向き、自分たちがこれまで突き抜けて来た後の道を目に遣った。
〝グゥル〟に乗りつつ、高い地点から、背後を振り返る。
どこまでも悲惨な──ひどく空虚な景色が広がっていた。
あれだけのモビルスーツと、地球軍の守備隊が構えられていた激戦の地だというのに──振り返れば、生気を宿したモノは、何ひとつとして見当たらない。
ただ、優しい雨に打たれ、月光に照らされた鉄の塊が、広がっているだけだ。
なんだか、名状しがたい感情に囚われる。
「……ああ、終わった……」
後は、基地の中で唖然としているであろうナチュラル達を、全員拘束すればいい。──要塞をいい気に、ふんぞり返っていたはずだ。
モビルスーツを前にすれば、多くの者が抵抗は無意味と悟り、投降して来るだろう。
アスランは、決して無抵抗の者を撃とうとは思わない。
──だが、死んで逝った者達を想えば、彼らも殺しておいて然るべきではないだろうか……?
司令部のナチュラルが、守備隊のナチュラルを裏切り、切り捨て────殺した。
なのに、そんな作戦を立案する司令部の者達が、死を免れるなど、そんな暴挙を、許していいのだろうか。
(──悩んでも、しょうがない)
アスランは、はあと息をつく。
そのまま、ぐったりとシートにへたり込んだ。
(それにしても……)
流し目でちらりと、地上に降り立った〝ディフェンド〟の後ろ姿を見遣る。
(ステラ……、あんな
作戦は終わったが、アスランは、浮かない顔をしていた。
ステラが持つ戦闘能力や身体能力には、アスランも冷や汗をかいた覚えがある。〝ヴェサリウス〟の格納庫で暴れ出した彼女を止めようとして割り行った時、そこには既に、アスランの知らない彼女がいた。重ねて云うが、アスランの知る彼女は、そもそもモビルスーツが操縦できるはずもなかった。
不本意とは云え、地球軍の手によって彼女の中に養われたモビルスーツの操縦技能──それが今、アスランの現時点でのそれと、並ぶまでの高さを誇っていることに気付かされる。
そこに、ひとりの兄としての、純粋な焦燥が流れ込んで来る。
──俺は妹に、並ばれているのか?
認めたくはなかったが、戦場においてのステラは賢く、そして、なによりも強かった。
大気圏内での戦闘では、モビルスーツの性能よりも、それを操るパイロットの腕の方が顕著に現われる。
先の一戦での〝イージス〟と〝ディフェンド〟は、ほとんど性能は互角で──所有する武装も〝スキュラ〟を除けば、ほぼ同等と云って良い。
二人の置かれた
そして彼女は、たった一言の許に、まだよく知らぬはずのザフト兵達の焦りを沈め、彼らの動揺を吹き飛ばした。モビルスーツの操縦だけでなく、いち軍人として、非常に賢い判断と言動を施したのだ、自覚があったかどうかは怪しいが。
第一、アスランは何度も、ステラに助けられているのだ。
──
昔からぽんやりしていて、甘えん坊で、泣き虫で……キラみたいで、いつも俺が面倒を見て来た妹に、俺が……?
戦闘は、たしかに終わった。
ステラに守られたこともあり、機体は無傷だ、だが、それによって赤を着るエースパイロットとしての矜持、兄として彼女に接して来た者の面目に、大きな傷がついた。
──こんなにも、情けない話があるか。
妹に、抜かれるなんて……。
劣等感のようなものが、アスランを苛む。
初めて肩を並べて戦場で出────自分達の身長の差に驚く。
敵対していた頃は、ここまでハッキリ知覚する機会はなかったが、それが実は、ひどく僅差であることを思い知らされる。
──だが、昔から厳しく育てられて来た俺と、甘やかされて育って来た妹が、どうして並ばなければならない?
ましてステラは女の子で、自分よりも二歳も年下の、妹なのに!
──たったの一年、見なかっただけで……こんなに「差」が縮まっているなんて……!
俺はいったい、何をしているんだ?
どうすれば俺は、兄として、ひとりの人間として、前進できるんだ?
迷うことばかりで──父にはいつも落胆され、期待通りの戦績も収められない俺は……。
アスランがそんなことを考えていると、次の瞬間、下方に据えた〝ディフェンド〟が動いた。
単独でその場から駆け出し、一気に、司令部の建物へと向かっていく。
「──ステラ!?」
いったい、何を考えてる?
アスランは慌てて、彼女の後を追った。
〝コンプトン〟では作戦終了に伴い、戦況の整理を行っていた。
第二次ビクトリア攻防戦は、予定と違って、ザフトにとって想像を絶する甚大な被害を生んだが──まだ、動ける機体は多くある。
これを投入すれば、ビクトリア基地に隠れたナチュラル達をすべて炙り出すことは可能だ。
──ナチュラルの捕虜など、いらぬがな……。
元々、セルマンには、ナチュラルを許す気はなかった。
彼は、元ザフトの士官学校の教官を務めていた。彼の教え子の多くは、ジブラルタルの先遣部隊に配属されていた。──あの要塞によって葬られた、先遣部隊だ。
そして今、本隊からも甚大な犠牲者を出した。
──どれだけの若い命が、ここで散って行ったのか……。
特務隊のふたりの活躍がなければ、ザフト軍はおそらく、ここで壊滅していただろう。
失われた命の数は多い、この基地のナチュラル達には、その責任を取ってもらわねばならない。
──そうでなくては、報われない!
一見、人徳のある男に見えたセルマンは、驚くほど冷たい声を放った。
「生き延びたモビルスーツで基地を包囲し、投降兵を炙り出せ。現場が落ち着き次第、全員を整列させ──銃殺する」
その声に、艦橋にピリッとした空気が生まれた。
だが、彼らは戦争をしている。
相手を滅ぼすことは、ある意味で当然の判断であり、その場にいる誰ひとりとして、セルマンに異議を呈さなかった。
「えーっと……」
その時、オペレーターのひとりが戸惑ったような声を上げた。
セルマンは訊ねる。
「なんだ? モビルスーツは、まだ残っているだろう?」
「それが、その……たった今、通信が入ったんです」
「んん?」
セルマンは小首を傾げた。
戸惑ったように、オペレーターは先を続けた。
「──現場の方で『ステラ・ルーシェが機体を放棄し、なにやら、単身で基地内部へと潜入して行った』と……〝ディン〟部隊からの報告が」
その報告に、一同は凍り付いた。
最初にリアクションを起こしたのは、セルマンだった。
「なにィッ!?」
「その後、彼女を引き留めるために〝ディン〟部隊の数名が突入し──そのさらに後に、アスラン・ザラが続いて基地内部へと突入したそうですが」
「なん……だって!?」
「命令違反……ですか」
これは、命令違反なのだろうか。
命令を出す前に、その行動を起こしたのであれば、まだ、命令違反ではない気がする。
モビルスーツを放棄した時点で、彼らが通信を受ける手段はない。そのうえ「基地を制圧する」という、この一点だけを鑑みれば、彼らのその行動は何の罪にも当たらない。
──だが、なぜ……?
なぜ、わざわざモビルスーツを放棄して、生身で基地に攻め込む必要があるのか。
少女の後に──ザフト兵が数名──そしてその後に、アスランが続いたという。
──あの少女は、いったい、何を考えている……?
基地の中には、まだ、地球軍兵士がうようよと構えているというのに!
セルマンは舌を鳴らし、ひとまず、指示を出す。
「この作戦は、あの少女が居てこそ成し得たものだ……! すこし、様子を見よう」
「はっ」
「地球軍が妙な動きをしないよう、他の部隊には、引き続き基地を包囲するよう、伝えておくんだ」
ザフトに包囲され、要塞を失った状態では、よもや地球軍も、大っぴらな抵抗運動は起こさないだろう。
だが、地球軍の抵抗の意志が一気に奪われるのは──あくまで「外」に出てからである。
内部では、まだ、想像もしていなかった「敗北」の二文字を突きつけられ、発狂したり、悪あがきをしている者達も、大勢いるはずだ。
そこに単身で突入するということは、尋常ではない危険性が伴う。
(生身での戦闘ともなれば、頼れるのは、自身の能力だけだぞ……!)
セルマンは、ステラ・ルーシェのことが妙に気に入っていた。──たしかに見目は可憐だが、そっちの意味ではない。
〝ディフェンド〟という機体を駆り、その特性を重々理解し、この作戦を立案してくれたのは、他ならぬ彼女だ。まるで、敵要塞の素性を知っているかのようだったが、事実、彼女がいなければ、この戦闘はどういった結末を迎えていたかもわからない。オペレーション・ウロボロスにも支障が出ていただろう──その点は、さすが、ザラの娘である。
だが、みずからをルーシェと名乗るあの少女は、どうやら、モビルスーツの操縦技術に関しては、年齢以上の高い実力を持っているようだ。
では、果たして────銃撃戦はどうなのだろう?
不思議とセルマンは、それが気に掛かってしまった……そして、気に掛かってしまうからこそ、彼女には、無駄死にをして欲しくないのだ。
──若い子、優秀な子に惚れっぽいのは、教官時代からの悪い癖だが……。
基地内部へ突入して行った者達が、無事に生還できるかどうかは分からない。
だが、ミイラ取りがミイラになることだけは、絶対にあってはならない。
「こんなところで、これ以上の若い命が散る。──それだけは、避けなければならないんだ……!」
セルマンは、激戦を生き残った優秀なパイロット達の生還────ただ、それだけを祈った。
デストロイとの真っ向勝負を期待していた方には、ものすごーく拍子抜けした決着のつき方になってしまったと思います(泣)
ですが地球軍は、デストロイ自体が火器の都合で足元ガラ空きな機体なのに、護衛機を付けなかったり、「性能に過信した」、ある意味ですごーく「杜撰」な運用をしていることが多い、と作者は理解してます。
ですので、今回もそういった「杜撰さ」がステラ達の突破の鍵になる、と思っていました。
たったの二か月で、地球軍もいろいろと頑張ったとは思うんですが、たかが二か月じゃ、やっぱりちょっと……。
夜嵐によって姿が隠され、接近することで弱点が露呈した、という話でした。
真っ向勝負でデストロイを打ち破ることを期待していた方々には、非常に物足りない決着になりました、すいません。