~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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『黒鉄の要塞』A

 

 

 GFAS-X1〝デストロイ〟──

 それは、大西洋連邦が今よりおよそ三年後(・・・)に開発する超大型のモビルスーツのことである。

 強固なVPS装甲と、陽電子リフレクターを全身に配備。無数の重火器を構え、艦隊やMS大隊をも一瞬で殲滅してしまうほどの攻撃力を持った〝それ〟は、完成されたひとつの戦術兵器であり、それ自体がひとつの移動要塞だと述懐しても良いだろう。

 その運用実績は凄まじく、じつに数時間で三つの都市を壊滅させ、億単位の人間を焼き払い、数多のザフト軍モビルスーツを返り討ちにしている。

 

 その実績を挙げたのは他でもない────ステラ自身だ。

 

 ──いったい、どうして。

 映像を目の当たりにしたステラは、絶句する他なかった。震えた瞳でもうふたたびモニターに目を向けると、黒銀色に鈍り輝く〝円盤〟──大きく張り出した背嚢の砲塔──が光を放ち、多数のモビルスーツを飲み込んでは爆散させていく。

 ──圧倒的なビーム砲。

 ──それが横薙ぎにした跡には、芥子粒ひとつも残らない。

 見間違うことなどあり得なかった。

 人と物とを無差別に焼き払い、それでも尚「足らぬ(・・・)」とばかりに顕在する〝それ〟は、ステラ自身の過去か、あるいは未来と連動する亡霊だった。

 

(あんなものが、どうして)

 

 ──ここにある?

 ステラには分からない。彼女と一緒に、偶然的にこの時代に流れ着いたのか、あるいは表現を変え、ステラ自身がこの時代に持ち込んでしまったのか──

 乗り手を失った機械人形だけが、何の因果か、アフリカ南西部へと墜落──そして独り歩きを始めてしまった。その果てに別の人間達によって回収され、新たにビクトリア基地に兵器として併合された……?

 発想としては突飛であるが、それをあり得ないと切り捨てるには、このときのステラは慎重だった。なぜなら目の前の映像こそが現実であり、そこに疑いをかけた所で、何の意味もないのだから。

 

「…………」

 

 だが、疑うべき点もやはりある。

 ──そもそもの〝デストロイ〟は、尋常の人間には扱えないモビルスーツのはずだ。

 複合火器の充実と、構造の複雑化。これを裏目として〝デストロイ〟は簡単には操縦できない仕様になっており、それを以前の大西洋連邦が運用できたのは、乗り手が強化人間だったからであり、もっと云えば、それがステラだったからなのだ。

 つまりは何が云いたいのか。実践的なノウハウもないこのこの時代に、よりにもよって地球軍(ナチュラル)が〝デストロイ〟を運用することなど不可能なはずなのだ。

 そうしたステラの懸念は正しく、しかしながら、結局のところ〝デストロイ〟に使われている技術そのものには大きな価値があったらしい。

 

『機動兵器として扱い切れぬなら、固定砲台として運用すれば良い』

 

 結果として、今の形となってビクトリアに配備されているのだろう。映像の中では〝円盤〟型のフライトユニットだけが砲台として聳え立っている光景が、その証左である。しかし、そうであるならば──?

 

(〝本体(・・)〟は、どこ……?)

 

 映像から視認できるのは、カブトガニのような円盤形のバックパックだけだ。

 ──じゃあ、四肢を持った、人型の部分は……!?

 少なくとも映像からは確認できない。この時代に流れ着かなかったのか、あるいはバックパックと分離され、既に別の場所に持ち出されてしまっているのか。後者でないことをステラは願ったが、いずれにせよ、

 

(あんなもの、あそこにあっていいものじゃない……!)

 

 そのことだけは、ステラにもはっきり分かった。

 ロゴスが引き起こす、三年後のユーラシア政変──ベルリンでの悲劇をはじめとする──のように、アレが巻き起こす破滅と破壊は、まさしく惨劇的だ。それが再び繰り返されようと云うのなら、ステラにはそれを未然に防ぐ義務、いや正義があるのだ。

「ステラ、大丈夫か?」

 

 戦慄とした面持ちのステラを訝しむように、アスランが訊ねてくる。ステラははっとして頷き、そこからはセルマンが説明を続ける。

 

「例の〝要塞〟さえ存在しなければ、全ては予定どおりに事が運んでいたはずだ。ビクトリア基地は我らの手で陥落し、宇宙育ちのキミ達の手をわざわざ煩わせるまでもなかった」

 

 その発言は高言ではなく、戦況を判ずる指揮官としての断言だ。

 

「我々としては、今日という日に勝報を手向けるつもりでもいたのだがね……」

 

 云われ、ステラとアスランははっとする。

 ──そうか。

 2月14日、バレンタインデー。彼らにとっても当事者とも云える忌日の名を持ち出され、兄妹はそれぞれに表情を変えた。

 

「しかし、俄かには信じられません。モビルスーツすら実戦配備できなかった地球連合が、これほどの要塞を、たったの数か月間で造り上げることなど……!」

 

 アスランは懐疑的だった。記録に映る敵の要塞は、いささか反則が過ぎているように見えたからだ。局地防衛戦用の固定砲台にしては、あまりに過剰な火力。

 防衛の面に関しても、その性能には非の打ち所がない。

 要塞は先遣部隊の当然の反撃を受けているが、それでも尚掠り傷さえついていない。というより、一発の弾丸さえ着弾していなかった。全ての砲火は装甲に当たる寸前、得体の知れない光の障壁のようなものに弾き飛ばされていたのだ。

 

「 これほどの技術を、地球軍は開発していたと?」

「やはり、敵を過小評価するのは禁物ということなのかねえ」

 

 セルマンの言葉に、アスランは息を詰める。

 

「いずれにせよ、あんなものをビクトリアに野放しにしておくわけにはいかん。ただちに制圧すべきであるし、作戦遂行に当たっては、キミ達にも十分に働いてもらう必要がありそうだ」

 

 いずれは〝プラント〟──しいてはザフトの脅威となる兵器だ。

 

「問題は、その方法だが」

 

 セルマンが深く息を溜めた。

 

「現時点では、判明していることの方が少ない。どう攻略すれば良いものか、こちらとしても甚だ検討もついていないのが実情だ。情けない話だがね」

「そんな……」

「火力は見てのとおり。なんとか砲撃をやり過ごして反攻に転じても、こちらの遠距離砲撃は得体の知れない障壁に弾かれて終わりだ。あの障壁は一体何で、どうすれば突破できるのか──」

 

 そこで口を挟んだのは、それまで一言も言葉を発そうとしなかった少女であった。

 

「〝デストロイ〟のリフレクターには、ビームサーベルがいいよ」

 

 脇から上がった柔らかな声に、アスランとセルマンはぎょっとした。

 ──〝デストロイ〟?

 初めて耳にする……おそらくは宣伝されたこともないであろう単語にふたりは疑問符を浮かべたが、少女は自分のペースで言葉を続けた。いつも通りに。

 

「どれだけ遠くから攻撃しても無駄。あのリフレクターを突破するには、同じ出力以上のビーム兵器を使うしかない」

 

 指摘する声は柔らかなものだが、それは内容が優柔であるということを意味しない。つまり、出任せを云っているようには聞こえなかったのだ。

 ──なぜ、彼女がそんな情報を?

 アスランは疑念に思うが、そう考えたのはセルマンも同じだったのだろう。

 

「キミの方は、たしか〝ディフェンド〟のパイロットだったね。──それは、キミ自身のモビルスーツの運用経験に基づいた発言かね?」

 

 訪ねられ、何故かステラの方がきょとんとした。元々彼女は人見知りであり、慣れない相手と会話をするのが得意ではないのだ。

 

「いや、作戦の考案には確証を得なければならない。こちらも軍として兵の命を預かる以上、根拠のない発言を信用するわけにはいかんのだよ」

 

 言葉を放ったセルマンは、悩むように両腕を組んでいる。

 一拍遅れて、アスランも理解する。

 

(そうか……! 〝ディフェンド〟にも、同様のビームフィールドが)

 

 映像に映っていた光の障壁は、おそらく、ステラの〝ディフェンド〟が搭載する光波防御帯と同質か、あるいはルーツを同じくする技術なのではないか。

 だからステラには弱点が分かっていて、対する自分達には分からなかった。それは世の中の真実とは決定的に違っている理解、少なくとも誤解であったが、このときの彼らにとっては真実味を帯びた指摘だった。

 アスランは彼女を庇うように、その後に続いた。

 

「信用に足る意見だと思われます。地球軍が開発した光波技術は、我々(ザフト)にとってまだまだ未開の技術。──現時点で〝ディフェンド〟に乗る彼女以上に、その実践的なノウハウを知る者はいません」

「ううむ……。もっともな意見だ」

 

 無敵と思われた〝デストロイ〟にも、決定的な弱点がある。それはビームを一定の長さで発心し続けられる熱量兵器に対して、まるで無力と云う点だ。早い話が敵の懐に潜り込み、ビームサーベルを振るえば障壁を突破することが可能なのだ。

 ──少なくとも、理論上は。

 ステラはそれとなくアスランに向けて説明を続けたが、セルマンの方が唸って返した。

 

「逆に云えば、ビームサーベルを搭載する〝イージス〟と〝ディフェンド〟でなければ、あの障壁を突破することは不可能ということか……?」

 

 独白のように紡がれたその言葉を、聞き咎めたのはやはりステラだ。

 

「突破した後も同じだよ。その下に張られたフェイズシフトに、実弾や実刃は通じない。──〝ジン〟や〝バクゥ〟じゃ太刀打ちできない」

「本当に経験があるかのように云えるのだな、キミは」

「……」

 

 その言及に、ステラは答えなかった。

 

(説得力はある。彼女以外に信用する情報源がない、というのも勿論あるが──)

 

 いずれにせよ、フェイズシフト装甲の有無は念頭に置いておくべきだろう。提言どおりに〝ジン〟や〝シグー〟の重斬刀が有効的とは考え難く、作戦遂行に必要なのは、やはり〝イージス〟と〝ディフェンド〟の二機以外ではあり得ない。

 

「……でも」

 

 そうして悩んでいたセルマンに、ステラは言葉を続けた。

 

「それも、それだけの出力が足りれば(・・・・・・・・・・・・)──の話だと思う。今の二機の出力で、あのリフレクターに通じるかは分からない……」

「なんだって?」

 

 言葉を受けたセルマンは、意表を突かれたような顔をした。

 今に始まったことではないにせよ、このときのステラは奇妙な発言をしていた。現時点で〝イージス〟と〝ディフェンド〟の両機は、まさしく『破格』と云える性能を秘めた画期的な最新鋭MSなのだ。

 だというのに、この妖精じみて浮世離れした気圏の少女は、それらの機体の性能が不足している可能性に言及した。まるで〝ディフェンド〟が旧式の──まるで時代遅れの型落ちであるかのように評したのだ。

 

「…………」

 

 しかし、一方でステラ──

 いや〝デストロイ〟から見れば、間違いなく〝ディフェンド〟は旧式であり、そのように前時代的なマシンパワーで立ち及ぶかは不明瞭なのだ。懸念しておくに越したことはなかった。

 

「そうは云うがな……っ、キミたちの機体で立ち及ばぬと認めてしまっては、いよいよアフリカからの撤退も考えねばならないぞ」

 

 勝てない戦に無駄な戦力を投じ、貴重なパイロット達を犬死にさせるわけにはいかないのだ。

 

「あきらめるのは……だめ」

 

 そんなセルマンの逡巡を、ステラは短く断ち切った。

 そう──〝デストロイ〟は何としても破壊しなければならない。あれは本来、この世界に、この時代に存在していいものではないから。

 ──あれを未来に残せば、大変なことになる!

 だからこそ、このビクトリアで発見されたバックパックだけでも、直ちに制圧しておかなければならないのだ。

 

「ステラ……?」

 

 このときのアスランは、ステラが想像以上に積極的であることを、怪訝に思ったという。これは彼女のザフト兵としての初陣であり──これまでの紆余曲折を思えば、戦うことを無理強いされている立場にだってあるはずなのに。

 特に先遣部隊の壊滅映像を見てからの彼女は、目の色が変わっていた。

 

「いや、心を打たれたよ。たしかに、彼女の云う通りだ」

 

 セルマンはそこで、ゆっくりと座席から立ち上がった。

 表情には、敵意のない笑みが浮かんでいる。

 

「〝ディフェンド〟と云うと、宇宙での不審な噂を聞いたもので──すこし心配にしていたんだ。だが彼女の云う通り、あの要塞は必ず破壊せねばならんものだ。今は固定砲台の形を成しているが、あれがやがて発展するとなると、こちらとしても舌を巻いてしまう」

 

 セルマンは、ステラを見据えた。

 

「本気で、仲間として(・・・・・)────信用してもいいのかな、キミを」

 

 ステラは沈黙し、しかし、強い双眸を浮かべ、その問いかけに答えた。

 目は口ほどに物を云うというが、視線を合わせたセルマンが不敵に笑う。

 

「では、そのようにこちらで作戦を立案する。ビクトリアに到着するまでしばしある……良ければ我が隊員たちとも、交流でも図っておいてくれ」

「はっ」

 

 そうして、ふたりは執務室を後にした。

 

 

 

 

 

 

「ビクトリア基地が、ザフトの攻撃を?」

 

 バルトフェルドの執務室で、キラは新たな情報に驚いていた。

 ──第二次ビクトリア攻防戦について。

 ──突如として墜落したとされる、未知の巨大モビルスーツについて。

 それはキラでなくても、怪訝に思ったり、興味が湧くような話題だ。

 

「でもビクトリアって、その未知の兵器が配備された基地なんですよね? それを襲うとなると、ザフトにとっても相当のリスクがあるんじゃ……?」

 

 このときのキラもまた、コーディネイターとして同胞達を憂う気持ちはある。

 対面する、バルトフェルドが云った。

 

「──見るかね?」

 

 不敵に笑いながら、バルトフェルドはデスクの上にあるリモコンに手を伸ばす。天井から吊り下げられたモニターに、つい先日に行われたパトリック・ザラによる宣戦放送が映し出された。

 

「昨日のことさ。パトリック・ザラが、ビクトリア侵攻について〝プラント〟中に大きく喧伝した」

(! アスランのお父さん……)

 

 そしてそれは、ステラの父でもある。

 演説台の前に立つ男は、すべてのコーディネイター達へと戦争を煽る言葉を放つ。その言葉を聞きながら、やがてキラは、目を大きく見開いた。

 

〈──私の娘は、生きていることが分かったのです〉

 

 キラは唖然とした。まさかステラの存在をも、彼が政治に利用するとは考えていなかったからだ。

 息を呑み、彼は改めて自覚する。

 ──あまりに身近すぎて、気付かなかった。

 かつて腕に抱いた華奢な感触を思い出して、キラは悟った。

 

 ──僕が欲しかったものは……。

 ──フレイでは、ない……。

 

 ステラが居なくなって、その質量が失われたことに耐えられなくて──ステラの『声』に似たフレイを求めた。

 ──親友の妹だから、だから守ってやりたいって……ずっと思ってた。

 彼女が目の前に現れたあの二か月前から、知らず知らずのうち。いつしか、そんな保護欲のようなものが…………。

 思い悩むキラを現実に引き戻したのは、執務室のドアが開く音だった。

 顔を上げて音のした方を向けば──エメラルドのドレスに身を包む金髪の、見たこともない少女が立っていた、いや、実際には見たことのある少女だった。

 

「カ、カガリ……!?」

 

 髪を結い、ナチュラルな薄めの化粧をしている。

 エメラルドグリーンのドレスに身を包み、少し日に焼けた肌が勿体ないとさえ思えるほどの清廉さ、可憐さに、思わずキラは言葉を失った。

 これが、今までの野性味あふれる少女と同一人物とは。

 そう思うと、自然に声が漏れていた。

 

「おんなの、子……」

 

 それを聞いた例の清廉な美少女(・・・・・・)は、まるでその上品な容姿にそぐわぬ乱暴な物腰でわめき出した。

 

「てっめえ!」

 

 声を上げたカガリは、今にもキラに殴り掛かる勢いでにじり寄ろうとしたが、どうやら、長い裾が邪魔で走り出せないらしい。

 キラはホッとして、しかしすぐに弁明の言葉を探す。

 

「いや! だったんだね、って今云おうとしたよ!」

「おんなじだろうがっ、それじゃあ!」

「あれ?」

 

 ……たしかに。

 ややあって、キラは納得した。

 やり取りを見たバルトフェルドは、まるで芸術品でも品定めような目で、愛人アイシャがコーディネイトした少女の姿を見据えた。

 

「いいねえ──なんていうか、そういう姿も実に板についてるカンジだ」

「勝手に云ってろ」

「喋らなきゃカンペキ」

 

 肩を透かして、バルトフェルドはわざとらしく嘆息ついて見せた。

 

 

 

 

 

 

 アフリカ大陸の自然は、雄大である。大陸北部は広大な砂漠で形成され、これを抜けて南下すれば、ステップと呼ばれる平坦な草原地帯に出る。

 そこでは、自然の生態系の中、動物達が悠々と生きているのだ。

 いっときの余暇を与えられたステラが甲板に出たとき──彼女としては残念なことに──空は厚い雲に覆われていた。淀んだ曇天、いつ雨が降ってもおかしくないような天気の中では、水分が抜かれような乾いた風が肌を切るみたいに通り過ぎていった。そのざらついた感触が、ステラにはすこし不快に思えた。

 

 ステラ達は現在、ザフトの陸上戦艦〝コンプトン〟級にて移動している。

 

 甲板は広く、そこでは野球ができるのではないかと思えるほどだ。

 ステラはそこに、膝を抱えて座り込む。決して居心地は良い場所や天候ではなかったが、そこから見える自然の景色を眺めるのには退屈しなかった。

 

 ──動物がみんな、びっくりして逃げてく。……かわいそう。

 

 戦艦が草原地を横切っているのだ。どの動物も驚いたみたいな顔をして、こちらに背を向け逃げ帰っていく。彼らのテリトリーを縦断することに、思わず「ごめんなさい」と胸中で呟いた。

 そうして茫洋と時間を潰しているとき、背後から、ガヤガヤと騒がしい声がした。

 

「?」

 

 風になびいた柔らかな金髪をすき、ステラが振り向けば、そこには緑色の軍服を着用したザフト兵達の集団ができていた。思わず身構えてしまいそうになる光景だったが、よくよく思えば、今の自分も同じ軍服に身を包んでいることに気が付いた。

 ──あっ、そうだった。

 ぽーっとして、鈍い反応をする。

 ──なんだか、へんな感じ。

 あれだけ、敵だ、ワルモノだ、と教えられて来たザフトに、今は身を置いているのだから。

 

(今は、ザフト……)

 

 そうこうしていると、ステラの許にひとりの緑服の青年がやってきた。

 柔らかな顔をした、どこか人の良さそうな──作り物の笑顔を張り付けたような青年だった。

 

「──ね、きみ、何してんの?」

 

 青年が声を発し、ステラへと話しかける。それと同時に、彼女の背後で「うおお」という歓声が上がった。

 群衆は「あいつ切り込んだぞ!」だの「振り向いた姿も可愛いなあ!」だの、なんだか喧しい声を放っているみたいだ。そしてそれは、すべてがステラの聴覚──厳然たる事実として、凡人よりもはるかに優れている──に筒抜けた。

 とはいえ、それが何に対する歓声なのかは、このときのステラには全く分からなかったが。

 

「動物、見てた」

「動物?」

「うん。いろんな動物がいるの」

 

 云いながら、ステラの視線は、再び前方の大自然へと向けられる。

 どんな動物も平穏に暮らしている様子を見て、自然と心がぽかぽかする感じがしている。

 たとえば、象。

 象は象でも、大きいの、小さいのがいる。お父さんがいれば、お母さんがいて、そして子どもがいる。

 

 ──みんな違って、みてて楽しい。

 

 目の前に拡がるのは──平穏に開けた土地、心休まる光景だった。

 ──戦争とは無縁の、動物達が伸び伸びと生きる……やさしい世界。

 緑が生い茂り、いくつかの水場が点在し、その上に動物たちが生きている。見方によっては、何もない土地だ、と云う者は云うのかもしれない。

 しかし、そんな何もない土地というのが、実はとってもしあわせな土地なのかもしれない、とステラは思うのだ。彼女もかつて、何もない土地を見たことがあるから──

 いや、違う。正確には、何も残されなかった(・・・・・・・・・)土地だろうか。〝デストロイ〟の襲撃により、壊滅した北欧の三都市。荒れ果て、燃え尽き、灰色に塗れた何もない光景と比べれば──深緑の拡がる何もない光景の方が、圧倒的にしあわせに思えた。

 

「…………」

 

 ステラはそうして、青年と会話していることさえも忘れたように、ふたたび茫然として黙り込んでしまった。

 膝を抱げ、相も変わらず茫然と座り込む少女の横顔を見て、兵士は戸惑う。

 

(……変わった()だなぁ)

 

 彼らのいたジブラルタル基地では、宇宙から派兵される『特務戦闘員』というのが、どのような連中なのかは話題の中心であり、かねてより噂されてもいた。傲り昂ったような、仏頂面の「エリート様」に見下されるのも甚だ迷惑だという声も上がっていたが、そうして派兵された二人の内の一方のは、女の子──それも、思わず言葉を失うほどに華奢で可憐な美少女だった。

 彼ら──当然、青年達だ──は彼女をひと目見て、やはり強い感心を憶えた。

 けれども、だからと云ってどうアプローチを掛けてTいいかも分からない。まず、心を開いてくれる様子が微塵にもない。こちらを受け入れる気はあるが、かといって溶け込む気はない──そんな様子だ。

 ──どうしたもんか。

 兵士達がそんなことを考えていると、他ならぬ最初の青年によって「突破口」を開かれた他の大勢が、ずらずらとステラの許に押し寄せてきた。

 

「ね、キミ、名前は?」

 

 野次馬達である。

 彼女の感心を引こうと、我先にと押し合いながらやって来る。

 ステラは舌足らずに答えた。

 

「ステラ」

「キミ、どこから来たんだっけ!」

「……宇宙」

「具体的に!」

「…………〝ヘリオポリス〟」

 

 寄って集った野次馬の集団に、ステラはひどく興味なさげな顔を作ると、首を前方に戻す。

 ──うるさい……。

 鬱陶しい、という率直な意志表示に、目の前の大自然に視線を移す、だが、なおもそんな心情を無視した質問の数々が背後から飛び掛かった。

 

「もうひとりの特務隊員って、兄貴なんだよな!?」

「うん……」

「今、何歳なの!?」

「じゅう……ろく?」

「あれ、兄貴と同い年なの? 兄弟と云うより、双子じゃないのか?」

「まちがった、じゅうさん」

「なんで間違えんの?」

「あのさ! ラクス嬢と知り合いって聞いたけど、ほんと!?」

「うん……」

 

 なんでキミはアイドルにならなかったの、という意味不明な質問が続いた。

 無視した。

 

「地上戦の経験はあるのかい!?」

「あるよ、たくさん」

 

 あまりに矢継ぎ早に質問が飛び交う。

 暇なの? ステラが彼らに云おうとした時だった。

 

「あっ、そうだ」

「?」

「これから俺達は作戦を共にする訳だけど、その上でひとつ、考えてたことがあるんだ」

 

 最初に声をかけて来た青年の兵士が声を発した。

 

「ほら、ザフトって階級がないだろう?」

 

 初めて──初耳だ。

 ステラは、そうなの? と呆気に取られた顔をする。

 

「だから、これから君のことを名前を呼んでかなきゃいけないわけだけど」

 

 少なくとも、地球軍にいた頃のように「少尉」と呼び止められることはないということか。名前と云っても、大抵の場合はファミリーネームで呼称するのが通例というものだが……

 

「ファミリーネーム……いや『ザラ』の名前で呼んだとき、兄妹そろって反応されてもさ? ほら、色々と困るんだよね」

 

 たとえば作戦中など、迅速な指示が必要になった時、ザラの名を呼んだ際、兄妹ふたりがそろって反応してしまっては効率が悪い。

 

「だからさ────これからステラって呼んでもいいかなァ?」

 

 下心に容易く剥がれるメッキのような理屈を付けて、ザフト兵達は訊ねた。

 

(おおっ、軟派だぜ)

(さすが、ナチュラルなジゴロトーク!)

 

 その問いを構成したのは、作戦効率を高めんとする向上心──ではなく、少女とお近づきになりたい、という六割以上の下心であったようで。

 

「……」

 

 訊ねられたステラだが、このときばかりは彼女なりに警戒もしていたらしい。じっとして男達の顔を眇め、そこから見返される視線の中に、生理的──そう生理的に不快な光を見つけたらしい。

 

「やだ」

 

 少女の一言に撃砕され、青年らは焦ったように反論を探した。

 

「で、でもなぁっ! 名前で呼ばせてくれないと、作戦効率がさ──」

「ファミリーネームが不便なら、コードネームを使えばいいもの」

「えっ?」

 

 コードネーム。

 それは、ある一定の条件や任務でのみ用いられる、暗号のようなモノだ。ステラはその名を、アスランと自身を区別するために用いれば良いという。

 

「じゃ、じゃあ……なんて呼べば?」

「ザラには、まだなれない(・・・・)──だから」

 

 ステラはじっとそこに据え、小さく云った。

 

「ルーシェ────」

 

 そうして「それ」が────

 彼女の、ザフトにおけるコードネームとなった。

 

「ステラ・ルーシェ……?」

 

 今となって、ステラは過去と決別したが、それは地球軍にいた頃の全てを忘れていい、ということではなかった。彼女はこの表裏一体の名を、あえてザフトでも用い続けることを思いついたのだ。

 ルーシェという名前自体が、自戒の意味を込めたものとなる──そう考えて。

 ──せめて、あの兵器(デストロイ)をこわすまでは……。

 だからこそ、そんな日がやって来るまでは、ルーシェという名で呼ばれ続けようとした。

 

 

 そうして、次の瞬間、艦内に指令がかかった。

 すべての兵を集める、作戦会議の報せであった。

 

 

 

 

 

 

 ブリーフィングルームに集められた兵士達に、作戦司令官であるセルマンからの通達があった。内容は、他ならぬビクトリア攻防戦についてだ。

 

「知っての通り、あの基地は大型のマスドライバー施設〝ハビリス〟を保有している。このマスドライバーを制圧することが、今作戦の最終目標である」

 

 前方のスクリーンに映し出された地図をタクトで示唆しながら、セルマンの言葉は続く。兵士達の最前列に、アスランとステラも並んで構えていた。

 

「戦場付近に構えられたビクトリア湖は、大陸にある東西の大地溝に沿う隆起帯に挟まれた凹地にできたものだ。間もなく本艦が通過するであろうグレート・リフト・バレーを越えれば、その先に広がっているのは平地だけ」

 

 平坦な土地柄、そして、降水量が多い気候も相まって、かつて基地周辺の土地は、大規模な農業で栄えていたという。

 

「つまり基地周辺に、かの〝円盤型の要塞〟から放たれる砲撃を凌げるような地形的障害物は存在しない。──まあ仮に死角に回り込み、敵のビーム砲をやり過ごしたとしても、敵は高い誘導性能を持つミサイルを多数搭載している。あちらが不審な敵影を少しでも察知すれば、こちらがすぐにマトにされるだろう」

 

 よどみなく、セルマンは続ける。

 

「したがって、輸送機を用いた突入作戦はリスクが大きすぎる。モビルスーツ部隊による侵攻──これが最善策であると考えた」

 

 そして、と彼は付け加える。

 

「南下気流によって、おそらく第二次ビクトリア攻防戦は悪天候の中での戦となる……それに加え、赤道直下の湖は水温が高く、そのために嵐が発生しやすいというお土地柄だ」

 

 アスラン達の地球への降下を遅らせた、ジブラルタル基地を襲った大嵐──これを生み出した大型の乱雲が、南下しつつあるという情報を得た。

 

「嵐の中での攻防戦となれば、視界は風雨に遮られ、狭まることになるだろう。……が、それは地球軍(あちら)も同じこと。むしろ視界が遮られ、目視での照準が付けずらくなれば、地球軍の旧来の迎撃システムは機能を損ない、防衛力は一気に減衰する。この点、縦横無尽に地上と空中を駆けずり回れるモビルスーツを有したザフト(われわれ)の方が、圧倒的に有利だ」

 

 ──これに、賭けるしかない。

 突風や豪雨によって、目視での遠方確認が行いにくくなるということは、接近手段を持ったモビルスーツに利がある。無論、その風雨による弊害はザフトもこうむることになるが、地球軍と比べれば、圧倒的に軽い。

 考えられる悪天候を利用する──地球の自然を、味方につけるという奇策である。

 地球軍の迎撃システムのほとんどは、旧来の備え付けの高射砲、または戦車や対地空砲が多い。

 熱源を探知して追尾ミサイルを放つ要塞には、そのような小細工は通用しないだろうが、

 

「勝機はある。地球軍の戦力は、完全なる要塞のワンマンだ。アレさえ落とせれば、我々の勝利は決まったも同然」

「肝心の、その方法だが……」

 

 セルマンはそこで、アスランに目を遣った。

 

「敵の要塞が、フェイズシフトに似た実体弾を無効化する装甲を持っていることが考えられる。よって、これを突破できるのは──〝イージス〟と〝ディフェンド〟に限られる」

「なに……ッ!」

「特務隊のふたりに、アレを突破してもらう他ない。──我々、地上部隊に出来ることは、ふたりの要塞までの道を切り拓くことだ」

 

 実戦に投入されるのは〝ディン〟〝シグー〟〝バクゥ〟のような大気圏内で運用されるモビルスーツだ。

 そのほとんどがビーム兵器を持たず、急を要して用意できるような兵器でもなかったために、要塞の装甲とリフレクターを突破できるのは〝G〟兵器に限られる。

 後方に据え、その指示を受けたディオ・マーベラスが、顰めた顔をする。

 

「つまり地上部隊(オレたち)の仕事は、このふたりのおもり(・・・)ってことですかッ!」

「ディオ……。敵の要塞が、いかなる遠距離攻撃も無効化する映像はオマエも見ているだろう? ならば接近して、直接手を下すしかない」

「ちッ……!」

「〝イージス〟と〝ディフェンド〟には飛行用の〝グゥル〟を与える。空戦部隊の先導の許、要塞までなんとしても辿り着いてくれ」

 

 指示が飛び、兵士達は敬礼をする。

 

「……?」

 

 見様見真似で、ステラもその姿勢をマネて見た。

 びしっ

 条件反射にアスランの姿勢をマネて見たが、かざした手の角度が、全然違っていた。──地球軍にいた時は、こんなに腕を傾けなくて良かったのに……。

 そして今、鈍色の厚い雲が、空を覆った。いつ、雨が降り出してもおかしくはない天候が訪れる。

 渓谷状になった隆起帯(グレート・リフト・バレー)を通過した〝コンプトン〟は平野へと出、開けた土地によって、遠方にビクトリア基地および、マスドライバーの姿を確認できる地点まで辿り着いた。

 作戦開始時刻は──しごく気まぐれな、この地の天気が荒み出した時。つまり、強い風雨が生み出された時だった。

 

「────嵐になるな」

 

 〝コンプトン〟の艦橋で、セルマンがひとり、呟いた。

 ──嵐。

 その表現は、天候に対して用いられたものか。それとも、戦況を示すものになるのか……。

 次の瞬間、大雨が降り出した。突風が発生し、平野の木々が薙ぐ。一瞬、世界が真白色に閃き、瞬く間に雷鳴が轟き出す。

 地球が誇る大自然が────牙を剥いた。

 

「作戦開始だ! モビルスーツ隊、展開!」

 

 モビルスーツ群が、次々と展開していく。

 第一に、四足獣型の〝バクゥ〟部隊が出撃してい行く。〝バクゥ〟の主たる武装はミサイルポッドに、レールガンである。機動性においては不整地でも群を抜いた性能を誇り、前線へと突入する部隊としての役割を果たす。

 次に出撃したのは〝ザウート〟であるが、こちらはタンク型のMSという外観からも機動性が低く、その代わり、長距離射程が可能な狙撃銃器を多く搭載している。主に、艦上からの後方支援射撃に務める。

 やがてイカのような姿形をした〝グーン〟が、続いて〝ジン〟が出撃。最後に──〝ディン〟の空戦部隊が出撃許可が出された。アスラン達が配属された、主力部隊だ。

 

〈〝グゥル〟の扱い方は大丈夫か?〉

「マニュアルはみた。……問題ない」

 

 アスランからの通信が開き、ステラはそれに応じた。

 〝グゥル〟とは──ザフト軍が開発したモビルスーツの飛行支援体(サブフライトシステム)のことである。

 地球の重力は、いささか〝イージス〟や〝ディフェンド〟には重すぎた。二機のスラスタ―は、自機の重量に勝るほどの滞空(ホバリング)性能を有していないため、空中での推進力不足を補うために、このサブユニットが必要となる。大気圏内では〝イージス〟もMA形態で飛行することは出来ないし、MA形態に変形する機会があると云えば、大型のエネルギー砲スキュラを放つ時くらいのものになるだろう。一方の〝ディフェンド〟もまた、今は防御に徹底した大型のビームシールドを装備している。これにより要塞からの砲火を耐え凌ぐ防御力、光波防御帯の展開が可能となるが、その分だけ重量も跳ね上がり、奇襲機としては致命的な、機動性を欠いた状態での出撃を余儀なくされていた。

 ──まさか、ステラと肩を並べて出撃する時が来るなんて……。

 作戦の概要も、初めて扱う〝グゥル〟のスペックも、頭に入ってる。──その言葉を聞き届けたアスランは、頼もしいような、しかし、素直にそれを喜ぶことは出来ない複雑な心境に陥った。

 

〈さっき、セルマン隊の隊員から聞いたぞ──任務上の便宜名(コードネーム)を付けたって?〉

「呼ぶときに、必要になったから」

〈……そうか……。ルーシェ、だったか?〉

「うん」

 

 ステラ・ルーシェ。

 アスランは顔を伏せ、またも考えに囚われる。

 ──だが、それは……おまえが地球軍に居た頃の名前なんじゃないのか……?

 ──そいつはおまえを……苦しめて来た名前じゃ、ないのか?

 喉元まで出かかった問いを、アスランは寸での所で飲み込んだ。

 その名をあえて用いることにも、きっと、彼女なりの覚悟があってのことなのだろうと判断したからだ。

 

 ──母上がこの光景を見たら、いったい……どう思われるだろうか……。

 

 母上は、女の子としてのステラを大事にしていた。

 厳しく教育することはあっても、平凡な、心の優しい女の子に育てていた。息子として、自分の教育は父が厳しく、娘として、彼女の教育は母が優しく行っていた。そうなることをアスランも望んでいたし、間違っても「出来るから」という理由だけで、戦場に送り込むような真似は……。

 オペレーターの発進許可が、アスランを現実に引き戻す。

 次の瞬間、空中に二基の〝グゥル〟が打ち出され、ハッとして、その機影を捉える。

 考えていてもしょうがない────作戦は、始まったのだ。

 

「アスラン・ザラ、〝イージス〟──出る!」

 

 アスランの声と共に、真紅の機体が、空中へと踊り出す。

 

「ステラ・ルーシェ、〝ディフェンド〟──出る」

 

 漆黒の鎧を纏った機体が、続いて〝グゥル〟へと飛び移った。

 二機の前方に、〝ディン〟の空戦部隊が展開する。二機を取り囲むようにして集まって来た僚機より、通信回線が開く。

 

〈要塞までの道はオレ達が切り開いてやる! しっかりついて来いよ!〉

 

 〝ディン〟部隊が、そのままビクトリア基地へと向かう。

 

「……基地の戦力を奪った後は、基地内にいる地球軍(ナチュラル)共は、皆殺しにしてもいいんだよなぁ?」

 

 その〝ディン〟の通信回線の中で、ディオ・マーベラスが不穏な言葉を発した。

 それに賛同したベルクトが、その言葉を助長する。

 

〈制圧した後、苦し紛れに自爆装置でも使われようもんなら、味気がないからな〉

〈それは早計だぞ、ふたりとも。まずは敵の要塞を突破することが先決だろう。──下手をすれば、こちらが返り討ちに合う可能性だって十分にあり得るんだ〉

 

 隊員の諌めの声が響くが、

 

「ダイジョウブですって……。なんせ、そこにいる特務のふたりが頑張ってくれるんでしょう? これで突破できなかったら、責任は全部、そいつらにあるってこった」

〈ディオ!〉

「委員会直属の特務隊員だとか何だとか、偉そうなこと云う前にちゃんと仕事しろよ! 作戦が失敗したら、この作戦で散ってった兵の命の分だけ自分の首を差し出す覚悟くらい、してもらわねぇとな!」

 

 一連のやり取りを聞いて、ステラは小首を傾げた。

 ──何をイライラしてるんだろう、あの男は。

 きっと、自分とアスランのことを言ってるのだろうが、まったくもって云っていることの意味が分からない。

 ──失敗?

 こいつは初めから失敗を視野に入れて、戦場に出ているのか?

 任務の中で、失敗すれば、死ぬだけだ。

 ──〝ファントムペイン〟にも、失敗は許されなかった……。

 失敗を重ねれば、無能(用無し)と判断されて、処分の対象にもなった。

 そう────失敗は、死に直結した言葉。

 それが、彼には分からないのだろうか? 死ぬことが怖くないのだろうか?

 ──最初に死んでいくのは、あいつらのような、命を大切にしない者達だ。

 傍らのベルクトが、通信にて声を続けた。

 

〈ま、頑張ってください、おふたりとも。けど、忘れないで欲しいですねぇ。いい機体さえ預かってればなぁ、オレ達にだって、あの要塞を落とすことは──〉

 

 刹那、一同のコクピット内にアラートが鳴り響いた。

 

〈────回避ぃッ!〉

 

 ベルクトの言葉を遮って、表情を真っ青にした隊員の怒鳴りが響く。

 アスラン達の反応は早かった。隊員の声が放たれるよりも前に、いち早く危機を察知していた〝イージス〟と〝ディフェンド〟は大きく回避行動を取っていた。

 一刻置いて、数機の〝ディン〟が回避行動を取る。

 だが、わずかに反応が遅れた三機の〝ディンが〟は、はるか遠方より去来した強大なエネルギー砲に飲み込まれた。

 豪雨すら吹き飛ばし、空間を凪いだ赤色の巨大エネルギー砲が、光の奔流となって彼らの横を通り過ぎて行く。ベルクト機は一瞬にしてのみ込まれ、跡形もなく爆散した。エネルギー砲の矛先は過ぎ去った後に平地に着弾し、大地を抉り、広大な土地を穿つ。巨大な砲火ははるか遠方、基地の方角から放たれたものと認識する。

 

「………………!?」

 

 一同が、絶句した。

 ──なんだ、今のは……!?

 圧倒的な破壊力を目の前にして、アスランは愕然として、目を大きく見張った。

 映像では、既に敵要塞の誇る火力を見たことがあった。

 ──だが…………まさか、これほどの威力とは。

 炎の塊と化した何かが、前方の地表に転がっている。数刻前まで、意気揚々と出撃して行った、同胞達の変わり果てた姿だ。

 今の一撃で、どれだけの兵が死んだだろう。

 どれだけの兵の命が、戦場に炎の華を咲かせただろう。

 瞬時、戦場がピリッとした空気に呑まれる。

 ──油断は許されない。

 この事実を自覚させられたザフト兵達が、無条件に、気を引き締めたのだ。

 ステラが、小さく言葉をこぼした。

 

「……ひさしぶりだね……」

 

 動揺と緊張、不安と焦燥──

 戦場の誰もが、破滅を導く要塞の一矢に慄いた状況下で、ステラだけは唯ひとり、確信を持って対象を捉えていた。

 

 おおよそ、二ヶ月の再会となるのか。

 

 やはり、この目で見て、その目で威力を確かめて思い知る、初めからアレは、この世界にはあってはならぬモノであることを。

 カブトガニのような型をした巨大な装甲、背部フライトユニットに、それ自体が三十メートルを超えるであろう巨大な二つの砲門を構えている。

 円盤型の外観から、それは一見〝UFO〟のようにも見える。地球外宇宙からやって来た、未知からの来訪者のように。

 だが、違う──。

 

 あれは、来訪者などではない────純然たる、破壊者だ。

 

 敵に回せば、なんて理不尽な火力だろう。

 円盤形態から覗かれる、鋭く輝く紅眼が、寂しげにステラを睨んでいた。その眼はまるで、どうして己を見捨てたのだ、と彼女に嘆きを訴えかけているようで、どこか哀しい眼をしていた。

 相手は機動兵器だ、しかし不思議とそれ自体が意思を持ち、生きているかのように思えてしまう。

 なぜだかステラは、そいつと会話をしているような気分になった。

 知らない土地の、知らない時代の、知らない人間に改良の手を加えられ──あの子(・・・)は、今、ここにいる。

 

「ごめんね」

 

 ステラはもう……〝あなた〟に乗ることは出来ない。

 わたしの還るべき場所はもう──〝あなた〟じゃない。

 自身の過去に、別れを告げる。

 今のステラには〝あなた〟を連れ出してしまった──そんな責任がある。たったひとりで、こんな場所までやって来て、大変だったよね……?

 

 だったら…………。

 

 せめてステラの手で、

 この日、この晩、この場所で、

 

「ステラが完全に──破壊してあげる…………!」

 

 強い瞳を浮かべながら、スロットルに手を掛ける。

 〝デストロイ〟を────絶対に沈めるのだ。

 

〈行くぞ、ステラ!〉

「わかった……!」

 

 大嵐の中、黒鉄の〝ディフェンド〟が────黒鉄の〝デストロイ〟へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 デストロイは、ステラの「反存在」のようなものとして登場します。
 彼女がこの時代に来たことで幸福になることがあれば、デストロイの登場により不幸になることがある。

 そうして彼女自身と対を成した存在でありながら、そんな彼女の過去を象徴した、ある意味で哀しいモビルスーツ。
 エクステンデットとしての過去と決別しようとしているステラに、どこまでも付きまとう亡霊のようなモノだと思って頂ければ。

 出撃の際、名前と機体名を告げてから発進しますが、この時にステラはやはり「ステラ・ルーシェ」と名乗る方が、響き的にも馴染み易いので、ルーシェ、というのは便宜上のコードネームということにしました。
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