~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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『モラトリアム』B

 

 

 ──どうして、こんなことになったの……?

 フレイは〝アークエンジェル〟の居住区の一角で、ひとり簡素なベッドの上にへたり込むように座っていた。

 

 まるで無気力に、茫然としている。

 

 数日前まで、彼女はキラの自室で生活し、ことのつまり、キラと同棲していた状態にあった。

 しかし彼との破局を期に、部屋にも居れなくなり、なかば出ていくような形で自分の部屋へと居住部屋を移すことになった。

 正直なところ、キラの部屋はフレイにとって、使い勝手が良かった。

 軍という組織に組している以上、階級が高くなればなるほど、待遇が良くなるのは当然の仕組みである。

 キラは〝ストライク〟のパイロットとして少尉の階級が与えられており、普段から士官室が宛てがわれているのだ。勿論、士官室といえど、フレイが望むようなインターネットでファッションのショッピングが楽しめるような場所ではないし、電波が悪ければ、満足にテレビも見れやしない。環境の良いお嬢様家庭で育ったフレイには、決して快適と云えるような場所ではなかったが、それでも、シャワー室は備えられてあるし、階級による権限があるかどうかすら分からない下っ端(フレイ)の部屋よりは、はるかに住み心地がよいことに変わりはなかった。

 『エースパイロットの恋人』という肩書に酔いしれることにも、いくらかの優越感があったし、彼女はそれで満足していた。──なにより、キラを戦場に引きずり込むことが出来たのだから。

 しかし──キラと破局した今、彼女はその部屋にも居れなくなってしまった。

 生活のレベルを底辺まで落とすというのは、凡人が考えているより、お嬢様には難しいものである。

 これは、ひとつの報い?

 愛する男を裏切って、好きでもない男と、唇を身体を重ねた罰なのだろうか?

 

 ──わたしが罰せられる……? どうして?

 

 フレイは、純粋に不審だった。

 ──真に罰せられるべきは、いったい誰だ?

 ──わたしの人生を、運命の歯車を狂わせたのは誰だ?

 ひとつの決定的な「原因」がなければ、そもそも、誰がコーデネイターとなんか関係を持とうとするだろう。フレイにとって大切な婚約者、あのサイでさえ叶わなかった──バケモノ(、、、、)みたいな存在と──。

 

 ──本当に罰せられるべきは、パパを殺したコーディネイターじゃない……。

 

 フレイ・アルスターは、艦内では主に、洗濯や掃除などの雑務を任されていた。彼女はミリアリアたちと違って、工学の知識や、他にこれと云った技術も持っていなかったからだ。

 軍に志願したはいいが、当てつけられるのは雑用ばかり。この状況に、はっきり云ってフレイは不満だった。と云っても、軍に志願したのは初めからキラを巻き込むことが目的だったし、短絡的な動機から志願したため、入隊してからの明確なビジョンを持っていたわけでもない。

 実際のところ、彼女は地球軍の軍服を着ているが、彼女の中に軍人らしい(・・・・・)要素や能力など何処にもない──というのが真相だ。

 非力にして、か弱い。それが裏に出て、艦内では雑用の仕事ばかりを当て付けられるだけ。もっとも戦闘が始まれば部屋に飛び込み、ベッドの中で震えていることしか出来ない彼女に、他に相応しい職務が当たるはずもなかったが。

 それでも、フレイは現状に不満だった。──ひとりだけシンデレラのように、メイドの仕事をやらされているなんて。

 伝説に出て来る、ガラスの靴の彼女のように、この苦行からいつしか救われる日が訪れるというのなら、すこしは我慢してやろうとも思えるが、そんな日は果たして、本当にやって来るのだろうか? そもそも、自分を見つけ出してくれる王子様が自分にはいるのか? キラとは別れ、王子様となり得るサイのことは、他ならぬ自分が裏切ってしまったじゃないか。

 キラと別れ、だからと云って、サイに近づくことは許されない。一期先輩だが、ゼミで同僚だったミリアリアとも、キラのことで疎遠となり、こうして彼女は、接触できる人物を失っていっていることに気が付いた。

 思えば、ますます自分は孤独になっていた。

 

 ──なんで、こんなことになったの……?

 

 〝アークエンジェル〟は、再び戦闘を始めた。──懲りない船だとフレイは思う。いつもいつも、自分を脅かしてくれる。

 ほら、こんな危ない船に乗っている時点で、自分はシンデレラになどなれないのだ。パパに認められる娘になりたくて、人一倍オシャレに気を遣ったり、可愛らしくなるよう努力して来たけれど、どこから、そんな無垢な人生は狂ったのだろう。

 ──どうして、私がこんな目に……?

 こんな状況を造り出したのは誰だ。

 キラを恨むことが筋違いだとすれば、やはり、憎むべきは、たったひとりの存在だ。

 

 ステラ・ルーシェ。──金髪の、コーディネイターの少女だ。

 

 初めて〝ヘリオポリス〟で彼女を見たときは、素直に綺麗な子だと思った。

 信じてもらえないかもしれないが、自分は彼女の容姿を、同性として純粋に感心していた。もしも同じカレッジであったなら、いつかは話しかけてみたい……友達になってみたいとさえ思っていた。

 彼女が身に纏うホルターネックのドレスは、ベールを垂らした、とても凝ったデザインをしていた。それを纏った彼女は、本当におとぎの国のお姫様のように見え、純然と目を惹かれた。ドレスはどこのお店で手に入れたのとか、お気に入りのブランドとか、さらさらな金の髪をケアするシャンプーは何を使っているのかとか、女の子として、いろんなことを訊いてみたかった。途中で彼女がコーディネイターだと知ったとしても、オシャレを頑張ろうとする心は、女の子ならみんな同じだもの。先天的にいくら「素」が良くたって、それを飾ることを後から勉強しなければ、宝の持ち腐れでしかないんだから、きっとコーディネイターだなんて、そんなことは気にしなかったはずだ。

 

 ──なのに……。

 

 けれど、彼女には戦う力があって──それでも彼女のせいで、父は殺された。

 彼女がいたから──キラはパパを救えなかった。

 彼女がいたから──キラとの関係は終わった。

 彼女がいたから──わたしは孤独になった。

 そう、何もかも。

 彼女がいたから──わたしの人生はおかしくなった。

 

 ──どうして……?

 

 あのとき抱いた憧れが、いつの間にか、憎しみにすり替わっている。

 あのとき抱いた関心を、もう二度と抱くことが出来ない。 

 昔の己に戻るには、彼女のことを認めるには、許すには──自分自身のプライドと、父の死があまりにも邪魔をしている。

 

 私はひとり、メイドをこなすシンデレラ──。

 

 こんな惨めな毎日が、いつしか救われる、報われる日が訪れることを願うだけ。

 コーディネイターに、復讐できる日を待ち望むだけ。

 己の『本来いるべき居場所』を探して惑う──そんな健気な女の子。

 

 ──この子の身体から、得体の知れない薬物反応が検出されてるんだよ。

 

 そのときフレイの脳裏に、医務官の言葉が過ぎった。

 キラの話では、ステラはもともと無邪気で、モビルスーツなど操れなかった──そう彼女もまた、ひとりの「か弱い女の子」だったと聞いている。

 

 ──今のわたしと……同じ……?

 

 矛盾した過去。得体の知れない薬物の反応。

 フレイは思い立ったように、ゆっくりとその場に立ち上がる。

 

 そうして彼女は────戦闘に揺れる艦内を進み、医務室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 〝スカイグラスパー〟にて先行発進したムウより、レーザー通信が入る。偵察した限り、どうやらザフト艦〝コンプトン〟が展開させているモビルスーツは〝ザウート〟が三機と、〝イージス〟のみのようだ。

 雑な紹介の仕方かも知れないが、ムウに云わせれば〝ザウート〟というのは「陸戦車」と表現して相違ない機体であり、少しばかり移動手段を持っただけの砲台である。その鈍い機動力を考えれば〝コンプトン〟艦上から降りてまで接近して来るとは考えられず、であるなら〝アークエンジェル〟は、迂闊に艦を接近させなければ、直接的なモビルスーツの脅威には曝されない。

 

 唯一にして最大の問題は、どういう経緯かは不透明だが、単騎で襲来した〝イージス〟である。

 

 その機影を見たとき、しかし、ムウの中に特に驚きはなかった。何故なら『砂漠の虎』との決戦の際、彼らは既に〝デュエル〟と〝バスター〟の機影を認めていたから。

 わざわざ宇宙から地上に降りて来てまで、自分達を追撃しに来たというのか──?

 

「しつこい奴等だな、こいつらも……!」

 

 ところで、二足歩行型のモビルスーツを砂漠の上に降り立たせるためには、機体足底面の設置圧調整が必要不可欠である。着底した途端に液体のように流動する砂漠の上では、モビルスーツは、通常の運動プログラムでは対応し切れないのだ。

 すでに〝ストライク〟はキラの瞬時の切り替えによって設置圧調整を終えていて、言葉にすると簡単だが、事実としては煩雑を極めることだ。実際、碌な調整をせずに砂漠の上で戦闘を強行しようとした〝デュエル〟と〝バスター〟が、先日は砂の上で溺れ、ろくな攻撃もできずに撤退していった。

 今回、敵艦から出撃した〝イージス〟は、飛行支援体に乗っている。

 これでは、運動プログラムの調整など関係ない──上空からの猛威に振るわれることとなり、中でも〝イージス〟は〝スキュラ〟という、武装の名に恥じぬ怪物級の破壊力を搭載している。〝デュエル〟や〝バスター〟とは比較しようもないが、いずれにしても、絶対に振り切らなければならない──マリューの指令が飛んだ。

 

「砲火を〝イージス〟へと集中させて! 〝アレ〟に取りつかれるわけには行かないわ!」

 

 戦艦の方は、ムウが〝スカイグラスパー〟で牽制してくれている。艦砲や〝ザウート〟の注意が散漫している内に、最たる脅威である〝イージス〟を撃退しなくては、〝アークエンジェル〟に勝算はない。

 ザフトもそれを判っている。

 この作戦の可否を左右するのは、結局のところ、たった一機の〝イージス〟の存在だ。

 〝イージス〟が撤退すれば、〝アークエンジェル〟の勝利に終わる。もしそれが出来なければ、ザフトの勝利に終わる。

 ──でも、負けてやるわけにはいかないのよ……!

 マリューとて、ここまで来て、諦めるような女性ではないのだから。

 

〈〝グゥル〟を狙え! ヤツを地上に叩き落せば、もしかしたら──〉

 

 〝ストライク〟を操るキラの耳に、チャンドラの声が響いた。

 ──もしかしたら、〝デュエル〟や〝バスター〟と、同じ轍を踏んでくれるかも知れない……!

 砂漠の流砂に叩き落とせば、運動プログラムを瞬時に書き換えることは難しい。あるいはアスランなら不可能ではないが、時間稼ぎを行うには最上の作戦だ。

 

(アスランと戦いたくなんかない……。なら、それを狙うしかない──)

 

 〝アークエンジェル〟から、数多の砲火が放たれる。

 上空の〝イージス〟は、機敏にも見える動きで〝グゥル〟を駆り、これらの砲火の合間を縫っていく。

 アスランは目を張り、敵艦の甲板上でビームライフルを応射する、一機のモビルスーツの姿を認めた。

 幾度となく、敵として立ちはだかった白亜の機体──あれは!

 

「〝ストライク〟──やはり、キラか!」

 

 一瞬、躊躇がアスランの中に流れ込む。とうに確信していたことであったが、現実として思い知ると、また煮え切らない思いを抱く。

 アスランは小さく首を振り、余計な邪念を振り払おうとした。

 ──やっぱりあいつ(キラ)はまだ、地球軍に……!

 〝ストライク〟の放って来るビームは、そのすべてが〝イージス〟の足許──つまり、飛行支援体である〝グゥル〟を付け狙っている。

 瞬間、アスランの中にカッと怒りが湧いた。

 

「手加減をして──俺をやれると思うな、キラ!」

 

 アスランは失調したように、吠えるように叫んだ。

 ──俺はもう、昔とは違うんだ……!

 大切なものを守る力を手に入れた──その絶大な力を殺してしまう「迷い」など、とうに捨てたのだ。

 〝ストライク〟は〝グゥル〟ばかりを狙い撃ち、アスランへと直接的な射撃を撃って来ない。──〝イージス〟を地に叩き落して、艦と共に離脱しようとしている。つまり、キラに戦意は──殺意はないということだ。

 ──同じだ……。

 こうして〝ストライク〟を見ていると、苛立ちが募って来る。敵に対して手加減を施していた、以前の自分を思い返すようで──腹が立つ。

 一方の〝ストライク〟のコクピットの中では、キラは焦りを募らせていた。

 放つ砲火が、ことごとく〝イージス〟に回避されていくのだ。ここまで手応えの感じ取れない戦闘は、キラも初めてのことかもしれない。

 

「動きが……!」

 

 〝イージス〟の動きが機敏すぎる──ビームが当たらない!

 ──以前とは、まるで違う……!?

 鬼気迫った様相も含めて、今の〝イージス〟は、かつての機体の運動性を遥かに凌駕していた。機体の性能が上昇したわけではない。ただ、動きに一切の無駄が無く、遥かに機動性が向上したように見て取れるのだ。

 ──そう……昔からアスランは、すごく優秀だった。

 その事実が今、脅威となって目の前に降りかかると、キラの中の焦りも、次第に膨らんで行った。

 

「ここで仕留める!」

 

 そこで初めて、〝イージス〟がビームライフルを構えた。

 トリガーを引き、銃口から光が迸る。

 次の瞬間、アスランの放った光条は目標から不自然に逸れ、敵艦を捉えるどころか、遥か虚空へと飛んで行った。

 

「!?」

 

 ビームが曲がった──?

 アスランは唖然として、続いて二射目を放つ。それもまた、同じように虚空へと消えて行った。

 一拍置いて、彼はすぐにその原因を突き止めた。

 

「そうか、砂漠の熱対流で……!」

 

 日照によって極端に温度が高まっている砂の高原は、大気との激しい対流が影響して、ビームの軌道が曲げられてしまう。

 卓抜した判断力で、アスランは瞬時にその事実を突き止めて見せる、しかし同時に、そのような環境下で、離れた敵へと正確な照準を付けることが、いかに難しいことであるかも理解してしまった。

 

 ──砂漠のお土地柄は、色々と気難しいからな……?

 

 ザフト兵の忠告は、こういう意味だったのか。

 いちいち、熱対流が及ぼす影響を、武装パラメータに書き加える必要がある。

 唖然とするアスランに、一発のビームが肉迫する。──〝ストライク〟から放たれた、正確無比の射撃である。

 

(キラ……!?)

 

 なぜだ。どうしてキラの攻撃は、オレに届く(・・)──!?

 アスランは目を見開き、小さく舌を打った。

 キラは、捻じ曲げられるビームの弾道さえも修正した上で、〝グゥル〟へと射撃を行っている。飛び回る〝イージス〟を相手に、ひとつひとつ弾道の「ズレ」を算出して……?

 

 ──それだけの高い能力を持っていながら、どうして……!

 

 アスランの中に、さらなる不信感が宿った。

 コーディネイターなのに、どうしてあいつは……。

 どうして、あいつは俺と、共に歩んでくれないのだろう。

 

 ──ふたりならきっと、終わらせることも出来るのに……!

 

 ビクトリアと同様の大気圏内での戦闘とはいえ、アスランは砂漠の大地が戦闘に及ぼす影響を、かなり軽視していたのかもしれない。宇宙育ちのアスランには、それは仕方のないことであったが。

 ビームの減衰率が高すぎて、武装が、本来の威力を充分に発揮できていない。それ以前に、ビームの軌道が不自然にねじ曲がり、目標物を捉えることすら出来ない。敵艦の武装を狙い撃てば逸れ、ビームコーディングされた艦の装甲に着弾するだけだ。これでは敵艦にさえ、充分な損害を与えることすらままならない。 

 いったい、この土地で、キラはどれほどの窮地を乗り越えて来たのだろう?

 考えられる誤差を計算し、アスランもビームを応射したが、大気との気流によって不自然に逸れていくビームは、まるで〝ストライク〟を捉えることが出来ない。一方で、この環境下に慣れている〝ストライク〟は、確実に〝イージス〟の足元に向けてビームを放っていく。

 侮られているという事実が、余計に焦りを募らせる。

 

 ──それだけの差が、俺とオマエにはあるっていうのか……!

 

 まだ、足りない(・・・・)──?

 俺にはまだ、キラという『敵』を倒すだけの力が──? 

 

〈──アスラン!〉

 

 通信機から、キラの叫び声が入って来る。

 

〈もう下がれ、僕たちを大人しく行かせてくれ! キミだって分かってるはずだ、こんなんじゃ、勝負にはならないって!〉

 

 キラが云う通り、アスランはまるで、攻撃という攻撃を行えていない。

 アスランに与えられた制限時間(タイムリミット)は、たったの十分間──そしてその「十分」という時間は、この気まぐれな環境にアスランが適応して見せるには、あまりにも短すぎる。

 キラもまた、それを理解しているから、彼に撤退を促しているのだ。

 

 ──本当は、戦う必要なんてないんじゃないのか……?

 

 キラはひたすらに、そのことを不審に考えていた。

 敵艦に〝アークエンジェル〟の艦影が特定されてから、実際に、攻撃が開始されるまでには、明らかな時間差があった。──まるで、ザフトが何かに迷っていたかのようだ。

 今はお互いに、目の前の敵艦と戦っている余裕なんてない。

 

 ──ビクトリアからの戦いを経て、キミ達も疲弊しているんじゃないのか……?

 

 それなのに、どうして進んで戦おうとする?

 こちらに戦闘の意志はないのに、どうしてキミ達は、無暗に仕掛けて来ようとするんだ!

 

〈どうしてキミは、そうまでして、戦おうとするんだ!〉

 

 いまさら、訊ねる必要もないであろう糾弾に、アスランはカッとなって叫び返す。

 

「そこに地球軍がいるからさ──!」

 

 キラは絶句し、言葉を噤んだ。

 アスランの悲痛な訴えを、キラもまた、悲痛な面持ちで受け止めた。

 ──俺の母は妹は、ヤツらによって、真っ当な人生を徹底的に奪われた!

 俺達の人生を狂わせたのは、ナチュラルだ。

 だから──!

 アスランはビームを無造作に応射しながら、怒れるように叫んだ。数発の光条が〝ストライク〟のシールドへ着弾し、機体背後の〝アークエンジェル〟に損傷を与えた。

 

「オマエこそ、どうしてそんなヤツらのために、それだけの力を奮っている!?」

〈僕にだって、守りたいものがあるんだ……僕はただ、それを守りたいだけだ!〉

「いい加減にしろ、キラ! オマエは視野が狭すぎるんだ!」

 

 咄嗟には理解しがたい糾弾を受け、キラは眉を顰め、唸り返す。

 アスラン昂ったように、その先を続けた。

 

「ステラだって、最初はオマエと同じことを云っていたさ! だが、今は──!」

〈今は──?〉

 

 言葉を反芻され、アスランはそこで、ハッとして口ごもる。

 彼女は今は、ザフトとして戦っている。

 その事実を、アスランはすんでの所で呑み込んだのだ。

 

〈ステラが、今はなんだって云うの……!?〉

 

 キラは、食って掛かるようにアスランを質した。

 

 ──ずっと、心配だったんだ……!

 

 鹵獲されてからの、彼女のことを。

 アスランがいるから、彼女が一方的な険悪な扱いを受けることはないだろうと信じていた。それでも彼女は、ザフトのモビルスーツを多く撃墜して来た。その咎を攻め立てられ、彼女がこの後どうなったのか、心配で堪らなかったのだから。

 その糾弾に、アスランは返答に詰まった。

 

「……アイツはっ、オマエと同じさ……っ!」

 

 アスランは云い淀み、濁した口調で返した。

 ──今までのステラは、地球軍に守りたいものがあると主張していた。

 しかし、それが妄言で、妄信であることをすこし説いてやれば、掌を返して、ザフトに就くことを決意してくれたのだ。

 

おまえたち(・・・・・)の決意なんて、風が吹けば些細なことで翻る──しょせんはその程度のものだろう!?」

 

 そもそもの『覚悟』が、アスラン(オレ)キラ(オマエ)では違うんだ──!

 キラは唖然として、その言葉を聞き留めていた。

 

「軍人でもないくせに戦おうとするから、連中(ナチュラル)にいいように利用されるんだ!」

 

 ステラと同じように、キラもまた、地球軍に騙されているんだ。

 ──なぜ、それが分からない?

 おまえたちは、まるで「同じ」なんだ。

 ふたりとも、昔から泣き虫で甘ったれで、お人好し──何かあれば、いつだって俺に泣きついて来たじゃないか。

 

 ──俺が面倒を見てやらなければ、おまえたちは昔から、何にもできなかったじゃないか!

 

 アスランは無造作にビームライフルを放つが、弾道は逸れ、正確に〝ストライク〟を狙い撃つことが出来ない。

 その後方にある〝アークエンジェル〟にはいくらか届いているようだが、それも弾幕が張られ、致命的なダメージとはなっていないように思える。

 エネルギーの無駄──アスランは掲げた銃を下ろし、回避に専念し始めた。

 ──そうだ……。

 アスランは悄然と、コクピット内に視線を落とした。

 ──おまえたちは、俺が傍にいないとダメなんだ……。

 〝イージス〟の攻撃が止まり、キラは訝しむように、親友の名を呼んだ。

 

「アス、ラン?」

 

 キラは呆然として、銃を下ろした〝イージス〟の姿を見据えていた。

 ──諦めて、くれたのだろうか……?

 思慮していると、通信機から、今にも消え入りそうな、弱々しいアスランの声が響いた。

 

友達だから(、、、、、)、な……。キラ、最後にひとつだけ、訊かせて欲しい〉

 

 それは、アスランの中にわずかに残った──いや、彼がわずかに残していた、ほんの少しの迷いから、小さく放たれた声だった。

 その声は、何かを必死でこらえるように、強かに震えていた。

 親友のそんな声を聞くだけで、キラの胸はぎゅうと締め付けられるような感覚に陥った。

 

〈『オレ達と一緒に来い』──そう俺が今伝えたら……オマエは、どう答える〉

「えっ……」

 

 それはキラにとって、思いもよらぬ問いかけであった。

 ──昔と同じように、そばにいて、互いに笑い合っていたい。キラには、笑っていて欲しい。

 親友を撃ちたくないのは、アスランとて同じだ。

 ──だからこれが、最後の質問だ。

 その思いだけは、今のアスランも、容易く捨て切れたものではなかったのだろう。アスランとて、親友であるキラとは、決して本心から対峙したくはないのだ──それが、震えた声から痛いほど伝わって来て、キラは堪らなくなる。

 表情はたちまちに強張り、涙が出そうになる。

 

「──僕は……行けない……」

 

 キラの辛そうな声が響いた。

 そう、キラは──ザフトへは行けないのだ。

 たとえ同胞を撃つことになっても、キラには、守らねばならない友達がいるのだから。

 一拍置いて、アスランからの声が返って来る。

 

〈……それが、オマエの答えか?〉

 

 アスランの確認の声が入る。キラは静かに、それに頷いて見せた。

 二者の間に、悲痛な沈黙が流れ──ややあって、アスランの辛そうな声が響いた。

 

〈──ならば、仕方ない……〉

 

 次の瞬間──〝イージス〟はモビルアーマー形態へと変形した。

 突然のアクションに、キラがドキリとして、目を見張る。

 そう、やさしくて──かなしい時間は、あっという間に過ぎ去った。

 モビルアーマー形態となった〝イージス〟は、中心の砲門──〝スキュラ〟にエネルギーを充填し始めた。

 ──まさか……!?

 最悪の想像が頭を過ぎり、キラは〝ストライク〟のスロットルに手を掛ける。

 衝動的に甲板を蹴り、機体は一気に空中へと踊り出す。

 最後の希望と迷いを捨てた──親友からの無慈悲な叫び声が耳に響き渡る。

 

〈ならここで沈むんだ! せめて俺の手で、撃ち墜としてやる──!〉

 

 想像の翼は、最悪の事態へと降り立った。

 キラはいたたまれなくなって、咄嗟にビームサーベルを抜き打ち、一気に〝イージス〟へと飛翔した。

 

「アスラン、キミは──!」

 

 ──キミは、分からず屋だ!

 しかし、〝イージス〟の行動の方が早かった。巨大な砲門から、赤色の〝スキュラ〟が放たれる。

 

 ──高エネルギー収束砲(スキュラ)ならば、対流は関係ないだろう!

 

 咄嗟に逆推進を掛けた〝ストライク〟は、咄嗟に機体を翻し、この熱光線を間一髪の所で回避する。青褪めながら、キラは咄嗟に背後を振り返った。

 ──〝アークエンジェル〟は……!?

 突然の攻撃に、青褪めていたのはマリューもまた同じだった。 

 

「回避っ! 面舵ーっ!」

 

 ノイマンの賢明な操舵により、〝アークエンジェル〟は紙一重でこの砲撃を回避。僅かに右翼を掠めたが、損害は軽微だった。

 

「ちッ……!」

〈アスラン!〉

 

 即座にモビルスーツ形態へと移行するアスランであったが、眼前にバーニアを吹かした〝ストライク〟が迫って来ていた。

 キラは咄嗟に〝イージス〟と〝グゥル〟の接触──着地の瞬間を狙って、アスランの飛行支援体にビームサーベルを投げつけた。

 光の剣が〝グゥル〟を貫き、推力を失って、黒煙を上げて墜落して行く。

 

「ええいッ」

 

 それでも、アスランは攻撃を止めなかった。空中へ躍り出た〝ストライク〟へ向けて、さらなるビームライフルを応射する。

 不自然に曲折する光条のひとつが、〝エールストライカー〟の翼を数基、まとめて吹き飛ばした。

 推進力を落とす〝ストライク〟であったが、残ったバーニアを吹かし、かろうじて〝アークエンジェル〟の甲板上に降り立った。

 〝イージス〟はなおも〝アークエンジェル〟にビームを撃ち続けたが、アスランの想像よりも遥かに早く、地球の大地は目の前に迫って来ていた。咄嗟に逆推進を掛け、機体を地につける──次の瞬間、足場の流砂が流れ出し、〝イージス〟は大きく態勢を崩した。

 

「──!?」

 

 焦ったように機体を立て直すが、さらに地面が流れ出し、機体はバランスを失って場に崩れ、膝を突いた。

 

「アスラン……」

 

 回頭する〝アークエンジェル〟の甲板上から、キラは〝イージス〟を見下ろしていた。〝イージス〟は崩れ行く足場に苦しめられ、立ち上がることさえままならない。

 今のアスランは──キラが初めて砂漠に降り立ったときと、まったく一緒だ。

 初めて見る砂漠の大地に当惑し、態勢を立て直せずにいる。──きっとアスランなら、すぐにでも〝イージス〟の運動プログラムを書き換え、接地圧を調整し、バランスを取り戻すこともそう時間を掛けずにやり遂げてしまうだろう。──きっと僕と同じように、いや、本当はアスランは、僕なんかよりもずっと優秀なはずだから。

 

 ──でも今は、そうさせるわけにはいかないんだ。

 

 次の瞬間、〝ストライク〟は甲板上からビームライフルを構え、〝イージス〟の周囲──地表へと向けて、数発の光条を撃ち放つ。

 砂漠の大地が衝撃に穿たれ、激しい衝撃が、身動きの取れない〝イージス〟を襲った。衝撃に抉り出された大量の流砂が宙を舞い、爆発の渦中に崩れる〝イージス〟を覆う。巻き上がる砂埃により視界を遮られ、アスランは反撃が行えない。

 衝撃に揺れたコクピッド内では、アスランはキーボードを叩くことさえ叶わず、ギリッと激しく歯噛みした。

 

〈約束の時間だ、アスラン・ザラ! 撤退しろ!〉

 

 通信機から、セルマンの声が飛ぶ。

 

「くそッ……!」

 

 アスランは毒づいて、スラスタ―を噴射させた。

 重力下では飛び続けることも叶わないが、転進し、跳躍しながら戦線を離脱していく。

 負けた──? 俺が──? 泣き虫のキラ……いつもいつも、面倒を見てやっていたキラに、俺が?

 ──侮られた……!

 戦いを挑んで置きながら、キラは手を抜いていた。

 ──俺は〝スキュラ〟を撃ったのに、あいつは……!

 アスランは背後を振り返り、怒りに溢れた面持ちで、敵艦に乗る一機のモビルスーツを睥睨した。

 

「後悔するぞ……キラ……!」

 

 俺は、力をつけたはずだ。

 俺はもっと、強くなって行かなければならないんだ。

 ──そのために、今の俺を侮ったオマエを、俺は許すことはできない……! 

 オマエは、俺と決別する道を選んだんだ。

 

 ──ならばもう、二度と容赦はしない……!

 

 舞台(ステージ)を変えて、次は必ず俺が勝つ。

 今日ここで俺を撃たなかったこと、必ず後悔することになる……!

 

「次に会った時は、俺が必ず、オマエを撃つ…………ッ!」

 

 撤退して行く紅蓮の機体を、キラは寂しげな瞳で見届けていた。

 ──アスランは、容赦しなかった……。

 僕が「敵」だと判断された途端、躊躇もなく──〝スキュラ〟を放って来た。

 

「僕は、キミの敵……?」

 

 キラはひとり、茫然と呟く。

 戦争だから。

 ふたりが道を違え、身を置く軍を違えたのだから。

 それも、当然こと──

 

「そうだね……アスラン…………」

 

 次に会う時は、きっと、僕もアスランを撃つ気でいないとダメなのだろう。

 これが、戦争なのだから────。

 いち個人の思いなど、押しつぶされてしまうのだから。

 

 

 

 そうして〝アークエンジェル〟は戦場を切り抜け、紅海へと向かった。

 

 

 

 

 




 コーディネイターといえど、生まれた時からなんでもできるわけではない。
 人格形成その他は、完全に後天的な影響ですから、フレイ自身が人一倍気を遣っているオシャレに関しては、コーディネイターもナチュラルも関係ないですよね。

 ラクスを返還する際にアスランはキラに投降を呼びかけているのですが、この小説ではステラがそれを行ったために、アスランはまだキラに投降を呼びかけたことがありませんでした。
 今回が、その埋め合わせのような戦闘となりました。

 ふたりの対立が決定的なものに。

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