~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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 今話で気持ちが落ち着く話を書こうと思ったんですが、なぜこうなってしまうのか……。全然かけてないです。
 


『イル・コミュニケーション』

 

 時が経ち、三月に入った。

 これまでの間に、パトリック・ザラの政治家としての勢いは益々として増長していた。すべての権威は彼の手許へと結集しつつ、もはや、誰ひとりとしてその勢いを減衰させることが出来ずにいた。

 

 例によって先日──議会にて〝オペレーション・スピッドブレイク〟が可決された。

 

 それは、地球に駐屯するザフト軍の全体的な戦力の増強、ならびに地球軍が所有する最後のマスドライバー〝ポルタパナマ〟の制圧するための作戦である。すべての宇宙港を制圧することにより、地球軍と宇宙と地上の戦力を完全に分断することを目的としており、成功すれば、戦争を終わらせるための最後の一押しを達成したことになる。

 こうしてザフトは、地球へと多くの戦力の多くを送り込んだ。

 和平への道は、もはや残されていないのだろうか? かつての盟友であるシーゲル・クラインが懇願しても、パトリックからの返答は否定的だ。

 

「中立を訴えていた〝オーブ〟の裏切り、〝ユニウスセブン〟追悼慰霊に赴いた平和の歌姫人質事件、民間コーディネイターの拉致と、薬物による洗脳と人体改造──このような事実をずかずかと暴露されては、和平交渉を続けるべきと主張したところで、国民が彼らを信じられるはずがありますまい」

 

 悠然と場に構えたパトリックは、すでに己がシーゲルよりも強い立場にいることを自覚しているのか、たしなめるような口調で放つ。

 

「彼らを(うたが)い敵対するは、我々の総意なのです、シーゲル」

「情報操作を行い、国民の危機感を煽っているのは君だろう」

 

 相手の隙、失言を狙った緊張感のある、政治家同士の言葉の応酬が交わされている。

 かつての盟友同士が睨み合い、声を荒げていた。

 

「恐怖は恐怖を呼び、憎しみは憎しみを呼ぶ──争えば争うほど、我々は取り返しのつかない世界へと歩を進めているのだ。その事実が、なぜ君には分からない!?」

「何も分かっていないのは、あなたではなりませんか」

 

 うそぶくパトリックの声が続いた。

 

「そうならないためにも、早期戦争の終結が必要不可欠なのです!」

「互いに武力で滅ぼし合い、その先に何が開けるというのだね!」

 

 シーゲルは悲痛な面持ちで訴えかけた。

 

「戦火は一方的に拡大するばかりだ、この果てない連鎖──どこで終わらせる? どこまで行けば、君の気は済むのかね!?」

「無論、ナチュラルを滅ぼすまでです! これはそのための戦争ですぞ! それすらもお忘れか──!?」

 

 シーゲルは絶望する。

 いったい、何がパトリックを、ここまで修羅に落としてしまったというのだ──。

 

「進化に犠牲はつきものです。新たな世界と秩序を打ち立てるのは、旧来に存続していた古の体制を打ち壊すことでしかあり得ないのだから」

 

 パトリックは説く。──創造と破壊は、表裏一体だと。

 何かを創造するときは、同時に何かを破壊するときである。

 破壊による変化──進化だろうが退行だろうが、世界の在り様が変わっていく姿をいちいちを畏れていては、人類に変革などありえないのだと。

 

「我々コーディネイターは、生まれたばかりの赤子のような存在だった──。しかし今の我々は、ひとつの『種』として、超越した英知と武威を手に入れたのです! もはや我々は、ナチュラルが定めたゆりかごの中に、満足に閉じ込められているわけにはいかないのです!」

「きみの掲げるその理想のために、いったい、地球上のどれだけの犠牲が払われることになる? 独立のため、親殺しの禁忌に触れようというのかね!」

 

 パトリックの眉が、ぴくりと動いた。

 

「コーディネイターの自由を勝ち取り、ナチュラルに正義の鉄槌を下す──そこからが、我々の真の揺籃の時代の幕開けとなるのです! だからこそ我々は進む、より良き明日を求めてな!」

 

 それが人類の真理を描いたひとつの物語であるのなら、なんて救いようのない脚本だろう。

 

「進化だけが、人類の幸福ではないぞ、パトリック……!」

 

 すでに、この男に言葉は通じない──。そして、彼は言葉を持たない──。

 人類が残す最古の書物。その冒頭に──「始めに言葉ありき」という記述がある。

 すべての世は、言葉なくして成り立たない。

 最古の人類が、最古の書物の冒頭に説いたその教えに背けば、彼の統治する世界は、いったい、どうなってしまうのだろう。

 

 ──レノアを失ったおまえの怒りは、世界を壊してしまうほどに強いのか……!

 

 誰の言葉も、もはや、この男を前にしては……。

 シーゲルの握られた拳は、強かに震えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 地上に構えられたパナマ基地に最も近いザフトの前線基地は、ジブラルタルである。

 ザフト軍の増強戦力はそのほとんどがジブラルタルへと降下し、宇宙から降下して来た部隊の名簿の中には、アスランの上官であるクルーゼや、同僚であるニコルの名前も記されていた。

 

「なんだか、お久しぶりですね、アスラン」

「ニコル」

 

 多くの兵が結集し、多くの隊が一同に会す──いっそうの活気にあふれるジブラルタル基地の中で、ニコルはアスランの許を訪れていた。

 

「久しぶりと云っても、最後に会ってから二十日くらいしか経ってませんけどね。ビクトリアでのアスランの活躍は、宇宙にも上がって来てますよ」

「え? あっ、ああ、そうなんだ」

 

 ニコルの話では、地上での戦闘の詳細が、宇宙にもあまねく伝わっているらしい。しかし、そんなことは普段ならありえないことだ。

 だれかが──意図的に情報を広報しているのかもしれない。

 アスランの脳裏に、ふと父の顔が浮かび上がったが、ニコルは微笑みながら先を続けた。

 

「勿論、そちらのお嬢さんの戦果も──ですけどね」

 

 少女めいた柔らかな微笑みが、アスランの背後に同席する少女へと向けられた。

 唐突に話を振られ、ステラはおどおどと場に漂った。

 会話をしたこともない相手に突然話しかけられ、困惑してるのだろう。恥ずかしいとき、困ったとき、いつも助けを求めてアスランの傍に寄る彼女だが、その動きが今回ばかりは伺えなかった。──兄妹の間に、不自然に思えるほどの距離が空いていると思うのは、ニコルの単なる勘繰りであろうか。

 ──まあ、女の子には、調子が悪い日もあるもんな……。

 不謹慎な想像が頭を過ぎり、ハッとして、ニコルはすぐに自分を戒めた。彼女に申し訳ないなと思いつつ、彼はひとり、勝手に慌てていた。

 

「いっ、いよいよ準備が始まりますね。〝オペレーション・スピッドブレイク〟」

「ああいよいよだな」

 

 アスランが返したそのとき、部屋のドアが開いた。

 イザークとディアッカが入って来て、憮然とした面持ちで──彼らはアスラン、ニコル、ステラの三名へと呼びかけた。

 

「各員、ブリーフィングルームに集合」

「クルーゼ隊長がお呼び、だそうだぜ?」

 

 そうして、クルーゼ隊が招集された。

 

 

 

 

 

 

 ブリーフィングルームに入室し、イザークはみずからの上官と仮面を挟んで目を合わすやいなや、早速食って掛かるように懇願した。

 

「お願いします、隊長! あいつ(・・・)を追わせてください!」

 

 イザークとディアッカは、リビアにおいて──はっきり、ろくな活躍が出来なかった。慣れない重力下での戦闘において、ふたりは終始として砂漠の流砂に足をとられ、機体がもたついている間に部隊は壊滅し、敵艦には逃亡されたのである。

 蚊帳の外に放り出され、戦況が負け戦になっていくのを、ただ指を咥えて眺めていることしか出来なかったという事実にして現実。これは彼らにとって、相当な打撃だったと思われる。

 

「意気込みは立派だが、〝足つき〟の追撃は、既にカーペンタリアのモラシム隊の任務となっている」

「我々の仕事です! あいつは最後まで、我々の手で!」

 

 精鋭と名高いクルーゼ隊だからこそ、その隊員としてのプライドというものがある。敵艦のたった一隻ごときに、こうも連敗を喫することなど、あり得ない。

 いや、あってはならないのだ。

 

「ふむ」

 

 仮面を付けた上官は唸った後、顔色ひとつ変えずに、話をある人物へと投げた。

 視線の先には、無表情を貫くアスランの姿があった。

 

「──きみはどう考えているかな、アスラン?」

 

 クルーゼは、まるでアスランの反応を楽しむかのように質問を投げかけた。

 イザークやディアッカの目が──一同の視線が、アスランへと集まる。

 

「……。私も、イザークと同じ気持ちです。出来ることなら〝足つき〟は、我々の手で──」

 

 このときのアスランは、イザークやディアッカの悔しさが共感できていた。彼もまた、気まぐれな砂漠の環境に苦しめられたひとりなのだ。

 ──舞台さえ整えば、あんな醜態は曝さなかったはず……。

 だからイザークが隊長に食って掛かる理由もわかるし、逃がしてしまった〝足つき〟を自分たちの手で仕留めたいという気持ちも汲める。

 迷いのない声に、イザークとディアッカが、一瞬呆気に取られた。こいつ、こんなにハッキリ意思表示できるヤツだったか──? という怪訝な文字がまじまじと浮かんでいる。

 ラウはふっと笑みを浮かべた。

 

「私は〝スピッドブレイク〟の準備もあるため動けんが、そこまで云うなら、きみたちだけでやってみるかね?」

 

 イザークの表情がぱっと晴れ、「はいっ!」と威勢のいい声が室内に響いた。

 

「ではアスラン、イザーク、ディアッカ、ニコル、あとは──」

 

 隊員の名を呼んでいくラウは、最後に据える、一人の少女に目を遣った。

 

「──きみにもやってもらおうか。〝足つき〟の追撃任務」

「えっ──」

 

 だしぬけな言葉に、場にいた一同が驚きに目を見開いた。

 一同の視線が、唖然とするステラへと集まる。

 

「隊長、それはっ……」

 

然しものアスランも、その判断には慌てた。

 つまりラウは、ステラにとってのかつての母艦──〝アークエンジェル〟を、他ならぬ彼女自身に「討て」と命令しているのである。

 指示を受けたステラは、激しく戸惑っていた。しゅんとして、その場に目を伏せる。

 

 ──みんな(・・・)を撃て──それが、今度の命令……?

 

 特務を終え、今はステラも通常の指揮系統──つまり、上官であるパトリックの息がかかったクルーゼの指示に従う義務がある。

 でも──。

 それが、ザフトの「仕事」だから?

 それが、「アスランを助けること」になるから?

 だから、マリューやムウの乗るあの艦を、撃たなくてならないのか──?

 何事もなかったかのように、ラウは淡々と続ける。

 

「きみたち五人で隊を結成し、カーペンタリアへ向かうといい。あちらで母艦を手に入れられるよう、手配する。ただちに移動準備にかかれ」

「私は反対です、隊長!」

 

 何にも動じない上官の態度がよほど気に入らないのか、イザークが食って掛かった。

 先ほどまで爽やかに晴れ上がっていたその表情は、再び剣呑な雲りを帯びていた。

 

「こいつは元々〝足つき〟にいたんですよ!? 任務に参加させたところで、邪魔なだけです! アスランの親類だからといって、妙な贔屓をなさるのはやめてください!」

 

 イザークにとってしてみれば、ライバルが増えることに愉快な点など存在しない。あるいは、そもそも根本的に、ステラの存在を認めていないのかも知れないが。

 たしかに、父親が国防委員長という点から見ても、彼女が何らかの依怙贔屓の対象となっていると、言い掛かりに結びつけるのは容易なことかもしれない。

 しかし、ラウは淡白に「失言だな、イザーク」と、あざけるように返した。

 

「彼女の力は、きみもその身を以て知っているだろう? 彼女は実際にビクトリアで多大な功績を残し、──という見方もできるのだが」

「なッ──」

「我々のような軍人に必要なのは実績だよ。──なのにきみの方が優秀と認めてやろうとすれば、それこそ贔屓になるのではないのかな?」

 

 露骨な意見だが、間違ったことは云っていない。

 反論することもできない皮肉に、イザークは顔を真っ赤にして引き下がった。

 

「ビクトリアでのことも、彼女なりの信念(おもい)あってのことだろう。それがなければ、いくらザラ委員長閣下とて、彼女を私の隊に組み込んだりするものか」

 

 しかし、そんな正論と彼女を〝アークエンジェル〟の追撃任務に当てることは、まったくの別問題ではないだろうか。

 〝デストロイ〟を相手にしていたからこそ、ステラは迷いもなく集中することが出来たのだ。それなのに──〝アークエンジェル〟が相手にするとなると、彼女がそう簡単に割り切れると保障できるだろうか?

 しかし、

 

「見せてもらおうじゃないか、キミの力をね」

 

 ラウはどこか、そして──ひどく愉しそうに云いつけた。

 言葉を受け取ったステラは何の言葉も返せず、誰かに助けを求めようとした、しかし、

 

 ──唯一の拠り所(アスラン)は、最近になって、益々よそよそしい……。

 

 話しかけられる人も、いなかった。

 

「隊の指揮は、アスラン。──きみに任せる」

 

 そうして──『ザラ隊』は結成された。

 

 

 

 

 

 

 最近のアスランは、時折──自身が妙な流れに背を押し出されている、と感じることが多くなった。

 隊長に抜擢された今回は勿論、ビクトリア攻防戦の折もそうだった。リビアへ赴くイザーク達を差し置いて、自分だけは重要な役割に就いている。──ニコルの話では、挙げた戦果も広報されているようだし──云い換えれば、自分がなにか意図的な眷顧の対象となっているような気がしていた。

 贔屓を単純に好都合と捉えられるほど、アスランは図々しい神経をしていなかった。

 期待されるのは大いに結構だが、前線において背中を預ける後方からの視線が痛いのは、なんとも救われない感覚である。

 

「隊長。──その、お話があるのですが」

 

 一同が解散した後、アスランは納得がいかない様子で、クルーゼへと個人的に話を持ち掛けた。

 なんだね、と淡々と返すラウは、一切の思い当たりもない表情を浮かべている。

 

「少数構成の隊とは云え、どうして、私などを隊長に──?」

 

 順当に判断をするのなら、言い出しっぺであるイザークあたりを隊長に起用するのが、妥当な線ではないだろうか。

 

「それに、やはり考え直してはいただけませんか……。ステラを〝足つき〟に差し向けるのは、隊の中に無用な不和を招くだけで──」

 

 人間ひとりひとりに、温度差、というものがある。

 軍人としての功を求めるイザークや今のアスラン、それとステラの間には、明らかに敵艦を仕留めることに対する熱意、考え方の相違がある。

 澱みのない云い方をすれば──迷いの断ち切れていない者が隊にひとりでもいれば、全体の指揮が低迷し、連携が乱れる危険性とて浮かぶのだ。──云いながら、かつての自分に聞かせてやりたくなって来るアスランであった。

 

「随分と軍人らしくなったな、きみは」

 

 突然、思いもよらぬことを云われ、アスランは目を丸くした。

 

「残念だが、それは出来ない相談だ、アスラン。彼女がまだ肩に負傷を抱えているのであれば考慮もしただろうが、今はそうではないのだろう?」

「しかし……っ!」

「個人の機微にいちいち上官を配慮させていては、どのみち彼女に、兵士は務まらんよ」

 

 正論を云われるが、そもそも彼女をザフト兵に仕上げること自体、アスランは反対していたのだ──その事実を、ラウは知っているのだろうか。

 アスランがステラを戦場から引き離そうとすれば、クルーゼが、そして彼の背後に立つパトリックが、権限をもってアスランの邪魔をする。彼らはまるで、ステラを戦場に縛り付けるように命令を送り込んで来る。──いったい、ステラに何を望んでいるというのだろう。

 

「それに、きみにとっては酷な云い方かもしれんが、今回のことで私を責めるのは筋違いだ」

「え──っ?」

「きみは彼女の兄上だろう。兄上として、そろそろ彼女にけじめを付けさせるべきではないかな?」

 

 云い付けるクルーゼの表情は、ひどく愉しそうである。

 ──この男は本当は、自分たち兄妹を面白がっているだけなんじゃないだろうか?

 クルーゼは次に冗談めいて、「それに」と言葉を付け足した。

 

「この任から解いたところで、彼女の面倒を見るのは、私の手には余るしな。どうやら私は、彼女に嫌われているようでね、警戒されている」

 

 私は何もしていないのだがな、と自嘲気味に話しているが、それを放つクルーゼは、まったくショックを受けている様子はない。

 

「会って間もないと云うのに、先入観と偏見で人に接するは失礼というものだ。親の顔が見てみたいものだよ」

 

 正論だが、そういう台詞は気味の悪い仮面を外してから云って貰わないと、まったく信憑性がないものである。

 「すいません」と頭を下げる彼に、白々しい言葉がかぶさる。

 

「ああ、私はなにも、ザラ委員長閣下を咎めているわけではないさ。そもそも、彼女をあそこまで改造(・・)したのは地球軍だろう? であれば彼女の親とは、地球軍のことを云っているまでのことさ」

 

 まるで妹を道具のように言い表したラウの言葉に、アスランは絶句した。

 

第二の彼女(・・・・・)を出さないためにも──キミは父上が望む戦争終結のため、もっと力を尽くしてくれたまえよ」 

 

 クルーゼはそう云って、歩き去ってしまった。

 

(戦争終結のため──)

 

 アスランはひとり、その言葉を反芻する。

 そうだ、改めて云われるまでもない。

 ナチュラルに勝ってこの戦争を終わらせるため、俺はもっと、力を尽くさねばならない。

 そのために邪魔となるものは、すべて──撃つべき敵だ。まずは最大の脅威となる〝アークエンジェル〟──〝ストライク〟を、この手で撃たねばならないのだ。

 

 そうして──ザラ隊はカーペンタリア基地へと向かうこととなった。

 

 

 

 

 

 

 荷物をまとめるように言い渡され、ステラは数週間として滞在していた部屋を出たあと、輸送機の発着準備が整うまで、ゲートにて膝を抱えて座り込んでいた。

 周囲を見回せば、見知らぬ整備士たちが、彼女の存在など気付く様子もなく忙しく動き回っている。〝スピッドブレイク〟の準備が始まって、いつになく慌ただしい基地内では、彼女の存在を気に留める者はいない。

 

(ひとりぼっち……)

 

 身の回りに、心を置ける場所がない。

 いったい、頼れる誰がいるだろう。

 仮面を付け、ステラにとって不穏な既視感を抱かせる上官。対抗心からか、敵意を剥き出しにしている同僚や、彼女をまったく意に介さないように斜に構え、皮肉ばかりを告げて来る同僚。

 

 ──アスランだって……最近は──。

 

 嫌われたわけではない、けれど、埋められないだけの距離が、最近になって浮かび上がって来ていた。

 家族だというのに、近寄りがたい雰囲気がある。

 鋼鉄のように冷ややかな眼は、アスランが持つ本来のやさしさ──懐の深さ、もしくは、人間らしい暖かみを殺している。

 

 ──いつから、こんなことになったんだろう?

 

 いつから、アスランは変わってしまったんだろう?

 目に輝きを失った、最近のアスランが怖くなって、ステラは自分から距離を開けている。だから鏡のように、アスランにも距離を空け返されているだけなのかもしれない。遠慮に対して、遠慮で返されているだけなのかもしれない。

 しかし、結果的にアスランに頼ることができなくなった今、彼女は身を寄せる場所が見つけられずにいた。

 目線を伏せ、膝の間に顔を伏せていると、そこに、ひとつの声がかけられた。

 

「ステラさん、輸送機、準備できたそうですよ」

 

 それは、緑色の髪をした、少女めいた面持ちをした──ニコル・アマルフィであった。

 人の良さそう笑みを浮かべ、表裏のない、屈託のない表情をしている。

 膝を抱える彼女に手を差し伸べ、にこりと微笑んだ。

 

「乗りましょうか」

 

 純粋な言葉に、ステラはこくりと頷き、差し伸べられた手を取った。

 ──この人からは、悪意を感じない……。

 その感覚が、今の彼女にとっては、何よりの救いであった。

 

 

 

 

 

 彼女たちは今、カーペンタリアへと移動するためのゲートにいた。

 ザラ隊の面々が搭乗する予定になっていた輸送機は、最大で三機までモビルスーツを収容できるようになっている。それにより〝イージス〟〝デュエル〟〝バスター〟の三機──ならびにアスラン、イザーク、ディアッカの三名が、ひとつ目の輸送機に乗り込み、カーペンタリアへと既に出航している。

 二機目の輸送機には、航法機材によるトラブルが発生し、出航が遅れることになっていた。

 

『──で? 輸送機には、どういう振り分けで乗り込むの?』

 

 数十分前、大した問題でもないことを、ディアッカは茶化すようにザラ隊の面々に問いかけた。

 この会話が為されたとき、既に輸送機のうち、一方がエンジントラブルを起こしていることが明らかになっていた。つまり、二機目に搭乗する者は、自動的に発着と到着の予定時刻から大きく遅れるというのことになっていたのだ。

 

他人の過失(エンジントラブル)で待たされるなど、ありえん。俺は一機目(さき)に行かせてもらうぞ』

 

 気の短い話だが、イザークはそう云って譲らなかった。

 ラウとの会話で、よほど機嫌を損ねたのだろう。そそくさと去ってしまった。

 

『行くぞ、ディアッカ』

『はいよ』

 

 当然のように、イザークの後ろに、ディアッカが続いていく。

 その場に残された三人であったが、そこで、アスランが口を開いた。

 

『……すまないが、俺も先に乗らせてもらうよ』

 

 ニコルが驚いた表情を浮かべる。

 アスランとステラは兄妹なのだから、ふたり揃って乗るのだと当然のように思っていたからだ。

 

『カーペンタリアについたら、母艦を受け取ったり、色々やらなきゃいけないことがあるんだ。進んで遅刻はできない』

 

 そう云われ、納得する。──アスランは今は、正規の隊長なのだ。

 ステラは恋しげに、アスランを見つめていた。──つまりまた、アスランと離れなくてはならないのだ。

 アスランはその視線に気づき、ハッとする。しかし何も云わずに、ふいと視線を逸らせてしまった。それによりステラは、落ち込むように視線を落とした。

 ニコルは呆然として、ふたりの間に流れる微妙な空気感を訝しむ。しかし、すぐに笑顔を浮かべた。

 

『わかりました、大丈夫ですよ。輸送機が直ったら、すぐに僕らも向かいますから!』

『すまない、ニコル』

 

 謝られる筋合いも、ニコルにはなかった。

 特別、腫れ物の処理を当てつけられたわけでもないのだ。そもそも、エンジントラブルによる発着の遅れが、今生の別れになるわけでもない。

 ──いったいなぜ、輸送機の振り分け程度のことで、ここまで気を遣わなければならないのだろう?

 ニコルは不審に思いながら、アスランを見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 紅海を航空する〝アークエンジェル〟は、カーペンタリアからの追撃──マルコ・モラシム隊による攻撃を受けていた。

 彼らを襲って来たのは〝ディン〟や〝グーン〟と云ったモビルスーツ部隊であったが、紅海はひろく、モビルスーツにもバッテリーという限界がある以上、カーペンタリア基地からザフトが直接攻撃を仕掛けて来ているとは考え難い。

 周囲に母艦が待機していると見て、まず間違いはないだろう。

 

ボク(ストライク)が水中のモビルスーツを迎え撃ちます、その間にフラガ少佐(スカイグラスパー)は、母艦を叩いてください!」

 

 〝ソードストライカー〟を装備した〝ストライク〟が、水中の〝グーン〟を迎撃する。

 近海に潜む母艦──〝ボズゴロフ〟級の潜水艦を〝スカイグラスパー〟が叩きに向かった。

 激しい戦闘に苛まれる中──〝アークエンジェル〟に搭乗するカガリが、しびれを切らしたように格納庫へと向かった。

 

「使える機体を遊ばせていられる状況か! 私が二号機(コイツ)で出る!」

「待った待った、出るって云ったってな、嬢ちゃんに機体なんて預けられるわけないだろぉ!?」

 

 機体の足許で喚くカガリを、当然のようにマードックは叱り付けた。

 たとえ、この無鉄砲少女に高い戦闘機の操縦技量が認められたとしても、彼女が民間人である以上、軍の機体を無償で貸し与えられるはずがないのだ。それにもしも、出て行って撃墜されるようなことになれば……。

 カガリは、それでも退かなかった。

 

「〝アークエンジェル〟が沈んだらみんな終わりだろ!? なのに何もさせないで、それでやられちゃったら、恨んでバケて出てやるからな!」

 

 その言葉は、マードックの得心を求めているものではなかった。云いながら、カガリは既に機体をよじ登り、コクピットにへと身を乗り出していたからだ。

 もはや、呼びかけたところで手遅れなことをマードックは知っていた。

 機体の駆動系の音が鳴り響き、マードックは頭を掻きむしりながら、嘆くように唸った。

 

「ああッ、もうッ! これだから金髪のお嬢ちゃんは嫌いなんだ!」

 

 ──どうしてこう、彼女達は人の話をロクに聞かないんだ!?

 トラウマを抱えたマードックの発言は、カガリにとっては、完全にとばっちりでしかなく。

 かつての日々を思い出し、マードックは例によって、金髪のお嬢ちゃんのために発進口を開放してやった。

 

 

 

 

 

 

 〝スカイグラスパー〟一号機と二号機が空にて合流し、モビルスーツ部隊を差し向けて来た母艦の位置を探す。

 索敵しつつ空を巡航していると、そのときレーダーに、ひとつの反応が示された。目を凝らして位置を確認すれば、青色の海面に一か所、色の違う影が認められた。

 

「あれか!」

 

 ムウもまた反応を特定し、カガリはすかさず機体下部のポッドからミサイルを数発、目標へ向けて撃ち放つ。

 水中へと潜り込んでいく対艦ミサイルだが、一射目は水中で減勢し、目標を逸れて通り過ぎて行く。しかし、続いて放った二射目は正確に目標へと向かい、水中で小さな被弾の花を咲かせた。

 

〈さあ、出て来るぞ、いいか!?〉

「あっ、ああ、わかってる!」

 

 被弾した潜水艦は、浸水を防ぐために浮上して来る。

 艦が浮上して来た瞬間、艦上部から〝ディン〟が数機として飛び立った。敵戦闘機を迎撃するために出撃した、予備の戦力であろう。

 

〈墜ちるなよ、お嬢ちゃん!〉

「カガリだっ!」

 

 カガリの操縦技術には、ナチュラルにしては卓抜したものがあった。

 彼女もまた、トールと同様にシュミレーターによる訓練を何度か繰り返し受講していたが、単純なゲームのセンスという一言で片づけるには、その技術はことに優れている。

 しかし、いくら個人の働きが良くても、戦場ではイレギュラーも発生する。

 スタンドプレーで立ち回るカガリの二号機が一機の〝ディン〟を仕留めたのち、一気に敵母艦へと接近していく。そのとき、上空よりムウの一号機が母艦に向けて砲火を放った。

 

「うわッ」

 

 息を飲む音が聞こえ、これが二号機の脇のぎりぎりを通り過ぎ、ムウも当然、カガリも二度とかきたくない冷や汗をかいた。

 

〈ちょろちょろするなよ、俺が撃っちゃうじゃないか!〉

「な、なにをっ」

 

 動揺する二号機に、さらなる追撃が迫った。後方からミサイルが接近し、この一発が、機体を掠めて爆発した。

 被弾した二号機は、黒い煙の尾を引いて航行する。

 

〈帰投できるか? すぐに離脱するんだ〉

「ナビゲーションモジュールをやられただけだッ、まだ──」

〈フラフラ動き回られても邪魔なだけなんだよ、それくらいわからんか!〉

 

 怒鳴りあげられ、カガリはぐっと云い換えしたい気持ちを抑え込んだ。

 ──たしかに、これじゃ足手まといだ……!

 敵の母艦を叩けただけでも、出撃した価値はあった。欲張り過ぎは、元も子も失ってしまう。

 

「──わかったよ!」

 

 そうしてカガリは、航行に支障がない機体を翻し、転進した。

 

 

 

 

 

 

「──おい?」

「ああ、しかし、こんなところで誰が」

 

 航空機材のトラブルで発着が遅れていた輸送機は、〝ブリッツ〟と〝ディフェンド〟を乗せながら、中立国の近隣を飛行していた。

 パイロット達の会話を不審に思って「どうしたんです?」とニコルが身を乗り出して答えると「前方に戦闘らしき反応が確認されている」というのだ。

 

「巻き込まれたら厄介だな……中型の輸送機ったって、〝グゥル〟は積んでないんだ。あんたらの機体、落っこっちまう」

 

 操縦室での不穏なやり取りを不審に思い、ステラもまた、ニコルの後ろへとやって来た。

 

「でも、ここは中立国の近隣ですし、連合と小競り合うような地点でもないでしょう?」

「ザフトは領土拡大戦をやってるわけじゃないからな。こんなところで戦闘なんて、完全に想定外さ」

 

 そのとき、前方の雲海が、急に開けた。

 ──ちがう。

 何かが、前方の雲海を突っ切って現れたのだ。

 

「地球軍機──!?」

「くそっ、なんでこんなところに!」

 

 パイロットが即座に、火器管制システムに灯を入れた。すぐに機銃のトリガーを引き、散弾が空中んにちりばめられた。

 敵の戦闘機は即座に傾いて雲の中へと逃れてゆく──すかさ操縦者のひとりが叫んだ。

 

「君達は機体のコクピットへ! いざとなったら機体はパージする!」

「で、ですがっ……!」

「積み荷ごと墜ちたら、運び屋の恥なんだよ!」

 

 ニコルは唇をかみ、即座に振り向いた。動揺するステラの肩をとんと叩いた。

 

「行きましょう、急いで!」

「わ、わかった──」

 

 ふたりは狭い機内を掛け、一気に格納庫へと向かう。軽快な身のこなしで自機のコクピットへと潜り込んでいく。その瞬間、ガクンという胃の中がひっくり返りそうな衝撃が輸送機を襲った。

 

〈くそ、被弾した! 制空権内だと思って油断したよ!〉

〈──高度を下げてパージする! 準備はいいか、ふたりとも!?〉

 

 輸送機が、みるみる傾いていくのが分かった。

 被弾の程度が、著しい。

 ふたりは咄嗟にコクピットのハッチをしめ、急遽ではあるが、万全の発進準備を行った。

 

〈周囲には孤島が多く確認されている! こんなこと云えた義理じゃないが、それだけが幸いかな!?〉

〈離れるんじゃないぞ、ふたりとも!〉

 

 ニコルは慌てて返した。

 

「あなたたちは!?」

〈隙を見て脱出するさ! ──気遣いはいらない!〉

 

 輸送機が、みるみる降下して行く。

 格納庫のハッチが開かれ、ふたりは揺れる艦内で、機体を進ませた。

 

〈行きますよ、大丈夫ですね!?〉

 

 ニコルからの通信が響き、すかさず彼は輸送機から飛び出して行った。

 

「…………ッ」

 

 輸送機が、激しい衝撃に襲われる。

 それはけっして──ステラにとっては心地の良い感触ではなかった。

 

 ──このあと、どうなっちゃうんだろう……?

 

 それだけを心配に思いながら、ステラもまた、機体を輸送機から躍らせた。

 

 

 

 

 

 




 アス×カガ派の方にはまったく面白くない展開に。
 すいません、原作通りにアスランとカガリふたりが孤島が出会ったら、ちょっと今のサクランでは、カガリをやっちゃいそうなので……。

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