~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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『〝スピットブレイク〟』A

 

 アラスカに辿り着いた〝アークエンジェル〟だったが、彼らに対する軍上層部からの待遇は冷ややかなものだった。

 基地司令部に入港し、すでに数時間が経とうとしているが、全クルーには依然として艦内での待機が命じられていた。基地内に降り立つことすら許されず、友軍だというのに、まるで捕虜のような扱いではないか──と、クルー達の心情はしごく正当な不平と不満に溢れた。

 

 捕虜と云えば、〝アークエンジェル〟に投降したニコル・アマルフィもまた、今も独房の中に閉ざされたままだ。

 

 捕縛された当初、ニコルは散々この艦を苦しめて来た〝ブリッツ〟のパイロットということでクルー達から険悪な目で睨まれたり、ニコル自身がまだ幼さを残した容姿だったこともあり、妙な好奇の視線に晒されたりもした。ある意味ではクルー達のひろい興味の対象であったニコルだが、今ではその興味もすっかり鳴りを顰め、独房は静まり返っていた。

 以前はトールやミリアリア、サイと名乗る──軍人らしからぬ物腰をした少年が、ときたまにニコルへと話しかけて来ることがあった。

 ニコルは聡かった。従順にして柔軟な彼は、驚いたことに「独房の中の捕虜」という立場に順応して見せていた。敵軍の独房に放り込まれたからと云って、抵抗することも、周囲に当たり散らすこともない。それどころか、もともと彼の中にはナチュラルに対する偏見や敵愾心の要素はなく、トールたちにも平穏に会話して見せた。それが好印象に映ったのか、それからは数度に渡ってトール達と話す機会に恵まれた。

 

「ナチュラルだって、同じ人間だもんな」

 

 これまでニコルが、武器のスコープ越し以外には見ようともしなかった敵艦──〝アークエンジェル〟の搭乗員たち。

 しかし、対面し、言葉を交わし、そこで初めて『敵』という存在もまた「人間」であることに気付く。ナチュラルもコーディネイターも、互いに会話することはできるのに、人種というたったそれだけの差が、なぜ戦争になんて発展してしまったのか? ニコルは今になって、もっとも根源的な問題に突き付けられた気分になっていた。

 

 今日は、独房に誰も来なかった。

 

 進んで独房を訪れる物好きもいないが、今朝早くから、食事を運ぶ係すら来やしない。贅沢を云える立場ではなかったが、ニコルはそれが不審だった。

 もしかすると、忙しいのかもしれない。──艦の振動(ゆれ)も収まったようだし、どこかに辿り着いたんだろうか?

 そのとき、かすかな布擦れ音が耳に入った。

 ニコルはくいっと顔を鉄格子の方に向けると、格子の向こう側に立つ、ピンク色の制服を着た少女の姿が認めた。それは、ニコルの見たことのない人だった。年齢はきっと、トールやミリアリアとそう違わない。

 

「──」

 

 その少女は、ナチュラルと思うにはあまりにも可憐だった。艶やかな長髪は、燃えるような赤色に染まっていた。

 高貴さを漂わせる整った顔立ちに、育ちの良さから形成された上品な物腰をしている。ハーフアップの髪型が似合った絶妙の佳人は、おそらく、何人が見ても良家の令嬢であると判断できる。

 フレイ・アルスターが、ニコルの独房に顔を覗かせたのだ。

 

「ねえ」

 

 フレイが声を発し、幼少より音楽に培ったニコルの優れた聴覚が、その声に反応して見せた。

 

(今の声は?)

 

 ニコルにとって、彼女の声は、いささか「聞き覚え」がありすぎた……いや、正確には「聞き間違い」でしかないのだが、その声はニコルの知る少女のそれに、あまりにも酷似していた。

 フレイは格子越しに、淡々と言葉を発する。

 

「あなた〝ブリッツ〟のパイロットなんでしょ? 〝ヘリオポリス〟を襲ったのも、あなた?」

 

 この少女は、自分を咎めようとしているのか?

 初対面であるだけに、気まずい空気に駆られる。しかし、言い訳も言い逃れも、この状況では何の意味も成さない。素直なニコルは、渋々とその質問に答えていた。

 

「そうです……。あなたは?」

「〝ヘリオポリス〟で暮らしていたの」

 

 ニコルが、見惚れていたいほどの少女の面から目を背けた。気まずい沈黙がややとして流れ、フレイは持ち出すように本題を放った。

 

「艦の揺れが収まったでしょう? 〝アークエンジェル〟ね、アラスカに辿り着いたのよ」

 

 それは、独房に食事係すらやって来なかった原因だった。艦内は慌ただしく、捕虜の身に構っている余裕などなかったのだろう。

 

「それであなたの処遇を伝えるようにって、上官のひとから云われて来たんだけれど」

 

 アラスカと云えば、地球軍の本拠地の構えられている場所だ。

 そのような地点に連行されたザフト兵が如何な処罰を受けるのか、ニコル自身は想像するに容易く──フレイは、それと同様の内容を口にした。

 

「──銃殺刑」

 

 囚われのニコルを待ち受けるのは、処遇ではなく──処断でしかなかった。つまり、彼は事実上、この瞬間に死刑を言い渡されたのだ。

 目に映る視界が、真っ暗に霞んでいく。抵抗する術のない少年は、その場に震え上がり、絶望に面を青褪めさせた。

 フレイは悪びれた様子もなく、やがて膝を抱え、格子の前に屈み込んだ。

 

「──って、そう伝えに来るのが、わたしの本来のシゴトなんだけど」

「えっ?」

 

 フレイは、妖艶と微笑んだ。

 ニコルは怪訝に思って、吸い寄せられるように、その少女を見遣る。

 

「──ねえ、ここから逃げたい?」

 

 秘密めかした提案に、衝撃に駆られた。

 

「いいんですか……!?」

「しーっ」

 

 独房の中、大声を出して目立つのは、誰が考えてもまず怪しい。

 フレイは唇の前に指を立て、いらずらっぽく微笑んで見せる。それが立場上のニコルには、女神の微笑みのようにも見て取れた。

 

「銃殺刑なんてあんまりだもの。わたしはね……『こんな戦争が早く終わればいいな』と思って、軍に志願したのよ。わたしのように哀しい想いをする人が、これ以上増えないように、って……」

 

 少女の口から語られたのは、紛れもない事実。

 その姿勢に共感できるものがあったのか、ニコルは感嘆していた。

 

「それは、僕もですよ……」

「だから、私が脱走の手引きをしてあげる」

「でも、大丈夫なんですか?」

「このままだとあなた、殺されるだけなのよ?」

 

 処断を免れ、ここより脱走出来るのであれば、ニコルにとってそれ以上に越した話はないだろう。しかし、こんなに華奢で綺麗な女の子に、脱走の手引きという危険な役回りが務まるのだろうか?

 ニコルは不審に思ったが、彼女なりに自分を想ってそう云ってくれているのだと思うと、それは失礼にも当たった。

 

「もちろん、条件はあるわ」

 

 つまり、これはニコルとフレイの取引──というわけである。

 ニコルは身構えて、提示されるであろう付帯条件が吐き出されるのを待った。しかし、少女が要求して来たものは、ひどく簡素なもので、

 

「あなたと一緒に戦っていた〝イージス〟のパイロット。──それがいったい誰なのか……名前を教えて欲しいの」

「えっ……」

「お安い御用、でしょ?」

 

 破格の取引となった。

 常軌を逸して不釣り合いな取引だ。フレイの方に、まるで利得が見えない。

 当然ニコルは慎重になったが、予感した少女は、彼の目の前で、独房の鍵であろうモノをちらつかせて見せた。鍵であれば、ここにあるわよと云わんばかりに──。

 

 フレイは、父親殺しの犯人を捜していた。

 

 父の乗る〝モンドゴメリ〟を撃墜した、真紅の〝イージス〟のパイロットの素性を──。

 捕まっただけの存在でしかないニコルには、それを知る由もなかったが。

 

「……〝イージス〟のパイロット、ですよね……」

「ええ、そうよ」

「名はアスラン・ザラ……僕よりも、ひとつ年上の方です」

「ザラ──?」

 

 思い当たったように、フレイは眉を顰めた。

 

「パトリック・ザラの息子……? それに……っ」 

 

 ザラ──。

 その名はたしかに、フレイがいつか聞いたことのあるものである。いくらかの人間が、ステラのことを云い及ぶときにも使っていた──?

 そういえば──ステラも、その名を持っていた……?

 

「類縁……!?」

「え、ええ。アスランは、ステラさんのお兄さんですよ……?」

 

 お兄さん──そう聞いて、フレイに電撃が流れた。

 

(そう、だったんだ……)

 

 フレイの中で、辻褄が妙な方向(思い込み)にばかり合致してゆく。

 

(パパを撃墜(ころ)した〝イージス〟……それを操っていたのが、あの子のお兄さんなんて……!)

 

 では、当時のステラは、敵と──ザフトと(よしみ)を結んでいたのか? それとも、最初からスパイとして地球軍に潜入していたのか?

 初めから彼女は、兄が乗る〝イージス〟と戦う気なんてはなかった……?

 つまり、パパを守る気なんてさらさらになかったのだ……。

 だってそれは、彼女が〝プラント〟を祖国に持ったバケモノ(コーディネイター)だから……。

 

「そういうこと……! みんなっ、みんなグルだったってわけね……!?」

 

 あのとき、キラはステラにかまけて〝モンドゴメリ〟の救援を後回しにした。そしてステラは、初めから〝モンドゴメリ〟を助ける気はなかった。

 だから隙を見て、あの〝イージス〟がパパを殺した────。

 流石はコーディネイターだ、彼らの仕組んだ明晰な『罠』に、自分はまんまと嵌っていたのだ。

 

(ラクスって子と逃げたのは……!)

 

 ステラがザフトに捕まったのは、ラクス・クラインをザフトへと返還してからだった。

 ならば、ステラは決してザフトに捕まった(、、、、)のではない──捕縛された振りをして、ラクス嬢共々〝プラント〟に帰還しただけだ!

 

 ──裏切られた……。

 

 医務官(ハリー)の話を聞けば、誰よりも強大な力を──それこそ、当時のキラよりも優れた戦闘力を──持っていたはずのステラ。

 それだけの凄まじい力を、自分達のためだけに使ってくれているのだと思っていた。

 なのに。

 それは違った──彼女は、自分達ナチュラルを見下すように、巧妙に騙していたいたのだ。

 

 ──頭が良い、コーディネイターだから……!

 

 彼女はおそらく、ザフトから送り込まれた間諜だったのではないだろうか? だからラクス嬢を送り返し、みずからもザフトに連れ去られた。

 フレイは、確信めいて訊ねた。

 

「だったら今……〝ディフェンド〟に乗ってるのは、ステラなんでしょう……?」

「えっ、どうしてわかるんですか」

「……わかるわ!」

 

 怒鳴りを上げ、フレイは沸き上がる怒りを咀嚼する。──そうだ、あの娘はやっぱり、私達を裏切ったんだ! 散々、私達に期待をさせておいて、挙句の果てには、ザフトに寝返った──最初からそのつもりだったんだ!

 フレイの態度の変調に、ニコルは目を見張っていた。

 気品に満ちた少女らしき華やいだ気配は消え失せ、彼女は、どす黒い瘴気のようなものを周囲に漂わせているように見えたのだ。

 

 ──云ってはいけないことを、僕は云ってしまったのだろうか……?

 

 ひといき漏らしたフレイは、そのまま立ち上がり、ニコルに背を向けた。

 唖然として、ニコルは子犬のように、彼女の挙動を疑った。次いで「約束は……っ?」と恐々として訊ねたが、彼女からの返答はあっけなく。

 

「あれは嘘よ」

 

 言い残し、そのまま独房から出て行ってしまった。

 ニコルの目の前にちらつかせた鍵は、まったく別の部屋のもの。低階級の彼女に、独房の鍵が手渡されるはずがないだろう。

 

 ──コーディネイターなんて、やっぱり、助け出す価値はないわ……。

 

 このときフレイの精神はひどく荒れ、それでいて、どこか平穏だった。

 すべては〝イージス〟のパイロットの素性を探るための、作り話でしかなかったのだから。

 

 

 

 

 

 ときを同じくして、待機を命じられた〝アークエンジェル〟乗組員の中で、マリューにムウ、そしてナタルの三人は将校たちを同席させた報告会を開いていた。

 報告会と云っても、そのじつ、査問会のようなものである。

 数々の糾弾が飛び交い、ことあるごとに皮肉を告げられる始末──アラスカの者達は、ハッキリ云って〝アークエンジェル〟を歓迎していなかった。

 事実確認の内容は複数あった────

 〝ストライク〟なる新型機動兵器に、民間人を乗せたこと。その正体がなおかつ、コーディネイターの少年であったこと。

 〝ディフェンド〟もまた同様で、マリューたちは、コーディネイターである彼らの力に頼り切るあまり、彼らを完全にコントロールできなかったこと。

 〝ヘリオポリス〟を崩壊させたのはザフト軍の〝ジン〟による攻撃だ、しかし、なぜその場所で戦闘になったのかと問われたとき、原因は、すぐにコロニーより離脱しなかったマリュー達にあったこと。

 引き続いて糾弾は続く。

 彼らは航路の途中、ユーラシア連邦が所有する〝アルテミス〟を壊滅させ、先遣隊を全滅させ、やがて第八艦隊を消滅させたこと。

 しかし、それらすべてを追い詰めるように呵責することが、必死の思いで辿り着いた者達に相応しい対応だろうか……?

 

(彼らは、数字でしか物事を推量してないんだわ……)

 

 査問会の最中にも、マリューはげんなりとして思った。

 たしかに、数の上のみで見れば──〝ヘリオポリス〟、〝アルテミス〟、そして先遣隊を含めた第八艦隊の全滅は、たった一隻の〝アークエンジェル〟に賄えるものではない。しかし、これでは本当にハルバートン提督の思想と真逆だ。新型の〝G〟をアラスカに送り届けるために、彼女たちがどれだけの覚悟をして来たのか、彼らは毛先ほどの理解も示してはくれないのだ。

 淡々と見れば、明らかに数に引き合わない犠牲の対価であるからこそ、彼らはマリューたちを糾弾することができるのだろう。

 査問会が終われば、面倒な事務作業をひとつ終えた、と云わんばかりの面持ちで、サザーランドはマリュー達に云い付ける。

 

「ムウ・ラ・フラガ少佐、ナタル・バジルール中尉、フレイ・アルスター二等兵には転属命令が出ている──明朝〇八:〇〇、人事局に出頭するように」

 

 云われ、当該者に当たるふたりは目を丸くした。

 

「異動命令……?」

「アルスター二等兵も転属というのは……?」

「彼女はアルスター事務次官の娘、政府官僚家の令嬢だぞ? その存在には、非常に強い影響力と求心力がある」

 

 せんじ詰めれば、彼らは、あの少女にはそれだけの「利用価値」があると云いたいのだ。

 

「彼女が軍に志願した際に放った言葉──それに心を突き動かされる者がどれほどいるのか」

 

 軍人とは、これである。

 ムウは「あらまぁ」と声を漏らしたい気分を抑えつつ、その言葉を聞き留めていた。──ここの大人男たちは、おおよそ「少女」という存在を、かなり大きく誤解してはいないだろうか?

 査問会でもそうだった。

 たとえば、ラクス・クライン。偶発的に身柄を保護した彼女が、シーゲル・クラインの娘であることに価値を見出し、その存在を手放した自分達を無能扱いした。

 たとえば、ステラ・ルーシェ。パトリック・ザラの娘であることから、彼女をパイロットではなく、捕虜として扱うべきだったと主張した。彼女の前線での活躍がなければ、おそらく〝アークエンジェル〟自体ここまで生き延びてはいないだろうと返しても、根拠がないと一蹴された。

 たとえば、フレイ・アルスター。彼女が語った言葉を、美談として、プロパガンダとして利用せんとしている。民衆を動かすために。

 初老に近い年齢ばかりの将校たちだからこそ、生きて来た時代がそうだったのか、彼らは女性に対する扱い方が妙に希薄ではないだろうか。

 云いたいことだけ云い付けると、サザーランドはその部屋より退室した。そこで、補佐官であろう若い士官が彼の耳元に寄り、こんなことを言い出した。

 

「話に上がったアルスター事務次官の娘さんですが……大佐に少々、面白い話があると云っています」

「面白い話? なにを、一介の小娘風情がっ」

「いえ、それが」

「……なんだ?」

「────」

 

 補佐官の男が、サザーランドの耳元にで告げ口する。

 

「────わかった。すぐに案内してさしあげろ」

 

 血相を変え、彼はすぐに己の執務室へと向かった。

 

 

 

 

 

 依然として艦内待機を命じられた〝アークエンジェル〟艦内。

 その医務室に、ミリアリアとトールの姿がった。船医であるハリーによって、トールが治療を受けていたのだ。

 

「部屋のドアに指挟んだんだって? 人が寄ったら自動で開閉するドアに、どうやったら指挟むなんて芸当ができるの」

 

 しごく不審げに云いながら、ハリーはトールの人差し指にガーゼを巻いていく。

 さいわい、トールの人差し指にできた傷は、僅かな出血程度で済んだ軽傷のようだ。

 

「いやホント、大した怪我じゃないんですって! 俺は絆創膏(ばんそうこう)で良いって云ったのに、ミリィが大袈裟に騒ぐから……」

「なによぉ、心配してあげてるんじゃない!」

「まあまあ、それくらいにしてあげなよ」

 

 ハリーはふたりを諌め、ふたりは「そうだね」と向かい合って笑った。

 幸せなのだろうが、見ているとこっちが恥ずかしくなってくるようなやり取りである。

 

「──それにしても、いつまで僕ら、こうやって待機させられたままなんだろうねぇ」

 

 診療を終えたハリーが、ため息と同時にこんなことを言い出した。

 共感したように、ミリアリアが同調する。

 

「アラスカに着いたんでしょう? なのに、どうして誰も降りさせてさえ貰えないのかな……」

「今のところ、基地に降ろして貰えたのは艦長に副長、それにフラガ少佐の三人だけかな? まあ三人とも、上層部からの査問会に呼び出されただけ──のようだけど」

「いや……降りたのは、どうやら四人(、、)みたいですよ」

「え?」

 

 ハリーが云ったのを、トールはそこで否定した。

 

「さっき、フレイが地球軍の偉そうな人に連れられて、艦を降りて行ってましたよ? おれ、その現場を見たんですよ」

 

 なんでフレイなんだろう? ってぼーっとしてたら、指ドアに挟んじゃって。

 とんだうっかりさんである。

 

「フレイが……?」

 

 ミリアリアが、腕を組んで考え込んだような仕草を見せる。同じサークルの一期先輩として、思うところがあったのだろう。

 ──しかし、なぜフレイが……?

 そう推理したとき、彼女が、大西洋連邦の官僚家の出身であることを思い出した。どうやら、その線で何か特別な待遇でもあるのだろう。

 

「ふぅん、あの子がね……」

 

 ハリーもまた、考え込むように呟いた。

 すると、フレイという少女の存在で思い出したように、ハリーはぽんと手を打った。

 

「そういえば君たち。僕が留守にしている間、医務室(ここ)に出入りとかしてなかった?」

「なんですか、急に」

「なんだかね……医務室(ここ)のパソコンを、誰かがいじった(・・・・・・・)ような形跡(・・・・・)があるんだよ」

 

 ハリーは云うが、トールとミリアリアには、それはまったく身に覚えのない尋問だった。

 

「誰かが、僕の端末から『何らかのデータを抜き取ったんじゃないか』──って疑っちゃってさぁ」

「それ……本当なんですか?」

 

 もしそれが事実なら、物騒な話である。〝アークエンジェル〟は危険な旅を続けて来たが、艦内は絶対的に安心できるという認識が、彼らの中にはある。

 しかし、そのように疑わしい事件が発生しているのだと聞けば、その認識を改めざるを得ないのだ。──この艦のどこかに、信用の置けない人物がいるというだけで。

 

「まだ分からないし、ひょっとすると、僕のただの勘違いかもしれないし」

 

 ハリーはそう云って、笑って見せた。

 

(だが、いじられた形跡があったのは、ステラ・ルーシェの身体データだ……。あそこには、先日破棄したエクステンデットにまつわる薬のデータ、そのすべてがこと細かく記載されてあった……)

 

 そう、万が一にも『データ』が抜き取られていたなら、大惨事になりかねない……。

 ステラ・ルーシェが持っていた〝エクステンデット〟についてのデータは、ここアラスカに到着する寸前に、ハリーは完全に破棄している。

 もしも、そのデータが流出するようなことになれば、多くの者が、危険性の高い薬物の被験者となるからだ。

 

(……僕の勘違いだろうか……? 誰も、あのデータを盗み取ってなんかいやしない……?)

 

 ハリーは自分に言い聞かせ、そう信じ込むことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 人事局へ顔を出すよりも前に、フレイは補佐官の男に案内され、基地内部へと足を運んでいた。

 辿り着いた先は、ここの責任者であるウィリアム・サザーランドの執務室となっていた。

 

「長旅お疲れさまでした。アルスター嬢。ジョージ・アルスター事務次官が亡くなられたことは、我々としても本当に……」

「前置きは結構です」

 

 気の利かない挨拶を遮って、フレイはすぐさま、サザーランドの許へとにじり寄る。

 あまりの性急な動作に、補佐官の男が警戒し、物騒にも懐に手を忍び込ませた。しかし、その動作も杞憂だったようで、フレイは自身の制服のポケットから一枚のメディアを取り出し、それを徐にサザーランドへと突きつけた。

 見覚えのないメディアを目の当たりにしたサザーランドは顔に浮かんだ皺を増やし、怪訝な面持ちをした。

 

「これは?」

「鍵よ」

かぎ(・・)──?」

 

 初老の男(サザーランド)は、うら若い少女(フレイ)の云っていることが分からなかった。

 年齢(ヤキ)でも回ったか、と思ったが、この場合、フレイの発した言葉が言語として破綻していただけだ。まるで脈略がなかったのである。

 

「そうですね。──『戦争に勝つための鍵』……とでも云っておきます」

「ほう? それはまた随分な飛躍ですな」

 

 抽象的な表現を用いながらも、フレイは妖艶に微笑んで見せる。──他に、形容の仕方が見当たらなかったのだろう。

 その自信に満ちた表情に、サザーランドは呆気に駆られる。半信半疑に駆られつつ、所詮は小娘の戯言だろう、と流すつもりで、差し出されたメディアを半信半疑でハードへと挿入する。やがて席に座り、端末に目を遣る。

 そして、中に記されていたデータ────そのすべてに、ぎょっと目を見開いた。

 

「これは…………!?」

 

 萎みかけた目を大きくして、愕然としてサザーランドは、傍らに立ち、不敵な笑みを浮かべたフレイを見上げた。

 フレイは毅然として、鷹揚と答える。

 

「強化人間についての研究──つまり、薬物を使った人体実験のデータよ」

「それも……これは、かなり完成されているデータですな……っ」

 

 ウィリアム・サザーランドという人物は、人体実験に精通したブルーコスモスの盟主とは、軍部の中でも懇意の仲にある男だ。

 彼自身、ナチュラルの強化人間の存在については、多少なりとも、軍部の人間としてかじっている節がある。しかし、そんな彼でも強化兵士について知っていることと云えば、せいぜい『ロドニアの研究所にて〝ブーステッドマン〟と呼称される存在が製造されている』という情報までであって……。

 

(〝エクステンデット〟……聞いたことがない? なんなんだ、このデータは……)

 

 それについては、まるで初耳、初見のデータに過ぎなかった。

 

(薬物の配合比率ほか、ブーステッドマンとは大きく異なっているが────あまりに、画期的(・・・)ではないか……)

 

 フレイによって持ち出されたデータには、ブーステッドマンの短所──それを改良させたエクステンデットと呼称される人体実験のデータが記載されていた。

 いまだ未知の成分が多く記されたデータだが、これを用いれば、従来の強化兵士よりもはるかに実用性の増す強化人間を造り出すことも可能になるだろう。

 

(いったい、どこでこのようなデータを……。どこに、このようなサンプルが……?)

 

 驚愕に駆られるサザーランドに、フレイはさらに続けた。

 

「この研究の第一人者の所へ────わたしを連れて行きなさい」

「ムルタ・アズラエル理事……ブルーコスモスの、盟主たる御方です。ですがっ……」

 

 口籠るサザーランドに、

 

「わたしが────この新薬(クスリ)被験者(、、、)になるわ」

 

 フレイは、驚愕の言葉を発して見せた。

 サザーランドが、驚愕に駆られる。 

 

「今……なんと?」

「この薬があれば、わたしでもモビルスーツに乗れるようになる……エクステンデットになれば、わたしにも、それだけの力が宿るのよ……!?」

 

 薬の恩恵が強化人間に与えてくれるのは、ナチュラルを大きく凌駕した絶大な戦闘力と、そして──。

 

「しかし、あなたの活躍の場は、何も前線でなくとも」

「ママはいない、パパもコーディネイターに殺された……!」

「……!」

「わたしにはもう、身寄りがないのよ……!」

 

 期せずして、天涯孤独の身に陥ったフレイ。

 母は幼少にて病死し、父は殺戮された。挙句の果てにはサイという婚約者を失い、キラへの復讐には失敗した────。

 何が切欠だったのか──そう考えたとき、何もかも、原因はステラにあった。

 

 ──彼女が、憎い……。

 

 フレイには、そう決めつけることしか出来なかったのだ。

 行き場を失った少女が見出した──その先にあったのは、修羅の道だった。

 

「だから、わたしがどうなろうと──もう誰も悲しまない、誰も苦しまない……。だったらわたしは、わたしがやりたいことをやるだけよ……」

 

 本当に恐ろしいものは、守るモノのない────そんな、孤独な人間なのだ。

 

「力が欲しいの……! パパを殺したコーディネイターをみぃんなやっつけて、そして……あの女に復讐するだけの力が────っ!!」

 

 憎しみの結果に、生まれた狂気。

 フレイはステラへの復讐に滾るあまり、皮肉にも、第二のステラに──強化人間になろうとしていた。

 

 そこに矛盾があることに────このときの彼女は、気付けなかったのだろうか。

 

 だから、彼女は〝アークエンジェル〟の医務室より、ステラのデータを持ち出したのだ。

 ハリーに黙って。

 このアラスカへと、彼女の〝夢〟を送り届けるために────。  

 

「『ザラ』の名を持つ者達(ヤツら)を滅ぼして、この戦争を終わらせる……。だからこのデータは、戦争に勝つための『鍵』なのよ……!」

 

 サザーランドは、彼女の放つ狂気に呑まれた。

 云い切った彼女の綺麗な表情は、怒りや憎しみに歪んでいた。

 

「だからわたしに、モビルスーツを寄越しなさい────」

「……お連れします。ムルタ・アズラエル理事の許へ────」

 

 それが、フレイの人生の転機となった。

 

 

 

 

 

 

 

 無敵と云われ、畏れられていた伝説の存在──〝ストライク〟を単独で撃破したアスラン・ザラには、ネビュラ勲章が授与され、正式な〝プラント〟への出向命令が出されていた。

 パトリック・ザラ──彼の父親から、直々に「呼び戻し」を受けたのである。

 イザークやディアッカ──このままジブラルタル基地に留まり、もうじき発令するであろう〝スピッドブレイク〟のために英気や闘志を養う彼らと別れを告げ、クルーゼ隊からも離脱することが決まっていた。

 

 実妹・ステラとの不和は、まったく解消していないままだった。

 

 オーブの連絡艇から降り立ったアスランを迎え入れたきり、ステラが彼と親類らしい言葉を交わすことはなかった。

 いや、正確には一度だけ────ジブラルタルの廊下ですれ違ったとき、言葉も会釈も交わさずに通り過ぎようとしたステラの腕を、アスランが強引に掴み止めたことがある。

 

「いつまでそうしているんだ、ステラ……!」

 

 年頃になりつつあるステラには、最近、どこか拗ねたような態度が続いていた。その原因は、他ならぬアスランが、キラの乗る〝ストライク〟を撃破したことだろう。

 なぜ、かつての親友同士(アスランとキラ)が本気で殺し合わなければならなかったのか──? いや、それよりも以前に、アスランは「キラはもう〝ストライク〟には乗っていない」と云っていたにも関わらず、事後になって、それが嘘であると悪びれもなく改めたのが許せない。戦っていたのはキラだけではなく、トールもまた〝スカイグラスパー〟に乗っていたようで、自分は危うく、トールを撃ち殺すところだった。

 そう、何も知らないまま(・・・・・・・・)に。

 

「おまえはもう十三だ、いつまでも駄々を捏ねていていいような年齢(とし)じゃないだろう……!?」

「駄々なんて、こねてない……」

「なら! どうしてそう俺を遠ざける!?」

 

 首を振るステラだったが、ぐいっとその腕を掴むアスランの手に、いっそうの力が籠った。

 

「い、たい……! 離してっ!」

 

 ステラは叫び、強引に腕を取っ払って見せた。

 強引に距離を開き、斜に構えた様相で、ステラはアスランを睨むように云った。

 

「こわいよ、アスランは……!」

「なんだって……!?」

「ステラはね、ひとの気持ちを平気で裏切って、嘘をついて、ひとを騙していられるような──そういう人が本当にきらいなの……!」

 

 そういう非道なことをする人間が、どれだけ多くの人間を傷つけるのかを、彼女は知っていた。

 

「アスランもそれ(、、)とおんなじことをした……! ステラを騙して、ステラをキラと戦わせた……!」

 

 今のアスランはまるで、昔の自分を操っていたネオ・ロアノークのようだ。

 命令の中に嘘を交えて、自分を騙して、利用し続けて来たあの男と──。

 しかし、アスランは嘘を吐いていたことを謝りもせず、自分が正しかったと云わんばかりに主張を返す。

 

「〝ストライク〟に乗っているのがキラだと知れば、おまえは戦えなかっただろう!? 俺はそれを──!」

「わたしは、戦いの道具なんかじゃない!」

「なッ──」

 

 アスランは絶句する。

 戦いの道具? 自分は、ステラをそんな風に扱っていたというのか?

 ……いや、そんなはずはない。

 自分はただ、彼女を守るために嘘を吐いていたのだ。だから彼女を騙すことにしたのだ。

 

「お、俺は……! きみを傷つけたくなかったから……!」

「そんなの、自分が傷つきたくないだけじゃない……!」

 

 咄嗟にその言葉に、胸が詰まるようだった。

 

 ──ステラが今までどんな目に遭って来たのかを、キミは分かってあげられないのか……。

 

 思えば、キラはそんなことを云っていた。

 自分が? ステラを、地球軍と同じように、戦うための道具として扱っていたというのか……?

 だとすれば、いつから自分は、そんな最低の人間になっていたんだ……?

 

「今のアスランがどうして怖いのか、わかった……。アスランは、ネオといっしょ。今のアスランには、自分(、、)がないんだ……!」

 

 ネオ・ロアノークは、たしかに、ステラに優しくしてくれた。

 けれど彼は、一度たりとも、ステラに「本音」を告げてくれることはなかった男。いつだって、ステラには嘘ばかり吐いていた。

 

 ──あの男は、他人に本心を打ち明けることが出来ない人だった。

 

 それが、立場から来るものなのか、そのひとの性分だったのかは、ステラには分からない。

 しかし、ネオが他人に本音を告げるには、あの黒い仮面が、あまりにも邪魔をしていた。きっとアスランも、それと一緒だ。

 

「自分の言葉で話さないから、自分の想いを伝えてくれないから……! だから傍にいても、心の置けない人になるんだよ……!」 

「ステラ、きみはいったい、何の話をしているんだ……!」

 

 熱意も感情も付帯しない利口天な言葉に、いったい、誰が共感を憶えると云うのだろう。

 仮の表情──「仮面」によって本心を隠しているたネオと同じように、アスランは仮の言葉──「理屈」を用いることによって、本音を隠している。

 

 理屈を捏ね回し、正論を振り翳し、模範的な回答ばかりを返す優等生(・・・)──。

 

 今わかった。

 そうして振る舞うことが、アスランの人間性を殺しているのだ。

 

「それでもステラに優しくしようとしてくれるのは、ネオといっしょで、迷ってるからでしょう……!?」

(ネオって、誰だよ……!)

 

 ロード・ジブリールという存在に首根っこを掴まれ、人生の一切を支配されていたネオ・ロアノークと同じように。

 今のアスランは、父親であるパトリックの言葉を借りて、彼の意のままに染まっただけの器、生きた傀儡に過ぎない。

 軍人として「其処に在る」ことだけを、強要されている者。

 アスランの目が輝きを失していることが多くなったのは、彼自身の「意志」が、そこから失われているからではないのか? 心の中に本当の自分を飼い殺して、意志(本心)主張(本音)を、闇の奥深くに閉じ込めて生きているからではないのか?

 

「本当のアスランはやさしかった……! そのアスランを、今のアスランは殺してるんだ、理屈で覆って隠してるんだっ!」

「理屈じゃない、それが俺の正義だ!」

「その正しさが、キラを殺したんだよ……!? 戦争だったら、何をやっても許されるの、正しいの!? もうステラたちは、みんなで一緒に遊べないんだよ!」

 

 取り返しがつかないことをした自覚が、今のアスランには、まるでない。

 

「キラはちがった……!」

 

 いつだって、キラはアスランと戦うことに戸惑い、苦しみ、迷っていた。

 そんなキラを、アスランが一方的に────殺した。

 

「今のアスランに、話したいことなんて何もない……!」

 

 ひとりの人間としてあることを放棄して、軍人に染まりあがった男に、どんな話が通用するというのだろう。

 彼は父親に認めれられたいと願っただけの、純粋なお父さん子だ。

 その結果、自分を棄てて、父のためだけに存在しようとしている。

 

 ──もう、何をいってもだめなのかな……。

 

 父上が正しいと思い込むアスラン。

 その父を崇拝する自分が、絶対的に正しいと信じているアスラン。

 もはや彼には、今のステラの言葉は届かないのだろうか。

 諦めるように、ステラは背を向けて去ってゆく。

 

 その場に取り残されたアスランは、傍らにあったゴミ箱を無造作に蹴り飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 それから数日ほどして、アスランは地球を離れ、シャトルにて〝プラント〟の〝アプリリウス〟へと到着していた。

 以前はシーゲル・クラインの執務室だった部屋に足を踏み入れる。──以前、何をどう間違えたのか、すっかり居眠りしてしまった部屋である。

 

 ──そう云えば、ラクスは何をされているだろう……?

 

 あのとき、自分を起こしてくれたのはラクスだった。

 彼女が今の自分を見てくれれば、何を思うだろうか。父と同じように立派になったと仰ってくれるか?

 それとも、ステラやオーブの少女のように、真っ向から自分を否定するのか……?

 それは、アスランの想像が及ぶところではなかったが。

 今はパトリック・ザラの執務室となった部屋を訪れ、そこに座す父上と、久々の再会を果たした。

 

「噂は聞いているぞ、よくやっているようだな」

「……はっ」

 

 それは、アスランが初めて、父親に掛けられた肯定の言葉だった。

 はじめて、父に認められた──その事実が、この時のアスランに安心と自信を与えてくれる。

 これまでの努力の日々が、ようやく報われた気がした。

 

「クルーゼから報告があってな──私が出向を命じたビクトリアでは、ナチュラルを殲滅したそうじゃないか」

「いえ……その、なんというか」

 

 アスランは口籠る。

 それが気に入らないパトリックは、息子を急かした。

 

「なんだ」

「気が、変わりまして」

 

 あっさりとした心変わりに、パトリックは満足そうにかすかに笑った。

 

「そうさ。レノアを殺し、ステラを貶めたのはナチュラル達だ──おまえはその事実に気付くのが、遅すぎたほどだ」

 

 だが、パトリックにとって、今のアスランは自慢の息子になった。

 ザフトでも名高いエースパイロットとして戻って来たのだ。親としては、鼻が高いに違いないだろう。

 

「すでに耳にしていると思うが──〝ストライク〟を討ったオマエにはネビュラ勲章が授与され、本日付で議会直属の特務隊への配属が決まっている」

 

 しかし、このときのアスランは愛機──〝イージス〟を失っていた。

 モビルスーツを持たないモビルスーツパイロットなど、如何ほどの存在価値があるのだろう? それは、かねがねアスランが抱いていたことだった。

 

「おまえには、新鋭のモビルスーツの授与も決まっている」

 

 それは、パトリックからの機密情報だった。

 アスランはぎょっと目を見開いた。

 

「新鋭のモビルスーツ……!? 私が、でありますか?」

「不服か?」

「あっ、いえ……! そんなことは……!」

 

 不服なはずがなかった。最新鋭機と云うことは、連合より強奪したモビルスーツの技術さえ応用した、画期的な性能を持つ機体だということ。

 〝イージス〟をも超える力を持った機体──それがこの度、自分の手に渡るというのだ。他ならない、父上に託される形で──。

 

「工廠でX-09A〝ジャスティス〟を受領し、五日後に控えた〝スピッドブレイク〟に参戦するのだ」

「〝ジャスティス〟……?」

 

 それは────「正義」を冠する機体であった。

 真の正義を見出した息子へ対する、父親からの送りものである。

 

「では私は〝ジャスティス〟を受領した後──パナマへ侵攻すれば良いのでしょうか?」

「違うな。攻撃目標は────地球軍地上本部……『JOSH-A』だ」

 

 そのあっさりと吐き出された言葉に、アスランは驚いた。

 しかし、ザフト兵全員に告げられた〝スピッドブレイク〟の攻撃目標は、地球軍が所有する最後のマスドライバー〝ポルタパナマ〟であったはずだからだ。

 

「これは極秘事項で、私を含め、数人の関係者しか知らんことだが──頭を潰した方が、戦争は早く終わるのでな」

「では──〝スピッドブレイク〟によって、戦争は終わる……!?」

「ああそうだ。おまえは〝ジャスティス〟に乗り、〝スピッドブレイク〟の作戦の旗印となれ」

「……! 光栄です、父上っ……!」

「よい」

 

 そう、ついに父上は──このステージまで進出されたのだ。

 戦争終結──『JOSH-A』と云えば、地球連合の本部が構えられている場所。パナマ基地を抑え、宇宙と地上の戦力を分断するより、大元を叩いて、この戦争を終わらせるつもりなのだ。

 ようやく終わる──この戦争が。

 自分がその作戦の先頭に立ち、託された最新鋭機を以てナチュラルを押さえつける────ならば〝ジャスティス〟という機体は、今の自分に相応しい機体ではないだろうか?

 

「地球に戻ったら、クルーゼとコンタクトを取るといい。──ヤツもまた、真の攻撃目標が『JOSH-A』であることを伝えてある男だからな」

「は……!」

「頼むぞ、アスラン」

 

 終わる……この戦争が……!

 アスランはその胸に、たしかな高揚を憶えていた。

 

 ──何度も、早く終えたいと思った戦争だ。

 

 母を奪った戦争。

 純粋な妹を奪った戦争。

 そして、

 自分に、親友を殺させた戦争。

 

(こんな悪夢は、早く終わらせなければならないんだ……!)

 

 そのために、アスランは再び剣を取る。

 ナチュラルを滅ぼして、コーディネイターたちの安寧の時代を勝ち取るために。

 

 

 

 

 

 それから五日が経ち、日付が、5月5日となった。

 工廠へ赴いたアスランは、パトリックに託された機体──X-09A〝ジャスティス〟を見上げていた。

 スペックは既に頭に入っていた。真紅に彩られた機体は──頭部にGAU5フォルクリス機関砲、胸部にはMMI-GAU1サジットゥス20mm近接防御機関砲を装備し、両肩のパーツはRQM51バッセルビームブーメランとしても運用が可能である。常備のMA-M01ラケルタ・ビームサーベルに、MA-M20ルプス・ビームライフル。ラミネートアンチビームシールドには〝ディフェンド〟から採取した光波発生装置が備えられ、ビームシールドを展開することが出来るようになっている。

 数多の近接武器を体躯に付けたその機体は、暗器として、両脚の爪先の部分に〝アリュミューレ・リュミエール〟すらも切り裂く、ラミネート装甲性の実体剣〝タクティカルブレード〟を忍ばせている。これは、ビクトリアの要塞が持っていた光波防御帯(シュナイドシュッツ)に対抗するために開発された、唯一の武装だ。要塞を抑えたことにより、開発を急がせたのだろう。

 背部には分離可能な〝ファトゥム-00〟を装着し、そこにM9M9ケルフス 旋回砲塔機関砲、MA-4Bフォルティス ビーム砲を構えている。

 

「ニュートロンジャマー・キャンセラー……!」

 

 アスランはその機体が搭載するエネルギーの正体に、目を見張った。

 その機体は、封印されたはずの核エネルギーを積んでいたのだ。

 

「勝つために必要になったのか、これは……!」

 

 母の生命を断った核。

 妹の運命を狂わせた核。

 その力を使って戦争を終わらせることに、このときのアスランは、何の疑念を感じなかった。

 そうしてアスランは、そのまま〝ジャスティス〟へ乗り込んでゆく。

 

「──この作戦により、戦争が早期終結に向かわんこと切に願う。真の自由と正義が示されんことを……」

 

 5月5日──

 予定されていた〝スピッドブレイク〟の発動日になって、パトリックがすっとその場に立ち上がる。

 パトリックが、地球に構えたザフト軍全軍に向けて、通信を試みたのである。

 

「〝オペレーション・スピッドブレイク〟────開始せよ!」

 

 その宣言は、待ち受けていた各基地、各艦へと伝達された。

 無数の無線機より、数多のオペレーターの声が奔流のように溢れ出す。

 

〈〝オペレーション・スピットブレイク〟、発動〉

〈〇四:〇〇時──〝スピットブレイク〟作戦、発動〉

〈事務局発、第六号作戦、開封承認……コールサイン、〝オペレーション・スピットブレイク〟〉

〈攻撃目標────……〉

 

 攻撃目標は────『JOSH-A』────。

 

 

 

 

 

 

 発令と時を同じくして、〝アプリリウス〟より一機のモビルスーツが飛び立った。

 

 

「アスラン・ザラ──〝ジャスティス〟、出る!」

 

 

 真紅に彩られた機体が宇宙へと踊り出し、圧倒的な推力で、そのまま地球へと降りてゆく。

 青い惑星────

 地球へと、そいつは吸い込まれて行った。

 

 

 

 




 小説版のSeed Destinyに目を通したとき、ネオ・ロアノークという人物は「ロード・ジブリールに首根っこを掴まれている」という表現を目にしました。
 ムウ・ラ・フラガその人である彼は、使命と感情との間の板挟み状態にあったんですね。だからステラやアウルたちに対しては父親のように振る舞っていた。それは一種の罪滅ぼしなのではないかな、と思いました。
 しかし「ネオ・ロアノーク」という仮の面を張り付けた存在である以上、本当の自分を殺して生きて行かねばならない──その結果、ロード・ジブリールの忠実な飼い犬にならざるを得なかった。そう考えると、ステラをデストロイに乗せたのは彼自身、そうせざるを得なかったからではないかとも思えます。

 アスランはそんな彼と似て、パトリックに忠実な戦士としてあることをみずから選んだんだと思います。

 ジャスティスの爪先に備え付けられた〝タクティカルブレード〟は本小説のオリジナル装備です。
 ビクトリアにて接収した〝デストロイ〟には、イージスのビームサーベルですら切り裂けなかったシュナイドシュッツが配備されていました。それだけ強固な防御兵器を地球軍が開発したと断定したザフトは、モビルスーツ一機に搭載するサーベルの出力を強化するより、ラミネート製の実体剣の有用性を訴え、こちらを配備させました。アストレイ・ブルーフレームに搭載されたタクティカルアームズを参考にしています。

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