~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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『〝スピットブレイク〟』B

 

 

 目に映ったのは、真冬の景色。

 ユーラシアの西側は高緯度に位置する、地球において北端の地域──ベルリンの街を、鈍い色、厚い雲の天が覆っていた。

 そこには、ひとつの都市があった。過去形を用いているのは、それが既に失われかけているからだ──雪に覆われていた街全体は灼け焦げた黒色に包まれ、燃え盛る赤い炎に包まれている。美しい街並みは跡形もなく破壊され、立派な建物は哀れもなく崩れ落ちている。至る所から黒煙が上がり、雪を穿った熱の軌跡(きずあと)が、方々の地面に迸っていた。

 そこは、身を切るような寒冷な気候に見舞われた地域のはずだった、だというのに、今そこで生身に一歩外に踏み出せば、街を覆う業炎と熱風がその者の肌を焼き付けることだろう。

 

 悪魔そのものを顕現させたかのような──禍々しい巨悪の機体が、その街の中心にいた。

 

 GFAS-X1〝デストロイ〟──曇天の空の下、それが圧倒的な火力を奮い、街を破壊していたのである。暴走する禍々しい巨人は、街を蹂躙しながら前進し、虐殺の限りを尽くしてゆく。街は滅び、人は焼け死んでゆく。

 そんな黒煙の戦場へと、一機のモビルスーツが舞い降りた。白く輝く四肢を持った『伝説』──ボディはグレーとブルーのツートン、背部には蒼い十枚の翼を広げ、頭部には突き出した四本のVアンテナが見える──。

 ZGMF-X10A〝フリーダム〟である。

 巨人から見れば、そいつは赤子のような大きさでしかなかった。にも関わらず、縦横無尽に空を駆け巡り、やがて単機で〝デストロイ〟を圧倒し始める。翻弄される〝デストロイ〟はネフェルテムや大型誘導ミサイル、アウフプラール──すべての武装を惜しむことなく展開したが、そのいずれも驚異的な瞬発力の前に回避されてゆく。

 空中で忙しくなく機体を翻した〝フリーダム〟は、次の瞬間、抜き打ちに光の刃(ビームサーベル)を抜剣した。

 

 ──来ないで!

 

 〝デストロイ〟が敵機に向け、高エネルギー収束砲(アウフプラール)を撃ち放った。無造作に放たれた砲火はまたも容易く回避され、〝デストロイ〟は敵の接近を許した。

 光刃が、鮮烈に迫る。

 〝フリーダム〟のビームサーベルが凄絶な勢いと共に、巨悪の機体を貫いた。高熱を帯びた光の双剣が〝デストロイ〟のコクピットへ、ぎゅっと柄まで押し込まれた。

 

 ──殺シテヤル……!

 ──オマエナンカ、死ンデシマエ……!

 

 貫かれたその瞬間、蒼い十枚の翼を広げた機体が、そう喋ったように聞こえた。

 

 ──わたし、死ぬの?

 

 コクピットの中で、少女が()いた。

 突きつけられた現実──。

 云われるがまま〝デストロイ〟に乗り、破壊の限りを尽くしたわたし(、、、)──。

 (これ)こそがオマエに相応しい『報い(、、)』であると、そいつに云われた気分だった。

 寒いひと、こわいヤツ──。

 

 ──そいつの名は、〝フリーダム(、、、、、)〟────

 

 あいつが、ステラ(わたし)を殺した。

 光の剣で、焼き殺した。

 

 ──いやぁぁぁぁぁ──…………!

 

 〝デストロイ〟が、たちまちに爆散してゆく。

 逃げることも、身を護ることもできずに、コクピッドの中でひとり焼き尽くされて行く少女──。

 彼女はそのまま断末魔の悲鳴を上げ、儚く、そして醜く朽ちて行った──。

 

 

 

 

 

「……────ハッ」

 

 ステラは、輸送艦の中の一室で目を醒ました。ザフトの軍艦──ジブラルタルから出航した航空機の中だ。

 見慣れない天井を見上げ、がばっと勢いよく起き上がった彼女は、それまで見ていたものが「夢」──それも、掛け値なしの「悪夢」であることに気が付いた。

 

「はぁ、はぁ……!」

 

 乾いた呼吸が繰り返される。

 ステラはは夢の中で、最も恐れるものを体験したのだ。寒い、怖い……ステラは何度もそう呟きながら、震える自身の肩を強く抱いた。

 

「いやな、夢……ッ」

 

 自分が殺される夢。悪魔のような〝アイツ〟に、殺されてしまう夢──

 がくがくと小刻みに震える肩を抱きながら、ステラは自分の身体の感触を確かめた。──だいじょうぶ、どこも怪我してない……あれは、ただの夢、まぼろし……。

 

「〝フリーダム(あの人)〟、だれ……! わたしを……!?」

 

 まどろみの中で見ていたものは、夢のようで、正確には夢ではない。彼女自身の過去の記憶を映像化したものであって、恐怖の喚起(フラッシュバック)と表現するのが正しいもの。

 

 ──どうして、今になって思い出すんだろう……!?

 

 ここで〝フリーダム〟を思い出しても、何の意味もない。そんなことは承知していた。しかし考えてもみれば、〝フリーダム〟はいったい、何者だったのだろう?

 地球軍? それともザフト? ……いいや、ヤツはそのどちらでもなかった。だってヤツらは地球軍ともザフトとも、どちらとも交戦していたのだから……。

 

(ヤツらって。……だれ、だっけ……)

 

 ステラは茫洋と己の記憶を探るが、その仔細は既に霞んで断片的にしか思い出すことが出来なかった。

 

 だが彼女にとって、しょせん〝フリーダム(ソイツ)〟は残酷な天使。

 身に迫る『死』を連想させる────無限の恐怖の象徴でしかないのだ。

 

 いつかまた、自分を殺しにあいつがやって来るんじゃないか?

 たくさんの人を殺めた自分に、再び剣を突き立てて来るんじゃないか?

 そう思うと、怖気が全身の隅々まで駆け巡り、たまらなくなった。

 

「──あついッ」

 

 ステラは小さく毒づき、兵士用の安っぽい布団をベッドから放り投げた。

 そのまま床に足を下ろし、サイドテーブルの蛍光灯に手を伸ばす。まだ薄暗い室内に小さな明かりを灯ると、白いタンクトップとショーツに身を包んだ彼女の下着姿が照らされた。

 時計を見れば、日付は5月6日──朝の四時を指している。

 そろそろ兵達に、起床が求められる時間だ。

 

「起きなきゃ……」

 

 ステラは口を尖らせ、すこしだけ嫌な顔を作った。

 軍艦の中とはいえ、自分の部屋から出るときは、多少の強迫観念を憶えるものである。

 自室とは、外部から遮断され、自己完結された空間。絶対に安全という認識が先行している。

 他人に干渉されることもなく、現実を遮断できる自分だけの空間──だからこそ其処から飛び出して行くにはそれなりの勇気がいるし、いっそのことずっと室内に籠っていたいという、内気な意識さえ憶えてしまう。

 ステラは、間違っても外向的ではなかった。

 たとえば、キラやアスランという気の知れた者達が数人、常に傍にいてくれるだけで、すくなからず満足できてしまうところがあるからだ。

 時刻を差したデジタル時計を見、そして廊下の方が多少騒がしくなっていることに気が付くと、現実に対応しなければならないという気持ちにさせられる。だから嫌な顔をしたのだった。

 まだ茫然と覚醒しきっていない頭を起こして、ステラはその場に立ち上がった。

 皺や汚れが目立たない赤黒色のザフトの制服に袖を通し、さっと寝癖を整え始める。化粧をする手間がないだけ、彼女はきっと幸運な女の子だろう。……いや、そもそも彼女は化粧という女の子特有の慣習を知っているかどうかさえ怪しいが。

 制服に着替えて廊下に出ると、雑然とした音声がわっと大きくなって耳に入って来た。

 廊下はひどく騒がしく、ザフト兵たちが右往左往しているような状態だった。ひょっこりと部屋から顔を出し、ステラは怪訝な顔をした。

 

「その顔は知らんのか!?」

「……?」

 

 お節介な兵士がひとり、怪訝な顔をして首をかしげているステラに話しかけて来た。

 ステラから訊ねたわけではないのに、そいつは廊下の騒ぎの正体について語り出した。

 

「〝スピッドブレイク〟の攻撃目標が変更になったらしいンだよ! 今この艦が向かってんのは、どうやらパナマなんかじゃない! ──アラスカ(、、、、)だ!」

 

 兵士が大仰に叫び、ステラはその言葉に耳を疑った。

 云うだけ云って去ってった兵士を尻目に、ステラは部屋から出て、兵士たちの集まるブリーフィングルームへと向かった。

 

「地球軍本部……?」

 

 廊下を歩きながら、ステラは確かめるようにそう反芻していた。

 そのとき脇から、ひとつの声が掛けられた。

 

「そういうことだ、我々が攻撃を仕掛ける先はパナマなどではない──地球連合軍……ナチュラルたちの本拠地とも云える、アラスカ基地さ」

 

 ラウ・ル・クルーゼである。

 ステラは瞬時にハッとして、目の前に現れた仮面の男を警戒した。

 すぐに道を引き返そうとしたが、それよりも早くラウの方から腕が伸びて来た。ぐいとにじり寄られ、二の腕を掴み引っ張りあげられる。ステラは怯え、助けを求めるように短く悲鳴を上げた。辺りには誰もいなかった。

 ラウは仮面の及ばない口元に、切り裂かれたような冷笑を浮かべる。

 

「また、キミにも兵士として、働いてもらわねばならんな……」

「いや、離してッ……!」

 

 ラウは彼女の恐怖を味わうように、ゆったりと構え、その腕を離そうとしない。

 ステラは尻込みしながら、目前に迫った男を睥睨した。

 ──こわい……! この人は、すごく恐ろしい……!

 この男は、仮面の下にいったい何を隠しているのだろう? 誰かを憎む気持ち? 他者と分かり合う心? ただ云えるのは、この人の傍にいると、ステラまで黒い感情に呑み込まれてしまいそうだということ。

 ステラは思わず叫んでいた。

 

「仮面は、きらい……!」

「そうさ、好きな者はいないだろう」

 

 ラウはあっさりと肯定してみせる。

 やがてその口元が、つりあがるような自虐的な笑みに変わった。

 

「わたしとてこんなモノ(、、、、、)、付けたくて付けているわけではないのだからな……」

 

 その声は、すこしだけ寂しそうだった。

 

「じゃあ……どうして」

 

 ステラは途端、唖然として立ち尽くす。

 ラウはふっと笑うだけで、その問いには答えない。そのまま白い軍服のポケットに手を伸ばし、中から一枚の写真を取り出した。それをそのままステラに手渡すと、ゆったりと彼女の腕を離してくれた。

 

「──?」

 

 ステラは怪訝そうに、写真を見下ろした。

 精悍な体格をした大人の男性──そして、そんな男性と手を繋ぐ、ひとりの少年が映っていた。背は小さく、表情はあどけない。逞しい男性と同じように、自然に波打った天然の金髪をしていた。

 写真の中の二人は、まるで親子のようにも見て取れた。見れば見るほど、そっくりなのだ。少年が大人になった時には、男性と瓜二つの人間に出来上がっていそうなほどに……。

 もしかして、これは幼い頃のこの人(ラウ・ル・クルーゼ)だろうか……?

 戸惑いながら、ステラは直感的にそう感じた。写真の中の少年は仮面をつけておらず、今のラウの姿からは、まるで想像もつかないほど無邪気に見えたのだ。

 

「隣にいるのは、おとうさん……?」

「アル・ダ・フラガと云ってね。──私にとってはそう、父にも等しい男だった」

 

 その言葉は、なぜか過去形だった。

 ラウはおそらく遠い目をして続けた。

 

「こんなわたしにも、平穏な時代はあったのだよ。……しかしまあ、しょせん個人の安寧などは、意図もたやすく時代の波に蹂躙(じゅうりん)されるものだ」

 

 云いながら、ラウは一心に、目前のステラを見据えている。

 見つめられたステラは、ラウの面を窺っていた。仮面に隠され、表情こそ計り知れなかったが、放たれる声色はとても真剣そうで、ステラにはそれが珍しく思えた。

 

「──きみになら(・・・・・)、分かってももらえるはずだ」

 

 意表を突かれたような言葉に、ステラは驚き、目を開く。

 そうだ──。

 血のバレンタインがなければ……〝ユニウスセブン〟が破壊されなければ……地球軍が核攻撃さえしなければ、ステラは今、もっと穏やかな世界に暮らしていたはずだった。万が一にも、みずからモビルスーツに乗って戦うような環境に身を置いていないはずだ。

 そう、地球軍に肉体を弄られることもなかった。薬に苦しむようなこともなかった。

 彼女は、他人によって平穏な日々を奪われた被害者だった。──もしかしたら、この人も……?

 

「この仮面の意味がわかるかな。わたしは過去を捨てた身、己にとって、忌々しいとさえ思える過去を捨てたのさ」

 

 ラウは淡々と語る。

 仮面をつけることで、過去を捨てて生きていくことを望んだのか?

 その発想が湧かず、ステラはひたすら困惑した。

 ややあって、ラウは、唐突にこんなことを言い出した。

 

「その写真を、きみに託したい」

「え……っ?」

「『餞別代わり』──そう思ってくれたまえ」

 

 急な物言いに、ステラはしばし唖然とする。

 

「餞別って」

 

 餞別とは、遠くへ旅立つ者に対し、別れのしるしに送る何かのこと。

 作戦が始まる直前──このようなタイミングで贈り物をする際に、間違っても用いるような言葉ではなかった。なぜならそれは、とっても縁起が悪いから。

 

「死ぬ気、なの?」

 

 問いかけに、ラウは短く笑った。

 

「私には、その写真は既に必要ない。今まで丁寧にデスクに保有していたことが、自分でも本当に不思議なくらいでね……きみが要らぬというのであれば、アラスカにでも投げ捨ててくれて構わない。あそこの飛瀑は雄大で美しいということだしな……」

 

 ラウは、その写真をステラに「託す」と云った。写真を保管するのも、破棄するのもステラ次第。

 その選択について、ラウは既に、彼女にとやかく言うつもりはない。

 

 ──でも、どうしてステラなんかに、そんな大切な写真を渡すんだろう……?

 

 死を覚悟した兵が────戦地へ赴く前に、親族にみずからの写真を納めたり、肖像画を描かせたりする例は、そう珍しくはない。生前の写真を他者に託すあたり、このときのラウからは異様に不穏な雰囲気が感じ取れ、まるで自分が生きた証を、他人に託そうとしているようにも思えた。

 どうして、ステラが選ばれたのかは当人にはまるきり分からない。 

 しかし一方のラウからしてみれば、彼はステラのことが気に入っていた。

 

(運命に弄ばれ、時を逸した出来損ない(愚か者)────きみはわたしによく似ている)

 

 望まない体に生まれ、一方は改造され、薬がなければ生命を維持していくことにも困難な者であったこと。

 そのような境遇──歩んで来た彼女の『不幸』に、ラウは不思議と共感を憶えていたのかもしれない。

 だから、その写真を彼女に託す。

 みずからの影を重ねることのできる彼女に──ラウにとって父とも呼べる存在、アル・ダ・フラガと手を取って歩く、幼少の頃の己の写真を。

 

「その写真が、わたしがこの世に残した唯一の未練(、、)だ。私自身、いまだ断ち切れずにいる鎖──是非ともきみに、それを断ち切ってもらいたい」

 

 ラウは云うと、そのまま踵を返し、ステラに背を向けてしまった。

 ──なにを、云いたかったの……?

 ステラは言葉の意味を汲み取り切ることは出来なかったが、立ち去って行く男の背中が、なんだか寂しそうに思えたのは事実だった。

 思わず、「あの……!」と呼び止める。ラウはゆっくりとこちらを振り向いた。

 

「死ぬはだめ…………だから」

 

 死──それは、こわいもの。

 ステラは、目の前にたたずむ男を無視することができなかった。

 彼はなんだか、みずからの死を予感しているように見えた……いや、直感的に感じた。まるで近々、自分が死ぬことを予知しているかのようで、その寂しそうな背中を、どうしても黙って見送ることができなかった。

 

「死なない、でね……」

 

 云われたラウは、一瞬、虚を突かれたような表情を浮かべた。──自分のような者に、そんな言葉を掛けてくれる者がいたなんて。

 しかしすぐに、その表情は豹変した。

 くっと嘲ったような笑みが口元に奔り、嗜虐心を堪えたような表情に変わった。

 

(それが、これから死に逝く者の云うことか……ッ)

 

 ラウは不気味にうすら笑って、ステラの許から去って行った。

 写真を託されたステラには、そのすぐあと、アラスカへの侵攻が命じられた。   

 

 

 

 

 

 

 

 

 『祈りの庭』──ある者達がそう呼称する、平穏で長閑(のどか)な空間が広がっていた。

 小高い丘の上に建てられた雅な屋敷は、深い山林の緑に囲まれている。穏やかな風景の中、青い鳥達が歓呼する──幸福の象徴達の美しい合唱だ。峰の先には海にも似た大きな水岸が一望できるようになっていたが、目前にある広大な水溜まりは、決して「海」ではなかった。

 なぜなら其れは〝プラント〟に存在しているから──。

 シーゲル・クラインは、ガラス張りになったサンルームの中、通信回線を開いていた。

 

「謀ったな、パトリック……!」

 

 〝オペレーション・スピッドブレイク〟──パトリックが提出し、そして可決されたこのプランは、パナマ基地を制圧するという内容で可決されていた。

 その契約を、かの男は独断で破り捨て、攻撃目標をひとりでにアラスカへと変更したのである。その事実をシーゲルはアイリーン・カナーバ現評議会議員から通信で聞き受けていた。彼女はシーゲルを慕う、いわゆる「クライン派」だ。その声にはたしかな焦燥と、そして煮え切り始めた嚇怒が含まれていた。これは明らかな越権行為、国民への欺瞞だと嘆くように話すカナーバに、シーゲルは冷徹に返す。

 

「大衆は彼らに都合の良い結果さえ残るなら、過程になどは目もくれない──それが正しいと思い込むものだ……ッ」

 

 パトリックの腹積もりはシーゲルには読めていた。──たとえ議会から未承認の作戦であっても、地球軍本部(JOSH-A)を一気に制圧し、圧倒的勝利という結果を手に入れることができるなら結果論だ。一部の議員が違約だ何だと云おうと、世論からの支持を盾に黙殺できる──そういう目算だろう。

 大衆は、間違った過程よりも都合の良い結果を選ぶ。

 もとより戦争に勝つためにパトリックを議長に選んだ大衆ならば、誰もそれを追窮したりはしないだろう。あくまでもそれは、博打にも近しい打算にも見えるが……。

 

「地球軍本部を制圧し、この戦争を一気に終わらせるつもりか……!」

 

 本部さえ制圧してしまえば、残るザフトの仕事は、本丸を失って失速する各地方の連合軍の掃討戦だけとなる。

 このままでは、本当にナチュラルとコーディネイターが分かり合えない世界が生まれてしまう。なんとしても止めなければ──そうは思うが、今のシーゲル・クラインに出来ることなど何もなかった。今や現職の議員を退いた彼には、まるで発言力がないのである。

 

 ──作戦はもう、始まってしまったのだ……。 

 

 険悪な話を取り扱うふたりの背後──シーゲル・クラインの娘、ラクス・クラインの姿がある。彼女もまた、期せずしてその報告の聞き届け人となっていた。

 みなでテーブルを囲んだ、ティータイムの途中だった。

 桃色の髪を波打たせた彼女は、彼女から見て円卓の向かいに坐し、そして強かに震えた──同居人(、、、)へと問いかける。

 

「いかがなされました……?」

 

 ラクスの声には、労わりが含まれていた。

 震えた少年は、か弱く微笑み、そして答えた。

 

「行かなきゃ……」

 

 アラスカ──地球軍地上本部は、少年にとって、守りたい者達の目指した場所だった。

 奇跡にも近しい状況で拾った命、そしてこの〝プラント〟に流れ着いた彼──。

 カナーバからの通信を聞き、自分の行かねばならぬ場所がわかった。

 

「このまま、何もせずにはいられない……」

 

 雨が、降り出した。

 

 

 

 

 

 少年──キラ・ヤマトは、生きていた。

 大西洋上での死闘──フォートレスストライカーを背負った〝ストライク〟と〝イージス〟の激突に際して、両機は持てる死力を尽くして戦い合った。欺瞞、疑心、怒り、悲しみ──かつての親友同士が、感情のすべてをぶつけ合った結果、勝負を制したのはアスランの乗る〝イージス〟だった。

 咄嗟に背後を突かれ、フォートレスストライカーを切り裂かれた瞬間、バックパックは誘爆を起こして大爆発を引き起こした。〝ストライク〟は爆発を間近に受け、大破したが、パイロットの彼自身は一命を取り留めたのである。

 その後、孤島を訪れていた組合の者達に救助され、その伝手もあって、今は〝プラント〟──ラクス・クラインの許に運び出されていた。

 穏やかな世界、平和な空間で時を過ごしていたキラであったが、ある日になって、〝オペレーション・スピッドブレイク〟のことを知る。

 その攻撃目標がアラスカ──地球軍地上本部であることを知らされると、彼の身体は強かに震え出した。

 

 ──アラスカ。これまで〝アークエンジェル〟が目指して来た場所。

 

 彼らのいる場所が、再び戦場になる。

 仲間達が──トールや、ミリアリア達が、また危険に曝される……?

 シーゲルと会話をするカナーバはさらに先を続けた。

 

『ザフト全軍はパナマから進路を変え、既にアラスカへと発進した!』

 

 咄嗟に、黒鉄色のモビルスーツが脳裏に浮かぶ。

 蒼い眼、鈍重な装甲鎧、両肩の巨大な盾を持つ機体──。

 ──その中には、あの子もいるのだろうか……?

 キラはふと、そんなことを思った。

 

「いつまでも、こんなところで安穏となんてしていられない」

 

 キラがその旨をラクスに伝えると、ラクスは確認するようにキラに問うた。

 

「あなたが戦地に向かったところで、変わるものなどないかもしれません……救える命も」

「守りたい子が……守ってあげたい子がいるんだ」

 

 ラクスの肩が、ぴくりと震えた。

 ラクスには、心当たりでもあるのだろう。

 

「力があるのに、何もしないで。救える命があるのに、救おうともしない。──そんなこと、やっぱり駄目だと思ったんだ」

 

 悔しいことに、キラ・ヤマトには〝力〟があった。

 これまで、何度としてその力に悩まされて来ただろう。力があるから戦わされて、大人たちの都合のために自分を犠牲にして来た。友達と戦うことさえも義務付けられてきた。

 ──でも、割り切った。

 自分には、それだけ〝力〟がある。

 大切なものを守って来られただけの力──その真実を知ってなお、何もせずにいることは出来ないと感じた。

 キラは目に光を宿して語った。

 

「僕にできること、やれること。──戦わなくちゃ守れないものがあるのなら、僕は戦ってでもそれを守っていたい」

 

 決意を胸にそう告げると、ラクスは鷹揚と天使のように微笑んだ。

 そのまま彼女は、父親であるシーゲルの方を見遣る。

 

「お父様」

 

 問いかけられ、シーゲルは一瞬渋った表情を浮かべる。

 しかしすぐに意を決し、やむを得ないと云った表情で声を発した。

 

「仕方あるまい……キラ君、ついて着なさい」

 

 そう云って、キラはシーゲルの執務室まで連れて来られた。

 ラクスを同伴した状態で案内された先、シーゲルは引き出しの中から赤黒色の制服を取り出す。ザフトの赤服だ。それをそのままキラに差し出し、渋ったような表情で云う。

 

「この制服を、キミに預ける」

「え……っ」

 

 シーゲルは云いながら、自分がパトリックと同じことをしていることに気付き、それを皮肉に思った。戦争に慣れない、軍人でもない少年少女に、軍人の証である制服を手渡しているのだ。

 

「ラクス、彼を案内して差し上げなさい」

「…………。では、キラに授けましょう……〝自由の翼(、、、、)〟を──」

 

 そうしてキラは、ラクスに連れられ────〝プラント〟の中、アプリリウス市まで案内されて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 地球軍地上本部、〝JOSH-A〟──

 〝アークエンジェル〟がアラスカ基地に繋留されてから、おおよそ五日間が経過していた。

 クルーたちは依然として艦内待機を命じられたまま、これと云った動きを取ることも許されずにいた。変化といえば、宇宙艦であるこの艦が、どういうわけかアラスカの守備隊に配属されたということだろうか。

 一方で、ごく一部の搭乗員には転属命令も下されていた。

 指名されたのは『エンデュミオンの鷹』で異名を馳せるムウ・ラ・フラガと、副長のナタル・バジルール──優秀であった彼らには、それぞれ別の活躍の場が与えられたと云うことだろう。そして、フレイ・アルスターに関しては、ジョージ・アルスター大西洋連邦事務次官の娘であることからも異動が決まっていた。

 異動を指示されたのは、以上の三名の他にもいた。

 

(気に掛かるわね……)

 

 査問会の後、サザーランド准将がマリューに対し、追って連絡をして来たことがある。

 

『船医であるハリー・ルイ・マーカット氏に伝えよ。明朝、人事局に出頭するように』

 

 異動命令は、船医であるハリーにも下されたのである。

 転属指示を受けたのは合計で四名になったわけだが、医務官であるハリーに異動の指示が下された理由を、彼女は掴めずにいた。

 

(いつまで、残された私たちはこうしていればいいの……?)

 

 そのとき、突然の警報が鳴り出した。

 当直の者達はたちまちに混乱し、マリューもまた同様に唖然とし、すぐさまCICへと状況確認を求めた。

 

「この警報は……!?」

 

 通信先はウィリアム・サザーランド──彼は表情ひとつ変えず、白々しく答えた。

 

〈敵襲のようだな〉

「敵襲……!?」

〈してやられたよ、奴等は直前で目標を変更し──この〝JOSH-A〟へと攻め入って来たのだ〉

 

 その冷淡な物言い草に、マリューはしばし硬直した。「してやられた」と云う割に、その言葉は妙に白々しく、感情が籠っていなかった。仰々しいより冷静な対応だが、マリューはふと、こんなことを思ってしまう。

 

 ──それではまるで、『敵襲が来る』とあらかじめ分かっていたような言い方ではないか……?

 

 しかし、唖然としてばかりもいられない。

 仮にその言葉が真実であるのなら、ザフトは予定していた〝スピッドブレイク〟の攻撃目標を、咄嗟にパナマから〝JOSH-A〟に変更したということになる。それはつまり、もうじきこの場所が戦場になるということ──ようやくの思いで辿り着いた、この地球軍地上本部が。

 

〈──守備隊はただちに発進せよ〉

 

 唐突に出された出撃命令に、マリューは硬直する。──モビルスーツも持たない機動戦艦に、いったい何ができるというのだろう?

 しかし、上官からの命令が下されれば、軍人は黙ってそれに従うしかない。如何なる無理難題を突き付けられてなお、その内容の通りに励まねばならない、それが彼女たちの仕事だ。

 たとえば、敵を引き付け「徒死()ね」と云われても──黙って従い、自決するのが軍人の務めだ。

 そうして〝アークエンジェル〟は発進した。

 海岸線に、ザフト兵が多く群がって襲来している。マリューは焦りに塗れた心を必死で抑えつつ、敢然と命じる。

 

「〝ゴッドフリート〟照準、てーっ!」

 

 転属命令を受け、既にこの艦を離れた者達──ムウ・ラ・フラガ、ナタル・バジルール。

 ふたりの損失は、マリューにとって非常に大きいものでもあった。──彼らが、そしてキラ・ヤマトもいない今、果たして自分達は生き残れるだろうか……?

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、出撃するぞ、用意はいいか!?」

 

 イザークが声高に叫び、輸送艦から勢いよく三機の〝グゥル〟が射出された。

 X-102〝デュエル〟がそれに飛び乗った後、両隣に〝バスター〟〝ディフェンド〟と並んで、編隊したまま飛行してゆく。

 

「…………」

 

 〝ディフェンド〟のコクピッドの中で、ステラはアラスカ基地の大まかな見取り図のデータを眺めていた。

 メインゲートは巨大な飛瀑の下にカモフラージュされているようで──ラウの云っていた「雄大な飛瀑」とは、おそらくその場所のことだろう。

 ステラはこのとき、託されたラウの写真を、アラスカに投げることを選んでいた。──彼は「わたしの未練を断ち切って欲しい」と云っていたからだ。この任務が終わって、無事に生きて帰れて、自由になったら、その写真をアラスカの大滝に投げ捨てて来よう。親子の写真をポケットの中に仕舞い、祈るように目を瞑った。

 

 ──今回もどうか、生きて帰ってこれますように……。

 

 アラスカ上空に、数しれぬモビルスーツの大群が押し寄せた。

 蒼穹の向こう側から〝ディン〟や〝シグー〟が羽虫のように空中に群がり、青空を覆う。海中の潜水艦より〝グーン〟や〝ゾノ〟と云ったモビルスーツが泳ぎ出し、アラスカの陸地へと上陸を開始。宇宙からは無数の耐熱カプセルが降り注ぎ、卵が還るかの如く、カプセルの中から〝ジン〟などのモビルスーツが現出してゆく。

 アラスカは、あっという間にザフトのモビルスーツ侵攻部隊に包囲された。

 地球連合軍の本拠点でもあるアラスカ基地は、いつかのマスドライバー施設のように、ワンマン頼りの張りぼての防衛力とは程遠い堅牢な防衛線を張っていた。しかし、やはりナチュラルにモビルスーツを扱うことは叶わず、迎撃手段といえば旧来の高射砲や戦闘機でしかない。だがそれにしろ、守備隊の堅牢な配置・物量において、ザフトの侵攻はやや食い止められつつあった。

 アラスカは巨大な飛瀑の下にメインゲートをカモフラージュしており、その内部に街として開拓されたグランドホローが広がっている。

 大空洞の最奥部に連合軍の本当の拠点があることから、ザフト軍は、まずゲートを突破しなければならない。

 内部へ繋がる入口はメインゲートの他にも複数として構えられ、当然、各ゲートには強固な守備隊が配置されている。その守備隊に打ち勝ち、ゲートを突破することが、ザフトの勝利への第一歩となるのだ。

 空中を侵攻するモビルスーツ群。空戦部隊の先導を切るのは、カーペンタリアから派遣された〝ディン〟部隊だが、その後続として〝グゥル〟に乗った〝バスター〟〝デュエル〟〝ディフェンド〟の姿があった。

 

「おれたちの任務内容を確認する。頭には入っているな?」

 

 イザークが声を上げ、通信先から〈当然〉と〈いいよ〉という声が返って来た。

 

「おれたちは各ゲートを制圧して回るよう指示を受けている。このまま散開し、各々(おのおの)が担当するゲートを防衛する守備隊を無力化する」

 

 イザークは四番ゲート、ディアッカは五番、そしてステラは六番ゲートというように、彼らはこの後、担当するゲートへ向かい、そこで交戦する一般兵達の支援を行う手筈になっている。守備隊を無力化し、ゲート内部への道を切り拓いた後は、量産機部隊をグランドホロー内へと送り出す役割である。

 したがって、彼らの行動が許された範囲は、あくまでもアラスカ基地の「外側」であり、内部で暴れ回るのは、〝バクゥ〟や〝ディン〟といった量産機部隊の仕事なのだ。

 それについて、ディアッカには思うところがあるようだ。

 

〈ゲートさえ確保しちまえば、内部の防衛力は手薄だからなぁ? 侵入して暴れまわんのは雑兵にも出来る──そういうことだろう?〉

 

 その指摘は正しい。

 イザークは同意して「そうだ」と短く答えた。

 

〈さんざん足つきを取り逃がしておいて、おれたちってまだ一応、エース扱いされてんのな?〉

「……うるさいわ! しばらく口を閉じていろ!」

 

 ディアッカからの軽率な冗談を一蹴して、イザークはさらに続けた。

 

「おれは四番ゲートを制圧する。ディアッカは右、五番ゲートだ」

 

 オーライッ、と軽快な返答が聴こえると、〝バスター〟は転進し、幾つかの僚機を連れ、北方へ離脱してゆく。 

 すぐさまイザークは〝ディフェンド〟へ通信した。

 

「オマエは左だ! 三番ゲートを任せるぞ!」

〈わかった〉

 

 答えながら、〝ディフェンド〟は〝グゥル〟を転進させる。

 ステラの後方に数機の〝ディン〟が後続し、彼女は小隊を率いる立場となって、三番ゲートへと向かって行った。

 

「────」

 

 飛び去って行く〝ディフェンド〟の後ろ姿を見送りながら、イザークはしかし、歯に物が挟まったような気分に駆られた。

 

(思えば、おれはいつだってあいつにきつく当たっていたな……)

 

 イザーク自身、以前彼女に殴られてから、すこしずつ考えを改めていた。

 ──ステラも、おれたちの仲間だ……。

 ステラの身に何かあれば、アスランに顔向けができなくなるのではないか? いいや、それ以前に、あいつに何かを云われるのはかなり面倒な気がした。

 そう思うと、イザークはぶっきらぼうに、一度は閉じたはずの〝ディフェンド〟への通信回線を開き直した。

 

「貴様に云い忘れていたことがある!」

 

 ステラは事務的に「なに」と答えた、抑揚のない声だった、また嫌味でも云われると思ったのだろう。

 イザークは声がひっくり返っていた。

 

「ふぇ、フェイズシフトも無限じゃないんだ!? 補給は怠るな! 残りのエネルギーには常に気を配れよ!」

〈……えっ?〉

 

 ステラは間の抜けた表情を浮かべた。

 まさか──と思うが、今のは、ステラへの忠告? もしかして、心配してくれているのだろうか?

 あんぐりとして通信回線に沈黙を流すと、たまらずにイザークの顔は真っ赤になった。

 

「べっ、別に貴様のために云っているのではないぞ!? 貴様に怪我でもさせて、後でアスランにとやかく云われるのが、おれには癪なだけだ!」

〈そ……そう、わかった〉

 

 その会話を期に、ステラとの通信は切れた。どうやら距離を開きすぎたようだ。

 〝ディフェンド〟に搭載されている光波防御帯(アリュミューレ・リュミエール)は、絶対的な防衛力と引き換えに莫大なエネルギーを消費する。

 連続で使用すれば、すぐにでもバッテリーが底を尽きる代物だ。

 バッテリーが切れ、フェイズシフトダウンを起こせば、それはつまり、彼女の身の危険へと直結する。装甲が薄くなれば、いくら鉄壁の〝ディフェンド〟といえど、かすかな砲火が致命傷になるからだ。

 

(おそらくアラスカ攻略は長期戦になる。補給を怠れば、勝てるものも勝てんだろうかんらな……)

 

 自身もまた、常にエネルギーには気を付けよう。

 イザークはそれを肝に銘じながら、〝ディフェンド〟を見送った。

 

「──だが、面白くないマト(、、)ばかりだな……?」

 

 イザークは〝デュエル〟を操りながら、眼下に構える戦車が、みるみる内に〝ザウート〟や〝バクゥ〟を相手に蹂躙されて行くのを見届けた。

 形勢は、ザフト軍による一方的なもので、まるで面白くなかった。

 戦争に面白さを求めるのも不謹慎な発想だが、これまで〝ストライク〟や〝アークエンジェル〟という強敵と対峙して来たイザークの目に、それはあまりにも無味乾燥な光景に映った。

 

「……杞憂だったか」

 

 相手がこのレベルでは、よもや、ステラが光波防御帯を使うような場面はないだろう。

 彼女の腕は、アスラン譲りだ。

 何も心配はない──そう思いつつ、イザークは四番ゲートへの加勢に向かった。

 

 

 

 

 

 ステラの向かった三番ゲートは、立て続けに聳え立つ岩盤の頂き──高所に構えられた場所に厳存していた。そこは機動力のない〝ザウート〟では攻略できず、陸戦力に長けた〝バクゥ〟ですら、ゲートまで昇るのに守備隊が邪魔をしている。最も有効なのは〝ディン〟部隊による空中からの襲撃だが、それもまた対空砲にせいで捗っていない様子だ。

 性能上、遠距離への攻撃手段に乏しい〝ディフェンド〟は、今回の出撃で脚部にミサイルポッドを装備していた。これは〝デュエル〟の追加装甲(アサルトシュラウド)と同系統の武装であり、ザフト軍が〝ジン〟等のモビルスーツに用いているものと同じものだ。

 ステラは制圧地点をもう一度確認すると、その周囲に展開する守備隊に向け、ビームライフルを応射し、ミサイルポッドを撃ち放つ。

 彼女が放ったほとんどの砲火が、正確に高射砲や戦車に着弾しては、見る見るうちに守備隊を壊滅させてゆく。

 あっという間に、地球軍の迎撃力が減衰して行った。

 

「こんな力で、戦争をしているのか……?」

 

 イザークがそうであったように、ステラもこのとき、妙に空疎な感覚に陥った。

 ──こんなにも一方的な戦いは、かえって卑怯だ……。

 ナチュラルとコーディネイターの間に能力差がありすぎるのだろう。形勢が傾き過ぎて、まるでザフトが一方的な「弱い者いじめ」をしているようにも見える。

 ステラは疑念に思った。

 

 ──やっぱり地球軍は……〝デストロイ〟がなかったら──。

 

 結局のところ、ナチュラルはあのような狂気の産物(デストロイ)に頼らなければ、コーディネイターには対抗できないのだろうか?

 仮にそうであるならば、一方のモビルスーツパイロットも同様に──かつての自分のような──あらゆる調整を施した、強化人間の量産が不可欠となって来る。

 それが、力無き者達(ナチュラル)の必然──?

 渇望の先、ようやくの思いで辿り着いた果てに、その程度の発想にしか至らなかったのか? コーディネイターを生み出したほどのナチュラルの聡明さは、今やそこまで堕ちて行ってしまったのか?

 

「──これで終わり?」

 

 ステラの担当した三番ゲートは、あっという間に守備隊が壊滅し、ゲートがむき出しの状態になった。

 〝グゥル〟を空中に待機させ、三番ゲートへと着地を決める。視界の先には真っ直ぐに伸びた侵入口が拡がり、駐機中の戦闘機がいくつか確認できた。出撃を防ぐため、戦闘機を手当たり次第に蹴り飛ばし、再起不能にさせていく。ひと段落つくと、ゲート内部はすっかり静まり返り、無力化に成功した。

 

「なんだ、この程度なのか」

 

 後続部隊の侵入路を確保すれば、ステラの仕事はここまで(、、、、)である。

 みずからも奥に攻め込みたい気持ちを抑えて、すぐさま後続部隊へ侵入を促す。

 

「三番ゲート確保……いいよ」

〈突入する、支援ありがとう!〉

 

 〝ディン〟からの通信が聴こえ、翼を広げた機体達が、ステラの横を通って内部へと突入して行く。 

 彼女はその後ろ姿を、グランドホローへと突入していく部隊の背中を見送った。

 ステラは一息ついて、機体を翻した。そのまま〝グゥル〟に飛び乗り、次なる目標地点──難航している七番ゲートへの支援に向かおうと一気に上昇した。

 

「……なに?」

 

 大空へ舞い上がった〝ディフェンド〟は、それよりも上空を見上げた。

 何かが、大気圏上から一陣の光となって、このアラスカに降りて来ていたのだ。

 ──流れ星?

 いや、違う……それは、見慣れないモビルスーツだった。

 背部に大型のフライトユニットらしきリフターを背負い、全身は真紅色に彩られている。通常のモビルスーツをはるかに凌いだ機動性を持ち、単機で大気圏を突入するだけの性能を持っている。最新鋭機? どこか〝イージス〟にも似た印象を受けるのは、外観上、攻撃的に見えるからか。

 上空から降下してくるそのモビルスーツは、打ち合わせたように、滑空した先でザフト軍の空戦部隊と合流を果たした。そのまま北方の方角──八番ゲート──へと侵攻し、〝スピッドブレイク〟に助力し始めた。

 怪訝に思いながらも、ステラは頭を切り換えて、そのまま指示された七番ゲートの攻略へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 アラスカ近海を航行する、潜水艦の一隻にて──

 潜水艦内部という場所柄、少々手狭ではあるが、すっきりとした平穏に包まれた室内。

 そこに、ウィリアム・サザーランドほか、多くの地球軍将校の姿があった。本来ならばザフトによる奇襲に驚き、慌てて本部にて対策を練っているであろう顔ぶれである。

 彼らはテーブルの上に何かの起動装置であろうアタッシュケースと────そして、大型のモニターを構えていた。

 

「第三ゲートが突破されたようです、内部への侵攻が始まりましたよ」

 

 あらかじめわかっていた段取りを語るように、ひとりの将校が淡々とサザーランドへ告げる。

 

「他のゲートも、時間の問題かと」

「もうすこし粘るかと思ったが。ユーラシアの連中も、弛んでいるな」

 

 この作戦において、アラスカ内部で戦闘しているのはユーラシアの部隊と、そして、彼らの都合によって配属を決められた〝アークエンジェル〟のような一部の大西洋連邦の軍艦だけだった。

 他の多くは、今の彼らのように──とっくのとうに〝JOSH-A〟を離れていた。

 そのとき部屋のドアが開き、サザーランドはそちらへと顔を向ける。

 視線の先に立っていたのは、フレイ・アルスターだった。彼女は怪訝そうにサザーランドへ詰め寄る。

 

「どういうこと? どうしてアラスカから離れているの、わたしたちは……?」

 

 純粋な質問に、あたりの将校たちは人の悪い笑みを浮かべた。彼らは事情を知っているのだろう──何も知らない無知な者を侮るような空気が場に流れ、フレイは咄嗟に不愉快になった。

 サザーランドはフレイを見上げ、淡々と告げた。

 

「作戦ですよ」

「作戦?」

「我々はザフトがアラスカへ攻め込んで来ることを、前もって知っていたのです」

 

 その言葉に、フレイは一驚する。

 それはつまり、ザフト軍の方から、何者かの手によって情報がリークしていたということである。

 

「ザフトは戦力の大半を、この〝JOSH-A〟へと遣わせて来る。──これを、一網打尽にするための策です」

「どういうこと? だったら、どうして〝アークエンジェル〟をあそこに置いてきたの……!?」

 

 上官であるこの者達だけが潜水艦で逃げて、彼らだけは置き去りにされるように戦っている……?

 そんな愚挙が、許されていいのだろうか……?

 フレイの糾弾は、しかし、あっさりと跳ねのけられる。

 

「『噂の不沈艦(アークエンジェル)』が盾となってメインゲートを守っているのです、その奥にある宝物への期待は高まるでしょう」

「我々はザフト軍を基地へ誘い込み、アラスカをそれごと爆破するのが目的ですよ。──この……〝サイクロプス〟を用いてね」

 

 明かされたのは、冷たい、それでいて狂った計画。

 フレイは驚きの言葉を放つことも忘れて、その場に絶句した。

 

「アラスカ基地は既にもぬけの殻です。あそこに残されたのは、我々が不要と判断した者達だけ」

 

 ──不要?

 人間を人間とも思わぬその表現に、フレイは唖然とする。ならば、この潜水艇に乗って退避している者達は、彼らにとって「必要」と判断された者達になるのだろう。

 そう、司令部は〝アークエンジェル〟の乗員の中でも、ムウ・ラ・フラガ、ナタル・バジルール、そしてフレイ・アルスターと云った、様々な局面において使い道のある人間(、、、、、、、、)だけを「転属」と(かこつ)けて「避難」させていたのだ。

 無差別破壊兵器たる──〝サイクロプス〟の魔の手が及ばぬ世界へと……。

 

「同時に──デモンストレーション(、、、、、、、、、、)を行います」

 

 フレイには知らぬ言葉が放たれ、「ご覧ください」とサザーランドが室内のモニターに電源を入れた。

 スクリーンには、アラスカの大飛瀑が映し出された。

 戦闘中の光景だった。

 無数の砲火が飛び交う中に、浮遊する〝アークエンジェル〟の姿もある。友軍艦〝オレーグ〟〝ロロ〟〝リューリク〟というユーラシアの艦船が多く奮戦する中で、白亜の宇宙艦もまた懸命に生き延びているように見える。

 

「〝アークエンジェル〟……!」

 

 空中に展開する数多のモビルスーツを相手に、機動兵器も持たない戦艦が野晒しにされている。

 あまりに絶望的な状況だ。

 フレイは思わず声を上げたが、サザーランドはひどく冷ややかに言葉を発した。

 

「今から投入するものは、我々が極秘裏に開発していたものの試作品でしてね」

 

 サザーランドが、デスクの上に構えられたアタッシュケースのボタンを押した。

 それが何のスイッチだったのかはフレイには分からなかったが、それにより、スクリーンに映る光景に変化が起きた。

 

 その瞬間、巨大な飛瀑が────割れた(・・・)

 

 流水の奔流が、切り裂かれたようにまっぷたつに分断されてゆく。その内部より、何か得体のしれない巨大な物体が現れた。

 不吉に黒光りに、巨大すぎて全貌を窺うのも困難な長方形────これは機動要塞、だろうか?

 

「なっ、に」

 

 フレイは唖然として、〝アークエンジェル〟の後方に現れた、その機動要塞を見届けた。

 そいつはたちまちに変形し、重々しくも滑らかに人型の姿へと変貌を遂げた。

 角のようなVアンテナが頭部に伸びた、滅紫色(けしむらさき)の巨人──全長はゆうに四十メートルを超え、天を突くかのような勢いでメインゲート入り口に屹立している。見方によっては、進入路をその巨体で塞いでいるようにも見えた。

 通常のモビルスーツのサイズを大きく超越し、戦艦である〝アークエンジェル〟の全長──その半分にも及ぶ質量を誇っている。モビルスーツですら巨人に見えるフレイからすれば、おおよそ想像も付かないような大きさだった。

 破壊の巨人そのものを顕現させたかのような機体だ──サザーランドは誇ったように語った。

 

「GFAS-YF01〝エクソリア〟──大西洋連邦(われわれ)が独自の研究で開発させた、モビルフォートレスの一機です」 

 

 それは、大西洋連邦が開発した、最新鋭の機動兵器だった。

 フレイは釈然としなかった。

 

「最新鋭機をどうして、これから爆破するっていうアラスカに配備しているの?」

 

 当然の疑念を問いてみたが、サザーランドは鼻白んで答えた。

 

「あれはしょせん試作機ですよ、まだまだ改善の余地がある。……〝アレ〟の性能がザフトを相手に実戦でどこまで通用するのか(、、、、、、、、、、)、もしくは、何をどう改善して(、、、、、、、、)行かねばならぬのか(、、、、、、、、、)────今回、我々はここで観察(モニタリング)せねばなりません」

 

 一回の実戦で採取できるデータとは、連日として続ける試験のデータよりも、はるかに価値があるものである。

 彼らは〝エクソリア〟を、あえて試作機のまま実戦に投入することで、実地運用における──訓練では思いつかない──欠点を発見しようとしているのだ。

 出撃した機体はあくまでも試作機であり、使い捨ての駒。

 彼らはもっと実用的な本体を、他の場所に隠し持っているということになる。

 フレイは釈然とせずに質問を続けた。

 

「でも、パイロットは? 中身(にんげん)ごと使い捨てにするつもり!?」

「乗っているのは強化人間(ブーステッドマン)のひとりです」

「同じナチュラルでしょう!? 同胞を切り捨てるなんて……!」

「彼はもともと死刑囚です。見殺しにしても感謝こそされ、恨み嘆く者はいやしません」

 

 彼もまた、この作戦の内容を知っていますしね。

 付け足したサザーランドは淡々と語り、画面に映るモニターを見遣りながら、通信機をオンにした。

 

 

 

 

 

 

 GFAS-YF01〝エクソリア〟とは、通常のモビルスーツの全長の三倍、重量にして四倍の質量を誇る巨大なモビルアーマーである。

 ビクトリア上空より突如として降って来た『黒鉄の巨人』──そのデータを基に、大西洋連邦が独自に開発した機動兵器。

 〝デストロイ〟の半身とも云える円盤型の部分はビクトリア基地に配備されたが、もう半身である人型の部分は、既にステラ達がビクトリアを制圧した時点で、大西洋連邦に持ち出されていた。

 地球軍はそれを解析し、独自の研究において〝デストロイ〟の後継機である〝エクソリア〟を完成させた。

 今回、出撃したのは試作型の〝それ〟である。

 パイロットは、強化人間としての改造を施された成人の男性──名をジェイク・リーパーという。大量殺人の罪で死刑宣告を言い渡されていた、異常人格者である。

 

〈聞こえているかね、ジェイク・リーパー〉

 

 サザーランドが通信越しに、〝エクソリア〟のコクピッド内に座すジェイクへと話しかけた。

 

〈気分はどうだ?〉

「ああ……最高だぜ……薬のせいか、興奮が止まらねェ……!」 

 

 生体CPU用のパイロットスーツに身を包んだジェイクは、かなりえげつない声を出しながら、高揚気味に嗤う。

 その笑い方は常軌を逸していて、薬に精神を蝕まれたのか、まるで健全ではなかった。

 

「感謝してるぜェ、サザーランド大佐よぉ……!」

 

 通信越しのフレイは、彼が何を云っているのか分からなかった。

 サザーランドは捕捉するように彼女に説く。

 

「彼はもともとも死刑囚で、死を待つだけの身柄だった。しかし、命は大切にするものでしてね? どうせ死ぬのであれば『命の最期までコーディネイターを殺し暴れ回ってみないか?』──そう提案したのですよ」

 

 コーディネイターであれば、どれだけ殺して貰っても困りませんからね。

 付け足された言葉に、フレイは唖然とする。

 尤もらしく聞こえるが、矛盾している。その提案のどこが、命を大切にしているというのだろう?

 

「云えば、彼は強化人間(ブーステッドマン)となることをあっさり承諾してくれた。みずからが〝サイクロプス〟の餌食になることを知ったうえで、彼は今、あそこにいる」

 

 持ち掛けたのは、悪魔の契約。

 

「我々は〝エクソリア〟のデータを採取できる。彼は合理的に人が殺せる。──利害の一致した、揺るがない関係ですよ」

〈こんな機会が巡って来るなんて思わなかったぜ! 目の前に浮かんだ連中(モビルスーツども)、全員ぶっ殺してもいいんだよなァ!?〉

 

 ジェイクは、殺人快楽主義者だった。モビルスーツの装甲越しとはいえ、こんなにも多くの人間を殺す機会は滅多にないだろう。

 彼にとって、戦争はいいものだ。

 サザーランドは嫌に笑った。

 

〈ああ……構わないさ。思う存分、暴れてくれていい〉

「そうだよなぁ! ここにいる奴等、みんな平等にすぐに死ぬんだもんなぁ!?」

 

 もはやジェイクには、敵と味方を識別する必要はなかった。

 目の前にいるザフト軍はもちろん──彼と同じ場所にいる地球連合軍でされ、みずからが〝サイクロプス〟の生贄になることも知らずに戦い続ける、残念な者達でしかない。もはや、明日が約束されていない者達なのだ。

 当然、アラスカ基地に残っている以上、ジェイク自身も『時』が来れば〝サイクロプス〟に巻き込まれることになるだろう。

 しかし、もとより死刑宣告を受け、死を待つだけだった身の彼にとっては、そんなものは問題ではないのだ。むしろ彼は、この時間を愉しんでいる。孤独に死刑で逝くよりも、最期の最期まで多くの人間を殺して回れる機会を恵んでもらったことに感謝していた。要するに彼は変態だった。

 

〈さあ、キミの戦いを見せてくれ、ジェイク! ──〝エクソリア〟の力で、コーディネイター共を追放しろッ!〉

「オラァァッ!!」

 

 その瞬間──〝エクソリア〟の顔面、口の部分から巨大な熱光線が放たれた。

 悪魔の吐息だ。噴かされた砲撃は圧倒的な質量と熱量をもって空間を大きく薙ぎ払い、上空に展開する〝ディン〟や〝ジン〟などのモビルスーツを一掃してゆく。

 青空に爆発の華が無数に咲き誇り、ジェイクは満悦に、さらに快感を募らせた。

 

「はっは!」

 

 殺虫剤をかけられた羽虫のように、モビルスーツが次々と被弾しては、海に墜落してゆく。

 その中に人間がいる──自分が、彼らを一斉に屠っている。人殺しに慣れたジェイクの異常人格は、その快感に刺激されるばかりだった。

 胸部より〝スーパースキュラ〟を放ち、各部位からも巨大な砲門を開き、数多のビーム兵器を放出する。

 アラスカ基地は、たった一機のモビルアーマーの登場によって地獄絵図と化した。

 

 

 

 

 

 

 三番ゲートから七番ゲートを制圧しにかかったステラは、程なくして、淡々と作業をこなすように七番ゲートの制圧を完了させた。ザフト軍は圧倒的な物量で、完全にアラスカを制圧して回っている──残りのエネルギーを確認すれば、まだ半分以上も残っている……やはり、敵が弱すぎて話にならない。

 ──次はどこへ行こう……?

 サブゲートのほとんどは制圧されたようである。〝デュエル〟や〝バスター〟もしっかりと働いているようだ。

 先ほど見た、真紅の機体が気に掛かったステラであったが、ザフト軍から流された情報を共有すると、メインゲートがいまだに制圧できていないようだった。──なにか、障害があるのだろうか?

 

 ゴウンッ

 

 その瞬間、遠方で轟音が鳴り響いたように────聴こえた(、、、、)

 不吉な感覚が、全身を駆け巡る。

 戦闘の最中、わずかな音が判然と聞こえるなどあり得ない。しかしステラには、その音が明瞭に響いた。

 

「なに……?」

 

 鳥肌が立つ。悪寒が背筋をなじるように駆け抜ける。

 音が聞こえたのは、メインゲートの方角だ。

 

 ──何か(、、)いる(、、)……!?

 

 メインゲートの方角で、鳴り響くのは爆発音だった。

 やけに大きい? ちがう、たくさん──?

 音が轟然と続くのは南方の方角──メインゲートのある方面からだ。

 サブゲートの多くが制圧できた現状、メインゲートの制圧に固執する必然もなかったが、なにか不穏なものを感じたステラは、性急に〝ディフェンド〟を転進させた。

 

 そして、訪れた湾上の光景に────目を見張った。

 

 湾の入り口にはザフトの潜水母艦が列を作り、海上封鎖ラインを形成している。

 それらが一斉にミサイルを放つ先、見たこともない巨人──機動要塞──が立ちはだかっていた。その横には、懐かしい白亜の戦艦(アークエンジェル)の姿もある。

 放たれたミサイルは、すべて巨大な機動兵器へと向かったが、そのいずれも、虹色の光──陽電子リフレクタ──の展開によって無効と化す。反撃と云わんばかりに、巨人からは凄まじい砲撃が放たれ、一斉に潜水母艦を横薙ぎに穿つ。ザフトの編隊はあっという間に瓦解し、湾上には連綿と続く巨大な火炎の華が散った。

 

「なに、あれは──!」

 

 ステラは思わず、眉を顰めた。

 目の前に拡がったのは────今朝見た夢を彷彿とさせる光景だった。

 世界の中心に君臨する鋼鉄の巨人が、破壊の限りを尽くしている。周囲のものすべてを薙ぎ払い、焼き焦がし、滅ぼしてゆく──。

 応戦する〝ディン〟等のモビルスーツが、果敢にも〝エクソリア〟へ攻撃を仕掛けたが、あっという間に瞬殺されてゆく。

 彼女は無意識にスロットルに手を掛けていた。

 

「地球軍、またッ!」

 

 あの巨人──あのモビルスーツは──。

 〝アレ〟は、昔のステラ(わたし)だ────。

 ステラは沸き上がる後悔とたしかな忌々しさを憶えながら、急速に機体を降下させた。

 〝ディフェンド〟が────〝エクソリア〟の前に立ちはだかった。

 全長は、〝ディフェンド〟の三倍近くはあるだろうか? なんていう大きさだ──それに積み込まれた力も計り知れない……。

 

 ──よくも、こんなものを……!

 

 乗っているのは、かつての自分と同じような、強化人間……?

 確信が胸に立ちこめる。

 激しい嫌気が、ステラを襲った。

 

 

 

 

 

「──よろしいですか? こうですからね、ザフトの軍人さんのご挨拶は」

 

 ラクスはにこりと微笑みながら、唐突に白い手をぱっと上げて見せる。キラは託されたザフトの赤い制服に身を包んで、その動作を真似て見せる──地球軍の敬礼とは、微妙に手の角度やれが違うようだ。

 キラがラクスに連れられて案内された先は、軍事用の工廠だった。正規のものか、偽造して用意したものか、ラクスの進む先には複数のザフト兵達が待機しており、IDカードを照らし合わせ、彼女の道を淡々と切り開いてゆく。

 やがて最終的に、キラはだたっぴろい無機質な空間へと辿り着いた。ライトが落とされており、周囲の様子を判然と把握することは出来ないが、響く足音の反響によってそうと判断できる。暗くてよく分からないが、何か巨大な構造物が目の前にあるようだ。

 

「──?」

 

 そのとき急にライトが点灯し、キラは目の前に照らし出されたものに、ハッと息を呑んだ。

 四本のアンテナが突き出した、異教の神を思わせる巨大なモビルスーツ──。

 

「これは……!」

自由の翼(、、、、)──ZGMF-X10A〝フリーダム〟です」

 

 ラクスは目の前の機体を見上げ、キラへ視線を移すと、無邪気に微笑んで見せた。

 

「奪取した地球軍のモビルスーツの性能を統合して取り込み、ザラ新議長のもと開発されたザフトの最新鋭機──だ、そうですわ」

「これをぼくに、なぜ……?」

「今のあなたには、必要な力だと思いましたので」

 

 ラクスはどこか深い眼差しで、キラを真摯に見据えた。

 

「キラの願いに……行きたいと望む場所に、そして彼女(、、)を守るための力に、これは不要ですか?」

 

 彼女──その言葉を聞いて、キラは息を呑む。

 そうか──この少女は、キラの心情を既に察しているのだ。

 ラクスは、ステラがザフトとして戦っていることを知っている。そして、キラとステラとが交流をあったことも、捕虜として〝アークエンジェル〟に収容されたときに知っていた。

 

「守るための、力……」

「わたしも歌いますわ、平和の歌を……」

 

 キラは理解した、彼女もまた、歩み出すのだということを。

 そう──ザフトの最新鋭機、国の重要機密を他国の人間を売り渡すことなど、客観的には反逆に他ならない。キラにこの機体を預けた後、ラクスはおそらく〝プラント〟から追われる身となるだろう──しかし、彼女はその未来に怯む様子もなく、力強く続けている。

 

「ラクス・クラインは、平和の歌を歌います──あなたと、共に」

「……ありがとう」

 

 やがて、キラは託された機体のコクピッドに飛び行った。

 電源を入れ、コンソールに照らし出された機体データに、唖然とする。

 機体のエネルギーは、ほとんど無尽蔵と云ってもいい。

 スペックを即座に頭に入れてゆく。蒼い翼を持った機体は──頭部にMMI-GAU2ピクウス・72ミリ近接防機関砲、腰部側面に二対のMA-M01ラケルタ・ビームサーベルをマウントし、MM1-M15クスィフィアス・レール砲とレーダーサイトとしても運用可能なエネルギー収束砲、〝ディン〟のそれを思わせる翼の内部にM00バラエーナ・プラズマ収束ビームを内蔵し、手にはMA-M2ルプス・ビームライフルを握る。

 ラミネートアンチビームシールドには〝ディフェンド〟から採取した光波発生装置が備えられ、ビームシールドを展開することが出来るようになっている。盾の先端部には暗器として使用可能な〝タクティカルナイフ〟を忍ばせており、射出することも可能な上、展開したまま武装として揮うことも出来るようになっている。

 そのどれをとっても、出力は〝ストライク〟の四倍以上だ──。

 キラはとりわけ、盾に装備された光波発生装置に注目していた。

 そう、これはあの娘の……〝ディフェンド〟が得意としいた武装のひとつ。あらゆる射撃を無効化し、あまつさえ〝アルテミス〟の爆発からも彼女の守った、絶対的な守護の力──。

 

「守るための、力か……」

 

 たとえ、ニュートロンジャマーキャンセラーという矛盾の産物を搭載した機体でも。

 〝フリーダム〟の展開できる防御力は、バッテリーやビーム出力もろもろの点で見ても〝ディフェンド〟の四倍にはなるだろう。

 

「思いだけでも、力だけでも……!」

 

 そうして、工廠のゲートが開いてゆく。

 ラクス・クラインの手引き、そしてキラ・ヤマトの意志に呼応するかのように、宇宙への道が切り開かれていく。事態を知らぬ正規のザフト兵達は狼狽えた声を出すが、既に〝フリーダム〟に接続されたケーブルは次々と切断され、バーニアには火が灯って行く。

 エアロックが開き、星空が見えた────キラは同時に、意志を固めた。

 

「キラ・ヤマト────〝フリーダム(、、、、、)〟行きます!」

 

 地球へと飛び立って行く〝フリーダム〟──。

 白く輝く四肢を持つ。ボディはグレーとブルーのツートン、背部には蒼い十枚の翼を広げ、頭部には突き出した四本のVアンテナが見える。

 その機体は、あたかも、人類を次の時代へと導いてゆく〝天使〟のように見えた。

 

 すくなくとも、このときのキラはきっと、そう信じて疑わなかった。

 

 自由の翼──この機体は力だ。

 守るべきものを、守り抜くための力。

 

 悩ましい戦争の火によって、人々が誤った方向に進まないよう、時代を導いてゆく〝天使〟──。

 しかし──そう。

 この機体を〝悪魔〟と喚ぶ者がいることを────キラはまだ、このときは知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 




 〝フリーダム〟
 〝ジャスティス〟
 〝エクソリア〟
 それまでとは明らかにステージの違う機体たちが、一同にアラスカに集結しております。
 〝ディフェンド〟という機体で、ステラはどこまで戦い抜けるのか。

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