~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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『〝スピットブレイク〟』C

 

 

「艦長! なんなんですか、アレは!?」

 

 〝アークエンジェル〟操舵士のアーノルド・ノイマンが、目の前の現実を呪うような叫びをあげた。

 ──突如、滝の中から現れた巨大なモビルスーツ!

 ──あんなもの、見たことがない!

 不吉に黒光りした長大な機体。鈍重な印象を受けるその巨大モビルスーツは、挙動のひとつひとつが地響きに似た重みを宿し、見ているだけでも圧倒される。屈強な体躯には壊滅的な火力を有し、広大な戦場にいながら、それ単機で凄まじい存在感を放っていた。

 

「ほ、ほんとに、友軍機ですかっ!?」

 

 震えた声で、同じく艦橋の最前席に座すトールが嘆く。

 その疑念は尤もだ。例の巨大モビルスーツはアラスカ基地から発進し、今はアラスカのメインゲートを封鎖するように仁王立つ。それは確実に地球軍の機体であって、間違いなく〝アークエンジェル〟にとっては味方のはずだった。……はずだったのだが、そこから放たれる砲撃は、ほとんどが無茶苦茶だ。

 

「舵切ってなきゃ、とうにオレたちが撃墜(やら)れてますよ!」

 

 それは、ノイマンの実感だった。敵も味方も、まるで関係のないように暴れ回る大量破壊兵器──〝アレ〟のパイロットは、いったい何を考えている? いや、そもそもは本当に人間が操っているのか?

 

「これが、友軍に対する仕打ちですか!」

「わっ、わからないわ……! わからないのよ、私にも……っ!」

 

 答えるマリューもまた愕然としていた。

 戦況を見れば、たしかにザフトの勢いは削がれていた。今まで一方的、ほとんど一方的に侵攻を許していたことが嘘のように、たった一機の巨大兵器の投入により、戦場が硬直したのだ。

 

 ──これが、あのモビルスーツの力……!

 

 地球軍にようやく、反撃の瞬間がやって来た。

 それだけを聞けば、きっと喜ぶべき場面なのだろう。しかし、マリューにはこのとき、喜びの感情を素直に表現するほどの余裕はなかった。目の前に現れた大量殺戮兵器の登場を正直に歓喜できるほど、彼女の神経は図太くなかった。

 

(あの〝巨人〟はなんで、司令部はいったい何を考えているの……!)

 

 マリューの心が焦燥と不安に苛まれ、彼女は不意に──癖ではないはずだが──爪を噛んでいた。

 

「友軍機接近! 被弾している模様……こちらに向かって来ます!」

 

 ミリアリアが声をあげ、ハッとしてマリューが顔を上げる。友軍の戦闘機が一機、〝アークエンジェル〟に向けて突っ込んで来ていたのである。

 一同はぎょっとした。

 

「着艦するつもりか!?」

「整備班! どっかのバカが着艦しようとしているわ、退避!」

 

 戦闘機はそのまま〝アークエンジェル〟の開口部へと着艦した。程なくして艦橋のドアが開き、その奥から見覚えのある体格の人物が飛び込んで来る。

 異動を命じられたはずのムウ・ラ・フラガだ。マリューは振り向きざま、その姿を認め愕然とする。

 

「少佐!? 貴方いったい──転属は!?」

「そんなこたどうだっていい!」

 

 ムウは怒鳴りながら、本当にそう思った。

 そう、そんなことはどうでもいいのだ、この茶番劇の渦中においては。

 

「こいつぁとんだ作戦だぜ! 守備隊はいったい、どういう命令を受けてんだ!?」

 

 唖然とするマリューの表情を伺って、ムウは毒づく。──やはりこの人たちは、何も知らされていなかったのだ!

 

「──とにかく撤退だ、アラスカ基地は放棄される! あのデカブツから、一刻も早く離れるんだ!」

 

 マリューがそこから問い質せば、ムウから真実が告げられた。

 本部の地下に〝サイクロプス〟──巨大なマイクロ波発生装置──が準備され、ソレが発動すれば、アラスカは疎か、発信源地点から半径十キロが一瞬で溶鉱炉と化すこと。司令部はザフトの大半をアラスカへと誘き寄せ、攻め込んできた部隊もろとも〝サイクロプス〟で吹き飛ばす目算だったのだ。

 要するに〝アークエンジェル〟は、ザフトを誘き出すための擬餌(エサ)──

 ムウは忸怩たる思いで、マリューに訴えかけた。今、この戦場に守るべきものなど何ひとつとして存在しないこと。この戦闘の中で散る命、それらに対し責任を負うべき者達は、とうに司令部を離れ、ただ一心にすべてが片付く瞬間を待ち望んでいるだけなのだということを。

 

「今ここで戦ってんのは、ユーラシアの部隊と、お偉いさんの都合で切り捨てられた者達ばかりさ!」

「そんな……っ」

「ここに残った連中は、やっこさん達にとっちゃ生贄だ! どのみち全員焼け死ぬ算段だからこそ、あのデカブツは、それを割り切って暴れ回るだけなんだ!」

 

 機体の名は〝エクソリア〟──

 大西洋連邦が、極秘裏に開発していたモビルスーツ。

 ムウは〝サイクロプス〟に並び〝エクソリア〟のデータについて、基地内部にて詳細を知った。だからこそ、強引にでもこの艦に戻って来た、マリューたちに真実を知らせるために。

 

「それが今回の作戦だ! ここの将校からすりゃあ、前線の兵士は死ねと云われたら、云われた通りに死ななきゃいけない存在でしかないんだよ!」

 

 一同の表情が、絶望に彩られた。

 マリューはくっと堪えたように歯を食いしばり、やがて、既に折られた心の中から、なけなしの気力を総動員した。そのまま毅然と命じる。

 

「ザ、ザフト軍を誘い込むことが目的なら、本艦は既に、その任を完遂したものと判断します……!」

 

 誰にも文句は云わせない、文句を云った者から死ぬだけだ。

 マリューは矢継ぎ早に、キバったように言葉を続けた。

 

「撤退します! 後方の巨大モビルスーツを、以後〝エクソリア〟と呼称します! 機関全速! ただちに〝エクソリア〟から距離を取って!」

 

 ノイマンは意を決したように舵を取った。

 たしかに──ムウの報告に上がった〝エクソリア〟は、僚機と判断するには危険すぎるし、かと云って、敵と判断するには部が悪すぎる。

 何が云いたいのかというと、あれは喩えるなら、天災だ。存在自体が、嵐のような災厄だ。人間風情に抵抗する術はなく、じっと堪えて通り過ぎるのを待つか、すぐにでも離れなければならない。

 

 ──今の〝アークエンジェル〟に残された道は、ふたつにひとつだ。

 

 逃げなければ──やられる!

 状況はひどく絶望的だ。〝アークエンジェル〟後方には〝エクソリア〟が構え、前方にはザフト軍艦隊が展開している。

 

後方の嵐(エクソリア)から逃がれつつ、前方(ザフト)の包囲網を突破するなんて……!」

 

 弱音を吐いたカズイだが、しかし、やらねばならないのだ。

 たとえ生存が絶望的でも、諦めるわけには行かない。可能性を投げ捨てれば、待っているのは破滅だけなのだから──。

 

 

 

 

 アラスカ・メインゲートから、ザフトが誇る多くのモビルスーツ部隊が離れて行く。いや……正確には後退しているのだ、メインゲートに構える、未知なる巨大モビルスーツに畏を成すあまりに。

 蜘蛛の子を散らすように巨大モビルスーツから四散する機動部隊の中で、それでも、たった一機のモビルスーツだけが挑むように降下を開始し、アラスカ・メインゲート、ないし巨大モビルスーツへの接近を仕掛けた。

 GAT-X401〝ディフェンド〟である。

 パイロットであるステラ・ルーシェは気疎い感情を憶えながらメインゲートへ接近し、巨大モビルスーツの面相を眇めた。火が灯り、鈍く輝く紅眼、滅紫色に彩られた装甲──見憶えのある不吉さを漂わせるその巨大機動兵器を見かねた彼女は、たまらずに自問していた。

 

(カタチを変えて出て来たの……〝デストロイ〟──!?)

 

 名前など知らない──しかし、たしかに見憶えのある禍々しさ放つ巨大MSの目の前に立ちはだかった。距離が開いているため、その全長を正確に把握することは出来ないが、おおよそ〝ディフェンド〟の三倍ほどあるだろうか……?

 だが、不思議と驚きはない。彼女は既に、大西洋連邦が〝デストロイ〟の人型部分を持ち出していたことを知っていたから。この巨大モビルスーツは、きっと〝デストロイ〟の人型部分を解析して完成させたシロモノに違いない──つまり〝アレ〟は、一種の〝デストロイ〟の模造品だ。

 

「量産を、許しちゃった……!」

 

 小さく唸り、ステラはライフルと誘導ミサイルを〝エクソリア〟へ斉射する。だが、あらゆる砲火は敵機に届くよりも前に虹色の障壁によって遮られた。陽電子リフレクターだ。

 射撃は一切として通用しない? 確信するステラが無意識に格闘戦に移行しようとして、はっと我に帰る。

 

 ──〝イージス〟の刃は、あの障壁を破れなかった……!

 

 ビクトリアでの戦闘である。〝イージス〟が仕掛けたビームサーベルによる斬撃は、しかし、要塞の陽電子リフレクターを突破することが出来なかった。

 であるなら、それとスペックを同じくする〝ディフェンド〟の刃も、おそらく陽電子リフレクターに無効化されてしまうのではないか。

 方法は他にないか? 辺りにヒントを探すステラであったが、周囲に展開しているザフトの機種は〝ジン〟や〝ディン〟程度のものだ。強力なビームサーベルを搭載した機種など、それこそステラの乗る〝ディフェンド〟くらいのものである。

 

(何もできない……! あの機体は、今は無敵だ(・・・・)……!)

 

 攻略は不可能だ。いささか諦めが早いようにも思えるが、事実だったため、ステラは次の瞬間には多くの僚機に退くよう叫んでいた。

 ──〝こいつ〟がいる限り、メインゲートを落とすのは不可能だ! 

 しかし次の瞬間、メインゲートに聳え立つ〝エクソリア〟が口部から火を噴いていた。光の渦が真っ直ぐに〝ディフェンド〟へと伸びて来る──ステラは〝グゥル〟ごとバッと急上昇し、その砲撃をかわす。

 だが、空まで伸びた熱光線は、そのさらなる後方に構えたザフト軍モビルスーツを大量に丸呑みにした。

 ステラは慄然とした。全くもって必要のない、いや、必要以上の大量殺戮──これを、昔は自分が……!?

 

〈くそぉ!〉

 

 咲き誇る爆発の華──その中から、先の一撃に多くの仲間を撃たれたザフト兵らが、突き動かされたように〝エクソリア〟へと突撃を仕掛けた。

 一気に中空へ滑空し、量産機部隊は巨大モビルスーツへと立ち向かってゆく。

 

〈うわァ!?〉

 

 勝負は一瞬だった。

 〝ジン〟や〝ディン〟の放つ射撃攻撃は、すべて陽電子リフレクターに跳ね返され、彼らは敵機に傷ひとつ付けるどころか、まともに対峙することも叶わず、ビーム砲に切り裂かれて死んで逝った。

 その行為には何の意味もない、死人が増えただけだ!

 

「ヘンに抵抗とかするから!」

 

 〝エクソリア〟には敵わない。

 それを悟ったザフト軍は、傍らにある地球軍艦〝オレーグ〟〝ロロ〟〝リューリュク〟、そして〝アークエンジェル〟に向けて攻撃を仕掛け始めた。

 勝てない相手には戦いを挑まないというのか。一斉に目標を切り替えたように〝アークエンジェル〟を包囲し始めたのである。

 

〈ここで背を向ければ、次は足つきに撃たれるぞ! せめて奴等だけでも……!〉

 

 旗艦〝ハンニバル〟の艦長が、抗議の声を上げた。

 ──この空域にいる限り、あの巨躯(デカブツ)の射程範囲にいるということが分からないのか……!?

 訴えかけても、叫んでも、ザフト軍の侵攻は止まらなかった。これでは、この海域にいるザフト全軍が巨人にとっての「いいマト」ではないか。

 

「どうして……!」

 

 ステラはすかさず〝グゥル〟を中低空まで滑らせ、メイン・ゲートへ接近を試みる。〝エクソリア〟へと牽制射撃を仕掛け、禍々しい巨躯の注意を引く。彼女の放ったビーム射撃は、ことごとく陽電子リフレクターに阻まれた。が、その砲火は、みずからを囮にするだけの効果は十分に発揮した。

 〝エクソリア〟の頭部メインカメラが、一心に〝ディフェンド〟へと固定される。コクピッドの中、ステラの耳に警報音(アラート)が鳴り響く──照準(ロック)された!

 

「なんだァ、コイツぁ!? 〝エクソリア〟みてぇな黒いヤツ!」

 

 断続的にビームライフルを撃ち掛けられたジェイクは、目の前を飛び回る機体に向けて、強かに毒づいた。

 胸部〝スーパースキュラ〟を、羽虫のように周囲を飛び回る黒鉄の機体(ディフェンド)へと向け、放射する。しかし、そいつは凄まじいリアクションを見せ、ジェイクの放つ砲火をいちいち回避した。

 

「ミニチュア風情がァ!」

 

 鬱陶しさに駆られたジェイクが、〝エクソリア〟のすべての砲門を開いた。全身に備え付けられたビーム砲より多量の放射型ビームを射出し、範囲型の殲滅攻撃を仕掛けたのである。

 〝ディフェンド〟は、かい潜るようにこれを回避。放たれたビーム砲は無差別に拡散し、やがて〝アークエンジェル〟を包囲していた数隻のザフト艦を切り裂いた。

 マリューはそれを見逃さなかった。

 

「包囲網が切れたわ! 抜け穴(あそこ)から脱出を!」

「無茶です!」

 

 ノイマンは声を上げる。

 包囲網が切れたと云っても、たかだか数隻の潜水母艦が〝エクソリア〟に破壊されただけだ、敵陣に突っ込んで行くことに変わりはない。

 

「他に逃げ場がある!?」

 

 そう云われ、彼も得心する。

 そうだ。この空域に、初めから安全地帯など存在しないのだ──〝エクソリア〟が存在する限りは。

 

「〝ディフェンド〟、なおも〝エクソリア〟と交戦中!?」

 

 ミリアリアが叫び、チャンドラはその報告を咎めるように云った。

 

「敵機の報告なんかしてどうする!?」

「すみません! くせでした!」

「そうか! 次はするなよ!」

 

 チャンドラは親指を立てた。

 

「機関全速! ザフト艦隊の包囲網を突破します!」

 

 〝アークエンジェル〟はスラスターを全開にして、ガラ空きとなった海域へと前進し始めた。

 ステラは横目で、それを見遣り、すこしだけ安堵する。同時に自分ひとり、あの艦に置いて行かれたような────複雑な気分になる。

 

 ──行っちゃうの……?

 

 寂寞感に駆られながら、それでも意を決し、頭を振った。

 いや、これでいい。

 

 ──ここでステラが囮にならなきゃ、みんな殺される……!

 

 ステラは再びメインゲートに構える〝エクソリア〟を睨んだ。

 彼女の目は据わっていた。

 

 

 

 

 

 アラスカ・メインゲートにて起こる戦闘を、テレビゲームの感覚で愉しんでいたサザーランドら将校たちは、開発した〝エクソリア〟の力にひどく満足そうだ。

 劣勢をものともせず、単体にて戦況を覆してしまうほどの攻撃力。

 ザフトに強奪された〝ディフェンド〟が果敢に挑むが、その攻撃さえも一切として受け付けない防御力。

 双方を兼ね備えた、巨大なモビルスーツ。

 

 無双とは、まさに現状の〝エクソリア〟のために用いる言葉ではないだろうか?

 

 サザーランド達は、モニターに映る光景に酔っていた。

 もともと、彼らは〝エクソリア〟の欠点や弱点を発見するため、アラスカ・メインゲートでの戦闘の模様をモニタリングしていた。──にも関わらず、あまりに〝エクソリア〟が想像以上の働きを見せるもので、彼らは当初の目的を忘れているようにも見える。

 

 そう、彼らがスクリーンを眺める目的は、もはや『監視』ではなく『鑑賞』だ。

 

 まるで痛快な映画を観ているかのようだ。彼らがバケモノと罵るコーディネイターたちが、一斉に焼き払われて行く至高の物語(リベンジストーリー)

 彼らはこれを俯瞰しながら、堪能していた。

 

 ──もしかしたら……〝エクソリア〟に弱点なんてないのでは?

 

 これは映画を鑑賞していた、将校のひとりの頭を過ぎったことである。 

 そう──〝エクソリア〟は、これまで新鋭機として畏れられ、ザフトが利用して来たGATシリーズの一端である〝ディフェンド〟さえも、スクリーンの中で軽くあしらっているのだ。

 新鋭機(ディフェンド)すらも圧倒する、それだけの戦闘力を持った最新鋭機──それが〝エクソリア〟だ。

 そんな機体に、何が、誰が敵うという? 何を恐れる必要があるだろう?

 

「いやはや、素晴らしい機体ですな、〝エクソリア〟は……! あの機動兵器こそ、最強にして無敵のモビルスーツではありませんか!」

 

 将校のひとりが、勝ち誇ったように笑う。

 その鼻息は興奮に荒かった。

 スクリーンに映る傍若無人な戦果に、感嘆したように他の将校たちも言葉を続ける。

 

「我々の造った〝ディフェンド〟が手も足も出ていない……! この戦争、地球軍の勝利もいよいよ見え始めましたな!」

「ええ。試作機とはいえ、存外に凄まじいものですな、〝エクソリア〟の力は」

「具体的には、どこが試作段階だったのです?」

 

 完全無欠にも思える強さ。それがまだ試作段階だということに驚きを憶えた将校のひとりが、サザーランドに問うた。

 彼は冷静に答えた。

 

「OSをコントロールするために、パイロットへの負担が大き過ぎていましてね。いつでも替え(・・)の利く強化人間こそパイロットに適任なのですが、貴重なブーステッドマンをほいほいと交換できるほど、我々にはいま余裕がない」

 

 それは、使い捨てと割り切られたジェイク・リーパーにとっては、関係のない話であった。

 

「それに、武装の方がまだまだ単調でしてね。体躯の至るところにビーム砲を満載したというだけで、適応力に欠けています」

「なるほど……。たしかにそれでは、敵に接近されたとき、対処のしようがありませんな」

「何を云います、あの陽電子リフレクターが破られるものですか!」

 

 事実、映像の中の〝ディフェンド〟のビームサーベルは、出力不足にて陽電子リフレクターを破れずにいる。

 

「ご覧くださいな、〝ディフェンド〟ですら切り裂けない代物ですぞ? 接近されたところで、傷などつけられるはずもない」

「ああ……それもそうですな、はは」

 

 虫のいい余談ばかりをする中で、スクリーンの中に変化が起きた。

 サザーランドはもともと萎みがちな目をさらに細めて、スクリーンに目を遣る。すると映像の中、なにやら〝アークエンジェル〟が進路を変更し、転進し始めていた。

 

「〝アークエンジェル〟に動きが」

 

 不穏な声がひとつ上がると、一同が吸い込まれるようにスクリーンに向き直した。

 それまで愚かにも守備隊と共に奮戦していた〝アークエンジェル〟が突然、何かに気付いたようにアラスカからの離脱を図っていたのである。

 スクリーン上では、その挙動が筒抜けに伝わっていた。

 将校たちは物議を醸した。

 

「戦線を離脱するつもりか!?」

「よもや〝サイクロプス〟の存在を察知されたのではっ!」

「馬鹿な! どうやって!」

 

 映像の中の大天使は、明らかにメインゲートの防衛という与えられた任務を放棄していた。みずからの身を護るためだけに弾幕を張り、転進した後は、アラスカ基地から離れてゆくように全速力で離脱している。

 その光景を目の当たりにして、サザーランドは憤慨する。

 どういう経緯で彼らが〝サイクロプス〟の存在を知ったのかは分からない──が、そんなこと、もはや追及すべきことではない。〝アークエンジェル〟がアラスカから離脱することで、ザフト軍にまで〝サイクロプス〟存在が察知されるようなことになれば、この大掛かりな作戦自体が破綻する。なにより敵前逃亡など、一端の士官に許された行いではない。

 憤りながら、サザーランドは再び〝エクソリア〟への通信回線をオンにした。

 

「聞こえるか、ジェイク」

〈ああん!?〉

 

 ジェイクは、なかなか狙った獲物(ディフェンド)を仕留め切れず、立腹していた。

 

「敵前逃亡艦だ! 〝アークエンジェル〟がアラスカから離脱しようとしている! ──ヤツらを逃がすな、沈めてしまえ!」

 

 そう、この作戦はザフト軍戦力の大半をアラスカにおびき寄せることが目的なのだ。今ここで〝アークエンジェル〟を現場から離脱させるわけには行かない。

 云われたジェイクは、目を凝らしながら、遠方を見据えた。

 サザーランドの云う通りだった。白亜の『大天使』が、ザフト軍の包囲網をかい潜って戦場から離脱し始めている──オレに、背を向けている……!?

 

「ちっこいのに気を取られて、気が付かなかったぜ……!」

 

 鬱陶しそうに、ジェイクは〝ディフェンド〟を「ちっこいの」と表現した。

 

〈敵前逃亡は重罪だ、ヤツらに生きている価値はない〉

 

 サザーランドに云われるがまま、ジェイクは〝エクソリア〟の照準を〝アークエンジェル〟へと切り替えて見せた。

 背後を見せて飛ぶ宇宙艦は、ジェイクから見て、ひどく無防備に見えた……いいや、本当に無防備なのだ。

 ここからエネルギー収束砲をひとたび放てば、あっさりと撃沈させることは可能だろう。

 サザーランドは指示した。

 

〈裏切り者どもを粛清せよ! ──〝追放者(エクソリア)〟の名の許に!〉

 

 愛機の名を持ち出され、ジェイクはにやり、と悪しき笑みを浮かべた。

 

「おいおいおいおい、ダメだろォ逃げちゃあ! どうせ全員死ぬんだ、みんなで逝った方が愉快だろう!?」

 

 目に浮かべたのは、餓えた眼光。

 殺戮を望むジェイクの目は、背中を見せて航行する〝アークエンジェル〟をたしかに捉えた。

 

 

 

 

 

 一心に囮となっていた〝ディフェンド〟のコクピッドの中で、ステラは不意に声を漏らした。

 それまで頻りに鳴り響いていた警報音が、ある折を期に、ぴたりと止んだのである。

 

「なんだ……!?」

 

 〝エクソリア〟の照準が切り替わった──? ステラは疑心に駆られた。

 それまで彼女の思惑通り〝ディフェンド〟だけを執拗に狙い回していた〝エクソリア〟が、途端に彼女に見向きもせず、別の方角を見据え出したのである。

 ステラは目を細め、敵の巨大モビルスーツを見遣る。

 巨人の頭部──いや視線は、それに背を向けて離脱する〝アークエンジェル〟に(ひとえ)に向けられていた。

 

「──まさかッ」

 

 慌てて彼女は、巨大モビルスーツに向け、ビームライフルを連射した。

 巨体を包み込む〝シュナイドシュッツ〟に絶え間なくビームを浴びせかけ、ミサイルを撃ち込んでは──すべての射撃が無効果と知りながら──これをあえて弾けさせた。爆発の余波が敵機を襲い、もくもくと巻き上がる煙幕が、敵の視界を阻む。

 ただの嫌がらせだ。判っていても、ステラは〝エクソリア〟の注意を自分に向けさせようとしたのだ。

 しかし、ミサイルの爆発に見舞われた〝エクソリア〟は、それでも一筋に〝アークエンジェル〟を見据えていた。すべての射撃が無効果であるからこそ、彼女はもう、敵に相手にされなかったのである。

 

「だめっ」

 

 これ以上は、注意を引けない!

 ステラは即座に応射をやめ、機体を転進させた。

 

 

 

 

 

「ロ、ロックされた……!?」

 

 〝アークエンジェル〟の艦橋の中で、トノムラが恐怖にまみれた声を上げた。

 今や、遠く離れて小さくなった〝エクソリア〟が、胸部に構えた巨大な三つの砲門を、すべて〝アークエンジェル〟に向けていたのである。

 まさか、予想だにしなかっただろう──積極的に狙われて友軍機にロックされることなど。

 たしかに、今の〝アークエンジェル〟は防衛線戦を離脱し、敵前逃亡をしている状態にある。軍人としては銃殺刑も免れない、時効さえない違反行為。だからこそ、友軍に撃たれても文句は言えない立場にあった。

 しかし、よりにもよってこのタイミングで狙い撃たれるとは思ってもいなかった。

 

「ケツから撃たれる!? 無防備だ!」

「あれには有効射程距離なのか!?」

 

 友軍に撃たれて、死ぬ──?

 チャンドラとロメオがそれぞれに声を上げ、艦橋は恐怖に溢れかえった。

 

「そぉら墜ちろォ!!」

 

 〝エクソリア〟胸部砲口に、光の粒子が収束してゆく。

 一拍置いて臨界した光は、炎の矢となって空間に迸り、対消滅を起こしながら無防備な〝アークエンジェル〟へと真っ直ぐに伸びていく。後方から突き抜ける巨大光の奔流が、青空の下を大きく凪いで『大天使』を呑み込む! ──かと、思われた。

 次の瞬間、漆黒の機体が〝アークエンジェル〟と〝エクソリア〟の間に割って入った。

 球状の光波防御帯を展開した〝ディフェンド〟が、悪魔の吐息を受け止めたのである。凄まじい一射を小さな身体で受け止める機体に護られて、〝アークエンジェル〟の一同は唖然とした。

 

「〝ディフェンド〟!?」

「どうして!?」

 

 〝エクソリア〟からのビーム放射は、いまだ断続的に続いていた。

 途切れることのない圧倒的な光条を、〝ディフェンド〟は小さなその身体で懸命に受け止めていた。

 ──なぜ……!?

 マリューは息を呑むが、虹色の光を散らす〝ディフェンド〟は、受け止め続ける衝撃の重みに、いよいよ後方へと押し出され始めた。

 機体正面から敵の大出力砲撃を受け止め、〝アークエンジェル〟に背中から近づいてゆく〝ディフェンド〟は、さすがに最新鋭機の、その圧倒的な火力の前に苦しんでいるように見えた。

 いや、実際に〝ディフェンド〟の中で、ステラは唇を噛みしめ、明らかな出力の劣等に苦しんでいた。

 

「────!?」

 

 機体の出力が、おおよそ違い過ぎる(・・・・・)のだ。

 〝エクソリア〟の砲撃を受け止めた〝ディフェンド〟は、砲撃の熱量と質量に負けて、光の奔流に呑まれ、みるみる後方へと押し出されてゆく。

 ステラは歯噛みしながら、一瞬、なんでこんなことをしてしまったんだろう──? と、一瞬だけ後悔した。衝動的、ほとんど衝動的に〝アークエンジェル〟を庇ったのだが、よく考えたら今現在の〝アークエンジェル〟は立場上の敵軍ではないか。それどころか、その敵艦を庇った今、敵機の驚愕的な出力に押し負け、やられそうになっている自分がいる。

 ひどく間抜けなことをした気分だ。

 衝撃に揺れるコクピッド内が、一面として危険を知らせる鮮烈な赤色に染まっている。各機器からは悲鳴が上がるようにビリビリと漏電が巻き起こり、計器類は無茶苦茶な方向を指針している。

 さすがは最新鋭機(エクソリア)の力だ。いよいよ時勢上の旧式(かたおち)となった〝ディフェンド〟が単独で、抑えきれる性能ではなかったのかもしれない。

 ──いや。

 両機の間に、力や性能の差など、はじめから存在していないのかもしれない。

 

「その(ちから)が、〝デストロイ〟から生まれたって……!」

 

 彼女は退かなかった。

 

「だったら(ちから)を貸して、〝ディフェンド〟──!」

 

 鉄壁の守護者たる──乗機が秘めた「可能性」を、最後まで信じ続けた。

 ──性能の差なんて存在しない! だって元々〝ディフェンド〟も〝エクソリア〟も、「同じところ」から造り出されたモノなのだから!

 〝デストロイ〟が持つ破壊力を全面的に強調して造り出されたのが〝エクソリア〟であるのなら。

 〝デストロイ〟が持つ防御力を積極的に活用しているのが〝ディフェンド〟なのだ。

 祖先が同じであるからこそ、いまさら……

 

「性能差なんて、云わせないんだからぁ!」

 

 しゃにむに少女(ステラ)が叫び返した次の瞬間、虹色の光が拡散した。

 大爆発────

 世界が真白い閃きに呑み込まれ、衝撃の余波に爆風、そしてあたりの湾に大波が巻き起こる。ザフトの母艦は多く波に呑み込まれ、メインゲートも津波に呑み込まれた。

 

 〝ディフェンド〟の光波防御帯が、〝エクソリア〟の〝スーパースキュラ〟を跳ね返したのである。

 

 奇跡の立役者は、流石に飛行支援体(グゥル)ごと後方に弾き飛ばされ、複雑に旋回しながら上空に打ち飛ばされて行った。

 〝アークエンジェル〟は、護り抜かれたのだ。

 唖然とするクルー達は、いまだに自分達が生き残っていることに実感が湧いていないようだった。無理もない。惨劇としか言いようのない砲撃から生き延び、そして、守ってくれたのは本来ならば敵であるはずの〝ディフェンド〟だったのだ。

 

「ステラ……?」

 

 トールが、わずかに声を漏らした。

 え? と一同がその声に耳を疑う。

 

「もしかして、あれステラが乗ってるんじゃ……!?」

「な、何を云うのトール。だって、ステラは」

「おれ、前に〝スカイグラスパー〟で出たとき、たぶん、あの機体のおかげで命拾いしてるから……!」

 

 トールは云うが、実際に救われたわけではなく、表現通りに命拾いしていた。

 両者が正面から対峙したとき、どういうわけか〝ディフェンド〟はビームライフルを撃たなかった。撃たれていたら、きっと自分の技量では回避できなかっただろう。

 

「あの娘が、ザフトに……?」

 

 マリューは唖然とし、その可能性を思索したが、すぐに頭を切り替えた。

 今は、それどころではない。

 

「ぼ、ぼーっとしないで! 機関全速、引き続きメインゲートから距離を取って! すぐにでも〝エクソリア〟の射程から離れなければ、第二射が来るわ!」

 

 一番ぼーっとしていたのが自分であったことを自覚しながら、マリューは慌ててクルーたちに命じ直した。

 そうして各々に気を持ち直し始めるクルー達であったが、そのとき、ミリアリアだけは違った方向に行動を起こした。通信回線を開き、必死になって声を上げたのである。

 

「ステラ……! ステラなの!?」

 

 そう、彼女は以前使用していた〝ディフェンド〟への通信コードから、割り出すようにして〝ディフェンド〟への通信を試みたのである。

 それを訊いたマリューの表情に、動揺が走る。

 だが意外にも、誰もミリアリアの行動を咎めようとはしなかった。

 ミリアリアは応答があるまで、懸命に呼びかけ続けた。

 

(パイロットがステラなら、知らせなきゃ……!)

 

 知らせたいのは、真実だ。

 アラスカ基地には、もはやザフトが欲するものなど、何ひとつとして残されていない。それどころか、すぐにでも基地から離れなければ、みんな死んでしまう。

 せめても、ステラには真実を伝えなくてはならない。

 

 誰よりも『死』と云う言葉に過敏な反応を示す、あの少女にだけは──。

 ミリアリアは、義務感に駆られた。

 

 

 

 

 

 戦場に、しばしの静寂が訪れた。

 誰もが唖然として、その場に凍り付いていたのだ。

 巨大モビルスーツ〝エクソリア〟の放ったスーパースキュラは、翡翠色の防御膜に阻まれて消滅した。叩き付けられた凄まじい衝撃と爆風が、戦場一帯に吹き荒び、ザフト艦は転覆するまで吹き飛ばされ、メインゲートも巨大な津波に飲み込まれた。

 そんな津波がゲートから引いて行き、ジェイク・リーパーは愕然と口を開けていた。

 

 ──跳ね返された……!? オレの力が……あんなミニチュア如きに!?

 

 咀嚼する内、ジェイクはどうしようもない憤りを憶える。

 破壊を愉しむ彼にとって、守護者たる者は不要の存在であり、鬱陶しい存在でもある。

 宇宙艦〝アークエンジェル〟を撃墜させることに歓びを見出そうとしていた彼は、たった一機のモビルスーツにそれを阻まれ、どうしようもないほどに怒り狂った。

 

「ふざけんなよ……! なんなんだ、テメェはァ!?」

 

 理性を失った子どもの用に喚き散らしながら、獣のように吼える。

 ──あいつはいったい、なんなんだ!

 黒いミニチュア! どこか〝エクソリア〟と同じような外観をしたモビルスーツ!

 うろちょろと飛び回るだけでは飽きたらず、オレの快楽まで阻むのか!

 

「いくら盾が強かろうが! もう一度だァ!!」

 

 ジェイクは衝動的にトリガーに手を伸ばした。

 再びスーパースキュラの砲門を開き、数多の光を胸部砲門へと収束させた。

 〝エクソリア〟のバッテリーは、まるで無尽蔵だった。

 

 

 

 

 

〈……テラ……聞こえる…………ステラ……!?〉

 

 衝撃に弾き飛ばされた〝ディフェンド〟の中で、ステラは、通信越しにその声を聴いた。

 彼女は〝エクソリア〟の砲撃を跳ね返した瞬間、気を失ってしまうかと思えるほどの衝撃を受けていた。霞んだ意識の中で、その声が、彼女を現実に引き戻してくれた。

 

「……!」

 

 声を耳に入れ、ステラはパッと目を開き、頭を覚醒させ、慌てて機体制御を行った。旋回しながら墜落して行く〝ディフェンド〟と〝グゥル〟を立て直し、空中に踊り出す。

 それからも懸命な呼び掛けの声は続いていた。

 

 ──だれ……? 〝アークエンジェル〟からの通信……?

 

 それはひどく懐かしく、聞き覚えのある声のようだった。

 ステラの脳裏に、ミリアリア・ハウの姿が浮かぶのに、そう時間は掛からなかった。

 

「ミリ、アリア……」

 

 通信モニターに、馴染み深いひとつ年上の少女が映し出され、ステラは苦い顔をした。──やっぱり、彼女も〝アークエンジェル〟に乗ってたんだ……。

 みずからの兄がどうしようもない嘘つきであることを再確認させられたステラであったが、モニターの中のミリアリアは、思わず歓喜の声を上げていた──これまで少なくとも二度、〝ディフェンド〟に襲撃されたことすらも忘れて。

 

〈ステラ! やっぱりステラなのねっ!?〉

「あ……えと、その……」

 

 敵対していた経緯から、ミリアリアに恨まれているのではないかと不安になり、ステラは罰が悪そうに、歯切れ悪く答えた。

 一方のミリアリアは、そんなことは今はどうでもいいと云わんばかりに、懸命に声を荒げた。実際、そんなことをくよくよ説いている余裕など何処にもなかったのだが。

 

「守ってくれてありがとう! でも、よく聞いて……アラスカから、すぐに離れよう!」

〈えっ?〉

「本部の地下に〝サイクロプス〟が仕掛けてあるの! このままじゃ、みんな巻き込まれるの!」

 

 ステラには、ミリアリアが何を言っているのか分からなかった。

 ──〝さいくろぷす〟って……なに?

 幼子のように無邪気な表情で唖然とするステラの顔を見て、ミリアリアは通じてないことがすぐに理解できた。すぐに説明しようとした。

 

「〝サイクロプス〟っていうのは……!」

〈!? 待ってッ!〉

 

 言葉を遮って、ステラが明後日の方向に何かを気付いたように叫んだ。

 その声と、艦橋のチャンドラの報告が響いたのは同時だった。

 

「〝エクソリア〟から膨大な熱量を感知! 第二射、すぐに来ます!」

「ま、またッ!? やられる!?」

 

 相変わらず〝アークエンジェル〟はメインゲートに背を見せて航行するだけで、まともに回避運動など取れる状態にはなかった。いや、仮に回避行動に取ったとしても、〝エクソリア〟の火力を前には、まるで無意味だろう。

 報告どおり〝エクソリア〟は、再度、エネルギーを収束させていた。

 それを認めたマリュー達は一斉に青ざめたが、通信回線に、聞き慣れた少女の声が響いた。

 

〈逃げてッ! ステラがまもる!〉

 

 その声が響き、再び〝ディフェンド〟が〝アークエンジェル〟を庇うように、船体の背に着いた。大盾を正面に構え、再度、光波防御帯の展開姿勢を取っている。

 マリューはそれを見て、思わず通信先の少女の名を叫んだ。

 ステラからは意志の篭もった声が返って来た。

 

〈アイツはステラが運んだ(・・・)の! ステラには! アイツからみんなを守る責任がある!〉

 

 マリューにとっては聞きなれないほど、ステラがみずからの意思を表面する力強い声だ。しかし肝心の発言の意味が、このときのマリューには理解できなかった。

 

「無茶よ、やめなさい! いくら〝ディフェンド〟でも、連続であれの攻撃を受け止めるのは──!」

 

 しかし、ふたりの会話は続かなかった。

 〝エクソリア〟から、ふたたび〝スーパースキュラ〟が放たれたためだ。

 ハッとして息を呑み、ステラは再来する野太い光条を目の当たりにする。彼女はまたしても同じ行動を取り、もう一度、光波防御帯のスイッチに手を伸ばした。

 瞬時にビームシールドが出力され、翡翠色の防御帯が〝ディフェンド〟を覆い包むように展開された。そして、その帯は────すぐに消滅した。

 

「────えッ」

 

 慌てて再度防御帯を出力するも、光の膜は展開した後すぐに途切れ、ぷつりと音を立てて遮断されてしまう。

 ステラはすっかり蒼褪めて、原因を一瞬にして悟った。焦りにまみれた息を吐き、震撼しながらエネルギーゲージを見遣った。文字色は赤かった。

 

(そんなっ、どうして──ッ!)

 

 バッテリーの残量が、限界に達していたのである。

 先の一撃を凌いだ際に、大量に電力を消費してしまったのだろう。そうでなくともアラスカ第三、第七サブゲートを立て続けに陥落させた〝ディフェンド〟は、当初からエネルギーを減らした状態にあったのだ。

 そのような状態で光波防御帯を展開すれば、長期戦など見込めるはずもない。

 補給は怠るなよ──するりと過去から、イザークの忠告が蘇る。

 

 ──こんなことになるのなら、その言葉、もっと守っておけばよかった……!

 

 出力が足らず、光波防御帯は展開されぬまま──〝ディフェンド〟は大盾を翳したまま、野晒しの状態に据え置かれた。

 ほんのひと呼吸の内に〝エクソリア〟から放たれた光の奔流は、ステラの目前に迫っていた。──無防備な〝ディフェンド〟に直撃する!

 

「あッ」

 

 その瞬間、何もかも悟ったような気分だった。──これから、自分がどうなってしまうのか。

 回避も、防御も出来はしない。いまさら何をしたところで、間に合いっこない。

 光の奔流に飲み込まれ、そして後方の〝アークエンジェル〟さえも、まとめて……。

 

 ──やられる!?

 

 ステラの表情が恐怖に曳きつった。

 ここに辿り着くまでの道のりが、一瞬にして彼女の頭を通り過ぎた。

 はじめて、すべてを諦めたような気分になった。

 自分には、守りたいものを守り通す力などなかったのだ。

 ステラは、弱いんだ……。

 

 ──これで、終わりなの……。 

 

 破壊の光条がすべてを焼き尽くさんというその瞬間──何かが、ステラの前に矢のように飛び込んだ。

 自分達を溶かすはずだった収束砲は、目の前に舞い降りた何かによって遮られた。

 それは、盾を翳したモビルスーツだった。

 ステラたちに背を見せ、正面に構えたアンチビームシールドにて、一心にスーパースキュラを真っ向から受け止めている。

 

 ステラの視界を、蒼い翼が覆った。 

 

 白い四肢、ボディは黒と青のツートーン。

 背部には蒼い十枚の翼を広げた〝天使〟──そいつは下がるのではなくビームを撃ち放つ敵機に向かって突進した。スーパースキュラをもろともせず、鉄壁の〝ディフェンド〟ですら押し飛ばされた敵の砲火を、そいつはバターを潰すほど簡単に押し返してゆく。いったい、どんな力で……!?

 閃光が迸り、ふたたびスーパースキュラが跳ね返された。

 

「えっ──!?」

 

 無傷で滞空する未知のモビルスーツは、瞬きすら許されないほどの飛翔力で上空へと駆け上がった。そのまま急降下し、疾風のように〝エクソリア〟へと駆け抜けて行く。

 

「なんだ、てめェはァ────!?」

 

 当然、またも砲火を遮られた〝エクソリア〟から、狂ったようにビーム砲が乱射される。照準は一心に白いモビルスーツを付け狙い、嵐のような光渦がメインゲート周辺を覆った。

 だが、蒼い翼を広げた機体は重力や空気抵抗すら感じさせない、鮮烈な動作で〝エクソリア〟まで肉迫し、抜き打ちに両腰ラッチの光刃を引き抜いている。

 

「な、なにィッ!?」

 

 まさに疾風迅雷──

 鮮やか過ぎて、ジェイクの目には敵の軌跡を追うことも叶わなかった。ビーム砲を偏に乱射して見せたが、この乱雑な射撃は敵機が翳した盾の防御帯に受け止められ、簡単に無効化された。

 ひと呼吸置かぬ間に接近を許す──

 瞬きすら許せれない刹那の間、巨大な〝エクソリア〟のコクピットへとビーム・サーベルが突き立てられた。圧倒的な出力(パワー)をした光の剣は、巨躯を保護する〝シュナイドシュッツ〟をバターのように切り裂いたのだ。

 

「グアッ────」

 

 抜く手を見せた後、そいつはもう一本のビームサーベルを腰から引き抜き、追撃するように、容赦なくコクピッドへと押し込んだ。

 ジェイクは突如、自分の身体が凄まじい爆熱に包まれて行くのを感じた。彼はみずからの死に気付くこともできなかった。

 爆発──巨大な機体が胸から炎を上げながら、地響きを立てて膝から崩れ落ちる。

 頭部の方向から、まるで叫びのようにビームが吐き出され、吸い込まれるように蒼穹に果てて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 無敵であるように見受けられた地球軍の巨大モビルスーツであったが、その機体は突如として天空より舞い降りた一機のモビルスーツに誅殺(ちゅうさつ)された。

 それにより、アラスカ・メインゲートが陥落。

 切り札のように思われた〝巨人〟が滅んだことで、地球軍はザフトへと報いる一矢を折られたのである。

 そして〝巨人〟を破壊した〝蒼い翼〟のモビルスーツは、一気にバーニアを吹かせると、重力を感じないような浮遊感で上空へ飛翔し、やがて〝アークエンジェル〟の方を向き直る。そして、パイロットと共に愕然ととする〝ディフェンド〟の方へと視線を向けた。

 

「あ────ッ」

 

 その機体を認め、ステラはひっ、と喉をひきつらせる。

 蒼い翼、白い四肢、四本のVアンテナ──

 ──そして何より、たった一撃で〝巨人〟を屠る、その強さ……!

 ステラにとって目の前に現れたモビル・スーツは、彼女が見た夢を見事なまでに再現させてみせていた。誰もが叶わぬ破壊の巨人を、殺戮を繰り返す魔人を、意図も簡単に破滅させて──。

 

 ──殺シテヤル……!

 ──オマエナンカ、死ンデシマエ……!

 

 夢の中で。

 その言葉を、ステラに突きつけた張本人。

 血の気がさあと引いていく。

 そいつが圧倒的な力で〝ディフェンド〟を守り、そして〝エクソリア〟を殺した。

 恩義なんて感じなかった。

 こいつは、仕留め損ねたステラを追って、この時代に現れたのだ!

 

「あ……ああ……ッ!」

 

 巨人を光の剣で穿ったその様は、ステラにとって、嫌なほど見覚えがあった。

 そうだ──〝コイツ〟はステラを、今と同じように殺したんだ……!

 幼子がいやいやをするように、ステラはひとり、ふるふると首を振った。

 死の天使。

 無限の恐怖の象徴。

 

 自由の翼。

 ZGMF-X10A〝フリーダム〟──

 そいつは鷹揚と〝ディフェンド〟へ近づき、その手を優しく伸ばして来た。

 

 

「ひ…………っ!」 

 

 

 差し出された鋼鉄の手を見て、ステラは絶望する。

 その手が、みずからを地獄へ曳き連れんとする〝悪魔〟のそれに見えたから──

 

「ぃぃ、ぃいやああああああっ!!!!!」

 

 絶叫と云う名の、悲鳴が挙がる。

 〝フリーダム〟──! ステラにとって、死を告げる天使

 こいつが、来た。

 ステラを、殺しに来た!

 

「わたしに────っ」 

 

 コクピッドの中で、少女は叫んだ。

 

 

 

 

 

「近寄るなぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!」

 

 

 

 

 

 





 エクソリアの機体説明については、大まかな説明で終わります。
 ディフェンドの光波発生装置と同じように、体躯の至るところにビームの砲門が満載されているだけで、これといった特殊武装は持っていません。陽電子リフレクターを展開する以外にこれといった長所がないところから、サイコ・ガンダムと似たような性質を持っていると想定してもらっていいと思います。


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