~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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『〝スピットブレイク〟』D

 

 

 キラ・ヤマトの〝フリーダム〟は、天使のようにアラスカの大地へ舞い降りた。そこで彼は、まさに絶望の淵に置かれていた仲間達を目の当たりにする。

 ──見たこともない、大型のモビルスーツ!

 暴虐と破壊の限りを尽くす、圧倒的巨躯を持つ〝G〟タイプ。ソレがなりふり構わず吐き散らす砲火に〝アークエンジェル〟は襲われていた。やがて〝ディフェンド〟が──このときキラは、そのパイロットがステラであることを既に知っていたのだが──〝アークエンジェル〟を庇い、エネルギーダウンに陥っているのを認めた。

 

 ──やらせない! ステラと、〝アークエンジェル〟のみんなを守るんだ!

 

 キラは矢のように〝スーパースキュラ〟の射線へ割り込むと、地球軍機から放たれた凄絶なビーム砲をシールドで受け止めた。そのとき〝フリーダム〟のシールド表面に展開されたのは、〝ディフェンド〟の光波防御帯にも匹敵する防御性能を有する光のアンチ・ビームシールドだった。出力の調整次第で防御面を自在に変化させることができ、それは実際に〝スーパースキュラ〟を跳ね返すほどの堅牢を発揮する。もとより〝フリーダム〟の総合スペックは〝ディフェンド〟と比べ四倍以上あるのだから、それも道理な話であろう。

 しかし、そのような事実を知らないのが、大型の地球軍機である。己の一射を弾き返されたことに怒り、そいつはさらなる破壊衝動に突き動かされたように暴走を続けた。パイロットは殺したくない──が、キラとしては、これ以上大切なものを奪われるわけにはいかない。彼はすぐに〝フリーダム〟を駆り、その巨大モビルスーツのコクピッドを光刃で貫いた。

 

「──こちらキラ・ヤマト! 援護します、今のうちに退艦を!」

 

 滅紫色の〝巨人〟を誅殺したキラは、すかさずマリューたちへの通信回線を開く。

 マリュー達は、既に亡き者と思われたキラの介入に目を疑い、その生還を手放しで歓喜する。そうしてキラは、改めてゆっくりと振り返り、同じように彼が護り抜いた〝ディフェンド〟に目を遣った。

 

 ──ステラ! よく頑張ってくれた!

 

 まるで、世話焼きの兄貴分になったような心持ちであった。

 ステラは〝ディフェンド〟の力で〝アークエンジェル〟を守ってくれていた。〝フリーダム〟ですら間に合わなかった窮地に、トールやミリアリア、みんなのことを捨て身になって護り抜いてくれたのだ。

 キラは機体を滑らせるように〝ディフェンド〟に寄らせてゆく。

 

 ──戦争を止める。無駄な殺生を、もう繰り返させたりはしない……!

 

 そんな願いの許に飛び立ったキラ・ヤマト。

 そんな彼が目指していた理想を、彼女は既に、この地で行っていた。

 であるならば、ステラと自分達は、きっと、これからも分かり合っていける。

 

(だから今度は、ぼく達と一緒に行こう!)

 

 柔和で温厚な面持ち。少女のことを労うような──

 そうしてキラは〝ディフェンド〟へと手を差し伸べた。……そしてその手は、激しい憎悪をもって拒絶された。

 

 

 

 

 

 最初は何が起きたのか分からなかった。キラが驚きに目を開くと同時に、突如として〝ディフェンド〟が前腕部に纏わせたビームウェイブ躊躇もなく振り抜いてきたのである。

 ──それは、キラの登場を拒絶したかようで。

 ──それは、まるで〝フリーダム〟を追い払う動作のようで。

 冗談では済まされない明確な敵意、どういうわけか害意の籠った一撃を、紙一重でキラはよけていた。だが間を置かず、彼の機体は〝ディフェンド〟の頭突き(ヘッドバッド)を受け、手の届かない距離まで弾き返されていた。

 

「ステラ!?」

 

 このときのキラには、反撃なんて言葉が思いつくはずもない。距離が開いたその瞬間より〝ディフェンド〟はビームライフルを撃ち放ってきた。しゃにむに放たれる光条を、焦りながらも冷静に捌いてゆくキラであるが、その頭には懐疑心が沸くばかりである。

 

「やめろ! やめてくれ! 僕は敵じゃない、ステラ──!」

 

 通信回線を開き、キラは〝ディフェンド〟への接触を試みた。

 やがて回線がつながり、モニターに馴染み深い少女の姿が映し出される。いま自分が着用しているものと同じ──多くの曲線で造られたザフトのパイロット・スーツ。その赤色のバイザーの奥に、見紛うはずもない柔らかな金髪。

 それは、確かにステラ・ルーシェであり、キラにとっては親友の少女であった。

 しかし────

 

 

 

 

 

 

「いやぁ! だめっ! あっち行けっ────わたしに近寄るなぁぁぁぁッ!」

 

 ほとんど感情……いや恐怖に身を任せるように絶叫しているステラは、狂乱していた。

 まるで、害虫にでも取りつかれたようないやいやをして、悪霊でも追い払うかのように身体を暴れさせている。

 その中で弾幕を張り、ビームライフルを目標に向けて撃ち放ち、放たれた光条が確実に〝フリーダム〟を追う。

 

 ──悪魔……ッ! オマエは、悪魔だッ!!

 

 ステラの中で、忘れるはずもない恐怖感覚が蘇る。

 突如として、自分の前に舞い降りた〝蒼き翼〟──

 ──〝フリーダム〟を操っているのは、間違いなくアイツ(・・・)だった!

 ステラからすれば、名前も知らない凄腕のパイロット。所属も、性別も、年齢も……ひいては目的でさえ、ステラはそいつの何もかもを知らない。知っているのは、そいつは多くの戦場を攪乱して回り、圧倒的超然とした強さを示威したということ。文字通り「一騎当千」の力を以てネオを殺し、あのシンでさえもを軽くあしらってしまった。

 ──ステラ自身、何度ヤツに苦しめられて来たことだろう!?

 ステラには確信があった。──この〝フリーダム〟を操っているのは、ベルリンに舞い降りたアイツ(・・・)と同じ人間だという。

 そう。アイツ(・・・)でなければ、いったい誰が〝エクソリア〟を破壊できたというだろう!

 巨大モビルスーツが放つ光渦をかい潜り、疾風のように空を駆け、一瞬のうちにこれを圧倒し、殺してしまった……!

 

 ──あのとき(・・・・)と、同じみたいに……!

 

 どうして、ヤツがここにいる? ステラを殺すためにやって来たのか──?

 仕留め損ねた獲物を殺すため、時間を越えて現れたとでもいうのか? まるで未来の断絶者(ターミネイター)だ、自由を掲げた十枚のその蒼翼は、いったい何のために存在しているというんだ!

 

「だめ、だめなのっ! みんな殺されるっ! おまえ、おまえに────!」

 

 錯乱するステラであったが、そのとき〝フリーダム〟から通信が繋がって来た。

 ステラはハッと顔を上げ、そこに映し出された少年の姿を確認する。

 ザフトのパイロット・スーツを着ている少年だ。なにかを必死にステラへと呼びかけていて、その声は「ぼくは敵じゃない」だとか「ぼくが分からないのか」などと悲痛そうに叫んでいて、どのような弁明も、冷静な判断力を失い、激するステラの耳には届かなかった。

 なぜならステラの心は、既に恐怖に瓦解していた。無限の恐怖の象徴によって、跡形もなく踏みにじられていたのだ。

 

〈ステラ、ぼくが……! ぼくが分からないのか……!?〉

「──しらない……ッ!」

 

 ステラの顔が、無限の恐怖──と、底知れぬ憎悪に歪む。

 憎悪の籠った視線に射貫かれ、キラは頭を鈍器で横殴りされたような衝撃を受けた。

 

「アンタなんか知らないぃっ!」

 

 そう──少なくとも、ステラは「〝フリーダム〟のパイロット」なんて、知らない。知っていることなど、何もない。

 ただ分かっているのは、そいつは未来にステラを殺すこと。ステラから、大切なものをたくさん奪って行ったということ。

 だから、知らないのだ……。

 

 ──〝フリーダム(・・・・・)に乗っている(・・・・・・)、オマエのことなんてッ!!

 

 しかし不思議なことに、そのときステラの脳裏には、たしかにひとりの少年の顔が浮かんでいた。幼い頃はよく自分と一緒に遊んでくれた、アスランのお友達。柔和で、繊細そうな面持ちで、屈託なく笑う顔が印象的な茶髪の少年。

 ──キラ・ヤマト……?

 しかし次の瞬間には、その記憶でさえ、無価値で無意味なものになってゆく。

 恐怖と絶望が、ステラのすべてを支配したのだ。彼女の脳内で、その少年との思い出は、ドス黒い墨汁のようなものでぐちゃぐちゃに塗り潰されてゆく。

 次第に何も見えなくなって、懐かしくて、あたたかな思い出が──記憶の中の思い出のキャンパスが、暗闇にかき消されてゆく。

 

 ──それでも、暗闇の向こうに、あなたのことしか見えない……。

 

 

 

 

 

 

「くそっ、どうしてこんな……!」

 

 身に覚えのない抵抗を繰り返され、キラは苦い顔を浮かべた。

 事態を把握できていないのは、〝アークエンジェル〟のクルー達も同様である。

 

 ──ステラ、どうして憑りつかれたみたいにキラを攻撃するのっ!?

 

 キラとステラ──彼らはミリアリア達の想像が及ばぬほどに、睦ましい過去を持った幼馴染みであるはずだった。

 ミリアリアは、ステラが喚き狂う様子を慄然して見届けていた。

 キラが乗っているのは、見たこともないモビル・スーツだ。GATシリーズと同じような面相をしているが、そこに用いられたフレームは異なり、背部には〝ディン〟のそれを思わせる翼が広げられている。キラ自身がザフトのパイロット・スーツを身に付けていることから、おおよそザフトが開発した新型といったところであろう。

 しかしステラは、そんな新型のことを、まるで以前から知っていたかのような言動を見せた。

 傍から見れば〝天使〟のようなキラの機体を〝悪魔〟と罵り、そして泣いている。恐怖に崩れた心を秘めたまま、必死になって抵抗し、暴れている──?

 

「ザフト軍モビル・スーツ部隊、再度接近してきます!」

 

 チャンドラが声を上げる。

 キラはハッとして、慌てて〝ディフェンド〟から機体の方向を変えた。ステラへの説得を中断し、ひとまず〝アークエンジェル〟の護衛に向かったのである。

 

「くそっ!」

 

 ザフトにとって最大の脅威であった〝エクソリア〟がただの鉄塊と化した今、ザフト軍はそれまでの勢いを取り戻したように〝アークエンジェル〟への──地球軍への猛撃を再開する。

 〝フリーダム〟は蒼翼を広げ、戦場を狂奔する。フルマット・ハイバーストによる無数の砲火をザフト軍機へ撃ち放ち、その火線のほとんどが、ザフト軍機の武装やメインカメラを奪い取る。その隙を見て、キラはしゃにむに叫んだ。

 

〈マリューさん、早く退艦を!〉

「ご、ごめんなさい、ここでは退艦できないわ! 本部の地下に〝サイクロプス〟が仕掛けてあるの、私たちは……囮にされていたのよ!」

〈えっ……!?〉

「作戦は、知らされていなかったのよ! ここから離れなくては、全員が〝サイクロプス〟に巻き込まれるわ!」

 

 キラは真実を知り、愕然とした。それはつまり、地球軍の上層部は、マリュー達のことを切り捨てたということである。

 トカゲは手足を切り裂かれても、おのずと自己再生する能力を持っているが、それと同様に、上層部にとって〝アークエンジェル〟はいくらでも賄える戦力(てあし)だったというのだ。

 キラはやや考え込むような沈黙の後、意を決したように、すべての通信回線へと呼びかけた。

 

「ザフト・連合、両軍に伝えます! アラスカ基地は、間もなく〝サイクロプス〟を起動させ、自爆します! 両軍とも、ただちに軍を引いてください!」

 

 キラ・ヤマトのその明瞭な声は、おそらくアラスカ全土へと響き渡った。

 さあと戦場に、動揺の沈黙が流れる。その沈黙を打ち破ったのは、遠方より去来する一機のモビルスーツだった。

 

「後方より〝デュエル〟接近!」

「こ、こんなときにっ……!」

 

 アラスカ・メインゲートで起こる事態に気付いた〝デュエル〟は、サブゲートの制圧を終え、このメインゲートへとやって来ていた。

 

〈──ステラ、退け!〉

 

 〝ディフェンド〟の通信回線に、イザークの声が響き渡った。

 ステラは思わず安堵して、イザークの名を叫んだ。

 〝デュエル〟は〝ディフェンド〟を庇うようにステラの前へと割って入り、イザークは〝フリーダム〟──彼にとっては初見の機体──と対峙した。

 イザークの表情に、困惑にも似た動揺の色が浮かぶ。

 

〈何なんだ、あのモビルスーツは!?〉

「ふ、ふりーだむ……!」 

〈〝フリーダム〟……!?〉

 

 イザークは即座に、その機体を敵と判断した。見たこともない機種だが、地球軍の最新鋭機だろうか? いや、そいつは〝アークエンジェル〟を守っているのだ、当然そうに違いない。

 敵愾心を露わにしたイザークの耳に、動揺したステラの声が紡がれる。

 

〈イザーク、〝サイクロプス〟ってなに──? ここ、自爆(ばくはつ)するの……!?〉

「騙されるんじゃない、そんなのは妄言(でまかせ)だ!」

 

 そう、〝フリーダム〟のパイロットが放送したことはイザークの耳にも入っていた──が、そいつが叫んだことはただの虚仮威しに過ぎないと、すくなくともイザークはそう断定していた。

 ──〝サイクロプス〟が起動する?

 そんなことをすれば、ザフトも連合も問わず、何もかもが呑み込まれて一斉に滅ぼされてしまう。よしんばそれが事実であったとしても、そんなことを大っぴらに公表する馬鹿がどこにいる? とち狂ってザフトがここで撤退すれば、その大型兵器の存在意義は消失するだろう。

 

「下手な脅しをっ、ナチュラルめがぁ!」

 

 そんなことも分からないほどに、ナチュラルの知能は苦しいものなのか!

 〝デュエル〟が背部よりビームサーベルを引き抜き、未知なる機体へと〝グゥル〟を駆って突撃を仕掛けた。しかし斬撃はあっさりとかわされ、すぐに距離を開かれてしまう。

 

〈やめろ、これ以上ぼくの邪魔をしないでくれ、死にたいのか!〉

「なにをぉっ!?」

 

 スピーカーから聞こえた声に、イザークはカッとなる。

 ──おれがいつ、貴様の邪魔をしたというのだ、貴様はいったい誰だ!

 発狂、というほどではないが、そのくらいに頭に血が上り、イザークは憤りに任せて斬りかかった。しかし斬撃はひらりと回避され、未知のモビルスーツは空中で鮮やかに翻ったのち、凄まじい速度で光刃を抜き放った。──光の刃は、そのまま〝デュエル〟のコクピットを偏に目指した。

 ──やられる……!?

 イザークは唖然として、迫り来る光の剣を見つめた。見つめることしか出来なかった。

 殺される! そう思ったとき、光刃の軌道が不自然に逸れた。〝デュエル〟のコクピッドは貫かれず、機体は両足を切り裂かれるだけに終わった。衝撃が機体を襲い、イザークは悲鳴をあげた。

 自分の悲鳴が聞こえただけ、彼はその瞬間に僥倖を憶えた。

 

〈早く脱出しろ! もう……やめるんだ……!〉

 

 未知の機体はバランスを失った〝デュエル〟を背後から蹴り飛ばし、イザークはその後、飛行していた〝ディン〟に空中で受け止められた。

 ステラが悲鳴にも似た声を上げる。

 

「イザーク!?」

〈く、くそぉ……! 撤退する!〉

 

 〝デュエル〟はそのまま〝ディン〟に抱えられながら、メインゲートから離脱して行った。

 同じだ────と、ステラは慄然する。

 やはり〝フリーダム〟を前にしては、誰ひとりとして敵わないのだ。

 超然とした操縦技術。ナチュラルを凌駕し、コーディネイターさえも超越する戦闘力。その力に撃たれた者は数知れない。──〝カオス〟〝アビス〟〝ウィンダム〟──〝グフ〟〝インパルス〟──〝エクソリア〟〝デュエル〟と並び、ステラの〝ガイア〟および〝デストロイ〟──。

 数多の名将(エースパイロット)たちが、ひとえに敗北を喫するほどの〝力〟──。

 

 そう、きっと誰も敵わない。

 

 誰にも、ヤツは倒せない。

 遥か高みより、地を這って逃げ回る者たちを見下すように睥睨し、一方的に狩り尽くす。

 ダーダネルスの死の天使。

 だから死ぬ────?

 だからみんな、殺される────アイツに?

 

「どうしてっ…………!」

 

 ステラはその場で、涙声のままに唸った。

 

 どうしてわたしは、アイツに敵わないのだろう。

 どうしてわたしは、いつまでも、アイツに敵わないままなのだろう?

 どうしてわたしは、アイツに大切なものを奪われて行くさまを、黙って見ていることしかできないんだろう……!?   

 

 ステラは再び顔を上げ、爆発の残照を背負い、黒陰を帯びた蒼翼の悪魔を見据えた。ヤツは障害を払いのけたと云わんばかりに、もう一度〝ディフェンド〟へと接近して来ていた。

 十枚の蒼翼をはためかせながら、凄まじい加速を見せ、ステラへと肉迫する!

 憎たらしい面相(かお)をした──〝フリーダム〟!

 

 ──どうしてわたしは、オマエを越えられないんだろう……!?

 

 自問しながら、彼女は答えを捜した。

 ステラは「越えられない」のではない──今度こそ「越えなくてはならない」のだ。

 遥か高みより下々の者達を見下す、超然とした────この恐怖の天使を。

 今度こそ負けたくない。

 こんなヤツに、やられてばかりはいられない。

 地を這う者は、非力だからといって、いつまでも怯えながら大空に焦がれていてはならないのだ。

 

 ステラは涙をぬぐい、憎しみのこもった眼で〝フリーダム〟を睨み返した。

 

 瞬きすら許されない刹那の間に、〝フリーダム〟から掴むような手が伸びて来る。

 この期に及んで、ヤツは何かをステラに訴え掛けていた。

 まるで自分が正しいと信じて疑わぬように。

 自己にはならない他者たる存在は、すべて是正しようと云わんばかりに!

 

「いつもいつも、そうやってやられて…………っ!」

 

 ステラは力を望んだ。

 みずからを貶めに現れた蒼翼の天使(ターミネイター)──これを越えてゆけるだけの、超然とした力を────。

 

 ──今のステラ(わたし)には、大切なものを守り抜く覚悟がある!

 

 ステラはもう、昔とは違うのだ。

 与えられた世界の中でしか生きられないような、おろかな傀儡人形ではない──わたしは、ひとりの人間だ!

 今度こそ、自分の意志で。

 コイツから、ステラがみんなを守るんだ────!

 

「たまるもんかぁーっ!!」

 

 決意に叫んだその瞬間、ステラの身体の奥底で、何かが弾けた音がした。

 その瞬間から思考が冴え、魂が思考が、霊障に当たられたように澄み渡る。

 ──なに、これ……!?

 彼女の潜在意識が、知らず()らずにそう呟いた。

 すみれ色の瞳は輝きを失って、光は虚空へと消えてゆく。

 複雑にしてに雑多な情報の一切は脳内から抹消され、それこそ『最適化(ヒーリング)』を受けていた当時のように──いいや、不思議なことに、当時の何倍にも鋭敏に研ぎ澄まされた集中力が、彼女の意識に結集してゆく。

 ふっ、と少女が短く息を吐き出した次の瞬間に〝ディフェンド〟は動いた。

 フライトユニットである〝グゥル(・・・)に乗ったまま(・・・・・・)鮮やかなバレルロールを決め、抜き打ちに上下姿勢を反転させた。

 伸ばした手を、またもあり得ない状態で回避され、キラは戦慄さえ憶えた──ここは無重力空間ではないのだ!

 なぜ、そんな常識外れの芸当が出来たのかはステラにも分からなかった。

 ただ危機感に駆られたとき、心が激しい拒絶反応を起こし、手と足が勝手に機体をコントロールしていたのだ。

 

「──!」

 

 少女は途端に人間らしさを失って、言葉を発する方法さえも忘却して、反転した状態にある〝フリーダム〟に向けて銃口を絞った。その突拍子もない、それでいてあり得ない姿勢からの射撃に、キラは愕然と目を開き、慌てて距離を取って見せる。

 瞳孔がきゅっと狭まった少女の眼は、鬼子のように据わっていた。

 

「くあッ!?」

 

 即座に飛び退いた〝フリーダム〟は、やがて〝ディフェンド〟から差し入る火線を凌ぐように、縦横無尽に空を駆け巡った。

 ステラの眼光は、その鮮やか過ぎる軌跡を確実に捉えていた。

 冴え渡る指先でトリガーを引く。ビームを連射し、一帯に迸る光条をばらまく。空域に的確に散らされたビームによって、加速していた〝フリーダム〟は退路を阻まれた。急制動を掛けたキラの視界に、不意に、一筋の光条がぐんと伸びる。光条はそのまま〝フリーダム〟の胴体を捉えようとしていた。

 

「──!?」

 

 キラの背筋が凍り付く。

 驚異的な瞬発力を誇る〝フリーダム〟が、そこで咄嗟に楯を翳した。かろうじてシールドでビームを受け止め、ひゅうと息を呑む。

 

 ──今のはどういうことだ、生きた心地がしなかった……!

 

 慢心していたわけではない。

 油断していたわけでもない。

 ただひとつ、ステラに撃たれるなんて想像もしていなかっただけだ。 

 従来の〝ストライク〟の四倍以上の性能を持つ〝フリーダム〟に迫り来る勢いで、目の前の〝ディフェンド〟は躍りかかって来ていた。──歴とした性能差が存在していなければ、今のは本当に危なかった!

 知らなかった──ステラが、こんな力を持っていたなんて……!

 

「でも……!」

 

 キラは焦っていた。

 アラスカの地下には〝サイクロプス〟が仕掛けてあるという。強力なマイクロウェーブを高出力で発振することで、周囲一帯を一概に、そして一斉に焼き尽くす悪魔の兵器。

 すぐにでもアラスカから距離を取らなければ、キラだって危ない。そしてそれは、ステラもまた同様だ。

 

「ここでキミを見逃せば、キミはそれに灼かれてしまうんだろう!?」

 

 ──だからキミは、なんとしてもぼくが連れて帰らなきゃいけないんだ!

 キラはそう判読し、意を決した。

 いつ爆発するかも分からない地盤の上で、長ったらしい説得などはやっていられる余裕もない──そう判断したキラは咄嗟に、強硬手段に出ていた。

 即座にビーム・サーベルを抜き放ったのである。

 

「ごめん、でもぼくは────力づくでも、キミを連れて行く!」

 

 絶対に助けたい。

 ステラには、決して死んで欲しくなんかない──!

 

 その瞬間────キラの身体の奥底で、何かが弾けた。

 

 正確には、彼は意図的に、みずからを覚醒させたのだ。

 意識がすっと冷めていく。彼もまた〝ディフェンド〟が放つビームの軌道を瞬時に見切り始めた。

 やがて〝フリーダム〟は急降下し、〝ディフェンド〟の遥か下方へと潜り込んだ。海面をすれすれに飛行する〝フリーダム〟は、仰向けのまま、海面と平行に滑空し始めた。

 あり得ない。機体の制御をすこいでも誤れば、海面に叩き付けられてもおかしくないような態勢だ。しかし〝フリーダム〟は墜落することなく、海面すれすれを高速飛行し、ステラの放つビームを次々と、それでいて淡々と回避してゆく。

 ステラの逆転は、長くは続かなかった。

 彼女の連射するビームライフルが、すぐにビームを吐き出さなくなったのである。赤文字に照らされたバッテリーがゼロを指し、フェイズシフトが陥落する。

 

「……!?」

 

 声を失うまで冷徹としていたステラは、愕然と口を開いた。

 機体の性能が、彼女の意志に即応しなかったのだ。──そして、それが〝ディフェンド〟の限界でもあった。

 

 次の瞬間、海面すれすれを滑空する〝フリーダム〟が大きく飛翔した。

 

 そのまま高度を上げ、蒼い翼が、須臾(しゅゆ)にして空中を駆け抜ける。

 両腰にマウントされた二丁のビームサーベルを一瞬にして抜き放つ。二刀流から繰り出された斬撃が〝ディフェンド〟の頭部と両肩のシールドを同時に切り落とし、破片が四方に飛び散った。衝撃に揺れたステラはくっと堪えたような表情をしたが、間髪入れず、天空まで駆け抜けた〝フリーダム〟が腰部クスィフィアス・レールガンを〝ディフェンド〟へと撃ち込んだ。

 フェイズシフトが落ち、脆くなった両脚が狙撃され、一瞬にして破壊される。

 足をもぎ取られた〝ディフェンド〟は〝グゥル〟から叩き落された。そのまま逆落としに遭い、落下速度を上げながら海面へ堕落してゆく。

 

「ステラっ!」

 

 キラは即座に滑降し、墜落する〝ディフェンド〟の左腕を空中で掴み止めた。

 捕獲された〝ディフェンド〟は、このとき完全なるパワーダウンを起こしており、ぴくりとも動かなくなっていた。いくら機動兵器(モビルスーツ)といえど、電力が尽きれば物言わぬ鉄塊だ。

 

 気が付けば、ステラの瞳には光が戻っていた。

 

 光が戻ると同時に、大粒の涙がそこに浮かぶ。

 人間らしい喜怒哀楽が人格に戻り、彼女は幼子のように泣きじゃくり、震える肩を抱いていた。

 

 ──やっぱりステラ、勝てなかった……!

 

 やがて打ちひしがれたようにうなだれ、コンソールの上に突っ伏した。

 もはや、武装は残されてない……電力も底を尽き、抵抗する術もない。

 〝フリーダム〟と〝ディフェンド〟では、まるで勝負にはならなかった。

 性能の差だった、なんて見苦しいことは云わない。──たとえそれが、おそらくは真実であったとしても……。

 自分の力では、やはり、この天使には敵わない。

 ステラは何ひとつ、この〝フリーダム〟からは護り抜けないのだ。おのれの命さえも──。

 

「ぃ……いや…………っ」

 

 〝フリーダム〟はうなだれた〝ディフェンド〟の左腕を掴み止め、そのまま〝アークエンジェル〟へ向かい始めた。

 ──どうして、殺さないの……?

 ──どうしてステラだけ、生かしたまま、どこかに連れて行こうとするの……?

 ステラには、それが分からなかった。

 

 

 

 

 ステラと〝フリーダム〟の間にどのような誤解があったのかは、このときのキラにとって、到底、計り知れないことである。

 それは、ステラを震え上がらせ、狂乱させ、そして秘めたる力に覚醒させるほどの『何か』──

 おそらくは、絶望的な『恐怖』の一種だろう。

 おおよそ、それは多少の言葉や説得で解けてゆくほど、簡単な誤解ではなかったのだろう。

 

(だから、ぼくはこの子を〝アークエンジェル〟に連れて帰らなきゃならないんだ……)

 

 その独白は、まるで言い訳のように、償いのようにしてキラの口内で紡がれた。

 キラがステラと接触できる機会は──互いの軍属が異なった今となっては当然だが──ひどく限られている。そんな彼女とすべてを対話しようとすれば、なんでもかんでも一緒くたになる。

 だから、誤解が生まれるのだ。

 必要なのは、時間────。

 アラスカを離脱すれば、自分たちには、いくぶん「猶予」ができる。

 彼女の誤解は、ゆっくりと時間を掛けて、豊富な言葉と説明を用いて、ひとつずつ、やさしく紐解いてゆけばいい──キラはそう考えていた。

 そのときである。

 〝フリーダム〟のコクピッド内に、突如として警報音(アラート)が鳴り響いたのは。

 

(急速接近する機影──!? ちがう、これはっ!?)

 

 そのとき太陽光にきらり、と反射する「なにか」が──キラの視界に映り込んだ。

 それは、ひと呼吸のうちに〝フリーダム〟へ肉迫し、キラは反射的にシールドを掲げ、みずからの機体を防御した。

 が、それと同時に、彼の感覚はあることに勘付いていた。

 飛来するなにか──それは妙に、不自然な軌道を描いており、

 

(直撃コースじゃない! ──まさかっ!?)

 

 明らかに──〝フリーダム〟自身を狙って放たれたものではなかったのである。

 キラはくっと喉を鳴らし、咄嗟に腰を浮かせた。飛来物の正体は、一本のビーム・ブーメランだった。

 チャクラムのように回転する光の輪刃が、次の瞬間〝フリーダム〟から釣り下げられた〝ディフェンド〟の左腕を切り裂き、これを叩き落した。

 

「しまった!?」

 

 腕先を千切り落とされ、支えを失くした〝ディフェンド〟はふたたび海面へ墜落してゆく。

 同時に少女の悲鳴が聞こえた。キラは一瞬にして後悔した。慌てて追い縋ったが、伸ばしたその手は、もう一度とは〝ディフェンド〟に及ばなかった。

 猛追したキラの目の前で、ふっと〝ディフェンド〟の姿が消えた。

 正確には、颯爽と現れた黄檗色のモビルスーツが〝ディフェンド〟の機体を空中で受け止め、キラよりも早く、その機体をかっさらって行ったのである。

 

 ──〝バスター〟!?

 

 現れたのは、〝デュエル〟に続くGATシリーズの機体だった。

 その姿を認め、キラは驚愕する。

 

「ひゅう、あっぶねぇ!?」

 

 飛行する〝バスター〟が、墜落した〝ディフェンド〟が海中に没するよりも前に、間一髪でその機体を受け止めてみせた。

 コクピッドの中で、今のは我ながら見事なキャッチだった、とディアッカが自賛する。やがて顔を上げ、モニターに映る──自分にこの役割を担うよう指示を出して来た──かつての同僚の名を呼んだ。

 

「これでいいんだよな、アスラン?」

〈────ああ……〉

 

 混沌とした戦場。

 ひっきりなしに、転々とする戦況。

 そんな折、

 

 〝フリーダム〟の眼前に────『真紅の騎士』が舞い降りた。

 

 キラは、絶句した。

 重々しく、それでいて棘々しい攻撃的なフォルム──〝イージス〟のそれを思わせる真紅色と縦長の頭部を持ち、背部には足場のように巨大なフライトユニットを装着している。腕先や足先に数多の刃を忍び込ませ、現に〝ディフェンド〟の腕を斬り落としたのはバッセルブーメランは、鮮やかな弧を空中に描きながら、やがてその機体の肩部へと納められた。

 キラは一瞬、心臓を止めた。

 手許のコンピュータは、自動的に目の前の機体の機種を特定していた。

 舞い降りたのは、ZGMF-Xの型番を持つ──〝フリーダム〟の兄弟機……?

 

 ──〝ジャスティス〟……!?

 

 突き刺すように戦場に降りて来た、正義の剣──

 そのパイロット、アスラン・ザラは──かつての同僚たるディアッカ・エルスマンに向けて言葉を発した。

 

「ありがとう、ディアッカ。きみはそのまま帰投してくれ」

 

 アスランは淡々と告げる。──彼の云う「そのまま」というのは、もちろん「大破した〝ディフェンド〟を抱えたまま」という意味であろう。

 それは、命令というより、個人的に依頼しているような云い方だった。

 御高く止まらぬ物言い草に、ディアッカは悪い気がしなかった。後生を聞き受け、しょうがないと云わんばかりに返す。

 

〈〝バスター(コイツ)〟の補給ついでじゃなかったら、きっぱり断ってたところだぜ? 今度、なんかおごってくれよ?〉

「もちろんさ、ありがとう」

 

 同僚というよしみ(・・・)もある、依頼を請け負ったディアッカは、大破した〝ディフェンド〟を抱えたまま〝グゥル〟を転進させた。

 すぐに母艦である〝クストー〟の方角を目指す。

 すると、そんなディアッカの後方から、蒼翼を広げた見慣れないモビルスーツが、凄まじい速度で迫って来ていた。

 ディアッカは疑心に駆られた。

 なんだこいつは? 自分を追いかけて来た? いや違う、そいつが腕を伸ばしているのは〝バスター〟ではなく〝ディフェンド〟である。

 

「ああん……っ!?」

 

 二機分の重量を支えるディアッカの〝グゥル〟は思うような速度が出ず、のろのろと航行するばかりだ。

 その背後より、凄まじい速度で〝フリーダム〟が追い縋った。

 追いつかれる──!? ディアッカがそう毒づいたき、一条の光が、二機の間を割るよう撃ち込まれた。──〝ジャスティス〟が放つビームライフルである。

 

 ──あぶねぇ、助かった!

 

 ディアッカは圧倒的な心強さを憶えた。〝ジャスティス〟から正確無比に撃ち込まれた光条に〝フリーダム〟が進路を阻害され、みるみる〝バスター〟から距離を引き剥がされてゆく。

 やがて二機の間に大きく距離が開き、キラの目から──〝バスター〟と〝ディフェンド〟は見えなくなった。

 

 キラは、目標を見失った。

 

 

 

 

 

 

 慣れ親しんだ〝アークエンジェル〟を目の前にして、〝ディフェンド〟は〝バスター〟に連れ去られた。

 追いつくことは可能だった。

 二機分の重量を抱えた〝バスター〟は明らかに動きが鈍っており、〝フリーダム〟の性能で追いつけないわけがなかった。

 

 それでもキラが〝ディフェンド〟を奪還できなかったのは、目の前に現れた真紅の機体が、徹底的にその邪魔をして来たからだ。

 

 ZGMF-X09A〝ジャスティス〟──

 搭載された武装は〝フリーダム〟のそれと同じようなものを持っている。

 異なっているのは、制圧戦を得意とする〝フリーダム〟に対して、そいつは白兵戦を得意としていることである。本来ならば、連携運用が想定されているのだろうが、パイロットもまた相当の技量を持っていた。

 

 ──少なくとも、はるか遠方から〝ディフェンド〟の左腕だけを正確に切り落とし、〝バスター〟を追う自分の行く手を、徹底的に妨害して見せるほどには……!

 

 遅かれ早かれ、結果的にステラはアラスカから離脱して行った。

 機体が大破した状態では再出撃もままならず、彼女が〝サイクロプス〟に巻き込まれるようなことはなくなっただろう。

 しかし、それは〝バスター〟ではなく、自分がやろうとしていたことである。

 キラは歯噛みしながら、真紅の敵機を見据えた。

 

 ──そう。コイツさえ(・・・・・)いなければ(・・・・・)……!

 

 この機体さえ現れなければ。

 この機体さえ邪魔をして来なければ。

 今ごろ彼女は、無事に〝アークエンジェル〟に収容されていたはずなのだ。

 キラは彼女を、絶望的な恐怖から解放してあげられるはずだった。

 

 ──コイツが、邪魔さえしなければ……!

 

 堪えたようにキラは〝ジャスティス〟の方を向き直す。

 天空の下、蒼き翼と紅き剣が対峙した。

 そのときである。

 突如として通信回線が開かれ──真紅の騎士──〝ジャスティス〟から、あまりにも聞き慣れた声が聴こえて来た。

 

〈こちらザフト軍国防本部直属特務隊──アスラン・ザラだ〉

 

 キラの中で、時間が止まった。

 ──アスラン……!?

 その真紅の機体に乗っているのが、アスラン……?

 モニターに映る親友は、険阻な顔をしていた。

 生きていたのかと、キラは自分をすっかり棚に上げて、ことを思慮した。

 

〈聞こえるか〝フリーダム〟……! キラ・ヤマトだな……!?〉

 

 アスランは訊ねながらも、頭の片隅では、それを確信していた。

 突然、アラスカ全域にとある放送が響き渡った。

 それは〝サイクロプス〟の実在を報せる通信だった。

 ディアッカは「どうせ嘘だろう?」と聞き流していたが、その真偽など、アスランにとってはどうでも良いことだった。ただひとつ、

 

(その声は、間違いなくキラ・ヤマトの声だった……!)

 

 自分が抹殺したはずの存在が、健全と声を上げていた。

 キラは、自分が撃破したはずだった。それが、生きていたというのか──? 

 アスランは血相を変えてメインゲートへと向かった。

 驚いたのは、キラの生存だけではなかった。

 キラが乗っているのが〝ジャスティス〟の兄弟機である〝フリーダム〟であるという二重……いや、さらには〝フリーダム〟によって〝ディフェンド〟が連行されているという、三重の驚きを抱かされたのである。

 

「アスラン……! アスラン・ザラ!?」

〈なぜ……オマエが〝フリーダム(それ)〟に乗っている! その機体、いったいどこで手に入れたッ!?〉

 

 云ってから、彼はそれが愚問であることに気が付いた。

 問題なのは「どこで手に入れたか」ではなく──それを「どうやって手に入れたか」である。

 アスランが〝ジャスティス〟を受領したように、キラもまたアプリリウスで──〝フリーダム〟を受領したのか?

 いや──受領なはずがあるか、あの父上が、キラごときに〝翼〟を渡すはずがない! 誰の手引きか、キラは〝フリーダム〟を強奪したのだ、かつて自分が〝ヘリオポリス〟で行ったように!

 

 ──そうでなければ……! なぜ〝アークエンジェル〟に味方し、挙句、性懲りもなくおれの妹を苦しめた!?

 

 アスランは憤然と、ふたたび対峙した親友へと訴えかけた。

 ZGMF-X10A〝フリーダム〟には〝ニュートロンジャマーキャンセラー〟が搭載されている。だからそれは、地球軍には決して譲渡してはならない代物なのだ。

 コーディネイター達の「自由」のために奮われるべき〝力〟──なのにキラは、その力をあまつさえ、地球軍のために奮っている! ねついやつ!

 

〈オマエがふたたび、ザフト(おれたち)の敵になるというのなら……っ!〉

 

 次の瞬間──〝ジャスティス〟がラケルタ・ビームサーベルを抜き放った。

 二丁の光刃を柄同士で連結させたアスランは、両刀型の〝アンビデクストラス・ハルバード〟を完成させた。

 それを見て、キラはぎゅっと唇を噛む。

 

 ──感覚として伝わって来る、痛いほどの敵意……!

 ──すでに一度は敗北した相手。アスランとまた、戦わなきゃいけないのか……!?

 

 対抗するように、〝フリーダム〟は二丁のラケルタ・ビームサーベルを抜き放った。

 構えられた両刀に対して、キラは双剣を逆手に構えた。

 

〈オマエを討ち切れなかった──おれの甘さに誓って、おれがオマエをここで討つ! 今度こそ!〉

「アスラン……! 僕の声は、キミにすら届かないのか!」

 

 次の瞬間──

 蒼と紅の閃光が、交錯した。

 

 

 

 

 

〈ディアッ……カ……?〉

 

 〝フリーダム〟を撒いたディアッカの耳に、通信越しのステラから、震えた声が聴こえた。

 画面に映る少女は、大きな瞳に涙を溜めていた。

 泣いてる顔も可愛いな、なんて不謹慎なことを考えたディアッカは、直ちにそんな自分を激しく戒めた。

 

「ったく! まさかオマエともあろう(モン)が、こうも派手にやられるとは」

 

 ディアッカは、手許に抱えた〝ディフェンド〟の機体の状態を舐めるように見回した。

 機体は、まるで無残な姿と化していた。

 頭部や両脚は完全に破壊され、左腕は、救出のためとはいえアスランによって切り落とされている。

 ディアッカはフォローのひとつでも告げてやろうと、まるで似合わない優しさを見せ、こんなことを云った。

 

「けど、もう安心しな。おまえを墜としたあのMSは、おまえを追っちゃ来ないさ」

 

 その一言で、彼女がどれだけ救われたような気分になったのか、ディアッカは知る由もなかった。

 

「あいつは、アスランが喰い止める」

〈アス、ラン……?〉

「あの真紅の機体に乗ってたの、おまえの兄貴だぜ?」

 

 そう──ディアッカは思い偲んだ。

 ステラを撃破した蒼い翼のモビルスーツは、従来の機動兵器をはるかに圧倒する性能を有していた。

 パイロットもまた、凄まじい技量を持っているようだ。

 イザークは撃墜され、続けざまステラさえも完敗を喫した。誉れ高きクルーゼ隊、ザフトレッドである彼らが赤子のようにあしらわれるような相手だ、おそらく自分が立ち向かったところで同じ轍を踏むだけだろう。これはあくまで余談に過ぎないが、勝算のない戦に堂々と挑むほど、ディアッカという男は要領が悪くないのである。

 だが、アスランなら──?

 あるいは彼ならば──〝そいつ〟を圧倒できるかもしれない。ディアッカがそう打算していたのは確かだ。そう、まさに無敵と畏れられていた〝ストライク〟でさえ、単騎で撃破したアイツなら……。

 彼は回想するように説いた。

 

「おれが単機でサブゲートを潰して回ってたら、偶然〝ジャスティス(アスラン)〟と合流したんだ。おまえやイザークとは連絡が取れねぇし……いっそのこと、アイツの後についてってりゃあ楽なモンだと思ってな」

 

 要するに、サボりたかったのであろう。けらけらと、ディアッカは軽薄そうな笑みを浮かべながら続けた。

 

「すぐにゲートも潰し終わったし、アイツと一緒に内部(なか)で暴れて来ようと思ったら、妙な放送が響いてね」

 

 放送は「アラスカ基地は自爆する」だの、なんだの、苦しい脅しを告げていた。

 下手な脅しだと、ディアッカは聞き流そうとした。

 だが────アスランはそこで、目の色を変えた。

 妄言ならば、捨て置いていればいい──そう思うのに。

 

「アスランのやつ、その放送に血相を変えてな。おれらと変わらないくらいの少年(ヤロー)の声……あの声に、なにか思うところでもあったのかね?」

 

 結果として、アスランとディアッカは内部へと侵攻は仕掛けず、メインゲートへと転進したのである。

 アスランの直感は、見事なものだった。

 訪れたメイン・ゲートでは、ザフト部隊がたった一機のモビルスーツを相手に、破滅的なダメージを負っていたのだ。あんなバケモノみたいな戦闘力を持ったモビルスーツを、野放しにはしておけない。

 ディアッカは薄く笑い、アラスカの大地を振り向いた。

 

(目には目を。最新鋭機(バケモン)の相手には、最新鋭機(バケモン)を──ってね……)

 

 そうして、彼はステラと共に〝クストー〟を目指し、アラスカを離脱した。

 ──アスランなら、きっとヤツを倒せる。

 そう信じて、戦場を後にした。

 

 

 

 

 

 自由の翼と正義の剣が空中で激突し、激しい応酬の末、両機共に凄まじい速度で距離を開いた。

 余人には、おおよそ知覚することも困難な激突だった。

 キラは憤然と叫んだ。

 

「──〝サイクロプス〟が仕掛けてあると云ったろう!」

 

 その瞬間、上昇した〝フリーダム〟が翼の内部からバラエーナ・プラズマビーム砲を撃ち放った。〝ジャスティス〟はシールドを構え、表面部でこれを弾き飛ばして見せる。

 キラは責めるようにアスランを質した。

 

「こんなところで、いったいきみは何やってんだ!」

 

 迷惑である。

 こんなところで自分に構っている暇があるのなら、基地内部に攻め込んだザフト兵のひとりやふたり、殴り飛ばしてでも連れて帰ればいいだろう!

 云われたアスランは、カッとなって返す。

 

〈それは、おれの台詞だろう!?〉

 

 〝ストライク〟という剣が破壊された今、キラは戦場を離れ、安穏と暮らしていれば良かったのだ。

 自分と繰り広げた死闘は、無残なものだった。あの一件で、キラも戦争には懲りたはずだ。恐怖に心折れて静かに生き延びていてくれるなら、親友として、それに越したことはなかった。なのにキラは性懲りもなく〝フリーダム〟という危険分子を手に入れて、再び戦場に戻って来た。

 そして再び、自分の邪魔をしている。

 アスランには、その理由がどうしても分からない。

 

〈強奪犯の分際で、賢しらに云うんじゃない!〉

「よく云うよ……!? きみだって、強奪犯(どうるい)のくせに!」

 

 離れた両機はビームライフルを構え直し、激しく撃ち合った。

 展開したシールドの防御帯で敵の攻撃を防ぎ止めながら、隙を見て反撃する。

 勝負はまるで平行線だった。

 

「ぼくはステラを苦しめるつもりなんてなかった……! 〝サイクロプス〟から逃がすためにやってたんだ、それを……きみはっ!」

〈あいつをまやかすな! おれがあいつを、おまえに譲ると思うのか!〉

「きみはあの子を、戦争に利用することしか出来ないだろう! あの子は道具じゃないんだぞ!」

〈……! おれが譲ると思うのか!〉

 

 言葉を繰り返すことしかできなかったアスランに、キラはすかさず腰部レールガンを撃ち込んだ。

 〝ジャスティス〟の装甲はフェイズシフトで受け止めるものの、衝撃に揺らぎ、強かに後方へ弾き飛ばされる。

 

「くそっ……!?」

 

 押されている──? アスランの中で、焦りが滲んだ。

 キラ──以前より強くなっている? 

 しかし〝イージス〟では、確実に一度は打ち勝っている相手なのだ。

 こんなところで、負けるわけには行かない。地球軍の手に〝フリーダム(ニュートロンジャマーキャンセラー)〟の技術が渡る──それだけは、絶対に阻止しなくてはならないのだ。

 

(〝プラント〟がふたたび核で焼かれる──! そうならないように、おれは戦っているんだぞ!〉

 

 鼓舞するように、自分自身を叱りつけた。

 そうだ──初めから自分は〝プラント〟のために剣になるだけだ。母やステラのような悲愴な結末を辿る者達が、もうこれ以上生まれないように戦うだけだ!

 

 その瞬間──アスランの中で、何かが弾けた。

 

 覚醒しつつ、最大加速で〝フリーダム〟へと肉迫した。

 同時に、アスランは自問していた。──何を大人しく、対等の立場で戦っていたのだろう……?

 制圧戦に特化した〝フリーダム〟が射撃を得意とするのは当然だ、ならば性能上〝ジャスティス〟が本領を発揮できるのは、あくまでも接近戦である。

 ──格闘(インファイト)だ!

 驚異的なリーチを誇る両刀を翳し、アスランは抜き打ちにハルバートを振り抜いた。

 刃の長さで劣る〝フリーダム〟はひらりと後方に翻ってこれを回避するが、〝ジャスティス〟は立て続けに背部から〝ファントゥム-00(ダブルオー)〟を射出した。

 後退した〝フリーダム〟は、思わぬ二段攻撃(リフター)に強襲され、後方に飛ばされる。

 ──やる……!

 背筋が凍り付くような、余裕の無さ。──どこまで行っても、この兄妹はそっくりに優秀だ……!

 キラは当然、優位性のある遠距離からの攻撃に徹しようとしたが、アスランもそれを見越して、どんどんと距離を詰めた。

 しかし、ふたりの勝負は、そう長くは続かなかった。

 アスランの耳に、ひとつの通信が飛び込んで来たのである。ラウ・ル・クルーゼ。仮面を付けた〝シグー〟に乗った男の声だ。

 

〈──アスラン、撤退しろ〉

「隊長……!?」

 

 突如わきから掛けられた声に、目に輝きを失ったアスランは露骨に嫌そうな顔を作った。

 しかしラウは、何か訳知った口調で、淡々と続けた。

 

〈〝フリーダム〟の云ったことは、どうやら真実のようだ。きみも〝サイクロプス〟に巻き込まれたいクチかな?〉

 

 いったい、ラウはどこでそのような情報を手に入れたというのだろう?

 アスランは疑心に駆られた。

 

〈キミにはまだ、やらねばならぬことが多くあるだろう? こんなところで、容易く朽ちてよい身分ではないはずだ〉

「しかしっ……!」

 

 反論しようとして、アスランは口を噤んだ。

 ──〝サイクロプス〟が実在する……?

 仮にそうであるならば、アラスカに攻め込んだザフト軍の大半が、直ちに滅亡してしまう。

 それは作戦が──〝スピッドブレイク〟が失敗に終わることを意味する。父上が練りに練って考慮された、この作戦が……。

 アスランが個人的に幸いと思ったのは、既にイザークも、ディアッカも、ステラも、それぞれに理由を掲げてこの戦場から遠ざかっているということだろうか。

 しかし、真実を知ったアスランに出来ることは何もなかった。ただ戦場から退いて、生き延びること以外には────。

 

「くッ……」

 

 ラウの指示どおり、アスランはそこで機体を翻した。〝フリーダム〟に背を向け、ただちに転進し、撤退して行く。

 アスランは〝フリーダム〟の姿をしかと目に焼き付けた。

 

 ──今度は必ず、オレがおまえを仕留める……!

 

 おれは、あの〝ストライク〟を〝イージス〟で破ったのだ。

 ならば、〝フリーダム〟とて〝ジャスティス〟の力で破ることはできるだろう。

 アスラン・ザラは、まるで成長していなかった。

 

「アスラン……!」

 

 帰投する〝ジャスティス〟を見送りながら、キラはひとりでに友の名をこぼす。

 しかし、茫然としてばかりもいられない。彼と同じように、自分達もすぐに離脱してなくては──。

 

「……マリューさん、行きましょう!」

 

 キラは叫び、〝フリーダム〟と〝アークエンジェル〟は、すぐにアラスカから離脱した。

 

 

 

 

 

 その直後────〝サイクロプス〟は起動した。

 基地中央部から同心円状の衝撃波が拡がり、呑まれた者は、跡形もなく消し飛ばされてゆく。

 爆発のあとには、半径一〇キロに及ぶ巨大なクレーターが出来上がった。 

 

 ザフト軍は、投入した戦力の八割を失った。

 連合軍は、守備隊として配備していた数多のユーラシアの部隊を失った。

 

 されど作戦は、地球軍の勝利に終わった。

 狂気の果て、数多の戦死者を出した悲劇の記録を、歴史に残して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 最適化を受けていた当時と比べ、何倍もの研ぎ澄まされた集中力が『SEED』の発現によって養われる設定となっており、今までで最も、ステラが強くなった描写があります。

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