~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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『守護神生誕』

 

 

 鮮やかな蒼天と、木々の生い茂る深緑の大地。どこまでも蒼と緑に挟まれた戦場に、いくつもの火球の華が咲いている。

 ──パナマ侵攻作戦が、勃発した。

 ザフトのモビルスーツが展開し、これを迎え撃つ地球軍は、従来の戦争兵器である高射砲や対空砲を用いてるのみ。それとて、やはりモビルスーツが見せつける機動力に対抗することは能わず、守備隊は苦戦を強いられる一方だった。加えて、このときザフトが足掛かりとしている最前線には〝デュエル〟や〝バスター〟などの新鋭機も投入され、形勢は決定的にザフトの優勢へと傾きつつあった。

 

 そんな戦場に変化が訪れたのは、パナマ基地を覆う密林──それに隠されていたゲートの内部から、一群のMS部隊が出動したときである。

 

 ザフト所属のモノアイでもなければ、かの〝G〟兵器を思わせる角付きのツインアイでもない。より簡素な頭部は、それ自体がヘルメットのようなゴーグルアイ。地球軍の新型人型機動兵器、GAT-01〝ストライクダガー〟である。

 

「地球軍が、量産式のモビルスーツを開発したのか!?」

 

 イザーク・ジュールは新たな敵機の群れに目を張りながら、その部隊と交戦状態に突入した。それらは携行武装として簡略化されたビームライフルとビームサーベルを標準装備し──新型ならば当然か──武装の水準では〝ジン〟の遥か上を往っていた。そんな機体が群となって押し寄せ、ザフトは各個に逆撃を受けるようになっていった。数で勝る地球軍が、人海戦術の名の下にこの戦闘を押し切り始めたのである。

 

「調子に乗るな!」

 

 勢いづいて躍りかかって来る〝ストライクダガー〟を、イザークはしかし、あしらうように斬り捨てた。通信先のディアッカもまた、それらと交戦状態にあった。

 

〈コイツら、パナマに戦力を結集させてやがったのかよ!?〉

「戦線を死守しろ! このまま陣容が崩壊すれば、要の〝グングニール〟は投入できんぞ!」

 

 イザークが戦友達を叱咤した、そのときである。彼の耳元でけたたましい警音が鳴り響き、慌てて機体を後退させる──と、それまで〝デュエル〟が立っていた地点に一陣のビームの光条が撃ち込まれた。

 爆発の残光が、イザークの視界を白く覆う。その正確な一撃に、彼はそれまでとは一線を画す確かな危機感を憶えた。正体を確かめに中空を見上げると、そこには単独で浮遊する〝ストライクダガー〟の機影がある──

 

 ──いや、違う……!?

 

 中空を滞空している〝そいつ〟は、背部に独自のフライトユニット〝ノービリス・トロス〟を装備した特機だった。

 GAT-01E〝ネメシスダガー〟だ。

 これは量産式の〝ストライクダガー〟の上位機に相当し、全体的なスペックが底上げされたもの。地球軍の中でもとりわけ高い身体能力を持つソキウスシリーズや『煌めく凶星〝J〟』の異名で知られるジャン・キャリーをはじめとする、一部のエースパイロット達に与えられた専用機だ。

 

 量産式〝ストライクダガー〟の包囲網──

 主力隊として先陣を切る〝ネメシスダガー〟の活躍──

 

 これらの要素によって、ザフトはそれまでと打って変わって苦境に陥り始めた。トドメのようにイザークは、そのとき山岳の向こう側に禍々しい〝巨人〟のシルエットを目撃した。その表情からさあと血の気が引いてゆく──

 戦意が折られかけたザフトの虫の息、その息の根を止めんとして現れたのは、マスドライバー〝ポルタ・パナマ〟が敷設された兀山(こつざん)の向こう側からゴウとして現れた巨悪の機体。

 GFAS-YF01〝エクソリア〟──それ自体がひとつの要塞のような超大型モビルスーツが、戦線へ投入されたのだ。

 ゴウン! 轟然と響く足音を立て、巨大モビルスーツは兀山からすべてを見下ろすように、その大きな一歩を踏みしめた。口から吐息のように野太いビーム砲を放射させ、空中に展開するモビルスーツ群を次々と撃墜してゆく。ザフト兵はいっせいに引き攣った。

 

「なんだ、あのバケモノは!」

「〝グングニール〟どころの騒ぎじゃねぇぞ!?」

「燃えるぞ! 逃げろッ!」

 

 ザフト軍機種の放つことごとくの機銃弾は、すべて陽電子リフレクターとVPS装甲に無効化される。

 そして、目立ち過ぎる〝エクソリア〟に気を取られた者から、直掩機である〝ネメシスダガー〟に狙撃されていった。

 

地球軍(われわれ)は、成長しているのさ──」

 

 パナマ基地の戦闘を取り仕切る、地球軍将校の男が誇らしげに鼻を鳴らした。

 ビクトリアに配備された〝デストロイ〟および、アラスカで試験投入された〝エクソリア〟から露見した共通の弱点とは、つまり「懐に潜り込まれると無力」だということ。大型にして鈍重であるがゆえに、小回りが利くモビルスーツに接近を許すと対処法を失うこと。

 その解決策として、彼らは直掩機〝ネメシスダガー〟を〝エクソリア〟周辺に配備し、これに不用意に近づかんとする敵モビルスーツを牽制させていた。このほか〝エクソリア〟自体の「強すぎる火力が友軍を巻き込みがち」という運用上の過失も見受けられたが、これは展開するモビルスーツの配置を工夫、事故防止を図っている。このとき〝エクソリア〟は上空に展開する敵機に対して砲門を開き、この凄絶な射撃を恐れた敵部隊だけを低空に引きずり下ろしていたのだ。そうして地上に落ちてきた蚊蜻蛉達、これを地上で待ち構えていた量産機部隊(ストライクダガー)に強襲させる──

 今回の戦闘、地球軍は拠点防衛戦を繰り広げることから、あらかじめ地の利を活かした戦術を組み立ていたのだ。ザフトから見れば、見事な役割分担と云えるだろう。

 

「ちィッ!」

 

 交戦中の『煌めく凶星〝J〟』による追撃をなんとか振り切ったイザークは、急ぎ〝エクソリア〟を鎮圧しようと転進する。

 ──ヤツを放置していては、被害の拡大は免れない!

 当作戦の要である〝グングニール〟は、安全地帯を確保しなければ降下させることは不可能だ。しかし今、安全地帯がどこにあるという? この一帯は全域が危険地帯であり、少なくとも、山頂に仁王立ちした件の〝巨人〟を排除しない限り、彼らの作戦は実行に移すことすらがままならない!

 イザークはしかし、目標の〝エクソリア〟まで辿り着くことは叶わなかった。ビームサーベルを抜き放ち、敵機へと詰め寄るも前に、他の〝ネメシスダガー〟が徹底的に足止めを行ってくるのだから。

 

「くっそぉぉ!」

 

 いよいよ手詰まりを感じ始めていたイザークだが、その瞬間、目の前に立ちはだかった〝ネメシスダガー〟が、いきなり爆発した。

 何事だ!? 目を張ると、続けざま、上空に展開する他の〝ネメシスダガー〟も次々と撃破されてゆく。地上に展開する〝ストライクダガー〟も同様に撃破され、彼は何が起きているのかを把握することも出来ない。

 そのときだった、戦場に、深紅の閃光が駆け抜けたのは。

 それ自体がフライトユニットとしての働きも持つリフターを背負い、全身に強力な武装を満載したそれは、絶対正義の名を冠す、鮮血色の裁判官──

 

「──アスラン!?」

 

 イザークは、参入する〝ジャスティス〟の機影を認めた。

 彼の目の前で、アスランは肩部〝バッセルブーメラン〟を投げ放ち、地表の〝ストライクダガー〟を連続で切り裂いた。その傍ら、猛禽のように高空よりビームライフルを放てば、その光条はピンポイントに〝ネメシスダガー〟のコクピッドを撃ち抜いている。通信越しにアスランの声が飛び込んでくる。

 

「イザーク! あの巨体はオレが討つ!」

「可能か!?」

「キミたちは〝グングニール〟降下予定地点の確保を! 任せるぞ!」

 

 云い捨てた〝ジャスティス〟は、在来機ではまるで考えられないような機動性をもって山岳方向へ飛び去ってゆく。須臾にして中空を駆け抜けるその様は、まるで一陣の矢のようであった。

 迷いもなく、躊躇もなく──

 このときアスランが放ったビームライフルは、突き立てたビームサーベルは、地球軍機の武装やメインカメラには目もくれず、正確にコックピットだけを射貫いていた。乗り手を失ったモビルスーツなどは、所詮は糸の切れた傀儡のようだ。

 物言わぬ鉄塊は地に臥せ、そして墜ちてゆく。

 

 ──あいつはもう、手の付けようがない……!

 

 本当に一機、たったの一機でありながら、アスランはその目的意識と噛み合い過ぎた強力な〝力〟で、戦況を切り拓きつつある。

 イザークは、戦慄した。

 あれほどの男が味方であることが、どれほどに心強いか。そして、あれを〝敵〟として迎え撃たなければならない者らが、どれほどに不憫であるのか──

 

「アスラン……!」

 

 それは特別な感覚などではなく、生物的な本能ゆえの畏怖だった。

 コーディネイターが組織するザフトは〝天才の集団〟でもあるが、さりとてアスラン・ザラは別格だ。イザークにとって、彼は今まで自分にとって好敵手(ライバル)だと思えていたが、いつの間に、ここまで差が開いてしまったのか? 既に彼の〝力〟は自分のいる次元とはレベルを違え、彼は自分が到底到達しえない遥か『高み』に辿り着いていたのだ、彼の中にあった、大切な何かを犠牲にして──。

 ──今までのアイツは、ああも恐ろしい(・・・・)戦い方はしなかった……!

 だが、やはり縦横無尽に上空を駆け抜ける〝ジャスティス〟は、無慈悲にも〝ダガー〟隊を次々に撃滅していった。

 

「この程度が直掩になると思ったのか……?」

 

 直掩をことごとく撃滅し、目標の巨大機動兵器の周辺が開けた。アスランは抜き打ちにスロットルに手を掛け、一気に山頂に君臨する〝エクソリア〟へ突撃を仕掛けた。その際、反撃として放たれた〝光の糸〟たるビーム砲を真っ向からシールドで受け返す。

 受け返しながらも彼は退かずに距離を詰め、ビームハルバードを振るって陽電子リフレクターに奥まで突っ込んでみせた。灼熱の両剣が一太刀の下に〝エクソリア〟の左腕を斬り落とす。そのまま敵機の背後まで駆け抜け、機体を翻すと同時に〝バッセルブーメラン〟を投擲、チャクラムのように高速回転する刃は、敵機に残された右腕までも削ぎ落とした。

 ドスン! 両腕を落下させた〝エクソリア〟は、目に見えてエネルギーを失っていく。重量ゆえに振り返ることもできない敵機の愚鈍さを見つめながら、アスランは会心の笑みを浮かべた。

 

「一方的に虐げられる、悔しさと痛みを思い知るんだ!」

 

 父パトリックの世代──まだ〝プラント〟というコーディネイター達の『自治領』が確立していない頃、彼らはコーディネイターであることが露見すると、忽ち怪物のように弾圧され、差別的な迫害を受けたという。彼らは機会主義者達の手によって、非合法に誕生させられた第一世代コーディネイターであったからだ。

 だからこそ、パトリックはシーゲル・クラインをはじめとする同胞達と結託し、共にコーディネイターの諸権利獲得を目的とした黄道同盟──これが後の「Z,A,F,T」となる──を結成した。浅ましいナチュラル達は、決してコーディネイターの存在を認めることはない──

 これでは、世界が平和になることは決してあり得ない。敵を──ナチュラルを滅ぼさなければ、コーディネイターに決して安寧の時代は訪れない! アスランは、そう信じているから戦い抜く!

 

「トゥ! ヘアァッ!」

 

 渾身の叫びと共に、アスランは〝エクソリア〟を斬り刻んだ。

 頭部を──左足を──右膝を──次々に裂傷させ、最後にコクピッドをビームハルバードで貫いた。黒き禍々しい巨大モビルスーツは、そうして原型すら留めない燃え盛る鉄塊と化した。圧巻の大爆発、閃光が戦場を駆け抜け、地球軍は壊滅的な痛手を負い、圧倒的不利に立たされた。

 間を置かずして、大気圏上より複数のカプセルがパナマへと降り立った。話に上がっていた〝グングニール〟である。

 降下予定地点に待機していたモビルスーツが装置を点火し、カウンターがゼロを刻んだその瞬間、電磁パルスがパナマの広域に迸った。全ての地球軍機はその衝撃波に機体制御を失い、人形のように倒れ伏していく。

 

 パナマ攻略戦は、ザフト軍の勝利に終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シャトルを降りたステラは、眩い光を遮るように手を翳した。それまでシャトル等の搭乗機に長らく閉じ込められていた彼女に、外の空気は新鮮に思えた。

 

 彼女は再び、〝プラント〟のアプリリウス市へと戻ってきた。

 

 現在、ステラはひとりではない。入港した〝プラント〟で彼女の案内を仰せつかったという警護人が随伴していたのだが、物腰から見るに軍人であり、監視役を兼任しているのだろう。

 案内されたのは、国防委員会議場だ。〝プラント〟の政治家達──ステラの知る中ではシーゲル・クラインやパトリック・ザラ──が滞在し、国家の未来のために、議論を交わす厳粛な場。そこから隣り合うようにモビルスーツの工場局が構えられ、議場から直接そちらに移動することも可能になっている。

 この場所がそのような構造になっているのだと、このときステラに分かるのは、ここが以前、彼女が〝ディフェンド〟を受領した場所だったからだ。

 

 ──〝ディフェンド〟……。

 

 ステラは俯きがちに、別れを告げた愛機の名をこぼす。

 

 ──あの機体は、まもるための〝力〟だったのに。

 

 大切なひとが、親切に教えてくれた言葉。

 まもる、とは、あたたかいこと。

 ──「死なない」ということ。

 だからステラは〝ディフェンド〟というモビルスーツと、その今の在り方を好ましく思っていた。命名者の「堅牢な守り手であれ」という願いに準えた、今の自分に相応しい機体と思えることが、誇らしかったから。

 

 ──しかしその〝誇り〟は、やはり、アイツによって踏み躙られた。

 

 蒼い翼を広げる、死の天使〝フリーダム〟──

 ヤツは、ステラの誇りを踏み躙った。彼女の中の「まもりたい」その願いを、機体を、跡形もなくぶち壊した。

 ステラの力が及ばず、結果としてヤツに敵わなかったことは、たしかにステラの落ち度ではある。しかしその結果として、彼女は愛機を失った──まもるための力を奪われたのだ。

 

 だからやっぱり許せない──〝フリーダム〟が。

 

 考えを巡らせていると、そのときステラの輝く金髪を目に留めた男性がいた。その人物はロビー中央に構えられた階段を下りてきて、随伴員と会釈したあと、後退するようにステラへ声をかけた。

 全く面識のない男性に声をかけれられ、ステラは当然に戸惑った。

 

「初めまして、になるな。ザラ議長の娘さんだね、話は聞いているよ」

「……?」

「私は、ユーリ・アマルフィだ」

 

 ──アマルフィ?

 その名に気を留め、ステラは目を開いた。それは、戦場で生き別れたニコルと同じファミリーネームだったから。いや、そうではない……

 

「ニコルの……」

「ああ、ニコルの父親だよ。君には、あの子がよく世話になったと──そう聞いている」

 

 ステラはそこで改めて、ユーリ・アマルフィという人物の目を観察した。それはニコルと同じように、優しそうな緑色をしていた。

 目を伏せた彼女に、ユーリは苦笑する。

 

「顔をあげてくれ。どうしたんだい?」

「ステラがお世話したんじゃない……ステラの方が、ニコルにお世話になった──」

 

 話に挙がっているニコルは、既に本国において『MIA』と断定されている。明確な死が確認されたわけではないにしろ、戦場で未帰還者となった兵士は「戦死」として扱われる決まりなのだ。

 心残りではあった。決して失念していたわけでもなかった。だが、実の父親に会った途端、自分のせいで彼は死んでしまったのではないか──ステラには、そう思えて仕方がなかった。

 

「いいんだ。きみは、悪くない……」

「ニコルは、ステラにやさしくしてくれた……! なのにステラは……」

「──その気持ちだけでも、私は嬉しいさ」

 

 そうだ、私はこんなことを云いたかったわけじゃない──。

 ユーリは口の中でそう呟き、持ち直すようにして話を切り替えた。

 

「パトリックから招集の指令があったのだろう? キミが来たら迎えに出ろと、君の父上には云われていたんだ──あいつは今、この議場から席を外しているよ」

 

 詳しい話はパトリックが戻って来たら、聞くといい。

 そう云われ、ステラはこくりと頷く。

 ユーリは、続けて声を発した。

 

「立ち話もなんだ。ついて来たまえ」

 

 そう云って、ロビーを後にした。

 ステラは純粋に、その後に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 ユーリ・アマルフィは、最高評議会議員のうち、モビルスーツの設計局や工場が集中するマイウス市の代表である。

 工学エンジニアでもある彼は、Nジャマーキャンセラーの完成に大きく貢献した技術者の一人であり、事実上〝フリーダム〟および〝ジャスティス〟を開発した直接の開発主査でもある。

 その立場や功績上、パトリックとは友好関係にあり、彼もまたザラ派を支持している者のひとりだ。以前まではそうではなかったらしいが──息子の失踪を切欠として、戦争の早期終結のためなら武力行使も已むを得ないと判断した急進派の一人であったのだ。

 そんな彼らの努力の結果として造り出されたのが、最新鋭の「ZGMF-X」シリーズ──通称「ファーストステージシリーズ」──である。このときステラはユーリに先導され、明らかな軍事工廠へと足を踏み入れていた。てっきり彼女は、書斎にでも招かれるものと思っていたが……? 従うように後続しているステラへ、ユーリは淡々として云った。

 

「早速だが、キミに見てもらいたいものがある」

 

 見てもらいたいもの──?

 怪訝がるステラを後目に、二人は工場区に構えられた重厚な扉の前までやって来た。警備をしていた当直の兵士が憮然として「許可証は?」と告げ、ユーリもまた憮然として対応、一枚のカードキーを差し出してみせた。

 これを受領した警備は、確認したのち憚るようにゲートを開けた。

 

「──?」

 

 ステラは、そのとき真横を通り過ぎた警備員達の目が、やたらと〝物騒〟だと感じた。ここまで案内してくれた案内員とは比にならないレベルで尖った目をこちらに向け、猜疑心に塗れたような、悪意の視線を向けてきていたのだ。

 舐められるような、慇懃な視線ではない。突き刺さるような、尖鋭な視線。まるでステラが内通者(スパイ)であると、最初から疑っているような──それによってステラが不快感と拒否感を憶えたのは、ある意味で自然な反応だった。

 最初はステラだけかと思ったのだ。しかし、そうではないらしい。警備の尖った目は、随伴するユーリ──評議員である彼にさえ向けられており、職業意識が高いのだな、という認識で済ませるにはあまりに無礼、あまりに感情的すぎる目をしていた。

 

「視線が気になるかい」

 

 頬を膨らませたステラの当然の憤懣を察したらしい。頷くステラに、ユーリは冷静に──というよりどこか諦念したように──事情を明かしてくれた。

 

「数日前、彼らはここで軍の最重要機密を奪取されている。それで、多くの警備のクビが飛んでね──今は特に神経質なんだ、勘弁してやってくれ」

 

 ──クビが飛んだ?

 あくまで比喩であり、本当にそうなったわけではないと信じたステラであったが、これについてはユーリは詳しく言及しようとしなかった。

 

「最重要機密って」

 

 訊ねたステラだが、この話題に特別な興味があったわけではない。

 あくまで場を持たせる繋ぎのような質問であり、しかし、返ってきた答えは彼女にとって想像を絶するものだった。

 

「〝フリーダム〟だよ──」

「……えっ!?」

「キミもアラスカの生き残りなら、もう知っている──あるいは出会っているではないのかな? アレはここから持ち出されたモビルスーツであり、私が開発主査を務めた、元はザフトの機体だったんだよ」

 

 ステラにとって、その情報は初耳だ。彼女が知っている〝蒼翼の死天使(フリーダム)〟などは、所属も目的も不明瞭な──根無し草の無法者だ。

 ──それが、まさか、ザフトが開発した機種だったなんて。

 ようやく理解した彼女の面輪に、驚きが奔る。誇れるような話でもないが、彼女もまたザフトの新型を奪取した過去があったから、微妙であるが、ある種の親近感が湧いたのも事実だった。

 

ステラを殺しに来た(・・・・・・・・・)わけじゃ──なかったんだ)

 

 何というわけでもない。この時代においてZGMF-X09A(フリーダム)とは、当然のように完成していた一介のモビルスーツに過ぎない。

 それまでステラは、件のMSが時空を超え、未来から現れた〝抹殺者〟だとばかり認知していたのだが、どうやらそれは違っていたらしい。

 

 ──アイツがまた、ステラを殺すためだけにやって来たんだと、思ってた。

 

 おそらくそれは、なかなかに奇天烈で、余人には理解できないような発想であろう。しかし、ステラにとっては少なからず真理であったのだ。

 仮に誰かに打ち明けたとしても、おそらく、誰ひとりとして本質的には理解してくれないだろう御伽話だ──「未来から来た」なんて馬鹿げた話は。

 だからステラは、誰にも云わない。誰にもしゃべらない──そして、上手く伝える自信もない。キラにも、アスランにも、ラクスにも、誰にも打ち明けなくても別にいい。彼女の中で合点がいけば、それで構わないのだった。

 

「数日前、何者かに奪取されるまでは〝プラント〟を守る戦士になるはずだったんだ──」

 

 候補パイロットには、イザークの名も持ち上がっていたらしく、それを聞き取ったステラは、ぽけっとした。

 ──イザークが、あの〝フリーダム〟のパイロットだったかもしれない?

 では、もしもイザークがあの機体に乗っていたなら、自分は彼を撃つだろか? 嫌うだろうか? ──〝フリーダム〟に乗っているから、という理由だけで?

 いや、そんなことはない。誰よりも照れ屋なイザークだが、今となっては、たしかにステラを心配してくれる大切な仲間だ、そんな彼を「〝フリーダム〟に乗っているから」という理由で撃ってしまうほどに、自分は愚かではないはずだ。

 

 ──でも、それなら〝フリーダム〟を奪ったパイロットは、いったい何を考えてるの?

 

 ヤツは以前、無為に暴走するステラの〝デストロイ〟を破壊した。

 そして現在、無為に殺戮を繰りかえす〝エクソリア〟を誅裁した。

 そういう意味で考えれば──〝フリーダム〟は今も未来も、無駄な殺戮を止めようと狂奔している。

 少なくともザフトの味方をするつもりもないのだろうが、結果的には、〝プラント〟のためになることをしようとしている?

 

(よく、わかんない)

 

 いったい、あいつは何者なのだ。

 いったい、何を考えているのだ。

 ステラは、迷った。

 

(みんな、なにを信じて、たたかう──)

 

 連合(地球)か──

 ザフト(プラント)か──

 世界は今、二色で彩られているものではないのか?

 どちらかの色が、もう一方の色に完全に塗り潰されたとき(・・・・・・・・・・・)、戦争は終わるのだろう──すくなくとも、アスランはそう信じて戦っている気がする。

 

 それとも、二色の他に──もっと「別の色」が存在するのだろうか?

 

 彼らはきっと「その色」を知っていて、ステラがまだ、知らない世界を見出そうとしているのかもしれない。数年先の惨状を知るステラでさえ知らない未来(・・・・・・)を探ろうとしてるのかもしれない?

 分からないことが、多すぎる。

 もっと、知りたい──

 もっと、たくさんのことを知って行きたい──

 せっかく最適化を離れ、募らせるだけの記憶を持ち、人生を歩いて行けるのだから。

 そのときステラは、これまで天敵と思っていた〝フリーダム〟について、単純な敵愾心だけではない──ある種の関心と興味を憶えたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アラスカを離れた〝アークエンジェル〟は、傷ついた羽根を休めるために、オーブへと向かっていた。

 まるで、とんぼ返りだ。

 数日前、オーブで抱いた決意──「なんとかしてもアラスカに辿り着かなくてはならない」──これは跡形もなく、当のアラスカにて踏みにじられた。

 あのときの決意を思い出すこと自体が、今のマリュー達には難儀なことのようだ。

 

 ──なぜ、自分達は戦っていたのだろう?

 ──何を信じ、何のための身をやつし戦って来たのだろう?

 

 今の彼女たちには、それすらも分からなくなっていた。

 生還したキラ・ヤマトは、そんな彼らに、オーブへ帰化することを勧めた。すぐさまアラスカを離れるよう指示したのは、下手をすれば「〝ジャスティス(アスラン)〟が自分を追いかけて来るかもしれない」という不安が脳裏に過ぎったこともあったが、沈鬱な痛手を負った彼女達に、安息の場所が必要だと思ったからだ。

 どのみち、敵前逃亡艦である〝アークエンジェル〟は、地球軍に戻ることは出来ない。原隊に復帰することなど、到底無理な相談で──道を外した無法者となった今、彼らが身を寄せられるのは、オーブでしかなかった。

 

「異端者っていうのかね。──今のおれ達みたいな、法を無視した連中ってのはさ」

 

 オーブは〝アークエンジェル〟の入国を柔らかに受け入れてくれ、入港の際、ブリッジにてムウがそんなことを云った。

 

「皮肉なもんだよ。異端じゃない正規の道を辿った連中は、今頃はサンズノカワの向こう側だぜ?」

「サンズノカワ?」

 

 マリューは言葉の意味がわからず、ぼうっとして訊ね返す。

 ムウはいつも通り、軽薄そうに答えた。だが、その表情にはやはり気落ちが見える──彼もまた、アラスカでの出来事には相応のショックを受けたらしい。

 

「『死んだ奴等だけが渡る川』──オーブには、そういう言葉もあるんだそうだ」

「そう、ですか」

 

 マリューはそれを聞いて、妙に納得してしまう。

 そう──自分達は異端者だ。独断で戦線を離れ、敵に背を向けた違反艦──。

 しかし正義を貫き、最後まで指令を信じて戦い続けた者達は、揃って〝サイクロプス〟の餌食になったのだ。そう考えると、自分達は本当に間違いを行ったのかすら分からなくなる。

 本当は何が正しかったのか、既にマリューの中で、善悪は崩壊していた。

 本当に、何のために戦い続けて来たのだろう──?

 

「ま、その説だけを通すなら、このオーブも、完全に異端者の集まりってことになるが」

「平和を訴えた中立国が、異端? それだけを聞けば、救いようのない世界になってしまいますわ……」

「戦争をしたいヤツなんていないだろうに。どうして、こんな世界になっちまうんだろうねぇ」

 

 オーブは、ナチュラルとコーディネイターの共存を認めた、数少ない国家のうちのひとつだ。

 ある意味では、理想的な社会の完成系と云え──世界すべてがオーブのように平和になれば、二度と戦争など起きないだろう。

 

「どうしましょう……。軍を離れた私達は……これから?」

 

 疲れ切った声で、マリューが漏らすと、

 

「なるようになるさ。たとえ軍旗(はた)を下ろしても、軍規(ほう)を無視したっていい──」

 

 励ますように、ムウが云った。

 

「だが、秩序まで無くしちゃあ、人間てのは終わりだぜ?」

 

 そうならないように、これからを生きて行けばいいさ。

 付け足されたその一言に、マリューはひどく救われた気分になった。

 

 

 

 

 

 

 やがて〝アークエンジェル〟はオノゴロの秘密ハッチへと艦を進め、以前と同じように繋留場にその羽根を下ろした。

 ドッグに繋留されると同時に、そわそわした様子のカガリ・ユラ・アスハはタラップへと駆け上った。そのままハッチが開くのも待ち切れない様子で艦内へと飛び込み、くるくると艦内を捜し回るように走る。

 そして彼女は、探し物を見つけた。

 

「──キラッ!」

 

 カガリは、見かけた少年に、いきなり飛びついた。

 キラはその反動を受け止め切れず、思い切りその場に尻もちをつくように倒れてしまった。カガリはキラへのダメージなど気に留めた様子もなく、ひらすらに泣き喚いた。

 

「この、バカぁ……っ!」

「カガリ……」

「死んだと思ってたんだぞ! ほんとに……ほんとに生きてるんだなっ!?」

 

 それは、見れば確認できることだったが、カガリはいまだに現実に驚いていた。

 たしかに、カガリほどキラの生存を信じ続けた者は他にはいないだろう。しかし、いざそれが目の前の現実となると、一番慌てふためいたのはカガリと云う矛盾だった。

 

「戻って、来たんだ……」

 

 ふたりは再会を喜び、その後、会話を交わしながら廊下を歩いた。カガリの方は特に胸がいっぱいで、とにかく思いつくことからすべてを語り明かそうとしていた。だが、そのとき不意に、ひとりの少年の顔が脳裏にちらついた。

 それは、新装備を搭載した〝ストライク〟が爆散した、太平洋上の孤島でのことだ。

 カガリは人命救助のために、率先して孤島を訪れ、そのとき、行方不明になっていキラの安否を必死になって探った。そして彼女は、キラの代わりに浜辺に打ち上げられた黒髪の端正な少年──名を、アスランと云ったろうか? 親しくなれる気がしなかったため苗字までは聞いてない──を発見した。

 彼は、キラは友達だと云っていた。ならばキラも、彼のことは友達として認識しているのだろう。──でもあいつは、ちょっとヘンなヤツだった……。

 殺したから殺されて。

 殺されたから殺して。

 それで最後は平和になるのかとなじったとき、彼はきっぱり、なる、と答えた。

 それは、今のカガリや、そしてキラには、決して思いつかない発想の結論だ。

 カガリから見て、アスランは見ていて危なっかしい少年でもあり、言動も色々と危なっかしい少年だった。

 そんな彼のことを、キラはどう思っているのだろうか? 話に持ち出していいのだろうか?

 

「……? カガリ?」

 

 それまで熱たっぷりに語り掛けていたカガリから、唐突に言葉が途切れ、キラはさすがに不振がって彼女の表情を窺った。

 カガリは慌てて、云い直す。

 

「あっ、ああ、何でもないんだ」

 

 カガリは、アスランのことを云わなかった。

 彼はキラにとって、殺し合った相手なのだ。話に持ち出して、雰囲気を沈鬱にするのは好ましくないと判断した。

 

「それよりおまえ……〝プラント〟に行ってたのかよ」

 

 やがてふたりは〝アークエンジェル〟の格納庫へと辿り着き、新型の〝フリーダム〟を見上げていた。

 

「……あれは?」

「ザフトが開発した最新鋭機。──〝フリーダム〟っていうんだ」 

 

 カガリは見上げながら、思い出したようにキラに云った。

 

「……悪かったな。オーブが用意した新装備、大した役にも立たなかったんだろ?」

 

 そのとき、キラの眉がぴくりと動いた。

 彼は慌てて言い返す。

 

「えっ、いや、そんなことないけど」

「嘘が下手なんだよ、おまえはっ」

「…………」

「実際、どうだったんだよ?」

「実際、あれのおかげで死にかけた」

「だろ。すまん、わるかった」

 

 キラはそこで、思わず噴き出してしまった。

 カガリのまるで謝っているようには見えない態度も笑いを誘ったが、実際、キラの云い方も悪かったのだ。

 感情に込み上げる笑いを抑えたあと、彼は独白するように呟いた。

 

「でも──フォートレス・ストライカーがあそこで爆散してくれなかったら、僕はきっと、あのとき背中から貫かれていた」

 

 それほどまでに親友は、本気になって自分を殺しにかかって来ていた。

 キラが新装備のために死にかけた、というのは事実だったが、見方を変えれば、一方で新装備に助けられた、という解釈も出来るのだ。

 カガリはポジティブなのか、そうでないのかもよく分からない理解の仕方に首をもたげたが、すぐに居直り、キラに問うた。

 

「おまえは〝アレ(フリーダム)〟を、これからどうしていくつもりなんだよ?」

 

 話の中で、キラが託された〝フリーダム〟が、禁忌の技術たる核動力で動いていることを、カガリは知らされた。

 そんなモビルスーツを、これからどうしようというのか? ザフトから強奪している時点で、ザフトはキラにとっての「敵」となった。

 あるいは、核の技術を地球軍に売り渡すのだろうか?

 

「僕はもう、地球軍でもザフトでもないよ──」

「オーブと共に来るのか?」

「分からない。でも……核の力を、戦争のために使おうなんて思わない──それは、あの機体を託された、僕の責任だ」

 

 キラはそのとき穏やかな目の奥底に、底冷えするような強い光を宿していた。

 カガリは一瞬その光に気圧されるが、すぐに気を持ち直し、改めて少年に訊ねた。

 

「もし〝アレ〟を────破壊しようとするヤツが現れたら?」

 

 天使のような姿を取った〝フリーダム〟は、その象形どおり、時代を導いて行かねばならない存在なのだ。

 決して、まだ失ってはいけない光──それが今、彼の前にある〝フリーダム〟なのだ。

 キラは迷わず、こう答えた。

 

「そのひとを────僕は撃つ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 厳重な、扉が開いた。アプリリウス市の工廠、解錠された隔壁の向こう側には、広大な空間が拡がっていた。

 そこは無機質な格納庫だった。その奥まで歩を進めたとき、ステラは見上げた先に巨大な影を見つけ、ハッとした。

 そこには、見慣れない新型機らしいモビルスーツが一機、さながら正当な操り手を待っているかのように立ち構えていたのだ。

 すごい──! 思わず息を漏らしたステラだが、次の瞬間には我に帰っていた。

 見慣れない新型モビルスーツ──と表現したが、ステラにとっては違った。その新型機には、確かな既視感と、確かな見憶えがあったのだから。

 

「〝ガイア〟──!?」

 

 思わず呟かれたその呼び名を、傍らにいるユーリが聞き咎める。

 しかし、改めて見直したとき、そのモビルスーツは〝ガイア〟と風采が「似ている」というだけで、決してその機体ではなかった。

 

 ──ああ。

 

 いま目の前にある〝新型〟も、かつてステラが搭乗していた〝ガイア〟も、元を辿れば同じザフトの機種であり、操作系よろしく、機体デザインが似ていても不思議な話ではない。つまりは何が云いたいのか──ステラにとって〝ガイア〟と〝新型〟が似て見えたのはただの偶然であり、それ以上に深い意味はないらしい。合点するステラに、ユーリが戸惑いの目を向ける。

 

「なんだね? その……〝ガイア〟というのは? この機体には、まだ名前はついていないはずなのだが」

「ごめんなさい。なんでもない」

 

 話を区切り、ステラは改めて〝新型〟の全容を見上げた。

 機体の装甲部は、やはり電位相転移(フェイズシフト)が用いられているのだろうか? ディアクティブモードを思わせるメタリックグレーに彩られた全身、その背面には〝ガイア〟には見られなかった推力を生み出す複合可変翼(フレキシブル・バインダー)が装備され、〝ディン〟や〝フリーダム〟のものと酷似した湾曲半月状のウィングが畳まれていた。頭部には異教の神獣を模したような四本角(クアドラプルアンテナ)が伸び、両腰部の側面ラッチには、驚くべきことにビームライフルとビームサーベルがそれぞれに一挺ずつマウントされていた。

 

 ──このモビルスーツには、力がある。

 

 一目見ただけなのに、ステラにはそれが実に分かった。

 制圧力の〝フリーダム〟や迫撃力の〝ジャスティス〟とも異なる──その新型機にはまた違った系統の強さがある。ビームライフルとビームサーベルに留まらず、その機体はなんとシールドさえも一基ずつ両前腕部に装備していたのだ。コズミック・イラのMS開発史において、防御用の対ビームコーディングシールドを複数装備しているのは前例のない試みであろう。

 

(また、まもれる機体──っ?)

 

 そう確信したとき、ステラはぱっとして笑顔になっていた。おそらくこの新型は、地球軍から奪取した〝G〟兵器のあらゆるデータを統合し、そこにザフトの新技術をフィードバックさせて開発が為されたものなのだろう。中でも、この機体は殊に〝ディフェンド〟の特性を色濃く受け継いでいるようにも見える。

 ──いったい、どんな機動兵器(のりもの)なんだろう!?

 ステラは目を輝かせ、そんな少女の輝く目を見て取って、傍らのユーリは複雑すぎる表情を浮かべたという。

 

(父親からプレゼントを貰った娘、そのものだな……)

 

 形容するユーリとて、一児の父親だ。彼の場合はピアノであったが、我が子に贈り物を賜ったそのときの、輝かしい子どもの笑顔が重なって映ってしまう。

 だが、目の前の少女が贈られたものは何だ? パトリックという男が娘に与えたものは? そんな可愛いものではなく、戦場に舞い戻るためのモビルスーツ──

 

 ──旋律を奏でるのではなく、戦慄を誘うもの。

 ──人を癒やすものではなく、人を傷つけるもの。

 

 ニコルとそう年の変わらないであろう少女が、そんなものを父に賜れて喜ぶ姿など、このときのユーリにとっては毒でしかなかったのかも知れない。

 

「……。この新型は、今まで諸事情あって工廠(ここ)に凍結されていた機体でね。これをキミに授けること……〝コイツ〟の開発責任者として、とてつもなく不安に思う」

 

 形式番号はZGMF-X08A──

 既にロールアウトされた〝フリーダム〟や〝ジャスティス〟より先に開発された機種でありながら、その機体にはいまだ命名式さえ行われていない。そればかりか、充分なテスト運用も終えていないという──

 

「この機体にはNジャマーキャンセラーが搭載されている。火力(パワー)機動力(スピード)防御力(ディフェンス)──あらゆるスペックにおいて、キミがこれまで乗っていた〝ディフェンド〟を凌駕する次世代機と云えるだろう。また、アラスカでキミ達が敗れたという〝フリーダム〟──あの機体と同等……いや、環境や条件次第ではそれ以上の力を発揮すること、開発者としての私が保証する」

「Nジャマー、キャンセラー?」

「そうだ──核の力を、封印から解き放つための技術だ」

 

 そのとき二人の横合いからから、厳めしい声が聴こえた。その声は段々と近づいて来て、硬質な足音と共に照明下までやって来る。

 ふたりは、そちらへと目を遣った。声と共に現れたのは、パトリック・ザラだった。無機質なキャットウォークの上、ライトに照らされる地点までパトリックは進み、一心にみずからの娘を見据えた。

 

「核が生み出す莫大なエネルギーが、戦争に勝つために必要となったのだ」

 

 父は、娘の目を真っ直ぐに見据えた。ステラは威圧にも似た鋭い視線に、わずかに後ずさる。怯えたように、言葉を返す。

 

「核は、ステラからお母さんを奪った──」

「そうだ。そのNジャマーキャンセラーの技術を〝フリーダム〟は敵国に持ち去った。──ここまで云えば、お前の役目は分かるな?」

 

 云われ、ステラはハッと顔を上げる。

 ──核の力が、もういちど、地球軍に……?

 その瞬間、ステラの記憶を、過去の恐怖が支配する。

 

 ──〝ユニウスセブン〟への核攻撃みたいなことが、また繰り返されるかも知れない……!?

 

 ステラは、その閃光を間近に見た当事者であり、被害者でもある。

 ──人はより強い力を求める。

 現実に地球軍は、核を封じられてなお〝サイクロプス〟〝エクソリア〟〝デストロイ〟といった、より多くの敵を殺せる兵器を生み出した。だが、そんな彼らの手に再び核の力が戻れば、彼らは喜び勇んでその〝力〟──その火を使おうとするだろう。

 そんなことは、絶対に許してはならない。少なくとも、このときのステラはそう感じた。

 

「お前は何者かによって奪取された〝フリーダム〟を破壊しろ! ──徹底的にな! この機体は、そのためにお前に託すのだ」

 

 接触したと思われる人物および施設、すべての排除に当たれ。

 パトリックから投げられた指示に、ステラは息を呑んだ。

 

「レノアのような犠牲者が増える前に、ヤツを見つけ出し、破壊しろ! 世界の運命は、オマエに掛かっているのだ、分かるな!?」

「────!」

 

 母を奪った、最悪の核の火──

 ──それを〝フリーダム〟は、地球軍に渡そうとしている……?

 ──ステラたちの〝プラント〟を、滅ぼそうとしている……?

 

 ステラは困惑するが、それと同時に、強く思う。

 もしもそれが本当なら──絶対に止めなくてはならない、と。

 

 

 

 

 

 

 

 そしてステラは、授与された新型機のコクピッドに坐す。

 モビルスーツの命名式は、たったいま終了した。生命を吹き込まれるかのように、パトリックによってステラの新しい搭乗機に名が付けられたのだ。傍らのユーリはその名を訊ね、パトリックは目の前の巨神を見上げながらに謳い上げた。

 

「長きに渡る人類史を思えば、我々のような新人類(コーディネイター)は、まだ生まれたばかりの……赤子のような存在でしかない」

 

 自由のため、正義のため、コーディネイター達は戦っている。

 全ては自分達の生活をよりよくするため──その願いは決して〝悪〟ではなく、この世に生まれた者として、最低限の権利であるから。

 

「生まれたばかり。そうだな……」

 

 それは決して、コーディネイターだけではない──世界にも云えることだ、とユーリは思った。

 世界には大きな変革が起き、今はまだ世界の何もかもが、成長するより、もっとずっと前の段階にある。人々はまだ、隣人を愛し共に生きていく方法さえ知らず、そもそも自立する方法さえ知らないような、未熟にして未発達の段階にある。

 だから、戦争なんて愚かしい現実が拡がっている──

 パトリックとユーリは、そんな世界を共に嘆くように、その機体を見上げた。

 

「世界の揺籃(ようらん)と、人々の揺籃(ゆりかご)を見守る〝護人(もりびと)〟であれ──」

 

 その言葉を聞き受け、ステラは思った。

 ステラはもう一度──「まもる」ための機体を託されたのだ。

 新しい時代と、人々の成長を──見守ってゆくためのモビルスーツを。

 

 

 

 

「機体名称は、ZGMF-X08A〝クレイドル〟──」

 

 

 

 

 鋼鉄の巨人は────フェイズシフトがオンとなり、白銀色に色づいた。

 コクピッドの中で、パイロットスーツに身を包んだステラは、ひとりでに思慮する。

 漆黒の〝ガイア〟──

 鋼鉄の〝デストロイ〟──

 黒鉄の〝ディフェンド〟──

 総じて、これまで暗黒色のモビルスーツを乗り継いでいた彼女にとって、白銀色(それ)は、かつての乗機と決別したようなカラーリングをしていた。

 

 同時に思う──ステラは、今までのように、進むべき道を誤ってはいけないのだ。

 

 黒から白へ──

 悪から善へ──

 過去からの決別だ。

 背部の両翼が大きく拡がり、その機体は、さながら人々の守り神のように羽ばたき出す。

 

(──〝ゆりかご〟……)

 

 独語したステラは、その言葉に切っても切れない因縁めいたものを感じていた。かつてのステラの上官であり、地球連合軍将校だったイアン・リーは、このように述べていた──

 

 ──出撃するたび〝ゆりかご〟に戻さねば戦えないパイロットなど、本当に使い物になるんですか?

 

 それは、生体CPUであったステラ達を明確に揶揄する言葉。

 しかし、全くその通りだと、今ならステラも共感できる。かつての彼女達は、何を隠そう〝揺籃(ゆりかご)〟と名付けられた最適化装置(リラクゼーション)に戻らなければ、まるで使い物にならない欠陥的な兵士であったからだ。

 何の因果か、ステラはこうして再び、同じ名前を冠される兵器の中にいて、あの頃と全く同じように戦場に赴こうとしている。

 

 ZGMF-X08A〝クレイドル〟──今のステラが乗り込む機種として、それはあまりに皮肉な名だ。

 

 しかし、だからと云って、ステラがこれを拒むことはない。

 ──失敗した過去があるから、正しく歩ける今がある。

 成功ではなく、失敗にこそ価値がある。反省と検証、かつての過失は恥じるだけ恥じ、強く戒めた上で未来への糧にすればいい。

 

 ステラの過去の生き方も、現在の生き様も、同時に象徴しているモビルスーツ。

 ──これは今の私に、きっと相応しい搭乗機(のりもの)になる……!

 少女はゆっくりと瞼を開き、上空を見上げた。ハッチが次々とオープンになって行き、星々が煌めく宇宙空間が見える。

 

「ステラ・ルーシェ、〝クレイドル〟出る!」

 

 白く輝く守護神が、深淵の宇宙へと美しく羽ばたいた。

 

 

 

 


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