~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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『ウェルカムバック』B

 

 

 中立国オーブに属する資源衛星ヘリオポリス。

 その工業カレッジで、学生が平和と集り、平和と駄弁っている。

 

「うひゃあ、ひっどいなぁ、こりゃ」

 

 コンピュータを開いて、新しく入って来たニュースを確認している学生がいた。

 茶色い髪、黒い瞳、まだ幼さを残す繊細な顔立ちの少年、キラ・ヤマト。

 隣でニュースを見る為コンピュータを傍観し、今の言葉を漏らしたのはゼミの同級生であるトール・ケーニッヒと、そのガールフレンドのミリアリア・ハウだ。

 

「地球軍とザフト、数では圧倒的に地球側に利があるのになあ」

 

 ウィンドウの中で映し出されるニュースの映像は、地球軍の管轄下にある都市地域がまるで黒炭と化した惨禍を伝えている。

 ザフトの侵攻によって壊滅してしまった都市だろう。

 

「やっぱり違うんでしょ? 連合とザフトじゃあ」

 

 連合とザフト、その間にある違いは、「ナチュラル」か「コーディネーター」か、である。

 長い歴史の中で、遺伝子改変が生み出した新しい人種「コーディネーター」は──学術やスポーツ、その他あらゆる分野において「ナチュラル」のそれを凌駕し、二者……いや、二種族の間に対立を産んだ。

 その溝が歴史と共に強く、根深く掘り下げられ、それが現在の〝本格的武力による対立〟つまり──戦争を勃発させた。

 

「キラ?」

 

 ミリアリアの質問に答えるよりも前に、心ここにあらずな様子のキラに気付いたトールは、彼の瞳を覗くように近寄った。

 目の前で手を振り、おーいと呼びかける。

 キラはそれに反応を示し、やっと現に帰って来た。

 

「あ。ごめん、なに?」

「何考えてたんだ? 意識いってたぞ」

「ちょっと、昔のことをね。幼馴染の友達がいたんだ」

 

 ミリアリアの言葉を聞いて、キラはプラントへ移住して行った、ひとりの幼なじみを思い出した。

 アスラン・ザラ――

 幼年学校で四歳からずっと一緒だった親友だ。

 お互いに十三歳の時にプラントへ移住し、離れ離れになってしまってから、長い間会っていない。

 連絡をとろうにも、彼がいま忙しいのはわかっている。なぜなら昨年、彼は血のバレンタインでお母さんと妹を亡くしているから……。

 この情勢下では、いくらヘリオポリスが中立だと言っても〝プラント〟へは通信もままならない。それに今、アスランがどこで何をしているのかもわからないのだ。

 それを聴いたミリアリアはしかし、面白くなさそうに。

 

「なぁんだ、恋わずらいかと思ったわ」

「え? ど、どういう意味!?」

 

 ミリアリアがさらっと聞き捨てならない事を言ったので、少なからずキラは動揺した。

 ミリアリアはエレカポートの方を顎でしゃくると、そこには女学生の集まりがいた。

 その中でも一際目を引き、高貴な雰囲気を漂わせる美少女がいた。

 名をフレイ・アルスター。

 燃えるような赤色の髪が特徴的な少女だが、ミリアリアがキラに示唆したのは、彼女のことだろう。

 

「本当は見とれてたんじゃないのぉ~?」

 

 意地の悪い笑みを浮かべるミリアリアに、キラは必死になって反論する。

 

「なっ、べ、べつに、僕は……!」

 

 そんなつもりはない! ……はずだ。

 たしかにここ最近は、彼女を見かけると胸の奥の辺りがひとりでに暴れ出すけれど、だからと言って何か抱いているものがあるわけじゃない。

 と思う。いや、あえて言うれば、彼女に対して抱いているのは憧憬であって、そこに恋愛感情などは……!

 

「苦しいぞ、キラ!」

 

 言い訳をウダウダ並べるキラに、トールがヘッドロックを仕掛けた。

 キラはジタバタと暴れ、ギブアップを申し出ると、トールはその腕を緩めた。

 そんな時、フレイ・アルスターのいる女学生集団から嬌声が聞こえた。

 声をあげたのは他でもなく、フレイ・アルスター本人だ。

 

「わぁ、なにあの子! 可愛い~!!」

 

 その声に釣られるように、ミリアリアやトールもその方を向いた。

 キラは絞められていた首を抑えながら数回咳き込むと、後に続いてその方を向く。

 

「え……?」

 

 その時、突然、キラの肩に乗っていた愛玩ロボットの『トリィ』が、キラの肩から飛び去った。

 あ、と声をあげてトリィの飛び去った方向に目をやると、そこには確かに、キラにとって、見覚えのある少女が立っていた。

 その少女を見つけると、キラはしばらく言葉を失った。

 トリィが飛び去ったのは、間違いなくその少女の下であり、少女は肩に止まったトリィに首を傾げさえしたが、今は微笑んでいる。まるで太陽のような笑顔だ。

 

「なあキラ、今、トリィが――?」

 

 トールがキラの方を見る。すると、またか。完全に意識がイっちゃってる。惚れっぽいのか?と勘違いしそうになるが、キラの受けている衝撃は、一言で説明出来るものではなかった。

 少女は見慣れぬ球体のロボットをつれていて、それは珍妙で高価そうなので、アイドルのようにも見えてくる。

 トリィが鳴く度に少女は無垢な表情で微笑み、球体のロボットもトリィと共鳴しているように飛び跳ね、まるで喜びを体現しているようだ。

 トールは唖然としてキラの方を向いたが、対するキラは、そんなトールよりも大きく唖然とし、愕然としていた。

 

「ステ、ラ―――!?」

 

 言葉を発するのと同時に、キラの体は自然と動いていた。

 トリィの止まった少女に向けて、走るように駆けていく。

 

 いや、でも、そんなはずは――! 

 

 何も懸念しなかった訳ではない。

 人違いである可能性も重々理解した上で、キラはその方に駆けていた。

 しかし、いくらトリィと言えど、他人の肩になど滅多には止まらない。

 だから確信があった。

 あれは、人違いなんかじゃない、と。

 

「お、おい、キラ!」

 

 キラを呼び止めるトール。

 しかし、走り出したキラはその言葉も耳に入らない。その上、キラは足が速いので、同時にスタートダッシュを決めたとしてもトールには勝てる自信がない。

 今はもう、視覚以外は機能していない、それほどの衝撃をキラは受けていた。

 

「ステラ! 〝ステラ・ザラ〟!!」

 

 

 

 

 

 

 鳥型のロボットが、いきなりステラの肩に止まった。

 見覚えがあるような気もする……それに、ハロもすごい喜んでる。

 鳥さんは、ステラに話しかけて来るように鳴いた。

 だからステラも微笑み返した。

 

 鳥さん、可愛い。

 

 そのあと、いきなり名前を呼ばれた気がした。

 ううん、現実に呼ばれた──「ステラ」って。

 その声がした方を向いたら、こっちに駆けてくる茶色い髪の男の人がいた。

 ステラの名前を呼んでいたのはその子だった。呼び名にステラが反応してこちらを向いたから、さらに確信を持ったように近づいて来た。

 

「はぁ、はぁ……キミ―――!?」

 

 その人は息を切らして、幽霊でも見てるみたいに愕然とした顔を浮かべている。

 この人……会ったことあるのかな。記憶を辿ると見つかった。

 その人はステラにとっても、とっても身近な人。

 

「キ、ラ………?」

 

 まるで記憶に準ずるように、無意識にその名前が完成していた。

 ステラの記憶の中の、キラ・ヤマト――おにいちゃんと親しいともだちで、昔、何度も一緒に遊んだことがあった。

 キラはそうだよ! と何度頷き、慌てながらも言葉を続けた。

 

「生きて、たんだね……良かった!」

「?」

 

 きょとんとすると、きょとんとされた。

 

「ユニウスセブンに核が落ちて……! ああ、ほんとに良かった……!!」

 

 キラの思っている事がやっと理解できた。

 キラの中では、アスランと別れてから、ステラとお母さんはユニウスセブンに在住していると聞いていた。

 事実としてはそうだけど、ステラはあの日、シャトルに乗っていた。でもそれを知らないキラの中では、ステラは既に亡くなった事になっていてもおかしくない。

 

 

 

 

 

 

 アスランの家に行けば、当たり前の様に無邪気に遊び込んできた少女が今、そこにいる。

 遺憾にも、亡くなったと聞いていたのに。

 

「ヘリオポリスに、何かあったの? もしかして、アスランも一緒なの?」

 

 尋ねるキラの今度の目は輝いている。

 プラントにいるはずのザラ一家がヘリオポリスに来たのだとすれば、まして、出会えたのがステラなのだから、アスランに久方に会えるかもしれない。

 そんな思いあっての輝きだろう。

 しかし、ステラは首を横に振った。

 

「ううん、いない。ステラ、アスランにまだ会ってない」

 

 言葉の内容に、愕然とするキラ。

 昨日今日の話ではないのだ。

 ステラは血のバレンタインより、いや、それ以前からアスランやパトリックとは会っていないのだ。

 

「そんな……! きっとアスランは、キミのお父さんだって、必死になってキミのことを」

 

 僕と同じように「死んだ」と考えているはずだ! ――きっと。今も。

 少し怒鳴り気味になったキラの声に、ステラは少し射竦められたように答えた。

 

「うん、だから会いたいの。でも、どうすればいいかわかんないから」

「あ……」

 

 しゅんとするステラに、キラは、ああ、そういえば「こういう子」だったなあと懐かしい記憶を手繰り寄せた。

 色々と疑問がある。

 まず、今までステラがどこで、何をしていたのか?

 こうして生きているというこよは、何らかの事情があって、当時ユニウスセブンから離れていたということになるのだろう。

 

 しかし、それからは?

 

 無事でいたのなら、この一年間でアスランを探す手立てはなかったのだろうか?

 アスランは出来なくても、有名でもあるアスランの父ならば、いくらでもそれはあったはずだ。

 キラはまずそれについて尋ねる。どうして父を探せなかったのか、と。

 

「ん?」

 

 キラが訪ねると、しばらく沈黙の時間が流れた。

 

「色々あった」

 

 上手く説明出来ない。

 ステラにとってそれだけのことである。

 

「あ、そう……」

 

 ズルッと滑りかけたキラだったが、その「色々」には、語りたくない何かが含まれているかもしれないと判断し、それ以上の詮索はやめにした。

 さて、二つ目の疑問だ。

 それは、ステラが随分と大人びて見え、まるで同年代に見える、ということ。思わず上から下まで凝視してしまったことは認める。

 しかし、女の子に体について質問するのは気が引けたので、

 

 大きくなったね。色々と。

 

 そう思って、質問こそしなかった。

 

「キラ?」

 

 その時、後ろから声がかかった。

 トールとミリアリア、その後ろでフレイ達も趣深そうにこちらを覗いていた。咄嗟にかかった声に、キラも目が覚めた。

 

「キラ、知り合いなの?」

「ああ、うん。まあね」

「へえ! 隅に置けないなぁ、キラも」

 

 今にも口笛をひゅ~と吹きかけたトールだったが、ステラを見るトールの視線が、ミリアリアに捕まった。

 

「なぁにトール。目つきやらしい」

「ばかッ! そんなんじゃないってのぉ!」

 

 目を細めて、いかにも軽蔑している様子だ。

 ミリアリアのそれはトールをトールとして見ているのではなく、ただのスケベ男として見ている目だ。

 

「ステラ………っていうんだ。僕の友達の妹なんだ」

 

 咄嗟にキラは、ステラの名前を途中で止めた。

 ステラの本当の名前はステラ・ザラ――しかしながら『ザラ』と言えば、プラントの国防委員長である事くらいヘリオポリスでも有名だ。

 中立の国にザラの名前を持ち込んで、無駄な諍いを起こすのを防ぎたいと、キラは自然とステラの苗を言わなかった。

 

「へぇ、可愛い子だねぇ~」

 

 ミリアリアが率直に感想を述べる。

 悔しくもトールが一瞬寝返りそうになったのも頷ける、と。

 

「あ、いけね! もうこんな時間だ! キラ、ミリィ、そろそろエレカ捕まえねーとやばいぜ?」

 

 ちらりと腕時計に目を遣ったトールが慌てたように言った。

 

「あ、ごめん。二人先行ってて!」

「でもキラ、おまえ教授から指名受けてなかったか? 手伝いどうすんだよ?」

「後でちゃんと謝っておくから、気にしないで」

 

 トールはそうか、と言うと、ミリアリアの肩をとってエレカポートに戻った。

 戻った先で、二人はフレイ達とステラについて話している様子だ。

 

「キラ、怒られるの?」

「え?」

「ステラも、時間に遅れたら怒られた事がある。だから」

 

 ステラが言いたいのはMSの帰投時間の事であって、軍人と学生の遅刻では随分重さが違うのだが。

 キラは無垢な表情で尋ねて来るステラを見て、ああ、やっぱり昔と変わらないな、と思えた。自分を心配してくれているのだろう、そんなステラに微笑んだ。

 

「大丈夫だよ。ちゃんと謝れば」

 

 多分……。

 

「そういうものなの?」

「うん。きっとね」

 

 それを聞いて、ステラはパッと晴れた顔になった。

 

「でも、色々あってアスランにも会ってない、か……。ステラは会いたいんでしょ? アスランに」

 

 言うと、ステラはうん、と頷いた。

 

「わかった。じゃあ僕も協力するよ、一緒にアスランを探そう! ステラ、しばらくはヘリオポリスにいるんでしょ?」

「うん、いるよ。どこ行けばいいかわかんないけど」

 

 答えると再び、キラはきょとんとしてしまった。

 

「え、帰るおうちは?」

「ない」

 

 短い言葉に、あっけらかんと答える態度も合わせて、キラの頭に電撃が走った。

 昔からステラは浮いている面があったけど、今回ばかりは意味がわからないし、浮きすぎだ。

 色々あって家族には会えずヘリオポリスにいるのに、ヘリオポリスには帰る場所がないって、一体この一年間、どこにいたんだ?

 結局のところ、色々って何なんだ?

 

「ま、まずいんじゃないの。それ」

「うん、だから困ってるの」

 

 ダメだ。

 この無垢さが憎めない。とキラは思った。

 

「わ、わかった。ならウチにおいでよ。アスラン探すのにも、ウチなら何かと便利だしさ」

「いいの?」

 

 聞かれると、キラは頷いた。

 

「アスランが見つかるのはいつになるかはわかんないけど、アスランの事なら、僕の両親も知っているし。君もね」

 

 元々、キラの両親であるカリダとハルマはコペルニクス時代において、家を留守にしがちなレノアに変わってアスランとステラの面倒を見ていたのだ。

 アスランがロールキャベツが好きなのはそれが所以となっている。てっきり亡くなったと思われていたステラが生きていたと、二人に説明したらきっと家族の事のように喜ぶだろう。

 

「うん、わかった」

 

 そうして、ステラはしばらく、キラの邸宅に身を預ける事になった。

 

 

 

 

 

 


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