~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

50 / 112
 クレイドルの詳細について、活動報告を更新しました。



『アトミック・クルーガーズ』A

 

 白銀の巨人、ZGMF-X08A〝クレイドル〟──

 

 吹きつける雷雨に打たれながら、ラクスはこれを見上げ「まさか」と心中に云った。

 そもそもの話のはじめ、彼女は〝プラント〟において情報収集などを行っている〝ターミナル〟と通じており、ザフトが極秘に進めていた『新型〝G〟の開発計画』について、詳細なデータを掴んでいた。

 Nジャマー・キャンセラーが解禁された昨今、モビルスーツの動力に核エンジンを採用するのは、技術的にそう難しいことではない。核分裂反応により生み出されるエネルギーは無尽蔵なものであり、これをバッテリーとして利用すれば、その恩恵を受け取った機種は補給不要のスタンドアローンへと化けるだろう。

 

『これからの戦局は、こうした核動力機こそが支配する』

 

 パトリック・ザラはそう断じ、ZGMF-Xナンバーズ──通称『ファーストステージシリーズ』──の開発計画を始動させた。

 そしてC.E.71年、6月上旬現在、このシリーズ目を構成するモビルスーツは合計で七機とされている。ここより先は、少なからずラクスがその情報を掴んでいる機体群の紹介である。

 

 YMF-X000A〝ドレッドノート〟──

 Nジャマーキャンセラーと核ジェネレーターを実験的に搭載した、史上初の核動力モビルスーツ。核エンジンの具合をテストするアグレッサー機のため、試験が終わった現在は分解され、表向き廃棄処分されたことになっている。

 

 ZGMF-X08A〝クレイドル〟──

 ドレッドノートで得た運用記録を基に開発された、正式なシリーズの第一機。地球軍から奪取したG兵器の技術や特性を統合し、何よりも信頼性を重視して開発された機体。シリーズ機で構成された混合部隊の指揮、統率を行うべく最初に完成した機体だったが、諸事情により工廠内に凍結されていた。

 

 ZGMF-X09A〝ジャスティス〟──

 格闘・実弾・ビーム兵器をバランス良く備え、対迫撃戦において真価を発揮する機体。多彩かつ強力な武装を全身に満載した、中・近距離の白兵戦に特化した性能を持つ。アスラン・ザラが受領した後は獅子奮迅の活躍を見せ、ザラ政権の尖兵にして剣、ザフト軍の勝利の導き手として畏怖されている。

 

 ZGMF-X10A〝フリーダム〟──

 多数の火器を用いた制圧戦、ハイマットモードによる驚異的な高機動戦を得手とする機体。多重砲撃による単機での制圧能力に秀で、主に遊撃戦において本領を発揮する。戦争を止めようと立ち上がったキラ・ヤマトの翼として、アラスカに降下した後はアークエンジェルと共にオーブ連合首長国に渡ったと聞く。

 

 アプリリウス市で製造された機種はこの四つに限られるが、この他にも〝どこか〟──秘密裏の場所において、さらなる核動力機が開発されたとの情報もある。

 ZGMF-X11A〝リジェネレイト〟──

 ZGMF-X12A〝テスタメント〟──

 ZGMF-X13A〝プロヴィデンス〟──

 それらがどのような特性を持った機種であるのか、それはラクスにもまだ分からない。しかし、彼女自身がザフトのモビルスーツについて、ここまで精通した情報を持ち合わせていることは事実だった。

 

 

 

 

 

 今からおよそ半月前、太平洋上での死闘の傷を癒すキラ・ヤマトが、まだラクスの屋敷に匿われている頃の話──

 新たに立ち上がることを決めたキラは、ラクスにこう伝えた。

 

『何と戦わなきゃいけないのか、わかった気がする。だから、僕は行かなきゃ』

 

 少年の顔には云い知れぬ覚悟があり、故にラクスは〝フリーダム〟を彼に託した。

 とはいえ、単な思いつきで〝フリーダム〟を手渡したわけではない。当時アプリリウスの工場にはロールアウトを待望された新型が三機──〝フリーダム〟〝ジャスティス〟〝クレイドル〟──秘匿されており、彼女はそれらの中から彼に渡す機体を選び出す必要があったのだ。

 

 ──どのモビルスーツが、キラに相応しい〝力〟となるでしょうか?

 

 結論から云えば、ラクスは〝フリーダム〟を選び、他の機種よりも、それこそが最もキラにとって相応しいモビルスーツになると考えた。

 勿論、それら三機の中に、明確な性能差など存在しない。ザフトが粋を尽くして開発したモビルスーツ群に、規格上の優劣や貴賤などあるはずもない。しかしながら、それにしたって機体各個の得意分野、相性のようなものはあるだろう。

 

 より多数の敵を相手取る必要のある「遊撃」および「制圧」──これらを目的とした戦闘において、それは間違いなく最強のモビルスーツだったのだ。

 

 実際、アラスカでの戦闘に介入した〝フリーダム〟は、その多重砲撃形態(フルバーストモード)を駆使して多くのモビルスーツを無力化してみせた。無力化に留めたのはパイロット独自の自戒と戦法の結果だが、戦場にあった多くの命を殺さず、生かし、撤退だけを促すという前代未聞の──そう、前代未聞のだ──偉業を成し遂げたのだ。

 それは迫撃に重きを置く〝ジャスティス〟では難しい話で、あるいは〝クレイドル〟であっても同様────いや、後者はそれ以前の問題か。

 そもそも〝クレイドル〟をキラに託したとして、それが彼に扱えるのか。ラクスはつくづく懐疑的だった。

 

ZGMF-X08A(クレイドル)には、ドラグーン・システムが搭載されています)

 

 ドラグーン・システム──

 量子通信を用いた武装端末を自在に制御し、モビルスーツ本体から切り離して運用する誘導砲塔機構。大西洋連邦の〝メビウス・ゼロ〟が搭載していたガンバレルを起源とするもので、それと違って無線化されたドラグーンは、より高次元的な空間機動に対応した多重的・多角的な狙撃を可能にしている。

 ただし代償として、この機構はガンバレル同様に使用者に傑出した空間認識能力と、卓抜した情報処理能力を要求する。

 

(この機構が、あるから)

 

 工場局に〝クレイドル〟が凍結されていた理由のひとつ──

 それはドラグーン・システムを自在に扱える人間が、ザフトの中に見つからなかったから。否、ザフトの名誉のために釈明すると、正しくは見つけきれなかった(・・・・・・)だけであり、本当に見つからなかったのではない。

 さりとて、はっきり異質な能力が求められていることに変わりはなく、ザフトにおける緑色や、士官学校でちょっとばかり優秀だった程度の赤色に扱えるものではなかったのだ。

 

(おそらくは、今のキラでも扱えはしないでしょう──まだ(・・)

 

 調べたわけではないし、これはあくまでラクス個人の勝手な予見でしかない。

 しかし後日になって、あのアスランさえもが〝クレイドル〟から遠ざけられたことを見るに、当時の判断は間違ったものではなかったという確信もある。

 結局のところ、ラクスはザフトの人間と同じように〝クレイドル〟を見限り、見捨て、見放したのだ。しかし今、そのモビルスーツは厳然と彼女の目の前に聳え立つ。妹のように触れ合い、可愛がって来た少女の搭乗機となって、ラクスを見返すように彼女の前に現れたのだ。

 

「──まさか」

 

 ステラが、乗り手として選ばれたというのか……?

 ラクスは驚きに見開いた瞳のまま、ステラを見つめた。

 

 

 

 

 

 闇色の空へ飛翔した〝クレイドル〟は、地上に展開するザフトの新型モビルスーツ部隊と対峙した。

 ZGMF-600〝ゲイツ〟──

 ビームライフルとビームサーベルを携行する〝ジン〟の後継主力機だ。地球軍から奪取した技術をフィードバックした高性能汎用機。

 これに乗り込むのはザフトの特殊部隊だが、彼らは仄暗い闇色の空に白く眩いモビルスーツが舞い上がるのを認めていた。

 

〈ラクス・クラインは間違いなく〝あそこ〟にいる! 仕留めるぞ!〉

 

 通信にて心を通わせた特殊部隊員は、そこからビームライフルの照準を、白銀色のモビルスーツへ固定した。

 しかし、そんな兵達の中にも、相手の機種の圧倒的な威容を前に、云い知れぬプレッシャーを憶える者もいた。

 

「──何なんだ、あの機体は!?」

 

 眩いほどの輝きを放つ白銀の装甲を、シアングリーンの彫刻が飾っている。

 淡い碧色がフレームを縁取った神々しいまでの威容。これを拝見する者を生理的に拒まない毒の無いデザインだ。全〝プラント〟国民の希望の旗頭となるべく、大衆受けを狙ったデザインに仕上げられた神聖然とした機体は、さながら〝時代の守護神〟たらんばかりの美しくも力強い外貌をしていた。

 

〈友軍機の反応が出ている? しかし……!〉

〈ああ、俺達で沈めるぞ!〉

 

 そこから間を置かず〝ゲイツ〟部隊はスラスターを噴かせると同時に、上空の〝クレイドル〟にビームライフルを斉射した。

 白銀色の新型は、圧倒的なスピードでこれを回避し、すべてを捌いた。

 そのスピードは、超越的である。吹き荒ぶ豪雷雨の中、視力に優れたコーディネイターでさえ、敵機を雷と見まがうほどの機動性──電光石火とは、あのような動きのためにある言葉であった。

 

「〝プラント〟の中で、よくもビームを撃てる」

 

 ザフトの量産機は、これまでは実銃と実剣しか持ってこなかったはずだが、目下の〝ゲイツ〟という機種はまるで新しい玩具でも手に入れたかのようにビームライフルを嬉々として連射していた。

 少なくとも、ステラにはそう見えた。

 いくら等閑地とはいえ、民間の屋敷を爆撃したあのときから懸念はしていた。しかしそれは確信となりつつあり、やはり彼らはラクスを仕留めることが出来るなら、その過程で何が起こっても、何を巻き込んでも構わないというのだ。

 

「わたしはそんなに優しくない(・・・・・)ぞ、覚悟しろ!」

 

 みずからをそう形容しながら、少女は機体を前進させた。両腕で抱えるほどの大型ビームライフルを突き立て、照準を〝ゲイツ〟に固定させたのだ。

 と、高出力のロングライフルが、アウトレンジから〝ゲイツ〟一機の胴体を正確に撃ち抜いた。撃ち抜かれた機体は拉げ、忽ちに爆散する。鉄の破片が炎の糸を引き地上へと墜落、やがて火山弾のようにして住宅街の建物へと突っ込んだ。

 

「……! 宇宙(そら)へ出ましょう。やはり、このような場所での戦闘は望ましくありませんわ」

 

 ノーマルスーツに身を包み、シートに傍らに身を折っていたラクスが助言する。

 ステラは頷き、そこから機体を反転させた。抜き打ちにフットペダルを強く踏み込み、展開する敵部隊を振り切るように〝プラント〟の天頂──はるか高々度へ飛び去って行く。

 

〈──(はや)い!〉

「目標を逃がすな、撃ち落とせ!」

 

 機動性でも強化された〝ゲイツ〟も、慌てて〝クレイドル〟の後を追った。だがやはり新型に追いつけるはずもなく、ザフト兵達は連携しつつ三機分のビームライフルを苦し紛れに斉射し続けた。

 空中を通り過ぎたビームは、これを避けた〝クレイドル〟を横切って最果てにある〝プラント〟の内壁、分厚い自己修復ガラスへ着弾する。そのガラスは、ある程度の熱量にも耐久できるよう設計されているが、ビームの連射を受け切るほどのものではない。溶け落ちてしまえば空気が漏れ、そこは大きな宇宙空間への入り口になるだろう。それを見たステラの顔色が変わった。

 ──〝プラント〟の全てを壊す気か、こいつらは!?

 ステラの体を、純粋な怒りが支配する。退避を求めるラクスの指示も正しいが、看過できないこともある。ステラは歯噛みし、素早く機体を反転(AMBAC)させていた。

 ──黙らせる!

 急に回頭し、こちらに向かって来る〝クレイドル〟を認め、男達は会心の笑みを浮かべる。狙い通りだ、と云わんばかりの下衆な笑みを。

 

「両脇から挟み込む! 散開しろ!」

〈了解!〉

 

 ──隙だらけだ!

 確信と共に、二機の〝ゲイツ〟が〝クレイドル〟を挟撃してかかる。

 挟み込まれた〝クレイドル〟であるが、白銀の機体はそこで、それまで両腕で抱えていた大型のロングビームライフルをふたつに割った(・・・)──

 

「なに!?」

 

 ──いや、分離させたのである。

 MA-SB0リンクス・ビームライフル。小型化された二挺の拳銃を握りながら、ステラは左右の〝ジン〟に鮮やかな同時射撃を行った。二挺のライフルから放たれるビームが、これを挟んで展開する二機の〝ゲイツ〟を同時に射貫いた。

 

「ビームライフルがふたつ!?」

「沈め!」

 

 〝クレイドル〟に専用搭載されたリンクス・ビームライフルは、地球軍から奪取した〝バスター〟のロングライフルを参考に設計されたものだ。二挺のライフルを連結させたり、分離させたりすることで、攻撃の選択肢を広げ、戦況や目標との距離に応じた的確な射撃戦を展開できるようになっている。加えて、連結時にはビームの出力も当然に増大し、ある種のスナイパーライフルのような運用方法、先程に見せたアウトレンジからの狙撃も可能になっている。

 

「贅沢なっ!」

 

 撃墜を免れた最後の〝ゲイツ〟は、なおもビームライフルを連射して〝クレイドル〟を牽制した。

 がむしゃらに放たれる火線を、またも捌いてゆく〝クレイドル〟は、次の瞬間、両腕に填め込まれた二基の防盾──その先端部に備え付けられた光波発生装置(リフレクター)からビームスパイクを発心させた。構造としては〝ディフェンド〟の四肢と連動していたビームウェイブに近いものだが、そのような武装も、結局はビームサーベルにしか見えないのが、これを遠目に見ているザフト兵達である。

 

「ビームサーベルまで、ふたつ……! 何だっていうんだ、その機体は!?」

 

 工場局に〝クレイドル〟が凍結されていた理由のふたつ──

 それは、本機の武装面での異質さに由来する。〝クレイドル〟はビームライフル、ビームサーベル、対ビームシールド──あらゆる基本装備を二挺ずつ携行しており、戦況に応じて常にそれらを入れ替えながら駆使する必要を迫られる。全ての武装を順当に取り回すために、それまでの常識から外れた立ち回り(・・・・・・・・・・・)を求められる、と云ってもいい。

 言葉にすると簡単だが、現実にすると難儀なことだ。おおよそ古来より、二刀剣術や二丁拳銃のような流派が実戦で普及しなかった例に近いかも知れない。フィクションの世界では華麗であるように扱われる二天一流の兵法は、煎じ詰めれば防御面の一切を放棄したスタイルであり、生まれながらに特殊なセンスを秘めた者、あるいは特殊な鍛錬を重ね続けた者でなければ、その異質さを会得することなど不可能だ。

 

 ──では、ステラにはそれだけの適性があったのか?

 ──仮に適性があったとして、それをモビルスーツで再現するほどの技術が彼女にあったのか?

 

 定かではないし、この場でラクスがいくら考察したところで、明確な答えなど出るはずもない。

 しかし、生体CPU(エクステンデット)として文字通り異質な訓練を受けさせられていたステラなら──

 あるいは、とっくにZGMF-X88S(ガイア)というザフトの操縦系に慣れていたステラなら──

 いきなり〝クレイドル〟の異質さを戦術的に使いこなすことも、無理難題ではなかったのかも知れない。

 

「──墜とす!」

 

 白銀色の雷光が駆け抜け、これの接近を許した最後の〝ゲイツ〟は、次の瞬間に二挺のビームジャベリンに切り裂かれていた。豪快な爆発音と共に、中空に炎の華が咲く。

 ──これで、終わりではない……!

 安心している暇はなかった。屋敷を襲った連中は、もっと大勢いた。何かしらの増援が来ることを予感したステラは、そのまま機体ごと宇宙への脱出を図った。

 燦然と輝く星屑の〝海〟が、彼女達を歓迎する。

 だが、殆ど同時にその瞬間、遠方にきらりと何かが反射したように映った。ステラは反射的に対応し、機体を半身にして急速上昇させた。すると案の定、下方より迫っていた〝何か〟が、それまで〝クレイドル〟が浮かんでいた空間をひと凪ぎにした。

 

「なんだ!?」

「あれは……!?」

 

 黒く、そして禍々しい機体──

 地球軍から奪取した〝イージス〟とそっくりの形状をしたモビルアーマーが、突き抜けるような高速で宇宙を駆け巡っている。ダークブラックに塗装された四本の鋭利な鉤爪──それらを自在に操り、巧みな重心移動によって方向転換を繰り返しながら、そいつは瞬く間にまたも〝クレイドル〟を強襲する。

 その見慣れない風貌を認めた途端、ステラは歯噛みする。

 

「新型か──!」

 

 敵に回すにあたって、それほどに警戒心を煽る響きを持った言葉はないだろう。

 ステラは小さく舌打ち、機体の腰部から二挺のビームジャベリンを抜き放った。グリップを両手に握ると同時に、両前腕のシールドからもそれぞれにビームスパイクを発心させる。全て合わせて四本の光刃を抜き放ったその戦闘形態は、東洋において「四刀流」とでも名目されそうなスタイルだった。

 対する漆黒色の正体不明機(アンノウン)は宙域中を高速で駆けずり回りながら、その軌道で何度か変則的な屈曲を繰り返すと、もうふたたび〝クレイドル〟に突貫を仕掛けて来た。ステラでさえ捉え切るのがやっとに思えるような疾風迅雷──すれ違いざまに迎え撃つように刃を置いてやろうと考えた彼女だったが、その敵影は〝クレイドル〟の目前に迫ったところで、唐突に変形を始める。

 ──変形? いや、変態である。

 鋭利な四本脚を押し開き、一対の目と二本のVアンテナを頭部に突き立てたMSが現れる。ラクスは目を開き、思わずその呼称を口にした。

 

「あれも、ガンダムですか──」

「ガンダム……?」

 

 形状は〝イージス〟とそっくりと云った。

 だが違う。少なくとも、その全長は〝イージス〟の三倍近くある……!

 

「大きい……!?」

「偉そうな……っ!」

 

 ダークブラックとバイオレットのツートーン。

 純粋なる闇から醸成されたような暗憺たるカラーリングは、それ自体が宇宙空間では迷彩のように機能して、深淵的な黒い背景に溶け込んで輪郭や全貌を捉え切ることすら難しく感じさせる。その大きすぎる、規格のサイズ感も相まって。

 

「いいな、いいな! 見苦しくあがいてみせろ、お嬢ちゃんどもォ!」

 

 ZGMF-X11A〝リジェネレイト〟──

 パイロットはアッシュ・グレイ。パトリック・ザラが開発を命じたファーストステージシリーズのうち、四機目に相当する機体であり、大西洋連邦から奪取した〝イージス〟の形状を参考に開発が進められた。様々な特殊機構を実験的に搭載したことにより、機体の規格が已むを得ず大型化した経緯を持つ。

 

「こんなところで兄弟機に出逢えるなんて、光栄だねぇッ!」

「……!」

「乗っているのは、お嬢ちゃんだがなァ!」

 

 見ると、巨大な〝リジェネイレイト〟の後方、増援であろう複数の〝ジン・ハイマニューバ〟や〝ゲイツ〟の混成部隊が確認できた。おおかた屋敷から退避した後、そそくさとモビルスーツに乗り込んだMS小隊と見える。

 敵部隊は〝クレイドル〟を一斉包囲し、ひとえにビームライフルを構え出した。多勢に無勢とはこのことであり、ステラは瞬時に身構えたが、そんな部下達をアッシュは高らかに手で制した。

 

「こいつぁオレが殺戮する! お前達は手ェ出すな!」

 

 増長にまみれた言葉に、ステラはカッと血が沸くのを憶えた。

 しかし、最新鋭の核動力機を任されたということは、アッシュは相当な実力を持ち、同時にそれを本国にも認められているということ。彼はそれだけの自負と、自信を持って発言をしていた。

 

「オレはただ、みずからの心の声に従うのだ──より速く! 多くを殺せとな!」

「おまえが……おまえの方が、死んでしまえばいいんだっ!」

 

 激したように〝クレイドル〟はビームサーベルを抜き放ち、〝リジェネレイト〟へ突撃した。これを認めて「はっ!」と笑い飛ばしたアッシュは、自機の長大な両腕と両脚(マニュピレーター)の先端からロングビームサーベルを出力し、迎撃の構えを取ってみせた。

 そうして宇宙空間に同時に描かれる、四本の鋭利な〝光の弧〟──

 その想定以上の雄大さ、迅速さに、ステラは直感的な戦慄を憶えた。突撃していたにも関わらず、彼女は咄嗟に機体に制動を掛けさせ、結果的にその判断……いや直感は賢明なものと云えた。そうしていなければ、今頃は鋭利な斬撃の餌食となっていたからだ。目の前の敵は、ただ図体が巨大なだけなのではない──

 

(はや)い……!? そんなっ、あんなにも大きいのに!」

 

 全長にして〝デストロイ〟や〝エクソリア〟ほどはあろうという巨体を持つ〝リジェネレイト〟──しかし、その機動性は先述の二機の比ではないらしい。

 元より宇宙空間、無重力下での運用を想定している〝リジェネレイト〟は、その巨体と重量を補って余りある機動性を獲得していたのだ。一挙手一投足が重力に向背し、それゆえに愚鈍極まりなかった地球軍製の大型機種と異なり、全身各所に配備されたスラスターは高度な姿勢制御を可能にしているのだ。

 機体の特性自体も、砲撃戦よりは白兵戦に主軸を置いているのだろうか? なんにせよ、機体の運動性だけをみれば、そいつはそいつと比べて二回りも小柄な〝クレイドル〟にも劣らない──いや、変形機構を有する分、あるいは〝クレイドル〟以上に高い機動性を有しているかも知れない。

 

「大きい機種の方が、素早いなどと──? そんな話があるのですか!?」

 

 ラクスは驚くが、なるほど、互いに核エンジンを搭載するモビルスーツであり、在来機種よりも遥かに画期的な機体性能を持っているということか。

 この時点で、今までにステラが握っていた機体性能の優位性は、完全に帳消しとなった。アッシュの云った通り、同シリーズ機の衝突という構図には、疑いようがなくなったのだ。

 

(性能の差は、ゼロに等しい)

 

 ラクスが口内に云った。

 ステラはふたたびリンクス・ビームライフルを連結させ、敵機からの距離を開いた。そのままロングレンジライフルをポイントし、〝リジェネレイト〟にビームを掃射する。対する〝リジェネレイト〟もまた、咄嗟に掲げたロングビームライフルで反撃する。

 宙域で衝突した光条同士が、真空中に真白い閃光を走らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 ステラは容赦のない射撃を〝リジェネレイト〟に浴びせかけながら、どうにかして距離を詰めて来ようとする大型敵機の巨大な影をいなし続けた。

 その判断は、正しかった。圧倒的巨体に裏付けられた〝リジェネレイト〟の長大な四肢──〝ディフェンド〟のように四肢そのものを〝刃〟として叩きつけに来るロングビームサーベルは、じつに広範囲をカバーしていた。そのリーチは攻勢に転じたときには当然の猛威を振るうが、どちらかと云えば守勢にも応用でき、同じ大型機である〝デストロイ〟とは好対照に、格闘戦および対近接防御を完璧にこなしてしまうほどだ。

 

(──〝アレ〟に近づくのは、自殺行為だ)

 

 モビルスーツパイロットとして、ステラはどちらかと云えば射撃よりも格闘を得手とする者だと区分することができるのだが、さりとて相性の悪い相手と認識していながら、意地でも格闘戦を持ちかけるほど迂闊ではない。

 見る限り、敵の〝リジェネレイト〟は格闘戦を得意とする一方、腰部備え付けのロング・ビームライフル以上に射撃系の武装を持っていない。つまり、中・遠距離からの反撃能力に圧倒的に乏しいと云えた。どのみち格闘戦で勝てる相手ではないのだから、ここは距離を開いて、射撃に徹するだけでいいのではないか。

 

(劣る分野が分かっているなら、勝てる分野を見つけるだけだ)

 

 ところで、ステラは新たな搭乗機、〝クレイドル〟の基礎スペックについて、既に詳細なデータを頭の中に叩き込んでいた。

 武装面から明かしてゆくと、二挺のMA-SB0リンクス・ビームライフルを両腰側部に、〝フリーダム〟や〝ジャスティス〟と同型のラケルタ・ビームサーベルを二挺背面翼部にマウントしている。頭部にはMMI-GAU2ピクウス・72ミリ近接防機関砲、〝ディン〟や〝フリーダム〟の羽根に酷似した背面部、半月状のフレキシブルバインダーには、左右に一門ずつMMI-M12リノセロス・リニアキャノンを内蔵している。この電磁砲は通常は両脇に抱える形で使用するが、切り離し(リジェクト)を行うことで手持ち武器としても使用可能で、通常の質量弾頭の他にも、徹甲弾や粘着榴弾など、用途に応じた各種特殊弾頭も射出可能な多機能性を秘めている。

 そして、本機の最大の特徴とも云える──両前腕部にマウントされた二挺の複合兵装防盾システム。光の鎧を意味する〝エンドラム・アルマドーラ〟と名付けられた防盾は、シールド表面部に光波防御帯を展開する他、先端の光波発生装置(リフレクター)からはビームスパイクの刃を発心させたり、砲門としてビームキャノンを放射したりすることが可能だ。まさしく攻守一体の性能を体現した防盾システムであるが、この両シールドは前腕に固定されたものではなく、先述したドラグーン・システムを搭載していることで、それぞれ機体から切り離して独自に操作することも可能な設計になっている。

 ここから先は余談になるが、そのような設計であるために、本機は前腕部分にシールドを装着したままでは手持ち武装を使用する際、射角に一部制限が生じるという欠陥的な一面も持っている。それは本機を設計した工場局技術部の食い違いや行き違いなどが詳しい背景にあるのだが、詳しくは言及しない。いずれにせよ、それは機動兵器としての汚点であることは確かだ。

 

(──ドラグーン・システム……)

 

 二挺の盾はシールドとしての防御用途に加え、誘導砲塔としての攻撃性能も併せ持っている。このことは、ステラの中に〝デストロイ〟の大型ドラグーン兵装──〝シュトゥルム・ファウスト〟を彷彿とさせた。

 

 ──名前くらいなら、聞いたことがある。

 

 ムウの〝メビウス・ゼロ〟やネオの〝エグザス〟──スティングが乗っていた〝カオス〟も、それと同じシステムを用いた武装を持っていた。

 ステラの脳裏に、ベルリン出撃前の会話の記憶が呼び起こされる。それは、ステラを蚊帳の外にするようにして行われた、ネオとスティングの会話の記憶だ。

 

『──なァんで俺には〝アレ〟くれねェんだよ』

 

 身を切り裂くような、吹き荒ぶ雪交じりの寒風の下。スティングがふてくされるようにネオに訴えた一説だ。彼のいう「アレ」とは、すなわちステラに優先的に与えられた〝デストロイ〟のこと。

 

『──適性なんだ』

『ああ?』

『ステラの方が、効率がいいと──データ上でな!』

 

 そのときネオは裏付けていた──エクステンデット達のまとめ役だったスティングよりも、実はステラの方がパイロット適性が高かったということを。

 そのことで今さら増長するつもりはないが、だからこそ、なおのこと今のステラにはドラグーン・システムを制御する自信と自負がある。スティングにできたこと、ステラにできないはずはない──という。

 

「使ってみせる……!」

 

 短く独白し、ステラはドラグーン・システムに灯を入れた。傍らのラクスが驚いたように声を挙げる。

 

「使うのですか……!?」

「いま、目の前の〝リジェネレイト(アイツ)〟をやっつけるには、ただ距離を取って射撃するだけじゃ足らない」

 

 その見立ては間違ってはいないだろう。〝リジェネレイト〟が──〝クレイドル〟と同等の性能を持つザフトの最新鋭機が──持てるスペックを総動員して襲い掛かって来ているのだ。そうであるなら、こちらも持てるスペックを総動員しなくては、そうそうに打ち勝てるものではない。

 ──ドラグーンは、より多重的・多角的な射撃を可能にする武装。

 この機構さえ自在に操ることが出来るなら、どんな強敵を前にしても、ステラ達が敗れる理由はないはずだ。

 

「ドラグーン! 敵を倒して!」

 

 号を発した搭乗者──

 少女の意志を受けて、〝クレイドル〟の前腕にマウントされていた防盾〝エンドラム・アルマドーラ〟が勢いよく宇宙に飛び出した。便宜上、ドラグーンシールドとも呼ばれる特殊な兵装は、後端部のスラスターを全開にして、巨悪の機体を迎撃しに向かう──!

 

「?」

 

 ──はずだった。

 勢いよく射出された〝エンドラム・アルマドーラ〟は、しかし、そのままのろりのろりと同じ場所に停頓して、慣性に従って無重力空間を漂った。その動きは、とても分離型誘導兵器とは思えないほどに鈍く──そのあまりの無動作っぷりは、それを視界に捉えたアッシュ・グレイの口から、次のような言葉を吐き出させるほどだった。

 

「なんだァ嬢ちゃん? 機雷でも出したのか? いや、盾だな? ありゃ、盾だ」

 

 ステラもまた凝然として、ふわふわと漂うだけのドラグーンシールドを見遣っていた。

 

「な、なにっ……?」

 

 何かがおかしい。

 ──何かが、違う……?

 そのときのステラはまだ、違和感の正体に気が付かなかった。

 

 

 

 

 

『スティング・オークレーよりも適性ある自分が、ドラグーン・システムを使えない筈がない──』

 

 そのように考えたステラの推論は、ある意味で正しい。スティングが〝カオス〟搭載のドラグーンを自在に制御できたように、実際にステラもまた〝デストロイ〟のドラグーンを自在に制御してみせるだけの能力を有したことは事実なのだから。

 ──しかし、それがどうした?

 将来的に開発される〝カオス〟や〝デストロイ〟──そこに搭載されていたドラグーンなどは、量子インターフェースの改良によって使用者の特別な空間認識能力に依存しない良心的な設計になっている。それはつまり、パイロットが特別に優れた才覚や能力を持たずとも、OS側が誘導操作の大半をサポートしてくれる、ということ。

 

 ──あえて云えば、その時代のドラグーンは誰にだって扱える(・・・・・・・・)

 

 この事実を知らないまま〝クレイドル〟を受領したことは、ステラにとって不幸だった。彼女は〝カオス〟や〝デストロイ〟までを含めた全てのドラグーンが、いずれも同じ構造で形成されているものと誤解しており、そうした誤解のために〝クレイドル〟搭載のドラグーンを戦闘中に使いこなせないという、パイロットとしては最悪の事態に直面させられたのだ。

 

 勿論、本人の名誉のためにひとつだけ断っておくが、それでもステラ・ルーシェは相応の空間認識能力の持ち主であるのだ。

 

 しかし、彼女の中に秘められているそのような〝力〟も、所詮は大西洋連邦によって植え付けられただけの〝紛い物(デッドコピー)〟──

 少女の中に人為的に培われた空間認識能力は、しかし、結局は生体強化によって養殖された諸刃の剣。それは前時代のドラグーンを制御しきる程に高次元的なものではなく、たとえばムウ・ラ・フラガが発揮していたような、純然たる〝本物〟の領域には遠く及ばない能力でしかなかったのだ。

 結局のところ、彼らのようにズバ抜けて高度な空間認識能力を保有していなければ、この〝クレイドル〟の攻撃性能を十全に引き出すことなど不可能であり、それは何度も指摘され、本機のロールアウト以前から充分に糾弾されていたことでもあった。

 

『厳正な適性試験を行い、パイロットを選出しなければ、乗り手の人間が機体性能に振り回されるだけです! あれは殊に、そういうモビルスーツなんです!』

 

 レイ・ユウキの忠言は正しく、戦闘が始まる前、ラクス・クラインが危惧した事態は、束の間に現実となったのだ。

 

 

 

 

 

 

 ステラがこれまで目にしてきたドラグーンは、もっと鋭敏で、それ自体が意志を持つ生物のように縦横無尽に機動する武装だった。パイロットの熟達によって大なり小なり練度に差があるとはいえ、少なくとも、彼女の中では一概にそうだったのだ。

 ──なのに、なんて遅い……? なんで、鈍い……!?

 愕然としながら、ステラは慌ててキーを叩き、砲塔へ送信する情報量を増やしてみた。すると、その一瞬だけシールドは見違えたように鋭敏な機動を始める。無重力空間を素早く錯綜しながら、標的である〝リジェネレイト〟にビームキャノンを撃ちかけたのだ。そこでようやく、彼女は今回の異変の全容を悟った。

 

 ──このドラグーンは、ぜんぶマニュアル操作(・・・・・・・)なんだ!?

 

 AIが情報操作の肩代わりをしてくれた〝デストロイ〟のドラグーンとは違う。誘導操作の大半を制御している量子インターフェースの構造が、前時代的のそれ。機体本体と誘導端末、その両方をパイロット個人に委ねる、人間離れした機構だった。

 

「なっ、なんでこんなに難しいの……!?」

 

 困惑を隠せないくらいに動揺するステラであったが、傍らのラクスは冷静であり、口内に云っていた。

 

(やはり〝クレイドル〟のドラグーン・システムなどは、ステラにも)

 

 荷が、重いのだろう。

 ──そもそも、キラやアスランですら制御できるか怪しい武装を、どうして彼女が?

 口内でそれを言葉にしたラクスの中には、微かな憐憫──と僅かな失望があった。

 

「ふあっは! なんだそりゃあ、それで新兵器かい!?」

 

 分離した特殊兵装に、最初こそ警戒して身構えたアッシュであるが、実際の端末があまりにも粗末な動きをするもので、このときすでに警戒心は解かれていたらしい。彼はステラに思慮の間を与えず、愚鈍にも浮遊している〝エンドラム・アルマドーラ〟へビームライフルを掃射する。

 

「止まってみえるぜ! 違うな、実際止まってんじゃねえか!」

 

 それを見たステラは慌ててキーボードを叩き、ビットへの指令を増やし、その射線から盾を回避させた。だが、すっかり端末の制御に気を取られていたらしく、彼女はいつの間にか〝リジェネレイト〟の巨大すぎる影の接近を許していた。

 グワッ! 眼前に悪魔のような巨大な黒影が顕現し、ステラはその瞬間、幽霊を見た少女のようにびくりと肩を震わせた。虚を突かれるとは、まさにこういう時に用いるような言葉だった。

 

「!?」

「キーボードでお遊びかい?」

 

 まずい、と云う暇もなく、次の瞬間にコクピットに激震が走る。モビルアーマー形態へ変形した〝リジェネレイト〟が、がっちりと〝クレイドル〟を四本爪で捕縛したのだ。

 アッシュはそのままバーニアを点火させ、全速力で加速を掛けた。ホールドされた〝クレイドル〟を、凄まじいGが襲う──

 

「おうちでやってな!」

「う、ぐッ」

「このまま食い千切ってやろうか、ああん? 二人そろってよォォ!」

 

 勝利を確信し、通信先の男は勝ち誇ったような声を上げた。フェイズシフト同士の装甲が食い込み合い、激しい不快音を挙げていく。

 ──食い潰される……!?

 四本脚によって完全に捕縛された今のステラに、取れる抵抗はひとつしかなかった。それは既に手許を離れているドラグーンによる別の射線を使い、捕縛主である〝リジェネレイト〟を正確に叩き落とすこと。

 けれど、やはり彼女の能力だけでは不可能だ。モビルアーマー形態の〝リジェネレイト〟はただでさえ高速を誇る移動物体であり、それを外部から──自機を誤射することなく──正確に狙い撃つなど。

 このまま何もできず、ただ破壊されるのを待つしかない──

 

(ここで敗ける……! こんなヤツにっ──!?)

 

 ステラは、ぎゅっと歯噛みした。

 守りたいものも守れず──

 何のために戦っているのか、意味すらも見いだせないままに──?

 こんなところで、殺されるのか──!

 

 ──いやだ……!

 

 まだ、死ぬわけにはいかない。

 ──こんなところでは終われない!

 死ねない、死なせない!

 ──死にたくない!

 まだ、わたしは。

 

「わたしはぁーーーーーっ!!」

 

 その瞬間、ステラの身体の奥底で、何かが弾けた。

 それまでの自意識は、熱にでも魘されていたのか? 視界が忽ちに嘘のように全方位に開けると同時に、感覚が研ぎ澄まされ、次に自分が何をどう操作すれば良いのか、冗談みたいに直感できるようになる。少女の双眸は途端に光を失い、輝きを損ねて虚に沈む。魂が霊障にでも当てられたように少女が感情の一切を失うと、目の前で起こった突発的な異変に気付き、傍らのラクスは愕然としたという。

 

「まさか、貴方も──」

 

 言葉は最後まで続かなかった。その先に彼女が何を云おうとしたのか、ステラには分からなかった。

 だが、そのときのステラは傍らのラクスの言葉さえも〝雑音〟に紛うほどに、感覚が研ぎ澄まされていたという。だから彼女はラクスに構わず機体を急速に前進させ、それと同時に見違えた速度でキーを叩き、眉ひとつ然として動かさず〝クレイドル〟が誇る全方位光波防御帯──〝アリュミューレ・リュミエール〟を展開させた。

 

「──どゅあっ!?」

 

 展開されたビームの膜によって〝リジェネネレイト〟の四本脚が切り飛ばされる。

 アッシュはぎょっとして瞬時に逆推進をかけ、制圧していたはずの〝クレイドル〟から距離を取った。同時にMS形態へ変形して損傷を確認するが、このとき彼の機体は四肢を全て半ばから断ち落とされてしまっていた。

 

「おわあ!? やらかした──ッ!?」

〈──隊長!〉

 

 四肢を失った〝リジェネレイト〟の、あまりに無防備な姿──

 トドメを刺そうと四刀を構えて突撃する〝クレイドル〟に、しかし、それまで傍観を決め込んでいた筈のMS部隊が横槍を入れた。彼らは彼らの隊長を援護せんと、それぞれにビームライフルやバルルス重粒子砲を〝クレイドル〟目掛けて集中砲火させたのだ。

 

〈隊長をお守りしろ! 前に出る──!〉

 

 しかし、あらゆる弾体は光波防御帯の絶対性を前に全て弾き返され、それでも〝クレイドル〟を足止めする程度にはなったらしい。唐突な介入行為に苛立ちを隠さなかったステラは、躊躇いなく〝繭〟の内側からリンクス・ビームライフルを応射した。光波防御帯の内側から発射されたビームは、驚くべきことに光波防御帯を素通りし、これに虚を突かれた〝ジン〟の胴体を正確に貫いた。

 

〈なっ、なんだと!?〉

 

 被弾した者ではない、別の隊員が驚愕の声を挙げた。なぜ、敵の攻撃は当たったのか──?

 彼はもう一度、訝しむように敵機に向かってビームを撃ちかける。だが光の〝繭〟の外側から放たれた射線は、悉くが威力不足で弾き飛ばされた。

 

〈内側からのビームは通しつつ、外側からの攻撃だけを遮断しているのか!?〉

〈そんなのは!〉

〈反則だ……ッ!?〉

 

 絶対的な堅牢性を誇る代償として、膨大な電力使用のために発動時間が大幅に制限されていた〝ディフェンド〟の光波防御帯──

 これは核動力炉を搭載する〝クレイドル〟に移植されるに当たって、画期的なアップデートが加えられた。防御面には内側も外側もなく、あらゆる物理干渉を遮るバリアーを形成していた前身に比して、改造された〝クレイドル〟の光波防御帯は単一指向性を有し、要するに外部からの攻撃は遮断しつつ、自機による内部からの攻撃のみを透過させるモノフェーズ化を成功させていたのだ。

 そして──これは最早言及する必要もないだろうが──〝クレイドル〟自体が核エンジンを採用したことで、そこから生み出される莫大なエネルギーを受け取った光波防御帯は、これまでのように多大な電力消費に悩まされることもなく、ほぼ無制限に防御膜を形成可能になっている。

 

 ────ここからは、ほとんど一方的な戦闘だ。

 

 どれだけのMS部隊が一斉に〝クレイドル〟への波状攻撃を仕掛けたところで、全ての砲火は光波防御帯を突き破ることはない。これに対して、ステラが放つ反撃の砲火は、鉄壁のビームフィールドを透過して、次々とMS部隊を撃滅してゆく。暗闇に明るい光が連続し、兵士達は慄然とした。

 

 

 

 

 

 

 果たして勝算でもあるのか、それとも苦し紛れに抵抗を続けているだけなのか──

 重粒子砲を構えた〝ジン〟は、それでも〝クレイドル〟への砲撃を連続させた。だが〝ジン〟の放った光の矢は、次の瞬間〝クレイドル〟に到達するよりも前に、虹色の光によって遮られた。

 燦然としたビームの光が散ったとき、〝クレイドル〟はまるで何事もなかったかのようにその場に顕在していた。兵士達は息呑んで、事態の把握に努める。

 

〈──なんだ? なにが起きたのか報告しろ!〉

 

 四肢を失い、後退した〝リジェネレイト〟から催促の通信が聴こえる。兵士達は必死に言葉を捜しながら、絞り出すように返事を発した。

 

「た、盾です!」

〈わかるように云うんだヨ!〉

「盾が! 盾が飛んでます! 盾が〝ジン〟の砲撃を──うわぁ!」

 

 盾が飛ぶかよ? アッシュはそう返そうと思ったが、通信先からは悲鳴が響き、それはすぐに、耳障りなノイズに変わった。

 

 ──友軍機の熱源が、次々と消失していく?

 

 アッシュは釈然とせず、ふたたび〝クレイドル〟を視界に捉えた。そいつは未だに〝ジン〟や〝ゲイツ〟との交戦を続けている。僚機の〝ジン〟がビームカービンを浴びせかけるが、照準先の〝クレイドル〟は微動だにしない。

 そして次の瞬間、二機の間にドラグーン・シールドが割って入った。

 表面部に防御帯を展開したドラグーンは、先刻までと見違えるように機敏に動き、自律した防盾となって〝クレイドル〟を守護していた。まるでビット自体に命が吹き込まれたかのよう──それ単体が独立した意志を持ったかのように、滑らかに宇宙空間を飛び回り、焦りに塗れた〝ジン〟の射撃をシールド単体で次々と弾き飛ばしているのだ。

 すっかりビットに気を取られた〝ジン〟の背後から、もう一機のドラグーンシールドが迫り、ビームジャベリンを出力したこれが〝ジン〟を背後から貫いた。何が起きたのかすら、撃墜された兵士には理解することも不可能だった。

 

「遠隔制御武装だと!? さっきまでノロクサしてた、あれが?」

 

 まるでパイロットが入れ替わったかのように、〝クレイドル〟の動きが変貌した。

 ドラグーンシステムを、完全に制御している──? そんな莫迦な……!?

 アッシュは、唖然とした。

 

 一帯の〝ジン〟を撃墜したところで、ステラはふたたび〝リジェネレイト〟へと視線を送った。

 

 なかば、コクピットにしがみ付くような態勢になっていたラクスは、ステラの方を見遣る。

 ──いったい、この少女は何者なのだろう?

 ラクスが見守っていた先で、ある折からステラはまるで別人のように豹変し、そのドラグーン・システムを完全に掌握してしまった。二基の〝エンドラム・アルマドーラ〟を砲塔として攻撃させるだけに留まらず、防盾としても防御のために運用してみせた。ステラの中に、あらかじめその種の〝力〟が養われていたとでも云うのか? 仮にそうであるのなら──

 

(もともと彼女の中にあった〝力〟が、『SEED』の発現をきっかけに化けた(・・・)……!?)

 

 ラクスはただ唖然として、傍らの少女を見守るしかない。

 ステラは虚ろな瞳で、遠方の〝リジェネレイト〟を視認している。敵機の位置や姿勢、敵機までの距離が、まるで手に取るように正確に識別できる──これが、ムウやネオが持っていた力なのだろうか……?

 

「次は、絶対に逃がさない!」

 

 キーを叩いて指令を送り、ステラは二基の〝エンドラム・アルマドーラ〟をふたたび射出する。生物のように目まぐるしく宇宙空間を錯綜するドラグーンは、瞬く間に四肢を失った〝リジェネレイト〟の退路を塞ぎ、これを包囲してみせた。

 

「な、なんだとォ!?」

 

 二挺のリンクス・ビームライフルを同時に放ち、左右からは〝エンドラム・アルマドーラ〟はビームキャノンを発射する。単機での包囲攻撃に見舞われた〝リジェネレイト〟は為す術もなく、全ての砲火の直撃を受けた。

 

「ぐぅおあああっ!?」 

 

 断末魔と共に、次の瞬間──〝リジェネレイト〟が爆散した。奇妙──そう奇妙な、背部のバックパックだけを残して。

 ステラはそのとき、勝利を確信したが──

 

「──なんて、なァ!?」

 

 アッシュからの通信は、そこで途切れたりはしなかった。

 驚きに目を開くステラの頭上、通信機には男の哄笑が響き続け、それは、かの男がまだ生きている証拠だ。しかし、なぜ──?

 

 ──〝リジェネレイト〟は、跡形もなく爆散したはずなのに!

 

 訝しむステラ達の前に、そのとき〝ジン〟の増援部隊が現れる。そのMSは数機がかりで見慣れない〝卵〟を──いや、正確にはMS格納用のカプセルを運んでいた。大気圏突入の際に用いられる、MS用の降下ポッドに酷似しているが……?

 その瞬間、宇宙に放り投げられたカプセルが押し開き、その内部から〝四本脚の黒獣〟が産み落とされた。それはさながら獣の孵化の瞬間だった。見届けたステラとラクスがそれぞれ露骨に微妙な顔になったが、よく見れば、卵の中から現れたのは全く新しい〝リジェネレイト〟の本体パーツだ。

 

「ハッハーッ! 何度でも再生(・・)してみせろ! 〝リジェネレイト〟ォーーッ!!」

 

 アッシュは爆散した〝リジェネレイト〟の背部バックパックを操縦し、これをたった今〝卵〟から孵った新たなボディにドッキングさせた。

 つまり〝リジェネレイト〟のコクピットは、一見すると本体のように思える〝リジェネレイト〟の本体にはない。所在しているのは、あくまでもそのバックパック──コア・ユニット内に秘匿されているのだ。

 ステラがやっとの思いで爆散させたボディだが、これは何度でも交換可能なパーツのひとつに過ぎない。増援部隊が運んできた〝卵〟から産み落とされる予備パーツが残っている限り、本体をどれほど破壊しようが、アッシュ本人には文字通り痛くも痒くもないのである。

 

(シンの機体に、似てる)

 

 思わず見比べてしまうステラであったが、鮮やかに予備パーツとドッキングした〝リジェネレイト〟内部で、アッシュは愉悦の笑みを浮かべていた。

 

「さァ、第二ラウンドと行こうか! お嬢ちゃんどもぉッ!」

 

 ──こいつは、一筋縄ではいかない……!

 ステラはこのとき、そう確信したのであった。

 

 

 

 

 

 アッシュ・グレイ直属の部下であり、二機の激闘を観衆であるかのように望んでいたザフト兵のひとりが、不意にこんな言葉を漏らしていた。

 

「これが、核モビルスーツ同士の激闘か……!」

 

 本来ならば連携運用されて然るべき最高性能のモビルスーツ二機が今、対峙して激闘を繰り広げている。

 

「オレは、幻でも見ているのか……!?」

 

 光波防御帯によってあらゆる砲火を無条件で跳ね返し、あまつさえ誘導式の無線砲塔さえも変幻自在に制御してみせている〝クレイドル〟──

 圧倒的巨躯でありながら凄まじい機動性を発揮し、戦闘中にも関わらず破損したパーツを即時交換することで無制限の再生を繰り返す〝リジェネレイト〟──

 これが、既存のモビルスーツ同士の戦闘であり得た光景だろうか……?

 

「次元が、違い過ぎるのだ……!」

 

 幻でも夢でもない。

 目の前で繰り広げられる圧倒的な現実に、彼はひたすら慄然とした。

 




【ZGMF-X08A クレイドル】
 武装面において、本機はステラが『戸惑うことなく馴染んだように扱えるモビルスーツ』を想定。原作におけるデスティニーがインパルスの「フォース」「ソード」「ブラスト」の三種シルエットを統合した機体であったのを参考に、クレイドルについては「ガイア」「ディフェンド」「デストロイ」の三機それぞれの特性や長所を統合した仕様に設計されています。

 ・決して重武装ではない、本体の軽量さに裏付けられた敏捷性
 ・光波防御帯の展開による絶対的な防御性
 ・分離する盾型の誘導砲塔による翻弄性

 ステラが過去に(未来に)一度は扱って来ている武装を、無印時代の技術レベルで満載した感じの機体を想定しています。
 無印時代のドラグーンは第一世代型と呼ばれ、カオス・デストロイ・レジェンド等に実装された量子インターフェースが大幅に改善された──才能があれば誰にでも扱える──第二世代型とは明確に異なります。原作においてステラは、デストロイが持つ第二世代型ドラグーン〝シュトゥルム・ファウスト〟を完全な制御下に置くために、地球軍研究員らの手によって人為的な空間認識能力を植え付けられたような描写がありました。したがって今話では、彼女の中に素養として元より潜んでいた「微かな」空間認識能力が、SEEDの発現をきっかけに「化けた」「開花した」──という設定になっています。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。