~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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『アトミック・クルーガーズ』B

 

 ZGMF-X11A〝リジェネレイト〟──

 大西洋連邦から奪取した〝イージス〟と、ほぼ同一の構造をしたモビルスーツ。実用化された可変機構をザフトにおいて初めて搭載した機種であり、独自のフレームをして、実に三つ──高速巡航形態、強襲形態、人型機動形態──もの形態へと変態を遂げることが可能。

 また、パイロットが搭乗するコクピッドは〝G〟の本体ではなく、単独航行能力を有するコア・ユニットの内部に存在している。実際にステラが騙されたように、他に例を見ないこの画期的な機体構造は、初見の人間に対しまず間違いなく急所──すなわちコクピッド──の所在を誤魔化す効果を持っているのだ。

 あらゆる常識やコストを度外視した機体──〝リジェネレイト〟に関しては、四肢を持った人型部分などは交換可能なパーツに過ぎず、この機体は、そうして予備パーツの在庫がある限りは、何度だって再生を繰り返すことができる。

 

「まさか、光波防御帯(アリュミューレ・リュミエール)で逃げ出すとはな」

 

 四本の鉤爪に捕縛されていた〝クレイドル〟は、逆撃として〝アリュミューレ・リュミエール〟を展開し、そのビームの膜を使って〝リジェネレイト〟の四肢を斬り飛ばした。

 それは、思いもしない反撃の方法だ。四肢を切断されたアッシュは、しかし、すぐに僚機達に命じて〝リジェネレイト〟の予備パーツを召喚させた。大型カプセルから解き放たれた人型の四肢、アッシュはすかさずコア・ユニットを操縦してドッキングしてみせる。

 

(光波防御帯、別名〝アリュミューレ・リュミエール〟)

 

 名前くらいは聞いている。ユーラシア連邦の〝アルテミスの傘〟を小型化しモビルスーツに採用したもので、翡翠色をした守性ビームフィールドは、実体弾はおろかビーム兵器すら易々と跳ね返す。だからこそ、それは多くのザフト兵らにこのように謳われて来た──

 

「──無敵の盾? だがそれも、過去の遺物だ!」

 

 アッシュは叫びながら、次の瞬間〝リジェネレイト〟の長大な四本脚から、漆黒の実体剣を発現させた。

 

実剣(つるぎ)……?」

「そうでもあるなぁ!」

 

 声高に叫ぶアッシュに対し、相対するステラは懐疑的だ。あらゆる物理攻撃を無効化するフェイズシフト装甲が〝G〟兵器に普及している昨今、もはや実剣や実銃などは前時代的な兵装となりつつあるからだ。

 ましてや〝クレイドル〟を先頭とするファーストステージシリーズは、核動力炉の搭載によってフェイズシフト装甲の問題点だったバッテリーの制限を克服している。フェイズシフトが恒常化された機体に実剣や実銃などが立ち及ぶ隙はなく、だからこそステラは、目の前の敵がそんなものを構え出した意味が分からなかった。

 

「なんだ……!?」

 

 いったい何故、とステラが懐疑した次の瞬間だった。四肢に連動した四丁の実剣を構えた〝リジェネレイト〟が、その巨腕を振るうようにして、実体剣による斬撃を繰り出したのは。

 あくまでも純粋な物理攻撃、しかし連続した斬撃は、これに接触した刃渡りの部分から〝クレイドル〟の光波防御帯を簡単に引き裂いた。

 

「──! 斬られた!?」

「コイツはただの実体剣じゃない! ちょいと特殊な加工が加えられた代物でな、ラミネート製なのさ!」

 

 ラミネート製、より正確に云えば対ビームコーディングが施された実体剣といったところか。特殊な鋼材が埋め込まれたラミネートの刃は、あらゆる熱量兵器を無効化する性質を宿す。つまり、それによって繰り出された斬撃は、所詮はビームの膜に過ぎない光波防御帯をバターのように引き裂くことが可能になるのである。

 そしてそれは、かねてより『無敵の盾』として象徴されて来た光波防御帯が、科学的、戦略的に攻略された瞬間だ。アッシュに云わせれば、それこそ前時代的な遺物へと陥落した瞬間でもあったのだ。

 

「──でも!」

 

 しかし、斬られたままでは終わらせたくないステラが、次に反撃のビームライフルを掃射した。そうして放たれた幾重の光条は、しかし、アッシュが構えた実刃によって全て斬り払われて(・・・・・)霧散してしまった。

 

「……!?」

 

 ステラは、その異常な光景を目の当たりにし愕然とした。

 

「まあ、使い道は限られてるし、ラミネートってのは如何せん高騰品らしくてな。──〝モビルスーツに搭載するにはコスパが悪すぎる〟だとか云われていたらしいが、地球軍お得意のビーム兵器を無効化するには、これ以上にねえ逸品だろう?」

 

 たしかに地球連合軍は、これまでエネルギー兵器の開発に傾倒して来た印象がある。ビームライフル、ビームサーベル、陽電子リフレクター、光波防御帯──

 だからこそ、パトリック・ザラはエネルギー兵器に対抗するカウンター兵装として、対ビームコーティングが施された漆黒の暗器──通称「タクティカル・ウェポン」──をファーストステージシリーズに追加増設した。

 にも関わらず、ステラがこの暗器の存在を知らなかったのは、光波防御帯を搭載する〝クレイドル〟にのみ採用が見送られたからである。次第によっては自機の最大の特性を傷つけかねない性質の刃であることから、それも特別おかしな話ではなかったのかも知れない。

 

「では〝フリーダム〟や〝ジャスティス〟にも、同様の装備が……?」

「おうよ、その光波防御帯は、もはや無敵の兵装なんかじゃねえ……! まさか〝クレイドル〟を相手に使うことになるとは想定してなかったが──なるほど? こいつぁひょっとしなくても、お嬢ちゃんには相性最悪の武装かもなぁ!?」

 

 そもそも、アッシュは先程ビームを〝斬り払う〟という離れ業をやってみせたが、さりとてそれは、斬り損じた場合を考えれば明らかに賢明な選択ではない。彼がリスクを冒してまでそうしたのは、一種の顕示であり、ラミネートを前にビームは無力であると、ステラに思い知らせるためでもあった。

 自機に向けて放たれたビーム。数ある対処法の中で最善なのは、やはり事前に察知し〝避ける〟ことであり、シールドで〝防ぐ〟までが限度というものだ。不可能ではないが、そこには本来タクティカル・ウェポンの出番はない。

 であるなら、やはり件の暗器の使い道などは「防御」ではなく「攻撃」──それこそ光波防御帯を展開可能なモビルスーツの守備に対し、特攻的に用いるのみだとも云える。そして、そうであるからこそ、

 

(こと〝クレイドル〟相手には、いささか利き過ぎてしまう……!)

 

 ラクスは戸惑いながらも、確信するのは早かった。

 

「さあ、死闘の続きを始めようぜェ!」

 

 ロングブレードに連動させるように、やがて〝リジェネレイト〟の四肢先端から高出力のロングビームサーベルが出力される。

 実刃と光刃。折り重なり、同時に連動する二つの異質の剣は──PS装甲も光波防御帯も問わず──全てを切り裂かんとする敵の男の意志表示に思えた。

 

 

 

 

 

 

 コズミック・イラにおけるビームサーベルは、ミラージュコロイドを媒体とする磁場形成理論の応用によって形作られる。そして、これはあくまでエネルギー粒子を単純な刀剣状に固定したものに過ぎず、対抗した光刃同士が相互に干渉することはない。つまり、ビームサーベル同士での切り結びや鍔迫り合いは成立しない。

 このことから、ステラは〝リジェネレイト〟が振るってくるビームブレードを、耐性のある対ビームシールドで防御するか、あるいは全てを回避するしかなかった。

 

 どうやら〝リジェネレイト〟は、その長大な四肢を活かした迫撃戦、四丁のビームサーベルを用いた格闘戦を得意としている。

 

 しかし〝クレイドル〟は対ビームシールドを両腕に二基しか装備しておらず、単純な数において四丁の刃を防御するのは不可能だ。ましてや相手の全長は自機に比して三倍近くある──リーチの点で圧倒されるのは必至と云えた。

 勿論、それが単純なビームサーベルであれば問題ではなかったろう。光波防御帯を展開することができれば、どれほどの数の刃だろうと難なく凌ぐことも出来たはずだが、敵がタクティカルウェポンを同時に振るって来る以上、これは既に〝繭〟としての役割を果たさない。

 

 ──サーベル同士で切り結ぶことも出来ない以上、シールドの数が、絶対的に足りない!

 

 したがって、ステラは執拗なまでに格闘戦を仕掛けて来る〝リジェネレイト〟に対し、距離を取ることを先決とした。フットペダルを強く踏み込み、懸命に敵機から距離を開こうと後退する。

 だが〝リジェネレイト〟は鮮やかに高速巡航形態──〝イージス〟的なMA形態──に機体を変形させ、この爆発的な初期加速を利用して忽ちに〝クレイドル〟への距離を詰めていく。逃げる獲物へ追いつくと同時にもう一度変形し、節足動物のような六本脚に人間の上半身が生えたような強襲戦闘形態への変貌を遂げた。あるいは『半人半虫』とも比喩すべき気味の悪いその形態は、まるで、

 

「〝ゲルズゲー〟!?」

「〝リジェネレイト〟だって云ってるだろォ!!」

 

 激高と共にアッシュから繰り出される、斬撃の波状攻撃。ステラは必死にこれを捌いてゆくが、形勢は明らかに彼女の方にジリ貧となりつつあった。

 密着を許せば敵機の規格と手数に圧され、距離を開こうにも相手は変形機構を有し、その厄介さはステラもよく知っている。たとえば四足獣形態に変形した〝ガイア〟に対し、二足歩行型が徒競走を挑んでも勝ち目はないのと同じだ。そもそもMA形態への可変機構とは、特定環境下での戦闘力や機動力を飛躍的に向上させるために存在している。

 ──逃げてもダメ、近づき過ぎてもダメ……!

 だとすれば、今のステラに状況を打破する方法はひとつしかない──少なくとも、ステラが思いつける限りでは。強引で、殆どが力押しのようなものであるが、それゆえに正攻法となり得る手段。

 

 ──ただ純粋に、コイツの反応速度を超える……!

 

 ステラの決断は早かった。意を決し、それまで防戦一方だった筈の〝クレイドル〟がそこで初めて反撃に出る。迫撃してくる〝リジェネレイト〟が繰り出す斬撃の嵐。これをステラは恐れず、果敢にも敵の懐まで逆に突っ込んでみせた。それは反撃というより、逆突撃とでも云うべき果敢な勇気と強引さが成せる業だった。

 思いがけない特攻を喰らい、僅かに調子を外した〝リジェネレイト〟が突き崩される。その隙をステラは見逃さない──そうして彼女が振るったビームサーベルは、突き上げるように〝リジェネレイト〟の両腕を削ぎ落としていた。

 

「んなぁッ!」

(仕留められなかった……!?)

 

 当然、両腕などはステラの狙いではない。あわよくば一撃で決着をつけてしまおう(・・・・・・・・・・)とも考えていたのだが、流石というべきか、相手の反応が早すぎた。

 

「チィッ! おまえら! 時間を稼げ!」

 

 苦しげにアッシュが指令を発し、それと同時にそれまで静観を決め込んでいた筈の〝ジン〟や〝ゲイツ〟が一斉に〝クレイドル〟に射撃を浴びせかける。

 その隙に両腕を喪失した〝リジェネレイト〟は反転し、またもカプセルの中から取り出した予備パーツとドッキング、完全なる再生を遂げてみせた。

 

「あれらの予備パーツが残っている限り、あの男を撃退するのは難しそうですわね……」

「──ゾンビめ!」

 

 今のステラには、そう吐き捨てることが精いっぱいだった。

 

 

 

 

 

 再度──〝リジェネレイト〟が〝クレイドル〟と対峙する。

 相対した中で、アッシュは唸った。

 

「なかなかしぶといッ」

 

 本当にその言葉を云いたいのはステラであろうに、アッシュはさらに言葉を続けた。

 

「──ラクス・クラインは戦況を攪乱させ、戦争を長引かせた! その女は死人(・・)を増やしているのだ! それをなぜ守ろうとする!?」

 

 通信機から、呪うような叫びが聞こえる。

 ステラは力強く返答しようとした──しかし、それよりも先にラクス当人が、彼女の中の信念を持って応答していた。

 

「死人を増やそうなどとは思っていません。わたくしは──わたくし達は、この戦争を一日でも早く終わらせようと志しているのです!」

「だったらザフトに就けば良い! アンタもコーディネイターなら、コーディネイターのためになることをやれや! それも〝プラント〟の歌姫なら、なおのこと〝プラント〟のために活動するのが当然だろうがぁ!」

 

 ナチュラルを殺戮すれば、それで戦争は終わる。

 確信を叫びながら、アッシュはロングビームライフルを放つ。〝クレイドル〟は、右腕のビームシールドでこれを弾き飛ばした。衝撃にわずかに揺れたコクピッド内で、それでもラクスは、凛とした真っ直ぐな声色を貫いた。

 

「国の間にも、人の間にも制約というものが存在します。それは各々の平和を維持する上で必要なことです。ですが、それはときに人を銘々の都合に縛り付け、人の内なる自由な意志と行動を阻害します」

 

 人類が人類として辿り着くべき未来のためにやるべきことは、決して、ナチュラルの殲滅などではない。彼女は力強く説いた。

 

「本来ならば阻止できることも、人は弱く、己の立場ゆえに見過ごしてしまうことだってある……ですからどこにも属さぬわたくし達が必要となってくるのです。わたくし達ならば、世界が間違った方向に進むことを止めることもできます!」

 

 すかさず〝クレイドル〟が反撃に出る。流星のように〝リジェネレイト〟へと飛び込み、駆け抜けざま、尖鋭な肩先の装甲を切りつけた。アッシュは慌てて機体を振り返らせ、反転させた。

 

「──結構! だが、自分で自分を崇高だと勘違いした無法者共が、連中の信念とやらのために政治に武力を持ち込む! 世間じゃそれを、テロイズムっていうんだぜ!」

「今の〝プラント〟のためにも、必要なことなのです!」

「立場を弁えなさいよ! アンタが放った〝フリーダム〟のせいで奪われた命に泣く連中が〝プラント〟にあるのに、共に嘆きもしない、癒しを与えもしないアンタが〝プラント〟の歌姫ぶるんじゃないの!? そんな自己陶酔で戦争が終わるなら世話ないわ!」

 

 鮮やかにMA形態へ移行後、鉤爪で〝クレイドル〟へと襲い掛かる。巧みな重心移動、そして目を見張る高速飛行による突貫を、〝クレイドル〟はすれすれのところで回避した。

 

「あなた自身の快楽のため、戦争や軍隊を手段にしているあなたには、理解してはもらえないのでしょう……!?」

「オレの殺しの趣味は、あくまで個人的なものだ。手前らの利益のため戦争を引き起こす連中に比べれば、なまぬるいもんさ」

 

 アッシュ・グレイが戦争に求めるものはひとつだ。それは「より多くを殺戮する」こと──戦時下において、ザフトは〝プラント〟の技術が結集する場所であり、次々と強力な武器が開発される組織でもある。

 だからこそ、彼は〝プラント〟でパイロットをやっているのだ。より強力な兵器を以て、より大勢の殺戮を行う──ただそれだけのために。

 モニター越しに映るアッシュは、ラクスから視線を外した。餓えたような視線は、彼女の傍らに坐す対戦者当人、金の髪のステラへと向けられた。

 

「そんな女を『まもる』価値が本当にあるのか? いたずらに武力をかざし、お前達の戦争を引っ掻き回した、そんな女を?」

 

 問われ、ステラは言葉を噤む。

 ──もしかしたら、ラクスだって間違っているのかもしれない。

 ──いや、間違うことだってあるのだろう。

 どれだけ聖女のように思えても、ラクスだってひとりの人間だ。どこまでいっても、どれだけ高度な遺伝子調整を重ねても、人間が神になることはあり得ない。

 だからステラは、自分で正しいと思えたことをするだけだ。誰かに心中するのではなく、共感を憶えた者の志に自分の力を貸す。今のステラは兵士であり、今はそれしかできなくても──きっと、いつかは。

 

「ナチュラル共を滅ぼせば、とりあえず戦争は終わったんだぜ?」

「ナチュラルもコーディネイターも同じ人間だ……! みんな泣いて、みんな笑う──違いなんてないから、きっと分かり合える」

「他に道があるか、ええ? その他に道があるって思う考え方──そんな無責任な理想論が戦争を長引かす元凶なんだって、わかるんだよ!」

 

 それでも地球軍とザフト、期せずして相対する二つの陣営を渡り歩いて来たステラには分かる。地球軍でもザフトでも、そこにいるのは同じ人間だった。地球でも宇宙でも、そこで暮らしているのはみんな同じ人間だったのだ。

 しかし、アッシュはこれを高らかに笑い飛ばす。──ナチュラルもコーディネイターも同じ……?

 

「違うな──! 違うから、戦争(ドンパチ)やってんだ!」

 

 ナチュラルとコーディネイター。かつて異なる人種との融和の道を模索する中で、いつか生まれた軋轢こそが戦争に発展した。

 思想、宗教、人種──異なる立場に置かれた者同士が相容れることは、人の世において絶対にあり得ない。

 

「パトリック・ザラの云う通り、コーディネイターは進化した種なのだ! 俺達のような選ばれた人間(コーディネイター)には、過去の繁栄と地球上に取り残されたナチュラル共を間引く権利がある!」

「権利? 何が! お前がコーディネイターなのは、お前が偉いからじゃない!」

「うッ……!?」

 

 それは本当に当たり前のことで、それゆえにアッシュは反論することができなかったという。

 心の動きが、機体の動きにも反映されたらしい。アッシュが言葉を失うと同時に、僅かに〝リジェネレイト〟の動きが鈍った。その一瞬を見逃さず、ステラはビームライフルで敵機の右脚を腿口から吹き飛ばした。

 

「ただ恵まれただけとも気付かずに、つけ上がった男は!」

「うるせぇぇぇぇっ!!」

 

 激高した〝リジェネレイト〟がロングビームライフルを応射する。

 〝クレイドル〟は機体を回頭させ、光条を掻い潜った。

 

「あの男は知らないのです。真のコーディネイターとは、人と人、そして地球と宇宙を紡ぐ〝調停者〟であることを」

 

 真のコーディネイター。それは調整された者ではなく、調停する者。

 ──現在と未来を紡ぐ、時代の紡ぎ手のことを指す。

 遺伝子操作による様々な希望を見込まれ、実際に宇宙へと上がって来たコーディネイターたる先駆者達には、本来は人類の〝祈り〟や〝願い〟が託されていた。……託されていた筈だった。

 

(『時代の最先端に立ち、より良き未来を先導する先駆者であれ』──かのジョージ・グレンの崇高な理想と祈りは、いつしかコーディネイターこそが新たなる始祖とする、強烈な選民思想にすり替わってしまった……)

 

 だからこそ、パトリック・ザラが掲げる選民思想を、ラクスは肯定することが出来ない。ナチュラルとコーディネイターを区分する必要など存在しない。

 だからこそ、ふたりは怯まなかった。

 

「ドラグーン! 敵を倒して!」

 

 もう一度、同じ号を飛ばす。ステラが叫んだ次の瞬間、翼を広げた〝クレイドル〟は両シールドを勢いよく宇宙へと投げ放った。

 解き放たれた白銀のシールドはそれぞれにスラスターを点火させ、それ自体が生き物のように空間中を錯綜を始める。そして、先端に構えられたビーム砲を大型の〝リジェネレイト〟へ──

 ──ではなく、それまで観衆のようにステラ達を俯瞰し、その撃墜を待っていたであろう〝ジン〟や〝ゲイツ〟──ザフトのモビルスーツ部隊へと浴びせかけ始めた。これを目撃したアッシュの顔色が変わる。

 

「て、てめぇ!?」

「さっきから、邪魔……!」

 

 恨み言を呟いてみせたステラは、彼らさえいなければ、という確信を持っていたらしい。これまで幾度か、ステラが決定的に〝リジェネレイト〟を追い詰めた瞬間は確かにあった。なのにそれが完遂できなかったのは、結局のところ、肝心な場面で観衆達──アッシュの下僕の妨害があったからなのだ。

 

「お、おい待て! 卑怯だぞ、オレと勝負しろォ!」

 

 アッシュの嘆願は、しかし、厳密にはおかしな発言だった。何故ならステラは──〝クレイドル〟本体は、今もまだ〝リジェネレイト〟と戦い、彼の云う通りに勝負をしているから。

 けれども〝クレイドル〟の両腕から解き放たれたドラグーン・シールドは、彼の嘆願など知ったことではない。誘導式の自律砲塔は、まるでステラの手駒のように、アッシュの下僕である量産機部隊を次々に相手取っては一方的に排除していく。

 強かな逆撃を被った彼らとて、コーディネイターの中の特殊精鋭部隊である。しかし、そのような肩書も、所詮はドラグーンが演出する光の格子を前にしては何の価値もない。彼らは為す術もなく、変幻自在、縦横無尽に繰り出されるオールレンジ攻撃を前に潰走していった。

 

「おだつかぁぁぁぁ!」

 

 自身の部下達はおろか、彼らが大切そうに保管していた〝リジェネレイト〟の予備パーツすら破壊し尽くしてゆくドラグーン・シールドを、アッシュは激怒と共に何とか食い止めようとした。

 アッシュは〝クレイドル〟本体への攻撃を取りやめ、そこでようやく、ロング・ビールライフルをドラグーンに向けて応射した。しかし、そのビームが空間を凪いだときには、目標地点にシールドの機影は既にない。当てずっぽうにビームを乱射し、数発の光条が辛うじてシールドを捉えたときは、しかし、航行するドラグーンはやはり〝盾〟としての機能を発揮し、表面にエネルギーシールドを展開、それ単体の出力をもってアッシュの砲火を弾き返した。

 

「!?」

 

 ──新兵器を、ここまで巧く利用するなんてありえねえ!?

 アッシュは愕然としながら、胸の内に恨み言を叫んだ。まるで敵は、以前から似たような武装の操作経験でもあるようではないか。

 激しく動揺する彼であったが、その間に彼の注意から逸れていた〝クレイドル〟本体の急接近を許していた。白銀の機体は両手に光刃を抜き放ちながら、視界の外からアッシュへと突撃する!

 

「──ちぃっ!」

 

 斬撃をかわし、大きく後退した〝リジェネレイト〟の機体は次の瞬間、ふいに陽炎のように揺らいで宇宙へ消えた。

 ──ミラージュコロイドステルス……!?

 その迷彩効果は、ニコルの〝ブリッツ〟でも確認された現象だ。なるほど、ザフトはやはり地球軍から奪取した〝ブリッツ〟の特性を、ファーストステージシリーズの中では〝リジェネレイト〟に反映させたということか。

 

 ──正攻法では勝てない。そういう判断か。

 

 視覚的にも、レーダー等の観測機器を以てしても、対象は補足できない。

 懸念したステラの背筋に、次の瞬間、ゾクリと冷たい悪寒が駆け抜ける。一見すると何もない空間からビームが放たれ、ステラは慌ててこれを回避した。

 

「ハッハー! 無尽蔵に再生するだけが、この機体の取り柄だと思ったかよ!?」

 

 一方的に部下達がやられている。

 ──ならば、こちらもまた一方的に攻撃してみせるまでだ! 

 アッシュは意図どおり、自身の姿を完全に闇に溶け込ませながら、ほとんど一方的にステラへ射撃を浴びせ続けた。

 

「……!」

 

 しかし、半ば一方的に掃射される火線に対し、その発射角から敵の予測空間を割り出すのはステラにとっては難しいことではなかった。

 MMI-M12リノセロス・リニアキャノン。両翼に内蔵された質量弾頭砲であり、散弾による複数目標への攻撃など「面」破壊に特化した火器だ。発射と同時に散逸する砲弾の雨は、現在の〝リジェネレイト〟では防ぐことは不可能だ。なぜならフェイズシフトとミラージュコロイドステルスは性質上、同時併用することが叶わず、実弾を防ぎたい場合には必ずステルス機能をオフにしなければならない。

 

「──何ッ!?」

 

 ステラの撃ち放った一射は、アッシュのことを狙撃した、というより、予測空間に向けて弾丸をばら撒いた、と形容した方が正しい。それはある意味、とても適当な攻撃──しかし、無色透明の〝リジェネレイト〟の位置を炙り出すには、充分すぎる砲撃。

 思ったとおり、散弾の射線上にいたであろう〝リジェネレイト〟は即座にステルスを解除してフェイズシフトを展開、その巨大すぎる黒い機影を現わした。両腕で全身を抱え、放たれた質量弾頭を全て弾き飛ばすことに専念した。ステラは先に云われた言葉を、返すように云ってのけた。

 

「その迷彩だって、別に無敵なわけじゃない」

「クッ……!」

 

 もう一度だけミラージュコロイドステルスを展開しようとするアッシュを、ステラは散弾を連射して許さなかった。

 アッシュの手によって、光波防御帯が攻略されたように、ミラージュコロイドステルスとて完全無欠というわけではないのだ。どんな兵装にも必ず突くべき弱点が存在し、これを正確に潰し合う彼らの戦いは、最高の性能を持ち合わせるモビルスーツ同士の手札の潰し合いであると云えた。

 

「なぜだ。なぜ、あんな小娘ごときが……!」

 

 そして、手札を潰し合う上で先に不利になったのは、このときは〝リジェネレイト〟の方だった。予備パーツが撃滅され、再生力という最大のカードを封じられたアッシュには、もう二度と迂闊な被弾や損傷は許されない。

 巨大すぎる規格の機体。たしかにそれは素早さでカバーされ、巨大ゆえに敵に圧迫感を与えもするが、体積の広さから云えば、被弾率とて在来機の比ではないのだ。

 

「戦う理由も不明瞭な小娘に……! このオレがァ!?」

 

 無限に思えた機体の予備パーツが、既に底を尽きている。アッシュはなかば自棄に、一気に決着をつけようと〝クレイドル〟への突貫を仕掛けていた。

 

「ステラはただ、みんながしあわせになれる世界が欲しいだけ! それがきっと、みんなが安心して暮らしていける世界だから……!」

 

 それが、彼女なりに見つけた答えだ。

 だからこそ、ステラは戦う。ナチュラルもコーディネイターも関係ない。

 

 

みんなにとって安らかな(・・・・・・・・・・・)──揺籃(ゆりかご)が欲しいだけだ!」

 

 

 はっ! と笑い飛ばしたアッシュ・グレイは、再び〝リジェネレイト〟を駆り、突撃を仕掛けようとした。

 だが、次の瞬間だった──。

 アッシュの耳に、突然の通信が届いた。彼が所属する〝ジェネシスα〟からの、緊急の軍用回線である。

 

(──帰還命令(・・・・)だと! このタイミングでか?)

 

 それは、施設の防衛隊長たるアッシュに、帰還を促す通信だ。通信先の男は血相を変え、焦燥に塗れた声を張り上げていた。

 

〈大至急〝ジェネシスα〟へ帰投してください! 問題が発生しました!〉

「後にしろ! ラクス・クラインの追討任務はどうなる!?」

〈いいんですよ! そんなことより、はるかに一大事なのです!〉

 

 通信士の声は、ひどく焦りに満ちていて、強かに震えていた。アッシュは、ぐぅと喉を鳴らした。

 

「チィ、今日のところは、これくらいで勘弁してやるか……ッ!」

 

 そう唾棄したアッシュは、機体をすぐに転進させた。高速巡航形態へ移行した後、全推進力を以て、明後日の方向へと飛び去って行く。

 状況が呑み込めない、ラクスとステラは、茫然と互いの顔を見合わせた。

 

「……退いた……?」

「どうして……?」

 

 撤退の理由が分からず、腑に落ちぬまま目を見張っていたステラは、周辺を改めて見渡した。

 自分達を包囲していた〝ゲイツ〟は殆んど撃滅し、隊長格の〝リジェネレイト〟もまた、どこかへと撤退して行った。戦闘は、その瞬間に終息したのだった。

 ほっ────と息を吐いたその瞬間より、空虚だった少女の瞳に、輝きが戻って行く。

 ラクスもまたヘルメットを脱ぎ、髪を振ってほどいた後、改めてステラの方を向いた。

 

「……ありがとう」

「……うん」

 

 ザフトからの刺客──父パトリック・ザラが直々に、ラクスの暗殺に派遣したアッシュ・グレイを退けた今、ステラは、正式に父親に対して反抗を行ったことになる。

 これは大局的に見て、ザフトへの反逆を意味するのだろう。

 ──ただ、平和を捜したいだけなのに……。

 結果的に、ステラはラクスと同じ道に共感し、共感した結果が反逆者として扱われることなのだ。

 

(パトリック・ザラ──。あの人は……間違ってるの……)

 

 ステラはそこで初めて、みずからの父に疑問を抱いた。

 そして、その父に心服する、みずからの兄に対しても──。

 

アスラン(・・・・)…………)

 

 ひょっとしたら、彼もまた間違っているのではないだろうか──と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 高速巡航形態で飛行する〝リジェネレイト〟は、真っ直ぐに彼が防衛任務に当たる〝ジェネシスα〟へと向かっていた。

 アッシュ・グレイは、苛立っていた。

 ラクス・クラインの暗殺任務において、よもや、自分達がこうも辛酸を舐めさせられるとは予想だにしていなかったからだ。

 

「小娘ひとりを相手に、このザマってのは……なかなかどうして」

 

 〝リジェネレイト〟に後続する僚機の姿はない。すべての〝ゲイツ〟が、どういうわけか〝クレイドル〟に撃滅されてしまったのだ。

 ──そもそも、どういうことなのだろう……?

 ZGMF-X08A〝クレイドル〟とは、アプリリウスにて、ザフトが開発したファーストステージの第一機であったはずではないか。

 諸事情あって、長らく凍結されていたと聞いていたが──そのような極秘のモビルスーツが、何故、自分に敵対する少女の乗機となっているのだろう? 本来ならば味方であるべき機体が、どうして敵に回っているのだろう?

 

(クラインに味方した〝フリーダム〟に〝クレイドル〟──どっちも、ニュートロンジャマー・キャンセラーが積んであるモビルスーツじゃねえか……)

 

 それが、まとめてザフト以外の勢力に渡ったとなれば──〝プラント〟にとって、いかなる脅威となるのか。

 アッシュ個人としては、世界の行く末になどに興味はない。

 彼はサディスティックに人を殺すのが趣味であって、殺されるかもしれない恐怖にマゾヒストめいた特別な悦楽を憶えるわけではない。彼自身が常に上に立ち、敵を屠る圧倒的有利な戦闘を繰り広げていたい以上、敵勢力にファーストステージのような危険戦力を接収されることは、結果的、彼にとっても「損」としか言いようがないのである。

 ましてニュートロンジャマー・キャンセラーが、地球軍の手に渡るようなことになれば、戦況は一気に変わるだろう──。

 

(次に戦場で会うときには……容赦はしねぇぞ、金髪の小娘…………ッ!)

 

 ひとりごちるアッシュの耳に、再び、軍用回線からの通信が飛び込んで来た。

 

「──俺だ。それで、何があったんだ?」

 

 ラクス・クラインの追討任務よりも優先すべきことが、緊急に飛び込んで来たということだろう。

 でなければ、彼に帰投命令が下されるはずがない。

 通信先の男は、申し訳なさそうに俯いていた。その声は震えている。

 

〈申し訳ありません、隊長〉

「ああ?」

〈我々が防衛していた〝ジェネシスα〟が、地球軍に発見され、襲撃を受けました!〉

「なんだと!?」

 

 ──ダンッ!

 アッシュは、立ち上がった。

 

〈隊長や、その他多くの戦闘員が留守になった隙を突かれました──。施設に残った戦力では、ヤツらに抗戦することもままならず、まんまと地球軍の奇襲を許してしまいました……!〉

 

 ラクス・クライン追討のために、彼が防衛していた施設〝ジェネシスα〟からは、多くの戦力が出払っていた。

 その隙を突いて、地球軍が攻め込んで来たというのだ。

 

「地球連合の、どこの部隊だ! 事と次第によっては、始末書じゃ済まねーぞ!」

〈お、恐らくは、大西洋連邦の部隊かと〉

「被害状況は!?」

〈施設自体は無事です。ですが、警備に当たっていた当直の兵士数名が重症。|そして──〉

 

 アッシュは息を呑んで、その続きを待ち遠しく思った。

 

「施設内部に保管していた新型モビルスーツ、ZGMF-X12A(テスタメント)が……奪取されました……」

 

 一拍おいて事態を把握したアッシュの表情から、血の気が引いていく。

 神と人の契約──〝テスタメント〟──。

 話に上がったモビルスーツは、彼が操るZGMF-X11A〝リジェネレイト〟と同様に、〝ジェネシスα〟内部でロールアウトされた新型機。型式番号から自明だが、それは〝クレイドル〟〝フリーダム〟〝ジャスティス〟の兄弟機に当たり、核ジェネレータを動力源としている。

 

「おいおい。それは、つまり?」

 

 それが、大西洋連邦の特殊部隊によって強奪されたと云うことは。

 

「Nジャマー・キャンセラーが、地球軍の手に渡りました!」

 

 報告を聞いた、アッシュの顔が凍り付いた。

 




 ZGMF-X11A〝リジェネレイト〟
 ZGMF-X12A〝テスタメント〟
 これらは原作アニメには登場しない外伝のモビルスーツですが、この小説では、今後も登場します。

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