~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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『ディア・シスター』A

 

 それは、大西洋連邦による攻撃が再開されるより前のこと。ステラは〝アークエンジェル〟のデッキにて、キラと会話する時間を持った。

 ステラはこれまでに自分が辿ってきた経緯について、キラに打ち明けていた。ザフトに連行された後、第二次ビクトリア攻防戦に召集されたこと。アラスカへの侵攻に加わったこと、やがて〝クレイドル〟を与えられたこと。

 そして何より、ある折を期に、アスランが豹変してしまったことも──

 

「アスランが……?」

 

 ──〝ソレ〟が起こったのは、ビクトリア要塞攻略の最中だった。

 アスランの豹変。当人に云わせれば〝気が変わった〟ということであるが、以前の彼の人となりを知る者からすれば、どこか〝気が触れた〟ような変わりようではなかろうか。

 大いに時を経た今でさえ、ステラには、アスランの変化をどう表現すればいいのか分からなかった。その変化──いや変貌が、善いものであるか、悪しきものであるかも含め。

 

「たしかに、アスランは少し変わったような気がしていたけど……」

 

 相談を持ち掛けられたキラであるが、そんな彼も、アスランに対しては兆候のようなものを感じ取っていたらしい。ステラは続けた。

 

「そこからのアスランは、〝ストライク〟に乗ったキラのことを、ぜったいに『キラ』って呼び方はしなかった。ずっと、モビルスーツの名で──『〝ストライク(・・・・・)〟』って呼び方を使って……」

「……そうやって、きみを騙してた?」

「ううん、自分を──。アスランは〝ストライク〟って呼び方を使って、自分のことを騙してた(・・・・・・・・・)

 

 己に云い聞かせる自己暗示のようなものだと、ステラは云った。

 

「だから今のアスランは、きっと、理屈で自分を隠してるんだとおもう……」

「アラスカで、僕がアスランと対峙したとき。あのときも、アスランは僕を許してはくれなかった」

「…………」

「あんなに一緒だったのに。言葉のひとつも、もう通らないんだ」

 

 それから、ふたりの会話は続いた。

 キラは、目の前に聳立する〝クレイドルを〟見上げて云った。

 

「──〝アレ〟も、〝ジャスティス〟や〝フリーダム〟と同系統のモビルスーツ?」

「うん、お姉さん」

 

 つまり姉妹機であると云いたいのだろうが、どちらかと云えば兄弟機ではないだろうか?

 キラは聞き咎めて、小さく訊き返す。

 

「お兄さん、じゃなくて?」

「お姉さん」

「そ、そっか」

 

 この際、どちらでも良かった。

 ──僕らからすればステラは妹なのに、モビルスーツはお姉さんなんだ……?

 それが、なんだか奇妙に思えて、キラは少しおかしく思えた。

 

「ラクスに会ったの。それでキラが──〝フリーダム〟が、オーブにいるって聞いたの」

「そっか。ステラも、あのお姫様に会ったんだね」

 

 キラは遠い目で返す。 

 

「僕の〝フリーダム〟も、彼女がくれた。びっくりしたけど、強い人なんだって知ったよ」

 

 戦争とは無縁の世界で、穏やかに活動している国民的アイドル。キラにとって、ラクス・クラインの第一印象など、せいぜいそう云った所だ。

 だが、現実はそうではなかった。表向きの彼女は愛らしき偶像を演じていても、そのじつ彼女は、この戦争について終わらせる方法がないか、ずっと考えていたようだ。

 平和への祈りや願いは人一倍強く、しかし、彼女は自分では戦えない。だからこそ、それを託せる人間を、彼女はずっと昔から捜していた。

 そして見つけたのだ。キラ・ヤマトという人間──力を伴いながらもみずからの意志で行動でき、何と戦わなければならないのか、その答えを明確にできる『自由の戦士』を。

 

『──あなたはこれから、どうなさいますの?』

 

 ステラの脳裏に、かつてのラクスの呼びかけが蘇る。

 

「…………」

 

 ──きっとあのときから、ラクスは、ステラのことを試してたんだ。

 そして彼女は、此度もまたステラを試した。彼女が己を捕らえに来ることを承知の上で、ラクスはステラを屋敷で待った。その超然とした蛮勇が、何か確信に基づくものだったのか、単なる好奇心だったのかはステラの視点からは不明のままだが、いずれにしても、ラクスはそれだけの価値をステラの中に見出してもいたらしい。無論、対等と思っていた相手に勝手に試されていたステラとしては、あまり良い気分がするものでもなかったが。

 考えるには微妙な思考を、キラの言葉が遮って続けた。

 

彼女(ラクス)の立場もそうだけど。いま、中立を訴え続けているオーブの立場だって、正直……かなり難しいよ」

「……うん」

「地球軍の側につけば、ザフトは敵。反対に、ザフトの側についても同じだ。立場を変え、敵を変えるだけで──でも、それじゃあしょうがない。そんなのはもう嫌だから──だから、僕は戦うんだ」

 

 幼さに見合わない深謀が込められたその言葉を聞いて、ステラは改めて、思い知った顔になる。

 ──このキラは、たしかに、以前とは違う……。

 であるなら、これがラクスが見込んだ、ステラの知らない彼の要素なのだ。ラクスが価値を見出し、平和のために使役した人間──それが今のキラであり、そのための力が、また〝フリーダム〟なのだろう。

 そうしてステラは不思議な顔をして、人ひとり分空けて座るキラの顔を覗き込んでいた。じいと見つめられ、キラはきょとんとして、そのまま二人の間に沈黙が流れる。

 

「なっ、なに?」

「ラクスのこと、すき?」

「えっ!?」

 

 キラは、その脈略もへちまもない発言にぎょっとした。

 

「なっ、なんでっ」

「……なんとなく」

 

 キラは口籠って、返事を出さなかった。

 沈黙が流れる。

 ステラは、ちがうの、とアテレコを当てても良いような顔を浮かべたのち、ふいとキラから視線を外した。まるで訳の分からないキラは困惑するばかりだ。

 

 ──すき? すきって、どういう意味の質問だ?

 

 ひと言で「好き」といっても、その意味はまちまちである。

 そこには、友情(Like)恋情(Love)の紛らわしい差があるわけで。

 勘違いすると、死ぬほど恥ずかしい雲泥の差があるわけで……。

 いや、ステラのことだから、きっと前者の意味で訊ねたのだろう。そもそも、彼女が後者の概念自体を持っているか分からない。

 

 ──ステラって、そういう感情(・・・・・・)、あるのかな……?

 

 淡い恋愛感情を、持つことはあるんだろうか?

 そう考えてから、馬鹿なことをと思う。勿論、当たり前にあるはずだ、彼女だって女の子なのだから。

 しかし、以前は恥じらいもなく自分の前で衣類を着替え始めたことがあったりと、あまりに性に無関心なことしでかすものだから、ついそのことを失念してしまう。幼馴染みというのは心が触れすぎているのだろう。もっと遠慮を持つべきだとキラは自分を戒める。

 

「ん」

 

 が、段々と、ステラの行動に理不尽なものを感じ始めた。

 ステラはいま、すっかり気を逸らして明日の方向を見ている。──人に尋ねるだけ尋ねておいて、期待から外れたら失望まじりに顔を背けるのもどうかと思うのだ……。

 良くいえば切り替えが早く、悪くいえば無頓着な一面である。

 

(そういうところあるんだよな……)

 

 しかし。

 ──そういうステラは、どうなんだろう?

 ──誰が好きとか、誰が恋しいとか……。

 無論、興味はあった。

 そのときキラを、いっそ訊ね返してやろうかなと、えげつない感情が支配する。

 キラはステラの方を向き直し、彼女が見せる横顔に目を遣った。

 

「そういう君は」

 

 が、次の瞬間には、掛けようとしていた言葉を忘れていた。

 彼女の見せる横顔が、あまりにも、切なげだったからだ。

 

「…………」

 

 目に映ったのは、様々な感情の入り混じった複雑な表情────。

 彼女はじっと、証人のように目前に聳え立つ〝フリーダム〟を見上げていた。キラは彼女への不満も忘れ、しばしその横顔に見入っていた。

 ステラの目は、ひどく憂いを帯びて、どこか気色ばんだ表情に、揺れる目元が印象的だった。

 東洋の血が入っているキラの中で、その儚げな面持ちは「(いき)」という感覚的な嗜好(たしなみ)と相まって、彼の中に感動を与えた。

 謙虚で静淑。哀愁の漂うその憂いを帯びた横顔は、まるで虚飾のない人情絵──絵葉書を思わせ、白い肌に金髪という異邦の人間が溶け込むには、あまりにも難しい一幅の肖像画(ポートレイト)を連想させた。

 すみれ色に揺れる眸は、まるで、以前からその機体を知っていたかのように〝フリーダム〟を映している。

 

「──〝フリーダム〟?」

 

 思わず沈黙を破り、そう訊ねていた。

 問いかけに、ステラはこくりと頷いた。

 

「うん……」

「……乗ってみたいの?」

「!?」

 

 途端、ステラは信じられない、と云った風な顔をした。ぶんぶんと激しめにかぶりを振り、キラの顔をぎょっと見返して来る。とてつもなく愕然としている。

 ──えっ、そんなにまずいこと云ったのかな……?

 全く身に覚えのないキラは、ステラから見て、すこし無神経に映った。仕方がないこととはいえ。

 

「──。キラは、戦争をやめさせたいの?」

 

 間を置いてから、ステラは、あらためてキラの真意を問うように訊ねた。

 

「そうだね……。戦いのない世界があればいい──そう思っても、戦いは広がるばかりで。今の僕には、戦うことしかできないけど」

「戦わなきゃ、守れないものもある……?」

「うん……。結局、その場しのぎの考え方にしかならないとは思うけどさ」

 

 ステラは、ベルリンで犯した自分の罪が消えるとは思っていなかった。

 何万という逃げ惑う人間を灼き殺し、破壊の限りを尽くした自分を。──そうしなければ自分自身を守れなかったとしても、たとえ、それが他人を傷つけていい免罪符になどならないのだ。

 そんな彼女を、止めるために〝フリーダム〟は舞い降りた。

 戦ってでも、これ以上の犠牲を止めるために。もしくは多くの人の命を守るために。そう思うと、ステラの中にひとつの感情が湧き出して来た。

 

 ──生きていて、良かった……。

 

 あのとき、自分は死ななくて良かった、と。

 彼女に命を奪われた何万の者達からすれば、なんて傲慢な考えだろう。けれど、奪ったからこそ、今度は救っていかなければならない。生きているから、こうして昔の自分を見つめ直すことができる。生きているから、こうして彼とも歩み寄ることができた。

 そう思うだけでも、ステラは今ここに生きている意味があるのではないかと、暖かい気持ちになるのだ。

 自分の中が満たされていくような想いに駆られ、ステラは、自然と頭を傾けていた。すとん、と音を立てて、その小さな頭がキラの右肩に乗る。かすかに甘い金髪の香りが鼻先を掠め、キラはぎょっとした。

 

「え!?」

 

 真意を探るような目で、キラが慌てて右肩の感触へと視線を落とす──と、委ねるような、あどけない眸がきょろりと見つめ返してくるだけだ。

 しかし、それも束の間、ステラはうっとりと両目を閉じてしまった。その顔がゆっくりと安らいでいき、キラは、なんだか遠まわしに「あなたは無害」と宣告されたような気分になった。

 

(この子、これ素でやっちゃうんだよなあ)

 

 なんとなく居た堪れなくなって、キラは指先で自分の頬をかく。

 先にも云ったが、彼女はやはり、幼馴染みというのをすこしばかり舐めてないだろうか? ひとりの幼馴染みである前に、自分はひとりの男なのだ──何が「無害」であるものか。

 

 ──お互い良い年齢(としごろ)なんだし。

 ──いや、それだけ信頼されている証拠なんだろうけど。

 

 彼女の場合、この行動に他意のたの字もないのだろう。舌足らず故のスキンシップ。ステラなりの意思伝達(コミュニケーション)手段のひとつでしかないのだろう。

 ──そういうところは、出会った頃とまったく変わってない。

 キラが身体を硬直させていると、そのとき遠方に、チェックボードを抱えているムウの姿が見えた。どうやら〝イージス〟の整備ログのチェックをしにきたらしい。

 

(げ)

 

 キラはムウ・ラ・フラガという人物がどういう男か、なまじ把握できていたがために、今の状況を見られたら起こるであろう厄災をすぐに直感することができた。慌ててムウから目線を逸らそうとしたが、時すでに遅かった。何を思ったか、次の瞬間、ばったりムウと目が合ったのである。

 ムウは、ぽかんと口を開けて硬直した。

 ムウの目が、キラに身を預けて安息しているステラに留まる。次にすっかり赤面したキラに留まり、ふたりはしばし見つめ合う。沈黙が流れ、やがてムウの口元がにやにやりと緩み始めた。──ほら見ろ、やっぱり誤解された!

 ──バッ!

 耳を真っ赤にしたキラが、弁明しようと条件反射に立ち上がる。

 ──ゴンッ!

 支えを失くしたステラが、ベンチのアームレストに横頭から突っ込んだ。

 

「ああッ!?」

 

 キラは、悲鳴を挙げた。

 慌てて振り返る──と、ステラが思い切りぶつけたであろう左頭を押さえながら、「? ? ?」と顔に疑問符を浮かべまくっていた。

 キラは顔面を紅潮させたり、蒼白にさせたり、表情を二転三転とさせる。その絵面があまりにも可笑しくて、ムウはぶっと噴き出して笑うと、けらけら抱腹しながら彼らの前を通り過ぎて行った。

 

(何しにきたんだあの人!?)

 

 キラは、あの調子がいい上官を割と初めて殴りたいと思った。

 

「いた、かった……っ」

「そりゃあそうさ! ごめん!」

 

 突っ込み、そういうつもりではなかったと弁明しようとする。

 そのときキラの視界に、ドリンクを持って来たマリューの姿が映った。両手にグラスを持ち、それを差し出すようにやって来ていたのである。

 

「? マリューさん」

 

 キラは、ごく普通に会釈を交わした。

 後でトール達に聞いたのだが、ステラに銃口を構えたオーブ兵達を、彼女が率先して制してくれたらしい。キラはそのことを今になって思い出して、すこし嬉しくなる。──彼女もまた、ステラのことを認めている、ということなのだから。

 

「お邪魔だったかしら?」

「茶化さないでください……」

 

 どうやら、マリューは話しかけるタイミングを伺っていたらしい。今の彼女の表情は、普段の彼女が絶対に見せない意地の悪さに溢れ返っていた。くすりと微笑むと、マリューは改めてステラの方を向きなおした。両手のグラスをふたりへ手渡すと、口を開いた。

 

「この子には、わたし達も色々とお世話になったから。お礼をね」

「?」

 

 ステラは、三つ浮かべていた疑問符をひとつまで減らした。それでも、何のことを云われているのか自覚がないようだ。

 

「あなたがいなければ、アラスカで私達は撃墜()られてた──だから、ありがとうって云いたくて」

「……。ちがうよ」

 

 ステラは、そこで目を伏せた。

 ──ありがとうって云われる資格なんて、ない。

 確かに〝アークエンジェル〟を助けた。そのとき対峙した〝エクソリア〟が、あまりにもかつての自分と似ていたからだ。

 けれどそれ以前に、ステラは状況に流されて〝アークエンジェル〟に襲撃をかけたことだってある。

 

「ステラは、昔から、流されてばっかりだから……」

「それでも、そういう何かが『おかしい』と思ったから、あなたは今、ここにいる──ちがう?」

「……うん……」

「それは、私たちも同じなのよ」

 

 ──ただ、上から発される命令に従って『敵』と戦うこと。

 それが、かつての彼女たちの仕事だった。

 しかし、従うべき命令そのものに疑念を覚えて、彼女達は今こうしているのだ。そういう意味では、彼女達が出会うのは必然だったのかもしれない。

 

「──ぼうずーッ!」

 

 そのとき、遠方からマードックの声が響いた。キラのことであり、呼ばれたキラは「はい?」と反応し、マードックは手で招くジェスチャーを見せた。どうやら〝フリーダム〟の整備について、機体の所有者であるキラに確認したいことがあるらしい。

 キラは「ちょっと手伝ってきますね」と、その場をマリューに預け、マードックの許へ駆け足で向かっていった。

 その過程、マードックもステラの姿を認めたらしい。彼は軽く掌を挙げて会釈してくれた。ステラはにこと笑って、そんな彼に小さく手を振り返した。その微笑み顔がやけに眩しくて、マードックは年甲斐もなくでれっとした後、気恥ずかしさに襟足をかき始めた。

 そんなステラを見て、マリューは不思議と、微笑ましい気持ちになった。

 

(もうすっかり、此処のみんなとも顔なじみね……)

 

 かつて、この艦の一員として乗艦していた彼女だ。たしかにクルーゼ隊に鹵獲されてからは、敵対したこともあるのだろう。

 ──けれど今、今はどちらもザフトでも地球軍でもなく、ひとりの個として此処にいる。

 今のマードックが、ステラに気軽に手を振った意味が、マリューにはすこし共感できる。人間は、一度でも分かり合ってしまえば、互いを『敵』として認識することに必要性を感じない生き物なのだ。

 ──そうさせる必要を、彼女もまた、感じさせない人だから……。

 ステラは、敵を作るために戦争をしているわけではない──不思議とマリューは、そんな風に直感した。むしろ彼女は、戦争という過酷の中で、味方を増やしているのではないだろうか? あくまで本人には、その自覚はなかったとしても。

 

「それで」

 

 マリューは、本題を切り出した。

 ステラの円らな瞳が、マリューを見上げた。

 

「あなたには難しい質問かもしれないけれど……これから、どうするつもりなの?」

 

 これから〝アークエンジェル〟がやることに、変わりはない。

 こうして整備や補給を必死で執り行っているのも、いつ再開されるかも分からない大西洋連邦の攻撃に備えるためだ。マリュー達は、オーブを守るために戦う。しかし、ステラは──?

 

 ──この子となら、この先も一緒に戦っていける気がするけれど。

 

 そう思う感情を押し殺して、マリューは第三者として訪ねていた。

 たしかにステラを、このままオーブの陣営に引き入れることは簡単なことかもしれない。しかし、これからの戦闘はやはり自分達の方が不利なものであり、繰り返すようだが、ステラの出自は自分達とは大きく異なっているのだ。彼女の父は、今や〝プラント〟の最高指導者であり、そんな彼女が迂闊な行動を取れば、それは〝プラント〟すらも揺るがす大事になりかねない。

 しかし、割り切れない感情が、マリューに告げ口を漏らさせた。

 

あなたのお部屋(・・・・・・・)なら──まだ、そのまま残っているわ」

 

 云ってから、ステラの顔を窺ったマリューは、きょとんとした。ステラが口を小さく開けたまま、言葉も出ないといった風にこちらを覗き込んでいたからだ。

 

「えっ……」

 

 ステラは唖然としていた。

 部屋がある。それは、居場所がある、という意味でもある。

 かつて、パイロットとして少尉階級が与えられていた彼女には専用の部屋が与えられており、そこに飾られたプライベート──といっても僅かなものだが──の物品は、何ひとつ処分されることなく、整理整頓されるだけで終えられていた。

 だからオーブへ潜入したとき、海色のハロは健在で、コロコロとステラの許にやってきたのだろう。

 今となっては皮肉な話だが、アラスカに到着した時ですら、艦には追加の人員は補充されなかったのだ。どこまでも人手不足の艦内には、常に空き部屋が存在していて、わざわざステラの部屋を撤去する必要もなかったのである。

 ──あなたが、いつ帰ってきてもいいように……。

 そう訴えんばかりに、マリューは、人の好い笑みで続けた。

 

「あの可愛らしい制服もね──。あんなにフリフリなの、他に似合う人がいると思って?」

「……!」

 

 どこの世界に、改造した軍服を推奨する軍人がいるのだろう? と思ったが、今のマリューは軍人ではなかった。

 そもそも彼女達は、着ている軍服にこだわる気は毛頭ないのだろう。人間を制服で区別したり、人種で差別したりすることの無意味さと、そうすることの虚しさを知っているからだ。

 

「あなたはとても曖昧な立場にあると思うのだけれど──私達で良ければ、いつでも歓迎するってこと……それだけは、覚えておいて」

 

 その暖かな気持ちが、ステラには、痛いほど伝わった。

 マリューは鷹揚と微笑むと、表情を切り替えて行った。

 

「さっ。それじゃあ、私も作業に戻るわね。あんまりあなたを独り占め(・・・・)していると、他のみんなにやっかまれちゃいそうだから」

 

 発言の意味を図りかねる。

 と、物陰から、トールやミリアリア達がこちらを覗いているのが目に入った。どうやら彼女達もまた、ステラと話したいことが山ほどにあるようだ。

 マリューは彼らに気を配るようにして、その場から立ち去っていく。交代するかのように、トールやミリアリアが場にやってきた。

 

「ミリアリア……っ!」

 

 そうしてステラは、黄色い声でミリアリア達との再会を歓喜した。

 

 

 

 

 

「おっ。相変わらず、あのお嬢ちゃんは人気モンだなァ」

 

 ステラの様子を遠巻きに見ていたマードックが、そのとき感嘆するような声を漏らした。──アイドルの握手会とか、列作って並んで、確かあんなんだよな……と朧気に思う。〝フリーダム〟の整備ログのチェックを手伝っていたキラは、その無骨な声に指を止め、もう一度、自分がいた場所にいるステラへと目を向けた。

 見れば、マードックの云う通り、ステラと会話している人が次々に変わっていっている。キラに始まり、マリュー、トールやミリアリア──サイやその他の艦内のクルー達と、さながら順々に交代するかのように。

 その誰もが、ステラという来客を単に珍しがっているわけではない。あの様子では、本当に人気者と形容されても不思議ではなかった。それはまるで、芸能事務所に所属するアイドルと交流会でも催しているかの様相で、一輪の花、というのはこういうときに用いるべき言葉なのであろうと、不覚にもキラはそう合点してしまった。

 ステラは次々と入れ替わってゆく彼らと、純朴に談話しているようだった。時折ステラが垣間みせる純真な笑顔が──その何よりの証拠だった。

 キラはその眩いような笑顔を見て、しかし、どこかで複雑な気持ちになったという。

 

(昔はもっと人見知りで。アスランと僕以外の人なんかとは、あんまり話せなかったのに……っ)

 

 けれど、今の彼女は違った。

 どちらかの影に隠れていたあの頃とは違う。

 たとえ一人であっても、誰とでも臆することなく話をしてみせている。

 それがキラには、なんだか寂しいような感じがした。

 

「キラ……」

 

 そのとき、脇からムウの声がした。キラははっと我に帰って、そちらを振り返る。

 ムウは、何やら訳知り顔で立ち、キラのことを真っ直ぐに見つめていた。

 その男は、いつになく真面目な顔をしていた。訳知り顔で、ぽん、と肩に手を置いて来た優しさが、はっきり云って気持ちが悪い。

 

「アー。その、なんていうかだな」

「はい?」

 

 ムウは、まるでキラの父親にでもなったかのように真面目な面持ちで云った。

 

「……責任はとれよ? 彼女は大物だぞぅ、色々と?」

「ムウさん!」

「ははっ。いやでもさ、家柄とかいろいろ──」

「どつきますよ、いいですよね!?」

 

 キラがマードックの工具をおもむろに取り出すと、ムウは軽薄に「冗談だよ、冗談っ」と告げ、足早に去って行った。

 ──ほんと、何しに来たんだ、あの人……!?

 キラは、ふざけても偉く格好のいいあの上官をもう一度殴りたいと思った。

 

 

 

 

 

 

 色んな人が、作業の合間を縫っては、話しかけに来てくれた。

 それが、ステラには幸せなことに思えた。

 マリューさんやトール、ミリアリアと会話して、カズイだけが〝アークエンジェル〟から降りて行ったことも、サイの口から聞いた。カズイは、ステラに憧れていたんだって、好きだったんだって、サイが云ってた。ステラもカズイのことはきらいじゃなかったから、ステラもすきだったよとサイに伝えたら、きっとそういう意味じゃないんだよな……って困った顔をされた。じゃあ他にどういう意味があるんだろう。よく分からない。

 ステラがそうして首をかしげていると、そのとき、交代するように次の人が現れた。

 その人は、今のステラと同じ服装をしていた──。

 

「えっ……?」

 

 ザフトの、赤いパイロットスーツだ。ステラは愕然として、目線を上げる。

 そこには少女めいた顔立ちの、見慣れた人物が立っていた。

 

「ニコル……っ!?」

「──お久しぶりです、ステラさん」

 

 ステラは、口の前に手を当てた。──信じられない、と云わんばかりに驚いたのである。

 ニコルはその反応に苦笑して、すこし照れくさそうに頬をかいた。

 

「どうして……!」

「ずっと、この艦の中に捕まってたんです。それでその、色々あって──この艦のこと、手伝う立場になっちゃいまして」

 

 ザフト兵としての職務を放棄したことに、気まずさを憶えているのだろう。ニコルは釈然としない様子で弁解を続けるも、だからと云って、その決断と決心を後悔している様子は微塵にも感じなかった。 

 ニコルもまた、歩き始めたのだ。自分の信じる道を──。

 

「さっきの戦闘では、ずっと生身で〝ブリッツ〟を捜し回ってたんですよ」 

「そうっ、だったの……」

 

 ステラはいまだ、目の前にニコルがいることを受け入れられないのだろう。ずっと腰かけていたベンチから、彼女は驚きのあまり、立ち上がっていた。

 ニコルはゆっくりと振り返り、視線の先に聳立する白銀の〝クレイドル〟を仰ぎ見た。

 

「でも、僕も驚きました。あの新型──まさか、あなたが乗っていたなんて……」

 

 上空から舞い降りた、白銀の正体不明機(アンノウン)が繰り広げる戦闘に、ニコルは一瞬でも恍惚として、時間を忘れた。

 その鮮やかな操縦に、魅入っていたのだ。

 ──彼女は〝ディフェンド〟から機体を乗り換え、新型を授かったってことだ……!

 さすがは、あの優秀なアスランの妹ということなのだろう。

 しばらく見ない間に、彼女は、凄まじい力を身に着けていたようだ。

 ──いや、でも……?

 初めてニコルが〝ディフェンド〟と対峙したときから、彼女はずっと、自分より遥かに強かった気がしている。──であれば、絶大なまでの彼女の能力に、この〝クレイドル〟は見合ったモビルスーツなのだろう。

 ニコルは、妙に複雑な面持ちで〝クレイドル〟を見つめていた。

 すると、彼はステラへと視線を戻し、口を開く。

 

「いきなりかもしれませんが──それでひとつ、あなたの耳に入れて置きたいことがあるんです」

「うん……?」

 

 ニコルは、ステラに報告があるようだった。

 知らせなければならない、ひとつの報告が──。

 

「──以前、僕等はザフトの任務で、オーブに来たことがあったでしょう?」

 

 ステラは、食い入るようにニコルの目を見つめた。

 ニコルは渋々とした、なんだか重たい口調で口を開く。

 そこから紡ぎ出される声は、それまでの大らかで陽気な挨拶と比べると、不自然なまでに暗く、不穏なまでに潜められていた。

 

「そのとき、あなたのお知り合いだった──シン・アスカ君について(・・・・・・・・・・・)──なのですが……」

「……えっ?」

 

 ニコルの口から、打ち明けられた真実──。

 作業を行うキラの耳に、何かが割れた音が聞こえたのは、それからすぐ直後のことだった。

 ──バリィン!

 それは、ガラスが炸裂した音だった。

 そのあまりの轟音に、マードックが「作業事故か!?」と声を荒げる。物凄い炸裂音のした方へ、多くの人がのろのろと集まり、もしくは、多くの視線が集中した。

 数多の視線の先に立っていたのは、先ほどマリューに手渡されたグラスを床に落とした、ステラ・ルーシェの姿だった。

 

「ステラ……?」

 

 キラは、そこに映る少女の表情を、思わず見紛えた。

 先ほどまで、純真に微笑みを浮かべていた少女の面影など、既に消え失せていた。そこに映るのは、硬く強張り、青褪め、強く震え出している少女の姿だけ──。

 

 ──何が、あったんだ……!?

 

 硝子の炸裂する音──その正体は、握られていた水瓶が、落ちて割れる音だった。

 それほどまでの、何らかのショックを、彼女はそのとき受けたのだろうか……?

 

 

 

 

 

 

 大西洋連邦も何らかの準備が整わないのか、地球連合軍による攻撃は、正午になっても開始されなかった。

 日没からの戦闘は、基本的に、戦略的にあり得ないことである。

 オーブ行政府は、再三に渡って会談の要請を申請しているが、大西洋連邦からの返事はない。この調子では、またいつ、問答無用の攻撃が始まるかは分からない、というのが実状であった。

 

 いつ何時、攻撃が再開されてもおかしくない──そんな折、ステラはオノゴロ島内部にある、とある医療施設を訪れていた。

 

 ニコルに連れられて、彼女が赴いた先は、オーブの医療技術が結集した病院であった。

 見るからに大型の医療施設だが、先の戦闘で、オーブ軍人の負傷者が大いに出たのだろう──今やエントランスの先で治療を受けている患者がいるほど、施設内は雑踏でごった返していた。

 それは最先端医療施設とは程遠い、野戦病院と云っても良い風であった。

 

「──こちらです」

 

 ステラは足早な様子で、ニコルに案内されるまま、彼の後に続く。

 連れて来られた場所は、一角の病室であった。

 ドアをノックし、入室する。透明のビニールカーテンに仕切られた中、ステラは、ベッドの上で誰かが仰向けに横たわっているを見つけた。治療によって呼吸器をつけ、痛ましい包帯が額の部分を覆っている。

 ステラは息の詰め、ゆっくりと、茫洋と足を進めた。

 

「…………!」

 

 ステラは、その少女(、、)に、確かな見覚えがあった。

 すぐにベッドまで駆け寄り、そのふっくらとした幼い顔を見下ろす。

 ──え……?

 ふんわりとした黒髪。噴煙をかぶったか、全身にすこし赤茶けた埃をまとわりつかせ、その少女は痛ましくベッドの上に眠っていた。

 意識が回復していないのだろう──白い布団をかぶせられ、安らかに眠っているその様は、ひどく嘆かわしい姿でもあった。

 ステラがすべてを察した後、背後のニコルが、諭すように説明した。

 

「彼女の名は、マユ・アスカさん──」

 

 それはまだ年端もいかない──健気な女の子の変わり果てた姿であった。

 ──アスカ(・・・)

 その名前に聞き覚えと、そして、その顔立ちを実際に見たことがあるステラは、愕然とした。

 ニコルは、震えるステラに憶えていますか、と訊ねた。

 

「オーブで出会った、シン・アスカ君の、実妹(いもうと)さんです」

 

 

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