じつに、二度にも渡る大西洋連邦の猛攻を喰い止めたオーブ守備軍──
その中でも多大なる戦功を挙げていた〝アークエンジェル〟のクルーはオーブ行政府へと招集され、艦長であるマリュー・ラミアスを筆頭にウズミからの報告と指示を受けていた。
「オーブを離脱……!?」
心外そうに声を荒げたのは、やはりマリュー・ラミアスであった。
会話の主は、オーブの獅子──実質的なオーブの首長を務める、ウズミ・ナラ・アスハである。
「あなた方にも、もうお判りであろう。オーブが失われるのも、もはや時間の問題だ……」
確認するように放たれたその言葉は、予想などではない確信。
強固な防衛線を張っていたオーブ守備軍も、やはり大西洋連邦が動員する圧倒的な物量の前に瓦解し始め、なおかつ増援も見込めぬ以上、このさきの展望などはジリ貧でしかない。
そう、そんなことはわかり切っていたことだった。どれだけの抵抗を続けたところで、いずれオーブが陥落するという事実は変わらない。もっとも、二日間も戦線を維持できただけでも、十分に上々と呼べる戦果ではあるのだが。
オーブは「意地のために戦った」と揶揄する者もいる。が、結局ものはいいようであった。それを単なる意地と取るか、崇高な理念と取るか──それは、現実を受け取った者達、それぞれの感性に拠る。
現在、オーブ守備軍はオノゴロ島を放棄し、戦線をカグヤ島──〝マスドライバー〟を所有する島まで後退させていた。
ウズミはそうして自国の陥落を前にして、せめて〝アークエンジェル〟と、自国の理念を託せる者達だけを〝マスドライバー〟を以て空へ上げようと考えたのだ。
「たとえオーブが滅ぶとも、失ってはならぬものもあろう」
ウズミの言葉に重みを感じるのは、マリューやここにいる者達が、すべてオーブの理念に同調しているからだろう。
それは、希望の種だとウズミは云った。
「オーブの理念それは、融和による平和だ。──かような状況にあっては、単なる理想論に聴こえるかも知れんが……」
自嘲が含まれたその言葉には──結果だけを見れば──国を焼き、国を滅ぼしてしまったという首長としての重い責任が混じっていた。
だが、融和による平和──人種という垣根を超えた安寧を真に願う者達は、こんなところで、みすみす滅ぼされるわけには行かない。
そう願う者達が一様に滅びれば、世界はまた、ナチュラルとコーディネイターが際限なく争い合う世界となる──ウズミはそう続けた。
「地球軍の背後には、ブルーコスモスの盟主、ムルタ・アズラエルの姿がある」
コーディネイターをバケモノと罵り、人としてすら認識しようともしない、嫉妬と憎悪に呑まれた者達。
地球軍の上層部は、とうにブルーコスモスに支配され、彼等の思想に染まっているというのだ。
「そして〝プラント〟も、今やコーディネイターこそが新たなる始祖とする、パトリック・ザラの手の内だ」
迫害と弾圧の日々を理由に、復讐と報復に燃え、ナチュラルを排斥した新世界の創世を望む者達。
その言葉を聞いて、会合の場に居合わせるトールがキラに視線を遣った。なにというわけでもない、ただ、そちらに視線が向いていたのだ。
「…………」
キラは何も云わず、俯きがちに、その人物の名を胸中で咀嚼しているようであった。
パトリック・ザラ──
それがどういう人物か、ここ〝アークエンジェル〟のクルーたちは知る機会に少し恵まれていた。勿論、直接その人物と面識を持ったわけではないが、その人物の娘に当たる人物と強い交流があるのだ。だが、キラにとっては少しどころの話ではないのだろう。だからこそ、マリューは気づかわしげな視線をキラへ向ける。ムウは、何も云わずに黙っていた。
そう。当のステラ・ルーシェは、この会合の場に居なかった。
動揺の波が一同に走るのを見、「いかがなされた?」とウズミが問う。が、すぐにマリューが「いえ」と返答したため、彼はさらにその先を続けた。
「またも過酷な道なれど、わかってくれるな?」
そうして、彼らは大気圏外へ飛び立つ準備を始めたのだった。
移動準備に取り掛かり初め、廊下が騒がしくなった頃、キラは〝アークエンジェル〟の格納庫へと向かっていた。
先ほど、ウズミとの会談の時もそうだったが、ステラは一緒ではない。なんでも、先んじて〝アークエンジェル〟と〝クサナギ〟がオーブを離脱するとの報せを受け取った彼女は、ニコルと共に再び病院の方へ向かったらしい。あの緑髪の少年、ザフトからやって来たという、ニコル・アマルフィと共に。
──仲、いいんだな?
というのが、キラが率直に抱いた感想だった。
思い返せば、ステラとニコルは格納庫でもよく話をしていた。ステラがザフトに行っている間に、親しくなったのだろうか? いや、きっとそうなのだろう。
今のステラは、昔と違って、誰とでも親しくなる──相手が心を閉ざしている場合はその限りではないが、少なくとも彼女はナチュラルもコーディネイターも隔たり無く、個人を尊重できる娘なのだ。そうでなければ、そもそもオーブに来たりはしないだろう……と、そこまで考えて、思い直す。
──いや……。
あるいはムウの云った通り、彼女がオーブにやって来たのは〝プラント〟からの特命を受けているからではなかったか? ウズミの話にも上がった通り、彼女の父は現在の〝プラント〟を武断思想に纏め上げる強硬派のリーダーなのだ。そのような人物の娘であれば、当然ザフトからの信任も厚く、まして彼女のパイロットとしての能力は、今のキラとも引けを取らないほどだ。
──その『力』が認められて……〝クレイドル〟なんて新型を託されたのだとしたら……。
はじめから、ステラは自分達を騙して接近して来ているのかも知れない。しかし、そうなると──
『あいつは取り戻す──必ずな!』
まるで捨て台詞のように、すれ違ったアスランの言葉の説明がつかない。彼とは別に戦っていないのに、彼は何故か自分に対する圧倒的な敗北感を言葉に滲ませていた。そしてそれは、ステラが本心でこちらに就いたと思わせるような発言でもあった。
──ステラがオーブに来たのは……任務なのか、本心なのか……。
──どっちを信じればいいんだ……。
たしかに、このときのキラを混乱させるほどに、ステラの行動には一貫性がなかったと云えるだろう。
これはキラが知るところではないのだが、当来の彼女は、その予想どおり〝フリーダム〟追討のために行動していた。そもそも〝クレイドル〟は追討任務のために父親から譲り受けたMSであり、仮にもラクスとの個人的接触がなければ、キラ本人との個人的和解がなければ──今頃の彼女は〝フリーダム〟を『宿敵』として認知し、躊躇なく牙を剥いていたはずなのだから。
「はあ……」
気が付けば、キラは深く溜息をついていた。
──なんで、こんなにも動揺してるんだろう?
宇宙で離れ離れになったステラを取り戻そうと、キラは必死で手を伸ばした。それほど大切に思える存在がみずからの意思で自分の隣に帰って来てくれたと云うのに、なぜか素直に喜べていない自分がいる。
(原因は……)
原因はきっと──ステラが戻って来たときに感じた、彼女自身の驚くべき『変化』であったろう。
以前の彼女は、他人との交流を好まず、意図的に人を避けている印象があった。その内向的な性格は、彼女の対人関係における臆病さに由来していた。
だからこそ、ステラは既に気を許していた特定の数人としか接触を持とうとはしなかったし、実際にその評価は正しい。ミリアリア達とは打ち解けるのが早かった彼女だが、そんな彼女から自分から話しかけることができた人物など、キラやアスランを除けば、それこそ片指で数えられる程度しか存在しなかった。
それでも、彼女は拿捕された先──ザフトというアウェイの中で、少しずつ変わって行った。
慣れない環境に、見知らぬコーディネイター達の集団──
ザフトは、さぞ人見知りで臆病な彼女には居心地が悪い場所であったろう。けれど「アスランと一緒に居れば何とかなる」──漠然とそう考え、これまでどおりアスランに甘え、アスランに頼り切り、精神的に自閉していた彼女はしかし、その唯一の
その結果、次第に彼女は──ニコルやイザーク、ディアッカやラウと云った──これまでからすれば
そういった経験が、彼女の中で自信になっていったのかも知れない……? こうして〝アークエンジェル〟に帰還した彼女は、より健全で、それでいて誰とでも臆面無く会話ができる無邪気さを体現したような存在になっていた。トールやミリアリアは「いい
──だからだろうか……?
キラは、ステラが誰かと睦ましげに会話をしていると、それだけで動揺するようになった。左胸の辺りが妙に苦しくなり、その感情は、彼女が男性と会話している時に、より顕著にキラの中に渦巻いた。
──たとえば、単純な云い方をすると、ステラは可愛い。
誰が見ても可愛いと思うのはキラの中で身内贔屓なフィルターが掛かっているからなのかも知れないが、少なくとも、どこかの芸能事務所に所属していても不思議ではない容姿をしている。それに加えて、今の彼女はかつて着用していた地球軍の薄紅色の制服に身を改め、肌の露出が先日よりも目立つようになった。露出と云っても下品なものではない、あくまでも控えめで、年齢に見合った可愛らしいの範疇に留まる加減のものだ。
骨盤より高めの位置で留められたベルトが双丘の膨らみを強調し、肩口から肘先まで切り開かれた両袖。そこから覗く、丸く小さな艶やかな肩。フリルスカートとニーハイブーツの隙間から覗くか細い腿が、異性達の目に眩しい。もうすっかり女の子としての色香を纏ったその姿は、軍服だというのに、妙になまめかしく見える──いや、ここは男らしく、曲がりくどい云い方を避けよう。
──あの恰好は、絶妙にエロいのである。
ここ数日は過酷な状況を強いられ、精神的に疲弊しているであろう男性達がオアシスを求めるようにステラに近寄ってゆくと、ステラはそんな彼らが慇懃に浮かべる笑顔の下に隠した邪心など毛ほども察さず会話を返そうとするため、それを見かける度にキラは非常に心配な気分になる。ここでの心配というのは、保護者──そう、あくまで保護者としての心配だ。別にやましい意味ではない。多分、きっと、恐らく──
まあ、容姿は勿論だが、性格も同様だ。
ステラは、父性の裏付けであろう男の保護欲を駆り立てる幼子のような愛らしさを持っており、それはあざといなどという同性から嫌われる性質のものではなく、小動物のように神聖で純真なものである。ムウがだいぶ前に「あれは猫属性だな」と本人に失礼な表現で諷していたが、そのニュアンスが、今ならキラにも理解できる。確かに彼女は猫みたいだ。懐いた者に愛嬌があるのだが、心を許すまでまったく素っ気のないところとか、そっくりな気がする。
どうでもいいが、女の子の属性を一瞬で見抜いたムウさんは、やはり男としても先輩だと思った。女性に苦労して来たタチなのだろう、尊敬する。あとでマリューさんにチクってやろう。
今のステラは、例によって「懐いた対象」というのが、昔に比べ、圧倒的に増えただけ。
だとすれば、今の自分が抱いている、この
そうなのだ──キラは他のみんなが知らない、幼少期、七年間にも及ぶステラのことを知っている。
みんなが知らない彼女のことを、彼は知っていた。──しかし今、そのキラでさえ知らない彼女が『そこ』に現れたもので、イメージと異なって当惑してしまうのだ。
──大体、ステラには、すこしくらい腹を立てても構わない気がする。
彼女の方から抱き着いて来たり、胸に手を当てさせたり、肩に頭を乗せて来たりと──冷静に考えれば、女の子としての自覚が完全に欠けているステラの行動に、これまでキラは大人しく付き合って来た。
というか、よくよく考えれば、そういうのは常識的に恋人同士でしかやらないような行為じゃないのか? 彼女に一般常識を求めても仕方がないのかもしれないが、一連の行為に「その気はなかった」と云われても、納得できようものか?
女の子にとっては悪気がなくても、そういうのは男にとって大問題なのだ。絶対におかしい、理不尽だ。彼女のことを恋愛対象として見れないと自分が断言したことがあるなら構わないが、そんなこと一度でも云ったか? いや云ってない。確かにアスランの兄妹である手前、いろいろと躊躇して温かい目で見守って来たが、限度ってものはある。これでは、生殺しに耐えているただのお人好しだ。思春期って言葉あまり舐めないで欲しい。
いささか情緒不安定になっているキラの中では、悶々とした感情が蓄積されて行った。
そんな思春期の少年の葛藤など、露ほども理解できていないらしいステラは、いま、病院にいた。
そこにはニコルの姿もあり、彼は口を開いた。
「〝クサナギ〟には、逃げ遅れたオーブの避難民が百数名、搭乗するようです」
戦災を逃れたオーブの避難民が、僅かながら〝クサナギ〟に搭乗予定だった。
その中には、子供──マユのような年少の者も少なくはない。自分達の行く末を考えると、決して〝クサナギ〟は安全な場所ではない──が、このままオーブ本土に残ったところで、さして状況は変わらないということだろう。
宇宙へ発つ〝クサナギ〟は、中央の基部艦船と四つのサイドパーツのドッキングによって形成され、菱形を取ったX字に近い構造をしている。中央部のみを往来させることで、移動の手間を省く効率的な造りをしており、親元が同じ〝モルゲンレーテ〟であることから、〝アークエンジェル〟と類似した内部構造を持つ、元々は〝G〟兵器開発支援のため〝ヘリオポリス〟への連絡用艦艇として運用されていたらしく──純粋な戦闘艦である〝アークエンジェル〟ほど豊富ではないが──多数の武装やモビルスーツ・デッキを持ち合わせ、避難民を収容できる広大な居住区と設備も搭載しているらしい。
「それで──
ニコルは、医療ベッドを挟んで向かい側に立つ、ステラへと問いかけた。
ステラは視線を落とし、ベッドの上で眠っている少女を見遣りながら返した。
「この娘も、コーディネイターだから。ここに残すわけには、行かないと思うから……」
宇宙へと出立する〝クサナギ〟艦内に、マユ・アスカを乗船させることをステラは強く求めていた。
先刻、ステラがウズミとの会合の場に居合わせなかったのは、そのためである。彼女は〝クサナギ〟の責任者であるレドニル・キサカという男を捜し、マユを船に乗せて欲しいと直訴していたのだ。戦時においては否応なく、傷病者というものは優先順位が低く設定されがちなのだ。場合によっては同席する避難民の不安や恐怖を煽ったり、治療やリハビリのために余分な人員と経費を使うから。
それらのコストを鑑みれば、マユがオーブ本土に取り残され、置いて行かれる──という最悪の事態は視野に入れておくべきだった。考えたくもないことだが。
だからこそ、そうさせないために、ステラは狂奔した。
自分でも驚くくらいに、彼女はレドニル・キサカという男に対し、必死になってマユの乗船許可を懇願した。さいわい、キサカにその想いが通じたのか、単純に都合がついたのか──詳しいことまでは分からないが、眉ひとつ動かない石像然としたキサカは、彼女の希求に応じてくれた。
「ウズミ代表みずからオーブの陥落を断言された以上、この国は遠からず大西洋連邦に占拠されるでしょう。そうなれば、国に残されたコーディネイターは真っ先に危険視されますもんね」
「でも、不本意なんだ。この子は、
そう。これはマユ・アスカ本人の意志を無視した──ステラの勝手だ。
ステラが連れて行かなければならないと思うから、そうしているだけで、マユ本人の意向を汲み取ったわけではない。もっとも、今現在は昏睡状態にある彼女から直接の訴えを貰うことなど不可能なのだが。
大西洋連邦の攻撃は、また、いつ再開されるとも分からず、自分達は宇宙へ発つ準備に追われている。その中で出来る最善と云えば、こうして彼女を〝クサナギ〟に乗船させることくらいだった。
「それでも、この子は幸せだと思います。あなたがいなければ、こうして〝クサナギ〟に乗船することさえ、難しかったかも知れないんですから」
根拠はない。ゆえに正しい意見ではなかったが、それは、ステラにとってありがたい言葉ではあった。
そうして、マユが眠るベッドの搬出作業をオーブの人間に任せたステラ達は、病院から出、〝アークエンジェル〟へと向かった。
ふたりはマユの今後を相談をしながら、話題は治療についての話まで発展し、歩調を揃えて廊下を歩いていた。
「医療技術は、地球よりも〝プラント〟の方が進んでいるのでしょうね。ディアッカのお父上が治めるフェブラリウス市では、基礎医学や臨床医学、生化学、応用生体工学が著しく発展していますし──」
ステラは、怪訝な顔でニコルを見た。
「タッド・エルスマン。医学権威で、コーディネイターという種族の根幹を担う人材のひとりです」
コーディネイターは遺伝子操作の段階で、それまで「先天的な要素でしかない」と云われていた人間の容姿などを、自由に設定することができる。
一連の工程には発展した整形技術が必要とされ、間違いなく〝プラント〟の医学が進んでいる証拠だった。
「〝プラント〟の整形技術・再生技術は、きっとマユさんの足の治療にも役立つと思うのですが──この情勢ではとても……」
それこそ地球と〝プラント〟の対立が激化している今、〝プラント〟の入国管理も厳に行われているはずだ。いくらマユがコーディネイターであろうと、〝プラント〟にとっては素性も分からぬ少女であることに変わりはない。たとえ治療という名目があれど、そんな人物を容易に入国させるなどあり得ないはずだ。
「医療って云っても、薬の研究だったら、地球の方が進んでたりするんだよ」
「え、そうなんですか?」
「ステラもあんまり詳しくないけど、コーディネイターは身体が頑丈で、病弱な人が少ないから、わざわざ薬に頼る人は多くないんだって」
ステラは、嘘は云っていない。
コーディネイターは基礎免疫力が高く、大半が、生まれつき頑健な肉体を持って生まれて来るのである。
「それにザフトのひと、ステラを助けてくれなかったし」
「……はい?」
朧気だが、最新鋭の医療設備を整えていたであろうザフトの最新鋭艦〝ミネルバ〟の中で、しかし、コーディネイターの医務官はステラの体を蝕んでいた薬物の解毒方法を何ひとつとして知り得なかった。挙句「薬学ノウハウの研究に関しちゃ、我々よりナチュラルの方が遥かに進んでいる」と言い訳されたこともあり、当時の苦しい経験と相まって、ステラはあまりコーディネイターの薬学事情に優れた印象を持っていないのだ。
そもそも、病弱な人口が少ないという時点で〝プラント〟は薬物医療の利益不振が進んでいるのだろう。需要がなければ投資する人間も減少する──それは経済界において当然の傾向であり、研究資金が減れば、その分野の発展も比例して遅くなる。一方の地球では、薬物医療の需要は高く、〝プラント〟と比較すると薬学研究が進んでいる節がある。もっと云えば、そういった薬学医療の発達の
「地球連合軍が強化人間にこだわるのも、薬の研究が進んでるって、そういう背景があるからなんだろうね……」
「あなたが云うと、どう反応していいか分からないのですが……」
ニコルは、感心した。
ステラの云うとおり、地球軍が推し進める強化人間の精製というのも、見方によっては「薬物医学の発展」──その結実だ。
「…………」
気が付けば話題が強化人間に移り変わっており、ステラはそこで、そんな強化人間に変わり果てたひとりの少女のことを思い出した。
先の戦闘で戦った、黒き亡霊〝レムレース〟──そのパイロットを務めていた、フレイ・アルスターである。
──わたしは生まれ変わったのよ……あなたがそうだったように、エクステンデットに……!
経緯は、どうであったか分からない。しかし、一般のナチュラルでしかなかった彼女が〝レムレース〟を操縦するには、本当に強化人間に変わり果てるしか他に方法がない。
彼女は嘘は云っていないのだろう。みずからの体内に薬物を投与し、大切なものと引き換えに、彼女は力を手に入れたのだ。
(でも……)
ステラには、わかることがひとつだけあった。
一度でも薬物を投与され、強化人間になってしまった者は、来た道を引き返すことも、突き進む道に迷うことも許されなくなる。ただひたすら、破滅という名の
しかし、云い換えればそれは、研究してしまえばまだ可能性がある──ということではないだろうか?
(みんながその気になれば、治療法って、何とかならないのかな)
医者ではない、まして、自分は決して頭のよい人間だとは思っていない彼女に云えたことではないが、コーディネイターは知能が高く、ナチュラルは薬物ノウハウに対する知識が広い。ふたつの種族が協力し、互いに不足しているものを補い合い、強化人間を治療する研究を推し進めることが出来たなら──あるいは、すべての強化人間の未来を救うことだって、不可能ではないはずだ。
まるで夢のような話だが、そんな研究が大成すれば、もう二度と、自分のように苦しい思いをする者はいなくなる。自分が味わったのと同じだけの苦しみを、フレイ──彼女に味合わせることもなくなるはずだ。
(エクステンデットの、治療──)
そう呟いたステラの頭に浮かんだのは、ひとりの男性の顔だった。
赤茶けた短髪に、太縁の眼鏡をかけた男性の名は、ハリー・ルイ・マーカット──以前ステラのことを治療してくれた、〝アークエンジェル〟の医務官だ。
(あのひと、どこにいるかなっ)
あの人ならば、エクステンデットをよく識る者として──これを治療する方法も分かるかもしれない。何より大西洋連邦の傲慢な研究者達と違って、彼には、いち医学者としての良心と矜持があったように思える。
──あの人に頼めば、エクステンデットを治療する研究だって、進めてくれるかもしれない……!
ステラはそう思い、ひとえに〝アークエンジェル〟を目指した。
数十分後──〝アークエンジェル〟艦内を捜し回ったステラだが、目当ての人物と再会することは出来なかった。医務室を訪れても、男の姿は見当たらない。誰もがが宇宙へ飛び立つ準備をしている今、彼もまた、その作業に追われているのだろうか……?
そうして艦内を歩いて回る内、なにとなく格納庫を訪れたステラは、そこで、キラの姿を見つけた。
いや、キラだけではない……ステラを除いて、それぞれのパイロットが搭乗機の調整を行っているようで、〝イージス〟にはムウが、〝ストライク〟にはトールの姿が見えた。唯一チェックボードを抱え、すぐ鼻先に居たのがキラだったため、ステラは彼に声をかけていた。
「キラっ」
「……なに?」
が、ステラの姿を認めたキラの返事は、とても素っ気ないように感じた。返事というよりは、生返事のようで──声に棘があったように思えたのは気のせいだろうか。
──きっとキラも忙しくって、ステラに構っている余裕、ないんだね……。
ステラはそう思って、いつも温和な親友の、妙に尖った態度に納得した。
「あのね。お医者さんの先生、どこにいるかな」
「ハリーさん……? ハリーさんなら、もうこの
「えっ」
云われ、ステラはきょとんと目を丸くする。
「アラスカで転属になったらしいんだ──だから探しても、もういないよ」
「そう……なんだ」
「……何かあったの?」
何か力になれるなら、なってあげたい──それは、キラの良心から訊ね返された質問だった。
しかしステラは、首を横に振った。
強化人間の治療方法をキラに相談しても、今は困らせるだけだ、と考えたのである。実際、そこまではステラの良心なのだ──が、彼女はその後の伝え方が悪かったらしい。
「なんでもない。他の人に相談するから」
その言葉を聞いて、キラは唐突に女の子に振られたような気分になる。もっとも、ステラとしては、
──この件は、他の医務官を頼るしかない。
そういう意図で答えたつもりなのだが、どうやら配慮が足らなかったようだ。キラは少し驚いた顔を浮かべたのち、俯き、冠を曲げるように深い嘆息を吐いた。その口が小さく動き、低く、漏れるような声を紡ぐ。
「そう……。他の人、ね──」
云うと、キラはふいっとステラから視線をそらし、再びチェックボードに視線を落としてしまった。
(──あれ?)
ステラは、あまりに素っ気ないキラの態度に、流石に首を傾げた。
善意で云ったつもりが、ますますキラの不機嫌を買ってしまったらしい。その横顔はすこし膨れており、キラは昔から、こういうところが分かりやすいと思う。
しかしこのときばかりは、何が彼の不機嫌を買ったのかが分からなかった。──忙しくって、気が立ってるのだろうか?
(出直そうかな……)
一度はそう思ったステラであったが、しかし、そこで大切なことを云い忘れていたことに気付く。
連合軍に就いたフレイ・アルスターは、たしか、キラにとっても面識のあった人物のはずだ。そんな彼女が、今は地球連合軍で戦っていること──キラにはあらかじめ知ってもらった方が良いだろう。
「あのね。ステラ、キラに云わなきゃいけないことがあるんだけど──」
「悪いけど……いま作業してるから、後にしてくれないかな」
「……っ」
突き放すような云い方に、ただ、戸惑った。
キラはステラの方を見ようともせず、黙々と作業を続けている。その横暴な態度は、流石の彼女の気にも障った。
──キラのために、云ってるのに……。
なのに乱暴な云い方で遮られ、流石のステラも虫の居所が悪くなったのか、気色ばむ。声に不機嫌が混じり、つんとした横顔に云い返していた。
「……ステラ、何かした……!?」
キラは、黙った。ボードを叩くその指が、ぴたりと止まる。そうして一拍置いてから、キラはステラの方を向き直し、口籠った。
そのときだ──ふたりの頭上、聳立する〝ストライク〟のハッチから、作業中のトールが姿を覗かせた。
「キラ~っ、ちょっと助けてくれ~」
緊迫感の欠片もない声が上がると、キラは数秒として、ステラに何か云いたげな顔を浮かべ、しかし結局、何も云わずに背後のトールへ振り返ってしまった。それがあまりに中途半端で投げやりな動作であったため、ステラの疑心を触発した。
──云いたいことがあるのに、有耶無耶にしてはぐらかすなんて、カッコ悪い……!
そのままキラが踵を返して立ち去ろうとするもので、ステラは思わず、その腕を掴み止めていた。
「まってっ」
だが──
「──!」
ステラが伸ばした手は、力任せに、振り払われた。
──ぱちん……!
いい音が、響いた。
キラは無意識──ほとんど無意識に、ステラの手を振り払っていた。思いのほか力の籠った動作には、ステラが目を瞑って怯んでしまう。
「…………」
呆然と立ち尽くすステラを見て、キラは、後悔していないと云えば嘘だった。空気が一瞬にして凍りつき、砕け散る。直上で見ていたトールも硬直し、なんだ……? と眉を顰める。
ややあってから。ステラは自分がキラに拒絶されたのだということ、そのときになってようやく気付いた。唇を震わせ、そこから漏れた声も震え始める。
「な、んで」
──ステラが、何したの……。
呟きは声にはならず、親友から明確な〝拒絶〟を示された彼女は、腰を引き、数歩としてキラから退く。
「ご、ごめんっ」
流石のキラも、合わせる顔がない様子だ。
故意に手を振り払った、というより、身体が反射的に動いてしまった節が強かったが、そんなことは重要ではない。反省したところで、やって良いことと悪いことがあるのだから。
「そんなつもりじゃなかったんだ……ただ」
「……」
「ただ今のきみ……ちょっと信用できなくて……。まだ、ザフトの息がかかってるんじゃないか、とか──」
「……なんで……」
それは、やっとの思いで絞り出されたような声だった。
「ステラ……キラに云ったよねっ……! ラクスと会って、此処に来たって……!」
それは任務などではない、本心から為したことだ。
「なのに──なんで疑われなきゃいけないの……!?」
その荒い声は、無骨な格納庫によく響いた。整備作業を行っていたムウやニコルがその声を耳に入れ、不審がって、コクピッドの外に顔を出す。トールに至っては、もしかしてあの喧嘩、おれのせいか? と云わんばかりに顔に疑問符を浮かべている。
彼等は、それぞれに地上にいるふたりの少年少女のことを見遣った。
キラは、大人げないことを云っちゃ駄目だと自覚していながら、一度でも爆発した感情を抑圧することができなかった。
「き、きみはザフトから来たんだろ……? あの〝クレイドル〟だって、きっとお父さんにでも預かったんだろ……? それできみはオーブに来てさ! ──確かに一度は僕を助けてくれた──でも……っ」
何を云っても、彼女を傷つけるだけだとわかっていながら、喉奥から沸騰して来る言葉を押し留めることができなかった。
「そんなことのために、あんな新型が、きみに手配されるわけないだろ……!?」
会話を聞いていたたムウは、ひとりでに「あっちゃあ……」と額に手を当てた。忠告のつもりで放った自分の言葉が、どうやらキラの中では随分と悪い方向に受け止められたらしい。
その証拠に、キラの糾弾はほとんどムウからの受け売りであった。
「ッ……!」
ステラは、何も言い返せなかった。
しかし、何か云わなければならないと思った。
云わなければ、キラの言葉が痛すぎて、壊れてしまうと思ったからだ。
「で、でもステラは……、オーブと一緒に戦おうっておもった……!」
「じゃあ云わせてもらうけど──なんでさっきの戦闘、きみは出て来なかったの? なんで一緒に戦ってくれなかった……!?」
「で、出てったっ! ステラ、戦ったよっ!」
感情のままに吐き出されたその言葉は、あまりにも冷静ではなかった。少年と少女らしい、あまりにも低次元すぎる主張の張り合いのように思えた。
ステラにとって、キラの糾弾はあまりに理不尽なものだ。
常に戦況が変化する戦場において、ひとつの戦線に固執する意義はない。だからステラが、常にキラの隣にいる理由はない。ましてや先のような防衛戦となれば、陣容が瓦解する前にいち早く疲弊した守備隊の掩護に向かうのは必要な行動なのだ──〝クレイドル〟のように強力なモビルスーツに乗っているのであれば、なおさらに。
──だからこそ、そんな言葉でステラを責めてはいけない。
──そして、責められる筋合いも、ステラにはないのだ。
その程度のこと、このときのキラもはっきりと自覚していた。自覚していたが、今のそれを黙っていられるほど冷静ではなかった。
(最低、だ)
その程度のことでステラを責めている自分は、なんて器の小さな人間なのだろう、とキラは嫌気が差した。
──どうして、こうなってしまう?
ステラを責めたかったわけではない。
ただ、自分の中で、ステラに理解して欲しいことが、すこしばかり増えていただけ。
すこしでも自分の気持ちを察して欲しいだけなのに、すこしでも彼女の役に立ちたかっただけなのに、たったそれだけの気持ちを、素直に伝えることができなくて──空回る。
──僕の気持ち……? なんだっていうんだ……。
はぐらかすように口内に云うが、そんな自分に、キラは流石に往生際が悪いなと感じた。これまで散々はぐらかして来たが──いい加減に自分の中に芽生え、再会したのを切片に、抑えれらないほど溢れ出したその感情を自覚していた。
(好きなんだ──)
だからこそ、分かってもらいたいことばかりが増えて、悶々とした。
そんな不器用さが、相手への押しつけがましい糾弾になって、相手の気持ちを汲み取るよりも先に、自分の都合で、自分の価値観や感情ばかりをぶつけるような形になってしまった。盲目になって、周りが見えなくなって、自分ひとりで舞い上がって、空回って──却って分かり合うことができなくて、焦った挙句、気持ちばかりが沸騰してしまった。
好きだから──? そんな大層な理由をつけたところで、結局、相手を思いやることができないのなら、それは最低な人間でしかないというのに。
「なんで、わかってくれないの……っ」
それは、キラではなく、ステラが放った言葉であった。
それは、ふたりの間に長い沈黙が流れために、痺れを切らして放たれた言葉であった。
「…………キラのばかっ!!」
泣き出し、ステラはキラに背を向けると、格納庫を飛び出して行ってしまった。
キラはくっと堪えた顔をして、しかし、追いかけることも出来ずに、トールが待つ〝ストライク〟へと登ってゆく。
じりじりと自分の所に登って来るキラを、まるでゾンビを見るように青ざめた目で見降ろしていたトールは、流石になんて声を掛ければ良いか分からなかった。ガールフレンドのいるトールですら、フォローのひとつも云えないらしい。彼はまるで助けを求めるかのように、隣接する〝ブリッツ〟のニコルや、反対側の〝イージス〟のムウへと顔を交互させた。
が、ニコルは激しく困惑しており、どうやら充てにならない。彼はこの手の沙汰の問題に弱いのだろう。そんなニコルとは対照的にムウの方は大人だった。トールに助けを求められ、彼は両肩を竦めて見せる。
(いいねぇ、ワカモノは。ああいう喧嘩ができるってのは、青春の醍醐味のひとつよ? ちと甘酸っぱいけどな)
(なに悠長なこと云ってんです! 年長者なんですから、あいつらの仲、取り持ってくださいよ──? 年長者でしょう!)
(年長者とは!?)
ムウとトールは、アイコンタクトで会話していた。
トールの云うこともわかる。流石のムウも、ふたりの仲違いの『原因』を作ったまま、彼等を放置するほど無神経でも無責任でもなかった。
──ていうかアイツ、いま「年長者」って二回云って強調しやがった。
微妙に腹立ったが、ムウは欧米人のように肩を竦め、〝イージス〟の調整を一旦取り辞めた。おもむろにラダーを使って地上へ降り、そうして彼は、格納庫から飛び出して行ったステラの足跡を追う。モビルスーツの
「はあ」
嘆息つきながら、ムウは、自分が随分と甘いことをやろうとしていると自覚した。軍人だった頃──というのも奇妙な言い方だが、第七機動艦隊に帰属していた頃の自分なら、この程度の痴話喧嘩で精神的に立ち直れない後輩など、使い物にならないと切り捨てていたに違いない。
自分が甘くなっているのは、軍人ではなくなったせいだろうか?
それとも、この〝アークエンジェル〟が持つ、独特で柔らかな空気のせい?
(まあいっか、ひと肌脱いでやっても)
生憎〝イージス〟などは、後から好きなだけ自分好みにOSを調整できる。
正直、MS形態とMA形態を自在に選定できる〝アイツ〟は、自分にとって最高の
が、ついさっき飛び出して行った乙女の〝心〟は、それほど簡単ではないと見た。
あっちは鋼鉄で出来た〝イージス〟と違って、硝子細工の
「やれやれ、カウンセラーはガラじゃねえってのに」
──こんな無神経なお兄さんに、繊細な乙女の心が癒せると思うなよ?
ムウはトールへ不満げな目を返し、彼はムウを見下ろしながら「おっさんでしょう?」と目で口ほどに物を云った。
生意気な後輩め、後で一発殴ってやろう。
「こういう役どころは、マリューの方が向いてるだろうに」
そんなことを思いながら、ムウは飄々と格納庫を出、姿の見えない少女の行方を追った。
〝ストライク〟のコクピッドの中は、葬儀場だった。
いや、正確に云えば、空気が葬儀場に流れる沈鬱なそれであったのである。まるで誰かがお亡くなりになった直後のように──。
キラは、淡々と〝ストライク〟のOS調整の作業を手伝ってくれた。
が、あまりにも無理をしていると親友のトールにはすぐわかったため、彼は髪の毛をむしゃくしゃ掻き毟った。
「んああー! もうッ、やめやめ! キラもういいやッ!」
キラはきょとんとし、トールはそんな彼に、怒るようにびしぃ! と指を突きつける。
「間が悪いのとこに声かけて悪かったよっ! でもさ、どうするんの、さっきのあれ──っ」
「──わからない……」
狭いが、防音性も高いコクピッドは、格好の相談所になると、トールはそこで思った。
今度はミリィを連れ込もうかなと少年らしい邪心が頭をよぎったところで、今はそれどころではない、と慌てて自分を戒める。
「なんだよ? ステラが
再会してから、キラのステラへの対応がぎこちない──
それは、トールとミリアリアの間ではよく交わされていた会話だった。
キラは俯きがちに話した。
「うん、分かる。トールの云う通りだってことくらい、僕も分かってる。僕も喜ぶべきだと思うんだ。みんなと同じように──けど、なんだか、それだけじゃなくって」
「……ははーん」
「……?」
「当ててやろうか。その分だけ、寂しいんだろ」
茶化すように云われ、キラはハッと顔を上げる。
虚を突かれた表情を浮かべるが、やはり、トールには敵わないと思った。よく考えれば、トールにはミリアリアというガールフレンドがいて、そういう意味では、こういう場面に心強い何よりの存在だ。
それでこそ、彼等は親友であった。
「で、でもっ、そんなこと云えないよ! ……めんどくさいだろ、そういうやつ……」
「別に、それはやましい感情ではないと思うなぁオレは。オレだってミリィがサークルの男連中と仲良くしてるの見たら、ちょっと妬いたり複雑になったりするぞ」
「や、トールたちは公認のカップルなんだから……その」
「まあねえ」
そこはフォローのひとつでも返してくれればいいのに、と思うが、こういう素直なところがトールらしくて、キラはむしろ肩の力が抜ける感じがした。
「それに僕は、フレイのこともあったから……」
「……ああ」
「もう二度と、あんな風に女の子を傷つけたくないと思ってるんだ。……けどさ、やっぱり僕はああやって自分勝手で、今度はステラまで傷つけた。……狭いやつなんだ」
キラにとって、ステラはある意味特別な存在である。幼少の頃は気が付けば傍にいて、ふたりとも幼かったこともあって、無邪気に接することができていた。
──それがぎこちなくなってしまうのは、彼女を
変わってしまったのは実は自分の方なのか? そういう目でしか彼女を見れなくなっている自分は、やはり、やましい存在なのではないか?
本音を吐き出すようにして打ち明けたが、トールの答えは、バッサリしていた。
「──仕方なくね? 男だもん」
キラは、その俗物的な物言いに唖然とした。
しかし、それは悪い言葉ではなかった。所詮は俗物でしかない、彼らにとっては。
「ぶつけようがないもんだよ、そういうのって──誰も悪くないんだし。まあ、たまってから爆発させようとすると、ああいうことになっちゃうけど」
「そういう、ものかな……」
「あの子にだって悪気はない。でも、悪気がない子に腹立てるとさ、自分が小さくなっちゃうもんなァ」
云われ、キラはしばし考え込む。
「──とりあえず膝折って謝る。それが男が非を自覚したときにやることだぜ?」
──そう、謝らなきゃいけない……。
それは分かっている。あれは自分が悪かった。ひとりで勝手に苛立って、その悶々とした憤り彼女に押し付けてしまった。自分は未熟だ。すっかり甘えている。
彼女は母親でもなければ、すべてを受け入れてくれるわけではないのだ。
なのに甘えて、自分勝手に傷つけて……。
「最低なことをした、僕は」
「はい、そう思うなら男の方から謝ること。ほら行ってこい!」
バシッ、と背中を叩いてやったトールは、朗らかに笑った。
キラは気持ちに整理をつけ、わかった、と頷くように弱く笑った。
──が、そのときだ。
大西洋連邦の艦隊に、動きがあった。
ふたたび、戦闘が始まろうとしている。警報が鳴り響き、キラとトールは表情を一瞬で引き締めた。
「────ッ!?」
宇宙へ発たねば、何も成し遂げることはできない。
そのためにも、この戦闘をなんとしても生き延びなければならない。
「こんな時に……ッ!」
そうして────
第三波となる大西洋連邦の攻撃が、再開された。
キラはもともと、憧れのフレイに口もきけなかった『奥手で一般的な少年』として描かれているので、異性に対しては結構消極的なのではないかなーと思ってます。
この小説では四歳から十一歳までの七年もの間、ステラと共に育って来た設定となってますが、それだけ異性との交流が得意ではなさそうなキラの中で、何の臆面もなく関わっていけたステラの存在は、非常に特別だったのではないかなと思います
(※)作者の個人的な妄想が爆発しているだけです。