~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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 話数がいつの間に60を超えていたので、ひとまず章で区切るようにして見ました。
 章の区分の仕方は、主人公が身を置いている立場でしょうか(笑 




『キャッチミー・イフ・ユーキャン』

 

 

 慌ただしく時間が過ぎて行く。

 大西洋連邦の動きを察知したオーブ軍は、速やかに最終行動を開始した。カグヤ宇宙港に最も近い仮設ドッグの中に首長達が集結し、彼等の希望──次世代の若者達を宇宙へと逃がすべく、一同が狂奔していた。

 〝アークエンジェル〟の中でも、宇宙へ出発する準備が急ピッチで進められていた。両舷側部に大気圏離脱用の外部パーツがドッキングされ、キサカが説明的に声を発する。

 

〈〝クサナギ〟の予備ブースターを流用したものだが、パワーは充分だ。ローエングリン斉射と同時に、ポジロトロニック・インターフィアランスを引き起こし、それでさらに加速する──〉

 

 一方の〝クサナギ〟の船体はマスドライバーに搭載され、こちらもまた同様に、大気圏離脱の手筈を整え始めていた。

 

「準備を急がせい、時間はそうないぞ!」

「〝アークエンジェル〟は、予備ブースターの最終チェック作業中です!」

「〝クサナギ〟の方はどうか?」

 

 オーブの獅子、ウズミ・ナラ・アスハの怒号が響き、その傍らには、カガリ・ユラ・アスハの姿もあった。

 

「お父さま、脱出するならみなで! 残してなどいけません!」

 

 キサカやM1パイロットたち、首長や重役らを除いた他すべての者が〝クサナギ〟へと乗船している中で、カガリだけは此処に残ると云って聞かなかった。無理もない──陥落するオーブの今後を考えれば、自国が滅ぶ責任と共に国土に残ると意を固めた彼女の父、ウズミがどのような仕打ちを受けることとなるのか、想像するに忍びないのである。

 大西洋連邦もよもや、一国の代表を見つけ次第すぐに処断するようなことにはなるまいが、処罰が下されることは確実だろう。連合軍はオーブ国防軍の奮戦により二度の攻撃を防がれ、その中で失った兵士の数も多い。それだけの犠牲、ツケをオーブ政府に払わせようとするのは、想像するに容易い。

 しょせん、勝てば官軍だ。

 いくら理に叶わないと嘆こうが反論しようが、敗者の言葉は黙殺されるのが結末だ。この状況では大西洋連邦が──勝者こそが歴史の中で正義として語られる。それが分かっているからこそ、カガリは、この場に父を置いて行くことなどできない。

 ──たとえ故郷が異邦の者に踏みにじられようと、焼かれようと……。

 ウズミ・ナラ・アスハは、これからのオーブの未来に必要だ。そしてカガリにとっても不可欠な、愛する存在なのだから──。

 

 

 

 

 

 大気圏内で空戦能力を持たない〝ストライク〟〝イージス〟〝ブリッツ〟の三機は、最終調整中の〝アークエンジェル〟の中に収容されている。

 パイロット達にはこれと云って出来る仕事がない、というのが実状だが、それでも万が一の事態に備え、ムウ、トール、ニコルの三名はそれぞれ搭乗機の中で待機していた。パイロットスーツに身を包み、いつでも機体を立ち上げられるように待ち構えている。が、狭い空間の中、たったひとりで鋭気を凝らすのにも限度があり、通信機の電源だけはオンになっていた。

 三機のモビルスーツが相互に通信回線を接続し、三名の間では、ひとつの話題が持ち上がっていた。ムウが低い声色で云う。

 

「『発進を掩護する』──か。あいつ、この土壇場で思い切ったことをする」

 

 それは数刻前に、キラが残した言葉であった。

 モニター越しのトールが、わずかに苦笑した。

 

「地球軍の新型〝G〟部隊を牽制しつつ、隙を見て発進する〝クサナギ〟と、マスドライバー上で合流しようだなんて……無茶ですよ」

「だが、誰かが人柱になってでもやらなきゃならないことだ。直援機のいない状態じゃ、艦は狙撃されるだけの──いい的だ」

 

 そしてそれが出来るのは、大気圏内で単独での浮遊能力を持つ〝フリーダム〟と〝クレイドル〟に限られていた。

 オーブに残った残存戦力がすべて〝アークエンジェル〟と〝クサナギ〟に搭載された今、最も懸念すべきなのは宇宙へ離脱するタイミングだ。ムウの云う通り、直掩機のいない状態では、両艦は発進中途に敵部隊の集中砲火を浴び、狙撃され、進路を妨害される危険性がある。

 そこでキラは、第一に発進する〝アークエンジェル〟を援護した後、第二にマスドライバーから射出される〝クサナギ〟と合流することで、ギリギリまで敵軍──例の新型〝G〟部隊の動きを牽制しようと云ったのだ。

 

乾坤一擲(けんこんいってき)──大勝負だな」

 

 大気圏外に飛び立つためには。〝クサナギ〟も凄まじい速度で発進する必要がある。

 いくら機動力に優れた〝フリーダム〟と〝クレイドル〟といえど、その速度に追い縋るの難しい。いや、追い縋る以前に、二機は平航してして船体に取りつかなければならないのだから──余計に困難を極めるであろう、万が一にも、ふたりが敵部隊に誘い込まれ、逆に行動を牽制されてしまった場合、彼等は〝クサナギ〟との合流の機会を、たとえ一瞬でも、完全に失うことになる。

 

 ──そしてその一瞬が、あいつ等にとって永遠の命取りになる……。

 

 弾丸のように射出される〝クサナギ〟とはぐれた場合、彼等の運命は闇に葬られる。本土に残ると云って聞かなかった首長達と同様に、暗澹たる未来を迎え入れることになるだろう。

 それを理解しているからこそ、トールは言葉を返した。

 

「特にステラは、そんな危険な作戦に参加させるべきじゃなかったような」

 

 トールが云い、ムウが「確かにな……」と返した。

 あのふたり──キラとステラでは、置かれた立場が違い過ぎる。

 連合に囚われた先、引き裂かれるように待ち受ける未来も──。

 それは想像するに容易く、残酷だ。

 そこまで考えてムウは、これではまるで、彼女の素性が初めて発覚したときの会話の再現だと思った。

 

「これじゃ俺たちが、月基地に向かっていた頃に逆戻りですよ」

 

 どうやら、トールも同じことを考えていたらしい。

 当時から、状況はまるで変わっていない。自分達は孤独な旅を続け始め、その中で、不思議な彼女と出会った。違っているのは、彼女の父──パトリック・ザラが議長の座まで登り詰め、今の地球軍にとって、最も忌むべきコーディネイターの指導者となったということ。

 パトリックの娘を捕らえた大西洋連邦が、彼女をどのように利用しようと画策するのか──それは考えるまでもなかった。現在の大西洋連邦を牛耳っているのは、アラスカの査問会で「ステラを人質にするべきだった」と豪語し、前線で奮う兵士達を置き去りに〝サイクロプス〟を起爆させた不遜な輩だ。そんな連中にステラが拘束されるようなことになれば、まず間違いなく〝プラント〟に対する脅迫手段──その極上の切り札として利用されることになるだろう。彼女が女性であることを考えれば、それ以上に何が起こっても不思議ではないが。

 

「それでも、この作戦には、彼女の方から志願したと聞きました」

「そうらしいな。キラは『駄目だ』と云って拒んだらしいが──」

「キラもさ、自分達が失敗したときの危険を分かってるし、だからあの子を作戦から遠ざけようとじゃないかな」

「だろうな……」

 

 状況が、状況だ。

 戦闘の最中に発進する〝クサナギ〟のボディに取り付くなど──はっきり云って博打に等しいこの作戦の成功率は、決して高いとは云え難い。

 だからこそ彼女を駆り出すわけには行かないと、キラは自分なりに判断したのだろう。

 

「──だが、どうにも、ステラの方が譲らなかったらしい」

 

 作戦の成功率が低いなら、なおのこと、キラをひとりで出撃させるわけには行かない──あの子なら、きっとそう考えるだろう。ムウには不思議と、それが分かる。

 そのとき、トールの不満そうな顔がモニターに映った。

 

「なんです。あのふたり、まだぶつかり合ってんですか」

「お互いを大事に思ってるからさ。だから余計にどうにもできなくて、苛立つんだよ」

 

 トールの目に、不信の色が浮かんだ。

 

「ムウさん、ちゃんとステラをフォローしてやれたんですか? 仲悪いままじゃ、ふたり揃って〝クサナギ〟に取り付くなんて難しいですよ」

「やったさ、こう見えてな」

「怪しいなあ……」

「相手を尊重する気持ちが却って裏目に出るのは、そう珍しいことじゃない。要は若いんだよ」

 

 そこへ、ニコルが俯きがちに云った。

 

「ステラさんは、まだ、自分が『キラ君に信用されてない』と考えているんだと思います──さっき、あんなことがあったばかりですし。だから余計に、肩に力が入るんじゃないですか?」

 

 それは、彼女と同じ立場にあるニコルだからこそ理解してやれることなのだろう。

 その言葉に、ムウとトールは真摯に聞き入った。

 

「僕らはけっきょく、ザフトから出向して来た身分です。皆さんにそう簡単に受け入れられるとは思ってませんし、オーブの方々からの信用を得るためには、オーブのためになることをやっていかなければならない──と、一方でそう感じているのは事実です」

 

 それは、ひとつの意気込みでもあったが、ある種の強迫観念でもあった。

 謙虚な物言いに対し、トールが朗らかに返す。

 

「でも、ニコルはよくやってくれてるよ! 実際、おれも助けられたしさっ」

「……それ(・・)なんですよ、きっと。僕とステラさんの違いって」

「んっ?」

 

 ムウは、ニコルが何を云おうとしているのかを察した。

 

「僕には、僕を歓迎してくれたあなたのような人がいる──だから『これからもっと頑張ろう』と前向きに考えることができるんです」

「だが、あの子は違う。あいつはキラに手を伸ばして、その手を払われたんだ。今回の作戦だって、キラに一度、参加を拒まれてるんだぜ?」

「ええ……自分を受け入れてくれる人がいなかったら、僕だって『まだ足りないんだ、もっと頑張らなきゃ自分は全然ダメなんだ』って……後ろ向きになっちゃうものですよ」

 

 友人に受け入れてもらったニコルと違い、ステラは親友に拒絶されている。どうにもそれは、キラの方に悪意があってのことではなく、単に意思疎通が出来なかったから、らしいが……。

 ──自分を信用してもらうためには、まだ足らない。

 ──もっと、頑張らなきゃいけない……。

 間違っても器用とは云えない──そんな彼女が、心のどこかで、そう思っているとしたら?

 

「そういうのって、彼女の焦りにならないでしょうか……?」

「…………」

 

 トールは、黙った。

 ムウが、低く唸るように云った。

 

「あの子は確かに、生き急ぐ癖(、、、、、)があるからな────」

 

 彼がそう云うのには、理由があった。

 

 

 

 

 

 それは、ムウがステラと個人的に会話したときのこと──。

 ムウは会話の中で、奇妙な直感に従うままに、ステラの癖を見抜いていた。

 

(あの子は、すべてを自分のせいだと思い込む癖がある──)

 

 具体的に何をどう、とは云えないが、何もかも自分が悪い。

 すべての責任が自分にあると思い込む癖、とでも云うだろうか? それこそが、ムウが彼女を「生き急いでいる」と形容した理由だった。

 先刻、ステラと話した際の記憶が蘇る。そのとき彼女は、こんなことを云った。

 

 ──かわ、いい? ステラ、可愛い……?

 ──えっ

 

 そのときムウは、ひどく驚き、彼女を顔を見下ろした。きょろりと見上げて来たその双眸は、生まれて此の方、自分のことを可愛いなどと思ったことがない──そんな純粋な色をしていた。

 確かにムウは、そのとき純真な上目遣いで見つめられた照れ臭さから、彼女の姿に狼狽えた。が、同時にそのとき彼女の深層心理の中に隠された、ある『ひとつの真実』を見抜いていた。それは彼自身の奇跡的な直感力が為せる業であったのかもしれないが……。

 

(自分の容姿に無頓着なのは、自分自身に無関心だから(・・・・・・・・・・・)、じゃないのか……?)

 

 そう。

 ステラ・ルーシェは、あまりにも自分に無関心だ。常識的に考えて、度が過ぎるほどに。

 

(あの子が見ている世界には、そもそも『自分』が存在しない……)

 

 自分自身への関心も、興味も、執着もない。だからどれだけ優れた容姿をしていても、自覚が持てない──普通の人間が当たり前に備えている感覚が、麻痺しているのだろう。

 そのくせ、人の役には立ちたい。人に迷惑をかけたくないという優しさは持っている。

 あるいは、人の役に立つことでしか、自分の存在意義を見い出せていないのかもしれない。

 

(自分を可愛いと思ってもらいたい、自分を認めてもらいたいと願うのも──結局、自分が人の役に立てているかどうかを確認したいだけだ……自分のためじゃない)

 

 ──結局、他人が喜んでくれることをしたい。

 可愛くなれば、どういうわけか主に男の人たちは喜んでくれるし、人の役に立てば、みんなが嬉しい顔をする。そういうことに一生懸命になる他に、自分を見つけることができないのだろう。

 ──その不安定な感覚が、他人のために自己犠牲を厭わない、痛ましい人格を形成してしまっている。

 他人の幸せが、自分の幸せだというのなら、それは、あまりに不憫だ。しかし現実、彼女の中には、そもそも自分のために行動するという発想自体が生まれて来ない。

 

 ──それを「純真(いさぎよい)」と云えば間違ってはいないが、それにしても、度が過ぎていないだろうか?

 

 要するに彼女は自尊感情が明らかに欠落しているのだが、それもこれも彼女が過去に持つ体験や境遇から来るものであって、一概に彼女を糾弾できるものではなかった。彼女は〝デストロイ〟を以て北欧の三都市を壊滅させ、万単位の罪もない人間を灼き殺した過去を持つ。自分で自分を許していない原因はそこにあって、なまじ素直な感性であったがために、当時のことに計り知れぬ悔いと痛みを抱えているのだ。

 まるで贖罪のように優先的に他者に尽くすのは、そう云った遠因があるからであり、同時にそれは未来の出来事で、いまこのとき、何人にも同情してやれることではなかった。

 正確なことは、ムウにさえ分からない。分かるはずもない。

 だが、自己犠牲なんてことを延々と続けていたら、いくら命があっても足りないし、それより前に、小さな心が持たないだろう。

 彼女は、ロボットではない。

 人間、もっと云えば、か弱い女の子でしかないのだから──。

 

 

 

 

 ムウには、何が彼女をそんな風に変えたのかは分からない。

 普通の人間なら持っていて当然の、人として大切な感覚が欠落している。

 ──自分の容姿に愚鈍なのは、そもそも自分に興味がないから……。

 云い換えれば、著しく自己評価が低いのだろう。もともと、自分を価値ある人間だと思っていない傾向があるのではないか。

 他ならぬ、大量破壊の戦犯として──数百万の無辜(むこ)を地獄に葬った残虐な殺戮者として──

 余人には底知れぬ自己否定が心の根底にあって、それが彼女の人格──そのものを形作っている以上は、

 

「直せと云って、簡単に直るものじゃないからな、それは……」

 

 すべてをひとりで背負い込もうとする癖──無辜のために、みずからを犠牲にすることも厭わない覚悟。

 これを正してやるためには、彼女に同情するだけでは足りない。

 所詮、罪も穢れも、理屈では消えないのだ。彼女が抱えている責任のひとつひとつを、周りの人間が共有して行かねばならない。共有した上で、乗り超えて行かなければならない。

 

「…………」

 

 後にして思えば、このときのムウは、無意識に何かを感じていたのかも知れない。何か、ステラの中にある不吉な予兆を肌に感じ取っていたのかも知れない。

 と云っても、具体的に何が不吉なのかと問われても、嫌な感じがする、程度の答えしか出来なかったであろうが、ムウが何か彼女の未来に懸念を抱いていたのは確かだ。そしてその奇妙な先見力こそ、フラガの血統に備わり、親から子へ継承された能力だと云われている。彼の父──アル・ダ・フラガはこの能力によって莫大な資産を手に入れたのだ、と、かつて暮らしていた大屋敷の使用人の誰かが嘯いていた。

 それでもムウは、そのように迷信的な発言を真に受けたことはなかった。結局のところ、彼は遺伝的な特殊能力、という胡散臭い響きには好感が持てないし、そこに絶対的な信頼と自信を置くわけにも行かなかった。オカルトチックで、それでいて曖昧に過ぎないこの感覚に絶大な自信を持てば、それは結局、人としての傲慢や自己陶酔に繋がるのではないか? みずからを過信して破滅した父のように成り果てるのではないか? ──と、ムウ自身、そうなってしまうことを幼少期の体験から無意識に忌避する傾向があったからだ。

 その点、確かにムウは父と違って慎ましかった。

 しかし結論から云って、この時は、この時ばかりは……ムウもこの奇妙な直感を信じるべきだと思った。

 

「周りの人間が支えてやらなきゃ、いつか、あの子は壊れてしまう──心も、体も、な……」

 

 ステラの中にある不吉な予兆を、もっと念を押して皆の者に共有するべきだと感じた。

 ことが起こった後になって、どれだけの後悔を抱いても、結局は手遅れでしかないのだから──。

 

 

 

 

 一方の屋外には、鋼鉄色のディアクティブモードで〝フリーダム〟と〝クレイドル〟が隣接していた。

 仮設ドッグの前で、搭乗者の二名は既にコックピットへ乗り込んでおり、ステラはザフトの曲面的なパイロットスーツから身を改め、連合軍のそれを着用していた。女性用の規格をしたそれは、桃色を基調とした、連合らしい角面的なデザインだ。色彩や形状が、以前〝デストロイ〟に搭乗していた時のパイロットスーツと似ているような気がしたが、あちらは特殊な肉体強化を施された強化人間専用の仕様であった。

 久しいパイロットスーツの感覚に馴染もうと、ステラはひとり掌をグーパーと開閉していた。

 そこへ、隣接する〝フリーダム〟から通信が入った。ステラは顔を上げ、モニターに映る、繊細そうな茶髪の少年を見遣る。

 

〈──その、ステラ……。本当に、無理はしないように〉

「…………」

 

 ステラは、黙った。

 キラは沈鬱そうな表情で、何から云い出せばいいか分からず、上っ面なことを云った。が、その内心は「どうやってステラに謝ればいいのだろう」と、きっかけを見つけ出す手探りの状態にあった。そしてそれを捜しているから、おのずとつらつらと並べた言葉には中身が失われた。よそよそしく、それでいて事務的な言葉になってしまったのである。

 

〈きみは絶対に、連合の人達に捕まっちゃいけない立場にあるんだ……無理をして、〝クサナギ〟とはぐれたりしたら、それこそ……〉

 

 キラは、通信越しに不安を隠せていなかった。

 おどおどとした自信の無さは、ステラを信用してないのだと、彼女にそう思わせるには十分だった。逆に云えば、確かにキラはステラが作戦に失敗するかもしれないと疑っているから、こうして不安がっているのだろう。

 それが、ステラには気に入らない。──大丈夫だって、何度も云ってるのに……。

 

「……ふんっ」

 

 ステラは、そっぽを向いた。

 

〈えっ〉

 

 キラから漏れるような声が聞こえ、ステラはふーんとそっぽ向き、本人いわく最大限の不機嫌を装ったまま、云った。

 

「ステラを信用してないから、そういうこと云うんだ。ステラなんか、大して役に立たないって思ってるんだ」

 

 キラは、見当違いと云わんばかりの顔をする。

 

〈い、いや僕は、ただ君が心配で──〉

「──いいよ、ベツに。口で云ってだめなら、態度で示すだけだもん。ステラだってキラの役に立つんだってこと、戦って見せてあげるだけだもん」

〈だ、だからっ……〉

 

 キラは、その拗ねたような云い方に狼狽えた。

 そしてやがて、怒り出した。

 

〈話の流れ聞いてた……!? 僕なんかのために、きみが無理する必要なんてどこにもないんだぞっ。僕はむしろ、きみが無事でいてくれればさ──!〉

 

 このときキラは、本人も驚くほど思い切ったことを吐き出そうとしていた。

 にも関わらず、ステラはまるで聞かなかった。

 

「──発進する。準備して」

 

 そう云って、〝クレイドル〟を飛び立たせた。

 白銀のモビルスーツが勝手に空に上がって行くのを認め、キラは毒づく。

 

〈ああもうッ! 大丈夫かなぁ〉

 

 まるで自分の心配など、していないかのような云い方。

 ──ステラは、自分の危険を顧みない癖があるのかな……? 

 キラは不思議と、そう感じた。会話の流れで、先のことを謝ろうと思っていたキラであったが、なんだかステラが妙に不機嫌なので、なかなか言い出せなかった。いや、不機嫌なのは仕方のないことなのかも知れないが……。

 妙にツンとした態度を取られたような気がするが──

 実際、自分がしたことはステラを怒らせるには十分だったろう。誰だって乱雑に手を払われたら、いわれのない暴力を示されたら、不愉快にしかならない。

 

 ──だからステラは、怒っているんだ………。

 

 キラは改めて、ひどく反省した。

 

 

 

 

 

 

 

 〝アークエンジェル〟が、発進した。

 空へ向かって航行する白亜の大天使が、加速と同時にローエングリンを照射する。虚空を切り裂くように広がった虹色の光が船体を包み込み、キサカの云っていたポジトロニックインターフェイス現象により、翼を得た天使は一気に宇宙へと飛び立ってゆく。

 ────と、そこへ地球連合軍の〝G〟部隊が姿を現した。

 キラにとっては、見覚えのないモビルスーツが一機として参入していた。ダークブラックにモスグリーン──外観はおおよそ、先日交戦した〝G〟シリーズと遜色のないツートーンだ。よもや、後期GATシリーズの四機目だろうか? しかしあんなモビルスーツは、先日の戦闘では確認できなかったが……。

 そのときキラは、ハッとした。

 

(もしかして先日は……〝アレ〟だけが別行動を取っていた?)

 

 そして、その予想は当たっていた。

 発進した〝フリーダム〟と〝クレイドル〟の機影を認めると、キラにとっての〝新型〟はひとえに〝クレイドル〟を目指して攻撃を仕掛けて来た。まるで以前から〝クレイドル〟と面識があったかのように。彼女に固執するように。

 敵機に覗く紅蓮色のツインアイが、怒り狂う悪魔のように視覚させた。

 

(ステラは〝アレ〟と戦っていたのか──)

 

 確信し、そうして、二機の〝G〟と四機の〝G〟が交戦状態に入る。

 その隙をついて、完全に〝アークエンジェル〟は射程圏外へ加速し、軌道速度に達して宇宙へと離脱して行った。

 ──あとは、〝クサナギ〟だけ……!

 キラはビームライフルを撃ち掛け、敵部隊を牽制しつつ、即座に後退できるよう支度していた。ちらちらと不安げに〝カグヤ〟の発進口を確認するが、まだ〝クサナギ〟は射出されてはいない。──最終作業に手間どっているのだろうか?

 気が付けば、自分達がマスドライバーから少し離れた位置に映っていることを自覚する。

 

(このまま誘い込まれるわけには行かない……)

 

 キラの中の冷静な判断力が、通信機に声を発させていた。

 

「ステラ、準備するよ、深追いはいらない!」

 

 通信機の電源は、相互にオンになっていた。

 が、ステラからの返答は帰ってこなかった。

 

「…………!?」

 

 何ひとつ、声が返って来ない。キラは、悄然とした。

 ──ステラ……!?

 ハッとして顔を上げれば、視界に映った〝クレイドル〟は、まるで切り込むように敵部隊の中核へと飛び込んで行っていた。両盾のビーム砲を浴びせかけ、複数のモビルスーツを大きく牽制する。この突撃により、敵部隊の陣容が瓦解し、確かに〝クレイドル〟は、牽制役としての大きなの役割を果たしていた。

 ──でも、無鉄砲すぎる……!

 敵陣に切り込むということは、その分だけ敵の包囲を喰らうということでもある。

 キラが「深追いはいらない」と叫んだ理由は、引き際を正しく判断するためだ。敵の包囲網に捕まれば、牽制するつもりが、逆にこちらが牽制されてしまう。そうして行動を阻害されれば、自分達は完全に〝クサナギ〟との合流の機会を失う──〝クサナギ〟は待ってくれないのに!

 刻一刻と流れゆく時間──。

 その中で、いつ何時になって〝クサナギ〟が発進されるかは分からない。分からない以上、いつでも準備を整えておかねばならないのに!

 

「ステラ! お願いだ、返事をしてくれ!」

 

 それは、じりじりと焦がれるキラの焦燥心が云わせた言葉であった。

 

 

 

 

 

 もたついているらしい〝クサナギ〟の発進が遅れたのは、カガリが、ウズミの許から離れようとしなかったのが原因であった。そんなカガリに業を煮やし、ついにウズミが動いた。

 娘の腕を引き、なかば引きずるような形で連れ出したのである。

 

「お父様ッ! 嫌ですッ、お父様が残るなら……!」

 

 引っ張られたカガリは、なおも抵抗した。

 が、父の力は、娘のそれよりも強かった。

 

「我らには我らの役目、オマエにはオマエの役目があろうッ! 想いを継ぐ者なくば、すべて終わりぞ! なぜそれが判らんッ!?」

 

 娘の無定見に業を煮やしながらも、発進口まで辿り着いたウズミは、場に待機していたキサカへとカガリの身を投げつけるように預けた。

 

「行けキサカ! この馬鹿娘を頼むぞ!」

「……! はっ……!」

 

 キサカも万感の思いで、敬礼を返す。

 カガリもここに来て観念したように、抵抗をやめた。両肩を背後からキサカに支えられ、涙ぐもった目でウズミを見上げる。すると一転して、ウズミの表情にも優しさが灯った。

 

「そんな顔をするな……『オーブの獅子』の娘が」

「で、でも……っ」

「父とは別れるが、お前は、決してひとりではない──」

 

 ウズミは懐に手を入れ、そう云って、一枚の写真を取り出して見せた。小さな写真だった。

 片手に納まるほどの大きさのそれには、ひとりの女性と、その腕に抱かれるふたりの赤子の姿が映っていた。見るからに、女性は二児の母と云った風であり──小さな写真に納まりきれない幸福、腕一杯に幸せを包むような表情をしていた。赤子たちの未来に希望を馳せるような──暖かで、柔らかな笑みだ。

 だが、カガリには差し出された写真の意味が分からなかった。分からなかったこそ、ウズミは言葉を続けた。

 

「──きょうだい(、、、、、)も、おる」

 

 ふたりの赤子──茶色と金色の髪をしたそれぞれの顔立ちは、どことなく似ていた。カガリは疑うように、ひらりと写真を返す。

 そこには──「Kira Cagali」──と、確かにそう書かれていた。

 えっ、という驚きは言葉にならず、カガリは目を見開いてウズミへと問う。が、父は何も云わずに、優しく微笑んだ。

 彼は決して、多くは語らなかった。

 

「そなたの父で────幸せであったよ」

 

 十六年、その月日に渡る想いを一言に宿して、ウズミはそう云ってカガリを見送った。

 扉が────閉まる。

 タラップが動き出すと同時に、〝クサナギ〟のハッチが親子を分かつ。

 

「お父様っ!」

 

 遠ざかっていくキャットウォーク上で、愛しい父の姿が、どんどんと小さくなってゆく。

 全ての悲しみと、決意を乗せて戦艦クサナギは動き出す。

 

〈──ディビジョンC以外の全要員退去を確認。オールシステム・ゴー〉

〈ファイナル・ローンチ・シークエンス、スタート。ハウメアの祈りがあらんことを──〉

 

 ささやかな祈りと共に、

 〝暁の車(クサナギ)〟が────動き出した。

 

 

 

 

 カグヤ島を目の前にして、フレイ・アルスターは〝レムレース〟を駆り、蒼と白の翼を広げたモビルスーツ部隊と交戦していた。

 見慣れたかつての乗艦──〝アークエンジェル〟の離脱を許し、辛酸を呑む。

 が、まあいいと、切り捨てるように彼女は気持ちを切り替えた。

 ──どうせ宇宙に上がったところで、何も出来やしないわ……。

 フレイの中では、その想いが強かったのである。

 

(そもそも何故、宇宙に上がったというの)

 

 今の〝アークエンジェル〟は敵前逃亡艦として、地球連合軍に追われる身だ。その背景があってオーブへと逃れていたはずなのに、その国からも離脱しようとは。

 ──いったい彼等はどこへ行き、そこで何をしようというの?

 遠からず、オーブは陥落する。そこから旅立った根無し草の無法者に、何ができるというだろう。大体──とフレイは思う。このオーブとかいう国そのものに、彼女は疑念を感じざるを得なかったのである。

 

 ──どうして地球圏のいち国家でありながら、コーディネイターを積極的に受け入れている……?

 

 コーディネイターの居住を許可し、その代償として、奴等の高度な能力を見返りに求める卑劣な国──

 フレイがオーブに抱いている認識の程度など、所詮、そんな所である。

 事実、オーブは軍事産業にコーディネイターの技術者を多く徴用し、技術開発では彼等が大きくリードしているのが実情だ。それゆえ地球圏において技術大国たり得ているが、その分だけ軍備を必要とする大西洋連邦との経済的な繋がりが強いのは、疑いようのない事実ではないか。〝ヘリオポリス〟において、共同体同士が連携して〝G〟を開発していた経緯からも自明だが、オーブは、経済の大部分を大西洋連邦への輸出で賄っていた節がある。

 そんなオーブが、この大西洋連邦との関係を悪化させるということは──同時に、彼等自身で国家の経済を破綻させたのと同義だ。市場を捨てた、と云い換えてもいいほどに。

 ──国民や経済を放棄して、何を最良の選択肢と呼ぶのか。

 なんにせよ、オーブは〝プラント〟と提携していない以上、制圧のためにアズラエルのような部外者の派兵だけで済んでいるのも、また事実だ。オーブが本格的に〝プラント〟と手を組むような動きを見せれば、それこそ大西洋連邦は、総力を以てオーブを「敵」として判断して叩き潰しに来るだろう。

 そうなれば、侵攻には容赦も慈悲もなく、戦後の対処も変わって来る。

 結論から云うと、オーブはその積極的な中立の姿勢ゆえに、後日になって大西洋連邦の監視下に置かれるだけ(、、)で済んだのだが、その点を云えば、確かにウズミ・ナラ・アスハたる人物の手腕には、政治家として長けたものがあるのかもしれない。まあ所詮、結果論だと云う者は云うのだろうが。

 

(まあ、いいわ──)

 

 フレイは考えるのをやめ、先を急いだ。

 目の前に展開する〝クレイドル〟に向けて、銃口を振り絞る。

 

「早く終わらせたいのよ……!」

 

 フレイがそう云うのには、理由があった。

 

(頭が、割れるように痛い……ッ)

 

 それが薬の副作用による激痛だと、このときのフレイは、既に悟っていた。

 ハリーの云う通り、休眠措置もなく、戦場に出撃するのには無理が祟ったようだった。出撃時の彼女は何の体調不良も感じなかったのだが、いざ戦場に出て、OSを制御しようと頭を働かせた途端、いわれのない頭痛──それも激痛が、体中を駆け巡った。

 それは肉体が休息を求め、全身の細胞が悲鳴を挙げたかのような激痛だった。彼女は今、頭痛に耐えながら戦っていた。

 

(この不安定さが、エクステンデットだっていうの……ッ!)

 

 何かを考えようと頭を働かせるたび、薬理効果によって活性化した脳が、悲鳴を挙げるように痛みを生じさせる。

 限界駆動を起こした全身の細胞が、疲弊の代償として、痛みを訴えているのだ。

 

「えええいッ!」

 

 発狂、というほどでもないが、思い通りに身体を動かすことができず、フレイは暴れた。

 目の前の白銀──〝クレイドル〟へと執拗に攻撃を仕掛ける。もう一機の蒼い翼の〝フリーダム〟──こちらも〝レムレース〟の兄弟機らしい──は、先ほどからビームライフルで牽制射撃ばかり仕掛けて来る。が、大した脅威でもなかったため、彼女は完全に無視していた。

 そのとき──マスドライバーの発進口から、何かが勢いよく飛び出して来た。

 それは弾丸のような速さで、轟音を上げながら、美しい放物線を描くマスドライバーの上を加速して滑走して来る。──〝クサナギ〟だ。

 ──二隻目……!?

 フレイは目を見張り、その一瞬の動揺を突いて、目前の〝フリーダム〟が転進した。そこから一拍置いて、〝クレイドル〟も何かを思い出したように転進して〝フリーダム〟の後に続く。

 揃って背を見せられ、フレイはカッとなった。

 

「取り付く気……!?」

 

 ブーステッドマンの連中も、敵機に意図に気付いたらしい。

 三機の〝G〟が、しゃにむに砲門を開く。その照準先は──完全に行動の遅れていた〝クレイドル〟──ただ一機だ。

 

「行かせないッ!」

 

 〝レムレース〟もまた砲門を開き、照準を〝クレイドル〟に固定した。

 

 

 

 

 ステラ・ルーシェが我に帰ったのは、モニター越しのキラから、三度目の勧告があったときだった。気が付けば、マスドライバーから轟音が響いて来ており、モニターを拡大すれば、すでに発進口から勢いよく〝クサナギ〟が飛び出して来ていた。

 何故今まで気付かなかった? ──と訊かれても、明確な答えなど出せなかったであろうが、彼女の中に、この戦闘に対する焦りが滲んでいたのは確かだった。

 

 ──もっとみんなの役に立つことをしなきゃ、認めてもらえない……!

 

 そのためにステラは、せめて「キラよりもいっぱい働いて見せる」という、見当違いな意気込みを抱いてしまっていた。それはある種の強迫観念となって、彼女の心をはやらせた。

 いつでも転進できるよう〝フリーダム〟が牽制射撃に徹底していたのに対し、〝クレイドル〟は斬り込むように敵モビルスーツ部隊の攪乱に回っていた。突撃も、追撃も、確かに今作戦においては重要な要素ではなかった。だが彼女は、自分が活躍することでしか、キラに認めてもらう方法がないと思っていたのかも知れない。

 そのためには、敵モビルスーツ部隊と戦って見せる他に方法がないと思った。

 

 ──認めて、受け入れて欲しかった。

 

 切ない一念から、それは彼女が無意識に行ってしまった行動であった。

 キラから三度目の勧告があったとき、既に〝クサナギ〟は加速をかけ、猛烈なスピードで線路上を滑走していた。

 ステラが慌てて機体を転進させると、同じように〝フリーダム〟も転進した。だが、そのとき彼女は、自機と〝フリーダム〟の間に明確なまでの距離が開いていることを自覚した。先行する〝フリーダム〟に対し、後続する〝クレイドル〟が、かなりの遅れを取っていたのである。

 無理もない──これまでの戦闘においても、キラは射撃に専念し、ステラは無鉄砲にも切り込んでいたのだから。

 通信先から、キラの必死の声が響く。

 

〈ステラ! 急いでくれッ!〉

「…………!」

 

 激励され、ステラも急いで〝クサナギ〟に追い縋ろうとする。

 が、そのとき、彼女の耳にけたたましい警報音が鳴り響いた。

 ──照準(ロック)されてる……!?

 後方から追撃を仕掛けて来る〝G〟が、こちらに狙いを定めて来ているのである。

 

「くッ……」

 

 〝レムレース〟からの砲火が、執拗に〝クレイドル〟を付け狙う。射線上のマスドライバーを傷つけることを恐れてか、砲火は次々と曖昧な方向に逸れていくが、かと云って、決して看過できるものでもなかった。

 砲火をかわした〝フリーダム〟が、相対速度を合わせて〝クサナギ〟に取り付いた。キラはしゃにむに叫ぶ。

 

〈────手を(、、)ッ!!〉

 

 船体から張り出した箇所に機体を留めた〝フリーダム〟は、すぐに振り向いて〝クレイドル〟に腕を伸ばして来た。

 鋼鉄の腕が伸び、遅れている〝クレイドル〟に手を差し伸べる。

 次の、瞬間だった──。

 

「…………!?」

 

 その〝()〟を見──ステラが、ひくっと喉をならした。

 呼応するかのように、次の瞬間には〝クレイドル〟が、ぎゅっと手を引っ込めていた。

 白銀の巨躯は、それまで〝クサナギ〟に対して懸命に手を伸ばしていた──が、伸ばした先に〝フリーダム〟の掌が映り、少女の心を、強烈な既視感と恐怖が支配した。

 

「い……っ」

 

 伸ばされた手、差し出された掌──!

 ──それは〝フリーダム〟の手……!

 ──あれは、キラの手……!?

 振りほどかれ、乱雑に払われた──ステラはそこで、先刻の恐怖を思い出した。

 信じていたはずの親友に暴力を貰い、怯えた──。彼の手に触れて、拒絶されたのは、たったさっきのことだというのに! 

 そんな彼女の機微に、まるで斟酌できなかったキラは、純粋に不審な顔をした。

 

〈何してる!? ほら、手を掴んで!!〉

「いやッ!!」

 

 ステラは、拒絶するように叫ぶ。

 一拍置いてから、キラはようやく、ハッとして自覚した。──自分が、酷く残酷な発言をしていたことを。

 

(あ……ッ)

 

 次の瞬間には、自責していた。

 大切な時に彼女の手を払っておいて、今更どんな顔をして、その手を差し出すと云うのだろう。

 

(あの子の手を振り払った僕に、手を差し伸べる資格なんて、ない……!?)

 

 〝クレイドル〟が手を引っ込めたのは、あのときの体験が思い起こされるからだろう。ステラが伸ばして来た手を、キラは勝手に振り払った。拒否して、突っぱね返した。

 だから〝フリーダム(、、、、、)〟の手も、信用できないのだ。

 

(また、振り払われるんじゃないかって、不安になって……!!)

 

 しかし、それでも──

 轟音を上げて滑走する〝クサナギ〟は、目に見えて加速をかけ、今や〝クレイドル〟すらも振り切ろうとしている。自分はいい──しかし、ステラは絶対に連合に捕まっちゃいけないというのに。

 ──今ここで、この瞬間(ワンチャンス)を逃せば……〝クレイドル〟は、絶対に取り付くことが出来ない!

 ジリジリと後れを取って行く〝クレイドル〟は、なおも頑なに手を伸ばそうとはしない。

 今は、なりふり構っていられる場合ではない──噴悶とし、彼はしゃにむに叫んでいた。

 

 

〈────受け止めるからッ!!〉

 

 

 怒鳴り声は、通信先の少女を、恐怖から立ち返らせた。

 

〈さっきのことは、謝るよ──でも、それでも! 今は僕を信じて、手を伸ばして!〉

「キラ……?」

〈きみが辛いのも、哀しいのも……僕はぜんぶ受け止めるから! 僕は……僕は君を信じてるからッ!〉

「…………!」

 

 キラは、さらに続けた。

 

〈君を、助けたいんだ────だから、手を伸ばせ(、、、、、)!!〉

 

 そう、初めからそうだった──。

 ずっと、この少女を守って行かなければならないと思った。

 どちらかと云えば、守ってもらう機会の方が多かったかも知れないが──ずっと前から、助けになりたいと思っていたのだ。

 戦闘が始まる前──ムウには、彼女が打ち明けた話を聞いていた。ステラは自分に、彼女がして来たことをすこしでも認めて欲しかったのだと。すこしでも労って欲しかったのだと──。

 それは親友だからこそ、彼女が自分に求めてくれたこと──。

 ならば今は、それで十分だ。彼女はそれだけ自分のことを特別な目で見てくれていて、それなのに自分は、自分ではない「他の人に頼る」なんて云った彼女に嫉妬して、当たってしまった。すこしでも頼って欲しいという兄貴心に嫉妬が生まれ、彼女が本当に頼って来た時に、何ひとつとして応えてやれなかった。

 自分は、情けなくて、狭量だった。

 

 ──後でちゃんと謝るんだ……! そのためにも、こんな所で、引き裂かれてたまるかッ!!

 

 全神経を指先に集中させ、キラは必死で手を伸ばす。

 ステラもようやく、言葉に反応したのだろう──〝クレイドル〟が、謙虚に腕を伸ばして来た。

 息が詰まるような間の後、二機の指が、ふたりの手が、がっちりと結ばれた。

 それは〝フリーダム〟が、〝クレイドル〟を掴み止めた瞬間だった。

 そうして〝クレイドル〟は、なかば抱き留めるような形で〝フリーダム〟に受け止められた。〝クサナギ〟に取り付き、ファーストステージの姉弟が至近距離で向き合った様は、微笑ましい光景でもあった。

 

「もう離さない……あのときみたいには!」

「キラっ……!」

 

 ステラはぱっと晴れた笑顔になって、〝フリーダム〟の面相を見据える。

 ──やっぱりどこか憎たらしい顔だけど、パイロットがキラだって分かると、こんなに心強いものはない……!

 ステラを、受け止めてくれた。

 ステラを、受け入れてくれた──!

 

 今の彼女には──その感覚が、このときは何よりも幸福だった。

 

 〝クレイドル〟を抱きかかえた〝フリーダム〟は、次の瞬間〝バラエーナ・プラズマ収束砲〟を射撃し、これを追撃して来る四機の〝G〟の目前に着水させた。激しい水飛沫と水蒸気が上がり、四機の視界を数十秒として覆う。そして。その数十秒があれば十分だった。

 〝クサナギ〟はなおも加速して、宇宙へ飛び立って行く──。

 成層圏から、宝冠状に広がるオーブ連合主張国を見護って、ステラは小さく、機体を動かした。〝クレイドル〟が、身を任せるように〝フリーダム〟に寄りかかる。

 

「ありがとう────」

 

 通信越しのキラは、頬をかいた。

 

「う、うんっ……」

 

 そうして〝クサナギ〟は、成層圏から離脱して行った。

 

 

 

 

 その後、本土に取り残されたウズミ・ナラ・アスハの自決により、本土に巨大な爆発が起こった。

 軍事産業社〝モルゲンレーテ〟や、マスドライバー〝カグヤ〟が自爆し、すべての責を負い、ウズミを筆頭とする首長達が決然とその命を絶ったとされる。

 この後のオーブは大西洋連邦の監視下に置かれ、その中でオーブ五大氏族の一、セイラン家が力を増長させていくのだが、それはまた、後日の話────。

 

 

 

 




 補足

>要するに彼女は自尊感情が明らかに欠落しているのだが、それもこれも彼女が過去に持つ体験や境遇から来るものであって、一概に彼女を糾弾できるものではなかった。彼女は〝デストロイ〟を以て北欧の三都市を壊滅させ、万単位の罪もない人間を灼き殺した過去を持つ。自分で自分を許していない原因はそこにあって、なまじ素直な感性であったがために、当時のことに計り知れぬ悔いと痛みを抱えているのだ。

 というのが、ステラが自分自身の容姿に無頓着な主な理由(原因)です。
 ステラはただ純粋と云うだけの設定にしたかったのですが、やはり純粋を貫き通すにも限界があるため、ネオが彼女にやらせた罪は簡単に消せるものではないなぁと思いますし。
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