~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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 【オーブ五大氏族】
 ハリー・ポッターでいうところのホグワーツの創設者達。

 【コトー・サハク】
 サラザール・スリザリン

 え? わかりにくい? そういう方は本編へ(強制)
 ※アスハ政権に優しくない話です。ウズミ、カガリ好きの読者には抵抗があります。



『ミハシラ・ワルツ』

 

 

 

 C.E.58年──今からおよそ十三年前。

 ウズミ・ナラ・アスハがオーブ連合首長国代表を務め、オーブにおけるあらゆる実権を握っていた頃、彼はオーブが所有するひとつの「宇宙ステーション」建造計画を発足させた。

 

 軌道エレベータ──〝アメノミハシラ〟──建造計画である。

 

 便宜上「宇宙エレベータ」とも通称される「それ」は、宇宙空間への進出手段として、近代において構想されていた未来的施設のひとつだ。現在、地上と宇宙で豊富な物資および人材の交流を図るためには、ロケットやシャトルなど〝箱舟〟の打ち上げを行うのが主流となっているが、この宇宙エレベータは文字どおり宇宙空間まで伸長した自動昇降機として、より少ないコスト、より抑えられたリスクでの宇宙交易を可能とする。ウズミが開発を命じた〝アメノミハシラ〟は、このような利点を得るために製造された宇宙拠点だったのだ。

 〝アメノミハシラ〟の建設計画が本当に実現した暁には、地上と宇宙との貿易量は爆発的に増大する。これによる利益も極めて莫大なものになろうとは、オーブ在住の誰しもが予想したところである。当時、国家的事業としてこの宇宙ステーション建造計画を推し進めたウズミは、宇宙貿易がもたらす莫大な経済効果をオーブ国益とし、これを他国家から独占しようと考えていたのかも知れない。

 

 だが結論から云えば──〝アメノミハシラ〟が軌道エレベータとして完成することはなかった。

 

 拠点の建設中、血のバレンタインを切片とする地球と〝プラント〟間の──後年〝ヤキン・ドゥーエ〟戦役と呼称される──大規模な国家戦争が勃発したためだ。

 オーブは非加戦国であり、勃発した地球連合と〝プラント〟間の戦争に対しては直接的な関わりを避けて来たが、何が起きるのかが分からないのが戦乱の世である。戦争が始まるとと同時に、その奇異なる立場ゆえにオーブは中立国としての立場を貫く独自の軍事力──他の主権国家から脅迫を退けるほどの国家防衛力を必要とし、このためオーブにとって唯一の宇宙拠点であった〝アメノミハシラ〟は、これらの軍事力を早急に養うための格好のファクトリーとなった。

 こういった経緯から、本来は軌道エレベータとして建造されていた〝アメノミハシラ〟は、オーブの軍事ステーション、又の名を、宇宙ファクトリーとして転用されることになる。

 オーブが誇る軍需産業社モルゲンレーテが、国土よりも〝アメノミハシラ〟に事業のウェイトを置いたのは、地上の戦災を嫌ってのことでもあるが、第一にMSの製造に必要な物資──たとえばPS装甲材や発泡金属──が無重力空間でしかその品質を維持できない材質であったのが理由であり、実際に〝ヘリオポリス〟という宇宙拠点で〝G〟が開発された経緯を鑑みれば、それは自明である。

 

 そして〝アメノミハシラ〟の統括役には、オーブ五大氏族の中でも、軍事を司るサハク家が抜擢された。

 

 サハク家族長、コトー・サハクは宇宙空間(アメノミハシラ)におけるMS開発をウズミに委任され、独自のやり方で軍備増強を進める中、これに目を付けたデュエイン・ハルバートンを筆頭とする大西洋連邦の将校達から『G計画』たるモビルスーツ共同開発案を提唱された。大西洋連邦からの強い圧力に妥協ないし同調したオーブは、管轄下にあったオーブの中立コロニー〝ヘリオポリス〟にて、大西洋連邦と共同でモビルスーツ開発を行うことになった。

 が、このとき、オーブ側の主責任者にもまたコトー・サハクが抜擢され、云い換えれば、サハクはアスハにとって体のいい「汚れ役」を担わされていたのだ。

 以上の理由から、他の氏族達が洗脳でもされたかのようにアスハに心酔する中、サハクだけが、アスハに対して強烈に否定的・批判的な姿勢を貫くようになる。間違いなく、コトーとウズミの間に猛烈な温度差があっただろうとは、オーブ閣議に出席したことのある数多の要人が口を揃えて云うところである。

 

 ウズミとの──壊滅的を通り越して絶望的な──確執があったとすれば、それはコトー自身の『後継者』も同様だった。

 

 サハク家の正当なる後継者、ロンド・サハクは、オーブ発足当初より汚れ仕事をサハク家に押し付けるウズミの横暴な態度や、それに不満を抱きながらも言いなりにしかなれない父の不甲斐なさ、そして、綺麗事ばかりを掲げ中立国を気取る現在のオーブの在り方そのものに、それぞれ強い不満を抱いていた。

 今回、オーブが地球連合軍との提携を拒絶し、その果てに国土と国民を焼いたことにも、ロンドは同様の見解を示した。

 

『未来に対して大志があれば、どんなに卑怯に振る舞おうと問題ではない』

 

 だが、ウズミはその志向を認めなかった。彼は恥を忍ぶこともなく、オーブの産土(うぶすな)で果てることを選んだ。オーブ解放作戦において五大氏族の族長が揃って自決し、ロンドの父、コトー・サハクも死亡した。このために、オーブに残された〝アメノミハシラ〟は、サハク家の当主を継いだ──ロンド・サハクの管轄とされた。

 それが新たなる円舞曲(ワルツ)の序篇となろうとは、このとき、誰が予想したであろうか?

 

 

 

 

 

 オーブの政治体系は、アスハ代表首長を中心としたサハク家・トキノ家・マシマ家・キオウ家の五大氏族による合議政治だ。この体制の下に執政が行われ、これが行き過ぎた専横に走った場合の対抗機関として、国民の一般選挙より選出される立法機関──すなわち「議会」が存在している。存在しているが、なにしろ議会側はアスハ家の政策を妄信していることから、実質的にオーブの国家としての分権体制は形骸化しているも同然だった。

 また五大氏族は──サハク家を除いて──必要以上に首長家アスハを崇め立てる傾向にあり、それは、優秀な血族を優先するオーブらしい超現実主義による悪習だった。ウズミ、ホムラ、カガリ──国家元首が国民審査も通さず、半自動的にアスハの縁者に世襲されていることからも、それは自明であろう。

 そして、アスハを心酔していたのは五大氏族だけではない。

 オーブ国民もまた、ウズミ・ナラ・アスハを崇拝していた。依拠、あるいは、依存という表現も適切なのかも知れない? オーブ国民はアスハが統治する中立国独自の在り方に疑問を抱いたことはなかったし、生活にこれと云う不満もなかったことから、五大氏族による合議政治がどのような方策を取ろうと、これに批判を浴びせることは滅多なことではなかった。

 

 数時間前、オーブの国土が焼かれるまでは。

 

 オーブ解放戦が勃発し、国民にとって心の拠り所であった五大氏族を失い、そればかりか、暮らしていた住処を焼かれ、故郷を追われた人民は数多くいる。

 シン・アスカ────彼もまた、その内のひとりである。

 オーブからの避難民──いや、オーブに見捨てられた棄民と云った方が、今の彼には優しい──でごった返す避難船の中、船倉の片隅に、シンは蹲っていた。

 彼は孤独だった。荷物も、同行者もない。オーブにて殺された家族──その形見のひとつさえ、今の彼は持ち合わせていなかったのだから……。

 周囲には、ひそひそと囁き交わす声やすすり泣きが満ち、時折、それらをついて無遠慮な子供の声が響く。魂が虚脱したように座り込むシンは、自分がいま、涙を流しているということに気付くことも出来なかった。

 目から流れ出し、滴り落ちる重たい雫。それはまるで傷口から溢れ出る血のように、ひりひりと痛んで彼の力を奪っていく──

 

「父さん……母さん……」

 

 口にこぼしたのは、目の前で失われた──命の名。

 

「マユ…………ッ」

 

 ぎゅっと肩を抱き、シンは圧倒的な孤独感と絶望感に、心を潰されそうになっていた。

 オーブは、中立のはずだった。なのに、

 ──どうして、こんなことに?

 自分達が住んでいるのは、他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに介入しない国なのだから、どこで戦争が在ろうと関係がないのだと、これまでシンは漠然と考えていた。自分の目の前で、大切な者達が見えなくなった──その瞬間まで。

 

「う……うぅ……ッ」

 

 どれほどの間、そうしていただろう──? シンが自閉するように蹲っていると、そのとき、ひとつの声が頭上から注がれた。

 シンは、茫然とするあまり、その声に気付けなかった。だが、ついで肩を優しく叩かれたため、涙で膨れた顔を上げた。

 そこには、ひとりの女性が立っていた。その女性は、形の良い唇を動かし、シンに訊ねた。

 

「──少年。隣、良いか?」

 

 麗しい黒の長髪の女性。身長は……190センチメートルを悠に越しているだろうか? すらっとした長身は蹲踞するシンから見て遥かに高く、彼はおのずと、垂直方向に顔を上げる形になってしまう。

 物柔らかな表情に、気品のある物腰が印象的な女性だ。どこか、上流階級の生まれの人物なのだろうか? 身に纏う外套は滑らかな材質で出来ており、門出の良さが伺える。平凡な庶民の家庭に生まれたシンは、かねてよりこういう高貴な人物に憧れを抱いていたが、今は大して感動することもできず、茫洋とするばかりだった。

 女性は、苦笑しながら続けた。

 

「どこの場所も空いてなんだ。行き場に困っていてな──」

 

 たしかに、避難民でごった返す船倉の中などは、そうそう広いスペースが確保されているものではない。

 シンは、ハッとした。女性の体格について言及するのも失礼だと思ったが、確かに女性ほどの高身長があってしまえば、身を置く場所を探すのにも苦労するだろう。実際に周囲を見渡してみても、それほどに開けたスペースは見当たらない──ただ一箇所、自分の隣を除いては。

 シンは腫れた目を隠すように涙を拭い、できるだけ、平静を装って云った。

 

「い、いいですよ。どうぞ……」

 

 このときシンは、泣いている姿を女性に見られたのが、格好悪くはないにせよ、恥ずかしいと思ってしまった。

 ……なぜだろう? 状況が状況だけに、彼が悲しみに涙を流したところで誰も冷やかしたりはしない。冷やかす資格だってないのだが、不思議とシンは、女性に泣いている姿を見られたことに羞恥心を感じていた。それは十四歳の少年らしい見栄が、そうさせた感覚なのか。

 腰を浮かせ、シンはさらに船倉の片隅に寄り、小さくなる。「すまんな」と優しく云った女性は、そんな彼の隣に膝を折り、壁に身を寄せて座り込んだ。

 

 ────が、それからは、これと云って女性と会話を交わすわけでもなかった。

 

 当然と云えば当然だが、このような船倉に追いやられている以上、その女性もオーブの国土から亡命ないし避難して来た立場にあるのだろう。見たところ随伴者はいないようだが──ひょっとすると、自分と同じような境遇なのかも知れない? だとしたら、今は精神的に自分のことで手一杯だろうし、他人に構っている余裕などないはずだ。

 シンは、それでも妙に気にかかり、恐る々る、女性の横顔を盗み見た。

 女性は、しかし、悲哀に打ちひしがれているわけでも、将来に絶望しているわけでもなく、どこか硬くどこか強い表情で、周囲の傷ついた避難民達を見据えていた。観察していた、と云っていい。

 

「……?」

 

 直感的にシンは、強い女性なのだな、と感覚し、強く息を呑んだ。

 同時に、ああ、きっとこれなんだ……と自覚する。女性に対して羞恥心を感じたのは、おそらく、この女性が何より強い気圏を纏っていたからだ。

 困難に直面してなお、歪まない精神を持ったカリスマ性──とでも云うのだろうか? 気品を放つ女性の仕草や物腰には、芯の通った安定感、いや心強さを感じる。何が云いたいのかと云えば、一目見たときから、シンはこの女性の魅力に惹かれていたのだ。

 

「あ……」

 

 シンは、緊張していた。

 何というわけでもない、だが彼は、まるで無意識に母親を求める感覚で女性に声を掛けようとした。それは平凡な十四歳の少年の逃れられない性、死んだ母親を精神的に埋め合わせようと欲してしまうマザー・コンプレックスだった。

 しかし、そのときだ。

 同じ船倉の中で、大人の男達が痺れを切らしたように無遠慮な大声を上げ始めた。

 

「この船は、いったい、どこへ向かっているんだ……! 我々に、行くアテがあるのか!?」

 

 とめどない不安が、男のキャパシティを越えたのだろう。癇癪を起して騒ぎ出す大人につられ、周囲の人々も、張り詰めていた糸が切れたように騒ぎ出した。

 中には赤子の姿もあって、遠慮を知らない泣き声が上がる。

 

「ウズミ様は今回の事態の責任を取って、自決なされたそうではないか! 残された我々は、これからどうして行けば良い!?」

「カガリ様は? カガリ様は、どうなされたのだ……?」

「そうだ! ウズミ様が亡くなられた今、我らの希望は、カガリ様しかおらぬ! オーブの復興は、カガリ様と共に──」

 

 良い大人が、アスハ家に依存している会話だった。

 しかし、

 

「宇宙へ上がられた……? カガリ様が!?」

「そんな莫迦な! 残された我々を置き去りにして、自分達だけが生き残ろうと云うのか!?」

「逃げたのではない? 戦いに行った? ──それがどうした(・・・・・・・)! それがオーブの国民(わたしたち)に対して、何の免罪符になる!?」

 

 酷い裏切りだ、と声を荒げる大人達の傍らで、シンもまた、そこで突きつけられた事実に愕然としていた。

 ウズミ亡き今、本来であれば遺されたオーブの棄民達の支柱となるべきアスハの後継者──カガリ・ユラ・アスハが宇宙へと飛び出し、新天地での戦場に身を置いていることが発覚したのだ。受け皿も、心の拠り所すら無くした彼らは、完全にオーブの指導者に見放されたことを自覚してしまった。

 

(オレたちは、指導者(アスハ)に見捨てられたのか──!?)

 

 シンの胸に、苦く、熱いものが込み上げる。それは、とめどない母国の指導者への激情だった。

 無責任に叫ぶ周囲の大人達に感化された影響もあるのだろう、だが、シンは自分の耳で聞いて、頭で理解して、アスハに裏切られたことに気付いた。その裏切りのために父が母が、妹が、殺されたことを頭の中で結び付けてしまった。

 

「…………ッ!」

 

 シンが、くっと喉を鳴らす。

 そのときだった。

 

オーブの民はみな(・・・・・・・・)アスハに頼り切っていたからな(・・・・・・・・・・・・・・)──」

 

 シンの隣の女性が、声を発した。

 彼女もまた、大人達が騒いでいる会話を聞いていたのだろう。

 女性は独白のようにぼそりと云った後、急に、シンの方に顔を向けた。シンは緊張した。

 

「少年。そなたはどう思う? ──いまのオーブに何を思い、何を抱く?」

 

 突然、見透かされるような口調で云われ、シンは絶句する。

 え、と声を漏らすが、今の彼には、云いたいことはひとつしかなかった。

 

「……。理念のために、国民を犠牲にする国なんて間違ってるって──そう思います……ッ」

 

 犠牲になった者達の無念を想う。

 その度に、舌を噛み切りたくなるような激情が、シンの中に込み上げる。

 彼はまるで、そんな英霊達の総意の代弁者になったかのように言葉を紡いだ。

 

「国って、そこで暮らす人がいて、初めて成り立つもんだって──。理念が国を作るわけじゃない。土地が国を築くわけでもない──国は、そこに暮らす人が作るもんなんだから、人のために国があるんじゃないかって、そう思うんですよ……ッ」

 

 国家が掲げた正義を守るために、無辜の国民を犠牲にし、苦しめるのでは本末転倒ではないか。

 挙句、施政の側に立つ者だけが安穏と生き残り、宇宙に逃げたとされる。まるで、何事もなかったかのように。だからシンは、アスハを許せないと感じているのだ。

 女性は反芻して訊ね返し、シンの顔を覗き込む。

 

「学生の意見だな……。国とは民のことであり、場所のことではない──と?」

「おれの家族は、オノゴロで殺されたんです! 避難に遅れて、落ちて来たモビルスーツの下敷きになって──なのにおれだけッ、こうやって生き残って……!」

「少年…………」

「父さんと母さんは、最後までオーブのことを信じてた! なのに裏切られて、卵みたいに潰されて死んだんですよ──ッ!?」

 

 はあッ!

 と、当時の記憶を思い出し、吐き捨てるような嘆息を飛ばす。

 

「あんなの……あんなの、人の死に方じゃないですよッ! 偉い人達の軽率な一言で、一体、誰が死ぬことになるのか、アスハは本当に考えたんですか!?」

 

 叫びは、八つ当たりになって、目の前の女性へと向けられた。

 だが女性は、何を云うわけでもなく、シンの言葉に真摯に耳を傾けてくれていた。それが安心感となって、シン自身に、云いたいことを云わせてくれたのかも知れない。

 一拍置いて、シンはハッとして、顔を真っ赤にする。

 今まで、まるで相手のことを考えず、一方的に激情を吐露していたことに気付いたのだ。それが、ひどく申し訳なく思えたのだろう。背負った悲劇は、この場のいる誰しもが同格だというのに──あるいは、この女性もまた戦争に巻き込まれたはずなのに──まるで自分だけが被害に遭ったように語ってしまった。シンはそんな自分の幼さが恥ずかしくなり、赤面した。

 

「──す、すいませんッ……おれ、勝手に八つ当たりして……」

「良い。云い得て妙な、生身の意見だった──」

 

 女性は、云った。

 

 

 

「──気に入ったぞ、少年」

 

 

 

 短く、優しく笑った。

 え? という声は言葉にならじ、シンは呆然と目を開く。だが、女性は既にシンから視線を外し、ばっと立ち上がっていた。

 

「そうだな──国とは民が築くものであり、民こそが国となるのだ。国は、人の理想を実現させるために存在するのだから──」

 

 女性が放った言葉は、ウズミが行った政策とは、まるで対極的な思想をしていた。

 シンは、女性が纏う外套の背に、ひとつの紋章──いや『家紋』が描かれていることに気付いた。背姿を初めて見たために、これまで気付かなかったのだろう。それは、サハクの家紋であった。

 

「誰ぞ、この艦の操舵士に言伝を頼めぬか」

 

 女性は急に立ち上がったかと思うと、周囲の者達すべてに向けて、大きな声を発していた。

 一切の臆面のない、威風堂々とした声色と立姿だ。シンはその背姿を眺め、茫然とするばかりである。癇癪を起していた大人達が、その一声によって静まり返し、身長の高い彼女は高貴な雰囲気と相まって、一同の注目を瞬間的に浴びることとなった。誰もが女性から目を離さない中で、彼女は、それらの視線に怯むことなく整然と言葉を紡いだ。

 

「今より南へ転進するよう伝えてくれ。これらオーブの避難船が向かう先は、民営のマスドライバー〝ギガフロート〟だ」

 

 それは、地球上に残された、ジャンク屋ギルドが所有する民間のマスドライバー施設。現在、ビクトリアの〝ハビリス〟以外に現存しているマスドライバー施設は〝ギガフロート〟のみである。

 

「な、なんです、あなたは……?」

 

 誰何する避難民が、声を発する。

 だがそれは、すぐにかき消された。女性が身を纏う外套の中に、彼女の身分を証明するものがあったからだ。

 

「その家紋は、サハク家の!」

「まさか、ロンド・サハク様!?」

 

 ロンド・サハク──

 それが、女性の名前であった。

 彼女は優艶に、云った。

 

「オーブの棄民達よ。そなたらのことは、我が救ってみせよう。オーブが大西洋連邦の属国となった今、賽は既に投げられた。取り残された我々には、前進あるのみ──」

 

 行き場を失ったオーブの民にとって、その提案は、地獄に仏であった。

 

「宇宙へ上がり、〝アメノミハシラ(・・・・・・・)〟へ帰還する。時が満ちたら立ち上がり、真のオーブの力を、世界に示すのだ……!」

 

 そうして、オーブを出奔した避難船の多くは南へ向かい、民営の〝ギガフロートに繋留されることとなった。

 これまで会話していた女性が、五大氏族の族長、その一であったとは夢にも思わなかったシンは、慌てふためき、それ以上に唖然とした。そんなシンに対して、女性はほっそりと美しい手を差し伸べて来た。

 

「我が名はロンド・ミナ(・・)・サハク──。オーブの棄民の少年よ、名は……?」

「あっ、おれ……シンです、シン・アスカ……」

「そう……共に来てくれるか? シン・アスカ」

 

 サハク家といえば、アスハと対立関係にあったオーブの五大氏族であると有名だ。

 それは当然、シンの耳にも入って来たことがあり、だからこそ彼は不意に、こう思った。

 

(この女性(ひと)なら、おれたちを救ってくれる──!)

 

 地獄に仏が存在するなら、この女性はまさに、地獄に女神であった。 

 

「未来はまだ定まってはいない。その足で、みずからの意志で踏み出すのだ」

「は、はい……っ!」

 

 そうして、シン・アスカはオーブの宇宙拠点──〝アメノミハシラ〟に移住することとなった。

 

 

 

 

 

 

 それから、数週間の月日が流れた。地上のオーブ本土は、既に大西洋連邦に降伏した。これにより、今は亡きウズミが理想していた中立国としてのオーブ連合首長国は滅んだ。

 しかし、ミナの率いる〝アメノミハシラ〟はそんな地上との方針を違え、宇宙空間においてMS〝アストレイ〟シリーズの製造事業を継続した。それは、サハク家によるアスハ政権に対する造反の行いであった。かくして、ロンド・サハクが越権政策を継続したことにより、現在のオーブは事実上、オノゴロ本島と〝アメノミハシラ〟──二つの政権が同時に存在する様相となった。

 

 ──地上(アスハ)のオーブと、宇宙(サハク)のオーブである。

 

 サハクが統治するオーブ──〝アメノミハシラ〟は、本来の宇宙ファクトリーとしての機能を十全に果たし、着々と自国の軍事力と防衛力を増強。豊富なる人脈と金脈、指導者であるミナの世界的なコネクションを駆使しながら、民営組織からの協力も得てマスドライバー〝ギガフロート〟より、移住民と移住民に必要な物資を〝アメノミハシラ〟に移送し続けた。

 一方で、そんなミナの双子の弟、ロンド・ギナが持つ大西洋連邦との深いコネクションからは、地球連合の占領下に置かれたオーブ本土から、とある物資を調達することに成功していた。

 

 ロンド・サハクは、抜かりがなかった。

 オーブが滅び、行き場を失った棄民達を──〝アメノミハシラ〟に暖かく迎え入れたのだ。

 

 自分達を守るための兵器を作る〝アメノミハシラ〟──その運営を手助けすることにより、代価として棄民達、シン達は安息を得ることができた。

 アスハ政権に見捨てられた国民達にとって、生きる気力を再び養える〝アメノミハシラ〟は、オーブ本土とは形を違えたひとつの理想郷だった。命に関わるほどの災難に遭い、彼ら自身が崇拝していた五大氏族に裏切られたショックは並大抵ではない。そんなときに自分達を受け入れ、守ってくれたサハク家は、彼らにとって救世主であり、彼らの心に大きな影響を与えた存在になっていった。

 

 安寧の日々の中、シン・アスカもまた〝アメノミハシラ〟──その軍事ファクトリーの中で、労働するようになっていた。

 

 彼が携わっているのは、MS製造関連の仕事だ──〝アストレイ〟という名のオーブ防衛用の機種、その製造に関わる。

 とは云え、今はまだ子どもに過ぎないシンにできることなど知れており、結局は下っ端の下っ端──せいぜい資材の運搬係ほど──だが、彼にはそれで充分だった。働くことで安息を得ることができるなら、戦災で傷ついた少年の心には、それだけでも満足だったのだ。

 

「ぼうずー、その資材は、第八ブロックの方に運んでくれー」

「わかりましたーっ」

 

 ファクトリーの中、フォークリフトの運転作業を行っていたシンは、現場監督に指名され、慌てて声を返した。フォークリフトは、シンがここ数日の間に、大人達に運転の仕方を教わったものであった。

 オーブの難民を受け入れた〝アメノミハシラ〟は、一層の忙しさに巻き込まれていた。その中では、おのずと人手も不足し、有志の者には労働の職が宛がわれるようになった。生きる指針を与えてくれる〝アメノミハシラ〟に協力しようと、難民の多くが方々の部署に参画し、ステーション内は、稀に見る活気に満ち溢れていた。

 そして今、シンに声をかけた現場監督もまた、数週間前、船倉の中で騒いでいた大人のひとりだ。そのときは絶望感から癇癪を起していたが、今は活き々きと労働している態様を見るに、根は善い人であるらしい。たったひとりの指導者に頼り切っていた過去とは違う、自分達の国は、自分達で支えるのだ──という新たなモチベーションの高さは、彼等に生きる活力を与えていた。

 ミナに啓蒙され、心を入れ替えた民は〝アメノミハシラ〟に多かったのだ。 

 

「第八ブロック。こっちか?」

 

 まだ不慣れなステーション内を、ハンドルを切り、シンは活気に溢れるファクトリーをゆっくりと横切っていく。

 角を曲がり、第八ブロックへと進み出たシンは、次の瞬間、目を疑った。彼の目の前に、金色に光り輝く巨大な影が聳え立っていたからだ。

 

「なんだ、これ……!?」

 

 ぎょっとして彼は、驚嘆の声を挙げる。

 

「モビルスーツ!?」

 

 その〝黄金〟のモビルスーツは──少年の目に、華やかだった。MSを成型している装甲がほとんど金箔、その眩いばかりの輝きを照り返し、目を奪われない方がどうにかしている。

 純粋な金の輝きは、どちらかと云うと渋く、柔らかなものだが、それよりは硬質で、華やかなものだ。磨き上げた鏡のような〝黄金〟は、シンの眼光に今も焼き付いている〝白銀〟のMSと対照的な光輝を放っている。自分からすべてを奪って行ったであろう〝白銀〟の破壊神──それと酷似した双眼を持つ頭部に、角のようなアンテナが突き出している。

 天井から降り注ぐライトを浴びて、神々しい金色に光り輝くそのモビルスーツは、さながら、太陽神がこの世に顕現したようであった。少年っぽい感動に心を刺激されながら、シンは、傍らで整備作業を行っていた男性に声をかけた。

 

「なんなんです、あれ?」

「ん? ああ」

 

 技術者の男性は、改めて〝黄金〟の方を向き直した。

 

「ありゃあ、オーブから持ち出されて来たモンだよ。アカツキ島の地下に隠されてあったそうだ」

「嘘でしょう?」

「ミナ様が、大西洋連邦の目を欺いて〝ミハシラ〟に持ち込ませたんだ。おおかた、アスハの忘れ形見ってところじゃないか?」

「マジですか……」

「抜かりがないのさ、あの方は」

 

 はっはと笑い、男性は歩き出す。

 シンは、感動した。

 

「けど、いくら何でも、金ぴかは目立ち過ぎやしませんか?」

「オーブにおいて〝黄金〟ってのは、特別な意味を持ってるんだぜ? 若造は知らないか」

「だからって……」

「まあ、まだOSが未完成だがな。誰宛てに開発されていたMSなのかは知らんが、OSが完成してない現状じゃあ、とても尋常な人間に扱える代物じゃない──」

 

 男性は、冗談ぽく続けた。

 

「──今〝これ〟を操れるとすれば、一種のバケモノさ」

 

 おそらくは、そのOSの傲岸さのために、この機体はアカツキ島の地下に凍結され、オーブが戦火に包まれたときも眠ったままだったのだろう。

 と、男は推察して云った。

 

「基本の装備はもう完成してるんだよ。専用のバックパックの調整の方が、あと少しで終わりそうなんだが──どうにも。なにしろ、こっちも人手不足でね……」

「おれも、何か手伝います!」

「なんだい、藪から棒に? さては坊主、あの金色に惚れたな?」

「カッコいいから」

 

 にへらと笑う。

 このときのシンは、誰よりも少年らしかった。

 

「やれやれ。少年ってこれだ」

 

 男性が苦笑する。

 と、そのとき──ステーション内部に警報が鳴り響いた。

 

「──!?」

 

 それは、敵軍の──モビルスーツの侵攻を知らせる警鐘だった。

 

 

 

 

 

 

 ここ数日間で、宇宙ステーション〝アメノミハシラ〟の活動が異様に活発になっていることは、L4宙域に浮かぶ〝プラント〟本国からも容易に探知できていた。

 第三次ビクトリア攻防戦に敗北したザフトは、これ以上地上に戦線を維持することが不可能となり、前政権から続いていた〝オペレーション・ウロボロス〟を中断し、地上からの撤退を余儀なくされた。

 その代わり、パトリック・ザラは宇宙軍の戦力増強に乗り出した。そのために、オーブの軍事ファクトリー〝アメノミハシラ〟に目を付けたのだ。

 

『オーブ宇宙軍の軍事力──接収すれば、我々の豊かな予備戦力となるだろう』

 

 その任を負って、実際に〝アメノミハシラ〟へのアプローチを仕掛けるは、〝ジェネシスα〟の管理を請け負い、パトリック・ザラの手駒として評議会に実力を認可された特務隊所属のアッシュ・グレイである。

 中立ステーションである〝アメノミハシラ〟に対し、一方的な降伏勧告を言い渡すことは、実際には条約違反である。だが、そもそも〝ヘリオポリス〟の一件以来、〝プラント〟はオーブを完全なる連合寄りとして認知しており、オーブへ対する容赦? ──そのような言葉は、彼等の中にはすで存在しないも同然なのだ。

 

「裏切り者には、手加減は無用ってねェ」

 

 アッシュは、相変わらずえげつない笑みを浮かべながら進軍していた。

 ダークブラックと、バイオレットのツートンカラーに彩られた〝リジェネレイト〟──そして、その後方に〝ゲイツ〟の小隊が並んでいる。 

 

「こっそり軍備なんて整えちゃってまあ……。そういう不埒な連中には、思い知らせてやらなくっちゃなあ? 〝リジェネレイト〟よぉ」

 

 微笑み、続けた。

 

「────死だッ!!」

 

 

 

 

 

 ザフトの特殊部隊が接近しているとの報せは、すぐにステーション内に響き渡った。

 オーブの民は、この警報にトラウマを刺激され、ひどく怯え始めた。やっと手に入れたと思った安住の地──〝アメノミハシラ〟にも再び、残酷な戦争の火が及ぼうとしているのだ。

 居住区は混乱し、ファクトリー内部でもまた、騒乱が起きていた。

 

「おれたちの国は、おれたちで守るんだ!」

 

 元より〝アメノミハシラ〟に務めていたM1パイロットの数名が──正確にはまだ訓練兵だが──拠点防衛のために出撃しようとしていたのだ。メカニック達は「命令を待つんだよ!」と、彼等を自慢の太い腕で抑えていたが、それにしたって、時間の問題だった。血気盛んな青年パイロット達の勢いを止めることなど、とうてい不可能なのだから。

 だが、そのとき格納庫にロンド・ミナ・サハクが姿を現した。

 ファクトリーに居合わせたシンもまた、ハッとして、鷹揚として歩いて来る彼女の姿に魅入る。

 

「──やめておけ」

 

 ミナは短く、血の滾ったパイロット達を制した。その一言は、地響きにも似た重みを持ち、これまで技術者らに何を云われても聞かなかった青年達が、気圧されるように怯んだ。

 

「ミナ様……! しかし!」

「あれはザフトの精鋭、コーディネイターの特殊部隊だぞ。そなたらのような未熟な訓練兵が出て行ったところで、無用に犠牲者が増えるだけだ」

 

 察し物のミナは、すべてを見通しているかのように言葉を紡いだ。

 青年のひとりが、しゃにむに叫ぶ。

 

「でも、もう嫌なんです! 大切な故郷が奪われるのは! それを、黙って見ていることしかできないのはっ!」

 

 言葉を真摯に受け止めたミナは、しかし、心底怪訝そうな顔をした。

 心外だ、と云わんばかりの。

 

「──奪われる? 誰がそう決めたのだ?」

「えっ……?」

 

 青年は、唖然とした。

 一拍おいてミナは優しく微笑み、ついで、青年の肩にぽんと手を置いた。

 

「云ったであろう。犠牲者が増えるだけ(・・・・・・・・・)だ──と」

 

 含みのある口調で云うと、ミナは、第八ブロックまで歩を進めて行ったしまった。青年達は不安げにその背を追い、シンもまた、何となく彼等の背後を追った。

 そこは、第八ブロック──

 ミナは目の前に聳立する〝黄金〟を見上げ、何かを立ち悩むように顎に手を当てた。

 

「──〝アレ〟はもう出せるのか?」

 

 担当の技術者は、ぴしゃりと返した。

 

「無理ですよ。専用の追加装備(バックパック)が、まだ」

「ライフルとサーベルを持つのなら、兵は兵として事足りる──人型機動兵器(モビルスーツ)とは、そういうものではなかったか?」

「……無茶ですよ」

 

 曖昧な返答では、ミナを説き伏せることなど不可能なのだろう。

 結局のところ技術者の男性は、無理というほどではないが、無茶を云い出したミナを止めることができなかった。

 

「〝ヒャクライ〟は銃剣にもなったな。ならば、武器はひとつで充分だろう」

 

 ミナは、金色のモビルスーツ用のビームライフルを見遣りながら、そんなことを云った。

 シンは何のことか分からなかったが、彼女の目線の先にあるビームライフルは、フォアグリップの代わりに、ビームサーベルのマウントラッチが設けられていた。

 

「────獣の牙を折って来る」

 

 後を頼むぞ、とだけ云い残す。すると、ミナはひとりでリフトに乗って〝黄金〟のコクピッドへもぐりこんで行ってしまった。

 シンは、ぎょっとした。前に進み出て、叫ぶ。

 

「なっ、何やってんだよ! あのひと、モビルスーツに乗れるの!?」

「ミナ様はな、よくできた御方だよ。なんたって、オーブの『影の軍神』って呼ばれてるんだぜ?」

「パイロットスーツも着ないで!」

 

 だが、シンの心配とは裏腹に、それまで必死だった青年達や技術者の者達は、不安そうな顔色を一切として浮かべていない。

 それは、信頼の証拠だった。

 これと云った追加装備を装着していない〝黄金〟は、よく云えばスタイリッシュで、悪く云えば物足りない外観をしていた。

 だが、そんなことはまるで気にならないのか、起動した金色のモビルスーツは、瞬間的にミナ用にOSを書き換えられ、72D5式ビームライフル〝ヒャクライ〟だけを携行して、その一歩を踏み出した。

 

〈ORB-01:〝アカツキ(・・・・)〟────出るぞ〉

 

 黄金の太陽神が、深淵の宇宙空間に飛び出して行った。

 

 

 

 

 

 〝リジェネレイト〟のモニターが、正体不明機(アンノウン)を捉えた。肉眼ではっきり視認できるほどの光輝。アッシュは目を疑ったが、実際にそれは、目立ち過ぎる黄金色を放ちながら、目標の〝アメノミハシラ〟から飛び出して来た。

 ──馬鹿にしてやがるのか?

 そう感じざるを得なかったのは、目立ち過ぎる金色の装甲の上に、相手が単機でやって来たからだ。武装らしい武装はビームライフルしか携行しておらず、それもまた、アッシュの不快感を刺激した。

 

「ああんッ!?」

 

 その〝黄金〟は、よほど腕に自信があると見える。

 が、その〝黄金〟は、彼の中で忌まわしい記憶の中の〝白銀〟と対照的な輝きを放ち、彼は失調したように叫んだ。

 

「ムカつく野郎だぜ、速攻で殺してやる!」

〈ザフトの手の者か、我が相手をしてやろう──〉

「女とはなァ!」

 

 その瞬間、後方の〝ゲイツ〟小隊が動いた。

 一斉にビームライフルを翳し、多勢に無勢の中、黄金の正体不明機に向けて銃口を絞ったのだ。光の驟雨が黄金の機体に降りかかるが、照準先の〝アカツキ〟は円舞曲(ワルツ)を踊るような滑らかな動作で、すべてのビームを捌き切ってみせた。

 そのあまりの鮮やかさに、一機の〝ゲイツ〟の動きが止まった。

 

(〝ヤタノカガミ〟を使うまでもないわ)

 

 反撃として、ミナは72D5式ビームライフル〝ヒャクライ〟を放つ。真っ直ぐに伸びた光条は、シールドを翳しコクピッドを守ろうとした〝ゲイツ〟のメインカメラを正確に吹き飛ばす。

 ──ひとつ。

 と、別方向から接近をかけた〝ゲイツ〟が両腰部の〝エクステンショナル・アレスター〟を射出する。アンカー状に迫る刺突武装だが、ミナは、くるりと踊ってこの攻撃を回避した。

 そうして無防備に伸張したワイヤー部分を手掴みし、振り回すと、遠心力に振り回された二機目の〝ゲイツ〟が、また別方向を飛行していた三機目の〝ゲイツ〟に激突した。機体と機体が重なり合ったその地点にビームを撃ち込み、二枚抜きとばかりに、その二機の戦闘力をまとめて奪い取る。

 ──ふたつ。

 ──みっつ。

 口内で数えながら、ミナは背後から四機目の〝ゲイツ〟が勢いよく迫撃して来るのを認めた。おそらく〝アカツキ〟がビーム・ライフルしか携行していないと判断し、距離を詰めた格闘戦に挑んで来たのだろう。

 

「良い判断だ。我はライフルしか持っていない──」

 

 二連装ビームクローが出力され、鉤爪状の刃が〝アカツキ〟に振り抜かれる。

 振り抜かれた鋭爪が〝黄金〟を切り裂かんとする直前、しかし〝ゲイツ〟の右腕は肩口から大きく断ち切られ、吹き飛ばされていた。ビームライフル〝ヒャクライ〟の銃口(マズル)──そのフォアグリップの代わりに設けられたビームサーベルによって。

 ──よっつ。

 72D5式ビームライフル〝ヒャクライ〟は、銃剣としても使用できるのだ。

 

「──浅薄だったな、出直せ」

 

 云いながら、ミナは最後の〝ゲイツ〟に照準を絞る。

 ──いつつ。

 とは、行かなかった。

 圧倒的な技量差を目の当たりにして、五機目の〝ゲイツ〟は畏れを為し、未来を視たかのように〝アカツキ〟への攻撃を辞めたからだ。いや実際、そのパイロットにはある種の未来が視えていたのだろう。どのような奇襲も奇策も、目の前の相手には通じない。どのように攻撃を仕掛けようと、結局は返り討ちにされる──そんな、確約された『敗北』の未来が。

 

〈そこまでだあああッ!〉

 

 が、未来が見えない、とんだ分からず屋もいるらしい。

 次の瞬間──〝アカツキ〟の体躯より二倍以上の大きさを誇る〝リジェネレイト〟が、四本の鉤爪を展開し、一気に〝アカツキ〟へと突撃を仕掛けた。〝ミラージュコロイド〟を展開した虚空からの攻撃に、ミナも流石に意表を突かれる。

 だが反応は早かった。軽やかに宙返りを決め、下方から空間を凪いだロング・ビームサーベルの斬撃を回避して見せた。

 アッシュは失調して叫ぶ。

 

〈卑劣なオーブの軍事ファクトリー! ここを接収できりゃあ、ザフトは手っ取り早く宇宙軍の戦力を増強できる! パトリック・ザラが望んでるんだよォ!〉

「オーブに遵った棄民達のため、我は彼らの願いに応えねばならぬ──信頼の証としてな。ザフト風情に〝アメノミハシラ〟は渡さぬよ!」

〈抱きしめたいんだよぉ!〉

 

 云いながら、巨大な〝リジェネレイト〟は全ての鉤爪を広げ、そいつと比べて二回りも小柄な〝アカツキ〟を捕縛せんと、急速に肉迫して来た。

 が、ミナはまるで怯まなかった。その表情にはありあまる余裕が浮かんでいる。

 

「貴公は大きく、太く、長いが──下手だな」

 

 無論それは、アッシュのモビルスーツに対する評価である。

 それ以外で、あるはずがない。

 アッシュが襲い掛かった、次の瞬間──〝アカツキ〟の目立ち過ぎる黄金の機体が、ぱっと彼の視界から消え失せた。いや、彼にはそう見えた。

 

「虚しいな」

 

 刹那──〝リジェネレイト〟がマウントするロングビームライフルが切り裂かれ、続けざま、複雑な光刃の円舞が繰り出された。

 〝ヒャクライ〟より繰り出された鮮烈な斬撃の舞が、純黒の機生獣──そのすべての腕を、鮮やかに斬り落とす。アッシュは抵抗しようとしたが、抵抗するための腕は、既に断ち切られて存在しなかった。彼がすべてのマニュピレータを切り落とされたのに気付けたのは、それから一呼吸おいた後だった。

 

〈な、なにぃぃっ!?〉

「それで言い訳はつくだろう。獣は檻に戻るのだよ」

 

 アッシュは、苦しんだ。

 

〈り、〝リジェネレイト〟は予備パーツがありゃ、何度だって再生できる! こんな損傷、何ともねェんだよぉッ!〉

 

 云いながら、四肢を切り離(リジェクト)した〝リジェネレイト〟は、コアユニットに分解され、アッシュは機体を転進させた。

 急速に〝アメノミハシラ〟から離脱し、それに続いて、すべての〝ゲイツ〟もまた撤退して行った。

 

「──無様なダンスよ」

「す、すごい……ッ」

 

 戦闘の様子を、ステーションから光学映像で見届けていたシンは、一連の戦闘──いや、鮮やか過ぎて円舞(ワルツ)とも見て取れる、ミナ自身の黄金の舞に感動していた。

 ──ほんの数分で、あれだけの部隊を……!

 まして彼女の機体は、追加装備も持たず、大して機動力が底上げされていない状態だ。武装も最低限の銃剣しか持たず、その上、一度も被弾していない。

 自由奔放に踊り、見る者を魅了するそれは、まさに華麗なダンスであった。

 

(オレにも、あんな風に『力』があったら──)

 

 襲い掛かる脅威を、退けるための力──

 降り注ぐ火の粉から、大切なものを護り抜く力──

 それは、今のシンが何よりも欲していた、ひとつの答えであった。

 

「……おれも……っ!」

 

 あんな風に、戦いたい──

 十四歳のシンは、そのとき秘かに、決意を固めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 ────それから間もなくして、すべての敵機を撃退した〝アカツキ〟は、ファクトリーに帰投した。

 出迎えには、多くの者が上がって来た。

 

「冷や冷やしました、調整中の〝アカツキ〟で出てっちゃうんですから」

「世話をかけた。──しかし、やはりコクピッドの中は息苦しいな」

「はは、ミナ様はモビルスーツが不得手ですか」

 

 操縦が上手いことと、好みかどうかは別問題であった。

 まったく、惜しいことですな。

 何処からか、そんな野次の声が上がっていた。

 

「これは────新たな世界を望む者、全員の勝利だ」

 

 そのとき人の間を割って、シンが寄って行った。

 ミナはその姿を認め、声を発する。

 

「なにか、思い詰めた顔をしているな──どうした?」

「あのっ……! ……その、お願いがあるんです──」

 

 シンは、真っ直ぐにミナの顔を見上げ、云った。

 

「オレに『護る力』を──モビルスーツの操縦(・・・・・・・・・)を、教えてくれませんか!?」

「……! シン……」

「あなたみたいに、強くなりたいんだ……! もう二度と、大切なものを失わないように──ぜんぶ、守れるように!」

 

 目の前で失われた、母と父と、そして、最愛の妹の命──。

 ──マユ……。

 助けられなかった後悔が、今も、シンの胸の中に深く、荒波のように渦巻いていた。

 

「だから、お願いします──!」

 

 腰を折り、シンは深々と、頭を下げた。

 ミナは、そんな彼に鷹揚と微笑んだ。頭を下げたシン自身は気付けなかった──が、その微笑みは、まるで慈愛に満ちた母親のような笑みであったとは、そのとき現場に居合わせた者の多くが口を揃えて証言するところである。

 

「それがお前の信念なら、私は、それを尊重するまでだ」

 

 云いながら、彼女はシンの頬を抱き、顔を上げさせる。

 

「よかろう──。私の力は不出来なれど、教えられることは教えてやろう」

 

 コーディネイターの特殊部隊を単独で撃退しておいて、いったい、どのあたりが不出来なのだろうか。

 とは、M1パイロット達が揃いも揃って感じたことである。

 

()の力──おまえに託す」

 

 一人称が代わり、その言葉には、一層の重みが増した。

 温和な雰囲気を一掃したミナは、改めて、シン自身の真摯な希求に対し、同様に真摯に返した。

 

「新たなる世界のために。踊れ(・・)──みずからの曲で」

「……! はい……っ!」

 

 未来を創るのは、運命ではない──

 新たなる自分の信念に従って、まだ幼い少年は、みずからの道を進み始めた。

 

 

 

 

 

 

 




 【アメノミハシラ】
 本来は軌道エレベータとして建造を開始されていたものだが、開戦を期に軍事ファクトリーとして転用されることになった、オーブ所有の宇宙ステーション。
 オーブ五大氏族の一、サハク家が管轄している。

 【ロンド・ミナ・サハク】
 コトー・サハクの養子にして、『オーブの影の軍神』の異名を持つ女性。優れた才能を持って生まれた天才的なコーディネイターであり、政治的手腕とモビルスーツの操縦──その双方に長けている。
 かねてより必要以上にアスハ家を崇め立てるオーブ全体の在り方や、綺麗事を並べてばかりのアスハ政権の精神性を痛烈に批判していた。避難船の中で出会ったシン・アスカとの交流を通じ「国とは民のことである」という思想に啓発される。

 【アカツキ】
 生前のウズミ・ナラ・アスハが極秘裏にサハク家に製造を依頼していた、オーブのフラッグシップ機。ウズミ亡き後、アカツキ島の地下に秘蔵されていたものをロンド・ギナ・サハクが強奪、現在はサハク家の居城である〝アメノミハシラ〟に収容されている。
 機体は現在OSの調整中であるが、搭乗者が未定のため(というより、現時点で機体を唯一操縦できるミナが辞退しているため)、正式なロールアウト時期は未定。


 ※サハク家は、アスハ家の本筋から外れた「外道者」として登場します。
 「アスハ家を痛烈に批判している」という点や「国は民ありきと定義する」という点では、奇妙なほどシン・アスカと思想が合致しており、また、運命原作においてシン自身が精神的にオーブ離れ出来ていなかったことから、彼はあえてオーブに残すことにしました────あくまでも、アスハ家を批判するサハク家の一員として。

 ロンド・ミナ・サハクは、今作に登場するキャラクターの中では最強と断定できるモビルスーツパイロットです。原作の中でも最強部類のコーディネイター、叢雲劾をその手で下すほどの実力者として描かれています。
 こののち、シン・アスカの師匠となる人物になる予定。


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