オーブ連合主張国は、大西洋連邦の占領下に入った。
結果だけで云えば、それは地球連合が求めていた現実。しかしそれは、彼らの本来の制圧目標であったマスドライバー〝カグヤ〟と、本来掌握できたであろうモルゲンレーテのファクトリーを自爆を伴った最悪の結末だ。
一報はすぐさま
「おのれウズミ・ナラ・アスハ! よもや〝カグヤ〟と共に自決するとは、我々を虚仮にしおって!」
「アズラエルの小僧もしてやられましたな。三度に渡って侵攻を繰り返した挙句、この有様では……」
その声には、今この場にいない人物に対する嘲りがいくつか混じっていた。
「悠長なことを云っておられますな! 〝カグヤ〟の自爆、これが如何に深刻な事態とであるのか、皆も既にお分かりのはずであろう!」
ひとりの閣僚が立ち上がりながら発した怒声に、場の空気がいっそうとして引き締まる。
ザフトによる〝オペレーション・ウロボロス〟──それにより地球軍は地上のマスドライバー施設を次々に接収され、地上から宇宙へ進出するための足掛かりを失っていった。
マスドライバーは、平たく云えば宇宙へ発つための港である同時に、軍需物資の補給口、生命線でもある。これらがザフトによって断絶させられた状態が続けば、月面のプトレマイオス基地は早々に干上がることになるだろう。
だからこそ地球軍は早急にマスドライバーを奪い返す必要があり、オーブが保有していた〝カグヤ〟に目を付けたのだ。しかし、
「〝カグヤ〟が自爆した今、我々に残された道は──ひとつか?」
首脳のひとりが良い、将校が返す。
「〝ギガフロート〟はどうだ? ジャンク屋ギルドが我が物顔で占領しているあの施設──襲撃すれば、マスドライバーを強奪できぬこともないだろう」
「だが連合もザフトも、これまであの人工島の接収には失敗している。連中はあの施設を、どうあっても軍事利用させなんだ」
「ましてや監視衛星が使えぬ戦時下では、あの島はそう簡単に見つかるものではないぞ」
「……では次の制圧目標は、ビクトリアで決まりかね?」
物議を収束させるように、首脳のひとりが重苦しい口調で完結させた。
それは確認事項というより、確定事項であった。決まりというより、他に選べる道が残されていなかったから。
「……ビクトリアか」
数ヶ月前、ビクトリア基地、ならびにマスドライバー〝ハビリス〟はジブラルタル基地から派兵されたザフト地上部隊によって占拠された。
その当時、ザフトは宇宙にて接収した〝イージス〟と〝ディフェンド〟を実戦投入し、守備軍はこれらの進撃を許したことで無力化され、国際法とは裏腹に、ビクトリア基地に駐留していた南アフリカ統一機構の兵士は鏖殺されたとの報告もある。
そうした意味で、ビクトリアは彼らにとって、紛れもなく悲劇の地である。もっとも、この場において一同が渋面を浮かべた理由はそれだけというわけではないが……
「あれに攻め入るとなれば、
最大にして最悪の懸念材料が、そこにはあった。
「ザフトに接収された〝黒鉄の要塞〟──今度は我らが攻め入る番というわけか?」
「損害を考えるだけで、頭が痛いな」
第二次ビクトリア攻防戦に導入された〝デストロイ〟──その円盤型のフライトユニット──を、当時のザフトは破壊しなかった。いや、破壊できなかったというのが正確なのだが、だからこそ〝イージス〟と〝ディフェンド〟は、要塞を無力化させるだけに留め、これを攻略してみせたのである。
「今となっては破壊してくれていた方が、どれほど都合が良かったか──」
将校のひとりが呪うように考えるが、考えたところで仕方がない話だ。
結果的に〝デストロイ〟はほとんど無傷の状態でザフトに接収される破目になり、ザフトは〝デストロイ〟の軍需兵器としての希少性と、ビクトリア基地そのものの戦略的利用価値の高さから〝砲台〟を再利用しはじめたのだ。
「〝デストロイ〟が誇る力は、天災と同等です。正面から立ち向かったのでは、我々に壊滅的な被害が出る」
それは自分達が造り出した兵器に対する自画自賛であり、今となっては自嘲である。
「目には目を、天災と云うのなら、同じ〝エクソリア〟を対抗させれば良い。アレも元々は〝デストロイ〟から生まれたのだ、衝突させて、打ち負けることはあるまい?」
「それでは負けはなくとも、勝ちもないでしょう」
「
この場で云う〝デストロイ〟は、火力プラントから動力を確保しているため、無尽蔵にエネルギーを吐き出すことが可能だ。
「VPS装甲も陽電子リフレクターも、ビームサーベルに対しては致命的に脆弱だ。肝心の〝エクソリア〟は接近戦に対する自衛手段を持たぬから、アラスカで〝蒼の天使〟に、パナマで〝赤の騎士〟に破られたのです。お忘れか?」
会議は、なおも続いた。
「では、どう太刀打ちしようというのだね? ザフトが行ったように〝デストロイ〟は破壊するのではなく、無力化すると?」
「ザフトはアラスカ以降の地上戦力の大半を失っている。残された兵力も、かなり疲弊していると聞く──強弩より射た矢が薄絹も破れぬ状態では、そうそう要塞の改修などに手は回らんよ」
「だが、パナマを陥とし、残された宇宙港がビクトリアに絞られた今、残存の防衛戦力を
「ユーラシアに協力を求め、アズラエルの部隊を向かわせれば良い。どのみち、アズラエルは例の新型部隊──良いデモンストレーションもオーブではできなかったと見える」
その言葉を聞いて、ひとりが思い出したように云った。
「そうだ、例の〝デストロイ〟から派生したモビルスーツは、何も〝ディフェンド〟と〝エクソリア〟のみではないぞ──」
「ああ、RGX-00──いや、GAT-X444か……」
「蹂躙された破壊者の化身。ザフトから奪われた機体が、我々の力と融合し復讐のためにザフトを討つか。まさに〝レムレース〟──地獄の亡者そのものよ」
「──決まりだな」
一同の意見が、合致した。
「では、ビクトリアへ派兵する。第三次ビクトリア攻防戦を始めよう」
「マスドライバー〝ハビリス〟を、なんとしても奪還するのだ」
この発言が、後6月18日──
ビクトリアで始まる、闘争の輪舞の切欠となった。
オーブに対する三度の侵攻を以てしても、望んだ結末が得られなかったアズラエルは、そうしてビクトリアへと向かうことになった。向かうことになった、と云っても、それは上層部に命令されるまま嫌々で赴いているわけではなく、提示された作戦にアズラエル本人が興味を示したために、彼は部隊を連れてビクトリアへの指針を取ったのである。
アフリカへの到着には四日程の移動時間を要し、その間に、ユーラシア連邦を筆頭に第三次ビクトリア攻防戦の火蓋は切られた。ユーラシア連邦は〝黒鉄の要塞〟から放たれる砲火を警戒しつつ、侵攻を開始。広大なビクトリア湖を背景に、陽電子リフレクターを展開する要塞には疵ひとつ付けることが出来なかったようだが、その一点を除けば、アラスカ以降のザフトは地上軍の弱体化が著しく、戦局は全体的に見て連合軍側に優位があった。
ムルタ・アズラエルがアフリカ大陸を移動するのに搭乗したのは、ハンニバル級・地上戦艦〝エドヴァルド〟──
ザフトのレセップス級の大型艦に相当し、艦内搭載のみならず、艦外にも多数のモビルスーツを露天係留させることが可能な地上艦である。中央部のドームには超広大な格納スペースを有し、実際に南アフリカにて回収された〝
世界最大の面積を誇るビクトリア湖を目前に、艦がグレート・リフト・バレーに差し掛かった頃、アズラエルは格納庫にブーステッドマンの三人と、フレイ・アルスターをブリーフィングと称して招集していた。
「既に、ユーラシア所属のMS部隊がビクトリアで戦端を開いています。
三名の少年達は、相も変わらず鬱陶しそうにアズラエルの話を聞いている──いや、果たしてそれは本当に聞いているのだろうか。彼等は思い々の方向に目を泳がせながら、ブリーフィングに参加しているというより、その場所にただ呼びつけられので居合わせている、といった風だ。
オルガ達の振る舞いは、誠実さとは対極に位置するものであったが、アズラエルはいまさら、そんなことで機嫌を損ねたりするような器ではないらしい。傍から見ればとても上司と部下には見えない彼らの関係は、その場に新たに加わることになったフレイから見て、非常に度し難いものであったという。
「元々は大西洋連邦が保有していた〝デストロイ〟が、数ヶ月前にザフトの手に落ち、コーディネイター共に占拠されてしまいました。ヤツらがそうやって、要塞を我が物顔で運用しちゃうもんですから、ユーラシアのミナサマは、この三日間ひどく苦戦されているようでネ」
長々と説明を続けるアズラエルに痺れを切らしたのか、「御託はいいから、さっさと要件だけ云ってくれていいんだぜ、おっさん」「ですね?」「ウザイ」と、オルガ、クロト、シャニの少年達は、にべもない。
「おっさんって……おいくつなんですか?」すかさずフレイが問い、「お気になさらずに……」と、アズラエルは困惑気味に返した。みずから年齢を公言しなかったあたり、意外とイイ歳いってるのかも知れないと、フレイは思った。
「──まあ手短に云やあ、キミたちの『オシゴト』は馬鹿みたいに硬くって強力な要塞──〝デストロイ〟を破壊すること」
改めて、地球連合軍はビクトリアに建設されている〝デストロイ〟を破壊を決定した。〝デストロイ〟に搭載されていた兵装データが解析され、すべての技術が〝ディフェンド〟〝エクソリア〟〝レムレース〟以上の派生機に独自転用された今、固定砲台としてしか運用できない〝デストロイ〟などは、とうに不必要と判断されたのだ。
その決定に伴って、ブーステッドマン達とフレイには、その〝デストロイ〟の破壊任務が宛がわれた。
「ビクトリアに配備された〝デストロイ〟は、並の兵装じゃあ敵いません。陽電子リフレクターが射撃を跳ね返し、VPS装甲が物理攻撃も跳ね返します。攻略するには、より強力な熱量兵器──それも、ビームサーベルの類が必要デス」
ブーステッドマンの三人が、そこで顔を顰めた。
アズラエルはそれを察し、口早に続ける。
「知っての通り、〝フォビドゥン〟〝レイダー〟〝カラミティ〟には、
アズラエルの云う通り、後期GATシリーズにはビームサーベルが搭載されていない。武装としては勿論強力なのだが、あれは電力消耗の観点から見れば最悪であり、そのエネルギーの無駄遣いっぷりから採用を見送られたのだ。
オルガが面白くなさそうに問う。
「おいおい、どーすんだよ」
「キミたちの三機は置いとくとしても、一方で〝レムレース〟にはラケルタ・ビームサーベルが搭載されてますからねネ。あの出力なら、陽電子リフレクターも破れるでしょう」
フレイが、目を開いて驚いた。
アズラエルは不敵に続ける。
「つまりキミたちのオシゴトは、アルスター嬢の乗っている〝レムレース〟を要塞まで送り届けること」
「なッ……!」
「オレたちが、こいつの御守りかよ!?」
オルガが激昂し、そのまま、傍らのフレイを指さした。
続けざま、クロトが駄々を捏ねるように云う。
「フンッ、お断りだね! ボクはボクで、やりたいようにやらせてもらうよ!」
アズラエルは、少年達がこうした反応をすることを予期していたらしい、あまり困った様子を浮かべることはなかった。むしろすんなりと受け入れ、やれやれと云わんばかりに両肩を竦めた。
「あー、まあ? 前線には〝ソードカラミティ〟といった地球軍の新型が次々に投入されているワケなので、なにも〝レムレース〟が持ってるサーベル一本に拘る必要なんて、実はドコにもないんですヨ」
「アアン……?」
「だからって、ユーラシアの連中を頼るんですかねェ、キミたちは? 他力本願も構いませんが、オーブでの戦からこっち──正直ケチばっかついたまんまじゃあ、キミたちはまるでお話にならない」
それはオルガ達にとって、突かれて痛い、これまでの失態であった。
アズラエルは残酷なまでの冷淡な口調で続ける。
「イイですか?
命令が脅迫に代わった瞬間、アズラエルの要求は鋭利な刃物のようにして少年達の喉元に突き付けられた。
「ちッ……!」
オルガは鬱陶しげに舌を打ち、一瞬、フレイのことを睨んだ。フレイはまるで動じなかったが。憎々しげな舌打ちが、作戦を承服した合図と受け取ったアズラエルは、さらに説明を続けた。
「なお、この戦闘には〝ストライクダガー〟の他に〝ロングダガー〟や〝デュエルダガー〟等、いくつかのバリエーション機が投入されてます。どれもこれも実戦評価を行っていますので、見慣れないからと云って、ドカドカ攻撃したりしないように」
「──〝
普段から底抜けに
関節部分を金色に光らせたMSだ。中世の騎士を思わせる甲冑が装甲を覆い、漆黒色の右腕に〝レムレース〟のものと酷似した
背部に伸びた巨大な翼状の装備が特徴的で、全体的に禍々しさを持った外観は〝レムレース〟を「亡霊」と喩えるなら、こちらは「邪神」と諷するところか。
「そうですねェ、そのようによろしく頼みますヨ」
そうしてアズラエルは、少年達に対する作戦の説明を終えた。
それぞれが蜘蛛の子を散らすようにアズラエルの許から去って行った頃になって、背後から、コツン、という高貴な靴音が響いた。
「あれが、噂の強化人間とやらか?」
声を発したのは、黒い長髪をした人物だ。身長は……190センチメートルを悠に越しているだろうか? すらっとした長身はアズラエルから見て遥かに高く、彼はおのずと、その人物を見上げる形になってしまう。
その男は、アズラエルの協力者であった。男は高貴な、それでいて残忍そうな微笑を口元に浮かべている。
「ソキウスシリーズが撤廃された理由──ブーステッドマン。その戦闘力、如何様なるモノか、見物だな」
アズラエルは、斜に構えたように返す。
「関心するのも構いませんがネ──そもそも、ボクらが遥々こんなところにまで足を延ばすハメになったのは、元はと云えば貴方の
「下賤なウズミのやりそうなことだ、勝手にマス・ドライバーと共に果てようとは……」
その声には、ウズミ・ナラ・アスハに対する、確かな嘲笑が混じっていた。
アズラエルは返す。
「そんな時代錯誤の自己犠牲とやらのために、ボクらにとっちゃビクトリアの制圧が必要不可欠になってしまった」
「いつ何時も、失敗したときのための保険は必要だ。オーブが、常にそう在り続けて来たようにな」
含みのある口調で、云う。
男の名は、ロンド・ギナ・サハク──
オーブに生まれ、オーブで育った男。コトー・サハクを義父に持つオーブ五大氏族の一、サハク家の現族長である。
「ほんとに厄介な国だねェ、オーブってのは。いったい何考えてんだカ?」
嘆息交じりにアズラエルが云い、ギナは、心外と云わんばかりにぴしゃりと返した。
「勘繰られては困るな。厄介なのはオーブではなく、アスハなのだよ! これまでのオーブは結局、ヤツの個人的な玩具に過ぎなかったのだ!」
ギナは、ウズミの姿勢を痛烈に批判した。それは死人の墓を突く云い方であったが、ギナにはまるで、躊躇がなかった。
話に持ち上がった彼を貶めること、蔑むことに、ギナは一切の抵抗を憶えなかった。これまで執り行われて来たアスハ家の専横の日々に辟易していたのか、放たれる言葉には、かなりの毒が含まれているようにアズラエルは感じた。もっとも、気付いたからと云ってそれを注意するような彼ではなかったが。故人ウズミ・ナラ・アスハを死ぬまで恨んでいるのは、アズラエルとて同じなのだから。
「なんにせよ、ビクトリアを制圧するに当たって協力を申し出て来たのはそちらからなんデス。きちんと仕事はしていただかないと──ホントのホントに、ボクはオーブが嫌いになっちゃいそうだ」
「対価に見合う働きはする」
ふん、と笑い、ギナは目前に据える漆黒のモビルスーツを見上げた。
彼の乗機──サハク家が開発した〝アストレイ・ゴールドフレーム
「賽は既に、投げられたのだよ」
〝エドヴァルド〟の艦体中心部にある大仰なドームには、巨大な──巨大すぎて、その全貌を捉えることも難しい大型MSが格納されていた。その名はGFAS-YF01〝エクソリア〟──ブルーコスモスが掲げた『蒼き清浄なる世界のため』に、宇宙のコーディネイターを〝追放〟するべく造り出された戦略的機動要塞である。大西洋連邦が戦争のために〝これ〟を導入するのは三度目だが、こうして〝エドヴァルド〟に係留されているのは、その三号機らしい。
キャットウォークの上、余りにも巨大なる巨悪の要塞の前に立ち、フレイは、このときひとりでに考え込んでいた。
フレイをはじめ、多くの地球軍士官はこの三号機に誰が乗り込むのか知らされていない。知らされていないというのは、知らせる必要がない、と上層部が判断した結果だろうが、仮に誰が乗り込むのかわからずとも、どういった人物が乗り込むのかは想像するに難しくない。
(少なくとも、連合軍の正規兵でないことぐらいは、分かる──)
従来の量産型MSより、遥かに強力なパワーを発揮するMS群。後期GATシリーズもそうであるが、それよりもさらにOSや火器管制システムが複雑と化した〝エクソリア〟は、とても一般のナチュラルに制御できる代物ではない。
そして、そういう場面でこそ、大西洋連邦は都合のよい鉄砲玉として、強化人間を登用する。今回はオルガでもクロトでもシャニでも、ましてや自分でもない──まったく別の強化人間が、この〝エクソリア〟に搭乗するようであるが。
「…………」
フレイはふと、アラスカでの会話を思い出した。〝JOSH-A〟から避難する船舶の中で、サザーランドと言葉を交わしたときの記憶だ。
あのとき、一号機たる〝エクソリア〟に搭乗していた強化人間──名をジェイク・リーパーと云ったろうか? ──は、あらかじめ〝サイクロプス〟と共に滅びることを上層部に確約されていた。そのときサザーランドが云い放った言葉には、フレイもひどく驚かされた。
『乗っているのは死刑囚です。見殺しにしても感謝こそされ、恨み嘆く者はいやしません』
そこから判ずる「強化人間」なんてものは、所詮は軍人や研究者の一方的な理想を表す造語でしかない。彼らが受けている実際の扱いを鑑みれば、ブーステッドマンもエクステンデットも、使い捨ての鉄砲玉も同然だ。不足した分は補充が利くし、使う側に都合が悪くなれば、遠慮なく切り捨てることができるような──
『碌な戦果が挙げられないようじゃ、こっちだって相応のお仕置きを考えなきゃいけない。そこんとこ、ちゃあんとわかってますよネ?』
アズラエル達が理想する「上々の戦果」を挙げられない強化兵士などは、はっきり登用する価値も存在する意味さえも認めては貰えない。
それはある意味、行き過ぎた成果主義と云える。自分達に比して明らかなる異能を持つコーディネイター達への嫉妬が生んだ、ナチュラルたちの無意識の悪習だろうか。
(より完璧で完全な戦士として認められなければ、私達に人権はない──)
──その意味で考えたとき、果たして、自分という戦士はどうなのだろう?
たしかに、フレイはハリーが独自開発した新薬によって『プロト・エクステンデット』として製作された新型の生体CPUであるが、その実態は戦闘後に不可避の睡眠を摂取せざるを得ない条件下にある。先日オーブ侵攻戦の作戦終了後などは、睡眠によって半日ほどを無為に過ごしてしまったほどだ。それはつまり、たかだか数時間の作戦行動のために、おおよそ半日以上の休眠を避けられない体質──勿論、正常なパイロットであってもひとつの作戦に対しては数時間の休養は必要だが、それにしたって彼女の場合は制約が多く、ブーステッドマン達と比べた際には、やはり不自由な部分もある。
(ここに来て、私が『不足品』だ、なんて判断が下されたら──)
改めて考えてみれば、フレイは、ひどく微妙な位置に立っているのだ。
たとえばブーステッドマンの三人の少年達であるが、彼らは人格的に問題がないわけではなく、もとが繊細さを欠いているがゆえに隠密行動などには不向きといった「戦士としての欠点」は散見されるが、だからといって、問題点ばかりを残した欠陥品というわけでもない。インプラント手術を受けたことにより彼らが戦闘中に発揮する能力はじつに強大で、代償としての後遺症があったとしても、それは戦闘直後の僅か数十分間を激痛に悶え回る程度の話だ。勿論、長期運用的な観点から見れば不安は残るだろうが、少なくとも、実戦には十分に耐えうるレベルで完成はしているのである。
そんな彼らと比したとき──『プロト・エクステンデット』なるフレイは、いまだ試験段階にある未完成品だ。
薬物強化により、たしかに彼女は〝レムレース〟を操縦できるまでに至っている。だが代償として、彼女は戦闘を重ねる度に眠り姫となり、深い昏睡状態に陥る必要がある。その弊害で作戦終了後の身体検査や経過観察にもまともに参加できないこともあって、大西洋連邦の研究者は、自室に戻って
──『リビングデッド』
生きながらにして、死んだように眠る女と皮肉を込めて、このように陰口を叩いているらしいのだ。
(どうせ『プロト・エクステンデット』なんてコードネームをいちいち呼ぶのが面倒臭くなって、そう名付けに過ぎないんだろうけど)
生きた屍のような表現で後ろ指を差され、フレイが愉快に感じるはずもないというのに。
「…………」
感傷に浸っていたフレイであったが、ふと、キャットウォークの背後の方に人の気配を感じ、思慮をやめた。ゆっくりと振り返ると、そこには、先ほどブリーフィングで別れたばかりのオルガ・サブナックの姿があった。彼はフレイを睨むような、もしくは値踏みでもするかのような、伺えない目の色をしていた。
だが、確実に自分に対して何か思うところがあるのだろう。それだけは空気感から分かったので、フレイは「……なにか用?」と、相手の方に会話のボールを投げてやった。
「オマエ、随分とアズラエルのおっさんに気に入られているようだが──」
「気に入られている? どこをどう見たら、そういう判断ができるのかしら?」
「オレたち三人が、揃いも揃って、オマエなんかの御守りに遣わされる時点で、だ」
「あんた、目が節穴ね」
それとも頭が弱いのかしら、とフレイはなおも挑発的に言葉を紡ぐ。
彼女よりも年上であろうオルガの眉間に血管が浮いても、彼女は躊躇しなかった。
「アズラエルが期待しているのは私じゃないわ。──〝レムレース〟の方よ」
フレイは、自分が嘘は云っていないと思った。
アズラエルは〝レムレース〟の性能を評価することは多々あるが、かと云ってフレイ本人を評価したことはいまだ多くない。たしかにシミュレーションの頃はおべっかを遣われた記憶もあるが、実際のオーブの戦場で目ぼしい戦果を挙げられなかったフレイに、今まで、アズラエルは一言も呈さなかったのだ。賞賛も、激励も、苦言も、何ひとつとして。それがフレイにとって、圧力になったのは云うまでもないが。
──あの男は結局、まだ、わたしのことを
他ならぬフレイ自身が、冷静にそう考えているのに対して、オルガの認識は違っていたらしい。
「どんな手法であのおっさんに近づいたのか知らねェけどな──オレ達には、オマエが目障りなんだよ」
「……」
このときのオルガは、なぜ自分が、こうも不機嫌になっているのか理由が分からなかった。
そもそもの話、ブーステッドマンの少年達は他人の存在に注意を払っているほど繊細な性格をしていない。たとえば世間一般の
(──この女は、オレにとって不都合だというのか?)
自問し、いや、その通りだろう……と自覚する。アズラエルの興味と関心、そして観察の目は、すでに
役割がそうである以上、次回の作戦は、どれだけ自分達が戦功を挙げようと、手柄はすべてこの女に取られるのだろう。そしてそれは「新型の強化人間の実績」として喧伝され、旧式であるブーステッドマンの価値を下げる判断材料にもなってしまう。需要のなくなった自分達は、段々と「用済み」のレッテルを張られてゆく──つまりフレイの存在は、オルガにとって損を招く、疫病神以外の何者でもないのである。
「わたしがアズラエルに、色仕掛けで取り入ったとでも?」
「それは重要じゃねえ。オマエは環境と
「つれないのね。こんな美人のエスコート役に抜擢されたっていうのに」
「ぶっ壊されてえか、てめぇ?」
確かに女の容姿は、美しいと自画自賛するだけのことはある。だが、それがこの場にあって何だというのだ? 確かにオルガも異質な経歴と体調を除けば齢十七の健全な青少年であり、女の容姿や美しさ、体つきなどにも幾分の関心はあるが、彼にとっての生き甲斐は戦場にのみ存在するものであるし、彼にとって最上級の嗜好と快楽は激闘の果てにある「破壊行為」に限られるのだ。だから彼がわざわざ「壊す」という表現を用いたのは、云ってしまえば口癖のようなものであり、人間に対してもMSと同様の表現を用いたに過ぎない。
憤怒の形相を浮かべながら、女に向かってゆっくりとにじり寄っていくオルガであるが、視線の先の女が、それでも奇妙な自身に溢れた表情を崩さないことに、内心では戸惑いと苛立ちを憶えていた。動じず、怯えず──眼前で停止した男を泰然と見上げているフレイは、やはり微動だにしない。その形の良い唇は、あくまで挑むようにして声を発し、目の前の男を煽り立てた。
「女でも壊せる?」
「容赦はしねぇ、
自嘲気味な笑みを浮かべながら、「馬鹿な男……」と、女はオルガを嘲う。
「だったらやってみればいい。モビルスーツとは違うわ、
云い終わる前に、フレイはオルガに殴り飛ばされていた。脳天がぐらりと揺れ、凄まじい勢いで宙に浮かんだ女は、キャットウォークへ背中から叩きつけられた。そのまま崩れるように天を仰いだ女に、オルガは間を置かず馬乗りになり、片方の腕でそのか細い首を絞め上げた。眼下に伏せた獲物を睨みながら、オルガ激しい不快感を露にした形相を差し向ける。
「おれに壊せねぇ、だと?」
「……ッ、ええそうよ。わたしが女で、あんたが男であろうと、ね……」
「よくも抜けぬけと、そんなこと」
「ッ……!」
さらなる力を強め、ぎりぎりと音を立てながら握力を絞めてゆくオルガであったが、そうして喉を狭めても女は女らしく怯懦したりはせず、人形のように無抵抗のままだ。酸素が足らず、瞳孔が絞られているものの、しかし、整った女の双眸はじっとオルガを直上に見据え、そこから挑むような色が消えることはない。
そのことに奇妙な違和感を憶え、オルガは僅かに腕の力を弱めてしまう。みずからを美人であると豪語していた女の綺麗な顔は、このような状況にあってもなお、崩れ去ることがなかったのだ。
「────」
しかし、であるのなら、いっそのこと派手に散らしてしまうのも良いかも知れない──と、このときオルガが潜在的にそう知覚したのは事実だった。この女の豊かな肢体を白濁に塗れた汚物のように扱うことが出来たなら、何をしても満たされない欲求のひとつでも解消できるのではないか?
獣のような欲望に身を任せた瞬間、オルガはもう一方の腕で女の上衣を引き裂いていた。ほとんど力任せ、薬物に漬けられた男の膂力と握力は、分厚く頑丈であるはずの軍服の布地を、薄絹のように容易く引き裂いた。
「なっ、なにやってるんだ、きみたち!?」
丁度そこへ、先ほどの衝撃音を聴きつけたハリーが駆け寄って来た。
現場の状況から、これから眼前で凌辱劇が行われるのだと悟った彼は、背後からオルガを制止に掛かる。が、オルガはハリーを一瞥することもなく、左手一本でハリーの身体を吹き飛ばした。空中を浮遊した錯覚に捕われ、気が付いたとき、ハリーは自分が左手一本で数メートルもの距離を吹き飛ばされたことを知覚していた。医学者として診ても、それは尋常な人間が発揮できるパワーではない……!
意識を目下に戻し、オルガは再び獣のような眼光で組み伏せた女を睥睨した。今まで通り、あらゆる意味でこの女を壊してやろうとして──
「ああ、お望み通り、ぶっ壊してやるよ……!」
「だから、無理だって云ってる……!」
「組み伏せられてる女に、云えるのかよ!」
オルガの拳が、またも勢いよく振り抜かれた。振り抜かれた拳が女の眉目を殴打しようというとき、寸前になって、その拳はフレイ自身が翳した右手に受け止められた。それはフレイが初めて抵抗を行った瞬間であった。
ガシッ、と己の拳を止められたことに驚くオルガであるが、次の瞬間、それどころではなくなっていた。オルガは、振り抜いたその拳が拉げ、潰されるかのような激痛を憶えたのだ。
「ウッ! ぐあッ……!?」
「だって、私は元から、壊れているんだもの……ッ!」
自嘲という名の嘲笑を上げる女が、そこからオルガを力で飲み込んだ。掴み止めた拳骨が割れそうになるほどの力を掛け、激痛に悶える男を突き飛ばす。が、掴み止めた拳だけは離さなかったため、男は痛みに怯んで距離を取ることすら許されない。
なんだ、こいつ──!? 唐突に本性を現した女を、オルガは不気味に思った。それこそ、大人の男性を片手で突き飛ばした彼の暴力──それを片手で受け止め、逆に潰しにかかるほどの怪力を宿した女。
しかし、それでもフレイの方には手心があったらしい。次の瞬間には、苦悶の悲鳴を挙げていたオルガの拳を離してやっていた。解放されたオルガは、気味悪がるようにしてフレイから距離を開く。
「おまえ……ッ!?」
オルガの味わったこの怪力こそが、フレイがみずからを「壊れている」と評した証拠。怪力に限った話ではないが、人間としての彼女は、とっくのとうに壊れ切った存在だった。
であるなら、やはりフレイが云ったことは正しい。いくら戦場において、破壊と暴虐の限りを尽くして来たオルガであっても、既に壊れているものをもう一度壊すことなど不可能だ。元から壊れ切っているものを、どうすれば再度壊すことができるという?
そのことを理解したとき、オルガからは自然と、乾いた笑いが漏れていた。
「──フハッ」
この笑い声に動揺したのは、吹き飛ばされ、彼方にいるハリーであった。
「なんだよ……オマエも結局、
くっと嗜虐的な笑みを浮かべ、オルガはひとりでに呟く。
「おもしれー女……」
何を以て面白いとするのか、それは常識的な尺度しか持たぬハリーの理解が及ぶところではない。だが、オルガにはオルガの、強化人間なりの『美点』というものがあるらしい。少なくとも彼は今、フレイの中にそれを見出したのか、それとも彼女の危うさに共感を憶えたのか、年齢相応の──初めて見る──笑みを浮かべていた。
──この女は、自分がいつ破滅してもおかしくないと自覚している……。
自分達と同じだ。新薬を投与され、ブーステッドマンより優れた能力と機体を授かったから調子に乗っているのだと、これまで彼は認識していた。だが、それは違った。この女もまた、自分がいつ廃棄処分になってもおかしくはない不安と恐怖の中に身を置いているのだ。物哀しい強化人間達の内情であるが、それはオルガにシンパシーを抱かせるには十分すぎる共通点だった。
「認めるよ──オレじゃオマエは壊せねえ。悪かったな……」
云いながら、オルガは自らの上衣を脱ぎ、それを女へと投げ渡した。
「次の作戦だが──。まあ、せいぜい気張るんだな。オマエのことは、オレ達が最後まで送り届けてやる」
このときのオルガは、自分でもワケの分からないことを云っていると自覚していた。新型の彼女に手柄を奨めるということは、同時に、自分達のような旧式の破滅を手繰り寄せる自傷行為でもある。その矛盾を知っていながら、彼は自然と叱咤の言葉を発してしまっていたのだから。
そう云って、キャットウォークの上にはハリーが尻もちをついたまま取り残されることになる。
ハリーには、彼等強化人間の間で交わされた『理解』が、まるで把握できなかった。──いったい彼等は、どう惹かれ合っているというんだ……!?
────それから時が経ち、第三次ビクトリア攻防戦に突入した。
アズラエルの報告通り、すでに最前線ではユーラシア連邦がザフト守備軍との火蓋を切っており、当作戦には多くの〝ストライクダガー〟他、いくつかの〝ダガー〟のバリエーション機が実戦投入された。
兵器の開発力、物資の豊富さでは決して劣らない地球軍は、ナチュラル用のサポートOSが完成した事実が後押しになり、本来ならばコーディネイターにしか扱えぬような高性能MSをエース・パイロットに支給するほどの余力を持ち始めている。
その高性能MSというのが、〝ストライクダガー〟の上位機種──〝ロングダガー〟や〝デュエルダガー〟──ならびに、空戦能力を持った〝ネメシスダガー〟である。
この他にも〝G〟兵器の意匠を継いだ〝ソードカラミティ〟等が実戦に投入され、一種の切り裂き魔として比類なき活躍を見せてゆく。陥落したオーブより出向した〝ゴールドフレーム〟も地球軍の協力者として出撃し、戦局は、圧倒的に連合軍の有利に進んでいた。ただ一点──〝デストロイ〟の要塞周辺を除いて、だが。
「〝アウフプラール・ドライツェーン〟発射用意! 連合のモビルスーツ部隊を薙ぎ払う!」
声を挙げたのは、ビクトリア基地の司令官として新任したセルマンである。
かつて、地上部隊に派遣されたザラ兄妹の部隊長として、第二次ビクトリア侵攻戦をザフトの勝利に導いた男。
第二次ビクトリア攻防戦から、数ヶ月の月日が流れても、現在〝デストロイ〟は健在だった。連合軍がそうして来たように、円盤部分には支柱を突き刺すことによって高度を確保し、依然と違うのは、その支柱が旋回機能を持つということだった。これにより、要塞の砲塔は扇型に射程を拡張することが出来、単一方向へしか砲撃できなかった以前の欠点を克服させていた。
「ビクトリア基地はザフトの
円盤から突き出した二対の砲身──〝アウフプラール・ドライツェーン〟が展開し、忽ちに、迫り来る〝ダガー〟隊に向けられる。
それ自体が三〇メートルに達しようという巨大な砲塔が、次の瞬間、地獄の業炎を吐き出した。強烈なビームが撫でるように地上を薙ぎ払い、光の奔流に飲み込まれた大量のモビルスーツが、一瞬にして炎の塊に転じる。被弾を免れた他の機体が方々から接近を試みるが、円盤の各所に搭載された無数のビーム砲〝ネフェルテム〟や、無数の誘導ミサイルによって、次々に駆逐されていく。
これに勢いづいたかのように、周辺に展開する〝ジン〟や〝ディン〟部隊が〝ダガー〟隊を押し返し、〝デストロイ〟周辺は、難攻不落を誇っていた。
だが、それも束の間の栄華に過ぎない。
ユーラシアの部隊が要塞攻略に苦戦している頃、遠方より、大西洋連邦の大型艦が接近して来ていることに気付く。ビクトリア司令部の中で、オペレータが声を挙げる。
「ハンニバル級の熱紋を確認! 〝デストロイ〟の有効射程距離に入ります!」
「焼き裂いてしまえ!」
「いえっ、これは──!?」
光学映像が映し出され、照らし出されたハンニバル級の大型艦──〝エドヴァルド〟は、頭上のドームを開放した。
開口部から顕現する〝エクソリア〟が、重々しい一歩を踏み出し、これを認めたザフトの士官達は騒然とした。
「アラスカで導入された、例の大型モビルスーツか!」
「いくら巨大だろうが……! 〝アウフプラール〟照準! 背後の戦艦ごと、吹き飛ばしてしまえ!」
再び、最大火力の砲撃──〝アウフプラール〟が繰り出される。
砲塔に光が収束し、臨界した光は炎の矢となって空間に迸り、対消滅を起こしながら〝エクソリア〟へ直進してゆく。突き抜ける巨大光の奔流が、その巨体を呑み込もうとした寸前のこと。前面に展開された〝エクソリア〟の陽電子リフレクターが、〝デストロイ〟の砲撃を跳ね返した。
一拍置いて、〝エクソリア〟は胸部〝スーパースキュラ〟を臨界させ、反撃と云わんばかりの大火力砲撃を放つ。が、これもまた〝デストロイ〟が展開する陽電子リフレクターに弾き飛ばされた。この光景は、まるで鼬ごっこであった。
「くッ、地球軍め……」
「ハンニバル級より、モビルスーツ部隊の展開を確認。数──四! 例の新型の〝G〟部隊です」
「ザラ達が乗っていた〝G〟兵器、その後継機か!?」
出撃したのは──〝レムレース〟を筆頭とした〝カラミティ〟〝フォビドゥン〟〝レイダー〟であった。
「さぁ、夕食の時間までには終わらせてしまいましょう。今度こそ期待していますよ、ミナサン?」
陽気な声を耳に受け、フレイ達は発進した。
今作戦で〝レムレース〟が装備しているのは、〝ソードストライカー〟に匹敵する接近戦仕様のバックパックだ。名称を〝フエゴ・ストライカー〟──カマキリの鋭鎌を彷彿とさせる、異形のシルエットをした追加装備。
本体が所有しているラケルタ・ビームサーベルとは別に、背部に備えられた
凄まじい熱量と振動で、敵機を捕縛し粉砕する。
ゆえに──『
亡霊たる〝レムレース〟は新たな外套を纏い、マゼラタとガーネットのツートンカラーへ色づいた。その後方に三機の〝G〟が並び、一気に〝デストロイ〟への接近を仕掛ける。モビルスーツ戦においては一日の長があるザフト軍であるが、相手が悪ければ、そんな事実は大したアドバンテージにはなり得ない。
〝エドヴァルド〟から出撃した四機の〝G〟──その道筋に当たったモビルスーツ部隊は、ほとんど反撃することも出来ずに撃滅されてゆく。
「おら、おら、おらァ!」
「撃滅!」
「ハァァァァ」
「────」
それぞれのパイロット達が興奮して叫ぶ。
艦橋から、彼等が暴れ回る様子を眺めながら、アズラエルは上機嫌だった。
「ウーン、いいねぇ」
胸の〝スキュラ〟の一撃で、一気に二機もの〝ジン〟を撃墜した〝カラミティ〟──
鉄球を直撃させ、羽虫のように不快に飛び回る〝ディン〟を粉砕する〝レイダー〟──
要塞からのビーム砲をシールドで屈曲させ、地を這う〝バクゥ〟に直撃させた〝フォビドゥン〟──
指揮官機〝シグー〟を、長大なクローで捕縛し、跡形もなく圧砕させた〝レムレース〟──
「初陣からケチの付きっぱなしだったケド、なんか強いじゃないの、アイツらもサ」
傍らに立つサザーランドが、得意そうに返す。
「いえ、あの四機は好い出来ですよ。技術部の者が傑作と誇示するだけはある──オーブでアズラエル様が苦戦なされたのは、お伺いした、予期せぬ新型のせいでしょう?」
「まだまだ課題が多くってねェ、こっちも」
今しがた〝エドヴァルド〟前面の〝エクソリア〟が、地上に跋扈するザフトのモビルスーツを次々と屠ってゆく。
それを認め、アズラエルはさらに愉快そうな顔つきになる。
「戦闘は間もなく終わるでしょう。捕虜の扱いは、いかが為されますか」
「オイオイ、愚問だね、それは。このビクトリアで、僕たちナチュラルが奴等に受けた仕打ちは、大佐だって聞いているだろう? パナマだって同様サ──」
パナマでは、ザフト軍の捕虜条約違反となる組織的な虐殺行為により、生存したはずの連合兵士は銃殺されている。
捕虜条約は────黙殺されたも同然だ。
それ以前に第二次ビクトリア侵攻戦において、ビクトリア基地の連合軍兵士は、鬼畜なザフト兵が暴れ回った末に皆殺しにされた経緯があるそうだ。そこまで残虐なことをされておいて、アズラエルも黙っていられるはずもない。
「降伏は一切認めません、生き残ったザフト兵──コーディネイターには、それなりの報復を与えちゃってくださいヨ」
「はは……そうですな。蒼き清浄なる世界のために」
笑い合い、アズラエルは朗らかに前方に視線を映した。
光学映像に目を遣ると、急速に〝デストロイ〟に接近した四機が、すかさず要塞を包囲して攻略し始めていた。ラケルタ・ビームサーベルを翳した〝レムレース〟は、〝デストロイ〟が展開した陽電子リフレクターを、まるでバターのように斬り裂いて見せる。
その光景を見、アズラエルは片眉を顰めた。
(あれは?)
今しがた〝白の亡霊〟が〝デストロイ〟を切り裂いた様子は、〝エクソリア〟の一号機が〝青の天使〟に、パナマで二号機が〝赤の騎士〟に破られた時の記録映像と酷似していた。
軍事産業に携わるアズラエルだからこそ、彼はそのとき、ひとつの直感を憶えた。
(オーブで出会った、あの機体……)
オノゴロ付近で対峙した、蒼の天使と白の守り神──
(もしかして〝レムレース〟と同じように──核エネルギー、使ってたってことカナ?)
だとすれば、オーブで遭遇したあの二機は、ザフトから渡った機体ということになる。
アズラエルの観察眼は、敏かった。
とは云え、再びアズラエルが顔を上げてモニターを見れば、陽電子リフレクターを失った〝デストロイ〟は、今すぐに蹂躙されていた。〝レムレース〟が続けざま、赤く発光した〝フェブリス・フォルフェクス〟を展開し、大型のクローが、容赦なく〝デストロイ〟のVPS装甲を引き裂いてゆく。
猛禽が銜えた獲物を喰い散らかすような荒さと残忍さが、そこには浮かんでいた。滑らかな光沢を放つ円盤は、跡形もなく粗雑に削り取られ──不壊を誇った要塞は、みるみると凌辱されてゆく。
難攻不落の〝デストロイ〟が────陥落した瞬間であった。
黒鉄の要塞という──最大にして、最強の拠点を失ったザフト軍は、その後、地球連合軍にとって壊滅させられた。セルマン以下数千人に及ぶザフト兵は、掃討部隊によって容赦なく銃殺されることになる。が──その不条理な死について、誰ひとり同情した者はいないという。
それはビクトリアでパナマで、セルマン等自身の同胞が、捕虜条約を破棄したことによる自業自得の結末であったからだ──。
「いやいや、お見事でした。これで〝ハビリス〟の奪還は完了です」
第三次ビクトリア攻防戦は、かくして、地球連合軍の勝利に終わった。
戦闘を終え、母艦に機体を降りたたせたフレイは、ラダーを使って地上に降りた。
着艦した〝レムレース〟の隣には、既に〝カラミティ〟や〝レイダー〟の機影があり、フレイは、四人の中で最後の帰投となっていた。
ヘルメットを脱ぎ、彼女は妙に覚束ない足取りで歩を進める。その進行方向には、オルガ・サブナックが立っていた。オルガは接近して来るフレイの姿に気づき、声を発する。
「──よぉ、終わったな」
お気楽な調子で発された声。
だが、投げかけた会話は──続かなかった。
ふらふらと跛行していたフレイが、次の瞬間、ぐったりと脱力して、その場に倒れ込んだのである。
「!?」
咄嗟のことに、オルガは無意識に、倒れ込む彼女の体重を支えていた。
出撃前は、自分の拳を握り潰すことも出来るほど強力な女だというのに、まるでそうは思えない華奢な身体を抱き留め、オルガはひらすら頭に疑問符を浮かべる。傍らにいたクロトもシャニも、さすがに不測の事態であったのか、すこしだけ怪訝そうにフレイのことを見遣っている。
「おい、どうしたっ!?」
──急に倒れるなんて、どこか怪我でもしたってのか……?
いや、しかし、戦闘中の〝レムレース〟は、最後まで被弾のひとつも受けていない。機体が無傷である以上、そのパイロットが怪我を負うはずがなかった。
荒げた声は、しかし、彼女に届くことはなかった。
フレイ・アルスターは、すやすやと寝息を立てて──
負傷したのではない、ただ、睡眠していたのだ。それも、突発的なタイミングで。
「眠って、る……?」
「なんだよ、人騒がせだな」
「は……」
他の二名が興味を失ったのに対し、オルガの対応は違った。
『生きているのに、死んだように眠ってしまうこと──』
それは、彼女がリビングデッドと呼ばれるようになった所以だ。
自分達ブーステッドマンで云ったところの禁断症状に匹敵するものであるが、こうも突発的に睡魔が襲い掛かって来るなんて、尋常ではなかった。
オルガはすぐさま意識を失った彼女の身体を抱きかかえ、格納庫から飛び出して行った。
向かった先は、医務室────
彼女の主治医、ハリー・ルイ・マーカットが居座った部屋である。
フレイの容態を診察し、ハリーは、ひとつの結論を導き出していた。
兆候はあった。以前、オーブへの第三波攻撃に無断で彼女が出撃したとき、彼女は、凄まじい頭痛と睡魔に襲われたと云っていた。
「戦闘が終わって、緊張の糸が切れた。だから彼女は眠ってしまった」
ハリーは、続けた。
「──と、云うには、あまりにも無理があるな」
普通の人間が、斃れるまで、突発的に昏睡してしまうことなどあり得ないのだから。
医療ベッドの上に横たわり、すやすやと寝息を立てているフレイは、肩をさすっても、名前を呼びかけても、一向に目を覚ます気配がなかった。
「おっさん、こいつ、どうなんだよ」
先ほど、遠慮なく突き飛ばしてくれたことに若干の不満を憶えながら、ハリーはオルガに対して淡々と返す。
「エクステンデットの被検体を診察するのは、僕もこれで二回目だがね。だが、詳しいことは分からないな──ただ云えるのは」
ベッドの上で眠る少女に、視線を落とした。
「ここまで突発的な睡眠発作が起こるとなると、新薬の副作用……その弊害である可能性が非常に高い」
よくよく思えば、戦闘中、フレイは一言も言葉を発していなかった気がする。
あれは集中していたからではなく、ひょっとして、襲ってくる睡魔と戦っていたからだったのだろうか?
ハリーには、思い当たる病名がひとつあった。
「『ナルコレプシー』──通称:眠り病」
それは、睡眠障害を引き起こす病の一種。
ハリーは眼鏡をかけ直し、苦しそうに吐き出した。
「彼女はおそらく、薬物の投与と引き換えに、脳疾患を患ったんだ」
それが、未完成の新薬が生んだ、弊害だ。
云われたオルガ・サブナックは口を開き、ただ、唖然とした。
【ロンド・ギナ・サハク】
オーブにおいてサハク家の出身で、五大氏族の一、コトー・サハクを義父に持つ人物。
ヘリオポリスにてアストレイを開発した第一責任者で、サハク家は、アスハ家に汚れ仕事ばかり押し付けられているのが実状です。そのためギナは、アスハの独善的な政治体制を痛烈に批判しており、今回、アスハが自国を勝手に焼いたことにも激しい嫌悪を抱いています。ある野望のため、アズラエルの協力者として第三次ビクトリア攻防戦に参戦します。
【フエゴ・ストライカー】
〝レムレース〟用に開発された、接近戦専用の装備。
【フェブリス・フォルフェクス】
大型のクローを高速で振動させ、捕獲したMSを破断する。接触した部位から直接振動を送り込み、共震破砕を起こす。防御力を無視した攻撃が可能。振動により高熱化するため、使用時のクローは赤く発光し、VPS装甲を内部フレーム事粉砕する威力を持つ
ラテン語で、熱を持った鋏。
【リビングデッド】
ブーステッドマン、エクステンデットに次ぐ、フレイ・アルスター個人を示唆した暗喩。帰投する度に、死んだように眠ってしまう彼女の特性を揶揄した研究者によって付けられた。
【ナルコレプシー】
日中において場所や状況を選ばず起こる強い眠気の発作を主な症状とする脳疾患(睡眠障害)の一種。
未完成な薬物の被検体になったフレイが発症した病気です。
悪戯に脳を弄られたために、脳疾患を患うようになってしまいます。