~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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『黒塗られた思い出の画』

 

「さて、どうしたものかな」

 

 そんな声を発したのは、ラウ・ル・クルーゼだった。

 現在、彼が指揮する〝ヴェサリウス〟は、オーブ残党と地球軍が戦闘を繰り広げている宙域から、コロニーを挟んで反対側の港付近を泳いでいた。随伴艦に〝ボイジンガー〟と〝ヘルダーリン〟をこさえ、特務隊からの報告を受けL4まで来航したのだ。

 そしてそれは、ザフト宇宙軍から脱走した〝エターナル〟の抜け穴に、まんま〝ヴェサリウス〟が代入された編隊でもあった。

 ラウはモニターに映し出された光学映像を見据えている。映像の中には、彼にとっても因縁浅からぬ〝アークエンジェル〟や、これと型を同じくする黒いアークエンジェル(アンノウン)が映し出されていた。

 

「オーブ残党と地球軍の間で、既に戦端が開かれていようとはな」

「消耗戦をしているのでありましょう? オーブ残党は分かりますが、なぜ連合軍と〝エターナル〟が交戦状態に?」

 

 アデスは、不審げに溢す。地球軍とクライン派は協定関係にあるはずないのか? パトリック・ザラによる情報操作を信じているアデスには状況が掴めなかったが、傍らのラウは訳知り顔を浮かべており、涼しげな口調で続けた。

 

「なんであれ、こうも状況が分からぬのでは、手の打ちようがない」

「我々の任務は、元より〝エターナル〟の追討です。これを地球軍が代わりにやってくれている──というなら、我々がわざわざ出向く必要はないでしょう」

 

 自軍の損害を最小限に抑えるのが、指揮官の務めだ。戦闘が始まれば否が応にも損害は出るし、そういう意味では地球軍の黒い新造艦(アンノウン)が代わりに〝アークエンジェル〟一派の掃討に当たっているこの状況は、アデスにとっては好都合だと云えた。

 ──勝ち残るのは地球軍か、それともオーブの残党か?

 畢竟、結果などは重要ではないのだ。自分達は漁夫の利を得る形で、勝ち残り、疲弊した方を叩き潰せば良いだけなのだから。出撃前はこんなにも簡単な仕事になるとは考えてもいなかったアデスであったが、勝てば官軍とはよく云ったものであろう。

 

「……なかなか面白くない趣向だな、それは」

「は──?」

 

 ──戦争は、面白がるものではないような?

 アデスは不意にそんなことを思惟するが、ラウはひとりごちた後、何喰わぬ顔で続けていた。

 

「いや、情報収集のためにも、モビルスーツを出撃させる。コロニー内部からの情報調査に当たろう。──わたしも〝アレ〟を出す」

「隊長が、みずからでありますか?」

 

 アデスは、クルーゼが何を考えているのかが分からなかった。

 いや、特別それは今に始まったことではなかったが、今回ばかりは彼の思案に軍略的に首を傾げてしまったのである。

 

「コロニー〝メンデル〟──。巧く立ち回れば、色々なことに片が付く」

 

 云いながら、艦橋に背を向けて飛び立ってゆく。

 何か婉曲的な云い方に疑問を憶えながらも、アデスは傍らの者達に云い付ける。

 

「……? イザーク、ディアッカ、何が起こるか分からん。隊長に随伴してくれ」

「了解!」

 

 そうして二人もまた、パイロットロッカーまで向かって行った。

 

 

 

 

 

 

「しかし、信じられるか?」

 

 その言葉はディアッカから、イザークに対して唐突に放たれた。

 このときイザークは、誰かどう見ても不機嫌と分かる表情を浮かべていた。声を掛けて来たディアッカの方を見ようともしない。というのは、あくまで隣人を無視しているわけではない。この場合は、ただ憮然としていると形容した方が正しい。彼はちらりとディアッカを一瞥し、なにが、と云わんばかりの視線を返す。

 

「アスランが持ち帰って来た情報だよ。ほら、〝エターナル〟……いや、ラクス嬢の造反──それに」

 

 イザークの小鼻が、ぴくりと震えた。

 

「〝クレイドル〟──ステラの脱走って話さ」

「──ふんッ」

「報告じゃあ、あいつはアスランのことまで退けたらしいじゃん?」

 

 ディアッカが受け取った報告通り通り、ステラは〝クレイドル〟をザフトから持ち出し、アスランの駆る〝ジャスティス〟を撃退した。返り撃ちに逢い、右腕を破損しながらも生き延びた〝ジャスティス〟は、補給が整えたあと、すぐに反撃に出ようと考えたらしい。しかし、運用母艦(エターナル)をテロリストに接収されてしまった以上、即時の再出撃など不可能な相談だった。残されたナスカ級では〝ジャスティス〟の整備に必要な資材や設備、あらゆる物資を持ち合わせていなかったからだ。

 だから今、彼らの隣にはアスランはいない。補給を行えない彼は、L4宙域から〝ヤキン・ドゥーエ〟への蜻蛉帰りを余儀なくさせられたのだ。この結果、代替として派兵されたのがディアッカ達が搭乗する〝ヴェサリウス〟だった。帰投したアスランから真実を打ち明けられたとき、ディアッカ達は云い知れぬ衝撃を受けた。だからこそ、ディアッカは上手く事態を呑み込めていない。

 

「はじめから、ステラは、こうやってザフトから離れるつもりだったってのかよ……」

「知ったことかっ! なんであれ、やつはオレ達を──〝プラント〟を裏切ったのだッ!」

 

 イザークは、語気を強めて怒鳴り散らした。

 ──そうだ、あの女はザフトを……オレ達の期待を裏切った……ッ!

 思い込みにも近しい、そんな言葉を咀嚼すればするほど、イザークの中で苛立ちばかりが膨張してゆく。

 

(オレの信用まで、振り切って……!)

 

 歯噛みしつつ、苦しげに漏らした言葉は、ディアッカには届かない。が、イザークの表情には激しい怒りが浮かんでいた。

 信頼していた者に「裏切られた」と感じる痛みが、彼の中で憤りに転嫁されているのだ。

 

「次に会うときは、あの女は敵さ!」

「けど、敵うのかよ……!?」

 

 ディアッカにしては珍しく、真面目な懸念を口にする。

 イザークは、憮然として答えた。

 

「敵うかどうかは問題じゃない──オレ達がやらなきゃならんのだ!」

 

 この発言には、理由があった。

 

「アスランのことだ……あの愚か者め! 相手が相手と知って、情けをかけたに違いない……!」

 

 イザークの中では、そもそも「アスランが敗北した」という事実、そのものが未だに信じられないのである。かねてよりアスランのことを蹴落とすべきライバルとして見ていたイザークであるが、現実にアスランの敗北を知らされたとき、湧き出て来たのは歓喜の思いではなかった。云い知れぬ痛恨と敗北感。今までの鬱憤を晴らし、それ見たことか! ──などという恨み節など微塵にも出て来ない。むしろ受け入れがたい喪失感のようなものに、殴られるようにして全身を襲われたのだ。

 アスランの前に現れた、新たなる敵性勢力──それは〝エターナル〟と〝クレイドル〟だ。これは、アスランの婚約者と妹が主導している。

 

(あの連中に刃を向けることが、アスランに出来るはずがない……!)

 

 このときイザークは、アスラン・ザラという好敵手(ライバル)に対して、奇妙な、それでいて不可思議な信頼の感情を抱いた。アスランに対し、過剰なまでに対抗心を燃やして来たイザークだが、アスランの人柄なら理解しているつもりだ──意見の衝突こそあれ、ヤツも結局は「〝プラント〟を守りたい」という信念の下に戦っていたに違いない、という思いも。そういう意味で、自分達は同志であり、仲間であることに変わりはないのだ。

 …………だからだろうか? そんな仲間をコケにされ、イザークを突き動かすのは、今までとは明らかに異なる義憤だ。

 今回、アスランが敗北した相手は、ラクス・クラインとステラ・ルーシェ──アスランにとって、刃を向けることが最も躊躇われる人間達。卑劣なクライン派は、そんな彼女達を矢面に立てることで、アスランを精神的に衰弱させたに違いない。

 

「──でなければ! あの(・・)アスランが、負けると思うか……!?」

「……そりゃあ」

 

 

 ディアッカはそこから先を云わなかったが、イザークはさらに先を続ける。

 

「アスランを前に、女こどもを盾にして、後ろで笑っている連中をオレは許さない……! アイツをコケにした連中を、オレは絶対に許さない……!」

 

 

 徹底的に弱みに付け込み、最強の〝ジャスティス〟を撃退し、愉悦になっている連中がいると考えるだけで、イザークは腸が煮えくり返すような思いに駆られた。

 それは同僚を辱められたことに対する悔恨であり、同僚を侮られたことに対する激情であった。

 

「アイツに撃てない相手なら、オレたちが撃つしかないのさ……ッ!」

「イザーク……」

「ザラ議長を裏切り、世界を混乱させるクライン派……! これ以上、野放しにしてはおけんだろう……!?」

 

 そのために〝ヴェサリウス〟はL4にやって来た。何が起ころうと、どんな人間が敵に回ろうと自分達は軍人であり、ザラ政権の下〝プラント〟のために戦わなければならない。

 ──そこにあの少女(ステラ)が立ちはだかるのなら、オレ達はアスランに代わって、彼女を撃たなければならない……!

 自分達とは志を違えた者──『敵』への憎悪を掻き立てながら、イザークは云い放つ。

 

「行くぞディアッカ。おれ達で──おれ達が『敵を討つ(・・・・)』!」

「……ああッ!」

 

 そうして二人は、パイロットアラートへ向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 〝レムレース〟より抜き放たれた無遠慮な斬撃は、その瞬間、容赦なく〝フリーダム〟を焼き切ろうとしていた。

 振り抜かれた亡霊の黒腕──すっかり虚を突かれたキラ・ヤマトは動揺の隙を突かれ、対応のひとつも取れなかった。目の前で行われた掌返しに対し、ただ唖然とすることしかできなかったのである。

 

「もう!」

 

 動けたのは〝クレイドル〟彼女は機体に急加速を掛け、たった今行われようとしている殺戮の現場へと飛び込んだのだ。

 茫然自失としていたキラを庇って、ステラは矢のように彼らの間に割り込んだ。咄嗟に〝フリーダム〟を突き飛ばし──後方へ投げ飛ばしたと云っても良い──結果として〝クレイドル〟は〝レムレース〟の斬撃を背に受けた。長身レールガンが翼状スラスターごとが削り取られ、一対の翅翼が激しく誘爆する。

 

〈!?〉

 

 不幸中の幸いというべきか、そうして二機の間に咲いた爆炎は、二機を隔てる〝壁〟として機能した。これによって〝クレイドル〟は、更に追撃を行おうとした〝レムレース〟から免れることができた。

 けれど、やはり爆発の衝撃を直に受けた〝クレイドル〟の中で、ステラは背後からの強い激震を受け、頭を前面の機器に強く打ち付けてしまった。

 

「あぐッ──」

〈──邪魔をして!〉

 

 このときフレイの心は、不思議と渇く一方だった。

 コーディネイターと呼ばれる異能の天才達を、あろうことか自分の力で追い込めている現実。ましてその相手は、みずからの父の死に責を負うべき二名なのだ。そんな彼等を二人同時に相手取っている時点で、今の彼女はかつて望んだ下剋上を完璧なまでに成し遂げているはずだった。

 しかし、それでもなお、彼女の中で欲望や衝動が潤うことはない。──癒えることは、あり得ない。

 

〈やっぱりあんたが先ね、白いの!〉

 

 渇いて、渇いて仕方がない。餓えた心を満たすためにも、フレイは〝クレイドル〟を徹底的に撃砕しなければならなかった。

 そのとき〝レムレース〟が、しゃにむにビームライフルを撃ち放つ。

 ステラは血が滲み出した額から手を離し、慌ててスロットルに手を掛け、後退した。しかし、ひと呼吸おいて〝レムレース〟はビームサーヴァーを抜き放ち、死神のように急迫して来た。黒き刃が〝クレイドル〟に突き立てられた瞬間──〝レムレース〟の掌を、脇から入った〝フリーダム〟が掴み止めた。キラだ。

 

〈なんで、フレイ……!? こんなの、こんなのおかしいよ!〉

 

 〝フリーダム〟に攻撃の意志はなかった。彼は〝レムレース〟の腕を掴み止めることで、彼女の攻撃を中断させようとしたのだ。

 このときのキラは、混乱していた。自分の眼前で、よもやステラとフレイ──本来ならば戦う〝力〟すら持たなかったはずの少女達が、いがみ合い、罵り合いながら戦っていることが信じられなかったのだ。激しい動揺に駆られるまま、鼻先の〝レムレース〟に叫ぶ。

 

〈──『助けて』って、キミは今そう云ったじゃないか!?〉

 

 どうして。

 なぜ。

 なんで?

 ──なんでフレイが〝こんなモノ(・・・・・)〟に乗っている!?

 返答を求めるよりも先に、しかし〝レムレース〟が腕を振り払い、〝フリーダム〟を突き飛ばした。キラは唖然として、唇を震わせる。

 

〈云ったでしょう、わたしはもう、地球軍の強化人間になったの──〉

 

 通信先からは、フレイの低く、乾いた声が紡がれた

 

〈何故だか分かる? キラ──〉

〈──えっ……?〉

〈あなたたち、コーディネイターを殺すため! もう私には、後戻りなんて利かないのよ!〉

 

 それは、かつてステラが放った言葉と同じ。

 少女達の発言は、奇妙なまでに合致していた。

 

〈わたしが助かるためには──あなたのようなコーディネイターを滅ぼすことでしか、あり得ない〉

 

 そのとき、フレイは、自分が間違ったことを云っていることに気付いた。

 

〈いいえ、助かるなんて絶対にありえない話だって判ってる……! わたしがすこしでも楽になるためには、そうやって戦い続ける他にないのよ……!〉

〈フレイ……!?〉

〈パイロットなんだもの。実績がなければ、わたしは薬さえ与えて貰えなくなるわ……! そうなれば、わたしはいずれ、もっとずっと人間として壊れていく〉

 

 モニターに映るフレイは、無骨で、悪趣味なデザインのパイロット・スーツに身を包んでいる。それは人為的に肉体を強化された『強化人間』にのみ与えられる防護服だ──尋常ならざる生体が、尋常ならざるモビルスーツの操縦を行うために開発されたもの。

 ──まるで、鎧だ……!

 可憐であったはずの少女を、モビルスーツという名の牢獄に縛り付けるための〝枷〟──自力では取り外すことの出来ない拘束具の中に、いま、フレイが囚われている! 双眸は切れ長に変貌し、氷柱(つらら)のように鋭利で、それでいて冷たい敵意を滲ませている目元には、少女の内に巣食う闇を顕したような黒隈(くま)が浮かんでいる。

 

(あれが、本当にフレイなのか……!?)

 

 似ても似つかない──いや、変わり果ててしまったフレイの姿に、キラは唖然とするしかない。

 

〈わたしの命は、コーディネイターを殺した数だけ安定しているのよ──〉

〈──そんなのは、安定って云わない……!〉

〈だからわたしは、生き残るためなら何だってする! さっきみたいに、あなたのヒロイン(・・・・・・・・)を気取って、油断させることだって、平気でね……!〉

 

 にべもない、毒のような言葉を吹っ掛けられ、困惑に駆られるキラ。

 しかし、フレイは次いで、何かに気付いたように自嘲気味に嗤った。

 

〈……ああ、違った。キラにとっての『お姫様』は、わたしじゃなくて──そっち(・・・)だったかしら……?〉

〈──フレイ!!〉

 

 糾弾されるが、フレイは悪びれた様子もない。

 かつてのキラは、フレイの〝声〟にステラを重ねて、夜床で情事を交わした。柔らかな肌と温もりに縋ることで、孤独感から解放されようとした──それは精神的に追い詰められていたキラの極限状態が犯してしまった過失であったのだが、結局のところ、フレイとステラの〝声〟は似ているらしい。皮肉を込めて喘ぎ声でも出してあげれば、あの少年は心のどこかで歓ぶのではないか? とも思ったが、そんなことをやっても自分が惨めになるだけなので、思いついてもフレイは行動には移さなかった。

 

〈フレイ、おかしいよ、こんなの! おかしいよ……!〉

 

 こんなにも毒気に犯されている少女を、キラは知らなかった。彼の知っているフレイ・アルスターは、キャンパスの中で、大輪の花のように咲いていた華やかな少女だ。

 フレイは背部から〝ネフェルテム303〟を放ち、これを認めた〝フリーダム〟も反撃のように〝バラエーナ〟を撃ち掛けた。二方から同色の──赤色の裂光が真空中で激突する。が、破壊力では〝レムレース〟が〝フリーダム〟を上回っていた。

 キラは射線上から退避し、砲撃を回避することに専念した。

 

〈──それでも、僕は……!〉

 

 ──傷つけたことを、ずっと後悔していた。

 いつか謝らなければいけないと、ちゃんと詫びねばならないと思っていた。

 ようやく出会えたと思ったら、まさか、こんな形で……!

 

〈きみを、助けたかったんだ──〉

〈だったら、わたしのために殺されてくれる、キラ!?〉

 

 ──そうすれば、わたしの気は少しでも軽くなるのでしょう?

 紡がれた言葉に、キラはどうしようもない絶望感を味わった。

 

〈そんなにわたしが大切なら、あんな女、初めからいなければ良かったじゃないッ……!〉

 

 フレイは〝クレイドル〟を見据え、その中にいるであろう少女のことを睥睨した。

 ──あの女さえ、いなければ……?

 キラはそんな言葉を突きつけられ、動揺する。

 ──ステラがいなければ、どうだというのだ?

 自分達は、もっと別の形で、分かり合えていたのだろうか。

 

〈本当に目障りだったのよ、コーディネイターのくせに〉

 

 コーディネイターの顔立ちが端正なのは、当然ではないか。

 コーディネイターの女の子が可憐なのは、当然ではないか。

 コーディネイターが優秀なのは、当然ではないか。

 なのに、世の中は努力に励む自分達(ナチュラル)に見向きもせず、ただ、当然のように高い能力を持って生まれたコーディネイター達を優先し、格差を生み続ける。

 ──キラだって結局は(・・・・・・・・)ステラの方を選んだじゃない(・・・・・・・・・・・・・)……!

 フレイがどれだけ美貌の維持に努力しようと、どれだけ勉学に励もうと、遺伝子操作という一言の下で、それらはすべてコーディネイター達によって霞んでしまう。

 ──だから、コーディネイターは化け物なのだ……!

 普通の人間が、まるで歯が立たない存在なのだから。

 

〈だから、わたし自身の力で! あなた達を超えてかなきゃいけない……〉

 

 せめて、モビルスーツ戦だけでも──

 

〈でないと、自分が惨めで、惨めで……仕方がないのよ──ッ!〉

 

 ビームライフルを翳し、〝クレイドル〟へと撃ち掛ける。キラはハッとして、慌ててその射線上に踊り出た。

 が、するりと脱して行った〝レムレース〟は、サーベルを抜き放って〝クレイドル〟へと猪突した。

 

〈あんな()ひとりのために、みんなが……わたしもッ!〉

「ステラは、あなたを傷つけたくなんてない……! あなたから大切なものを奪う気なんてなかった──」

〈まやかさないでッ!〉

 

 どんな弁明をしたところで、陽の目を浴びる者がいる裏で、日陰に堕ちゆく者が生まれたことに変わりはないのだ。

 いまさら、生温い声で同情されて、何になる?

 

〈同情? 違うわ、あなたの『それ』は憐れみでしょ? あなた達はいつもいつも、そうやって高い所から、わたし達を見下して──!〉

「あなたは勢いだけで突っ走って、周りを見ようとしなかった!」

 

 結果ばかりを急いでしまうから、意識が追いつかず、自分で自分が分からなくなる。

 最終的に、自分は何がしたかったのかすら、よく思い出せなくなる。

 

「あなたには、他にもあったはずなのにっ」

〈馬鹿にして……!? 強化人間(あなた)が云うこと……強化人間(あなた)が!〉

 

 吐き捨てながら、フレイは〝ネフェルテム〟を照準しようとした。が、結果的に彼女は、目の前の〝クレイドル〟を撃破することは出来なかったのだろう。

 次の瞬間──彼女の脳裏に、ぶちり、と何かが千切れるような切断音が響いた。

 

〈────────ッ!?〉

 

 ついで、フレイの脳に、耐え難い激痛が襲いかかった。

 ビリビリッ! と電撃のような衝撃が、少女の全身を迸る。筋肉が痙攣を引き起こし、フレイは悲鳴という名の大絶叫を上げた。

 断末魔は悲鳴は、決して長くは続かなかった。フレイががくりと頭を落とした直後、途端に〝レムレース〟は、糸の切れた傀儡のようにへたり込んだ。

 それは、演技などではなかった──ステラには、それがよく分かるような気がした。

 

〈フレイ……ッ!?〉

 

 通信を傍受していた〝カラミティ〟の中、オルガが血相を変える。

 

「あンの馬鹿女ッ、興奮しすぎだッ!」

 

 実戦による高い運動性とストレス──何より、実戦において得られる快感や興奮は、薬の効能時間を短縮させる弊害を持っている。

 モニターに映るフレイはがっくりとうなだれ、全身をびくびくと痙攣させている。

 目の焦点も合っていないし、どう見ても『時間切れ』だ。

 

(てことは、オレ達もそろそろ(・・・・)かよ……ッ!)

 

 即座に判断し、オルガは通信越しに叫ぶ。

 

「クロトぉッ!」

〈──『時間切れ』って? ああもうッ、仕方ないよねぇ!〉

「〝レムレース〟を回収する! シャニにもそう云っとけ!」

 

 オルガが通信に気を取られている──次の瞬間だった。彼の視界に、バッと行動を開始した〝クレイドル〟が映り込む。破損した翼を広げ、白い機体は一気に〝レムレース〟の腕を掴み、その機体を鹵獲しようとした。

 キラは意外に思って声をあげた。

 

〈ステラ……!?〉

「〝黒いモビルスーツ(こんなモノ)〟に乗ってるから、強化人間はおかしくなっちゃうんだよっ……! だから降ろすの、このひと!」

 

 勿論、強化人間をモビルスーツから引き剥がしたところで、それは根本的な解決にはならない。

 かつてステラ自身がそうであったように、強化人間の肉体を蝕んだ薬物は、定期的な措置や投与をなくして、尋常な生体を維持できなくさせているのだ。フレイのこの場で拿捕した所で、イコール、彼女を救えたことには万が一にもなり得ない。

 ──でも、だからって見捨てておけない……!

 結局、ステラが今やろうとしていることは、シンと同じような結末を招いてしまうだけかも知れない。

 強化人間を救おうとして、救えなくて──結局は連合に身柄を返上することでしか、彼女を助ける方法はないのかも知れない。

 ──それでも、取引を持ち出すことくらいはできる……。

 戦争のない、暖かな世界へ彼女を返してあげて──と。

 

〈──ステラッ!〉

 

 キラは声を荒げた次の瞬間、〝クレイドル〟に三方からのビーム砲が飛来した。

 鹵獲された〝レムレース〟を取り返しに来た──〝カラミティ〟〝レイダー〟〝フォビドゥン〟である。

 

「おねがい、邪魔しないで! あなた達も強化人間ならッ──!」

 

 だが、連合軍機とは通信回線が繋がらない以上、言葉が届くはずもなく──〝クレイドル〟は三機によって取り囲まれた。

 痺れを切らした〝フリーダム〟が〝クレイドル〟を空域から掻っ攫い、〝レムレース〟は置き去りになる。

 

「──キラッ!」

〈キミがやられたら、元も子もないよ……ッ〉

「そう、だけどッ……!」

 

 忸怩たる思いで振り返れば、自失している〝レムレース〟は〝カラミティ〟に腕を掴まれ、そのまま〝ドミニオン〟へ撤退していく。

 モビルスーツ部隊の潰走と、強化人間部隊の撤退により、やむを得ず〝ドミニオン〟は信号弾を打ち上げ、戦域から離脱──いや後退して行く。

 

〈…………〉

 

 キラは、顔を上げることが出来なかった。

 負い目や後悔から、モニターを見遣ることができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「おい、フラガとアマルフィからの連絡は?」

 

 バルトフェルドが発した一声に、帰投中の一同は目を瞬かせた。

 彼が何を云っているのか把握できていないのは、前線に出ていたマリュー達も同じようで、説明を求めた。キラは辺りを見回した──が、そう云われてみれば、撤退したはずの〝イージス〟や、もう一機の〝ブリッツ〟の機影が見当たらない。

 なんでも、先ほどの戦闘中、ムウはシャフトを向けてコロニー内部へと転進していったらしい。

 

「『ザフトがいる』──そう云っていたんですか? ムウは?」

「ああ、厄介なタイミングだ。護衛に、アマルフィも後に続いて行ったが……」

 

 キラは心配そうに声をもらした。

 

「ムウさん、〝イージス〟は隻腕の状態なのに……」

「いや、ケーニヒの〝ストライク〟を借りて行った。機体は万全だが……ただの偵察なら、戻ってくる頃だと思うのだがね」

 

 不安な沈黙が、一同に落ちる。

 これを破ったのは、キラだった。

 

「僕が行きます。みんなは今のうちに、補給と整備を──〝ドミニオン〟もまだ、完全に引き上げたわけじゃないと思います」

 

 そこにザフト軍が現れたというのなら、事態は再び、切迫する。両翼から挟まれた形になれば、自分達は退路を失う。それだけは避けなくてはならない。

 キラはじっとこちらを見つめているステラを見つけ、声をかけた。

 

「ステラはここに残って。……もし〝ドミニオン〟が来たら、お願い──」

「うん……」

 

 自分で、自分が無茶なお願いをしているとキラは自覚していた。強化人間の三名と、フレイが乗っていた四機の〝G〟部隊を前に、ステラがひとりで対抗するのは至難だろう。

 だからこそ、願わくば、完全に〝ドミニオン〟が撤退していることを願うのだが……。

 

「……フレイってひとは」

 

 ステラが、云った。

 キラはそれを今、聞かれたくなかった。

 

「キラの、たいせつなひと?」

「…………」

 

 一間の沈黙の後、静かに返した。

 

「うん……僕が傷つけた。僕が守ってあげなきゃ、いけない人だった──」

「────そう。わかった」

 

 そうして、ふたりは別れた。

 飛び立ち、コロニー〝メンデル〟内へ飛び去っていく〝フリーダム〟を、ステラは静かに見届けていた。

 

 

 

 

 

 ムウとニコルがシャフトを抜けたとき、眼下には人工の大地が拡がった。

 かつてバイオハザードを引き起こし、以降は廃棄コロニーとして扱われた〝メンデル〟であるが、今や住民はおらず、徹底的な殺菌──X洗浄が行われただけに、微生物さえ住まない赤茶けた大地がひろがっている。

 地上には『学術都市』として繁栄していた建造物が、放置された当時のままに残されており、かつての繁栄の名残として明確に残っていた。

 が、ムウには都市の名残を惜しんでいる暇はなかった。

 彼が予見した通り、コロニー内部を横切る三つの光点を観測したからだ。

 

「──来たか、ラウ・ル・クルーゼ……!」

「──! あの二機は……ッ!」

 

 ニコルの声に、強い動揺が混じった。

 〝ブリッツ〟のレーダーに観測された敵機は、合計で三機だ。一機はまるで照合データが見当たらない〝正体不明機〟──おそらく〝新型(アンノウン)〟だろうが、他の二機は違う。

 ──敵機というより〝ブリッツ〟は完全に、〝それら〟を僚機として判断している……?

 そう、現れたのはGAT-X102〝デュエル〟と、GAT-X103〝バスター〟であったのである。

 それまで、ニコルが同僚として戦っていた者達の搭乗機だ。

 

「イザーク、ディアッカ……ッ!」

 

 ニコルにとって、ザフトを離反したときから避けては通れなかった戦闘が、いま始まろうとしていた。

 

「新型か? ラウ・ル・クルーゼ!」

 

 一方で、ムウが操る〝エールストライク〟は、見慣れない〝正体不明機(アンノウン)〟と対峙していた。それでも搭乗者がラウだと判ったのは、ムウ自身の直感である。

 ──妙に、ずんぐりした機体だ……!

 ザフトの量産機という割には、他のどの機種とも異なる外見を持っていて、共通点をまるで感じさせない。

 全体がツートンカラーに彩られ、基調としているのはラウ・ル・クルーゼのパーソナルカラーたるホワイトである。が、サブカラーには(ブラウカラー)が用いられ、頭部には四ツ目、それでいて、紅く輝くセンサーが覗く。

 ──ヤツの専用機、というわけでもあるまいし……!

 頭部には、まるで〝仮面〟のような装着があった。トールハンマーを引っ提げた〝振り子〟のような羽が、ことに特徴的な不気味な機体だった。

 

「ほう? 今度は貴様が〝ソレ〟のパイロットか──ムウ・ラ・フラガ!」

 

 ラウが搭乗しているのは、ザフトが正式採用した新型──NMS-X07PO〝ゲルフィニート〟というモビルスーツだ。

 より正確に云えば、その模造機(デッドコピー)──ZGMF-500〝ベルゴラ〟と呼称される。

 元々の〝ゲルフィニート〟は、地球に拠点を構えるアクタイオン・インダストリー社が、ザフトに提供した新造モビルスーツだ。ザフトの次期主力量産機を決定する軍部競走会(コンペイジョン)において、ZGMF-600〝ゲイツ〟との正式採用を争い、汎用性の低さから不採用となった経緯を持つ。

 が、そういった汎用性の低さを補うために、当機が備えていた特殊性(、、、)に目を付けたパトリック・ザラの意向により、僅かながらにザフトの技術部で量産されることになる。

 今回はその試作機──〝ベルゴラ〟が、ラウ個人に与えられたのだ。

 

(仮面野郎に、仮面をつけた機体ってのは、薄気味が悪いもんだな……!)

「ここで貴様に討たれるのなら、それもまたとも思えるがね──ムウ!」

 

 そうして、〝メンデル〟内での戦闘が始まった〟

 

 

 




【ゲルフィニート】
 地球に拠点を構えるアクタイオン・インダストリー社が、ザフトの次期主力MS選定コンペに出品した機体。ゲイツとの競合になり、汎用性の低さから不採用となった。

【ベルゴラ】
 性能不足を理由にザフトの次期主力機を決定するコンペに敗れた機体だが、ゲルフィニートが備える『特殊兵装』そのものに非常に有用な戦略的価値が認められていたため、ザフト軍内部で設計図を盗用した量産が行われた。
 ゲルフィニートとそっくりそのままの機体を完成させたザフトは、これを新型機ベルゴラとして違う名義で公表。ベルゴラはザフトが独自に開発したと主張し、実戦配備まで漕ぎつけた。

 ベルゴラ(=ゲルフィニート)が持つ特殊兵装については、Wikipediaを覗いていただければすぐわかるのですが、次話に明かして行こうと思います。

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