~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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 【第四篇】と呼ぶには違うような気がしたので、今から数話にかけて【閑篇】として投稿して行こうと思います。
 と云うのも、今話からは『必ずしも本編に必要ではない展開』が入って来るため、読み飛ばしても【終篇】には影響がないようにしています。

 原作においても描かれなかった空白の期間について取り上げているため、悪く云えば蛇足の感じがするかも知れませんが、何も、駆け足で物語を完結させる必要はないのかな? と思い直した次第です(笑


閑篇
『思い出の刻に』


 

 

 

 L4宙域におけるコロニー〝メンデル〟での戦闘から、半月程が経過しようとしていた。

 この間に、地球軍は【エルビス作戦】を発動し、月基地の軍備増強を開始。作戦の目的は他でもない、L5宙域に浮かぶ〝プラント〟群の壊滅、そしてその防衛要塞たる〝ヤキン・ドゥーエ〟と〝ボアズ〟双方の攻略だ。

 最終決戦の時は近い──と、誰もがそう認識していた。

 環境汚染や食糧問題、なおかつエネルギー問題と、地球側にとっていまだ課題は多く、厭戦気分から生まれる終戦への期待感は、プトレマイオス基地を一層の活気に溢れさせていた。オーブ残党軍を取り逃がした〝ドミニオン〟であっても例外ではなく、彼らは月基地へと戻り、来たる〝プラント〟総攻撃への準備を整えている。

 GAT-X444──内密にはRGX-00とも呼ばれる──〝レムレース〟に内蔵されたNジャマーキャンセラ―によって、地球の復興はいくらかと進んだが、ブルーコスモスは地上の再開発より、核兵器の導入を強く所望していた。

 

『撃たなきゃ勝てないでしょ、この戦争? 核は持ってりゃ嬉しい蒐集品(コレクション)じゃない──兵器なんです。だったら使わなきゃ! 高い金出して造ったのは、使うためでしょう?』

 

 いずれも戦争の早期終結……いや決着(・・)を望んだアズラエルの意向であり、これによって月基地では夥しいほどの量の核ミサイルが開発されていた。

 また、Nジャマーキャンセラーを応用した新型機も開発も並行して進められていた。フレイは月基地の中を歩き回りながら、その内の一機を見つけることになる。

 新型はモビルアーマーだ。中央部のコア・ユニットを基軸として、六つのパーツが合体することで完成する機種だが、なかなかに趣味の悪い見目をしている。学生時代、興味もなかった理科の実習で覗いた顕微鏡の先にある細菌のような形状だ。

 

(どうしてこう、地球軍って趣味が悪いの)

 

 そもそもモビルスーツのネーミングから察するものだが、地球軍はこと〝G〟兵器の見て呉れに関しても、とても体裁を気にしているとは思えない悪人面の様相に傾倒している気がする。

 ──せめてもっと、大衆受けのいい機種なんかは作れないのだろうか?

 ──それとも、自分達を悪者と開き直って箔でもつけたいのだろうか?

 考えた所で意味もないことを、つらつらと考えていたときである。工廠を歩いていたフレイの後ろから、ひとりの男が声を掛けて来た。

 

「──フレイ・アルスター中尉(・・)ですね?」

 

 振り向いた先には、作業服の繋ぎに身を包んだ若年らしい男が立っていた。中尉というのは、この半月の間に、フレイ・アルスターに与えられた誉のことである。

 半月前、地球軍は〝エルビス作戦〟を発動すると同時に、昇進や勲章の大盤振る舞いを行うようになっていた。エルビスは意訳すると『希望』──恐らくは終戦が近いことを示唆した名称なのだろうが──文字通り英雄や勇者、エースパイロットと云う名の『希望』を大量生産することで、悲惨な現実から兵士や市民の目を背けさせようとしたのである。

 が、結局のところ、そんなものは無駄でしかない。特に活躍した記憶もないのに少尉から中尉に昇格されたフレイにしたところで、傷つき、斃れて行った『お仲間』のことを考えると、授けられた徽章などは、せいぜい形を整えた金属の塊程度にしか見えないのだから。

 

「良かった。丁度あなたを探していたところなんです」

 

 軍組織というものは、女性の人口の方が圧倒的に少なく、ましてフレイのように高めの雰囲気を纏った女性士官は、こういった何気ない基地生活の中で男性士官に性的に云い寄られることが少なくない。

 実際、フレイは月基地に帰投してからというもの、基地内部の至る所で不埒なる身の程知らずに数々のセクハラを受け、その度に相手に手を出したことを悔やむくらいの目には遭わせて来た。一度だけ本当に強姦されそうになったこともあり、そのときは生体CPUらしい怪力を総動員させて事なきを得たのだが、いま思い出しても身の毛がよだつし、やはり思い出したくもない記憶であることに違いはないのだ。

 であるから、こいつもまた、そういうのが目的の輩なんだろうか? 咄嗟にフレイは身構えたが、彼はどうにも技術者らしく、彼女が搭乗する〝レムレース〟の担当者だったらしい。

 

「新しい〝レムレース〟の追加装備(バックパック)が完成したので、是非とも中尉にご覧入れようと」

「……ああ」

 

 なんだ、そんなことか。

 フレイは身構えをほどき、興味を失って答えた。

 

「後で説明書(マニュアル)を渡してくれればいいわ。別に興味ない」

「そんなこと云わずに。さ、こちらです」

 

 技術者という人種は、頑なである。

 勿論、消費者に対し技術屋が必死で作品に訴求するときは、それほどに作品の出来が良いということの裏付けだ。その意味で考えれば、担当メカニックらしい彼が鼻息を荒くして自分に詰め寄って来ることは、決して悪いことではない。

 だがどだい、フレイは兵器というものに関心のない人種である。

 機動兵器に浪漫を憶えるような少年的な感性も持っていないし、あくまで一人のパイロットとして、フレイは〝使えるもの〟であれば何でも良いのである。……いや、強いて云うなら確かに美しいデザインをしたMSであって欲しいと思う。実際にMSを操るのがフレイ自身である以上、見た目にセンスのいいモビルスーツに乗っていたいではないか。

 ──これでさっき見たMAみたいに悪趣味なデザインだったら、この男を一発殴っても許されるだろうか?

 フレイが案内された工廠区画には、まるでスケールの違う巨影が聳え立っていた。

 いや、よく見ればそれは影などではない。不吉に黒光りする装甲を持つ、この世に悪魔を顕現させたかのような機動兵器だ。あまりにも巨大な──巨大すぎて、全貌を見ることすら能わない巨大な機動要塞。フレイは思わず天を仰ぎ見るかのように──〝ソレ〟の全貌を見届けようとした。

 

「〝エクソリア〟に、似てるわ」

「〝エクソリア〟が、似てるんです」

 

 フレイの呟きを聞き咎めた技術者の男が、軽く苦笑して続ける。

 

「もともと〝エクソリア〟の発想母体は、こいつですからね」

「へえ?」

「こいつはGFAS-X1〝デストロイ〟──およそ一年前にビクトリアにて回収された『黒鉄の巨人』そのもの(・・・・)です」

 

 噂には聞いたことがある──『黒鉄の巨人』それは確か、ザフトに渡った〝ディフェンド〟によって制圧された要塞の名称だったはずだ。実際、フレイも一度は攻略している。

 ──あれが、元はモビルスーツだったというの?

 技術スタッフの解説の声は続いた。

 

「いったい、誰がこんなモノを造り出したのか、なんでそんなモノがビクトリアで発見されたのか──? 詳細はまるで謎に包まれていますが、こいつには、非常に稀有な技術的価値が認められていた」

 

 まるで未来世界において造り出された兵器であるかのように、現時点では決して成し得ない画期的な技術が組み込まれていたのだと男は云う。

 

「──この追加装備は、そんな〝デストロイ〟の人型部分に用いられていたパーツを、我々が直接流用して造り上げたモノなんです。ですから、サイズはダンチですよ」

「〝レムレース〟の三倍以上は大きいわ……。こんなのがバックパックと云えるの?」

「他のストライカーパックと同様に、〝レムレース〟の背部アタッチメントと接合(ジョイント)させて運用する代物ですよ。その意味で追加装備(バックパック)と呼ばれているのですが、確かに……規格で云えば外殻(ハルユニット)と云った方が正しいかも知れませんね?」

 

 ビクトリアにおいて、地球連合軍に回収されたGFAS-X1〝デストロイ〟──

 カブトガニを思わせる外観をしたフライト・ユニット──すなわち〝円盤〟は、これを発見・回収した南アフリカ統一機構に手柄として譲渡され、ビクトリア基地の防衛砲台として運用されていた現実がある。

 が、それでも残された半身──〝人型〟の部分に関しては、地球軍本部に持ち去られた後、こうして極秘裏に応用開発が進んでいたらしい。大西洋連応はこれを独自に転用し、人型部分を〝レムレース〟の強化武装(アームドパーツ)──いや、技術者が示唆した通り〝レムレース〟の外殻(ハル・ユニット)として運用させるに至った。

 

「〝レムレース〟をコア・ユニットとして組み込むことで起動──そこで初めて、こいつは『戦略装機動型兵装要塞(デストロイ・ストライカー)』として機能し、モビルスーツ大隊をも駆逐する殲滅力を発揮します」

「拠点制圧用の、大型武装プラットフォーム……?」

「機動兵器の恐竜化と、換装システムの統合(マルチプルアサルトストライカー)を極致まで突き詰めた、人型機動兵器の究極(・・)ですよ!」

 

 鼻息を荒くして、男はさも満足げに語る。

 機体の全容を見上げながら、そこでフレイは、あることに気付いた。

 

「……足はついてないの?」

「あんなの飾りです。お嬢様には分からんのですか」

「分からないわね、美しくない」

 

 元々の〝デストロイ〟は四肢を持つ人型だが、今は脚部が廃止され、代わりに腰下にかけてリアスカート型の高機動スラスターが増設されていた。

 おそらく、機体が誇る圧倒的な重量を宇宙空間に適応させるために、わざと二足を取り外したのだ。無重力空間における機動性を飛躍的に上昇させるためには、シュトゥルムブースターを着脱できるスラスターの配備が必至だったのだろうが、分かっていても、足が無いことに対する違和感は隠せないフレイであった。

 と云っても、足がないこと以外にも〝エクソリア〟との差異なら多く確認できる。技術者の方も全容については言及しなかったが、大体の見当は付く。おおかた地球連合軍が〝エルビス〟のため満を持して造り出した「究極の決戦兵器」と云った所であろう。

 

「では、次です」

 

 まだあるの? フレイは胡乱げな面持ちで男について行く。進んだ先には、また別の追加装備(バックパック)が用意されていた。

 こちらは先程のように巨大な外殻ではなく、あくまで〝レムレース〟の規格に準じた追加装備だ。迫撃戦に特化した〝フエゴ・ストライカー〟がカマキリの腕を伸ばしたような外観と比喩できるなら、こちらはモズクガニの脚が伸びたような外観と比喩できる。カニで云う〝脚〟の部分がすべて砲門なのだとすると、おおかた、砲撃戦に特化した追加装備だろうか?

 

「こちらは中・遠距離に対応したバックパックになります。先程のハル・ユニットと違い、友軍機との連携を前提に開発された代物で、こちらも我々が不眠不休で設計した傑作ですよ」

「ごくろうさま」

 

 フレイは、あえて感情を込めずに云った。

 傑作というのなら、なぜ甲虫類や甲殻類をモチーフとした外観にするのだ? やっぱりこいつら趣味が悪すぎる。

 

「名称はまだ決まってませんが、『暴風(テンペスト)』『灼熱(フエゴ)』に続いて『豪雪(ニクス)』──〝ニクス・ストライカー〟なんて候補が挙がっているんです。内蔵砲から吐き出す複数の火線が、さながら〝吹雪〟のように激しいことが由縁ですね。

 でも──せっかくですし、どうでしょう? 直接これを操縦される中尉の方から、何か名前の方に希望がありますか?」

 

 中尉になると、そんな権限もあるのかしら? 不意にそんなことを思ったが、この場合、シンプルにこの男が気を利かせてくれただけだろう。

 フレイは無数の砲門を搭載したその外観から、あるものを連想し、顎に手を当てた。

 

「……砲撃戦に特化した装備……」

「はい、そうです」

「じゃあ……『災厄(・・)』──とか」

「──えっ?」

「〝カラミティ・ストライカー〟」

 

 技術者の男は、絶句した。

 

「〝カラミティ〟って、いやいや! そりゃあ、後期GATシリーズを預かっていながら撃墜された『能無し』の代名詞じゃないですか!」

 

 半月前、最新鋭MSであるGAT-X131(カラミティ)が撃破されたことで、頭の固い上層部の間では様々な議論が飛び交ったらしい。大西洋連邦にとって、後期GATシリーズは最大戦力であると同時に、前線の兵達にとって旗頭となるべき強大な存在だった。しかし、その内の一機が損失したとなると、いったい「責任は誰にあるのか?」という糾弾の押し付け合いが始まったのである。

 そうした上層部の苦言は、「機体性能に問題があったのではないかね?」という老人めいた責任転換となって、GAT-X131を設計した技術者達に向けられた。

 しかし、後期GATシリーズを開発した技術者達は、自分達が造り出した作品に対しては絶対的なプライドを譲らないため、これに徹底的に抗議した。技術者という人種は、己の作品に吝嗇(ケチ)つけられるのをこの上なく嫌うのだ。彼等はそこで責任逃れをするように「パイロットが無能だったのだ」と豪語し、その結果、搭乗者である青年が貶められる結末になった。死人が反論できないのを良いことに、議論はこうして終着点を迎えたのである。

 ────という話を、フレイはこの半月の間に風の噂で耳にしていたのだが、やはりそれが、彼女にとっては腹立たしい陰口であることは間違いない。思い出しては頭に来たのでわずかに眉を顰めるが、技術者はフレイの機微を察するはずもなく、無遠慮に続けた。

 

「文字どおり(ヤク)い名前を、なんでわざわざ付けなきゃならんのです!」

「……。いいの、わたしはそれが良い」

 

 技術者の男は、なおも渋面だ。「しかしですね──」と口籠るが、

 

「中尉の権限、ということにしておいて下さい」

 

 不遜な男とはもはや取り合う気も失せたのか、フレイは半ば強引に立場を借りて押し通す。

 すると男は渋々と頷いて見せた──が、その顔には「提案しなきゃよかった」とありありと書いてあるように見えた。画竜点睛を欠く──とはよく云ったものだが、最後の命題(しあげ)の段階で、作品を他人に貶められたことが技術屋魂にかなり堪えたのだろう。まあ、正直どーでも良いのだが。

 こうして〝レムレース〟に与えられた砲撃用装備は〝カラミティ・ストライカー〟と命名されることになる。形を整えたこの金属の塊も、思ったよりは使えるのだな、とフレイは思った。

 

 

 

 

 三隻同盟はこの半月間、息を潜めては行動する機会を伺っていた。

 ジャンク屋ギルドや〝ターミナル〟と云ったアスハ、あるいはクラインのネームバリューが持つコネクションを利用し、必要な補給を受けては、水場──あるいは休息地を求めて、廃棄コロニーを転々とする日々。

 同じ場所に長く留まることは出来ない彼等は、いわば根無し草の旅団となっていた。

 数知れぬデブリが漂う空間に、彼等はいた。その中では模擬演習のようなものが執り行われており、複数のモビルスーツが出動していた。

 

「デブリに気を付けてくださいね、あまり加速するとぶつかりますよ?」

「このくらい平気さ、あんまりバカにするな!」

 

 ニコルとカガリ──〝ブリッツ〟と〝ストライクルージュ〟である。

 主にルーキーであるカガリの戦闘訓練のためにニコルが付随している絵面であるが、その周囲にはM1小隊の姿もある。〝ルージュ〟は加速してデブリの中を掻き分け、小惑星に接触する寸前になって急制動を掛け、方向転換を行った。

 一歩間違えば激突しているところだ──いつも以上のじゃじゃ馬ぶりに、監督者のニコルは冷や汗が絶えない。

 

「あ、危なっかしいですよ!」

「大丈夫さ! じゃあ次は模擬戦だな! おーい、アサギ!」

 

 ────そうして、彼等は演習を続けた。

 時間が経ち、みなが帰投したとき、パイロットロッカーから出たニコルの許へ、とある来客が現れた。利発そうにカットされた短めの黒髪は、たしかM1パイロットのマユラ・ラバッツ──といったろうか?──だ。

 彼女は右手にドリンクボトルを握り、ベストに着替えたニコルに差し出してくれた。

 

「ニコルくん、おつかれさま! カガリ様の指導係は疲れるでしょう~?」

 

 母国の姫君を出汁(ダシ)にしながら、マユラはドリンクを手渡す。

 気の利いた人なのだな? と思いながら、ニコルはきょとんとしてそれを受け取った。

 

「あ、すいませんわざわざ。お気を遣ってもらって」

「いいのいいの、これも日頃からお世話になっているお礼ってことで」

 

 ニコルに対して、マユラは年上としての余裕を浮かべながら云った。

 しかし、

 

「ん? 僕、マユラさんに何かしてあげられましたっけ」

 

 特に心当たりのないニコルであったので、首を傾げられてしまった。

 マユラは慌てて話題を変える。

 

「そ、そんなことより! ニコルくんって〝プラント〟生まれよね?」

「あ、はい? そうですけど」

「その……〝プラント〟には婚姻統制制度っていうのがあるんでしょう? あのラクスっていうお姫さまも、もう婚約者が決まっているのだとか」

 

 ラクスの年齢は十六歳で、マユラよりも年下である。

 そんなラクスが既に国政によって定められた婚約者がいると知り、マユラには、どうしてもニコルに尋ねたいことがあったらしい。

 

「それで、そのぉ……」

「?」

「ニコルくんにも、もう心に決めた人とか、もう決まった人とかいるのかな~、なんて……聞いてみたり……そのっ。え、えへへ」

 

 ──年上としての余裕は、いったい何処に行ったのだろう。

 あたしのばかぁっ! マユラは口下手な自分を叱責しながら、照れ隠しのように舌を出して笑ってしまった。試しに頬を触ってみたら、異常なほど発熱していた。赤くなってるに違いない、こんなんじゃ明け透けすぎる!

 しかし、問われたニコルは真剣に考えている様子だった。どうにも思い当たる節はないらしい。

 

「えーっと……? いや……特にいないんじゃないですかね?」

 

 それは、なぜか他人事のような言い方だった。

 

「僕の両親はすこし過保護なところがありますし、僕がザフトに入るのも、いい顔をしなかったような人達なので──婚約はまだですね……。そういう相手とかは、慎重に選ぼうとするタイプなんだと思ってます」

「あっ、じゃあ、いないんだ?」

「はい、いないですねっ」

 

 マユラは、心の中でガッツポーズをした。

 しかし、そのとき反対側の通路からジュリがダッシュしてやって来た。すれ違いざま、ガシッ! とマユラの首にヘッドロックを決め込むと、さながら誘拐の要領で彼女を遠くまで連れ去る。それはニコルから見て、とてもナチュラルとは思えない身体能力の高さだった。

 ダダダダッ! 嵐のような足音が過ぎ去り、ひとり場に取り残されたニコルは、きょとんとする。

 

「──えっと、何だったんだろう?」

 

 一方、連れ去られたマユラは廊下の影に連れ込まれ、そこにはアサギが待機していた。痛い痛い、ギブギブ、とマユラが抗議の声を挙げると、組まれた腕が外される。

 ジュリは怒っていた。

 

「ちょっとマユラ、あんた見境ないにも程があるわよぉ! キラくんの次はなに、今度はニコルくん!?」

「人聞き悪いこと云わないでよっ! 誰もキラくんに手なんて出してないじゃない──まだ!」

「ニコルくんかあ、確かに優良物件かもね~」

 

 アサギが妙に感心したように云った。

 ジュリは額を抱え、呆れた様子で云った。

 

「アサギまで……。なんか、ニコルくんのあの純粋な感じが心配になって来た」

「ふふん、甘いわね、ジュリ」

 

 マユラは意地の悪い笑みを浮かべ、ちっちっち、と舌を鳴らした。

 いったい、何様だろうこの女、とジュリは思った。

 

「ニコルくんは確かに、わたしたちより年下。でもね、それはつまり、今の内からわたし好みに教育していけば、あら不思議☆数年後には目も疑うほどの完璧彼氏の出来上がり──」

「──まるで源氏物語! 性別は逆だけど」

「その通り! 家柄よし、ルックスよし、性格よし、運動神経よし! あんないい物件、そうはない!」

 

 女という生き物は、こと男の社会的地位(ステータス)に着目すると計算高いのである。

 他愛ないガールズトークは、しばらく続いた。

 

「ニコルくんの純粋な感じもいい。でもなぁ、キラくんのあの繊細な感じも捨てがたい……! なんかこう、守ってあげたくなる感じ──」

「──? 僕がどうかしました?」

 

 そのとき、当の本人が廊下の影からやって来た。

 キラだ。その目はきょとんとしており、マユラ達は飛び跳ねるほど驚いた。

 

「うへ!? な、なんでもないの! あ、あはは……」

「マユラったら……」

「?」

 

 ジュリが睨むような目でマユラを見たが、よく見ると、キラの背中にはマユ・アスカがおんぶ(、、、)されていた。

 

「あら? 見ない組み合わせね」

 

 それは思わず口をついで出た、ジュリの本音だった。

 キラは気付いたように返した。

 

「ああ。車椅子の調子が悪いみたいなんで、僕が代わりに」

「へえ、たくましいんだ?」

「……むっ」

 

 いつの間に知り合ったのだろう? とアサギは思うが、改めてキラとマユ──ふたりの顔が並んでいると、柔和な顔立ちがよく似ていると思った。お互いに茶色がかった髪色という類似点もあって、なんだかお似合いの一対であるようにも見えたのである。

 そんなマユは一方、ジト目を浮かべてマユラを眇めていた。

 

「さてはマユラお姉ちゃん、まーた男の子絡みで、よからぬことを企んでたでしょっ」

「べ、べっつに~?」

 

 マユは、そんな彼女に釘を刺すように務めた。

 

「キラさんを狙ってるようなら、あのね、だめだよっ! キラさんは、ステラお姉ちゃんのことが好きなんだから!」

「え、違うッ!?」

 

 唐突に公開処刑され、キラは慌てた。

 マユは反論を受け、元から円らな瞳をさらに丸くする。

 

「え、違うの?」

「あっ、やっぱり違わない──じゃなくて! だからって別にどうってわけじゃないから……か、勘弁してよっ!」

 

 違う、とキラは思う。

 確かにステラのことは好きだが、それは幼馴染みの親愛の情の延長線上であるものであって、これと云う見返りを求めているわけじゃなんだ。いきなり告白とかして関係が激変して相手に負担とか迷惑かけてしまうのが嫌なだけで、そうなるとこれまで築き上げて来た友情とか愛情みたいな綺麗な思い出が悉く黒歴史に崩れて行ってしまうような気がして怖いとか、そうじゃなくて。

 ──その気になれば僕にだって「好き」とかそれぐらいの言葉は云えるんだ! たぶん、いや絶対……!

 そもそもステラのことだから好意を好意として受け取ってくれなさそうだとか致命的な不安はあるけど、そもそも人間関係が変な風に破綻してしまっては良くないと思っているだけで、だからこそ実行に移してないだけなんだ。自分が奥手とか臆病とか、断じてそういうんじゃないから。相手に気を遣ってるだけだから。

 そんな風に思惟しているキラに対し、アサギとマユラはひどく心配そうなジト目を返すだけだったが。

 

「ステラお姉ちゃんの彼氏になる人は、マユが認めた人じゃなきゃだめだからね!」

 

 未婚の母の娘みたいな発言であるが、本人は至って真剣らしい。

 ──これは、難儀な審査官(ジャッジマン)が現れたな?

 ジュリはなんとなく、目の前にいる少年を不憫に思った。

 

 

 

 

 そうしてキラは、マユを負ぶったまま彼女の運搬係のような状態が続いた。

 訪れた先は格納庫であり、そこでは、トールが相変わらずシュミレーターに居座って訓練を積んでいるようだった。軽く会釈をかわした後、マユが呆然と顔を上げていることに気付いたキラは、ふいに尋ねた。

 

「どうしたの?」

「あれって、キラさんの〝もびるすーつ(、、、、、、)〟だよね?」

 

 示唆された先には、蒼い羽を畳んだ〝フリーダム〟の姿がある。

 次いでマユは、視線を反対方向に投げ掛けた。

 

「それで、あっちがステラお姉ちゃんの──」

「そう。ZGMF-X08A(クレイドル)──ステラの機体だ」

 

 ディアクティブモードにて正立する〝クレイドル〟は、マユの目に、すこしだけ冷ややかな印象を与えた。機体の鋼鉄色が、そうさせたのである。

 マユは主に稼働中の〝クレイドル〟しか見たことがなく、そのとき機体は、鏡を磨き上げたような白銀と鮮やかなシアンブルーによって彩られていた。色の剥がれた〝クレイドル〟は、まるで灰色のヴェールを掛けられたように静かに立ち、当然だが、動く気配はない。マユはそうして機体を見上げながら、しみじみと溢す。

 

「ステラお姉ちゃんね。──あれに乗って、わたしを助けてくれたんだ」

 

 その声は決して大きくはなかったが、みずからを背負っている少年の耳には、よく聞こえる声量だった。

 

「オーブに、地球軍が攻めて来たとき」

 

 キラ・ヤマトが、こうしてマユ・アスカと会話するようになったのは、ここ数日の話である。

 これまでのマユへの認識と云えば、せいぜい「オーブの避難民の女の子」という程度でしかなかったキラであるが、その中でもマユは、ステラがとりわけて気に入っている──というより、気に懸けている女の子であったので、こうしてキラとも自然な交流が生まれたのだ。

 

「流れ弾に巻き込まれそうになったわたし達を、ステラお姉ちゃんが見つけ出してくれた。──そのときはまだ面識もなかったはずなのに、すごいよね」

「……ステラらしいね……」

「わたし、お姉ちゃんみたいな女の子になりたいな。強くて……優しくて……可愛くて……不器用だけど、一生懸命だって分かるんだ」

「でもステラは、きっと否定すると思う──『わたしみたいになっちゃだめ』ってさ」

「それでもいいの。わたしがそうしたいだけ」

 

 そのとき、不意に〝クレイドル〟のコクピッドに人影が見えた。と云っても、その空間に縁のある人間などふたりといない──それはステラだった。

 最近、彼女はよく〝クレイドル〟の確認作業するようになった。

 ──半月前の戦闘において、搭乗者(ステラ)ですら把握できない〝クレイドル〟の発光現象が確認された。

 ステラは当時の戦闘データをエリカ・シモンズ技術主任に解析して貰っているらしいのだが、いまだに明確な解答は返って来ないらしく、であるから、今回もまた例によってOSのチェック作業を自主的に行っていたのだろう。

 キャットウォークの上に身を乗り出したステラが、下方のキラ達に気付いた。マユがぱっと晴れた笑顔で手を振ると、ステラも胸の前で小さく手を振り返して来た。その顔には花弁のように柔らかい微笑みが浮かんでいる。キラはそれが可愛いと愚直に思ったが、口に出そうとは思わなかった。

 

「──いく?」

 

 さり気なく提案し、マユはそれに、大きく頷いた。

 リフトを使ってコクピットまで登ったキラは、背中におぶったマユの身体をお姫様抱っこし、コクピッドの中に座すステラに引き渡してあげた。〝クレイドル〟のコクピット──内部は決して広い空間ではなかったが、マユはちょこんとステラの膝の上に乗り、周囲の機材に目を輝かせている。キラは黙って、それを見守った。

 

「うわ~、スイッチがいっぱい~」

「勝手に触っちゃだめだよ」

 

 オモチャを与えられた子供のようにはしゃいでいるマユに、ステラは小さく云った。

 が、当の本人は夢中になっていて、あまり効果がないようだった。

 

「あのバリアーみたいなの使うボタンはどれ~?」

「それは……こっち」

 

 ステラもまた、妹のように懐いて来る少女に対し、まんざらでもないようだった。

 

 

 

 

 

 

 三隻同盟と云っても、資源は決して無限ではない。

 勿論、オーブから出向する際に可能な限りの資材──特に水──は多く貯蓄して来たが、だからと云って楽観視できるものでもなかった。「戦争を止める」という──それがいつになるのかも、あるいは何を以て終着点(ゴール)とするのか分からない旅を続けている以上、彼等は決して、今ある資源を無駄に消耗できなかったのである。

 ──食いっぱぐれて全滅、なんてことになりゃ、笑い話にすらならん。

 大体、半月前にL4に指針を取ったのも、元はと云えばL4宙域群にある廃棄コロニーを水場として活用するため、あるいは、そこにある水を余分に調達するためであり、結果的にその目論見は、到着と共に間を置かずして現れた〝エターナル〟の追撃部隊や〝ドミニオン〟によって阻害されていた。

 

「──というわけで、今から、L4にとんぼ返りするのか?」

「ええ、あそこの水は、わたしたちに貴重な資源になります。前は色々とゴタゴタしていて、調達(それ)どころじゃありませんでしたもの」

 

 艦橋で会話する、ムウとマリューである。

 この半月の間、各地を転々としていた三隻同盟であるが、どこを回っても、L4の廃棄コロニー群ほど潤沢かつ健常な水場を探し当てることが出来ずにいた。そのため、こうして再び進路をL4に向けたのである。

 勿論、彼等がいっとき根城にしていた事実があり、L4にはザフトか連合の軍艦が潜伏しているのではないか? という懸念は心配されていた。しかし地球軍が〝エルビス〟を発動し、ザフトとの全面戦争の姿勢を整えつつある今、ザフトとしても〝エターナル〟追撃などに避ける人員はない。云い換えれば、両軍とも「三隻同盟に構っている暇などない」ということだろうが、ムウ達にとって、そんな兆候は却って好都合である。

 

「前に見た感じ、中でも〝メンデル〟は安全牌だな。コロニーそのものが洗浄されていた恩恵なのか、空気が正常だった」

「ん……」

「施設自体も放棄されたときのまま手付かず(、、、、)だし、ここ半月間に減った分の飲水を賄うには、たしかに格好の餌場になるか」

 

 そのとき、開かれていた通信回線から、ラクスの声が飛び込んで来る。

 

〈連合、あるいはザフトが三隻同盟(わたくしたち)を警戒して、中に潜伏していないとも限りません。念のため偵察を出しますが、心積もりをしていた方がよろしいのかと〉

「でっかい戦争を控えてるってのに、あんな辺境でドンパチやったってさあ」

〈それが必要なことだと判断されているのなら、彼等はおのずと、そうして来るはずです〉

「会戦しないことを願うがね」

〈──〝メンデル〟に行くって、本当ですか?〉

 

 そのとき、通信に入り込んで来る者がいた。発信源は〝クレイドル〟からだが、声の主はキラ・ヤマトである。

 マリューは驚いて目を開く。「キラくん? どうして〝クレイドル〟から?」と訊ねると、〈あっ、たまたま居合わせただけです〉と返って来た。

 

〈そんなことより〉

「え、ええ。……まあ、そうね。今はL4に向かっているわ」

 

 マリューが口籠ったのには、理由があった。彼女は出来るだけ〝メンデル〟の名を、キラの前で使いたくなかったのである。遺伝子操作の聖域──本当の意味での彼の生まれ故郷(、、、、、、、、、、、、、、、)である〝メンデル〟の名を。

 だが、マリューの配慮とは裏腹に、キラは思い切ったことを口にした。

 

〈ラクス、その〝メンデル〟の偵察任務だけど──僕に行かせてもらえないかな?〉

「──えっ」

〈キラ……?〉

 

 マリューは、驚きに目をむいた。

 それはまた、ラクスやムウも同様のようで、心外に思って、ムウは声を挙げた。

 

「けどキラ、おまえ──」

〈わかってます。出来ることなら〝メンデル〟は、二度と行きたくない場所だと思ってた〉

「だったら……!」

〈でも、正直まだ、整理が付いてなくて……。改めて〝メンデル〟について、知りたいんです〉

 

 確かに、以前〝メンデル〟を訪れたときは、クルーゼとの対戦──銃撃戦が主だった。

 その過程でキラは己の出生の秘密について知ることになったのだが、ラウのひどく煽情的にして恐慌的な物言いが相まって、あのときキラは焦燥や恐怖によって動揺するばかり。そこには落ち着きという言葉がまるで存在せず、ただ流されるままに憔悴していた彼がいた。

 

 ──だからこそ今度は、もっと冷静に、あの場所を訪れたい。

 

 しかし、ムウはなおも渋面を浮かべたままだ。それもこれも、無理もない話である。

 もとより繊細なキラは、己の出生にまつわる衝撃的な真実を知り、ひどく傷ついたことに変わりはない。こうして半月間の時流がキラの傷を癒し、本人もようやく立ち直ろうとしている今になって──彼を再び〝メンデル〟に差し向けることは、決して上策ではないように思えてしまう。

 しかし、キラは決然と告げる。

 

〈あそこが僕の生まれ故郷なら。ちゃんと向き合わなきゃいけないなって思うんです、僕も〉

「……そこまで云うなら引き留めはしない。でもなキラ、ひとつだけ条件がある」

〈条件?〉

あの施設(、、、、)に入るつもりなら、ステラを『護衛』につけろ。──おまえひとりじゃ(、、、、、、、、)危なっかしい(、、、、、、)

 

 云われたステラは、すこし驚いたような顔をした。

 キラは言葉を噤んだが、ムウはどこか含みのある口調で云い付けた。

 

「銃を撃つのにセーフティも外してないようなトーシローを、ひとりで行動させるわけには行かないんだよ」

〈あっ、そう云われると、確かにそうですね……〉

「ステラも、悪いがそういうことだ。頼りない幼馴染みだが、よろしく頼むぜ?」

 

 すこしだけ癪な云い方だったが、反論できるような内容でもなかったので、キラは苦笑していた。実際、生身で銃を握らせればステラに及ぶ者などそうはいないし、一方では銃の扱い方すらあやふや(、、、、)なキラでは、当然ながら足許にも及ばないのだ。

 ステラはしかし、まるで気にしてないように淡と答えた。

 

〈わかった。キラは、ステラがまもるから〉

 

 その言葉は真剣だが、その内容だけに、キラの男心を深く抉り取った。

 ──女の子に護られる男って、ほんと情けない……。

 もっともこれは、嘆いたところでどうにかなる問題でもなかったが。

 

「──意地が悪いわムウ、あんな云い方」

「えっ?」

 

 通信を切った後、傍らのマリューは嘆息ついてムウを咎めた。

 

銃の腕前(、、、、)なんて、大した問題じゃないでしょう? 本当に大事なのは、あの()ならキラくんを支えてやれる(、、、、、、)ってこと──」

 

 ムウは、苦笑した。

 

「あのふたり、なんだか似てるもの。立場とか、その……生まれとか?」

 

 銃の安全弁(セーフティ)が云々という、ムウの言葉が単に装飾された屁理屈であったことを、既にマリューは見抜いていた。

 いくら明晰さを取り戻した状態とは云え、改めて〝メンデル〟の中を拝見したとき、キラは必ず傷つくだろう──本人はあくまで平気を装うのだろうが、心の中ではやはり、受け止め切れる衝撃ではない。

 うち捨てられ、鑑賞物のように並べられた赤子(きょうだい)達の標本──

 その内のどれかが、キラ・ヤマトその人であったかも知れないという事実──

 十六歳の青少年には酷薄が過ぎる現実を、分かち合ってやれる人間はふたりといない。だからこそムウは、ステラを『護衛』としてキラの傍らに置くように云い付けたのだ──声に出せる性質の話ではないにせよ、それと似たような境遇に身を置き、単なる同情ではない──共感から来る本当の理解を示してやれるステラだからこそ。

 見当てたような言葉に、ムウは肩を竦めて笑った。

 

「まったく、お察しの通りで」

「乗り越えてくれるといいわね。キラくん……」

「できるさ。あいつはもう、ひとりじゃない」

 

 傍らにある、仲間がいるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

〈──それじゃ、すこし出て来ますね〉

 

 数十分後、既に発進準備を整えたキラが通信越しに云う。

 すでにL4宙域の界隈に差し掛かった頃、索敵も兼ねて〝フリーダム〟と〝クレイドル〟が動こうとしていたのである。

 

〈キラ・ヤマト──〝フリーダム〟行きます!〉

〈〝クレイドル〟──えと、行ってきますっ〉

 

 発進というより、単なる遠足に出掛けに行くような少女の号令に、マリューはぷっと噴き出して笑った。

 そうして彼等は、コロニー〝メンデル〟──ふたたび聖域へと発進して行った。

 

 




 なんとも区切りの悪い……。
 本当はまとめたかったんですが、次話に続きます……。

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