~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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『影に沈んだ黄金の意志』

 

 宇宙に浮かぶオーブの軌道ステーション〝アメノミハシラ〟にて──

 謁見の間と思しき広間に構えられた玉座に、ロンド・ミナは腰かけていた。傍らにはロンド・ギナの姿があり、彼らは今、サハク家の今後について閣議しているようだった。そんな中、ギナは手許のタブレットに目を通しながらミナに報せる。

 

「赤道連合と、スカンジナビア王国が悲鳴を挙げている」

 

 いずれも、元は中立を保持していた国家のことだ。現在は大西洋連邦の支配力に屈し、その占領下に置かれた「属国」としての扱いを受けている国々だ。オーブと同様に。

 悲鳴を挙げている、というのは比喩であったが、事態を正確に表した言葉でもある。

 ギナの告げた二か国──赤道連合とスカンジナビア王国は、大西洋連邦の占領下に入ったことで、過酷な搾取を受けるようになった。半月ほど前、地球軍の上層部が〝エルビス作戦〟を発動したためだ。

 作戦の発動により、地球では「この戦争に一気に片を付けてしまおう」という機運が高まり、月基地の飛躍的な軍備増強に乗り出したのである。その弊害として、大西洋連邦は支配下にある国々に対しても、余剰の物資ないし人材の提供を催告。こうした無心に耐えかねた赤道連合とスカンジナビア王国が、経済的に困窮している現実があるようだ。

 紡がれたギナの報告に対し、ミナは全てを見通していたかのように云う。

 

「このままでは、二ヶ国が潰れるのも時間の問題か? 密かに支援し、力を貸すべきであろうな──」

「しかしこの情勢下だ。下手に動けばザフト、連合の双方を刺激することになりかねん」

 

 この〝アメノミハシラ〟は、現在、ひどく微妙な立ち位置に置かれている。戦役中に崩壊した〝ヘリオポリス〟と同様に、立場としては「宇宙のオーブ領」という形で間違いではないのだが、その実態は、アスハ政権を逸脱した「独立しかけ(・・・)のオーブ」と云った方が正しく、指導者ロンド・ミナ・サハクにより、現在は独自の立場を取るようになった。

 ロンド・ギナ・サハクとムルタ・アズラエルは事実上の盟友関係にあり、大西洋連邦は比較的〝アメノミハシラ〟に友好的な見方を示し、だが、〝プラント〟の方は決してそうではない。地上での戦力を消耗したザフトは、隙あらば〝アメノミハシラ〟に蓄えられた豊富な軍事力を接収せんとこの地を虎視眈々と狙っているのが実状だ。以前ZGMF-X11A(リジェネレイト)を筆頭とするザフトの特殊部隊が〝アメノミハシラ〟に侵攻したように。

 結局のところ、この場所が「一大軍事拠点」ということに変わりはないため、下手な動きを見せれば、連合とザフト──双方に目を付けられようとは、火を見るより明らかなことだった。

 

「いま、迂闊に目立つような真似をすれば、我らの計画に支障を来たす」

「だが、赤道連合もスカンジナビア王国も、元は数少ない友好国だ。あれらが大西洋連邦に呑み込まれては、今後に響く」

「そうでもあるが──」

 

 節の利いた姉弟(ふたり)の会話を、シン・アスカは箒を握りながら聞いていた。エプロン姿で清掃係を仰せつかっていたためだ。

 労働役として勤めている今のシンには、ミナ達が何について談議しているのか分からなかった。もっとも、分かる必要もないとは思うのだが、彼は黙々と清掃作業に戻っている。

 

「本土のセイランを介して、すぐに話を着けよう。閣僚の成り上がりとは云え、あやつらも十分に利用価値はある」

「セイランは傀儡か?」

「彼等には五大氏族の地位を譲った、要求に『No』とは云わせんよ」

「なるほどな」

 

 恩義とは、売れるときに売っておくものだ。

 ミナは見透かしたように付け足した。

 

「地上の復興も同様だ。あくまでサハク(われら)が主導に立ち、不在のアスハに取って代わる」

 

 ────そうして、シンには掴めない閣議は続いたが、ある折を以て終結したらしい。ギナが謁見の間から出て行こうとするそのときになって、彼の先鋭な眸が清掃作業を行っていたシンとばったりと合った。

 ギナはシンの姿を下から上まで一瞥し、一拍置いて声高に笑う。

 

「エプロン姿で清掃係か、シン・アスカ! 下賤なお主には似合いの仕事だな!?」

「イヤな性格してますね、アンタも! 次に模擬戦やるときは、今度こそ打ち負かしてやるから、憶えておけよ!」

「ほお、下剋上と云うわけだな? それでこそ男というものだ!」

 

 もとより、野心や野望と云った、荒々しい言葉がギナは好きだった。

 そういう野心は嫌いではないぞ! と付け足した。

 

「やれるものならやってみろ! いつかのようにボコボコにしてやろう」

 

 そうしてギナは、妙に上機嫌に笑いながら立ち去って行く。一方のシンはむすっとして背姿を目で追うが、そのとき、箒を握るシンに気付いたミナがおもむろに声を発した。

 

「──精が出るな、シン」

「ミナさん!」

 

 ギナに対して挑戦的であったシンは、しかし、ミナに対して飼いならされた子犬のように快哉とした表情になった。シンにとって、常に親身で考えてくれる〝姉〟のような存在がミナであるのなら、何かあるごとに突っかかっていじってくるギナは、さながら意地の悪い〝兄〟なのだ。

 

「ここでの生活には、慣れたか?」

「はいっ、すごく気に入ってます! ──オレだけじゃなくて、みんなそう思ってますよ。地上にいた頃よりも、なんていうか、活気に満ちてるんです」

「それは、何よりだよ」

「お二人で、なに話してたんですか? その、差し支えなければ」

 

 ん? とミナは喉を鳴らした。だが特に隠すような内容でもなかったのか、彼女は憚ることなく即答する。

 

「オーブ本土の情勢について、少しな──」

「情勢……? 地上は今、どうなってるんですか?」

「オーブ本島についてだが……サハク家が地上を離れている今、セイランの人間が筆頭に立って国の復興を進めている」

「──ああ」

 

 そのときシンの表情が、ころりと変わった。

 

「逃げ出したアスハの代わりに、ですか」

 

 明らかな愚弄の混じった少年の言葉に、ミナは反感を憶える──

 ──わけでもなく、かすかに苦笑した。

 このときシンの顔に浮かんでいたのは、無垢や無邪気とは対極にある、赤黒い感情だった。まだ年端もいかぬ十四歳──年齢の割にはあまりにも露骨すぎる、侮蔑や憤怒──総じて怨嗟とでも呼べそうなもの。ミナは怒れる瞳を宥めるように、どこか上滑りな口調で返した。

 

「気持ちは分かるが、そう無碍に云ってやるな……?」

「聞けませんね……」

 

 シンは、唾棄した。

 

「だいたい、おかしな話なんですよ。なんだってアスハの後継者達は、この〝アメノミハシラ〟を尋ねて来ないんです? ここだって(・・・・・)同じオーブ領なのに(・・・・・・・・・)

 

 アスハの後継者達がL4宙域から行方を晦ましたとされるこの半月の間、件の三隻同盟と呼ばれる中立船団が〝アメノミハシラ〟を訊ねて来たことは一度もなかった。

 ──中でも〝クサナギ〟なんて、純製のオーブ所有艦じゃなかったのか?

 にも関わらず、アスハの後継者達が〝アメノミハシラ〟に寄港して来ない理由は何なのか? 身を置く拠点にすら窮乏しているはずの彼らが、このステーションを頼って来ないのは何故なのか? シンは誰もが当然のように考えるであろう、率直な疑念を口にしたに過ぎない。

 

「ミナさんの方から『来るな』って断ってんですか?」

「心外だな。余を鬼か何かとでも思ってるのか、おまえは」

 

 え、いやっ、そんなことないですけど。

 シンは慌てて訂正した。

 

「いくら政敵とは云え、アスハとて同じオーブの民(・・・・・)だ、情誼はある。連中が頭のひとつでも下げて来るのなら、それ相応の誠意を以て支援してやるつもりだよ」

 

 それは、ミナが狭量なのではない。

 それが、人の世の筋の通し方、ということだ。

 

「頭のひとつも下げて来ない乞食に対して、逆におまえは財産を分け与える気になるか? ──無償で」

「なりませんね」

「そうか。では、そういうことだな」

 

 シンは、納得した。

 そう云えば「アスハの顔を立てるべきだろう!」とアスハ家を妄信する連中は癇癪するだろうが、そのような戯言や妄言に付き合ってやるほどに、サハク家は人が好くないのである。

 

「未来に対して大志があれば、いっときの恥など忍んでこその物種だ。それを許せないアスハの方が、サハクを頼って来ないだけさ」

 

 かねてよりアスハ家とサハク家は犬猿の中にあり、その間柄は壊滅的、絶望的とされていた。他の五大氏族がアスハに心酔する中で、サハク家だけはアスハ家に対して痛烈に批判的、否定的な姿勢を貫いて来たのだ。それもこれも、国家を運営するに当たっての意見の食い違いが根本的な原因にある。

 よほど食料に自信があるからサハクを頼って来ないのか、それとも、単純にアスハのプライドがそれを許さないのか? 今のシンには真相を知る術はなかったが、そもそも流浪の彼らが食糧不足で自滅するなら、それはそれで不都合もないような気がした。

 

「政治家らしい、頑固で馬鹿な考え方ですね。あいつらを疑おうともしなかったおれは、もっと大馬鹿野郎だったんですけど」

 

 シンは、自分を理解した気になった。

 

「いけませんか、こんなこと云っちゃ? でもね、おれはアスハに夢想家じゃなくて、為政者をして欲しかったんですよ。お偉いさんの勝手で理念を押し通すって決めたなら、せめて最後まで国に残って、責任を果たすのが筋ってもんじゃないんですか」

 

 国に残ることもせず、後世のことを不肖な輩に押し付けて死んで逝った国の指導者?

 ──あいつは一体、何がしたかったんだ!

 シンには、それが今になっても理解できなかった。それどころか、 

 

「なのにアイツらは、国が一番大変なときに逃げ出した(・・・・・)──国民(おれたち)を放っておいて! おかしくないですか!?」

 

 一方で娘は宇宙に逃げ、オーブ民には直接関係のない戦争に加担しようとしている。

 ──そういう意味じゃ、父も娘も、揃って責任放棄したってことじゃないか。

 ミナは、静かに返す。

 

「だからこそ、我々が動かねばならぬのだろう?」

「ミナさんが指導者に代わるべきです! オーブはアスハの御遊戯場じゃないんだ、何にもできないようなヤツが、上に立つべきじゃありません!」

「だが、オーブは平和を謳う国。それを築くべきは、絶対的な指導者でも王でもない──そこに暮らす人々だよ」

 

 それは、シンに気付かされたことでもある。

 

「『指導者は誰で、アスハだサハクだ』──そのような些事で騒ぐよりも前に、オーブの民は穏やかに暮らせる生活が欲しいのさ。そうであろう?」

「分かるような気がします、でも……っ!」

「だから余は、彼らのために〝アメノミハシラ〟──アスハ政権の〝姥捨て山〟を、今は整備している」

 

 国を追われ、棄民となった者達が求めているものは、有力な「指導者」──ではなく、穏やかに暮らせる「生活」に他ならない。指導者というものは利益のための副産物に過ぎず、自分の生活さえ取り戻せるのなら、云ってしまえばリーダーなんて国民的には誰でもいいのだ。

 シンは、そうしたミナの発言が、本当に分かる気がした。

 そもそもオーブ国民は、地球と宇宙間で昂る戦争の機運と、実際の地上の戦災を嫌って、オーブに定住の地を求めた移住民が、比率としては非常に多いのだ。そういった意味で、国民の過半が心より求めていたものはアスハ家の独裁やオーブの理念などではなく、現実としてのオーブ国内での平和なる生活。

 

「アスハ政権の最大の失策は、そうして国民が求めたものを勝手に履き違えたことにある」

 

 であるなら、サハクはアスハのことを反面教師とするしかない。

 いま現在も増え続けるオーブからの避難民の収容先として、この〝アメノミハシラ〟は充分に機能していた。

 当然、軌道ステーションである以上は、難民の収容人数に限界がある。しかし、諸々の問題は殆んどが解決に向けて動き出しているようで、最近では防衛力の増強も進み、周辺宙域に太陽光発電パネルを設置することにより、オーブ民に有利な、とある特殊な戦闘を可能にする環境も出来上がっているらしい。

 

「──おれ達はじゃあ、これから、どう動くんです?」

「しばらくは表立っての行動を避け、行き場を失ったオーブの避難民達の収容を続ける。当面はアスハ政権の『姥捨て山』として、歴史の〝影〟に潜ませてもらう」

「姥捨て山……」

 

 オーブの『影の軍神』──

 ロンド・ミナ・サハクが何故そのように呼ばれるようになったのか、このときシンには、僅かに垣間見えたような気がした。この女性は、常に歴史の影に身を潜め行動する機会を伺っていたのだろう。世界に対して、裏から手を回しながら──。

 

「いまは力を蓄え──時が来れば立ち上がる。そのときは、オーブの(まこと)の力を以て、世界に我らの存在を示すのだ」

 

 決然と告げたミナは、シンを見据えて真っ直ぐに云う。

 

「そのときは──そなたも共に、戦ってくれるな?」

「! 勿論ですっ!」

 

 そのためにシンは、いま、力をつけているのだから。

 ──おれは機会を手に入れた。

 自分を必要としてくれる人を、この〝アメノミハシラ〟──いや、もうひとつのオーブの中に見つけたのだ。

 

「強くなれ、シン。──その鬼才(・・)、サハクのため、オーブのために役立てよ」

 

 まるで何かを見抜いたかのように、ミナは決然とシンに告ぐ。

 ──この女性(ひと)の期待に、応えなくては。

 シンはぎゅっと拳を握り、心にそう誓った。

 

(未来を創るのは、運命なんかじゃない──)

 

 光と影──

 地上と宇宙──

 アスハとサハク──

 ふたつに分裂したオーブ政権が相容れることは、ないようで。

 彼等が再会できるのは、また、遠い未来の話────。

 

 

 

 

 

 

 玉座の間を出た後のシンは、清掃用のエプロンを脱いで、ラフなブルゾンに身を改めていた。

 そうして彼は、「持ち場」として任された第八ブロックに入って行く──すると工具箱を片手に、大勢の機械工達の弟子のように働き始めた。以前はフォークリフトの運搬係にしか過ぎなかったシンであるが、今はこうして、直接的にMS整備等の作業に参加するようになっていたのだ。

 シン・アスカは、みずからMSの整備や開発の場に携わることによって、モビルスーツパイロットとして、そして、それ以上にメカニックとしても、機動兵器に対する『理解』を深めようとしていた。

 座学の知識はあれど、整備の大半を技術者に任せっきりになってしまう正規軍の操縦士と違い、シンは出来るだけ臨機応変な実践知識(ノウハウ)を求めた。

 彼の中の向上心が、彼にそうさせた。その甲斐あって、座学では得るのが難しい|現場の知識を深め、専門知識の伊呂波を承った後は、火花やオイルをその身に浴びながらも、泥臭い努力をしていたのだった。

 ────そうしてシンが機械工の作業を手伝っている中で、男性技師が声高に叫んだことがあった。

 

「しっかし、この〝アカツキ〟の追加装備(バックパック)──いったい誰が使うんだァ!?」

 

 彼等がこのとき製造していたのは、アカツキ島より輸入して来たORB-01(アカツキ)の背部装備だった。

 既に万能型の追加装備がひとつ完成している最中、新たな追加装備を開発するように、ミナからの指示があったらしい。

 

「〝オオワシ〟はもう別に完成してんだぜ? あれがありゃ、特に困ることもないだろうに?」

 

 しかし肝心の技術者達は、それが誰のための武装なのか、いまだに伝えられていないようで。

 

「オーブの理念を体現した〝黄金の護り神〟──ていう割には、随分と攻撃的な見た目になっちまったな、おい」

「そりゃ、おれたち技術屋の落ち度だろうがよ」

「違えねえっ!」

 

 オーブに在住していた、コーディネイターの技術者達である。

 彼等は外観に不満げなその言葉とは裏腹に、性能に関しては満を持しているようだった。

 

「…………!」

 

 シンは改めて、新たな追加装備を装着した〝アカツキ〟を見上げ、息を呑んだ。

 現在──〝アカツキ〟の背部には、〝ストライク〟のI.W.S.Pに相当する統合兵装システム(マルチプルアサルトストライカー)が実験的に装備されていた。全射程距離(オールレンジ)に対応した武装を満載し、その分だけ消費電力は甚大だが、〝フォートレス・ストレイカー〟に試験的に搭載された新型大容量バッテリーを採用することにより、それらの電力問題を克服している。

 性能について詳しい言及は避けるが、一方の外観は、大振りな翼状スラスターを広げたようなものになっていた。シンにとっては、ちょうど妹を奪ったと思われる〝白銀の破壊神〟と似たような翼を生やしていたのである。

 少年ぽい感動が駆られ、シンはそんな〝翼〟が格好いいと感じたが、ある折に、率直な疑念を口にした。

 

「この〝翼〟って、何なんです? 飾りですか?」

 

 技術者の男は、心外そうに返す。

 

「飾りじゃねえよ。あれは〝禍ノ生太刀(マガノイクタチ)〟──歴とした武装だ!」

「マガノ、イクタチ……?」

「そうさ。翅翼(スラスター)の内部から〝特殊なコロイド粒子〟を放散させ、このコロイドに触れた敵機のバッテリーを強制放電(・・・・)させる──ちょっとしたコンピュータウイルスの発生装置だな」

 

 シンはそこで、またも〝白銀の破壊神〟のことを思い出した。

 あの機体もまた、翅翼の内部から翡翠色の〝光波粒子〟を飛ばすことにより、堅牢なビームバリアのようなものを展開していた覚えがある。──最近のモビルスーツは、そういった粒子の応用が進んでいるのだろうか?

 

「相手の電力をだだ漏れにすれば、大抵のモビルスーツは戦う前に撤退しなきゃいけなくなる」

「『戦わずして勝ち残る』──そんな理想を実現させる代物だよ」

「コンセプトが、オーブっぽいですね」

「そうさ。この〝アカツキ〟は、どこまで行ってもオーブの理念の体現者なんだ」

 

 男性技師は、背後に聳立する〝黄金の護り神〟を振り向きながら、さも満足げに、惚れ惚れとして語った。

 ────黄金は、オーブにおいて特別な意味を持つカラーリングである。

 〝アカツキ〟は全身が黄金に彩られているわけであるが、これもまた、虚栄心から来る単なる虚飾ではない。〝八咫ノ鏡(ヤタノカガミ)〟と呼称される黄金のフレームは、ナノスケールのビーム回折格子層と、超微細プラズマ臨界制御層から成る鏡面装甲になっており、受けたビーム兵器をそのまま相手に跳ね返すことができる──防御に重きを置いた、オーブの理念を体現した装甲となっているのだから。

 

「コロイド粒子を介して疑似的に敵機と連結しているから、強制放電させた相手の電力を自機(じぶん)に還元・吸収させることも可能だ」

「だからこそ、状況によっては野蛮な核動力機と渡り合うことだって出来るんだぜ? 稼働時間を気にせずにな」

 

 オーブはその理念の都合上、核エネルギーを機動兵器に搭載することを禁忌としていた。

 だが、連合やザフトが続々と核動力機を実戦に投入する中で、それらと渡り合える機体が必要だった。だからこそ、敵機と交戦する以上、実質的に稼働時間に制約のない──この追加装備が発案された。

 

「〝羽々斬(ハバキリ)〟──それがこのバックパックの名前だ」

 

 神話において、それは災禍の大蛇を切り捨てたとされる〝聖剣〟をモチーフとした名だ。

 

「オーブは、これからも戦うさ。おれたち自身の、生活を護るためにな」

 

 男はしたり顔で、そう云った。

 

 

 

 

 

 余暇が出来ると、シンはモビルスーツのシュミレータに座り込むようになっている。

 それはもはや日課というより、習慣とでも云うべきもので、訓練をしなければ一日は終わらないと云った風でもある。もっとも、この〝アメノミハシラ〟の中には戦災を被ったことを機に、シンと同じように『護る力』を求めるようになった難民も多く、日中においてはシュミレータはさながらゲームセンターのような賑わいを見せるのだった。

 シンはどちらかと云うと静かに没頭していたい性格であったのか、多くの人間が眠りに就いてから、こうして装置に座り込むようになっていた。昼は機動兵器についての見識を広げ、雑用として働き、夜はこうして訓練に勤しむ──とても心に傷を負った少年のスケジュールとは思えないが、それもこれも、目的があってのことだった。

 

「…………」

 

 数々の火線がシンを目掛けて飛来する。

 が、その悉くをシンは裁きつつ、自機が出せる性能の限界──それ寸前の火力と機動性を以て反撃を行っていく。舞台(ステージ)は濃霧に包まれ、視界は決して良好ではなかったが、シンは直感──そう、ほとんど直感に従って照準を付けていく。

 が、GAT-X131の戦闘データが敵として登場したところで、シンは正確無比な狙撃──その直撃を受け、敗北してしまった。回避行動を取ったが、出がかりが遅すぎたのである。

 

「──くそッ……」

 

 荒々しく、ヘルメットを取り払う。

 

「こんなんじゃ、全然だめだ──」

 

 このままでは、勝てない──。

 ──誰に?

 その答えは、シンの中ではすでに決まっていた。

 

「〝アイツ〟に、勝てるようにならなきゃいけないんだ……おれは!」

 

 自分の前から、母を、父を。

 ──妹を、奪って行った〝破壊神〟……!

 神々しく、綺麗な白銀に彩られた仇敵を、いつか撃ち斃すためにも。

 

(アイツはおれが討つんだ──! いつかこの手で、絶対にッ!)

 

 すべては、妹の仇を討つために──。

 歴史の影に潜んだ鬼子は、そうして、力を蓄えつつある。

 

 

 

 




「主人公としてのシンらしさ」
 を考えた時に、結局は無印主人公達に対する「アンチテーゼ」こそ、それを引き立たせているのではないのかな? と考えました。

 ミナ達が何を考え、何を目指しているのかは、今は明確に描いてないですし、何の会話をしているのかもわからなかったと思いますが、何か動き出そうとしているニュアンスだけを理解して頂ければ。

 【ハバキリ】
 正史ではC.E.73年寸前になって完成した〝アカツキ〟の〝オオワシ〟〝シラヌイ〟パックですが、ここでは既に完成しています。
 もっとも、〝シラヌイ〟の方は超人でもなければ扱えない装備ではないかと個人的に考えているので、この小説には登場しません。…………しかし、かの殺人的なドラグーン兵器を、オーブの軍部は本気でカガリに使わせる予定だったのでしょうか? 初めからムウが乗ること前提みたいな装備でしたよね……?
 ────何はともあれ、この小説は〝シラヌイ〟の枠に〝ハバキリ〟パックが代入された形で進んでいく予定です。
 

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