~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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 多少の捏造などがあります。分からない点や、原作と明らかに違う点があれば、質問等で遠慮なくお寄せ下さい。




『安息の終わり』

 

 決戦に備えたザフト軍は、〝ボアズ〟と〝ヤキン・ドゥーエ〟──それぞれの宇宙要塞に戦力を配置していた。

 前者──〝ボアズ〟はL5宙域の外縁に建設された軍事要塞である。

 後者──〝ヤキン・ドゥーエ〟はL5宙域に浮かんだ〝プラント〟の最終防衛ラインを形成する拠点であり、こうした二段構えの防衛線によって、ザフトは月基地からの攻撃に備えて準備をしていた。

 この半月の間にザフトが行ったのは、新型の〝ゲイツ〟等モビルスーツの大量生産と、優れた撹乱性能を誇る〝ベルゴラ〟部隊の編成だった。〝ジン〟や〝シグー〟等の従来の機種に当てられていた軍資金を可能な限り新型MSの開発費へ回し、戦果の多いエースパイロットには惜しむことなく進呈する。地球連合軍と比した場合、圧倒的寡兵であるザフト兵──その各個戦力の底上げを図ったのである。

 

 ──だが、高性能モビルスーツは「与えておけば良い」というものではない。

 

 既に旧式(かたおち)となりつつある〝ジン〟に至っても、昨今に至る機動兵器の雛型だ。そういう意味では〝ジン〟の操縦系は基礎に忠実に再現されており、単純ではないにせよ、そうした簡単さが体に馴染んだザフト兵は少なくない。それが上の都合で〝ゲイツ〟等の新型MSに一新されれば、新鮮味だろうが抵抗感だろうが、パイロットが当惑するのは仕方のないことだ。だからこそ新たな操縦系を身体に馴染ませるため、ザフトもMS訓練は怠らない。乗機に対して思い入れがないというのは、言葉にすると簡単だが、事実にすると重たいのである。

 

 そして、多くのザフト兵が搭乗機を取り換えたことにより、ザフトは大規模な人事異動も行った。

 

 たとえばザフトにおいて様々な意味で有力と謳われていたクルーゼ隊であるが、これは隊員のイザーク・ジュールを隊長に昇格させる形でジュール隊として新たに発足。部隊長のポストにあったラウ・ル・クルーゼは評議会直属の特務隊に配属され、イザークの補佐役であり副隊長にはディアッカ・エルスマンが据えられた。彼らの下にはシホ・ハーネンフースやアイザック・マウほか、数々の新鋭パイロットが軍籍を置いている。

 そうして新発足したジュール隊であるが、彼等は〝ヤキン・ドゥーエ〟に配属され、このとき付近の宙域でMSの操縦訓練を行っている最中だった。訓練の指揮を取り持つのは、他でもないイザークだ。

 

「──反応が鈍いッ! そんなことでは、前線に出て行ったところで撃墜(やら)れるだけだぞ、馬鹿者!」

 

 〝デュエル〟を駆りながらも、イザーク・ジュールが怒鳴り声を挙げる。〝ゲイツ〟や〝シグー〟の派生機を操縦している新兵達は、モビルスーツの性能に頼るばかりだ。それは機体を乗りこなすというより、機体性能に振り回されているようでもある。鋭敏な機体性能に、新兵らしくすっかり当惑していたに違いない。

 

「モビルスーツはただの器だ! その価値を引き出せるかどうかは、すべて貴様らの腕にかかっている! 性能に甘ったれるな!」

 

 たとえば、ひとつの碗があったとする。

 ──〝ゲイツ〟という名の高価な碗に対し、新兵達は一滴の水でしかない。

 一粒の水滴に器を満たす力がないように、今の新兵達では〝ゲイツ〟が持つ本来の性能を発揮できるはずもなかった。彼らは優れたモビルスーツの本領を発揮し、これを扱いこなす──自分自身の力とするだけの実力が、いまだ養われていないからだ。

 

〈手厳しいねェ、ジュール隊長?〉

 

 傍らのディアッカ・エルスマンは、相も変わらず斜に構えている。

 

我々(ザフト)は物量で劣るのだぞ──ひとりひとりが自覚を持たねば、〝プラント〟は守り切れん……!」

 

 攻めるのではなく、国を守るための戦い。

 今のイザークの中では、どちらかと云うとその念の方が強かった。

 

〈──お? 退避指令?〉

 

 そんなときだった、ディアッカが気の抜けた声を挙げた。同時にイザークの手許のコンソールにも〝ヤキン〟管制室から「場を退くよう」指示が届く。それはディアッカの云うように、退避指令だった。

 ──なんだ、訓練中だと云うのに……?

 イザークは眉を顰めつつも、隊員たちに現宙域から避難するよう打電する。そうして彼等は一旦訓練を取りやめ、その場から退いた。しばらくすると、遠方から一隻の宇宙船がやって来た。大型艦だ──所属は不明だが、貨物船の一種らしい。この宇宙船が宙域を横切るために、どうやら、イザーク達は邪魔だったようである。

 

〈なんだありゃ、宇宙船? ──〝ヤキン〟に入って行くな……〉

 

 見慣れない宇宙船が、要塞の宇宙港に入って行く。彼等はそれを見届けながら、怪訝に思った。

 ────やがて基地に戻り、制服に着替え終えたジュール隊は、このとき〝ヤキン〟内の廊下を歩いているところだ。

 

「〝ヤキン〟に入港した得体の知れん艦船。あれはいったい、何だったんだ?」

「さあ?」

 

 所属の分からない艦船を目撃し、心が落ち着かない部分があるのだろう。イザークは思い出したように云ったが、ディアッカは答えることが出来ない。

 

「──御存知ないですか? あれ火星圏からやって来た、外来の宇宙船ですよ」

 

 そんなとき、言葉を発したのは、部下のアイザック・マウという士官だった。

 緑服の少年であるが、優しげな顔立ちをしている。知識が豊富なこともあって、ジュール隊では生真面目な性格が印象的だ。

 

「火星圏?」

 

 ディアッカは鳩に豆鉄砲喰らったような表情で云う。

 ええ、とアイザックは答えた。

 

「火星圏にも〝マーズコロニー〟群と呼ばれる、人類の大規模なコミュニティーが存在しているんです」

 

 C.E70年代初期に確立した、人類の新しい住処──それが火星圏にある〝マーズコロニー〟だ。

 地球圏から見れば、それは文字通り、遥か彼方の話ではある。だからこそディアッカには実感が湧かないのだろうが、イザークは違った。

 

「聞いたことがある。確かレアメタル採掘のために、火星圏に渡った人間達がいるのだろう?」

「そうです──レアメタルは、地球圏じゃあなかなか採取できない貴重な資源(べースマテリアル)ですからね」

「火星出身の採掘屋(、、、)が、この〝ヤキン〟に何の用だって云うんだよ?」

 

 異邦人を小馬鹿にしたような口調で、ディアッカは問う。

 アイザックは解説するように云った。

 

「〝プラント〟と〝マーズコロニー〟群は友好関係にあるので、定期的に宇宙便が行き来してるんです。さっき見かけたのは、その使節団だったんじゃないでしょうか?」

 

 アイザックの推察は正しい。実際、火星圏で暮らす人々は〝プラント〟に友好的な見方を示す者が多く、広い意味で理解者が多いそうだ。

 ──火星圏に暮らす人々は、その大半が、コーディネイターである。

 加えて〝マーズコロニー〟自体が様々な意味で〝プラント〟と似ているために、火星圏は実質上の「親〝プラント〟共同体」として存続しているのも事実だ。双方は軍部での繋がりもまた深く、火星圏に暮らす者達は、貿易を介してザフトに〝軍事力の源になる物資(ベースマテリアル)〟を輸入することも少なくない。

 

「直接的にザフトに軍事提供を行ってしまうと、連合から露骨に敵視されます。ですから彼等は、モビルスーツの製造に必要な物資なんかを、あくまで『貿易』という形で、ザフトに提供してくれるんです」

苦肉の策(カモフラージュ)というわけだな……? 要するにそいつらは、ザフト(おれたち)のスポンサーということか」

 

 ディアッカは皮肉げに溢す。

 

「わざわざ火星圏で暮らす連中がいるなんて、ご苦労なこった」

「仕方がありませんよ……彼等の肩身も狭いのです。〝プラント〟のコーディネイターと同じように」

 

 そもそもの宇宙開拓とは、ナチュラルが始めた宇宙事業だった。人類がその長い歴史の中で、夢見続けて来たものがある──それはテラフォーミングを終着点とする人類の「より新たな生活区の開拓」──すなわち「フロンティアの拡大」である。

 たとえば〝プラント〟も、元は宇宙開拓事業が実現したひとつの入植地であるように、フロンティアの前進を掲げたナチュラルは、やがて火星圏に〝マーズコロニー〟をも建設した。

 

 ────人類は映画のように、その生活圏を拡げて行っているかのように思われた。

 

 だが、こうした宇宙開拓を推し進められてゆく中、全てのことが順風満帆に運ばれるわけではなかった。地球圏にある〝プラント〟と違って、一方の〝マーズコロニー〟は地球から遠く離れた宇宙上にあったことで、非常に過酷な環境に置かれていることが発覚したのである。太陽から遠いために差し込む光の少ない極寒の世界と、与圧服を用いても息苦しいほどの低気圧──その他にも多様に存在する遠因が折り重なって、火星圏を人間が暮らすにはいまだ厳しい環境に仕立て上げていた。

 その結果として、宇宙開拓を進めたナチュラルの事業者は、ひとつの結論を導き出した。

 

『ナチュラルでは、火星圏の環境に適応していくのは難しい』

 

 不可能というわけではない、あくまで難しいの範疇であったにせよ、ナチュラルの事業者は同胞の受難を嫌って、代わりにコーディネイターを開拓使として派遣し、彼等を火星圏で労働させた。これが、現在に至る火星圏の入植地──〝マーズコロニー〟が生み出された起源である。

 

「少ない人員で苛酷な環境に対応していくために、火星圏の開拓には、より洗練されたコーディネイターが必要になりました。そのため火星圏(あちら)では、必要な職種に合わせて(、、、、、、、、、、)遺伝子調整した(、、、、、、、)コーディネイターが造られていると聞きます」

 

 定められた役割のままに、生まれたときから職業を決められた者達。リーダーの資質を持つ者はリーダーとして、戦士としての資質を持つ者は戦士として生まれ、育ち、そして死んで逝く──それは人類の、新しい進化の形。

 火星生息者──〝マーシャン〟と俗称される──コーディネイターの新分類だ。

 

「与えられた役割のために、ひらすら機能的に生きるコーディネイターか──」

 

 イザークはひとりごちるが、たしかに、コーディネイターが初めて造り出された動機を考えれば、それは理解できないものでもない。

 ──力を、知恵を、美しさを……すべてを追及した結果として、人類が作り出したコーディネイター。

 この地球圏においても、コーディネイターは結局、その人生の大半を生前の遺伝子操作に左右されている部分が大きい。コーディネイターとして生を受けたイザークとしては認めがたい点ではあるが、自分達の能力や美貌がナチュラルより優れているのは、一般的に「当人が凄い」というよりも、むしろ自分達の「遺伝子調整が凄まじい」という解釈だって可能なのだ。

 ──無論、中には本当に努力をしているコーディネイターがいることも、無視してはいけない要点だ。

 ──しかし、それが誰に分かる?

 少なくとも地球軍はそう感じていないから、自分達のことを『宇宙(ソラ)のバケモノ』と見境なく罵り下すのだし、そういう意味では「優れた遺伝子(イコール)優れた力」という発想も、決して間違った解釈ではないのかも知れない。遺伝子の優劣こそが、その者の人生に明確な〝答え〟を示すものでもある──という発想も。

 

 ──きっと、そんな考え方を極端に推し進めたのが、火星圏のコーディネイター達だ。

 

 遺伝子──人々が生まれ持った能力・特性によって、彼等の生き方を制定してしまう社会。より完璧にして完全な「適材適所」の社会システムを法規することにより、より少ない人員で効率的に火星圏を開拓していくための必然──人間を遺伝子に記された特性に従って振り分け、役立て、運用してゆく世界。役に立たないと思われる人間を一切として排除した、ある種の優性思想の極地。どこまでも効率的な社会を、運命によって定めてしまう在り方──

 そんな社会を想像して、アイザックは云う。

 

「隊長なんかは素晴らしいお力をお持ちですし、きっと『戦士』に向いてるんじゃないでしょうか、はは……」

 

 このときアイザックは、部下としておべっかを使ったに違いない。

 が、これはあまりに無神経な発言だった。

 

「──おれは戦いたくて戦っているのではない!」

 

 二度と薄っぺらい言葉を吐くな、愚か者! とイザークは怒鳴った。

 

「ひい! すいませんっ!」

 

 今でこそ義勇兵の隊長をやっているが、そもそもイザークには「文官議員」という、みずから望み、そして手に入れた職業があるのだ。

 にも拘わらず、力を持っているから? 他人より少しばかり上手にモビルスーツを扱えるから? ──そんな断片的な特徴を根拠に「戦士に向いている」なんて、偏見の押しつけじゃないか。イザークとしては、そうして無責任に他人に生き方を指示されたり、もしくは強制されたりするのは、まっぴら御免である。

 ──だいたい、人間の自由意思を奪い取る社会に、どれだけの価値があるというのだ……。

 そういう意味ではイザークは、火星圏の在り方に共感を示すのが出来ないのかも知れなかった。たとえそこで暮らす者達が、彼と同じコーデイネイターであったとしても。

 そんなときに突然、ディアッカが茶々を入れる。

 

「まっ、そんな隊長殿でも残念ながら士官学校(アカデミー)は次席での卒業だぜ? 次席で『戦士』になれるってンなら、アイザックの云う『戦士っぽいやつ』は、こいつの上にまだいるな」

 

 

 ──主席(アスラン)がな、とディアッカが笑い、イザークは鼻を鳴らした。

 

「ふんッ、それはそれで、気に入らん話だ」

「そうそう。──『戦士』と云えば、アイツの方が似合ってる気がするぜ」

 

 ディアッカはひとりの同期の姿を思い浮かべながら、茶化すように云った。

 ──そうだ。パナマ侵攻戦の折なんかは、特にアイツ(・・・)は鬼のような働きを見せた。

 一切の慈悲もなく、徹底的に敵を──ナチュラルを屠る鬼。次々と〝ダガー〟をねじ伏せ、畏怖された〝エクソリア〟を単独で撃破した英雄。大義のために戦い、それ以外のことはまったく気に留めない、まさに『戦士』と形容するに相応しい姿だったと、ディアッカは漠然と思う。だがイザークの反応は違った。しばし沈黙した後、憮然として返す。

 

「……だが、そうでもないぞ、最近のアイツは」

「──へ?」

「知らんなら、ついてこい」

 

 イザークは踵を返し、ディアッカを引き連れ、とある場所に向かった。

 

 

 

 

 

 ディアッカがイザークに連れられた先は、〝ヤキン・ドゥーエ〟基地内の自習室だった。

 本国との間に定期便が運航しているこの基地に務める兵士達は、限られた範囲であれば本国から私物を調達することが許されている。ザフトは義勇軍であるため階級は存在しないが、特務隊の人間ともなれば待遇は違う。徽章を多く身に付けた人間ほど優遇されるのは軍組織において基本構造であり、そのため「彼」は、この〝ヤキン〟内に様々な書籍──参考書を取り寄せていたのだった。

 

「医学書……?」

 

 ディアッカは、その「彼」がデスクの上に積み上げている参考書を見て、そう溢した。

 ────アスラン・ザラである。

 自習室の中にはアスラン・ザラの姿があり、彼はいま、まるで受験生にでもなったかのように勉学に勤しんでいた。ディアッカは目をむいて驚く。

 

「おお? どういうことだよこりゃ、アスラン?」

「──ディアッカ? どうしてここに?」

 

 来客に気付いたアスランが、デスクから離れて顔を上げる。その表情はきょとんとしており、心底意外がっている──いや、ある意味それも当然の反応かも知れない。不真面目を人間にしたようなディアッカが、自習室なんて空間に足を運んで来ていれば──。

 互いに怪訝な顔をするふたりの間に立ち、イザークがフォローに回った。

 

「半月前から何があったのか、こうして医学書の多読に耽るようになったな、アスラン。暇があれば、此処を訪れているのだろう?」

 

 そしてまた、アスランは唖然としてイザークを見遣る。

 

「知ってたのか?」

 

 アスランは、周りに悟られないようにして自習室に通っていた。医術についての本を読み漁り始めたなど──パトリック・ザラを除けば──まだ誰にも打ち明けたことがない事実であるそうだ。

 にも関わらず、イザークは以前から知っていた口振りで、だからこそアスランは驚いていた。どうして知っているんだ、と問いかけられたイザークはと云うと、

 

「たっ、たまたま見かけただけだ!」

 

 慌てたように、憮然として答えたが。

 

「いつも利口そうにお高く止まっていた貴様が、今度は何に興味を持ったのか、半月前から確かめていただけだっ」

 

 敵情視察だ! とでも云いたげなイザークであった。

 

「それが、医学?」

 

 例によって強情が働き始めた隊長様は放っておいて、いったい、どういう風の吹き回しだろうか? もとより、アスランが興味を持っていたのは「人体医学」──というよりは「機械工学」だったはずだ。それこそステラやラクス嬢にプレゼントしたとされる〝ハロ〟とかいう自作ロボットの数々を見れば分かるように。そんな機械オタクにどういう心変わりがあって、今度は医学に手を伸ばそうと思ったのか?

 

「機械をいじくり回すだけじゃ物足りなくなって、今度は人間をいじくり回そうって魂胆か」

「ディアッカ」

「冗談だろ、相変わらず冷めた目は怖えなおまえ」

 

 ところで、ディアッカの父──タッド・エルスマンは最高評議会議員にして、〝プラント〟における医学界の権威でもある。そのため、彼の息子であるディアッカ自身も将来は医学に精通する研究者になる予定なのだ。だが当の本人の不真面目な性格もあり、今はディアッカ自身、父親の要求に応えられるほどの勉強は進んでいない状態だ。その点、同僚のアスランが自分よりも早く医学の勉強をし始めた現実を目の当たりにして、このときの彼は少なからず焦ったはずだ。

 

「勘弁してくれよ。おまえが将来同業者になるんじゃ、おれの仕事が減っちまうだろ」

 

 ディアッカは呪うように言ったが、アスランは真摯に答えた。

 

「なら、今からでも頑張ればいいさ。その不真面目を直せばいいんだ」

「おまえってホント、いつからか無自覚に黒くなったよな」

「そうか?」

 

 きょとんとしてアスランが云うが、だからこそ無自覚というのだ。──もともと妙に間の抜けたヤツではあったが、無自覚な上に毒舌って、全くいい性格になりやがった……。

 ディアッカが内心で皮肉るが、一拍置いて、アスランは苦笑した。

 

「いや、心配しなくても、おれがきみの同業者になることはないよ」

「どういうことだ?」

 

 行動と発言に矛盾を感じ、ディアッカが改めて問いただすと、アスランは一冊の医学書を示唆した。

 ディアッカはそこに視線を落とし、絶句する。無理もない──このときアスランが身に付けていたのは、こと〝プラント〟においては、まるで需要のない医療知識(、、、、、、、、、、、、)だったのだから。

 

「──『薬物医学』……? おまえ、なんでそんな(・・・)──」

 

 コーディネイターの台頭により、やはり〝プラント〟は様々な医療分野が発展している。たとえば基礎医学、臨床医学、生化学、分子生物学、応用生体工学は、地球の医療研究機関の技術水準と比して数世代先を往っているとまで云われている。しかし、そうして優れた分野もあれば、反対に大きく遅れを取っている医療分野も存在するのだ。

 その内のひとつが薬物医学だ。生まれつき健やかな肉体を持って誕生するコーディネイターの多くは、肉体が備えた自然免疫力がナチュラルの比ではない。そのため、地球に暮らす人々に比べて風邪や病気に強いという特徴がある。その結果として薬品に頼る症例が少なく、その分だけ医療の発展が遅れている。つまりはアスランの云う通り、将来的にディアッカが関心を持つはずのない研究──露骨な云い方をすれば〝プラント〟においては利益が上がらない──云わば廃れた(・・・)医療なのだ。

 父親の体面もあり、将来を期待されているアスランなら、間違っても選ぶべき進路ではないが──

 

「──なるほどな……」

 

 しかし、これについては思う所があるのか、イザークは感心したように喉を鳴らす。

 アスランは、打ち明けるように云う。

 

「父上の前で〝誓い〟を立てた。──もしおれがあいつを説得できなかったら、そのときは……おれが医学者になると」

 

 「あいつ」──

 それが誰のことを差した指示語なのかは、イザークが改めて問うまでもなかった。

 

「おれは、地球軍の違法薬物に侵された強化人間を、救い出す方法が知りたい」

 

 薬物依存と洗脳教育により、本来あるべき人生から外れ、泥沼の畦道にまで叩き落された悲劇の者ら──それが、地球連合軍が造り出した強化人間だ。

 少なくともアスランはそう考えているのだが、正味、強化人間になってしまった本人達には罪はないのだ。彼らはただ野蛮な地球軍に利用され、鉄砲玉として酷使されている駒に過ぎないのだから。

 

「彼らを救うだけの医療知識。身に付けていれば、いつかは役に立つんじゃないか──」

 

 言葉には、云い知れぬ覚悟と同等に、後悔から来る悲嘆が混じっているように聞こえた。

 このときアスランは、ザフトに所属する者が、誰ひとりとして考えようともしない職業を想像していた。

 

「〝誓い〟というより、これは〝報い〟だ──妹を最後まで守ってやれなかった、オレの贖罪だ」

 

 戦うこと、敵を滅ぼすことに(かま)けて、アスランは以前から、ステラの感情や動向をまともに気に留めてやらなかった。そうして彼が目を離している隙に、ステラはクライン派というテロリスト集団に騙されて、敵軍に渡ってしまった。

 ──妹は、悪者に騙されやすい『病気』なんだ……!

 確かに〝メンデル〟では説得を呼びかけ、しかし、何を云っても、何を伝えても自分の許に帰って来てくれなかった彼女は、もはや末期とは云えないか? 和解するどころか、あまつさえ〝ジャスティス〟を撃砕し、自分に向けて刃すら振るって来たステラ──こんなことでは、彼女を救い出す方法なんてあるはずがないのだ。

 

「妹はもう手遅れだ。だが他の強化人間なら、まだ間に合う……おれや父上のような思いをする人間が、これからの未来に二度と生まれないように──」

「だから薬物医学の勉強を……? 将来は、医学者の道を進むのか」

「妹は救えなくても──他に救える命なら、まだ未来(そこ)にあるはずだ」

 

 少なくとも、親愛なる妹と袂を分かち──生き方を違えたとされる現実が、このとき、彼の中に変化を生んでいたのだろう。

 このときアスランは、人を「殺す」ことではなく、むしろ人を「救う」ことによって、前に進む方法を知ったのかもしれなかった。

 

「──ふんっ、終戦後の話をそこまで思い描けるとは、随分とお気楽だな」

 

 イザークは感銘を受けたことを隠すように、ぶっきらぼうに云い捨てる。

 

「その志は立派だ、褒めてやろう。──だがな、勉学に(かま)けて今度は訓練をおざなり(、、、、)にしたら、おれは許さんからな」

「そうだな。肝に銘じておくよ……」

「貴様は確かに利口だが、決して器用ではないんだ。一度に複数(おおく)のことができると思うな」

 

 そう、終戦後の想像を膨らませている余裕など、今のザフトにはない。

 全面戦争が始まれば──生きるか死ぬか──〝プラント〟が生き残るか滅びるか──その瀬戸際に立たされるのだ。終戦後のことを考えるのは、すべてが終わってからにすべきかも知れない。

 早い話が、遠回しに「死ぬんじゃないぞ」と云われたような気がしたアスランであった。

 

「…………」

 

 互いに高め合う好敵手としても、互いに助け合う仲間としても、おれは良い同期を持ったのだな、と彼は改めて、胸に思った。

 

 

 

 

 

 遠く離れ、意見を違えた者同士とは云え、キラ・ヤマトもまた、このときアスランと同じような話題について話していた。

 そんな彼はいま、〝エターナル〟に用意された自室にいた。

 

「強化人間は、きっと助けられる──」

 

 その言葉は、キラの自室を訪れていた、ステラに向けて放たれたものである。

 彼女はキラが普段から就寝しているベッドの上に腰かけており、キラはそこから離れ、自身のデスクの椅子に座っていた。

 

「前にきみは云ったよね──『地球軍は、強化人間を元に戻す方法を知らない』って」

 

 ステラは、こくり、と頷いた。実際、その通りなのだ。この世界にはまだ、強化人間に身を貶めた人間を回復させるほどの医療技術が存在しない。それはステラが、その体験を以て一番よく思い知っている真実であろう。

 キラは伏し目がちに考えながらも、先を続ける。

 

「でもそれは……逆に捉えちゃえば『地球軍だから(・・・・・・)強化人間を元に戻せない(・・・・・・・・・・・)』ってことなのかも」

 

 そしてこれは、すこしばかりナチュラルを見下した云い方になる。だがキラは今、敢えて躊躇せず端的に続けた。

 

「ナチュラルの彼らには、彼らにできる『限界』がある──」

 

 差別的表現の混じった灰色の発言だが、悪意を以て云ったわけではない、残念ながら、それがひとつの真理であるということだ。時代背景を考えれば明らかであるように、元々はそういった『限界』を突破するために人類はコーディネイターなる新人類を造り出したのだ。

 

地球軍(ナチュラル)が単体で治療法を捜そうとするから、いつまで経っても結論が出ないんじゃない?」

 

 アラスカで異動になったナチュラルの元軍医(ハリー・ルイ・マーカット)も、有能な医学者であったようだが、結局は強化人間を治療する方法が分からなかったように──もはやナチュラル単体では解決できない領域(レベル)まで、この問題は掘り下げられているのかも知れなかった。

 

「だったら、コーディネイターの知恵(ちから)を借りてみたらどうかな」

 

 生来より、高い素養と能力を以て生まれ来るコーディネイターたち。

 勿論〝プラント〟の叡智を以てすれば解決可能な問題なのか? と云うと、「それはまた違う」とステラは答えるはずだ。なぜなら〝プラント〟の薬物医学は需要の面で大きく停頓しており、はっきり云って、この分野に限って云えば地球軍所属の医学者の方が精通している。碩学な〝プラント〟の医学権威をとりあえず頭数揃えたからと云って、重度の薬物中毒に侵された強化人間を治療できるわけではないのだ。

 そこには大前提として、より豊富な専門知識を持ったナチュラルの──いや、地球軍所属の医学者が同席する必要がある。

 

「そういう意味じゃ、強化人間を救うために必要なのは、地球軍とザフト、ナチュラルとコーディネイターの『協力(・・)』だ」

 

 キラがそう云ったのには、理由がある。 

 

「大西洋連邦が持っている〝知識〟と、ザフトが持っている〝知能〟──どちらか一方でも欠けちゃったら、この問題は永遠に解決しないよ、きっと」

 

 連合単体では問題を解決することはできないが、〝プラント〟単体でもそれは不可能だ。しかし、相互に不足しているふたつが、将来、ひとつになれば──?

 ──きっと、今はまだ編み出されていない『強化人間を助け出す方法』だって、見つかるんじゃないか?

 現実問題、地球では〝プラント〟ほど高度な機材は整っていないが、対照的に〝プラント〟では地球ほど秘奥なデータは揃っていない。設備と資料、いわんや知能と知識が合わされば、医療の世界にも、きっと不可能なんてないはずだと──キラは思う。

 

「──そこに、フレイを助け出す〝希望(のぞみ)〟がある」

 

 彼らが話し合っていたのは、どうやらRGX-00(レムレース)のパイロットについてだったらしい。

 

「『強化人間は、戦争が終われば始末される』──フレイはそう云ってた」

 

 うん……と、ステラは消沈がちに肯定した。

 それはフレイの発言の意味が、少なくとも、ステラに理解できてしまったからだ──強化人間は、平和が訪れた記念日こそが、その命日になる。

 

「でも、ぼくはそう思わない。もし本当に戦争が終わって、ナチュラルとコーディネイターが歩み寄れる日が繰れば──地球と〝プラント〟の医療が融合するような日が来れば、彼女達は、きっと助けられると思うからだ」

 

 それはステラにとって、まったくの別角度からの意見であった。

 

「この分野に碩学な地球の医学者と、あらゆる分野で博識な〝プラント〟の医学者──ふたつが手を取り合って事業を進めれば、きっと〝毒〟に犯された強化人間の体質を改善する方法だって、見つかるはずだよ」

「……考えたことなかった……」

 

 だが、咀嚼して見れば間違った予想ではない。

 現実に〝ミネルバ〟にいたコーディネイターの軍医は捕虜となったステラを治療する方法を知らなかったのだが、仮にあの場に地球軍の研究者が同席していたら、結果はどうなっていただろう? ナチュラルの研究者が、コーディネイターの医者に適切な対処法を教え、二者が協力していれば──あるいは本当に、強化人間を治療する方法だって見つかるかもしれない。

 

「戦争を終わらせようと戦うことは、強化人間(かれら)を助けることでもあると思うよ」

「…………」

 

 ステラは、押し黙った。

 ──問題は、そこまで善良な研究者が、地球軍の中に本当にいるのか? ということだろう。

 少なくとも、ステラは地球軍の研究者に〝ひとでなし〟の印象しか抱いていないし、彼らのことを血の通った人間とは思えない。本当に良識のある人間なら、そもそも強化人間なんて造らないと思うからだ。

 

「……あっ」

 

 そんなとき、眼鏡をかけたひとりの軍医の姿が浮かんだのは、偶然であったろうか。

 ────が、そんなときである。

 〝エターナル〟艦内に放送が響いて、ステラは艦の格納庫に呼び出された。話を輿を折られた気分ではあったが、彼女はそっとベッドから立ち上がり、会釈を交わしてキラの部屋から出て行った。

 

 

 

 

 

 呼び出された格納庫、エリカ・シモンズ技術主任の姿があった。

 嫌でも目立つ金髪をした少女を見掛け、エリカは手を振って彼女を招く。慣性を使って降りてゆくステラに、エリカから報告があるようだ。

 

「──頼まれていた解析作業だけど、分かっている範囲で報告するわね?」

 

 それは、半月前に〝クレイドル〟が起こした『真紅の発光現象』についての連絡だ。

 ステラはかねてより技術主任であるエリカに頼んで、その解析を依頼していたのである。ステラは傍らに聳立する白銀の巨人──〝クレイドル〟を一度仰ぎ見、そして頷いた。エリカはふっと微笑み、手元のチェックボードを起動する。そこには〝クレイドル〟の詳細データが映し出され、つらつらとデータを目で追いながら、説明を始めた。

 

「あなたの乗る機体──ZGMF-X08A(クレイドル)は、たしか、ファーストステージシリーズの第一機として開発された経緯があるのよね?」

「うん……。そう聞いた」

「ということは、ザフトの技術者が『容量(キャパ)もよく分からないまま過剰的(、、、)実験的(、、、)に様々な武装を突っ込もうとしたモビルスーツ』──という解釈も、可能なわけよね」

 

 ざっくりと云われるが、間違いではない。

 ザフトは数ヶ月前まで「相転移装甲(フェイズシフト)」やモビルスーツ用小型熱量兵器「ビームライフル」及び「ビームサーベル」等の技術開発分野において、すっかり地球軍に遅れを取っていた現実がある。それは明晰さを自負するザフトの──コーディネイターの──技術屋にとって忘れがたい屈辱であり、その結果(はねっかえり)が、連合が開発して見せた〝G〟兵器──これを遥かに上回る過剰性能(オーバースペック)なザフト製〝G〟兵器──即ちファーストステージシリーズを製造させる遠因のひとつになった。

 ZGMF-X08A〝クレイドル〟は、そうして開発された第一番目の〝G〟兵器だ。

 だが実際のところ、〝クレイドル〟の正体は核動力モビルスーツ製造過程における

 

『黎明機』

 

 としての位置づけにあり、開発期終盤における突然の仕様変更や、第一世代型ドラグーン・システムの実装による搭乗者選出の遅延、結果的に工廠に凍結・封印されていた事実、等々、その経歴はひどく迷走している。

 

「逆に云えば、〝クレイドル〟でやっちゃった(ドジ)踏みたくないから、その後継機には安定した〝フリーダム〟や〝ジャスティス〟を開発した、ということなのだけれど──」

 

 もとより、最高評議会より過剰な活躍を見込まれたモビルスーツ──それが〝クレイドル〟だ。ザフトの技術者達が出来心でありったけの装備を詰め込んでいても、あまり不思議はない。

 

「詳しいことはまだ完全には解明できていないのだけれど──」

 

 ボードを進めつつ、続ける。

 

「端的に云って、あなたが確認した『真紅の発光現象』は、おそらく〝クレイドル〟の武装のひとつ──光波発生装置から放散された〝光波粒子〟──その化学反応によるものよ」

 

 化学反応? ステラは思わず反芻していた。

 彼女は難しい説明が好きではなかったが、自身の搭乗機のこととなれば、一切の妥協はしなかった。

 

「本来『発光現象を引き起こす』なんて、そのようなスペックは〝クレイドル〟に内蔵されていなかった──つまり、あれは不可測の事態(イレギュラー)だったの」

 

 機体が獣の如く吼えるような、そして異常に軋む(、、)ような駆動音を立てながら、先月〝クレイドル〟は発光現象を引き起こしている。確かにあれは、本来あるべき性能を超越したオーバースペックが発動していたようにも思える。

 一歩間違えば〝クレイドル〟そのものが自壊してもおかしくなかったんじゃないか──と、今更ながらステラは恐々として思い偲ぶほどに。

 が、気になったのか、ステラは訊ねる。

 

「でも、普段は防御にしか使えないような光波防御帯(アリュミューレ・リュミエール)が、赤く染まって、急に攻撃に使えるようになったよ……?」

 

 シモンズ曰く「化学反応」を引き起こした〝クレイドル〟は、光波発生装置から赤い燐光を放散させた。その微細な粒子に触れた〝レムレース〟は、その右腕を斬られたかのように(、、、、、、、、)爆散させ、黒き亡霊は〝クレイドル〟に近づくことすら叶わなかった。

 それはちょうど、通常なら磁場応用によって刀剣状に固定されるはずのビームサーベルを、変幻自在に流動させたようでもあった。

 

「ここからは推測だけど──そのとき〝ミラージュコロイド〟が力場に作用していたんじゃないかしら」

 

 様々な現象を引き起こす、それはこの世界における未解明の物質の名だ。

 

「モルゲンレーテにいた頃、聞いたことがある」

「うん……?」

「〝スクリーミング(、、、、、、、)ニンバス(、、、、)〟と呼ばれる、〝ミラージュコロイド〟を応用したビームフィールドが実在するってこと」

 

 ステラは、きょとんとした。

 

「フィールドの色は真紅──〝アリュミューレ・リュミエール〟を『守性(まもるため)』のビームフィールドとするのなら、〝スクリーミング・ニンバス〟は『攻性(せめるため)』のビームフィールド──その破壊力は通常の熱量攻撃を遥かに凌ぎ、ちょうどビームサーベルをシールド面状に形成したような波長になる」

 

 だからこそ〝レムレース〟は、〝クレイドル〟に接近しただけで被弾した。

 説明を受けたステラは、もとより円らな瞳をさらに丸くしながら、訊ね返した。

 

「〝クレイドル〟の光波防御帯が、大気中の〝ミラージュコロイド〟と反応して──化けた(、、、)ってこと?」

「〝レムレース〟の放出したコロイド粒子に、勝手に反応したのね──これで辻褄が合うでしょう?」

 

 確かに、あのとき〝クレイドル〟が赤い発光現象を引き起こしたのは、対峙した〝レムレース〟が〝バチルスウェポンウイルス〟を放出した直後のことだ。そして〝レムレース〟が宙域を離脱すると同時に、発光現象は収まった憶えもある。

 

「──〝スクリーミング・ニンバス〟は、いわば〝アリュミューレ・リュミーエル〟の上位派生」

 

 ビームサーベルに無力化される〝シュナイドシュッツ〟とは別の派生を遂げた、もうひとつの光波防御帯の発展の形。

 

「攻性のフィールドを展開しながらも、相手方からの攻撃を遮断する守性のフィールドとしての性能も兼ね備えている──つまり、光波防御帯より遥かに強靭なビームフィールドを発生させられる秘法(、、)なのよ」

 

 あのときフレイは、〝レムレース〟から汚染型コロイド粒子を放出することによって〝クレイドル〟を攪乱しようと考えたはずだ。

 が、ステラはこれに対抗して光波防御帯を展開──

 対立した二機から、それぞれに放散されたコロイド粒子と光波粒子が大気中で衝突し、ある種の融合反応を示した。その結果、翡翠色であるはずの光波防御帯は真紅色に染色され、偶発的な科学反応を起こした〝アリュミューレ・リュミエール〟は、そのまま〝スクリーミング・ニンバス〟──攻性のビームフィールドへ変質を遂げた。

 詳しいことはいまだに不明だが、エリカが技術屋として解析した結果は、そういうことらしい。

 

「云い換えれば〝スクリーミング・ニンバス〟は、対〝レムレース〟戦においてのみ発動できる〝クレイドル〟の『奥の手』──とも云えるのだけれど……」

 

 エリカは、冗談っぽくそう云った。

 〝クレイドル〟単体では〝スクリーミング・ニンバス〟は発動できないし、使用するには〝レムレース〟の放つコロイド粒子が必要不可欠なことを伝えたかったのだろう。

 

「でも、そうもいかないわね……。気を付けて欲しいことがあるから」

「うん……?」

「あなたも知っての通り──〝ディフェンド〟や〝クレイドル〟に搭載された〝アリュミューレ・リュミエール〟は、使用するのに、多大な負荷を発生させる代物」

 

 数日前に起きた余談だ。

 ユーラシア連邦が開発したMSが、光波防御帯を展開しながら無理に武装を使おうとして、ジェネレータが耐えきれず自爆したという事例が確認されたらしい。光波防御帯〝アリュミューレ・リュミエール〟とは、それほどまでにモビルスーツに甚大な負荷を掛ける。

 

「変幻した〝スクリーミング・ニンバス〟に関しても、それは同じ。ましてや本来の性能(スペック)に組み込まれていないイレギュラーなのだから、〝クレイドル〟が単体で発動していいようなものじゃあないのよ」

 

 以前、偶発的に発動させてしまったとき──〝クレイドル〟は機体が異常なほど軋む音を立てていた。いつもとは明らかに異なる──不吉な──駆動音を響かせながら、機体全体が激震していたのだ。

 

(じゃあ、あれは〝クレイドル〟が、限界以上の性能を引き出そうとしていたから……?)

 

 自然発生した負荷に対し、機体性能が追いついていかなかったのだろう。

 これはステラの知ったことではないが、後年、実際に〝スクリーミング・ニンバス〟が武装として実装された〝ドムトルーパー〟というモビルスーツに関しても、三機以上の出力を合わせて、初めて発動可能となる。いくら核動力機とはいえ、おおよそ〝クレイドル〟単体で発動して良いものではなかったのだ。

 

悪戯(いたずら)に使おうとすれば、〝クレイドル〟そのものが自壊してしまう危険性がある。──たとえ窮余の一策だとしても、もう二度と使っちゃだめ」

「わかった……」

 

 エリカは、念を押して云った。

 

「〝レムレース〟のコロイド粒子と〝クレイドル〟の光波粒子がぶつかり合えば、嫌でも自然発生してしまう──それが〝スクリーミング・ニンバス〟よ。そうなれば、いくら〝クレイドル〟だって、負荷に耐えきれず自爆してしまうかも知れない」

 

 その言葉に、嘘はなかった。

 実際、このときステラだって気付いていた。──以前のようなオーバースペックを引き出し続けていたら、まず機体が持たないだろうと。

 

「〝レムレース〟には〝クレイドル〟を暴走させる力がある……。できるなら、あの〝亡霊〟とは二度と戦って欲しくないのだけれけど」

「それは……、聞けないよ?」

「……そうでしょうね……」

 

 GAT-X444〝レムレース〟に乗っているのは、何から何まで、ステラの過去を象徴する人物である。

 黒い装甲、〝デストロイ〟より生まれた負のモビルスーツ、それに乗る明日を知らない強化人間──まさに〝亡霊〟だ。

 

「ステラは、戦わなきゃいけないんだ。──この戦争が終われば、あのひとたちを、みんな助けられるかもしれないから」

 

 それは先刻、キラに云われて気付いたことでもある。

 ──いつか、ナチュラルとコーディネイターが歩み寄れる日が来る……。

 そうなれば、もう二度とステラのように、特有の禁断症状に命を脅かされる者のいない世界が訪れるかもしれないのだから。

 

「だからステラは、戦うよ」

 

 ──たとえ、どんな敵とでも……。

 この戦争を、一日でも早く終わらせられるように。

 地球も〝プラント〟も──みんなが幸せに生きられる世界を願っているから。誰もが夜空の〝星〟のように、等しく燦然と輝ける世界を祈っているから。

 

「…………」

 

 ステラは改めて〝クレイドル〟を見上げた。

 そして、ぎゅっと唇をかみしめ、みずからの乗機に告げる。

 

 

(最後までがんばろう……〝クレイドル〟────)

 

 

 決戦の時は、きっと近い。

 

 




 【火星圏〝マーズコロニー〟】
 火星圏に建設されたコロニーのひとつ〝オーストレール〟内では、必要とされる職業にあわせて遺伝子操作されたコーディネイターが製造されており、少ない人員に過酷な環境に耐えてゆくために、リーダーの資質を持つ者をリーダーとして採用する、ある種の能力主義社会を実現している。


 【〝スクリーミング・ニンバス〟】
 〝ミラージュコロイド〟電場技術の応用により、触れた物質を破壊・消滅させる攻性のビームフィールド。展開したまま突撃に転じるのみならず、展開中のこれは防御帯としても機能するため、守性の性質しか持たないアリュミューレ・リュミエールより強靭にして強暴な熱量結界を展開する。
 〝クレイドル〝の場合、〝レムレース〟の搭載する真紅色の汚染型コロイド粒子と、自身の翡翠色の光波粒子が大気中で結合し、化学反応を起こすことで展開可能となる。
 正史においては後年ZGMF-XX09T〝ドムトルーパー〟で実用化された装備であるが、フィールドを形成するには〝ドム〟三機以上の出力が必要不可欠となっており、これを単機で展開しようとすれば、中核にある機体そのものが自壊してしまう恐れがある。

 次話についてですが、あまり引き延ばしていてもあれなので、次回から【終篇】に突入したいと思います。

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